遠藤周作『札の辻』『ガリラヤの春』再読~高校の「民間人校長」とは戦中の「学校配属将校」のようなもの

〔第107回〕
   高校生の時に読んだ、遠藤周作の『札の辻』と『ガリラヤの春』を再読しました。 『札の辻』は、1963年(遠藤周作が40歳の年)に「新潮」に発表され、『哀歌』(1972.8.15.講談社文庫)の収録されたもので私は読みました。 『ガリラヤの春』は、1969年(遠藤周作が46歳の年)、「群像」1969年10月号に発表され、『母なるもの』(1975.8.25.新潮文庫)に収録されているもので読みました。
   
   遠藤周作『札の辻』は、≪四谷のG大学≫(上智大学?)に、戦中、来ていた「ネズミ」と学生からあだ名をつけられたユダヤ系ドイツ人の修道士(≪修道士とは司祭たちとはちがってもっぱら学内事務や修道院の雑用をやるのである。≫)の男の話を、≪元和九年十月に密告者の報告をうけた捕吏たちは、江戸に潜伏している主だった信徒を逮捕して小伝馬町の牢獄に投獄した。二ヵ月のちにこれら捕縛された者たちは二人の外人神父をまじえて室町から、京橋、浜松町、三田を経て札の辻の刑場に曳かれ、五十本の柱にくくられたまま火刑に処せられたのである。≫という歴史上の話と対照しながら述べていく短編小説ですが、大学に派遣されてきた配属将校の話がそこに出てきます。
≪  ネズミが学生におどおどするのは、その性格のためだけではないようだった。戦争が烈しくなると日本にいる外人たちはたとえ同盟国の独逸人でも次第に白い眼で見られるようになった。特に外国の宗教である基督教修道会が経営するこの大学はなにかにつけて警察や軍部から注意されているらしく、学生は時々、憲兵が構内にある修道院を偵察にくる姿を見た。男が入学する前年に、靖国神社事件という出来事が起こって、問題になったことがある。新聞にも出たその事件は、文部省から大詔奉戴日(ほうたいび)ごとに強制された靖国神社参拝を信者の学生が拒否したため起こった。
   その事件の翌年、この大学には北支戦線から帰還したばかりの中佐が配属将校としておくられてきた。   弓弦のようにぴんと空気の張った冬の朝、四谷のお濠ばたを馬にふん反りかえったこの将校の姿を学生たちはよく見た。 都会に初めて来た田舎者がいらだつように、中佐は外人司祭の多いこの学校のなかで殊更に自分の力を見せようとしているのである。しかし手入れのよく行き届いた彼の長靴は銅色にかがやき、大学の前で馬をすてると中佐は口髭をはやした赤ら顔をひきしめて学生たちの敬礼をうける。廊下や教室の前で煙草をすったり、ふざけていた学生たちは、その乗馬靴のならす革音がきこえてくると、急に眼と眼を見かわし、煙草をもみけいて逃げるように教室に入るのである。
   中佐に怯えたのは学生たちだけではなかった。授業の途中でも廊下にあの長靴の革の響きが近づいてくることがある。外人の司祭教授たちは教科書からひどく不快な顔をあげる。・・・・
・・・・
   男はまだ覚えている。それは毎月の大詔奉戴日の曇った朝だった。その日学生たちは小さな校庭に集まって勅諭の朗読を聞き、国旗の掲揚に注目させられる習わしだった。   あまり色鮮やかでもない日の丸がだらしなく曇った空のなかに垂れさがって、
「敬礼、解散。」
 そういう号令がかかった時、突然、中佐が動きだした教員たちを制し、壇上に登った。ながい間彼は学生たちを、鋭い眼つきで見おろしていた。いかにも自分の圧力をためそうという小児的な姿は滑稽だったが、一人として笑声をたてたり、口笛を吹くことはできなかった。
「お、お前たちは・・・・・・」中佐は興奮すると口がどもる癖があった。「だ・・・・・堕落しておる。お前たちだけでなく・・・・この大学のがい・・・・外人も、職員も・・・・腐っておる。」

   男はその時、壇上の両脇に並んだ教員たちの顔に注目したが、そのいずれもあるいは強張り、あるいは硬直していた。古綿色に曇った空の遠くで飛行機の爆音なのか鈍い音がきこえてくる。つむじ風が校庭の隅の紙屑を黄色い埃と一緒に巻きあげている。しかし誰もがこの無礼な怒声を黙ったまま聞いていた。
   学生たちのなかには中佐に迎合する者もいた。迎合するとは彼等の場合、ことさらに外人司祭の教師や修道士を小馬鹿にしたり反抗することだった。そして、そんな空気のなかで、学生課の小さな窓から学生証や通学証明書をわたすネズミの顔はますます、おどおどと蒼白くなっていくのだった。 ≫
≪  男とネズミとを近づけたのはそんなある日の夕暮のことだった。
   その夕暮、男は放課後遅くなるまで学校に残っていたが、用事があるためではなかった。みんなの引きあげた埃っぽい教室の真中で頬杖をつきながら男は茜色の空と暮れていく濠の水と黒い民家とをぼんやり眺めていた。
   放心した彼はその時廊下の遠くでキュッ、キュッという長靴の音を聞いた。初めはあの革靴が今のような遅い時刻になっているのがわからなかった。が、やがてそれがはっきり意識にのぼってきた時、男は反射的に教室から逃げようとして、廊下に走り出た。
「ま、待たんかい。貴様敬礼せんか。」
   配属将校は欠礼したことを咎め、姓名を訊ねそれから不器用に直立した彼に軍人に賜りたる勅諭を言ってみよと命じた。
   男は口ごもった。彼はこの勅諭を暗誦するように平生、教練の時間、命ぜられているのを忘れていたのである。照れくささを誤魔化すため彼はうす笑いを頬に浮かべたがそれがいけなかった。
「不謹慎!」
   突然、男の頬は拳で烈しく撲たれた。左腕で顔を覆うと、その腕にまた衝撃をうけた。
そしてもしその時、偶然、あのネズミがそこに現れなかったら男はもっと叩かれていたにちがいない。
   ネズミがそこに来たのは男を助けるためではなかった。偶々、彼は廊下の突きあたりの事務室の戸をあけて、ロイドのような顔を出したのである。修道士は硬直したまま、怯えた眼で男の頬から流れる糸のような血と中佐の赤黒い顔とを見つめていた。
   他の場合なら配属将校はそのまま立ち去ったかもしれないが、しかし彼は今、自分を見ている修道士の驚いたような眼にぶつかった。自分を見ている相手が白人だけに彼は日本人特有のコンプレックスを爆発させたのだろう。二言、三言わけのわからぬ言葉を叫びながら、ネズミの修道服を烈しくつかんで廊下に引きずり出した。
「お、お前たちとこの学校の教育は根本から間違っとる。」

   中佐が靴音をたてて立ち去ったあと、男は口についた血を掌でぬぐい、窓から唾をしきりに吐いた。吐き終わってふりかえると、既に暗くなった廊下の隅でネズミはまだ、硬直したように直立している。眼をそらして男は、そこから出て言った。 ≫


   『ガリラヤの春』 には、次のような記述があります。
≪  支那では戦争が拡がっていた。学校に新しい配属将校がやって来て三年生以上の軍人教練は今までよりも、もっときびしくなった。クラスのなかには陸士と海兵を受験しようとする連中の数がふえてきた。
   ある日、急に服装検査があった。校庭に生徒を集めて教師たちが持物を調べるのである。煙草をポケットに入れている者や、女優のブロマイドを持っていた者は列外に立たされた。
   教師は私が足もとにおいた定期入れや汗で黒ずんだハンカチの間から、小さな十字架のついたロザリオを引きずり出した。
「何や、これ」
 体操の教師である彼はロザリオというものを始めて見たらしかった。
「アーメンか、おまえ」
   それから彼は疑わしそうな眼で、長い間、私を眺め、列外に出ろと言った。
そのあとで私は煙草やブロマイドを持っていた連中と一列になって教員室までつれていかれた。
「お前の場合は」と国語の教師はロザリオを返してくれながら渋い顔で「別にわるいもんを持っとったわけやない。ないが、天皇陛下のおられる国で、外国の神さんを拝んどる家庭は、どうかと思うな」
   私は自分よりも母が侮辱されているような気がした。向こうの席で新任の配属将校がこっちをじっと見つめていた。その教官にも礼をして出た。
 ・・・・・・・・≫

〔   遠藤周作氏は≪私は自分よりも母が侮辱されているような気がした。≫と『ガリラヤの春』で述べていますが、 『母なるもの』には次の文章があります。
≪  中学時代の母。その思い出はさまざまであっても、一つの点にしぼられる。母は、むかしだった一つの音をさがしてヴァイオリンをひきつづけたように、そのころ、たった一つの信仰を求めて、きびしい、孤独な生活を追い求めていた。冬の朝、まだ凍るような夜あけ、私はしばしば、母の部屋に灯がついているのをみた。それからやがて母は私をつれて、最初の阪急電車に乗り、ミサに出かけていく。誰もいない電車のなかで私はだらしなく舟をこいでいた。だが時々、眼をあけると、母の指が、ロザリオを動かしているのが見えた。≫
(遠藤周作『切支丹の里』1974.中公文庫、 『母なる者』1975.新潮文庫 所収)
   橋下徹・中原徹らは、戦中の配属将校が、遠藤周作氏が≪母が侮辱され≫たと感じた行為を、今、おこなっているのである。 中原徹は、和泉高校の生徒にTOEFLを学習させようとしているようで、私は、これについて、〔第93回〕《なぜ「高校英語」「受験英語」でなくTOEFL?~中原徹は大学受験の経験ないの? 特高と学ぶTOEFL 》http://tetsukenrumba.at.webry.info/201203/article_7.html で、高校においては、英語は「高校の英語」と「受験の英語」(特に、進学しようとする大学の入試に出る英語)を中心に学び、大学に進学する人は大学入学後に、TOEFLなりTOEICなりを受験するようにした方がよいのではないかということを指摘しました。
  私が北野高校の2年の時、「倫理社会」の先生が、「『ソクラテスの弁明』、『歎異抄』、デカルトの『方法序説』、三木清の『人生論ノート』、夏目漱石の『こころ』、太宰治の『人間失格』、アルベル=カミュの『異邦人』、ドストエフスキーの『罪と罰』・・・。こういった本は、ぜひとも高校生のうちに読んでおいてもらいたいですねえ。 大学受験に成功するかどうかよりも、はるかに大事だと思うわあ。」と授業中に言われたことがあった。 ≪大学受験に成功するかどうかよりも、はるかに大事≫かというと、結論をいえば、「そんな大学入試に直結しない本ばっかり読んで、それで大学落ちて、『良かったじゃないか。大学はそこで何を学ぶかが大事で、どこに行ったかはどこでも一緒や。』などと言われても、ええことあるかあ!無茶苦茶言うな! 」ということになる(間違いなく)と思うが、しかし、「≪大学受験に成功するかどうかよりも、はるかに大事≫と言いたいくらい読んでもらいたい本だ」というのであれば、間違いではないと思う。 英語の勉強は当然力を注いでするべきであるが、『札の辻』『ガリラヤの春』『母なるもの』を読む価値は、それと同等以上にあると思う。 入学試験への関係としては、現代国語の試験にまったく関係ないということはないというくらいで、直接、何点あがるというものでもないとは思うけれども。 こういった本の読書が高校時代までにおいて不足していた人間の見本が橋下徹と中原徹の2名であろう。 悪い見本がそこにある。 今、高校に通っている高校生にはああいう人間にはなってもらいたくないものだと思う。 (2012.10.12.追加)〕

   橋下 徹の友人として大阪府立和泉高校に「民間人校長」と称して赴任した 中原 徹 という男が、卒業式にこじつけて実行された「君が代」礼拝式において、教員が、口をあけて歌っているかどうか調べる蛮行をおこなったが、「民間人校長」とは、なんとも身勝手な名称である。
   その人間が、自分で、何であると言っているかではなく、実際に、現実にどういうことをしているか、どういう行為をしている人間であるか、から、その人間がどういう立場の者かを考えるべきである。
   中原 徹 という男の言動から考える限り、大阪府の高校における「民間人校長」というものは、戦中において、軍部から学校に派遣された「学校配属将校」のようなものである。 
 当然のことながら、「教員の代表者」などではない。


   福沢諭吉は、1883年(明治16)に発刊した『学問の独立』において、
≪  学問と政治と分離すること、国のためにはたして大切なるものなりとせば、わが輩は、今の日本の政治より今の日本の学問を分離せしめんことを祈る者なり。すなわち文部省および工部省直轄の学校を本省より離別することなり。そもそも維新のはじめには、百事みな創業にかかり、これは官に支配すべきこと、それは私に属すべきものと、明らかに分界を論ずる者さえなくして、新規の事業はいっさい政府に帰し、工商の細事に至るまでも政府より手を出すの有様なれば、学校の政府に属すべきはむろんにして、すなわち文部、工部にも学校を設立したる所以(ゆえん)なれども、今や十六年間の政事しだいに整頓するの日に当たりて、内外の事情を照らし合わせ、欧米文明国の事実を参考すれば、わが日本国において政府が直ちに学校を開設して生徒を集め、行政の官省にて直ちにこれを支配して、その官省の吏人たる学者がこれを教授するとは、外国の例にもはなはだまれにして今日の時勢に少しく不都合なるがごとし。もとより学問の事なれば、行政官の学校に学ぶもまた、いずれの学問所に学ぶも同様なるべきに似たれども、政治社会の実際において然らざるものあり。
・・・・・・・ ≫〔福沢諭吉『学問の独立』(『日本の名著 福沢諭吉』1984.7.20. 中公バックス)所収〕と述べている。
   福沢は、学問と政治を分離するために、学校は、政府が設立・運営する「官立」ではなく、民間において設立・運営する「民間」のものとしてある方が望ましいと考えたようですが、しかし、実際には、「国立」「公立」と「私立」の学校では、どちらが、その時の政治の動きから独立して存在できるかは、いちがいに言えない。 「私立」であればその時の政事の動きから影響を受けないとも言えません。 又、「私立」の設立母体はそれぞれ異なり、私立が良いかどうかは学校それぞれ異なりますが、いずれにせよ、 「国立」「公立」の学校であれ、「私立」の学校であれ、その時の、政治の動き、政治権力からは、独立した存在であるべきであり、「国立」「公立」であれ、「私立」であれ、政治は学校・学問に強く干渉するべきではありません。
   橋下徹は、大阪府知事・大阪市長となって以来、政治の立場で学校に口出ししすぎということはありませんか?

   私は、橋下 徹に、この福沢諭吉の『学問の独立』を読ませてやりたい。

   今でもわかっていない方もおられるかもしれません。
   上の遠藤周作の小説『札の辻』と『ガリラヤの春』から引用した部分を読み返していただき、その上で、府立和泉高校に「民間人校長」と称して赴任してしまった 中原 徹 という男がやっていることを考え、中原 徹という男が社会におけるどういう存在であるのか考えていただきたいと思います。 戦中において、軍部から学校に派遣された「配属将校」そのものと違いますか?
   そして、戦中において、もとから学校に勤務する教員が、「配属将校」に気兼ねし、「配属将校」の機嫌を取り、「配属将校」の言いなりになったのと同じく、今、大阪府の府立高校では、もとから教員として勤めてきた教員が、実質上、戦中の「配属将校」である中原 徹に下男のように従っているのです。
   大阪の教育はこのようなことで良いのですか?  大阪の学校はこのようなことで良いのですか?
   大阪だけでなく、日本全体がこのようなことになっても良いのですか?

   とりあえず、私が、中学生・高校受験生の親ならば、中原 徹が「校長」を務める高校には進学は控えるように息子・娘に助言したい。 たしか、府立和泉高校がある学区の公立高校の「一番手校」は、岸和田高校だったと思うのですが、高校を上とか下とか簡単に言うのは好ましくないかもしれませんが、あえて、公立高校の入学難易度・進学状況から考えて、和泉高校より上か下かどちらかの高校の受験を勧めたい。 何も、中原 徹 みたいなヤヤコシイヤツが「校長」やってる学校に行かなくても、他にも高校はあるんですよ。  そして、多くの人間がそういう判断をする結果として、中原徹が「民間人校長」を務める学校の人気が下がる、できれば、誰も行かなくなることになって、その結果、中原徹のような男を「校長」にしたのでは、その学校は高校として成り立たないとなり、高校の「運営」「経営」の上から、中原徹を「校長」にさせておくことはできない、となれば、それこそ、世のため人のため、社会のため、日本のお国の為です。  

  福島第一原発の事故がなければ、福島県の双葉郡地域は良い所であったと思いますが、2011年3月11日以後、実際問題としてそうではなくなりました。 福島第一原発に至近の地域においては、もはやそこはないものと考えるしかない場所ができてしまいました。 中原徹が府立和泉高校の「校長」に赴任したことにより、中原 徹が「校長」として在籍している限り、中学生・高校受験生にとって和泉高校はないものと考えるべきです。 そして、もし、中原徹が他の高校の「校長」にかわることがあれば、中原徹が新たに赴任した高校が「ないもの」と考えるべきです。
          (2012.6.22.)

  「週刊現代」2012.6.30.号の表紙に≪最後のスター 橋下徹が殺される! 民主と自民が協力して必死にこの男を潰そうとしている≫と書かれているのをコンビニの棚で見ました。 「最後のスター」だって・・・。 あほくさ。 笑うのもばかばかしい。 「週刊現代」は、相撲の八百長問題に取り組み、原発事故後は、原発事故・放射能汚染についての報道に精力的に取り組んだ点を評価しましたが、こんな表紙を見せられたのでは買う気もしない。

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
(YAHOO!ニュース)
   大阪市公募区長に元週刊誌フリーライター
スポーツ報知 6月22日(金)8時3分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120622-00000010-sph-soci  
  大阪市は21日、公募していた市内24区長の合格者を発表した。元週刊誌のフリーライターで現在、徳島大学病院の病院長特別補佐・臣永(とみなが)正広氏(58)が選ばれたほか、最年少27歳の元NHK記者など外部から18人を抜てき。橋下徹市長(42)が掲げる「大阪都」構想の実現に向け、個性派ぞろいの“橋下流”人選となった。海外に住む2人を除き8月1日に新区長に就任する。
   24人のなかでも異色なのは、西成区長に選ばれた臣永氏だ。週刊誌のフリーライターとして刑務所、暴力団員、風俗嬢などを取材。1999年からは阿南市に編入される2006年まで徳島県那賀川町の町長を務めた。臣永氏は本紙の電話取材に「合格通知をいただき、さあこれからが本番だな、と感じている。西成を支えることで大阪が変わる」と意気込んだ。
  橋下流人選の象徴的な存在だ。町長時代の06年には、同町議が置き忘れた携帯電話の個人情報を見たとして損害賠償訴訟に発展し「民事で判決が出て、罰金を払いました」。高松高裁の判決に従い、5万5000円の賠償金を支払った。
  常識的にはアウトの経歴だが、橋下市長はあえて抜てき。この日の会見では「課題の多い区で、斬新なアイデアが必要。町長、ジャーナリストとして現場を見てきた経験を生かしてほしい」とエールを送った。臣永氏は、市町村合併によって町長の職を失った経験から「当時の市町村合併は地方分権ではなく、地方切り捨て。その反省を生かして西成区で腕試しをしたい」と誓った。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・・-・-・-・-・-・-
  高校の「校長」だけでなく、「区長」も橋下の意向を受けたものを就任させるということでしょうか?  なんだか、どこかの国の「将軍様の支配」みたいになってきてしまったような感じがするのですが・・・・ (2012.6.22.)

※ 《二子玉川情報センター 再検証 橋下市長激怒動画 》http://kaminogesanpo.at.webry.info/201206/article_200.html に収録されている 橋下 徹 への記者の質問で、質問に際して、
【1】 橋下 徹は、≪教育委員会が各教員に対して、君が代の起立と斉唱を命じた≫と言っているようですが、教育委員会というものは、「学問の独立」の認識の上で、各学校・各教員が教育活動をおこないやすい環境を整えることにもっぱら尽力するべき で、憲法違反の条例による「君が代」の起立・斉唱を命じるべきではない。 又、教育委員会が「君が代」を起立・斉唱させるための機関であるならば、そのような機関は存在する必要はない。「君が代」を起立・斉唱させるための機関として教育委員会が存在するならば、そのような教育委員会は存在するべきではない。
【2】  この動画の中の質疑応答で、橋下徹が、「学校の音楽の先生が、歌っているかどうか、口元チェックしませんか。」などと述べていましたが、橋下の理解は間違っています。
   私が在学した時の、北野高校の音楽の授業では、歌の試験においては、2つの歌を先生は指定し、生徒が好む方を選んで歌うようにされていました。 それは、特定の曲だけを指定することで生徒がその曲に適性のあるかどうかで有利不利がでるということがないようにということもあるでしょうけれども、それとともに、その曲がどうしても好きになれない生徒は異なる方を選ぶことができるようにされていたのだと思います。 私の年には別の曲を歌の課題として指定された時期に、過去に、シューベルトの歌曲集『冬の旅』の第1曲「おやすみ(秘めてぞ去らん)」を歌った学年があり、その時、私は音楽の先生から、「もし、あなた、これを歌いたいなら、(歌の試験で)歌ってもいいわよ。」と言ってもらったことがあります。 試験の課題としては、1曲を指定するのではなく、2曲から好む方を選ぶようにした上で、さらに、その指定された2曲以外の歌を歌いたいという生徒がいた場合には、個々に相談されれば検討するとされていたようです。 歌というものには歌詞があります。 その歌詞の内容がどうしても歌いたいと思えるものでない場合はあり得ます。 又、男女共学の学校において、男性と女性が同じ歌を歌うのが好ましいかという問題もあります。「ウィキペディア―ハンス・ホッター」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%BC に、バス・バリトンの歌手・ハンス=ホッターが≪引退後、ミュンヘンのホッターのもとにはさまざまな歌手が勉強に訪れ、クリスタ・ルートヴィヒが女性が『冬の旅』を歌う事について尋ねた際には「良いと思うよ。私は『女の愛と生涯』を歌おうとは思わないけど」と語った。≫と書かれています。歌曲集『冬の旅』は、若き男性の思いの歌で、若き男性の思いを、ある程度以上年齢をいった男性が歌うのは良いとしても、女性が歌うのはどうか、という問題において、少なくとも、そういった問題を考えた上で対応するのが音楽であり、歌う者が考えた上で、良いと判断したのならば歌ってよいでしょうけれども、そういった問題を考えた上で、他の歌を選ぶべきではないかと考えたのならば、その考えもまた、おかしなものではなく、私が北野高校に行っていた時の音楽の先生ならば、もし、こういったことを考えた上で、先生が指定された歌以外の歌を歌いたいと相談すれば、十分、考えてもらえたと思いますし、考えてもらえる方でした。 それが音楽であり、音楽の授業であると思います。 
  私自身が抵抗を感じる歌・曲の例をあげるなら、例えば、プッチーニの『蝶々夫人』というオペラがあります。 プッチーニは東洋的なものを取り入れようとしたことがあり、中国を舞台としたオペラ『トゥーランドット』や日本を舞台とした『蝶々夫人』がそれだというのですが、ヨーロッパの人間が中国や日本に簡単に行けない時期に、ヨーロッパの人間の頭の中にあった中国や日本をもとに作られた作品で、芸者の日本人女性がアメリカ合衆国人の海軍士官を待ち続けるという、欧米の人間に日本人の女性はみんな芸者かと思わせるような話であるとともに、どう考えても日本人を馬鹿にしている話であり、ヨーロッパの人間が歌いたいなら止めはしないとしても、日本人が積極的に歌うべきものではないと思うのです。 他にも、これはどうかと思うものはあります。 そういった問題意識を持たずに口元を動かすのが音楽ではありません。問題意識を持った上で、自分なりの答えを見出そうと思索・熟慮するのが音楽です。私が通った時の北野高校の音楽の先生なら、もし、こういった考察を述べた上で、指定の歌は自分は歌いたくないが、他のこの歌を歌いたいがどうでしょうか、と言えば、検討してもらえたと思います。そういうことを理解できる人だったと思います。 橋下こそ、音楽の授業出てなかったのと違いますか?
【3】  この《二子玉川情報センター 再検証 橋下市長激怒動画 》http://kaminogesanpo.at.webry.info/201206/article_200.html収録されている動画を見て思ったのですが、橋下徹という男、この男、怖いですね。  かつては、普通の書店の本棚に普通に置かれていた『毛沢東語録』(和田武司・市川宏訳 1972.11.25.改訂2版 河出書房新社)より、 「八項注意」 を引用してみます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(一)話は穏やかに。
(二)取引は公正に。
(三)借りたものは返す。
(四)こわした物は弁償する。
(五)なぐらず、どならず。
(六)農作物を荒らさない。
(七)婦人をからかわない。
(八)俘虜を虐待しない。
 <三大規律・八項注意の再公布にかんする中国人民解放軍総司令部の訓令>(一九四七・一〇・一〇)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  この動画に収録されている応答における橋下の恫喝調の話し方はいったい何ですか?  市長という役職についている者なら、もう少し穏やかに口をきくべきではありませんか。 「話は穏やかに。」「なぐらず、どならず。」というのは、どちらの経済体制をとる場合でも、政治家には心得ていただかなければならないものです。橋下は、そのあたりから教育される必要があるのと違いますか。
  橋下は質問記者が不勉強だと怒っているようですが、一般市民は職業政治家ほど勉強する時間を取れないのが普通です。 市長ならば、不勉強な一般市民にもわかるように答えるべきです。

☆ このブログを公開後、「女性1等海佐、大阪府立学校の民間人校長に : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)」http://ceron.jp/url/www.yomiuri.co.jp/national/news/20111216-OYT1T01099.htm という記事を見つけました。「これでは、民間人校長ではなく配属将校」というツイッターも出ているようです。
≪ 大阪府教委は16日、府立学校の民間人校長に海上自衛隊中央システム通信隊司令の竹本三保・1等海佐(55)と、三洋電機コンシューマエレクトロニクスの松本安雄・元リビング商品企画部長(47)を採用すると発表した。  文部科学省が調査を始めた2004年度以降、自衛隊出身の民間人校長は初めて。 竹本氏は08年12月から今年4月まで、全国初の女性本部長として自衛隊青森地方協力本部長を務め、東日本大...[続・・ ≫
女性だから軍人でないわけではありません。男性か女性かは関係ありません。 あきれました。 大阪府教育委員会は大阪の高校を破壊しようとしているのでしょうか。 教育委員会の人間こそ教育される必要があるのと違いますか? 教育委員会というものが存在するべきかどうか疑問を感じませんか? (2012.6.23.)


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