「津田沼 ザ・タワー」の確認票他+死人が出る可能性がある三菱地所レジデンスと(株)フジタの工事現場

[第466回]
  習志野市のJR「津田沼」駅の南側、モリシアセンター(イオンの入っているビル。かつてはダイエーだったビル)のさらに南、「仲よし幼稚園」の跡地だという場所に作られている「津田沼 ザ・タワー」という部屋部分だけでも150m以上の高さ、ペントハウス部分を合わせると160mを越える高さの巨大な人工の岩山について、何回かにわたって述べてきましたが、

ここでは、現地に掲示されている票を一通り紹介します。
「都市計画法29条による許可済み」の票↓
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「特定建築行為計画のお知らせ」の票↓
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(↑クリックすると大きくなります。大きくして見てください。)

「建築基準法による確認済」の票↓
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「建設業の許可票」↓
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「労災関係成立票」↓
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↑ 事業者の三菱地所レジデンス(株)というと、2014年、東京都墨田区のマンション建築工事現場(最寄駅:都営浅草線「蔵前」)で、設計者は新宿の「安宅」という設計事務所で、埼玉県川口市の川口土木建築工業(株)https://www.kawado.co.jp/ という「いかにもいいかげん」という会社(「いいかげんを大切に」?)が施工者の工事現場にアーキマインドという建設業の派遣会社から「施工管理」という職種で行き、「施工管理」のはずが、雑役労務者をさせられた。これは派遣業法に違反したものだ。労働基準監督署で聞いた話によると、工事現場では下請けは認められているが、派遣は「施工管理」以外の職種では認められていないという。ところが、ゼネコンは雑役労務者を派遣で雇いたいらしいのだ。川口土木建築工業(株)には自社で採用した「工事監督」がいたのだが、それにもかかわらず、別に派遣で「施工管理」と称して雇っていたのだが、なにゆえにそういうことをするのかというと、実質的に「施工管理」をさせるのは自社で採用した「工事監督」であり、派遣で採用した「施工管理」の従業員というのは、実際には雑役労務者の仕事をさせるつもりで採用していたのである。雑役労務者を派遣で採用するのは違法である。だから、「施工管理」と応募者を騙して採用していたのであり、かつ、アーキマインド(株)は川口土木建築工業(株)のダミーであり、取締りを受けることになった場合、建設業で派遣会社でダミーのアーキマインド(株)の方が取締りを受けて川口土木建築工業(株)を守るようになっていたらしい。雑役労務者の能力と施工管理の能力は性質が違う。雑役労務者を派遣したいのなら雑役労務者をやりたい人を採用して派遣した方がいいと思うがアーキマインド(株)と川口土木建築工業(株)は「施工管理」と騙して募集していた。川口土木建築工業(株)が施工の三菱地所レジデンス(株)の墨田区のマンション工事現場で、隣の雑居ビルの1室を借りた工事現場事務所に、本社の人間が工程管理のためにパソコンに打ち込む方法をレクチャーするために来ると聞いたにもかかわらず、私だけ呼んでもらえず、川口土木建築工業(株)が直接雇った3人だけが事務所に行ったようなので、どうしたのかと思って隣の現場事務所に行ったところ、その「工程管理を入力する方法をレクチャーするために本社から来た」という男性社員が、私に向かって、「何ですか!」と言ったので、「『何ですか』とは何ですか」と言おうかと思ったのだが、要するに、川口土木建築工業(株)としてはアーキマインド(株)を経て採用した「派遣の工事監理」の従業員というのは、従業員の側では「施工管理」と思って来ているので、「工程管理のパソコンへの入力のしかた」を本社の人間が「レクチャー」するために来たのなら教えてもらっておかないといけないと考えたのだが、ところが、川口土木建築工業(株)の経営者はそうは考えておらず、アーキマインド(株)を経て採用した「派遣の施工管理」の従業員というのは脱法行為をするために「施工管理」と称しただけで、実際は雑役労務者として川口土木建築工業(株)は採用したのだから、「工程管理の入力のしかた」なんて教えるつもりはさらさらなかった、ということであった。三菱地所レジデンス(株)はそういう違法行為をやっている会社に施工を依頼してマンションを建てている会社である。「三菱」だから大丈夫とか思っている人がいると思うが、そんなことはない。そういう権威主義的な考え方はやめた方がいいだろう。
  2014年、私は、川口土木建築工業(株)の埼玉県朝霞市の工事現場、大京(株)のマンションの工事現場で足を骨折した。直接には安全靴を履いた状態でつまづいたのだが、安全靴というのは上に物が落下したとかいう場合には足を防ぐことができ、乗用車くらいならつま先を通過しても大丈夫とか言われるが、逆につま先が固定されるので、普通のズック靴か革靴を履いた状態でなら足をねじっても特にどうということがない場合でも、安全靴を履いていたがために骨折するということがあるらしい。使用者や工事現場の所長はそういうことを従業員に説明するべきであるが説明はなかった。そういう説明をきっちりできていない「所長」は他にもいるかもしれないが、私はアーキマインド(株)から「最大でも自宅から通勤時間1時間半以内の所に行ってもらう」と言われて入社したが、1日目から片道1時間40分かかる埼玉県蕨市の工事現場に行かされた。さらに4日目から埼玉県朝霞市の大京(株)のマンションの工事現場に行ってくれと言われ、「武蔵野線を使えばすぐだから」と言われ、「すぐ」と言われたことから、東武東上線「朝霞」「朝霞台」とJR武蔵野線「北朝霞」のことを、東武伊勢崎線「越谷」「新越谷」とJR武蔵野線「南越谷」駅のことかと勘違いしてしまった。「越谷」ならまだしも、船橋市の住人に埼玉県朝霞市まで通わせてやろうと策略する人間の頭の中はどうなっているのかと思う。建築現場というものは、朝は午前8時からで、しかも、電車通勤の場合、背広上下を着て現地に行き、現地の工事事務所で作業服に着替えないといけないので、背広上下の服装でやる仕事よりも早く現地に着かないといけない。我が家から朝霞の大京(株)の工事現場までは、我が家から最寄駅まで自分のクルマで行って時間パーキングにとめて駅から電車に乗って行ったとしても片道2時間を超えてかかったのだが、逆算すると、我が家の近所のバス停を始発のバスに乗って行っても朝霞の工事現場には間に合わないのだ。そもそも、安い派遣の従業員がなにゆえに時間パーキングの料金を自腹で出さなきゃならんのだ? 私は、ともかくも、朝霞に行ってもらいたいと言われた初日、自分のクルマで東船橋駅近くの時間パーキングにクルマをとめて、東船橋駅から電車に乗って朝霞の工事現場まで行った上で、アーキマインド(株)の社長の鈴木に携帯電話で電話を入れて、「始発のバスに乗っても間に合わない場所であり、とても、通勤できません。もしも、どうしても、朝霞の工事現場に勤めてもらいたいということなら、川口土木建築工業(株)かアーキマインド(株)のどちらかで朝霞市でアパートを借りてください」と言いました。ところが、アーキマインド(株)の社長の鈴木は「わかった。工事部長の加賀美さんに言うわ」と言いながら連絡がない。翌日、しかたがないので、またもや、自腹で東船橋駅近くの時間パーキングにクルマをとめて行き、昼休みにアーキマインド(株)の社長の鈴木に電話を入れて、「どうなりましたか。とても、通えません。きょうは自分のクルマで駅まで行き、駅の近くの時間パーキングにとめて来ましたが、始発のバスに乗っても間に合わない場所に通勤するのは無理ですし、最大でも片道1時間半以内の所に行ってもらうという話で勤めたはずなのに、片道2時間を超えてかかります。話が違います。」と言ったのですが、それでも、「うん。わかった。工事部長の加賀美さんに言ってみるわ」と言ってまたもや連絡がない。これを3日続けられて、そして、3日目だったか4日目だったかに右足の甲を骨折した。安全靴を履いていた場合、足をねじった時には普通の靴をはいていた時よりも怪我をしやすいという話をきっちりとしていない建設会社は少なくないかもしれないし、足をねじって骨折した場所は仮設の階段から地面に降りる場所で少々段差が大きかったが、それも特別無茶苦茶大きかったわけでもないが、それよりも、無茶な通勤をさせられると、勤務に就いた時点でそのしわよせが来る。これは建設業の工事監理や経営に携わってきた者ならわかることである。私は、私が右足を骨折したのは無茶な通勤に原因があると思っている。骨折したことで3ヶ月以上にわたり右足を石膏で固めて療養した。川口土木建築工業(株)の朝霞の川口土木建築工業(株)から直接雇われていた若い工事担当者が、「〇〇さんは、足を傷めたようなので、悪化させると良くないですからしばらく事務作業をしましょう」と言ったのだが、それに対して、「所長」の岩瀬だったかは「大丈夫だよ」と患部を見もしないで怪我をした状況を聞きもしないで決めつけた。さらに、私が「痛みが引かないので、明日も休みであるわけではなく、整形外科の診療を受けようとすると昼間になるので、午後から整形外科に行かせてください」と言うとそれは認めてくれたが、しかし、「所長」ならば、骨折している可能性がある人間ならば、タクシーで行くようにさせるか、もしくは、他の従業員にクルマで病院まで送らせるかするべきもので、そのために「所長」という者がいるはずであるにもかかわらず、ひとりで歩いて行かせた。「北朝霞」「朝霞台」駅の近くの病院に行くと、病院では「ここまで歩いて来たんですか」と言われ、「足を骨折しているのに、骨折した足で歩いて来るなんて」と言われた。実際、最後、病院の手前では苦痛は激しかった。途中でタクシーに乗ることも考えたのだが、朝、駅の近くのキャッシュコーナーで現金を出そうとすると、始発バスより早い時刻にはキャッシュコーナーの機械は使えず現金を出せなかったため、手持ちが少なくタクシーに乗れなかったのだ。それなら、会社としてタクシー代くらい用意しても良さそうなものだが、川口土木建築工業(株)はそれも用意しなかった。朝霞市の病院で言われたのは、「骨折した足で歩いてくると、それが原因で骨折した箇所がずれてしまう」というのです。だから、手ならともかく足を骨折した場合には骨折した足で歩いてはいけないのです。川口土木建築工業(株)の「所長」はその程度のこともわからない男であったか、もしくは、自社の従業員なら気を配らないといけないが、アーキマインド(株)を経て入社した「派遣」の従業員なら骨折しようが死のうが構わないと思っていたかどちらかでしょう。
  川口土木建築工業(株)+アーキマインド(株)は労災の手続きもなかなかきっちりととらないので相当苦労しました。その後、川口土木建築工業(株)の工事部長の加賀美と会った時、加賀美は「申し訳なかった」と自社の工事現場で3ヶ月以上にわたる療養を必要とした骨折をさせた相手に謝るかと思ったが、「申し訳なかった」も「すいません」も一言も言わず、もしも、「すいません」とか「申し訳ありません」とか言うと自分の所に非があると認めることになるのでそれで「すいません」とか「申し訳ありません」とは言いたくないということなら、それなら、せめて、「謝罪」ではなく「お見舞い」の言葉くらいは自分の所の工事現場で怪我をした人間に言うものではないのかと思ったが、加賀美はそれも一言として口にしなかった。いったいどういう親の教育を受けて育ったのかと思う。アーキマインド(株)の社長の鈴木は川口土木建築工業(株)の工事部長の加賀美のことを「あの人は高卒のたたき上げで」と言っていたのだが、最初、加賀美と会った時、「この程度の人が工事部長になっている会社が、住友不動産や三菱地所の何階建てものマンションを建てているのかあ?」と思ったものだったが、アーキマインド(株)の社長の鈴木が「加賀美さんは高卒のたたき上げで」と言うのを聞いて、たしかに「高卒」という顔をしていると思ったけれども、しかし、そういうことをすると工事現場で怪我人が出るということを平気でやる男、そして、実際に工事現場でひとが怪我をしても、「謝罪」しないだけでなく「お見舞い」の言葉すらも言えないような男のことを、そういう「高卒」の人間のことを建築用語で「たたき上げ」と言うらしい。「たたき上げ」とは便利な言葉である。 さらに、その後、墨田区の三菱地所レジデンス(株)のマンションの工事現場では、足を骨折してある程度くっついたので歩いてもいいという状態で勤務したのだが、整形外科医から「できるだけ、骨折した所をねじらないように」と言われたのだが、ところが、墨田区の工事現場ではアクロバットのような体制で作業をさせられて、およそ足をねじらないようにとかいうものとはかけはなれた作業をさせられた。その結果として骨折した所がねじれてくっついてしまったのかどうかはわからないが、骨折前とは感じが違う。
  アーキマインド(株)の社長の鈴木に、「最大でも片道1時間半以内の所に行ってもらうという条件だから勤めたのに、初日から片道1時間40分かかる所に行かされて、4日目に片道2時間を超えてかかる所に行ってくれというのは無茶ですね。それも、朝の始業が遅めの仕事ならまだしも、建築現場は朝8時からで、しかも、現地で服を着替えないといけない仕事ですからその分の時間も見ないといけないし、始発のバスに乗っても間に合わない所に行けというのは、無茶ですね」と言ったのだ。私はインテリアコーディネーターやキッチンスペシャリストなどの資格も持っているが、そういったインテリア関係の資格を持つ者を欲しがりそうな会社というのは、東京でも西よりに多い。求人票やインターネットの求人情報を見ても、山手線の西側の会社・店でそういう募集があったが、通勤を考えると、クルマ通勤の場合で片道1時間、電車通勤の場合で片道1時間20分までが限度と考えて応募を断念した。アーキマインド(株)は、最初、求人募集を見た限りでは派遣とは見えなかった。大和ハウス工業や佐藤秀工務店の仕事をしているということなので、大和ハウスや佐藤秀工務店の戸建住宅やアパートの下請けの会社かと思って応募したらそうではなかったのだ。私は建築業の会社に長く勤めてきて、木構造については構造について相当学習したが、建築学科ではなく社会科学系学部出身であり、工事管理の仕事に就く場合でも、木構造・戸建であれば対応できるであろうし、労働法・労務管理などについては大学卒業までに相当学習してきた者なので、そういう者に来てほしいという会社ならばと思ってアーキマインド(株)に応募したのだが、実際は「派遣の雑役労務者を『施工管理』と称して派遣してた会社」だった。私は、アーキマインド(株)の社長の鈴木に「『最大でも1時間半以内の所に行ってもらう』という話で勤めたのに、始発のバスに乗っても間に合わないような所に片道2時間を超えて通勤しろというのはそれは無茶ですね」と言えば、当然、鈴木は「申し訳なかった」と言うと思って言ったのだ・・・・が、ところが、アーキマインド(株)の鈴木は「そんなもの、建築、アーキはマインドでやるもんだ。だから、うちの会社はアーキマインドという名前なんだ。始発のバスに乗っても間に合わないなんて言わないで、たとえ、始発のバスに乗っても間に合わないという所にでもマインドで行ってやろうというのが、それがアーキだ」などと言い出した。それで、私は「始発のバスに乗っても間に合わない所にマインドで行くのがアーキだというのなら、それなら、そのマインドでどうやって行くのですか? どうやってマインドで行くのかその方法を教えていてだけませんか」と言ったのだ。そもそも、川口土木建築工業(株)の同社が直接に雇っていた「施工管理」の従業員とも話をしたのだが、川口土木建築工業(株)は自社が直接雇っていた従業員については、比較的、その住所に近い場所の工事現場に行かせるようにしていて、私のように片道2時間を超えて始発のバスに乗っても間に合わないというような場所に行けなんてことはしていなかったのだ。
  私はアーキマインド(株)に面接の時に、社長の鈴木に「私の家からは、山手線の一番近い駅である秋葉原の駅まで家から片道1時間かかります。ですから、片道1時間以内の所というと秋葉原駅の改札の目の前とかそういう場所でないと片道1時間で行けませんから、電車で片道1時間以内の所と言うわけにはいきません。けれども、片道1時間30分を越えてということになると、1ヶ月に1回だけとかいうならともかく、毎日は通いきれません。毎日、通うということを考えると、片道1時間20分までかと思います。片道1時間30分かけると山手線の西側の駅が最寄という所までたいてい行けますが、山手線の向こう側に片道1時間30分を越えて通うのは無理です。これまでも、山手線の西側の会社で仕事の内容から考えると応募したいと思う会社はあったのですが、通いきれないと判断して応募をやめたことがあります。山手線の西側ならインテリア関係とかで応募したい仕事の会社もあるのですが、山手線の向こう側の埼玉県ということになると、千葉県と埼玉県は同じようなものですから、山手線の向こう側の埼玉県には行けないだけでなく、行く必要もないことになります」と話し、鈴木は「そうだよねえ」とそれに同意して、そして、私が「片道1時間20分まで」と言ったのに対して、鈴木が「片道最大で1時間半まで」と言い、その条件で勤めたのでした。その条件で勤めた者に、雑役労務者なら応募していない者に「派遣の施工管理」と称して「派遣で雑役労務者」に行かせ、しかも、「山手線の向こう側の埼玉県には通勤は無理ですし、千葉県と埼玉県なら条件は同じようなものですから、山手線の向こう側の埼玉県にあえて行く理由もない」とはっきりと私が言い、それを聞いて「そうだよねえ」と同意したにもかかわらず、その「山手線の向こう側の埼玉県」に初日から行かせて、「最大で片道1時間半以内」でない場所に初日から行かせて、始発のバスに乗っても間に合わない所に遅刻せずに行くために自腹で時間パーキングにクルマを止めて行き、そういう無理な通勤がたたって足を骨折し、しかも、現場の「所長」が怪我をした人間にそのまま10階建てのマンションの階段を昇り降りさせて、病院まで歩いて行かせたのであり、怪我をしたその時の状況については、もっと改善できるところはあったとしても無茶苦茶安全対策不備とかではなかったとしても、怪我をした後の対応については、これは業務上過失傷害罪の対象になる可能性が考えられるものであり、川口土木建築工業(株)の工事部長の加賀美、アーキマインド(株)の社長の鈴木は、当然、謝罪すると思っていたら、なんと、「たとえ、始発のバスに乗っても間に合わない所にでも行くというのが、それがアーキのマインドだ! 最大で片道1時間半以内の所に行ってもらうという約束であっても、それでも片道2時間を超えてかかる場所にでも行くというのが、それがアーキのマインドというものだ!」などと叫びだしたのでした。 「なんで、それを最初の面接の時に言わなかったのですか?」と私は言ったのですが、「面接の時に聞いてなかったとしても、それでも建築はマインドでやるもんだ。面接の時の話と違うものでもアーキはマインドでやるというものなんだ」とか言うのです。それなら、ひとにばっかり言わずにアーキマインド(株)の社長の鈴木や川口土木建築工業(株)の工事部長の加賀美や朝霞の工事現場の所長の岩瀬ががそれをやるべきです。なにしろ、それが「アーキのマインド」だそうですから。
  川口土木建築工業(株)やそのダミーのアーキマインド(株)にとっては、「派遣の雑役労務者」として、始発のバスに乗っても間に合わない所に片道2時間を超えて、時間パーキングの費用を自腹で出して往復するアホが必要かもしれませんが、私にとってはそういう所に行くことのメリットは何もないのです。雇用というのは雇う者と雇われる者に両方にメリットがあってこそ成り立つもので、川口土木建築工業(株)は身勝手な要求をできる相手を捜してきてくれとアーキマインド(株)の社長の鈴木に依頼していたようで、アーキマインド(株)の社長の鈴木はエン・ジャパンとかそういうものに求人広告を出して、騙されて応募する人間をつかまえて川口土木建築工業(株)に行かせていたようでしたが、私は労基署から 「雑役労務者を施工管理と偽って工事現場に派遣するのは違法ですから」と言われ、派遣の違法を取り締まっている部署が港区だったと思うのですがにあると教えてもらったので、そこに言って取り締まってもらうこともできたのですが、そんな会社でもともかく一度は雇ってくれた会社で、その後も勤めている人もいることだからと思い、「できるだけ穏便に」と思って訴えずに我慢したのですが、アーキマインド(株)の社長の鈴木の発言や川口土木建築工業(株)の工事部長の加賀美から一言として謝罪の言葉がないということなど考えると、むしろ、業務上過失傷害罪で川口土木建築工業(株)の所長の岩瀬と工事部長の加賀美、それに代表取締役とアーキマインド(株)の社長の鈴木を業務上過失傷害罪で告訴しておくべきであった、と今は後悔しています。アーキマインド(株)の社長の鈴木は言わないでおこうとしていたようなのですが、最後、ポロッともらしたのです。「加賀美さんから言われたのだが、怪我されて迷惑だと」と。なんだと!?! 自分の会社の工事現場でひとに怪我させておきながら、その言い草は何だ!!! それにしても、「たたき上げ」とは便利な言葉です。こんな男が何階建てもの鉄筋コンクリート造の建物を作る会社の工事部長なのか、こんな男が工事部長になっている会社に住友不動産とか三菱地所レジデンスとかいう「住友」とか「三菱」とかいう会社がマンションの工事を依頼しているのかとびっくりしたのですが、そういうびっくりするような男のことを「たたき上げ」と言うのでした。ほんと、便利な言葉です。

  そのアーキマインド(株)は大和ハウス工業(株)https://www.daiwahouse.co.jp/ にも「施工管理」と称して派遣していたが、「津田沼 ザ・タワー」の施工者の(株)フジタ は、今はその大和ハウス工業(株)のグループ会社になったらしい。大和ハウス工業(株)というと、かつては、軽量鉄骨の軸組構法の戸建住宅やアパートを建てる会社で、戸建住宅建築業の業界に勤める者の間では「ダイワの営業はガラが悪い」と評判だった。又、「ダイワハウスは値引き幅が大きい」と評判で、私が最初に勤めた小堀住研(株)などと違ってダイワハウスは何百万と引くのが普通であり、それに「感動した」と言う客もあったが「いったい、いくらが妥当なんだ」とそれに不安を感じる人もあったようだ。1980年代後半、小堀住研(株)に入社した直後の営業系新卒社員研修で、「入居者から何か建物についての不具合を言われたら、ともかくすぐに行く」と言われたものだが、この「ともかく、すぐに行く」という点について、1990年代後半、栃木県佐野市でダイワハウスが建てたアパートに住んでいた時、アパートの建物で何であったか不具合があってダイワハウスに連絡したところ、「ともかく、すぐ行く」というのを実行して、その日の夜にダイワの社員がやってきた。「ダイワの営業はガラが悪い」という評判があり、「ダイワの営業は値引きを営業戦略にしている」という評判もあったが、同時に「ダイワの営業は動きが速い」という評判もあったが、実際、電話した日の夜に「ともかくすぐ行く」というのを実行してやってきた、と思い、自分自身が戸建住宅建築業の会社に勤めて営業の仕事をやってきた者として、「なかなかやるじゃないか」と思ったしその点については高く評価した・・・のだけれども、「ともかくすぐ行く」というのは実行して「ともかく来た」けれども、来たことは来たものの実際に職人が来て直すまでにはけっこうかかった。住宅展示場に見込客が来場した時、ダイワハウスの営業はお客様が書いてくれたお客様の家の住所に、その客が他の会社の展示場を見ている間に先回りして訪ね、玄関の前で待っていて客が帰ってくると、「お帰りなさい」なんて言うやつがいるというのも評判で、それも「感動した」と喜ぶ人もいたが、「びっくりした」と言ってむしろ嫌がる人もいた。どちらかというと嫌がる人の方が多かったように思う。(株)フジタは今はその大和ハウス工業(株)の傘下の会社になったらしい。昔は大和ハウス工業(株)と(株)フジタとなら、(株)フジタの方が大きい会社という印象だったが、時代とともに栄枯盛衰があるようだ。

  川口土木建築工業(株)の墨田区の工事現場、三菱地所レジデンス(株)が施主のマンションの工事現場では、元受けの「工事監督」から何トンもある鉄の塊をレッカー車で吊っている真下で作業させられたことがある。販売者が「三菱」なら安心と思って購入した人もいるかもしれないが、そこでは「豆板」「コールドジョイント」といった鉄筋コンクリート造における施工の問題として初歩的な建築構造についてのテキストに掲載されているようなものが何か所も出ていた。木構造については相当学習したが鉄骨造・鉄筋コンクリート造については大学の建築学科の基本的なテキストのレベルくらいの知識しかない私でも見てわかったが、「お施主さん」と称する三菱地所レジデンス(株)の担当者は時々来ていたようだが、気づいていたかいなかったか・・。わかっていない可能性が大きい。なにしろ、彼らは来ると「お客様」の扱いでもてなしてもらい、工事現場の問題点なんて見るのではなく、「お客様」になって帰っていったのだから。川口土木建築工業(株)の工事現場ではいずれ死人が出るだろう。そういう工事監理を川口土木建築工業(株)は元受けの「工事監督」にさせていた。川口土木建築工業(株)の工事現場で死人が出るということは、三菱地所レジデンス(株)が事業者の建物の工事現場で死人が出る可能性があるということでもある。「三菱」という名前にカリスマ性を感じ過ぎない方がいいと思う。
  隣地には2階建ての昔からの住居兼用商店が建っていたが、深く掘った三菱地所レジデンス(株)のマンションの脇で、地表面に亀裂がいっていた・・・ということは隣家の木造戸建ての住居兼用商店の建物にもいい影響は与えないであろう・・けれども、亀裂は三菱地所レジデンス(株)のマンション工事中敷地内であったため、隣家はそれを知らずにすんでいた可能性がある。三菱地所レジデンス(株)のマンションの工事現場では建築中の鉄筋コンクリート造の建物と周囲の地盤との間で、周囲の地盤が崩れてきそうになっていて、それを川口土木建築工業(株)から直接雇われていた「工事監督」のアキノメが、木の棒を押し込んで防ごうとしていましたが、木の棒なんて押し込んでも、土圧の強さに比べて木の棒なんて弱いものであり気休めにもならないもので、そんなものを押し込んでそれでなんとかなるという発想がどうもわからなかった。そういうことは会社としてどうするべきか考えるべきもので、「高卒のたたき上げ」なんて言っている工事部長の加賀美あたりにはそういうことを考える頭はなかった、ということなどのかもしれません。「たたき上げ」とはよく言ったものだ。「たたき上げ」と言われるとなんかいいみたいに聞こえるが、実際には、「ずるい・あつかましい・身勝手な高卒のおっさん」のことを言う名詞が「たたき上げ」である。

  (株)フジタという会社については、私はいい印象はありません。かつては、フジタ工業と言ったように思いますが、大和ハウス工業とフジタ工業ならむしろフジタ工業の方が大きい会社だったように思うのですが、世は移りかわり、立場は逆になったということか。1980年代後半だが、新帝国警備保障(株)で「交通誘導警備士」(交通誘導のガードマン)をアルバイトでやった。アルバイトといってもけっこう長くやったので、それなりの経験があると言える。雇い主は新帝国警備保障(株)だが、ゼネコンの工事現場に派遣されて「交通誘導警備士」(交通誘導のガードマン)の仕事をしていたのだ。いくつもの会社の工事現場に行ったが、ここだけはもう二度と行きたくないと思った会社が、その頃は「フジタ工業」と言ったように思うのだが、(株)フジタである。
  1989年、新帝国警備保障(株)で「交通誘導警備士」(交通誘導のガードマン)をやった時のことだが、東京都中央区の八丁堀、最寄駅は東京メトロ日比谷線「八丁堀」でのビル建築の工事現場でのことだ。この日でこの「交通誘導警備士」(ガードマン)の仕事はおしまいという最後の日だったのだが、その(株)フジタの工事現場に行ってくれと言われた。 ゼネコンの工事現場の「現場監督」というのも、その会社によってずいぶんと違いがある。新帝国警備保障(株)からは、工事現場でヘルメットをかぶっていない作業員がいたならば、「ヘルメットをかぶってください」と言ってくださいと言われていたのだが、千葉県柏市のある会社のマンションと思われるビル建築の工事現場に行くと、ヘルメットをかぶらずに作業している人が少なくなかったのだが、その工事現場に初めて行った者がそれを直接指摘していいものかとも思ったので、元請けの会社の「工事監督」に「すいません。ヘルメットをかぶらずに作業している人が何人かいるように思うのですが」と言ったところ、その「工事監督」はどうしたかというと、「何? ヘルメットぉ? ああ・・・」と言っただけでそのまま行ってしまった。元請けの「監督」がヘルメットをかぶらなくても、「何? ヘルメットぉ? ああ・・・・」と言うという態度なら、それなら別にそれ以上言うことないか・・・と思ったりもしたのだが、しかし、ヘルメットというものはそのゼネコンの「監督」がどう言うかにかかわらずするべきものではないのかと思い、なんか嫌な工事現場だなあと思ったものだった。八丁堀の(株)フジタ〔当時はフジタ工業だったように思う〕の工事現場ではヘルメットは被っていた。 しかし、「監督」というのが若いのが何人もいたのだが、多過ぎるような感じで、それがみんな、工事現場事務所でプラプラしていた。もちろん、「現場監督」「工事監督」というのは実際に作業をするのが仕事ではなく、川口土木建築工業(株)が「施工管理」と称して派遣で雇った人間に雑役労務者をさせていたのなどは論外であり、「施工管理」「工事監督」の人間は、工事が問題なく進むための段取りをおこない、工事現場で怪我人が出ないように、近隣から苦情を受けることがないように配慮するのが仕事であるから、一見、「プラプラしている」ように見えても、工事が円滑に進むようにしておれば仕事をしていることになるのだけれども、そうはいっても、やっぱり、(株)フジタの東京都中央区の八丁堀のビル建築の工事現場の工事監督は何人もが工事事務所でプラプラしていた、と思う。
  それだけだったらまだいい。そのうち、そのプラプラしている(株)フジタの「工事監督」が、「交通誘導警備士」(交通誘導のガードマン)で行った私に、「そこの看板の上の方を拭いてもらいたいんだ」と言って、相当高い位置にある看板を拭き掃除しろと言ってきたのだ。私はその日、新帝国警備保障(株)のアルバイトの最終日であったこともあり、「アルバイトの職場であれ、ともかく職場ではできるだけ穏便に」と考えていて、そうであるから、当然のことながら、「交通誘導警備士」(交通誘導のガードマン)の職種で行ったものに高所での拭き掃除をしろというのはそれは労働契約違反であるし、自分の持ち場の範囲について掃除してくれということならそれは交通誘導警備士で行った者でもやるべきであろうし、又、それまでに行った工事現場で、「きょう、ちょっと早仕舞するから、予定より早く帰ってもいいから、それで報酬は1日分払うから、申し訳ないけど、このあたり掃除してもらえないかな」と頼まれて、勤務時間内に自分の領域を超えて掃除をしたけれども、終業時刻より早くに帰らせてもらった・・・からまあいいかな・・・ということもあった。しかし、中央区八丁堀の(株)フジタの工事現場で(株)フジタの「プラプラしている」「工事監督」が自分はやらないで、「交通誘導警備士」という職種の人間として行った私にやれと言ったのは相当高い場所でのもので、それは鳶職(とびしょく)がやる作業だった。 私は断るべきかとも思ったし、自分自身の判断で断るか、それとも、近所の公衆電話に行って新帝国警備保障(株)の支部に電話を入れて、「相当高い場所の拭き掃除をやってくれと(株)フジタの『工事監督』から言われましたが、それは交通誘導警備士の仕事でないだけでなく、鳶職の仕事であり、鳶職ならば、靴も私のようなズック靴ではなく地下足袋を履いているはずで、又、安全ベルトも持っているはずですが、私は鳶の仕事に来ているわけではないので、靴も地下足袋ではなくズック靴ですし、安全ベルトも持っていませんし、断りたいと思いますが断っていいでしょうか」と言うべきか迷いました。断るべきものであり、そもそも、「工事監督」というのは、工事現場の安全管理も仕事のうちであり、鳶職がやるべき仕事を交通誘導警備士にさせてはいけないのです。もし、交通誘導警備士が、交通誘導警備の仕事が暇だからということで、普通の地べたの道路を掃除しているというのならかまわないでしょうけれども、鳶がやるような高所での作業を「気を利かせた」つもりでやっていたならば、「それはやめてください」と言うのが「工事監督」の仕事です。そもそも、地下足袋を履いた者が安全帯をして作業するべきものを安全帯を持っていない者に作業させようというのは論外です。それを(株)フジタの「プラプラしている」若造の「工事監督」は私にやってくれと言ってさせたのでした。「最後の日だから、いちいち言わない方がいいか」と思って我慢してけっこう危険な作業をやったのですが、あれはやるべきではなかったと思います。 鳶職の報酬と交通誘導警備士の報酬なら、鳶職の報酬の方が高いはずなのです。安い方の職種で工事現場に行っておきながら、報酬は高いが危険のある職種の仕事をその職種の者が持っている装備も供与されることなくおこなうべきではなかったし、そういったことを我慢してするのは、むしろ、「スト破り」とも言える行為でした。その時、私はまだ20代で「世間知」もまだ未熟であったこともありますが、こちらが言いにくいと思って我慢してやるのをいいことに、(株)フジタの若造の「工事監督」は報酬が高い方の鳶の仕事を報酬が安い交通誘導の仕事で行った者にさせやがったのでした。これは1980年代の終わりのことですが、それから30年余り、私は(株)フジタが私にさせたことを一刻として忘れたことはありません。
  中央区八丁堀の(株)フジタの工事現場で、交通誘導警備の者は、帰りに元請けの「工事監督」に書類にサインをもらうのですが、その際、「プラプラしている」(株)フジタの若造の「工事監督」が、「明日もおまえが来るの」と言うので、「いえ、誰が来るかは私はわかりませんが、私は来ません。別の人になると思います」と言いました。私は新帝国警備保障(株)のアルバイトがその日は最終日でしたので、翌日は誰が来るのかは知らないが私以外の人間であるのは確かでした。私がそう言うと、「プラプラしている」若造の(株)フジタの「工事監督」、鳶職がやるような高所での作業を鳶の仕事をやるという労働契約で行ったわけではない鳶の装備なんて持っていない交通誘導警備士にさせた「工事監督」が、「なんだよお、まったくう」と言ってむくれ、「又、違う人間が来るのかよお。ちぇっ!」と言ってふくれたのでした。それでわかりました。 私は新帝国警備保障(株)には正社員ではなくアルバイトとして勤務していましたが、けっこう長く行ったのです。だから、何か所もの工事現場に行って見てきたのです。新帝国警備保障(株)が「交通誘導警備士」(交通誘導のガードマン)を派遣していた工事現場は、継続的に来てもらいたいと言う工事現場にはたいてい同じ人を行かせていて、たまにその人が休みたいと言った日に他の人を行かせるということはあっても毎日違う人を行かせるということは少ないのです。それを、(株)フジタの八丁堀の工事現場には毎日違う人が行っていて、それを(株)フジタの若造の「工事監督」がふくれて文句言っていたのですが、要するに、同じ人間を毎日そこに行かすと、(株)フジタの若造が交通誘導で行った者に危険な鳶の仕事をさせたりするために誰もが行くのを嫌がるので、その結果、新帝国警備保障(株)は同じ人を継続的に(株)フジタの八丁堀の工事現場に行かすことができず、継続的に行っている工事現場がない人とか、他に行く場所のない人とか、その時の私のようにその日で新帝国警備保障(株)の仕事は最後だという人とか、そういう人間を交替で行かせることになっていた、ということのようでした。(株)フジタの「工事監督」と称して安全管理に逆行することをしていた若造は、自分たちがやっていることが原因で、交通誘導警備士をやっている人で継続的にその工事現場に行くのを嫌がる人が多いことから、継続的に同じ人に来てもらうことができず、毎日違う人間が来るようになっていたのを理解せず、「なんだよお。また、違う人間が来るのかよお」と言ってふくれていたのでした。「工事監督」ならば、同じ人間が継続的に来ないで毎日違う人間が来るというのはなぜなのか・・といったことを少しは考えるのも仕事のうちではないかと思いますが、自分達は悪くないと勝手に決めつけていたのでした。鳶のする仕事を鳶でもない者に鳶の装備も持たない者に「工事監督」が命令してさせるというようなことをしている会社 (株)フジタの工事現場では、そんなことをしていたのではそういう工事現場では死人が出る可能性というのが考えられてきます。私はその八丁堀の工事現場でそう思いました。

  《ウィキペディア―フジタ》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%B8%E3%82%BF によると、(株)フジタ という会社はけっこう紆余曲折があった会社のようで、
1920年 藤田兄弟が広島市で土木請負業を始め、
1937年(盧溝橋事件、日中戦争開始の年) 株式会社広島藤田組 として本社を東京に置き、
1942年 藤田組に改称。
1957年  不動産部門を独立し、藤和不動産(現・三菱地所レジデンス)設立。
1971年(大阪万博の翌年) フジタ工業(株)に改称。
1990年 (株)フジタ に改称。
2002年 (株)フジタ を会社分割。建設業の「株式会社フジタ」を設立、(旧)株式会社フジタは不動産販売会社「ACリアルエステート」に改称。
2012年  大和ハウス工業がフジタ・ホールディングスからフジタの全株式を500億円で買い受けることで合意し、関係当局の認可が得られ次第、完全子会社化すると発表。
2013年  同社が保有する弊社株式の全株式をフジタ・ホールディングスから大和ハウス工業に譲渡し大和ハウス工業の完全子会社となった。
という経緯らしい。
  私が新帝国警備保障(株)から「交通誘導警備士」として中央区八丁堀の工事現場に行き、そこで(株)フジタの若造の「プラプラしていると」「工事監督」から鳶の装備も持っていないのに鳶の仕事をさせられた1980年代後半は、1971年にフジタ工業(株)に改称してから1990年に(株)フジタに再改称するまでの間ですから、私の記憶の通り、「フジタ工業(株)」という名称であった時期です。
  1980年代後半、「大手のようで、なんかあんまり優良企業みたいな感じではないな・・」という印象をフジタ工業(株)の工事現場に行って思ったわけですが、そういう印象というのは間違っていなかったようで、その後、赤字出しまくって、結果、大和ハウス工業(株)に買収されてその傘下になった、ということのようです。

  但し、念のため、断っておきますが、今回、私はJR「津田沼」駅の南側に行って、この「津田沼 ザ・タワー」の工事中現場のまわりを見てまわったのですが、建築地の敷地内には入っていないので、はっきりとしたことはわかりませんが、周囲の道路から見た限りでは、かつて、八丁堀の工事現場で感じた「いいかげん」という印象は今回は特に受けませんでした。敷地内・建物内に入って見ていませんから、あくまで外から見た印象であって、断定的なことは言えませんけれども。
  あえて言うならば、夜間、航空機の安全を守るため、赤いランプの点滅をさせていますが、昼間でも空がけぶっている時は見えにくい時があるので、そういう日には昼間でも赤ランプは点滅させるようにした方がいいのではないか・・なんてことを老婆心ながら思いますが、空がけぶっている日でも昼の赤ランプの点滅はさせていないようです。

  私が2級建築施工管理技士の資格を取得した時、「あなたが担当した工事現場で、安全対策としてあなたはどういう対策をとりましたか」という問題が出題されたのですが、もし、(株)フジタの中央区八丁堀の工事現場の「工事監督」ならば、「鳶を職種としていない人間で鳶の装備を持参していない者に命じて鳶の仕事である高所での作業をさせましたあ・・・」とか書くということでしょうか。そんな連中が「工事監督」やっているから、だから、赤字だして大和ハウス工業(株)に買収されることになった・・のかもしれません。

  宅地建物取引業の票については次回https://tetsukenrumba.at.webry.info/201907/article_1.html 掲載します。
   (2019.6.30.)

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