クリスマスに考える『ヨブ記』と「精神科医」と不二家と父親と山下達郎。神は暴風の中から現れていない。「精神科医」て暇なのか? 「イエスさまのために、いいこと」て何だろう?

[第531回]
  12月24日は「クリスマス イブ」、12月25日は「クリスマス」で、これは「イエスの誕生日」なのかというと、『みんなが誤解している雑学』(2019.10.22.彩図社)によると、
《 古代ローマでは冬至の日に「不敗の太陽神(ソル・インゥンクトゥス)」の再生を祝う祭典があった。 そして、同時代、キリスト教が公認される前のローマ帝国で、古代インド・イラン発祥とされるミトラ教が広まっていた。ミトラ教は太陽神ミトラを信仰する宗教で、ミトラ教徒はローマの「不敗の太陽神」とミトラを同一視し、当時の暦で冬至である12月25日にミトラの再生を祝うようになった。
  ミトラ教は帝国全土に広まったが、次第にキリスト教が発展し始めた。当時はキリストの誕生を祝う習慣がなかったが、キリストがこの世を照らす光とされていたこともあり、ローマ教会は太陽神ミトラとキリストを重ね合わせた。そしてミトラの再生を祝う祭日である12月25日が、キリスト教ではキリストの誕生を祝う日として定められ、クリスマスとして現在まで続いているのである。 なお、12月25日はキリストの「誕生日」ではない。以上の理由から、あくまでキリストの「誕生を祝う日」なのだ。 》
ということらしい。
  《「不敗の太陽神」の再生を祝う祭典の日》と《太陽神ミトラを信仰するミトラ教》とが合体し、その日を「キリストの誕生を祝う日」にした、ということだそうだ。

  12月23日は何の日かというと「クリスマス イブの準備の日」ではなく、「前天皇のお誕生日」だったはずだが、なんだか、「クリスマス イブの前日」の誕生日というのは損みたいで、「右翼」と言われる人たちも含めて全国的に軽視していた傾向があったように思うが、自分の誕生日を軽視されても、それに文句など言わないというあたりも、穏健で平和的で「リベラル」で東南アジア諸国からの評判も悪くなかったらしい前天皇の人柄を表しているのかもしれない。気になるのは、戦争遂行した昭和天皇の誕生日は「みどりの日」にして祝日を継続したあたりは、4月末から5月にかけての「ゴールデンウイーク」を継続したいという「国民の希望」に沿ったものだったかもしれないが、それが、いつのまにか「昭和の日」に変わってしまった、という点と、戦争遂行した天皇の誕生日の「昭和の日」は「国民の祝日」になったが「リベラル」な天皇の誕生日は「国民の祝日」にならないという点。なぜ、「みどりの日」は「昭和の日」に変更されたのか、という点。 ・・実際問題として12月23日という「クリスマス イブの前日」で学校では「終業式の直前」、会社においては「年の終わり」「忘年会シーズン」に「国民の祝日」はそれほど欲しくないという実状があったのかもしれないが、それだけなのか・・、そのあたりが少々気になるところではある。

  私はカトリック系の幼稚園に行ったので、キリスト教系でない幼稚園でも「クリスマス」はやっていたらしいのだが、やはり、キリスト教系の幼稚園の方が、「キリスト教的なクリスマス」というのか、「本来のクリスマス に近いクリスマス」をやっていた。
  幼稚園児による「イエスの誕生」の劇をやったのだが、イエスの役をやりたい♪・・・と思ったのだが、まず、最初に先生が「◇◇くん、イエス=キリストの役! ☆☆さん、マリアの役!」と主役を先生が指名して決めてしまったのだ。 その時は、少なくとも今よりも純真だったので、その指名されたやつというのは、優秀だと先生に評価されたのだろうか・・と思ったのだが、今から考えてみると、もしかして、それはその幼稚園の理事長の親戚とか、多額の「特別献金」した人の息子だったとか・・、何かそういった「大人の事情」があったのかも・・て気がしないでもない。
  貴闘力がYouTube で「貴闘力部屋」https://www.youtube.com/channel/UCNxyWUfEIBTV4I1C9E4OyCg というチャンネルを公開していて、これが、な~かなか面白いんだわ♪ さっそく「チャンネル登録」した(^^♪ ・・で、そこで、2代目貴乃花が、最後、何場所も休場したとか、稀勢の里が何場所休場したのに、それに対して、それより休場数が少ない白鵬や鶴竜がなんで横審から「注意」されなきゃならんのだとか言う人がいるが、貴乃花や稀勢の里は八百長しないから、だから、八百長しない横綱は星を買うことができないから、きっちりと怪我を治して出場して勝つしかないから、一緒にしてもしかたがないと述べていたが、もしかして、あのイエスの役とかマリアの役とかやったやつというのは、星を買ったのか? ・・とか、だから、イエスの役とかマリアの役とかやりたいと思っても、私立金権裏口医大に合格したいと思ったら、入学試験で少々いい成績を取っても「寄付金」を払わない限り、金輪際、絶対に合格なんてできるわけない!・・というのと同じで、「特別献金」しないことには、絶対に主役はもらえない・・ということだったのか? もしかして、そういう「大人の事情」があったのか・・、ガチンコで勝とうと思ってもだめだったか・・、「天国の沙汰もカネ次第」てものかあ~あ・・・・・。 ちなみに、イエスが誕生した時に、「東方の賢者」が3人、贈物を持って祝いに来たという話があり、私はその「東方の賢者」の2番目の役をやった。セリフが一言だけあったが、どんなセリフだったかは、忘れた。
  実際、稀勢の里って、実際に本場所の土俵で怪我したというのは誰もが知っていることなのだから、5番ほどでも星を買えば、残り10番は3勝7敗でも勝ち越せる、5勝5敗なら10勝できるわけだから、そうやって横綱を維持すれば良さそうに思えたのだが、「オトナになれない稀勢の里」というのか、「オトナになりまくりの白鵬」とは違ったようだ。琴欧州なんてカド番の時、星を買いまくって、その結果、買いすぎて全勝優勝しちゃった(^^♪・・なんてこともあったらしいし。「週刊現代」で元 若の鵬が書いていた話によると、稀勢の里が大関で大関の琴欧州がカド番の時に、カネを払うから八百長で負けてくれと、仲介役の恵那桜だったかが頼みにきた時に、最後は800万円払うから負けてくれと言われて、「うるさ~い! 向う、行けえ!」と怒鳴りつけた・・そうで、たいしたものと言えばたいしたものだが、それで、短命横綱になってしまったというのは、もったいないような気もするが。 北の富士さんなんて、15戦全勝ー8勝7敗ー15戦全勝ー8勝7敗・・と繰り返したし、千代大海なんて、8勝7敗ー負け越しー8勝7敗ー負け越しー8勝7敗ー負け越し・・と繰り返したし・・・、「千代大海のムーンウォーク」は「誰もが尊敬している」らしいしするが、星を買えば横綱を続けられても、それでも買わないというのが「美学」だったのか。そういうところで、「もうちょっと、オトナになってやなあ・・」とか言われても、それでも買わない稀勢の里だったか・・。まあ、どう考えても相撲としては反則の肘撃ちやって生き延びるという醜態さらしている暴行罪・傷害罪の犯罪者横綱白鵬よりいいかもしれない。だいたい、白鵬て、巡業やけいこの時には右肘にサポーターしてなくて、本場所になるとサポーターをして、傷めているからサポーターをしているはずの右肘のサポーターのところで肘撃ちを相手の顔面にお見舞いするが、白鵬の「サポーター」というのは市販のものではなく特注で表面がざらざらしていて当たると痛いそうで、そういうものを肘に巻いて相手に凶器攻撃するやつて、そんなやつに日本国籍なんて認めずに国外追放にするか暴行罪・傷害罪で逮捕・送検するべきじゃないかと思うのだが、相撲協会も日本の司法制度も白鵬に完全になめられている。日本の警察は、なぜ、毎場所、公衆の面前で暴行罪・傷害罪に該当する行為を繰り返している男を逮捕しないのか。
※ 《YouTube-横綱白鵬、強さの秘密は異常硬度の特注サポーターで繰り出すエルボースマッシュ?!|花田紀凱[月刊Hanada]編集長の『週刊誌欠席裁判』》https://www.youtube.com/watch?v=MoTH2B9AD3k
《YouTube-【白鳳ダメ】白鳳エルボー・カチアゲ炸裂集!<豪栄道・勢・栃煌山・妙義龍・朝青龍・安美錦・稀勢の里>【話題騒然チャンネル】》 https://www.youtube.com/watch?v=pTYajk_w3MU
  土俵外に出て勝負はついたと判断して力を抜いた相手を突き飛ばしたり、足をつかんで土俵外に投げたり、相撲の技でない肘撃ちを平気で何度も繰り返す反則力士・犯罪者白鵬を相撲協会が放置・許容し続け、日本の警察もまた暴行罪・傷害罪を公衆の面前で繰り返す常習犯罪者白鵬を放置しているのだから、「相互主義の原則」として、白鵬と対戦する力士は、白鵬に負けて白鵬が後ろを向いた時に後ろから白鵬の足をつかんで土俵外に投げてやるとか、後ろから突き飛ばして倒れた所に思いっきり膝蹴りくらわすとかやってやればいいのだ。白鵬が何度もやっていることを対戦相手がやって悪いというのはおかしい。若の鵬の「張り手」が単なる張り手ではなく掌底で相手の顔を撃っていたと批判されたが、白鵬の肘撃ちはそれより悪質だ。もし、「日本出身力士」が白鵬と同様に、土俵外に出て力を抜いた相手力士を突き飛ばしたり足をつかんで土俵外に投げたり、反則の肘撃ちを繰り返したならば、間違いなく、「出場停止」「罰金」その他のペナルティーを受けるか、相撲界追放になるはずなのに、白鵬だけが「外交特権」で守られているというのはおかしいこれは力士だけの問題ではなく、日本人が白鵬にバカにされているのであり、日本人が白鵬から侮辱されているのである。 日馬富士が貴ノ岩に「大横綱に向かってなんだ」と言ったというが、こんな札付き常習犯罪者のどこが「大横綱」なんだ。日馬富士はおかしいのじゃないか。ゴーンと白鵬は日本の司法制度を土足で踏みにじっているのであり、かつて、板井関の親方就任を相撲協会が拒否したということがあったが、板井より札付き犯罪者白鵬こそ親方就任を拒否すべきだ。
  そういえば、貴闘力が「弱っちいくせしやがってからに、カネ持ってそうな社長とかに取り入るのだけうまいやつがいる」とか言っていたが、竹葉山なんてそんな力士いたかなあ・・・と思って調べてみると、竹葉山は幕内を2場所経験しただけで、その2場所はいずれも負け越しており、幕内で勝ち越したこともない力士だったらしい。「たけばやま」と読むのかと思ったていたら《ウィキペディアー竹葉山正邦》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E8%91%89%E5%B1%B1%E7%9C%9F%E9%82%A6 によると「ちくばやま」らしい。ほかにも「弱っちいくせしやがってからに、カネ持ってそうな社長とかに取り入るのだけうまいやつがいる」に該当する親方は何人かいるようなので、貴闘力が思っている親方が誰かはわからないが、誰よりも白鵬が竹葉山のことをそう思っているのではないか・・。

  もし、イエスの誕生の劇ではなく、イエスが十字架につけられる受難の劇なら、イエスが捕縛された時に、後ろから殴りつけて、「おまえが神の子なら、今、殴ったのが誰かあててみろ!」と言う男の役というのを、今ならやってみたい気もしないでもない。 「この野郎、コネで主役とりやがってからに、こん畜生!!!」てものだ。 2代目貴乃花と仲が悪くて、貴乃花部屋が二所一門に復帰するのに反対したという安芸ノ島もまた、YouTube で、「いぶし銀列伝」という やく みつる との対談で出ていて(https://www.youtube.com/watch?v=oBmu7Ad0ZQQ )、現役時代、玉海力 という力士相手に「吊り落し」で背中から土俵に落したことがあったが、「ちょっと、いらっとすることがあったので」吊り落しをやったと話していたのだが、そんな感じで、「こんの野郎、特別献金で主役とりやがって。おまえが神の子なら、今、殴ったのが誰かあててみろお~お!!!」とか、本気で殴りつけたり・・・とか、やってみたい気もしないでもない(^^)/

  で、そのカトリック系の幼稚園で、年長組の時のこと。最近では、幼稚園は3年行く人が多くなってきたようだが、私が幼稚園児だった頃、1960年代前半は、2年保育が普通で、私が行った幼稚園は年少組2クラス・年長組2クラスで、3年行く人がたまにあったけれども、そういう人は年少組を2回やっていた。 その年長組の時のことだが、先生が「イエスさまは、貧しい大工の子供に生まれ、生まれた時は、馬小屋で飼い葉桶に寝かされました。 廊下にその飼い葉桶の模型を置いて、よこに藁を置いておきますから、これからクリスマスまでの間、皆さんは、毎日、何か良いことをやるようにしてください。良いことをしたと思ったら、飼い葉桶の横の藁を1本つかんで飼い葉桶に入れてください。皆さんがいいことをするたびに、イエスさまの寝床がふっくらとしてきます。さあ、年長組と年少組(だったか、藤組となんとか組だったか)で、どっちがいっぱい藁を入れることができるか競争しましょう」なんてことをおっしゃったのだ。それで、頑張って「いいこと」しようと思ったのだが、ところが、「いいこと」しようと思っても、何をするといいかわからん。 家で、朝、「どんな いいことやればいいかなあ~あ」と口にしたところ、うちの父親が「よっしゃ。そしたら、新聞とってきてくれ」と言うので、門扉の所の郵便受けまで新聞の朝刊を取りに行って持ち帰ったのだ。すると、うちの父親は「おう。イエスさまのために、いいことやったな。イエスさん、喜んではるわ」と言って、私が郵便受けから取ってきた朝刊を広げて読んだのだった。
  翌日、「きょうは何をやろうかな」と口にすると、うちの父親が「よっしゃ。そしたら、煙草、買ってきてくれ」と言い、それで、私はうちの父親のために、煙草屋まで行って、ハイライトだったと思うのだが、買ってきたところ、うちの父親は「おう。イエスさん、喜んではるわ。また、あしたも、いいことやれよ」とそう言ったのだった。しかし、な~んか、ちょっと違うような気がしたのだ。 翌日、幼稚園で、同級生から「〇〇くん、なんか、いいことやったあ?」ときかれたので、「昨日は煙草買ってきた。一昨日は新聞とってきた」と言ったところ、その同級生が「ええ~え? そんなん、『いいこと』って言うのお~お?」と言うので、そうだよなあ、ああいうのは「イエスさまのために、いいことやった」というのとは違うよなあ~あ・・・と思ったものだった。
  うちの父親というのは、「子供で遊ぶ」ことはしても「子供と遊ぶ」ことはしない男で、「子供で遊ぶ」ことはできても「子供と遊ぶ」ことのできない男だった。そして、その言い訳として「わしぁ、会社に行って働いてやってやってやってやったっとんねんぞお」と言うのだったが、会社員が仕事で実績を残そうと思ったならば、《「子供で遊ぶ」ことはできても「子供と遊ぶ」ことはできない人間》ではなく《「子供と遊ぶ」ことができる人間》であるべきだと思う。 2000年代のこと、千葉県の東海住宅(株)〔本社:千葉県八千代市〕という「建築業もやっているけれども売買の不動産業が中心」の会社に勤めていた時、建売住宅で「オープンハウス」を実施した時に、母親と5歳の女の子とが来場し、母親に店長のおっさんが接客している時に、その女の子の相手をしていたら、喜んでくれて、後に母親が「なんだか、ずいぶんと気に入ったみたいで、結婚するとか言ってるんですよ」と言うのだったが、それは営業の仕事をしていた者としては最高の誉め言葉だったと思う。「子供と遊ぶ」ことはできず、「子供で遊ぶ」ことならするおっさんは、きっと、そういうことは言ってもらえないと思うのだ。それ、言ってくれた当人、今、覚えているだろうか。完全に忘れられてしまったなら、ちょっとだけ寂しいような気もするが、ともかく、それは、子供と同じ位置に立って、「子供と遊ぶ」という姿勢でいたからこそ、そう言ってもらえたのだと思っている。うちの父親ならば、自分の子供からでもよその子供からでも、そういったことは絶対に言ってもらえないはずだ。私が父親ならば、「いいことって、何やればいいだろう」とか考えている子供に、「よし、新聞とってこい」とか「煙草買ってきてくれ」とか、そういったことを冗談ではなく実際にやったりはしない。あのおっさんは、そういうおっさんだったということなのだろう・・・と今は思う。

  ・・・・閑話休題。
  『聖書』でも、よく読んだものとそうでない部分とがあり、よく読んだものとして『旧約聖書』の『ヨブ記』がある。 特別に聖人とか人格者とかではなかったとしても、特別に悪いことしてないはずだし、少なくとも、俺よりもっとなってない男はいるはずなのに、なんで、俺だけが・・・という気持になる人生を送ってきたということなのだろう。
  今も思い出すのは、2002年のこと、山梨県の上野原町、今は上野原市になったが、不二家があって、私が11月が誕生日だったので、今までの人生であまりいいことなかったけれども、それでも、自分が生まれてきたことを呪うのではなく祝おうと考えて、それで、上野原市の「元ダイエー」のそばにあった不二家に行って、自分用にケーキを買おうとしたのだ。 ところが、店の奥に誰かいる気配があって、テレビがついていてテレビの音も聞こえているにもかかわらず、何度も何度も「すいませ~ん」と言っても、信念もって出てこない。
  ・・ところが、私が何度も何度も「すいませ~ん」と叫んでも出てこないにもかかわらず、そのうち、母親が女の子2人を連れて入ってくると、一言も何も言っていないにもかかわらず、奥にいた店のおばさんが飛んででてきたのだ。何、この人?!? ・・と、びっくりした。
  そして、前からいて、「すいませ~ん!」と何度も何度も呼んでいた私を無視して、子供の相手をちゃらちゃらしてやりだしたのだ。何、このおばさん?!? ・・・。ほんと、「ちゃらちゃら」やりだしたのだ。
  先から待っている私を無視して、そして、その母親もまた、私より若いと思われる「パパ」にその「パパ」のお誕生日祝いのケーキを買おうと思ってきたらしいのだが、「先に待っておられたのではありませんか」の一言も言わず、後から来た子供づれの自分たちは、先からいた人間がいても優先してもらう「権利」があるみたいに思って、私を無視して、ケーキを選び出したのだった  なに、この「子供」帝国主義者は!!! なに、このアンパンマン帝国主義は!!! 「子供のやることに間違いはないのだあ~あ! それ、バイキンマンをやっつけろお~お!」という調子で、「子供」を大義名分にかかげれば、子供づれは何やってもまかり通ると思っている人間。アンパンマンみたいなやつ!!! うかつに苦情でも言えば、「このバイキンマンめえ~え!」と言ってやっつけられそう!!! お~こわ!
  そして、ずいぶん前から来て待っていた私がそこにいても無視し、店員のおばさんは、その子供づれに「ケーキに名前を入れることができますが、何と入れましょう」と言い、子供2人が「何て入れよう」と言うと、母親は「『パ~パ』でいいんじゃない♪」と言い、店員のおばさんは「パ~パ」と入れて、その「子供づれ帝国主義」は「パ~パ」のためのケーキを買ったが、店員は「クリスマスのケーキの予約もできます」と言って、ずいぶん前からいる私を無視して、長々とクリスマスのケーキの話を長時間やったのだ。
  そうやって、長く待たされたあげく、その「子供づれ帝国主義」が帰った後、このおばさんには私は見えていないのだろうか・・と思っていたらそうではなく見えていたらしく、「はい。何にしましょう」と私に言うのだった。見えていたらしい。 そして、子供づれには「ケーキに名前を入れることができます」と私が横で待っていても言ったのに対して、私には待っている人間はいないにもかかわらず、「名前を入れましょう」とは言わないのだった。何、この人??!!??
  そして、まあ、それならしかたがないと思って、購入して代金を払い、「クリスマスのケーキを・・」と私が言い出した時、新たに来客が入ってきた。 「子供づれ帝国主義」がいた時には私が前々から長く横で待っていてもおかまいなしに、その子供づれの方からクリスマスのケーキなんて言っていなくても、店員の方から「クリスマスのケーキの予約もできます♪」と言い出して、さらに長々と私に待たせ、又、その子供づれの母親(30代?)もまた、自分たちよりも前から待っている人間をさらに待たせることについて、「すいません」の一言すらも言わず、「どうしようかなあ」とか思案して長々と話をしていったのだった。「どうしようかなあ」と決めかねているのなら、思案している間、前から待っている人間がいるのだから、「どうぞ、お先に」くらい言ってもよさそうなものだったが、その母親は《「子供づれは何者にも常に優先する権利がある」という信仰を持っているバカ女症候群》の「患者」「病人」だったようで・・・、この「病気」にかかった人間の問題点として「病識がない」という特徴がある。こういう女は逮捕監禁療法(=「入院療法」)・薬漬毒盛療法(=「薬物療法」)・言いくるめ療法(=「カウンセリング」「心理療法」)とか、電気ショック療法とかロボトミー・「精神外科」とか、そういったもので廃人化させるとか、そういう方法でも取らない限り、「この病気は簡単には治らない」傾向がある。実際、ああいう女は「電気ショック療法」でもやってやった方が本人のためかもしれない。「パ~パ」と名前を入れてもらった男も、おそらく、同類ではないか。おそらく、その男も「病識がない」のではないか。
スタンガン
スタンガン
( ↑ 「電気ショック療法」 )
  「子供」帝国主義女に対しては、私が横で待っていてもおかまいなしに長々と「クリスマスのケーキの予約もできます♪」て話しておきながら、私の方から「クリスマスのケーキを・・」と口にしても、次の客が入ってくると、「はい、いらっしゃいませえ♪」とそちらに話しかけて、私は完全に無視されたのだった・・・。 なに、この店!
  『地球の歩き方 ハワイ』(ダイヤモンド社)に書いてあった話だが、ハワイでは、相当ひどい接客をされた店では、テーブルにチップとして1セント置いていく・・という不快感の表明の方法があるそうだ。もしも、1ドルが100円ならば、1セントは1円、「1ドルが100円」よりも円高なら1円未満になる。 「1セント置いていく」というのは、「おまえの接客を評価すると1セントがいいところだ!」という意思表示らしい。 それにならって、1円置いて行ってやればよかったか・・と後で思ったが、1円置いて行っても、あのおばさんは、その意味を理解できないだろうから、やっても効果はなかっただろう。 ほかにも、テーブルに1円置いて行ってやろうか・・と思った店はあるが、日本でそれをやっても意味を理解できる店員は少ないと思うので、やっても効果はないかもしれない。
  しかし、1円は置いていかなかったが、そのかわり、クリスマスの時期には、いくらなんでも、あんな接客、あんな対応をされて、また、その店で買ったら、いくらなんでもアホだ! と思ったし、あの店員は、要するに、「子供づれ帝国主義」には「また、来てちょうだいねえ~え♪ パ~パによろしくねえ~え♪」という態度を取り、また、実際、そう言ったのに対して、私にはそういうことは言わず、さっさと次の客の相手をした。「あんたは、もう、来なくてよろしい」とは言わなかったけれども、実質、そういう態度を取った、実質、そういう意思表示をしたのだから、そういう意思表示をされた店でわざわざ買う必要があるとは思えなかったので、クリスマスの時期にはその店では買わず、クリスマスに限らず、不二家 上野原店では、その後、金輪際、買わないことにした。その店は《うちの店は「子供づれ帝国主義」専門の店です》と、はっきりと意思表示したのだから。だから、そうでない者、子供づれでない者、および、子供づれであっても「子供づれ帝国主義」でない者はその店の客ではないという意味であるから、客ではないと店の側から意思表示された者は、そういう意思表示をされてまでその店で買う必要はないはずだ。
  『新約聖書』の「福音書」では、イエスの教えをきかない町を「呪われよ、どこそこ」とイエスが呪いの言葉を述べる場面があるが、それと同様に、「呪われよ、不二家上野原店!」と言ってやりたい気持ちだったが、なってない店と店員であったとしても、そういうことは言うべきではないと考えるべきか、いや、大いに言ってやるべきか、言うべきではないか、言うべきか・・・と考えていたところ、その2、3年後だったと思うが、上野原市から転居した後、インターネットで見ると、不二家上野原店は閉店した、と出ていた。 「ざまあ見ろお!」と思うべきか、思わない方がいいのか・・、いずれであれ、私と同様の思いをした客があったということだろう。そして、私と同様に、なんで、あんな店で買ってやらなきゃならないんだ。あの店は客から利益をもらうだけの対応をしていないではないか、と思った客があったのだろう。私が「呪われよ、不二家 上野原店」と言わなくても、その前に閉店した・・・。
  失敗したと思ったのは、そんな「子供」帝国主義女が長々と買い物するのを待ってまで、不二家上野原店でケーキを買ってしまったことである。たとえ、それまで、どんなに待っていたとしても、そこまで行くのに時間をかけて行ったのであったとしても、そんな対応・接客をされた店で買うというのは反社会的であるから、買うべきではない。特に、営業の仕事をしてきた者が、なんで、あんな対応の店で買ってしまったのかと思う。ああいう対応をする店で買うというのは、買った人間の方も反社会的であろう。 なんで、買ってしまったのだろう・・と今も後悔している。

  なんで、私はあの母親やあの子供やあの店員にああいう態度を取られなければならないのだろうか・・・とも思った。『ヨブ記』は、何度も読んだが、おそらく、『聖書』の中で一番多く読んだのではないかと思う。 その中で、ヨブが自分が生まれた日を呪う、という場面がある。
《 滅びよ、わたしが生まれた日、
  男(お)の子がはらまれたと言ったその夜。
  その日には――暗闇あれよ。
  上なる神その日を忘れ、
  光その上に照るな。・・・》
( 『旧約聖書 ヨブ記』3章3-4節。 関根正雄訳。〔『旧約聖書 ヨブ記』岩波文庫〕 )
  私は、うちの父親から、毎日、毎日、「よくも、産まれやがってからに。よくも産まれてきおってからに。産まれなければよかったのに、産まれなければよかったのに!」と、毎日、指で眼を突き刺すようにして言われてきた。うちの父親にとっては私は歓迎しない子供だったようだ。「産まれてこなければ良かったのに産まれてきたっという罪の意識をきっちりと持って、すべて欧、すべて王、わしのために。すべてをすべてを犠牲にしてわしのために、捧げ尽く~す! とってちってたあ~あ!」と、毎日、叫んでいた。 「朕思うに、我が皇祖こ~そ~はあ、わしに孝に、わしに孝に、わしにわしに、わしにじゃ、わしにい。わしのために、わしのために。すべてをすべてをわしのために。すべてをすべてをわしのために。とってちってたあ~あ!!!」と叫んでいた。
  「・・に祝福を与えた」という記述が『聖書』に何か所もあるが、「祝福を与える」とはどういうことを言うのだろうか・・と思ったのだが、うちの父親が私にやってきたことと逆のことを言うのではないか・・・と思うようになった。うちの父親のおかげで、『聖書』の記述の意味がひとつわかった。「感謝せんといかんねえ。感謝、感謝。産まれてこなければ良かった人間を産んでもらってあげてやってやってあげていただいてもらってくださってあげてもらってやったやってやっていただいた、ということで、このわしに感謝の気持ちを持てえ」と、毎日、おっさんが叫んでいたが、まさに、おっさんのおかげで「祝福を与える」という『聖書』の中の言葉の意味がわかった、という点においては、まさに感謝の気持ちである。毎日、毎日、「よくも、産まれやがってからに。よくも産まれてきおってからに。産まれなければよかったのに、産まれなければよかったのに!」と、毎日、指で眼を突き刺すようにして言われてきたという経験がない人は、「祝福を与える」という言葉の意味を実感としてわからないのではないかと思う。
  「祝福を与える」というのは、「よくも、産まれてきやがってからに!」と、うちの父親が私に、毎日毎日、私にやってきたことと逆のことをやるという意味であろう
  ああいう、「よくも、産まれやがってからに! 産まれなければよかったのに産まれおってからに! よくもよくも、産まれやがってからに!」というのを毎日、子供にやると、その時は耐えていても、それから何十年か経った後に、それが「ボディブローのように」効いてくる。私はそれを実感している。私が親ならそういうことは言わない、やらないが、うちの父親は、それをやるおっさんやった。

  それから、『ヨブ記』にある、《滅びよ、わたしが生まれた日》という言葉だが、幼稚園で、毎月、「お誕生会」というのをやって、「〇月がお誕生日のお友達~♪」とか言って、毎月、「お誕生日会」をやり、「☆☆くんたちは◇歳になりましたあ。おめでとう」とか幼稚園の先生が言っていた・・ように思うのだが、それで、「お誕生日を祝う」というのは、1歳、成長したということを祝うということだろうと子供の頃は思っていて、それで、20代も半ばを過ぎると、1つ歳いってもうれしくもめでたくもないわ!・・と思うようになったのだが、 「誕生の日を祝う」というのは、1つ、歳を食ったことを祝うのではなく、生まれてきて、いいこともあって良くないこともあったかもしれないけれども、あるいは、いいことなんてほとんどなくて、良くないことだらけだったかもしれないけれども、たとえ、そうであったとしても、自分が生まれてきた、ということを「呪う」のではなく「祝う」ことにしようというのが、「誕生の日を祝う」という意味ではないのか・・と思うようになった。
  これも、うちの父親のおかげの面もある。うちの父親は私に「産まれてこなければ良かったということを心の底から思い、自分は産まれてこなければ良かった人間でRと、心の底から思え! チャンコロ!」と、私の眼を指で突き刺すようにして、毎日毎日、ぼくらは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうくらいに言い続けてきた。 なるほど、あれが「産まれてきた日を呪う」ということで、「誕生の日を祝う」というのは、その逆のことなんだ・・・とわかった。
  そんなに、産まれてもらいたくない子供なら、産まなきゃいいのに・・・と何度も思ったが、もしかすると、私は人工中絶に失敗して産まれてしまった子供だったかもしれない。それで、「よくも、産まれやがってからに。よくも、産まれやがってからに」と、うちの父親は、毎日毎日、言い続けてきたのだったのかもしれない。
  ともかく、「誕生の日を祝う」というのは、自分が産まれたということを呪うのではなく、それまで、いいことがあったかなかったかにかかわらず、産まれてきたということを祝おうではないか・・・ということであろう・・・と思う。

  それで。『ヨブ記』について、三浦綾子が『旧約聖書入門』(光文社カッパブックス。 光文社文庫)で、『ヨブ記』の冒頭で、
《 ウツの地にヨブという人がいた。その人は全くかつ直く、神を畏れ、悪を遠ざけた。 ・・・》
( 『旧約聖書 ヨブ記』1章1節。 関根正雄訳。 岩波文庫)
という文章があるが、この《その人は全く、かつ直く》の言葉の意味を、私などは、決して完全ではなく神の前に問題点だらけで生きているのに、ヨブという人は《全く》というくらい完全無欠な人だった。そういう人なのに・・・という意味に理解していたのだ。 申し訳ないことに、整理が悪くて、三浦綾子『旧約聖書入門』をどこにやったか見つからないので、原文のまま引用できないのだが、意味として、こういうことを述べていた。
  実際には、神ではない生身の人間であるからには完全無欠ということはないであろうけれども、完全無欠と言いたいくらい立派な人だったと『旧約聖書 ヨブ記』は言いたかった、ということかと考えたのだ。
  しかし、関根正雄訳『旧約聖書 ヨブ記』(岩波文庫)での、関根正雄の注を見ると、どうも、そういう意味ではないらしい。
《 「全く」 道徳的完全をいうのでなく、神に対して心が分裂していないこと、「神を畏れ」と応ずる。 ノアについても「全い」といわれる(創世 六ノ九 参照)。 「悪を遠ざけた」知者の生き方。悪と戦うのではなく、始めから近づかない。 》
と出ているのです。
旧約聖書 ヨブ記 (岩波文庫 青 801-4) - 関根 正雄
旧約聖書 ヨブ記 (岩波文庫 青 801-4) - 関根 正雄
  この関根正雄の注によると、ヨブという人は三浦綾子が『旧約聖書入門』で書いていたような「完全無欠な人」ということではないが、宗教的に「心が分裂していない」という人だったということらしい

  キリスト教の歌集で、今は昔、今ではなくなってしまった渋谷のライフセンター〔渋谷の「ライフセンター」と池袋の「ライフセンター」がなくなったかわりに、新宿に「オアシス」ができてらしい。〕で購入した「イエスさまが一番」という歌集とカセットテープがあって、そこに、
「か~んしゃあ~あ、か~んしゃあ~あ♪ 朝にも感謝、昼にも感謝♪ か~んしゃあ~あ、か~んしゃ♪ 夜にも感謝♪ (ちょんちょん)」
という歌があった。
  私の父親は、私に、毎日毎日、「わしに感謝の気持ちをもてえ」と叫んでいた。「親こっこっこ、親こっこっこ、親こっこっこ。クォ~っ、クォ~っ! 親こっこっこ、親こっこっこ。親こっこっこ、クォ~っ、クォ~ッ! すべてを親こっこっこのために捧げ尽くす、すべてをわしのために捧げ尽くす! とってちってたあ~あ! ・・わし、あんたに親孝行せえなんて、今まで一回も言うたことないやろ」と言うのだったが、あんた、今、言うたんとちゃうんかい? あんた、今、言いまくっておったのとちゃんんかい? ・・・と思ったものだったが、それを「わし、あんたに親孝行せえなんて、今まで一回も言うたことないやろ」と言うので、「はあ~あ?」と思い、「さあ・・・」と言ったところ、「はあ~あ! おまえは、そんなこともわからんのか、このチャンコロ! わしは、今までに、あんた、親孝行せえなんてことは、一言として言ったことはないのにからに。このチャンコロはその程度のこともわからんのか、チャンコロ!」と言うのだった・・・が、あんた、さっきから言いまくっとるやんけ!・・・何をわけのわからんこと言うとんねん・・と思ったものだった。そういうおっさんやった。
  そして、「わしは、今まであんたにやなあ、これまで、生活費や学費を出してやってやってあげてあげてやってやってやってやったということを感謝せええとか、それから、これだけ大変やったとかそういうことを一言として言うたことはないやろ。これだけはわかってもらわんといかん」と言うのだったが・・・、あんた、毎日毎日、言いまくってきたがな、「あーめん、そーめん、ほっかいど~お♪ あーめん、そーめん、ほっかいどお~お♪ あれだけ出すのにどれだけ、きついかきついかきついかあ~あ♪ あーめん、そーめん、ほっかいどお~お♪ あーめん、そーめん、ほっかいどお~お♪」と、言いまくってきたがな、今も言うたばっかりでっしゃろうが・・・と思ったものだった・・・が、そういうおっさんやった。〔⇒《YouTube-ヤーレンソーラン北海道》https://www.youtube.com/watch?v=TBLQUhY9s44 〕

  うちの父親というのは、「わしに感謝、わしに感謝、わしに、わしに、わしにわしにわしにい~い♪」と、毎日毎日、叫んでいるおっさんやった・・・・が。 この「全く」ではない状態、宗教的に「分裂した状態」の人として、1970年代後半、YMCA予備校高槻校(大阪府高槻市)に「主事」というよくわからん職種の藤井という男がいたのだが、この男は受験生に嘘情報を次から次へと吹き込もうとする予備校屋としてはけしからん男だったのだが、 「ぼくなんかは、クリスチャンとして、洗礼をうけて、日曜ごとに教会に行って礼拝に出て、献金払ってしている」と自称する男で、洗礼・礼拝・献金という「『敬虔なクリスチャン』の三大義務」、もしくは、「『敬虔なクリスチャン』の免罪符 三種の神器」を守る男だった。藤井は「『聖書』みたいなもん、あんなもん、いいことなんて何ひとつとして書いてないんだから、あんなも~ん!」と言うのだった。はあ?・・・自称「敬虔なクリスチャン」がそういうことを言うのか?・・と思いませんか? ところが、言うのだ、自称「敬虔なクリスチャン」というやつは。
  「『聖書』みたいなもん、あんなもん、読まんでもええんや、あんなも~ん! 『聖書』なんて、絶対に読んではいかん! 『聖書』なんて読んでええことなんて何ひとつとしてない、あんなもん! あんなもん、何ひとつとして、ええことなんて書いてないし、役に立つようなことは何ひとつとして、まったく書いてないんや、『聖書』みたいなも~ん!」と言うのだ、自称「敬虔なクリスチャン」が。藤井は言うのだ、「『聖書』なんて読まんでも、洗礼をうけて、日曜ごとに教会に行って礼拝に出て、献金を払っておけば、それでええことなんや。『聖書』なんて読んではいかん! ましてや、そこに書いてあることを実行しようなんて、まかり間違っても絶対に考えてはいかん。又、たとえ、読むにしても、歳いってから読んで、『はあん、そんなもんか』と思えばええことであって、まかり間違っても若いうちに読むようなことは、絶対にしてはいかん! 『聖書』なんて、絶対に読んではいかん!」と言うのだ。毎日のように!!! そういうことを言いまくるのを「キリスト教の伝道」をしている・・と思っていたようだった。・・それが「敬虔なクリスチャン」として神に尽くす態度だと信仰していたようだった。そういう男のことを日本のキリスト教会と牧師屋が「洗礼うけて、日曜ごとに教会に行って、献金はらって」という藤井が言うところの「クリスチャンのつとめ」をはたしているからという理由で「敬虔なクリスチャン」と認定してくれるらしいのだ。そういう男のことを「敬虔なクリスチャン」と言うらしいのだ!!!
   私はこの男を見て、「敬虔なクリスチャン」というやつが嫌いになったのだ。(職場で「聖教新聞を購読しろお!」と叫んでストーカーとなって追いかけてくる創価学会のおっさん、「聖教新聞」の押売りのおっさんに匹敵するくらいに、「敬虔なクリスチャン」は嫌いだ!) だいたい、そんなこと、思っているのなら、洗礼なんて受けなきゃいいじゃないか・・・と私は思った。そう思いませんか? 洗礼というものは、自分自身で『聖書』を読んで、考えて考えてした上で、その上で、これからの人生を神の教えに従って生きて行こうという気持を持って決心して受けるものであって、「『聖書』なんて読んではいかん! ましてや、そこに書いてあることを実行しようなんて、まかり間違っても絶対に考えてはいかん。又、たとえ、読むにしても、歳いってから読んで、『はあん、そんなもんか』と思えばええことであって、まかり間違っても若いうちに読むようなことは、絶対にしてはいかん! 『聖書』なんて、絶対に読んではいかん!」なんて、そんなこと思っているのなら、洗礼なんて受けなきゃいいでしょうが・・と私は思ったのだ。 なんで、この人、洗礼うけるの? なんで、そんなこと思っている人が洗礼うけるの??? ・・と思ったが、その理由ははっきりとしている。洗礼うけて・日曜ごとに教会に行って礼拝に出て・献金を払う・・という《「敬虔なクリスチャン」の三大義務》を果たせば、より正確に言えば、それにもうひとつ、「『聖書』は読まない。ましてや、『聖書』に書いてあることを実行しようなどとは、まかり間違っても絶対に考えない」を加えて、《「敬虔なクリスチャン」の四大義務》もしくは《「敬虔なクリスチャン」の免罪符 四種の神器》を守れば、日本のキリスト教会と牧師屋が「敬虔なクリスチャン」と認定してくれて、うちの母親みたいな人間が「あの藤井さんという人はクリスチャンだから、絶対に悪い人であるわけがない」と思ってくれるし、「あの人はYMCAで主事をやっているくらいだから、クリスチャンはクリスチャンでも並のクリスチャンではない。特別にえらいクリスチャンのはずや」と思ってくれる、というメリットがあり、又、YMCA予備校で雇ってもらえるというメリットがある。 「キリスト教」という宗教は、藤井にとっては、そういう大変なご利益がある宗教、御利益宗教なのだ。だから、洗礼をうけて・日曜ごとに教会に行って礼拝にでて・献金を払って・『聖書』は読まない、ましてや『聖書』に書かれているようなことを実行しようなどとはまかりまちがっても絶対に考えない・・という《『敬虔なクリスチャン』の四大義務》を守ることに藤井にはメリットがあり、それをあの男は実行していたのだった。そういう人のことを「敬虔なクリスチャン」と言う。
  そういえば、元731部隊であるミドリ十字の会長だったかの銅像が、大阪市淀川区の淀川キリスト教病院の中庭には立っているらしい。 731部隊で人体実験して人を殺しても、洗礼うけて・日曜日に教会に行って礼拝に出て・献金はらって、その上で淀川キリスト教病院にもいくらか払えば、淀川キリスト教病院の中庭に銅像も立つようだ。
  このYMCA予備校高槻校 の「主事」というよくわからん職種になっていた藤井という大学受験については無茶苦茶ばっかり言う迷惑な男のおかげで、《宗教的に「分裂した」状態の人間》というものがどういう人間かよくわかった。藤井のような人間のことを言うのであろう。あの男は、私にとって、大学受験においては大きくマイナスになった、実に迷惑な存在だったが、『旧約聖書 ヨブ記』の冒頭に《 ウツの地にヨブという人がいた。その人は全くかつ直く、神を畏れ、悪を遠ざけた。 ・・・》と書かれていて、《その人は全く》という、この「全く」の意味は、《道徳的完全をいうのでなく、神に対して心が分裂していないこと》を言うのだという関根正雄が述べている具体例として、「神に対して心が分裂して」いる人の例として、まさにあの男がそうだ! ・・と具体例として見せてもらえた・・・という点で、大いに感謝しなければならない男だと思うようになった。まさに、「か~んしゃあ~あ、か~んしゃ♪ 朝にも感謝、昼にも感謝、か~んしゃあ~あ、か~んしゃ、夜にも感謝、ちょんちょん♪」というものであった。あの藤井という男の状態が「宗教的に分裂した状態」であり、ヨブという人は完全無欠ではないが、分裂していない状態、藤井のような人間ではなかった、ということである。
  もうひとつ、藤井に感謝しなければならないことがある。 『わたしを支えた一言』だったかそういう題名の本、たしか、青春出版社の青春新書で出ていた本だったと思うのだが、そこで、「文学者」だか「哲学者」だかいう肩書の人が
「不信仰とは、信じているとか信じていないとかいうことではなく、信じていない宗教に帰依している、ということである」
と書いていたのだが、この文章の意味もまた、藤井のおかげでよく理解できた。「不信仰とは、信じているとか信じていないとかいうことではなく、信じていない宗教に帰依している、ということである」という言葉は、まさにYMCA予備校高槻校の藤井のことを言っていた。 藤井のおかげで大学受験には大きくマイナスになったが、「不信仰とは、信じているとか信じていないとかいうことではなく、信じていない宗教に帰依している、ということである」という言葉は、まさに本当にそうだと実感したし、その具体例を見せてもらえた・・という点で、感謝しなければならん人だ・・と思うようになったのだ。まさに、「か~んしゃあ~あ、か~んしゃ♪ 朝にも感謝、昼にも感謝♪ か~んしゃあ~あ、か~んしゃ♪ 夜にも感謝、ちょんちょん♪」てものだった。
  「不信仰とは、信じているとか信じていないとかいうことではなく、信じていない宗教に帰依しているということである」という状態というのは、 「宗教的に分裂した」という状態の究極的な状態であり、まさにYMCA予備校高槻校の藤井のことだったのだ。
  ・・・まあ、あの男の場合、それでYMCA予備校で雇ってもらえて給料もらえて、うちの母親のような人間から「あの人はクリスチャンだから絶対に悪い人ではない」とかアホなこと言ってもらえて、御利益あったわけだから、それがキリスト教の教え・『聖書』の教えとは違ったとしても、相撲道に精進はしなかったとしても、八百長で優勝回数重ねたり、肘撃ちの反則で優勝したりしてカネ稼いできた男みたいなもので、その男にとってはそれでよかった・・・ということなのかもしれない。そんなものはキリスト教ではない・・・とか言ってガチンコやってるよりも、コストと利益を比較考量して考えると、《洗礼受けて・礼拝にでて・献金はらって》というコストを上回る利益があるならば、それを実行するのがオトナやがな・・・という発想の方が、人によっては「正しい考え方」なのかもしれない。「宗教的ガチンコ」を貫いて痛い目にあうなんて、「バカじゃない」とか思う人だっているだろうし、「精神医学」の「治療」の対象と考える人もいるだろう。ロボトミーとか電気ショックとかされるより前に転向した方が利巧なのかもしれないし・・・。
  マルティン=ルターは「聖書に帰れ」と言い、キリスト教の考え方として正しいか否かの判断基準は『聖書』であって、それ以外のものではない・・と主張したわけだが、「『聖書』みたいなもん、あんなもん、絶対に読んではいかん」と主張するYMCA予備校と「主事」の藤井の場合は、最初からその『聖書』という基準を否定しているのだから・・・、そういうのを「キリスト教」と言うのかあ??? ・・と私などは思うのだが、洗礼・礼拝・献金の3つをやれば教会と牧師屋は「敬虔なクリスチャン」と認定する・・ということで、そうなると、その教会と牧師屋というのは、それはキリスト教と関係のある存在なのか? むしろ、キリスト教とは関係のない、キリスト教に反する団体と人間ではないのか? ・・ということになってくる・・・。
マルティン・ルター-ことばに生きた改革者 (岩波新書) - 徳善 義和
マルティン・ルター-ことばに生きた改革者 (岩波新書) - 徳善 義和

  もしかすると、YMCA予備校の藤井という男は、小学校・中学校で「キリスト教系の学校」に行った人かもしれない。大学で「キリスト教系の大学」に行く人はけっこういるのだが、小学校・中学校で「キリスト教系の学校」に行った人というのは、慶應の内部進学と少々似たところがある。 慶應の内部進学の人というのは「福沢精神」とか「独立自尊」とか言うのが好きだが、福沢諭吉の著作や伝記はまったく読んだことがないという人が多い。福沢諭吉の墓参りはしても福沢諭吉の著作や伝記は読まないという人間が、「われわれは福沢精神を身に着けている」とおっしゃるのだが、そういう「福沢精神」というものも慶應義塾にはあるらしい。 そして、彼ら慶應の内部進学は「外部の連中を教育してやらんといかんからなあ」などと言うのだ。なんで、おまえらに「教育」されんといかんのじゃ! なんで、おまえらなんかに「教育」されんといかんのじゃあ!!! と思うのだが、彼ら、慶應の内部進学としては、「慶應義塾カースト」の上位の者は、私のような大学だけ慶應に行ったような「慶應義塾カースト」が下の人間を「教育」してやらんといかんと思っておるのだ。 それと似たところがある。公立の小学校・中学校・高校に行った人間が、自分自身で『聖書』を読んだり、キリスト教系の文学・哲学を読んだりして考えたものとは異なり、「キリスト教系の小学校」「キリスト教系の中学校」に行った人というのは、彼らはそういったものは読まず、「キリスト教系の小学校」「キリスト教系の中学校」に行った人間がそこで経験したもの・そこで教えられたものが「キリスト教」だと理解しており、そして、「キリスト教系の小学校」「キリスト教系の中学校」に行った人間というのは、「キリスト教会カースト」で上位のカーストの人間だという意識でいる場合が少なくない
  そういう人には、『聖書』を自分自身で読んで、そこに書いてある内容を自分自身で考えてしたものがキリスト教ではなく、「洗礼をうけて・日曜に教会に行って・献金を払って・『聖書』は読まない」というのが「正しいキリスト教」で自分で『聖書』を読んでその意味を考えるなどというのは、それは邪教だという意識の人がいるようで、YMCA予備校の藤井という男はそれだったのかもしれない。それこそ、『キリスト教会にキリスト教精神を導入する試み』なんてことを考えるキルケゴールみたいな人間というのは、彼らにとってはけしからん存在であろうし、「常識がない」もしくは「異常」「病気」と考えることになるのかもしれない。

   関根正雄訳『旧約聖書 ヨブ記』(岩波文庫)の関根正雄「解説」では、
《 ・・ヨブはもちろん自分に全然罪がないと考えているわけではないにしても、彼だけに臨んだ特別な苦難に応ずるような罪を犯したことは絶対に考えることが出来ず、応報思想を盾にとって彼を責める友人たちに烈しく抗議するだけでなく、彼を不当に苦しめている神に向かってもおのれの義を主張し、反抗し、最後には自己の潔白を誓いつつ、神に挑戦するに至る。》
とあり、「解説」でも、ヨブは「完全無欠」という人ではないが、《彼だけに臨んだ特別な苦難に応ずるような罪を犯したことは絶対に考えることは出来ず》ということだったと解釈している。

  それで・・・、『ヨブ記』では、まず、財産を失い、そして、子供を失い、さらに自分自身の健康を失ったヨブに、ヨブの妻が、なんともひどいことを言う場面がある。
《 敵対者はヤハウェの前から出ていって、ヨブの足の裏から頭の天辺(てっぺん)まで悪い腫物(はれもの)で彼を打った。 そこでヨブは陶器のかけらをとって体をかきむしり、灰の上に坐っていた。 彼の妻が彼に言う、「あなたはまだ自分を全きものにしているのですか。神を呪って死んだらよいのに」。 ヨブは彼女に行った、「お前の言うことは愚かな女の誰かが言いそうなことだ。われわれは神から幸いをも受けるのだから、災いをも受けるべきではないか」。 これらすべてのことを通じてヨブはその唇をもって罪を犯さなかった。 》
( 『旧約聖書 ヨブ記』2章7-10節。 関根正雄訳。 )
  「世界 三大悪妻」とかいう表現があって、インターネットで検索すると、《ウィキペディアー悪妻》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%82%AA%E5%A6%BB には《いわゆる「世界三大悪妻」とは、ソクラテスの妻クサンティッペ、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの妻コンスタンツェ、レフ・トルストイの妻のソフィア・アンドレエヴナということになっている。》と出ており、《ウィキペディアー世界三大一覧》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E4%B8%89%E5%A4%A7%E4%B8%80%E8%A6%A7 には、《 世界三大悪妻  クサンティッペ(ソクラテスの妻)、コンスタンツェ・モーツァルト(モーツァルトの妻)、ソフィア・トルストイ(トルストイの妻)。ソフィアの代わりにジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ(ナポレオンの最初の妻)を入れることもある》と出ている。
  ソクラテスの妻・モーツァルトの妻・トルストイの妻の3人という説と、ソクラテスの妻・モーツァルトの妻・ナポレオンの最初の妻の3人の説があるということらしい。 誰から聞いたか忘れてしまったが、ソクラテスの妻・ヨブの妻ともう1人で「三大悪妻」と言うという話を聞いたことがあるのだが、インターネットの情報では、「ヨブの妻」は見つからない。
   まあ、ひどいことを言うもんだ・・・と思うが、遠藤周作がどこかに書いていたが、肺の病気で入院すると、「妻が半年入院すると夫が浮気する。夫が3年入院すると妻が浮気する」(夫は2年だったかもしれない)といったことが入院患者の間で言われたそうな。 遠藤周作は浮気された方は気の毒ではあるけれども、しかし、浮気した者を責める気持ちにはなれない・・と書いていた。実際、3年も入院されたのでは・・・、浮気をほめるものではないとしても、入院した側だけでなく、入院していない側も相当きついのではないか。だから、それから考えると、もしかすると、「ヨブの妻」も、ヨブが実在した人間だったとすると、本当にそれに近いことを口にしたのかもしれない。

   しかし、この「ヨブの妻」の発言を、そういう意味ではないと解釈する人もいるらしい。 平山 正実(ひらやま まさみ)『精神科医の見た聖書の人間像ーキリスト教と精神科臨床』(2011.1.31.教文館)の「第3章 サウルー自殺とユダヤ・キリスト教」に、
《 まず、思い出されるのは、ヨブとヨブの妻との会話である。最初にヨブの妻は、ヨブに自殺を促すような言葉を投げかけている。すなわち、ヨブが、子どもを失い、財産を喪失し、自分の健康まで奪われたとき、妻は「神を呪って死ぬ方がましでしょう」(ヨブ 2・9)と自殺を促すようなことをいっている。 それに対して、ヨブは「お前まで愚かなことを言うのか。わたしたちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか」(ヨブ 2・10)と答えている。
  彼は、自らの過去の幸福な生活と現在の不幸な状況を対比し、今の逆境に耐えられず死んでしまいたいとちぶやこうとはしない。ヨブは、幸福も不幸も神の御摂理であり、御計画の中にあるということを信じ、その不幸を超越しようとした。 つまり、人生の途上で遭遇する災禍を絶対的な悪、つまり、呪わしい出来事とせず、それを相対化し、悲嘆の中にあっても、その不幸を超越し、それを客観的に見つめようとした。そうしたヨブの不幸に対する態度は、限界状況の中で、実存的に生きる生き方である。実存という言葉は”existence”だが、「実存する」という語は、ラテン語で”exsistere”であり、この言葉を分解すると、”ex”(外に)”sistere”(=出る、ある)だから、存在の外へ「出る」、あるいは、外に「ある」という意味である。ヨブは、限界状況の中で、その悲しみの外に出て、あるいは「超越」して、客観的に悲嘆という出来事と向かい合おうとするゆとりをもっていた。 ヨブにあっては、祝福と呪いとは、決して、対極にある出来事ではない。不幸の中にすでに祝福という<種子>が内在化している。
  ヨブが、子どもの死、財産の喪失、自分の病気といった数々の試練を受けているとき、彼の妻は、すでに述べたように新共同訳では「神を呪って、死ぬ方がましでしょう」(ヨブ 2・9 傍点〔ここではアンダーライン〕筆者)といった。彼女は、幸福は善、不幸は悪、善は生、悪は死、といった二元論の信奉者なのだろうか。
  この傍点の箇所を、他の翻訳者である並木浩一は、「神を讃えて死になさい」と訳している。〔並木浩一訳「ヨブ記」、旧約聖書翻訳委員会訳『旧約聖書4 諸書』岩波書店、2005年、310頁。〕 ここで並木は、「ヨブの妻は、夫が誰よりも高潔で、それを放棄しないことを知っているが、夫がこれ以上苦しむのを見ていられない。夫が神を呪って処罰を受けてでも、早く世を去ってほしいと思うが、彼が神を呪うわけがない。そこで彼女は、神を讃えて死んだらいいと夫に語った」のだ、と注を加えている。 また、『ハーバー聖書注解』「ヨブ記」によると、筆者が傍点を記した部分のヘブル語原典”brk”は、「祝福」という意味(ヨブ 1・10)もあるし、それとは反対に「呪い」(ヨブ 1・5、11、2・5、9)という意味もあるという。〔エドウィン・M・グッド「ヨブ記」竹野一雄訳、 J・L・メイズ編『ハーバー聖書注解』教文館、1996年、444頁。 〕 つまり、この言葉(brk)は、両義性を有していると記されている。 このことは聖書では、祝福と呪いとを切り離さず、いわば包括的・全体的にとらえていることを意味する。たとえば詩編には「闇の中でも主はわたしを見ておられる。夜も光がわたしを照らし出す」、「闇もあなたに比べれば闇とは言えない。夜も昼も共に光を放ち、闇も光も変わるところがない」(詩 139・11-12)と記されている。また詩編の他の箇所には「主よ、あなたはわたしの魂を陰府から引き上げ、墓穴に下ることを免れさせ、わたしに命を得させてくださいました」(詩30・4)とある(その他、アモ9・2参照)。 このように、聖書では、闇や陰府、死は神の前で相対化されている。そして、それらは、祝福にいたる脇役にすぎない。身内の自殺という現世における最大の不幸な出来事の一つに直面し、悩み苦しんでいる遺族にとって、この指摘は重要である。 ・・ 》
と書かれている。
  結局、「ヨブの妻」が言ったのは、「神を讃えて、死になさい」だったのか「神を呪って、死んだらいいのに」だったのか、原典から考えてもどちらだったのか判別困難ということらしい。 それにしても、長年、「ヨブの妻」が「神を呪って死んだらいいのに」と言ったという意味だと理解してきた者にとって、そうではなく、「神を讃えて、死になさい」と言ったという解釈「呪う」と「讃える」を同じ言葉で言っていたというのも、目からうろこというのか、そういう可能性があったのか・・・と思った。
精神科医の見た聖書の人間像―キリスト教と精神科臨床 - 平山 正実
精神科医の見た聖書の人間像―キリスト教と精神科臨床 - 平山 正実
旧約聖書〈4〉諸書―詩篇・ヨブ記・箴言・ルツ記・他 - 旧約聖書翻訳委員会
旧約聖書〈4〉諸書―詩篇・ヨブ記・箴言・ルツ記・他 - 旧約聖書翻訳委員会

  平山 正実(ひらやま まさみ)『精神科医の見た聖書の人間像ーキリスト教と精神科臨床』(2011.1.31.教文館)の「第6章 家族危機への対応」 には、
《 ヨブがさまざまな苦難に直面していたとき、追い打ちをかけたのは、信頼していた妻の言葉であった。「どこまでも無垢でいるのですか。神を呪って死ぬ方がましでしょう」(2・9)と妻はヨブに言う。神学者アウグスティヌスはヨブの妻をサタンの使いだと言っている。
と書かれている。 実際には、「サタンの使い」でなかったとしても、結果として「サタンの使い」のような発言をした、ということになるかもしれない。
  しかし、それよりも、遠藤周作が肺結核の手術で入院した時、肺結核で長期の入院をしていた患者の間では「妻が半年入院すると夫が浮気する。夫が3年入院すると妻が浮気する」といったことが言われたそうで、浮気された患者は気の毒ではあるが、浮気した方を責める気持ちにはなれなかったといい、実際、長期の入院を配偶者にされた者というのは、病気で長期の入院をした者も大変であろうけれども、配偶者に長期の入院をされた側もまた大変で、配偶者に長期の入院をされた者が浮気をした・・という場合に、強く責める気持ちにはなれなかった・・というのもわからないことはない。 だから、ヨブと「ヨブの妻」が実在した人間だったとして、「ヨブの妻」は、実際に「死んだらいいのに」と思ったのかもしれない。

  多くの人は『ヨブ記』について、「ヨブの試練」ととらえ、「ヨブの妻」については3人の友人とか「説教者エリフ」と同様に、ヨブを批判し攻撃する人間の1人のように扱ってきたが、「ヨブの妻」にとっても、財産を失くし・子供を失くし・夫は健康を失った・・という「試練」だったわけで、特に、遠藤周作が述べているように、病気で長期の入院をすることになった場合、長期の入院をした人間も大変だが、その配偶者もまた大変であり、その点について見落としてきているのではないか

  一番、むかつくのは「説教者エリフ」という男で、実際、世の中にはこういう男というのはいると思うのだ。自分は何の関係もないのに、わざわざはるばるやってきて、おまえはいったい何様なんだ・・て男、いますでしょ。特に「一浪で慶應の経済」という男および、《「一浪で慶應の経済」に落ちて「慶應の経済」と試験科目が同じの「一浪で慶應の文学部」は通ったので本来は文学部タイプでないにもかかわらず「一浪で慶應の文学部」》という男に、この「説教者エリフ」症候群の「患者」が多いように思う。 そういう「一浪で慶應」というタイプには、実際には高校卒業時には法政あたりに通るかどうかくらいの人間が1浪して「慶應の経済」の入試科目だけ学習して、やっとこ、「慶應の経済」に通ったとか、それも落ちて「慶應の経済」と試験科目が同じ「慶應の文学部」に通って行ったというようなタイプ。そういう男には「説教者エリフ」症候群の「患者」が多いという印象を私は受けている。慶應という学校はそういう人間が多い学校である。このビョーキはそう簡単には治らない。「病識がない」人間も多い。
  私が高校3年の時、なんとか現役で大学に行きたいと思っていたら、母は「こいつ、現役で大学に通ったら思いあがった人間になる。こいつ、東大に通ったら思いあがった人間になって女を泣かせよる。こいつ、絶対に落したらんといかん」「こいつ、絶対、浪人させたる」「落ちろ、こいつう~う!」と言って、毎日毎日、夜、私が家で学習していると、後ろから服をつかんで背後にひっくり返したり、箒を持ってきてボコボコ叩いたり、私が学習している部屋の電気を洗面所にあるブレーカーを落として照明がつかないようにして学習できないようにしたり、高校から帰るとインタホンのコンセントを抜いてならないようにして、雨戸もすべて閉めて入れないようにして、私を締め出し、その上で高校に電話をして「息子が帰ってきませんね~ん」と言ったり・・といったことを繰り返したものだった。母は「私は血圧が・・」「あ、心臓が・・」とか言いまくっていたが、そのあたりを見て弱弱しいと思う人もあったかもしれないが、私の服をつかんで後ろにひっくり返したりとかする時というのは相当力強いですからね。特に、息子というのは、どんなにぐちゃぐちゃにやっつけても、やっつけ返される心配は絶対にないという自信をもってやっていますから、だから、相当力強い。あれはこたえた・・。どこの家でも、問題点はあるだろうし、やりにくいところはあるのだろう・・と思ったが、しかし、どう考えても、多くのよその家にはこういった状況はないように思えた。
  特に、試験の日の朝とか前日になると荒れることが多く、観光地に行くと、「親爺の小言」と書いた湯呑を売っていて、それに「朝は機嫌よくしろ」なんて書いてあるのだが、その意味がわかった。私が父親ならば、母親に「試験の日の朝とかはやめてやってくれ」と言うところだが、うちの父親はそういうことを言う能力に欠ける男だった。何より、「こいつ、うちのお父さんに似てくるから、こいつ、やっつけたんねん!」と母は言うのだったが、うちの父親が気にいらないのなら、私ではなくうちの父親の方をやっつけてほしかったが、「夫に逆らえない女」だった母としては、やっつけることができる人間をやっつけたいようだった。その経験から、あの「親爺の小言」に書かれている「朝は機嫌よくしろ」という言葉の意味がわかった。言いたいことがあるなら言ってもいいが、これから仕事をしに出かけるという時はやめてくれ・・という意味だと思うのだが、特に試験の日の朝とかはやめてほしかったが、そうはいかないのが母親という生物の特徴のようだった。
  「父のゆえに子が裁かれるべきではない。子のゆえに父が裁かれるべきではない。」という文句が『旧約聖書 箴言』にあったと思うのだが、それは母親には通じない文句だろう。離婚した人には息子なり娘なりに「まったく、この子はあの人とそっくりなんだから」と文句を言う人がいるが、「あの人」と一緒に子供を作ったのはあんたでしょう・・てものだが、そういうことを言う人はいる。離婚していなくても、うちの母親は「こいつがお父さんと似てきよるから、それが気に食わんのやあ」と言いまくってきたが、そういう気に食わん子供を産まずに、気にいる子供を産めばよかったのではないかと思う。同級生とかで、こいつ、嫌なやつだなあ・・と思う人間が何人かいたのだが、母はそういうやつが好きらしかった。
  同級生の母親など見ると、たとえば、小学校・中学校と同じ公立の学校を卒業して高校も同じ北野高校に行き、何の因果か予備校まで同じ所に行ってしまったN口というシェイクハンドラケットみたいなぺったんこの顔した男がいたのだが、こいつの母親などは、自分の息子のことを「いいように、いいように思う」ではなく「いいように、いいように言いまくる」母親で、もういいかげん、うんざりした・・が、息子の方は1浪したとはいえ、一応、京大の法学部に合格したが、母親が「うちの息子はしっかりしてますわあ」「うちの息子は大人ですわあ」とかなんとかかんとか言ってまわるのを聞いて、自分でもそれを本気にしていた男で、
〔だいたい、そんなに「しっかりしてます」のなら、なんで大学落ちて浪人するんだよお・・、「しっかりしてます」のなら現役で通れよ・・て思いませんか? 普通、思うと思うし、「敗軍の将、兵を語らず」てなもので、落ちて浪人した人間がえらそうな口きくな! ちゅうんじゃい・・て、普通は他人よりも本人が思うと思うのだが、私自身にしても浪人してえらそうな口はきけんわなあ・・と思ったものだったが < 私の場合は、高校のクラブのOBで、浪人中にクラブの練習に顔を出して、なんだかんだえらそうな口をきく男S(大阪市立U中学校卒。該当年、浪人中)がいて、「敗軍の将は兵を語らず」という言葉もあるが、落ちて浪人している人間はああいう口はきかん方がええわなあ・・と思い、それを「他山の石」として認識した、ということもあるが >、N口親子の場合はなぜか思わない親子のようだった。息子は、本当に「しっかりしてます」のなら、本当に「大人ですわあ」ということならば、そういうアホな母親に、「そんなこと言わないで」と一言くらい言って良さそうなものだが、それを言わない言えない男で、それだけではなく、アホな母親にそう言ってもらって、自分で「しっかりしてますわあ」「大人ですわあ」とか勝手に思いこんでいる男で、そのあたりを見ると、京大に行ってもあんまり賢くないようだな・・という男だった・・し、そのあたりについては「しっかりしてます」というようには見えないし思えない男で、「大人ですわあ」ともとても思えない男だった。〕
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※ 敗軍の将は兵を談ぜず ・・失敗した者はそのことについてあえて話すことはしないということ。 《出典》史記。
 ( 折井英治編『暮らしの中の ことわざ辞典』1962.9.20.集英社)
※ 敗軍の将は兵を語らず ・・戦って敗れた軍の大将は兵法のことを話すものではないということで、失敗した者は、そのことについて意見を述べる資格がないことをいう。史記によると、漢の軍をひきいた韓信が背水の陣をしいて趙の軍を破ったとき、いちばん頭を悩ましたのは、途中で井陘(せいけい)というところの狭い道を通らなければならぬことだった。趙の軍略家 広武君(こうぶくん)李左車(りさしゃ)は、韓信の部隊がここにさしかかったとき一挙に撃滅するようにと成安君(せいあんくん)陳余(ちんよ)に申言したのだが、成安君はこれをきかなかった。 それで韓信はやすやすとこの道を突破することができ趙軍を破ることができた。 戦いが終わって広武君が捕らえられてくると、韓信はこれを厚くもてなして「これから北の方の燕(えん)を伐とうと思うがどうしたらうまくいくか教えてほしい」といった。 すると広武君は「敗軍の将は以て勇を言うべからず、亡国の大夫は以て存(国を保つ道)を図るべからず、ときいている。 戦に敗れて捕らえられている自分にどうして大事をはかる資格があろう」といった。 「敗軍の将は兵を語らず(敗軍の将は兵を談ぜず ともいう)」は この広武君のことばからでたものである。 なお、韓信は誠意を披歴して教えを乞うたので、広武君はその熱意に動かされ、燕、斉討伐の策を説明した。 これによりやがて韓信は燕と斉を滅ぼすに至る。
 (折井英治編『暮らしの中の 故事名言辞典』1970.4.15.集英社)
敗軍の将は兵を談ぜず――〔史記〕 失敗した者は、その事について意見を述べる資格がないというたとえ。
 (新村 出 編『広辞苑 第二版』岩波書店 )
大学の入試に落ちて浪人している息子を、「あの子は本当にしっかりしてますわあ」「あの子は本当に大人ですわあ」とギャースカぎゃーすか言ってまわれないとおれない症候群の母親も問題あるが、母親にそういうことを言われて、「敗軍の将」のくせしてからに母親が言うことを本気にしてしまっている息子もまた・・なんか、あんまり賢ないなあ・・・、大人げないなあ・・て感じがする・・。
  但し、10年以上経ってからとかになると話はまた違う。《YouTube貴闘力部屋》https://www.youtube.com/channel/UCNxyWUfEIBTV4I1C9E4OyCg  の《YouTube-【告白】朝青龍 元マネージャーが語る!高砂親方問題 その一日に何があったのか?》https://www.youtube.com/watch?v=SIt7vfN7oMg で、貴闘力と元朝青龍マネージャーが語っていた話では、高砂部屋を朝乃若に継がせると話した翌日に急に朝赤龍に継がせると前言撤回し、「男同士の話で決まったじゃないですか」と朝乃若から言われて「俺は男じゃないから」と言ったという(笑)元高砂親方・元大関朝潮(長岡。「大ちゃん」)が、横綱の朝青龍を指導できないのは元大関の親方で元横綱の親方じゃないからではないかと言われた時、それは違う、そうではなく、元横綱の親方というのは多くの人間が「達成した」と思っているのに対して、元大関止まりの親方というのは、引退した後も「なんで、横綱になれなかったのだろう」「どこがだめだったのだろうか」と、いつまでもいつまでも考えるもので、考えるなと言われても考えないでおれない。その気持ちを弟子の指導に向けるので、それで成果が出る。だから、元大関の親方が元横綱の親方に劣っていることはない・・と本に書いているとスポーツ新聞に載っていたのだが、それはあることだと思うし、又、野村のじいさんが「『失敗』と書いて、『成長』と読む」と、「人間は成功からは学ばんもんなんや」と言っているが、そういうこともあるとは思う。失敗した人間の方が、むしろ、そこで学んだものがある・・というケースもあるとは思う。「徳川家康公遺訓」には「勝つことばかり知りて 負くること知らざれば 害その身に及ぶ」というくだりがあった。又、株の格言で「頭と尾っぽはくれてやれ」という文句があり、一番低い所で買って、一番高い所で売ってと思っても、なかなかそうはいかないもので、低めの所で買って高めの所で売れればまあ良しとするようにしないと、完全成功を求めるとかえって失敗するということもあるわけで、大学進学においてもあまりにも「完全に成功」を求めすぎない方がいいかもしれない。だから、10年以上経ってからであれば、むしろ、「失敗」した人間の方がきっちりと分析できて、人を指導する立場に立った場合にも成果を出せるという場合もあるだろうけれども、それは別の話。浪人中に「敗軍の将、兵を語る」やつというのは、それは慎むべきことをやっている、と考えるべきものであろうし、落ちて浪人している息子を「しっかりしてますわあ」「大人ですわあ」「感心しますわあ」だのなんだのかんだの言われても、そんなに「しっかりしてる」のなら落ちるなよ! そんなに「しっかりしてる」「大人ですわ」で「感心します」ような人間が、なんで落ちたんだよ! 落ちたのと違うのか? 通ったのか? 通ったのなら通ったと言うてみい。落ちてんやろうが。違うんか? どうなんだ? 現役で通ったのなら現役で通った言うてみい! どうなんじゃい!!!・・・というものである。落ちたくせしやがってからに、まったくうるさいおばはんや、ほんま・・・。
  「敗軍の将は以て勇を言うべからず、亡国の大夫は以て存を図るべからず、ときいている。 戦に敗れて捕らえられている自分にどうして大事をはかる資格があろう」てもので、大学入試に落ちて浪人している人間が、浪人中に「しっかりしてますわあ」も「大人ですわあ」もへちまもあるか!!!・・ほんまにもう、うるさいおばはんやなあ、ほんまにもう・・・。
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  アホな母親がしょーもないこと言いまくっているのを聞いてそれを本気にしているようでは、はっきり言って「京大に行っても、あれではなあ」という男だったが、母親は《「うちの息子はしっかりしてますわあ」「うちの息子は本当に大人ですわあ」とかなんたらかんたらくんたら言いまくらないと気がすまない症候群》の母親というものも世の中にはあるようだった。
〔「オトナ」という言葉は、たとえば、稀勢の里はカド番の琴欧州から800万円だすから八百長で負けてくれと仲介役力士から頼まれて「うるさ~い! 向う行けえ!」と断り、貴闘力は幕下下位にいた時に、幕下上位にいて6勝0敗だった井筒部屋の力士に負けてくれと頼まれて断ったらしいが、そういうのを「オトナになれないやつ」と言ったりすることがある。内村鑑三は、教育勅語への「奉拝」をためらい、不敬だと言われ、第一高等中学校の教員を辞めることになった。 年齢を重ねて若い頃の純真さを失ってしまう者はあっても、若いうちからそういうところで「オトナ」になりまくるやつのことを「若年寄」と言ったりもする。N口はたしかに、その意味で「若年寄みたいなやつ」だった。 「闘うきみの歌を闘わないやつが、笑うだろう」という歌があったが、誠実に生きようとして闘い、敗れ去る人間を笑う男だった。そういうのを「大人ですわあ」と母親は自慢していたのだった。「勝つか負けるかそれはわからない。それでも、とにかく闘いの出場通知を抱きしめて」という者を笑う男だった。生きていく上において妥協せざるをえない時もあるかもしれないが、しかし、そういう「オトナ」というのは自慢するものだろうか・・と思うが、自慢する親子だった。 <知らない人もいるかと思うので解説すると、「闘うきみの歌を、闘わないやつが笑うだろう」「勝つか負けるかそれはわからない。それでも、とにかく闘いの出場通知を抱きしめて」というのは中島みゆき の「ファイト」という歌の文句です。>
  冒険しているつもりはなく、当たり前のことをしているはずだったが結果として冒険した結果になり痛い目に合わされ敗れた者を大喜びで笑うタイプの人間だった。 弟が「キャリアでない警察官」になったそうで、そんな感じでN口も「真ん中より右」の人間であるとともに、「右」ではあっても絶対に「右端」には行かないようにして、世の中が右に1センチ動くと自分も右に1センチ動き、世の中が左に1センチ動くと自分も左に1センチ動き、常に「真ん中より右側だが、右端ではない」という位置をキープするという、そういう人間だった。そういうのをN口の母親は「しっかりしてますわあ」「大人ですわあ」と言うのだが、そういう人間ばっかりだと、その社会はろくな社会にならないだろう・・というのか、そんな人間、いなくてもいいのじゃないか・・て感じもする。しませんか?・・ 〕
冒険と日本人 (集英社文庫) - 本多 勝一
冒険と日本人 (集英社文庫) - 本多 勝一
N口の母親の場合は、「自分の息子のことをいいようにいいように思う」人間であるだけでなく「自分の息子のことをいいようにいいように言いまくらないとおれないシンドローム」の人間でも、それがちょっと「病的」で「限度を超えていた」と思うが。あの「ほとんどビョーキ」のおばさん、なんとかならんもんかと思ったし、「ええかげん、うるさいなあ! ほんまにい~い!」とも思ったが〔N口の父親は「京大でてる」という話が広まっていたが、本当に京大でた男ならば、自分の嫁がアホなこと言いまくっているのを聞いたなら、「あんまり、しょーもないこと言うな」と言って制止するくらいのことはできてよさそうなもので、その程度のこともできないのであれば、「京大でてる」としても、なんか、あんまり値打ちのない京大だということになるが、見てくれを見てもあんまり京大みたいな感じではないし、世の中には「京都大学を出た」のを「京都大学を出た」みたいに「の」を省略したニュアンスで言う人というのがけっこうあるので、N口の父親もそのクチではないか・・と思う。貧乏人のことゆえ、高いものはかけられないが、カツ丼か牛丼くらいなら賭けてもいいよ。あんな京大ないと思う(^^)/ 〕、息子のN口は、もしも、本当に「しっかりしている」のなら自分の母親に「そういうのはやめて」と一言は言うものだと思うが、それを言えない、言うべきだということを理解する能力が欠落した男だった。そういうN口の母親に対して、うちの母親は逆だった。正反対だった。それこそ、私が浪人中、「いい、おぼっちゃんですねえ」と言ってくれた人があったのだが、そうすると何と言ったかというと、「ええ~え? そうですかあ~あ? あんなん、いいですかあ~あ? ええ~え?」・・・なんか、よっぽど気にいらんみたいやった( 一一) N口とその母親の場合はその傾向は「病的」ともいったところがあったが、うちの母親の場合は、自分の息子のことを悪いように悪いように思い、よその息子をいいようにいいように思う母親で、かつ、それでいて、「親というものは、自分の息子のことを、いいようにいいように思うもんやから!」と言いまくる親だった。うちの母親は、ともかく、よその息子がいいらしかった。そんなに気にいらないのなら、気にいらない息子を産むのではなく、気にいる息子、要するに「よその息子」を産めばよさそうなものだった。私を産まずに、そういう私が「こいつ、嫌なやつだなあ」と思うようなやつを産んでおけばよかったのだ。「慶應タイプの女たらし」とか「慶應タイプの強姦魔」とか、私がこういう人間とは関わりたくないと思うようなそういう男でも産んでおけばよかったのではないか。
  ・・それで、「現役で大学に通ると思いあがった人間になる」か? 「現役で東大に通ると思いあがった人間になる」か? 「現役で東大に通ると思いあがった人間になって、女を泣かす」か? 私は絶対にそれは逆だと思ったのだ。これは大学だけ慶應の行ったという人、特に「オリンピック」ではなく本当に国立大学に行くつもりで国立大学を受けたが落ちて慶應は通ったので慶應に行ったという人には、「ほんと、そうです」「ほんと、そう思う」「慶應の人間の方がよっぽど問題ありますよ」と言う人が多かったが、東大の学生よりも慶應の学生の方が「女たらし」が多いと思っていたし、実際、慶應に行くとそうだったし、むしろ、「一浪で慶應」という男と内部進学にこそ、女たらしや強姦魔が多いという傾向がある。これは間違いないはずだ。 まず、野村のじいさんは「『失敗』と書いて『成長』と読む」などと言っているが、私のように進学校の高校を卒業した人間で、どこでもよかったら・・と言ってもどこでもいいわけないのだけれども、ともかく国公立の大学でというくらいなら、あるいは「国公立か早慶か関関同立か」でというくらいならどこか通るだろうという人間が、そうはいかない、ここに行きたいと思って受けた所を落ちてしまったという場合は「失敗」だろうけれども、高校まで勉強してきていないクロマティ高校卒のやつが、高校卒業後、浪人して1年間、「慶應の経済」および「慶應の文学部」の試験科目だけを学習して、それで通ったという男にとっては、「1浪で慶應の経済」とか「『1浪で慶應の経済』落ちて文学部タイプでないにもかかわらず『1浪で慶應の文学部』」というのは、それは、ちっとも「失敗」ではないのだ。そいつは「失敗の経験」なんてしてないのだ。その男にとっては大成功であり、それで文句なんて言ったらばち当たる! 御の字も御の字なのだ 。 私の知っている人間でも具体例がいるのだが、クロマティ高校卒で高校卒業時には最初からろくな大学に通らんやつが1浪して「慶應の経済」「慶應の文学部」に行って、そういうやつが、「浪人したから謙虚だ」とか「浪人したから人間性が優れている」とか勝手なことを言いまくるのだが、どこが謙虚だ、どこが?!? どこが人間性が優れているのだ、どこが!?! よくもまあ、勝手なこと言いまくるものだ。 まったく勝手な男だと思うが、母はそういう男、私が「この野郎! いいかげんにしろよ!」と思う男が「大好き♪」「そういう人、ものすごい好き♪」「だ~いすきい~い♪」だそうだった。 クロマティ高校卒のくせしやがったからに、口先だけは達者なやつがいる。そういう男には「それでも、強姦まではしないだろう」などと思っていたらやるやつがいるらしい。慶應はそういう男の行く大学である。そういう男のことを「慶應ボーイらしいスマートさ」とか「福沢精神」とか言うらしい。なんで、それが福沢精神なんだ!?! と思っても、そういう男は福沢諭吉の著作なんて読まないから、読まない男に向かって、「それは福沢諭吉の考え方とは違うと思う」などと言っても、「おまえ、頭かたいなあ」とか言われるだけのことだ。なんで、こっちが頭かたいのだ?!? 福沢諭吉と関係のないもの・福沢諭吉の主張や生き様に逆行するものを「福沢精神」と言いまくる人間こそ「頭かたい」のと違うのか・・と言うと、「そういうところが、おまえは頭かたいんだ」と言うのだ、そういう男は。そういう男と私はつきあいたくなかったのだが、ところが、そういう男の巣窟に入れられた。何のために小学校の1年から同級生が遊んでいる時に勉強してきたのかわからない。努力の果実をすべてドブ中にドボンと捨てさせられた。 『新約聖書』の「福音書」には「あなたがたは、我が子が魚を欲しがっているのに蛇を与えるだろうか」というイエスの言葉があるが、私は努力の成果を奪われて蛇を与えられた。蛇の大学に行きたくないのに行かされた。同級生が遊んでいる時も勉強してきて、あげくのはてに「不良の行く大学」に行かされてしまった。 クロマティ高校卒で「1浪で慶應の経済」もしくは「1浪で慶應の文学部」という男には「説教者エリフ」症候群の「患者」がこれまた多い。ろくでもない人間なのに自分が世界で一番えらいみたいに思っている。慶應の学生や卒業生にはそういう人間が多い。そのビョーキは簡単には治らないし、「病識がない」場合が多い。

  そして・・・。 『ヨブ記』の話というのは本当にあった話なのだろうか・・・。 本当にあったかといっても、最後の最後、神がヨブの前に現れてなんたらかんたら・・・というのは、それは意識の上の問題であって、実際に神が眼の前に現れたわけではないだろうが、ヨブという「宗教的に分裂していない」人がいて、そうであるにもかかわらず、財産を失くし、子どもを失い、健康を失い、妻から「死んだらいいのに」と言われ、そこに昔からの友人が3人やってきて、最初はヨブの不幸を嘆き、慰めの言葉を口にしていたが、そのうち、ヨブがそういう目に合うのは何かヨブが罪を犯したからであろうとか何たらかんたら言い出す。 さらに、「説教者エリフ」なる若造まで何の関係もないのにやってきて、えらそうな口をきいて「説教」する。こん畜生、いいかげんにしろよ、この若造めが・・と思ってもどうもできない・・。 こういう話ならば、実際にあった可能性はある。
  それで・・・、これは何で読んだか忘れてしまったのだが、そう学問的な本ではなく、漫画雑誌か何かだったと思うのだが、 『ヨブ記』は実際にあった話だが、実際にあったのは、ヨブというけっこう真面目に生きてきた人が、財産を失くし、子供を失い、健康を損ねて、そして、妻から「死んだらいいのに」と言われ、古くからの友人3人がわざわざやってきて、ヨブがこういう目に合うというのは、何か神に罪を犯したからこういう目に遭ったに違いないとか何たらかんたら言いまくる。さらに、「説教者エリフ」という若造が何の関係もないのにやってきて、不幸の真っ最中のヨブに向かって、「おまえはそんなにエライのか!」て感じで何たらかんたら「説教」する・・・という話が本当にあった話であったが、それでは、キリスト教会として、教会の信者獲得・勢力拡大の道具として使えないので、それで、後から、神が雲の中からヨブの前に現れて、そして、ヨブの健康を回復させ、財産を回復させ、新たに何人もの子供が生まれ育った・・・という「お話」を捏造して付け加えたのだ・・・という。・・なんか、ありそうと言えばありそうだが・・、身も蓋もないというのか、もう、うんざりするだけというのかの話になる・・が、ありそうな話でもある。

  この点について、
《 ヤハウェはヨブに答えて言われた。

全能者と争う者はこれを批議しうるのか、
神を非難する者はこれに答えよ。》
( 『旧約聖書 ヨブ記』関根正雄訳。 40章1-2節 )

《〔ヤハウェは暴風(あらし)の中からヨブに答えて言われた。
君は男らしく腰に帯せよ、
わたしが君にきくから、わたしに答えよ。〕

君はわたしの公義を否定し、
わたしを非とし、自分を義しとするのか。
君は神のような腕を持つと言うのか、
神のようにその声をとどろかすことができるか。
君は威厳と尊敬をもって自分を飾り
栄誉と光輝をもって装うがよい。
君の燃える怒りをあらわし
高ぶる者を見たらみなこれを低くせよ。
高ぶる者を見たらみなこれをかがませ
悪しき者を立ち所に打ち倒せ、
彼らを塵の中に閉じこめよ。
そうすればわたしも君をほめたたえよう、
君の右の手が君を救ったのだから。 》
( 『旧約聖書 ヨブ記』40章6-14節 )

《そこでヨブはヤハウェに答えて言った。

御覧下さい、わたしはいと卑しい者です、
何といってあなたにお答えできましょう、
わが手を口にあてるばかりです。
一度言いましたがわたしはくり返しません。
二度言ったとしてもこれ以上申しません。 》
( 『旧訳聖書 ヨブ記』40章3-5節 )
・・・というこの40章の部分について、
関根正雄訳『ヨブ記』(岩波文庫)の関根正雄の注では、
《 ・・神の弁論はヨブ記において決して二次的に加えられたものではない。
と書く。 「説教者エリフ」の話については、関根正雄は「解説」で、
《 32-37章のエリフの弁論もヨブ記のわくの部分にエリフなる人物は全然登場せず、その教説はヨブ記の他の部分を知っている人がそれを用いながらより洗練された形で述べていると思われるので、今日ではこれを二次的加筆と見る人が大部分である。・・ 》
と述べているのに対して、神がヨブに弁論をおこなうこの40章の部分については、《決して二次的に加えられたものではない。》とする。

   神がヨブに弁論をおこなう部分について、『ヨブ記』という書物においては、関根正雄の注では《決して二次的に加えられたものではない。》とされており、キリスト教会がその勢力拡張・信者獲得のために後から付けくわえたというものではない・・・のかもしれないが、しかし、実際問題として、神がヨブに弁論をおこなったのかどうか・・というのは、それは心の内面の問題であり、事実としてあったものはというと、やっぱり、ヨブという完全無欠ではなかったとしても、そう悪い人間ではなかったはずの男が、財産を失い、子供を失い、健康を損ない、さらに妻から「死んだらいいのに」と言われ、古くからの友人ははるばる訪ねてきたのはいいが、最初は慰めの言葉を口にしたが、後に、こういう不幸な目に遭う人間というのは何か神に罪を犯したに違いないとかなんたらかんたら言いまくる・・・という、そういう話が実際にあった話であって、その後の神が暴風の中から現れてヨブにどう言ったとかどうこういう話は、それは人の心の中の話で事実関係ではないわけです。
  だから、『ヨブ記』というのは、結局、完全無欠ではないとしても特に悪い人間でもなかったはずのヨブという男が、財産を失い、子供を失い、健康を失って、妻から「死んだらいいのに」と言われ、古くからの友人がわざわざ訪ねてきて、ヨブがこういう不幸になるということは、何か神に罪を犯したに違いないとかなんたらかんたら言いまくる・・・という、そういう話だった・・・・と考えることができるのではないか。

   ・・・そうなると、なんか、身も蓋もない・・が、「まあ、世の中なんて、そんなものですよ」ということなのか・・・。 それではキリスト教の教会もしくは、ユダヤ教の宗教関係者としては困るので、それで、神が暴風の中から現れてなんたらかんたら・・・というお話にした・・・というのは、これは実際にありそうなことではある。

  ・・で、読んでくださった方のために、最後はいいお話にしたい気もしないことはないのだが、そうもいかないようだ。 このままでは、『ヨブ記』というのは絶望的なお話になってしまう。 ・・が、それをどう解釈するかは、個人の問題であろう。「持つ者はさらに与えられ、持たざる者はさらに奪われる」といった文句が『新約聖書』の「福音書」にあったと思うが、そうなのか・・。 


  この平山正実『精神科医の見た聖書の人間像』(2011.1.31.教文館)の著者は、同書の「著者紹介」によると、
1938年生まれ・・「戦さ長引く(1937)日中戦争」、盧溝橋事件、日中戦争開始の1937年の翌年、「行くよ、勇んで(1941)真珠湾」の真珠湾攻撃、太平洋戦争開始の1941年の3年前の1938年の生まれ。「幾人、見つかる(1923)、関東大震災」の1923年(大正12年)のそのあたりの生まれのうちの親より若く、「終戦」の1945年のすぐ後くらいの生まれのうちの姉より年上という年齢の人。
  『精神科医の見た聖書の人間像』(教文館)が発行された2011年1月においては72歳。今、2020年12月に生きておれば82歳になるが、北千住旭クリニックHPhttp://siloam-asahi.holy.jp/greeting.html には《1938年~2013年》と書かれており、2013年、この『精神科医の見た聖書の人間像』発行の2011年の2年後に75歳で他界というのか「召命」というのかされたらしい。 横浜市立大学医学部卒。 自治医大助教授(「精神医学」)、東洋英和女学院大学大学院教授(臨床死生学、「精神医学」)を経て、聖学院大学総合研究所・大学院(人間福祉研究科)教授、北千住旭クリニック「精神科医」・・・だそうだ。
  『神学と精神医学の間 第1集』(聖文舎)で、『神学と精神医学の間 第1集』が発行された時は自治医大の教員だったらしいこの著者の文章を読み、「神学と精神医学の間」に高校生くらいの時から関心があって、それでこの本を取り寄せて読んでみたのだが、
「この人、『精神科医』じゃなくて、牧師か、それとも、大学の文学部の宗教哲学科かそういうところで、キリスト教についての研究をやった方がよかったのじゃないの」
という感想を持った。
  『神学と精神医学の間 第1集』(聖文舎)に書いている人で「精神科医」の方の人の著作だったので、「神学と精神医学の間」の「精神医学」側の内容かと思ったのだが、9割以上神学の方の内容であり、それゆえ、「この人、牧師か神学者か宗教哲学の教員になった方がよかったのじゃないの・・」という印象を受けた。
  もしくは、「精神科医」にうかつなことを言うと、「なんたら病」とか「なんじゃかんじゃ症候群」「なんたらかんたらシンドローム」とか「なんたら型性格」とか「診断」されそうで、さらには「診断」された上で「治療」と称して、何されるやらわからん! ・・ということで怖いこわい怖いこわいのだが、それでも言わせてもらうなら、
「精神科医」て、暇なの? 
・・・という感じがした。 牧師でもなし、大学の宗教哲学・宗教学の研究者でもない人間にしては、よく調べて書かれている・・と思うが、そういうことをやってられるということは、「精神科医」て暇なの? ・・という感じがしないでもない。
   それにしても、「心理学」「精神医学」というのは恐ろしい! それこそ、ガチンコにこだわり、星を買っておけば横綱を維持できたであろうに、「オトナになっておけばいいのに」「オトナになって八百長グループの側に入ればいいのに入れない」ということで、「未成熟」とか「心理学」とか「精神医学」とかで「診断」され「治療」されそうな雲行であり、そういう「オトナの世界」に「順応」するようにこの世の人間を「人間による人間の加工」を施そうとする、八百長グループの世界・「オトナの世界」に順応することに抵抗を示す者には「未成熟」とか「適応障害」とか「社会不適応」とかなんとか「診断」するのが「心理学」「精神医学」と考えて良さそうである。小此木啓吾のビョーキ本シリーズなんてのを喜んで読んでいる人間というのは、たいていの人間が、小此木がビョーキ・準ビョーキ扱いしている人間というのは、それは「自分以外の誰か」のことだろうと思いこんで、もしくは、自分の周囲にいる人間を思い浮かべて、あいつはなんちゃら症候群・こいつはなんだかんだシンドローム・あいつはなんとか人間・・とか小此木型の「診断」やって優越感にひたっているが、それらの人というのは、実は小此木啓吾からすると、その人間もまた「なんとか人間」「なんじゃもんじゃ症候群」・・と「診断」する対象になる、小此木啓吾とその一派にとっては自分以外の人間はみな「なんじゃもんじゃ症候群」であるという事実を認識できていないシンドローム! なのだ。
  「精神科医」というのは、「八百長で相撲界を追放されてプロレスに転向した元力士」と似たところがあって、内科医やっていたが、内科医として、いいかげんな治療しながら、ぐっちゃらぐっちゃら、なんたらかんたら、なんだもんだかんだもんだ屁理屈こねまくっておのれを正当化し、自分が気に食わん相手には、その人間の性格が悪いとか「未成熟」とか、病気だとか言って罵り、それに対して、精神的に廃人化をもたらすような人間にいいわけない「薬」を飲ませて、それに対してカネ盗る・・・なんてことしたのでは、内科医としては失格だが、ところが、それで「精神科医」に転向すると、「精神科医」としては、まさにそれこそが本業であり、「精神科医」としては大繁盛♪・・・と、相撲で八百長やりまくって追放されたが、プロレスに転向したとなると、プロレスでは、もとより八百長が仕事、いかにうまく八百長やって客を喜ばせるかが仕事である♪ ・・というそれに似ている。 そういうものであるが、この平山正実という人の文章を読む限り、この人はそうでもないみたいだ。
  又、元外務省の佐藤優 氏が『国家の罠』(新潮文庫)に、書物を読む場合においても、それを読んで自分のあり方を反省する人もあれば、自分自身のあり方を省みることはせず、常にそれを利用して人を批判し攻撃する道具として使う人もある、ということを述べており、佐藤優 氏は私と同年代なのだが、なかなかの人間観察をしていると思ったのだが、「精神科医」やっているような人間というのは、一般に、佐藤優氏が指摘しているところの、「自分自身のあり方を省みることはせず、常にそれを利用して人を批判し攻撃する道具として使う人」の方であり、小此木啓吾独善主義症候群なんて、まさに典型的なそのタイプであるが、この平山正実『精神科医の見た聖書の人間像』を読む限り、平山正実という人は、そうではないように見受けられる。 だから、「精神科医」やってるよりも大学の宗教学科・宗教哲学科の教員やるか牧師になるかした方が良さそうな感じはするが、「おのれのこと棚にあげて、ひとに、なんたらかんたら勝手なこと言いまくって薬漬けにして儲けるのがうまい人間シンドローム」の「患者」ではなさそうな印象を受けた。 「少なくとも、小此木啓吾よりはマシそう」という印象を受けた・・ということは、「小此木啓吾のビョーキ本シリーズ」などと違って、読んでも悪くない本かもしれない・・という印象だった。
国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて―(新潮文庫) - 佐藤 優
国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて―(新潮文庫) - 佐藤 優

  平山 正実『精神科医の見た聖書の人間像』(2011.1.31.教文館)では、もうひとつ、「第1章 アブラハムー神への信仰」で述べられていたものだが、アブラハムが神から息子イサクを燔祭にささげよと命じられて、イサクを縛り火をつけようとして、まさに危機一髪の時に、神からの声を聞き、息子を開放して、近くの藪に角をひっかけて動けなくなっていた鹿を燔祭にささげるという話があるが、神がどうという部分はそれは心の内面の問題であって、行動は実際にあった話だと考えたならば、父親から燔祭として殺されようとした息子の気持ちというのは、どういうものだったのか。その後の父親と息子の人間関係というのは、どうなるのか。 そのあたりについて、平山正実氏が指摘しているのだが、これは、今まで、『聖書』やキリスト教の研究者があまり指摘しなかった問題ではないか、と思った。この指摘はなかなか鋭いと思う。

  毎年、山下達郎の「クリスマス イブ」という歌を街で聴かされるのが苦痛だ、あの歌を流す店では買い物したくない、あの歌を流す食堂では食事したくない・・・と書き続けてきたが、私のブログの影響かどうかはわからないが、今年は今まであの野蛮人の歌を聴かされたことはない。大変、喜ばしいことだと思う。 クリスマスは「イエスが産まれた日」ではなく「イエスの生誕を祝う日」であったとしても、どっちであっても、その「聖なる日」を彼女とべたつく日、「性なる日」にしてしまったような歌を街中に流すというのは悪趣味であり、キリスト教に対する冒涜であり、冒涜だと思わない人間がいたとしても、私は冒涜だと思う・感じるのであり、もしも、あの歌を聴きたい人がいるのなら自宅で聴いてもらいたい、自宅で聴くのなら何を聴いても自由だが、嫌な人間もいるのに嫌な人間にまで聴かせるのはやめてもらいたいものだ、と今も思う。
  我が家の近所でも、あの歌を流していたことから、今後絶対に利用しないとまではいかないが「向う1ヵ月は、その店は利用しない」ことにしようと決めて利用しないと・・・、不思議なもので、それまで何度も利用していた店でも、1ヵ月利用しないと、そこに行く習慣がなくなり、2か月目・3か月目も利用しなくなるという傾向があることがわかった。 大阪市の心斎橋に、今は大丸の建物が2つあるが、その片方は もともとは「そごう」の建物だった。心斎橋には大丸と「そごう」という呉服店系で関西系の百貨店が2つあり、心斎橋筋の北側の心斎橋に大丸と「そごう」、心斎橋の南側の難波に高島屋があり、呉服店系の百貨店が近い場所に3つある街で、「百貨店の街」だったが、ウィリアム=メレル=ヴォーリズ設計の大丸に対し、「そごう」は村野研吾設計の建物だったが、それを建て替えて高層のビルにしたものの、建て替えている間に、「そごう」の客は離れてしまったようで、「そごう」の本店だった建物を手放して、大丸が買い取ったらしい・・が、そうなると、「大丸だけの心斎橋」になると、もはや、梅田の方が阪急・阪神の電鉄系百貨店2店と、大丸と伊勢丹三越の呉服店系の百貨店2店という百貨店が4店ある街になっており、「心斎橋筋の北側に大丸・南側に高島屋」では弱い、ライバル店が撤退したから有利というものではなく、2店あってこそのものが1店が閉店したのでは他方も苦しいのではないか・・という感じがする・・・のだが、その建て替えた時の「そごう」みたいなもので、たとえ、1ヵ月でも、「クリスマスの前後の時期はこの店は利用しないようにしよう」とすると、その後も、別に無理に利用しなくてもいいよなあ・・という気持になってくるものだ。
  あんな下品・低俗・下劣な歌をいい歌だと思っている人がいるのなら、自宅で聴いてもらいたい。聴きたくない人間にまで聴かそうとするのはやめてもらいたい、と思う。
  (2020.12.24. 「クリスマス イブ」の日。)  
神学と精神医学の間〈第1集〉 (1979年) - 北森 嘉蔵
神学と精神医学の間〈第1集〉 (1979年) - 北森 嘉蔵
神学と精神医学の間〈第2集〉 (1979年) - 小林 純一
神学と精神医学の間〈第2集〉 (1979年) - 小林 純一 

"クリスマスに考える『ヨブ記』と「精神科医」と不二家と父親と山下達郎。神は暴風の中から現れていない。「精神科医」て暇なのか? 「イエスさまのために、いいこと」て何だろう?" へのコメントを書く

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