浪人中、8月の模擬試験を受験で思ったこと。模擬試験の結果をどう受け取るか。

[第385回] 「受験生を応援する」シリーズ
   今となっては、もう、40年も前のことになった。昨日のことのような気がするのだが、早いものだ。 浪人なんてものがあることは知っていたが、自分がすることになるということも、「可能性としてはある」と思っていたはずだったが、実際にその立場になってみると、どうも、ピンとこない。
   ところが、模擬試験なんてのを受けると、「信じられない」ことなのだが、自分よりも年下の人間で、同じ試験を受けた人間で、自分よりもいい成績をとる人間がいたりするのだ。「信じられない」ことなのだが。「信じられない」なんて言ったって、自分が高校3年の時には、浪人生よりもいい成績を取ったことがあった、自分の成績より下の成績しか取れなかった浪人生がいたのだから、自分が「浪人」の方の立場になれば、逆の経験をすることになっても不思議はないのだけれども、理屈としてはそうであっても、それでも、本来なら現役で大学に行くべきなのに「浪人」なんてものをしてしまったのに、それなのに、現役の高校生で自分よりもいい成績を取っている人間がいるということが、やっぱり、気持ちの上で「信じられない」ようなところがあった。
   『あしたのジョー』では、少年院のボクシング大会で、元ボクサーの力石徹が矢吹丈と対戦する際、元ボクサーとして「1分以内にKOしてやる」と宣言したものの、そのKO予告を達成できなかった・・・ことから、「そのかわりに、この矢吹をとことん叩きのめしてやります」と言う・・・という場面があったのだが、本来なら現役で大学で行くべきなのに、浪人なんてしてしまった・・・・というのは、3月から4月頭くらいはそれほど実感しないが、5月になり6月になりすると、実感してくるわけで、「そのかわりに」・・・というと、「一番で通ってやる」とか言いたくなるわけです。 気持ちとしては。しかし、「一番で通ってやる」なんて思いましても、ね。そもそも、東大とか京大とかに行こうとするような人間てのは、「一番で通ってやる」なんて思ってるようなやつばっかりでして、ね。合格できたとしても、合格者の中でも「一番で通った」人間てのは各学部ごとに1人しかいないわけです。 「ともかく通ればいい」と考えるのと、「一番で通ってやる」と考えるのとでは、精神的なプレッシャーが変ってきます。一番でないと不合格の試験なら一番で通ろうというのはわかりますが、合格最低点を上回れば合格の試験なら、一番で通る必要なんてありません。
   東大は、理科が1類・2類・3類に分かれていて、理科3類が医学部医学科に進むコースですが、理科2類からも10人だけ医学部医学科に行けたのです。理科3類は相当難しいとしても、理科2類なら行ける可能性はある。理科2類に行って、そこからなら2年間かけて、教養課程から専門課程へ進む段階での選別になるので、理科2類に行って3年になる時に医学部医学科に行けるように必死に勉強すれば・・・・なんてことも考えたのです。 その考え方ですが、いいか悪いかというと、もし、理科2類に合格できた人がそう考えて努力するなら別にいいのかもしれません。しかし、高校3年の12月に、代ゼミの東大模試を受けた時に、代ゼミが出していた季刊誌というのかなんというのかをもらって見ていたら、代ゼミで浪人して東大に合格した人達の座談会というのが掲載されていて、そこで、理科2類に合格した何とかさんが発言していたのですが、東大の理科2類に行くと、「絶対に医学部医学科に行くんだあ」と言ってるやつがいっぱいいるというのです。自分だけじゃないんですよ、それ考えるのは。そして、代ゼミの東大生座談会では、理科2類の学生が「最初は、『絶対に医学部医学科に行くんだあ』とかみんな言ってるのですが、そのうち、『農学部でいいやあ』とか・・・・(笑)」なんて発言していたのです。北野高校の模擬試験を浪人中に受けるために申込に行った際、北野高校で進学指導の係であった物理のF先生に、この理科2類に行って2年間必死に勉強して医学部医学科に行くという作戦について話してみたところ、F先生からも言われたのです。「それ、目指すのはいいけれども、理科2類に行って医学部医学科に行くというのはけっこう大変だというけれどもな」と言われたのです。実際問題として、理科では一番入試難易度が低い理科2類といったって、それでも東大ですから、そこに入学した人間のレベルは低くないのです。定員が何人だったか忘れましたが、理科2類は200人かそこらはいたはずなのです。その中で上位10人に入ることができるかどうか。大変だからやめとけ・・・とは、私が親の立場なら言えませんね。一生懸命、努力してきた者に対して、やめとけなんてかわいそうで言えませんね。F先生が言われたのは、「目指すのはいいけれども、もしも、その10人に入れなかった場合はどうするのか、ということも考えておかないといけないよ」と。私が親でも高校の教諭であったとしても、それを言いますね。東大とか京大とかに行こうとする人間、最終的に行けるかどうかにかかわらず、行こうとしてきたような人間というのは、「負けた経験」というのがそれほどないのではないか。「負けてたまるか」と思っているのではないか。しかし、そういう所に行こうという人間、行った人間同士の競争になると、その競争に負けることだってある・・・ということを、いくらかは頭に入れておかないといけない・・・・が、なかなか、考えることができない。「勝つためには」ということは考えても、「負けた時に」なんて考える頭はないのだ。実際問題として。

   今、もう一度、受けるなら・・・・といっても、実際に今からもう一度、東大なり京大なりを受けることは、当分の間、なさそうですが、もしも、今、受けるなら、「一番で通ってやる」なんてそんなことは絶対に考えないですね。なぜなら、入学試験というのは、あくまでも、「ハードル」であって「棒高跳び」ではないからです。 「棒高跳び」ならば「より高く飛ぶ」ことに意義があるけれども、「ハードル」てのは高く飛んでも意味はない。「ハードル」は速く飛ぶことに意義がある。入学試験てのは、合格最低点よりも1点でも高い点数を取ればいいのだ。それ以上の点数を取ったところで、ソレガイッタイナンボノモンヤ! てところである。
   巨人の監督に2度なって、2度とも優勝させた藤田元司が、1989年、2回目に監督に就任することが決まった時、「読売新聞」のスポーツ欄で述べていたのだが、「ボロ勝ち、競り負けは弱いチームのすること」と。 「ボロ勝ち」する必要ないんだよ。 「野球は相手よりも1点でも多く取れば勝ちなんだ」と。 入学試験では「一番で通ってやる」なんてのは、アホの考えること。合格最低点よりも1点でも高い点数を取ることができれば合格なんだよ。合格者最高得点答案・・・なんてそんなもの書いてたまるか!!! ・・・今なら、そう考える。そう考える姿勢こそ「勝負強さ」であり、そう考える姿勢がある者はその分だけ合格に近い、そう考えることができない者はその分だけ不合格になる可能性があるということだ・・・と思う。 しかし、1浪生というのは高校を卒業して1年目、なかなか、そう考えられなかったりする。特に、東大は合格でも不合格でも何点だったかはわからないのだが、京大・阪大・神戸大は合格でも不合格でも高校の担任の先生に試験の点数を知らせてくれたので、元の同級生で現役で大学に通った人間が何点で通った・・・なんて話が伝わってきたりもするわけです。中には相当高い点数で通ったらしい・・・なんてのもいたりするのです。そうすると、「負けてたまるかあ」という気持ちになりがちですし、「負けてたまるかあ」なんて思っても、すでに浪人してしまった以上、そいつには勝ちようがないのです。そうなると、それを挽回するには「一番で通ってやる」とかするしかない・・・・としても、もし、そう思って「一番で通る」ということが簡単にできればいいのですが、ところが、そう簡単でもないわけですよ、その「一番で通ってやる」というのは。 『あしたのジョー』の力石だって、少年院のボクシング大会での決勝で、「1分でKOしてやる」と宣言した矢吹丈を相手に、「1分以内KO」をできなかっただけでなく、勝つこともできず、結果として、「ダブルノックアウト」で引き分けたんですから・・・。
※ 《YouTube-力石徹のテーマ》https://www.youtube.com/watch?v=CnatmSZC-Dg

   8月の10日頃だったと思うのですが、駿台予備校の京都校で駿台予備校が実施した東大模試を受けたのですが、結果は、「文科三類で合否ぎりぎりくらい」の成績だったのです。ショックでした。浪人までした以上は、「文科三類で」ではなく「文科一類で」でも「十分に合格圏」くらいの成績は取れていいはずでしたのに。「でしたのに」なんて言っても、自分がそれだけの成績を取らないからいけないのですが、しかし、「ショック」でした。 ひとつには、YMCA予備校に騙された、という点があります。「京大東大文系クラス」と名づけたクラスを設けたので、京都大学の法学部・経済学部・文学部・教育学部と東京大学の文科1類・2類・3類の試験に対応する対策をしてくれるクラスであろうと思って行ったのですよ。「京大東大文系クラス」と言うからにはそうだと思いますでしょ。ところが、まったく違うのです。 単に全国の大学の入試の問題を集めて印刷して「YMCA予備校」と書いた表紙を貼り付けただけの問題集を「オリジナルテキスト」と称して(いったい、どこが「オリジナル」なんだよ。ちっとも、オリジナルじゃないじゃねえかよ)、それに対しての、答え合わせみたいな授業をアルバイトの講師がやってるだけなのです。 「京大東大文系クラス」という以上は、京都大学の「文系」学部と東京大学の文科との試験の対策をやるのでなければ、「看板に偽りあり」です。で、「看板に偽りありだな」と受講生は口にしていたのです。
   YMCA予備校の古文の講師で山之内というおっさんがいて、「北野高校卒、京都大学文学部卒、元天王寺高校教師」だそうでしたが、YMCA予備校高槻校の「主事」の藤井が「僕は早稲田の政経でてるんだけどな」と毎日最低3度は口にしていたのはおそらく学歴詐称だと思いますが、それとは違って山之内のおっさんの経歴は詐称ではないようでしたが、しかし、「北野高校卒、京都大学文学部卒、元天王寺高校教師」にしては、今一つ、大学入試についてわかっていない、という印象でした。 その年の前半でしたが、彼はこう言ったのです。「最低で京大、うまくいくと東大。さらに行けば亜細亜大だあ~あ!」と。 もうひとつ、「駿台や代ゼミにおれば東大に行けるのとは違うの。どの予備校に行ってるかではなく、どれだけ勉強したかで決まるの」と。 ・・・おかしいでしょ、その発言は。 後の方、「どの予備校に行ってるかではなく、どれだけ勉強したかで決まるの」という文句、そういう文句を予備校の講師に口にしてもらいたくはないものですね。予備校の講師なら、自分が指導した生徒はそうでない生徒よりも、自分が指導した場合は、他の予備校に行った場合や、独学・宅浪の場合よりもいい成果を出せる・・・というように努力してもらいたいものですし、そうでなかったら予備校の値打ちはないじゃないですか。 「どこの予備校に行ったかは関係ないの」と山之内は言ったのですが、それなら、YMCA予備校高槻校の「京大東大文系クラス」というのは、その頃の関西の予備校の中では高い方の授業料の予備校だったのですが、それなら、もっと安い授業料の予備校に行った方が良かった・・・ということになりますよね。違いますか?
   YMCA予備校で1浪して京大文学部に合格したという京大の大学院生のにーちゃんが講師にきて、「ぼくの経験からいくと、英語に関しては、YMCAのテキストを一通りきっちりやれば、どこの大学でも通ると思う。あくまで、『英語に関しては』だけどな」と発言したことがあったが、それは「英語に関しては」、量的なものとしては十分な量があるという意味で、それは実状の分析としては間違っていないと思う。しかし、量的に十分だというのがいいかというと、そういう問題ではないと思うのだ。 清原がまだ現役のプロ野球選手だった時、野村のじいさんが、どこかに書いていたのだが、清原が素振りを何千回とやったとかいう話を聞くと、「あんた、いったい、何やってんの」と言いたくなる、と。野村のじいさんも、野球の打者にとって素振りが大事だということに反対する気はないが、清原みたいにすでに素振りなんて相当やっている選手が、そこからさらに多く「素振り」をやったとしても、たいして変わらん。・・・で、むしろ、「クラシック音楽の1曲でも聴いた方がいいのと違うか」と。 クラシック音楽はともかく、素振りなんてすでに相当やっている選手がさらに素振りをやるよりも、「野球は頭でやるもんや」てそっちを工夫した方がいいのと違うかということなのだろうけれども、大学入試においても、「京大東大文系クラス」なんてところに行っている人間というのは、そこにいる人間の中で比較すると、特にこの科目ができるという生徒とかいるかもしれないけれども、特にこの科目ができるという者でなくても、すでに、「ある程度」はやっているのだ。すでに! だから、そこから、さらにひと回り多く「素振り」やってもそれほど意味はない! 「あんた、いったい、何やってんの」てところである。YMCA予備校は、その「あんた、いったい、何やってんの」てことを受講生にさせようとするのであった。その程度の頭しかない人間が運営していたということだろう。私は気づいて、親に「YMCA予備校の『主事』の藤井の言うことは聞かないでほしい。あいつは大学入試について何もわかってない人間だから」と言ったのだが、ところが、母は「あの人はクリスチャンだから絶対に悪い人であるわけがない」などと言うし、父は「専門家の言うこと、専門家、せんもんか、センモンカ、専門家、せえ~んむお~んくわああ~あ!!!」と言って私の言うことを聞いてくれなかったのだ。お父さんが京大とか東大とか出たようなお父さんの場合、親の方が、受講生より前にこのあたりについて気づくようだったが、我が家では本人が気づいて親に言っても、それでも、「すえ~んむおお~んくわあ~あああ!!!」とか言って聞いてくれなかったのだ。大学入試は決して公平ではない。京大や東大でたようなお父さん(もしくは、お母さん)の息子・娘は本当にうらやましいと思ったものでした。

   京大・阪大・神戸大は、通っても落ちても入試の点数を出身高校に通知し、高校3年の担任の先生に訊くと教えてもらえたようなのですが、高校を卒業する年、「合格最低点にあとほんの少し」だった場合と、「合格最低点までまあまあある」という場合ですと、一般には、「あとほんの少し」の方が1浪後は合格しやすそうな感じがするのですが、これは絶対的とは言えないと私は思っています。 相撲の千代の富士は、八百長が多かったと言われ、又、北天祐の弟に暴行を加えて後遺症が残る大怪我をさせておきながら、北天祐の弟は兄が相撲界にいるということから刑事上訴えることがなかったのをいいことに、国民栄誉賞まで受賞したあつかましい男だったらしいのですが、「八百長が多かった」というのは「弱かった」というのと意味は違い、千代の富士は八百長をしなくても十分勝てるくらい強かったので、千代の富士から八百長で負けてくれと言われた力士は、「どうせ、ガチンコでとっても勝てないのだから、八百長で負けてカネもらった方がいいわ」と八百長が成り立ったのであって、本当に弱い力士なら八百長は成り立たないわけで、相撲自体は強かったらしい。 で、千代の富士がまだ平幕だった頃、同様に若手有望力士だった琴風(現 尾車親方)に、最初、まったく勝てなかった。 5連敗だか6連敗だかした後、千代の富士は琴風にやっと1つ勝てた。その時点では、対戦成績は、千代の富士からすると、1勝5敗だか、1勝6敗だかだったわけだ。 YMCA予備校の「主事」とかいうアホは、模擬試験でも、「平均で見ると」とかいった見方をしたがるのだが、そういう姿勢は害がある。 もしも、千代の富士が初めて琴風に勝ったという時点で対戦成績を見ると、1勝5敗だか1勝6敗かだから、その数字だけからその後の対戦成績を予想すると、勝てる確率は2割もない・・・ということになるが、ところが、その後、どうなったかというと、その後は、千代の富士は琴風には勝ち続けて、ほとんど負けることはなくなった。 なぜ、そうなったかというと、相撲解説者の親方が説明していたのは、千代の富士は体が小さいにもかかわらず、腕力が強いということから、大きな体の力士と相撲をとるのに、自分も体が大きい力士のような相撲をとっていた。だから、そういう相撲をとっていたのでは、琴風のような力士にとっては押すにはもってこいであり、とりやすい相手だった。しかし、千代の富士はそれに気づき、相撲を変えた。そうではなく、小さい力士が大きい力士に勝てるように、正面から組むのではなく、くらいついていくような相撲に変えた。それで勝てるようになった、と。だから、そうなった後においては、最初の頃に負けていた対戦成績なんてほとんど関係ないのだ。 大学入試においても、合格最低点まである程度の点差があったとしても、その点差の分、できずにいた問題を解けるようになったとすると、その時点では、合格最低点を上回る「実力」があることになる可能性があるのだ。そうすべきなのだ。ということは、「素振り」ばっかり大量にやっていてはだめなのだ。自分自身は亜拓大東帝国あたりしか出てない男が「主事」とかになって、受講生に「素振り」ばっかり大量にさせようとする予備校の言うことなんてきいていてはだめなのだ。そして、解けるようになったなら、あるタイプの問題を解けなかった時期の点数と解けるようになってからの点数を「平均」なんてしても意味はないのだ。

   YMCA予備校の古文の講師の山之内のおっさんのもっと大きな間違いは、前の方の発言です。「最低で京大、うまくいけば東大」て、そんな認識をしていたのでは、通るものも落ちますね。 受験生の方でこのブログを見ていただいている方があるなら、きっちりと理解しておいた方がいいですよ、「東大は、スーパー京大ではない」と。 そのあたり、『ドラゴン桜』の作者の方がまともです。 『ドラゴン桜』の登場人物は言います。「大学入試は全般的にその学校の校風が表れるものなんだ・・・」「たとえば京大は問題数は少ないが格調高くアカデミック・・・・とよくいわれる」「この点から見ると東大は・・・基礎から応用と広範で分量も多い。 これを制限時間でいかに効率良く説くか、つまりテンポ良くテキパキとこなす要領の良さが求められるのだ。 これをわかりやすく説明するキーワードとしては・・・ ″事務処理能力の高さ・・・″ とでも言おうか」と。 私が大学受験を経験してからすでに何十年と経つ。最近、書店で教学社から出ている東大の問題を見て、私が受けた頃と比べて思っていた以上に変わっているのを見て驚いたが、この『ドラゴン桜』の登場人物が言っている内容が実際の問題に即しているかどうかはわからない。 しかし、間違っていないと思われるのは、世間で、ここが一番難関と言われる大学とその次とか次の次とか言われる大学の問題は、一番難関と言われるところの問題が一番難しいというものではないということと、それぞれに傾向があるということ、これは何年経っても基本的には変わらないと思う。
   だから、東大とか京大とかある程度以上の難関の大学に行こうと思ったならば、全国のすべての大学の入試の問題をかきあつめて1冊の本にした・・というようなYMCA予備校のテキストみたいな問題集を大量にやっていたのでは「効率が悪い」。 「京大東大文系クラス」といったところに来た生徒に、全国のあらゆる大学の入試の問題をかき集めて来たような問題集を大量にさせるというのは、いわば、すでに素振りなんてある程度以上やっている選手に、さらに何千回と素振りさせれば成績が上がるだろうなどという姿勢、体は小さいが腕力は強い千代の富士が大きな力士を相手に大きな力士がとるような相撲をとって勝てなかったという時に、さらに腕力を強くしようと筋力トレーニングに励むようなものあり、「あんた、いったい、何やってんの」と野村のじいさんなら言うような行為である。
   1973年、前後期制をとったパリーグで、前期優勝した南海は、その頃のパリーグにおいては圧倒的に強かった後期優勝の阪急に、後期は1勝もできなかったが、プレーオフでは3勝2敗と勝ち越して年間優勝した。野村のじいさんは今もあっちやらこっちやらで書いているが、その時、「後期は、阪急に3つ勝つことができれば、極端な話、ほかは全敗したっていい」と考えた、と。もしも、京大に行きたいと思ったならば、京大の試験に通ることができれば「極端な話、ほかは全敗したっていい」、もしも、東大に行きたいと思ったならば、東大の試験に通ることができれば「極端な話、ほかは全敗したっていい」と考えるべきであると。実際に「全敗」するとショックだと思うけれども、そのくらいの姿勢でやるのと、「素振り」ばっかり大量にやって、どの大学の問題にも対応していないYMCA予備校の模擬試験ばっかり受けるのとでは、「阪急に3つ勝つことができれば、極端な話、ほかは全敗したっていい」という姿勢でやった方が合格する可能性は高いというのは間違いないはずである。
   で、もうひとつ。 8月に駿台予備校の東大模試を受けて、「文科3類で合否ぎりぎりくらい」の成績だったのを見て、ものすごいショックを受けたのだが、今から考えると、別にショックを受ける必要はなかった。そんなことは、「あること」なのだ。
   その時、思ったのだ。北野高校の同級生で東大の文科一類を受けて現役で通った人間もいたのだが、同じように同じ教室にいた人間で、文科一類に現役でさっさと通った人間がいるのに、なぜ、自分は文科で一番難易度が低いとされる三類で合否ぎりぎりくらいの成績しかとれないのだろう、と。かつ、私は、京大・阪大型の社会科の試験なら悪くない点数を取れたのですが、東大型の社会科(日本史・世界史)の試験ではどうもうまく書けないで苦労していて、実際の東大の二次試験での試験科目は文科は数学・英語・国語・社会科2科目(世界史・日本史・政治経済から選択だったか、地理A・地理Bのどちらかも可能だったか記憶がはっきりしないが、私は世界史・日本史を選択していた)だが、その8月の東大模試は数学・英語・国語の3科目だけで社会科2科目の試験はおこなわれていなかったので、もしも、京大・阪大型の社会科の試験であれば、私は北野高校の模擬試験でも業者の試験での全国総合模試といった試験でも、英語・数学・国語・理科・社会の5科目の中で社会科(世界史・日本史)が最もいい成績を取れていたので、社会科が加わった場合は、社会科が加わらない場合よりも順位も上がるはずでしたが、東大の社会科はどうもうまく書けなかったので、社会科が加わることで、むしろ、順位は下がる可能性が考えられたのでした。 そういうことを考えると、8月の模試で「文科3類で合否ぎりぎりくらいの成績」というのは、浪人までしたのに・・・ということも考えるとショックでした・・・・・が、今から考えると、そこまでショックを受ける必要もなかったのではないか、とも思うのです。 だいたい、「合否ぎりぎりくらいの成績」だったとして、かつ、「東大の文科では最も難易度が低い文科3類で」といっても、それでも東大ですよね。文科にしても理科にしても、「東大では最も難易度が低い・・・」といっても、世間一般ではけっこう上の方なんですよ。すでに、先に現役で通ったやつと比較して、なんだか、差をつけられたみたい・・・・とか感じてしまったりもしたのですが、そんなこと感じなくてよろし!!!  そのあたりが、ひとつには北野高校の教諭などでも、なにかと「競争」させたがる人というのがいたのですが、それは良くないと思いますよ。 だいたい、かつての同級生がどうだったかなんて、どうでもいいじゃないですか。  問題は、「自分が自分で納得がいく所に行けるかどうか」であって、「あんなやつに負けたくない」とかあまり考え出すと、最終的には、自分が行きたい所ではなく一番難易度が高いと言われるところに行かないといけないみたいになってしまいますし、東大が一番難易度が高いと仮定すると、京大に行きたいと思っていたのに東大に行かないといけないことになってしまいますし、工学部とか理学部とかに行ってそういう勉強をしたいと思っていても医学部に無理に行かないといけないはめになってしまったり。 だから、あまり、「競争」として考えない方がいいと思うのです。
   もうひとつ、私の場合は、なぜ、東大に行きたかったかというと、家を出たかったからなのです。 あの家を出るためには、東大に行くしか方法がなかったのです。 大学自体は、最も魅力を感じていた大学は京都大学だったのですが、「京大なら家から通うべきや。甘ったれておってはいかんぞ」と父は言っていたのです。京都大学に我が家から通学しようとすると片道2時間余かかりましたが、父にとってはそんなことおかまいなしでした。阪大だとどうかというと、「高校よりも近い場所にある大学」なんてまっぴらごめん! ・・・・冗談じゃないて感じでした。
   YMCA予備校高槻校の「京大東大文系クラス」という名称のクラスに騙されたというのは不幸でした。私が高校卒業時に東大を受けて落ちた時、及び、YMCA予備校高槻校の「京大東大文系クラス」に行った時、親戚の人間でけっこう的確なことを言った人が2人あったのです。1人は母方の祖母で、兵庫県尼崎市の祖父母の住んでいた家は、もともと、伯父夫婦も一緒に住んでいたらしく、伯父夫婦が他に移った後、部屋が空いていたので、「しろうと下宿」みたいなことをしていたことがあり、関学の学生に住んでもらっていたこともあったようですが、灘高校の関係の人に住んでもらっていたこともあったらしいのです。それで、祖母が「◇◇さんに頼んであげればよかった。かわいそうなことをした」と母に言ったというのです。その頃の私は「裏口入学」なんてとんでもないと思っていたし、たとえ、させてあげると言われても首をもがれても断る! と思っていたのですが、灘高校出身の人に聞いた話では、灘高校というのは私立なので、毎年、何人か「この人は裏口だな」という感じの人間がいて、灘高校から何人東大に通ろうがそういう人は東大などには行けないけれども、青山かどこかそういう私立大学に進学するらしいのです。私の場合は、大阪府の五木書房の模擬試験というので、1回目・2回目は公立は北野高校を書いて私立は灘高校を書いていたのですが、3回目からは、中学校の担任の先生から「もしも、両方、通ったら、北野に行くのか灘に行くのか」と訊かれて、「そりぁ、北野と灘と両方通ったら、当然、北野に行きます」と答えたところ、「それなら、私立は他の所を書いたらどうなんだと言われて、それで、灘高校の受験はなくなったのでしたが、1回目・2回目の模擬試験については、そう悪いものでもなかったのでしたが、実際に受けたとしてどうだったかはわかりません。私が北野高校に入学した年には、その少し前に大阪府の高校の学区が小さくなったことから、北野高校の入試の難易度がいくらか下がり、私が受験した年においては灘高校の方がいくらか難しかったのではないかと思われます。私は両方通ったら北野高校に行くつもりでしたので、灘高校の難易度がどうかなんて「どうでもいい」と思っていたのですが、完全に裏口の人は、灘高校から東大に何人通ろうがそういう人は東大などには行けませんが、比較的学力水準が高い方の中学校から北野高校に合格できた人間なら、もしも、灘高校を受けていたならば、ぎりぎりのところで通ったか落ちたか・・・というようなケースに「裏口」で入れてもらえるようなことがあったとすると、そういうケースなら、これは実力で通ったのとたいして変わりません。で、祖母は、灘高校の何らかの関係の人に下宿してもらっていたことがあったらしく、「あの人に頼めばよかった」などと言ったらしいのですが、どういう人なのかよくわからないのですが、もしも、頼んだとしてなんとかなったのかどうかわかりませんが、かつ、今の私なら、頼んでなんとかなるものなら、そんなもん、「長いものには巻かれろ、札束には切られろよお~お」とか思うかもしれませんが、中学校卒業の頃の私なら、「要らんわい、そんな汚らわしいもん」と断ったと思います。ただ、祖母は、女性としては「お勉強の好きな人」で「勉強する人が好きな人」でしたのでわかったのかもしれません。大学入試はどれだけ努力したかだけで合否は決まるのではなく、その大学の入試の問題にどれだけ適合した努力をするかによって合否は決まるということを。だから、「仮想受験校 京大の北野高校」もしくは「京大・阪大志向の北野高校」に行って京大か阪大に行くのならいいけれども、もしも、東大に行きたいのなら「仮想受験校 東大の灘高校」に行っておいた方が有利だったであろう、と。 今は、私は知っています。ある程度の進学校の高校には仮想受験校のようなものがあって、京大に行きたいなら「仮想受験校 京都大学」の高校に行っておいた方がそうでない高校に行った場合より有利、もしも、東大に行きたいなら「仮想受験校 東京大学」の高校に行っておいた方が有利であるはずだ、と。しかし、高校生の頃の私はそのあたりがよくわからなかったのです。そして、高校3年の時の担任のO谷が、「京大も東大もそう変わりませんよ」と言うので、そうかいなあと思ったのです。しかし、「一般的な難易度」ということなら、「京大も東大もそう変わりませんよ」というのは間違いではないと思いますが、世の中にはちっとも進学校でない高校から東大に行ったりする人が時々ありますが、そういう人にとっては「京大も東大もそう変わりませんよ」というのは正しいと思いますが、「仮想受験校 京都大学」の高校から京大に行くのと、「仮想受験校 京都大学」の高校から東大に行くのとでは違います。あるいは「仮想受験校 京都大学」の高校から東大に行くのと「仮想受験校 東京大学」の高校から東大に行くのとでは違います。 祖母はわかっていたようなのです。
   もうひとり、母の叔母が「YMCA予備校なんて、東大に行かないでしょ」と言ってくれたのです。叔母の息子、要するに母のイトコは天王寺高校を卒業して、1浪して東京の代ゼミの東大受験クラスに行って、それで東大に通ったのでしたが、その時のことを考えて、浪人して予備校に行くのなら、東大に行くつもりなら東大に進学する予備校、駿台・河合塾・代ゼミといった予備校の東大受験クラスに行くようにしないと、京大・阪大に進学する生徒はいても東大に進学した実績のないYMCA予備校なんかでは不利ではないかと。ひとつには、私が高校3年の時の見通しが甘かったという点があります。どう甘かったかというと、浪人した場合に予備校はどうするかといったことをそれほど考えていなかった、という点。我が家は浪人するのに代ゼミなり駿台なりの予備校に行くために下宿させてくれるような家庭ではなかったのです。そうなると、関西で東大に進学していた生徒のいる予備校というと、兵庫県の大道学園か、京都にできたばかりの駿台予備校京都校かでしたが、京都の駿台予備校京都校までは我が家から通うのは不可能に近かった。で、YMCA予備校の高槻校の「京大東大文系クラス」というのができたというので、そこにしたのでしたが、「京大東大文系クラス」というからには、京大の法学部・経済学部・文学部・教育学部と東大の文科1類・2類・3類の試験問題に対しての対策をとってこそ「京大・東大文系クラス」のはずでしたが、そういうものはなく、「看板に偽りあり」で、そもそも、入学手続きをしている最中、母はYMCA予備校の職員から言われたというのです。 「YMCAでは東大を受けることは勧めてませんから。京大か阪大にするように指導していますから」と。誰が言ったかというと、「京大東大文系クラス」の担当者がそんなことを言いやがったというのです。ふざけんな! て話です。  「東大を受けることは勧めていません。京大か阪大にするように指導しています」というクラスなら「京大阪大文系クラス」と名づけるべきであって「京大東大文系クラス」などと名づけるべきではありません。サギですよ、サギ!

   もしも、私が私の親であったなら、高校生の息子が「何としても家を出たい」という気持ちになった、そういう気持ちにならせてしまったという点において、親として反省せざるをえないと考えますが、父はそうは考えなかった。「世の中にはカス親もおればダメ父もおるんやけどな。わしいみたいなえっらいエッライえっらいエッライ親ばっかしとは違ういうことや。わかとるか、チャンコロ、わかっとるのんか、チャンコロ!」と父は毎日毎日言っていました。 私は「えっらいえっらいエッライエッライお父さん」よりも「普通のお父さん」の方が良かった。「普通のお父さん」ならどんなに良かっただろうと何度も思いました・・・・が、我が家はそうではなかった。

   で、とりあえず、8月前半に受けた駿台予備校の東大模試ですが、「文科3類で合否ぎりぎりくらいの成績」だったわけですから、三類で良ければ合格の可能性はあったわけです・・・ということは、今から考えると「そんなにショック受けるほどのことないじゃん」てところなのですが、ショックを受けてしまった、というのは今から考えると、敗因の1つでした。 だから、受験生の方でこのブログを読んでくださっている方があったなら、もし、同様のことがあったなら、そんなの、いちいち、ショック受けてることないよ、と忠告したい。もし、今、1浪の時に戻れるなら、3類でいいじゃん・・・と判断してその上で通る方法を考えるか、それとも、京大阪大型の問題なら社会科が加わると有利になるのに、東大型の問題だと社会科が加わると不利になることが考えられる・・・ということなら、思い切って、東大はやめてしまうか、という考え方もあったのですが、京大にすれば通るというものでもないし、阪大にすれば通るというものでもないし、難しいところでした・・・・が、いずれにせよ、「東大の文科では最も難易度が低い文科3類」とはいえ、たとえ、「合否ぎりぎりくらいの成績」でも、そこまでショック受けることなかったのです。 「浪人しても、3類ですら合否ぎりぎりくらいなんて・・・」なんて思ってしまったのですが、そういう考え方、そういう捉え方をする必要なんてなかった。3類でも合格の可能性はあったわけですし、ともかく、通ればいいのですから。
   ここで、もうひとつ、YMCA予備校の問題があったのです。YMCA予備校高槻校の「主事」の藤井という男が、「浪人した以上は、通った人5人・落ちた人5人というくらいの成績では受けてはいかん。最低でも通った人8人・落ちた人2人というくらいの成績でなかったら受けてはいかん」と彼は言ったのです。 最初、聞いた時は、浪人して受ける場合は現役の時よりも、より合格できる可能性が高い条件で考えるべきだということなのだろうと思ったのですが、落ち着いて考えてみると、京大とか東大とかを受けようというのに、「通った人8人・落ちた人2人の成績」て、そりぁ、相当の成績ですよ。 そんな成績、簡単に取れると思いますか? 中には取る人だってあるかもしれませんが、大学入試は合格最低点というハードルを越えればいいという試験なのに、まるで、棒高跳びみたいに、相当高く飛ぶのでなければハードルを越えてはいけない・・・みたいなことを言っているわけです。そんなこと言っていたら、通るものも落ちます。通る人間ほとんどなくなります。YMCA予備校は大学入試をまったくわかっていない・・・と思っていたら、つぶれましたね。やっぱり。
    「野球は頭でやるもんや」と野村のじいさんは言うておったわけですが、野球に限ったことではなく「入試は頭でやるもんや」て当たり前てことないです。 ともかく、やみくもにやるのと、最後の最後、かけひきというのか、どこにどういう対策をとって受けるのかという思考、そういう「頭」でやるもんや、そういう「頭」があるかどうかで合否は変わることがある。 入試についてわかっていない・亜拓大東帝国あたりしか出てないくせして「ぼくは早稲田の政経でてるんだけどな」と日に3度は言わないと気がすまないなんて連中がやってるYMCA予備校の言うことなんて聞いていたらだめです。

   学習の度合と点数の関係についても述べるつもりでしたが、それは別の稿にまわします。

 とりあえず、「受験生を応援する」シリーズ。 夏場の陣。
1. 「浪人した以上は、相当高得点とらなければ・・・・・と思っていたら、模擬試験で合否ぎりぎりくらいの点しかとれなかったというとき、 いちいち、ショック受けるな!  「あること」なんだよ、「あること」、それは。
2. 実際以上に、「悪い」と思うな。 落ち着いて考えてみ。
3. アホな予備校職員とかアホな高校教諭の言うことに、いちいち、振り回されるな。 アホをかわす技術も能力である。
4. 「家族の政治学」が、なんで、高校3年の時とか浪人中とかに噴出するのか・・・なんて思ったことがあったが、そういう時こそ、出てきやすいものなんだと思う。
 「家族の政治学」の状況はその家庭によって違う。 他人に理解してもらおうなんて思っても、無理だぞ。無理。 だから、大学入試は公平ではない。「家族の政治学」で苦労する者もあれば、そういうものがちっともない者もいる。 しかたがないのだ、そういうのは。 だから、通っても落ちても、だから、エライとか偉くないとかいう見方は適切ではないと思う。 エライとかえらくないとかそういう視点で考えるな。

  ・・・以上、「受験生を応援する」シリーズ、今回の助言でした。

  もう1コマくらい、夏の陣として述べるつもりだが、なにしろ、暑いわ・・・・、ほんと・・・。

   (2018.7.24.) 


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