「親孝行しろよ」と人に言いたがる人達~貧困なる精神構造 〔引越掲載〕

〔(建築家+建築屋)÷2 のブログ 第29回〕 
  世の中には、「親孝行」なるものを自分がやろうとする人と、自分がやるのではなく、ひとに「親孝行しろよ」と言いたがる人とがいるように思います。 ひとに「親孝行しろよお」などと言うのなら、その前に、それよりも、自分自身が行えばよさそうですが、そういう人は、たいてい、自分が「親孝行」をやりたいのではなく、ひとに「親孝行しろよ」と言いたいのであって、客観的に見れば、頭を冷やして考えれば、そういうことを言っている人こそ、「親孝行しろよお」と言われてよさそうな人である場合が多いと思います。

  まず、自分が「親孝行」しようとしますと、せっかく、親の為にと思ってやっても、それを理解してもらえなかったりすることがあります。 
  あるいは、なんとか、親の為に何かをやろうと思っても、仕事が忙しくてできなかったり、親の為に費用をかけようと思っても、給料が安くて、自分が生活するだけでせいいっぱいであったり、さらには、自分が生活するのも難しかったりして、なかなか思うようにいかなかったりすることが多いように思うのです。
  昨今、失業者が多く、なかなか、ふさわしい就職先に巡り合えないで苦労している方たちが少なくありません。私は、過去に、1990年・2003年・2007年、そして、2008年と、4回、失業保険(うち、2007年は再就職奨励金)をもらいましたが、この4回のうち、「2008年から今日に至るまで」が、職業安定所は一番混んでいるように思いますし、私だけでなく、苦労されている人は多かったとに思いますし、今も苦労されている方が少なくないと思います。私も、今の勤め先で雇ってもらうまで、何社も不採用にされました。一生懸命応募しても雇ってもらえない時、どうすれば良いのでしょうか。応募先の選択にぜいたくばっかり言っているのだろう、とか言う人もあるかもしれませんが、そんなことはありません。 自分の失業保険も貰いきり使いきってしまい、前職の退職金も使いきってしまって、自分の生活にさえ困る人間は、「親孝行」の為には、親の残したわずかなものに手をつけない為に、首をくくって自分の命を絶つべきなのでしょうか。それが「親孝行」でしょうか。 それとも、親よりも先に他界するのは「親不孝」であり、その為には親の残したわずかな物に手をつけてでも、おめおめと生きながらえるべきなのでしょうか。給料の安い人間、ふさわしい就職先に巡り合えない人間は、どちらを選択しても「親不孝」であり、「親孝行しろよお」とののしられなければならず、逆に、時間外手当・休日出勤手当をごまかしまくってカネをためこんだ経営者は、無条件に「親孝行」だと賞賛されるのでしょうか。

  第25回「 明石家さんま のピッチングコーチは役立つか? ~営業と会社の話(1)」  ・ 第26回「倫理は人に教えるものか、倫理は人から教えられるものか。」 でふれた神道系の宗教の団体で右翼系の政治団体でもあるらしいR研究所(=R法人会)の熱心な信者であった千葉県のリフォーム会社Wホームの社長Hさんが、私に、同社の休日に、R研究所(=R法人会)の研修に行くように言った時、私は、極めて丁重に遠慮させていただいたのですが、R研究所(=R法人会)にかぶれてしまった人、心をとられてしまった人には、少々、お話しただけでは理解できないようでした。 
 Wホームは、R研究所(=R法人会)の傾向経営ではありません。 「傾向経営」とはどういうものかわからない方の為に、簡単に説明いたしますと、思想・信条・宗教により、採用・人事において、差別をしてはならないのですが、「傾向経営」の場合には、特定の宗教、特定の政党の人に限るとすることが許されるのです。具体的に、どういうものを言うかといいますと、キリスト教会の牧師・宣教師は、キリスト教の信者に限るとか、お寺であれば、○○宗のお寺の僧、あるいは、僧でなくても、お寺の職員は、○○宗の信者・門徒・檀家に限るとか、あるいは、日本共産党の事務局の職員は日本共産党の党員に限る、自民党の党員は採用しない、あるいは、その逆で、自民党の党本部の事務職員は、自民党の党員に限るとか、共産党や社民党の党員は採用しない、ということをやっても、これは違法ではないのです。 むしろ、自民党の党職員を共産党の党員がやっていたり、その逆であったりすれば、その方が不自然ですし、キリスト教の洗礼を受けた人がお寺の住職の仕事につくというのも変な話です。 それに対して、傾向経営でない、一般の会社においては、宗教や思想・信条により、従業員を差別することは認められないことであり、又、オーナー・経営者が信奉する宗教団体や思想・信条の団体の行事への参加の強制、宗教団体や思想・信条の団体の儀式の強制は、「信教の自由の侵害」「思想・信条の自由の侵害」と評価され、決して認められるものではなく、そういった行事への参加の強制、儀式の強制は、反社会的であり、倫理に反するものと評価せざるをえません。

  千葉県のリフォーム会社Wホームの社長Hさんは、「R研究所(=R法人会)は宗教ではないんです。倫理を教えてやってあげようと言っているんです。」「倫理をR研究所(=R法人会)の理事長のM山先生に教えてもらいなさい、と言っているんです。」と言うのですが、「太陽を拝みなさい。」と言っている団体が、法律上、「宗教団体」になっていないからという理由で、宗教ではないという主張・強弁には無理があります。 特に、R研究所(=R法人会)の言う「太陽を拝みなさい」というのは、単に、景色の良い所で、初日の出を見物しようとかいったものではなく、「皇祖アマテラスオオミカミであるとする太陽」を拝みなさいと言っているのであり、「(皇祖アマテラスオオミカミであるという)太陽を拝むというのは、誰でもやってあたりまえのことではないですか。それをやりなさい、と言ってるんです。どこが宗教ですか。宗教であるわけないじゃないですか。社長が太陽を拝みなさい、と言ってるんです。従業員なら、社長が太陽を拝みなさい、と言ったら『はーい』と言って拝むのが当然でしょう。どうしてできないんですか。」という主張は、あまりにもわがままであり、あまりにも倫理に反する主張と言わざるをえません。従業員に太陽を拝ませる権利など、社長にも経営者にもありませんね。

  イスラム教においては、礼拝して良い対象は
唯一、アッラーのみ
です。当然のことながら、 
「太陽を拝む」などということは許されません。 

  我が家には、いのちのことば社・ライフ企画内 ライフエンターテインメント発売の『ヨセフ』というイタリア・ドイツ・アメリカ合衆国共同制作のビデオがあります。聖書を題材にとった「ビデオ聖書コレクション」のひとつですが、その中で、『旧約聖書・創世記』の中のヨセフの話として、エジプトに奴隷として売られたヨセフが、パロ(王)の廷臣ポテパルの妻の讒言にあって牢に入れられ、牢の中で夢の意味を解いたことから、パロ(エジプト王)の夢を解いてみせるように、パロの前に呼び出され、太陽神の化身であるというパロ(エジプト王)にひざまずくよう求められる場面がでてきます。ヨセフは「王を尊敬しております。しかし、
礼拝するのは、わが神ヤハウエのみです。」
と語り、拒否します。 礼拝するのは、ヤハウエ〔よくわかっていない方の為に、余計といえ余計な解説をいたしますと、旧約聖書の「ヤハウエ」と新約聖書の「エホバ」、それに、コーランにおける「アッラー」は、同一のものです。〕のみであり、当然のことながら、エジプト王・パロであろうが皇祖アマテラスオオミカミであろうが、太陽を拝むということは許されないことです。
  (皇祖アマテラスオオミカミであるとする)太陽を拝みなさい、と主張し、それを会社の雇用関係を利用・悪用して強制しようとするR研究所(=R法人会)は、宗教の敵、倫理の敵と言わざるをえません。又、そういった方法で勢力拡張をはかるというのは、愚劣、卑劣、愚かで、宗教者として恥ずかしい態度であり、宗教者として失格であり、およそ、そのような行為をする者に倫理を口にする資格はないと言わざるをえません。R研究所理事長・M山敏雄こそ、宗教者としての倫理を一から学びなおす必要があるでしょう。

※ いのちのことば社のホームページは http://www.wlpm.or.jp/
(いおちのことば社のホームページで、ビデオやDVDの『ヨセフ』は、現在、見当たらないので、「品切れ」になってしまっているのかもしれませんが、このビデオは、大変良くできていると私は思います。私は、同シリーズの『アブラハム』も見ましたが、『ヨセフ』の方が作品として優れているように思います。)

  R研究所(=R法人会)の信者であったWホームの社長Hさんは、「R研究所(=R法人会)は、宗教ではないんです。〔つくづく、しらじらしいですね。〕 親孝行しなさい、と教えてやってあげよう、と言ってるんです。ど~こが宗教ですか。どこがおかしいんですか。親孝行のどこがいけないんですか。どこもおかしくないでしょう。親孝行しなさい!と教えてあげてやってやろうと言ってるんじゃないですか。親孝行のどこがいけないというんですか。」と言うのです。 ボケーッと聞いていると、なんだか、そうかな・・・・みたいに思ってしまいそうですが、Hさんの言っていること、R研究所(=R法人会)が主張していることは、やっぱりおかしいのです。 
  「親孝行」が悪いということではないのです。 問題は、
なぜ、それを、R研究所(=R法人会)、及び、その理事長のM山に「やりなさい」だの何だのと言われなければならないのか、
ということです。 R研究所(=R法人会)の前身の神道系の新興宗教団体「ひとのみち」は、≪太陽神・天照大神(アマテラスオオミカミ)信仰をかかげ、「教育勅語」を教典とし≫(村上重良『日本の宗教』1981. 岩波ジュニア新書)た団体です。 「教育勅語」とは、どういうものであったか、ということを考える必要があります。
  「教育勅語」とは、≪朕(ちん)惟(おも)フニ我カ皇祖皇宗国ヲ肇(はじ)ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹(た)ツルコト深厚ナリ我カ臣民克(よ)ク忠ニ克(よ)ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ・・・・・・爾(なんじ)臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ・・・・・・。 明治二十三年十月三十日 御名 御璽≫(福尾猛市郎監修『日本史史料集成』1977.第七版 第一学習社)というもので、要するに、父母に孝行しろよお、とか、夫婦は仲良くしろよお、とか、そういった、本来、国民各自が、どうあるべきかを自分で考えて決めていくものを、それを、天皇の名において、国家が国民に強制・統制しようとしたという、それが、「教育勅語」であったのです。

※「教育勅語」については、
山住正巳『教育勅語』(1980. 朝日選書) 参照
朝日新聞出版「山住正巳『教育勅語』」 http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=2131
アマゾン「山住正巳『教育勅語』」 http://www.amazon.co.jp/%E6%95%99%E8%82%B2%E5%8B%85%E8%AA%9E-%E5%B1%B1%E4%BD%8F-%E6%AD%A3%E5%B7%B1/dp/4022592540

  だいたい、夫婦は仲良くしろよお、とか、うるさいわい! ほっておいてくれ! それが「教育勅語」であったわけです。
  戦前・戦中においては、そういう風潮の時代であったので、戦前・戦中において「ひとのみち」が「教育勅語」を肯定していたのも、それが時代の風潮であったのかもしれませんが、戦後、国家が国民の親子関係・夫婦関係にまで口出し統制を加える「教育勅語」の考え方は時代遅れで、もはや、過去の遺物という評価が定着した今日においてまで、R研究所(=R法人会)が、それを復活させようとしているのは愚かと言わざるをえません。「ひとのみち」がいくつかに分かれたうちのひとつであるR研究所(=R法人会)が言う「太陽を拝みなさい」というのが、単に、景色の良いところで初日の出の見物でもしようか、というようなものではなく、「皇祖アマテラスオオミカミであるとする太陽」を拝みなさいという意味であるのと同様に、「親孝行しなさい、と教えてあげてやってやろう」という、なんとも、あつかましい、押しつけがましい主張も、単に、年老いた親を大事にしようといったヒューマニズム的な心温かいもののことではなく、国家が国民の心の在り方、国民の家族関係の在り方にまで統制を加えようとした「教育勅語」の思想を、現代において、会社の雇用関係を悪用して国民に広めようとしてのものであり、多くの人間が否定しない一般的な言葉の中に、自分たちが主張する特殊な意味を紛れ込ませようとしたものであり、なんとも、陰湿・悪質なやり方です。
  そして、もうひとつ、問題があるのは、R研究所(=R法人会)だのといった団体、その理事長のM山敏雄だのといった者は、いったい、何様なんだ! ということがあります。 「教育勅語」というものは、国家が国民に対して、家族関係にまで立ち入って口出し統制を加えようとしたものであり、ヒューマニズムからきた親子・夫婦の情愛とは別のものであるのですが、それだけではなく、R研究所(=R法人会)にしても、理事長のM山敏雄にしても、国家でも天皇でもないのです。

天皇陛下でもないM山敏雄が、いったい、何を天皇の立場で、会社の雇用関係を利用・悪用して、国民の家族関係にまで口出そうとするのでしょうか。 
ちょっと、アタマ、おかしいのじゃないのかい?????

  ・・・ということで、親を大事にしよう、とかいったことは、おかしなことではないとしても、R研究所(=R法人会)だの、同理事長のM山だのが、「親孝行しなさい、と教えてやってあげてやろうと言ってるんだ」とあつかましくも、押しつけがましくも主張するのは、やっぱりおかしいのであり、親を大事にしようというのがおかしなことではない、というのとは、別の話なのです。

  マア、しかし、世の中には、自分の親が二人とも死んでいなくなったと思ったら、突然に、「わしに親孝行せえよお。わしに~い。わしにやぞお。わしにい。」とか言いだす勝手なオッサンもいまして、マア、好きに言ってろ! とでも言うしかないのですが、それにしても、 職場の雇用関係を悪用して、自分が戦前の天皇にでもなったような気持ちになって、「親孝行しなさい、と教えてやってあげてやろうと言ってるんだあ!」と主張する人達、というのは、あんまり、文化的ではないし、あんまり、教養豊かな人間ではないし、あんまり立派な態度ではなく、尊敬できる態度でもありませんね。

  人に「親孝行せえよお」とか言うよりも、とりあえず、自分が今できるだけのことをやるようにした方が良いと思います。
  
  Wホームの社長Hさんは、Wホームの従業員の休日に、私に、R研究所(=R法人会)の研修に「行きなさい」などと行ったわけですが、休日は、年老いた母の為にやらなければならないことがあってR研究所(=R法人会)やM山さんのわがままの為に奪われるわけにはいかないのです。 「親孝行しなさい!」などと言うのであれば、私が親の為に行動しなければならない休日を奪おうなどという非常識なことはやめてもらいたいものです。R研究所(=R法人会)がなくなれば、その分だけ「親孝行」できるでしょう。
  さらに、Wホームが、もっと高い給料を払ってくれていれば、特に、R研究所(=R法人会)に払っていたカネを従業員の人数で割って従業員にその分多く給料として払ってくれていれば、その分だけ、より「親孝行」できたことでしょう。

  マア、R研究所(=R法人会)は、まったく、人騒がせな、なんとも迷惑な団体ですよ。
 
  R研究所(=R法人会)、及び、その信者とかかわると、
  疲れる。 (げっそり) (げっそり) (げっそり)

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以上は、「私が勤務する建築会社のホームページとリンクした私のブログ」に掲載した、そのブログの第29回のもので、この第29回≪「親孝行しろよ」と人に言いたがる人達~貧困なる精神構造≫は、2010年(平22年)11月29日に「公開」させていただいたものです。 事情により削除いたしましたが、私は、削除したものは内容のあるものと思っており、又、いったん、「公開」したものは、作成者のみのものではなく、賛否にかかわらず、読んでくださった方・読みたいと考えてくださる方と共有のものという性質をもっており、作成者といえども、「記憶違い」のものの訂正、補足、「入力ミス」の訂正などは良いと思いますが、完全な削除は、好ましくないと考え、ここに、「引っ越し掲載」させていただきます。(建築家+建築屋)÷2 〔より正確には (49×建築家 + 51×建築屋)÷100〕 のブログ 、もしくは、。(建築家+建築屋)÷2のブログ と記したものは、「引っ越し掲載」です。 よろしくお願いいたします。
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〔 この稿は、「哲建ルンバ」としては、第31回ということになります。 〕


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