せっかくの郊外で、なぜ星や月を見ずに、人工の照明を見せられなければならないのか? 「津田沼ザ・タワー」屋上の人工照明を喜ぶ人はその貧困なる精神を反省すべきです。及、星・星座というのはプラネタリウムで見るのではなく、夜、空を見上げてみるものだ、と知ってますか?

[第521回]
 「智恵子は東京には空がないと言う」という高村幸太郎『智恵子抄』の智恵子の言葉は、晩年、精神を病んだという智恵子が口にした「とりとめもない文句」のように言われてきたが、実際に福島県に行って福島県の浜通りであれ中通りであれ、福島県の空を見てみると、ちっともおかしなことは言っていないとわかった。「阿多多羅山の山の上に 毎日出ている青い空が 智恵子のほんとの空だ」というのはまさに本当だった。福島県の空が空だとすると、「東京には空がない」というのはまさにその通りだった。 福島県の空が空だとすると、東京の空は空ではない・・と1990年代、福島県浜通り地区に住んでそう思った。

  そして、最近、「東京には空がない」というのは、昼の空だけではなく、夜の空もまたそうなってきた。 そうなった原因は、
1.福島県の空などに比べて、空が汚れている。
2.「高層マンション」および、一般のマンションがアブノーマルな照明で空を照らしている。
3.街灯が明るすぎる、及び、街灯の間隔が短すぎる。
・・この3つがあると思う。

  しかし、それにしても・・・。 東京都23区で、「山手線の内側で中央線の南側」とか「山手線の西側、池袋~高田馬場~新宿~渋谷~品川 というラインの両側」および「銀座・京橋・日本橋付近」など、そういった場所で夜でも照明が明るくて夜空が見えない・・というのならわかる。 そういう場所で、人工照明でのイルミネーションが施されるというのはわかる。
  しかし、千葉県の船橋市・習志野市付近というのは、高層ビルなんてものがない所に住みたいという人間が住む所、高層ビルなんてものがない所に住みたいと思ったから、船橋市・習志野市まで来て住むことにした・・という人間が住むところのはずだ。 ベートーベンさんは交響曲第六番「田園」では、「田園地帯にやってきた時の楽しい気分」というのを音楽で表現しているが・・・、
※ 《YouTube-ベーム ウィーンフィルの「田園」ライヴ 1975年》https://www.youtube.com/watch?v=WW-a9-pq1Vo
ベートーヴェン: 交響曲第6番《田園》・第8番 - カール・ベーム
ベートーヴェン: 交響曲第6番《田園》・第8番 - カール・ベーム
・・・・そこまでいかないかもしれないが、東京の街中の煩雑な所ではなく、田んぼも畑もあり、林もある所に住める♪ ・・と思って船橋市・習志野市といった所に住んだはずなのだ。私が船橋市の現住居に住んだ1990年代初めに比べて、田んぼも畑もずいぶんと減ってしまった。林もなくなって戸建住宅の分譲地になったりマンションになったりしたが、それでも、東京の都心部ではない、郊外に住みたいと思って船橋市や習志野市に住んだのだ・・という点は変わっていないし、船橋市・習志野市というのはそういう思いの人が住む場所のはずなのだ。

  ところが、↓ はいったい何だ!!!
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まず、第一に、昼間においても、
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( ↑ 「津田沼 ザ・タワー」 
 千葉県 習志野市谷津1丁目15 )
↑ こういうものを人工的に造ろうということが非常識である。特に、その地域の住民に何ら意見を問うことなく「やったもん勝ち」みたいに、「黙ってよなあ」て感じで計画を推し進めてしまうという、「巾着切りみたいなやり口」は卑劣である。 東京スカイツリーにしても、決定するまでにけっこう広い範囲に話をしましたでしょ。 工事を開始するまでに、新聞などに掲載されて公にして進めましたでしょ。 「津田沼ザ・タワー」は、なんで「巾着切りみたいに」こそお~っと「やったもん勝ち」みたいに進めたのでしょうね・・・? 
  このようなその地域の地形を改変するようなものを作るのに、その地域の住民に何ら相談なく進めるというのは横暴であり、又、それまでその地域の住民の共有財産であった「空」であった部分を勝手に占拠して売り飛ばしてカネに変えるという商法もおかしなやり口である。そうやってその地域の住民の共有物であった「空」を占拠してそこに住んでいる人間というのは、その地域に対する侵略者である。

  まず、戸建住宅であれば、自分の所の敷地内を照らす照明であれば庭に設けても良いであろうが、他人様の敷地まで照らすような照明を庭なりに設けるというのは非常識であり苦情が来るのは当然である。そうであるにもかかわらず、なぜ、マンションならそういったことが平気でまかり通るのか?

  戸建住宅ならば、南側には窓は大きく取っても北側には浴室・トイレなどがきたり階段が配置されたり、押入・物入れ・納戸などがきたりして、北側の部屋に雨戸が取りつけられなくても、北側の建物外を窓から照らす照明があることは少ない。 又、敷地外を明るく照らすようであれば、北側の隣家から苦情が出ることが考えられ、その場合、何らかの対処をするのが近隣関係を問題なく過ごす上で必要となるであろう。
ところが、「津田沼 ザ・タワー」の北側は何だろうか?!?
  何ゆえ、遠方まで照らす照明が煌々とついているのだろうか?!?

  「津田沼ザ・タワー」という「高層マンション」だけではなく、「一般のマンション」でも北側の照明が明るすぎるという問題がある。戸建住宅では、北側を煌々と照らす照明などつけることはまずないのに対して、マンションにおいては、東西に長い建物であれば、南側にベランダを設けて、ベランダに出入りできる窓を設け、北側に通路を設け、北側から各戸に出入りするように配置されることが多いが、戸建住宅ならば、たとえ、北道路の敷地であっても、門灯をつけるとしても、門灯は門の周囲のみを照らすものであり、又、1階部分に設けられ、マンションの通路のように、5階だの6階だのの高さで相当強烈な強さの光で相当の距離を照らしつけるというようなことはない。
  マンションの通路に照明を設けていけないということはないが、なにゆえ、あそこまで強烈な強さの光を設けないといけないのか? なにゆえ、あそこまで多くの照明を設けないといけないのか? 疑問を感じるマンションが多すぎる。

  それだけではない。 「津田沼ザ・タワー」は屋上のペントハウスを、必要もないのに光らせているが、いったい何のつもりか? ↓
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↑ これは、いったい何???
これは、いったい何のつもり?????

  私なども、夜中に洗濯機をまわすというのは控えるようにしている。風呂も真夜中の2時とか3時には入らないようにしているが、住宅建築業の営業の仕事をしていた時には、帰りが遅く、かつ、営業職は清潔に体を保たないといけないので、夜11時・12時というくらいの時間に風呂に入ることはあった。もっと早く入れと言われても、もっと早く帰ることはできないので、しかたがなかった。 それに対して、なんで、こんな時間に洗濯機をまわしているの? ・・というような時間に洗濯機をまわす人も時としてあるが、もしかすると、洗濯すべきものを忘れていて、翌日、朝からそれを着ていかないといけない事情があって、夜中に洗濯をして乾燥機でかわかそうとしていたのかもしれない。それはわからないが、やむをえない事情があっての場合とそうでない場合とでは違うと思う。
 「津田沼ザ・タワー」の入居者は、特に高層階の住人、特に北側の住人は、日没後、窓には遮光カーテンもしくは、光を遮る度合いが大きいカーテンを設けて居室の照明が外に漏れないように配慮するべきである。それがその地域の住民に対するエチケットであろう。 

  「こういった高層マンションに住む人というのはカーテンをつけないものだ」などと言う人がありますが、つけてほしいのですよ、夜間は。照明が外に漏れて周囲を照らさないように配慮してほしいのですよ。だいたい、戸建住宅なら自分の敷地内を照らすことは許されても他人様の敷地まで照らす権利があるわけではないと認識されているのに、高層マンションでは相当遠距離まで周囲を照らす権利があるなどと、いったいどこの誰が認めたのですか? 高層ビルの居室と言っても、たとえば、東京都内、赤坂見附のホテルニューオータニのタワー棟とかの場合は、周りも都市部であり、今さら周りを照らしたとしても特にどうということはない場所ですが、「津田沼ザ・タワー」の場所はそういう場所ではないはずなのです。日没後、居室の照明が外に漏れないように配慮してほしいのです。そのくらい考えてほしいのです。「津田沼ザ・タワー」の設計者というのは、こういった思考すら持ち合わせていない人間だったのですか? 日本では「一級建築士」を「一流建築士」と勘違いしている人が時々いますが、設計担当者は「一級建築士」と記載されていたと思いますが、「五流以下一級建築士」だったということですか?

  それでも、まだ、窓から外に漏れる居室の照明については、夜間、居室で照明をつけるなというわけにもいかないであろうから、できる限り、外に照明が漏れないように配慮はするべきであるが、居室で照明をつけるということ自体は、そこで生活するのならやむをえないことであろう。 しかし、「津田沼ザ・タワー」の屋上のペントハウスを光らせているのは、あれはいったい何だ???? マンションの機能上、何か光らせる必要があるのか??? ないはずだと思うが、何かあるのか?

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↑ これ、何かわかりますか?  黒の紙に埃が落ちてるのじゃないですよ。 我が家の2階から見上げた夜空で、白いのが星です。
「津田沼 ザ・タワー」および、その他の傍若無人マンションのおかげで、星が見えにくくなってしまって迷惑しているのです。
  星が見える所に住みたい・・というのが、船橋市に住んだ時の気持ちでした。 ここまで来れば、「星が見える所」に住める・・という気持で船橋市に住みました。 ところが、その後、「後から来たもんが」、傍若無人に空を照らすマンションを造りまくり、おかげで星が見えにくくなって困っています。

  この「後から来たもんが」という表現は、1970年代前半、大阪府箕面市で、市会議員の選挙があった時、日本共産党の市会議員だったその頃は20代だった村上弘充さんが我が家の前でマイク持って話していたことですが、「この4年間、市長に対する質問回数は・・・」ということで、日本共産党の議員が3分の2以上で、村上議員1人で全質問数の約半分の質問をしてきた・・ということでした。「それに対して、前に議長をやっていた保守系無所属の人、この人がこの4年間に市議会で発言したことというと、たったの一言! 共産党の議員が質問をしている最中に、『後から来たもんが、ろくに税金も払わんと、あれやれ、これやれと贅沢ぬかすな、あほんだら!』と、こうヤジを飛ばした。この一言だけが議事録に載っている。この一言だけですよ、その人が市議会で発言したのは。せっかく、市会議員に選んでもらっておきながら、その一言しか市議会で発言したことがない!」ということでした。・・で、その、なんというのか、「保守系無所属のしょーもない市会議員のおっさん」の表現が「後から来たもんが」というものでした。その表現をここで拝借しました。
〔 「ろくに税金も払わんと」という部分については、高額の税金を払っている方の人には、そういう意識を持つ人もいるかな・・とも思ったのですが、実際に会社という所に勤めてみますと、「高額の税金を払っている人」には「たいして働いていないのに給料が高いから税金もそれなりに払っている人」がおり、「たいして税金を払っていない人」には「相当働いているにもかかわらず給料が安いから税金をそれほど払えない人」がいる、ということを認識しました。 箕面市の「保守系無所属の市会議員の高卒のおっさん」はそういうことを知らないと思います。もしかすると、そのおっさん自身、たいして税金払ってなかったかもしれません。〕
  ・・・まあ、箕面市も最近では都市化しましたし、1960年代から1970年代にかけては市長からして高卒かせいぜい関関同立くらい出てればいい方でしたが、最近では前市長は東大卒で現市長は早稲田大卒だそうで、ずいぶん変わりましたが(東大卒の前市長の倉田哲郎さんは静岡県出身だそうで、東大卒で元国家公務員キャリアが何を物好きに箕面市長なんてやるのか・・もしかして、箕面市長を足掛かりに大阪府知事になろうとしたが橋下グループに知事になられて予定が狂ったのか・・?)、その頃の箕面市は「大阪府の中の田舎」で「田舎の保守系無所属の市会議員の高卒のおっさん」なんて⇒「そんなもの」だったのかもしれませんけれども・・・・。

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 ↑ こういうのがいいと思う人というのは、世の中にはいるらしいのです・・・。 貧困なる精神!!! なんという貧困なる精神!!!

  そんな人工のおかしなものを見て喜ぶのではなく、こっちを見たらどうだ、こっちを見れば!!!

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↑ いちいち、説明しないとわからないようでは困るのですが、大きい光が「月」、その近くの小さい光が「星」です。
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↑ かろうじて、明るい星は見えますが、地面に近い側が、ぼお~っと光っていますでしょ。 「傍若無人マンション」の光や、多すぎる・明るすぎる街灯の照明のおかげで地面に近い場所がぼお~っと光った状態になってしまっているのです。

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  「津田沼ザ・タワー」の屋上の人工のおかしな照明を「すてき!」とかアホなこと言っている人、むしろ、↑ こっちの方がはるかに素敵なんですよ、こっちの方が、本来は。 それを理解できない、それを感じることができないとすると、何とも情けない! 貧困なる精神!!!

  私は高校は大阪府立の公立進学校を卒業しましたが、大学で私立受験校と言われる中高一貫校卒の人を見ると、「なんか、かわいそうになあ」と思うことがありました。 開成高校卒のMが、あるサークルの年度初めの集まりの時、自己紹介で「出身高校は開成高校で~す♪」と言うので、「や~い、『高校までエリート』!!!」とからかってやったことがあります。 さらに「落ちこぼれ~! 悔しかったら東大に通ってみろお~お!!!」と言ってからかってやったこともあります・・・が、そんなことはどうでもいいのですが、私と大阪教育大付属高校卒のNとが、オペラ『トスカ』について話していた時、たまたま横にいたその開成高校卒でなんだか私立受験校卒の人間というのは公立高校卒の人間よりエライみたいに思っているやつが、何の関係もないのに横からこう口出したのです。「そんなもの、何の価値があるんだ!」と。そう言いよったのです。 「東大に行けない落ちこぼれの開成高校卒の男」が。
  ・・やっぱり、開成高校とかそういった私立6年制受験校というのは良くないようだなあ・・と、その時、思いました。もっとも、片方で私が卒業したような公立伝統校というのは、なんだか、「親方日の丸」みたいなところがあったと思いますし、落ち目になるのは落ち目になる理由があったように思うのですが、他方で、開成高校など私立6年制受験校というのは、あまりいいことないなあ・・と思いました。 彼らは、「大学受験で出ること=価値があるもの」「大学受験に出ないもの=価値がないもの」という思考が強固に頭に観念的に叩き込まれていて、その観念から離れられないのです。なんか、かわいそうな教育を受けとるのお~お・・と思いました。 Mは「歌」「音楽」というと、「恋かな~、イェイ、恋じゃな~い、イェイ♪」というのが「音楽」で「歌」だと思っているのです。シューベルトの歌曲集『冬の旅』とかプッチーニのオペラ『トスカ』とか、あるいはカンツォーネの「マレキアーレ」とかそういったものは「そんなもの、何の価値があるんだ!」という認識を開成中学校・開成高校で6年間かけて観念的に徹底的に叩き込まれてきたのです。彼らは死ぬまで「恋かな~、イェイ♪ 恋じゃな~い、イェイ♪」が「音楽」で「歌」だと心の底から信じ込んで生きていくのです。かわいそうなヤツラだなあ・・と思いました。そして、彼らはそれがエライと思っており、それを得意にしているのです。ああいうブタ人間には、早見優の無茶苦茶下手くそであるだけでなく、ひとをバカにしているような態度が見え見えの「歌」、歌もどきが似合いなのかもしれない。ブタ人間にはブタ人間の歌がふさわしいのかもしれない。
※ 開成高校卒のヤツが「音楽」「歌」だと考えるもの⇒《YouTube-早見優 夏色のナンシー 19831231》https://www.youtube.com/watch?v=96XIPsHwB0Y
しかし、それにしても、早見優というのは歌が下手くそだな、ほんと。どうしようもなく下手くそだな。早見優が芸大・音大の声楽家とかを卒業していないというのはよく知っているが、たとえ、そうであっても、まがりなりにもお金をもらって歌を歌うのであれば、人さまに聴いてもらえるレベルに練習したらどうなんだ! と思うが、このバカ女は練習もしていない歌を人に聴かせてカネもらうということにまったく抵抗を感じないらしい・・・( 一一)
  そういえば、昔、「百万人の英会話」というラジオ番組があって、週に1回、「ハワイ出身の早見優」が講師をつとめる講座があって聞いたことがあるのだが、あんなもの、聞かなきゃよかった。まったく、早見優というのはウルトラの下手くそしてからに、なんで、えらそうにしているのだろうなあ。一番大きな問題は、ブラト=オクジャワにしても、自分が作った詩にギターでの演奏を添えて歌ったというものであって、芸大・音大で声楽を学んだ人間ではないのだが、心を込めて作られた詩を心を込めて歌っているのに対して、早見優は聴衆をバカにしていいかげんに歌っている、という点である。しかも、その観客をバカにしたようなえらそうな態度のくせして、そういうバカ女が好きだというアホな男がいたようだった。慶應あたりにそういうアホは多いようだった。「百万人の英会話」でも「ハイディ矢野の映画で学ぶ英会話表現」なんてのは面白かったが、早見優なんてバカ女の話なんて聞くのじゃなかった・・・。
※ 私など公立伝統校卒の人間が「音楽」「歌」だと考えるもの。
⇒《YouTube-シューベルト:《おやすみ》 ヘルマン・プライ 1961》https://www.youtube.com/watch?v=cTj4QqJEM-U
⇒《YouTube-プッチーニ 《トスカ》 「星は光りぬ」 ルチアーノ・パヴァロッティ》https://www.youtube.com/watch?v=5hbqW31pb4o
⇒《YouTube-Tosti: Marechiare(トスティ作曲「マレキアーレ」 歌:ルチアーノ=パバロッティ》https://www.youtube.com/watch?v=imIpmP3Aw2s
⇒《YouTube-百万本のバラ / アーラ・プガチョワ》https://www.youtube.com/watch?v=dPZdC792zo0
⇒《YouTube-「真夜中のトロリーバス」 ブラート・オクジャワ》https://www.youtube.com/watch?v=fsAsXOPfQO4
⇒《YouTube-【ロシア語】(仕事の歌) (Дубинушка ドゥビヌーシュカ 棍棒) (日本語字幕) (歌:フョードル=シャリアピン》https://www.youtube.com/watch?v=rk0C1GputJ8
   なんか、開成高校卒のヤツって、東大にすんなり通った人間にしても、浪人した上で東大受験を回避して一橋あたりを受けてそれも落ちて慶應大に行ったような落ちこぼれにしても、どっちもなんかかわいそうな人間だねえ。「恋かな~、イェイ♪」とかいうような、くっだらないものを「音楽」だ「歌」だと観念的に教えられて、しかも、そういう認識の人間がエライんだと信じ込まされて、それで一生送るて、かわいそうだねえ・・・。
  それで、Mがいたサークルで、やはり、Mと同じように、「そんなもの、何の価値があるんだ!」と口にした男がもう一人、慶應義塾高校卒の男がいたのだ。開成高校卒の男は「大学入試に出るもの=価値がある」「大学入試に出ないもの=価値がない」という観念が強固に頭にこびりついていたことから、シューベルトの『冬の旅』もオペラ『トスカ』も「そんなもの、何の価値があるんだ」と思い、早見優なんて下手くその塊を「歌」で「音楽」だと信じきっていたのだが、慶應義塾高校卒の男の場合は「内部進学の人間が知っているもの=学問」「内部進学の人間が知らないもの・できないもの・わからないもの⇒受験勉強だ、害があるんだ!」という思考であり、彼らは『冬の旅』も『トスカ』も知らない、何しろ、agriculture を agriculture と発音すると「受験勉強だ。害があるんだ」と決めつけ、内部進学の人間は agriculture と発音しますからね。それが「学問」と教えられてきていますから、これもまた、観念的に。そういう態度が「自我が確立されている」「アイデンティティーを持っている」で「独立自尊の精神」だと教えられてきていますから。 そういうのを見てきましたので、開成高校卒の人間と慶應義塾高校および慶應女子高卒の人間というのは、なんとも、かわいそうな人たちだなあ・・・と思うようになりました。 「幼稚舎から慶應」の人なんて、種無し葡萄を人に皮むいてお皿に盛ってもらって、スプーンですくって食いますから。それが「慶應幼稚舎流種無し葡萄の食べ方」で、そういう食べ方をすると「ギャルにもてもて」らしいのです。なんか、かわいそうな教育うけてきとるのお、こいつら・・と思いましたが、彼らにとってはそれが「福沢精神」で「自我が確立されている」で「思考が柔軟」で「受験勉強の悪影響をうけていない」なのです。・・逆らうとうるさいですから、彼ら、殴りかかってきますから、逆らわん方がいいみたいですけれどもね・・・。「慶應義塾カースト」では「揺り籠から墓場まで慶應」の人がカーストの一番上で、私のような「小学校から高校まで公立」で「親戚関係にも東大卒・京大卒・阪大卒の人はいても慶應大卒の人間なんていない」という人間というのはカーストの最底辺ですから、カーストが上の人のおっしゃることにカーストが下の人間は逆らわない方がいいのかもしれませんが・・・・、それにしても、種無し葡萄をひとに皮むいてもらってお皿に盛ってもらってスプーンですくって食う人、それを得意にしている人って、だいたい、私なんてそんなことしてもらいたいと思わないけれども、たとえ、してもらおうと思っても誰もそんなことやってくれませんけれども、かわいそうな育ち方しとるのお~お・・・と思います・・が、彼らにとってはそれが「福沢精神」であり、それが「自我が確立されている」であり、「ええ~え? そんなん、違うんちゃう~う?」なんて言うと「自我が確立されていないからわざわざ無理して逆らっている」とか「未成熟」とか「アイデンティティーがない」とか「モラトリアム人間病にかかっている」とか「慶應心理学」から「診断」されることになります。・・まあ、もともと、「慶應心理学」というのは内部進学の人の世界観を「心理学用語」「精神分析用語」「精神医学用語」というジャルゴン・特殊用語で表現しただけですけれどもね・・・。「慶應心理学」などというものは新興宗教の教祖さんとその信奉者が一般人にはわけのわからんその団体の特殊用語で自分たちを正当化して喜んでるみたいなものです。

  大学受験に際しては、私立6年制受験校というのは、高校から行った人はまだいいが、中学校から行った人間は、中学生・高校生にとっての6年間というのは長いので、途中で遊んでしまうことになり、むしろ、私立6年制受験校に行った人間でも高校から行った人間の方が成績がいいと言われたことがありましたが、そういう面はあると思うのですが、他方で、公立進学校に行った人間と中学校から私立6年制受験校に行った人とでは、公立中学校から公立進学校の高校に行った人間は、中学校・高校の6年間の真ん中に高校受験があるので、私立6年制受験校に中学校から行った人間と比べて大学受験を真剣に考えるのがワンテンポ遅れる・・という面もあるかもしれない、と私は思っています。
  又、公立中学校というのはその地域の人間誰もが同じ学校に行って同じ教室で学ぶというもので、小学校低学年ならそれでいいとしても、中学校になると、進学校に行って東大・京大あたりに進学しようという人間と、その逆の人間が同じ教室で学ぶというのは、現実問題として、かなり無理があるようにも思います。それから考えると、私立受験校に中学校から行っておいた方がいいのかも・・とか思ってみたりもするのですが、開成中学校・開成高校卒のMなんか見ると、「恋かな~、イェイ♪」が「音楽」で「歌」だと心の底から信じて一生送るわけですから、ああなるのなら、少々、大変でも公立中学校に行ってまともな「音楽」の授業を受けられるようにした方がいいのではないか・・・と思ったりもします。

  公立中学校⇒公立進学校 というコースと、私立受験校の中学校・高校というコースはどちらがいいのか、というと、私自身は 公立中学校⇒公立進学校 という方のコースを進んだ人間ですが、大学受験にどちらが有利かという点では、両方の面があると私は思っており、いちがいにどちらがいいとは言えないと思っています。 しかし、私立6年制受験校に行った人の場合、たとえ、大学受験に成功したとしても、公立中学校・公立高校で学ぶことになっているものをまともに学んでいない・・という状況があるのは事実で、大学入試ではある程度以上の成績を取ったらしいものの、なんか、頭の中味はあんまり・・・という人が少なくないように思います。
  その理由の1つとして、あまりにも早い時期から大学入試直結の学習をしすぎ・・という点があるように思うのです。たとえば、私などは中学校1年の時だったと思うのですが、「理科 第二分野」で天体について学んだ時、中学校の理科の先生が推薦された本が ↓
はじめての天体観測 (天文すいせん図書) - 鈴木 敬信
はじめての天体観測 (天文すいせん図書) - 鈴木 敬信
↑ これで、↑の本を読むとともに、星座盤を購入して、家の前の道に出て、夜空を見上げて、
「あれがオリオン座、あの真ん中で光るのがオリオン座の三ツ星・・・」と、
「あれが阿多多羅山、あの光るのが阿武隈川。」という高村幸太郎「樹下の二人」の詩のように空を見て感激したものでした。
高村光太郎詩集 (岩波文庫) - 高村 光太郎
高村光太郎詩集 (岩波文庫) - 高村 光太郎
開成高校卒のヤツなんてのは、そういう経験がないみたいです。 彼らは大学受験対策が「役に立つもの」でそうでないものは「そんなもの、何の価値があるんだ」と教えられてきていますから、だから、「あれがオリオン座、あの真ん中で光るのがオリオン座の三ツ星・・・」なんて夜空を見上げて捜した経験なんてあるわけないのです。
ましてや、慶應義塾高校の人間なんて、夜空のオリオン座よりも、女の体の方が興味ありますからね。
〔 単なる悪口ではなく、私は実際に開成高校卒の人、慶應義塾高校卒の人・慶應女子高卒の人を実物を見た上で言っていますが、人間は学校だけですべて決まるわけではないので、それらの学校の卒業生の人でもここで述べた内容には当てはまらない人もおられるかもしれません。もし、自分は違うのに・・と不愉快に思われる方があったなら申し訳ないことですが、しかし、やっぱり、一般的傾向として、ここで述べたような傾向はあると私は思っています。あくまで、「一般的傾向」なのであてはまらない人もあるかもしれませんけれども。〕

  「津田沼ザ・タワー」の設計者というのは、何を考えているのでしょうね。 東京都の「山手線の内側で中央線より南側」とか、「銀座・京橋・日本橋あたり」とか「山手線の西側 池袋~高田馬場~新宿~渋谷~品川あたり」とかのビルであれば、屋上のペントハウスを光らせる・・というのも選択肢の1つとしてあるかもしれませんが、船橋市や習志野市でそういうものを光らせるというのは、市民に対する迷惑行為そのものであり、その「貧困なる精神」はいったい何でしょうねえ・・・・。
  オリオン座よりも、人工照明の方がうれしい・・・という人というのは、なんか、かわいそうな人だなあ・・と思います。その精神的に貧困なかわいそうな人のおかげで、こちらまで、星座が見えにくくなって迷惑するというのは、かんべんしてほしいのですが、「傍若無人マンション」の設計者・事業者と住人は、そんなこと知ったことではない・・・という意識なのでしょうか。
  建築というものは、こういったことを考えておこなうものだと思うのですが、「津田沼ザ・タワー」の設計者というのは、こういったことを大学の建築学科で学んできていないのでしょうかねえ・・・。 どう思いますか?

  実際の夜空の星を粗末にして「津田沼ザ・タワー」屋上の人工の照明物を「すてき」などとアホなこと言っている人というのは、シューベルトの『冬の旅』やプッチーニのオペラ『トスカ』を「そんなもの、何の価値があるんだ」と言って、「恋かな~、イェイ、恋じゃな~い、イェイ♪」などという聴衆をバカにした下手くそな歌を大威張りで歌っている早見優の歌と言うに値しない「歌」をありがたがる男みたいなものです。

  「東京には空がないと智恵子は言う」という、福島県の空に比べると美しさに欠ける・透明感に欠ける東京圏の空を、まさに本当に「津田沼ザ・タワー」に「侵略」され、「占拠」されてしまった・・・。 こういう事態に対して、習志野市・船橋市の市長や市会議員さんて、何もしないのでしょうかねえ・・・。 まさか、「侵略者」に加担なんてしてないでしょうねえ・・・というと、「侵略者」に加担しているらしい人も中にいるらしいけれども・・・・。

  船橋市の東町834 に、「プラネタリウム館」https://www.city.funabashi.lg.jp/shisetsu/bunka/0002/0002/0001/p011085.html があります。

私が子供の頃、1960年代では、プラネタリウムというのは全国に1つだか2つだかしかなく、大阪市の電気科学館のプラネタリウムに行って見た時は感動したものでしたが、今では全国にいくつもあります・・・・が、プラネタリウムができて悪いことはまったくないのですが・・・、でも、知っていますか? 星というものは、星座というものは、プラネタリウムで見て悪いということはないけれども、本来、星は、星座はプラネタリウムで見るよりも、夜、空を見上げて見るものだ・・・ということを・・・。
〔 《ウィキペディアー大阪市電気科学館》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%B8%82%E7%AB%8B%E9%9B%BB%E6%B0%97%E7%A7%91%E5%AD%A6%E9%A4%A8 によると、日本で最初にプラネタリウムを造った大阪市電気科学館は1989年に閉館したようです。悲しい・・・。その頃は、「日本で最初に・・」というのは常に東京でではなく、大阪人は東京に先駆けて大阪に作ったりしていたのですが、いつしか、大阪は東京の後を追いかけるしかできなくなり、さらにいつしか、東京から大きく離されてしまってきたようです。悲しい・・・。 さらに、辻元清美なんてのは、東京もん が大阪の人間に加えた中傷である「ヒョウ柄のおばはん」なんてものを「大阪の女」だなどと肯定してからに・・、バカじゃないのか、辻元という女は! 辻元というのは、バッカじゃなかろかルンバ♪ て感じがする。あの女、もうちょっとマシかと思っていたが、見誤っていた。〕

  私が子供の頃、姉に連れてもらって大阪市の地下鉄四つ橋線「四ツ橋」駅の近くにあった大阪電気科学館のプラネタリウムに行って人口の星座を見て、本物の星に関心を持つようになりました。しかし、プラネタリウムは全国にいくつもできましたが、プラネタリウムができることで本当の夜空にそれまでよりも関心を持つようになるのならいいのですが、星・星座はプラネタリウムで見るもの・・みたいに思ってしまうのならば、それではそのプラネタリウムは何のためにあるのかわかりません。それでは、かえって害があるようになってしまいます。
  市長や市会議員さん、市役所職員さんは、プラネタリウムを造ることに尽力されて悪いということはないけれども、それ以上に、夜、星を見ることができる環境というものを守ることに尽力してほしいと思います・・・。


  (2020.11.9.)

☆ 習志野市「津田沼 ザ・タワー」(工事中)の横暴!!!
[第455回]《戸建住民の居住環境悪化を招く 都心でもない場所での高層マンション建築に受忍義務があるのか? 》https://tetsukenrumba.at.webry.info/201905/article_3.html
[第463回] 高層マンション「津田沼ザ・タワー」による居住環境破壊。商業地域に住居マンションは不当。勝手に自然改変https://tetsukenrumba.at.webry.info/201906/article_8.html
[第464回]「津田沼ザ・タワー」は下品で野蛮。事業者・設計者・開発行為事業者でない者になぜ問合せさせようとする? https://tetsukenrumba.at.webry.info/201906/article_9.html
[第465回] 商業地域の容積率を悪用する「津田沼 ザ・タワー」。及、都市計画しない習志野市都市計画課 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201906/article_10.html
[第466回]「津田沼 ザ・タワー」の確認票他+死人が出る可能性がある三菱地所レジデンスと(株)フジタの工事現場
「津田沼 ザ・タワー」の確認票他+死人が出る可能性がある三菱地所レジデンスと(株)フジタの工事現場https://tetsukenrumba.at.webry.info/201906/article_11.html
[第467回]「津田沼 ザ・タワー」宅地建物取引業の票。ももんがあのような茶碗のかけらのような野蛮な高層マンション https://tetsukenrumba.at.webry.info/201907/article_1.html
[第468回]「津田沼ザ・タワー」事業者名票枠外に別の問合先記載は不適。地下鉄をありがたがる人と高層マンションをありがたがる人https://tetsukenrumba.at.webry.info/201907/article_3.html
[第469回]「本人訴訟の一般人には相当大きく安全側に要求し、弁護士にはよほどのことがないと」の裁判所書記官の対応と、「三菱」「三井」「野村」の言うことならきくのか? 独立自尊の精神に欠ける習志野市建築指導課!https://tetsukenrumba.at.webry.info/201907/article_4.html
[第470回]都市計画法による用途地域の趣旨を守るために建築基準法の規定があり、逆ではない。マンション屋の為の都市計画課なら存在価値はない。岩山マンションによる環境悪化・財産価値低下に補償することもせずに「意見の違い」など認められない。https://tetsukenrumba.at.webry.info/201907/article_5.html
[第471回]船橋市各所から見た「津田沼 ザ・唯我独尊タワー」船橋市各所から南方に岩山として眺望を妨げ、同類が建てば通風も妨げると思われる「津田沼 ザ・タワー」。なにゆえ、市民はこのような遮蔽物を人工的に造られねばならぬのか!?! https://tetsukenrumba.at.webry.info/201908/article_1.html
[第474回] 権威主義 千葉工大教授 山本明氏の欺瞞+習志野市「仲よし幼稚園跡地事業」計画の無能。専用住宅業者に売却する土地を習志野市は商業地域として売って良いのか? 准教授 倉斗綾子氏の無能。「津田沼 ザ・タワー」は夜、光る外壁にする必要は何かあるのか?―「津田沼 ザ・タワー」について。https://tetsukenrumba.at.webry.info/201911/article_1.html
[第478回] 富士山のそばに人工的岩山を造られても国民は文句は言えないか? 夜空を照らす照明塔岩山マンションははた迷惑。https://tetsukenrumba.at.webry.info/202001/article_1.html
[第479回] 3階建か4階建の建物を前提に規定された数字を160mを超える岩山建造に適用は不適切。権威づけ神輿の建築学科教授山本明氏・倉斗綾子氏はこの程度のこともわからないのか? https://tetsukenrumba.at.webry.info/202001/article_3.html
[第480回] 夜、光る「津田沼ザ・タワー」の設計者の発想は異常。及、マンションの開放型廊下の照明は近所迷惑。夜を奪う明るさの街灯まで必要か。https://tetsukenrumba.at.webry.info/202001/article_4.html
[第482回]「津田沼 ザ・タワー」の「容積率緩和」適用は制度の趣旨に反する。「仲よし幼稚園跡地活用事業」「審査委員」の選定は八百長か。商学部経営学部系教員を選考委員に入れないのは、八百長計画に異議を唱えさせないためなのか? https://tetsukenrumba.at.webry.info/202001/article_6.html
[第483回]「津田沼ザ・タワー」の侵害に「権利意識の欠如」状態になってはならない。「相互主義の原則」として習志野市の商店での買い物は控えましょう。「言ってもだめよ」はファシズム傾向と理解せよ! 「専門家」信仰は山本明氏のような権威主義者の思うツボ!https://tetsukenrumba.at.webry.info/202001/article_8.html
[第484回]「津田沼ザ・タワー」は北側に大きな窓を設ける権利がなぜあるのか? 夜、光らせる権利がなぜあるのか? 及、猫の頭なでるだけなでて糞や小便を他家の庭やガレージでさせる猫の飼主は横暴ではないか。https://tetsukenrumba.at.webry.info/202001/article_9.html
[第485回]「津田沼ザ・タワー」”最高のロケーション”と称賛する「投資家カズのトレード日記」は精神病理学上の問題ではないかとすら思える。邑楽タワーの失敗と「津田沼ザ・タワー」の居直り。https://tetsukenrumba.at.webry.info/202001/article_10.html
[第486回]「津田沼ザ・タワー」に反対はあっても賛成はありえない2つの理由。60年安保闘争には2種類の反対があった、て知ってますか。「大学教授」であっても「知識人」ではない千葉工大の大学教授。https://tetsukenrumba.at.webry.info/202001/article_11.html
[第487回] 地下鉄と「高層マンション」は文明ではない。モンパルナスタワー・ナポリ副都心に該当する配慮は見られない「津田沼ザ・タワー」。「津田沼ザ・タワー」は建築学科課題としては落第点である。https://tetsukenrumba.at.webry.info/202002/article_1.html
[第488回] 「津田沼ザ・タワー」はパチンコ屋みたいに、夜、光りだしたが、パチンコ屋より傲慢。屋上のペントハウスを光らせて、マンション屋と「購入者」は何か得するのか? https://tetsukenrumba.at.webry.info/202002/article_2.html
[第491回] 遠藤周作『花鳥風月を友として』で考える「津田沼ザ・タワー」。船橋市・習志野市での「田園まさに荒れなんとす」https://tetsukenrumba.at.webry.info/202004/article_4.html
[第497回] 都心の区がビルの新築に際し住居スペース確保を求めるごとく、郊外の駅前では商業施設の割合を確保させる規定を設けるべきである。都心に向く建物と郊外に向く建物は違う、ということくらい建築学科教授ならわかりそうなものだが。「1年の契約社員」の募集を「正社員」募集と言う会社はいかがなものか。https://tetsukenrumba.at.webry.info/202005/article_5.html
[第498回] 雲の中のトドラが棲息する場所のマンション、バルタン星人の3倍の高さのマンションなんて、人間にとって非本来的だと思いませんか?ー『ウルトラQ』『ウルトラマン』で考える「津田沼ザ・タワー」の貧困なる精神。 https://tetsukenrumba.at.webry.info/202005/article_6.html
[第504回] 外観・内観・機能のいずれも目的にない「津田沼・ザ・タワー」。「外」重視のシドニーオペラハウス、「巨大な彫刻」東京カテドラル聖マリア大聖堂などと比較して考える。今こそ失ってはならない日本人の美徳と日本の美。https://tetsukenrumba.at.webry.info/202007/article_1.html
[第505回] 雲より高いマンション、雨雲の中のマンション、雲霧に埋没するマンションは、建築として住居として本来的ではないだろう。「津田沼ザ・タワー」は非人間的・・で家相も良くない・・だろう。 https://tetsukenrumba.at.webry.info/202007/article_2.html
[第521回] せっかくの郊外で、なぜ星や月を見ずに、人工の照明を見せられなければならないのか? 「津田沼ザ・タワー」屋上の人工照明を喜ぶ人はその貧困なる精神を反省すべきです。及、星・星座というのはプラネタリウムで見るのではなく、夜、空を見上げてみるものだ、と知ってますか? 〔今回〕
[第533回]「しぶんぎ座流星群」はよく見えなかった。明るすぎるマンションの照明。「ジャコビニ流星群」時と違って照明を消そうという動きのなくなった世相と風物をめでようという心の喪失。都心部のマンションと郊外のマンションの違いも理解できない「三流一級建築士」。https://tetsukenrumba.at.webry.info/202101/article_2.html
[第546回]法律相談で「わからないですね」で相談料を盗る東京第二弁護士会と弁護士 鎌倉一樹氏(三宅坂法律事務所)~「津田沼ザ・タワー」と非弁行為に関して https://tetsukenrumba.at.webry.info/202108/article_1.html

「慎腹風呂愚」
[第759回]《高山の町並にて。「和風のドーマー」は違和感なく存在。高山警察署は新社屋にて営業中。重要伝統的建造物群保存地区の周囲に「市街地景観保存区域」を設定する高山市の姿勢を評価する。用途地域の趣旨を踏みにじる千葉県習志野市の態度は不適切。千葉工大名誉教授山本明氏の権威主義を笑う。—高山の町並みにて(1)》https://shinkahousinght.at.webry.info/202003/article_10.html?1584263851


☆他に、高層ビル・高層マンションの問題について
☆ 「船橋プラウドタワー」(千葉県船橋市)について・・・
「慎腹風呂愚」
[第5回]2月 といえば、確定申告!・・・・船橋税務署 駅から遠すぎるよお・・・・https://shinkahousinght.at.webry.info/201102/article_2.html
[第803回]地下鉄「新大阪」駅の変化と「千里中央」駅付近の変化ーセンスの良い新大阪駅の休憩室。千里丘陵になぜニュータウン計画を否定する高層ビルを作るか。及、プラウドタワー船橋 により谷底化される船橋駅北口 と ザ・千里タワーにより谷底化される千里中央駅・セルシー付近。https://shinkahousinght.at.webry.info/202010/article_11.html 

☆ 「千里タワー」(大阪府豊中市)について・・・
「哲建ルンバ」
[第122回]野蛮な 千里タワー。大阪 に超高層ビルが ドバイ ・ 東京 と異なり不適切な理由https://tetsukenrumba.at.webry.info/201302/article_1.html
[第419回]箕面教会(箕面市)見学【2/5】府道から箕面教会。北川原公園・箕面川の紅葉はきれい。高層ビルは野蛮https://tetsukenrumba.at.webry.info/201811/article_3.html
「慎腹風呂愚」
[第471回]新装「高山駅」。周囲の景観との調和を考えた建物だが。及、屋根とは何かわかっていない建築会社についてhttps://shinkahousinght.at.webry.info/201610/article_27.html
[第803回]地下鉄「新大阪」駅の変化と「千里中央」駅付近の変化ーセンスの良い新大阪駅の休憩室。千里丘陵になぜニュータウン計画を否定する高層ビルを作るか。及、プラウドタワー船橋 により谷底化される船橋駅北口 と ザ・千里タワーにより谷底化される千里中央駅・セルシー付近。https://shinkahousinght.at.webry.info/202010/article_11.html 

☆ 「ロジュマン千里中央」(大阪府豊中市)について・・・
「慎腹風呂愚」
[第456回]上新田天神社(大阪府豊中市)参拝4 神社を背後から見下ろす下品な高層マンション 他https://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_18.html

☆ 「コスモフレスタ箕面」(大阪府箕面市)について・・・
「哲建ルンバ」
[第197回]日本キリスト改革派神港教会・カトリック六甲教会・神戸松蔭女子学院 と 安藤忠雄「六甲の集合住宅」
https://tetsukenrumba.at.webry.info/201312/article_1.html

☆ 「ジオミューズレジス」「ジオタワーミューズフロント」「ジオタワーミューズガーデン」(大阪府高槻市)について・・・
「慎腹風呂愚」
[第634回]上宮天満宮参拝【6/10】天満宮を見下ろす 地域の「気の流れ」を乱す 家相が悪い 高層マンションhttps://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_7.html
[第638回]上宮天満宮参拝【10/10】北山本山寺の石碑、景観重点地区、女性客の多い店でも入るのが商学士の使命https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_11.html 
で述べました。  

星座の図鑑: 星座の探し方と神話がわかる - 茂美, 沼澤, 奈々代, 脇屋
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建築とは何か (SD選書 95) - ブルーノ・タウト, 篠田 英雄
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