船橋市会議員補選 で選挙掲示板を見て「なんじゃ、こりぁ」。「このハゲ」と投票用紙に記入したとすると有効か無効か・・?

[第544回]
  2021年6月21日(日)、6月の第三日曜日、「父の日」、いわゆる「わしに親孝行せえよお、わしにい。わしに親孝行せんとバチあたるぞ、バチあたるぞ、バチあたるぞ、まんまんまんまんまんまんま~ん」の日、「朕思うに我が皇祖こ~そ~はあ、わしに孝に、わしに孝に、わしに孝に、わしにわしにわしにわしにいい~い。んが、んが、んがぁ~ア」の日ですが、船橋市長選挙と船橋市会議員補欠選挙がおこなわれました。
  船橋市長選挙の方は3名が出馬。「船橋市長なのに松戸とはこれいかに。船橋選挙区なのに野田と言うがごとし」の松戸徹氏が当選したようです。
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  かどた正則 氏は、千葉県知事選挙に出るとか新聞に出ていた時があったのに、結局、出なかったようだが・・と思ったのですが、実際に出るつもりにしていたのは船橋市長選挙で、千葉県知事は名前を売るために名乗り出るだけ名乗り出た・・ということだったのかな?
気になったのは、
《「かどた正則君を推薦します」田中昭一先生 元衆議院議員(自由民主党)【旭日中綬章】》
て、これ何?
「旭日中綬章(きょくじつちゅうじゅしょう)」て何かというと、《コトバンク 旭日中綬章》https://kotobank.jp/word/%E6%97%AD%E6%97%A5%E4%B8%AD%E7%B6%AC%E7%AB%A0-808384 によると、《日本の勲章の一つで、旭日章(きょくじつしょう)6つのなかで3番目に位置する。・・》というものらしい。 
こういう勲章もらったというのを売りにするというのは、そういうのが好きな人もいるのかもしれないけれども、私はあまり好きではない。
それも、自分がもらったというのならまだしも、勲章をもらった人に推薦してもらいました・・て、なんや、えらいまわりくどい・・というのか、なんだかなあ・・という印象をこの部分では受けた。
それから、自分は「無所属」と記載して、推薦しているおっさんは「(自由民主党)」て、無所属だと言いたいのか、自民党だと言いたいのか、どっちなの? ・・と、そのあたりの姿勢に一貫しないところを感じた。
  丸山慎一 氏は、写真を見ると、頭が丸山・・て、正直なところ、そう思ったが、自分でそう言えばけっこう受けて知名度が上がったのではないかと思うのだが、それ、売りにできたと思うのだが、言わないって、アホやな・・・と思ったが、「千葉日報」2021.6.21.<朝刊>を見ると、丸山慎一氏は「共産推薦」らしく、「頭も丸山、選挙も丸山」と言えば覚えてもらえて得票が増えるのではという発想は日本共産党のカラーと合わないのかもしれない。 
  丸山氏の名前はけっこう、船橋市のあちらこちらで名前を見る機会があったし、かどた氏も千葉県知事選挙に出るとか新聞に出たりして知名度は上がっていたと思ったが、今回は現職が強いだろうなあと思ったら、やはり、松戸市が当選したようだ。
  「船橋市長なのに松戸とはこれいかに」て、これも自分で言うと、けっこう受けて名前の浸透に役立つようにも思ったのだが、言わなくても当選する見通しがあったのかもしれない・・かな。

  それで、今回、このブログで公開したいと思ったのは、船橋市会議員補欠選挙の方。
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↑ これ、何じゃらほい? ・・て思いませんか?
  左の6人はまだわかります。はっきりと入れたいと思う人は誰もなかったが、消去法で取り除いて残った人に・・と思っても、残る人というのがあまりなかったので白票を入れようか、無理無理でも誰か選んで書くか、それとも「このハゲえ~!」と書こうか迷ったのですが、「ハゲ」とは書きませんでした。
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↑《 NHKから国民を守る党
NHKをぶっ壊す! NHKから国民を守る党はNHKに受信料を支払わない方を全力で応援・お守りいたします。
NHKに関するお困りごとやご相談は党コールセンター(03-3696-0750)までお気軽にお電話ください。》
と書いてあるのですが、なるほど、そういう主張の「党」なのか・・とは思いましたが、候補者の名前が書かれていないのです。この掲示板は立候補者がポスターを貼る場所ですから、立候補者の名前が掲載されていないと、その候補者の名前を書けないではないか・・と思ったのですが、投票所に行って投票用紙に記入する場所に行くと、前に氏名と政党名が書かれており、「NHKから国民を守る党」の候補者名もそこに書かれています。だから、候補者名を書こうと思えば書けますが、この掲示板の貼り紙には候補者名が書かれていません。
 そして、
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↑《 不登校を考える党
不登校を考える党は学校に通う意味や学びの多様なあり方を考え、学校に通うことができなくなってしまった子どもの居場所づくりに尽力しmす。》
と書かれているのですが、これも候補者の名前は書かれていません。選挙の掲示板に候補者でない者がポスターを貼っているのかというとそうではないようで、投票所に行くと、やはり、「不登校を考える党」とその候補者の氏名が候補者一覧の中に出ています。
 そして、
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↑《 動物愛護推進党
動物愛護推進党は「動物さっ処分ゼロ」、「動物虐待ゼロ」、「ペットと人間の共生による豊かな社会の実現」を目指します。》
と書かれていますが、これも候補者の氏名は書かれておらず、かつ、投票所の投票用紙に候補者名を書く場所には、「動物愛護推進党」とその候補者の氏名が候補者一覧表には書かれているのです。
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↑《 議席を減らします党
「政治をする人」「選挙をする人」を分ける。「古い政党(既成政党の政治家)」を議会から退場させ、「新しい考えの政党・政治団体の政治家」への入れ替えを目指します! 私達「議席を減らします党」は、国会・地方議会にいる「古い政党(既成政党)」議員の議席を減らすことを目的としています。「政治家しっかりしろ!」「政治に期待してない!」「選挙で投票するとこがない!」そんなあなたの票を私達に託して欲しいです! 》
と書かれています・・が、「私達に託してほしい」と言うのであれば、それで今回はその「私達」の誰の名前を投票用紙に書いて欲しいのか・・というのがこのポスターには書かれておらず、やはり、投票所の投票用紙に候補者名を記入する台の所の候補者名一覧の所には「議席を減らします党」という党名と候補者の氏名は書かれているのです。
  そして、そして、何よりも圧巻なのが・・↓
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↑《 HAGE党
HAGE党は薄毛であることを理由とした理不尽な差別の解消を目指します。》
と書かれていますが、やはり、候補者名はここには書かれておらず、投票所の投票用紙に候補者名を記入する台の前の候補者名一覧表には「HAGE党」という党名と候補者名が書かれているのです。
  投票所で投票用紙に記入するとき、「このハゲ~え」と書きたい衝動にかられました・・が、もしも、投票用紙に「このハゲ~え」と記入したら、それは有効得票とされるのか無効とされるのか。 候補者名を書くものであるとしても、正確な候補者名でなかった場合でも明らかにその候補者を指していると思われるような名称が書かれていた場合には有効得票とされる場合があるのですが、この場合、「ハゲ!」と記入したならば、「HAGE党の候補者」を意味していると解釈してこの「党」の候補者の得票と解釈するべきなのか。
  しかし、難しいのは、この船橋市会議員補欠選挙では、↓
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↑ を見るとわかるように、候補者の氏名と写真も掲載したポスターを掲示している「そう ひさと」氏もまた、””薄毛””であるわけですから、「はげ」と書かれた場合には、「HAGE党の候補者」のつもりだったのか、それとも「そう ひさと」氏のつもりだったのか判別は困難と思われます。
  かつて、「自民党+公明党」連合政権が「子供手当」などというものを出し、さらにその後、民主党政権が「地域振興券」なるものを子供がある親に渡すということをやりました。要するに、ある程度以上の年齢になりながらまだふさわしい結婚相手にめぐり合えていない男および女、結婚相手にはめぐりあえたものの子供が欲しいと思いながら子供ができずにいる男および女 から取り上げたカネを、すでに結婚できて子供にも恵まれたという男および女にくれてやろうという「政策」です。 1990年代末、(株)一条工務店の栃木県佐野市の営業所にいた時、子供があったS藤(男。当時、30代なかば過ぎ)が、やはり、子供があったK岡(男。当時、40代前半)に、「地域振興券て、あれ、子供の為に使う?」ときくと、K岡が「バカか。そんなもの、子供の為になんか使うわけないだろうが。俺の為に使うに決まってるだろうが」と言っていました。要するに、私から取り上げたカネをK岡やS藤にくれてやってK岡やS藤が遊興に使うようにしようというのが「地域振興券」であり「子供手当」であったのです。S藤は「地域振興券て、あれ、ピンサロで使えるのかなあ」と半分冗談みたいに言っていましたが、「地域振興券」がピンサロで使えたのかどうか知りませんが、ピンサロで使えなかったとしても、おっさんが遊興に使うような店で使える店はあったのではないでしょうか。まだ、ふさわしい結婚相手にめぐりあうことができずにいる男および女、結婚はできたけれども子供が欲しいと思いながらできずにいる男および女から取り上げたカネを、すでに結婚できて子供もできたという男および女にくれてやるというような「子供手当」「地域振興券」などというものは、これは愚行だと思います。 「少子高齢化対策のために」などと言う人がいますが、「後先考えずに性交して子供作った人間」を優遇しようという制度が「少子高齢化対策」になるのでしょうか。
  又、「将来、社会に貢献する子供を育てているんだから」などと言う人がいますが、その子供が「将来、社会に貢献する子供」だという保証はあるのですか? 「将来、社会に貢献する子供を育てているのだから」などとそういう文句は実際に社会に貢献してから言っていただけないでしょうか。その子供が「将来、社会に貢献する」か社会に迷惑をかけるかなんて、まだ、わからないじゃないですか。その子供が、将来、社会に迷惑をかけたなら、その「子供手当」や「地域振興券」は返すのですか? 実際に社会に貢献したわけでもないのに「将来、社会に貢献する子供を育てている」などという独善的な文句を平気で口にするようなアホを拡大再生産するようなそんな行為を奨励するのはやめてもらいたいものです。
  漫談師の綾小路公磨が「実は私、ズラなんですよ。ハゲは大変なんですよねえ。子供手当なんて、あんなもの、支給するくらいなら、ハゲ手当支給してもらいたいですよ」と話していましたが、同様に思う人はいると思います。
  こういったことを考えると、実際に投票用紙に「違うだろ、違うだろ。このハゲ~え! ハゲ、ハゲ、ハゲ、ハゲ~え!」と書きたくなってきませんか?

  「千葉日報」2021.6.21.(月)<朝刊>によると、船橋市長選は、現職の松戸徹氏が当選。大差だが2位は丸山慎一氏で、門田正則氏は3位だったようです。

  市会議員補欠選挙の方ですが、氏名と顔写真が掲載されたポスターを掲示していて、選挙公報にも記載があった候補者は6人。実際のところ、私がこの人に入れたいという気持になる人は1人もいなかった。
  佐川 長(さがわ たける)氏だけが「日本共産党」と政党名を明記しており、小田切とも子氏・佐藤つぐみ氏は「無所属」、はぎわら一樹氏は「無党派」と記載し、小川まなぶ氏は「保守系無所属」と記載しています。 そう ひさと氏は「HAGE党」ではないらしく、ポスターに記載はないけれども無所属みたいです。
  普通に考えて、氏名と顔写真を掲載している候補者というのは、実際に投票してもらって当選したいという意思がある人で、氏名も掲載しない候補者というのは、何かこの選挙の過程に置いて訴えたいものがあるとしても、選挙で当選しようとは考えていない可能性が大きいと考えてよさそうに思えます。

  氏名と顔写真が掲載されているポスターを出している人では、
小川まなぶ氏は、「保守系無所属」と記載している一方で、「(自民党)田中昭一元衆議院議員(旭日中綬章)推薦」などと書いています。船橋市長候補者の 門田正則氏と「(自民党)田中昭一元衆議院議員(旭日中綬章)推薦」という部分が小川まなぶ氏は共通しているのですが、こういう「旭日中綬章」といったものを喜ぶ人もいるのかもしれませんが、「これ、なに~い?」と、むしろ、疑問に思う人もいるのではないか。あるいは、バカにする人もいるのではないか。特に、自分が受賞したというのならまだしも、自分ではなく他の人が受賞したというのをこういったところに掲載するというのは、いいと思う人も中にはあるのかもしれないけれども、あんまりいいと思わない人もいるのではないかと思います。私はあんまりいいとは思わない方です。
  もうひとつ、小川まなぶ氏は「保守系無所属」と記載していますが、こういうのは本人が言うことなのかなあ?・・という疑問も持ちます。実際に特定の政党に所属していないのなら「無所属」はいいと思います。しかし、「保守系無所属」というのは、それは本人ではなく、はたの人間が「あの人は、保守系の無所属でしょう」「あの人は無所属だけれども、まあ、保守系か革新系かといえば保守系の人でしょう」と評するものであって、自分で「保守系無所属」と言うものなのかなあ・・という疑問を持つのです。かつ、 「市民オンブズマン推薦」とも書いており、「(自民党)田中昭一元衆議院議員(旭日中綬章)推薦」とも書いているのでしょう。・・ということは、そういうのは「無所属」と考えるべきものなのか? 「市民オンブズマン」というのはどういう団体なのか? 「(自民党)田中昭一元衆議院議員(旭日中綬章)推薦」ということは自民党とは違うのか? 
  そもそも、「保守」とはどういう意味か? 自民党というのは「保守」なのか? 「保守」という言葉をこの人はどういう意味で使っているのか? 「保守」と「反動」は同じだと考えているのか、「保守」と「反動」は別だと考えているのか? ・・そのあたりが不明確です。
  私が慶應大学の大学生であった時、ある教授が講義の中で話されたものですが、「保守」というのは、資本制経済を維持した上で社会の問題点を改善していこうという立場のことで、「革新」というのは、究極的には社会主義の経済体制に移行することが社会の問題を改善するには必要だと認識している立場であり、すでにこれは間違っていると評価がされたものをまたもや復活させようとするのは「保守」ではなく「反動」であり、又、社会は移り変わっていくものであって、現在の状態を何が何でも変えてなるものかという姿勢であるならば、それもまた「保守」ではなく「反動」なのだ、と。だから、「保守」と「反動」は同じではないのであり、本来の「保守」は保守の中でも「進歩」していくものだ、と。それを、日本では、戦後、「反動」の政党が「保守」を名乗ってきたために、「保守」と「反動」を混同している人が多いけれども、本来は「保守」と「反動」は違うのだ、と。
  「保守」と「革新」という言葉があって、それと別に「進歩」と「反動」という言葉があります。「保守」だけれども「進歩」ということはありうることで、そして、「革新」だけれども「反動」ということだって概念としてありえます。「保守」とは資本制経済を維持した上で問題点を改善・改革していこうという立場のことだという定義づけでいいと考えてきたのですが、ややこしいことに、ソビエト連邦が崩壊した頃、ソビエト連邦では、それまでのソ連の体制を維持していこうとする人たちを「保守派」と呼び、資本制経済へ移行しようとする者の方を改革派のように表現したことがあったのです。こうなると、いったい、どっちが「保守」でどっちが「革新」なのかわからなくなってきます。
  カール=レヴィット『ウェーバーとマルクス』(柴田治三郎・脇圭平・安藤英治訳。1966.8.31. 未来社)では、
《 それゆえ、マルクスおよびウェーバーの両人は、すぐれた意味の《社会学者》、すなわち《哲学的社会学者》であった。しかし、それは彼らが一つの特別な《社会哲学》をうちたてたからではなくて、われわれ人間存在の現実問題に当面して、彼らが実際に、しかも彼らの本来の探求の動機にしたがって、今日の生活関係の全体を《資本主義》という名称のもとに、科学的に問題にしたからである。
  両人とも――マルクスは直接に、ウェーバーは間接に――市民的資本主義的経済を手掛かりとして、市民社会における今日の人間の批判的分析を提出する。その際基礎となるのは、《経済》が人間の《運命》になったという経験である。
  ウェーバーは、西洋文化の一般的発展傾向を見渡したあとで、立ちどまって「われわれの近代生活の運命的な力、すなわち資本主義も同様である」(『宗教社会学』第一巻、4頁)というが、それとまったくおなじく、マルクスも『ドイツ・イデオロギー』の中で次のように尋ねている――「商業とは、異なった国と国、異なった個人と個人の間の個々の生産物の交換にすぎないのに、それが全世界を征服してしまったということ――また、古代人の運命と同様に、この交換関係が地上をさまよい、目にみえぬ手を持って国家を建設して破壊し、国民を発生せしめては消滅せしめたということ――これは一体どういうわけなのか。」この質問にたいしてマルクスは、もちろんただちに、人間が「人間相互の態度の態度の取りかたをふたたび自分の手中に取り戻す」べき道を示すような答えかたをしている。――このようにマルクスが《治療法》を与えているのに対して、ウェーバーは一個の《診断》を下したにすぎない。このような差異は両人の資本主義解釈の中でも、つぎの点に現れている。すなわちウェーバーは、普遍的な、かつ免れがたい《合理化》という観点、それ自身は中立的であるが、どうとでも評価しうる観点から資本主義を分析しているが、マルクスはこれに反して、おなじく普遍的ではあるが、変革しうる、人間の《自己疎外》というはっきりと否定的な観点のもとにこれをおおなっている。資本主義の特徴として根本的意義を有する合理化、または自己疎外は、同時にまた近代科学の特性でもある。・・・》
と述べられている。
ウェーバーとマルクス (1966年) - カール・レヴィット, 柴田 治三郎, 脇 圭平, 安藤 英治
ウェーバーとマルクス (1966年) - カール・レヴィット, 柴田 治三郎, 脇 圭平, 安藤 英治
  カール=マルクスという人は資本制経済を打倒さないといけないと主張した人であり、マックス=ウェーバーは資本制経済を擁護する側の思想家とされてきたけれども、はたして、この二人を対立的な存在と解釈するべきものなのか。そうではなく、資本制経済というものについて、マルクスとウェーバーはいずれも、問題点がある社会だと「診断」し、マルクスの方は資本制経済を打倒して社会主義経済にすることがその「治療法」だとして処方箋をだしたのに対して、マックス=ウェーバーの方は「診断」を下しただけで処方箋は示さなかった、資本制経済を打倒して社会主義経済にするという処方箋には否定的であったけれども、マックス=ウェーバー自身は処方箋を出さなかった。
  こう考えると、この二人は必ずしも対立的な存在ではなく共通する部分さえあるのではないかとも思えてくるのです。
  慶應大学の経済学部教授でかつての塾長だった小泉信三は『共産主義批判の常識』(講談社学術文庫)の序文で、近代経済学者であって社会主義には否定的な立場であった小泉信三が、戦後、革新政党が議席を伸ばした時、革新政党の候補者に投票した人の気持ちはわかると述べているのです。それは、戦後すぐの時期に革新政党が議席を伸ばした頃、革新政党の人たちには「気概」といったものが感じられたのに対して、「保守」を名乗る政党の者にはそういった「気概」が感じられず、話すことを聞いていても耳を覆いたくなるようなものがある。小泉信三は「保守」の方の立場の学者であったけれども、だからといって、十分に学んでもおらず、「気概」を感じられず耳を覆いたくなるようなことしか言えないようなそんな人を支持するつもりはない、そんな人間なんか、選挙で落選するなら落選してよい、という認識だったらしい。又、日本共産党の議長だった野坂参三は慶應大学に在学中、小泉信三のゼミにいて、小泉信三は野坂参三を大変高く評価していたそうで、あなたと野坂参三とは考え方が違うのではないかと言うと、そんなことは何の関係もない、たとえ、自分と考え方が違っても優秀な者は優秀だと評価するべきなのだ、と話したという。
  「リベラル」という言葉も、もともとは「保守」の中でも「良心的な保守」とか「保守系自由主義」とか「反対意見に対しても、弾圧してやまないというような態度は否定して、革新勢力に対しても寛容な姿勢の保守」とか「反ファシズムの保守」とか、そういった意味合いで「リベラル」という言葉は使われてきましたが最近は「リベラル」という言葉も別の意味合い・ニュアンスで使われることが出てきたように思えます。
  こういったことを考えた時、「保守系無所属」と他の人間が評するのならいいけれども、自分自身で「保守系無所属」と言う人というのは、その「保守系」というのはどういう意味で言っているのか? その人の「保守系」という言葉についての定義をぜひともきいてみたいものです。それについて、まともに答えることができないようであれば、その部分において、その人はあまり高く評価できないように思います。 
  小川まなぶ氏はどうなのか? ポスターを見ると、「中央大学法学部法律学科卒」と書かれており、今回の船橋市会議員補欠選挙の候補者の中では「学歴」としては上の方の学歴の人のようですが、このあたりについて、自分自身で明確な定義ができているのか? どうも、かなりいいかげんに「保守系」という言葉を使っているような印象を受けています。
  そもそも、「保守系無所属」なのか《「保守系」で「自民党」》なのか、どっちだと言いたいのか? 自民党の元衆議院議員に推薦してもらっているのなら、なぜ、自民党公認ではないのか? 自民党の元衆議院議員は推薦しても自民党は推薦してくれない人なのか? 推薦してくれないのなら、何が推薦してもらえない理由なのか?
  そのあたりがどうもはっきりしない。
  普通に考えて…、船橋市会議員の候補者なんて、言っちゃなんだが「それほどたいした人」は出てないわけで、定員が1名なら「自民党公認」で当選できないというのはおかしいという見方もできる。それを自民党が公認しないということは、自民党は当選させる自信がないのか? それとも、自民党は公認しないのに「勝手に出ている」のか? な~んか、そのあたりがよくわからん・・・と思ったら、そんなに下の方ではないものの落選したようですね。

  小田切とも子氏は「ともことともに船橋をよくする」というフレーズはいいと思います。もっと、大きく書いた方がいいのではないでしょうか。あるいは「ともことともに」だけ大きく書いてもいいかもしれません。
  他に、「早大MBA」「社労士」「2児の母」と書かれているのですが、「MBA」て何なんだ・・というと、《経営学修士》https://bblog.sso.biglobe.ne.jp/cms/article/edit/input?id=39509497&finished_from_edit=1&finished=1 には、《経営学修士(けいえいがくしゅうし、Master of Business Administration、MBA)は、経営学を修めたものに対して授与されることのある学位である。・・ 》と出ています。「経営学修士」らしい。「選挙公報」にも書かれていますが、「早稲田大学大学院修了(MBA取得)」で、社会保険労務士で公文式教室とか、学習塾の先生みたいなことをやってきた人みたいですね。
  経歴として書くのはいいと思います・・・けれども、「社労士」「2児の母」もそうですが、吹き出しで書くのではなく、自己紹介として並べて書く方がいいのではないでしょうか。 ・・で、資格としては社会保険労務士の資格を持っている人だというのはわかりましたが、経歴として見た時、普通、履歴書には中学校卒業から後を書くのですが、市会議員選挙ですと、小学校とかも船橋市の小学校でましたというのはいくらかなりともプラスの評価で、「よそから来た人」より「地元の生まれ」の方がプレスの評価を受けることが多いはずなのですが、学歴としては早稲田大学大学院だけが掲載されている・・というのを見ると、「な~んでだ?」とか考えたくなります・・よね。なりませんか?
  だって、大学院だと、稀勢の里だって《2021年3月17日、関係者の話で早稲田大大学院スポーツ科学研究科の修士課程1年制で「新しい相撲部屋経営の在り方」をテーマにまとめ上げた修士論文が最優秀論文として表彰された。》(《ウィキペディアー稀勢の里 寛》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%80%E5%8B%A2%E3%81%AE%E9%87%8C%E5%AF%9B )し~い、桑田だって、《 引退後は野球解説者・評論家(日本テレビ・スポーツ報知専属野球解説者・野球評論家。TBS・J-SPO大リーグゲストコメンテイターほか)やタレントとして活動した、並行して2009年1月28日に早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程1年制コースに合格。大学院では平田竹男教授の指導を受け、同期生には政治家の中山泰秀や競艇選手の江口晃生などがいる。2010年3月25日、首席で修了した。修士論文の題目は「『野球道』の再定義による日本野球界のさらなる発展策に関する研究」で、最優秀論文賞を受賞した。》(《ウィキペディアー桑田真澄》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%91%E7%94%B0%E7%9C%9F%E6%BE%84 )というもので、マア、別にいかんとは言いませんが、学歴として大学院だけ記載すると、稀勢の里・桑田の仲間かあ~あ? ・・という印象を受けます。実際問題として。
 「MBA」と書かれても意味わからない人の方が多いのではないかと思いますから、市会議員の選挙ならば「経営学修士」と書いた方がいいのではないでしょうか。
  「2児の母」と吹き出しで書いていることを見ると、その「2児の母」というのが「売り」になると思っているようですが、「売り」になるのですか、そういうのは?  私はならないと思います。むしろ、まだ、ふさわしい結婚相手とめぐりあうことができずにいる男および女、結婚はできたけれども子供が欲しいと思いながらできずにいる男および女からすると、「2児の母」て、だから何?!?・・て印象を受けるのではないか。
  「社労士」というのも、社会保険労務士の略だとわからない人だってあると思いますから、「社労士」と書くよりも「社会保険労務士」と記載した方がいいと思います。
  「社労士」だからいいということもなければ悪いということもない。選挙公報を見ると、社会保険労務士の資格は取得しても、むしろ、学習塾経営みたいなことの方に力入れてやってきた人なのかな・・というような経歴に見えます。この「社労士」も吹き出しで記載するよりも、他の経歴と並べて自己紹介の一環として記載した方がいいのではないか。
  「2児の母」というのも、吹き出しで書くと、この人、なんで、そんなものが「売り」になると思ってるのお? 修士様にしては賢くないんちゃう~う? て感じがしてきますが、そうではなく、自己紹介として、
「☆☆小学校・△△中学校・◇◇中学校・▽▽大学・早稲田大大学院修士修了。経営学修士。
 社会保険労務士。
 2児の母。 」
と並べて記載するならば、「ああ、そういう人か」となり、どういう経歴の人かわかったということで、その分だけプラスになりますし、この際、高校にしても大学にしても、特に高い評価を受けるような学校でなくても、自己紹介として「そういう人なのか」とわかればそれはプラスになると思います。むしろ、大学院だけ記載すると「稀勢の里、桑田の仲間かあ~あ?」という印象を受けます。・・私、力士としての稀勢の里のファンでした。決して稀勢の里が悪いわけではありませんよ。桑田は、早稲田大の大学院に行くという時に、清原が、大学院に行くにしても何もよりによって早稲田大の大学院に行かなくてもいいのではないのか、桑田が早稲田大に行くと言っておきながら早稲田大に行かずに巨人に行ったおかげでPL学園の後輩は早稲田大だけでなく東京六大学野球のチームに採ってもらえなくなってしまったのに、それなのに桑田が早稲田大の大学院に行くというのは無神経だと言っていたのを見ましたが、そういうことはあるとしても、桑田は元野球選手としては、なかなか理論派で野球について話すことを聞くと「なるほど」というものがあるし、体罰は嫌だったときっちりと述べているあたりも評価できると私は思っています・・けれども。でもね。しかし、「早大MBA」とだけ、大学院だけ学歴を書かれると、「稀勢の里・桑田の仲間なんかあ~あ?」という印象を受けますね・・。そして、吹き出しで「2児の母」と書かれると、「だから、何?」という印象の方が強くなるように思いますね。

  「そう ひさと」氏は「HAGE党」ではないのはわかったけれども、「俺とやらないか」と言われても、何やるんだよお??? ・・て感じがします。 もうちょっと、何か書きようがあるのではないか。

  「はぎわら一樹」氏と「佐藤つぐみ」氏は2人とも「介護福祉士」で、部分的に「キャラがかぶっている」。
  「佐藤つぐみ」氏は、「佐藤」という苗字は比較的多い苗字ですから、名前の方を大きく書いてアピールしているというのはいいと思います。「女性がもっと輝く社会を」というのは、別に否定はしませんけれども、しかし、かつて、女性の議員があまりいなかった時代であれば、「女性」を「売り」にするとプラスになったでしょうけれども、今では女性の議員は必ずしも少なくないし、それぞれの職場でも女性がけっこう上の方の役職についている場合もあるのです。そうなると、あまり、「女性」を「売り」にしようとすると、他に「売り」にするもの、ないんかい? ・・という印象を与えてしまう場合があります。この人が女性であるのは名前を見ても写真を見てもわかります。むしろ、それ以上、「女性」を「売り」にしようとはしない方がプラスではないか。あまり、「女性」を「売り」にしようとすると、今現在では「女性」をたてにして横暴を働いている「女性」も職場にはいますし、そういう人に痛い目に合わされたことがある男性からすると、「うわっ」という感じ。嫌悪感に近いものを感じてきます。
  かつて、小泉純一郎が「刺客」と言って女性の候補者を大量に出した時、田中真紀子さんが「なんで、女ばっかり出すんでしょうねえ。男でも女でも優秀な人が出ればいいのと違うのですか。まったく、小泉さんも山拓と一緒で女好きですねえ」と言ったことがありましたが、私はその発言はもっともだと思ったのです。国会議員でも市会議員でも女性がなってはいけないなどということはまったくないけれども、あくまでも「男でも女でも優秀な人が出ればいい」のであって「女性であること」を「売り」にする人、もしかすると「女性であること」しか「売り」にするものがない人・・というのは、あんまり出てもらいたくない・・ところがあります。田中真紀子さんは「やっぱり、政治家というのは、オラのような男らしい女じゃないとだめなんだ」と言っていましたが、そういった発言をするあたり、選挙民の印象を考えた言い方をしていると思いましたし、そう言われると、自分は性別は女であっても男であるか女であるか関係なく評価してくれと言っている人なんだとわかりますし、その点は評価できると思ったものでした。女性の議員がほとんどいないという時期であれば「女性であること」は「売り」になりますが、そうではなくなった今現在においては、むしろ、男性の議員が「女性の気持ち・女性の立場も理解できる男性」であってもらいたいのと同じく、女性の議員もまた「男性の気持ち・男性の立場も理解できる女性」であったもらいたいもので、「女性」を表に出して主張する女性というのは、女性の立場は主張しても男性の気持ち・男性の立場は無視していいと考えている人なのだろうか?・・・などと思ってみたりもすることになります。

  「はぎわら一樹」氏は、「佐藤つぐみ」氏と同じく介護福祉士だそうで、年齢も2人とも20代後半。「福祉現場の声を船橋市政に」という文句も「佐藤つぐみ」氏の「介護現場へ希望を」という文句と似ています。
  「はぎわら一樹」氏で、気にかかったのは「無党派」と記載しているだけでなく、
「私も応援します。朝倉幹晴【市議・5期目(無党派)】 前文教委員長 」
と書かれているのです。 「無党派」というのは、自民党・公明党・立憲民主党・国民民主党・維新の会・日本共産党といった政党には加入していない、それらの政党から公認は受けていないという意味なのでしょうけれども、しかし、ある現職の市会議員から「応援」されているからには、議員が2人「応援」したり「応援」されたりする関係になったなら、それは「無党派」ですか?  何か、この人ならと支持できるものがあるから「応援」しているのではないのですか?  単に何らかの知り合いだから「応援」しているだけなのですか? もし、そうなら、「応援」している現職の市会議員は市会議員として無責任ではありませんか。 「応援」したり「応援」されたりするからには、何らかの共通する意見・見解があるのではないのか。そうであるなら、「無党派」と違うのではないのか?
   「無所属」「無党派」というのは、自民党・公明党・立憲民主党・国民民主党・維新の会・日本共産党といった政党には加入していません、公認は受けていません・・という意味で言うのは言って悪いということはないでしょう。しかし、それなら、どういう立場なのか、それらの政党にはっきりと加入していないとして、どういう立場・どういう見解・どういう考え方の人なのか・・、それを述べないというのは卑怯ではないか。特に、「応援」する市会議員がいて、「応援」される市会議員候補者がいるならば、その2人の間にはすでに「党派」ができているのと違うのか? それはどういうものなのか? なぜ、それを述べないのか?  自分でも自覚がないのか?

  結局、船橋市長選挙は、
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( ↑ 「千葉日報」2021.6.21.(月)<朝刊> )
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( ↑ 「千葉日報」2021.6.22.(火)<朝刊> )

  船橋市会議員補欠選挙は、
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( ↑ 「千葉日報」2021.6.22.(火)<朝刊> )
  市会議員補欠選挙では、佐藤亜美 氏が当選。 あれ、佐藤亜美ていたっけ? ・・というと、候補者掲示板のポスターでは「佐藤つぐみ」氏と書かれていた女性が「千葉日報」の「船橋市議補選開票結果」では「佐藤亜美」氏と表記されているらしい。
  次点は、「実質、自民党」かと思われる小川学氏で、3位は日本共産党の佐川長氏。 候補者掲示板に氏名を掲載しなかった5人の候補者と「俺とやらないか」の宗 寿人 氏が下位になったようだ。
  この新聞記事を見て一番に強い印象を受けたのは、「宗 寿人」氏は選挙の掲示板を見たところ70歳は越えてるだろう・・と思ったのだが、実際は32歳らしい・・という点。なるほど、たしかに《HAGE党は薄毛であることを理由とした理不尽な差別の解消を目指します。》という主張はわかるなあ・・・という感じがしたが、しかし、「宗 寿人」氏は「HAGE党」の候補者ではなく、「HAGE党」の候補者は「小島憲治次氏 67歳」である。

  この「千葉日報」の記事だけでは、「諸派」の党の候補者はどの人がどの「党」なのかわからないが、「選挙NEXT 船橋市会議員補欠選挙」https://senkyo-next.com/senkyo/event-103683/ を見ると、

《 当 27276
佐藤 つぐみ
さとう つぐみ
27 女 無所属 新 5.23% 20.37% 介護福祉士

落 26430
小川 学
おがわ まなぶ
58 男 無所属 新 5.07% 19.73% 会社員

落 24279
佐川 長
さがわ たける
44 男 日本共産党 新 4.66% 18.13% 政党職員

落 20159
小田切 ともこ
おだぎり ともこ
45 女 無所属 新 3.87% 15.05% 社会保険労務士

落 18469
萩原 一樹
はぎわら かずき
26 男 無所属 新 3.54% 13.79% 介護福祉士

落 4399
阿井 健太郎
あい けんたろう
44 男 動物愛護推進党 新 0.84% 3.28% 会社員

落 3997
さいとう ひろき
さいとう ひろき
33 男 議席を減らします党 新 0.77% 2.98% 自営業

落 3360
神谷 幸太郎
かみや こうたろう
45 男 NHKから国民を守る党 新 0.64% 2.51% 政党職員

落 3042
宗 寿人
そう ひさと
32 男 無所属 新 0.58% 2.27% 政治団体役員

落 1996
渡辺 聡一
わたなべ そういち
48 男 不登校を考える党 新 0.38% 1.49% 自営業

落 522
小島 憲次
こじま けんじ
67 男 HAGE党 新 0.10% 0.39% 無職 》

・・と出ており、
阿井健太郎 44 動物愛護推進党
さいとうひろき 33 議席を減らします党
神谷幸太郎 45 NHKから国民を守る党
宗 寿人 32
渡辺聡一 48 不登校を考える党
小島憲次 48 HAGE党
・・と、小島憲次氏がHAGE党だとわかる。

  「千葉日報」には、
《 無効が1割超、1.6万票
  市議補選「白票」多く

 船橋市議補選で、無効票が、投票者全体の約11%を占める1万6500票に達した。最多得票の当選者は約2万7千票だった。市長選の無効票は2710票(約1.8%)にとどまり、市議補選の無効票の多さが際立った。
  市選管によると、市議補選の無効票のうち、約1万2千票が何も記載しない「白票」。他は、候補者名以外の文字や記号類を書くなどしていた
  今回立候補した11人のうち諸派の5人は、選挙用掲示板のポスターに候補者名を一切記載しなかった。 一方で、諸派5人を含む11人全員が供託金(30万円)の没収が回避される得票となった。投票率は28.86%。
  4年前に市長選と同時実施した市議補選(欠員1に6人立候補)の投票率は28.08%。その際の無効票は9388票だったという。》

  無効票が多かったことには理由は3つ考えられる。
1.無効票約1万6500票のうち、「白票」が約1万2千票。この「白票」は投票所まで足を運んだが、市長選挙はともかく、市会議員補欠選挙では最後の最後まで入れたいと思う人が思い浮かばなかった、という人ではないか。 白票が多かった・・ということは当選者にしても、市民から必ずしも高い評価を得たとは言えない、ということを認識してもらいたいと思う。
2.「白票」ではなく、候補者名以外のものを書いたものは約4500票。 これは2つの原因が考えれ、ひとつは、5つの「諸派」が選挙掲示板に候補者名を記載せず、「政党」の名称を書いたことから、衆議院・参議院の選挙の比例代表の投票のように政党名を書いてもいいと勘違いして「政党名」を書いた人、もしくは、候補者名を書くべきものと理解しながらも、この5つの「諸派」のどれかの「政党名」を書いた人があったのではないか、ということだろう。
3. そして、「白票」ではなく、候補者名以外のものを書いたという無効票には、「ハゲ」「はげ」「禿」と書いたものがあったのではないか。もっとも、「HAGE党」という「政党」が候補者を出していたわけですから、「ハゲ」「はげ」「禿げ」「禿」は「HAGE党」のことではないかという推測はできるのですが、それでも、政党名を書くのではなく候補者名を書くべきものであるから「無効」とされたか・・、もしくは、「ハゲ」「はげ」「禿げ」「禿」では「HAGE党の候補者の小嶋憲次氏のことなのか、それとも、「宗 寿人」氏のことなのか判別できないことから「無効」の表と判断せざるをえなかったのか・・。
  ともかく、そういうことだったようだ。

  少し前の千葉県知事選挙では、小池都知事と結婚したいとか言い出したおっさんとか「主要候補」以外がずいぶんと存在感を出したものだったが、この船橋市会議員補欠選挙では「諸派」の5つの「党」が選挙掲示板に「党名」は記載しても候補者名は記載しない「ポスター」を出した。「ポスター」の書式が5つとも同じということを考えると、5つの「諸派」の実行者は実質同じ人もしくは同じ団体という可能性が考えられるのだが、どういう意図でのものなのだろうか。
  もしも、選挙掲示板に「政党名」と「党の主張」のみの掲載ではなく候補者名も記載していたとすると、他の候補者だって、言っちゃなんだが「たいした候補者じゃない」のだから、当選した可能性だってあったと思うのだ。・・特に「HAGE党」に禿げたおっさんの顔写真と氏名を掲載していたならば、そのおっさんに投票した人は一定数以上でてきたことは十分に考えられ、他の候補者が「たいしたことない」からには、当選した可能性はあると思うのだが、そうしなかったということは、当選させる意思はなかった・・ということか。

  自民党は小川まなぶ氏に「元衆議院議員」に「推薦」させておきながら、党として「公認」しなかったというのはどういうつもりだったのだろうか。政権担当政党の自民党として、「無所属」の「新人」に定員1の選挙で負けるというのは恥ではないのか?  もっと、「自民党公認」として選挙戦をやれば当選させることができたということはないのか? 船橋市の自民党は「やる気なかった」のか?  自民党としての候補者を出すつもりはなかったのか?
  日本共産党の佐川長氏は、3位になったが、「無所属」「無党派」の候補者がいっぱい出たということは、「無党派層」の票が割れることが考えられたから、日本共産党の固定票と「親共産」の層の票を集めれば、たいした候補者が出ているわけではないのだから当選させることはできたのではないのか・・とも思うが、当選させられなかった・・ということは、船橋市における日本共産党の力はそれほど大きくないということなのか。
 「実質、自民党か?」の小川まなぶ氏と日本共産党と明記している佐川長氏よりも多い得票を得たのは当選した佐藤亜美氏ひとりだけだったわけだが、佐藤亜美氏は「無所属」と表記しているけれども、「実質、自民党か?」よりも多い得票、日本共産党の候補者よりも多い得票ということは、「無所属」と言いながら、何らかの支援団体があったのか?・・と思ってインターネットで検索してもこれというものは出てこない。

  候補者の名前を書くべきところに候補者以外のものを書いたなら無効になるとしても、選挙民は誰もが教養水準が高いわけではないから、漢字の能力が優秀ではない人だっているはずで、もし、難しい漢字の名字の候補者がいた場合に、「、」がひとつ多かったり少なかったり、突き抜けているべきものがつきぬけていなかったり、その逆だったり、不正確な漢字が書かれるという場合もありうるだろう。そういう場合には、その候補者の名前を書こうとしたのであろうと推測できれば、その候補者の得票とするべきだろう。
  又、ひらがなで候補者の名前を書いた場合、その漢字ならおそらくこう読むだろうと推測したものが適切ではなかったという場合はどうか。今回、船橋市会議員補欠選挙で当選した佐藤亜美氏は、「あみ」と読むのかと思ったらそうではなく、選挙ポスターによると「つぐみ」らしい。「北勝海(ほくとうみ)」じゃあろまいし、どないしたら「つぐみ」と読めるねん・・と思うが「つぐみ」らしいが、「さとうあみ」と書いた人がいたならば、「佐藤亜美」氏のことだろうと推測していい・・かな。 日本共産党の候補者の「佐川 長」氏の「長」は「たける」と読むらしいが、「さがわ なが」と書いた人がいたとすると、これも「佐川 長」氏のことだろうと推測していい・・・かな。
  それで、どこまで、その推測を認めていいのか、というのはなかなか難しい。 船橋市長選挙の候補者だった、門田正則氏の名字の「門田」は「かどた」と読む人と「もんでん」と読む人がいる。 「門田」という苗字の有名人としては、かつて、南海ホークスの門田博光選手がいる。野村のじいさんが江夏・江本とともに「南海の三悪人」の1人だと言った選手、「監督が右向けと言ったら左向きよる」と野村じいさんが書いておった選手、監督が「そんなに振り回すな」と言ったら余計に振り回しよる、監督が「ホームランというのはヒットの延長だ」と言ったら「ホームランの打ち損ねがヒットだ」と言いよったとか、さらに、そのうち、「狙いは常に場外ホームラン」なんてコピーまででてきた門田博光選手は「かどた」と読むが、私と同じ中学校で「門田」と書いて「もんでん」と読む男がいた。だから、「門田正則」という氏名を見て「もんでん」と読むと思い込む人も中にいるかもしれない。だから、選挙ポスターには「かどた正則」と名字をひらがなで書いていたのではないかと思うが、投票用紙に「もんでんまさのり」と書く人がもしもいたならば、おそらく、「門田正則」氏のことだろうと推測してもいい・・・かな、と思う。
  今回、「諸派」として5つの「党」が選挙掲示板には「政党名」は記載したが候補者の氏名は記載しない「ポスター」を掲示していた。この「ポスター」を見て、その「党名」を投票用紙に記入した人がいたならば、それはその候補者の氏名を書きたいと思って書き間違えたのだから、その候補者の得票だと考えていいかどうか・・・。
  比例代表の場合であれば、その政党の正式名称でなくても「略称」を記入した場合も有効とされるであろうけれども、たとえば、「自由民主党」ではなく「自民党」でも有効、「日本共産党」ではなく「共産党」でも有効であろうけれども、候補者名を書くべきところをその候補者の「党」の名前を書いた場合、それはどうか・・。

  さらに、比例代表であった場合でも、「HAGE党」を「はげ~え!」とか書いた場合はどうか。「禿党」なら趣旨は間違ってないだろうけれども、どうだろうか。
  今回は、「このハゲ~え!」と書きたい衝動にかられた人はけっこういたのではないか・・と思う(^^)/
  しかし、「このハゲ~え!」と書かれた場合、「HAGE党」の小嶋憲次氏なのか宗寿人氏のことなのか、判別は難しいので、おそらく、それは無効票とされたのではないか・・・と思うが、しかし、「このハゲ~え!」と書きたい~い(^^)/ ・・という気持になった人は一定数以上いたであろう・・・と思われる。
  「子供手当なんて、あんなもの、支給するくらいなら、ハゲ手当支給してもらいたいですよ」と思った人は一定数以上いるはずであるから、だから、「はげ はげ はげ」「このハゲ」「ハゲ党」と記入する人があったとしても、ふざけたものとは一概には言えない・・と思うが・・、まあ、それでも、たぶん、無効票になったのだろうなあ・・・(^^)/

  今回、私も、実際のところ、投票所まで行くの、やめようかとも思ったくらいだった。市長選挙は、どうせ「船橋市長なのに松戸とはkろえいかに」の松戸氏が当選するだろうし、市会議員補欠選挙は特に入れたい人はいなかったので、めんどうくさいだけ・・という気もしたが、それでも、やはり、市民として投票所に行かないというのは良くないと思って行ったが、行っても、最後の最後まで誰に入れたものか迷った。だから、最後の最後、「このハゲ~え」と書く人がいたとしても、「気持ちはわかる」(^^)/
・・たぶん、いたと思よ(^^)/

  ・・ということで、今回はここまで(^^)/ 

  (2021.6.22.) 

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"船橋市会議員補選 で選挙掲示板を見て「なんじゃ、こりぁ」。「このハゲ」と投票用紙に記入したとすると有効か無効か・・?" へのコメントを書く

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