大津市 三保ヵ崎 琵琶湖周航の碑 補足ー11月下旬、下草がきれいに伐根伐採された「琵琶湖周航の歌」碑の地。及び、北西側の入江・・とミシガン号、地下鉄はどこから入れたか。

[第522回]
  滋賀県大津市観音寺の「琵琶湖周航の歌」碑、「三保が崎の『琵琶湖周航の歌』碑」について、[第515回]《大津市・三保ヶ崎・「琵琶湖周航の歌」の地ー三保ヶ崎と大津京【1/3】》https://tetsukenrumba.at.webry.info/202010/article_3.html で述べましたが、その捕捉を、今回、述べます・・・というよりも、大津市の長等山 園城寺(三井寺)参拝に訪問し、その際、[第515回]では「三高・神稜ヨットクラブ」の南東側の湖だけを見て、北西側を見なかったので、そちらも見学したいと思い、再訪問したのですが、[第515回]で「琵琶湖周航の歌」碑の付近が草ぼうぼうであることを述べたのを見ていただいたから・・かどうかわかりませんが、きれいに草が刈られており、碑のすぐ近くにも裏側にも安心して行くことができましたので、それをここで報告します。

( ↑ が、滋賀県大津市観音寺1-6 「三高・神稜ヨットクラブ」の場所です。)

  さて、[第515回]ではふれませんでしたが、↓ が京阪 石山坂本線「三井寺」駅です。
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この駅と逆側に琵琶湖疎水が流れているのですが、琵琶湖側を見ると、↓
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琵琶湖と逆側を見ると、↓
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11月下旬、紅葉がきれいですね。

  そして、「三高・神稜ヨットクラブ」の南東側の入江状になった部分ですが、↓
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↑ あいかわらず、湖水面の中央に浮かんでいるヨット・・あれ、乗る時、いったいどうやって乗るのか? 泳いでいくのか? それとも、別のボートを漕いでいって乗るのか? 手鉤のついたロープみたいのを投げて引っ張るのか? それとも、リモコンで自動運転で岸まで来るのか?・・これ、考え出すと、今晩、寝られなくなっちゃうね・・・♪ ・・・といっても、まあ、そのうち、寝ますけれどもね・・(^^♪

  そして、「琵琶湖周航の歌」の碑がある所ですが・・・、
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↑ ありぁ?
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↑ ありぁりぁ???
  9月29日に撮影して、10月12日に公開した[第515回]《大津市・三保ヶ崎・「琵琶湖周航の歌」の地ー三保ヶ崎と大津京【1/3】》https://tetsukenrumba.at.webry.info/202010/article_3.html に掲載した写真では、こんな ↓ だったのに・・・、
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「夏草や つわものどもが 夢のあと」・・もしくは「山行ゆかば 草むす屍(かばね)」・・て状態だったのが、それが、2か月弱の間に、なんと・・こ~んな ↓ になった♪
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↑ 私が[第515回]《大津市・三保ヶ崎・「琵琶湖周航の歌」の地ー三保ヶ崎と大津京【1/3】》https://tetsukenrumba.at.webry.info/202010/article_3.html で、《この状態、もうちょっと、何とかならんもんやろか!》と書いたからか・・どうかはわからんが、なんともきれいになったもんだ(^^♪

  これですと、碑のすぐそばまでも行けるし、裏側はどないなっとんねん・・・と裏手にまわって見てみよう♪ という気持にもなる。
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「われは湖の子」の碑の裏側は、↑ のようになっている(^^♪
なんて、書いてあるんや・・・というと、↓
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↑ なんじゃかんじゃ・・・と相当長い文章が書いてある・・ので、読みたい人は読んであげて・・・。 もうちょっと短ければ読む気にもなるのやけれども、「建築の由来」ということで、昭和48年5月にこの碑が建てられたらしい。昭和48年というと、「せんきゅう~うひゃくう、ななじゅう~うねんのお、こ~んにい、ちい、わあ~あ♪」の大阪万博が1970年(昭和45年)で、その3年後・・というと、1973年。 「わしぁ、日陰の月見草」の野村克也じいさんが、まだじいさんではなく、「青年監督」なんて言われて南海ホークスのプレーイングマネージャーをやっていた頃、その年から前後期制度を実施したパリーグで、南海ホークスが前期優勝。田淵(阪神→西武)・山本浩治(広島)とともに法政三羽烏と言われ、ドラフト1位で南海に入団して南海では野村の前の3番を打ったりしていた富田を巨人に出して、かわりに巨人から獲得したのは誰かというと、前年ゼロ勝の山内新一、それに入団以来勝ち星ゼロの松原・・・て、アホと違うか? 若手中心選手を出して、かわりに自由契約寸前の投手を2人取るやなんて、南海は何を考えとるんじゃ・・・と思いきや・・・! その前年ゼロ勝の山内が、投げては勝ち、投げては勝ち、前期だけで16勝。年間通しても20勝。すげえ~え!!! もうひとりの松原も、先発4番手として何試合か勝ち星をあげて貢献。 その前の1972年は、東映から前年ゼロ勝の江本を獲得すると、いきなり、16勝で、江本はこの1973年も12勝で貢献。 「月見草」のおっさん、すげえなあ・・・と思ったものだが、1973年(昭和48年)は、前期優勝すると、後期は後期優勝の阪急に0勝1分け12敗とまったく歯が立たず、新聞のスポーツ欄にも、阪急絶対有利!・・と書かれていた。ただ一人、「寝たふりしとるんやろ」と言って「阪急絶対有利」という評判を肯定しなかったのが阪急の西本監督だったが、実際、プレーオフが始まると、後期は1つも阪急に勝てなかった南海が初戦で勝ち、プレーオフが終わってみると、3勝2敗で南海の勝利。その後、「月見草」のじいさんは、この年、「後期は阪急に3つ勝つことができれば、極端な話、他は全敗したっていい」という考えで勝利した♪ ど~んなもんじゃい♪・・・と、あっちやらこっちやらで言いまくって書きまくってしとった・・が、「わしぁ貧乏やからな」とか言いながらヴェルサーチの腕輪はめとるおっさんの書いた本を、こっちこそ貧乏やのにからに買って読んで印税でヴェルサーチの腕輪はめとるじいさんをもうけさせてしまったのだが、南海がプレーオフで阪急を3勝2敗で倒した年(プレーオフで阪急を倒すことで燃え尽きたか、日本シリーズでは巨人に完敗だったが)が1973年(昭和48年)。 その5月にこの「われは湖の子」の碑が建立された・・ということみたい。

  それで・・・、
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↑ こっちの歌詞が書かれた方の碑の周囲も、きれいに草刈りされて、これだと、お近づきになりたいわあ~あ・・て感じ♪
  で、この碑の裏側はどないなっとりまんねん? ・・・と思って見ると、↓
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↑ これは、なんじゃろ? 旧姓三高の校章か?

  《ウィキペディアー第三高等学校 (旧制)》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%B8%89%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1_(%E6%97%A7%E5%88%B6) を見ると、《三高の淵源は、1869年に大阪で設立された舎密局に求められる。第三高等中学校時代の1889年に京都に移転した。東京の第一高等学校(一高)が「向陵」を称したのに対し、神楽岡(吉田山)の麓にあることから「神陵」を称した。 》と書かれている。「三高・神稜ヨットクラブ」と書かれている「神稜」は、そこから来ているみたい。
  インターネットで検索すると、《華麗なる旧制高校巡礼 旧制第三高等学校》http://qsay55.starfree.jp/3rd.html に、↑ の歌詞の碑の裏側に彫られているものと同じものが校章として出ているので、旧制三高の校章だったのでしょう。

  そして、
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↑ この碑の周辺の草もきれいに散髪されちょる♪
  そうなると、これも、裏側はどないなっとりまんねん? ・・と見たくなる♪
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↑ こないなっとるみたいです(^^♪

  これだけ、きれいに伐根伐採されていると、歩くのも楽しい♪
湖側を見ると、
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  きれいに草刈りされた所は、やっぱり、ええなあ・・・ ↓
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  11月下旬、紅葉がきれいでんなあ・・(^^♪ ↓
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↑ もっとも、地べたの雑草は、きれいに伐根伐採されたみたいやけど、↑ の木の方は、刈られてないみたいで、ぼしょぼしょ、なんやら、ヒゲみたいのがいっぱい出とるけど・・・。

  それで、「三高・神稜ヨットクラブ」がある突堤みたいのの南東側に、船を出せるようになっているようだけれども、もう片方、北西側にも入江のようになった湖水面があるはずで、それを前回は見そびれたが、今回、見落とすまいと行って見た♪
それが、↓
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↑ かかる橋の名前は「おばながわ ばし」と言うらしい。 「尾花川」という地名は、もうちょっと北ではなかったか・・という気がしないでもないが、この橋の名前は「おばながわ ばし」らしい。
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  こっちも悪くない♪
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↑ 水鳥がいるのもいい♪

  ・・・ところで、皆さん・・・、
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↑ この遊覧船、いったいどこから入れたのか? ・・・これ、考えると今晩寝られなくなっちゃうね・・・♪

・・・あの三球・照代という地下鉄漫才のおっさん、よく考えてたなあ・・と思うのは、「あの芦ノ湖の遊覧船、あれ、いったいどこから入れたのか。これ考え出すと、今晩、寝られなくなっちゃうね」という文句だが、大阪の漫才師ではなく東京の漫才師だから、東京の人間にとって、遊覧船がある湖というと、箱根の芦ノ湖か日光の中禅寺湖か・・といったところが思い浮かぶことから芦ノ湖・・ということもあるかもしれないけれども、もしも、琵琶湖だと湖が広いし、周囲に大津とか彦根・長浜といったある程度以上大きな都市があることから、どこかに造船所があるんだろう・・・なければないで、どうにでもなるだろう・・・という感覚になるところが、芦ノ湖というのは、「あの遊覧船、あれ、いったい、どこから入れたのか?」と考えそうなくらいの広さの湖で、又、琵琶湖のように、南東側に平野が広がっている湖ではなく、山の上にある湖なので、平地で作ったとしても、どうやって運ぶのか・・と思いがちな立地の湖であり、よく考えてネタにしていたもんだ・・と思う。
  ↑ は、いわゆる「ミシガン号」というアメリカ合衆国の《かつてミシシッピ川で運行された外輪船をモチーフとしている》という船らしいが、日本を代表する湖の船なのに、日本的なものではなく「アメリカかぶれ」の船を運行するのはどうなのか・・とも思ったが、↑の写真で見る限り、それほど違和感は覚えない。乗船した場合にどうなのかは乗船したことがないのでわからない。 かつては、玻璃丸(はりまる)という船が琵琶湖に就航していて、1970年、浜大津から竹生島まで行くのに乗った船がその玻璃丸(はりまる)だったと思うのだが、いい船だったと思ったが、《ウィキペディアー玻璃丸(はりまる)》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%BB%E7%92%83%E4%B8%B8 によると、《1982年8月31日、老朽化および琵琶湖総合開発による琵琶湖の水位低下に対応できないため、引退した。》らしい。 玻璃丸(はりまる)は「いったい、どこから入れたのか」というと、《7,100万円を投じて日立造船桜島工場により建造され、膳所の天虎飛行場跡で組み立てられ、1951年3月19日に進水、4月に就航した。》らしい。 ミシガン号はどこで造られたかというと、《ウィキペディアーミシガン(旅客船)》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%B7%E3%82%AC%E3%83%B3_(%E6%97%85%E5%AE%A2%E8%88%B9) によると、株式会社杢兵衛造船所(もくべえぞうせんじょ)で、これはどこのどういう造船所かというと、《ウィキペディアー杢兵衛造船所(もくべえぞうせんじょ)》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%A2%E5%85%B5%E8%A1%9B%E9%80%A0%E8%88%B9%E6%89%80 によると、《株式会社杢兵衛造船所(もくべえぞうせんじょ)は、滋賀県大津市の造船会社。琵琶湖沿岸で最大の造船所で大型船が入渠可能なドックを有する。》そうで琵琶湖汽船が株主らしく、大津市今堅田1丁目 にあるらしい。
※ ミシガンクルーズ 琵琶湖汽船 https://restaurant.ikyu.com/108176/?ikCo=10000003&CosNo=10000003&CosUID=1153888&CosUrl=https%3A%2F%2Frestaurant.ikyu.com%2F108176%2F&yclid=YSS.1000244302.EAIaIQobChMI_9bVt5Gq7QIVAlRgCh0cggAqEAAYAyAAEgJQcPD_BwE
《ウィキペディアーミシガン(旅客船)》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%B7%E3%82%AC%E3%83%B3_(%E6%97%85%E5%AE%A2%E8%88%B9)

〔 ↑ 大津市今堅田1丁目 株式会社杢兵衛造船所(もくべえぞうせんじょ)〕

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↑ この船は、もともと、琵琶湖の湖岸、大津市今堅田の杢兵衛造船所(もくべえぞうせんじょ)で造られたものらしく、他で造ったものを、一生懸命、頑張って運んできたわけではないらしい。むしろ、《ウィキペディアー杢兵衛造船所(もくべえぞうせんじょ)》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%A2%E5%85%B5%E8%A1%9B%E9%80%A0%E8%88%B9%E6%89%80 によると、大阪水上バスの「なにわ1号」「なにわ2号」といった船を、琵琶湖岸の杢兵衛造船所(もくべえぞうせんじょ)で造って運んだらしい・・が、そっちの方こそ、「いったい、どうやって運んだのか」・・。 瀬田川~宇治川~淀川 を運航して行けばいいか・・と思いそうだが、南郷洗堰とか通れるのだろうか?

   ・・地下鉄はどっから入れたのか・・というと、大阪市地下鉄の御堂筋線は、我孫子のあたりで地上に車庫があったと思ったのだが、今は中百舌鳥の手前あたりにあるのではないか。 大阪環状線「森ノ宮」駅の脇のあたりにも地上に車庫があり、そこから地下に入る路線があるはずで、地上の車庫から地下にもぐる線路があって、そこから入れたはずで・・・、知ってる者からすれば、特別でもない話を、よく、あれだけ、面白く話せたものだ・・と感心していたのだが、(社)土木学会 関西支部 編『地盤の科学』(1995.9.20.講談社 ブルーバックス)↓
地盤の科学―地面の下をのぞいてみると… (ブルーバックス) - 紀尚, 足立, 玲子, 阿部, 宏, 木村, 信晴, 阿部, 雅史, 嘉門, 土木学会関西支部
地盤の科学―地面の下をのぞいてみると… (ブルーバックス) - 紀尚, 足立, 玲子, 阿部, 宏, 木村, 信晴, 阿部, 雅史, 嘉門, 土木学会関西支部
によると、
《 さて最後に、例の疑問に答えておきましょう。地下鉄の電車はどこから入れたのでしょうか? 地下鉄線路構造物の天井を開けておき、地上からクレーンで電車を線路に下して蓋をしました。また、大阪の地下鉄中央線の西寄り数キロは地上を高架で走っており、開通当時の車庫が高架上だったためにここではクレーンで吊り上げて搬入しています。現在では車庫や修理工場を地上に造っていますので、そこを見れば夜も寝られなくなることはありません。しかし、今でも地下鉄を部分開通させるような場合に車両を吊り下ろすことがありますが、ほとんど見ることはなくなりました。》
ということで、クレーンで電車を地下に吊り降ろしてから蓋をする、という方法をとる場合もあるようです。

  東京メトロ東西線は、千葉県市川市の妙典に地上の車庫があるのが高架を走っている電車の窓から見えます。↓

 東京メトロ丸の内線は、方南町あたりに車庫があったような気がするのですが。 東京メトロ千代田線は、綾瀬から北の北綾瀬駅まで地上を走っている1駅だけの路線があって、そこに車庫があったと思います。
※ 《YouTube-春日 三球 ・ 照代 『乗り物アラカルト』 2007/01/02 (1977/02/11)》https://www.youtube.com/watch?v=8TeDmtqfNN8

  インターネットで検索すると、「琵琶湖総合開発」により琵琶湖の水位が低下した・・という記事があちらこちらに出ています。地図を見ても、1960年代後半から1970年代、私が小学生から中学生にかけての頃と比べて、特に、琵琶湖大橋より南側で湖岸線が変わってきているように思えます。 琵琶湖は淡路島ほどの面積がある湖ですから、少しくらい、面積が広くなっても狭くなっても大丈夫かというとそうでもないようで、又、「水位の低下」ということは、貯水量の低下でもあり、かつては、普通に運航できた玻璃丸(はりまる)という無茶苦茶大きな船でもない船が運航できない状況になった・・ということは、いったいどうなっているのでしょう。 ミシガン号は、見たところ、湖水面ぎりぎりに客席があるように見えます。 岸からすぐの所を通るボートならともかく、かつて、浜大津から竹生島まで行った時、湖の中央部においては、ある程度の高さの場所から見通してこそ琵琶湖という感じ、湖水面ぎりぎりで見るような湖という印象ではなかったのですが、今ではかつてよりも水深の浅い湖になってしまったのでしょうか。地図を見ても、琵琶湖の傷み具合が心配です。

  内田康夫『琵琶湖周航殺人歌』(1992.7.15.講談社文庫)には、
《 順子は遊覧船の切符売り場に立ち寄った。どうやら船に乗るつもりらしい。
(まさか――)
 横沢は意表をつかれた。順子が一人で遊覧船に乗るなどとは、予想もしていなかった。しかも、順子が切符を買ったのは、なんとかいう、ドデカイ外輪船で、ディナーつきの乗船料もばかにならないと聞いた。
 慌ててポケットをまさぐったが大した金の持ち合わせがない。遊覧船に警察官が無料で乗船できるものかどうか、横沢は一生懸命、服務規程を思い出そうとした。
 正規の操作を遂行しているときなら、多少の強引さでもって、警察手帳をチラつかせるのだが、この際はまずい。
 しかし、横沢は、ともかく順子を追って桟橋へ急いだ。改札のゲートを通るとき、手帳を見せた。係員は当惑したような顔をしたが、制止はしなかった。
 外輪船の名は「ミシガン号」というのであった。浮き桟橋に横づけになって、アメリカ人の若い男女、数人が制服を着て「イラッシャイマセ」などと、片言の日本語で陽気に挨拶し、乗船する客を迎えている。・・・
・・・・
  ええい――とばかりに桟橋から、低い下甲板に飛び移った。
「イラッシャイマセ」
ブロンドの青年が寄ってきて、「チケットクダサイ」と言った。
 横沢はとっさに手帳を出した。青年は当惑して、何か言ったが、横沢はひたすら手帳を示し、
「ポリスよ、アイアムポリス」
「ポリス?・・・」
 青年は一瞬ひるんだが、仲間を呼び、大勢が横沢を取り囲む体勢になった。困ったような笑顔を浮かべる者が多く、害意は感じられなかったが、なにしろでかい。見上げるようなガイジンの壁に向かって、横沢はさらに手帳をつきつけた。
  そのうちに日本人の支配人らしき男がやって来た。
「何かございましたでしょうか?」
 言葉つきは丁寧だが、難詰するような眼を向けて言った。
「ちょっと乗せてもらいたいのやが」
「チケットはお持ちでしょうか?」
「いや、持っていないが、ある人物を追い掛けておるのです」
「ある人物・・・何かの事件の犯人ですか」
「いや、そういう・・・まあ、その疑いがあるということですな」
「しかし、それは困ります。捜査令状でもあるというのならべつですが」
「そんなものは・・・」
 横沢は舌打ちした。
「そしたら訊きますがね、たとえば、ある人物が、爆弾を抱えておるいう疑いがある場合でも、乗せんいうことですか?」
  支配人は脅えた顔をして、すぐに「冗談言わないでください」と、声を抑えて怒鳴った。船を預かる人間としての強さが感じられた。
「いや、たとえばの話です」
  さすがに横沢も言い過ぎたと思って、怯んだ(ひるんだ)表情になった。
「どうぞお引き取りください」
 支配人はあくまでも丁重に言い、笑顔で周囲のスタッフに合図した。
 若いガイジンたちが、「アリガトウゴザイマシタ」と、招かれざる客をにぎやかに送り出した。・・・ 》
という場面があるのだが、警察官は警察手帳を見せれば、すべての鉄道・バスに料金を払わずに乗車できるそうで、警察官の中には通勤の定期代をもらっておきながら定期券を購入せずにそれを自分の収入にして、警察手帳を定期券かわりにして乗車して通勤している人間もいるという話で、駅員にはそれがわかっている場合があるが、とがめると怖いので(それこそ、公務執行妨害とか言い出す可能性があるわけで、本当に怖い!)警察官の無賃乗車をとがめることは難しいらしい・・・が、遊覧船て警察手帳で乗れるものなのだろうか? それこそ、↑ で横沢が言っているように「ある人物が、爆弾を抱えておるいう疑いがある場合でも、乗せんいうことですか?」ということになるが、それなら、遊園地でもお化け屋敷でも、なんば花月でも警察手帳さえ見せればタダで入場できるということか? ジェットコースターでもタダで乗れるということか? ・・さすがにジェットコースターは無理としても、竹生島に行く船とかだと交通機関だと考えて通常の鉄道・バスと同じ扱いと考えることができるかもしれんが、浜大津を出て琵琶湖の南側をぐるっと一周して浜大津に戻ってくる遊覧船はタダで乗せるわけにはいかん・・として、もしも、そこで「ある人物が、爆弾を抱えておるいう疑いがある場合でも、乗せんいうことですか?」ということがあったらどうなんだ・・・ということになるが、それなら、「ある人物が、爆弾を抱えておるいう疑いがある場合でも、入れんいうことですか?」と言われたら、なんば花月でもタダで入場させて観覧させなきゃならんのか・・ということになる(^^)/  こういう問題を実際に小説に書くというあたりが、内田康夫という作家のすばらしいところで、警察シンパ・警察のテカの漫画『名探偵コナン』ならこういう話は出てこない。


  次回は、「琵琶湖哀歌」で「三井の晩鐘 音絶えて」と歌われる「三井の晩鐘」がある寺でもある 長等山(ながらさん)園城寺(おんじょうじ)三井寺〕について述べます。

※ 《ウィキペディアー琵琶湖周航の歌》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%90%B5%E7%90%B6%E6%B9%96%E5%91%A8%E8%88%AA%E3%81%AE%E6%AD%8C

※ 《YouTube-琵琶湖周航の歌 加藤登紀子》https://www.youtube.com/watch?v=_JyD80ZcFQI
《YouTube-琵琶湖哀歌》https://www.youtube.com/watch?v=xasPF0lwe2Y

  (2020.11.30.)

☆ 「琵琶湖周航の歌」の地《1》ー大津市 三保ヵ崎の「琵琶湖周航の歌」碑と「志賀の都」
1.三保ヵ崎、「琵琶湖周航の歌」碑、ほか。https://tetsukenrumba.at.webry.info/202010/article_3.html
2.大津京跡。 https://tetsukenrumba.at.webry.info/202010/article_4.html
3.近江神宮。 https://tetsukenrumba.at.webry.info/202010/article_5.html 
補足 三保ヵ崎 〔今回〕
琵琶湖周航殺人歌 浅見光彦 (中公文庫) - 内田康夫
琵琶湖周航殺人歌 浅見光彦 (中公文庫) - 内田康夫
《 高度成長期、滋賀県では、琵琶湖の豊富な水資源を目当てにして大小企業の工場進出がしきりに行われ、また湖岸の観光事業も、ほとんど無秩序に増加した。
  さらに、阪神地帯のベッドタウン化が進むにつれて人口も急増し、ことに大津市付近の琵琶湖西岸地帯では、湖岸から山裾にかけて、地面が見えないほどに、人家や建造物が密集するような状況になったのである。
  その結果、工場排水や生活雑排水による湖水の汚濁が急速に進んだ。
  二十年前、琵琶湖を水道の水源として使用している、滋賀県、京都府、大阪府等の住民から「水道の水がカビ臭い」と騒がれたのをきっかけに、琵琶湖の汚染がにわかに表面化してきた。
  急遽、公害防止条例や水質汚濁防止法などがあいついで制定された。
  しかし、それらの条例が機能するよりも、開発のテンポのほうがはるかに早かった。琵琶湖の汚染はそれ以後もどんどん進み、合成洗剤汚染、PCB汚染など、汚染源も多様化していった。
  1970年の大阪万国博に象徴される日本の繁栄は、日本国土と自然の荒廃の代償の上に成り立ったと言ってもいい。そしてそのもっとも象徴的な現象を琵琶湖に見ることができる。
  昭和52年(1977年)、琵琶湖についに赤潮が発生した。
  「さざ波や志賀の都・・・」とうたわれ、「近江の海 夕波千鳥—―」とうたわれ、清冽な水と豊かな自然の恩恵を供給してきた琵琶湖は、醜く病んだのである。
  海洋民族である日本人が、ゴミや汚水を海に棄て、たれ流ししたように、滋賀県民は琵琶湖を水溜めからゴミ溜めにした。琵琶湖がいくら苦しみの表情を浮かべ、呻き声を発しても、人々は琵琶湖への冒涜をやめようとはしなかった。・・・》
( 内田康夫『琵琶湖周航殺人歌』「第一章 死にかけた湖」 )

《 朝6時ちょうど――いつものように須田ミキは表の道路の掃除にかかった。
  観光船の船着き場に下りて、浮御堂へ向かう客は、まずこの道を通って行くことになる。軒の低い家並みと掘割のあいだの細い道である。百メートルばかり先で、左に折れるのだが、せめてそこまでを、きれいに掃除して、観光客を気持ちよく迎えてあげよう――というのが、ミキの想いだ。
  掘割は幅三メートル足らず、石積みの岸壁がストンと落ち込む溝で、流れてきた水は琵琶湖に直接注ぐし、琵琶湖の水嵩が増えれば掘割の水位も上がる。
(それにしても、、なんちゅう臭さやろ――)
  毎日のこととはいえ、須田ミキは思わず鼻を抑えた。掘割の水はさかんにメタンガスを発生させている。夏になって、夜間の気温が下がらなくなると、朝からこうしてメタンガスが発生し、辺り(あたり)一帯に臭気をまき散らす。水面には、あぶくに押し除けられるように、フナがアップアップと呼吸をしている。
(このままやったら、琵琶湖はあかんようになってしまう――)
  ミキはそれを思うと、いても立ってもいられない気持ちだ。さりとて、無力な庶民にどうするアテもない。
  掃除を終えると、ミキは浮御堂にお参りをする。
  「堅田の落雁」で名高い浮御堂は、琵琶湖の中に突き出た石橋の先に立つ。宝形造りの小堂である。湖岸に茂る老松と浮御堂の調和のとれた風景は、近江八景のうちでも代表的なものだ。・・・ 》
( 内田康夫『琵琶湖周航殺人歌』 「第三章 湖西に死し湖東に死す」 )

《 その後の行程の中で、浮御堂近くのメタンガスが吹き出る掘割を見た。雄琴温泉のケバケバしい建物や看板も見た。大津プリンスホテルから見下ろした湖面に赤潮の帯が流れるのも見た。志賀の海は汚れ、病んでいた。書店で売っている郷土出版物の中にも、琵琶湖の汚染問題を憂い、あるいは訴えるものが少なくなかった。
  こうして、観光気分の琵琶湖取材は、にわかにシリアスでシビアなものになってきた。ミシガン号の中で聴いた「琵琶湖哀歌」も、なんとなく琵琶湖の哀しい未来を暗示する御詠歌のように思えた。
  琵琶湖の旅はわずか二泊三日だが、僕は百年分の重いテーマを抱えて軽井沢に帰ったのである。 》
( 内田康夫『琵琶湖周航殺人歌』 「自作解説」1992年5月 )
( 内田康夫『琵琶湖周航殺人歌』
 初出「小説現代」1989年9~11月号。
 講談社ノベルズ1990.1.5.
 講談社文庫1992.7.15.) 

日本環境報告 (朝日文庫) - 本多 勝一
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地球環境報告〈2〉 (岩波新書) - 石 弘之
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