(童話)『神さまのお話』・・・クリスマスに

[第334回]
    神さまは、大変、賢明なお方であって、この世の中には、様々な人間がいないといけないということをご存知であった。  自分ではやらずにひとに何でもさせて、ひとに命令したり、ひとに号令をかけるのが得意の人間もいないといけないし、自分で自分のことを決めずに、何でも何でもひとに決められて命令されて号令をかけられて、せっせせっせとやるのが得意な人間もいないといけない。 どちらか片方ではいけない。 両方の人間がいないといけない。 だから、賢明なる神さまは、人間をはっきりと2つに分けてお造りになった。 即ち、ひとに命令する階級・ひとに命令する民族、ひとに号令をかける階級・ひとに号令をかける民族と、ひとから命令される階級・ひとから命令される民族、ひとから号令をかけられる階級・ひとから号令をかけられるのがふさわしい民族・ひとから号令をかけられるのを喜ぶ民族の2つに人間を完全に分けてお造りになったのや。 民族では、「ドイツ人」とか「アメリカ人」は自分ではやらずにひとに命令する民族、ひとに号令をかける民族。 「チャンコロ」はひとから命令されるのが得意な民族、ひとから命令されるのを喜ぶ民族、ひとから号令かけられるのがふさわしい民族、ひとから号令をかけられるのを喜ぶ民族として、神さまはお造りになったんや。
    そんでもってやなあ、わし とかT子さんとか、それからM川先生とかM尾さんとか、それから、聖徳太子とかヒットラー総統というのは、これは「ドイツ人」でひとを支配しなければならない階級・民族として神さまから造られた人間なんや。 それに対して、あんたあは「チャンコロ」であってやなあ、ひとから命令されるのがふさわしい民族、ひとから号令をかけられて命令されて動くのを喜ぶ民族として神さまから造られた人間やねん。 そやからやなあ、わしいなんかは自分はやらんでもええねん。わしは命令しなければならない、ひとに号令をかけなければならないと神さまから命じられてこの世に生まれてきた人間やねん。そやから、わしは謙虚に神さまの命じられた使命に基づいて、あんたあなんかのことを決めてやってやってやってやってやったろ思うてんねん。わしは謙虚やねん。こういうわしのような謙虚・ケンキョ・けんきょ・ケンキョな人間の言うことには、あんたのようなチャンコロは何でも何でも何でも何でも服従せんといかんねん。それが神さまがお決めになったことやねん。 そんでもって、あんたあはチャンコロとして神さまから造られた民族であってやなあ、常にいついかなる時も、自分で自分のことを決めずに、常にひとから命令されるのが向いてんねん。あんたはひとから命令されるのがうれしいねん。あんたはひとから号令かけられるのがうれしい人間やねん。あんたもわしのような謙虚な人間にならんといかんぞ、チャンコロ。わしはドイツ人として謙虚にひとを服従させてやろう、支配してやろうという人間やねん。あんたも謙虚になって、チャンコロはチャンコロらしく、謙虚に服従せんといかんぞ、チャンコロ。
    そんでやなあ。 神さまは大変あわれみ深いお方であってやなあ。 チャンコロにもまたチャンコロとしての人生を用意してくださってるんや。 即ち、あわれみ深い天の神さまは、あんたのようなチャンコロには、服従するための人生というものを用意してくださってるんや。感謝しろお!

・・・・・・「クリスチャン」の父は、私に、毎日毎日、↑のような「童話」を聞かせてまいりました。10年以上、教会なんて行ったのを見たことがない父が、『聖書』なんて読んでいるのは一度も見たことがない父が↑のお話を聞かせてくれました。 特に、クリスマスになると思いだします。 今も耳元で↑の言葉がわんわんと鳴っています。
   「あんたは服従するのがうれしいねん」と父が言いますもので、私は言いました。「うれしくないですよ、そんなもの」と。すると、父は「何を言うとるんじゃ、チャンコロ。チャンコロは服従するのが楽しいんじゃ、チャンコロ。つけあがるなよ、チャンコロ。のぼせあがるなよ、チャンコロ。増長するでないぞ、チャンコロ。チャンコロは服従するために神さまがお造りになった民族やねんぞ、チャンコロ。よもや、ドイツ人と一緒であるなんぞとのぼせあがってはならぬぞ、チャンコロ。 ええかげんにせえよ、チャンコロ」と。
   「あんたは自分で自分のことを決めるよりも、ひとに命令される方を喜ぶ人間やねん」と父が言いますもので、私は言いました。「喜びませんよ、そんなもの」と。 父は言いました。「何をわけのわからんこと言うとるんじゃ、チャンコロ。チャンコロは自分で自分のことを決めるのやのうてやなあ、ひとからな~んでも何でも何でも何でも命令されるのがうれしいねん。 チャンコロは命令されなければならない民族、チャンコロは支配されることを喜ぶ民族で階級なんや。心得違いをおこすでないぞ、チャンコロ。つけあがってはならぬぞ、チャンコロ」と。
    「この世の中というものはやなあ、自分ではやらずに、ひとのやることを何でも決めてやってやってやってやったってやなあ、ひとのやることを命令する民族・階級と、自分のことを自分で決めずにひとから決められて決められたとお~り、せっせせえっせとやる民族・階級の2つがおらんと世の中は成り立たんのや。 そやからやなあ、わしのようなドイツ人とあんたのようなチャンコロとを神さまは意図的にお造りになったわけや。 それが、神さまのお考えなんや。そんでないと、世の中は成り立たんのや」と父が言いますもので、それで、私は言いました。「そうではなく、すべての人間が、自ら自分自身のことを考えて自分で考えて行動するという社会こそあるべき社会であり、すべての国民が自ら考えて意見を述べる全国民が哲学者である社会こそ、これからの望ましい社会ではないでしょうか」と。 すると、父は言いました。「甘ったれるな! チャンコロ」と。 「ええかげんにせえよ、チャンコロ。 つけあがるなよ、チャンコロ。増長するのもたいがいにせえよ、チャンコロ。 チャンコロの分際でドイツ人と一緒やなんぞと思うてはならぬぞ、チャンコロ。チャンコロは服従の民族、チャンコロは命令される見賊、チャンコロは号令をかけられるのを喜ぶ民族。これは神さまがお決めになったことやねんぞ、チャンコロ。決して決して神さまに逆らってはならぬぞ、チャンコロ。 神さまのお命じになったことに逆らうようなことはあってはならぬぞ、チャンコロ。わかっとんのんか、チャンコロ。ええか、チャンコロ。おまえはチャンコロとして神さまから造られた人間であって、わしはドイツ人として神さまから造られた人間でやなあ、わしとおまえとは民族が違うねんぞ、チャンコロ。わしとおまえとは階級が違うねんぞ、チャンコロ。こころえ違いを起こして神さまに逆らってはならぬぞ、チャンコロ」と。

    父は言いました。「おまえは神様からチャンコロとして造られた民族。おまえは神様からチャンコロとして造られた階級。おまえは神様からチャンコロとして造られた人間。いつもいつも、ひとに命令されるのを喜ぶ民族、いつもいつも、ひとから号令をかけられるのがうれしい民族。 人間は適材適所の扱いをせんといかんのや。そやからやなあ、わしのようなドイツ人は命令したり号令かけたりするのが適材適所。あんたのようなチャンコロは命令されたり号令かけられたりするのが適材適所というものなんや。わかっとんのんか、チャンコロ、わかっとんのんか、チャンコロ」と。
    父は言いました。「どや、うれしいやろ、チャンコロ。 チャンコロは命令されたり号令かけられたりすることに快感かんじるねん。 そやから、号令かけたろ言うてんねん。せえっせ、せえっせ、せえっせ、せえっせ。 とってちってたあ~あ! どや、うれしいやろ。チャンコロ」と。 私は言いました。「うれしくないですけれども」と。 父は言いました。「何を言うとんじゃ、何を。チャンコロはうれしいんじゃ、チャンコロ。チャンコロは号令かけられることを喜ぶんじゃ、チャンコロ。喜ばんか、喜ばんか、喜ばんか、チャンコロ!」と。 私は言いました。「その智安小郎さんか小五郎さんかが喜ぶのかどうか知りませんが、私はうれしくないですけれども」と。 父は言いました。「何を言うとるんじゃ、チャンコロ。おまえはチャンコロであってやなあ。チャンコロは命令されたり号令かけられたりすることを喜ぶんじゃ。喜ばんか、喜ばんか、チャンコロ。 わしはドイツ人であってドイツ人は命令したり号令かけたりするのが得意の民族でやなあ、あんたはチャンコロでチャンコロは命令されたり号令かけられたりするのが得意の民族でチャンコロは命令されたり号令かけられたりするのがうれしいんや。どや、うれしいやろ」と。 「うれしくないですけど」と私は言いました。 「ええかげんにせえよ、チャンコロ。チャンコロは命令されたり号令かけられたりするのがうれしいんやいうて教えてやってやってやってやってあげてあげていただいてもらってもらってあげてやってあげてやってやったっとんのんじゃ、チャンコロ。感謝しろお!」と。

    朝、父から電話がありました。「今、会社についてん。そんで、電話したってん」と。 「何の用事ですか」と私は言いました。 父は言いました。「用事は別にないねん。今、いらいらしてんねん。そんで、かけたってん。感謝しろ、チャンコロ!」と。 私は言いました。「感謝しますから、電話していりません」と。 父は言いました。「何を言うとるんじゃ、チャンコロ。電話かけてやってやってやってあげてやったっとんのんじゃ。チャンコロ。ドイツ人のこのわしがチャンコロに電話してやってやってやってやったっとんのんじゃ、チャンコロ。感謝しろお!」と。 私は言いました。「感謝しますから、電話していりません。」と。 父は言いました。「ええかげんにせえよ、チャンコロ。ドイツ人がチャンコロに電話してやってやってやったっとんのんじゃ、チャンコロ。感謝しろ、チャンコロ」と。

   毎日、毎日、そう言われてきました。 そして、「神さま」が嫌いになりました・・・・・。
   バッハの国、ショウペンハウエルの国、グリムの国であったドイツも嫌いではなかったし、もともとは、イメージとして「おフランス」とドイツでは「おフランス」の方が「感じ悪い」てイメージだったのですが、毎日毎日↑のようなことを言われてきて、そして、ヒットラー総統の国 「ドイツ」も嫌いになってしまいました。ヨーロッパに旅行すると、実際のドイツ人と会うことがあって、こちらが日本人だと思うと英語で話しかけてくれたりする人があり、そういう人の多くは「ヒットラー総統の国」というイメージとはずいぶんと違います・・・が、それでも、毎日毎日ぼくらは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうくらい↑のように言われてきて、感覚的にドイツが嫌になりました・・・。

   あす、12月24日はクリスマスイブ。 あさって、12月25日はクリスマス。 「神さま」のお誕生日ということになっています。 実際にはもっと暖かい時期にイエスは生まれたという説もあるらしいのですが、ともかくも、「神さま」がお生まれになったという記念日です。 でも、↑のようなことを毎日毎日言われてきた者としては、別に、「神さま」なんて、生まれていただかなくてもいいのですけれども・・・。 そう思うようになりました・・・。 童話にならないような童話のようなお話です。 
   (2017.12.23.) 


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