「日の丸」以外の丸の旗、「君が代」の歌詞の意味 。 及、橋下徹のどこか「教養人」に見えますか?

〔第77回〕
   長崎市長とかなら、右翼さんの攻撃対象にされることもあるかもしれないから気をつけないと危ないとしても、私みたいな単なる安月給のサラリーマンでしかない人間なんか、ブログに何を述べようが関係ないと思いこんでいたら、〔第75回〕《「信教の自由」を理解しない 橋下 徹 (と 松井 一郎、中西正人)に法と人権の研修をおこなう必要 》 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201201/article_4.html には、「日本でてけよ。」という恫喝のコメントを受け、 〔第61回〕《橋下徹、君が代強制に見られる右翼思想に影響与えた「ヤクザの息子」の出自。無関係と言いはる愚か加地伸行》http://tetsukenrumba.at.webry.info/201111/article_7.html には、「あなた気持ち悪いですね^^;」などというコメントまで入れられました。 なんだか、こわいなあ~あ・・・・と思いました。 「気持ち悪い」というのはこっちが言うことですよ。 ブログの内容を「自主規制」(実質的には「自主」ではないのですが)するか、もしくは、今まで、賛成・共感・同感・称賛・親しみのコメントに限らず、批判・反対のコメントも、コメントをいただくことについては大喜びしていたのですが、もう、今後はコメントは受けつけない設定にした方がいいかなあ~あ・・・・などと思ったり、そんな思いをするくらいなら、1円の収入にでもつながっているわけでもないのだから、もう、ブログなんかやめるか・・・とか思ったり、いろいろ考えましたが、マア、この際、かかわりついでに、もうひとつくらい、右翼さんがもしかすると怒るかもしれないネタを入れてみるか、と思い、私自身の「日の丸」の旗と「君が代」の歌詞についての思い出を述べることにしました。
 
   今は昔、もう何十年も前、私が幼稚園児であったか小学校の低学年であったか、たぶん、幼稚園児の時、1964年(昭和39年)に東京オリンピックがあった頃のことだと思うのですが、「日本の 日の丸 の旗というのは、世界の旗の中で一番美しいきれいな旗で、それから、丸のデザインの国旗というのは、日の丸 以外には他には、ひとつもない、日の丸だけのデザインなんです。」と教えられたのを覚えているのです。 誰に教えられたかというと、幼稚園か小学校の先生であったような気がするのですが、それが誰であったか記憶がはっきりしないのです。
   覚えているのは、それを聞いて、「そうかなあ~あ・・・・」と思ったということです。 先生が言うことだから、無茶苦茶言っているのではないのだろうけれども、「そうかなあ~あ・・・・」と思ったのです。

1.「日の丸」の旗は、世界の他の国の国旗と比べて、最も美しいすばらしいデザインであるか?

2.丸のデザインの国旗は、「日の丸」以外にはないか?

   という、この2点ですが、

   1.について、幼稚園児の正直な気持ちとして、運動会の時にぶら下がっている万国旗を見て、あるいは、東京オリンピックの時にお菓子屋の店先にぶら下がっていた万国旗を見て、日の丸 よりも、青・白・赤の3色が横に並ぶフランスの国旗 とか 緑・白・赤の3色のイタリアの国旗、あるいは、赤・白・青の3色が上から下に並ぶオランダの国旗の方が、カラフルできれいだと思ったのです。 あるいは、青に黄色の十字が入ったスウェーデンの国旗なんかの方がかっこいいと思ったのです。 まあ、デザインというのは、人それぞれ好みもあるので、どれが素敵かというのも、人それぞれ感じ方は違っておかしくないでしょうから、日の丸のデザインがいいと思う人もあっていいけれども、でも、幼稚園児の頃の私は、フランスの国旗とかイタリアの国旗とか、オランダの国旗、スウェーデンの国旗の方が魅力的だと、正直な気持ちとして思ったのです。 なんで、そう思ったかと言われても、そう感じたのです。 そして、日の丸がいいかどうかというと、他の国の国旗と比べて、最悪とか最低とかいうようには思わなかったけれども、でも、特別にすばらしいデザインだとも思わなかったのです。 子供にとっては、実際に書いてみるとしても、赤で丸を書くだけで面白くないし。 イギリスの国旗とかだと、複雑で、書くこと自体が、けっこう、面白かったりするし、アメリカ合衆国の国旗なんかだと、星が適当に書いてあるように見えて、実は数が決まっているらしい、というのを知って、へえ~え・・・・と感心したりしたのですが、日の丸の赤丸はひとつだけで、数えようもないし。 こう書くと、もしかすると、怒る人もあるのかもしれないけれども、幼稚園児がそう感じた、というお話なんですよ。幼稚園児が。

  そして、「丸のデザインの国旗は、世界で、日の丸 以外にはひとつもない」と教えられて、へえ、そうなのか? と思って、運動会の時にかかっている万国旗を見たり、東京オリンピックの時にお菓子屋の店先にかかっていたりする万国旗を片っ端から見て回ると・・・・・・、ええ~え、・・・・先生、違うじゃなあ~いい・・・・・、と思ったのです。
  どう違うと思ったかというと、 だって、ほら、↓
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      ↑ ブラジル の国旗
≪ 緑は農業、黄は鉱産資源、星は首都と州を表す。帯の文字の意味は「秩序と発展」である。≫(『旅に出たくなる地図 世界編 六訂版』1996.3.20.帝国書院) 写真も。 )

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      ↑ 大韓民国 の国旗
≪ 中央の巴は大極といって宇宙を表し、四隅の卦は天、地、日、月を表す。≫(『旅に出たくなる地図 世界編 六訂版』)

  丸でしょ。 違いますか? だから、たしか、先生が気づいていない点を発見したと思って、「せんせい、ブラジルの国旗も丸ですよお~お」と言ったような気がするのです。 そのあたり、記憶がはっきりしないのですが、せっかく、先生が教えてくれたのだから、実際にそうか、万国旗を見て確認したら、日の丸 以外にも丸のデザインの旗があったので、先生がきづいていない点を気づいたので、いじわるしないで、先生にも教えてあげようと思って言ったのです。 でも、そう言っても、はっきりとした返事をしてもらえなかったのです。 それで、いつまでも、おかしいなあ、おかしいなあ、先生はそんないいいかげんなことを言わないと思うんだけれども、どうして、他にも、丸のデザインの国旗はあるのに、日の丸の他には丸のデザインの国旗はないなんて言うのだろう? どうしてだろう? 何か訳があるのだろうか? と、ず~っと、不思議に思ってきたのです。

  今ですと、他にも、
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      ↑ バングラデュ の国旗 
≪ 緑は農業とイスラム教を、赤丸は独立の時に流された戦士の血を表す。≫(『旅に出たくなる地図 世界編 六訂版』)

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      ↑ パラオ の国旗
〔 写真は、いずれも、『旅に出たくなる地図 世界編 六訂版』1996.帝国書院)より撮りました。〕

 と、私が幼稚園児の時には独立していなかった国で、今は独立国となった国の旗で、もっと、もろに丸の旗があります。

  それで、ですね。 まあ、その時、私に教えたのが誰であったのかも忘れてしまったのですが、丸のデザインの旗は、実際問題として、日の丸 以外にもあるわけですよ。
  どの旗のデザインが美しいか、というようなことは、これは、感覚は人それぞれなので、無理に、日の丸が絶対的に最高の美しさ・・・とかいうのがおかしい。 それぞれの国の人が、これがいいいと思って決めているのだから、どちらが上とか下とか簡単に言えるものでもないし、感じ方は人それぞれであるのが普通なんですよ。 

  それで、「日の丸」というのは、いったい、もともと、何の旗であったのか、というと、ルーツは2つあるらしくて、
  ひとつは、薩摩藩の船印だったらしいというのです。  この点から、問題点としては、江戸時代においては、琉球は薩摩に支配を受けていて、琉球からすれば、薩摩藩というのは侵略者であったのであり、侵略者の旗を、なんで、国旗にされなければならないのか、という問題があるらしいのです。
  もうひとつのルーツは、徳川家が使ったらしいのですが、徳川には三つ葉葵の紋があるわけですが、幕末に、倒幕と佐幕との間で争いがあった時に、天皇は最初は徳川幕府の方についていて、長州は「朝敵」の扱いを受け、薩摩と会津が組んで、長州と戦っていたのですが、そのうち、薩摩は長州と組むようになって、天皇も長州・薩摩の方につき、そして、薩摩と長州が倒幕の軍隊を起こした際に、薩摩や長州の島津や毛利の紋の幟ではなく、徳川と戦うにおいて、天皇家の菊の紋を幟にかかげたらしいのです。 その時に、徳川としては、あくまで、賊軍は長州や薩摩であって徳川ではないということにするために、相手方に天皇家の菊の紋が上がっているのに対抗して、日の丸を幟にかかげた、ということだったらしいのです。 それが、どうも、日の丸のもうひとつのルーツらしいのです。 それで、あらかじめ、お断りしておきますが、私は、歴史学者ではなく、このネタはどこで仕入れたかというと、みなもと太郎の『風雲児たち』なので、念のため。
( ※「三つ葉葵」を知らない人は少ないと思うけれども、思い出せない人は、
「ウィキペディア―三つ葉葵」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E3%81%A4%E8%91%89%E8%91%B5 を見るか、もしくは、水戸黄門のテレビ番組の時に画面に出ていたの、と言うとわかるのではないでしょうか。)
  だから、右翼さんは、「日の丸」というのは、天皇と切っても切れないものとして、崇めるように国民に要求したがるようですが、本来は、この説からいけば、「日の丸」というのは、本来は、天皇とは敵対する側がかかげていたものらしいのです。

  さらに言いますと、今の天皇家は、南北朝の争乱の時の南朝の天皇か、「逆賊」足利が立てた北朝の天皇かというと、北朝の天皇なわけなんですよ。 もしも、大楠公さん、小楠公さん、と楠木正成・楠木正行親子を持ち上げるのであれば、それなら、南朝正統の、後醍醐天皇の子孫・熊沢天皇に大政奉還したらどうなのか・・・・・・、という見方も出てくるのですが、右翼さんは、そういうことはあまり言わないらしいのですが、なんでなんだろうな・・・。


  「君が代」という歌についての、私の思い出の方をお話しましょう。 昔、これは、幼稚園ではなく小学校の先生から聞いたような気がするのですが、それも誰だったか忘れてしまったのですが、「君が代」の歌詞は、
   君が代は、
   千代に 八千代に
   さざれ石の 巌となりて、
   苔のむすまで
というものですが、この「さざれ石」が「いわおとなりて」というのが、自然現象から考えて逆なんだということを聞いたのです。 川を石だか岩だかが流れていくと、最初は大きな岩だったのが、あちらこちらにあたって、砕けて、丸くなって、細かくなっていって、小さい石から砂になっていくのであり、小さい砂が小石になって大岩になっていくのではない、という話を聞いたのです。 「君が代」の歌がいいとか悪いとかいうことではなく、この部分の文句が自然現象と逆だというのです。
   その話を聞いた時、確かに、川を上流から下流に石が流れていく時は、そうかもしれないけれども、それが堆積していった時は、やっぱり、砂が石になって岩になるのじゃないのかいなあ? 「堆積岩(たいせきがん)」という石があるのじゃないのかなあ?と思ったのです。 それで、もしも、地質学者にでもなったら、そのあたりを、実際にどうなのか調べることもできたかもしれませんが、そういう方向に人生を歩まなかったので、実際にどうなのかは今もよくわかりません。
   最近、神社などに行くと、これが「さざれ石」だとして置かれているものがある神社があったりします。それが自然現象でできたものなのか、それとも、「君が代」の歌は間違ってないのだあ、と言いたいために人工的に作り上げて展示されているものなのか、私はよくわかりません。 

   「君が代」という歌を「国歌」に制定しようということが国会で議論された時、誰であったか忘れたが、民主党の議員で、「象徴天皇制の歌だ。」と言って賛成した人がいましたが、「象徴天皇制の歌」ですか?

   戦前の大日本帝国憲法の天皇に関する部分の一部と今の日本国憲法の天皇に関する部分の一部を引用してみます。

大日本帝国憲法
第1条 大日本帝国ハ万世一系の天皇之ヲ統治ス
第2条 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス
第3条 天皇ハ神聖ニシテ侵スベカラス
第4条 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニヨリ之ヲ行フ
・・・・・・・・・

日本国憲法
第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。
第2条 皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。
第3条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。
第4条 天皇は、この憲法の定める告示に関する行為のみを行ひ、国政に関する機能を有しない。
     天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。
・・・・・・・・・・・

すべて、私が引用することもないと思うので、日本国憲法と大日本国帝国憲法の条文の天皇に関する箇所をすべて見たい方は、ご自分で「○○六法」という本を書店で購入するか図書館で見るかしてください。
※インターネットでも、
大日本帝国憲法 http://www.houko.com/00/01/M22/000.HTM
日本国憲法 http://www.houko.com/00/01/S21/000.HTM  で見ることができるようです。

   いずれにせよ、 「君が代」という歌というのか呪文というのかの歌詞は、大日本帝国憲法の条文に沿ったもので日本国憲法の条文に沿ったものではない。
 どう考えても、象徴天皇制の歌詞ではないですね。
 国民主権 を否定する内容の歌詞と違いますか?
 
日本国憲法 前文・・・・ ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、  この憲法は、かかる原理に基くものである。 われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。 ・・・・〕

  「象徴天皇制の歌だ」と言って、「君が代」を「国歌」に制定するのに賛成した民主党の議員は、「君が代」の歌詞と、日本国憲法の条文、大日本帝国憲法の条文を、自分で読んだ上で言っていたのでしょうか。 ろくに、読みもしないで言っていたのではないのでしょうか? 〔日本国憲法の前文を読んだ上で言ったのでしょうか? 〕 ろくに自分で読みもしないで、賛成したのと違いますか?

  いずれにしても、たとえ、「国歌」という形態を取ったとしても、「天皇が支配する世の中は、はてしなく永遠に、『さざれ石』が巌となって、さらに苔がむすまで」という「君が代」の歌詞は、現在の日本国憲法の内容から考えて、ふさわしい歌詞とはいえないものであり、その  「君が代」を、橋下徹のように、必要以上に、公的な機会において、演奏させよう、それに敬礼・礼拝させようという動きは、これは、明らかに、歴史の流れの歯車を逆に回そうとしているとしか言えない ですね。
  これは、今の天皇にとっても、良いこととはいえないと思う。

   日本においては、「左翼」という言葉と「右翼」という言葉は、反対語ではなく、性質の異なる意味に使われることが多いようです。 「左翼」というのは、急進か穏健かはともかく、究極的には社会主義の経済体制を目指す人たちのことをいうのですが、「右翼」は資本制の経済体制を守ろうという人のことではなく、天皇制を護持するだけでなく、戦前の体制に戻そうとする人たちのことで、資本制のもとで民主主義の社会を築こうという考えとは異なる人たちなのです。
   日本においては、「保守」と「反動」の違いというのがあいまいにされてきたために、「保守」と「反動」を同じだと勘違いしている人もいるようですが、「革新」が究極的には社会主義の経済体制を目指す立場であるのに対して、「保守」というのは、資本制の経済体制を維持した上で、問題点・矛盾点を解決していこうとする立場であり、「保守」自体が進歩していくものであり、「保守」であっても「進歩」であるということは概念上ありうることで、本来、「保守」は「反動」というわけではないのです。 「保守」の立場を取る人は、「進歩」である「保守」であるべきで、「保守」の立場の人を政治家に選ぶ場合には、「反動」の人間ではなく、「進歩」である「保守」の人を選ぶべきです。
  橋下徹・松井一郎・中西正人がおこなおうとしていることは、「保守」ではなく、明らかに「反動」なのです。  

   橋下 徹は、大阪の北野高校という大阪では一番の高校を卒業した、ということになっていて、早稲田大学という私立ではトップクラスの大学を卒業したということになっていて、北野から早稲田に行ったということは、スポーツ入学ではなく、内部進学でもなく、一般の入試に合格して入ったと考えられ、そして、元・弁護士として、それも、法科大学院を経て新司法試験という制度ではなく、旧型の司法試験の制度の時になっているのですから、旧型の司法試験という難しい試験に合格した人であるはずで、高校・大学・司法試験と、いずれも、「教養ある人」を期待したくなる経歴ではあるのですが、しかし、言うこと・やることは、どう考えても、「教養ある人」の発言・行為ではありませんね。すでに、「教養ある人」という期待は完全に裏切られています。 
   ニューヨーク州立シラキュース大学の精神科教授で、「反精神医学」派の「精神科医」である トマス=サズの『「精神医学」という神話』(岩崎学術出版社)(日本語訳の本は、『精神医学の神話』という表題で出版されていますが、原語のタイトルから考えて、本来、『「精神医学」という神話』と訳すのが適切と思います。)の中で、トマス=サズがアインシュタインの言葉を引用しています。 そのアインシュタインの言葉とは、
  彼らが何を言っているか ではなく、何をやっているかを見るべきだ。
です。

   橋下 徹に対して、その経歴から「教養人」を期待するのも、一番最初は悪くなかったかもしれない。 しかし、もう、すでに、この男は、いくつもの発言をおこなってきたはずだ。 橋下 徹という男が、どういうことを言ってきたか、どういうことをやってきたか、すでに、そちらから判断する時期が来ている。

  橋下 徹 が、今、何をやっているか、今、何をやろうとしているか を見るべきだ。

  「日の丸」の旗というのは、本来、天皇とは敵対する側が掲げていたものらしいということを上に述べました。 そういうことなら、何も、天皇と敵対する側がかかげていたらしいものを「国旗」とすることもないかもしれないですから、 そうですね、ひとつ、 昼も夜も働く 日本的ワーカホリック の旗として、「24時間戦えますか」、ということで、黄色と黒の二色でジャパニーズビジネスマンの「勇気のしるし」として、そして、昼だけでなく夜も働くということで、太陽だけでなく月のデザインも入れて、「黄色と黒で描く太陽と月のデザイン」の旗を「国旗」に定め直しますか?
あるいは、放射能汚染の国ということで、ウランの化学記号「U」をデザインした国旗とする? 
それでは、あまりにも悲しいか・・・・・・・? 

  もしも、「日の丸」以外の旗を「国旗」と制定することとなったとしても、それでも、必要以上に「国旗」を掲げるのはいいとはいえないように思います。 その理由?
アンブローズ=ビアス『悪魔の辞典』(角川文庫)から引用します。 これを書くと右翼さんに怒られるかな?
FLAGG, n 【 旗 】 軍隊の上にかかげて運ばれたり、砦や軍艦の上に掲げられたりする極彩色のぼろ。 ロンドンの空き地で見られるある種の立て札と同じ目的のためにあるようである。 “ くずはここに捨ててよし ” と。
(アンブローズ=ビアス『悪魔の辞典』奥田俊介・倉本護・猪狩博一訳 1975.4.10. 角川文庫)

   「独立自尊」の精神を身につけた者ならば、いちいち、旗を掲げられて、その周りに集められなくても、自主独立の精神において、生きることができるのである。 精神的に未熟な人間が「旗」の周りに「群れる」のではなく、精神的に大人である人間が調和する社会が築かれることこそ好ましい。 そうなれば、「旗」というものは、絶対にあってはならないということはないけれども、始終掲げられて、その周りに集められるという必要はなくなるであろう。
   こういうことを述べると、右翼さんから怒られるでしょうか?  別に怒ることはないように思うのです。 もし、怒るなら、怒る前に、何を怒るのか考えてください。 「精神的に成熟した大人によって構成される、『群れる』のではなく調和する社会」 というのは気に入らないですか?

    松井一郎 とか 中西正人 とか、橋下 徹 の周りに集まっている連中にも、
上のアンブローズ=ビアス『悪魔の辞典』の文句はあてはまるかもしれない。
即ち、 「くずは ここに捨ててよし」  と。
 
  
         (2012.1.23.)


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この記事へのコメント

えまのん
2012年01月24日 09:54
>右翼さんは、「日の丸」というのは、天皇と切っても切れないものとして、崇めるように国民に要求したがるようですが、

逆でしょう。
サヨクさんが「日の丸」は天皇、戦争と切っても切れないから、反対~
…だと思います。「君が代」も同様。

日の丸の図案自体は、かなり古いですね。
ただ、白地に赤丸というのは、それほど多くないというか。
源平合戦で那須与一が射落としたという扇も、金地に赤丸の日の丸です。

なお、「日の丸」に限らず、国旗の取り扱いには国際的な儀礼慣習が存在します。
国際的な会合の場で、国旗を上下、左右反対や裏表反対に掲揚したらどうなるか、どういう並び順で揚げるか。
式典中によその国の国旗が掲揚される際に、どのような態度をとるべきか?
国際的な儀礼慣習で定まってます。
…で、それを守れない人は、礼儀の無い非文明人…と蔑まれるわけですな。

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