「泥鰌すくい」野田vs「女たらし」藤田vs男ゴコロをそそる女・三宅、草薙の剣か「女子高にブルマー」か

〔第119回〕「早稲田卒の泥鰌すくい」野田佳彦vs「慶應タイプの女たらし」藤田みきおvs男ゴコロをそそる女・三宅雪子~2012年12月衆議院選・千葉県第4区(船橋市)、入れたい者なし。 及び、「熱田神宮に草薙の剣(くさなぎのつるぎ)を盗みに行く」と「女子高にブルマーを盗みに行く」はどちらがよいか、どちらを許容できるか、どちらに親近感を覚えるか、というお話。

   今回、半分おふざけ調で述べます。実際、何パーセントかはおふざけです。
   千葉県船橋市は、衆議院の選挙では千葉県第4区になるようです。
   今まで、小選挙区では、早稲田大卒のどじょうすくい・野田佳彦と 「永田町の女たらし」と言われる慶應卒の藤田みきお の対決で、ここしばらく、どじょうすくいが連勝してきています。  ・・と思っていたら、なぜか、三宅雪子なる女性の選挙のチラシというのかが入っていたので、この人、選挙区違うじゃないの? と思っていたら、前は民主党で群馬県から出たけれども、今回は、(「国民の生活が第一」→)「未来の党」から船橋市の千葉県第4区からでるそうです。
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   ↑ は、JR総武線・東船橋駅の南口で撮ったものですが、 「どじょうすくい」野田佳彦 と 「女たらし」藤田みきお に 三宅雪子 と共産党のさいとう和子 のポスターが貼られていました。  
   

   藤田の「オフィシャルサイト」の「ホーム」http://www.fujita-mikio.com/ に「うそつき政権は もう たくさん。」と大書きされている。 街角に立てられていた藤田のポスターにも同じものがでていたが、今、捜すと、今は上の写真のものに変わっているようです。
   前々回くらいの選挙の時、不動産三田会の人から、「藤田くんは、不動産三田会の人なので、決して強制ではありませんが、できれば、入れてあげてください」と頼まれたことがあって、他に特に入れたい人があるわけでもなかったので、まあ、何かの縁だから・・ということもあるかもしれないので、とも一瞬は思ったのですが、藤田のポスターを見て、なんとも、いかにも「女たらし」という感じの顔で、生理的に嫌悪感を覚え、電話をしていただいた方には申し訳ないけれども、とても、入れる気がしなかったのでやめたということがありました。
   その時の写真に比べれば、今回の写真の方が、「写真は悪くない」ように思う。 しかし。 やっぱり、「女たらし」顔だわなあ・・・・。 「慶應タイプの女たらし 顔」だわ。 実際にどうかは知らんけど。

   慶應の学生に多い「コンパ」なんか行くと相手の意志を無視して女性の体をおかまいなしになでまわす男。電車中でやったら「痴漢は犯罪です」なのに「コンパ」で内部進学の者がやったらなぜ「思考が柔軟な慶大生」になるのだろう、て感じの男。 サークルの上級生にこういう男がいて、「妹いる?」なんてきかれた時には、いても、ずえ~ったいに「いません。天地がひっくり返ってもいません」と言わないと、うかつに「いる」なんて答えたあかつきには何されるかわからないというタイプ。 女にカネだしてだまくらかして落としてやろうとはしても男には出すべきカネでも出さないタイプ。 実際にそうかどうかは知らんけど、そんな顔している。 あくまで私の印象であって、実際にどうか知らんけど。

   昔、北野高校の私より何年も前の生徒で、名古屋の熱田神宮に“草薙の剣”を盗みに行ったツワモノ というのか、ゴーケツ というのかがいた、らしい。 誰に聞いたかというと、高校1年の時の体育の授業で「剣道」の時に、体育の先生が、剣・刀の話をする際に、話されたのだ。 「本校の卒業生には、連合赤軍もおれば大泥棒もおる。」と。(たしかに。) それで、「何するにしても、大きなことを思いっきりやれ。」と言われたのだ。 それを聞いて、なるほど、何するにしても、大きなことを思いっきりやるものだ、たとえ、泥棒をするにしても、しょーもないものを万引きなんぞするのではなく、熱田神宮にあるという草薙の剣というやつを、いっちょ、盗んでこましたろか! と。 な~るほどなるほど・・・と思ったのだ・・・が、大学生となって考えて見て、うまく盗み出したとしても、やっぱり、それは窃盗罪に該当する犯罪であって、積極的に勧めるものでもないのではないか、とも思った。
   そうしたところ、新聞を見ていると、「慶應義塾高校の生徒が東京都内の女子高に忍びこんで、女の子のブルマーを盗もうとして捕まった」という記事が出ていた。 なさけない。 同じ盗むにしても、「女子高に忍び込んで、女の子のブルマーを盗もうとして」とは、なさけない。 いかにも、慶應の内部進学という感じがする。 やっぱり、慶應義塾高校の生徒だけあるわ・・・と思った・・・と書くと、慶應の内部進学の人に怒られるだろうけれども、怒るなら、どうぞ、怒ってくれ。 そう思ったのだ。 実際、なさけないと思わないか?  何を盗むにしろ、泥棒は犯罪であるので、少なくとも、無条件に賞賛できるものではない・・としても、である。 同じ盗むにしろ、熱田神宮にある草薙の剣なるやつを、いっちょ、盗んでこましたろか! というのと、「女子高に忍び込んで、女の子のブルマーを盗もうとして捕まった」というのと、どちらがいいか?
※熱田神宮については、
「熱田神宮」ホームページ http://atsutajingu.or.jp/jingu/ 他参照。

  ちなみに、「草薙(くさなぎ)の剣」というのは、どういうものか。 村上重良『日本の宗教』(1981.岩波ジュニア新書)から引用します。 
≪ 記紀神話の大筋は、天地の始まり、国生み、高天原、出雲、天孫降臨、日向の順で展開します。 ・・・ スサノオノミコトは、高天原を追放されて出雲に下り、ヤマタノオロチを退治して、その尾から草薙の剣〔くさなぎつるぎ〕(別名は天叢雲の剣〔あめのむらくものつるぎ〕)を得て、アマテラスオオミカミにささげます。・・・≫≪ 『古事記』『日本書紀』に語られている第12代景行天皇の皇子ヤマトタケルも、実在した特定の人物ではなく、国土統一のたたかいで活躍した人びとの伝承を、ひとりの英雄の物語にまとめたものとみられます。 ・・・ 天皇の命令を受けて九州の熊襲を討ち、出雲を平定し、さらに東国におもむきますが、その帰りみちで病死する悲劇の英雄です。ヤマトタケルは、東征にあたって、伊勢神宮におさめられている草薙の剣を授けられ、この剣で危難を逃れることができました。その死後、草薙の剣は、尾張の熱田の地に祀られ、これが熱田神宮の始まりとされています。≫≪伊勢神道では、天皇の位をあらわす鏡、剣、玉の「三種の神器」をとくに重んじて意義づけました。三種の神器は、古代以来、天皇の身を守る神秘的な宝器として伝えられてきたもので、八咫の鏡(やたのかがみ)、草薙の剣(くさなぎのつるぎ)、八坂瓊の勾玉(やさかにのまがたま)をいいます。このうち、八咫の鏡は伊勢神宮内宮の神体、草薙の剣は熱田神宮の神体として祀られているとされます。宮中には、鏡と剣の形代(模造品)と八坂瓊の勾玉が伝えられ、神鏡はとくに賢所に祀られました。≫
   草薙の剣は「三種の神器」のひとつとされているらしいのですが、しかし、たしか、源平の争乱の時、壇ノ浦の闘いの際に、「三種の神器」は安徳天皇とともに関門海峡の海に沈んだはずであり、さらに、南北朝の争乱の時、「三種の神器」は南朝の天皇が持っていたはずで、北朝の天皇の子孫とされている現天皇家が持っているものは、本来の「三種の神器」ではないはずであり、それから考えれば、熊沢天皇が持っていたものがどういうものかはよくわからないけれども、熱田神宮にあるとされている「草薙の剣」というものは、少なくとも、ヤマタノオロチの尾っぽから出てきたものとは別物ではないかという感じがします。 のみならず、あくまで、≪草薙の剣は熱田神宮の神体として祀られているとされます≫であって、熱田神宮に行けば誰でも見ることができるわけでもなく、実際にあるのかどうかもわからないみたいです。 草薙の剣に限ったことではなく、お寺でも、「絶対秘仏」とされている仏像などというものは、はたして、本当にあるのか? もしかして、実は前の住職がキャバクラ通いするために売り飛ばしてしまってないから見せようがない・・・なんてことないか?・・・などと言うと怒られるかもしれないけれども、「絶対秘仏」と言われて誰も見ていない以上、わからんのですよ、実際に。
   それを、いっちょ、盗み出して確認してやろうではないか、と考えたというのは、さすが、北野魂、六陵魂、たいしたものだ、と賞賛すべきか、この罰あたりめ、と考えるべきか、いずれにせよ、「コソ泥」とは違うのです。
   福沢諭吉は『福翁自伝』(岩波文庫)に次のように書いています。
≪ 年寄などの話にする神罰妙罰なんということは大嘘だと独り自ら信じ切って、今度は一つ稲荷様を見てやろうという野心を起して、私の養子になっていた叔父様の家の稲荷の社の中には何が這入っているか知らぬと明けて見たら、石が這入っているから、その石を打擲ってしまって代りの石を拾うて入れて置き、また隣家の下村という屋敷の稲荷様を明けて見れば、神体は何か木の札で、これも取って捨ててしまい平気な顔していると、間もなく初午になって幟を立てたり太鼓を叩いたり御神酒を上げてワイワイしているから、私は可笑しい。「馬鹿め、乃公(おれ)の入れて置いた石に御神酒を上げて拝んでるとは面白い」と、独り嬉しがっていたというような訳で、幼少の時から神様が怖いだの仏様が難有い(ありがたい)だのいうことは一寸(ちょい)ともない。…≫
もっとも、福沢がそれをやったのは、あくまで子供の時のことではあるのですが、皆が有難がっている「御神体」なるもの、いったい、何ものであるか、いっちょ、検分してやろうではないか、と実証的態度を発揮するというのは、やはり、北野高校など、旧制中学からの「公立伝統名門校」のカラーのようなものではないかという気がいたします。  

   それで、熱田神宮にあるという草薙の剣なるものを盗み出して検分してやろうではないか、というのは、その実証的精神・態度は評価できるとし、又、「何するにしても、大きなことを思いっきりやれ。」というのはクラーク博士の「少年よ、大志をいだけ」に通じるものとして評価できるとしても、窃盗罪に該当する犯罪である以上、やっぱり、無条件に賞賛するわけにもいかないのではないかとも思えるのですが、「女子高に忍び込んで女の子のブルマーを盗もうとして」というのと、どちらが理解できるか、どちらに親近感を覚えるか、もしどちらかを許せるとするとどちらを許せるかという点で、感じ方は2分されるようなのです。 私は、100%賞賛するわけにはいかないとしても、どちらかと言うなら、「熱田神宮に草薙の剣」の方が理解できると思うのが当然と思っていたのですが、そうでない人がけっこういるらしいのです。「女子高にブルマー」の方が理解できる、という人がけっこういるらしいのです。

   今は昔。私が慶應義塾大学に入学した時、教養課程の日吉の大教室の机の落書きに、
「 公立小学校→公立中学校→公立高校→現役京都大学  これこそ、最高のエリート」 と書かれたものがあり、その横に、別の字で、
「慶應幼稚舎→慶應 中等部→慶應義塾高校→慶應義塾大学経済学部  これこそ、最高のエリート」 と書かれていたものを見ました。
先の方を書いた人は、おそらく、「公立小学校→公立中学校→公立高校」と行った人で、「→現役京都大学」と行くはずだったのだけれども、行くことができず、不本意に、慶應義塾大学に来てしまった、来てみると、なんだ、こいつら、内部進学の白痴がえらそうにしやがってからに・・と気分を害し、自分は小学校から高校まで努力して精進して勉強してきたのに、なぜ、こんなアホ学校に来てしまったのだろうか・・・天地は広いというが私にとっては狭くなってしまったのだろうか、と『貧窮問答歌』みたいなことを思い、そして、この落書きを書いたのではないかと思います。 それを見て、内部進学の人が、「外部の連中」のくせに何を書いてやがる。ここは我々内部進学の者の学校であり、「『本物の慶大生』と言えるのは最低でも高校から入った者のこと」であり、大学から入ったような「外部の者」は庇の先っちょか納屋の庇の下にでも入れてもらえればありがたいと思え、慶應という学校においては、「外部の連中」などというものは下男・はしため のようなものではないか、という気持ちから、後のものを書いたのでしょう。(私ら、“ニセモノ”なんだよ・・・)
   日本の小学校・中学校・高校・大学というものは、よいかどうかはさておき、実際問題として、「大学がすごろくの“上がり”」みたいになっている面がありますが、しかし、性格形成などの影響力ということを考えると、大学よりも、むしろ、中学・高校の方が影響は強いのではないかとも思えます。 

   「 公立小学校→公立中学校→公立高校→現役京都大学  これこそ、最高のエリート」 と 「慶應幼稚舎→慶應 中等部→慶應義塾高校→慶應義塾大学  これこそ、最高のエリート」 の2つは正反対の思想であり、前者のタイプ「 公立小学校→公立中学校→公立高校→現役京都大学  これこそ、最高のエリート」のタイプの人間は、「熱田神宮に草薙の剣」と「女子高にブルマー」となら「草薙の剣」の方に理解を示すのに対し、後者「慶應幼稚舎→慶應 中等部→慶應義塾高校→慶應義塾大学  これこそ、最高のエリート」のタイプの人間は絶対的に「女子高にブルマー」の方に理解を示すらしい。
   実際問題として、私は最終的に慶應義塾大学に行って卒業させてもらったけれども、性格としては「 公立小学校→公立中学校→公立高校→現役京都大学 」の方のタイプなので(今さら、もとに戻れるけえ)、「慶應幼稚舎→慶應 中等部→慶應義塾高校→慶應義塾大学  これこそ、最高のエリート」のタイプの人、別の表現をするならば「女子高にブルマーのタイプの人」の物の考え方というのは理解に苦しむのだ。  慶應の内部進学の人に、北野の卒業生の草薙の剣の話なんぞすると、「何、それ?」と、なんか、変なヤツがいるもんだとか、「過激派と違うか」みたいに言われたりしたもので、逆に、「女子高にブルマー」の人間に対しては、私などは「なさけない。 たとえ、女性の物を盗むにしても、盗むなら盗むで、ルパン三世のように、女性の心を盗め。 ブルマーなんか盗むな、あほくさい。」と思うのであるが(『ルパン三世 カリオストロの城』: 王女「あの方は何も盗らなかったわ。」、銭形「いやあ、ヤツはとんでもない物を盗みました。 あなたの心です。」 ⇒「YouTube-銭形警部の名言 ルパン三世 カリオストロの城」http://www.youtube.com/watch?v=CLFmo5W_Cl0 )、慶應の内部進学の人の大部分は、「女子高にブルマー」は理解できても、「熱田神宮に草薙の剣」とか稲荷社の中はどうなってるか検分してやろうではないかという福沢諭吉のような態度は理解不能らしいのだ。 「女子高にブルマー盗みに入る」ことはあっても、稲荷社の中はどうなっているのか検分してやろうではないかなどということは絶対に考えないという思考形式のことを、「スマートな慶大生」とか「福沢精神」とか「独立自尊」とか「自我が確立されている」とか「アイデンティティーを持っている」とか言うらしいのだ。 この基準からいけば、福沢諭吉こそもっとも「福沢精神」に欠ける人間だということになるであろう。
〔誤解のないように述べておきますが、内部進学の人、全員が女子高にブルマー盗みに行った、というわけではありません。〕

   それで。 藤田みきお である。 「ウィキペディア‐藤田みきお」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E7%94%B0%E5%B9%B9%E9%9B%84 を見ると、≪義理の叔父である武部勤(藤田の妹が武部の長男に嫁いでいる)≫と書かれているので、慶應でも内部進学かなという感じがするが、はっきりとは書かれていない。 藤田の「オフィシャルサイト」の「プロフィール」http://www.fujita-mikio.com/profile.html を見ても、≪慶應義塾大学卒≫とは書かれていても、小学校から高校までは何も書かれていない。 書きたくないことでもあるのかな?
   実際にどうなのかわからないが、政治家として立候補するならば、好印象を与える可能性が高いと思われる経歴を書くというのではなく、自己紹介として、好印象を与えそうであるかどうかにかかわらず、ひと通りのことを述べるのが良心的ではないかと思うのだが、どうだろうか。
   それで、実際にどうかはわからないが、ポスターの写真を見る限り、藤田は「内部進学顔」なのだ。 どう見ても、「 公立小学校→公立中学校→公立高校→現役京都大学 」の顔はしていない。「慶應幼稚舎→慶應 中等部→慶應義塾高校→慶應義塾大学」の方の顔なのだ。 「熱田神宮に草薙の剣」盗みに行くか「女子高にブルマー」盗みに行くかどちらか選べと言われれば、ためらうことなく「女子高にブルマー」選ぶタイプの顔しているのだ。  ・・・→ということは、、「 公立小学校→公立中学校→公立高校→現役京都大学 」と行かなかったとしても、性格・人間性としてはそのタイプである者としては、「水と油」なのだ。 実際のところ、「熱田神宮に草薙の剣」の方を理解できる者としては「女子校にブルマー」に共感感じるタイプの男を見ると、嫌悪感を覚えてしまうのだ。 だから、やっぱり、藤田の顔は気持ち悪いのだ。

   前々回あたり、藤田は「サラリーマン生活の経験を生かして」とか言っていたように思うのだが、「サラリーマン生活の経験」なんて、私もあんたもあると思うのだけれども、藤田にとっては珍しいらしい。 変なこと言うなあと思った。

   だいたい、「ウソつき 政権は もうたくさん」などと、「オフィシャルサイト」の「ホーム」http://www.fujita-mikio.com/ に入れているけれども、
 「『ウソつき』はあんたでしょうよお~お。 ウソばっかりついて、いったい、何人の女をだましてきたのよお。 いいかげんにしなさいよお~。 悪魔。 女の敵。 しらばっくれるのもいいかげんにしなさいよお~お。」
みたいな顔してるのは藤田ではないか!
 実際にどうかは知らんけど。 
   その点、野田佳彦の方は、どう見ても、「女たらし」の顔ではない。 但し、ほめているわけでもない。 いもくさい、というのか、じじいむさい、というのか。 この顔では「女たらし」にはならんだろう・・・て感じの顔してる・・・と思いませんか? (こっちも、実際はどうか知らんけど)
   ・・・ということで、「顔」で判断するならば、藤田は、どう考えても、男に好感を持たれる顔をしていない。 うかつに、この男に娘を近づけると、“ キズもの”にされそう・・・!!!! て感じの顔してる!!! と思いませんか?  ああいう男とはつきあってはだめだよ、と父親として娘に教えておかなければならない、という顔をしている。(あくまで、私の主観だけどね。)(野田佳彦は、うかつに近づくと、じじむさいのが移りそう・・・て感じの顔してるけど。)

   そして。 「半分おふざけ」で書いてきたが、真面目なことも述べる。 藤田の「オフィシャルサイト」の「ホーム」、あるいは、藤田のポスターに、「ウソつき 政権は もうたくさん」などと大きく書かれているのだが、これって、おかしいと思わないか? 藤田みきお さんよ、「ホーム」にこういう文句を入れるのはおかしいと思いませんか?
   同じ選挙区の競合候補に対して、ネガティブキャンペーンの文句を述べるのも絶対に悪いということはないとは思う。 しかし、10回、口をきけば、10回のうち、1回、競合候補に対してのネガティブキャンペーン発言があってもよいとは思うが、「ほどんどそれ」とか「まず、第一にそれ」ではおかしいのと違うか?  もしかすると、藤田は、ネガティブキャンペーンばかりやっているつもりはないと言うかもしれないが、しかし、実際問題として、「オフィシャルサイト」の「ホーム」にそれが出ているではないか!?! 違うか?
   野田に対するネガティブキャンペーンの文句を「ホーム」に入れているようなことでは、しょせんは、「野田あっての藤田」でしかない。 そう思わないか? 

   福島第一原発事故に対する民主党の対応は、「自民党よりはマシ」を期待した者としては、がっかりさせられるものがあった。 しかし、危険極まりない原発を推し進めてきたのは、やっぱり、歴代の自民党政権ではないか!  現実におこっている放射能汚染の実態をはぐらかそうとする「風評被害を防ぐ」なる野田佳彦のあきれた発言は支持できないが、歴代の自民党政権が原発を推し進めてきたことについて、自己批判をしない自民党、歴代の自民党政権が原発を推進してきたことについて自己批判することなく民主党の対応ばかり批判しまくる自民党 についても、少なくとも、その部分は支持できない。

   「保守」とは、単に「社会主義を目指さない」というのが「保守」ではないし、「反動」が「保守」ではないはずだ。 「保守」とは、資本制の経済体制を維持した上で、問題点を解決していこうとするもののはずであり、過去において否定されたものを、もう一度、復活させてやろうとするのは「反動」であって「保守」ではないし、「競合候補に対してのネガティブキャンペーンがほとんど」というのが「保守」ではない。 「保守」を名のるのであれば、資本制経済を維持した上で、どういう対応をしていこうと考えているのか、競合候補についてのネガティブキャンペーンは、10回中1回か2回くらいにして、自分自身の考えをもっと述べるべきではないか。 少なくとも、「オフィシャルサイト」の「ホーム」が競合候補のネガティブキャンペーンの文句というのはおかしい。 そう思わないか? 藤田さんよ。
   資本制経済を維持しようという側の人間でも、たとえば、小泉信三 元・慶應塾長が、競合相手の悪口ばかり言うと思うか? そのあたりを考えてみた方がいいと思うぞ。

   それで、実際のところ、昔むかしからの船橋市民にきくと、野田佳彦の評判は悪くないようだ。 どこが悪くないかというと、彼は、昔から、船橋駅前でマイクを持って立って通勤途中の人に語りかけるということを、けっこう、地道にやってきたらしいのだ。 それを見てきた人は少なくないらしい。 その点で、藤田は劣るようだ。上の写真を撮った時も、東船橋駅前では男性が独りで藤田のための選挙チラシを配っていて、藤田はいなかった。
   個人的なことを言うと、藤田みきお は、不動産三田会の「回覧メール」にどう署名していたかというと、「国会議員 藤田みきお」であったか「衆議院議員 藤田みきお」であったかと書いていた。 他の人間が「○学部 ◇◇年卒 ○本▽男」と書くところを。 「国会議員 藤田みきお」様だそうな・・・・・。 そう書かれると、私などは、「三流以下企業勤務 安月給会社員 ○野×造」とでも書いてこましたろか・・・という気になる。
  私に「同じ不動産三田会の会員の人ですから、決して強制ではありませんが、できれば、入れてあげてください」と電話してきてくれた人には悪いが、「友達の友達は皆友達だ」「知り合いの知り合いは皆知り合いだ」という基準からいくなら、「同じ不動産三田会」の藤田は、なぜ、自分で電話せずに、人にかけさせるのだ? 国会議員様としては、武部某さんとか大企業の役員とかオーナー経営者になら自分で電話するが、三流以下企業安月給会社員なら、電話することないということか? そうかい、そうかい。 藤田は武部某さんとか大企業の役員やオーナー経営者からいっぱい票もらうから私の票なんかどうでもいいということだな。 藤田にとっては、票みたいなもの、あり余ってるものなあ、私の票なんか要らんだろ、そういうことだろ、わかったわかった・・・ということかどうかわからないが、なぜ、人に電話させるんだろうな? そういう男ということなのか?

   それで、最近、マスコミでの民主党の人気が悪いようで、首相とはいえ、野田佳彦も苦戦するかもしれないが、問題は、野田以外の一番手は誰かという点だ。 共産党の候補者は、比例区ではともかく、小選挙区においての当選は相当に難しいという現況において、野田以外の一番手は、もしかすると、藤田ではなく、三宅雪子かもしれない・・ような気もしている。
   
   藤田は、明らかに「女たらし 顔」だ。 キャラクターの作り方に成功していない。
   それに対して、三宅のポスターは、男のこころを捕えようとしているものだ。 三宅のこの写真は女性をターゲットにしているのではなく、男性を主たるターゲットにしているように思える。
   民主党の印象が最近良くない・・としても、藤田の「女たらし顔」はなおさら印象が悪い、特に、男性から見ると、「娘をつきあわせたくない男、ナンバーワン」みたいな顔をしている。 それなら・・・ということで、野田の票がどうなるかはわからないが、野田以外の一番手は藤田ではなく三宅の可能性も出て来るように思える。
   「男性から見て、娘をつきあわせたくない男、ナンバーワン」みたいな顔というのは、女性は好感を持つ顔かというと、そうではなく、「なんか、女をだましそうな顔の男」「鼻の下ばっかり長い、いかにも慶應という感じの男」「慶應タイプの女たらし」という印象の顔だ。そういう男が好きな女も中にはいるのだろうし、慶應の内部進学の学校に行ってれば、そんな女が周囲に多いだろうけれども、世間一般は違うと思うのだ。 もしかして、藤田は多くの慶應の内部進学者と同じく生まれた時から「慶應的精神空間」の内部でだけ生きてきたのではないのか、という感じのする顔をしている。 そうであるのかないのかは、別段、調査したわけでもないし、わざわざ労力を払って調査したいとも思わないので知らないが、「慶應的精神空間」の内部においては、こういう顔が「ギャルにもてもての慶應ボーイ」「スマートな慶大生」「福沢精神」の顔だとされるのかもしれないが、「慶應的精神空間」から外に出ると、その評価は異なってくるということを、「ゆりかごから墓場まで慶應」の人は知らない。 藤田も知らないのではないのか?・・・という感じの顔だ。

   それで、三宅の方だが、「ひとむかし前の、青木愛」みたい・・・。 すでに47歳だというが、そのわりに、男ゴコロを捕えるような写真。 胸元のあき広めだし・・・・。 眼つきがつやっぽいし・・・・。
   「どじょうすくい」 に入れないとしても、「慶應タイプの女たらし」なんか、もっと入れたくない・・・となると、この際、ゆきちゅぁ~ん・・・に入れちゃおうかなあ~あ・・・、ぼくの大事な清き一票を、ゆきちゅぁ~んにさしあげちゃおうかなあ~あ・・・・と、あほな男が思いそうな、なんか、そんな感じの写真、表情の写真を使っているような感じがするのだが。 
   それで、それも、まあ、必ずしも悪くないかという気もするのであるが・・・ 問題があるのは・・・→
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↑ これである。 なんで、「柔道をするため だけ に生まれてきた女」なんかと「対談」してるわけ?
「柔道するため だけ に生まれてきた女」と。

   今はむかし。 徳弘匡也という漫画家の作品で『シェイプアップ乱』という漫画があった。 高校生の女の子・寿乱子の陸上競技におけるライバルとして、「走るためだけに生まれてきた女・カール=ルイ子」なる女性が登場した。 < ひとは彼女のことをこう呼ぶ。 「走るためだけに生まれてきた女」と。 「走るために生まれてきた女」ではなく、「走るためだけに生まれてきた女」。 「走るため」 “ だけ ” ・・・・。>   
※「ウィキペディア-シェイプアップ乱」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%97%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97%E4%B9%B1 
「シェイプアップ乱 画像」http://image.search.yahoo.co.jp/search?rkf=2&ei=UTF-8&p=%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%97%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97%E4%B9%B1
   谷亮子についてであるが、かつて、フィギュアスケートの安藤美紀があまりにも男性の視線を意識した態度を取っているのを見て、なんだか、運動選手というより芸能人かグラビア女優みたいだなあと思い、それに対して、女性であっても、見た目も何も考えずに、柔道のみに打ち込む谷亮子は、むしろ、本人がそれでもいいと思ってやってるのであれば、運動選手として、それはそれで悪くないのかしれないと思ったことがあった。 しかし、その運動競技以外のことはどうでもいいというような態度で打ち込んできた運動選手が、ある日、突然、選挙に出て「政治家」になろうとするのであれば、それは別問題だ。
   法隆寺宮大工であった故・西岡常一棟梁は『木に学べ』(1988. 小学館)で、まず、冒頭において≪わたしに何か話せゆうても、木のことと建物のことしか話せませんで。≫と語っている。 西岡常一棟梁は、子供の頃から、師匠でもあった祖父から、「新聞も何も見んでええ。これからは木のことと建物のことだけ考えておれ」というようなことを言われて精進して宮大工の技能を身につけたようなことを話していたと思う。 柔道のこと以外何も考えずに柔道に打ち込んできたような谷亮子の姿勢には、それはそれで運動選手として評価できるところもあるかとも思えたし、運動選手というのは、「○○をする為に生まれてきた男(女)」ではなく「○○をするためだけに生まれてきた男(女)」みたいな人がけっこういるとも思う。 それがいいかどうかというとスポーツのあり方として疑問を感じざるを得ないのであるが、それに精進する姿については、必ずしも否定しようとは思わない。
   しかし、ある日、突然、「柔道をするため“だけ”に生まれてきた女」が政治家になるとなると、なんだかなあ~あ・・・・という気がする。 そう思う人は私だけではないと思うのだが、どうだろう。

  「国民の生活が第一」というのは小沢一郎が民主党から離れて作った党らしい。 野田佳彦の宣伝カーが「3年4か月前の熱い思いを」と語っていたが、ハトとタカが共存していたかつての自民党から「比較的まともな人」が出て行って「右翼」「タカ」「反動」ばかり残った自民党がかつての自民党と異なるのと同様、民主党も、社民党との連立が消え、鳩山由紀夫が退き、小沢が離れ、すでに政権獲得時の民主党とは異なったものになったように思える。 検察庁というものが、「相当に堅い機関」ではなく「極めて胡散臭い機関」であることはよくよくわかったが、しかし、結婚できたけれども子供が欲しいと思いながらできない者やふさわしい相手とめぐりあうことができず結婚していてよい年齢になっていて結婚できずにいる者から取り上げた税金から、後先考えずに性交して子供を作った者にカネを渡そうという「子供手当」に固執する小沢の態度にはその部分については支持できない。

  アグネス=スメドレー『偉大なる道―朱徳の生涯とその時代』(阿部知二訳 岩波文庫)には次の文章がある。
≪ 敗れた軍閥や政客は、ときどき峨眉山みたいな山に逃げ込んで、しばらく寺に住んで、信仰と学問とが深いという評判をでっち上げて、それからまた再起をはかって降りてくる、という寸法だ。 きまりきって、詩を作って、心境を練り、高徳の生活をもとめていると、広く世間に知られるように工夫する。 自分で詩が作れなかったら、どこかの堕落した知識人をやとって、そいつにやらせる。 また、中には、長い旅をして、先祖の墓の掃除をして、親孝行の証明をする、ちょっぴりの間、屠殺の刀を捨てて聖者になるのだ。≫
  安倍晋三はいいかげんなやめ方をしてから後、まだ、 峨眉山にもこもっていなければ、詩も作っていないし、先祖の墓の掃除をして親孝行の証明もしていないのではないか。 まだ、復活するのは、少々早いような気がする。 もう少々、寺にこもったり詩を作ったり先祖の墓の掃除をしたりする期間が必要のように思うのだが、そう思いませんか?

   実際に放射能汚染が相当に進んでいる福島第一原発の周囲について「“風評被害”を防ぐ」などとあきれた発言をする野田佳彦に入れる気になれないが、だからといって、見るからに「慶應タイプのおんなたらし」て感じの顔の男・藤田にはなおさら入れる気持ちになれないし、千葉県船橋選挙区では、この際、 
  ゆきちゅぁ~ん に、ぼくの心のこもった大事な一票をあげちゃおっかなあ~あ・・・・
などと思っても、後先考えずに性交して子供作ったヤツに、子供が欲しいと思いながらもできずにいる夫婦・結婚したい子供も欲しいと思いながらふさわしい相手とめぐりあうことができずにいる男女から強奪した「税金」からカネを渡そうという「子供手当」に固執する小沢一郎の《後先考えずに性交して子供作るヤツの「生活が第一」》の党に入れる気にはなれない。
  ところで。 オペラ歌手なんぞは、若い頃の写真を永年使用・・・などということがよくあると聞くが、三宅の写真ていつ撮ったものだろうな・・・。 もしかして、何年か前のものを永久使用・・・とか? ありそうな感じもしないことないのだけれども。胸元の開き広いし・・・・ね。
   あほなこと言って、今回、おしまい。
          (2012.12.9.)  

【追記】 「日本経済新聞」2002.12.17.(月)<夕刊> に掲載の確定投票によると、
★千葉県4区は、
野田佳彦 民主党 (国民新党推薦)       前  163,334
藤田幹雄 自民党                   元   72,187
三宅雪子 日本未来の党 (新党大地推薦)  前   28,187
斉藤和子 共産党                   新    21,459
  で野田佳彦が当選。 
〔前々回の「郵政選挙」の時は、藤田は、選挙区では野田に僅差で負けたが比例区で復活当選、「選挙区では負けたものの善戦」したのに対し、今回は、選挙区で大きく差がついたのは、もしかすると、藤田が「オフィシャルサイト」のホームに入れ、ポスターに入れて張り出した「ウソつき 政権は もうたくさん」という文句が、藤田の方にマイナスになったかもしれません。 けっこう、前々から船橋市内に住んでいる人と話した感触から見ると、船橋市内には野田佳彦の固定的な支持層はけっこういるようで、浮動層が相手なら「ウソつき 政権は もうたくさん」という文句は効果があったかもしれないところが、固定的な相手の支持層に対してこの文句をぶつけた場合、むしろ、逆に、「軽そうな男が何言ってやがる」と藤田の方に反感を持たれてしまうということが考えられ、それがマイナスになった、という可能性も考えられるように思います。〕
★比例・南関東ブロックでは
自民党は、6議席獲得したものの、前々回の“郵政選挙”の時は比例区で復活当選した藤田幹雄は、今回は復活当選ならず。
共産党は、1議席獲得で委員長の志位和夫が当選で斉藤和子は復活当選ならず。
社民党は、比例区での議席はついに獲得できず。 逆に、元・社民党の阿部智子が日本未来の党から比例区当選、日本未来の党は1議席で、三宅雪子は比例区復活当選ならず。
民主党は南関東ブロックで4議席。 
日本維新の会 なる 日本の社会を戦前・戦中の「明治維新体制」に戻そうという歴史の歯車を逆向きに回そうとする人たち、歴史の流れに逆行する人たちが、民主党を上回る5議席も獲得してしまった。
他、みんなの党 という「おいしい牛乳」みたいな党名の党が3議席。 公明党2議席。 この人これで東大出なのお?て感じの大川隆法が総裁の宗教法人・幸福の科学を母体とする幸福実現党は0議席。
★ どの政党がいい悪い、誰がいい悪いとは別の問題として、この「小選挙区+比例区」という選挙制度は、前の中選挙区(1選挙区で2~5人程度当選)の選挙制度と比べて、どう考えてもよい制度とは言えないように思うのですが、どうでしょうか? 前の中選挙区の制度の方が、投票する側でも、立候補する側でもよいのではありませんか。
  獲得票数以上に獲得議席数に大きく差が出るこの「小選挙区+比例区」の制度って、いったい、誰がやりたいのでしょうか?
  「1位か落選か」というより、「トップは譲ったけれども2位で当選(3位で当選)」があった方がいいのではないか。
  この人がいいという候補者がない場合、より当選させたくない候補者をさけて、当選させたくない度合いが低い候補者に投票するという投票方法があるが、「より当選させたくない候補者」に選ばれて落選した候補者が所属政党の評価が高いために比例区で復活してしまうケースがある。
  3人以上立候補した選挙区においては、2位の候補者が、比例区でも落選して、選挙区で3位の候補者が復活当選する可能性もある。 「小選挙区+比例区」の制度を続けるにしても、重複立候補の候補者が比例区で復活当選するのは、選挙区で2位の場合に限るとするべきではないか。
★ 参議院(か衆議院のどちらか一方)では、全国区、もしくは、全国を2等分か3等分の大大選挙区を設けた方がいいのではないか。 特定の選挙区では強くなくても全国的には相当に支持されているという候補者を落としてよいのか、という問題がある。
  特定地方で支持のある人と、全国的に支持がある人の両方を評価するためには、全国区、もしくは、全国を2等分か3等分くらいの大大選挙区が必要ではないのかという気がするが、どうだろうか。
( 田中真紀子が落選したのには驚いたが、田中真紀子などは、もし、全国区があって、全国区に出れば相当に強いのではないか。 かつて、三木武夫が、「クリーン三木」と言って全国的には評価されたものの、徳島県での獲得票数では後藤田正晴に遅れを取ったのに、今の田中真紀子は似ているような気がする。 三木武夫は、トップを後藤田正晴に譲っても、中選挙区の制度であったので落選はしなかったが、田中真紀子は、小選挙区の制度であった為に落選した。 
  田中真紀子は、相撲の2代目貴乃花に共通するところがあるのではないか。2代目貴乃花は、その血筋を考えても現役時代の成績を考えても、別に無理しなくても、早いか遅いかはともかく、いずれは、理事にもなれれば、理事長になれる可能性も十分に高いのに、それでは納得しないで、独自の歩みをしようとする。田中真紀子も、多くの二世議員が親の後を継承しようとするだけでしかないのに対して、父親とは別の独自の性質を発揮して、それで、田中角栄の支持者とは別の田中真紀子の支持者を獲得したが、一方で、2代目貴乃花が独自の歩みをすることで2代目貴乃花に期待する人たちが出てきたとともに前々からの部屋の後援者から嫌われる面も出たのと同様に、田中角栄の支持者を幾分失ったのではないか。そして、田中真紀子を支持するようになった人には選挙区外の人が多く、失った支持者には選挙区内の人が多かったのではないだろうか。 そういえば、かつて、三木武夫の孫も祖父の後を継ごうとするだけであれば当選した可能性があるのに、自分は自分だという姿勢で、祖父の地盤を継ごうとせずに立候補して落選したことがあった。
  私は別に田中真紀子の支持者というわけでもないが、田中真紀子がどうかと別の問題として、自分自身の考えを発言し、親とは別の自分独自の性質を発揮しようとすると落選して、親の後を継承しようとするだけでしかない人は当選するというのでは、それは、日本の社会にとって好ましいことではないように思う。) 
★ 最高裁判所判事の国民審査 は、もう少し、実際的な制度にできないでしょうか。 国民は、裁判官に対し、どんな無茶苦茶な判決を出されても、どうしようもないという現実は理想的ではないと思います。
  新聞その他のマスコミは、選挙について報道しても、最高裁判事の国民審査は、ほとんど報道していないという現状はいかがなものかと思います。 私が行った投票所でも、国民審査の用紙を渡されて、「これ、なんですか?」ときき、「最高裁判事の国民審査です」と言われても、「なんですか、それ。」と言っている人がありました。マスコミは、最高裁判事の国民審査についても、もう少し報道・論評するべきではないでしょうか。
  最高裁判所だけでなく、地方裁判所・高等裁判所の判事についても、国民がなんらかの牽制を加えることができる制度を設けるべきであると思います。
  「司法権の独立」という言葉を、「裁判官はやりたい放題」の意味に解釈している裁判官を「どげんかせんといかん」と思います。
   (2012.12.22.)
★2~3日前に、船橋市薬円台の西友薬円台店(http://www.seiyu.co.jp/shops/detail/00000083/ )に行くと、その近所に「野田邸」があることから野田邸の前だけでなくその付近周辺をうろちょろするようになった制服のおまわりが西友店内にもまだいた。 野田佳彦が首相でなくなったのなら、うっとしいからさっさと去ってほしい。(2012.12.26.)

 ヤフーニュースを見ていたところ、↑ の三宅雪子の遺体が東京湾の海岸で発見されたというニュースが出ていた。
《 三宅雪子元衆院議員(54)が今月2日、東京湾の海岸で遺体で発見されていたことが6日、明らかになった。自殺をほのめかす遺書のような内容のメモも確認されており、警視庁東京湾岸署は入水自殺を図ったものとみて調べを進めている。
  捜査関係者によると、三宅氏が昨年12月30日に東京都港区の自宅を出て以降、行方不明になっていると家族から警視庁に届け出があった。翌31日未明には同区の芝浦ふ頭付近で所有物とみられるリュックや靴が発見された。・・・》
( ヤフーニュース スポーツ報知 「「小沢ガールズ」三宅雪子元議員、入水自殺か」https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200107-01060247-sph-soci )
 何も、死ぬことないのにねえ・・・・。(2020.1.7.) 
 

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