湯島聖堂訪問(下)。 読めない看板「食菜酒」、意味わかんない「知夢仁」。 裏口関西医大。 [第234回]湯島聖堂(下)と聖橋 他【3】-3 湯島聖堂(下) ―ニコライ堂と湯島聖堂と聖橋(4) ↑ 斯文会館 ↑ 斯文会館の屋根の上の何者? ≪ 昭和10年(1935)の復興聖堂の設計を担当した伊藤忠太博士の考案した屋根飾りで、「儒学の殿堂たる聖堂の附属建物もそれに相応したものでなければならない」との意向により、… トラックバック:0 コメント:0 2015年12月11日 続きを読むread more
湯島聖堂(中)。鬼龍子とシーサー。学問を勧めた人、実学と虚学―ニコライ堂と湯島聖堂と聖橋(3) [第233回] 【3】-2 湯島聖堂(中) ↑ 入徳門 1704年(宝永1)建造。 木造 湯島聖堂は江戸時代からこの地にあるということですが、建物は1923年(大正12年)の関東大震災で被害を受けて焼失したものが多く、江戸時代からの建物は、↑の「入徳門」と「水屋」だけらしい。 帰宅してから気づいてしまったので… トラックバック:0 コメント:1 2015年12月11日 続きを読むread more
湯島聖堂(上)、アーチ構造・シンシ梁に似た聖橋。 思想的手錠・反動の聖人たる孔子 [第232回]日本の教会建築(13)の後半の1、ニコライ堂と湯島聖堂と聖橋(2) 「湯島」というと、学問の神さま・湯島天神とか昌平坂学問所・湯島聖堂とかがあり、北には東大の本郷キャンパス、南には代々木と並ぶ浪人の街・御茶ノ水があって、「文京区」という区の名前からして、学問・文化・教養の街・・て感じ、しませんか? でも、実は、夏… トラックバック:0 コメント:0 2015年12月11日 続きを読むread more
ニコライ堂(日本ハリストス正教会東京復活大聖堂)訪問、御茶の水界隈今昔―ニコライ堂、湯島聖堂と聖橋1 [第231回]日本の教会建築(13) 【1】 ニコライ堂(日本ハリストス正教会 東京復活大聖堂) JR「御茶ノ水」駅のすぐ南、東京メトロ千代田線「新御茶ノ水」駅のすぐ西に、かの有名なニコライ堂がある。 前までは何度も行って外から見てきたが、内部に入らせてもらったことはなかった。 (↑ 北側の道路から見た外観です。 この角… トラックバック:0 コメント:0 2015年12月06日 続きを読むread more