小出裕章氏の放射能汚染食品等に関しての「子供手当」的発想に疑問、他

〔第47回〕 京都大学原子炉実験所・助教の小出裕章さんの発言には、なるほどと思えるものが多く、又、3月11日の福島第一原発の事故発生以来、週刊誌・夕刊紙などに掲載されている小出さんの発言やインターネット上の「小出裕章(非公式)まとめ」http://hiroakikoide.wordpress.com/ など、相当、参考にさせていただきました。 瀬尾健『完全シミュレーション 原発事故の恐怖』(2000.1.25.風媒社ブックレット)所収の小出さんの「ブックレットへのあとがき――東海村臨界事故の検証」や「朝日ジャーナル増刊 原発と人間」(2011.6.5.朝日新聞出版)掲載の「データの正しい公表がパニックを防ぐ唯一の道」も読ませていただきました。小出さんの著書『原発のウソ』(2011.6.11.扶桑社新書)はわかりやすく書かれており、役立たせていただいております。 しかし、小出さんの発言の中にも、これは違うのではないか、と思うものもありました。

[1] 福島県産を中心として、食物に放射能汚染が広がってきており、その点について、たとえば、インターネットにおけるサイト《小出裕章(京大助教) 非公式まとめ》に収録されている 2011年7月20日、文化放送「吉田照美ソコダイジナトコ」http://hiroakikoide.wordpress.com/2011/07/20/terumi-jul-20/で放送された中での発言、

小出「わたしはその、汚染した、食物が汚染するのは避けられないし、それを流通させるべきだというふうに言ってる人間で。流通させた上で実は肝心なことがあるわけで。子どもには汚染したものを与えない。原子力を許してきた大人がそれを食べるということを私は主張して、います。ですからまず、一番大切なことはどの食べ物がどれだけ汚れているということを、きちっと東京電力に計って知らさせるということが必要ですし、それを受けて大人たちがちゃんと子供たちを守るということをやることが必要だと思います。」 と述べられています。

  「朝日ジャーナル増刊 原発と人間」(2011.6.5.号 朝日新聞出版)掲載の小出 裕章《データの正しい公表がパニックを防ぐ唯一の道》では、
≪  ・・・こんなときだからこそ、農業、漁業をきっちり守って、原子力などに頼ってきたことを心から反省する国でなければいけないはずです。
    食品の汚染データを詳細に公表したうえで、農業、漁業の崩壊を防ぐために大人が汚染された食料を食べるべきだ、というのが私の主張です。 特に原子力は安全だと言い続けてきた人には、しっかりと食べてほしい。 私も原子力を止められなかった責任があるので、食べようと思います。
   そして、放射線の感受性の高い子どもには、できるだけ汚染の少ないものを与える。 何よりもこんな原子力を選択した責任はないわけですから。 子どもを放射能から守るためにも、汚染データが必要なのです。・・・≫ と述べられています。

   今、見つけることができませんが、《小出裕章(京大助教) 非公式まとめ》http://hiroakikoide.wordpress.com/ に収録されていた、これより前の他の放送でも、放射能に汚染された食品は、大人が食べるべきだという、同様の発言を聞きました。これは、原発推進勢力から圧力を受けて「転向」された上での発言とかいうことではなく、前から発言されてきたことのようです。

   3月11日の福島第一原発事故以来、インターネット上では、中部大学教授の武田邦彦さんのブログhttp://takedanet.com/ とともに、《小出裕章(京大助教) 非公式まとめ》http://hiroakikoide.wordpress.com/ は、視聴させていただき、参考にさせていただいたのですが、この点については、武田邦彦さんの場合は、乳幼児が最も放射能汚染に弱いので、乳幼児でも大丈夫なようにという基準で防禦するようにすれば、その結果として大人も大丈夫になる、といったことを述べておられたようで、なるほどと思ったのですが、小出裕章さんの場合は、放射能には子供が弱いので、放射能に汚染された食品は、子供を守るために、原発を止めることができなかった大人が責任をとって、一次産業を守るために食べるべきだ、というもので、この点については、小出さんの発言については、(100パーセント間違いと言いきれない部分もあるとしても、)正しいとは言えないと思いました。

(1) 大人(「現役世代」とでもいいますか、20歳台から60歳くらいまで)と子供(0歳から15歳、義務教育終了までくらい)がいる家庭の場合を考えましょう。 もし、目の前に、放射性物質を比較的多く含んだ食品と、あまり含まない食品があったとします。 そういう時も、時としてはあるかもしれません。 そういう時には、放射性物質を多く含んだ食品は、できるだけ、大人の方が食べて、子供には、できるだけ、放射性物質を含まない食品を食べさせるようにした方が良いでしょう。 これはわかります。
   しかし、そういう状況でない場合の方が多いのではないでしょうか。大人向けと子供向けに別の食材を買って、2種類の食事を作るということが、一般の家庭でできますか? 普通、家庭で食事を作る時、2種類の食材を買って、2種類の食事を作ったりしていますか? 家で食事を作って食べる時、子供が離乳食を終わった後は、普通、家族全員の分の食材を買って、家族全員の食事を作って分けませんか? 
   だから、実際問題として、大人(「現役世代」とでもいいますか、20歳台から60歳くらいまで)と子供(0歳から15歳、義務教育終了までくらい)がいる家庭で、放射性物質を多く含んだ食品は「原子力を許してきた大人がそれを食べるということ」を実践するのは難しいと思われるのです。

(2) それなら、結婚しているが、子供を欲しいと思いながら子供ができずにいる夫婦、及び、すでに結婚していて悪くない年齢、子供があってもおかしくない年齢になっているが、ふさわしい相手とめぐり会うことができずに独身でいる男性・女性が、すでに結婚することができて子供にも恵まれた人たちのために犠牲になって、放射性物質を多く含む食品を食べなさい、と言われるのですか? もし、そういう趣旨で言われているならば、「あなたは、それでも、人間か!?!」と言いたい。 よく、そういう無神経なことを言えますね・・・と。
   結婚していても悪くない年齢になっていて、ふさわしい相手とめぐりあうことができずに独身でいる男性・女性―職場では、子供・配偶者がないからということで配偶者・子供のある人間と同じ仕事をしながら、というより「うちは子供の用事があるから先に帰らせてもらいます。独身の人がやっておいてちょーだい。」とか言われて、しばしば仕事を押しつけられながら、「家族手当」の分だけ少ない給料しかもらえずにいる人間―から、高い所得税を取り、もともと、職場では独身の者より仕事で成果をあげているわけでもないのに子供があるからということで「家族手当」の分を多くもらい、扶養控除などで税金が低い既婚で子供のある者のために、さらに、国の税金から「子供手当」などというものをドカンと支給するという、結婚していても悪くない年齢、子供があっても悪くない年齢であるけれどもふさわしい相手とめぐり会うことができずに結婚できていない男性・女性、結婚するいことはできたけれども子供が欲しいと思いながらもできずにいる夫婦を苛める「子供手当」と同じ発想ではありませんか? 違いますか?
   かつて、在来木造の I 工務店の福島県いわき市の営業所に在籍した時、1月の初めに、向かいの席に座っていたオッサンから、「おまえは結婚もせずに子供も作らずに少子高齢化社会の為に貢献していないのだから、罰として俺に年玉をよこせ! あたりまえだ!」と言って手を出されたことがありました。「何言ってるんだ!」「いいかげんにしろ!」と言って怒っても、ずいぶんとしつこかったのを覚えています。(こういった発言は、一生、忘れません。臥薪嘗胆、忘れてなるものか、と思って忘れないようにしているとかではなく、忘れることができないのです。) この人ほどでなくても似たような発言をする人はありますし、口に出さなくても同様の態度を取る人はあります。もっと悪質な態度を取る人もあります。自分が結婚することができて、さらに、子供にも恵まれたならば、そのことを神に感謝して、まだ、結婚できずにいる男女、結婚できてもまだ子供に恵まれない男女にも、自分たちと同じように、結婚相手に巡り合えて子供にも恵まれますようにと神に祈るべきではありませんか? 「俺にカネよこせ」と言って手を出すべきですか? 民主党が主張する「子供手当」・自公政権が実施した「地域振興券」は、「おまえは結婚もせずに子供も作らずに、少子高齢化社会の為に貢献していないのだから、罰として、俺に年玉をよこせ! あたりまえだ。」と言って手をだしているような、いわば、そんなものです。違いますか? 民主党も自民党・公明党も、比較的若いうちに結婚できて子供にも恵まれた夫婦を喜ばすことができれば、結婚していても悪くない年齢であるけれどもふさわしい相手とめぐり会うことができずに結婚できずにいる男性・女性、結婚はできたけれども子供が欲しいと思いながらできずにいる男女を苛めてもかまわないと思っているのでしょうか・・・。
   結婚していても悪くない年齢になっているけれども結婚するにふさわしい相手とめぐり会うことができずに独身でいる男性女性・結婚はできたけれども子供に恵まれない男女に「おまえは、子供も作らずにいて、少子高齢化社会の改善に貢献していないのだから、その罰として、結婚して子供を作った者の犠牲となって、第一次産業を守るため、お国の為に、放射性物質を多く含む食品を食べろ!あたりまえだ!」と言うのですか? そういうことになりませんか? 著書やインターネットに収録されている発言、雑誌に掲載されている発言は相当参考にさせていただきましたが、この部分については、鬼ですね。あなたは。 そういうことになりませんか?
   
(3) 高齢者には放射能の影響は子供に対してほどは出ないということから、おじいちゃん・おばあちゃんには放射性物質の含有量の高いものを食べさせて、現役世代と子供世代の人間は放射性物質の含有量の少ない物を食べるのですか? 残りの人生が短くなってきた年寄にそういうものを食べさせろと言うのですか?
   高齢者だけ別の場所に住んでいる、あるいは、同じ敷地でも高齢者が別棟・隠居屋に住んでいるというケースで、年寄に放射性物質の含有量の高い物を食べさせて、若い者が自分たちは放射性物質の含有量の低い物を食べるべきだと言われるのですか? 小学校の給食に放射性物質の含有量の多いものを使うのはやめるべきだというのはわかります。 しかし、老人ホームの食事には、徹底して放射能汚染された食材を使えと言われるとしたら、私は、そういう物の考え方は嫌ですね。若い者が良い物を食べて年寄に悪いものを食べさせようという物の考え方は受け入れがたいですね。
  今、小出さんのご両親がどうされているか知りませんが、健在であれば、お母さんに「高齢者は放射能の影響は少ないから放射性物質の含有量の多い物を徹底的に食べてくれ」と言う気になりますか? 言えますか?  私は言えないですね。 言える人間が多くなったとしたら日本という国にとって良いことでしょうか? 私は違うと思います。

(4) 「原子力発言所を止めることができなかった責任をとって」大人が食べるべきだと言われますが、私などは原子力発電所に賛成したことなんぞ一度もない。 どれだけ反対したかというと、十分積極的に反対できなかったかもしれないけれども、個人的に人と原発の話題になった時などは、反対の側の発言をすることはあっても賛成の側の発言をしたことなど一度もない。 それで、十分に原発に反対せずに原発を止めることができなかった罰として、原発に積極的に賛成してきた人、原発推進に協力してきて甘い汁をたっぷり吸ってきた人の子供の為の犠牲になって、放射性物質をたっぷり含んだ食品を食べろ! と言われるのですか? おかしくないですか?
  原発反対に十分に貢献しなかった罰だと言われるのなら、確かに、小出さんは原発を止める方向に尽力されてきたでしょうし、私などは小出さんほどの尽力などしていませんが、それは、小出さんが原子力の分野の学者を仕事とされてきたからですよね。 世の中の問題、現在の社会の矛盾は、原子力発電所以外にもあり、原子力発電所以外の問題で、私が小出さんよりはるかに多く奮闘してきた(というより、させられてきた)、貢献してきた(させられてきた)問題もあります。そのおかげで痛い目にあわされてきたものもあります。主として奮闘してきた(させられてきた)問題が原子力発電所の問題でなければ罰を受けろというのは、ちょっと違うと思いませんか?

(5) 3月11日以降、私は、外出する際にマスクをしたり帽子をかぶったりしてきました。雨の時には傘をさすようにして、屋外にあったものを不用意・不必要に屋内に入れないようにもしてきました。 自分の周囲にいる人にも、私が知っていることはできるだけ話すようにしてきました。 それに対して、放射能汚染された雨が降っていても、「だいじょ~ぶだよお~お」と言って、あるいは、そういう態度で、放射能の雨が降っている中を傘もささずに、ぷう~らぷう~ら歩いている、子供にマスクも帽子もさせず、放射能の雨の中を子供をつれて歩いている、子供を自転車に乗せて走っている親が、いっぱいいました。少しでも放射能による被害を防ごうと努力してきた者が、何の努力もしないバカ親の子供の犠牲になれと言われるのですか? おかしくないですか?

(6) 苦労して時間をとって、《小出裕章(京大助教) 非公式 まとめ》http://hiroakikoide.wordpress.com/ を視聴したり、個人としても対策を立てようとし、日本の社会全体としてどうあるべきかも考えているような大人が、あえて、小出さんの主張に従って個人としての対策を放棄して、放射性物質を多く含んだ食品を多く食べたとしても、小出さんの本も読まず《小出裕章(京大助教) 非公式 まとめ》も視聴せず放射能の雨の中をプウ~ラプウラ歩いている奴が、親子ともに助かるかというと助からないですね。 私が小出さんの主張を受け入れて、あえて放射性物質の含有量の高いものを食べたとしても、その分、バカ親の子供が放射性物質の含有量の少ないものを食べるか、たとえ食べたとしても、それ以外の部分で十分に対策を立てた生活をするかというと、しないですね。 まず、間違いない。 それなら、大人か子供かにかかわらず《小出裕章(京大助教) 非公式 まとめ》http://hiroakikoide.wordpress.com/ などを視聴して対策を立てようという姿勢のある人間が助かるようにした方が良い。私はそう思う。

(7) そして、「一次産業を守る為に」「責任を取る」必要があるのは、原発を止めることができるところまで十分に反対できなかった者(「原発を止められなかった大人」)ではなく、安全対策を十分に取らず、十分に安全対策を取っていないにもかかわらず安全対策を徹底して取っているかのように言ってきた東京電力の歴代役員・原発推進を主張してきた推進派の「学者」・原発推進に賛成してきた政治家・重大事故を発生させる原子力発電所を作った東芝・日立の歴代役員、及び、作らせたアメリカ合衆国のG・E(ゼネラルエレクトリック)社、それに、経済産業省の原子力発電所建設・操業に賛成してきた役人、十分に安全対策を取らさなかった保安院、といった人たちではありませんか? 「一億総ざんげ」みたいに、原発に賛成したわけでもない人間に、原発に積極的に賛成・推進してきて甘い汁を吸ってきた人たちと同様の責任を取らそうとするのは、おかしくないですか?

(8) これは、小出さんもすでにわかっておられると思うのですが、≪ 農業、漁業の崩壊を防ぐために大人が汚染された食料を食べるべきだ、というのが私の主張です。 特に原子力は安全だと言い続けてきた人には、しっかりと食べてほしい。 私も原子力を止められなかった責任があるので、食べようと思います。≫(小出裕章「データの正しい公表がパニックを防ぐ唯一の道」 <「朝日ジャーナル増刊 原発と人間」>)と言って、小出さんが食べられたとしても、「原子力は安全だと言い続けてきた人」、それによって甘い汁を吸ってきたような人が、≪汚染された食料を食べる≫かというと、食べるわけないじゃないですか、そんな連中が。まさか、食べると思いますか? 人前でパフォーマンスとして、福島県産のイチゴとかサクランボとかを、わざとらしくパクゥ~ウッと食べて見せるというあほくさいことならするかもしれませんけれども。そう思いませんか? まさか、そういう連中が、世の為人の為に、積極的に汚染された食品を食べるなどと本気で考えていたりしないですよね? 違います?
  
  私は、まず、自分を救いたい。 その上で、他の人にも、いくらかなりとも助けとなることが、もしもできるなら、できることをやりたいと思います。 しかし、
原発に積極的に賛成してきて甘い汁をすってきた人の子供・孫、及び、取れる対策も取ろうともせず放射能の雨の中をプウ~ラプウラしている親子の犠牲になれと言われても、嫌なこった!
  小出さんが「私は(放射能汚染された食品を)食べます」と言われるのなら、どうぞご自由に。 私は嫌です。

[2] 「小出裕章(非公式)まとめ」http://hiroakikoide.wordpress.com/ に収録されていたと思うのですが、今、捜しても見つけることができずにいるもので、福島県などの観光地で、観光客に来てもらえず、観光業の仕事をしている人が困っているという問題で、これも、大人は子供ほど放射能の影響がないので、大人がそういう所に観光に行くべきだと主張されていたと思いますが、馬鹿げています。
  武田邦彦さん(中部大学教授)のブログhttp://takedanet.com/ では、夏休みにできることとして、もし可能なら、西日本か北海道、日本海側の放射線量の低い地域に、何日か旅行をして体を休ませるといったことが書かれていて、できればそうするべきだと思いました。今、私が住んでいる千葉県から東京都にかけても、福島県東部・中部ほどではないとしても、低くない放射線量が測定されているのです。千葉県でも柏市・流山市などは、福島県の いわき市の中部・南部よりも高い放射線量が測定されているのです。少しでも自分を守るためにできることをやるということなら、何日間か「観光」に行けるならば、西日本か北海道、日本海側、もしくは、外国へ行くべきであって、お金を使って、わざわざ放射線量の高い所へ向かって行くバカはないでしょう。
  [1]と同じ意味で、おかしいと思えるところもありますが、これは、その他の理由もあります。
  「観光」とは何か・・ということです。イタリアの北西部、リグリア州のサンレモに行った時、予約してあったホテルのフロントに行くと、その時、フロントにいたのは若い女性で、ヨーロッパのホテルに行くと、チェックインの時に部屋までホテルマンが荷物を運んでくれて、そして、少額のチップを渡すことになるのですが、この時は、女性に荷物を運ばせるわけにもいかないわなあ・・・と思って、彼女が部屋を案内しようと歩きだした時、自分で荷物を持って行こうとしましたが、その時、彼女が行った言葉には感動しました。 “No,No,No,”と制止し、そして、すべて聞きとれたわけではありませんが、荷物は、後で“another boy”(他の男性)が部屋まで運んで行きますと言い、そして言った文句が、
 “ You shoud’nt work on a holiday. ”
 〔直訳的に訳すと、「あなたは、休日(安息日)に働くべきではない。」〕
感動しました。 ホテルは、ホテルマン・ホテルウーマンは、客に休日(安息日)を過ごさせる為の価値ある仕事をしているのです。
  福島県などの観光客が来てくれなくなったという観光地を考えてみてください。福島県ほどではないとしても、すでに放射線量が高い地域に住んで仕事をしている人間が、「原発被災地の観光業を守るために」といって放射線量のより高い場所の「観光地」に行かされたとして、それが「観光」になりますか? それでくつろげますか? 世の為人の為と思って、そういう「観光地」へ行ったとしても、もはやそれは「観光」でも「リゾート」でもない。観光業を真面目にやっている方はわかると思います。くつろげないような場所に「かわいそうに」「気の毒に」と思って来てもらっても、もはやそれは観光でも観光業でもない。だから、観光業を守る為に大人が積極的に行くべきだなどという主張は、最初から考え方として破綻しているのです。
  そして、福島県東部・中部などの放射線量を考えるべきです。 「朝日ジャーナル増刊 原発と人間」(2011.6.5.)に掲載されている 藤田 佑幸「裏切られたヒロシマとナガサキ 子供を救え、未来を救え」に「2011年4月5~7日、福島県が1637カ所の地上1メートルで測定」した「小中学校等放射線モニタリング市町村別平均値」が掲載されています。≪放射性物質や放射線を扱う施設には放射線管理区域が設けられていて、その区域に出入りする場合には計測器を身につけ、厳しく被曝管理がなされるようになっている。この管理区域の設定条件は、外部放射線に係る線量については、実効線量が3ヵ月あたり1.3ミリシーベルトを超える恐れがある区域、と定められている。この値を1時間あたりに換算すると毎時0.6マイクロシーベルト(μ㏜)になる。図1(「2011年4月5~7日、福島県が1637ヵ所の地上1メートルで測定」した「小・中学校等放射線モニタリング市町村別平均値≫)において、着色してある市町村は、区域全体の平均として、管理区域の設定条件を満たしていることを示している。 ≫(藤田 佑幸「裏切られたヒロシマとナガサキ 子供を救え、未来を救え」)といい、その図1で、「放射線管理区域」の条件、1時間あたり、0.6マイクロシーベルト(μ㏜)を、区域全体の平均として超えた市町村は、

10μ㏜(マイクロシーベルト)/h(時)以上・・・・福島第一原発のある 双葉郡双葉町・大熊町、それに、双葉郡富岡町・楢葉町、双葉郡浪江町21.53μ㏜/時、相馬郡飯舘村10.74μ㏜/h

3μ㏜/hを超え4μ㏜/h以下・・・・本宮市3.03μ㏜/h

2μ㏜/hを超え3μ㏜/h以下・・・・二本松市2.85μ㏜/h 、双葉郡葛尾村2.73μ㏜/h 、伊達郡川俣町2.59μ㏜/h 、福島市2.53μ㏜ 、安達郡大玉村2.15μ㏜/h

1μ㏜/hを超え2μ㏜/h以下・・・・郡山市1.86μ㏜/h 、双葉郡広野町1.80μ㏜/h 、伊達市1.69μ㏜/h 、岩瀬郡天栄村1.55μ㏜/h 、伊達郡桑折町1.53μ㏜/h 、西白河郡西郷村1.51μ㏜/h 、伊達郡国見町1.31μ㏜/h 、南相馬市(旧・相馬郡小高町、旧・原町市、旧・相馬郡鹿島町)1.29μ㏜/h 、相馬市1.23μ㏜/h 、田村郡三春町1.23μ㏜/h 、白河市1.19μ㏜/h

0.6μ㏜/hを超え1μ㏜/h以下・・・・須賀川市0.96μ㏜/h 、西白河郡泉崎村0.84μ㏜/h 、相馬郡新地町0.81μ㏜/h 、いわき市0.78μ㏜/h 、岩瀬郡鏡石町0.67μ㏜/h 、河沼郡湯川村0.64μ㏜/h

となっていて、それ以外の市町村は「区域全体の平均として」は0.6μ㏜/h以下となっています。 大熊町・富岡町・楢葉町に隣接する双葉郡川内村は0.59μ㏜/h 、大熊町・浪江町に隣接する田村市(旧・田村郡都路村、旧・田村郡船引町、旧・田村郡常葉町、旧・田村郡滝根町、旧・田村郡大越町)は0.58μ㏜/h と0.6μ㏜/h 以下といっても低くはありません。いわき市などは「区域全体の平均として」は福島県の中では高い方ではないとしても、東京都23区の倍、大阪府・香川県の3分の2もの面積がある市ですから、北部の方では、いわき市の「区域全体の平均として」の数値0.78μ㏜/hよりも北隣の双葉郡広野町の数値1.80μ㏜/h の数値に近いと考えるべきかもしれません。この図は、「福島県が1637カ所の地上1メートルで測定」したものなので茨城県・栃木県・宮城県については出ていませんが、茨城県・栃木県・宮城県の福島県に近い地域も放射線量は低くないでしょう。
 
  この1時間あたり、0.6マイクロシーベルト(μ㏜)を超える地域が、「放射線管理区域」にあてはまる地域ということになるわけです。 
  「小出裕章(非公式)まとめ」http://hiroakikoide.wordpress.com/ に収録されていたもので述べられていましたが、「福島県に相当するくらいの面積の場所」が「管理区域」に該当しているのです。但し、「福島県に相当するくらいの面積の場所」というのは「福島県全域」という意味ではなく、福島県でも新潟県との境目付近など該当しない地域もあり、福島県以外でも茨城県北部・栃木県北部・宮城県南部で「放射線管理区域」に該当している地域があり、その地域の面積を合わせると「福島県に相当するくらいの面積」になるということです。 

  武田邦彦『原発事故 残留汚染の危険性』(2011.4.30.朝日新聞出版)には、
≪ ・・日本の放射線に関する防護の第一の重要な概念は、「管理区域」という概念です。放射線の仕事をさせる場合、事業所はその責任におおいてある一定以上の放射線がある地域を管理区域として設定し、そこに出入りする人を特定するとともに、被ばくする線量を記録し、また常時そこで作業する人については健康診断を行うようになっています。
  つまり日本の概念では、放射線というものを取り扱うところは特別のマークを貼って、その場所は普通のところと違うものとして管理しなければならないということになっているのです。ときどき、研究所などに行くと「放射線のマーク」が窓に貼りつけてあるところがありますので、見た方もあると思います。そのマークによって一般の人は目に見えない放射線から身を守ることができるという考え方です。
  ところが今度の福島原発の放射線漏れでは、その範囲があまりに広範囲であったので、「管理区域」という概念そのものが出てきませんでした。
  しかし福島県の多くの場所は放射線の強さからいって管理区域に設定する必要がある場所でした。管理区域とは三ヶ月に1.3ミリシーベルト(m㏜/3m)以上になるおそれのあるところで、これを1時間あたりに直しますと、0.6マイクロシーベルト(μ㏜/h)になります。
  これに対して、日本の自然の放射線の量は、1年間に1.4ミリシーベルト(m㏜/y)ですから1時間当たりに直せば0.16マイクロシーベルトになります。 すなわち、管理区域は自然放射線の4倍程度になる場合、管理しなさいとしているのです。・・・・≫と書かれています。
画像

 ↑(左)武田邦彦『原発事故 残留汚染の危険性』(2011.4.朝日新聞出版)
  (中奥)「朝日ジャーナル増刊 原発と人間」(2011.6.5.朝日新聞出版)
   (右)小出裕章『原発のウソ』(2011.6.扶桑社新書)

  「小出裕章(非公式)まとめ」http://hiroakikoide.wordpress.com/に収録されていた、確か、山口県の上関原発予定地付近での講演で、<放射線管理区域というのは、普通、一般の人は入ったことがない場所で、私のような、その職業に従事している特別の人間に限って入ることが認められている場所で、その職業に従事している人間といえども、必要なこと以外はそこではしてはならない、必要なことが終わればすぐに出なければならない。もちろん、そこでは物を食べたり飲んだりしてはいけないし煙草を吸ってもいけない。そこで寝てはいけない。そういう場所です。>と解説されていたと思います。 今、福島県の浜通り・中通りの多くの場所と茨城県北部・栃木県北部・宮城県南部の一部分の場所が、その「放射線管理区域」の条件に該当しているのです。
  その<普通、一般の人は入ったことがない場所で><その職業に従事している特別の人間に限って入ることが認められている場所で、その職業に従事している人間といえども、必要なこと以外はそこではしてはならない、必要なことが終わればすぐに出なければならない。もちろん、そこでは物を食べたり飲んだりしてはいけないし煙草を吸ってもいけない。そこで寝てはいけない。そういう場所>に、「観光」に行って、いったい、どうするんですか?たとえ、大人は子供に比べれば放射能汚染の影響を受けにくいといっても、「放射線管理区域」に「観光」に行って、小出さんが<物を食べたり飲んだりしてはいけないし煙草を吸ってもいけない。そこで寝てはいけない。>と言う場所に泊って物を食べて飲んで、煙草を吸う人は吸って、それで「観光」になりますか? 「観光」と言えますか?言えないでしょう。
  藤田 佑幸「裏切られたヒロシマとナガサキ 子供を救え、未来を救え」(「朝日ジャーナル増刊 原発と人間」(2011.6.5.朝日新聞出版)には、次のように書かれています。
≪ 今からでも遅くはない。浜通り地区は無論のこと、中通り地域の子供たちと妊産婦は、出来るだけ早く疎開しなければならない。・・・≫と。そういう場所に、もともとそこに住んでいた人間が、疎開しようとしてもどこに行ってどう生活すればよいかとためらって動けずにいるというならともかく、もともとそこに住んでいたわけでもない人間が、わざわざそういう「放射性管理区域」に「観光」に行くというのは、アホとしかいいようがない。違いますか?
   小出さんが、福島県及び周辺地域の観光業を守る為に、その地域に「観光」に行くと言われるのなら、どうぞ、ご自由に。 私は嫌です。


[3]  「小出裕章(非公式)まとめ」http://hiroakikoide.wordpress.com/ に収録されていたもので聞いたものですが、それを、今、見つけることができません。 
   講演の後の質疑で、福島第一原発がある福島県双葉郡大熊町から避難しているという男性から「大熊町に戻ることができるでしょうか。戻って良いでしょうか。」と質問され、それに対して、「放射能というものは、少しでも良いということはない。 どこまでだと良いというものはない。どこまで我慢するかということだ。だから、私は、福島第一原発に近い場所の方には戻ってほしくないけれども、戻るか戻らないかは本人が自分で決められることだ。 私は戻ってほしくないけれども、その場所を離れては生きていけない人がおられるでしょうから、本人が戻ると言われるのであれば誰も止めることはできない。 国は、そういう人がその場所で生活できるようにしないといけない。」と言われたと思います。

   まず、「その場所を離れたら生きていけない人がおられるでしょうから」といっても、「その場所」は、すでに3月11日以前の「その場所」とは、見た目は似ていても似て非なる物似て非なる場所になってしまっている、ということは小出さんは十分にわかっておられるはずです。それに対して、大熊町などから避難している人には十分にわかっていない人がいると思います。私は双葉郡大熊町にも双葉町にも何度も行きました。原発さえなければいい所なのになあ~あ・・と何度も思いました。そこで生まれ育った人と同じではないかもしれないけれども、私にとってもそこは故郷に近いような愛着のある場所であり、またそこに行きたい、というより、またそこに戻りたいという意識の場所でした。 でも、もう、そこは私が知っている大熊町、双葉町とは別の場所になってしまった。小出裕章さん自身が言われていたと思います。「3月11日を境にして、この世界は、今までとは違う世界になってしまった」と。 特に、福島県の双葉郡大熊町や双葉町は、3月11日を境にして、今までとは違った世界になってしまったはずなのです。 地震や津波と違って放射能汚染の恐ろしいところは、見ただけではそれがわからない点だと思います。見た目は前と同じでも別の土地になってしまった。 

   東京近辺などと違って、福島県などには「その場所を離れたら生きていけない人がおられるでしょうから」、だから、「その場所を離れたら生きていけない人が」少なくない場所には危険極まりない原子力発電所などというものは作るべきではなかったのです。それを作ってしまったのです。それを作ってしまったことからこの事故が発生し、「その場所を離れては生きていけない人」をその場所から切り離さなければならない、その場所から引き離さなければならない事態になってしまっているのです。 違いますか?

  <放射能というものは、どこまでなら安全というものがあるわけではない。あくまで、どこまで我慢するかというものです。だから、放射線量の高い場所であっても、その土地を離れたら生きていけないという人が戻るのを止めることは誰にもできない。 私は戻ってほしくないけれども、戻るかどうかは、あくまで、本人が決められること。>というのは、文章を冷静に読んでいると、間違っていないように思えるかもしれませんが、誰に言っているか、相手がどういう意識でいるかということを考えると、小出さんのこの発言は正しいとは言えないように思います。
   大熊町あたりに先祖代々住んできたという人にとっては、その土地を離れるというのは簡単なことではないはずなのです。しかし、その土地はすでに先祖代々受け継いできた土地とは似て非なる物になってしまっているのです。 「戻っちゃだめです」と言ってあげないと、「本人が決められることです」なんて言ったのでは戻ってしまうじゃないですか。双葉郡の大熊町や双葉町あたりのオッサン・オバサンは戻っちゃうじゃないですか。 戻っちゃだめでしょ。普通に考えれば。違いますか? 大熊町あたりのオッサンは、気持ちとしては「大丈夫です」と言ってほしいところがあるでしょう。「戻っちゃだめです。戻らないでください。」と言ってあげないと、危険であるかどうかなんかおかまいなしに戻っちゃうでしょ。あのあたりの人は。 こういう言い方をすると相手がどう考えるか、相手がどういう動きをするか、ではなく、あくまで基本的な考え方としては、「放射能汚染については、どこまでなら大丈夫というものはない。だから、戻るかどうかは、あくまで本人が決めること」というのは、間違いではないかもしれませんが、しかし、よっぽど危険であってもそれでも戻りそうな人を目の前においては、それをそのまま言うのは正しいとは言えないと思います。「戻らないでください」と言ってあげないと、無茶苦茶危険でも戻ってしまいますよ、大熊町のオッサン・オバサンは。ニーチャン・ネーチャンも。
   又、福島県の双葉郡あたりは、決して悪い人の多い地域ではないと思いますし、だから、私は、この地域の人たちが全体としては好きですし、農業・畜産業・水産業などをおこなってきた人は、真面目に努力をしてきた人が多いのではないかと思いますが、たとえ、東大等を卒業しても、「東大を卒業した人」がつくような仕事がそこにあるわけではない地域なので、進学率などは高くない地域であり、小出さんのように、旧・帝大系国立大学を卒業して京大の教員をしている人などと同じだけの学問的判断力はない人の方が多い地域です。だから、もしも、小出さんが、<放射能というものは、どこまでなら安全というものがあるわけではない。 あくまで、どこまで我慢するかというものです。 だから、放射線量の高い場所であっても、その土地を離れたら生きていけないという人が戻るのを止めることは誰にもできない。 私は戻ってほしくないけれども、戻るかどうかは、あくまで、本人が決められること。>という言い方をして、小出さんなら「あくまで本人が決めること」であったとしても、冷静に考えて戻れる状況ではないから戻るべきではないと判断するところでも、この言い方では、大熊町あたりの多くの人は戻っちゃだめな場所に戻ってしまう可能性が高いと思います。だから、この言い方は、適切な発言・適切な表現とは言えないと思います。

  「週刊現代」2011.8.6.号(講談社)掲載の《欧州放射線リスク委員会 クリス・バズビー科学委員長が日本人への警告 「ICRP(国際放射線防護委員会)の健康基準なんか、信用してはいけない」 彼等は放射能利権を守りたいだけ》で、「福島の住民および日本国民に、助言はあるか。」という質問に、「できるだけ遠くに逃げることしかない。 しかし、逃げるにはお金が必要です。逃げた先で生活ができなければ動けない。だから政府がもっと正確な放射能汚染の測定を行い、それに基づいて立ち入り禁止地区を決め、同時にリスクについて十分な説明をするべきです。・・・・」と欧州放射線リスク委員会(ECRR)の科学委員長・クリス=バズビー博士が述べています。立ち入り禁止区域をきっちりと決めるべきで、それを決めずに、あるいは、ごく狭い範囲のみを立ち入り禁止区域として、それ以外は「どんなに放射線量の高い地域でも、戻るかどうかは本人が決めること」などと言うのが良心的とは思えません。
 
  その土地とその土地の人間の両方を守るのが本来であると思いますが、もしも、一方しか守ることができない状況であるならば、その土地の方ではなく、そこにいる人間の方を守るべきであると思います。 もしも、その土地を捨てたならば、その土地の人間を守ることができるけれども、そこにとどまったならば、その土地をいくらかなりとも復旧することができても、そこにいる人間が破滅するということであるならば、その土地を捨ててでも人間の方を守るべきです。 その土地をいくらかなりとも復旧させるための道具としてその土地に住んできた人間を利用するような結果にならないよう希望します。

[4]  「いくら放射能汚染が進んだ地域であっても、その土地を離れては生きていけない人が戻るのは誰にも止められることではない」かというと、そうではないと思うのです。 このあたりは、原発推進勢力にとりこまれたのか?という感じすらしてしまうのですが、・・まさか、そういうこともないでしょうけれども・・・。

  相当に放射能汚染されてしまった地域を「放射能というものは、少しでも良いということはない。 どこまでだと良いというものはない。 どこまで我慢するかということだ。 だから、私は、福島第一原発に近い場所の方には戻ってほしくない、けれども、戻るか戻らないかは、本人が自分で決められることだ。 私は戻ってほしくないけれども、その場所を離れては生きていけない人がおられるでしょうから、本人が戻ると言われるのであれば、誰も止めることはできない。 国は、そういう人が、その場所で生活できるようにしないといけない。」などと言ったのでは、結果として、どうなると思いますか? 
  「その場所を離れて生きていけない人」でない人までもが、業務上、その地域に行って仕事をするように、勤務先から命じられて、断ることができずに、あるいは、よくわからずに、その地域に行って仕事をさせられて、その結果として健康被害を発生することになるか、もしくは、その地域への赴任、その地域での業務を断る、あるいは、抵抗を示すことによって解雇される、あるいは、職場で冷遇されるということになる可能性が相当に高い。 (危険地域への赴任を断った等を理由としての解雇は、法律論理としては「無効」と考えるべきですが、現在の日本の裁判所はあてにならない。使用者のテカ(手下)・下請けがおこなっているような労働裁判があてになるわけがない。)
  「立ち入り禁止区域」にするべき場所を、「立ち入り禁止区域」にするべき場所であるにもかかわらず、そこに戻りたいという人の希望をきいて、「立ち入り禁止区域」などにせずに、通常の場所と同じ扱いにしたのでは、≪「立ち入り禁止区域」にするべき場所であるにもかかわらず、そこに戻りたいという人 ≫でない人が、≪「立ち入り禁止区域」にするべき場所であるにもかかわらず「立ち入り禁止区域」にしていない場所≫に行かされて健康被害を発生するか、職を失う、もしくは、冷遇されうことになる可能性が高い。
  だから、≪その場所を離れては生きていけない人がおられるでしょうから、本人が戻ると言われるのであれば、誰も止めることはできない。≫ということはない。 「立ち入り禁止区域」とするべき場所は、たとえ、その地域の住民が希望しない場合でも、国民全体のために指定するべきであると思います。

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・- 

  小出裕章さんの著作、雑誌に掲載されている小出さんの発言、インターネットにおけるサイト「小出裕章(非公式)まとめ」http://hiroakikoide.wordpress.com/は相当に参考にさせてもらいました。 特に、「データの正しい公表がパニックを防ぐ唯一の道」という認識は私もそう思いますし、パニックを防ぐためには、国民に正確な情報を知らせずに「大丈夫」「あくまで念のため」などという文句を繰り返すべきか、パニックを防ぐためには、パニックを防ぐためにこそ、国民にすべての正しいデータを公表するべきであると考えるかは、たとえば、T=W=アドルノ他が『権威主義的パーソナリティー』(青木書店)で指摘していることでもありますが、前者(パニックを防ぐために、国民に正確な情報を知らせずに「大丈夫」「あくまで念のため」などという文句を繰り返すべき、という認識)は反民主主義・ファシズムの側の精神的傾向であり、後者(データの正しい公表がパニックを防ぐ唯一の道、という認識)は民主主義の側の精神的傾向であり、その点で、さすがと思いますが、ここで指摘させていただいた点については賛成できかねます。

  今後も、小出さんの著作やインターネットにおけるサイト「小出裕章(非公式)まとめ」http://hiroakikoide.wordpress.com/ 参考にさせていただきたいと思います。人を批判する時には、特に、その批判する部分以外については相手を評価している場合には、批判する相手に、このように批判させていただきましたよとお知らせしたいものですが、単なる安月給の会社員でしかない私には小出さんに伝える方法がありません。もし、小出さんのお知り合いの方がこのブログを見られることがあったならば、こういう批判がありましたよと、できればお伝えいただくとありがたいと思います。よろしくお願いいたします。
  コメントは、賛否にかかわらず歓迎いたします。  〔2011年7月28日(木)〕
   ブログネーム : モンテ=クリスト伯+中原中也+ヴォーリズ

(追記)「チンカス野郎 ナメンナヨ!! 」という「コメント」を入れられた方へ。
〔第46回〕《私のブログに「死ね!!」というコメントを入れられた方へ。》http://tetsukenrumba.at.webry.info/201107/article_2.html を御覧ください。
(2011.8.2.)

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この記事へのコメント

哲建チンポ
2011年08月01日 14:45
チンカス野郎 ナメンナヨ!!

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