年中、出すなら「緊急事態宣言」でなくなる。単に「お願い」でなくペナルティーを課すなら立法によって議決してもらいたい。「緊急事態」と称して行政の越権行為を認めるべきではない。読売新聞を購読しない理由。

[第545回]
  昨年、最初に「緊急事態宣言」が出された時には、名前からして「こりぁえらいこっちゃ」て感じがしたが、今では年中「緊急事態宣言」が出ているから「普通のこと」であって、「だから、どうしたの」て感じになってきた。
  多くの人間が、
「こりぁえらいこっちゃ」
  ↓ ↓ ↓
「だからどうしたの」

・・という感覚の変化を感じていると思う。

  1970年の大阪万国博覧会はなぜ大阪で開催されたか・・というと、1970年に安保改定を控えていたので、大阪で「万博、ばんぱく、ばんぱっく・・」とぎゃーすかぎゃーすか言ってる間に東京で安保改定を通してしまおうとしていたのだという説は結構有力で、だから、1970年の万博(万国博覧会)は東京圏でやるわけにはいかないので大阪で開催された、1960年代後半にビートルズが来日したのはなぜか・・というのも「若者」の関心を安保ではなくビートルズに向けようという作戦、「若者」の関心を政治からそらせようという作戦だったという説があるらしい。 もしかして、コロナウイルスで「緊急事態宣言」とわあわあ行って国民の関心がそっちに向いている間に、福島県で放射能汚染水を海に流したろ・・とか考えてる・・なんてこと・・ありそうな感じもしないでもない・・が、そうかどうかはわからない。

  新聞を見ても、
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( ↑ 「日本経済新聞」2021.6.1.(火) <夕刊> )

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( ↑ 「日本経済新聞」2021.7.9.(金) <朝刊> )

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( ↑ 「朝日新聞」2021.7.18.(日) <朝刊> )

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( ↑ 「朝日新聞」2021.7.20.(火) <朝刊> )

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( ↑ 「産経新聞」2021.7.21.(水) <朝刊> )

  ↑ 毎日のようにコロナウイルスに関する記事が出ており、最近はオリンピックとコロナウイルスの関係についての記事がよく出ている。

 日本政府の大臣が、営業時間の「自粛」に応じない飲食店は金融機関に報告をする・・とかわけのわからんことを言いだしたりもしたようだが、コロナウイルスよりもその男の方こそ凶悪なウイルスではないか・・という感じがする。

  まず、
1. 「自粛」というのは、《自ら「粛」する》ことを「自粛」と言うのであり、「自粛」はお願いするくらいなら許容されるとしても、要求したり強制したならば、それがいいか悪いかではなく、言葉の意味として「自粛」ではないことになる。 日本語は濫用しないでもらいたい。 「自粛」という言葉を使うのならば、要求したり強制したりするのはやめていただきたい。要求したり強制したり、従わない者にペナルティーを課したりするのなら「自粛」という言葉は使わないでもらいたい。

2. どうも、最近、政府・行政は勘違いしているのではないかと思うのだが、法令を決めるのは行政・政府ではなく立法・国会である。 「できるだけ・・していただければと政府としてお願いしたい」と「お願い」を政府がするくらいは許容されるとして、その「お願い」をきかない者にはこういうペナルティーを課すとかいうのであれば、それは政府・行政が決めて実行してよいことではなく、それは立法・国会での議決によって決められなければならないはずである。政府・行政ではなく立法・国会が決めるべきものを、どさくさに紛れて政府・行政が実行してしまう・・というのはやめてもらいたい。
  どさくさに紛れて三権分立を犯すようなことはやめてもらいたいものだ。

3.「緊急事態宣言」というのが何度も何度もおこなわれるのだが、「緊急事態宣言」というのは、それほど長くない期間、一度だけ、もしくは、せいぜい二度くらい実施するのは効果があるとしても、そう何度も何度も実施したり、年中、実施したりすると、もはや、それは実質的に「緊急事態」ではなく「毎度のこと」「いつものこと」になってしまい、「救急事態宣言」にならない。
   もしも、短い期間、一度だけ、もしくは、せいぜい二度くらいまで実施するのなら、政府が「お願い」するのなら、政府だって悪気で「お願い」しているわけではないのだろうから、できるかぎり協力しようか・・と考えるところでも、毎度毎度、年中、「緊急事態宣言」とされたのでは、「緊急事態宣言期間が終わるまで待ってから・・なんて思っても、どうせ、また延長されるのだから待ってられない」ということになるし、年中出してる「緊急事態宣言」なんて、「あほくさい」印象が出てくる・・というより出てきている。
  又、緊急事態宣言期間とそうでない期間を交互にすると、結果として、むしろ、緊急事態宣言でない期間に「密」を増やすことになることが考えられる。

4. 営業時間の短縮の「お願い」をしても、効果があるかもしれない業種とそうではない業種があると思うのだが、その判別もされずに「自粛」の「要請」がされている。 最初に「緊急事態宣言」が出された時、知らずに近所の郵便局、自宅から最寄りの本局ではない郵便局に書留を出しに行ったのだが、「自粛」で営業時間を短縮していたようで、発送期限もあったので、しかたなしに本局まで行って出したのだが、郵便なんてものは営業時間が長ければいっぱい郵便を出すが営業時間を短縮すると郵便を出す量が減るというものではないので、本局でない郵便局の営業時間を短縮すると、逆に、その分だけ、本局が混むことになる。・・なんか、アホなことやっとんなあ・・と思った。

5. 私が住んでいる船橋市の船橋駅前のイトーヨーカドーの上の方にある飲食店街の店が半分くらい閉めてしまったし、近所でも閉店した店がある。 チェーン店で直営の店の場合は一時的に閉めているだけかもしれないが、それにしても、この状態でいいのか・・と思う。
  毎度のことながら思うのは、吉野家・すき家・なか卯などの店は、なんで、家族連れ・子供づれには背もたれのある椅子で・隣との間隔が広い座席に座らせて、ひとりで食べに行くと隣の席の人間と肘がすれあうような狭い席で、背もたれのない丸椅子に座らされるのだろうか。 同じ代金払っているのに、この扱いの違いは何だろう。 イタリアに行った時、バールという語源はおそらく日本語の「バー」と同じ所から来ているのではないかと思うが、店の内容は日本の「バー」とは全然違って、ミニコンビニ(もしくは大キオスク)兼ファーストフード店みたいな店があるのだが、サンドイッチとか菓子パンみたいのを買って店で座って食べる場合は受け取るだけで座らない場合よりも料金が高いのだが、最初、なんか変なの・・という感じがしたが、むしろ、その方が合理的ではないかと日本の吉野家・すき家・なか卯などを見て思うようになった。背もたれのある椅子で隣との間隔が広い席に座らせてもらって、食べ終わった後もゆっくりとくつろいで過ごさせてもらう子供づれと、背もたれのない丸椅子に座らされて・隣の席の人間と肘がすれるような間隔が狭い場所に座らされて、食べ終わるとさっさと帰ってちょうだいという態度を取られるものが同じ料金というのは、その方がどう考えても不合理だ。「子供」というものを水戸黄門の印籠みたいに思っているバカ女とアホ男がいるが、「子供」は水戸黄門の印籠ではない。それをあまりにも過激にやっている店は私はすぐ近くにあっても「ないもの」と考えることにしている。
(「子供」を大義名分にすれば何でも通るみたいに思っているバカ女症候群の女がいても、「女だからしかたがない」といくらかは許容されるところがあったし、子供ができたという時に女性が子供のことで頭がいっぱいになって周りが見えなくなることがあっても「多少はしかたがない」と思われることもあったのだが、ところが、ここしばらく、男でもその類の男がおり、しかも、自分から積極的に要求するような男がいる
  「新人類」というのか「異星人」というのか、「アホちゃうか」症候群というのか・・そういうのがいるが、「未成熟」と「診断」すべき人間なのか、そういう「大人になれない男が子供を持った男」シンドロームというのかが存在し、最近、そういうのが決して少なくないように思える。「体だけ元気な年寄」症候群もけっこういるが、””「子供」を大義名分にすれば何でもまかり通ると思っているおばはんシンドロームの男性版症候群””というのがいる。そういう人間の特徴として「病識がない」というところがある。 そういう人間というのは「入院療法」で「座敷牢」にでも入れてやるか、それとも「電気ショック療法」とかやるか、さもなくば「作業療法」で強制労働につかせ、「シベリア送り」でもしてやるかするしか「治療法」はないのかもしれない。そんなの、送りこまれたらシベリアが迷惑するかもしれんが・・。)
バカ女は死ね!! - バカ女駆除協会
バカ女は死ね!! - バカ女駆除協会
  コロナウイルスの問題が言われ出してから、飲食店で食べ終わった後に長居するのは歓迎されないようなので、さっさと退出するようにしているが、しかし、コロナウイルスの問題がわあわあ言われているのなら、隣との間に透明のついたてを立てるだけではなく、それまでより来客が減っているのなら、せめて、隣の客と肘がふれることはないくらいの間隔をあけるようにしたらどうなのだろう。今でも家族連れ・子供づれで行く客には隣との間隔が広くて背もたれのある椅子に座らせているのであり、この「差別」はどう考えてもおかしい。

6. 片方で「自粛」の「要請」をきかない店舗は金融機関に報告するなどと言う大臣が出てきたが、 「金融機関に報告」してどうするつもりなんだい? もともと、「自粛」であるからにはきいてもきかなくても自由のはずで、きかなかったから何だというのだ??? ・・・というもので、金融機関の側に立って考えても、報告されたとして、いったいどうしろってんだよお!?!・・・ということになる。
  もともと、「自粛」である以上は、その「自粛」の要請をもっともなものだと思ってきいても、バカらしいと思ってきかなかったとしても自由のはずで、金融機関としては「自粛」の「要請」をきかなかった店だということは、それだけ「独立自尊の精神」がある経営者の店だと高く評価しろというのか? 政府が営業時間の制限を決める権限なんかないはずであり、もしも、飲食店に営業時間の制限を実施したいのなら立法機関によって議決しなければならないはずであり、政府・行政の越権行為に同調しなかった・・ということから、それだけ民主主義の側の経営者だと高く評価しろということなのか?  それとも、本来、政府・行政が決めることができるわけではないものを、どさくさに紛れて政府・行政に決めることができるかのように国民に勘違いさせて民主主義を否定しようとするファシズム勢力に加担する者だ、翼賛主義の側の経営者だということで、そういう業者には融資は断れというのか、それとも、翼賛主義の経営者・ファシズム勢力に加担する経営者には融資しろと言うのか。

7. オリンピックはなんとしても実行して、片方で飲食店に「自粛」を「要請」しているというあたりを見ると、やっぱり、こういう際に、強い立場とあまり強くない立場というのがあるみたいだ
  2011年の東日本大震災にともなう福島第一原発事故の際、東京電力の責任と言われ、次いで経済産業省の責任ということが言われた・・が。 もしも、家屋の内部に石油ストーブを設置していたとして、その石油ストーブが爆発を起こして大事故になって周囲の住民に被害を与えた・・とすると、その家屋の所有者・使用者が一番責任は重いのか。そうではなく、爆発を起こした石油ストーブのメーカーに重大な責任があるのではないのか。同様に、原子力発電所の事故においては、その設置のしかたや、非常電源を十分に使える状態にしていなかったといった点など東京電力にも責任はあるとしても、第一に、爆発を起こした原子力発電所を作った原発メーカーの責任というものがあるのではないか・・と思ったのだが、どうも、原子力発電を作ったメーカーの責任というものが言われない・・ということはどういうことなのだろうか。原子力発電所を作った会社というのは、東京電力よりも経済産業省よりも強い存在なのだろうか・・。
  で、東京オリンピックは開催したい、オリンピックは中止した方がいいという意見を言うだけの者までが「反日的な人」などと安倍晋三から悪口雑言を浴びせられる・・というあたりは、やっぱり、オリンピックというのは、「そのへんの飲食店」なんかよりも強い・・ということなのだろうか・・・・。

  ・・・どうも、このあたりについて、な~んか変な感じ・・がしている。

  最近、安倍晋三が「反日的な人が五輪に反対している」などと発言したが、自分たちの主張に同調しない者を「反日的」と表現する白痴右翼としての発言が、安倍晋三は総理大臣に二回目になってから「自粛」されていたと思ったら首相を辞任してまたもや復活してきたようだ。2回目に総理大臣になった時、「一回目の失敗を繰り返さないようにしないと」と発言して、二回目は「右翼色控え目」で長期政権を実現したが、二回目の総理大臣を務めた時には、誰か、安倍晋三の白痴右翼体質が表に出ないように配慮していた人がいたが、首相を辞めたことから、その配慮をする人がいなくなったことから「地が出た」ということか。
  「反日的な人」といった表現は、戦中、戦争遂行に協力加担しないような者には「おまえはそれでも日本人か」と罵るということがなされたが、それと同じで、ある勢力が自分たちの主張に同調しない者を「反日的」と罵る手口であり、その手口を今日でも実行する愚行をおこなう安倍晋三という男は、「やっぱり、アホやったいうことか」・・と判断せざるをえない。⇒菅義偉内閣がたとえ良くなかったとしても、だからといって安倍晋三にもう一回なってもらうというのは、それはもういいよ・・と判断すべきであろう。

  「作家で精神科医」の なだ いなだ の『人間、この非人間的なもの』(ちくま書房)では、戦中、「どうも、日本は負けそうだな」と思った感想を口にしたところ、「おまえはそれでも日本人か」と言われた・・という話が書かれている。  「おまえはそれでも日本人か」と言われても、それでも日本人なんだから、しかたがないじゃないか・・という思考を許さない偏狭な精神・思考がこの「おまえはそれでも◇◇か」という言葉には表れている・・と言う。 慶應大学では「おまえはそれでも慶大生か」と言うのが好きな男・女が大量にいた。そういう ””「お前はそれでも慶大生か」という文句を人に言うのが好きな「慶應タイプ」症候群”” が慶應という大学には大変多い尾。そういう人間が多い大学ということは、それだけ、この大学は「アホが多い」ということ、教養水準が低いということ、「ブタ人間」が多いということを意味している・・などと口にすると「おまえはそれでも慶大生か」と言われるという経験をしたので、うかつに口にできない・・ということを慶應大学のおかげで学んだ。安倍晋三の言う「反日的な人」という表現はその類であり、そういった表現を無神経に口に出すあたりは、安倍晋三という男は「やっぱり、あんまり賢くない男だった」と判断せざるをえない。
人間、この非人間的なもの (ちくま文庫) - なだ いなだ
人間、この非人間的なもの (ちくま文庫) - なだ いなだ

  「慶應心理学」は「おまえはそれでも慶大生か」などと平気で口にするような人間のことを「自我が確立されている」とか「独立自尊の精神がある」とか「思考が柔軟」とか「診断」するが、それって逆と違うんかい?・・と思うのだが、こういうことを口にすると、「自我が確立されていないから、そのようなことを言うということですね」とか「独立自尊の精神がないから、そのようなことを言うわけですね」とか「思考の硬さが気にかかります」とか「受験勉強の悪影響ですね」とかなんとかかんとか「診断」されることになるから、怖い、こわい、コワイ、怖い!! 「診断」されると次に「治療」されるおそれもある。本当に「心理学」は怖ろしい。極力、「心理学」には遠巻きにして近寄らん方がいい・・。

  もうひとつ、ちょうど1年ほど前の新聞を見ると、↓
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GoTo などと言って、なんか、アホなことやっとったな・・て感じ( 一一)

  なお、↑ に何紙かの新聞の写真を掲載したが、ここで掲載したのは朝日・日経・産経・東京で読売はないが、これは偶然ではなく、私は他の条件が同じなら読売以外と決めているからである。読売新聞社は反社会的勢力と考えているからである。
まず、
1. 読売の販売員(拡張員)というのは、「しつこい」。 私も長く営業の仕事をやってきた者だから、営業の仕事をしている者で、少々、「しつこい」人間がいても、買ってもらおうとする努力を何もしない人間よりは「少々、しつこい」くらいの者の方が「かえっていいくらい」と評価することもあるのだが、しかし、「限度を超えている」人間がいる。 「相手が断っている」ということを理解するのも営業の能力のひとつだということを、ある種の読売の拡張員は理解するべきだ
2. 洗剤売ってるのか新聞売ってるのかわからん人がけっこういる。「この洗剤、汚れがほんとによく落ちる。真っ白。これ、6箱、つけちゃう♪」とか言ってアピールするのだが・・・、なんか洗剤売ってるみたい、「今、この洗剤を買っていただいたら、読売新聞という程度の低い新聞をおまけでつけちゃう♪」・・みたいな感じ。
3. 読売のスポーツ欄を見ると、朝から不快指数が上昇する。 東京新聞(中日新聞東京本社発行)のスポーツ欄はよく考えてみると、幾分、他紙より中日ドラゴンズをとりあげることが多めかとか、千葉日報では地元のチームとして千葉ロッテマリーンズをとりあげることが幾分多めかというようなその程度ではなく、読売のスポーツ欄は「巨人新聞」みたい、「ほとんどビョーキ」だ。だから、「我が家は先祖代々、アンチ巨人ですから、読売のスポーツ欄を見ると不快指数が上昇するので読売は読む気がしないんです」と言うと・・、「敵もさるもの」で、「なるほど、巨人嫌いなんですか。それなら、10月から3月までの6か月、とってくださいよ。4月から9月までは朝日なり毎日なりをとって、10月から3月までは読売と・・。これでいきましょう」とか言いよるのだ。・・しかし、野球のない時でも読売は嫌いなのだ。世の中、何が嫌いというて、巨人ほど嫌いなものはないのだ。こんちくしょう。
※ 《YouTuve-六甲おろし 唄:立川清登》https://www.youtube.com/watch?v=yV814_p2fxE
「民族の誇りを忘れるな」・・・在東京圏関西人として、巨人だけは嫌いなんじゃ、巨人だけは・・。

  何年か前、「アサヒ芸能」に載っていたのだが、かつて、朝日新聞のOBの誰やらが「産経は右翼の機関紙、読売は自民党の機関紙。まともなマスコミは朝日だけ」と言っていたというが、朝日がそんなにいいかどうかは別として、実際、産経・読売にはそんなところがある。少なくとも、朝日・毎日・東京は「野党的立場」というのか、特定の政党の立場に立たずに独立した立場から記事を書いているのに対して「読売は自民党の機関紙、産経は右翼の機関紙」という性質があるのは間違いない。
  2000年代、阪神タイガースが優勝した頃に「朝日新聞」に載っていた記事によると、阪神ファンの支持政党と巨人ファンの支持政党を調べたところ、阪神ファンにおける自民党の支持者の割合は日本国民全体における自民党の支持者の割合と同じくらいだったらしいが、巨人ファンにおける自民党の支持者の割合は日本国民全体における自民党の支持者の割合よりも圧倒的に大きかったらしい。なるほど・・、たしかに巨人て「自民党みたい」なところがあるし、たしかにそんな感じがする。もちろん、巨人ファンにおける読売の購読者の割合は巨人ファン以外の読売の購読者の割合よりも大きいだろう。自民党支持者における読売の購読者の割合は他の政党の支持者における読売の購読者の割合よりも大きく、読売の購読者における自民党の支持者の割合も読売の購読者以外の自民党の支持者の割合よりも大きいだろう。それだけ、読売の購読者というのはアホや・・いうこっちゃ・・というと怒りそうな人が読売の購読者には多い。
  『憂国のラスプーチン』という元外務省 佐藤優氏がモデルの漫画で、佐藤優氏がモデルの憂木 護という男性が拘置所で看守からあなたなら大丈夫だろうと頼まれて両隣が死刑確定の人が入っている所に入れられたところ、片方の死刑囚が他の入所者や看守から尊敬されているようなところがあり、そういう場所に入っているにしても他の人とは違うところがあり、いったい誰だろうと思っていたら「朝日新聞を読んでいる」というのを見て憂木護(佐藤優)は「朝日新聞を読んでいる。インテリなんだな」と思うという場面がある。その隣人は元連合赤軍の坂口弘だったそうだが、それに対して、我が家の近所のおっさんは、古紙回収の日にその家の前を通ると読売新聞が家の前に出してある・・と言うのを見て私は「読売を読んでいる。ここのおっさん、前からアホや、アホやと思っていたけれども、やっぱりアホやったな」と思った・・ということがあった・・ということもある。
  私は大阪の生まれなので新聞は「普通は朝日」だと思っていたが、ところが東京圏では新聞は「普通は読売」だと思っている人がいる。又、今でも大阪で飯屋に入った時、食事が出てくるまでの間に読んでくださいと新聞が1紙、置いてあるという場合、関西では「普通は朝日」なのだが、東京圏では「普通は読売」なのだ。ファミレスで新聞を置いてある店でも「東京では普通は読売」だが、そのあたりを見ても、やっぱり「東京は大阪・関西よりも文化的水準は下」「東京の人間は大阪・関西の人間よりも教養水準は下」だと思う。
  2000年頃、栃木県佐野市に住んでいた時、佐野市というのは読売の購読者が圧倒的に多い地域らしいのだが、アパートの2階の部屋に住んでいたのだが、夏場、通路に面した部屋で窓を開けて窓に面して置いた机に向かって何かやっていたところ、読売の「拡張団」ではなく販売店の従業員が来て、これは読売の人間にそういうことはするなと言ってもきかないからあきらめているのだが、勝手に人の家の網戸を開けて部屋中をのぞきこんで、「ずいぶんと本がありますねえ」と言い、「購読してられるのは朝日でしょう。これだけ、本を読む人は読売は取らないですよ。なにしろ、読売なんてバカの読む新聞ですもんねえ~え(^^)/ 読売みたいなもん読んでるやつなんてバ~カですもんねえ~え(^^)/」と言うのだった。そのおっさんは、その販売店の店長だということだったが、勤め先に来たその販売店の集金係のおばさんが言うには、その販売店の従業員は全員が「店長」と称しているそうなので、実際に店長だったのか違うのかはわからない。「私も学生時代は、読売なんてバカが読む新聞だと思ってましたよ」なんておっさんは言うのだったが、拡張の仕事に来てそんなこと言っていいのかというと、日経新聞(日本経済新聞)というのは日経新聞だけの販売店というのは少なく、「朝日と日経」の販売店・「読売と日経」の販売店・「毎日・産経・東京と日経」の販売店というように、他の新聞と一緒に扱っている販売店が多く、その場所では読売の販売店が日経新聞も扱っていたので、それで「これだけ、本を読む人というのは読売の購読を勧めても無理ですよ。日経新聞ならいいでしょう。日経新聞、6か月、取ってくださいよ」とそういう方向に話すようだった。言われてみると「読売なんてバカの読む新聞」て、たしかに(^^)/・・・て感じがする。
・・が、そんなことよりもっと大きな問題がある。
  
  読売新聞社には、これは許せないというものがある。
A. 1990年だったか、東京都大田区のアパートに住んでいた時のことだが、その部屋はアパートの1階にあったのだが、通路側にキッチンがあって、キッチンの前の窓から手をつっこんで、「すいませ~ん。このアパートに友人がいるんで捜してるんですけどお」と20代後半くらいの男が言うので、同じアパートに住んでいる人の知り合いなら顔を出さないわけにもいかないだろうと思ってドアを開けて出ると、「よお~し。これに署名してハンコつけ」と言って読売新聞の契約書を前につきつけたのだ。「ここに、住所と氏名を書いてハンコつけ。さっさとしろ。こらあ」と怒鳴りつけるのだ。
  「おい。俺がハンコつけと言って頼んでやってるんだぞ。わかってんのか、こらあ! 俺がこうして頼んでやってるんだから、さっさと署名してハンコつけ、こらあ。さっさとしろお! もたもたすんなあ!!!!」と怒鳴りつけるのだ。「おい。わかってんのか。そこにいるうちの班長。入墨いれてんだからなあ。警察に言ってみろ。みんなでやってきて、おまえ、半殺しにするんだからなあ。わかったら、さっさとここにハンコつけえ! こらあ。」もたもたすんなあ! 警察に言っても、一晩泊まったらそれでしまいなんだからなあ。それで、みんなでやってきておまえを半殺しにするんだから、わかったら、さっさとハンコつけ、こらあ!」と言うのだ。
  「警察に言っても、一晩泊まったらしまいなんだからなあ」というのは、それは、警察に逮捕されても、警察の権限で勾留できるのは48時間までで、その後、検察の権限で24時間。裁判所に勾留申請して裁判所が認めるとプラス10日間、そこからさらに延長の申請を裁判所にしてさらにプラス10日間で、合計23日間、勾留できるということになっていて、この間に起訴できないなら「起訴猶予」(実際には無実であっても、「起訴をお情けで猶予してあげました。感謝せえ」と言うというもの)・「嫌疑不十分」(嫌疑がないとは言わないけれども、起訴できるところまでは至っていないという判断)かで釈放しないといけないことになる・・というものだが、ところが、押売りとかを常習にしている人というのは、一般市民に対しては「こら。そこにいるうちの班長、入墨いれてんだぞお」とか何とかかんとか言って脅すけれども、逆に警察が相手になったら、警察には絶対に逆らわない・・という場合が多く、私なら「それは不当だ」と抗議するような場合でも、ともかく、「警察には逆らわない」・・ゆえに、警察は検察に勾留申請することもなく、警察に認められた48時間の範囲内・・というよりも24時間以内に釈放する。・・そして、警察に通報した者の所に何人もで押しかけて「半殺しにしてやる」という行為にうつる・・ということである。
・・もっとも、たとえ一晩でも泊まって楽しい所でもないと思うけどな・・・
  読売新聞というのは、こういう方法で部数を増やしてきた新聞であり、読売新聞社自体がこういった押売りをやってきたわけではないとしても、こういった人間がこういった押売りをやっているのを承知の上、それを防止することなく運営してきた会社であり、その点で、読売新聞および読売新聞社https://info.yomiuri.co.jp/index.html は反社会的勢力であると判断できる。それゆえ、私はそういう反社会的は販売・営業をやっている会社の商品は、特に自分自身が営業の仕事をやってきた者として、買いたくない・契約したくないのです。
  
B. (1)これは2010年代、比較的最近のことだ。千葉県船橋市の今の住居でのことだ。読売の拡張員はできるだけ相手にしないようにしているのだが、ところが、出かける時、外出から帰ってきた時、あるいは家の前あたりを掃除している時とか、クルマの中のものを出している時とかに読売の拡張員がやってくるということがある。
  そして、読売の拡張員というのは、最初からおのれが読売の拡張員だと名乗らず、最初は「すいませ~ん。御主人さんの所は新聞は何新聞を取ってられますでしょうかあ」とか言いよるのだ。・・この手に乗って「朝日」とか「毎日」とか答えてしまうと、そこから彼らの活動が始まる。 「日経」と答えると、日経新聞の読者を読売に変えるのは難しいと思ってあきらめることもあるようなので、読売と日経を別の販売店が扱っている地域では、「すいませ~ん。御主人さんの所は何新聞とってられますでしょうかあ」と言いよったら、そいつはたいてい読売の拡張員だから、実際に購読している新聞が朝日でも毎日でも東京でも「日経」と答えてやるといいかもしれない。
  他の新聞の購読者を自分の所の新聞の購読者に変えたいと思って活動して悪いということはない。しかし、許されないものというものもある。
  読売https://info.yomiuri.co.jp/index.html の「営業」「拡張員」というのは、こういうことを言うのだ。
  「御主人さんの所は何新聞を取ってられますでしょうか」と言うから、今は日経を取っているが、その時は朝日を取っていたので、今から考えるとバカ正直というかバカだった・・というのか、自分も営業の仕事をしてきたから、他の業者と競合になった時に、自分のところのものに変えてもらおうと努力する人というのは嫌いではなかく、「お手並み拝見」してみたい気持ちもあって、正直に「朝日だけれども」と答えてしまったのだ。
  そうすると、「朝日新聞は思想的に問題があります。なんで朝日を取ってるんですか」と言うのです。「なんでと言われても、私が何新聞を購読しようが私の自由でしょう」と言いましたところ、「だから、なんで、朝日新聞を購読しているのかときいてるんです。御主人さんも危険思想の持主なんでしょ。どうなんですか」と言うのです。なんで、こいつにそういう口をきかれなければならないの?
  それで、「何の御用で来られたのですか」と言いましたところ、「だから、朝日新聞を購読しているということは御主人さんも危険思想の持主なんでしょと言ってるんです。どうして認めないのですか。危険思想の持主なんでしょ。どうなんですか」と言うのです。「お帰りください」と言いましたが、ところが、絶対に帰らないのです。「答えたらどうなんですか。御主人さんもも危険思想の持主なんでしょ。朝日を購読しているということはそうなんでしょ。違うんですか。認めたらどうですか。どうして認めないんですか!」と怖いのです。
  私はこれまで、自宅で購読したことがある新聞というと、朝日・毎日・読売・産経・日経・神奈川新聞・福島民報とけっこういろいろな新聞を購読してきた者で、朝日ばっかり購読してきたというわけでもないのだが、その時は朝日新聞を購読していたのだが、・・こいつ、いったい何なんだよ・・・と思ったのですが、言っている内容にしても言い方にしても、要するに、街中を真っ黒とか最近では真っ白とかに「街宣車」と言うらしい装甲車みたいなクルマで軍歌を大音量で流しながら走っているおっさんどもと同じなのです。真っ黒の怖そうな「街宣車」(最近は真っ白とか黒以外もあるようだが)というクルマで大音量で軍歌流しながら走っている人たちってああいう人って、普段、何の仕事してるんだろうなあ・・なんて思ったことがあるのですが、「読売の拡張」やってるのではないか・・・。そういうのがやってきたみたいでした。・・もしも、その時のおっさんが、「右翼団体構成員」で「街宣車で走ってるおっさん」でなかったとしても、ほとんどそういう人です。
  我が家はあくまで「普通の家」であり、朝日新聞社の本社でもなければ日教組の本部でもなく、ロシア連邦大使館でもありませんから、そういう所に押しかけて「出て行けえ!」とか叫ぶのと同じ調子で押しかけられても迷惑なので、やめてほしいのです。読売新聞社は「読売新聞拡張員」と称する右翼団体構成員に一般家庭に街宣に押しかけさせるのはやめていただきたい。そういう人というのは、もはや、営業ではないし。営業ならば「少々しつこい」くらいなら私は自分自身も営業の仕事をやっていたことがある人間として許容したいとは思うのですが、営業・拡張だということにして、朝日新聞社とか日教組とかに押しかけて「出て行けえ!」とか叫ぶ「右翼団体のおっさん」に押しかけられても迷惑なので、それで、読売新聞と読売新聞の人間は相手にしないことにしました。読売新聞というのは、そういうはた迷惑な人間を雇って、「どうして朝日新聞を購読してるんですか。御主人さんも危険思想の持主なんでしょ。どうなんですか。認めたらどうですか。どうして認めないんですか」とかいうのをやらせているのです。 読売新聞社 は反社会的勢力です。もっと俗っぽい言葉で言うと「迷惑千万な連中」です。
(2) 読売の拡張員で「右翼団体のおっさん」系の人というのは、これまで我が家に来た人ではその人ひとりではなく、それより前にも、「御主人さん、新聞は何をとってられますか」と言うので「今は朝日だけれども」と言うと、「朝日ですか。朝日は思想的に問題がありますね。御主人さんも朝日を購読しているということは、そういう思想の持主なんですか」などと言い、「どういうことですか」と言うと、「だから、朝日新聞を購読しているということは、御主人さんもそういう思想の持主なんでしょ。そうでしょ」とか言うのです。「読売の拡張員」というのは、最初、営業だと思っていたので、私も営業の仕事をしていたことがある人間として、「少々、しつこい」という程度なら許容もしましたし、営業として拙劣な部分があっても暖かく見守りたいという気持ちもあったのですが、「読売の拡張員」「読売の営業」というのは、あれは営業ではなく、思想調査員であり、読売は「拡張員」と称する者にカネ払って市民の思想調査をさせているのであり、読売新聞社の人間に思想調査をされる筋合いはまったくありませんので、「読売の拡張」「読売の営業」と称する者は最初から極力相手にしないようにするべきだと判断するに至りました。読売の人間は相手にしない方がいい。「すいませ~ん。今、何新聞を購読してられますか」などと読売の人間にきかれる筋合いもない。私が何を読もうが読売の拡張員に調べられる筋合いはないし、答える筋合いもないのは当然のことだ。何新聞を購読しているか、思想調査をしてまわっているやつに答えるべきではない
  だから、それでも、いい記事を掲載することが絶対にないとまでは言えないので、コンビニとか駅の売店とかで買って読むということは「絶対ないことはない」けれども、定期購読は絶対にしないことにしています。読売新聞https://info.yomiuri.co.jp/index.html を定期購読するのは反社会的行為だと考えています。

C. もうひとつ、読売新聞の拡張員というのは、アパートでは、うかつにドアを開けるとドアの間に足をつっこんで閉めさせないようにしますし、戸建住宅においては、インタホンを押すと同時に門扉を勝手に開けて敷地内に入り、玄関扉をガチャガチャやって開けようとします。もしも、玄関扉が施錠されていなかったら開けて入ろうとするのです。これ、泥棒と大して変わりません。読売の拡張員て、要するに泥棒と一緒じゃないの。世の中には、そういうことをする人のことを「営業力がある」と言う人もあるようですが、そういうのも営業のうちだとしても、私はそういう営業というのは嫌いなのです。
  勝手に人の家の門扉を開けて敷地内に入り、玄関扉をガチャガチャやって開けようとする人間というのは、今まで経験した人間では、読売新聞の拡張員と今の家の向かいのじいさん(「体だけ元気な年寄」)だけです。これ、「不法侵入罪の構成要件に該当し違法・有責な行為」ですからね。
  アパートなどではうかつにドアを開けると読売の拡張員は必ずドアの間に足をつっこんで閉めさせないようにしますが、朝日・毎日の拡張の人でこれをやった人はいままでに見たことはありません。読売の拡張の人間はたいていの人間がやります。それだけ、読売新聞というのは「程度低い」のです。
  うかつにドアを開けると足をつっこんで閉めさせないようにするというのをやった人間というのは、実際にされた経験としては読売新聞の拡張。 やった・やるということを本人からきいたのは東海住宅(株)https://www.10kai.co.jp/ の花見川店店長の「ヤクザ顔の田中」(男。2008年当時、60歳)。田中は賃貸マンションでチラシのポスティングをしていたところ、「ヤクザが来ている」と110番通報されたことがあると自慢していた男で、そういう風貌の人間ですが、飛込訪問に行って、奥さんがドアを開けると足をつっこんで閉めさせないようにする・・ということをするようでしたが、・・ところが、実は男と女なら女の方が強い場合というのがありまして、ある時、ドアに足をつっこんでいたら、おかまいなしに、思いっきりドアを閉められて、足をはさまれて、「痛い、痛い、痛い」と苦しんで言ったら、「あ~ら。足、つっこんでたの。全然知らなかったわあ。ごめんなさいね」と言って閉められた・・らしい。案外、女性の方が強かったりする・・というより、男がやったら、そのテのドアの間に足をつっこんでしめさせないようにするおっさんというのは「なんだとお。この野郎、知っててやっただろうが」とか言ってすごみよる可能性が考えられるのですが、女性は「あ~ら。足、つっこんでたの。全然知らなかったわあ。ごめんなさいね」というのができる・・という強みがある。それから(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の静岡県浜松市の所長の平松さんがやると1992年に聞いたが、これは「人から聞いた話」で本人から聞いた話ではないので、実際にそうかどうかはわからない。けっこう、いいかげんなことを言う人間がいるし、私も事実に反することを言われたことがあるので、事実に反する話の可能性もある。それで成功すると思っているから、だから、ドアに足をつっこんで閉めさせないようにするのだろうけれども、それで成功しても成功しなくても、そういう「営業」をやるやつ、それが営業だと思っているやつというのが私は自分が営業の仕事をやっていたことがあるからこそそういうやつが嫌いなのだ。だから、読売新聞は嫌いなのだ。

  「反日的な人が五輪に反対している」とかいう表現を口にする安倍晋三というのは、元首相であっても「右翼のおっさん」と知能程度はたいして変わらない。首相になっていた時は「お里が知れる」ことがないように誰か有能な人がそばにいて押さえていたのではないか。首相を辞めたことから、その「そばにいて押さえていた有能な人」が離れた結果、「地が出た」「お里が知れる」言動が出てきた・・と言う事ではないかな・・・( 一一)
  小泉純一郎「ええかっこしい」内閣の時には、自分たちの主張を「構造改革」と言い、それに反対する者は右も左も「抵抗勢力」と罵るという手法が大変気にかかったが、安倍晋三の自分が気に入らない人間を「反日的な人」と呼ぶという手法は、自分たちを「日本」だとして、自分たちが気に入らないと思う人間は「日本」の中に入れない、「反日的な人」と認定するという手口で、これは右翼団体のおっさんどもと一緒、ネトウヨさんと一緒であり、「この人、やっぱり、この程度の人だったのか」という印象を受ける。

  (2021.7.21.)

  「緊急事態」というのは、いわば、陸上競技の「ラストスパート」のようなものだと思うのだ。そう長くは無理だ。〇日まで「緊急事態宣言」宣言として、その後、それを延長するにしても限度がある。 もし、もっと長い期間、実施する必要があると政府が考えるならば、「緊急事態宣言」ではなく何か他のものにした方がいいのではないか。「ラストスパート」はそう長くできるものではなく、国民に長く「ラストスパート」をやってもらおうとするなら、もう、ラストスパートでなくなると思う。
  (2021.8.3.)  

自由からの逃走 新版 - エーリッヒ・フロム, 日高 六郎
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ファシズムの大衆心理 (上) - ヴィルヘルム・ライヒ, 武靖, 平田
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ファシズムの大衆心理 下 - ヴィルヘルム・ライヒ, 平田 武靖
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読売新聞・日本テレビグループ研究 (1979年) (同時代叢書)
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"年中、出すなら「緊急事態宣言」でなくなる。単に「お願い」でなくペナルティーを課すなら立法によって議決してもらいたい。「緊急事態」と称して行政の越権行為を認めるべきではない。読売新聞を購読しない理由。" へのコメントを書く

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