慶應女子高女が「見捨てた」硬貨を自販機の下とか棚の下から拾って拾得のは犯罪ではありませんよね。岡野武志さんの動画を見て思ったこと(^^)/ +「世間知」がない父親、医者屋・拝み屋・あやかしにはまる父親の話。

[第548回]
  千葉県習志野市谷津1丁目で高層マンション(巨大な人工の岩山)〔「津田沼 ザ・タワー」〕を実質的には住民に意見を問うことなく「巾着切りのごとく」「やったもん勝ちのごとく」計画を進められた件において、「事業者等」ではない株式会社オリジナルワーク一級建築士事務所 の高浦氏がこの計画に対する問い合わせを自分にしてくれと掲示していたのは弁護士法第72条違反であるはずだと告発状を千葉地検に持参した件について述べると言っておきながら他のことを先に述べてしまったが、必ず、それは述べるので、今回、他に気になったものがあったので先に述べさせてもらいたい。
※ 弁護士法第72条 ウィキブックス https://ja.wikibooks.org/wiki/%E5%BC%81%E8%AD%B7%E5%A3%AB%E6%B3%95%E7%AC%AC72%E6%9D%A1

( ↑ 「津田沼 ザ・タワー」 )

  岡野タケシ弁護士【アトム法律事務所】の動画 https://www.youtube.com/channel/UCl8E6NsjN979gbMBdztF48g で、
《Q:自販機などの下に落ちているお金を使って飲み物を買ったら犯罪ですか?#Shorts》 https://www.youtube.com/watch?v=oStpAplJ5HM
というものがあった。
  岡野武志氏には弁護士としての業務を依頼したことはないので、弁護士として優秀な人なのかそうでないのかはわからないが、岡野武志氏の動画はなかなか面白い。弁護士として依頼する場合に他の弁護士より優秀かどうかは知らないが、岡野武志氏の動画はおもしろいかどうかについては、面白いと保証する。
  岡野氏は動画の中で、ビートルズが一気に売れたということを例に出して、爆発的に売れたかもしれないけれども、その前に下積みの時代があったという話を述べているが、岡野氏の場合、大学に行かずに司法試験一次試験合格から司法試験二次に合格して弁護士になった・・というあたりの経験が「いい味」を出しているのかもしれない。

  それで、今回の話だが、《Q:自販機などの下に落ちているお金を使って飲み物を買ったら犯罪ですか?#Shorts》 https://www.youtube.com/watch?v=oStpAplJ5HM 結論として、自販機のお釣りの取り出し口に限らず、自販機の下、周囲に落ちていたものでもそれを拾得して自分のものとして使用してしまうと、窃盗罪もしくは遺失物横領罪になる可能性がある・・ということだ。
  これ、実は私はやったことがある。 20代初めの時だが、うちの父親が「いらいらっとしたから仕送り、送るのやめたってん」と言って送ってこなかった時があり、その時に、食べるものがなくて、たとえアルバイトをして稼ごうと思っても、最初の給料をもらう時までもたないし、それで、横浜市港北区日吉 の街を歩き回って、自動販売機の下に100円玉でも50円玉でも落ちてないか捜してまわり、ある清涼飲料水の自動販売機の下、奥の方に50円玉が落ちていたのを見付け、道路に腹ばいになって手を自販機の下に伸ばして、それでも届かないから、近くにあった何だったかもう忘れたが棒切れみたいなもので手前に引き寄せた上で手を伸ばして自販機の手前までやって取得し、その50円と財布に残っていた10円玉3枚とを合わせて、80円のメロンパンを買って食べたということがあった。あの時のメロンパンほどおいしいものはなかった。
  まさに、その時、その前あたりにあった不二家というけっこう高いレストランから、同じ日吉台学生ハイツに住んでいた加藤という兵庫県の甲陽学院高校から1浪して東大文科一類⇒法学部に行き、国家公務員1種試験合格で外務省に入った男が出てきた。加藤は私なんかと違って、浪人しても私みたいに「あんたが浪人したおかげで、入学試験の時の受験料が〇万円、交通費が◇万円、ホテル代が☆万円、願書を出す時の切手代が〇円、封筒代が☆円・・・、電卓、でんたく、デンタックでんたっくじゃ。わしはそれだけ損させられた。いらいらいらいら」とか言われることもなく、当たり前みたいに浪人して、私とは違って東京の駿台だかに行かせてもらって、それで東大に入学して、東大に入学すると、私なんかは「あんた、あしたからうちの会社の工場にアルバイトに行くことに、決めてきたっ!」と決めてこられてアルバイトに行かされたものだったが加藤はアルバイトというものは家庭教師とか塾の講師とかのアルバイトすらもせず、只管学業に専念させてもらい、私とは全然違う生活をさせてもらって国家公務員1種試験に合格した。将棋でも「飛車角落ち」くらいなら工夫すれば何とか挽回して勝負できるかもしれない。「飛車角香車桂馬落ち」でも「飛車角香車桂馬金銀落ち」でも何とか工夫すれば勝負できるかもしれない。しかし、「王さん1枚で勝負しろ」と言われても、「王さん1枚」では勝てない。加藤に比べると私は「王さん1枚で勝負しろ」と言われたようなものだった。
  うちの父親の親友で医者屋のM川〔男。1980年頃当時50代前半。1980年頃当時、大阪府豊中市在住。大阪府豊中市にて勤務。〕は、
(1)「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りして得たカネでドバカ息子を私立金権関西医大http://www.kmu.ac.jp/ に裏口入学させたというのが最大の自慢だったが、普通、裏口入学というのは、たとえやるにしても「恥ずかしそうに」「こそっと」やるものと違うのかあ? と思うのだが、それは私のようなガチンコ民族が考えることでM川のような医者屋裏口民族の考えは異なるようだった。しかし、私は今でも裏口入学なんてものは、たとえやるとしても「恥ずかしそうに」「こそっと」やるものであって自慢するものとは違うと思っている。
 「きみなんかとは違って思考が柔軟なもんじゃから、だから、裏口入学なんじゃ。どうじゃ、わかったかあ!」と私に言ったのだが、それに対して「はい。わかりました」と答えないと、「きみは思考が硬いようじゃな」とか言われるのだけれども、ようわからんなあ。
なんで、裏口入学する人間が「思考が柔軟」なのか?
なんで「思考が柔軟」なら裏口入学しなければならないのか?
 
「どうじゃ、わかったかあ」などと言われても、あいにくさっぱりわからん・・。
  だいたい、M川はドバカ息子を私立金権関西医大に裏口入学で入れるコネクションを持っていたようだが、うちはそんなコネクションないし。裏口入学のコネクションなんてないからには、ガチンコで通るしかないだろうが。
  それとも、もしもM川が東大に裏口入学で入れてくれるコネでも紹介してくれるというのなら、それなら、1点1万円で20点ほどでも買ってもええなあ♪・・と今なら思う。私が高校生や高校卒業してすぐの大学受験生だった頃には、「点数を買う」なんてとんでもない・・と思っていたのだが、1980年の入試で早稲田大学の商学部で「不正」があったというニュースが流れたのだが、その直後、横浜市港北区日吉 の慶應大学日吉キャンパスのトイレの壁に
「どうして、早稲田大学商学部だけ、あんなことがあったのだろう――外部生。
 どうして、早稲田大学商学部だけ、あんなことがばれたのだろう――内部生。」

と書かれた落書きがあった(^^♪
実際、大学から一般入試を受けて入った者の感覚としては、大学入試というものは厳正なもので「不正」なんてあってはならない・・という感覚だったのに対して、内部進学の人間の感覚としては「どうして、あそこだけ、あんなことがばれたのだろう」みたいな感覚だったのではないかな・・・(^^)/ で、それから何十年か経った今、その頃とは少々感覚が変わった。もしも・・だ。もしも・・だが、東大の二次試験において、1点1万円で20点か30点売ってもらえるという話でもあるならば、「魚心あれば水心でおじゃりまする」だか、「遠州屋、ヌシもワルよのお。いっしっし」「いえいえ、お奉行さまほどではおじゃりませぬ。くっくっく」とか言うのかどうかしらんが、その頃、東大の入試は共通一次試験5科目1000点満点のものを110点に換算して、東大が実施する二次試験が文科は英語・国語・社会科2科目が120点、「数学1・2B」が80点で計440点、理科は英語・「数学1・2B・3」・理科2科目が「物理1・2」・「化学1・2」で120点、国語が80点の配点で440点、いずれも、共通一次試験の1000点満点の点数を110点に換算したものと、東大の二次試験の440点満点のものを合算して550点満点にして、その得点で合否を判定するというものだったが、共通一次試験の分の点数を無視するなら、東大の二次試験の点数では、文科の中では合格最低点が低かった文科三類では440点の半分の220点くらい、最も合格最低点が高かった文科一類で440点のうち250点くらいが合格最低点かと言われていた。共通一次試験でライバルに100点差をつけてもつけられても、それは11点にしかならない・・としても、他の受験生の学力レベルが低いなら、たとえ11点の差をつけられても「たかが11点」とすぐ二次で挽回できるかもしれないが、他の受験生のレベルが高いからには「たかが11点」でも「されど11点」という面があった。逆に11点自分がリードしたとしても、今度は「たかが11点」で二次で逆転されるおそれは十分にあった。そこで、だ。「遠州屋、ヌシもワルよのお。いっしっし」「いえいえい、お奉行様ほどではおじゃりませぬ。くっくっく」ということで、もしも、1点1万円で20点ほどでも買えるなら、20万なら出すぞお~お、ほんまあ・・・やっぱり、「長い物には巻かれろ、札束には切られろよお~お♪」てもので、まるまる、全部裏口で東大に入っても入ってからやっていけないだろうけれども、「あとちょっと」のところで、「合格最低点のちょっと下」から「合格最低点のちょっと上」まで、その部分、20点でも買えるのなら、息子の為なら、2000万円だせと言われたらきついが、20万円なら出すぞお~お、「長い物には巻かれろ、札束には切られろよおお~お♪」てものだ・・なんて言うと不謹慎かもしれんが、もしも、東大の入試に1点1万円で売ってもらえるなら、20点ほどでも買っても悪くないと思うぞお~お・・・、経済学的に「コストと利益を比較考量して考えて」、東大の入試に1点1万円で20点でも買えるのなら買うぞお~お、その20万円で「合格最低点の少し下」から「合格最低点の少し上」にすることができるなら、それでわずかのところで東大の試験に落ちるものを合格にしてやれるのなら、息子の為なら20万円なら出すぞお~お・・・と思う、私が親ならそれで親が悪者呼ばわりされるならされても息子を合格にしてやれるものなら悪者呼ばわりされてもいいと思う・・が、しかし、東大の入試を受ける場合に点数を売ってくれるようなコネでもM川が紹介してくれるわけでもないのだ。又、もしも本当に「東大の二次試験の点数を何点か買える」なんて話があったなら、おそらくその話はうちには来ないで、きっと「うち以外のどこか」に行くことだろう。だから、我が家には、私が「思考が柔軟」であるかないかにかかわらず、裏口入学という選択肢なんて最初から最後までないのだ。M川と違って裏口入学の選択肢なんてないからにはガチンコで通るしかないのだ。それこそ、巨人やったら、審判でも抱き込んでストライクを「ボール」と言わせたり、逆やったりするかもしれんけども、長嶋やったら傷害罪の犯人でも「なかったこと」にする力があるのかもしれん、長嶋やったら傷害罪の犯罪と犯人を隠蔽する力があるかもしれんけども、わし、巨人とはちゃうからなあ・・・⇒《YouTuve-六甲おろし 唄:立川清登》https://www.youtube.com/watch?v=yV814_p2fxE 
(2)自称「金沢大医学部卒」だが嘘くさい。実際はM川自身も私立金権関西医大裏口入学か、そうでない場合でも「かわいいキンタマ」(崎医大+知医大+沢医大+埼医大)くらいではないか。
(3)M川は「M川家に売られたがな」などと言っており、M川家に養子にやられたという話で、M川家の為に金沢大医学部に行ったという話だが、そのあたりからして、どうも話に矛盾がある。
もし、M川家が金沢の家なら、その家に養子に行って金沢大医学部まで出してもらっておきながら、なぜ、今、大阪府にいるのか? もしも、M川家が大阪府の家なら、なぜ、金沢大など行くのか? 大阪府の家で養子に貰ってもらったのなら、大阪府近辺の医学部に行くべきではなかったのか。養子に出されて「苦労した」「わしは苦労人なんじゃ」ということにしたいようだったが、戦前は戦後の民法とは違って家督相続の制度であり、次男・三男は資産のある家の養子に入ることができれば幸運とされており、福沢諭吉でも親戚の家に養子に行っていた。養子に行ったから不幸だったとは限らない養子に行ったという話が本当かどうか怪しいが、養子に行ったのなら、行った先で医学部まで行かせてもらったのだから、そんなに不幸ではなかったはずだ。
  そういえば、1980年代、春やすこけいこ だったか誰だったかが、「ちょっと、小林幸子(こばやしさちこ)て何、あの女。苦労売り物にしてからに。苦労してたら何やのお~ん」なんて言うておったように思うのだが、それと一緒。「わしぁ苦労人(くろうにん)や」などと自分で自分を「苦労人(くろうにん)」とか言って人に評価してもらおう、それで人を「言うことをきかす」ようにしようとする男て、なんだかなあ・・と思う。「苦労してたら何やのおん?!?」て言ってやりたい・・し言ってやるべきだ。
  伊藤左千夫『春の潮』では農家の旧家に婿養子縁組で行った息子の話が出ている。
《 「お前も知ってのとおり深田はおら家などよりか身上(しんしょう)もずっとよいし、それで旧家ではあるし、おつねさんだって、あのとおり十人並み以上な娘じゃないか。女親が少しむずかしやだという評判だけど、そのむずかしいという人がたいへんお前を気に入って強って(たって)の懇望(こんもう)でできた縁談だもの、いられるもいられないもないはずだ。人はみんな省作さんは仕合せだと言ってる、何が不足でいやになったというのかい。わがままいうもほどがある、親の苦労も知らないで・・・。お前は深田にいさえすれば仕合せなのだ、おッ母(か)さんまで安心ができるのだに。どういう気かいお前は、いつまでこの年寄りに苦労をかける気か」
・・・ 》
 (伊藤左千夫『春の潮』1908 . 伊藤左千夫『野菊の墓 他四編』岩波文庫 1970.改版 所収)
野菊の墓―他四編 (岩波文庫 緑 9-1) - 伊藤 左千夫
野菊の墓―他四編 (岩波文庫 緑 9-1) - 伊藤 左千夫
  自分の家は兄が継ぐので、そのまま家にいたのでは小作人になってしまうというところで、自分の家よりも旧家で「身上(しんしょう)」もずっといい家の婿養子に来てくれという話をもらった話が出ているのだが、《人はみんな省作さんは仕合せだと言ってる》という。家督相続の時代にある程度資産のある家の養子になるように配慮してもらっておきながら、「わしはM川家に売られた。わしはM川家に売られて苦労したがな。わしは苦労人や」と言い⇒「わしのような苦労人の言うことはみんながなんでもきかんといかんのじゃ」と話を持っていくというのは、それはずるいと思うぞ。
  M川家が大阪府の家なら金沢大に行ったというのはおかしい。大阪府の家なら大阪近辺の大学に行くべきだ。「金沢」という地名はなぜ出てきたのか? ・・ということから考えると、もしかして、実際は養子どうこういう話からして全部嘘で、卒業した大学は金沢大学医学ではなく「かわいいキンタマ」のうちの金沢医大か?
  それから、M川は「わしぁ、M川家に売られた」とか言って、養子にやられたということをそういう表現をして、自分はそれだけ「苦労人(くろうにん)」やと勝手なことを言っていたのだが、財産がある家の養子にやられるというのはそんなに無茶苦茶不幸なことでもないはずだ。その「M川家に養子にやられた」という話そのものが本当のことなのか、全体が嘘なのかもわからないのだが、もし、本当にM川家に養子に行ったのであったとしても、どこの大学かわからんがともかく法学部・経済学部などよりも長く大学に行かないといけない私立なら法学部・経済学部よりも学費が高い医学部を卒業させてもらったのだから、そんなに悪くない話だったはずだ。私は養子に行ったわけではないが、うちの父親から「うちは医学部になんか行かすような金持ちとは違います。甘ったれなさんな。4年で卒業できる学部にしなさい」と言われたものだった。その「養子にやられた」という話そのものが実際に養子に行ったのか、全体が嘘の話なのかもわからないけれども、もしも、本当に養子に行ったとしても養子に行ったおかげで6年間行かないといけない医学部を卒業させてもらったのだから、悪くない話のはずだ。それを何を言うとんねん。養子にもらってくれて医学部まで卒業させてもらった養親に「申し訳ありません」くらい言ったらどうなんだ、この親不孝者めが。
  むしろ、私はうちの父親から「よくも産まれやがってからに、産まれてこなかったら良かったのによくも産まれてきやがってからに」と毎日毎日言われてきたが、そんなに産まれて迷惑な子供なら、そんなに産まれて迷惑な子供を間違えて産んでしまったのなら、世の中には子供が欲しいと思いながらできずにいて、ひとさまの子供でももらって自分の子として育てたいという人だってあるわけだから、どこかそういう夫婦の養子にやってくれたら良かったのにと何度も何度も思ったものだ。
  うちの父親が言うには「(上の姉の)T子さんが奈良女子大に落ちたのはおまえが落としたんやぞ。人のせいにすんなよ。T子さんはわしの娘だけあって優秀な優秀なドイツ人で、本来やったら奈良女子大に間違いなく通っているお方やったのにからに落ちたというのは、おまえが落としたんやぞ。人のせいにすんなよ、人のせいに。百パーセントおまえが悪いねんぞ。おまえがT子さんを奈良女子大落したおかげでわしは迷惑しとるんじゃ。T子さんを奈良女子大落して申し訳ございませんでしたと言うて地面に頭すりつけてこのわしに謝らんか、このチャンコロ、浪商!」ということで、何度も何度も言われたものだが、その「優秀なドイツ人のT子さん」が奈良女子大を受けた年、T子さんが高校3年だった年、私はいくつだったかというと6歳から7歳になる年、小学校1年だったのだが、その小学校1年の弟が「ほんまやったら奈良女子大に通ってなさるT子さん」にいったい何をやったのかというと「いた」「産まれてきた」というのが悪いらしかった。私さえ産まれてこなかったら、もっと、T子さんを「応援」してあげることができたのに、私が産まれてきたが為に十分にT子さんを「応援」してやれなかった。もっと「応援」してやればT子さんはチャンコロの民族の私とは違って優秀な優秀なドイツ人の民族のお方であるから天地がひっくり返っても絶対に通ったはず・・だそうだ。しかし、私からすれば、もしも、もっと「応援」してあげればT子さんが奈良女子大に通ったというのであれば、もっと早くに言ってくれればよかったのに・・と思うのだ。「応援」さえすれば通ったお方であったのなら、言ってくれれば小学校1年生でも「応援」してやったのに。⇒《YouTuve-コンバットマーチ【6人】早稲田大学応援2013》https://www.youtube.com/watch?v=waiBBVjToXA これさえやったら「優秀なドイツ人のT子さん」が奈良女子大に通ったのなら、言ってくれればやったったのに。・・もっとも私が受験生の立場やったら、↑ みたいな「応援」なんて、別にやってほしないけどな・・というより、やらんといてほしいけどな・・。
  うちの父親は「わしは人に号令かけるのが得意で向いてるねん。そんでもって、あんたは号令かけられるのがうれしいねん。世の中というものは、このどっちか片方の人間ばっかしではいかんわけで、両方の人間がおってこそ世の中は成り立つわけや」と言い、私が「私、何も、号令かけられるのなんてうれしくないですよ」と言っても、「何を言うとるんじゃ。おまえは号令かけられるのが何よりもうれしいんじゃ。わしは自分ではやらずに人に号令かけるのが向いている民族で階級。あんたは号令かけられることが何よりもうれしい民族で階級。階級の違いを忘れるな! 民族の違いを忘れるな!」と言い、
「それ、てってこっこ、てっててって、らったらったらったら♪
てってこっこ、てっててって、らったらったらったらあ♪
てってこっこ、てっててって、らったらったらったらああ~あ♪
撃ちてしやまん! い~ちおく、火の玉~あ!
とってちってたあ~あ!
いらいらしてきた、いらいらしてきた、
いらいらいらいらいらいらしてきた。
てってこっこ、てっててって、らったらったらったら♪
てってこっこ、てっててって、らったらったらったらあ~あ♪
皇国の一戦、ここにありい~いじゃあ!
欲しがりません、勝つまでは。
とってちってたあ~あじゃああ~あ!
それ、喜べチャンコロ、喜べチャンコロ、
喜べ喜べ喜べチャンコロ、
チャンコロうれしい、チャンコロうれしい、
チャンコロうれしいうれしいねえチャンコロ~お♪
あんた、感謝せんとあかんで。わしは、あんたが号令かけられると喜ぶもんやから、そやから、あんたを喜ばせてやってやってあげてやろうという只管優しい優しいお気持ちから号令かけてやってやってやってあげてやってやったっとんねんからなあ。感謝せんとバチあたるぞお、チャンコロお~お!」
と毎日毎日言っていたが、やっていらんよ、そんなの・・・。ほんとに、やっていらんよ、ほんと。
  下の姉のA子さんは私が離婚させたのだそうだ。「おまえさえ産まれてこなかったら、A子さんは素直なええ子であって離婚なんかするような人間やないのにからにおまえがA子さんを離婚させてんぞ、おまえがあ。人のせいにすんなよ、人のせいに。人のせいにするようなやつは人間として最低やぞ。A子さんを離婚させて申し訳ございませんと言うて地面に頭すりつけてこのわしに謝らんか、このチャンコロろすけイタコ浪商! よ~く~もお、A子さんを離婚させやがったなあ、このチャンコロ~お!」と毎日毎日言われてきた。A子さんは私が中学校2年の時に、お見合いの話があっていったんその男性と結婚すると言ったけれども、そのうち、その人は嫌だと言い出した。男と女の関係というのは、はたから見て、なんで「あんな男がええんや」と思ってもその女にとってはいいのかもしれないし、「なんであんな女がええんや」と思ってもその男にとってはその女がいいのかもしれないというもので、本人が嫌だというものなら、どんなにいい人でもしかたがない。しかし、いったん、その人と結婚すると意思表示をしたものを断りたいということならば、それはやっぱり、「申し訳ありません」と謝った上でお断りしないといけない。しかし、ここで難しいのはうちの父親というのは1ミリでも頭を下げることができない男だったという点だ。そんなん、頭さげるというほどのものと違うだろう・・と思ってもできない。うちの父親の勤め先の社長が「もし、わしが頭さげたらそれで解決するものなら、いくらでも頭さげたるでえ」と言ったといい、そして、社長が頭さげたということでそれで解決したものが実際にあったそうなのだが、その言葉を聞いてうちの父親は「さすがは社長や」とか言って感心していたのだが、感心してその言葉は聞いても自分はできない男だった。だから、自分の娘がいったんその人と結婚すると返事しておきながら、やっぱり嫌だと言い出した時、「誠に申し訳ありませんが」とそこで頭を下げるのはそれは父親の役目のはずで、それができないのならそんな男を父親と言えるか!・・と思うのだが、言えないのだ、うちの父親は。1ミリでも頭を下げるのはできない人間なのだ。そして、「相手は関西大学やぞ。おまえは短大しか出とらんだろうが。どっちが上かあ下かあ」と言うのだが、そういう「上かあ下かあ」という思考しかできない男だった。遠山啓(ひらく)が『競争原理を越えて』(太郎次郎社)で、戦前戦中の軍隊では軍隊の階級が「上かあ下かあ」が絶対視され、階級が下の者は上の者の命令は絶対に服従しないといけない状況におかれていたが、「序列主義」というのはそれだと指摘しているが、うちの父親の「上かあ下かあ」という思考もその「軍隊の思考」の影響があったのかもしれない。その父親が私に「あんたはどうすればいいと思うか」と言うので、「A子さんが嫌だと言うのならしかたがないでしょう」と私は言ったのだ。しかし、うちの父親は「相手は関西大学やで。A子は短大やで。相手の方が上やで」と言うので「上とか下とか関係ない。上でも下でも本人が嫌だというものはだめです」と私は言ったのだ。「それで、A子さんは断ってほしいと言っているのですか。もう、はっきりと断ってほしいのか、それとも、納得いかないところはあるから、その点は改めてほしいけれども結婚そのものは進めたいのか、どちらなのですか」と言ったのだ。家で話しているものを聞いても、結婚の予定日が近づいてくるに従い、相手のアラも見えてきたらしいが、だから、文句を言いたいのか、それとも、我慢できないから断ってほしいのかどちらなのか、どうも、見ていても私にもよくわからなかったのだ。うちの父親は「それが、きいてもはっきりと言いよれへんねん」と言うので、「それなら、『いったい、どっちなんだ』『もう、はっきりと断ってほしいのか、それとも、気に入らない所があるからその点は改めてほしいと思うけれども、結婚そのものは進めたいのか、どっちなんだ。どっちなのか、はっきりしろ』と言われたらどうですか」と言ったのだ。「そうやなあ」とうちの父親が言うから、わかったのかと思った・・が違ったようだ。「はっきり言いよれへんねんけど、どうしたらええやろか」と言うから、「それなら、どうしていいか判断できずにいるのでしょうから、はっきりと決めることができるまで結婚は延期してもらうように頼んだらどうですか」と言ったのだ。「そんなん、延期してもらえるやろか」と言うから、「もし、『延期はできません』と言われるなら、この結婚の話はなかったことにしてもらうしかありませんね。お断りするしかないでしょう」と私は言ったのだ。「そやけど、ここまで来て、そんなん断るやなんて、きいてもらえるやろうか」とうちの父親が言うので、「ですから、そこは『申し訳ありません』と言って頭を下げて謝るしかありませんね」と言ったのだ。又、うちの父親は「無理矢理やるとええと思うねんけど、無理矢理結婚させるとええと思うねんけど、そう思えへんか」というので、「だめです。絶対にだめです。本人が嫌だと言っているものを無理矢理結婚させるなんて絶対にだめです。絶対にいけません」と言ったのだ。「そうかあ。無理矢理やるとええと思うねんけど、そう思えへんか」と言うので「思えへん。本人が嫌だと言っている相手と無理矢理結婚させるなんて絶対にだめです」と言ったのだ。今から考えてみると、中学校2年の13歳の弟がよくまあ、そこまできっちりと言ったものだと思う。そこまで言ったからには、うちの父親もわかっただろうと私は思った・・のだが甘かったようだ。
  又、「無理矢理やるとええと思うねんけど」とおっさんが言ったが、私は「だめです。絶対にだめです。本人が嫌だと言っているものを嫌だという相手と無理矢理結婚させるなんてことは絶対にだめです。そんなことは絶対にやってはだめです」と私は言ったのだが、「そうかあ」と言うのでわかったのだろうと思い込んでしまったが、あの男がそんなに簡単にわかる人間であるわけなかった。あの男は「無理矢理やるのが好きなタイプ」「嫌がることをさせるのが好きなタイプ」の男だったのだ。だから、私にも、私が日本で一番嫌いな大学のそこだけは首をもがれても行かされたくないという学部に「無理矢理やるとええと思うねん」という思想のもとに「無理矢理」行かされた。あの男は「そこだけはいや~あ!」「お願い、そこだけはやめてえ!」なんて言おうものなら、ま~すますやりたくなってくる・・というそういうタイプの男だったのだ。あの男の
””「無理矢理やるのが好きなタイプ」シンドローム””
””「嫌がることをさせるのが好きなタイプ」症候群””
というのは、そう簡単に変わるものではないということを私はその時点で十分に理解できていなかった。あれは「無理矢理やる」というのがそれが有益だから効果があるからやりたがるのではなく、あの男は「無理矢理やる」ということが好きで好きでしかたがないものだから、だから「無理矢理」やりたがるのであった
もう「ほとんどビョーキ」だ、あれは。
  私に「無理矢理やるとええと思うねんけど、そう思えへんか」と言ったのは理由は2つあったようだ。
1つは自分自身に自信がない男だったので、「そうするのがいいと私も思います」と誰かに言ってもらって、いわば、背中を押してもらいたかったということで、
2つ目の理由は、「無理矢理やる」ということをやりたかったのだけれども、もしも、それでうまくいかなかった時に、「あんたがそうせえと言うたもんやから、こうなってんで」「あんたがそうせえ言うてんで」と言って、「わしは悪ないねん。あんたがそうせえ言うたからやねん」ということにしてやろうというもの、いわば、保険をかけておきたかったということだった、と思う。そんなところだ。あのおっさんはそういう男だ。
  私が言ったように延期してもらうようにうちの父親が言いに行ったのか母親が言いに行ったのかどちらかわからないが、ともかく、言いに行ったようだが、「そんなん、ここまで来て、結婚を延期なんてできませんわ。もう、職場の人にも言ってありますのに、それを結婚を早めるならともかく、延期やなんてしたら、男の人は出世にも差支えます。そんなんできませんわ」と言われたらしい。そう言われたならば、「それなら、誠に申し訳ありませんが、この結婚の話はなかったことにしていただけますでしょうか」と頭を下げてお断りするしかない・・と私はうちの父親にきっちりと教えたはずだった。だから、そうするであろうと思い込んでいた・・が私の観測は甘すぎた。そうではなく、「それはそうでんなあ~あ」と言うて帰ってきよったらしい。バッカじゃなかろかルンバ♪ て感じがする。それで、家で「もう、なんで、わしがこんなことで悩まされんといかんのじゃあああ。もう、ほんまにほんまにいいい」とかおっさんが言うので、なんか、情けない男やなあ・・と思った。「なんで、わしがこんなことで悩まされんといかんのじゃああ」て、娘のことで父親が尽力するのは当たり前のことであろうが。娘の為に頑張ってこそ父親であろうが。何が「なんで、わしがこんなことで悩まされんといかんのじゃああ」じゃ。アホか、このおっさん・・と思った。
  それで「そんなこと言わないで」と私は言おうと思ったのだが、私が口にする前に当人である下の姉が「もう、ええねん。もう、ええねん。私があんな男と結婚して犠牲になったんねん」とヤケクソみたいに言いよったのだ。なんや、私がせっかく、これだけ心配してやってるのに、本人が何をヤケクソみたいなこと言ってるんだと思い、それで「勝手にしろ」という気になって言うのをやめた。それで、下の姉はその気に入らないらしい男性と結婚することにした・・が、考えてみると、その相手の男性からすると失礼な話である。私なら「あんな男と結婚して犠牲になったんねん」なんて言われたら、「それなら、私と結婚なんてしないでくださいよ。犠牲になるために結婚するのなら、私じゃなくて誰か他の人と結婚して犠牲になってくださいよ」と言いたいところである。犠牲になるために結婚するというのなら、そんな女と結婚なんてしたくないわ。たとえ、お見合いでの結婚であっても、お見合いというのは「この人と結婚できたらうれしい」と自分のことを思ってくれる人を捜す作業のはずで、「あんな男とでも結婚して犠牲になったんねん」なんてそんなこと思っているのなら結婚しないでくれよ・・と私が男性の立場なら考える・・と思う。それで「犠牲になったんねん」と言ったからには結婚してから、たとえ嫌なことがあっても我慢して結婚生活を続けるというつもりかと思ったらそうではなく、新婚旅行から帰ってくると同時に「もう嫌や、あんな男」と言って、そして離婚したのだ。だから、私が悪いそうだ。なんで? なんで俺のせいやのん?・・なぜかというと、下の姉が言うには「〇〇が高校に行くまでに結婚を決めてくれと言われたから、だから、あんな男とでも結婚して犠牲になったろかと思ったから失敗したんや」ということで、もしも「〇〇が高校に行くまでに結婚を決めてくれ」と言われなかったら結婚を失敗しなかったそうだ。だから、私が悪いそうだ。
  しかし、その文句は私が言ったのと違うだろうが。私は私が高校に行くまでに結婚決めてくれなんて、そんなこと一言も言っていない。そんなこと、一回として口にしたことはない。言ったのはうちの母親か父親かどちらか、あるいは両方ではないかと思うが、その頃は「女はクリスマスケーキ」と言われて24歳までに売らないと、25になるととたんに売れ行きが悪くなると言われた時代で、私が高校1年の5月にうちの下の姉は25歳の誕生日を迎えるので、それで25歳の誕生日より前に結婚するようにした方がいいということを「〇〇が高校に行くまでに結婚を決めてほしい」という言い回しで言ったものと思われる。下の姉は「お兄ちゃんが欲しかった。弟なんか要らんかった」と言うのだが、中学生の弟は姉を守ろうとしてあれだけ頑張ったのに、そんなこと言うのか・・と思った・・が、弟ではなく兄であったならもっと力になることはできたかもしれないというものはある。
  しかし、下の姉は「〇〇が高校に行くまでに結婚を決めてくれと言われたから、だから、あんな男とでも結婚して犠牲になったろかという気持になったんや」と言い、それを聞いてうちの父親は「おまえが悪いねんぞ。わしのような聖人でキリストで聖徳太子で釈迦で孔子でヒットラー総統である英雄のお父さんの娘であるA子さんはすなおなええ子であってからに、ほんまやったら離婚なんかするということは天地がひっくり返ってもない子やのにからに離婚したっということは、即ち、おまえが悪いねんぞ、おまえが」と私の眼を指で突きさすようにして叫ぶのであった。「ひとのせいにすんなよ、ひとのせいに。おまえが百パーセント悪いねんぞ、おまえが。ひとのせいにするような人間は人間として最低やぞ。おまえがA子さんを離婚させてんぞ、おまえが。おまえさえ産まれてこなかったらA子さんは離婚なんてせえへんかったんや。A子がかわいそうや。A子がかわいそうや。〇〇に離婚させられてからにA子がA子がほんまにほんまにかわいそうや。英雄で聖人でキリストで釈迦で孔子でヒットラー総統でドイツ人のこのわしの娘であるA子さんはほんまやったら離婚なんてせえへんのにおまえが離婚させてんぞ、おまえが。ひとのせいにすんなよ、このチャンコロろすけイタコ浪商! よくも産まれやがってからに、よ~く~もお、産まれやがってからに。産まれてこなかったらよかったのに産まれてきやがってからに。産まれなかったらよかったのに産まれやがってからに。天の神さまはおまえを決してお許しにはならぬぞチャンコロ!!!」と言うのであった。なんで、俺やねん。おっさんが頼んないからやろうが。「ひとのせいにすんなよ」て、ひとのせいにしてるのはあんたやろうが・・と思ったのだが、こういうことを言うと「心理学」から「外罰的性格」と「診断」されることになる。「電気ショック療法」とかされるおそれがある。怖いこわい怖いこわい
  それで、うちの母に「なんで、私を産んだの? 産まなかったらよかったのに。産まなかったらみんなが幸せになったのに、なんで産んだの」と言ったのだ。実際、私さえ産まれてこなかったら「優秀なドイツ人のT子さん」は間違いなく奈良女子大にお通りになったはずであるし、私さえ産まれてこなかったら「すなおなA子さん」は離婚なんてしなかったはずであるのに、「なんで、私を産んだの? 私を産まなかったらみんなが幸せになったのに」と言ったのだ。そうすると、90代の母親は涙を流して「あんたが産まれた時はうれしかったんや」と言うのだ。しかし、それは嘘だ。私が産まれた時に母がうれしかったというのは嘘ではないだろうけれども、それは「男の子が産まれた」というのが「うれしかった」のであって、「私が産まれた」というのは災難だったはずだ。うちの父親の父(私の父方の祖父)は孫に男の子が欲しいと言っていたけれども、最初の子供のT子さんは女の子だった。それはそれでいい。女の子もいていい。しかし、2番目の子は男の子が欲しいと祖父は思っていた・・が、2番目の子のA子さんも女の子だった。母が言うには「それでも、おじいさんは喜んでくれた」そうだ。しかし、うちの父親はそうではなく、こう言ったというのだ。「また、女を産みやがったか」と。そして、「この女は、女しかよう産まん女や」と、そう言いよったそうだ。あの男なら言うだろうなあと思う。あの男の言いそうなことだと思う。そして、その後、何度も妊娠したが、おっさんから「また、孕みやがったか」と言われ、「まったく、この女は孕む孕むの女、産む産むの女。困った女やなあ、この女は。どうしようもないなあ。ほんま、孕んで孕んで孕んで孕んでする女、ほんまにほんまに難儀な女やなあ、ほんま」と言われて何度も人工中絶で流したらしい。その後に私が産まれてしまった。だから、私は人工中絶に失敗してしまって産まれてしまった子どもだったのかもしれない。いわば、「天の神さま」が産まれることをお認めではないのに産まれてきた悪の子供だった、「天の神さま」が産まれることをお許しになっていないのに産まれてきた神の意志に反して産まれてきた子供だったということかもしれない。しかし、母親としては「男を産んでやった。ざまあみろお」と思ったらしい。だから、私が産まれた時には「男の子を産んでやった。ざまあみろ」と思って「本当にうれしかった」らしい。しかし、「うれしかった」のはあくまでも「男の子が産まれた」ということであって、「私が産まれた」というのはうれしくなかった。小学校の同級生で野口という男がいて、今から考えると「ほんとに嫌なやつやなあ~あ」という男だったが、母は私が「嫌なやつやなあ」と思う男が好きだった。母はそいつが好きで私は嫌いだった。「野口やったらええのに」と何度も何度も言い続けた。私はきらいだったのだ。私は母に言ったのだ。「なんで、野口を産まなかったの?」と。「野口を産んでいたら、みんなが幸せになったのに。なんで、私を産んだの?」と。「私が産まれそうだったら私も人工中絶で流せばよかったのに。そうすればみんなが幸せになったのに。なんで、私を人工中絶で流さなかったの?」と。「たとえ、間違って私を産んでしまったとしても、それならそれで、世の中には自分の子供が欲しいと思いながら子供ができずにいて、他人の子供でももらって自分の子として育てたいという人だってあるんだから、間違えて私を産んでしまったなら、それならそれで私をどこかに養子にやればよかったでしょう。M川家にでも養子にやったら良かったでしょう。それで、どこかから野口を養子にもらえば良かったでしょう。そうすればみんなが幸せになったでしょう。そうすれば『優秀なドイツ人のT子さん』は私に奈良女子大を落とされることなく絶対に奈良女子大に通ったし、『すなおなA子さん』は私に離婚させられることなく結婚できたでしょう。うちのお父さんが言っていたように、すべて悪いのは私であって、私が産まれたというそのことが『天の神さま』の意志にそむく許されない罪であり、産まれてこなかったら良かったのに産まれてきたという神の御旨に反する行為をして産まれてきやがった悪の子供をなんで産んだの? 産まなかったらみんなが幸せになったのに。いや、お父さんがおっしゃったのは『産んだもんは悪ないねんぞお。産まれたやつが悪いねんぞお。ひとのせいにすんなよお』ということで、『産んだ』者は悪くないのであって、『産まれた』やつが百パーセント悪いということだったけれども、『産まれた』やつが悪いのであって、『産んだ』者が悪いのではないとしても、それでも、『産まれた』やつが悪いからには『産んだ』者だっていいことないでしょう。そう思わないですか? なんで私を産んだの? 私を産まなかったらみんなが幸せになったのになんで私を産んだの?」と言ったのだが、母は「あんたが産まれた時は本当に本当にうれしかったんや」と言うので、「そんなわけないでしょうが。お父さんも言っていたでしょう。『産まれてこなかったらよかったのに、よくも産まれてきやがってからに』と毎日毎日おっしゃっていたでしょう。神さまでキリストで聖徳太子で釈迦でヒットラー総統で英雄でスーパーマンのお父さんが毎日毎日おっしゃってたでしょうが。『産まれてこなかったら良かったのに産まれてきやがってからに、天の神さまはおまえを決してお許しにならんぞ』と」と事実に即して言ったのだ。「あんたが産まれた時は本当にうれしかったんや」と母はまた話をすりかえた。母がうれしかったのはあくまでも「男の子が産まれた」ということで「私が産まれた」ということは災難だったはずだ。「よくも産まれやがってからに。よくも産まれやがってからに。よくも産まれてきやがったなあ、このチャンコロろすけイタコ浪商! 産まれてこなかったら良かったのに産まれてきやがってからに、こいつめええ~え」とうちの父親は毎日毎日叫んでいた。私の眼を指で突きさすようにして「よ、く、も、産まれやがってからに。よ、く、も、産まれやがってからに。産まれなかったら良かったのに。産まれなかったら良かったのに」と毎日毎日叫んでいた。「『野口くんが産まれてきたら良かったのにねえ。川村くんが産まれてきたらよかったのにねえ。なんで、〇〇が産まれてきたんやろうねえ。産まれてこなかったらよかったのにねえ』と『聖徳太子でキリストで釈迦で孔子でヒットラー総統でスーパーマンのお父さん』が毎日毎日そうおっしゃっておったでしょう。なんで、野口くんか川村くんを産まなかったんですか? なんで、産まれてこなかったら良かった人間を産んだのですか? 産まれてきやがったやつが一番悪いというのは重々わかりましたけれども、産まれてきやがったやつが悪いからには産んだ者だっていいことないのと違うのですか。たとえ、間違って産んでしまったとしても、それならそれで、私を養子にやってくれたら良かったじゃないですか。私を養子にやって、どこかの家から野口くんを養子にもらってきたら、そうしたらみんなが幸せになったでしょう。なんで、私を養子にやらなかったんですか?」と母に言ったのだが、それでも「あんたが産まれた時はうれしかったんや」と嘘ばっかり言ってしかたがなかった。だから、M川は「わしはM川家に売られた」とか勝手なことを言って「わしは苦労人なんじゃ」とか勝手なことを言うのだったが、本来、養子にやっておけばよかったのに養子にやらなかった産まれてこなかったら良かったのに産まれてきた天の神さまの意志に反して産まれてきた子供としては、むしろ、M川家にでも養子にやってくれていたらと心の底から思う。
(4)-1 又、「陸士と海兵と両方通った」と称していて、うちの父親は信じやすいものだから「M川先生は陸士と海兵と両方通りはったて、えらいなあ、えらいなあ。ものごっついえらいなあ」とか言うておったが、年数を計算すると話がおかしい。陸士(陸軍士官学校)・海兵(海軍兵学校)は「終戦」よりも前に募集を打ち切っており、M川が大学を受ける年にはもう募集していなかったはずで、募集していない所に通ったという話はおかしい。
(4)-2 又、たとえ、応募していた時期に陸軍士官学校・海軍兵学校に通ったとしても、実際に行きもしない所を通ってもしかたがない。それは「ID野球」「弱者の戦術」としての「戦力の集中」に逆行するもので、大学受験においては間違った姿勢だ。何年か前の「フライデー」に載っていたのだが、松嶋みどり さんは1浪で東大文科一類に合格したけれども、早稲田大学には落ちたそうで、『東大入試合格作戦』(エール出版社)に、「私は早稲田大学を落ちた時、何が何でも東大に通ってこの早稲田大学という大学を軽蔑してやるんだと心に誓った」とか書いておったそうで、そういうことを書くとどうなるかというと、私が書いていてもどうもならないのだけれども、国会議員になって大臣になったりすると、それから何十年も後になって掘り出されて「フライデー」に掲載されて、この女、嫌なやっちゃな・・みたいに書かれる・・ということになるのだが、それはさておき、松嶋みどりさんの例に限らず、東大に通って早稲田大には落ちたという人は他にもいるはずで、そういった例は特に珍しいものでもない。もしも、東大に行きたいのなら、東大の試験に通ることができれば早稲田大の試験に落ちたとしてもどうってことない。野村のじいさんがあっちやらこっちやらで書きまくり言いまくりしていたが、1973年、前後期制度を実施したパリーグで前期優勝した南海ホークスは後期は後期優勝の阪急にまったく勝てず、又、後期は2位ですらなく、後期2位はロッテで南海は日拓ホームフライヤーズと同率3位だったが、「後期は阪急に3つ勝つことができれば、極端な話、他は全敗したっていい」と考えた、「阪急に3つ勝つ」というのはプレーオフで5戦のうち3戦勝った方が通年優勝というルールだから、プレーオフで後期優勝の阪急に3つ勝つことさえできれば「他は全敗したっていい」という考え方で、そして、実際、南海ホークスはプレーオフで3勝2敗で阪急に勝ち、通年優勝した。同様に、行きもしない所に通ってもしかたがない。「陸士と海兵と両方通った」と言われても、たとえ、実際に通ったのであっても、行きもしない所に通っても、「ああ、そうですか」とでも言うだけのことで、何の値打ちもない。
※ ホークスの歩み 1973年 プレーオフ 南海vs阪急 https://www.softbankhawks.co.jp/ocms/pc/team/history/vol11.html
ウィキペディアー1973年の南海ホークス https://ja.wikipedia.org/wiki/1973%E5%B9%B4%E3%81%AE%E5%8D%97%E6%B5%B7%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B9
YouTuve-1973年の南海ホークス https://www.youtube.com/watch?v=do07iif282s
(5)「剣道三段・柔道三段」とも言っていたがそれも嘘くさい。剣道やっていた人に聞いた話では、剣道は初段は比較的簡単に取れるが二段からはけっこう難しいという話で、また、ある警察官やっていた人から聞いたことだが、警察官の仕事をするにおいて剣道初段・柔道初段を取ったけれども、けっこう仕事が忙しくて剣道や柔道の練習をする時間がないそうで、「警察官でも国体とかに剣道とか柔道とかで出るような人は強いけれども、わたしなんかは強くないです」と言っておられたのだが、警察官やってる人でも剣道・柔道で初段くらいは取っても、それ以上の段を取ろうとしてもなかなか練習する時間がないそうで、それを警察官ではなく医者屋やっていたM川が剣道三段・柔道三段というのは嘘くさい。そもそも、従事している仕事と関係のない趣味の資格で相当難易度が高いものを取得したというのは、それが自慢になるとM川は思っていたようだが、仕事と関係ない資格で相当難易度が高いものを取得したということなら、どれだけ仕事に手を抜いていたのか・・という話になる。
  このように、落ち着いて考えてみると、どうも、話に矛盾があるのだが、うちの父親というのは私の言うことは絶対にきかないけれども、逆によその人間の言うことは本当によく聞く。それも、聞かない方が良さそうな人間の言うことを本当によく聞く男だった。
  会社の部下のM尾さんから、またもや金沢の拝み屋さんというのを紹介されて、拝み屋さんなんてものを会社の上役に紹介する男というのもどんなものかと思うのだが、拝み屋さんを紹介されると、はるばる金沢まで出かけていった。そして、「お父さんの御名前はこれ以上ないというくらいいい名前です。つくづく強運の名前です」と言われて大喜びして帰ってきて「わしは悪ないねん」と言うのはいいけれども、家族全員の名前を変えろと言われてきて、「あんたは◇◇にしなさい」「あんたは☆☆にしなさい」と片っ端から名前を変えろと押しつけまくり、迷惑した。私には「これから、あんたの名前は天津丼、て~んし~んど~ん や」と言い、「改名屈 天津丼」と書いて部屋に貼りだし、「これを北野高校に持って行ってきなさい」と言って「改名屈 天津丼」と書いた紙をもう卒業して1年以上経つ北野高校の事務室に持って行くように私に命令した。しかたなしに持って行くと、事務職員の方から「そういうものは市役所に持って行ってもらわないと、卒業した高校に持ってこられても対処できません。それに、これ『改名届(かいめいとどけ)』ではなく『改名屈(かいめいくつ)』になってます」と言われた。さらに「これから、あんたが知ってる人の家に順番にまわって、『これから私のことを天津丼(てんしんどん)と呼んでください』と言ってまわりなさい」と言うのだった。うちの父親はそういう男だった。
  占い師・拝み屋さんなどで「お名前が悪いのですよ。御名前を変えるときっといいことがありますよ」と言う人というのがあるようで、遠藤周作は『狐狸庵閑話』の中で、かつて文化学院の講師をやっていた時、生徒だった藤田コト姫が授業に出席しないので講師として「もう少し、出席するように」と家に言いに行ったところ、案内の者が間違えて相談者の待合室に連れて行き、そのうち、藤田コト姫に人生相談を受けるはめになってしまった話を書いていたが、藤田コト姫は文化学院の講師だった遠藤周作の顔をじっと見て、「お名前は?」ときくので「遠藤周作」と答え、「御職業は?」ときくので「作家で教師」と堂々と答えたところ、遠藤周作の顔をまじまじと見て、憐れむように「作品が売れないのね。かわいそうに」と言い、「お名前が悪いんですよ。お名前を変えるときっと売れるようになりますよ」と言ったそうだが、遠藤周作は売れているのか売れていないのかもよくわからないが、自分の名前が悪いとは思っていないので今後とも名前を変えるつもりはない・・と書いていた。
狐狸庵閑話 (1970年) - 遠藤 周作
狐狸庵閑話 (1970年) - 遠藤 周作
藤田コト姫が遠藤周作に勧めたように、自分自身の名前を変えるという話ならば、もしも、名前を変えるといいことがあるかもしれないと思って、名前を変えて、それで、きっといいことがあるだろうと思ってその後の人生を生きるのなら悪くもないだろう。藤田コト姫の所に遠藤周作が行ったのも、もし、本当に小説が売れなくて困って相談に行ったのなら、「作品が売れないのね。かわいそうに」と言ってもらい、「御名前が悪いのですよ。御名前を変えるときっと売れますよ」と言われて、遠藤周作はペンネームであるとともに本名らしいが、ペンネームとして別の名前を名乗ってみたなら、それで売れるようになるかならないかはわからないが、どちらであっても、名前を変えると売れるようになるかもしれない・・と思って気持ちを取り直して明日を生きる気力とするのなら、それは悪くもないかもしれない・・けれども、「わしの名前はものごっつうええ名前やねん♪」と言って、人の名前ばっかり片っ端から変えさせるというのは・・、勝手なおっさんやなあ( 一一) と思うが、それはその拝み屋さんの手口であって、「お父さんの御名前は本当に強運のいいお名前です」と言うことで喜ばせて、かつ、当人に名前を変えろと言うと嫌がると思うから、当人の名前は変えなくていいと言い、家族の名前を全員変えろと要求し、変えなかったら人生によくないことが・・・と話を持って行くという、マア、占い師とか拝み屋さんとかがよく使う手口なのかもしれないが、拝み屋でも良心的な方の人ではないと思う。そういうのにか~んたんにひっかかるおっさんやった( 一一)  で、「わしはまったく悪いことないねん♪」と言って自分の名前はそのままにして、私に「あんたの名前はきょうから、て~んし~んどお~ん(天津丼)♪」て、よくやるよなあ・・( 一一)
ヒガシマル醤油 ちょっとどんぶり 天津飯2P×5個
ヒガシマル醤油 ちょっとどんぶり 天津飯2P×5個
まあ、天津丼に罪はないのだけれどもね。1989年、小堀住研(株)の松戸展示場に勤務していた時、松戸駅前の中華料理屋で天津丼をけっこうよく食べた。天津丼、なかなか好きなんだよ(^^♪
  占い師・拝み屋さんの立場として考えるならば、その人に相談に来た人がいたとしても、相談者はあくまでも相談に来た人だけであるのだから、相談者に「お名前を変えるときっといいことがありますよ」と言うのはかまわないと思うが、相談者以外の人間の名前を変えさせろというのはそれは外道というのか、占い師・拝み屋さんとして良心的な姿勢とは言えない。相談者以外の人の名前を変えさせろということは、それは占い師・拝み屋さんとして言うべきことではない・・と私は思うし、別の見方をすると、相談者に「御名前が良くないんですよ、御名前を変えるときっといいことがありますよ」と言って、言われた人が、そうかなあと思って名前を変えることで、いいことがあるかもしれないと思ってそれをその後の人生を生きる気力とするのなら、実際に名前を変えることでいいことがあってもなくても悪くはないと思うが、相談者以外の人間の名前を変えさせろというのは、それは良心的な占い師・拝み屋さんとは言えないので、そういう人には相談に行かない方がいい・・と私なら判断する。私ならその時点でその占い師・拝み屋さんは「切り」である。(もっとも、そういう判断ができないような人間だから拝み屋さんの所に行ってるのかもしれないけれども。) やっぱり、名前を変えろと言われた私の母は「私の名前は、親が▽▽さんというものすごい評価の高い姓名診断の人に見てもらってつけた名前なんやで」と言うのだったが、ともかく、「お父さんの御名前はものすごい強運の名前で、これ以上いい名前はないという御名前です」とほめられると、手の舞足の踏む所を知らずみたいに喜んで「わしは悪ないねん♪」と思うようになったおっさんはもう言いなりになって、「あんたの名前はて~んし~んどお~おん♪」とやるのだった( 一一) 

  拝み屋さんも拝み屋さんであり、相談者に「御名前が悪いのですよ。御名前を変えられると、きっといいことがありますよ」と言って相談者の名前を変えさせるというのはやってもいいが、「お父さんの名前はこれ以上ないというすばらしい強運の名前ですからそのままにしておくべきです」と言って喜ばせた上で、その周囲の人間の名前を片っ端から変えさせろと言うというのは、それは拝み屋の仁義に反する行為、拝み屋業のルール・マナーに反するものであろう。拝み屋の風上におけない行為だ。しかし、拝み屋も拝み屋だが、そんなことを言われて喜ぶおっさんもまたおっさんである。自分が占い師・拝み屋さん等に相談に行くのなら、「御名前が悪いのですよ」と言われて自分の名前を変えてみようと思うのならまだよい。「わしの名前はこれほどええ名前はないねん。わしは悪ないねん」と言い、家族に片っ端から「あんたは☆☆」「あんたは▽▽」と変えさせてやろうとはよくまあそういう態度が取れるものだ。家族ひとりひとりの人間の人格というものを認識していないからそういうことができるのである。おっさんのこの態度は「病的」であるが、「お父さんはまったく悪い所はない方です。完全無欠です」と言われると大喜びして、「周囲の方が悪いんです」ということにして周囲の人間を「お父さん」の為に加工するべきだと言われると喜ぶ人なんだ・・と拝み屋さんにその精神構造の欠陥を読み取られてしまっているのだ。
  私は占い師・拝み屋さんといったものがいかなる場合にも絶対に悪いとは思っていない。遠藤周作『おバカさん』では、ガストン=ボナパルト(おバカさん)がどこかに行ってしまったという時、路上に店を出している占い師のおっさんにその占いでどこに行ったか調べてくれないかと言うと、「こんなもん、私自身、信じてません」と占い師が言うが、「しかし、私は悪いことしているとは思ってませんよ」と言い、「たいていの人はね。悩みを抱えてきても、座ってもらって占いということで話を聞くと、自分で一通り悩み事を話して自分でその答えを出して帰っていくのです。それで、その人が自分で答えを出した上でこれからやって行こうという気持になるのなら、いいじゃないですか」と語る場面があったが、そういうものなら悪いということもないだろう。又、これは何年か前に雑誌で読んだがその雑誌が何だったか忘れてしまったのだが、東北地方では青森県にイタコというおばあさんが死者の「口寄せ」ということをやるが、青森県だけではなく「イタコ」という名前ではないが東北地方ではそういったことをやる人があり、岩手県だったか宮城県だったかの人の経験談だが、子供の頃、それをやるお婆さんの所に家族で行って、亡くなったお祖母ちゃんを呼び出してもらったが、どうも、お祖母ちゃんじゃないように思ったので、帰り、父親に「とうちゃん、あれ、インチキだと思う。お祖母ちゃんはあんなのじゃない。あれ、違うよ」と言ったところ、父親から「いいんだよ。違っても」と言われ、その「イタコ」ではなく別の名称のお祖母さんのことを言う「何何様」のことを「たとえ、実際の祖母ちゃんじゃなくても、年に1回、家族みんなで何何様の所に行って、みんなで祖母ちゃんのことを思い出す。それでいいんだよ」と言われたという。そういうものなら悪いということはないと思う。しかし、「お父さんはこの上もなくすばらしい。お父さんはこのままでおられるのがそれが一番いいのです。悪いのはお父さんの周りの方です」と言っておっさんを喜ばせて、おっさんの周りにいる家族が悪いと言って家族の名前を片っ端から変えさせて、「あんたの名前は、て~んし~んど~ん♪ こ~れが強運の名前なんじゃ。喜べよ、天津丼(てんしんどん)♪ 感謝しろよ、天津丼♪」て、そういうことをする拝み屋というのは、それは拝み屋としての仁義に反するというのか、邪道の拝み屋というのかではないか。そういう拝み屋には、忍法「呪い返しの術」でも適用してこましたろか。
   又、その拝み屋のおばさんは「ほとけさま」という言い方をしていたようだが、渡辺照宏『仏教』『日本の仏教』(岩波新書)によると、仏教では「ほとけ」というのは「悟りを開いた人」のことを言うのであって死者や霊魂のことを言うのではない
  「そんでもって、あんたの名前は、て~んし~んど~ん♪ これが最高の名前なんや。これが何よりも強運の名前なんや。天津丼。これからあんたの名前は天津丼。あんたの知ってる人の家をこれから順番にまわって、『これから私のことを天津丼(てんしんどん)と呼んでください』と言ってきなさい」・・てよく言うよなあ、まったく。この「ほとんどビョーキ」野郎! そういうことを言いだすというのは、それはそのおっさんの精神構造が貧困・脆弱であり、「未成熟」であり「自我が確立されていない」からではないかと私は思ったのだが、ところが「心理学」によるとそうではなく、そういう人のことを「人格者」とか「人間が成熟している」「そういう英雄の言うことはどんなことでも絶対に服従せんといかん」という「診断」になるらしく、それはおかしいと納得いかない人間というのは「未成熟」「自我が確立されていないからですね」「モラトリアム人間病にかかっている」等々という「診断」になるらしいのだ。
新版 心理学入門 (有斐閣新書) - 薫, 野口, 直祐, 糸魚川, 隆二, 伊藤, 敬一郎, 辻, 孝悦, 青木, 滋, 萩原
新版 心理学入門 (有斐閣新書) - 薫, 野口, 直祐, 糸魚川, 隆二, 伊藤, 敬一郎, 辻, 孝悦, 青木, 滋, 萩原
新・心理学入門 (岩波新書) - 宮城 音弥
新・心理学入門 (岩波新書) - 宮城 音弥
・・ということは「心理学」というものが「そういうもの」だということだ。ニューヨーク州立シラキュース大学「精神科」教授トマス=サズは『「精神医学」という神話』(岩崎学術研究社)で「彼らが言っていることを聞くのではなく彼らがやっていることを見るべきだ」というアインシュタインの言葉を引用しているが、この言葉を基準として考えてみるべきだ。私は最初、「心理学」「精神医学」といったものは占い師・拝み屋・あやかしとは逆の側のものであろうと誤解していたのだが、そうではなく「心理学」「精神医学」こそ占い師・拝み屋・あやかしの類の中でも最も悪質なものだった。「心理学」は害こそあれ益になるものはない。福沢諭吉が「孝」「忠」といった道徳を守り続ける中国や朝鮮は学ぶものがない国であり、それらの悪友とは縁を切ってヨーロッパの近代思想を学び取り入れるべきだと主張したように、「心理学」という悪友との縁を断ち切ることこそ何よりも必要である。
精神医学の神話 - 河合洋, トマス・スティーヴン・スザッツ
精神医学の神話 - 河合洋, トマス・スティーヴン・スザッツ
( ↑ トマス=サズ『「精神医学」という神話』岩崎学術研究社 )
狂気の思想―人間性を剥奪する精神医学 (1975年) - トーマス S.サズ, 広田 伊蘇夫
狂気の思想―人間性を剥奪する精神医学 (1975年) - トーマス S.サズ, 広田 伊蘇夫
( ↑ トマス=サズ『(「精神医学」という)狂気の思想』新泉社 )
  「わしは世の中のことは何でも知ってる。百戦錬磨、気持ちの落ち着いた沈着冷静、海千山千、社会経験豊富、キリストのような聖徳太子のような釈迦のような講師のようなヒットラー総統ような聖人であって、わしほど謙虚な人間はおらんのや。わしいのような聖人の言うことはみんなが何でも何でもみんなが従わんといかんのや」とその「謙虚」な人がおっしゃるのだったが、なんで「わあしいのような聖人の言うことはみんなが何でも何でもみんなが従わんといかんのや」とおっしゃるような「家庭内ファシズム」が「謙虚」なのかもよくわからんのだが、「百戦錬磨」で「海千山千」「社会経験豊富」のわりに、しょーもないやつにはまるおっさんで、しょーもないやつにしてやられるおっさんやった。アメリカ合衆国の映画『シャレード』で〔⇒《YouTuve-シャレード》https://www.youtube.com/watch?v=d42svD0g6fE 〕ケーリー=グラントが演じる登場人物の男性、オードリー=ヘップバーンが演じる女性の相手役の男性が「男はある程度の年齢になると『真面目』と言われると居心地が悪いんだ」と発言する場面があったが、この映画の作者、人間をよく見てるなあと思ったもので、たしかに私などもある程度以上の年齢になると「真面目」などと言われるとたしかに「居心地が悪い」し、この人、どういうつもりで言ってるのだろうなあと思うようになったのだが、うちの父親は死ぬまで「わしぁ真面目やね~ん」などと言って喜んでおった、「・・は真面目だっさかいなあ」とか言われて喜んでおった(もしかして、その言い方てバカにされとったのと違うのか・・とも思えるのだが)・・ということは、アホや!・・ということだったのではないか・・と思う( 一一)
  「わしは世の中のことは何でも知ってる。百戦錬磨、気持ちの落ち着いた沈着冷静、海千山千、社会経験豊富、キリストのような聖徳太子のような釈迦のような孔子のようなヒットラー総統ような聖人であって、わしほど謙虚な人間はおらんのや。わしいのような聖人の言うことはみんなが何でも何でもみんなが従わんといかんのや」というのも、それも医者屋のM川から言われて、「そうや。ええ~えこと言いはる。この人はさすが名医や」とか言って信じ込まされた妄想であり、次から次へとしょーもないやつの言うことを信じる男やったなあと思う。遠山啓(ひらく)が『教育問答 かけがえのないこの自分』(太郎次郎社)で、遠山啓は父親というものは家族の中で最も世間知というものを持っている人間で、父親は外敵から家族を守ってくれる防波堤であり、父親がない息子というものは父親から世間知を学ぶことができないから、自分自身で何度も痛い目にあって自分自身で世間知というものを学んでいくしかない・・と書いていたが、そういう父親も世の中にはあるだろうけれども、そうではない父親もある。世間知がないことから、だから、医者屋のM川から「お父さんは世の中のことは何でも知ってる。百戦錬磨、気持ちの落ち着いた沈着冷静、海千山千、社会経験豊富、キリストのような聖徳太子のような釈迦のような孔子のような聖人であって、わしとかお父さんほど謙虚な人間はおらんのや。お父さんのような聖人の言うことは家族は誰もが何でも何でも従わんといかんのや」と言われると、私なら、少なくとも今の私なら「はあ?」「この人、何、考えてんの?」と思うし、「わし、キリストとちゃうし釈迦とちゃうでえ」と思うところを「そうや、その通りや」「ええ~えこと言いはる。さすがは医者や。医者だけあってえらいわあ。さすが」とか言って「手の舞、足の踏むところを知らず」みたいになって大喜びするのだ。アホや。  私は「孔子を批判せよ」とずっと思ってきたし、孔子が説く「忠」「孝」といった「道徳」は明治の時代においては福沢諭吉が「虚学」だとし、孔子の道徳を大事にしている中国や朝鮮は学ぶものがない国で「悪友」だとし、ヨーロッパの近代思想こそ学ばないといけないとして孔子は否定したものであり、戦後においては毛沢東らは大陸の中国において「孔子批判」を展開して「忠」「孝」といった孔子の道徳は人民を抑圧し社会を停滞させるものだとして否定したもので、「朕思うに我が皇祖こ~そ~はあ、わしに孝に、わしに孝に、わしに孝に、わしに、わしに、わ、し、にい~い!」と毎日毎日ぼくらは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうくらいに私は言われ続けてきたから、世の中で相当昔にいた人間では孔子ほど嫌いな人間はないし(ちょっと前まで生きていた人間なら小此木啓吾ほど嫌いな人間はないが)、うちの父親は簡単にのせられて、「ええこと言いはるはあ。医者ちゅうもんはえらい人や。医者だけあって人格者やあ。M川先生がおっしゃるように、わしはキリストで釈迦で孔子で聖徳太子でヒットラー総統で、あんたもお母さんもみんなが何でも何でもみんながわしには絶対絶対服従、わしのような謙虚な人間には何でもみんなが絶対絶対服従せんといかんのや」とか心の底から信じ切って叫びまくるというおっさんで、「お父さんの御名前はこれほど強運のいい名前はありません。お父さんの御名前はこのままにしておくのが一番いい」と言われ、「奥さんの御名前は・・にしてください。娘さんは長女さんは・・に、次女さんは・・にしてください」とすでに結婚して30過ぎた娘の名前まで変えろと言われて、それを「名前、変えなさい」などと結婚して苗字も変わっている娘にまで言い出し、私には「あんたの名前はきょうから、て~んし~んどお~おん♪ てんしんどん、天津丼、て~んし~んどお~おん♪ こ~れが強運の名前なんや」などと言い出す・・というそういうおっさんやった。私の眼を指で突きさすようにして、「あんたの名前は、て~んし~んどお~ん♪」と叫んでいた。うれしそうやった・・けど、こっちはうれしくなかった。
医者屋とか拝み屋とかそういった類のものにはまる人というのは、性格的にはまりやすい欠点があるということかもしれん・・とうちの父親を見て思うようになった。「わしいみたいなエライえらいエライ人間にあんたが産まれてきたというのは、あんたは生物学上の突然変異学説で産まれてきた人間やねん」とおっさんは言っていたので、そのおっさんと私とはDNAはつながっていないから、その点は良かった♪ とほっとしている。
  さらに医者屋のM川は「家族みんなの名前を変えるというのは、それは大変ええことや。わしもお父さんはどこも悪いところはないと心から思うておったんや」と言ってさらにたきつけ、「そうや。その通りや。ええこと言いはる」とうちの父親は大喜び、M川は私に「今度、きみの戸籍上の名前はそれは俗名とでも言うのか、仮の名前であって本名ではないんや。今回、きみには天津丼という本名がつけられた。これからも、いくつもきみには本名がつけられていくんや」と言い、それを聞いてうちの父親は「そうや。その通りや。これからも、あんたにはいくつも、本名をつけたるわあ」と言うのだった。私の戸籍上の名前というのは「俗名」で「仮の名前」だそうだ。それで、ある程度、年齢がいってからうちの父親が私に呼んだ名前が「本名」で、どういう呼び方をしたかというと、一番よく呼んだ名前は「チャンコロ」で、次いで「浪商(なみしょう」。それに「天津丼(てんしんどん)」という名前がつけられた。だから、私の「本名」は「チャンコロ」で「浪商(なみしょう)」で「天津丼(てんしんどん)」らしいのだ。他に「ロスケ」「イタコ」とかいうのも私の本名らしい。うちの父親は私の眼を指でつきさすようにして「浪商、ちゃんころ、浪商、チャンコロ、浪商浪商、チャンコロちゃんころチャンコロ、浪商」と毎日叫んでいて、そして「わしは天高(天王寺高校)で慶應やぞお~お。浪商のくせしやがってからに慶應のこのわしと同じ人間やなんぞとは夢にも思うてはいかんぞ、この浪商めがこのチャンコロ!」と毎日毎日叫んでいた。おっさんが卒業した高校は明星高校であって天王寺高校ではないはずだったが「ほんまは天高」らしく、おっさんが行った大学は同志社だったはずだが「ほんまは慶應」だそうだった。それでわたしは「ほんまは浪商」だそうだ。「おまえはほんまは浪商やねんぞお。浪商のくせしやがってからに、よくも北野高校に行きやがったなあ、このチャンコロ~お」と毎日のように叫んでいた。北野高校の先生というのは、まがりなりにも高校の先生なら、そういう親をちょっとなんとかしてもらえんもんかと私は思ったのだったが、私の失敗は北野高校の先生というものを買い被っていたという点にあった。あいつらにそんなものを期待しても、あいつらにそんな能力なんかあるわけないのだった。今から考えてみると、あいつら、無能のくせしてなんであんなにえらそうにしていたのか・・と思う。
  北野高校の2年の時の担任だった旧姓S野礼子(結婚して、T地礼子。その後、離婚したかどうかは知らん。女。北野高校卒⇒神戸大文学部卒)は「私は両親が離婚したから」「私は父親がいなかったから」というのが最大の自慢で、
「両親が離婚した」だの「父親がいなかった」だのなんて「そんなもん、自慢するもんかあ~あ?」
と思ったが、普通、自慢するもんと違うやろお・・ということを自慢する女だったが、「両親が離婚した」「父親がいなかった」⇒「だから、作野さんはしっかりしてられるわあ」と言ってほめてもらう権利がある・・と考えていた女で、自分は「お父さんがいないだけあって、しっかりしてられるわあ」とほめろと要求してくる女だった・・のだが、父親がいるということはそれだけ「恵まれている」と言いたいらしかったが、もしも、父親がいなかったら「これから、あんたの名前は天津丼(てんしんどん)や。て~んし~んどお~ん♪ あんたの知っている人の家を順番にまわって、『これから私のことを天津丼と呼んでください』と言ってきなさい」とか言われることはなかったと思うし、金沢の拝み屋さんから受け取って来たらしい祭具を会社の取引先のプラスチック容器屋のおっさんに作ってもらったらしい透明のプラスチックケースに入れて、それで毎日、その箱に体は向けて、箱の方に向かって両手を合わせて、顔は私の方を向いて「親孝行せえよお、親孝行せえよお、親孝行せんとばちあたるぞ、ばちあたるぞ、ばちあたるぞ。まんまんまんまんまんまんまあ~あん♪ あーめん」と呪文を唱えるという呪いの儀式、金沢の拝み屋さんから教えられたらしい儀式を毎日毎日繰り返すようになったのだが、「こいつめ、よくも産まれやがって、よくも産まれやがって、まんまんまんまん。わしに親孝行せえよお、わしに親孝行せえよお、よくも産まれたがってからに、よくも産まれやがってからに、産まれなかったらよかったのに産まれやがってからに。まんまんまんまんまんまんまあ~あん♪」と呪文を唱えるのだったが、もしも、旧姓作野礼子さんは、そういう呪文を唱える父親というものがうらやましいのなら、「呪文となえる父親」をあげようかてものだ。なんなら、私が旧姓作野礼子さんに「父親」の代わりをやってあげてもいい。
「旧姓作野礼子、よくも産まれやがってからに、よくも産まれやがってからに。産まれなかったらよかったのに産まれおってからに。
まんまんまんまん。
産まれなかったらよかったのに産まれよってからに、産まれなかったらよかったのに産まれよってからに。
わしに親孝行せえよお、わしに親孝行せえよお。親孝行せんとばちあたるぞ、ばちあたるぞ、ばちあたるぞ。
まんまんまんまんまんまん魔~あん。あーめん」
と毎日毎日、唱えてあげるようにしてあげると良かったのだろうか。
 なんなら今からでも私が旧姓作野礼子に「父親」やったろか?
プラスチックの透明の箱の中に入った拝み屋さんから受け取ってきたらしい祭具に向かって両手を合わせて、顔は呪う相手の方を向いて
「まんまんまんまんまあ~あん。まんまんまんまんまあ~あん。
旧姓作野礼子め、よくも産まれよったな、よくも産まれよったな。
産まれなければよかったのに、産まれなければよかったのに、
よくも産まれよったな、よくも産まれよったな。
まんまんまんまんまあ~ああん。あーめん。
ちーん、どーん、しゃ~ん」と。

やったろか、ほんまに・・その金沢の拝み屋のおばさんから教えられてきたという儀式を。
  下の姉が、うちの父親が「いらいらっとしたらかけたんねん」と言って電話してくることについて、「あの人のあの電話、かなわんねえ~え。『いらいらっとしたからかけたんねん』と言って電話する方は、そういう電話してそれで、いくらかすっとするのかもしれんけれども、瘤取爺さんの瘤と一緒で、かけられた方はその分、ストレス溜まるんやからねえ」と言っていたのだが、うちの父親が「いらいらっとしたからかけたってん」と言って電話した量は下の姉と私なら私の所の方には下の姉の所の何倍もかけてきていたはずで、朝は「今、会社についてん。いらいらしてんねん。いらいらしたからかけたってん。感謝しろ」と言って電話してくるし、夜は「今、会社やねん。これから帰るねん。いらいらしてんねん。いらいらしてるから電話したってん。感謝しろよ」と言ってかけてくるし、毎日毎日朝から晩まで「いらいらしたら電話したんねん」と言って電話してくる、いいかげんまいって居留守を使うと「今、あんたはそこにおらんといかんはずの時間やのに電話に出んかったんはなんでやあ」と言ってかけてくる。「トイレに行ってましてん」と言うと、「そやけど、わし、さっきから30分の間に8回も電話してんでえ。8回やでえ。その間、あんたは8回、トイレに行ったのか、それとも、30分間、トイレにずうう~っとおったのか、どっちなのか、答えなさい」と言うのだ。「それで、用事は何ですの」と言うと「用事はないねん。用事はないんやけども、いらいらしてんねん。いらいらしてるからかけたってん」と言うのだ。下の姉が「瘤取爺さんの瘤と一緒で、『いらいらしたからかけたってん』と言ってかける方はそれでストレス解消になるのかもしれんけれども、かけられた方はその分だけストレス溜まるんやからねえ」と言っていたのだが、そんな程度をはるかに上回るだけ私の所には電話攻撃と「いらいらっとしたら書いたんねん」と言って書いた紙爆弾がやってきた、1日に2通くらい来ることが多く、多い時は(郵便局が受け付けた時間帯が異なるもので)3通来たが、「いらいらっとしたら書いたんねん」「いらいらっとしたらかけたんねん」と言って送りつけてくる紙爆弾と電話攻撃でその「瘤取爺さんの瘤」が溜まりまくったのだが、「私は両親が離婚したから」「私は父親がいなかったから」とそれを最大の自慢にする女、そんなに「父親」というものがうらやましいのなら、その「いらいらしたからかけたってん」という電話だけでも、あんた、かわりに引き受けてくれへんか・・と思うし思ったのだが、人が「家族関係」に困っていると、「私は両親が離婚したから」「私は父親がいなかったから」と言って、あんたは一親がいるから私より恵まれているでしょうみたいに言いまくらないとおれない症候群のバカ女、ああいう「私は両親が離婚したから」「私は父親がいなかったから」とそれを自慢しまくりの女というのは高校の教諭にはならない方がいいと思うし、たとえ、高校の教諭になるにしても、「両親が離婚した女」専門の教諭になるべきで、女子校で「両親が離婚した」「父親がいない」という生徒専門でやるようにした方がいい、共学の学校の教諭には決してなるべきではないと思う。「両親が離婚した女生徒」で「ちょっと性格いがんでる系」の生徒専門でやるべきで、そうでない者にとっては、ああいう女は迷惑だ。だいたい、あの女、入学式の日に有休休暇とって海外旅行に行きやがったが、「有給休暇」というものは「労働者の権利」として認められているとはいえ、何もわざわざ入学式の日に有休休暇とって観光の海外旅行に行くことないだろうが・・と思うし、使用者は有給休暇を取得したいと労働者から言われたならいつでも必ず取得させないといけないというものではないはずで、入学式の日に休んで観光の海外旅行に行きたいと言われたなら、「S野さん、せめて、入学式ではない日にしてもらえませんか」と言っていいはずだが、言わなかったのか、言ってもききよれへんのか、言ってもきかずに行きよったものだから、だから、入学式の日に「〇組はS野先生が担任ですが、ただいま、海外旅行に行っておられます」とごまかさずにそのまんなズバリ、マイクで言いよった・・ということだったのか。
  うちの父親の「親友」らしいその医者屋のM川はドバカ息子を「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りして得たカネで私立金権関西医大に入学させた上で、「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りして得たカネでゴルフバックをドバカ息子に買って、ドバカ息子はM川が「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りして得たカネでゴルフやっていたという話をM川から聞き、また、私の母方のイトコで専修大のラグビー部にスポーツ入学したやつがいて、そいつがゴルフ場のキャディーをアルバイトでやったという話を聞いたことから、「おまえもキャディーやれ、キャディー。ゴルフバッグかつがせてもらえ、チャンコロ!」と言い、「なんで、キャディーみたいな(裏口学生がゴルフをやる時にそいつのゴルフバッグをかつぐ)卑しい仕事を(ガチンコの私が)させられなきゃならんのですか」と言うと、「甘ったれとってはいかんぞ。キャディーをやるのを嫌がる人間というのはモラトリアム人間病という病気です。慶應大学の小此木啓吾先生というエライえらいエライえら~いという先生がそうおっしゃってる。キャディーをやるのを嫌がる人間はモラトリアム人間病という病気なんじゃ。治療せんといかん、治療。とってちってたあ~あ! 電気ショックとかやったらんといかん、電気ショック、電気ショック、電気ショック♪ 電気ショック♪」と言っていた。うちの父親としては、ガチンコ民族の私に医者屋裏口民族で裏口入学したやつが「患者」を薬漬けにしたカネでゴルフをやる時にそいつのゴルフバッグをかつげ! と言いたいらしかった。それを嫌がるガチンコはモラトリアム人間病という病気じゃあ!!!と言うのだった。それが慶應内部進学小此木啓吾が主張する「学説」らしかった。
スタンガン
スタンガン
( ↑ 「電気ショック療法」 )
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↑ 「奴らは、捕まえた兵士を電流や水責め、殴打などで拷問し・・・
軍事裁判にもかけず千名以上も死刑にした。」
 ↑ 「電気ショック療法」 )
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( さいとう たかを『ゴルゴ13』「ラスト グレート ゲーム」(「ビッグコミック」2003年24号、2004年1、2号に掲載。)
『ゴルゴ13 [DARK HISTORY~黒歴史~]』2021.8.11. 小学館 My First BIG 所収。 )
ゴルゴ13 DARK HISTORY~黒歴史~ (My First Big) - さいとう たかを, さいとう・プロ
ゴルゴ13 DARK HISTORY~黒歴史~ (My First Big) - さいとう たかを, さいとう・プロ
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《 これはすべて、わなのなかの生きものにとっては気違いじみてきこえる。・・・
犯罪者とは、わなからの出口をみつけ、それに殺到し、そのためにわなのなかのなかまたちに暴力をふるったひとのことだ。気違いは施設で朽ちはてるがままにすておかれたり、電気ショックで中世の魔女たちのように、けいれんさせられたりするが、かれらもまた、出口をみつけた捕らわれ人であるが、ただそれに近づくことにたいする共通の恐怖を克服できなかったのだ。・・・》
( ウィルヘルム=ライヒ『キリストの殺害』片岡ユズル・中山 容 共訳。 太平出版社 W.ライヒ著作集4
「1.わな」より。 )
キリストの殺害 (1979年) (W.ライヒ著作集〈4〉) - W.ライヒ, 片桐 ユズル, 中山 容
キリストの殺害 (1979年) (W.ライヒ著作集〈4〉) - W.ライヒ, 片桐 ユズル, 中山 容
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私なら、「キャディーをやって人の(裏口入学した医者屋民族の学生の)ゴルフバッグをかつぐのを嫌がる(ガチンコ民族の)人間というのはモラトリアム人間病という病気です。治療したらんといかん。電気ショックやったるべきや。ロボトミーやったるべきや」と言われるところが、小此木啓吾とか加藤とかはアルバイトなんか何ひとつやらなくても、「モラトリアム人間病」とは「診断」されない。そのあたりに「民族の違い」「階級の違い」というものがあるらしかった。自販機の底から拾った50円玉と財布に残っていた10円玉を合わせて80円のメロンパンを買って食べた時、私立の甲陽学院高校卒の加藤がけっこう高い不二家から加藤の友人らしい男と一緒に出てきたのを見た時、私の頭の中では「ドビヌーシカ」の歌が鳴っていた。「イギリス人は利巧だから、水や火などを使う。ロシア人は歌を歌う。それは仕事の歌」「甲陽人は利巧だから、アルバイトなんかしないで不二家で高そうな飯を食う。ガチンコ公立族はアルバイトばっかりさせられて、自販機の底から硬貨を拾ってメロンパンを食う♪」
・・・経済学上の正確な定義と違うかもしれないが、感覚的なものとして、「加藤みたいなやつ」というのはブルジョワで、自販機の底から硬貨を拾ってそれでメロンパン食う人間というのはプロレタリア・・・という感覚がした。これは経済学上の定義とは違うだろうけれども、感覚的にそういう感覚だった。
※ 《YouTuve-【ロシア語】仕事の歌 (Дубинушка) (日本語字幕)》https://www.youtube.com/watch?v=rk0C1GputJ8
この時から、私にとっての最大の愛唱歌は「ドビヌーシカ」である。私にとって、今まで食べたもので一番おいしいと思ったものは、その時のメロンパンである。
加藤を見て、「ええなあ、うらやましいなあ。ほんまにええなあ」と思ったものだ。「この長嶋みたいなやつ!」と思った。
※ 《YouTuve-くたばれ読売で盛り上がった東京音頭》https://www.youtube.com/watch?v=_lGaI9y6XVA
加藤は浪人したとはいえ、東大文科一類には裏口ではなくガチンコで入学したようだし、国家公務員1種試験も裏口ではなくガチンコで通ったようだったが、私とは違ってアルバイトなんて何一つやらずに学業に専念させてもらって通ったものであり、私から見れば加藤は「準裏口みたいなもの」だ。
  又、私は浪人中、「浪人が小遣いもらうことないでしょう」と親から言われ、それまで「小遣い」として月に3千円だったかはっきりした金額は忘れたがそのくらいの額をもらっていたものをもらえなくなった。その結果として、鉛筆とか消しゴムとかを買うお金がなくなった。加藤は浪人中もそんなことはなかったようだ。世の中には「お小遣い」として相当高額な金額を子供にくれてやっている親というものがいるようだ。そういう親が「浪人が小遣いもらうことないでしょう」と言って高額な「お小遣い」はやらないということならわかるが、鉛筆・消しゴムやノートを買うお金を浪人生から奪うというのは、それはやってもプラスになることはないと私は思うが、うちの親はそういうことを私にやったのだが、よその同年代の人間を見ると、浪人中にそういったことをされた人間というのは見たことない。「ええなあ、うらやましいなあ。ほんまにええなあ」と加藤などを見ると思ったものだった。「わしぁ日陰の月見草やあ。わしぁ貧乏やからな」てものだが、慶應大学に入学した年にクラス担任だった助教授から「あなたのお父さんて会社の役員なんでしょ」と言われ、「大企業じゃないですよ」と言うと、「そりぁ、三井物産とか三菱商事とかいうような会社よりは小さいでしょうけれども、それでも、従業員千人以上はいる会社でしょ」と言われ、「千人以上はいますね」と言うと、「大企業じゃないの」と言われ、「無名の会社ですし」と言うと、「そんなことないでしょ。私、その会社、知ってますよ。知らない人も中にはあるかもしれないけれども、知ってる人の方が多いでしょ」と言われ、「そりぁ、ここの学校の人は年収の多い親の息子・娘が多いから、もっと多い親はいくらでもいるでしょうけれども、あなたのお父さん、そんなに年収少なくないでしょう」と言われたのだったが、うちの父親は「うちの会社は常務は給料少ないねん」と言い、「工場におるボイラーマンのNさんよりわしの方が少ないねん」とか言うておったが、今から考えてみると、ボイラーマンというのは資格がないとできない仕事だから、その分、給料にプラスされているだろうけれども、それでも、ボイラーマンのおっさんよりも常務さんの給料が安い会社なんてあんのかあ・・と思ったが、うちの父親の勤め先はそうらしかった。それより、給料の額がどうかよりも、出す気があるかないかの方の問題だったのではないかと思う。「浪人に小遣い要らんでしょうが」と言って、鉛筆や消しゴムを買うお金を奪うというのは、それは父親の給料が高いか安いかの問題とは違うと思うのだ。私が親ならば、親の年収が多いか少ないかにかかわらず、鉛筆や消しゴムを買うお金を奪う・・なんてことはしない。
  又、「電卓、でんたく、電卓、でんたっく。願書代がいくらで、交通費がいくらで、切手代がいくらで、封筒代がいくらで・・」といったことは、もしも、自分の嫁さんがそういうことを浪人中の息子に言うならば、「それ、浪人中にそういうことをするのはやめてやってもらえないか」と父親として言うと思う。「もしも、そういうことを言いたいならば、大学に合格してからその後で『こういうことに、これだけ、費用がかかったんだよ』と話せばいいと思うけれども、浪人中にそういうことを言うのはやめてやってもらえないか」と私が父親ならば言うところだが、うちの父親は私が浪人中に「でんたく、電卓、デンタック、でんたっく・・」と毎日叫んでいた。加藤なんぞはそういう経験はないだろう。ないはずだ。「民族の違い」「階級の違い」というものがそこにある。
  うちの父親は私に「おまえは甘ったれとるから公立の高校に行ってんぞ。わかっとんのか。その点、M川先生の息子さんは高校も私立やし大学は裏口入学やねんぞお~お。おまえとは違うねんぞ、おまえとは。おまえとは違って高校は私立(わたくしりつ)で大学は裏口やぞ、裏口。裏口入学した人の爪の垢を飲みなさい」と言うのだった。
「なんで、私立の高校ではなく学費が安い公立の高校に行ったものが『甘ったれとる』のですか? 逆と違うのですか?」
「私立の高校に行った者が公立の高校に行った者より甘ったれとるというのならわからないこともないけれども、なんで、公立の高校でその地域の高校の中で一番の高校に行ったものが『甘ったれとるからじゃ』と言われなきゃならんのですか」

と言ったのだが、
「なんで、裏口入学した人がエライのですか?」
とも言ったのだが、「わからんのか、そんなことも、このチャンコロろすけイタコ浪商!」とうちの父親は言うのだった。「裏口入学というのは、思考が柔軟やから裏口なんじゃ。おまえとは違うねんぞ。裏口入学された方の爪の垢を飲めえ!」と何度も何度も言うのだった。
「そんなに思考が柔軟なら、私立金権関西医大やなんてそんなどこの馬の骨かわからんような所に裏口入学やなんて汚らわしいことして行かんでも、その柔軟な思考力を活かして狂徒大学医学部とか頭狂大学理科三類とかに実力で現役で通って行ったらええのとちゃいますのお~ん?」
と言ったのだが、そうすると、「何を言うとるんじゃ、何を。そういうことを言うあたりがおまえは思考が硬いんじゃ。M川先生の息子さんなんかは、おまえとはちごうて思考が柔軟なもんやから裏口入学やねんぞ、裏口。裏口入学やねんぞ、裏口。わかっとんのか。裏口入学した方の爪の垢を飲めえ、このチャンコロろすけ!!!」と言うのだった。
  
  なんで、ガチンコの私が裏口医者屋民族の息子が父親が「患者」を薬漬けにして得たカネでゴルフをするためのゴルフバッグをかつがされなきゃならんのだ・・と思ったのだが、「民族の違いを忘れるな! 階級の違いを忘れるな! このチャンコロ、このロスケ!」とうちの父親は私に言うのだった。医者屋裏口民族・裏口医者屋階級と私のようなガチンコ民族・ガチンコ階級とは「民族が違う」のであり「階級が違う」そうだった。だから、ガチンコ民族は裏口民族のゴルフバッグをかつぐ義務があるそうで、それを嫌がる者というのは「モラトリアム人間病」という「病気」で「治療」されなければならないと慶應大学医学部助教授内部進学の小此木啓吾先生というエライえらいエライえら~い♪ というお方が「学説」として発表されているそうだった。(小此木啓吾というあの野郎だけは、あいつこそ、小此木啓吾内部進学独善主義シンドロームというビョーキであろう! 小此木啓吾だけは絶対許しておけない!)
  「いらいらっとしたから」と言っても、あのおっさんが「いらいら」しているのはいつでもであり、うちの父親としては「ほんまやったら、わしは常に沈着冷静で風が吹こうが嵐が吹こうが地震が来ようが台風が来ようが怪獣が来ようが恐竜が来ようがび~くともしない人間やねん」と言うけれども、実際にはいつでも「いらいら」「いらいら」しているわけで、「ほんまやったら」「常に沈着冷静で風が吹こうが嵐が吹こうが地震が来ようが台風が来ようが怪獣が来ようが恐竜が来ようがび~くともしない人間」なのに、なんでいつでも「いらいら」「いらいら」しているのか?・・・というと、「おまえが悪いんじゃ」とわたしのせいにするのだが、それなら、私が「いらいら」したら、おっさんのせいか・・というと、「人のせいにしてはいかんぞ、チャンコロ。人のせいにするような者は人間として最低やぞ」と言うのだった。 おっさんが「いらいら」「いらいら」したら私のせいだそうで、私が「いらいら」したらおっさんのせいかというと、そうではなく私のせいらしかった。そんな不平等条約みたいなもんあんのか・・、それはずっこいだろうが!  なんだか「人の物は自分のもの、自分のものは自分のもの」みたいな理屈、まるで「巨人みたいなやつ」やなあ・・と思ったのだが、うちの父親というのは常にそういう理屈を主張していた。
  成人してからなら、子供であっても「いらいら」しないように自分で考えるべきだろうけれども、未成年の間は親の影響を受けるはずで、子供が「親のおかげで」ということは間違いなくあるはずだが、親の方が子供のおかげでというのはおかしいはずで、もしも、子供が親にとって「いらいら」する子供に育ったのなら、そういう子供に育てたのは誰なんじゃい?・・・ということになるはずだが、うちの父親が言うには「ほんまやったら、わしいみたいなエッライえっらいエッライえっらいキリストか聖徳太子か釈迦か孔子かヒットラー総統かという人格者の息子にあんたあみたいな人間が生まれるということはありえないことやのにからに生まれてきたっというのは、これは生物学上の突然変異学説によるものなんや。あんたは突然変異で産まれてきた人間なんや」と言うのだった。あのおっさんとはDNAはつながっていないらしい。良かった。ほっとした・・。その突然変異学説で産まれてこなかったら良かったのに産まれてきやがったというやつのおかげで「わしは、いらいらっ、いらいらっ、いらいらいらいらいらいらいらいら」といつでもしているらしかった。結局、「いらいら」しとるんやないか。違うんかい。「風が吹こうが嵐が吹こうが」「び~くともしない」わりには風が吹いてなくても嵐が来なくても常に「いらいら」「いらいら」しとるやんけ・・・と思うのだが、それを口に出して言うと「外罰的性格」と「心理学」によって「診断」されることになる。
  それから、うちの父親は「わしはほんまやったら沈着冷静で風が吹こうが嵐が吹こうがびくともしない人間やのにからに、おまえのおかげでいらいらしとるんじゃ」と言うのだが・・ということは、結局、「いらいら」しとんねんやろうが、違うんかい・・と思うのだが、「ほんまやったら」「いらいら」していないらしいのだ・・けれども、「ほんまやったら」どうかはともかく実際には「いらいら」しまくっていたおっさんだったのだ。「ほんまやったら、わしは沈着冷静で地震が来ようが台風が来ようが怪獣が来ようが恐竜が来ようがびくともしないという人間やねん」と言うけれども、あんた、「ほんまやった」ことなんて、ほとんどないやんけ! かつ、私の記憶では私が産まれて最初に物心がついた時、あのおっさんは、すでに「いらいら」しとったと思うのだ。おっさんは「わしはほんまやったら、いらいらすることは絶対にない人間やねん」と言い、私のおかげで「いらいらいらいら」しとるんじゃと言うのだけれども、私が産まれる前からあのおっさんは「いらいら」しとったと思うのだ。・・もっとも、こういうことを言うと「心理学」から「外罰的性格」と「診断」されることになるだろうから、「心理療法」「カウンセリング」(=言いくるめ、洗脳、マインドコントロール)・「薬物療法」(=薬漬け)・「入院療法」(=逮捕監禁)・「作業療法」(=強制労働・労働搾取)とか「電気ショック療法」とかロボトミー・「精神外科」とかされる危険が考えられるら、ほんとにもう、怖いわ、怖いわ、怖いわ怖いわ・・てもので、うかつなことは言えない。「電気ショック療法」とかロボトミーとかされる危険がある。ほんと、「心理学」というのは怖いわ怖いわ怖いわ怖いわ・・・
夜と霧 新版 - ヴィクトール・E・フランクル, 池田香代子
夜と霧 新版 - ヴィクトール・E・フランクル, 池田香代子
  私は、うちの父親に「大学に行くための費用は出していりません。自分で働いて大学には行きます」と言ったのだが、「認め~ん」と言って無理矢理、行きたくない大学に行かそうとしたのだったが、こんな「大学」になんで行かされなきゃならんのだ・・と思っていたところ、「いらいらっとしたから仕送り、送るのやめたってん」と言って送金してこなかったので、それで、食べるものもなく、日吉台学生ハイツの部屋に上水道はついていたので、水は「水道の水」を飲むことができたが、食べるものがないので、1週間ほど水だけ飲んで過ごしたということになったのだった。

  その時に、日吉の街の慶應大学とは逆側を歩きながら、清涼飲料水の自動販売機のまわりか下に100円玉か50円玉でも落ちてないだろうかと思って見てまわり、ある自動販売機(それが日吉のどこだったかはもう忘れてしまったが)の下に50円玉が落ちているのをついに見つけたのだった。
  そういう自動販売機の下とか周囲に落ちている硬貨を拾って、それで買い物をすると法律上どうなるかというと、岡野武志氏の動画《Q:自販機などの下に落ちているお金を使って飲み物を買ったら犯罪ですか?#Shorts》 https://www.youtube.com/watch?v=oStpAplJ5HM によると、「刑法をストレートに適用すると」窃盗罪もしくは遺失物横領罪になる・・ようだ。


  しかし、自動販売機の下に落ちている硬貨を拾って使用しても窃盗罪・遺失物横領罪にならないケースというのもあると思うのだ。・・それはどういうケースかというと、慶應女子高女が落しよったケースだ。
  あいつらが落としたものなんか、かまわん・・・と思うぞ。
  なぜか? その理由を説明する。
  その後、東京都港区の慶應大学の三田キャンパスに通った時のことだ。慶應大学は文学部は1年が日吉で2~4年が三田、経済学部・商学部・法学部は1~2年が日吉で3~4年が三田キャンパスだが、内部進学の男子校の慶應義塾高校は教養課程と同じ日吉にあるが、女子校の慶應女子高は三田にある。慶應大学の三田キャンパスと同じ敷地にあるわけではないが近所にあったようで、慶應女子高の生徒が慶應大学の三田キャンパス内の大学生協を利用しに来ていることがよくあった。大学生協というのは、会費だか何費だか名目は忘れたが、たしか1口千円で8口、8,000円を入学時に納入して、それを卒業時に無利子で返金してもらうということで成り立っていたもののはずだが、日吉の生協を利用していた慶應義塾高校の生徒、三田の生協を利用していた慶應女子高の生徒というのはそれを納入していたのか? ・・どうも、疑問だが、ともかく、三田の生協に慶應女子高の生徒が来ていることがよくあった。
  最近では短いスカートはいている女子高生というのが珍しくもなくなったが、私が高校生の頃、及び、卒業してしばらくは、普通は女子高生の制服のスカートというのは「膝下まで」であって、「ぱ~んつの見えそうなスカート」はいてるやつなんて、「なんかちょっと変」くらいではなく「相当変」だった。「不良ファッション」というのがあって、男子高校生はズボンが太くなったり細くなったりするらしかったが女子の場合はスカート丈が地面につくくらい長くなるというもので、森 毅が『元気が出る教育の話』(中公新書)でだったと思うのだが、なんで、不良ファッションというのが決まっているのだろう? 「良」に反逆するのなら、自分自身で独自の格好をすれば良さそうなのに、なんで「不良ファッション」として画一化した格好をしたがるのだろう・・と言い、「膝上20センチのミニなんてのがあったらいいのにねえ」だか冗談で述べていた・・のだが、今や、それが冗談ではなくなった。
  それが、1980年代では、女子高生の制服のスカート丈というのは「膝下まで」が普通で北野高校の制服もそうだったし、たいてい、そうだったのだが、唯一、慶應女子高だけが「膝上」で、そのかわりに靴下がハイソックスだった。あれを見て思ったのだ。「まったく、かわいくねえなあ・・」と。私が慶應女子高の生徒に感謝の気持ちを持っていることがひとつあるのだが、あいつらのおかげで、男性が女性に魅力を感じるかどうかにはスカート丈が長いか短いかは関係ないという真理を知ったという点だ。かわいくねえんだわ、慶應女子高の生徒というのは、ほんと・・・。まったく、つくづく、かわいくない。普通、高校生くらいの女の子というのは、もうちょっと、かわいらしいものじゃないかと思うのだが、本当にかわいくない。まったくつくづくかわいくない。天より高くかわいくない。海より深くかわいくない。チョモランマより高くかわいくない。マリアナ海溝より深くかわいくない。イスカンダルよりも遠くかわいくない! ほんとう~にかわいくない!!! 〔⇒《YouTuve-宇宙戦艦ヤマト / ささきいさお》https://www.youtube.com/watch?v=u66DIUNUQhc 〕
いったい、どういう育て方をすると、あんなにかわいくない娘が育つのか・・と思う。ほんとに、ほんとに、かわいくない。

( ↑ マーカーが慶應女子高。)

  その「かわいくない慶應女子高の生徒」・・この場合、「かわいい慶應女子高の生徒」と「かわいくない慶應女子高の生徒」がいるわけではなく、「慶應女子高の生徒」=「かわいくない」という意味、「かわいくない」は「慶應女子高の生徒」を就職する形容詞ではなく、「かわいくない女」たる「慶應女子高の生徒」と同格を意味しているのだが、そいつらが、慶應大学の三田キャンパスの大学生協の店舗に何人かで慶應女子高の制服で来ておって、そのひとりが何かを買おうとして財布を出したところ、そこから、硬貨が転がり落ちて、コロコロと転がっていって、生協の何だったかを置いていた棚の下に転がり込んでいったのだ。白い色をしていたので、50円玉か100円玉だったのではないかと思う。
  それを見て、その硬貨を落とした慶應女子高女はためらうこともなく、「見捨てよお~お♪」と、そう言ったのだ( 一一)

  ・・なんだ、こいつら! おまえが今「見捨てよう」と言ったその金額、私がアルバイトに行かされた化粧品屋の工場のアルバイトなら、何分働かないともらえないと思ってんだ? おまえ、今、何分に該当する労働での賃金を「見捨てた」んだ???
なんだ、こいつら!!! いったい、どんな親の娘なんだ、親の顔が見たい・・・と言っても、実物を見せられてもしかたがないのだけれども、また、実物を見てもどうもならないのだけれども、いったい、なんちゅう娘の育て方しとるんだ、こいつらの親は・・・と思ったのだ。
  そういう慶應女子高女、および、その男版の慶應義塾高校男のような人間のことを「慶應心理学」は「自我が確立されている」とか「独立自尊の精神がある」とか「受験勉強の悪影響を受けていない」とか「思考が柔軟」とか「福沢精神を身に着けている」とか「企業はそういう人間を喜ぶ」とかなんとかかんとか「診断」するようなのだが、なんで、あんなのが「自我が確立されている」なんだ??? はああ~ん!?!・・なんてことを言うと「自我が確立されていないから、そういうことを言うということですね」とか「心理学」に「診断」されることになる。怖い、こわい、怖い、こわい! 「心理学」は本当に怖い!

  うちの父親が「いらいらっとしたから仕送り、送るのやめたってん」と言って送金しなかった時、私が日吉の自動販売機の前の道路に腹ばいになって、自動販売機の底に腕をつっこんで、さらに棒をつっこんで手前に引き寄せて得たカネと同じものを、その慶應女子高のバカ女症候群は簡単に「見捨てよお~お♪」・・・て、なんじゃ、こいつらは!!!
  この慶應女子高バカ女シンドロームは、「精神安定剤」の大量投与とかで「治療」してやった方が本人の為と違うか?
こいつら、「シベリア送り」にして強制労働療法(=「作業療法」)で「治療」してやった方が本人の為と違うか?
※ 《YouTuve-流刑人(音声のみ)》https://www.youtube.com/watch?v=b-9vGAmcIf8
実際、あいつら、「シベリア送り」にでもしてやった方が「真人間」になれる可能性があるのではないか・・。
おまえが今、「見捨てた」そのカネ、それだけを稼ぐのに何分働く必要があると思ってんだ? この慶應女子高症候群めが!!!

  それを見て思ったのだ。 自動販売機の底に落ちているおカネというのは、厳密には、それを拾って自分のものにしてはいかんはずで、「占有離脱物横領罪」になるかと思ったのだが、岡野武志さんの動画《Q:自販機などの下に落ちているお金を使って飲み物を買ったら犯罪ですか?#Shorts》 https://www.youtube.com/watch?v=oStpAplJ5HM によると、窃盗罪もしくは遺失物横領罪だそうだ。
  占有離脱物横領罪というのは、1980年代後半、新帝国警備保障(株)で交通誘導警備の仕事をアルバイトとしてやった時、研修で言われたのは、交通誘導警備の仕事は日勤と夜勤があって、夜勤は午後8時から午前6時までなのだけれども、早く終わることがあり、早く終わっても、午後8時から午前6時までの仕事が午後12時までに終わった場合は半日分の支払いですが(一日の約束で行ったのに、ええのか、それで?)午前0時を過ぎて、たとえば、午前1時に終わったとか、午前2時に終わったという場合には、一日分の賃金を払いますから、その後、帰ってもらってもかまいません・・ということがあるというのだ。ところが、日勤でそういったことがあると、ラッキー♪ てものなのだが、夜勤の場合、午前2時とか3時とかに終わっても、帰ろうと思っても電車は動いていないから帰れない・・ということがある。自動車・バイクで通える所ならいいが、自動車で来られたら駐車場所がないから自動車では来ないでくださいという場所が多い。そういう時に、帰ろうと思って仕事場所の最寄りの駅まで行ったが電車は動いていない。ふと見ると、駐輪場にあるわ、あるわ・・・乗るのによさそうな自転車が・・・ということがあるらしい・・・けれども、そういうのに乗って帰ってはいけませんよ、と言われたのだ。それは占有離脱物横領罪になりますよ・・と。
  それで・・、自転車でも、明らかに人さまが使用している自転車を勝手に乗っていったらいかんと思うのだけれども、駅の駐輪場に何か月も停めっぱなしになっていて、サビもでていて、前の買い物かごにはコンビニの袋みたいのも乗っていて・・というのは、それは「停めてある」のではなく「捨ててある」のではないのか? 「停めてある」自転車を乗って行ってはいかんだろうけれども、「捨ててある」自転車なら乗って行っても、むしろ、それは資源の有効活用ではないのか?・・・なんて、私は昔は思っていたのだった、そう思いませんか? 「停めてある」「置いてある」ものなら勝手に乗っていってはいかんでしょうけれども、「捨ててある」ものならいいんじゃない? て思いませんか? ・・・しかし、それはいかんらしい。新帝国警備保障(株)の研修で教えられたのだが、「捨ててある」ように見えたとしても、それに乗って行ったら、占有離脱物横領罪になってしまいますから、絶対やってはいけません・・と。
  占有離脱物横領罪というのは、そういうものを言うようで、自動販売機の周囲なり下なりに硬貨が落ちていたとすると、それを拾って使うと、それも占有離脱物横領罪か・・と思ったのだが、《Q:自販機などの下に落ちているお金を使って飲み物を買ったら犯罪ですか?#Shorts》 https://www.youtube.com/watch?v=oStpAplJ5HM によると、窃盗罪もしくは遺失物横領罪になるそうだ。 但し、実際には、逐一、そういうものについて、警察もちょこまかと逮捕したりしないであろうし、だいたい、カネならありあまってるみたいな慶應女子高女が片方にいて、「いらいらっとしたから仕送り、送るのやめたってん」と送金してもらえなくて食うものがなくて困ってる者をいじめるなら、食うものがなくて困ってる者を助けてくれても良さそうなもので、窃盗罪もしくは遺失物横領罪として起訴されて有罪にされるということに常にならないかもしれないけれども、「刑法をストレートに適用するなら」窃盗罪もしくは遺失物横領罪になるらしい。

  それで、だ。「刑法をストレートに適用するなら」窃盗罪もしくは遺失物横領罪になる・・・というけれども、慶應女子高女が落とした硬貨についえは違うと思うのだ。 なぜなら、あいつらは「見捨てよお~お」と宣言したのだから。
  慶應女子高女は、私が化粧品屋の工場でアルバイトをした時の時給で考えるなら何十分か働かないと受け取れないカネを簡単に「見捨てた」のだから、「見捨てよう」と口に出して宣言したからにはそれは要らんのだろうから、その時点で、それは「遺失物」ではなく、所有権が放棄された物であるはずで、元の所有者が所有権を放棄した物であるからには、1週間、水しか飲まずに生きてきた者が拾って自分のものとしてそのおカネでメロンパンを買って食っても、何も悪いことはない、遺失物横領罪だのと言われることもないはずなのだ。それはもうすでに「遺失物」ではなく「所有権を放棄されたもの」なのだから・・と思う。そうだろ。

   それにしても、親から生活費を出してもらっている高校生が「見捨てよお~お♪」だと??? よく、そういう文句を簡単に口にできるものだ。 そういう女、および、その裏返しの男のことを「慶應心理学」では「自我が確立されている」とか「独立自尊の精神がある」とか「思考が柔軟」とか「診断」するらしいのだが、よくそういう文句を口にできるもんだ・・とあきれる。
なるほど、こいつらはカール=マルクス『資本論』なんて読まないし、ジャン=ポール=サルトル他『反逆は正しい』なんてのも読まない。こいつら、慶應タイプのブタ人間は本多勝一の本なんて絶対に読まないし、小此木啓吾症候群が「なんとかシンドローム」「なんじゃかんじゃ症候群」「なんたらかんたら人間」とか言って捏造した悪口雑言は自分たちは対象になることは絶対になくて、それらは誰か自分たち以外の人間に貼り付けるレッテルだと決めつけている。ヴィルヘルム=ライヒの本とかはこいつらは読まないが小此木啓吾の本なら、そこで書かれている「なんじゃかんじゃ症候群」という悪口は自分たち内部進学以外の人間に対してのものだと決めつけた上で大喜びで愛読する。そういう連中である。

   ・・・で、今回の稿の結論。自動販売機の下とか周囲に落ちていた硬貨を拾得して使用したとすると、実際に取り締まりを受けるかどうかは別として、「刑法をストレートに適用すると」窃盗罪もしくは遺失物横領罪になる・・らしいけれども、例外として慶應女子高女が「見捨てよ~お♪」と宣言して「見捨てた」ものは、それは「遺失物」ではなく「所有権を放棄された物」であるから、拾得して使っても、別に問題はないはず、「捨てる神あれば拾う神あり」てもの・・・だと思う。もっとも、慶應女子高女の財布に少し前まで入っていたと知ると、「なんか、ビョーキうつりそう」て感じがして拾いたくなくなるかもしれん・・・けれどもな・・。

  慶應女子高女が財布から硬貨を落とした場合には、「見捨てよお~お♪」と宣言しよった場合はもとより、口に出して言わなかったとしても、どうせ、そう思っておるのだから、落しよると同時に所有権は放棄されたと「見做す」として良いのではないか。 「推定する」ではなく「見做す(みなす)」。どうせ、あいつらの親というのは、会社のオーナーだったり医者屋だったりするわけで、会社のオーナー経営者が労基法違反で払っておくべきカネを払わずにためこんだカネだったり、医者屋が「患者」を薬漬けにして苛め倒してせしめたカネだったり、もともと、ろくなことして稼いだカネじゃないのだから、落すと同時に所有権は放棄されたと「推定する」ではなく「見做す(みなす)」として何らら悪くないはずだ。


  なお、「占有離脱物横領」と「遺失物横領」とはどう違うのか・・というと、
《刑事事件弁護士ナビ 弁護士法人プラム綜合法律事務所 梅澤康二 弁護士 占有離脱物横領とは|遺失物横領との違いや逮捕された場合の罪を解説》https://keiji-pro.com/columns/308/  によると、《刑法上では「遺失物横領罪」という罪名が記されています。》ということで、「占有離脱物横領」と「遺失物横領」は同じことらしい
  自分で生活費を稼いでいるわけでもないのに、硬貨を落としたらそれが棚の下に転がり込んだとなると、即座に「見捨てよお~お♪」などと言う「慶應内部進学のバカ女」に不快感を覚えて、ぼか~んと殴ったとすると、それは「世の為」であって「大変いいことした」のと違うのかとも思わんこともないのだけれども、「暴行罪」とか「傷害罪」とか言われるおそれもあるのではないかと思うので、「そういうのとは関わらないのが一番」かもしれない。


   (2021.8.26.) 

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