「ほうれん草より薬」の医者屋vs「サプリメントより蜜柑」の医者。珈琲と紅茶はどちらがカフェインが多いか。「宗教は毒薬」とマルクスは言ったか? 医者屋から薬を大量購入する父親。

[第518回]
   遠山啓(ひらく)『教育問答 かけがえのないこの自分』(太郎次郎社)には、父親とはどういう存在か・・という遠山啓の父親観が述べられている。 父親とは、息子や家族を外敵から守ってくれる存在であり、父親とは、家族の中で最も「世間知」があって息子に「世間知」というものを教えてくれる存在である・・・などと書かれていた。ええ~え? そうかあ~あ?・・・と私は思った。父親にもいろいろあるのではないのか? そういう「外敵から守ってくれる」父親・「世間知」というものを教えてくれる父親もあるかもしれないが、そうでない父親もあるのと違うのか? と思った。
   この本を読んだ時、すでにうちの父親は他界していたが、もしも、うちの父親が生きている時に読んでいて、それをうちの父親に話したならば、おそらく、「そうや、その通りや♪ わしいなんかは、まさにそうや♪ わしなんかは特にそういうえっらいエッライえっらいエッライお父さんやね~ん。わしに感謝せえよお、わしにい。朕思うに、我が皇祖こ~そ~はあ、わしに孝に、わしに孝に、わしに孝に、わしにわしにわしにわしにい~いじゃ。すべてをすべてをわしのために、すべてをすべてをわしのために、わしのために♪」と言いまくるところだったと思う。そういうおっさんやった。
   うちの父親は「クリスチャン」だったらしいのだ。あのおっさんが『聖書』というものを読んでいるのは一度として見たことはなかったし、キリスト教の教会に行くこともほとんどなかったが、それでも「クリスチャン」だったらしい。もっとも、母が言うには、晩年、死亡する直前くらいの時期には、「教会」という所に行くことがあったらしく、牧師屋とも会うことはあったようで、葬式の時にはその牧師屋Sさんから「☆☆さんは、あまり立派なクリスチャンではありませんでした」などと「牧師挨拶」されとった。葬式でそういうことを言うかなあ・・とも思うし、出席者でそう思った人もあったようだが、そういう牧師屋さんやった。「家が貧乏やったから、そやから、慶應みたいなお金のかかる大学には行かせてもらわれへんから大阪経大に行った」と、毎週、「牧師説教」と称して言う牧師屋さんだったが、ようわからんのは、その牧師屋さんは私より少し年上だったと思うが、家が貧乏だったならば、私やその牧師屋さんが高校を卒業した頃の制度では、日本育英会奨学金というものがあって、高校・大学については親の年収を重視し、大学院については親の年収は関係なく学業成績のみで判断して、「学費分」を支給してもらえたはずだ。日本育英会奨学金では、私立金権裏口医大の「寄付金」(≒別名「袖の下」。別名「山吹色のお菓子」。別名「虎屋の羊羹」。「ぉヌシもワルよのお。くっくっく♪」「いえいえ、お奉行さまほどではおじゃりませぬ。いっしっし♪」もしくは「魚心あれば水心でおじゃりまする」)なんてのは出してもらえないが、
山吹色のお菓子マスコット [全5種セット(フルコンプ)]
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正規の入学金・学費については、国立・公立・私立を問わず、学部学科を問わず、「学費分」を出してもらえたはずなので、慶應は大学の経済学部・商学部・法学部・文学部については「国立大学よりは高いが私立大学の中では安い方」の大学だったはずだが、それでも大阪経大の方がまだ安かったとしても、日本育英会奨学金で「学費分」を出してもらったならば、大学に行く者にとっては一緒のはずだしもしも、家が貧乏で親の年収は少ないが日本育英会奨学金を受給できる基準よりは多いということならば、たしかに大阪経大は私立大学の中では安い方の大学らしいが、それでも国立大学・公立大学の方が安いはずですから、「家が貧乏やったから」ということなら、東大にでも行けばよかったはずで、なんで、東大に行かずに大阪経大に行ったんや? ・・というと、うちの母は「東大なんか行ったら交通費や下宿代がかかるでしょうが。そやから大阪経大に行かはったんでしょうがあ」と言うのだったが、それなら阪大(大阪大学)か神戸大か大阪市大にでも行けば良かったのではないかと思うのだが、又、うちの親は、私には「なんでも、カネ出すものに決める権利があるんや。大学でもそうや。おまえがカネ出すのやのうて、親がカネだす以上は、どこに行くかは親に決める権利があるんや」と言い、「自分が行きたい大学の行きたい学部に行くなどと甘ったれたことを言うのなら、新聞配達やって行きなさい」と言うので、「それなら、新聞配達やります」と言ったのだったが、実際には、新聞配達というのは、別に学力がない人でもできる仕事だが、けっこう体力的にきつい仕事で、体力はあるが学力はなく、専門学校か大学でも底辺の方の私立大学でともかく授業にでておれば卒業できるというようなタイプの学校に行く人に向いている仕事で、旧帝大系国立大学などに行くような人に向いている仕事ではなく、そういう人は学費・生活費に困ることがあっても他のアルバイトの方が向いているのではないかと思うが、うちの親は「自分が行きたいと思う大学の行きたい学部に行くなどと甘ったれたことをぬかすのなら、新聞配達して行きなさい」と言ったのだから、その牧師屋のSさんにもそう言えば良さそうなものだったがSさんにはそういったことは言わず、「えらいで、あの人は。おまえとは違って大阪経大やねんぞお、大阪経大! おまえみたいに慶應みたいなもん、行っとれへんねんぞ、大阪経大やぞ、大阪経大♪ 大阪経大に行った人の爪の垢を飲みなさい!」と何度も何度も言っていた。 その新聞屋の「新聞奨学生」というものをやったとすると、この場合、誤解している人がいるのだが、日本育英会奨学金とか、慶應義塾が日本育英会奨学金を受給した人に生活費を出すという慶應義塾奨学金という制度があったが、こういった「奨学金」は学業と親の年収から支給されたものだったが、「新聞奨学金」はそういうものではなく、新聞屋の配達というけっこうきつい仕事さえすれば、学業成績はどうでもいい、行く「学校」も大学でなくても専門学校でも予備校でも何でも良かったのであり、これは「賃金の一部分」を「奨学金」という名目で新聞屋が払っていたのだったが、その新聞屋の「新聞奨学生」をやったとすれば、「奨学金」として出してもらえる金額もまた「学費分」だったので、大阪経大が他の私立大学より学費が安かったとしても関係ないはずだったが、なぜか、「家が貧乏やったから慶應なんて大学は行かせてもらえんかったから大阪経大に行ったんや」と、毎度毎度、「牧師説教」する人だったようだ。 新聞屋の「新聞奨学生」で出してもらえる額は「学費分」だということも知らなかったということは、Sさんは「家が貧乏やった」くせしてからに新聞配達もやらずに大阪経大みたいなもんに行って、さらにその後、トーシンダイ(東京神学大学)に行くという「私立の大学を2つも行く」ということをなさったらしいなんで、「家が貧乏やった」人が私立大学を2つも行くんや? おかしいのと違うか? と思ったが、又、大学に2つ行く人というのはあるけれども、そういうのは国立大学か早慶くらいの大学に行った人がやることであって、大阪経大なんて行ったような人がやることかあ? ・・とも思ったのだが、うちの親にとってはおかしくないらしかった。なんか、変なこと言いやがってからに・・と私は思ったのだが、うちの親は喜んでいたのだ。うちの父親は「ええ~えこと、言いはる♪ 家が貧乏やったから、そやから慶應みたいなもん行かせてもらえんから大阪経大に行きはったんや。えらいなあ、えらいなあ。おまえとは違うねんぞ、チャンコロ! チャンコロとは違うねんぞ、チャンコロ!」と私の眼を指で突きさすようにして毎日毎日言い続けたものだった。うちの父親は、同志社大学に「推薦入学」させてもらう時に「洗礼」を受けたらしかったが、その時から「クリスチャン」になったらしいが、 『新約聖書』の『福音書』には「私よりも父または母を愛する者は私にふさわしくない」というイエスの言葉が書かれているのを、あなたは読んだことがないのか?・・と言ってやりたいような気もしたのだが・・・、おそらく、読んだことはなかったのではないかと思う。1970年代後半、大阪府高槻市にあった YMCA予備校高槻校に「主事」というよくわからん職種でいた藤井という男が「ぼくらはクリスチャンだから」と何度も何度も言い、そして、「『聖書』みたいなもん、あんなもん、ええことなんて、何一つとして書いてないんんだから、あんなも~ん! 『聖書』なんて読んではいかん。たとえ、読むにしても、歳をいってから読んで『はあん、そんなもんか』と思えばいいことであって、若いうちには『聖書』なんて絶対に読んではいかん。ましてや、そこに書いてあることを実行しようなんて、まかり間違っても絶対に考えてはいかん。『聖書』なんて読まんでも、洗礼うけて、日曜ごとに教会に行って礼拝にでて、献金はらっておけば、それでええことなんや。『聖書』みたいなもん、あんなもん、まかり間違っても絶対に読んではいかん! 特に若いうちには絶対に読んではいかん」と毎日のように言いまくっていて、それを「伝道活動」と考えていた男だったが、「あなたは『子供たちが私の所に来るのを妨げてはならない』とイエスが語られたのを『新約聖書』で読んだことがないのか?」と言ってやりたかったが、なにしろ、藤井は「『聖書』みたいなもん、あんなもん、絶対に読んではいかん」と日夜、「伝道」をしている男だったので、読んだことはなかったのであろう。そういう男のことを、うちの母親は「あの人はクリスチャンだから、絶対に悪い人であるわけがない」などと言っていた。どうも、「特別献金」払って「洗礼」うけると、「『聖書』みたいなもん、あんなもん、いいことなんて何ひとつとして書いてないんやから」と毎日毎日言いまくっている男のことを「敬虔なクリスチャン」と教会と牧師屋が認定してくれるらしく、「クリスチャンだから絶対に悪い人ではない」と言ってもらえるらしい。キリスト教の教会というのは、「特別献金」払えば、そういうけっこうな御利益がある御利益宗教らしい。「洗礼」「礼拝」「献金」の3つが「敬虔なクリスチャン」の免罪符3点セット らしい。又、うちの父親はその男のことを「専門家やがな、専門家。専門家やがな、専門家」と言うので、私は「あんなやつ、専門家じゃない。大学入試について何もわかっていない」と言ったのだが、「あの男は、大学入試について、まったくわかっていない人間だから、どうか、お願いだから、あの男の言うことはきかないで」と懇願し哀願したのだが、それでも、うちの父親は「専門家やがな、専門家。専門家の言うことはきかんといかんがな、専門家♪ せえ~んむお~んくわぁあ~~あ!!!」と言ってきかなかった。 《実際には何ら専門家でもない、その問題について特によくわかっているわけでもない人間を「専門家、センモンカ、せんもんか」と言ってありがたがらないとおれない症候群》の男というのも、困ったものだと思います。そういう傾向の人というのは時々いるのですが、うちの父親は相当重症だった。
権威主義的人間―現代人の心にひそむファシズム (有斐閣選書 (697)) - 曽良中 清司
権威主義的人間―現代人の心にひそむファシズム (有斐閣選書 (697)) - 曽良中 清司

( ↑ かつて、YMCA予備校高槻校 があった場所。 YMCA予備校は、かつてあった、大阪府の土佐堀・阿倍野・豊中・堺・高槻と5校、横浜市の関内・菊名の2校、計7校とも「倒産した」らしい。良心的でない予備校はつぶれた方が世のため、受験生のためであろう。
跡地は、かつてのYMCA予備校高槻校の建物は今もあるが、大阪医大の本部北西キャンパス となっている。)
そういう「『聖書』みたいなもん、あんなもん、いいことなんて何ひとつとして書いてないんやから。あんなもん、読んではいかん」と、日夜、「伝道」しているそういう人のことを「敬虔なクリスチャン」と言うらしいのだが、その””「敬虔なクリスチャン」の教え””というものがあるので、うちの父親も読んだことはなかったのだろう。 
  その「わしほどエライ人間はおらんねんぞ、わしほどお~お! 世の中には、カス親! もおれば、ダメ父! もおるけれども、それに対して、このわしは、特別に特別に特別に特別にエライエライえらいえらいエライエライえら~い♪というお父さんやねん。わかっとったかあ?」と言うのだったが、「はあ、そうでっかあ~あ」とでも言ってごまかすと、「知らんかったか? それなら、今すぐ、認識を改めた方がいいねえ~え。わしは特別に特別に特別にエライエライエライえら~い♪ というお父さんやねん。覚えとけよお」と言うのだった。そやから、「そうでっかあ。えらいえらいえらいえら~い♪ という人やったんでっかあ」と言うと、「そやねん。えらいえらいえらいえら~い♪ という人間やねん、わあしはあ」と言い、「はあ~あ、えらいえらいえらい、エライエライエライ、えらいえらいえら~い♪ という人なんでっかあ」と言うと、「そやねん、わしは・・・」と繰り返し・・・で、もう、ええかげん気づけよ、なんか、アホがめでたいのお・・と思う父親だった。

   そのおっさんが他界してから、計算すると、もう30年も経つ・・が、昨日まで生きていたような感じ。今も耳元で「わしとM川先生はドイツ人でアメリカ人で、おまえはチャンコロの民族やねん、おまえはチャンコロやねんぞ、このチャンコロ、よくも産まれおってからに、チャンコロ!」とうちの父親が叫んでいた言葉がわんわんとうなっている。「民族の違いを忘れるな! 階級の違いを忘れるな!」とうちの父親は毎日毎日ぼくらは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうくらいに言い続けてきた。人間には「民族の違い」「階級の違い」というものがあって、これは産まれる時点で「天の神さま」というヤツがお決めになったらしく、うちの父親とうちの父親の「親友」の医者屋のM川とは「ドイツ人」で「アメリカ人」の民族で、私は「チャンコロ人」の民族らしかった。又、「階級」というものもあって、うちの父親は「慶應の階級」で私は「浪商の階級」の人間として産まれてきたらしかった。「わかっとんのか、チャンコロ! わかっとんのか、浪商! 浪商は高校行くな、浪商!!! 高校は義務教育とは違うねんぞ、浪商! 浪商は高校行くことないんじゃ、浪商! わかっとんのか、わかっとんのか、浪商! おまえは浪商やねんぞ、浪商! 浪商の分際で北野高校に行くなちゅうとんのじゃ、浪商! おまえは北野高校に行ったと思うておるかもしれんけれどもなあ、たとえ、北野高校に行っても、それでおもおまえは浪商やねんぞ、浪商! わかっとんのか、わかっとんのか、わかっとんのか、浪商!」と毎日毎日言っていた。「わしは慶應やぞお、わしはあ。わしは慶應やねんぞ、わしはあ。おまえとは違うねんぞ、おまえとは、おまえとは違ってわしは慶應やねんぞ、慶應!!!」とも毎日毎日叫んでいた。たしかに、言われてみると、うちの父親というのは、小学校も中学校も高校も大学も大学院も慶應には行っていないが、それでも「いかにも慶應」て感じがした。「見るからに慶應」て感じの人間やった。
「ええか、わかっとるか。わしのような優秀なエライえらいエライえらいドイツ人の民族の人間に、おまえのようなチャンコロが産まれてきたというのは、これは生物学上の突然変異学説というものやねんぞ」と言うとった。そやから、私とうちの父親とはDNAはつながっていないらしい。

  うちの父親とともに「ドイツ人でアメリカ人の民族」らしい、うちの父親の「親友」で医者屋のM川(男。当時、50代前半)は、ドバカ息子を、私立金権関西医大に裏口入学させた!・・というのを自慢していた。 ・・そういうのって、自慢するものなのかあ? 裏口入学というのは、たとえ、やるとしても、「恥ずかしそうに」「こそっと」やるものと違うのかあ? ・・と思ったのだが、
㈱みなとや 小判煎餅「これでよしなに」(20枚入)
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「医者屋の民族」というのは「チャンコロで浪商の民族」とは「民族が違う」そうだった。M川は「医者ちゅうもんは、教養豊かで人格者で、えらいえらいえらい人間であって、きみなんかは、医者が言うようなことは絶対服従せんといかんのやぞ」と私に言い、うちの父親は「そうや。その通りや。医者というのはえらいねんぞ、医者はあ。医者は普通の人間よりもえらい人間やねんぞお、医者はあ」と言って喜んでいた。
医者と患者と病院と (岩波新書) - 砂原 茂一
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  その「医者屋の民族」というのは「普通の人間」よりもエライえらいエライという人間だそうで、エライえらいエライえらい人間だけあって、「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りして貯め込んだカネで、ちっとも勉強しよれへんドバカ息子を私立金権関西医大に裏口入学させる「当然の権利」があるらしかった。そこが「チャンコロで浪商の民族」とは「民族の違い」「階級の違い」というものがあるらしかった。
  うちの父親は、毎日のように私の顔を指さし、眼を指で突きさすようにして言うのだった。「M川先生の息子さんは、関西医大裏口入学やねんぞお。おまえとは違うねんぞ、おまえとは。おまえとは違うねんぞ、おまえとは! 裏口入学した人の爪の垢を飲めええ! チャンコロお~お!」と。 それで、私は言ったのだ。「なんで、裏口入学すると、えらいんですかあ?」と。 「わからんのか、そんなことも! おまえは、その程度のこともわからんのか!」と父は言うのだった。「なんでですかあ? どうも、ぼく、頭が悪いからなんか、よくわかりませんねん」と私は言ったのだ。 「おまえはその程度のこともわからんのか、チャンコロ! 裏口入学ということは、思考が柔軟やいうことやないか。思考が柔軟。わからんのか、そんなことも!」とうちの父親は言うのだった。 「なんで、思考が柔軟やったら裏口入学なんてせんとあきませんのお? 思考が柔軟なら、その柔軟な思考力を活かして、京大医学部でも東大理科三類でも実力で現役で通って行ったらよろしいのと違いますのん?」と、私はそう言ったのだ。父は「何を言うとるんじゃ、このチャンコロはあ! 裏口入学ちゅうことは思考が柔軟なんじゃ。おまえは、その程度のことも理解できんのか、このチャンコロ! この浪商! イタコ!  ロスケ! プエルトリコ!」と言うのだった。
「イタコ」というのはイタリア人のことで、「根性なし」を意味し、「ロスケ」とはロシア人のことで「裏切者」「卑怯者」を意味し、「チャンコロ」とは中国人のことで「常に人に支配されることが望ましい民族」「天の神さまから、服従するのが役割であると決められて生まれてきた民族」を意味するそうで、「プエルトリコ」はというと・・、単なる語呂合わせだと思う( 一一) 私がそれだそうで、うちの父親と「M川先生」は「ドイツ人でアメリカ人の民族」だそうで、私は「ロスケでイタコでチャンコロでニグロでプエルトリコで拓殖で浪商の民族」だそうで、「天の神さま」というヤツがそう決めたそうでした。

   1970年代後半、その「常に人を支配しなければならないと天の神さまから決められた民族」らしい「ドイツ人」で、「他の人間よりもえらい人間で、他の人間はどんなことでも言われたことをそのまま実行しなければならない、常に人は何でも何でも服従しなければならないというそのくらいえらい民族」だという「医者屋の民族」であるM川(男。当時、50代前半。当時、大阪府豊中市在住)から、うちの父親は「セデスあげまひょ。別に頭が痛くなくても、これを飲むと、頭がすっきりする」「アリナミンあげよう」「うがい薬、あげよう」「風邪薬もあげよう」と言われて、セデスだの、アリナミンだの、うがい薬だの、それから、PLだかPGだかいう風邪薬を、大量に処方されて、そして、「こんなに薬をいっぱい、くれはった。これ、みんな、タダや。M川先生がタダでくれはったんや。M川先生はほんまにええ人や。あの人は間違いなく聖人や。あの人はキリストや」などと言っていた・・のだが、「タダでくれはった」と言っても、うちの父親の名前で処方されると、その頃は、健康保険は本人は健康保険で10割給付だったので、本人が払わなかっただけのことで、M川は健康保険組合に請求し、健康保険組合が支払っていたのであり、健康保険組合から「ものすごい金額を請求されていますが、いったい、何の病気でかかってるんですか」と問い合わせが来ていたようだった。
アリナミン (1971年) (三一新書) - 高橋 晄正
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  ・・が、それでも、うちの父親は「M川先生は聖人でキリストや。あんなにエライ人はこの世にめったにおらん。ああいう聖人の言うことは、どんなことでもどんなことでも、何でも何でも絶対にきかんといかん♪」などと言っていた。・・まず、えらい人であるかないかにかかわらず、その「どんなことでもどんなことでも、何でも何でも絶対にきかんといかん♪」というその精神構造・精神態度というものは、それは、ファッショ的精神構造とでもいうもので、人をそういう精神構造にならせて従えようという人間、新興宗教の教祖みたいな人間というのが、医者屋を職業とする人間とか、整体師とかそういった職業の人には時々いるようだが、本来の仕事だけにしてもらいたいものだと思う・・・が、「新興宗教の教祖」を医者屋に期待する人というのも、世の中にはいるらしい。
権威と権力――いうことをきかせる原理・きく原理 (岩波新書 青版 C-36) - なだ いなだ
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   私は、うちの親に言ったのだ。「薬というものは、実際に病気になって、その薬を飲めば治るが、飲まないと治らないというそういう時に飲むもので、病気でもないのに飲むものとは違うはずや」と。 そうすると、うちの父親は「教祖さま」にそれを伝えるのだった。そして、「教祖さま」である医者屋のM川は私にこう言ったのだ。「きみは、そんなことを言うておったのでは、いざ、大病になったという時に薬を飲むことができんようになって、命が助からんということになるぞ! きみみたいなことを言う人間のことを『生兵法は大怪我のもと』と、こう言うんじゃ。医者ちゅうもんは、普通の人間よりもえらい人間やねんぞ。きみはそんなこともわからんのか。医者ちゅうもんは、特別にえらいんやぞ。普通の人間と一緒やなんぞ、思うておってはいかんぞ。そんな思いあがったことではいかんぞ。わしのような謙虚な人間の言うことは、どんなことでも言うことをきかんといかんのやぞ。それを、きみがわからんというのは、きみが頑固で思いあがっていて、甘ったれておるからなんや。お父さんのような謙虚で人格者の人は、きみなんかとはちごうて、わしの言うことはよう理解される。きみも、お父さんのように何でも何でも、わしには服従する人間にならんといかん。きみは頑固で思考に柔軟性がない人間やから、普通の医者ならこんなことは教えてくれんもんやが、わしは特別に謙虚で親切な人間やから教えてやるが、薬というものは、普段から病気でなくても飲んでおくようにするもので、そうして、普段から、病気でなくても薬を日常的に飲んでおくようにすれば、そうすれば、いざ、大病になって薬を飲まなきゃいかんという時に、薬を大量に飲むことができる♪ それを、きみみたいなおかしなことを言うて、普段、病気でない時に薬を飲まないという人間は、いざ大病になったという時に、薬を大量に飲むことができなくなって、それで命が助からんということがあるんじゃ。わからんのか、おまえは! おまえはそんなこともわからんのか! これは、相当にひどいな、お父さん。こいつみたいな、ここまで頑固なやつを息子に持つと、お父さんも苦労されまっしゃろ。こういう頑固で思考が硬いやつを、どないかしたらんといかんというのは、難儀でっせえ。お父さん、苦労されまっしゃろお~お!」とそう言うのだった。そう言われて、うちの父親は「そうです、そうです。先生のおっしゃる通りやあ。ええことばっかり言う先生やあ。常に正しいことばっかし言うお方や、M川先生はあ♪ 神さんや、M川先生はあ」と言うのだった。 その「普段から、必要がなくても、病気でなくても、薬を飲むようにしておくと、いざ、大病になったという時に、薬をいっぱい飲むことができる」・・というのは、それは、普段から必要もないのに薬を飲んでいたのでは、いざ、大病になって薬を飲まなきゃならないという時に、少量の薬ではもう効かない、大量に飲まないと効かないという状態になってしまっているということと違うのか??? と思うのだが、「医者屋の民族」は「そういうことを言うておると、大病になった時にきみは命を落とすぞ! わしのような謙虚で人格者の医者がせっかく言うてやっておるのに、きみは謙虚さがないから、そうやってわざわざ逆らうから、そういうことでは、これからのきみの人生の見通しは明るいものではない。もっと、わしのような謙虚で聡明で優秀で思考が柔軟で人並外れて親切な人間の言うことは何でも何でもきくようにせんといかん。そうでないと、いざ大病になったという時に、薬を飲むことができずに死ぬことになるぞ!」と言うのだった。
あぶない薬 (1984年) - 平沢 正夫
あぶない薬 (1984年) - 平沢 正夫

   医者屋のM川は、「きみは思考がずいぶんと硬いな。そんなことでは大学に落ちるな」と言うのだった。「きみは、こんなこともわからんのか。ほうれん草と同じ成分の薬があったとすれば、ほうれん草を食べずに薬を飲んでもいいだろうが。きみは、この程度のこともわからんのか。そのあたりが、医者のわしときみとの能力の違いで人格の違いというものなんや。そのあたりが」と言うのだった。しかし、もしも、ほうれん草と同じ成分の薬があったとすると、それならば、医者屋のM川が言うように「ほうれん草を食べずに薬を飲むようにすればいい」のかというと・・・、そうではなく、「薬を飲むのではなく、ほうれん草を食べるようにすればいい」のと違うのか? なんで、ほうれん草で栄養分を採れるのに、ほうれん草を食べずに薬を飲まなきゃならないのだ??? そう思いませんか? 私はそれを私の親に言ったのだが、うちの父親は「おまえは、そういうことを言うあたりが思考が硬いんじゃ。もっと、M川先生のようなえらい人間を見習って思考が柔軟な人間にならんといかん。そうでないと、おまえは大病をした時に助からんと、こういうこっちゃ」と言ってきかなかったのだ。
   M川は「金沢大医学部卒。大阪大医学部大学院修了」と自称していたが、嘘の可能性が大きいと思う。M川もまた、私立金権関西医大裏口入学かそこらではないか。又、「陸士(陸軍士官学校)と海兵(海軍兵学校)と両方通らはったそうや。えらいなあ、えらいなあ。ものごっついえらいなあ」とか、うちの父親は言って喜んでいたが、年齢を計算すると、M川が大学に進学する頃、もう、陸軍士官学校・海軍兵学校は募集していなかったはずで、私よりも、うちの父親の方が世代からして、そのあたりはわかるはずだが、わからんおっさんやった。又、私は2浪もしてしまってそれで理解したのだが、行きもしない所に通ってもしかたがないだろうが。 「ID野球」「弱者の戦術」としては、「戦力の集中」こそ「勝利の方程式」であり、行きもしない所に通ったとしても、そんなものは、「ああ、そうですか」といったものであって、自慢になるものでも何でもないはずだ。「フライデー」の記事によると、松島みどり さんが、昔、『東大入試合格作戦』(エール出版社)に、「私は早稲田大学に落ちた時、何が何でも東大に合格してこの早稲田大学を軽蔑してやるんだと心に誓った」とか書いとったそうで・・、なんか嫌な女・・・て感じに「フライデー」は書いていたのだが、実際、東大に行きたいのなら、東大の入試に合格できれば早稲田大に落ちてもそんなことはどうでもいいことなのだ。両方通るぞという姿勢でやって早稲田大に通って東大に落ちるよりも、東大に行きたい人にとっては東大に通って早稲田大に落ちた方がいいのだ。両方通ったか東大に通って早稲田大に落ちたかなんてことは、東大に行くことができればどっちでもいいことで、そう考えることができるか、「両方通らないといけない」という強迫観念を持っているかで、本命に合格できる可能性は変わってくる(本命さえ通ればいいと思ってやって、結果として両方落ちてしまうことだって可能性としては実際にあるのだけれども)。 1973年、前後期制を実施したパリーグで、野村のじいさんが監督だった南海は前期優勝したが、後期は後期優勝の阪急に大きくゲーム差を離されたが、野村のじいさんがあっちやらこっちやらで書いていたが、「後期は阪急に3つ勝つことができれば、極端な話、他は全敗したっていい」と考えたというのだが、「阪急に3つ勝つことができれば」というのは、プレーオフで5戦のうち先に3つ勝った方がその年の優勝というルールにのっとり、プレーオフで阪急に3つ勝つことさえできれば、「極端な話、他は全敗したっていい」という考えで、そして、プレーオフに南海は3勝2敗で勝って優勝したのだが〔⇒《YouTube-1973年 南海ホークス 選手名鑑》https://www.youtube.com/watch?v=do07iif282s 〕、大学受験もまた、行きたい大学 学部に合格できれば、「極端な話、ほかは全敗したっていい」ものであり、行きもしない所を通ったとか言われても、「ああ、そうですか」といったものだ。「ほかは全敗したっていい」くらいの気持ちでやって、そして、本当に「ほかは全敗」しても本命に通ることができれば、それが「勝負強さ」であり、本命以外に通ることに力を分散させて本命に落ちたのでは何やってることかわからない。
  又、父の親友で医者屋のM川は「剣道三段・柔道三段」とか言っていたが、それも嘘くさい。又、住宅建築業のK社にいた時、警察官の人に契約してもらったことがあったが、「警察官の人って、剣道とか柔道とか強いのでしょ」と言うと、「そんなことないです。一応、段は持ってますけれども、けっこう仕事が忙しくて、剣道や柔道の練習やる時間がないんですよ。それに、24時間勤務で体を壊したりして、強くないですよ。警察でも、国体とかに出ているようなそういう人は強いですけれども、私なんかは強くないですよ」と言われたことがあったが、警察官でも、その人の配属にもよるのかもしれないけれども、剣道とか柔道とかの練習をしている時間というのはそんなにないそうで、それから考えると、医者屋がそんなに剣道や柔道を強くなれるほど練習時間を取れたとすれば、むしろ、本業をおろそかにしたということになるはずで、実際に剣道三段・柔道三段であっても、ちっとも自慢になることではない。
  そのあたり、嘘くさい話が多いのだが、「金沢大」という名前がなぜ出てきたのか・・・、大阪で詐称するには、「京都大」「大阪大」「神戸大」あたりを言うとばれるおそれがあるから、程よい遠さの大学として「金沢大」か? 「早稲田の政経」というのが「学歴詐称の王道」みたいになっているのは、それは、国立大学に比べて早稲田大は人数が多いし、私立で内部進学もあればスポーツ入学もあり、いろいろな人がいるので、又、慶應大もマスプロ化は進んでいるとはいえ早稲田大の方が慶應大よりもマスプロ化の度合いが大きいので、「早稲田の政経」は詐称がばれにくい・・という理由があるようだ。M川の「金沢大医学部」もその類ではないか、と思う・・が、「金沢の薬売り」みたいに、「これ、タダであげまっさあ」などと言って、よくも、大量にアリナミンだのセデスだのうがい薬だのPLだかPGだかだの売りつけやがったものだ。
病は気から (岩波文庫 赤 512-9) - モリエール, 鈴木 力衛
病は気から (岩波文庫 赤 512-9) - モリエール, 鈴木 力衛
いやいやながら医者にされ (岩波文庫 赤 512-5) - モリエール, 鈴木 力衛
いやいやながら医者にされ (岩波文庫 赤 512-5) - モリエール, 鈴木 力衛

※ ひげのお医者さん http://www.worldfolksong.com/songbook/germany/hige-doctor.html
「わた~しはお医者さん、ピリピリビンゲン、ぶんぶんぶん♪~」

  この点について、医者屋をやっている人間というのは、誰もが薬売りかというと、そうでもないようで、M川とは逆のことを言う人もあるようだった。 帯津良一・都築暢之監修『ビジュアル版 自分で防ぐ・治す 腰・ひざの痛み』(2008.11.28.法研 )には、
《 ひざ や腰の痛みは、誰もが避けて通ることのできない組織の老化が大きな要因になっています。しかし、同じ年齢の人同士で比べても、若々しい人もいれば老けている人もいるように、これにはかなり個人差があります。こうした個人差は毎日の生活習慣の積み重ねで生まれます。
  わかりやすくいえば、老化の度合いはよい生活習慣の蓄積の差ということになります。若々しさを保つには、体を作り、エネルギーの源となる栄養のバランスが大きなカギとなります。
  最近は、「不足がちな栄養素はサプリメントでとるとよい」というような考え方もあります。しかし、特別な疾患の改善のために医師から栄養指導を受けている場合は別ですが、そうではない人の健康作りの基本は、「栄養は科学的な方法で抽出した物質で摂取するのではなく、自然がはぐくんだ産物を摂取すること」に尽きます。これには理由があります。
 現代は医学の進歩によって、健康によいとされる栄養について、ずいぶんと解明されてきています。しかし、たとえばビタミンCが体によいのは確かですが、ミカンとサプリメントの効果は同じといえるでしょうか。
  科学的に抽出・精製して作られたサプリメントにはそれ以外のものは含まれていません。しかし、自然の産物であるミカンには、ビタミンCのほかにも、私たちの体にさまざまな恩恵をもたらす栄養が含まれていて、まだ解明できていない栄養効果も存在すると推測されています。つまり人工的なものでミカンと同じ栄養効果を得ようとすれば、ビタミンCのサプリメントだけではなく、何種類ものサプリメントを摂取しなければなりません。しかし、それでもミカンと同等とはいえないのです。
  こうしたことはミカンに限らず、すべての食品についていえることです。私たちが自然の産物の栄養についてわかっていることは一部分にすぎません。だからこそ、栄養素単体ではなく、自然の素材をできるだけまるまる、あまり加工しすぎない形で摂取するというのがベストといえます。  》
自分で防ぐ・治す腰・ひざの痛み : つらい症状を解消する最新治療と自然治癒の力 ビジュアル版 (ビジュアル版 自分で防ぐ・治すシリーズ) - 帯津良一, 都築暢之
自分で防ぐ・治す腰・ひざの痛み : つらい症状を解消する最新治療と自然治癒の力 ビジュアル版 (ビジュアル版 自分で防ぐ・治すシリーズ) - 帯津良一, 都築暢之
と出ています。
  監修者はどういう経歴の人かというと、
帯津良一(おびつ りょういち)・・1936年埼玉県生まれ。東大医学部卒。帯津三敬病院院長。
都築暢之(つづき のぶゆき)・・1935年生まれ。東大医学部卒。抗加齢装具研究所代表。埼玉医科大名誉教授」
・・という人らしい。

  「ほうれん草と同じ成分の薬があったら、薬を飲めばいいだろうが」という医者屋のM川(男。1978年当時、50代前半。当時、大阪府豊中市在住。)の主張に対して、「ほうれん草と同じ成分の薬があったら、薬ではなく、ほうれん草を食べた方がいいじゃないか」と私は考えたのだが、帯津良一・都築暢之監修『ビジュアル版 自分で防ぐ・治す 腰・ひざの痛み』(2008.11.28.法研 )によると、「蜜柑と同じ成分のサプリメントがあれば、蜜柑を食べた方がいいが、それだけではなく、蜜柑が持つ栄養素をすべて持つサプリメントなんて、ない! のであり、ビタミンCをサプリメントで採るといったことはできても、蜜柑が含む栄養素をすべてサプリメントで採るというのは極めて困難」ということであった。

  それで・・・、「ほうれん草と同じ成分の薬があるのならば、ほうれん草を食べればいいことと違うのですか」・・と、こういうことを私が言うと、M川は、「きみは思考が硬いな。相当、重症じゃな。そういうことを言っているようでは、大病をした時に命をなくす可能性があるぞ。医者というものは特別にえらい人間であってやな、医者の言うことにはどんなことでも絶対にきくようにしておかないと、命を縮めるぞ、きみは」と言うのだった。「きみみたいな人間のことを、『生兵法は大怪我のもと』と、そう言うんじゃ。わしのような医者の中でも、特別に特別にえらい、優秀で謙虚で誰よりも腰が低い、人格ができた人間が言うてやってやってやっておるのに、そういうことを言うやつは、絶対にこれからいいことないぞ。その『生兵法は大怪我のもと』という傲慢な態度を反省して、わしのようなえらいエライえらいエライ特別にえらいお医者様の先生の言うことには、何でも何でもどんなことでもどんなことでも、そのまま従うようにせんと、大病した時に助からんぞ」・・と、そう言うのだった。いったい、どっちが「生兵法」なのか? いったい、どっちが「大怪我のもと」なのか?
  うちの父親は、その「えっらいえっらい特別にえらい謙虚で並外れた人格者のM川先生」が、「きみは思考が硬いな。相当、重症じゃな。そういうことを言っているようでは、大病をした時に命をなくす可能性があるぞ。医者というものは特別にえらい人間であってやな、医者の言うことにはどんなことでも絶対にきくようにしておかないと、命を縮めるぞ、きみは」と言うのだった。「きみみたいな人間のことを、『生兵法は大怪我のもと』と、そう言うんじゃ。わしのような医者の中でも、特別に特別にえらい、優秀で謙虚で誰よりも腰が低い、人格ができた人間が言うてやってやってやっておるのに、そういうことを言うやつは、絶対にこれからいいことないぞ。その『生兵法は大怪我のもと』という傲慢な態度を反省して、わしのようなえらいエライえらいエライ特別にえらいお医者様の先生の言うことには、何でも何でもどんなことでもどんなことでも、そのまま従うようにせんと、大病した時に助からんぞ」と言われて、「そうや。その通りや。さすがはM川先生や。ええ~えこと言いはる。さすがは医者屋。医者の中でも特別にえらい先生や。先生の中の先生ちゅうもんや。こういうエライ人の言うことはどんなことでもどんなことでも、絶対に服従せんといかん。それを、こいつは、なんだかんだと、『ほうれん草と同じ成分の薬があるのならば、ほうれん草を食べればいいことと違うのですか』やたら、そういうことを言ってわざわざ無理して逆らいよるというのは、こいつ、頭、おかしいわ。こいつ」と言うのだった。そして、私に「M川先生のような、謙虚で、誠実で、真面目で、努力家で、腰が低い、常に相手のことを考えている聖人でキリストの先生のおっしゃることは、おまえのようなカスのチャンコロはどんなことでも、どんなことでも、何でも何でも何でも何でも、絶対服従せんといかんのや」と言うのだった。

  ヴィルヘルム=ライヒは『聞け、小人物よ!』( ヴィルヘルム=ライヒ『(復刻版) 聞け、小人物よ!』片岡ユズル訳。新評論。2017年、復刻版。 原著は英語での著作で1948年に書かれたらしい。)で次のように述べている。
《 わたしはあなたの医者で、あなたはこの宇宙に住んでいるのだから、わたしは宇宙の医者だ。わたしはドイツ人でもなければ、ユダヤ人でも、キリスト教徒でも、イタリア人でもなく、わたしは地球の市民だ。ところがあなたにとっては、天使のようなアメリカ人か鬼畜のような日本人しか存在しない。
 「つかまえろ! かれを調査しろ! かれは開業医の免許をもっているか? われわれの自由の国の王の許可なくしてかれが開業することはできないのだという勅令を公布せよ! かれはわれわれの快楽機能について実験している! 牢屋にいれろ! 国から追放しろ!」。
 わたしの活動には、わたし自身が許可をするのだ。ほかのなんぴとといえども、それをわたしにあたえることはできない。・・・ 》
復刻版 きけ 小人物よ! - ライヒ,ウィルヘルム, Reich,Wilhelm, ユズル, 片桐
復刻版 きけ 小人物よ! - ライヒ,ウィルヘルム, Reich,Wilhelm, ユズル, 片桐
  医者屋の資格を所有している、要するに、「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りして貯め込んだカネで金権医学部に裏口入学して医者屋の資格を買い取ったやつであるかどうか、という点で人を見て、「医者」であるも者の言うことは常に正しい、「患者」は「医者」の命令に服従する義務がある、一般市民は「医者」に異論を唱えたり、反論してはならない・・・というのが、それが「医者屋の民族」の思想であり信念であり使徒信条である。 一般市民が、「国立大学でどこか」というくらいの条件ならば、どこか、医学部に合格できる可能性は十分にあった者に対してでも、ちっとも勉強なんてせんといてからに「医者屋の民族」ということで「患者」を薬漬けにして貯めたカネで裏口入学したヤカラに命令する「当然の権利」が医者屋にはある・・・という信念を彼らは持っている。そういう者の命令に従うのが、正しい医療従事者であると信じている者どもが「病院」という勤め先にはわんさといる。大学医学部にもわんさといるようだ。うんとこさいるようだ。
〔 但し、ヴィルヘルム=ライヒの著作は価値のある指摘が多いし、『聞け 小人物よ!』!もまた、価値のある指摘が多いのだが、ライヒが、晩年、主張した「オルゴン・エネルギー」なるものについては、晩年のライヒの問題ある言動と考えるべきか・・・という部分がある・・が、それでも、『聞け 小人物よ!』には価値のある指摘がある。〕
  内田康夫『風葬の城』では、歯科技工士の男が、自分が勤める歯医者で、その歯医者が裏口入学で私立歯科大に入っただけでなく、歯科医師国家試験の問題を漏洩してもらって合格して歯科医師になった男だと知り、「なんだ、優秀な人間だから歯科医師になってるのかと思ったら、そうではなくて、俺と同程度の頭の男だったのに、試験問題を漏洩してもらって、それでこんなにえらそうにしてやがったのか」と思い、それなら少々融通してくれてもいいのではないか・・と考えて逆に歯科医師屋一族に殺されてしまう・・という話が描かれている。
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《 俺の事 「一介の歯科技工士」って馬鹿にしてたくせに
 何の事はねえ 頭ん中は 似たようなもんじゃねえの
 これからは対等でいこうや 若先生
 何なら 俺に雇われてみるかい 》
(↑ 内田康夫 原作・長尾文子 画『風葬の城』より ↑〔 『名探偵浅見光彦&旅情ミステリー コミックセレクション5』2012.6.10.秋田書店 所収。〕 )
風葬の城 (祥伝社文庫) - 内田 康夫
風葬の城 (祥伝社文庫) - 内田 康夫

   「わしは、なにしろ、謙虚な人間なもんじゃからなあ。人並外れて謙虚な人間やから」と言う医者屋のM川は、私に「コーヒーと紅茶では、どっちがカフェインが多いか、きみは知っとるか?」などと言うので、「コーヒーと紅茶なら、飲んだ時の実感として、コーヒーの方がカフェインは多そうな感じがするが、しかし、実際には紅茶の方がカフェインを含んでいる量は多い」と言われてきた、私はそれをテレビ番組で見聞したか、それとも、誰か、学校の先生から授業中に聞いたか、誰から聞いたかの記憶が明確でなくなっていたが、最初に誰から聞いたかにかかわらず、「コーヒーと紅茶なら、飲んだ時の実感として、コーヒーの方がカフェインは多そうな感じがするが、しかし、実際には紅茶の方がカフェインを含んでいる量は多い」という話は「通説」として言われていたことで、それを、なんで、そんなことを改めて質問するのかと思い、医者屋を職業とする人間が改めて言うということは、「コーヒーと紅茶なら、飲んだ時の実感として、コーヒーの方がカフェインは多そうな感じがするが、しかし、実際には紅茶の方がカフェインを含んでいる量は多い」と「通説」として言われてきたが、実はそうではなかった、コーヒーの方が多かったという医者屋の研究論文でも発表されてそれをM川が読んだとかいったことがあったのかと思い、「コーヒーなんですか?」と言うと、「ほら。きみはこんなことすらも知らんだろうが。コーヒーと紅茶とでは紅茶の方がカフェインの量は多いんじゃ。そやから、眠気がした時に寝ないようにしたいと思ったなら、コーヒーではなく紅茶を飲んだ方がええんじゃ。きっみはこ~んなことも知らんのか。こんなことも知らんのやから、普通の人間よりも偉い医者の中でも特別にえらい、えっらいエッライえっらいエッライ、スーパーマンのような神のような人間であるこのわしの言うことは、どんなことでも服従してきけよ。おまえは、こんなことも知らんカスの人間なんやからなあ。わしのような特別にえらい人間と、この程度のことも知らんきみとは人間としての格が違うんじゃ。人間として下の人間であるきみは、普通の人間よりもえらい人間である医者の中でも特別にえらいわしには、どんなことでも絶対服従しろよ。わかったか!!!」と言うのだった。・・なんで、コーヒーと紅茶とどっちがカフェインの含有量が多いか・・なんて、その程度のことで、そこまでの話になるのか、摩訶不思議やった・・が、それを聞いて、うちの父親は、「そうや。先生のおっしゃる通りや。おまえは、その程度のことも知らんような程度の低い、低レベルの人間なんじゃと自覚しろお! わかったなあ。自分は低レベルの人間ですと自覚して、M川先生のような特別にえらい聖人でキリストのおっしゃることは何でも何でも何でも何でも絶対絶対絶対服従やぞ、わかったかあ!!!」と言うのだった。
   なんで、カフェインの含有量がどっちが多いかなんて、その程度の話から、そこまで話が飛躍するのか、ようわからんかったのだが、《「特別にえらい民族」であって、そうでない者は誰もがひれ伏して命令をきかないといけないという医者というえらい人間》の頭ではそうなるらしかった。
   それで・・・・、コーヒーと紅茶とでは、どっちがカフェインの含有量が多いのか・・という問題だが、それから10年ほど後、1990年だったと思うが、テレビの番組でその話をしていたのを聞いた。 珈琲豆と紅茶の葉との比較では、同じ質量の珈琲豆と紅茶の葉で、カフェインの含有量を比較すると、紅茶の葉の方がカフェインの含有量は多いらしい。しかし、その同じ質量の珈琲豆と紅茶の葉を使って、実際に人間が飲む液体のコーヒーと紅茶をだしてみると、人間が飲む状態の液体のコーヒーと紅茶との比較では、コーヒーの方が紅茶よりもカフェインの含有量は多いそうだ。だから、M川が「紅茶の方がカフェインが多いから、眠気がするが起きてないといかんというような時には、コーヒーではなく紅茶を飲むといいということじゃ。きみは、そんなことも知らん人間やないか。わしなんかは、なにしろ、医者なもんやから、きみなんかとはちごうてエライえらいエライえらい人間で、普通の人間よりもずっとえらい医者の中でも特別にえらい、謙虚で人格者で誠心誠意の人間で、苦労人で人並外れた努力家で、神のような人間であって、そういう神のようなえらいえらいこのわしが、人間としては下等の人間であるきみに、言う命令にはどんなことでも服従しろよ。おまえは。わかったかあ! コーヒーと紅茶とでは紅茶の方がカフェインは多いんじゃ。そのあたりもわしはよう知っておる人間なんじゃ、どうじゃ、わかったかあ」と言っていたのだったが、「コーヒーよりも紅茶の方がカフェインの含有量が多いから、眠気がしたが起きていないといけないという時に飲むにはコーヒーよりも紅茶の方が効果がある」というM川の説は嘘だったのだ。

  M川は、私に「『宗教はアヘンである』とマルクスは言うてお~る」などと言い、そう言うことで、宗教哲学を学び研究者になることを考えていた私に、それをやめさせたがったのだが、なんで、彼にそんなことを言われなければならないのかと思うのだが、まず、
(1) 「宗教はアヘン」という言葉をカール=マルクスは言ったことがあるのか、というと、『ヘーゲル法哲学批判序説』(『ユダヤ人問題について・ヘーゲル法哲学批判序説』岩波文庫 所収)で、1回だけ、この表現を使っている。エンゲルスはこの表現を使ったことはない。レーニンも「宗教はアヘン」というこの表現を使ったことはない
(2) この表現はカール=マルクスだけが使ったことがある表現かというと、そうではなく、「宗教はアヘン」という言葉はマルクスが生きた時代のドイツでよく使われていた表現らしく、わかっているだけでも、詩人のハイネ、哲学者のヘーゲルなどがこの表現を使っている
(3) この表現を最初に使ったのは誰か・・というのはよくわからないらしいが、カール=マルクスが最初に使った表現ではないらしい。
(4) 「宗教はアヘン」という、この「アヘン」という言葉には「毒薬」という意味と「なぐさめ」という意味があり、宗教にも毒薬のような宗教も中にはあるけれども、マルクスは毒薬のような宗教を批判する時にはこの「宗教はアヘン」という言葉は使っておらず、ユダヤ教やキリスト教のような宗教について「宗教はアヘン」という言葉によって、「宗教は貧しい人たちにとってのなぐさめである」という意味で使っている。「慰めではあるが、それは幻想である。幻想である慰めなしでも、誰もが現実の人生において生きた喜びをつかめるような社会になれば、幻想としての慰めは必要なくなっていくであろう。しかし、慰めを必要としない社会を築くことなく、慰めだけを奪うようなことはしてはならないことである」とマルクスは言っている・・・・と、蔵原惟人『宗教 その起源と役割』(新日本新書)では説明されている。
うちの父親は、「M川先生に言うてもろうた。『宗教はアヘンである』とマルクスは言うてお~る。焼き討ちじゃあ~あ! 焼き討ちじゃあ~あ! 焼~き討ちじゃあ~あ! とってちってったあ~あ♪♪♪」と私に言いまくったのだが、しかし、このおっさんも、日頃、「共産党は死刑にしろお! 日教組は刑務所に叩きこめえ! 甘ったれとってはいかんぞ、甘ったれとっては。朝日新聞の記者は死刑であ~る。とってちってたあ~あ♪ 原発に反対するようなやつは刑務所に叩きこめえ!」「ソ連はこすい。こすいヤツやから、コスイギ~ン」とか、毎日のように家で叫んでいるおっさんだったはずだが、なんで、その部分だけ限定で「教条的マルクス主義者」になるのか? なんとも、マカ不思議なおっさんやった。
  だいたい、マルクスさんが何をおっしゃろうが、もっともだと思うことをおっしゃったのなら、その考え方を採用すればいいが、何さんがおっしゃったことであれ、自分がそう思わないのなら、何もその考え方を押しつけられなければならないことはないはずなのだ。

  それよりも、M川は、そんなに、マルクス、マルクスと言うのなら、とりあえず、「患者」を薬漬け・検査漬けにして貯めたカネでドバカ息子を私立金権関西医大に裏口入学させるのはやめたらどうか?  ・・そう思いませんか?
  そして、「医者という普通の人間よりもえらい存在の人間であるM川先生」というお方は、マルクスさんが、資本主義社会において蓄積されてきた文学・哲学というものは価値がないとおっしゃっておる・・と言いたいらしかったのだが、そのあたりについて、ヴィルヘルム=ライヒは『弁証法的唯物論と精神分析』(安田一郎訳編『フロイトとマルクス』誠信書房 所収)で、
《 われわれは、精神分析の社会学的な位置をのちにくわしく述べるが、この異議は、マルクス主義者ウィットフォーゲルのつぎのことばでいちばんよく反駁できる。

   個々のマルクス主義的な批判者――は現存している科学をいとも無造作に批判している。彼らは、みな同じようなジェスチャーをしてつぶやく。「それはブルジョア科学さ!」と。こうして彼らは科学全体を処理し、問題を片づけてしまう。このような方法(いかさまな方法!)は、マルクスと彼の弁証法的な考え方から――残念なことに――名前しかうけ継いでいない。 弁証法家は、一つの文化は一升のエンドウのように同質のものでないことや、あらゆる社会秩序は矛盾をもち、その中に新しい時代の出発点を種子として準備していることを知っている。それゆえ弁証法家にとっては、ブルジョア時代にブルジョア階級の手で創造されたすべてのものは価値の少ないもの、未来の社会にとって役に立たないものでは決してないのだ。  》
と、「ウィットフォンフォーゲル(ウェーバーの弟子であったドイツの経済史学者。シナの経済史を研究したので当時有名だった。のちアメリカに亡命し、マルクス主義から離れた。1896- )」の言葉を引用して適切な指摘をしている。医者屋のM川は何科の医者屋なのかというと、「専門は内科」だと言うのだが、「医者というものは、医者でない者よりもえらい人間で、教養豊かで、社会経験がある人間なもんやからなあ」と言うのだったが、「患者」を薬漬け・検査漬けにして貯め込んだカネでドバカ息子を裏口入学させて、それで、マルクス、マルクス、マルクス・・言いまくるというのは、かつ、そのマルクスについての理解はどう考えても適切でないのに、「わしは教養豊かな人間で、特別に優秀な人間で、何よりも謙虚で人格者で苦労人なもんやからなあ」とか言って、ひとにいいかげんなことを主張し押しつけるのだったが、彼が「医者の中でも特別に優秀な医者」だという彼の言葉を前提にすると、「医者屋の民族」というのは、どいつもこいつも、山師ばっかり・・という感じがする。
   彼のような人間のこともまた、ヴィルヘルム=ライヒは『弁証法的唯物論と精神分析』で述べている。
《  しかし私は――ここで私は、左派マルクス主義者を引き合いに出す――人がしようと思えば、マルクス主義に反対するために「マルクス主義」をもち出すことができると言いたい。・・・ 》
   カール=マルクスが言ったと称する言葉を、その言葉の意味、カール=マルクスがどういう意味でその言葉を使ったかも十分に理解することなく、おのれの勝手な主張を通すために引っ張り出す・・という、そういう姿勢は感心しないし、そういったことを常習にしている「医者屋民族」の男というのは・・・、だいたい、医者屋なら医者屋の仕事だけやっておれば良さそうなものだが、迷惑な男だった・・・が、そういう男を引っ張り込んでくる、いわば、外敵を引っ張り込んでくるのがうちの父親だった。

   さらに、うちの父親が言うところの「ドイツ人の民族」である人間の1人である、父の部下のM尾さんが、金沢の「拝み屋さん」をうちの父親に紹介してきた。私なら、職場の上役に「拝み屋さん」なんて紹介しないが・・・、また、「拝み屋さん」の知り合いなんてないのだが、M尾さんは、そういうものをうちの父親に紹介したのだ。そして、うちの父親は医者屋のM川にそれを相談すると・・・というのか、なんで、そんなもの相談しなきゃならんのかと思うのだが、相談しよったところ、「わしは、そういうものには反対しませんよ。ぜひ、行かれるといい♪」と奨励し、奨励されて、わざわざ、金沢まで「拝み屋さん」を訪ねて行って、そして、どう言われたかというと・・・・。
  「お名前を変えてください」・・・と、そう言われたらしい。 但し、うちの父親の名前を変えろということではなく、私とうちの母親と、もう結婚してダンナがいるうちの姉2人の名前、それに、父の勤め先の会社の社長の名前まで変えろと言われてきたらしいのだ。 そういうのは、《「拝み屋さん」の仁義に反する》と私は思う。その「拝み屋さん」に相談したのは、うちの父親であって家族はその人に相談なんてしていない。相談者に「あなたのお名前を変えると、きっといいことがありますよ」と言うのは、言ってもいいと思う。 言われて、「そうか。名前を変えるといいことがあるかもしれない」と思った人が、通称として本名と異なる名前を名のるようにするのは、その人が自分で判断してやる限り、かまわないと思うのだ。しかし、相談者以外の人間の名前を変えさせろ、というのは、それは言ってはいけないことだ。それは《「拝み屋さん」の仁義に反する》行為だ。 私なら、たとえ、「拝み屋さん」に何かを相談するとしても、そういう「拝み屋さん」なら断る。
   ところが、うちの父親は、どう言われてきたかというと、「わしの名前は、変えんでもええねん。わしの名前はこのままで、ものごっつい、強運の名前なんや。そうやと思うた。やっぱり、わしは完璧にすばらしい人間やったんや」と。 「そんでやなあ。おまえが一番いかんのや、おまえが」と私に言うのだった。「おまえの名前は、これから、天津丼や。わかったなあ。おまえはこれから天津丼じゃ、天津丼」「きょうから、あんたの名前は天津丼にすることに、決めたっ♪」と、そう言うのでした。
ヒガシマル醤油 ちょっとどんぶり 天津飯2P×5個
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「わかったなあ。これから、おまえの名前は天津丼♪」・・・と、うちの父親は「拝み屋さん」から言われてきたと言ってそう言ったのだった。そして、医者屋のM川がそれに同調して、「きみの名前は天津丼。ええ名前や。これから、天津丼にきみはなるんじゃ。天津丼」と言うのだった。「これまでのきみの戸籍の名前というものは、それは俗名であって、本名とはちごうたんや。今回、きみには、天津丼という本名がついた。これからもまた、きみには、いくつもの本名がついていくことになる」と医者屋のM川は「予言」したのだ。
  そう言われて、うちの父親は「そうや。さすがはM川先生や。いつでもええことばっかり言いはる。あんたの名前は天津丼で、M川先生が言われるように、これからも、もっといろいろと名前がついていくわけや」と言っていた。次は「カツ丼」か「牛丼」か、それとも「酢豚定食」か「回鍋肉(ほいこうろう)定食」か。その名前は、うちの父親の方から、「こういう名前はどうでっか」と提案した名前だそうで、それを「拝み屋さん」のおばさんが、「これが絶対にいいと思います」と「言うてくださった」そうだが、おそらく、うちの父親は、その「拝み屋さん」の所に行く前に「三番街の中華料理屋」で天津丼でも食いよったのではないかと思うのだ。それで、考えついたのではないかと思う。あの男のやることだから、どうせ、そんなところだろう。
  私は自分の氏名は名字の方も名前の方もあまり好きではなかった。名字は1字目と2次目とで画数が大きく違うので書いた時にバランスを取りにくい。名前の方は、通常の漢字の読みで読むと戸籍の読みに読んでもらえない読み方で、なんで、普通に読む読み方にしてくれなかったのかと思ってきた。しかし、それでも、うちの親が考えてつけた名前なのだから・・と思って大事にしてきたつもりだったが、その親が「これから、あんたの名前は天津丼♪」と言い出したのだから、それなら、そんな名前を律儀に守る必要はなかった。自分の名前は自分で考えて名のればいいことだった。それまでは、「マルコム=X」のごとく、名前は「X」で良いであろう。ところが、医者屋のM川が「きみの名前は、これからも、本名がいくつもついていく」と言い出したのだ。彼がつけるつもりだったのかもしれない。なにしろ、「わしほど謙虚な人間はおらんのやからな。医者というえらい人間の中でも特別にえらい人間で、なにしろ、わしは謙虚で気さくで人格者で苦労人で百戦錬磨の人間なもんやからなあ」ということで、そういうエライえらい人間なものやから、私の名前を次々とつける権利があるそうだった。医者屋のM川が「きみの戸籍上の名前というのは、それは俗名であって本当の名前とは違うんや。今回、きみに、天津丼という本名がついた。これからもまた、他にも、きみには本名がいくつかついていくことになる」と言ったのを聞いて、「そうや。先生のおっしゃる通りや」とうちの父親は言い、「これからも、あんたに、本名、つけたるわなあ♪」と言うのでした。・・今、思い出しても、よく、そういうことを言うと思う。そして、「わしの名前は、これほどええ名前はないねん♪ わしの名前ほどええ名前はないねん。わしは、このままにしておくのが一番やそうや♪」とか言って喜んでいたのでした。そういうように言ってやれば、この人は喜ぶ・・と「拝み屋さん」に見抜かれていたのではないでしょうか。なんか、アホがめでたいのお・・て感じがします。
  それで・・・、うちの父親が私を呼ぶ時に、もっともよく使用した呼び名が本名だとすると、「チャンコロ」というのが私の第一の本名で、それから「ロスケ」「イタコ」というのが私の本名で、「浪商」というのがその次くらいの本名だった。それから、「天津丼」である。
父は言うのだった。「これから、あんたの知ってる人の家を順番にまわって、『これからは私のことを天津丼と呼んでください』と言ってまわりなさい」と、そうおっしゃるのだった。それで、「わしの名前はこのままでええねん。わしは人格者やし、M川先生と一緒で百戦錬磨で苦労人で人格者でドイツ人なもんやから、このままの名前にしておくのがそれがみんなのためやねん、わかったか、天津丼!」と。
  私は「ロスケでイタコでチャンコロでニグロでプエルトリコで拓殖で浪商で天津丼」だそうだった。「よくも、産まれやがってからに♪ よくも、産まれやがってからに! よくも、よくも、産まれやがってからに! 産まれなければ良かったのに産まれてきたということを、心の底から反省しろ、チャンコロ! ロスケ! イタコ! プエルトリコ! 拓殖、浪商!!!」と。 毎日のように言っていた。「産まなかったら良かったのと違うのですか? 産まれなければ良かったような人間を、なんで、産むのですか? 産まなければ良かったのでしょう。違いますか? 『産まれなければ良かったようなカスカス人間の民族』を、なんで産んだのですか?」と言ったのだ。 「何を言うとるんじゃ、チャンコロ、ロスケ! 産まれなければ良かったのに産まれたのはおまえじゃろうが! 産まれなければ良かったのに産まれおってからに。産まれてきたということを心の底から反省しろ、ロスケ、イタコ、チャンコロ、プエルトリコ、浪商!!!」と。 「『産まれてきて申し訳ございませんでした』と言いなさい」とうちの父親が何度も何度も言うので、言ったのだ。「産まれてきて申し訳ございませんでした」と。「『産まれてきて申し訳ございませんでした』と心の底から思えよ、浪商!」「心の底から思え、浪商! チャンコロ! イタコ! ロスケ!」と、うちの父親は言うのだった。「なんで、産んだのですか? 産まれなければよかったような人間を、なんで、産んだのですか?」と私は言ったのだ。母が言うには、姉2人が産まれた後も、何度も妊娠したそうで、その度に父から怒られたそうな。「また、孕みやがったな、この女! どうしようもないな、この女は! この女は孕む孕むの女! この女は産む産むの女! ほんま、困った女やなあ、この女は! どうしようもない女やなあ!」と。 それなのに、なぜ、私を流さずに産んだのか? 私も流せば良かったのに。「おまえが産まれて迷惑なじゃ、チャンコロ! よくも産まれやがってからに!」と毎日毎日、うちの父親は、私の眼を指で突きさすように叫び続けたのだった。「なんで、産んだのですか? 産まなかったらよかったのに」と言ったのだが、「アホぬかせ! おまえが産まれたんじゃろうが。産まれなければ良かったのに、おまえが産まれてきやがったんじゃろうが! ひとのせいにすんな! チャンコロ!」とうちの父親はそう言うのだった。産まれてからのことはともかく、「産まれた」というのは、それは産まれてきた人間の責任ではなく、産んだ親の方の責任ではないのか? と思ったのだが、そういう考え方は「心理学」では「外罰的性格」と言うそうだ。本来なら、私が産まれる前に、私は死産で産まれてくるべきであると認識して死産で産まれるようにするべきであったのに、それを死産で産まれずに、普通に健康体で産まれてきてしまった、という点で私が悪いらしかった。「産まれてからのことはともかく、産まれたということについては産んだ方の問題と違うのか」などと言うと「外罰的性格」と「心理学」に「診断」されるようだった。

   うちの上の姉が奈良女子大に落ちたのは私のせいだそうだ。なんで? ・・と最初は思ったのだ。上の姉とは11歳違ったので、私が小学校の1年の時に上の姉は高校3年で、奈良女子大を受けると言って下見に奈良まで行く時に一緒に行ったのを覚えているが、小学校1年生に何の責任があるんだ? ・・と思ったのだが、そういう勝手なことを言うやつのことを「心理学」では「外罰的性格」と言うそうだった。「心理学」ではそうなるらしかった。 「おまえさえ、産まれてこなければ、えらいエライえらい人で、おまえとは違ってドイツ人のT子さんが奈良女子大に落ちるわけなかってんぞお。おまえが悪いねんぞ、ひとのせいにしてはいかんぞ、ひとのせいに!」とうちの父親は言うのだった。「おまえが産まれなければ良かったのに産まれおったがために、おまえを育てる費用がかかったから、そうでなかったらT子さんに、全科目、家庭教師をつけてやることができたはずで、そうしてやったらT子さんは奈良女子大に通ったのにからに、おまえが産まれてきておまえを育てるのに費用がかかったがために、T子さんはほんまは通ったはずの奈良女子大を落ちてしもうたんじゃ。T子さんに、申し訳ございませんでしたと言うて、地面に頭をすりつけて謝らんか、チャンコロっ! この浪商!!!」と言うのだった。
   うちの下の姉は、私が中学校2年の時にお見合いをして、いったん、この人と結婚すると言ったものの、つきあっているうちに、嫌だと言い出したのだが、うちの父親が「わかっとるか。相手は関西大学やぞ。おまえは短大しか出とらんじゃろうが。どっちが上かあ、下かあ! わかっとんのか、おまえは」と姉に言うので、そういうものではないだろう・・と思ったのだ。結婚というのは上とか下とかそういうものと違うと思うのだ。姉は嫌だ嫌だと言いまくっていたが、うちの父親は「ええかげんにせんか。おまえと相手とどっちが上か下か考えろ。相手は関西大学、おまえは短大しか出とらんじゃろうが。上かあ、下かあ!」と言いまくってきかなかった。 そのうち、父が私に「あんたは、どうすればいいと思うか」と訊くので、このおっさん、中学校2年生にきかんと判断できんおっさんやったんか・・と思ったのだが、私は言ったのだ。「本人が嫌だと言うものならしかたがないのと違うのですか」と。父は「そやけど、相手の方が上やで。相手は関西大学でA子は短大やで。相手の方が上やがな」と言うのだったが、「上とか下とかは関係ないでしょ。上でも下でも本人が嫌だというものなら、しかたがないでしょ」と言ったのだ。父が「無理矢理やるとええと思うねんけど、そう思えへんか」と言うので、「思えへん」と言いました。「だめだ。本人が嫌だと言っている相手と無理矢理結婚させるなんてことは絶対にやってはだめだ」「絶対にだめです」と言いました。それにしても、毎度毎度、あの「無理矢理やるのが好きなタイプ」のおっさんには、まいります。いつでも、「無理矢理、無理矢理」とか言うとるのです。いったい、どこからそういう思想を見につけたのか・・。私が20代の時、うちの父親は私にも「本人が納得いかんというものを無理にさせようとしても、絶対にうまいこといくわけないんや。これが一番大事なことや。そやからやなあ、おまえは、納得いかんことでも納得せえ! わかったなあ。これが一番大事なことなんやぞ。納得いかんなんて言うたらいかんねんぞ。納得いかんことでも納得せえ、おまえはあ。これが何よりも大事なことなんや。チャンコロ!」と私の眼を指で突き刺すようにして何度も何度も言っていました。そういうおっさん でした。「本人が納得いかんというものを無理にさせようとしても、うまいこといくわけないんや」と言うので、このおっさんも、そういうことを理解するようになったか・・と思いきや、最初の表現は「本人が納得いかんというものを無理にさせようとしても、絶対にうまいこといくわけないんや」でも結論は正反対のところに持っていったのです。このおっさん、自分が言っていることがおかしいと思わないのか、と思ったのですが、思わないようでした。
  私は「その、嫌だというのは、絶対に嫌なので、この話はなかったことにしたいということなのか、それとも、嫌な部分があるから、その部分は改めてほしいということなのか、どっちなのですか」と。すると、父は「それが、どっちなのか、はっきりと言いよらんねん」と言うのだった。今から考えると、私は、父がそう言うからにはそうなのだろうと思いこんでしまったのだが、そうではなく、姉としては、断りたいという意味ではっきりと何度も言いまくっていたと思う。私は父が「どっちなのか、はっきりと言いよらんねん」と言ったので、そうなのだろうと思いこみ、「それなら、どっちなのか、はっきりしろと言ったらどうですか。どっちなのか、わからないと対応できませんでしょ」と。父は「訊いても、はっきりと言いよらんのやけども、どうしたらええと思う?」と訊くので、中学校2年生は「それなら、どっちか決断できるまで、結婚式は延期させてほしいと相手の人に言ったらどうですか」と言ったのだ。父は「そんなん、延期してもらえるやろうか」と言うので、私は「もしも、延期してもらうことができないということなら、この話はなかったことにしてもらうしかありませんね」と言ったのだ。父は「そやけど、ここまできて、断るやなんて、きいてもらえるやろうか」と言うので、「ですから、それは、頭を下げて謝るしかありませんね」と言ったのだ。私はそこまで言ったのだ。中学校2年生にそこまで教えてもらわないとだめな父親て、このおっさん、何なんだろう・・とも思ったが、そういうおっさんやった。それで、父親が言いに行ったのか母親が言いに行ったのか、どちらかわからないが、私が言ったように延期してほしいと言いに行ったらしいのだが、そうすると、「そんなん、もう、会社の人にも何日に結婚式あげますと言っているのに、それを早めるならともかく、延期なんて言ったら、男の人は出世にさしつかえます。そんなん、延期なんてできません」と言われて、それで、「そうでんなあ~あ」と帰ってきたそうだった。アホか! 「子供の使い」じゃあろまいし、「延期なんてできません」と言われて「そうでんなあ」言うて帰ってくるアホがあるか!?! と思ったのだが、そういう父親だった。それで、姉に「なんで、わしがこんなことで、悩まされないといかんのじゃあ~あ! ほんまにほんまにい~い! A子、ええかげんにせえよ、おまえはあ! ええかげんにせんか、A子!」と姉に怒鳴りつけるのだったが、情けないおっさんやなあ・・と思ったものだった。「延期なんてできませんわ」と言われたなら、「それなら、申し訳ありませんが、この話はなかったことにしていただきたいと思います」と頭を下げて言うしかない、と私は教えてあげたはずだった・・・が、人に頭を下げられるのは好きだが、1ミリでも自分が頭を下げるのは嫌だというおっさんだったから、だから、頭を下げるというほどのことでもなくても、「申し訳ありませんが、このお話はなかったことにさせてください」と言うことができなかったようだ。それで、「A子、おまえはええかげんにせえよ! なんで、わしがこんな悩まんといかんのじゃあ、なんでこのえらいえらいわしがあ!」と言うのだったが、それが父親の役目と違うのか? いざという時にこそ、何とかしようとするのが父親とは違うのか? と思ったのだが、いざという時になると、「ええかげんにせんか、ええかげんにせんか。なんで、わしがこんな思いせんといかんのじゃあ~あ」と言って逃げていくのがうちのおっさんやった。そういうおっさんやった。私は今までからこの人のことを「特別に賢い」とかいうようには思ってなかったけれども、ここまでアホとは思わんかった。それで、私は「そんなこと言わないで」と言おうと思ったまさにその時、姉が「もうええねん、私が犠牲になったんねん。あんな男と結婚して私が犠牲になったんねん」とヤケクソみたいに言いよったのだ。それで、「なんや。せっかく、私が心配してあげているのに。そんなヤケクソみたいなこと言うのなら、もう、勝手にしろ!」と思い、言うのをやめた・・・のだったが、結局、姉はいったん結婚したものの、結婚してすぐに、嫌だと言い出して離婚した。やっぱり、あそこで、「勝手にしろ」と思うのではなく、「そんなこと言わないで」とうちの父親に私が言うべきだった・・と後悔した。
  ところが・・・、その姉が離婚したのは私のせいらしかった。なんで、私のせいなんだ? ・・・と思ったのだが、「A子さんは素直なええ子であって、本来なら離婚なんてする人間やないのにからに離婚したっというのは、それはおまえのせいやねんぞ、おまえのせい! 反省しろよ、チャンコロ! おまえが悪いねんぞ、おまえが。すべて、おまえのせいやねんぞ、おまえのせい! 百パーセント、おまえが悪いねんぞ。『A子さんを離婚させて申し訳ございませんでした』と地面に頭をすりつけて、このわしに謝らんか、このチャンコロ、浪商めが産まれてこなければ良かったのに産まれてきやがってからに浪商、チャンコロ! ロスケ! イタコ!」と何度も何度も言うのだった。なんで、私のせいなんだ? 父親がしっかりせんからいかんのだろうが!!! と思ったのだが、なぜ、私のせいかというと、下の姉は、私が高校に行くまでに結婚を決めてくれと言われたから、それで、「あんな男とでも結婚して我慢したろと思った」ということで、それで失敗したそうで、私さえ産まれてこなければ、私が高校に行くまでに結婚を決めてくれと言われることもなかったから結婚に失敗することはなかったそうで、それゆえに、「A子さんが離婚したのは百パーセント、おまえが悪いねんぞ、おまえが。謝らんか、このわしに! A子さんを離婚させて申し訳ございませんでしたと言うて、地面に頭すりつけて、このわしに謝らんか! このチャンコロめが、よくもA子さんを離婚させやがってからに、こいつめ、よくも産まれてきやがってからに。産まれなければよかったのに。産まれなければ良かったのに。おまえが産まれたおかげで、T子さんがおまえに奈良女子大を落とされたし、おまえが産まれたおかげでA子さんがおまえに離婚させられて、それでわしは迷惑しとるんじゃ。この上もなくえらいえらいエライエライ人間のこのわしやのにからに、T子さんが奈良女子大に行けんかったのはおまえが悪いのであって、A子さんが離婚したのはおまえのせいやねんぞ。ひとのせいにすんなよ。人間、ひとのせいにするヤツは最低やぞ。ひとのせいにする人間というのは、人間として最低の人間やぞ、わかっとんのんか。謝れ、このわしに! A子さんを離婚させて申し訳ございませんでした、どうかお許しくださいませと言うて地面に頭すりつけてこのわしに謝れ、このチャンコロめが、このロスケ! イタコ! プエルトリコ! 浪商! 亜細亜大! この拓殖!!!」と言うのだった・・・が、ひとのせいにしているのは、あんたと違うのか? と思ったのだが、そういうことを言うと「外罰的性格」と私が「診断」されるらしかった。「心理学」とはそういうもののようだ。
  中学校2年の時、「あんたは、どう思うかあ?」とうちの父親が私にきくので、このおっさん、中学生に教えてもらわんと判断できん男なのか。情けない男やなあ・・と思ったのだったが、私に「あんたは、どう思うかあ?」ときいたのは、それだけが理由ではなかったようだ、と後に理解した。
(1)中学生に教えてもらわないと判断できないおっさんやった・・ということもあるが、
(2)「無理矢理やるとええと思うねんけど、そう思えへんか」と何度も私に言い、私が「思えへん」「本人が嫌だと言うものを無理矢理なんて絶対にやったらいかん」と断固として言ったので、私から「そうです。無理矢理されるのがよろしい思います」という返事を引き出せなかったが、「無理矢理やるのが好きなタイプ」で「嫌がることをさせるのが好きなタイプ」のおっさんとしては、無理矢理やりたかったのだが、自分に自信がないので、背中を押してくれるようなことを誰かに言ってほしかった
(3)そうやって、うまくいかなかった時に、「お父さんがそうしたから、こんなになってしまった」と言われるのが嫌だから、おっさんがやりたい「無理矢理やる」というのをやって、うまくいかなかった時に、「あんたが、こないせえと言うから、あんたが言うからやって、それで、こうなってんで」ということにして、同調した人間が悪いのであって「お父さん」は悪くないんや・・ということにするための””保険””をかけておきたかった
ということがあったようだ。なんか、せこいおっさん・・て感じがする。中学校2年の時の私は、(1)は感じたが(2)と(3)はわからなかったが、それから、十何年か経ってわかった。しょーもないおっさん・・と思うが、世の中、「しょーもないおっさん」はけっこういるし、同級生のお父さんなど見ていると「いいお父さんだなあ」と思いうらやましいなあと思うような人もいたが、そうでないおっさんもいるわけで、「しょーもないおっさん」は世の中にはいるものだが、我が家のおっさんも「しょーもないおっさん」やった。そうは言ってもそのおっさんの給料で食べさせてもらって成人したのだから、その点では感謝もするべきなのだろうし、それについては認めないつもりはないけれども、北野高校の2年の時の担任だった旧姓S野礼子が「私は両親が離婚したから」「私は父親がいなかったから」と何度も何度も言いまくって、父親というものがいた者はさぞかしものすごく恵まれていて、さぞかし、ものすごく得してきただろうみたいな言い草をしまくってしかたがなかったが、実際の父親というものは、そんなにいいものとは違う・・ということを理解できない女・・というのは、もしも、それが「両親が離婚した」「父親がいなかった」ことによるものであるならば、それは「両親が離婚した」娘・「父親がいなかった」娘の欠陥ということになるであろうけれども、「両親が離婚した」娘・「父親がいなかった」娘にもいろいろな人がいると思うので、それは「父親がいなかった」娘全般の欠点ではなく旧姓S野礼子の致命的な欠点だと考えるべきものだろう。北野高校というその地域で一番の高校に行って卒業したわりに、あんまり賢くない。その地域では一番難易度が高い高校といってもそれは男性の場合のことで、大学の男女共学は合格最低点より高い点数さえとれば男でも女でも関係なく入学できるというものだが、府立高校の男女共学というのは男女比がそれほど大きく変わらないように、男子の合格最低点と女子の合格最低点は別で、今は変わっているかもしれないが、私や旧姓S野礼子さんが高校に入学した頃は、男子は大阪府で一番難しい高校だったが、女子は受験番号と氏名さえ書けば誰でも入れる高校だったから、女性で北野高校卒という人は「その地域で一番の高校卒の人だから」というのは、あまりあてにならない・・という例だったのかもしれない。又、そのあたりの点については、どう考えても、高校教諭に適性があるとは思えない

  それで、「ほうれん草と同じ成分の薬」があれば、「ほうれん草を食べるのではなく薬を飲めばいい」というのが、「医者という普通の人間よりもえらい人間の中でも特別にえらいえらい人格者でキリストの先生」らしい「M川先生」がおっしゃることで、それに異を唱えると、「生兵法は大怪我の元」で「思考が硬い」で「わざわざ無理して逆らってる」で「頑固」で「そんなことでは大学落ちるぞ」らしかった。
  今年、姪・・ではなく姪の娘が中学校2年になったが、下の姉がその相手は嫌だと言って、うちの父親が「あんたは、どう思うか」と私に訊いた時の私と同じ年齢になったが、その姪の娘を見ると、あんなチビスケと一緒の年齢の時に、よくあれだけ、きっちりと言ったものだ・・と思うのだが、それでも、私が悪いそうだった。地面に頭すりつけて謝らないといけないそうだった。
  うちの父親が好きな人間として、その医者屋のM川と「拝み屋さん」を紹介した父の部下のM尾さん、それに3人の兄弟で父の一番のお気に入りだった上の姉の3人が「ドイツ人でアメリカ人の民族」だったようだが、もう一人、私が北野高校の時の2年の時の担任だった旧姓S野礼子(女。北野高校⇒神戸大文学部卒。1970年代後半当時、20代)が、父のお気に入りだったのだが、私が失敗したと思うのは、北野高校の教諭というものを買いかぶっていた、実状をはるかに超えて高く評価していた、という点がある。今から考えると、あいつら、無能のくせして、なんで、あんなにえらそうにしていたのか・・と思う。むしろ、えらそうにすることで、自分を尊重してもらえると思い、作戦としてえらそうにしていたのかもしれない。 あいつらを実際以上に高く評価してしまった、というのが私の高校および大学受験時における失敗だった。
  特に、2年の時の担任だった旧姓S野礼子は、生徒のために尽力するよりも、親の機嫌を取った方が高校教諭の処世術として正解と考えていた女だった。 私が高校を卒業して何年も経ってから、ふと見ると、家のテーブルの上に旧姓作野礼子から私の親宛に来た手紙が置いてあったのだ。「寺地」という結婚して変わった名字を書いて。私が旧姓S野礼子の結婚した名字を知っているのは、本人から教えてもらってではない。あの女は生徒に教えるのではなく、卒業して何年も後に、生徒を飛ばして親と接触していて、親に教えていたのだった。高校の教諭が、生徒の卒業後、生徒をとばして親とつきあうというのは認められていいことか? 職場の同僚の嫁はんと同僚をとばしてつきあうみたいな、そんな感じのことをやっていいのか? その人にもよるのだが、旧姓S野礼子の場合は迷惑だった。迷惑千万だった。あれはやめてもらいたかった・・が、やめてくださいと言っても絶対にきかない女だったが、高校の教諭というものが、生徒と卒業後もつきあいがあるというのは決して悪いことではないが、生徒を飛ばして親とつきあいがあるというのは、特に生徒がそれを嫌がっているのに、生徒に無断で親と深くつきあっているというのは、それは高校教諭として評価されるべきものか・・というと、私は違うと思う。生徒が卒業後、生徒とつきあうのではなく生徒をとばして親とつきあっているというのは、特にそれを生徒が嫌がっているのに、嫌がってもおかまいなしにつきあって得意がっているというのは、それは高校教諭としていい態度ではない。 旧姓S野礼子は私に「あなたはブンケー(経済学部のこと)よ」と言いまくって、私が絶対に嫌だ、そこだけは嫌だと思っている所に行かそうと必死になったが、旧姓S野礼子は神戸大の文学部に行ったのだが、私なら神戸大の文学部なんて、たとえ、行きたいと思っても絶対に受けさせてもらえなかったが、旧姓S野礼子は「私は親が離婚したから」「私は父親がいなかったから」「私は家が貧乏だったから」とそれを自慢しまくっていたが、そのわりに、私なら行きたいと言い出すことはできなかったし、たとえ、言っても絶対に受けさせてもらえない神戸大の文学部みたいなものに行って、又、私は「うちは学校の先生になんかならすような金持ちとは違います。甘ったれなさんな」と言われ、「たとえ、学校の先生になるにしても、数学か英語の先生だなかったらなってはいかん。国語やら社会科やら理科やらの先生はなってはいかん。数学か英語の先生でないと家庭教師のアルバイトができません」と言われたものだったが、「家が貧乏だったから」「両親が離婚したから」「父親がいなかったから」とそういうのを自慢しまくる人というのは、実はものすごい金持ちだったのではないのか・・という印象を受けるのだが、旧姓作野礼子は「文学部には適性がない」と思うし、「高校の教諭には不向き」の人だと思う。「あなたはブンケー(経済学部)よ」と本人が何が何でもそこだけは嫌だと思っている所に何が何でも行かせてやろうと画策する高校教諭だったが、何も言われてばっかりいることはない。こちらからも言ってやっていいと思う。旧姓作野礼子こそ「あなたは文学部は向いてないわよ」と言ってやるべきで、「あなたは高校の教諭はだめよ。向いてないわ」と言ってやるべきであった・・と思う。 高校在学中については、生徒との「懇談」「面談」において、適切で生徒の役に立つことを言えても、言えなくても、かえってマイナスになるようなことを言ってしまうことがあったとしても、それは高校教諭の仕事かもしれないし、たとえ適切でないことを言ってしまうことがあったとしても人間のやることに失敗はある・・と考えるしかないかもしれないが、卒業後、何年も経ってから、本人が知らない間に本人をとばして親と接触している・・というのは、それはいかんのではないか・・と思うのだが、そういう自覚のない女だった。又、「親が離婚した」場合と、離婚すると言いまくりながらいつまでも離婚できない親とではどっちがまだいいか・・なんて考えたこともない女だった。自分が世界で一番不幸で自分はその不幸に耐えてきた世界で一番えらい人間だと思いこんでいて、誰もが「S野さんは両親が離婚されただけあって、しっかりしてられるわあ」とヨイショするのが義務だと信念もっている女だった・・が(そんな義務なんてないと思うし)、高校生が卒業後、何年も経ってから、本人をとばして、本人が知らない間に親と接触している・・というのは、特に本人がそれを嫌がっているのに広い意味での「ストーカー」のように親にくらいついているというのは、それは高校教諭として慎むべきものではないのか・・と思うのだが、たとえ言ってもきかない女だったろうなあ・・と思う。「親が離婚した」娘というのは誰もがああいう状態であるのなら、「親が離婚した」娘は高校教諭にはならないでもらいたいものだと思うが、「親が離婚した」娘にもいろいろあると思うので、旧姓S野礼子を見て1例だけで他の人までだめだと断定はしない方がいいとは思う・・が、「親が離婚した」とか「父親がいなかったから」とかそういうことは、うちの父親の「親友」の医者屋のM川が「うちの息子は関西医大裏口入学なんじゃ。どうじゃ。わかったかあ!」と自慢していたのと同様、そんなもん、自慢することと違うと思うがなあ・・・と思う。世の中、わけのわからんことを自慢する人というのがあるようだ。
  旧姓S野礼子は「私は親が離婚したから」「私は父親がいなかったから」とそれを自慢しまくり、「S野先生は両親が離婚されただけあって、苦労されてきただけあってしっかりしてられるわあ」と誰からも言ってもらう権利がある・・みたいに思っていたようでしたが、私の母は「親には息子に対しては『所有権』という権利がある」と言っていたのですが、父親がいなかったということは、自分に対して「所有権」を主張する人間が1人少ない、ということになるはずなのです。自分に「所有権」を主張する人間が1人だけというのは、自分に対して「所有権」を主張する人間が2人いるよりはいい、という面もあるはずですが、それを理解できない女・・というのは、あんまり賢くないなあ・・と思います。私の母は、うちの父親のことを「私を女中さんみたいに思っている」と言っていつも怒っていたのです。「女中さんは、無茶苦茶やったら出ていくけれども、嫁は出て行かないから女中さん以下の扱いにする」と言って怒っていたのです。しかし、嫁は離婚することだって可能性の1つとしてあるはずですが、息子は父親と離婚できないのです。うちの父親は私に「・・・かねえ」とかいった口のきき方をする男で、自分が我が家の常務さんのように思っていたのです。だから、部下である私に「・・・かねえ」といった口をききましたし、「なんでも、なんでも、絶対服従。わしには何でも何でも、絶対服従♪」とか言っていました。会社のおいては、上司の業務命令については従業員はきかないといけませんが、業務と関係のない個人的なことについて命令される筋合いはありませんし、むしろ、それは「私生活介入」という不法行為と評価されますが、わが家においては、その私生活の部分に対して「何でも何でも絶対服従♪ 何でも何でも絶対服従♪」とおっさんは叫んでいたのです。 そして、会社においては、勤務時間というものがあり、勤務時間外や休日においては業務命令をされる筋合いはないことになりますが、ところが、わが家では24時間、「わしの言うことは何でも何でも絶対服従♪」と我が家の常務さんは言いまくっていたのです。 会社の従業員ならば、上役があまりにも横暴であれば、配属を変えてほしいと訴えることもできますが、きいてもらえないならば、その会社をやめて他の会社に転職するということも、選択枝としてあります。もし、うちの父親が会社の上役であったなら、私はすぐに転職して他の会社に行ったと思いますが、ところが、息子は他の家庭に転職できないのです。そして、嫁は夫と離婚することができますが、息子は父親と離婚できないのです。 母は「女中さんなら、無茶苦茶やったらやめてしまうから、女中さんの機嫌をとって、私は無茶苦茶やってもやめないから、だから、私を女中さん以下の扱いにした」と言って怒っていたのですが、うちの父親は私に「・・・かねえ」といった口のきき方をして私を「24時間滅私奉公の会社の部下」の扱いにしましたが、嫁は離婚することができても、息子はあのおっさんと離婚したいと思っても離婚できないのです。「朕思うに、我が皇祖~そ~はあ、わしに孝に、わしに孝に、わしに、わしに、わしに、わしに♪ すべてをすべてをわしのために! すべてをすべてをわしのために♪ わしに感謝、わしに感謝、わしにわしにわしにわしに」と毎日毎日、叫びまくっているおっさんと、離婚したいと何度も思いましたが、嫁は夫と離婚できても、息子は父親と離婚できないのです。 「私は父親がいなかったから」と旧姓S野礼子さんは言いまくり、それを自慢にしていたのですが、実際のところ、父親がいない人というのはうらやましいなあ・・・と何度も思いました。・・それでも、あのおっさんの給料から生活費を出してもらって成人したわけですし、あのおっさんの名義の家に住ませてもらってきたわけですから、その点については感謝もするべきなのでしょうけれども、そういった面があったとしても、我が家の常務さんとは、もう、つきあいきれませんわあ・・と思いました。 うちの父親の部下だった人で、定年のほんの少し前に退職してしまった人があったようで、けっこううちの家族とも親しくしていた人だったのですが、うちに電話されてきたことがあった際に、母が「もう少しで定年なら、せめて、それまでおられたら良かったのと違うのですか」と言うと、「そうなんですけれどもね。もう、常務とはこれ以上はつきあえませんわあ」・・と、そうおっしゃったそうなのです。その人は、その「常務さん」とつきあわないといけないのは、まだ、会社にいる間だけのはずなのです。私は24時間で、休日もないのです。
   横浜市港北区の日吉台学生ハイツにいた時などは、朝、電話がかかってきて「今、会社に着いてん。今、いらいらしてんねん。それで、かけたってん。感謝しろ!」と言ってかけてくるのです。「それで、用事は何ですか」と言うと、「用事は別にないねん。用事はないけれども、いらいらしてんねん。そんで、かけたってん」と言うのです。「用事はないのなら、切りますよ。いいですね」と言うと、「こらあ! 何、言うとるんじゃ。こらあ!」と言うのですが、「しかし、用事ないのでしょ。私は、これから学校に行くんですよ」と言うと、「そうかあ。そんでやなあ。今、いらいらしてんねん。いらいら、いらいら、いらいら、いらいら」と言うのです。朝だけではないのです。夜は夜で、「今、会社やねん。これから帰るねん」⇒「そうですか。用事はないのでしょ。切りますからね」と言うと、「こらあ! 何、言うとるんじゃ、。こらあ!」と言うのですが、「それで、用事は何ですか」と言うと、「用事はないんや。用事はないんやけれども、いらいらしとるんじゃ。いらいら、いらいら、いらいら、いらいら。感謝しろよ、いらいら、いらいら、いらいら、いらいら!」と言うのです。朝と晩だけではない。昼も日吉台学生ハイツにいると電話がかかってきます。「わしは、あんたの時間割を会社の机の上に貼っておって、それを見て、この時間はあんたはそこにおらんといかん時間やと思うて、それで、かけたってん」と言ってかけてくるのです。「それで、用事は何ですの?」と言うと、「用事は別にないねん」⇒「それじゃ、切りますよ」⇒「こらあ! 何を言うとるんじゃ。せっかく、かえてやってやってやってやってやったったんじゃ。こらあ」と言うのです。「いらいらしてるんでしょ」と言うと、「そやねん。いらいらしてんねん」と言うのですが、毎日毎日、朝から晩まで「いらいらっとしたら、かけたんねん」と言って電話してくるのです。私の所だけかと思ったらそうではなく、下の姉の所にも電話していたようで、「あの人の電話、かなわんねえ。ほんま」と姉は言うのでした。 「『いらいらっとしたら、かけたんねん』と言って電話かける人は、それで、いくらかすっとするのかもしれないけれども、瘤取爺さんの瘤と一緒で、かけられた方は、その分、ストレスが溜まるんやからねえ」と言うのですが、姉は結婚してダンナと一緒に住んでいましたから、まだ、それほどではないと思いますし、ダンナがいる時間帯にはかけないと思うのですが、私の所には24時間、「いらいらっとしたから、かけたってん♪」「今、いらいらしとるんじゃ。いらいら、いらいら、いらいら♪ わしほど精神的にしっかりしてる人間はおらんねんぞお。いらいらいらいら。わしは百戦錬磨の人間で、わしは常に精神面が落ち着いた、気持ちの安定した聖人なんじゃ。いらいら、いらいら。わしは風が吹こうが嵐が来ようが台風が来ようが地震が来ようが怪獣が来ようがび~くともしない、精神的に安定した人間やねんぞお~お。いらいらいらいら! いっらいっらしてきたああ~あ♪ いっらいっらしてきたあ~あ♪」と言って、電話攻撃が朝から晩まで続くのです。(あの人は、いつでも「いらいら」している人ですから、「いらいらしてきた」という表現は不適切で「いらいらしてきた」ではなく「いつもと同じくいらいらしている」と表現した方が妥当でしょう)。会社で上役からそういうことをされたなら、その上役の上役に、「あの方、何とかしていただけませんか」と言うか、配属を変えてくださいと言うか、きいてもらえないなら、その会社はやめて他の会社に転職するという選択もできますし、嫁は夫と離婚するという選択肢もありますが、息子は父親と離婚できないのです。 なんで、「私は父親がいなかったから」と父親がいなかった人、要するに「いらいらっとしたから、かけたってん」と言って朝から晩まで電話攻撃してくる人がいない人から自慢されなきゃならないのか。もしも、「いらいらっとしたから、かけたってん。感謝しろ」と言って連日、朝昼晩と電話攻撃してくるおっさんを欲しいのなら、あんたにあげてもいいよお・・・と思いました。 旧姓作野礼子という女は、そういったことを理解できない女、ウルトラのバカだった。 「両親が離婚した」娘はあんな人間になるのなら、「両親が離婚した」娘には高校の教諭にはなってもらいたくないものです。迷惑です。もっとも、「両親が離婚した」娘でも、ひとりひとり、違うでしょうから、それだけで決めつけるべきではないでしょうけれども、「いらいらっとしたらかけたんのんじゃ。いらいらっ、いらいらっ、いらいらっ♪」と言って、朝から晩まで何度も何度も電話してくる人にはまいりました。「私は両親が離婚したから」「私は父親がいなかったから」と旧姓作野礼子は自慢しまくるのでしたが、だから、何なんだよ! 「いらいらっとしたら、かけたんねん。いらいらっ、いらいらっ、いらいらっ♪」と言って、朝から晩までひっきりなしに電話してくる人が欲しいのなら、あんたの所にかけるように言うぞお!!! ほんと!

  1997年1月、イタリアに初めて行った時、なんか、胡散臭そうな人間がまわりにいっぱいいて、とんでもない国に来てしまったか? と、最初、思ったのだが、その片方で、このうえもなく親切にしてもらう経験もあり、片方で胡散臭そうな人がいても、他方で、なんてこの国の人は親切なんだと感激した・・のだが、翌年、イタリア初心者だった前年に比べるといくらか慣れた状態で同じ場所に行ってみると、前年、まわりにいっぱいいたと思った胡散臭い人というのが、なぜか、感じられなかったのだ。 ひとつには、その国の初心者で、いかにも危なっかしいという旅行者には、胡散臭い人が寄ってくるが、慣れてきた旅行者には寄ってこないということがあるかもしれない。 それと同様、「外敵を引っ張り込んでくる父親」にはそういう類の人間が寄ってくるようなところがあるようだ。それが、医者屋のM川であり、父の部下のM尾さんが紹介した金沢の「拝み屋さん」であり、私が北野高校の2年の時の担任だった旧姓S野礼子だったようだ。
  あのおっさんの給料で食べさせてもらって成人したのであり、あのおっさんの名義の家に住ませてもらってきたのだから、その点は感謝もするべきだろうけれども、「外敵」を引っ張り込んでくるおっさんやった・・・という点は、困ったおっさんやった・・・。

● 薬というものは化学物質であり、病気になってしまい、それを治そうという場合に服用するもので、その化学物質を体内に入れた場合に、その病気を治すのに効果があると思われる作用を「主作用」、むしろ、害がある可能性が考えられるものを「副作用」と言う。「主作用」だけあればいいのですが、そうもいかない場合が多いようです。「主作用」が十分に期待できて「副作用」はそれほどないものを「薬」と言いますが、もしも、何ら、治療する病気がないのに薬を服用するとなると、「副作用」だけで「主作用」がないものを体内に入れていることになる。「副作用」(身体にマイナスになるもの)だけで「主作用」(その病気を治療するのに役立つことが考えられるもの)がないような薬というのは、そういう化学物質を何と言うかというと、「毒」と言います。
● 「ほうれん草と同じ成分の薬」があれば、薬を飲むよりもほうれん草を食べた方がいいし、「蜜柑と同じ成分のサプリメント」があったとしても蜜柑を食べた方がいい。実際には、蜜柑の栄養分と同じものを完全に含有しているサプリメントなんて、ない。
●  珈琲と紅茶とでは、同じ質量の珈琲豆と紅茶の葉では、紅茶の葉の方がカフェインを多く含んでいるが、実際に飲む状態の液体に抽出したものでは、コーヒーと紅茶とでは、液体になって飲む状態のものではコーヒーの方がカフェインを多く含んでいる。
●  カール=マルクスは「宗教は毒薬」などとは言っていない。宗教の中には毒薬のような宗教もあるかもしれないが、カール=マルクスが『ヘーゲル法哲学批判序説』の中で「宗教はアヘン」という表現を1回だけ使っているが、それは「宗教は貧しい人たちにとってのなぐさめである」という意味で使っており、「毒薬」という意味では使っていない。
● 「拝み屋さん」に相談しても、自分の名前を変えるなら変えてもいいが、ひとの名前を変えさせろなどという要求はきいてはならない。 そういう要求をする「拝み屋さん」は害がある。
● 高校の教諭に対しては決して警戒心を怠ってはならない。
● ドバカ息子を裏口入学させたなどということは自慢することではなく、「両親が離婚した」などということも自慢することと違う。

  (2020.10.16.) 

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