日本基督教団田園調布教会(3)牧師館がなぜ教会堂の脇にないのか。遮る扉-田園調布と教会【7/14】

[第371回] 日本の教会シリーズ
【1】    日本基督教団 田園調布教会の新しい教会堂で、前の教会堂にはなかったもので、今回、できたものとして、十字架が高く掲げられていることと、そのすぐ下にが設けられている、ということがあります。↓
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↑ 日本基督教団 田園調布教会HPの「教会の歴史」http://den-church.jp/history/index.html に、前の教会堂の外観写真がでていますが、前の教会堂でも塔があってその先端に十字架が建っていたようですが、それほど気づきませんでした。それに対して、新しい教会堂の十字架はずいぶんと目立ちます。ここまで目立たせる必要があるかなという気もします。 又、鐘ですが、これ、つくのですか?  いつ、鳴らすのですか?
   ヨーロッパの町のように、その地域の人のほとんどがキリスト教徒で、その教会の信徒であるという場合であれば、教会の鐘が街に鳴り響くというのは悪くないと思いますが、日本ではそうではないと思うのです。 鐘を鳴らすことで、かえって近所から嫌がられるなんて・・・、なければいいけれども、なんかありそうな気が・・しないでもありません。 かつ、プロテスタントの教会の教会堂であるはずですが、どうも、カトリック的な感じがしないでもないのですが、そう感じるのは私だけでしょうか・・・・。
   又、↑の写真を見ると、鐘を鳴らすために人が登って行って立つ場所というのが見当たらないのですが、もしかして、この鐘は、1階でスイッチを押すと電動で鳴るようになっているのでしょうか。・・・とすると、なんとも味気ない・・・というのか、要らんのと違いますか、そういう鐘は。 もしくは、単なる飾りなのでしょうか。

  さらに言いますと、↑の十字架ですが、建築屋の眼から見ますと、あの留めてるところ、地震で揺れたりした時に、はずれて、鉄の十字架、下に落ちてこないかなあ・・・・なんて心配したり・・・・。

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  ↑の玄関の前、2階に片持ち方式でくっついてる円筒状のやつ。 あれ、年月とともにたれてこないかな・・・とか。 どうも、建築屋は職業病なのか、そういうことを考えてしまいます・・・。

【2】   前の教会堂にはなくて、新しい教会堂にできたものとして、地下(半地下)の駐車場があります。↓
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↑ はたして、どれくらいの台数を収容できるのかわかりませんが、体が特に不自由でない人の場合は、田園調布駅からこの教会まで道は平坦でそうほどは遠くなく、歩道もあり、自然環境も悪くない「散策路」であり、田園調布の住人でない人でも、駅からこの教会までの道は歩くのに快適な道であり、歩いてきた方がいいかと思います。私が子供のころ、1960年代後半、大阪府箕面市の阪急箕面線「箕面」駅から箕面大滝まで、滝道を馬車が走っていたのですが、ICカードつくのですか五木いつであったか、滝道を自動車も馬車も通行してはいけないということになって、馬車は箕面ハイウェイを経由して箕面大滝の上のあたりまで行くように経路を変更し、その後、馬車はなくなり、1960年代後半から1970年代前半は箕面駅の脇のロータリーに馬車が何台か停まっていた光景は見られなくなりました。子供の頃は馬車が好きだったので、なくなるのは残念でもあったのですが、馬車の仕事をしていた方には申し訳ないけれども、しかし、箕面駅から箕面大滝までの間の箕面川に沿った滝道は、自然環境がいい所で、箕面駅から馬車で箕面大滝まで行って、大滝をピンポイントで鑑賞して、また、馬車で駅まで帰ってくるというのは、それは本来のものではないと思うようになりました。駅から箕面大滝までの滝道が自然探勝路であり、それを中間を省略して滝だけ行って戻ってくるというのは、それは本来ではない。

( ↑「自然公園」マークが箕面大滝。 箕面川に沿って「滝道」がある。 六角形の4 は自動車が通行可の箕面ハイウェイ・・・と言って、私が子供の頃は自動車用の広い道のような気がした、最近、自分がクルマを運転して走ってみると、走りにくい狭い山道でしかない。 )
それと同様というわけでもないでしょうけれども、日曜日に田園調布の教会に礼拝に参加しようとするのならば、田園調布駅からこの教会までの経路は教会に辿り着くまでのアプリローチとして特に足が悪いということがない人は歩いた方がいいと思います。 しかし、中には歩けない人もいるのではないか。 母などは、もう10年少々前になりますが、小脳出血をやり、その後、足が悪いわけではないけれども、小脳を損傷すると平衡感覚を損なうらしく、歩くのにふらつくようで、長い距離は歩けなくなりました。 その後、さらに、転倒して、大腿部の転子部という部分を骨折して手術したもの、ごくわずかな距離を伝い歩きするくらいしか移動できなくなってしまいました。教会に行きたいという人にもそういう人はいると思いますから、前の教会堂の時には、入口付近に1台か2台程度停められるというくらいでしたから、何台か停められるように駐車場を地下に設けた、というのは、それは教会という所においては好ましい判断だと思います。 現役世代の人間でも、私は何度か痛風になったのですが、痛風というのは足の指とか手の指とかの血管が細いところに出ることが多いらしいのですが、私の場合は左足の親指に出ます。何度かなりましたが、いつも、左足の親指です。こういう場合、左足の親指がいたいのいたいのとってもいたいの・・・となっても、オートマのクルマは運転できるのです。マニュアル車ですと、アクセルとブレーキは右足で踏んで、クラッチは左足でとなるので、両足が動かないと運転できませんが、オートマのクルマですと、アクセルとブレーキは両方とも右足で踏みますから、左足がいたいのいたいのとってもとってもいたいの・・・となっても、運転はできるのです。 それで、なんとかクルマを運転してたどりついて、駐車した場所から教会堂までのわずかな距離であれば、左足をひきずってでもたどりつく・・・ということはできると思います。そういうために駐車場を確保したということなら、それは意義があることだと思います。 2014年、川口土木建築工業(株)http://www.kawado.co.jp/ 〔本社:埼玉県川口市〕の工事現場で右足の甲を骨折した際には(その際のこの会社の対応はひどいものでした。この会社はホームページに「あたりまえを大切に」などと書いていますが、大切にしているとは思えません)、骨折したのが右足でしたので、クルマの運転はできませんでしたが、足を骨折した場合でも、電車に松葉杖で乗るのは骨折したのが左足でも右足でも不安ですが、もしも、骨折したのが左足ならオートマ車なら運転できるでしょうから、クルマで行って、駐車した場所から教会堂までの間だけ松葉杖で歩いていくということもできるでしょう。 そんなもん、足を怪我したなら、教会みたいなもん、治るまで行かなくてもいいだろ、カネもらいに行く所じゃなくてカネ払って行く所なんだし、「牧師説教」なんてどうせしょーもないことしか言わんのだし、治ってから行けばいいことでしょうが、骨にも身にもならんような「牧師説教」なんて聞くために足をさらに傷めたのでは何やってることかわからんでしょ・・・・・なんてのは、言わぬが花・・・ですが、というより、タクシーに乗ればいいじゃん・・て説もありますけれども。 ・・・・・もしかして、実際には、牧師が離れた場所にある牧師館からこの教会堂までの行き来する際にクルマに乗っていてて主として牧師用・・・なんてなってるかなってないか知らんが、そういう可能性もなきにしもあらず・・・?  

【3】  気づいていない人もいるかとは思うが、私は、けっこう重大なあることに気づいた。 日本基督教団 田園調布教会は、田園調布駅の西側、道路が放射線状になっている地域の外縁部、宝来公園の手前に教会堂があったが、駅からすぐ近くの場所に幼稚園と「牧師館」があったのです。 今も幼稚園と「牧師館」はあります。
   私が子供の頃に行った大阪市東住吉区のカトリックの幼稚園では、同じ敷地の中にカトリックの教会堂と幼稚園がありました。 教会堂にシスターがいるのをいつも見ていましたが、シスターが何をしているのかまではよく知りませんでしたが、そこにいました。 小学校の3年の頃、日曜ごとに通った大阪市阿倍野区の日本基督教団の教会-かつて、作曲家の阪田寛夫が通ったという教会で、尖塔部分を村野健吾が設計した、という教会ですが、同じ敷地の中に教会堂と幼稚園がありました。
   それに対して、日本基督教団 田園調布教会では、教会堂と幼稚園が別の場所にあるのです。 現在、私の居住している千葉県船橋市の近くに神明幼稚園という神社の系統の幼稚園がありますが、そこは、神社と幼稚園が隣接していて、前の道路を隔てた向かいに幼稚園の体育館があるようです。 向かいとかですと、まだわかるのですが、なんで、田園調布教会とその幼稚園は同じ田園調布とはいえ、別の場所にあるのか。 なんでだろ? と思っていたのですが、日本基督教団 田園調布教会のホームページの を見てわかりました。 田園調布教会は、最初、1931年(「人、苦、災(1931)、満州事変」の年) 東京市外馬込町北千束町 の牧師の住居で集会を始めたが、1933年、田園調布3丁目4番地 の 現在、幼稚園がある場所に教会堂を建て、1938年、田園調布福音教会と改称、1941年に日本基督教団 田園調布教会と改称。 1954年(昭和29年)に、現在、教会堂がある田園調布3丁目34番 に教会堂が建てられ、1955年、駅からすぐの場所の前教会堂は幼稚園になった。 そういう経緯があるので、教会堂と幼稚園は同じ田園調布3丁目とはいえ、離れた場所にある、らしい。 なおかつ、これは前から疑問に思っていたのですが、なんで、ここの教会の「牧師館」て、教会堂の脇にあるのではなく幼稚園の脇にあるのか?  というのも、もともと、幼稚園の場所が教会堂だったので、それで、教会堂の脇に牧師館が建てられたが、教会堂が同じ田園調布3丁目とはいえ別の場所に移転した際に、牧師館もまた、教会堂の脇に移転しても良さそうだが、移転せずに幼稚園の脇に残った・・・ということだった、らしい。
   しかし。 それならそれで、今回、この3月に東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故が発生した2011年の8月に新会堂の起工式がおこなわれ、翌年、2012年10月に新会堂の献堂式がおこなわれ、2013年1月にオルガン奉献式がおこなわれた、というのであれば、ですよ。 その際に、牧師館もまた、幼稚園の脇から教会堂の脇に移転するべきであったのではないのか?!?   教会堂の建物を建て替えるのであれば、その際に牧師館もまた、教会堂の脇に移転するべきではなかったのか?!?  そう思いませんか?
   お寺の「本坊」て、たいてい、お寺の敷地の中にありますでしょ。 違いますか?
   知らない方のために説明しますと、お寺の「金堂」と「講堂」と「食堂(じきどう)」はどう違うかと言いますと、高校の日本史の先生が京都のあるお寺の坊さんに聞いた話では、「人間がいる所が講堂で、仏様のいる所が金堂(こんどう)や」・・・ということらしい。 で、「食堂(じきどう)」てのは何なんだ? というと、本来は食堂(しょくどう)らしい。 本来はそうらしいのですが、たとえば、東寺(教王護国寺)なんて行ってみますと、金堂も講堂も食堂も仏像だらけ・・・で、なんか、たいして違いないのんちゃうかあ・・・みたいな感じですが、本来は、仏様がおられるのが金堂で、人間がそこで仏教を学ぶ場所が講堂で、食堂(じきどう)は本来は、文字通り、食堂。で、「本堂」と「本坊」はどう違うかというと、本堂はそのお寺で最も主要なお堂が本堂で、一般には、金堂が本堂。天台宗では根本中堂なんていうお堂が本堂。 上野公園の中央噴水のあたりに、かつての寛永寺の根本中堂があったらしいが、その頃の寛永寺では中央噴水のあたりにあったらしい根本中堂が本堂。 で、「本坊」は「本堂」と違うのかというと、違う。 では、「本坊」は何かというと、「本堂」はそのお寺の主たるお堂が本堂であるのに対して、本坊は住職の住む所が本坊、らしい。 かつて、上野の寛永寺では、上野公園の中央噴水のあたりに根本中堂があったが、本坊は現在の東京国立博物館のあたりにあったらしい。 ともかく、本坊というお寺の住職が住む建物は、そのお寺の境内にありますよね。
   キリスト教の教会においても、「牧師館」というものは、教会堂と同じ敷地内にあるのが本来と違いますか?  なんで、この日本基督教団 田園調布教会の「牧師館」は教会堂と同じ敷地になくて、少し離れた場所、それも、教会堂の場所よりも田園調布駅に近い便利のいい一等地にあるのでしょうか?  なんか、変だと思いませんか?
   「牧師館」と「牧師の社宅」は意味が違うと思うのです。違いますか? 

   もしも、教会堂と同じ敷地に「牧師館」を建てようとするならば、建ぺい率・容積率の上で、牧師館を広くとれないというような事情でもあったのならば、日本基督教団田園調布教会の向かいのお宅、「管理物件」として不動産屋の看板でてます。あそこの土地を買えば良かったのと違いますか。パイプオルガンなんてそんなもん買うカネがあるなら、そのカネで向かいの土地をか買って、そこに「牧師館」を建てれば良かったのと違うのですか? 予算が足らないなら、とりあえず、向かいの土地を買って牧師館を建てて、その後、予算の見通しがついただ段階で教会堂を建て替えればよかったのと違うのですか。 もしくは、教会堂はそのままにして、向かいに牧師館と教会来場者用の駐車場を設ければよかったのと違うのですか。

   ↓が、田園調布教会附属 田園調布幼稚園です。
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(↑  「旗」マークが、日本基督教団 田園調布教会附属 田園調布幼稚園http://www.denenchofu-kindergarten.ed.jp/ 。)
↑  郵便箱が2つ並んでいますが、右側が幼稚園の郵便箱で、左側が「牧師館」と称する牧師の社宅の郵便箱のようです。

   もしも、「牧師の社宅」であれば、教会堂に通勤するのにそれほど遠くない場所で、教会堂と少し離れた場所に社宅を設けて、悪いということはないでしょう。 しかし、「牧師館」というのは「牧師の社宅」と同じではないはずなのです。  お寺の「本坊」が、お寺と別の場所にあってどうするんですか。「本坊」と言うからにはお寺にあるものと違いますか。 同様に、「牧師館」というからには教会堂の脇にあるものと違うのですか?  教会堂の脇にあってこそ「牧師館」と違うのですか?
   医者が自宅で開業した場合、患者は診察を受ける場合には、開業日の開業時間に来てもらうのが基本ですが、開業時間外でも、家族が急病になった・・・というような場合、119番に電話をして救急車に来てもらうという方法もありますが、いつも、かかっている「せんせい」にお願いしたいと考える人もいるのではないかと思います。 あまり、頻繁にそれをされたのでは、医者だって、休みたい時もあるでしょうし、個人としての生活もあるわけですから、うれしくないかもしれませんが、一方で、自営業者として考えると、いざという時に、よその医者を頼られるよりも、119番を頼りにされるよりも、自分を頼りにしてもらえた方が、その患者は自分を評価してくれているということですから、その方がいいという場合もあるかもしれません。 母は今でも私が産まれた日のことを話します。大阪市天王寺区の病院で出産した後、打ち合わせました。産まれた赤ん坊を連れて家に帰るのに、誰も迎えに来てくれなかった。父(母の夫)はゴルフに行っていない。祖母(父の母)はひとり家にいて迎えに来るなんてことしない。祖母(母の母)が来てくれて、そして、出産した直後は女は力がでないものだからと言って、産まれた子供を祖母が抱いてくれた。ところが、家に帰ると、家の中はストーブも炊かず、冷え切っていて、祖母(父の母)はひとりだけ、火鉢にあたって暖をとっていたらしい。赤ん坊は冷え冷えした家に入ると、顔色が真っ青になった。母はどうしていいかわからず、この子、どうなってしまうのだろうと思ったが、その時、祖母(母の母)が近所の内科医の所に走って行って、「すぐ、来てください」と言って、腕をつかんで引っ張ってきたそうな。その内科医には、私はその後、何度も診てもらったが、急激に温度が下がるとそうなることがある、ということで、赤ん坊はそれで死んだりせずに、今も生きているのだが、その内科医は、困ったばあさんやなと思ったかもしれないが、産まれたばっかりの子供が顔色が真っ青になってしまったんですと言われて、そう言われるなら行ってあげようと考えてくれたらしい。 「その時、うちのお父さんは何をしてたんですか」と母に尋ねたところ、「ゴルフに行ってはった」ということだった。なるほど、そういうおっさんだった。「甘ったれておってはいかんぞ、甘ったれておっては。子供っちゅうもんは女が産んで女が育てるもんや。甘ったれてはならんぞ、甘ったれては」という主張のようだ。「子供ちゅうもんは、女が産んで女が育てるもんや。女は畑じゃ。種を畑に植えたなら、畑がその種を育てるもんや。そんでもって、種が芽を出して実がなるようになったらやなあ。その実には種を植えたもんに権利があるんや。畑に権利があるのとは違うんや。ましてや、茄子や胡瓜に権利があるわけがない。わかっとんのんか、チャンコロ。わかっとんのんか、茄子。甘ったれておってはならぬぞ、チャンコロ。種を植えてあげてやってやってくださってあげてもらってやっていただいてもらってくださった方に感謝せえよお、わかっとんのんか、茄子! わかっとんのんか、チャンコロ! 心得違いを起こしてはならぬぞ、チャンコロ。畑に感謝すんのとは違うねんぞ。種を植えてやってやってやってあげてやってもらっていただいてくださってあげてもらってやってやてもらっていただいてやってやってやってくださったお方に感謝せえよお。感謝、感謝。このわしに感謝せえよお、この茄子!このチャンコロめが、よくも生まれやがってからに、産まれなければよかったの、このチャンコロ!」と父は毎日毎日言っていたが、その言葉の通り、母が私を産んだ日もゴルフに行って遅くまで帰ってこなかったらしい。妊娠・出産は病気ではないとしても、何があるかわからないのだから、出産の日くらいは有給休暇をとって病院から一緒に家に帰るようにした方がいいと思うし、仕事によってはどうしても休めないという場合もあるのかもしれないがゴルフならそういう日くらいは欠席させてもらってもいいのではないかとも私は思うし、そう母にも話したのだが、「そんな人と違う」と言うのだが、たしかにあのおっさんは「そんな人と違う」おっさんだった。その時、来てくれた内科医は、その後も懇意にしていつもかかった人であり、「どこにかかっていいかわからない時は内科に相談するもんです」と言って何でも自分の所に相談しろと言う人だったが、ケースバイケースだろうけれども、医者の立場に立てば、かんべんしてくれよ、このくらいのことで、休診日に押しかけるのは・・・という場合もあるだろう。医者屋をやっている人には、休診日になると出かけて家にいないようにしているという人もいるようだ。
   (株)一条工務店の栃木県佐野市の営業所に勤務していた時、奥さんが美容院をやっているという方に私が担当で建てていただいたが、美容院もまた、自宅と店を同じ場所にしておくと、営業日でない日、休業日に、「すいません。急な用事が入りまして」と頼まれることがあるらしい。 自衛業者としては、よそに行かれるよりも自分の所に来てもらえた方がいいという面もあるとしても、やっぱり、それを無制限に受け入れていたのでは、生活が破壊される、というので、住居と店を分けたらしい。
   そんなもので、仕事場と住居を同じ場所にすると、仕事日でもない日でも押しかけてこられるという可能性が出てくるので、仕事場と住居は分けたいという人はいる。 しかし、自営業の人には、そうは言わない人もいる。前に頼んだことがあるリフォーム屋の社長に、「◇◇さんの休みは何曜日なのですか」と尋ねたところ、「私は経営者ですから休みの曜日はないんです」と言われたことがある。 自営業としてやっていたならば、サラリーマンと違って、勤務日でも休もうと思えば休めるし、勤務時間中に私用をすることだってオーナー経営者はできるが、同時に、休みの曜日というものを設けなくても生活は成り立つので、「休みの曜日」というのはないので、仕事をもらえるなら何曜日でも電話してもらっていいという話だった。
   「牧師」というのは、工場でベルトコンベアーの前に座って作業をするような仕事とは仕事の性質が違うはずなのだ。 日曜日は出勤だとして、平日に休みはとれるのだから、いいではないか。 しかも、出勤日の日曜日といえども、7時間とか8時間とかなんて働いてないと思うぞ。
   大阪府箕面市の日本基督教団箕面教会に何年か前にいたS牧師は、日曜日に礼拝の後に、礼拝堂で、中学生なんかと卓球をするようにしたとかホームページに載っていたが、卓球でもやって教会に自然と親しんでもらえればというつもりだったのではないかと思うが・・・・・、別の見方をすると、「卓球やって給料もらえるのなら・・、ええ仕事やなあ~あ」てことにもなる。 (株)一条工務店で福島県いわき市の営業所に勤務していた時、同じ営業所の人間と いわき市の「クラブ」(というと、中学校のクラブ活動のことではなく、スナックの高めの店のこと)に行った時、ホステスが席を離れた時に、一緒に行った男が、「こういう店の女の子ていいよね。毎日、男と酒飲んで歌うたったりゲームやったりして遊んで、それで給料もらえるんだからね」て。 言われてみると、そうかもしれん。いい客ばっかりてことはないだろうけれども、もしも、いい客ばっかりだったなら、「ひとのカネで酒のんで、歌うたったりゲームやったりして遊んで、それで給料もらえる」みたいなものだ・・・・が、それを言うなら、牧師なんて、毎日曜日、「牧師説教」なんて称して、勝手な事ばっかし言いまくって、それで給料もらえるんだからけっこうなもんや。 だいたい、「説教」てのは、普通はカネを払う側がするものであって、給料もらってるんだから、こんなしょーもないおっさんの「説教」でも我慢して聞いてやらんとしゃあないなあ・・・とか思って聞くものであって、カネもらって「説教」するやなんて、そんなけっこうなことできる職業なんて、「牧師」くらいのもんや(^^)/
   「牧師先生、急なことですけど、ちょっと、聞いてください」と押しかけてくる人を、ことごとく応対していたのでは、牧師も嫌になる時もあるかもしれないけれども、そうであったとしても、それやらないなら、牧師て仕事ないだろうが!  ほか、いったい、何やんねん!!!  「牧師説教」て毎度勝手なことばっかりのたまいくさりやがってからに・・・・・て、そこまで言ったら身もふたもないかもしれんが、少なくとも、工場でベルトコンベアーの前に座って作業するような仕事とは仕事の性質が違うんだし、いつもいつも、教会堂のそばにいて、四六時中、「先生、先生」と呼びかけられるなんて・・・大変な面もあるかもしれないけれども、自分がそういう仕事を選んだはずなのだ、牧師さんというのは。 だから、牧師という職業の人間にとっては、「牧師館」という教会堂のすぐ脇に住んで、教会堂とともに生きる、ということが、それが牧師の仕事のはずなのだ。 それを、「牧師館」と名づけても、実質、戸建ての社宅みたいに教会堂と離れた別の場所に住んでいて、日曜だけ、教会堂に来て、勝手な「説教」やって帰る・・・・というのは、それは牧師と「牧師館」のあり方としておかしいはずなのだ。 違いますか?

   1933年、田園調布3丁目4番地 の 現在、幼稚園がある場所に、教会堂と牧師館を作った、というのはわかった。 しかし、その後、1954年に、現在、教会堂がある田園調布3丁目34番 に教会堂を移転したが、牧師館は、なぜか、そのままになった、というのはわかった。
   しかし、2011年から2012年にかけて、教会堂を建て替えたのなら、その際に、不自然な状態のままにせずに、牧師館もまた、教会堂の脇に移転するべきであったはずなのだ。 教会堂の脇に住むのが嫌なら牧師にならなければいい。 「教会堂の脇に住む」というのは、牧師の仕事の一部のようなもののはずなのだ。 嫌なら牧師をやめればいい。 たとえ、そうでなくても、教会堂のすぐ脇の牧師館に住むのが嫌だという牧師なら、住居は自分で用意して自分で費用も負担するべきであろう。 違いますか?!?

   なお、私がこの教会に何度も足を運んだ1980年代、この教会の牧師は、高橋泰二という人だった。 それから、もう、40年近くなるので、さすがに今は他の人に変わっただろう・・・と思ったら、田園調布幼稚園の前の郵便箱には、幼稚園用の郵便箱の隣に牧師の社宅?の郵便箱があって、そこに「高橋」と書いてあるので、中曽根康弘がよっぽどええもん食うとるのか100歳まで生きているごとく(日野原重明さんなんてのも、ええもん食うとったのかも???)、牧師というのも、ええ仕事なものだから、まだまだ、現役なのか? ・・・まさか・・・と思ったが、田園調布教会HPの「教会の歴史」http://den-church.jp/history/index.html によると、高橋泰二牧師は1972年よりで、1993年に長澤牧師が就任して後、何人かの牧師が就任して、今は、2014年4月から就任した高橋和人という牧師らしい。 いくら、牧師とはいえ、人魚の肉でも食って不老長寿の肉体を身につけたわけではなかったらしい。 高橋泰二牧師の息子は慶應の内部進学で慶應の医学部に行っていたと思ったのだが、もう1人、息子がいて、医者屋とか牧師屋とか「やっぱり先生業がええなあ」と思って牧師になったのか、それとも、赤の他人で苗字が一緒なだけなのか・・・、どちらなのか・・・・はわからん。 しかし、「社宅」と考えると、田園調布駅から至近。便利はええし、住宅としての環境も最高。ええ社宅やな・・・・。
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【4】
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↑ こちらで見ると、正面の円筒形の部分というのは、それほど出っ張っているわけでもないようです。 「世界の丹下健三」設計の東京カテドラル聖マリア大聖堂では、入口の木製の開き扉が庇もない場所につけられ、雨と日差しにあたって変色して傷んでおり、それを見て、「建築屋」ならそのあたりを考えて木製風で他の素材の扉を使うか、木製のものを使うのなら少し奥まった位置に扉をつけるか庇をつけて雨や日差しが木製の扉に直接あたらないように配慮するものだが、そのあたりをまったく考えない・考える頭がないというあたりが「建築家」の特徴だな、と思ったものでしたが、ここでは木製の扉をつけているけれども、上に庇になる円筒形がついているので、それほどは雨や日差しにあたらないようになっています。
  しかし、これまで、いくつかの教会を見てきましたが、こういった全面が木の開き扉というものが教会という所にふさわしいかどうか、という点においてはよくわからないところがあります。もしかして、この教会堂の設計者は「世界の丹下」の東京カテドラル聖マリア大聖堂でも見て真似たのでしょうか。だから、プロテスタントの教会でありながらカトリック風のところがあるのでしょうか。「世界の丹下」なんか真似るくらいなら比較的良心的な「そのへんの工務店のおっさん」でも真似た方がいいようなところもあります。前の教会堂の入口の方が良かったと私は思います。教会堂の入口というものは、道路から自然と人を導きいれるようにアプローチをとるべきで、そして、玄関扉も外界と断固として隔絶するようなものにしない方がいいと思うのです。 「世界の丹下」なんて、そういうことをちっともわかっていない。開き扉と引戸とどちらがいいのかという問題もあります。一般に開き扉の方が引戸よりも防犯上はいいという説もあり、実は、昔、我が家は玄関の引戸を開けられて泥棒に入られたことがあったのですが、今の引戸はそうでもないと思います。開き扉でも、ところどころにガラスの部分があれば、実際にはガラスの部分から中がはっきりと見えるわけではなくても、外界と内部との間に拒絶感がそれほどしないと思います。それに対して、全面が木での扉(木でなくても鋼板もそうです)ですと、そこで完全に外界と内部が隔てられてしまいます。 完全にそこの教会の教会員として古手になっている人にとってはそれほど関係はないかもしれませんが、その教会に足を踏み入れようかどうしようかという気持ちの人にとっては、木であれ鉄であれ、全面が覆われて内部がまったく見えない扉というのは、それはそこに入ろうとする者を拒絶する印象を与えるものではないかと思います。「世界の丹下」なんてのは、わかってないのですよ、そのあたりを。だから、自称「建築家」なんてのには、「『世界の丹下健三』のエピゴウネンになりたいなりたいなりたいなりたい・・」とか思ってるアホがいっぱいいるのですから、施主はそういうアホの言いなりになっちゃだめなんですよ・・・と私は思うんですけれどもね・・・。
  インターネットで検索すると、《大岡山建築設計事務所BLOG 田園調布教会新築工事》https://ookayama.exblog.jp/16742084/ というのが見つかりました。フランク=ロイド=ライトの代表作の1つと言われるカウフマン邸(落水荘)は、ライトは壁面に金閣寺のように金箔を貼りたかったけれども、施主のカウフマンさんが断って、今のようになったといいますが、金箔は貼らなくて正解だと思います。1985年に慶應大学の日吉キャンパスに槇文彦設計の日吉新図書館が建てられたのは、前の藤山記念図書館は延べ面積が狭く、すべての図書を書架に並べることができなかったことと、閲覧室の座席が不足していたので、すべての図書を書架に並べて、館員にお願いしてだしてもらうのではなく、学生がすべての本を自分で書架で見ることができるようにしたいということと、閲覧室の座席がなくて読書・研究や自習に学生が困らないように十分な座席を確保しようということで新しく作った・・と新築時に「図書館案内ツアー」で館員のおねえさんが説明してくれたのでしたが、そのわりには、書架に並べられずに館員にお願いして出してもらわないといけない本があり、平日は座席がなくて探し回ることが多かった。槇文彦さんという人は「有名建築家」だというが、結局、自分の好みのデザインなどには力を入れても施主が必要としたそれらの条件を満たす図書館を作れなかったわけで、その点で評価できない、と私は考えたのですが、しかし、どのくらいの書架のスペースが必要なのか、どのくらいの座席数が必要なのかというのは、「建築家」がよく知っているわけではなく、きっちりとそのあたりを伝えなかった施主の側にも問題はあったのではないかとも思うようになりました。 どのような建築であれ、施主は設計事務所の言いなりになるのではなく、言うべきことは言わないといけません。「建築家」とか「建築家ぶりっ子ぶりっ子」とかには、絵描きや彫刻家と同じように、「建築家」もまた、「芸術家」ぶって施主は「芸術家」たる「建築家」の言うことにはどんなことでも従うべきだみたいに思っている不心得者がけっこういます。机の上に載るくらいの大きさの彫刻を作るのなら、たとえば、せいぜい広隆寺の弥勒菩薩像くらいの大きさのものであくまでも観賞用で実用に供することのないものを作るのなら、「芸術家」が自分で費用をだして好きなものを作ればいいと思いますが、地面の上に建ててそれを人が使用する建築の場合は「芸能家」ぶって勝手なものを作ってもらっては困ります。フリーダムアーキテクツデザイン(株)〔本社:東京都中央区。〕https://www.freedom.co.jp/ という「世界でただひとつの家」というコピーをかかげなが実際には「はこ、ハコ、箱」しかできない造形力のない「しろうと集団」の設計会社では、2015年、アフター課の阿諏訪(当時、40代前半)が「施主の家と違います。設計士(さま)の家です」と暴言を吐き、しろうと以下を「設計士(さま)」と詐称してもちあげていたのですが、とんでもない認識です。そんな傲慢な意識ではまともな住宅はできません・・からフリーダムアーキテクツデザイン(株)は欠陥住宅だらけなのですが、阿諏訪がそういう基礎がおかしい認識を持っているというのは、阿諏訪が高校を卒業して行ったという「新設の建築の専門学校」の教育が間違っているということが1点、もう1点はそこを「卒業」して就職した「設計事務所」の「社員教育」が根本的に間違っているというのが1点でしょう。「建築の専門学校の講師」とか「設計事務所のおっさん」とかいうのは自分自身がわかっていないという人間が多い。彼にしても、その「専門学校」を卒業して「設計事務所」に勤めるのではなくハウスメーカーに勤めたならば、いくらかは変ったかもしれない。もし、ハウスメーカーに勤めて彼が私の下に配属されたなら、私なら「そうじゃないんですよ」ということをきっちりと指導してあげることができたはずです。「設計担当の家ではない。施主の家なのだ」というのは、これは建築でも特に住宅を建てる際には最も重要で基本的な認識です。もし、私が施主なら、そのあたりの基本・基礎をまず会社としてきっちりと認識できていないフリーダムアーキテクツデザイン(株)https://www.freedom.co.jp/ には頼みません。設計事務所は建築基準法はわかっていても、教会とはどうあるべきか、キリスト教とはどういうものかという点においては専門ではありません。一粒社ヴォーリズ設計事務所とか普段から教会の建築を専門にしている設計事務所なら、いちいち教えなくてもわかっている部分があるかもしれませんが、そうではない設計事務所に依頼するのなら、教会はそのあたりを設計事務所にきっちりと指示しないといけません。それをきっちりと指示しないとどうなるか・・・・というと、こうなるというものを日本基督教団田園調布教会の新教会堂で見ることができるようです。

  次回、 8.日本基督教団田園調布教会(4) 「ああ、無情」 「太客」vs「どうでもいい来場者」vs「酔っ払い」 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_8.html

   (2018.6.1.) 


☆ 田園調布と田園調布の教会
1. 魅力のある街(東京圏)。田園調布はどこまでか。態度の悪い不動産屋にへつらうな。http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_1.html
2. 放射線状道路の扇の要の位置の田園調布駅はおしゃれ http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_2.html
3. 放射線状道路の扇の要の位置の広場。 独特のデザインの田園調布駅 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_3.html
4. 居住環境を考えた田園調布の街並み。居心地のよい宝来公園 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_4.html
5  日本基督教団 田園調布教会(1) 高すぎる樹木、鎧をかぶったみたいな教会堂、倉庫みたいな建物 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_5.html
6.  同 (2) 跳ね返す素材、教会堂は重厚である必要があるか。「セコム、必要ですか」 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_6.html
7.  同 (3) 牧師館がなぜ教会堂の脇にないのか。遮る扉の玄関扉 〔今回〕
8.  同 (4) 「ああ、無情」 「太客」vs「どうでもいい来場者」vs「酔っ払い」 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_8.html
9.  同 (5) バザーの際の違和感。 新教会堂ファサードは・・・みたい http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_9.html
10. 同 (6) パイプオルガン・ハンドベルと偶像崇拝・惑溺 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_10.html
11.台(うてな)人体実験と精神医学ファシズム 吉益脩夫 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_11.html
12.今は見当たらない「矢野一郎邸」と「旧人見純一画室」 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_12.html
13.カトリック田園調布教会と聖フランシスコ修道院 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_13.html
14.日本福音ルーテル田園調布教会、事故物件田園調布警察署 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_14.html 

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