箕面教会見学【5/5】「特別献金」でトーシンダイに行った男。「思考が柔軟だから」裏口入学の男。

[第421回] 日本の教会 シリーズ( )-5
  日本基督教団 箕面教会のすぐ東側を箕面川が北から南へ流れています。箕面川も、阪急「箕面」駅から箕面大滝までの箕面公園の区域の箕面川と、箕面駅から西に直進したあたりの箕面川、そして、この箕面教会の東のあたりの箕面川と雰囲気はかなり違います。
画像


↑府道池田箕面線(府道9号)が箕面川にかかる橋から北側(上流側)を見たものです。11月下旬。紅葉がきれいですが、見るとこのあたりは川の底がコンクリートで人工的に造られています。どうしたのでしょうね。

  府道池田箕面線を東に行くと阪急箕面線の踏切にぶつかります。その途中に、
画像

↑府道池田箕面線の箕面川と阪急箕面線の中間付近、「臨済宗 華嶽山 正法寺」
画像

↑踏切の少し北より見た箕面駅と箕面の山。

  府道池田箕面線から箕面教会の方に入ってきた道で箕面教会の方に曲がる三叉路を曲がらずに南に行くとすぐに箕面市立第一中学校が見えてきます。私が卒業してから、校舎を建て替えて、雰囲気が変った部分もありますが、箕面市立西小学校も北野高校も校舎の位置と運動場の位置が入れ替わって、感じが変りましたが、第一中学校は配置は変わっていません。体育館は昔からのものが今も利用されているようです。↓
画像


画像


↑ このあたり、昔、中学生の頃、通学で通りました。2階部分に「クスノキ」と書かれているお宅はかつては「クスノキ書店」で右側に「書店」という文字があったように思ったのですが、10年程前に来てみると、書店ではなくなりクリーニングの取次店をされていたようでしたが、今、見るとクリーニングの取次店もやめられたみたいですね。私より少し年下の息子さんがおられたのですが後を継がなかったのでしょうか。彼が本屋の後を継ぐか継がないかなんて、私がどうこう言う立場にありませんが、よく利用させてもらった本屋さんがなくなるというのは、少々寂しい思いがします。北野高校のはす向かいにあった高橋尚文堂も、十三駅と北野高校の中間より駅寄りにあったミナ書房も、15年ほど前に行ってみましたらなくなっていました。かつて、利用した書店がなくなっているというのは寂しい思いがします。

   「箕面教会のS田牧師さんは、おまえとは違って大阪経大やねんぞお~お。わかっとんのんか、チャンコロ。わかっとんのんか、チャンコロ。わかっとんのんか、チャンコロ!」と、私は父から毎日毎日ぼくらは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうくらいに言われ続けてきたのですが、なんで、大阪経大とトーシンダイの私立大学2つ行った人というのがそんなにエライのかよくわからないし、私は、自分としては日本で一番嫌いだった大学の首をもがれても行かされたくないと思っていた学部に無理矢理行かされてしまい、それなら、たとえば、北野高校で倫理社会を教えていたA先生は大阪大学の法学部を卒業した後に大阪大学の文学部哲学科に行き直して北野高校の倫理社会の先生になったと本人から聞いたし、朝日新聞の編集委員であった本多勝一は、長野県の飯田市の出身で、お父さんは薬学部に行かせて薬剤師の資格をとらせて家で薬局でもやればいいと思っていたらしかったが本人は気が進まなかったらしく、それで、ともかく、薬学部を卒業して薬剤師の資格をとれば、その後、自分の好きなようにすればいいと約束し、千葉大の薬学部を卒業して、その後、京大の農学部に行って朝日新聞社に入社したらしいが、私もそんな感じで、ともかく慶應の商学部を卒業するから、その後、自分が行きたいと思う大学の行きたいと思う学部に行ってやりたい研究をさせてほしいと訴えたが、父は「何を甘ったれたことを言うとるんじゃ、チャンコロ! おまえが生まれなければよかったのに産まれたおかげでおまえを育てるカネがかかってわしは迷惑しとるんじゃ。おまえを育てるのにかかったカネをこれからおまえに死ぬまで働いてまどてもらわんといかんのじゃ、このチャンコロめがよくも生まれやがってからに」と言うのでした。それから考えれば、「言っちゃなんだが」この際、言ってしまうと、大阪経大しか行ってないくせしやがれてからに、私立大学を2つも行かせてもらいやがってからに、「家が貧乏やったから」とか「債権者に追われて」だの「家が貧乏やったから慶應なんか行かせてもらえんかったから大阪経大に行ったんや」とか何だのかんだのと「牧師説教」と称して勝手なことばかりぬかしやがってからに、「家が貧乏やった」人て、なんかええ身分やなあ。何が「祈りましょう」じゃ、何があ!

   で、わけのわからんことを言う人というのはS田さん以外にもあって、父の勤め先の父の部下にあたる人で、ドバカ息子を東京の大東文化大だかに行かせたという人があり、父は「△△さんの息子さんは、おまえとは違って大東文化大やねんぞお。おまえみたいに慶應みたいなもん、行かせてもらえてないねんぞ。わかっとんのんか、チャンコロ。よくも生まれてきやがってからに。産まれなければよかったのに産まれやがってからにこのチャンコロめが、この浪商が、このチャンコロ、この拓殖、このチャンコロ!」と言うのでしたが、それで、私は「なんで、大東文化大みたいなもんに行ったらエライんですかあ?」と質問したのです。
   「わからんのか、おまえは」と父は言うです。「はあ、どうも、ようわかりませんねえ。なんで、大東文化大みたいなもんに、大阪の人間がわざわざ東京で下宿して行かんといけませんのおん?」と私はお尋ねいたしました。 父は私が高校生の時には言っていたのです。「そんなもん、大学は東大か京大でなくても、国立大学か慶應・早稲田くらいの大学に行くのなら行ったらいいし行くべきやけど、そんなもん、法政やたら専修やたらポン大やたら、あるいは、近大やたら桃山やたらそんな大学になんて行くことあらへん。そんなもんに行くようなヤツなんて、大学になんて行かんと自衛隊に入れたらええねん。自衛隊に行け、自衛隊に。甘ったれるな!」と、そう言っていたのです。特に、「下宿して大学に行くというのも、東大に行くとでもいうのなら下宿してでも行ったらええし、東大でなくても早稲田か慶應なら下宿して行くというのもわかるが、そんなもん、専修やたら法政やたらなんやらかんやらわけのわからん私立大学に行くのに東京で下宿して行くことあらへん。大阪にも私立大学はいっぱいあるんやから、そんなアホ大学に行くようなやつに下宿してまで行かせることあらへん。甘ったれるにもほどがある」と、父は言っていたはずでした。私もそういう話を聞いて、自衛隊に入れろというのは、それを実行すると、世の中、自衛隊だらけになりそうですが、大学は国立大学と早慶くらいで十分でそれ以外の「大学」なんて大学じゃないと思っていましたし、特に、東大に行きたいという人には東京で下宿させてでも行かせてあげるべきだし、他に東京芸大に行きたいという人とかも東京で下宿してでも行かせてあげた方がいいと思いましたが、法政とか専修とかなんかにはあえて東京の大学に行かなくても、そのくらいの大学は関西にもあるわけですから、下宿して行かなくても自宅から通える所に行けばいいことと思っていました。もっとも、大隈重信は、「地方」の若い者は、生まれてからずっと地元にいて一生地元以外を知らないで過ごしてはいけない、そうではなく、大学は東京か関西の大学に行って生まれ育った所と違う所で暮らす経験を持つべきだと言い、その考えに基づいて早稲田大学を作ったそうで、だから、早稲田大学というのは今でも慶應大学などに比べて「地方」出身者が多いらしいというのですが、そういう考え方もあり、たとえ「五流大学」でも、その学校で何を学ぶかよりも生まれ育った所と違う場所で暮らす経験を若い時期に経験するということに価値があるといったことを言う人もあることはあります・・が、片方で、東大にでも行くわけでもないのに、なんで「しょーもない大学」にしか行かれへんようなやつに下宿代をかけてやらんといかんのや、甘ったれるのもたいがいにせえ、という考え方もまたあります。
   ともかく、父は「東大にでも行くのなら、東京で下宿して大学に行くというのも行ったらええけど、そんなもん、法政やたら専修やたらポン大やたらそんなアホ学校に行くのに下宿して行くことあらへん。甘ったれとってはいかん」と言っていたはずでしたが、なんで、自分がそんなことを言っておきながら、「△△さんの息子さんは大東文化大やねんぞお~お。おまえとは違うねんぞ、チャンコロ。大東文化大に行った人の爪の垢を煎じて飲みなさい」と言うようになったのか、どうもわけわからん。
   私は「なんで、大阪の人間が、わざわざ、大東文化大なんて行くために東京で下宿して行かんといけませんのおん? 大阪にも私立大学はほかにいっぱいありますでしょ。何も大東文化大なんかに行くために東京で下宿することないでしょ」と(私が高校生の時に父が言っていたことを)言ったのです。しかし、父は「何を甘ったれたことを言うとるんじゃ、おまえは、このチャンコロ! △△さんの息子さんは大東文化大やねんぞ、おまえとは違って慶應みたいなもん、行かせてもらっとらんねんぞ、わかっとんのんか、わかっとんのんか、わかっとんのんか、チャンコロ! おまえは高校行くことないんじゃ、このチャンコロめが、このチャンコロ。よくも高校に行きおってからに。高校は義務教育じゃないんやからやなあ、おまえは高校には行くべきじゃなかったのにからに北野高校に行きおってからにこの浪商が、このチャンコロ! 高校行くな、浪商!」と言うのでした。
   父の見解によると、私は「ロスケでイタコでニグロでプエルトリコでチャンコロで拓殖で浪商の民族」であって高校は義務教育ではないのだから、義務教育ではない以上は私は高校には行くべきではない人間であったにもかかわらず北野高校に行ったというのは、これは神さまが許されない犯罪行為であり、それに対して、父は「ドイツ人でアメリカ人で慶應の民族」だそうで、こういう「英雄」で「聖人」の言うことはすべての人間が「なんでもなんでもなんでもなんでも」服従しなければならないそうで、それが「神さまがお決めになったこと」らしいのです。
   で、なんで大東文化大に行くとエライのかわからんのです。私なら、息子がどこの学校に行こうが、いちいちそんなことを職場で言いませんが、おっさんは言うらしいのです、アホが。言わなきゃいいことを。黙ってればいいことを。言わなくてもいい相手に。それで、言われたおっさんは言い返すのだと思います。特に、大東文化大なんてものにドバカ息子を行かせた人というのは、「東大にでも行くというのならともかく、大東文化大やなんて、たいしたサラリーマンでもないのに、そんなアホ学校にわざわざ下宿代だして行かせてアホと違うか」とか言われるだろうなあ~あと思って、あらかじめ、防禦線を張って「うちらは常務とはちごうて金持ちやありませんから、慶應みたいなカネのかかる大学には行かせられませんねん。そやから、うちの息子なんて大東文化大ですわあ。うちらは慶應なんてカネのかかる学校には行かせられませんわ。収入の多い人はよろしいなあ~あ」とか勝手なことを抜かしていたのではないかと思うのです。そういうアホなことを言う人なんて、世の中、わんさといるわけですから、私なら、「ああ、そうですか」「また、しょーもないこと言うやつが出てきたか」とでも思って、おしまい! ・・というところですが、父はいちいち反応する。そういうアホな話を聞かされて、それで、「△△さんの息子さんは、おまえとは違って大東文化大やねんぞお。おまえみたいに慶應なんてカネのかかる大学に行かせてもらってないねんぞ、わかっとんのんか、チャンコロ。このチャンコロめが産まれなければよかったのに産まれおってからに、このチャンコロめが。△△さんの息子さんの爪の垢をせんじて飲みなさい!」とか言うのでした・・が、慶應は昔から「国立大学よりは高いが私立大学の中では安い方」の学費の大学であり、私は高校を卒業した後、国立大学と公立のいくつかの大学と早稲田大学とか関関同立くらいの学費は調べましたが、大東文化大なんて行く気もなければ受ける気もなかったので大東文化大の学費が高いのか安いのかなんて調べていないし知りませんが、一般的には慶應の方が学費は安いのではないかという気がします。父がそういうことを言うので、それで、私は「それなら、慶應みたいなもん、行くことないですよ。もともと慶應なんて行きたいと思ったことありませんし、慶應みたいな最低のアホ学校に行かされるために小学校の1年から同級生が遊んでいる時も勉強してきたのじゃないですから。慶應みたいなもんに行かされるくらいなら、大学なんか行かない方がいいと何度も言ってきましたでしょ。あんな所に行ったら悪影響うけます」と言ったのですが、父は「ええかげんにせんか。おまえは産まれなければよかったのに産まれおってからに、その生まれなければよかったのに産まれおったおまえをこのわしが慶應みたいなカネのかかる大学に行かせてやってやってやってやってやってやったっとんのやないか、このチャンコロ! わかっとんのんか。△△さんの息子さんはおまえみたいに慶應なんか行かせてもらえてないねんぞ、わかっとんのんか、チャンコロ! 産まれてきたことを反省しろ、ロスケ!」と言うのでした。なんか、このおっさんとつきあうと疲れます。私は「ロスケ」だそうでして、たしかに、「ドイツ人のお父さん」とは父が言うように「人間としての人種が違う」ようです。父は「わしのような優秀なドイツ人におまえのようなカス人間ができたというのは、これは生物学上の突然変異学説によるもんや」と言うのでしたが、なるほど。あのおっさんと私とはDNAはつながっていなかったわけです。だから、おっさんは「ドイツ人」〔⇒《YouTube-ワルキューレの騎行 》https://www.youtube.com/watch?v=0EUckxAgZ_E 〕で、私は「ロシア人」〔⇒《YouTube-【ロシア語】ヴォルガの舟歌 (Эй, ухнем) (日本語字幕)》https://www.youtube.com/watch?v=b4jxCRfHwd4 〕だったわけです。なるほど、なるほど。私は「ロシア人」だそうで、そうであるから、子供の頃から母に「親というものは、子供が大学に行く時に行きたい大学の行きたい学部に行ってやりたい勉強をしてつきたい仕事につけるようにと思って、それで、無理にでも勉強させようとするものなんや」と言われて、そうなのだろうと思って勉強して、そのあげくに、「子供ちゅうもんは、女が産んだのとは違うねんぞ。女に産んでもらったなんぞと心得違いを起こしてはならんぞ、チャンコロ。女は単なる畑であって、畑に種を植えてやってやってあげてあげていただいてもらってくださってあげてもらってやってやってやってくださったお方のおかげで種が芽を出したのであって、女に感謝すんのとは違うねんぞ、チャンコロ。種を植えてくださってあげてやってもらってくださったお方に感謝せんといかんねんぞ。茄子でも胡瓜でもそうやろ。茄子でも胡瓜でも種が畑から芽を出したのであって畑が芽を出したのとは違うんや。そんでやなあ。芽が出たら育てるのは畑の役目じゃ。甘ったれておってはならんぞ、チャンコロ。畑が育てんねんぞ。そんで、育って実がなるようになったら、それは種を植えた者に権利があるんじゃ。畑に権利があるのとは違うんじゃ。ましてや、茄子や胡瓜に権利があるわけがない。心得違いをおこすなよ、茄子。考え違いをおこしてはならぬぞ、この胡瓜! 茄子や胡瓜には何の権利もないねんぞ、わかっとんのんか、チャンコロ。すべて、種を植えてくださっていただいたお方のためにささげ尽くすのが茄子や胡瓜の使命やねんぞ、チャンコロ、この茄子! わかっとんねんな。すべてをこのわしのためにささげ尽く~す! とってちってたあ~あ! わしに孝行しよう。戸締り用心、火の用心、マッチ一本、火事の元お! とってちってたあ! 木口小平はちんでもラッパをはなちまちぇんできたあ~あ! どんがんどんがらがったちゃちゃちゃちゃちゃ~あん♪〔⇒《YouTube-<軍歌>軍艦行進曲(軍艦マーチ)》https://www.youtube.com/watch?v=mTwUiUCO7l0 〕」とか言われるようになってしまった。なるほど、「ロスケでイタコでチャンコロでニグロでプエルトリコ」とはそういう「民族」なのか。〔⇒《YouTube-Nobody Knows the Trouble I've Seen(誰も知らない我が悩み), performed by Chor Leoni Men's Choir 》https://www.youtube.com/watch?v=wCQyqnldBQQ 〕、〔⇒《YouTube-ウエストサイド物語~アメリカ(America) 》https://www.youtube.com/watch?v=qFw6yyZD_i4 〕。

   私が東大の文学部に行って宗教哲学の研究者になりたいと言うと、父は「『宗教はアヘンである』とマルクスは言うてお~る。焼き討ちじゃあ。焼き討ちじゃあ~あ」と言っていたのです。普段、「ロスケはずるい。こすいやつやから、こすいギン!」とか言い、「ロスケどもをやっつけてや~る。とってちってたあ~あ」とか「共産党は全員、死刑にしろ!」「日教組は全員、刑務所に叩きこめ!」「朝日新聞の社員は全員、死刑であ~る!」とか家で叫んでいた男が(そのわりに、我が家は継続的に朝日新聞を購読していたのだが、それは「巨人はずるい。読売はけしからん。巨人は許せん」という方が優先したようだが)、その部分限定の「教条的マルクス主義者」で「焼き討ち織田信長大好き人間」になって、「宗教はアヘンじゃ、宗教はアヘン」とか叫びまくったのでした。しかし、そういう右翼でなおかつ「部分限定教条的マルクス主義者」で「焼き討ち織田信長大好き人間」のおっさんが、なんで、どこぞの牧師に「推薦」してもらって同志社大学に推薦入学で行ってるのか? まったく、よくわからんことが多い。
〔蔵原惟人『宗教・その起源と役割』新日本新書によると、
1.カール=マルクスは『ヘーゲル法哲学批判序説』の中で、「宗教はアヘン」という表現を1回だけ使用しているが、この表現をあちらこちらで何度も使用しているわけではない。エンゲルスはこの表現を使ったことはない。レーニンもこの表現を使ったことはない。
2.「宗教はアヘン」という言葉はマルクスが最初に使用した言葉ではない。誰が最初に使ったのかはわからないが、マルクスが生きた時代のドイツでよく使われていた表現らしい。
3.「宗教はアヘン」という表現は、マルクスだけが使った表現ではなく、わかっているだけでも、詩人のハイネ、哲学者のヘーゲルなどもこの表現を使用している。
4.「アヘン」という言葉には、「毒薬」という意味と「なぐさめ」という意味がある。世の中の宗教には毒薬のような宗教もあるけれども、マルクスは毒薬のような宗教を批判するためにこの「宗教はアヘン」という表現を使ってはいない。マルクスはキリスト教やユダヤ教のような宗教を「なぐさめ」という意味で「アヘン」と言っており、「宗教は貧しい人たちにとってのなぐさめである」という意味で使用している。「なぐさめであるが、それは幻想である。誰もが現実の社会で生きた喜びをつかめる社会を実現することができるなら、なぐさめとしての宗教は必要なくなっていくであろう。しかし、なぐさめを必要としない社会を築くことなく、なぐさめだけを取り上げるようなことはしてはならない」といった趣旨を述べている・・という。〕

   父の親友の医者屋のM川(男。1970年代終わり、50代前半。当時、大阪府豊中市在住。「金沢大医学部卒」と称していたが嘘くさい)のドバカ息子は「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りしたカネで私立金権関西医大http://www.kmu.ac.jp/ に裏口入学したのですが、父は「M川先生の息子さんは、おまえとは違って関西医大裏口入学やねんぞ。わかっとんのんか!」と何度も何度も言うので、「なんで、関西医大やなんてそんなどこの馬の骨かわからん私立医大なんてものに、裏口入学やなんて汚らわしいもんやって入った人がえらいんですかあ?」と質問したのです。父は「わからんか? わからんのか、おまえは!」と言うので、「はあ、どうもようわかりませんねえ。なんで、裏口入学なんてする人がエライんですかあ?」と私は言ったのです。すると、父は「裏口入学ちゅうことは思考が柔軟やちゅうことじゃ。おまえとは違うねんぞ。おまえとはちごうて思考が柔軟やから裏口入学やねんぞ。わかっとんのんか、わかっとんのんか、チャンコロッ!」と言うのでした。「なんで、思考が柔軟なら裏口入学なんてせんとあきませんのおん? 思考が柔軟なら、その柔軟な思考力で、狂徒大学医学部でも頭狂大学理科三類でもさっさと現役で実力で通っていけばいいのと違うんですかあ~あ? なんで、そんなに思考が柔軟なお方が、私立金権関西医大やなんてわけのわからんどこの馬の骨かわからんけったいな大学に裏口入学やなんて汚らわしいもん、せんとあきませんのおん? ぼく、頭が悪いからなのか、さっぱりわかりまへんわ。思考が柔軟なら、柔軟な思考力で狂大でも犯大でもさっさと実力で現役で合格して行けばよろしいがな」と言いました。しかし、父は「そのあたりがおまえは思考が硬いんじゃ。M川先生を見習いなさい。M川先生は人並み外れて思考が柔軟なキリストのようなお方やからやなあ、そやから息子さんは関西医大裏口入学なんや。わかっとんのんか、チャンコロ、わかっとんのんか、チャンコロ。わかっとんのんか、チャンコロ。このチャンコロめがッ!」と言うのでした。父が他界して15年以上経ちましたが、今もって、なんで、思考が柔軟なら金権関西医大なんてものに裏口入学なんて汚らわしいものをやらなきゃならんのか、さっぱりわかりません。思考が柔軟なら、裏口入学なんてしなくても、その柔軟な思考力で、実力で国立大学に行けばいいでしょうが。違いますか?

  ある時から教会というものが嫌いになりました。教会というのは私にとっては「母の交際範囲」だったのです。より正確に言うと、教会というものは「母が息子の悪口を言いに行く所」でした。昔から、学校の懇談というものが嫌だった。母は懇談に行くと、必ず、何か変なことを言ってくる。教師に変なことを言うこともある。中学校3年の時の担任だった某は、母から言われると「はい、はい」と言って聞くようで、母は帰ってきて「言ってやった」と得意がるのですが、かなわんなあ~あと思って、翌日、学校に行くと、某は生徒の方に「ちょと来~い!」と言って怒るのです。学校の先生て、そんな感じの人が多いですね。待っている間によその親に言うこともあったようです。そして、翌日になるとその話が私以外の人間に広まっているのです。母が息子の悪口を言っても、よそのお母さんでもひとによっては、「そんなこと、うちに言われても知りませんよ」と言う人もありました。私にしても、住宅建築業の仕事をしてきて、お母さんから、あるいはお父さんから息子の悪口というのか愚痴というのかを聞かされることはありましたが、だからといってそれに同調したりはしません。お母さんによっては自分は息子の悪口を言いたいけれども、だからといってよその人間から言われると気分が悪いという人だってありますが、私の親はよその人間が私に悪口雑言罵詈讒謗を言うと喜ぶ親だったのです。私が親なら息子が実際にどうであるかにかかわらず、親というものはよその人間から息子を守るべき立場だと思っていますが、うちの親はそうは考えなかった。懇談に行くと、たいてい、よその親に息子の悪口を言いまくり、そして、翌日になると私が知らないような話が広まっていた。母はそれを喜んだ。嫌でしたが、よその親でもそういうことをするのをよしとしない親もいて、そういう人は「そんなことうちに言われても」と言われるようだったのです。ところが、「教会の人」というのは、やはり、似たような層の人、似たような思考の人が多いようで、「教会の人」の場合はどう反応するかというと、「今度、教会に息子さんを連れていらっしゃいよ。みんなで言ってきかせましょうよ」ということになるようです。母はそう言われて、「やっぱり、教会の人は違うわ」と思うようで、そんな所にうかつに行くと、「言ってきかされる」ことになります。「みんなで」。「教会の人」はそれが「伝道」だと思っていますし、それが「神さまの御意思」「神のみ旨」だと思っていますから使命感に燃えて「言ってきかせよう」とします。迷惑ですし、そんな所に行ってもしかたがない。
  親が葬式を教会であげた以上は教会とつきあわないわけにもいかないのでしょうけれども、お寺であれば、そんな「ひとに言ってきかせる」のを趣味・生きがいにしているような人とつきあわなくていいのにと思うと、お寺の方がいいのになあという気になります。自分が同志社大学に「推薦入学」で入れてもらうために家の宗教を改宗したおっさんは、洗礼を受けることで一般入試では行けない大学に行かせてもらったという御利益があったようですが、洗礼を受けることと引き換えに「推薦入学」で入れてもらうよりも一般入試で合格できるように努力する方が性に合っている者にとっては教会は負担です。私が「教会」が嫌いなのは「信教の自由」を認めない所です。お寺の場合は、良きにつけ悪しきにつけ、「家の宗教」としての「伝統」というのか歴史があり、その為、個人に対しての信仰上の規制が緩やかです。仏教でも、我が家は浄土真宗でしたが、日本の歴史上の有名人としては、私は道元の思想に魅力を感じました。こういう人はけっこうあるのではないかと思いますし、お寺の息子でも自分のところの宗派と異なる宗派の考えに魅力を感じる人はあるのではないかと思うのです。しかし、そうであっても自分の「家の宗派」を無視するわけにはいかないわけで、だからこそ、お寺の場合は個人に対しての規制が緩やかなのだと思います。それに対して「教会」というのは個人の信仰でありながら、「家の宗教」として強制するというところがあります。十年以上前ですが、将来、どうするものだろうと母に言ったことがあったのです。祖父母は浄土真宗でお葬式をあげてお寺の納骨堂にお骨は預かっていただいています。父は『聖書』なんてまったく読まない男でしたが、それでも「教会」で葬式をしました。母もそうなるでしょう。私はどうしたものでしょう。祖父母と父母と両方の世話をしないといけないことになり、我が家には「家の宗教」が2つあることになります。母は「甘ったれなさんな。あんたが洗礼うければいいことでしょうが。何を言ってますのん。甘ったれなさんな」と言うのです。私は「家のため」に強制的に「洗礼」を受けさせられることになるらしいのです。「教会教」というのが私は嫌いなのです。「教会教」の信者のおばさんたちというのは、ひとに説教するのが好きですが、私は説教されるのが好きではないのです。
〔 そもそも、教会という所では日曜ごとに礼拝で牧師が「牧師説教」と称して、「私は子供の頃から債権者に追われてきたが、こういう大変な経験を積んだ人間はどんなことだってできる」だの(払ってもらわないといけないものを払ってもらえずに逃げられた者は大変じゃないとでも言いたいのか)、「家が貧乏やったから、だから、慶應なんか行かせてもらえなかったから大阪経大に行ったんや」とか(慶應に行きたくて、かつ、家が貧乏やったのなら日本育英会奨学金をもらって行けばいけばいいじゃん。なんで、行かないの?)、それがキリスト教と何か関係あんのんかいみたいなことをぐじゃぐじゃ言いますが、そもそも、「説教」というのは、カネを払う側の人間がすることであって、カネをもらう側の人間は、しょーもないこと言いやがってからにまったく・・とか思いながらも、こいつから給料うけとるんやからしゃあないかなとか思いながらいやいや聞くわけですが、牧師だけはカネもらって「説教」できるわけで、なんか牧師てええ仕事やな、俺も牧師になればよかったかな・・なんてのが「牧師説教」です。〕
  「教会教」の信者は女性の方が多いのですが、男でもそんな人はいます。YMCA予備校の高槻校で「主事」というよくわからん職種についていた藤井という男は「『聖書』なんてあんなもん、いいことなんて何ひとつとして書いてないんだから、あんなもん。『聖書』なんてあんなもん、読むものと違う。『聖書』なんてあんなもの、読んではいかん。ましてや、そこに書いてあることを実行しようなんてまかり間違っても絶対に考えてはいかん。『聖書』なんてあんなもん、読まんでも、洗礼を受けて、日曜ごとに教会に行って礼拝にでて献金はらっておけばそれでいいことなんや。『聖書』なんて、あんなもの絶対に読んではいかん」と何度も何度も言っていました。そんなこと、思っているなら、洗礼なんて受けなければいいのじゃないか、と私はその時は思ったのですが、どうやら、そういう人のことを「敬虔なクリスチャン」と言うらしいのです。私はそういう人間が嫌いです。
  私はそんな宗教に帰依したくないのですが、ところが、「甘ったれなさんな、あんたはあ。あんたが洗礼うければいいことでしょうが。何を甘ったれたこと言ってますのん、あんたはあ」と母は言うのです。いつしか、いやいや、「洗礼」を受けさせられるということかなあと思いました。「信仰告白」とかいうのを書かされるわけです。そもそも、いやいや、強制されて「洗礼」を受けさせられるわけですから、「信仰告白」て何を書けばいいのでしょうか・・と思うのですが、わたくしはなんちゃらかんちゃらということがありまして、そこで神の恩寵を感じてなんとかかんとかと実際にはそんなこと思ってないのに偽善的なことを書かされて、それを「礼拝」で読み上げられてそれが週報に載るわけです。ああ、嫌だ嫌だ・・と思ったのですが、そう思ってから、もう20年以上経ちました。
  父は私の顔を指さしながら毎日言っていたのです。「生まれなければよかったのに産まれやがってからにチャンコロ」と。父は「わしはドイツ人であんたはチャンコロの民族やねんぞ、チャンコロっ!産まれてきたことを反省しろよ、チャンコロっ!」と。私は「産まなければよかったのと違うのですか」と言った。「なんで、産んだのですか」と。もしかすると、人口中絶に失敗して私は産まれてしまったのかもしれませんが、それならそれで、望まなかったのに産まれてしまった子供なら、世の中には子供が欲しいと思ってもできずにいて、たとえ、他人の子供でも養子にもらって自分の子として育てたいという人だっているわけですから、そういう人にあげてくれればよかったのにと思いましたが、父にはそういう才覚もなかったのでしょう。ともかく、そういう産まれ方をした人間で、父は「わしはドイツ人でアメリカ人で慶應の民族やねんぞ、わしは、わしは、わしは。んが、んがァ~ア!」と言っていました。そして「おまえはロスケでイタコでチャンコロでニグロでプエルトリコで拓殖で浪商の民族やねんぞ、おまえは。わかっとんねんな、チャンコロっ、わかっとんねんな、浪商。この浪商めが、このチャンコロ!」とそう言っていました。「おまえは北野高校に行ったと思っておるかもしれんけどな。北野高校に行ってもおまえは浪商である。おまえは人格が浪商で民族が浪商であ~る。わしは天高(天王寺高校)である。わしは天高の民族であ~る」と毎日毎日ぼくらは鉄板の上でやかれて嫌になっちゃうくらいに。「世の中はやなあ、自分ではやらずにひとに命令したり号令をかけたりする民族と自分で自分のことを決めずに常にひとに決められてひとから命令されてひとから号令かけられて言われたとお~り、せっせせっせとやるのが向いている民族と2種類の人間がおってこそ成り立つわけや。どっちか片方ではいかんのや。天の神様は大変賢明なお方であって、こういったことをきっちりと理解されておってやなあ、そうであるから、すべての人間を生まれる時点でこの2種類に分けてお造りになっておるわけや。民族でもそうやろ。ドイツ人とかアメリカ人とかはひとに命令をしてひとに号令をかけるための民族。わしなんかはドイツ人や。それに対して、ロスケとかイタコとかチャンコロとかはひとから号令かけられるのが向いている民族として神さまはお造りになったわけで、あんたはロスケでイタコでチャンコロや。チャンコロはひとから号令をかけられることを喜ぶ民族であって、チャンコロは号令をかけられることに快感を感じるんや。あんたはそれや。あんたは号令かけられると快感を感じるんや。あんたは号令かけられるとうれしいねん。あんたは号令かけられることを喜ぶねん。」と言うのでした。「わたし、そんなもの、喜びませんけど。わたし、そんなものうれしくないですけど」と言いましたが、父は「何を言うとるんじゃ、ええかげんにせんか、浪商! チャンコロ! あんたは、号令かけらえると喜ぶんじゃ。おまえは号令かけられることに快感を感じるんや言うて教えてやってやってやってやったっとんのんじゃ。このチャンコロ! このロスケ! イタコ!」と。「てってこっこ、てってて~い♪ てってこっこ、てってて~い♪ てってこっこてっててってらったらったらったら~あ♪ どや、うれしいやろ、チャンコロ。喜べ、チャンコロ」と言うのでした。私は言ったのです。「『自分ではやらずにひとに号令かけるのが得意』なんて、そんな人間、いない方がいいのと違うのですか」と。毛沢東はすべての国民が、自分自身でみずから考えて行動する、すべての国民が哲学者である社会であるべきだ」と言ったことを語ったはずで、「すべての国民が自分自身でみずから考えて行動する哲学者である」状態と、「自分ではやらずにひとに号令かけるのが得意の民族と自分では考えずにひとから号令かけられて言われたとお~り、せえっせせえっせとやるのが得意でうれしい民族に2つ分かれている」状態とでは、前者の状態が望ましく、前者になるように目指すべきであって決して後者になるように画策するべきではない、と私は思ってきました。父は「これは神さまがお決めになったことやねんぞ。わしは自分ではやらずにひとに号令かけるための人間として神さまに造られた人間なんや。あんたは自分では考えずにひとに号令かけられて命令されたとお~り、せっせせっせとやるのが、それがあんたにとっての幸せなんや。あんたはそれを喜ぶんや。これは神さまがお決めになったことであって、それを変えようなどとは決して考えてはならないことで、又、たとえ、変えようなどと考えても決して変えることはできないことで、変えようなどと思い上がったことをしては神さまは決してお許しにはならないことなんや。わかっとんねんな、チャンコロ。わかっとんねんな、浪商!」と父は言うのでした。「そんでやなあ。天の神さまは大変賢明なお方であるとともに、大変あわれみ深いお方でもあってやなあ。神さまはチャンコロにもまた人生を用意してくださっておるわけや。即ち! チャンコロにはチャンコロとして常に服従するための人生というものを用意してくださっているのである! 神さまに感謝しろお!」と言うのでした。それが「神のみ旨」で「神さまの意志」だそうです。私はそういう考え方が嫌いなのです。「民族の違いを忘れるな。階級の違いを忘れるな」と言われ、「神さまは、ひとに命令しひとに号令かけるための民族と、ひとから命令されて号令かけられるための民族に人間を2つにはっきりと分けてお造りになったのである。天の神さまがお決めになったこの秩序を変えようなどとは決して考えてはならぬぞ、チャンコロ。神さまがお決めになったこの秩序を変えようなどと考えるような者を神さまは決してお許しにはならぬぞ、チャンコロ」と毎日毎日言われてきました。毎日言われてきて、そして、「民族の恨みを忘れるな(不忘民族恨)、階級の苦しみを忘れるな(不忘階級苦)。反逆には理由がある。反逆は正しく抑圧は間違っている(造反有理)。革命は無罪である(革命無罪)」と思うようになりました。「神さま」こそ人民の敵・人間の敵であり民主主義の敵あろう。私はそういう「神さま」が嫌いなのです。ましてや、そんな「神さま」の「洗礼」みたいなもの、受けたくない。「甘ったれなさんな。あんたが洗礼うけるものでしょうが」と母は言うのですが、そういう嫌な宗教に帰依したくないのですが、そんなことをを思っているうちに何十年か経ちました。母はすでに90を過ぎましたが、私も若くなくなりましたので、私の方が先に死ぬかもしれません。
  死んだ後は、何教ででも葬式やってくれるならやってもらえばいいし、何もしないでおいてもらってもかまわない。私には関係のないことだ。父とは、あのおっさんと同じ墓に入れられるのだけは絶対に嫌だと長年思ってきたのですが、母は「あんたの体はあんたのものではないでしょうが。あんたが産んだのと違うでしょう。あんたが産んでのではない以上は、あんたの体は産んだものに所有権があるでしょうが」と言い、父は「心得違いを起こしてはならぬぞ、チャンコロ。女に産んでもらったなんぞと考え違いをおこすなよ、チャンコロ。女は単なる畑であって、茄子でも胡瓜でも畑が芽を出したのとは違うねんぞ。種を植えてやってもらっていただいてくださってあげてもらってやったやってもらっていただいてくださったお方のおかげで種は芽を出したんやぞ。そんでもって、芽が出たなら育てるのは畑の役目であって、畑が育てて実がなるようになったら、種を植えた者にすべての権利があるわけや。畑に権利があるのとは違うんんや。ましてや茄子や胡瓜に権利があるわけがない。すべて、種を植えた者に権利があるわけや。心得違いを起こしてはならぬぞ、チャンコロ。この茄子!」と言うのでした。だから、私の体は母の考えでは母に所有権があり父の考えでは父に所有権があるらしいので、もともと、自分のものではなかった体が死んだ後にどこに行こうがどうでもいいことでした。

  私が東大の文学部の哲学科で宗教哲学を学びたいと思うと、様々な妨害を加えた私の親は、いったん大学を卒業して勤めたがうまくいかないので牧師屋に転職したいとトーシンダイに行こうと考えたよその息子がトーシンダイ(東京神学大学)に行くための学費を「特別献金」したようでしたが、そのカネでトーシンダイに行った男は、すで牧師になって牧師の中でも中堅かベテランになっているのではないかと思います。私が牧師になりたいと言ったなら、絶対にならせてもらえなかったでしょう。私になら「自分が行きたいと思う大学の行きたいと思う学部に行こうなどとのぼせあがった甘ったれた口をきくのなら新聞配達やって行きなさい」と言い、「それなら、新聞配達して行きます」と言っても絶対に行かせてくれなかった私の親が私になら出さないカネをよそのバカ息子には出したそのカネでトーシンダイに行って牧師になった男。今、どうしているのでしょうね。どこかの教会の牧師になって、「牧師説教」なんてものをして、最後に「祈りましょう」とか言っているのでしょうね。その男、何に祈るのでしょう。何を祈るのでしょう。藤永茂『アメリカ インディアン悲史』(1974.10.20.朝日選書)によると、最初にアメリカ大陸に船で渡った白人の移民団は、アメリカ大陸で生きていくのに苦労をし、あやうく、全員が死にそうになったまさにその時、アメリカ大陸の原住民、白人が「インディアン」と呼んだ人たちが現れて助けてくれたらしい。それを記念して、「サンクスギビングデイ」(「感謝祭」)というものができた。助けてもらった白人たちは、助けてくれたアメリカ大陸原住民に・・ではなく「神に感謝した」そうだ。私の親がもしも私がトーシンダイに行きたいなんて言っても絶対に出してくれなかったカネをよその息子に「特別献金」したそのカネでトーシンダイに行って牧師屋になったその男、日曜日の礼拝で「牧師説教」でその「特別献金」でトーシンダイに行かせてもらった経験なども話すことがあるのではないでしょうか。そして、私がトーシンダイに行きたいなんて言っても絶対に出してくれなかったカネをよその息子には「特別献金」した私の親が出したカネでトーシンダイに行かせてもらったことを、出してくれた人にではなく、ましてや、親がそんな「特別献金」は払っても自分には出してもらえなかったその「特別献金」を出した人の息子にでは毛頭なく、おそらく、「神に感謝」したのではないでしょうか。今も「神に感謝」を捧げているのではないでしょうか。「祈りましょう」とか言って。私の親が「特別献金」したカネでトーシンダイに行かせてもらって牧師になった男が、今、どこの教会にいるのかは知らないが、そんな男がどんなにすばらしい「牧師説教」をしたとしても、そんな男の話なんか聞く耳は持たないし、そんな男の話なんか聞きたくもない。「アーメン」。

  (2018.11.28.)

☆ 日本基督教団 箕面教会
1.一般的「洋風教会型建物」だが使える建物の箕面教会https://tetsukenrumba.at.webry.info/201811/article_2.html
2.府道から箕面教会。北川原公園・箕面川の紅葉はきれい。高層ビルは野蛮https://tetsukenrumba.at.webry.info/201811/article_3.html
3.寺社と違って植木を刈らない牧師+「高卒のおっさん」との「競争」は災難https://tetsukenrumba.at.webry.info/201811/article_4.html
4.「債権者に追われた」人て被害者ですか?「家が貧乏」なら慶應には行けませんか?https://tetsukenrumba.at.webry.info/201811/article_5.html
5.「特別献金」でトーシンダイに行った男。「思考が柔軟だから」裏口入学の男。〔今回〕
  ・・・・・・・・・
≪当時、マサソイトの直接の影響下にあったインディアンは、優に1000人を超え、プリマスの一握りの開拓民達の命運は、まさにマサソイトの手中にあった。ピルグリム・ファーザーとよばれるこの白人の一群が、あとにつづく侵入者の尖兵として新大陸に辛くも橋頭保を確保したのだという認識にマサソイトは欠けていたといえよう。ともあれ飢えた旅人には、自らの食をさいてでももてなすというインディアン古来の慣習にしたがって、彼はピルグリムを遇した。しかし、ピルグリムたちの「感謝」は、インディアンの親切に対してではなく「天なる神」へのみ向けられていたことが、やがて痛々しいまでに明らかになる。≫
(藤永茂『アメリカ インディアン悲史』1974.10.20.朝日選書)

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック