テーマ:父の日

「爪の垢」を飲ます側の論理・「爪の垢」を飲まされる側の論理。薬漬けで息子を裏口入学させるのは「思考が柔軟」か? 息…

[第503回] 「父の日」に。2020年(4)   考えてみると、うちの父親というのは、私によその息子の「爪の垢」というのを飲ませたい飲ませたいという「強い強い意志」というのを持った男だった。 英語で「強意志の will 」てやつがあったと思うのだが、  Father will drink good wine. 「父は、いいワイン…
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1980年前後、司法試験に早期に合格する方法、及、近所迷惑なおばさんの話。なぜ「弁護士は役に立たない」かの理由1―…

[第502回] 父の日に(3)   念のため、お断りしておきますが、この「1980年前後、司法試験に早期に合格する方法」というのは、司法試験合格者による、これから受ける人への合格法伝授の話ではありません。1980年前後頃、司法試験に合格して裁判官・検察官・弁護士になろうとする人がどんなことを考えたか、ということについて、私の周囲にいた…
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長生きしてくれた母のおかげでわかった父親の人間性と高校教諭の白痴かげん―父の日に(2)! 

[第501回]父の日に(2)   母が90代まで生きてくれたおかげでわかったことというのがいくつかあります。   我が家は、「△△が欲しい」と言って買ってもらえるかどうかという際、近所の子供や幼稚園の同級生と比較して、買ってもらえないことがうっと多い家庭だった。よその家に遊びに行くと、よその子供が持っていて私が持っていないという遊び…
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「かわいい子には旅をさせよ」の4通りの意味。旅行でわかる人間性。父親がある人間はない人間より常に有利とは限らない、…

[第500回]   「かわいい子には旅をさせよ」という言葉の意味は・・・というと、一般に言われているのは、旅行をさせろということではなく、昔は、旅というのは、大変、難儀な思いをするものであったので、若い頃に苦労を経験させた方がいいということを言ったもの・・・とされている。父は私に、毎日毎日、「若い頃の苦労はこうてでもしろお!」と言いま…
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父の日に(19ー3)【4/4】「何でもわしに絶対服従」という男との間に「中間の立場」はなかった

[第462回]   芥川龍之介『杜子春』なんてのは、太宰治『走れ メロス』と同様に菊池寛的通俗小説であり、くだらないだけで、芥川龍之介の作品では『河童』とか『歯車』の方が優れた作品だと思う。『トロッコ』は勝ちか負けかというと、まあ、勝ちの方・・かなと思う作品である。最終場面、 ≪ 良平は二十六の年、妻子と一しょに東京へ出て来た。今で…
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父の日に(19ー3)【3/4】学校の先生は勉強した者の仕事か否か。子供の水筒を取上げちゃらける父親

[第461回]    父は「東大(もしくは、京大・阪大など)に行って、なんで、学校の先生みたいなもんにならんといかんねん」と言うのだだったが、私はそうではなく、学校の先生というのは学校で学んできたことを教えるわけだから、小学校から高校まで勉強してきた者がなるものであって、他の仕事なら「学校の時の成績はあんまり良くなかったけれども、仕事…
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父の日に(19ー3)【2/4】姑息な詭弁で進路を妨害。数学と経済学は逆。ブンケー嫌な人間にブンケー

[第460回]    もうひとつ、「文系か理系か」という分類はあまりにも乱暴である。東大は文科1類・2類・3類、理科1類・2類・3類として募集してきたし、京大は法学部・経済学部・文学部・教育学部は同じ試験科目・配点・問題で、工学部・理学部・農学部・薬学部・医学部は学科によって微妙に違う学科もあったと思うがだいたい共通していた。しかし、…
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父の日に(19-3)【1/4】子供の頃の話を無視する親。進学の際の適性、「文系」とは何か。

[第459回]   私の母は、私が小学生や中学生の頃、「親というものは、子供が大学に行く時に、行きたいと思う大学の行きたいと思う学部に行けて、やりたいと思う勉強をして、就きたいと思う仕事につけるようにと思うから、そういう気持ちで、無理矢理にでも勉強させようとするんや」と言っていたのです。小学生や中学生の頃の私は、それを聞いて本気にして…
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父の日に(19-2)-「やふいのん」「やふいのん」と自分が言いまくった記憶の欠落している父親の日

[第458回]   「母の日」は5月の第2日曜というのは知られているが、「父の日」て6月だったような気がするが第2日曜だっけ? ・・実際は第3日曜らしいのだが、どうも、影が薄い。しかし、我が家では、「父の日」というと、うんざりする。「お父さん、ありがとうございますと言いなさい」とか言うおっさんの日、「お父さん、ありがとうございますと言…
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父の日に(19-1)―いったん「買ってやる」と言ったら買うべき。お年玉は子供から取り上げるべきでない

[第457回]   1970年代、北野高校の2年の時、国語の教諭だったU村が「現代国語」の授業の時に、「どうも戦争とかで死ぬ時は、たいてい『おかあさ~ん』と言って死にますな。『おとうさ~ん』とは言ってもらえない。父親というのはそのあたり、分が悪い」と話したことがあったが、ええがな、「おかあさ~ん」と言ってもらえる女性というのは自分の嫁…
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息子と嫁を「会社の部下」の扱いにしたがる父親―父の日に思う【5/5】

[第384回]    前回、《電車で「上座」に座りたがる男、電車の窓側席に座って週刊誌を読む男》http://tetsukenrumba.at.webry.info/201807/article_1.html において、内田康夫『湯布院殺人事件』(講談社文庫)の記述を読んで、そういえば・・・と私が小学校の4年の時、1960年代後半なの…
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電車で「上座」に座りたがる男、電車の窓側席に座って週刊誌を読む男-父の日に思う【4/4】

[第383回]    今は昔、1980年代なかば、下の姉の夫婦が大阪の家に来て泊まったことがあり、その際、父と母と私と姉とそのダンナの5人が一緒に食事についた。その際、長方形のテーブルにつくのに、父は「それじゃ、ぼくは、ここに座ろうか」と言って短編側の補助席みたいな所に座るので、なんで、この人、そんな補助席みたいな所に遠慮して座るのだ…
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「子供は女が育てるもの」か? 「息子は種を植えた者に所有権がある」か?-「父の日」に思う【3/4】

[第382回]    世の中には、いろいろな考え方があるものなんだなと思う時がある。1989年(平成1年)のこと、小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)・・・→(株)ヤマダエスバイエルホームhttp://www.sxl.co.jp/ 〕の松戸展示場に勤務していた時、建築地の法規制について尋ねるために千葉県松戸市の市役所に行ったことがあっ…
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父の日に思う【2/4】外敵を集めてくる父親、息子を自分の分身と考えない父親、名前を変えさせる拝み屋 

[第381回]    2浪なんてしてしまうと、今度は、父の「親友」で医者屋のM川てのを引っ張り込んできた。日本では医者屋とか整体師とかやっている人間には新興宗教の教祖みたいになりたがる人間がいるようで、かつ、そういう「新興宗教の教祖」をありがたがる人もいる。M川がそれで、「M川教の信者が全国に何人もおるんじゃ」とM川は言っていた。かつ…
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父の日に思う【1/4】外敵を集めてくる父親。「父親は防波堤」という遠山啓の妄想。役に立たないY予備校

[第380回]    5月の第2日曜日が「母の日」というのはよく知られているが、「父の日」て、「あったような気がするけど、いつだっけ?」て感じで、「父の日」は存在感が薄いが、6月の第3日曜日らしい。その日に合わせて、作成・公開しようなんて思っていたら、つい、過ぎてしまった。北野高校の国語の教諭のU村が、戦中、人間は死ぬ時というと、「お…
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「父の日」に思う。 奈良女子大受験生の人、弟に「応援」してもらいたいですか?

[第301回]    戦後すぐの時期、母が嫁入りした時、父の両親は健在で父の弟(私からすれば叔父)も同居していた。その「家」に母が嫁入りしたのだが、母にとって義父(私からすれば祖父)は人生で出会った唯一の頼もしい男性・頼りになる男性・自分のことを配慮してくれる男性であったようだ。 それに対して、父は若くて年収も少ないだけでなく、結婚し…
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