問題学校だらけ【1】-4―硬貨が転がり落ちると「見捨てる」慶應女子高女・拾ってもらって礼も言わないギャルにもてもての慶應ボーイ・高いレストランで食事する東大生

[第511回]
  1980年代、慶應大学に在学していた時、同じように慶應大学に下宿して行っていた人間、日吉台学生ハイツに住んでいた他大学に行っていた人間に、いくら仕送りをしてもらっているかをきくと、誰もが私よりも仕送りをしてもらっている金額は多かった。私より少ない人間はなかった。1970年代後半に同じ北野高校から私より先に慶應大学に入学して行っていたS本は私よりもひと回り多い金額を仕送りしてもらっていて、Sは私が仕送りしてもらっていた金額を聞いて、「よくそんな額で1ヵ月生活できるなあ」と言うのでした。かつ、「おれの金額でも、知っている学生で仕送りの額がそれより少ない金額の者はひとりもいてないで」と言うのでした。おそらくそうだったでしょう。S本以外に私が何人かから聞いた仕送りの金額でも、私より少ない人間は1人もいませんでした。
  その後、日吉台学生ハイツから川崎市幸区のアパートに転居したのですが、1980年代、そこは家賃は月1万2千円でしたが、父の勤め先の工場にアルバイトに行かされた時に、父の部下であった工場長の役をしていた課長のMさんが「あんたなんか、東京でどのくらいの家賃の所に住んどんねん?」ときくので、正直に「月1万2千円です」と答えたところ、Mさんは「こら! 嘘つくな」と言うのです。「なんで、嘘なんですか。嘘なんかつきませんよ。本当にうちのアパートの家賃は月1万2千円ですよ」と言ったところ、Mさんは「何言うとんねん。そんなもん、騙されへんぞ。うちの息子、京都の同志社に行っとるんやけどな。立命の高校から同志社に行きよったんや。自分の高校に大学があるんやからそこに行けば良さそうなものやけど、自分の高校の所の大学は嫌や言うて同志社に行きよったんや。京都やけど、それでも、月6万5千円やぞ。『風呂付の所でないと嫌じゃ~い』と言いよるから、しかたないから風呂付の所に住ませとるねん。京都でもそうなんやから、あんたなんか、東京で下宿しとったら、最低でも月10万円以上の所に住んどんねんやろ」などと言うので、「住んでませんよ。10万円以上するような所になんて住んでるわけないでしょう」と言ったのですが、それでも、「嘘つくな!」と言ってきかないのでした。この人はいったい何を言ってるんだろうなあ・・と思いました。まず、「京都でも・・」という部分ですが、もともと、京都というのは、今は政令都市は全国で20もできて、浜松なんてのまで政令都市になったくらいですから・・・と言うと遠州人は「『浜松なんてのまで』とはなんだあ!」と言って怒るのですが、私は他の所とは違って浜松には何度も行ったことがある人間として親しみを込めて「浜松なんてのまで」と言っているのであって、けなしているつもりはないのですが、ところが、遠州人というのは、「今や、浜松は政令都市に指定された新幹線『ひかり』号も停車する大都市だ」とか言いたがる人、政令都市に指定されたということで、東京・大阪・横浜・名古屋と並ぶ大都市だと言いたい言いたい症候群みたいな人、なんか、ほとんどビョーキみたいな人というのがおりまして、逆らうとうるさいから逆らわない方がいいのかもしれませんが、まあ、東京・大阪・横浜あたりの住人で浜松が「東京・横浜・大阪と並ぶ大都市」なんて思ってる人はないはずなのですが、遠州人の世界観ではそうではないらしいので、そのあたりは逆らわないことにして・・・、私が小学校の低学年だった頃、1960年代後半においては、政令都市を六大都市と言って、東京・横浜・名古屋・京都・大阪・神戸の6つで、その後、5市が合併して北九州市が政令都市に加わって七大都市になったのですが、その六大都市の中でも、人工では東京・横浜・大阪・名古屋に次いで5番目の都市、今は京都市より神戸市の方が人口は多くなったらしいが、かつては京都の方が人口も多く、又、「京」「都」と言うように都ですし、観光地でもあり、舞妓さんがこっぽり履いて歩いているようなそんな所が安いという発想は、その発想はおかしい。逆に、「あんたなんか、東京なんやから」とMさんは言うのですが、実は慶應大学というのは、経済学部・商学部・法学部・文学部の専門課程のある三田は東京都港区ですが、教養課程のある日吉は神奈川県なのです。神奈川県横浜市港北区の日吉まで通える可能性がある場所で家賃が比較的安い所ということで南武線沿線の川崎市幸区でアパートを借りたのです。舞子さんがこっぽりはいて「おいでやすう」とか言うてるような所と、屋上にレーダーが載ってる東芝小向工場の近所でかつては川崎喘息で苦しんだ地域とで、東芝小向工場の近所の方が高いと考える思考はどうかしています。 「京都」はブランド地名です。「京都」と「川崎」で「川崎」の方がブランドと考える人は普通いませんでしょ。東京圏でも比較的高い所もあれば安い所もあります。東京圏と関西圏では東京圏の方がいくらか高いだろうと思うかもしれませんが、その場所にもよるのです。もっとも、最近では、その頃に比べて、関西圏の経済的地盤沈下が進んでしまい、売買でも賃貸でも同じくらいの間取りの家・アパートでも東京圏に比べて関西圏はずいぶんと安くなってしまいましたが、1980年代においては東京圏に比べて関西圏は安いということは特にありません。それでも、全般として見れば、東京圏の方が高い場所が多いのかもしれないということはいくらかあったのかもしれませんが、少なくとも私は東京圏でも高い所になんて住んでいませんし、風呂付の所になんて住んでいません。今では風呂のない家が少なくなり、銭湯が少なくなったことで、アパートも風呂付でないアパートというものが少なくなりましたが、私が住んでいた頃の川崎市幸区の私が住んでいた付近は風呂のない家の方が多く、銭湯は今はかつて利用させてもらった銭湯で廃業されてしまった所もありますが、かつては何軒もありました。うちの父親は私が高校3年の時、「あんた、京大に行くのなら下宿なんかせんと家から通うべきや」と言い出したので、ええ~え? とびっくりしたということがありました。北野高校に通学していた人で京都大学に進学した人でも、たとえば、阪急京都線沿線の島本町の最寄駅「水無瀬(みなせ)」とかから北野高校に来ていた人などは、島本町の「水無瀬(みなせ)」なんてのは大阪府とはいえ京都と大阪の真ん中よりも京都よりですから、京大は京都のどこにあるかというと百万遍(ひゃくまんべん)、出町柳のちょっと東、下加茂神社のちょっと東、吉田神社の西、もうちょっと東に行くと銀閣寺(慈照寺)という所、阪急「京都河原町」駅からバスに乗って知恩院の前を北上して行った所で、「京都河原町」駅からバスでけっこうありますが、阪急京都線の京都よりからなら通えないこともないかという場所ですが、我が家は阪急でも京都線沿線ではなく、阪急でも宝塚線のまだ支線の箕面線の沿線で、その頃は大阪モノレールなんてのもありませんし、箕面線沿線から京都は京都でも、大阪府の茨木・高槻の続きみたいな長岡天神とか桂とかの京都ではない、四条大宮・四条烏丸・京都河原町から円山公園や八坂神社あたりまでの「阪急沿線の京都」ではない、西に下加茂神社・東に銀閣寺という「正真正銘の京都」「相当ディープな京都」に京大はあったのであり、神戸大は阪急神戸線「六甲」駅から北に歩いた場所ですから「神戸大」と言っても大阪市大・大阪府大よりも阪急沿線から通うには近いくらいですが、京大は京都は京都でも「ディープな京都」、四条大宮とか京都河原町みたいな「『マルーンカラーの阪急』が走っている京都」ではなく、バスなんか降りる時に、大急ぎでひとをかきわけて降りようなどと大阪型の降り方をしようなどとすると、「おまえは、いったい何をしとるんや」と怒られるという京都ですから〔東京の人間は知らんかもしれませんが、大阪では電車では降りたいと思えば駅に着く前に出入口付近まで行っておかないと降ろしてもらえない可能性がありますが(この点、大阪は東京と似ているのですが)、それを京都でやると「おまえは、いったい何をやっておるんや」と言って怒られます。「関西は」とひとくくりにしたがる症候群の人間が東京人には多いのですが、関西でも大阪と京都では違いがあります〕、片道2時間以上、往復で4時間以上もかけて通えと言うのか? ・・と思いましたが、「甘ったれとってはいかんぞ、甘ったれとっては」とうちの父親は言い、私としては、何がなんでも京大か東大かに行かないといけないと考えた理由の1つとして、ともかく、あの家を出たかった、これ以上あの家にいたくなかった、ということがあったので、京大に行ってもあの家から出れないのか、あの家から自由になれないのか・・と思うと、そうなると、京大ではだめで、どんなにしてでも東大に行かないといけないことになりました・・・が、Mさんの家はどこだったかはっきりとは知りませんでしたが、大阪と京都の中間付近の京都府側だったように思うのです。それなら、何も下宿して京都の同志社大学に行かなくても、自宅から通えるはずなのです。Mさんの息子こそ、同志社大学に行くのに、何も下宿しなくても自宅から通えばいいのに、それを、月に6万5千円もするアパートに親にカネ出してもらって住ませてもらって行っていたなんて、私には理解できないことでした。
  又、交通費についても、大阪の人間が東京圏で下宿して東京圏の大学に行った場合と、大阪の人間が京都で下宿して京都大学もしくは京都の大学に行った場合では、大阪―京都間の方が大阪ー東京間よりも近いから京都で下宿して行った場合の方が安いと勝手に思っている人がいますが、実はそうではありません。その点については、⇒[第295回]《自分も浪人した・自分も下宿しているという自覚がない大学生1-東京で下宿して大学に行くとカネがかかるか》https://tetsukenrumba.at.webry.info/201705/article_3.html で述べていますので御覧ください。実は、京都で下宿した人間の方が東京圏で下宿した人間よりも交通費はかかっているのです。 それから、「1浪して国立大学に行った」ということで自分は費用がかからない国立の大学に行った親孝行者だと誰もにほめてもらう権利がある、特に私立大学に行った人間は「1浪して国立大学に行った者にわびる義務がある」と思っている男がいますが、私と同じ中学校から同じ北野高校に行って1浪で京都大の法学部に行ったN口 要というぺったんこのシェイクハンドラケットみたいな顔した男がそうだったのですが、まず、一番の問題として、こちらが私立大学に行ったとしても、もしも、N口にその学費を出してもらったのなら、「どうも、えらいすんまへんなあ」くらい言うべきでしょうけれども、N口が出したわけでもないのに、何をひとに謝罪を求めるのか。なんで、こいつに謝罪させられなければならないのだ。 N口の場合は、小学生の時からそういう性格の男でしたが、何より、N口は高校卒業後「国立の学校」に4年間行ったと本人は思いこんでいて、私立の予備校に1年行ったという事実を「なかったこと」にしてしまっていますが、そうではなく、N口は「私立の予備校の1年間行って、国立の大学に4年間行った」「私立1年+国立4年」行ったのであり、たとえば、私立の2年制の短大に行った人などより自分は国立大学に行った分だけえらい人間で親孝行だと人からほめてもらう権利があるみたいに思っていて、そういう口をきく男だったのですが、N口は高校卒業後に「私立の学校1年+国立の学校4年」行ったのであり、私立の学校に行っていないわけではないのです。 どうも、自分自身についての事実を認識する能力に欠ける人間のようでしたが、このくらいのことも認識できないようでは、1浪したとはいえ京大に行ったとはいえ、京大に行ったというだけの値打ちがあるのかないのか疑問を感じます。 「1浪して国立大学に行った」という人間というのは「宅浪ではなく予備校に行ったのなら、私立の学校に1年行って、国立の学校に4年行った」のであり、「私立の学校に行かずに国立の学校に行った」のではありません。
  うちの父親は私が高校生の時には、「東大にでも行くのなら東京で下宿してでも東京の大学に行く値打ちはあるし、行ったらいいし行くべきやし、下宿生活するのは嫌やなんて甘ったれておってはいかんし、東大でなくても慶應か早稲田なら東京で下宿してでも行ったらいいと思うけれども、そんなもん、法政やたら明治やたら専修やたらポン大やたらわけのわからん私立大学に行くようなやつなんて、下宿してまで東京の大学に行く必要なんかあらへん。アホ大学は大阪にもあるんや。アホ大学しか行かれへんようなやつなんて、下宿せんでも家から通える所に行くべきや」と言っていたのだが、その「バカでも入れる私大」に行くような人間で、地元の大学に行っておけばいいはずの人間が東京で下宿して行っている人間というのがいっぱいいた。変な人間がいるもんだと思っていた。最近はもっと増えたのではないかと思う。それだけではない。
  2000年代、(株)エイブルhttps://www.able.co.jp/ にいた時など、家から遠くない場所の「よくそんな大学行くなあて感じのドバカ私大」に入学したのに、それなのに、親と別居したいと言ってアパートを借りにくる大学生がいて、それに付き添いでくる親もいた。そういう親というのは、うちの親などとは違ってものすごい金持ちなのか、ものすごい社会的権力者・有力者なのかというとそうではなく、見るからに「しょーもないおばさん」だったりする。なんかわけわからん。
  1990年代、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の福島県いわき市の営業所にいた時、設計の職種で勤務していたH田(男。当時、20代)は、静岡県の人間なのに、東京の東洋大学という私立大学の工学部建築学科になんて行っていた。国立大学の場合は何学部でも学費は一緒だが私立大学の場合は工学部は法学部・経済学部・商学部・文学部よりもずっと高い。なんで、東洋大、「東京大学の東大」ではなく「東洋大学の東大」みたいなものに行くようなウルトラ甘ったれた人間が、東京で下宿してまで大学に行くのか? 摩訶不思議である。 しかも、いわき市にいた時には、なんだか、ばかでかい相当高そうなオフロードカーなんて乗っていた。どこかの会社の社長のバカ息子か?・・と思うと、親は中学校の校長先生だというので、ええ~え? と思ったのだが、中学校の校長先生というのは相当もうかるということか?
  日吉台学生ハイツにいた時、病院長の息子というのがいたが、彼の場合は、仕送りの額は月にいくらというのではなく、銀行の口座に一定額が入っていて、キャッシュカードを彼が持っていてそれでお金を引き出すと、引き出して減った金額だけ補充されるというようになっているそうだった。この話をうちの姉にしたところ、「ええねえ。私もそんなキャッシュカード欲しいわあ」と言うのだったが、俺もそういうの欲しいわあ・・そういうのは、やっぱり、病院長の息子とかの場合だろう。サラリーマンならば、息子に仕送りをしたとすると、その金額分だけ出費してお金は減るが、病院長ならば、息子がカネを使ったことで自分のカネが減れば、その分だけ「患者」にクスリ飲ませれば、いっくらでもカネは補充される。「患者」と称する「カネのなる木」を所有しているのだから、カネみたいなもん、いくらでも湧いてくるわけだ。彼は法政大学の2部(夜間)に行っていたが、うちの父親は「夜間に行ってるやつて、えらいで。あんたなんかと違ってえらいねんぞ。おまえとは違うねんぞ、おまえとは」と言うのでしたが、たしかに、昼間、働いて、終業時刻後に学校に行って学ぶというのはこれはけっこう大変ですから、それをやっている人というのは、そこでどれだけ学べたかとは別に、その姿勢は評価されていいものだと思いますし、うちの父親の会社の工場にアルバイトに行かされた時、アルバイトでも夏休みだけのアルバイトではなく、1年間通してのアルバイトとして来ていて、終業時刻後に夜間の大学に通っていた人もいたのですが、その大学はあまり高く評価される方の大学ではないのですが、それでも、昼間、働いて生活費を稼ぎながら、終業時刻後に大学に行こうという人というのは、人間的に真面目な人が多いという印象を受けました・・・が、そういう人もいるのでしょうけれども、しかし、夜間の大学に行っている人というのは、誰もがそうということではないのです。日吉台学生ハイツにいた病院長の息子なんて、法政の2部(夜間)の方に行っていたといっても、別に、昼間、働いているわけでもなく、1部に通らなくて2部に通ったから2部に行ったというだけですよ。「えらいなあ。えらいなあ。あなたなんかと違ってえらいなあ」とうちの父親が私に言うようなそういうものとは違います。彼が2部に行ったのは1部には通らなかったから2部に行っただけのことで、昼間、生活のために働く必要があったから2部に行ったのではありません。彼はそのうち、何だったかアルバイトも始めましたけれども、それも生活のためのアルバイトではなく、時間があるから始めたというものです。
  (株)一条工務店が1995年に脱税で国税局から追徴金を取られた時に初代社長の大澄賢二郎が「カネみたいなもん、あり余ってる」と豪語したというのだが(従業員に給料を払う時には「そんなこと言っても、カネないのに払えるわけないだろうが」と言うくせに)、(株)一条工務店のオーナー経営者というのも、いいかげんな経営で損を出したらその分だけ従業員の給料へつったらそれでしまいですから、そして、実際にそのやり口を実行して、それで、「一条工務店はもうかってる!」などとオーナー経営者は言っていましたから(「もうかってる」のはオーナー経営者一族であって一般従業員がもうかってるわけではありませんが)、これも病院長と似ています。慶應大学の商学部の先生というのは、「資本家が労働者を搾取して自分だけ私腹をこやして労働者をいじめる・・といったマルクスが描いたような資本主義とは、現在の社会は資本主義でも違った資本主義の社会になってきている」とおっしゃるのでしたが、もしかすると、中にはそういう資本主義の会社というのも世の中のどこかにはあるのかもしれませんが、(株)一条工務店なんて会社に勤めてみなさい。どこがやねん・・と思いますよ。まさに、「資本家が労働者を搾取して自分だけ私腹をこやして労働者をいじめる・・といったマルクスが描いたような資本主義」そのまんま ですよ。慶應の先生て、なんか、妄想でも見てるのと違いますか・・・、頭、大丈夫か? 但し、そういうことをすると、どうなるかというと、公認会計士の資格試験を受けると称して東京で1軒家に住んでいた大澄賢二郎のドバカ息子は、やはり、親に用意してもらったクルマに乗って浜松まで高速道路をぶっとばして行って、かつて同棲していたこともある女性を刃物で刺し殺し、豊臣秀吉の「中国大返し」のごとく大急ぎで東京まで戻ってしらばっくれたらしいが、きょうびの道にはあっちやらこっちやらにカメラが設置されていて写っていて殺人罪で逮捕されて懲役20年の刑に処せられた・・・ということになったらしい。「親の因果が子に報いた」というケースのようだが、それについて、その親、初代社長の大澄賢二郎はどう言ったかというと「相手が悪い」・・・とそうおっしゃったそうな。・・そういうことを言っているようでは、バカ息子はその後も同様の人生を送るのであろう。(株)一条工務店の初代社長の大澄賢二郎は中国の小説『水滸伝』が好きで「梁山泊の精神」などと言っていたのだが、「刃物で女を刺し殺し、官憲に追われ逃げる」、しかも、その女が悪いかのように言うというのは、まさに梁山泊の3代目首領の呼保義 宋江(こほうぎ そうこう)そのまんま でんがな。まさに「梁山泊の精神」( 一一)( 一一)( 一一)  2011年の東日本大震災の後、1996年にドバカ息子で関連会社の(株)日信の社長に名目上なっていたらしい大澄隆史が女性を刺し殺した後に(株)一条工務店の社長を退いたはずで会長でも相談役でもないはずの大澄賢二郎の主張によるといって、(株)一条工務店は浜松市に「防潮堤の費用」と称して300億円を寄付し、浜松市長で慶應大ア法学部卒の鈴木康友が大絶賛したのですが、そのカネは本来は従業員・元従業員に払っていないといけないはずのカネであり、労基法違反の会社から「寄付」を浜松市がもらうことで従業員・元従業員が受け取るべきはずのカネを浜松市が横取りしたのである。もしくは、1995年に(株)一条工務店は脱税で名古屋の国税局から100億円の追徴金を取られたのですが、その後、本社を浜松から東京に商業登記簿の上でだけ移して目立たなくするなど工夫をするようになり、「脱税」ではなくても「節税」するようになったようですが、そうやって「脱税」ではないことになっている「節税」をしたカネの一部を浜松市に「おすそわけ」した・・「おもてなし」・・と。100億円の追徴金を取られるよりは300億円を浜松市に寄付するという「愛と知と力のパフォーマンス」やった方がええ・・・と。だいたい、全国から利益をあげている会社がなんで浜松市にだけ寄付するのか・・、むしろ、そんなカネがあるのなら東日本大震災で被害にあった東北地方の入居者宅とかに寄付してあげたらどうなんだ・・と思うのですがね。思いませんか? もしくは、私が担当したお宅でも、福島県で今も立入禁止区域に指定されて住めない地域で(株)一条工務店で家を建てていただいた方があるのですが、東日本大震災では特に被害なんて受けていない浜松市にではなく、そういう方にこそ、何なりとしてあげたらどうなのか・・と思いませんか? なんか、やることが変と思いませんか? それを浜松市という行政が大絶賛して喜んでいる・・というあたり、浜松市長の鈴木康友という男(慶應大学ア法学部卒)は「やっぱり、慶應やなあ」て感じ・・いかにも「慶應タイプ」て感じがします。なんで、東日本大震災と福島第一原発事故で大きな被害を受けた地域の人にではなく、東日本大震災では特に被害にあっていない浜松市に寄付するのか? ・・と普通は考えるものと違うのですか? 浜松市長で慶應大ア法学部卒の鈴木康友はそういう思考は完全に欠落しているようですが、そのあたりが「慶應ボーイらしいスマートな態度」とか「慶大生らしい思考の柔軟さ」とか「自我が確立されている」とか「世の中を知っている」とか「独立自尊の精神がある」とか「アイデンティティーを持っている」とか言うものでしょうか。そういうのを「塾風を身に着けている」とかいうのでしょうか。そういうのを「慶應心理学」は「自我が確立されている」とか「独立自尊の精神がある」とか「診断」するのですが、なんか、ユニークな「自我」でんなあ・・・。
   病院長なんてのは「患者」という「カネのなる木」を所有しているようなものだから、まさに「カネみたいなもん、あり余ってる」というところなのだろう。何というのか、世の中、苦労したり努力したりするとお金というのはちっとも貯まりませんけれども、悪いことするといくらでもお金はできてくるということみたいですね。世の中って、そんなものなのか・・・?

   1980年代、私が慶應大学の日吉に通った時に、昼食に食べることが一番多かったのは生協食堂の140円のカレーライスだった。「贅沢すんなよ、贅沢してはいかんぞ。わかっとんのか、チャンコロ! チャンコロ、贅沢してはならぬぞ、チャンコロ!」とうちの父親は毎日毎日言っていた。「贅沢してはおらんやろうなあ、贅沢」と毎日言っていたが、「贅沢」などというものをできるような金額を送ってもらっていないということくらいは送っている側はわかりそうなものだったが、わからない男だったようだ。
  日吉台学生ハイツには個室にはトイレや浴室はなく、各階ごとにトイレが中央部にあって、地下に大浴場があった。銭湯などと違って、浴場を経営しているわけではないので、銭湯として経営されているものなどに比べると衛生的でなかったのか、浴場でタムシなのかインキンなのかをうつされたことがあった。同時に、腕などの皮膚にも湿疹ができた。日吉の慶應の医療センターに行くと、女医さんが、慶應大学の医学部卒の人なのか、自分と同じ大学の学生だからと思ってか、「あなた、今年、入学して下宿して行ってるの? 食べるもの、きっちり食べてる?」と言ってくれて、「きょうは昼は何を食べたの?」と言うので、「生協食堂で140円のカレーライスを食べました」と言うと、「きのうの昼は?」と言うので、「きのうも昼も生協食堂で140円のカレーライスを食べました」と言うと、「何やってんの。そんなものばっかり食べてちゃだめよ。もっと、きっちりとしたものを食べるようにしなさい」と言われ、「しかし、これは皮膚の問題だから、食べるものはあまり関係ないと思いますけれども」と言うと、「そうだろうけれども、それでも、毎日、140円のカレーライスばっかりなんて食べてちゃだめよ。わかった? もっときっちりとした食事をするのよ」と言ってくれたのでした。それをうちの父親に話したところ、「おまえ、140円のカレーライスみたいなもん、食ってええのか、チャンコロ! おまえが140円のカレーライスみたいなもん、食ってええのか! 贅沢すんな! 140円のカレーライスみたいな贅沢なもん、食うたらいかん! もっと安いもんにしなさい、もっと安いもんに! 贅沢すんなちゅんじゃ、チャンコロ! チャンコロの分際で140円のカレーライスなんか食うな、チャンコロ!」と言うのでした。しかし、いくら捜しても、生協食堂の140円の何も入ってないカレーライスよりも安い食事なんてどこにもありませんでした。昼食は2日に1回にすれば、昼食代には2日で240円使っていたものを140円にすることができるかと考えましたが、又、腹をふくらませるのに「便所の水」を飲めば食事をしなくても腹はふくれるかと考えてやってみたこともあったのですが、それでもやっぱり、お腹がすいて食べてしまいました。
  東京から大阪に帰る際には、夜行バスに乗ることが一番多かった。東京駅を夜11時代の後半に出る大垣行夜行というのもあって、大垣で西明石行に乗り換えると早朝に大阪駅に着くのですが、夜行バスの方が安かった。 ある時、東京駅の八重洲口を出る国鉄バス「ドリーム号」に乗って大阪駅まで行く予定にしていた時、日吉の食堂で昼食を食べたのですが、オムライスを食べたかったけれどもお金がなくてチキンライスにしたのですが、その時のチキンライスのおいしかったこと。 日吉の慶應大学とは逆側の郵便局の向かいあたりにあった食堂でしたが、それから30年ほど経って日吉に行くことがあった時、その店でもう一度食べてみたいと思ってそこに行ってみましたが、その店はもうありませんでした。昼食は日吉のその店でチキンライスを食べたのですが、夕食はもうお金がありませんでしたので夕食はぬきにしました。八重洲口から夜行バス「ドリーム号」に乗って大阪駅まで行きましたが、朝食もお金がないので食べませんでした。家に帰ると、うちの父親が「おまえ、夜行バスなんて贅沢なもん乗ってはいかんだろうが、おまえみたいなもんが。チャンコロ、贅沢すんな、チャンコロ! チャンコロはもっと安いもんに乗りなさい!」と言うのでしたが、しかし、東京―大阪間の移動手段についてはけっこう調べたのですが、
(1) 飛行機のエコノミークラスよりも新幹線普通席の方が安い。
(2) 新幹線普通席よりも、在来線普通の方が特急料金の分だけ安い。
(3) 在来線普通と夜行バス「ドリーム号」なら夜行バス「ドリーム」号の方が安い。
(4) 昼間のバスもあるが、夜行バスは東京―大阪間があるが、昼間のバスは東京―名古屋間と名古屋―大阪間を名古屋で乗り継ぐことになるが、昼間だから夜行よりも安いということはない。昼間のバスは箱根より東で渋滞して時間がかかることがある。
(5) 名古屋―大阪間なら、近鉄特急という方法もあるが、東京―大阪間を移動するのに、名古屋―大阪間だけ近鉄特急に乗ってもあまり意味はない。
・・・・ということで、国鉄バスの夜行バス「ドリーム号」というのが、考えられる中で一番安い移動手段でした。それでも、「贅沢じゃ、おまえには」とうちの父親は言うのでしたが、それより安い移動方法とすると、日吉から渋谷まで東急に乗って行き、渋谷から国鉄(現JR)で東京駅まで山手線で行きましたが、それを電車に乗らずに日吉から東京駅まで歩くか、もしくは、国鉄バス「ドリーム号」には東京から大阪行きだけではなく京都行もあるので、京都行に乗って京都から大阪府の家まで歩くか。そのくらいしか思いつきませんでした。「おまえが産まれたおかげでおまえを育てるのにカネかかって迷惑なんじゃ、チャンコロ! よくも産まれやがってからにチャンコロ!」とうちの父親は言うのでしたが、「それなら産まなかったら良かったのではないのですか」と言うと、「何、言うとるんじゃチャンコロ! チャンコロが産まれてきよったんじゃろうがチャンコロが!」と言うのでした。産んだ方が悪いのではなく産まれたヤツが悪いそうです。それを産んだ者が悪いというようなことを言ってひとのせいにするような人間のことを「心理学」では「外罰的性格」と言うそうです。「そんなに産まれて迷惑な子供なら産まないでくれれば良かったのに」と言うと「心理学」では「外罰的性格」となるらしいのです。悪いのは産んだ者ではなく産まれてきたやつなのだそうです。「産まれてきたことを反省しろよ、チャンコロ! わかっとんねやろな、産まれてきたことを心の底から反省して、罪の意識を持って、すべて翁すべて王わしのために! すべて欧すべて央わしのために、わしのために、わしのために、わしのために。 朕思うに我が皇祖こ~そ~はあ、親に孝に親に孝に親に孝に、わしに孝にわしに孝にわしに孝に、わしにわしにわしにわしに。すべてをすべてをわしのために、ささげ尽く~す! とってちってたあ~あ!!! どんがんどんがらがった、ちゃちゃちゃちゃちゃあ~んじゃあ~あ♪〔⇒《YouTube-<軍歌>軍艦行進曲(軍艦マーチ)》https://www.youtube.com/watch?v=mTwUiUCO7l0 〕」と毎日毎日言っていました。
  1980年代、うちの父親が「いらいらっとしたから、仕送り送るのやめたってん」と言って送金しなかったことがあり、そのため、1週間ほど、水を飲む以外、何も食べずにすごしたということがありました。日吉の街で、自動販売機の下にでも100円玉か50円玉でも落ちてないかと思って下を見ながら歩きまわりましたが、なかなか落ちていませんでしたが、何か所も見て回ったところ、ついに、自販機の下の奥の方に50円玉が落ちているのを見つけました。地面に腹ばいになって手を伸ばして手前に引きずり出して、財布に残っていた10円玉と合わせて、それで80円だったかのメロンパンを買って食べましたが、あの時のメロンパンのおいしかったこと。今まであの時のメロンパンほどおいしいと思ったことはありません。
  その時です。その自販機があった場所の近くにあった「不二家」というけっこう高いレストランから、同じ日吉台学生ハイツに住んでいた兵庫県西宮市の私立の甲陽学院高校卒(公立の北野高校よりカネのかかる私立の甲陽学院高校卒)で1浪で東大の文科一類⇒法学部に行き、国家公務員1種試験に合格して外務省に入省することが決まったという加藤という男がでてきました。私なんかは、高校1年の時、北野高校に入学した時、野球部に入ったところ、うちの父親は「野球やるんやったら浪商に行けえ!」などと言いだし、このおっさん、頭おかしいのと違うのか・・・と思ったのですが、「おまえが北野高校に入学したということで、うちのお母さんもお姉さんも喜んでおるかもしれんけれども、それは、最低でも神戸大以上に行くということで喜んでおるんやぞ。野球やらせるために北野高校に行かせたのとは違うねんぞ」と言うので、「北野高校では運動部にいた人間が京大や阪大や東大に現役で何人も通っています」と言っても、「それはみんな浪人です。高校で運動部にいて京大や阪大に通ったという人間は、それはみんな、浪人して行った人です。うちは浪人みたいなもんさせるつもりはありません」と言うので、「そんなはずはない。担任のO先生も、北野高校の場合は、運動部に在籍した人間とそうでない人間とでは、進学成績に差はないと言われているし、野球部にいた人も今年も現役で京大に▽人通ったらしい」と言ったのですが、うちの父親は「野球部の監督をどなりつけてやる」と言って本当に押しかけていって、野球部の監督に怒鳴りつけそうになったので、それで野球部をやめたということがありました。ところが、高校3年になると、今度は、うちの父親はなんとか現役で大学に通りたいと思って努力している息子にむかって「浪人した人間の方が社会で役に立つ。あんた、浪人しなさい」と言い出したので、はあ~あ? あんた、私が高校1年の時に「北野で運動部にいて京大や阪大に通った人間というのはみんな浪人です。うちは浪人みたなもん、させるつもりはありません」と言ったのと違うのか・・・と思ったのでしたが、それで実際に浪人してしまうと今度は「でんたっくう~う、でんたっくう~う。電卓、でんたく、電卓、デンタク、電卓」と言って、電卓で「あんたが大学を受ける時の願書の封筒代がいくら。切手代がいくら。交通費がいくら・・・。おまえが浪人したおかげで、わしは合計◇◇円の損をさせられた。これをあんたに働いてまどてもらわんといかんのやからな」と言うのでした。あんた、ちょっと前に「あんた、浪人しなさい」と高校3年でなんとか現役で大学に通りたいと思って努力している息子に向かって言ったのと違ったのか・・と思ったのでしたが、1年ごとに逆を言うのが使徒信条の人のようでした。高校までにしても、私は小学校も中学校も義務教育の公立の学校で高校も大阪府立の高校に行きましたが、加藤は甲陽学院高校などという私立の高校に行き、浪人も平気でやっていて、私みたいに「でんたく、デンタク、電卓、でんたく。おまえが浪人したおかげで、切手代に封筒代に☆☆代に△△代に・・を損させられたんじゃ、このわしはあ。んがあ。それをまどてもらわんといかんのじゃあ」などと言われることもまったくなかったようで、駿台だったか河合塾だったか代ゼミだったか忘れたけれども東京の東大受験クラスの予備校に下宿して行かせてもらったようで、それで東大に行くと、今度は、私などは夏休みになると、「あんた、あしたから、うちの会社の工場にアルバイトに行くことに、決めてきたっ!」と言って勝手に決めてこられて学習時間を奪われ、阪急の駅で会った同じ中学校から同じ北野高校に行って大阪大学の法学部に進学したK村と会った時などは、K村から「へえ~え。そんなもん、やってんの~ん」とバカにされたみたいに言われたものでしたが、加藤は私みたいに化粧品屋の工場で汗まみれになって乳液作るような仕事なんてやらないのは当然のこと、家庭教師や塾の講師のアルバイトもまったくやらずに、それで国家公務員1種試験に合格して外務省に入省したのでしたが、私とは環境が違う・条件があまりにも違う。それこそ、映画『あしたのジョー』のオープニングソング「美しく青き狼」では「足をくじけば膝ではい、指をくじけば肘ではい」という文句がありますが〔⇒《YouTube-美しき狼たち - おぼたけし》https://www.youtube.com/watch?v=0LhCBMarAjs 〕、まさに、「足をくじけば膝ではい、指をくじけば肘ではい」、将棋でも飛車角落ちでも飛車角桂馬香車落ちでも何とか工夫して負けずにやっていこうと考えて努力を重ねたのでしたが、いくら頑張っても「王さん1枚」では勝てない。「ちゃちゃっち、チャンコロチャンコロ! ちゃちゃっち、チャンコロチャンコロ!」とうちの父親は毎日言っていましたが、父親がなければ日本育英会奨学金を受給して学費分を出してもらい、生活費は最初から計画して学業にダメージを受けにくい時間帯でやるというようにできましたが、父親があったために、「あんた、あしたからうちの会社の工場にアルバイトに行くことに決めてきたっ!」と勝手に決めてきますし、「わしはもんのすごい寛容で気持ちの優しい人間やねん。そやからやなあ、あんたがどうしてもと希望するのなら、あしたからやのうて、あさってからにしてやっていただけませんかと頼んでやってやってやってやってやってやらんこともないで。なにしろ、わしはもんのすごい、えっらいえっらいえっらいえっらい、神のようなキリストのようなヒットラー総統のような英雄でドイツ人でアメリカ人でスーパーマンやからな」と言うのでしたが、そして、私には「アルバイトを嫌がる人間というのは、モラトリアム人間病という病気です。慶應大学の小此木啓吾先生というエライえらいエライえらいエライえらいエライえら~い、ものすごいエライえら~い♪ という大先生がそうおっしゃってる。甘ったれとってはいかんぞ、モラトリアム人間! モラトリアム人間病はなおさんといかんぞ、モラトリアム人間病は、このチャンコロ、ロスケ! 大学は勉強する所とは違うねんぞ、大学は! 大学はアルバイトする所であって延享する所とは違うねんぞ、モラトリアム人間、わかっとんのかチャンコロ! あるばいとおアルバイトオあるばいとおアルバイトオ、とってちってたあ~あ! 欲しがりません、勝つまでは! とってちってたあ~あ! どんがんどんがらがったあちゃちゃちゃちゃちゃあ~あんじゃああ! すべてをすべてをわしのために、すべてをすべてをわしのために。とってちってたあ~」と言われ、そうやって学習時間を奪われた者と、家庭教師や塾の講師のようなアルバイトすらも何一つしないで国家公務員1種試験に合格して外務省に入省した人間とでは、まさに「民族が違う」「階級が違う」ようでした。いくら涙ぐましい努力をしても工夫しても「王さん1枚」では勝てません。 だいたい、「幼稚舎から慶應」の小此木啓吾が慶應大学医学部の学生の時に私みたいにアルバイト漬けにされた生活を送っていたかというと、そんな生活しているわけないのです・・ということは、まさに小此木啓吾こそ、正真正銘のモラトリアム人間病の「病人」のはずであり、小此木啓吾こそ「治療」される必要があるはずなのです。小此木啓吾を「入院療法」として拉致・逮捕監禁してやるべきで、「薬物療法」として薬漬け・毒盛りしてやるべきで、「作業療法」として強制労働・無賃労働につかせ、無賃労働を嫌がるようなら「そういうことを言うようでは退院はまだまだ遠いな」と言ってやるべきであり、「カウンセリング」「心理療法」として言いくるめ、なんじゃかんじゃ勝手なこと言って精神的に混乱させマインドコントロールしてやるべきであり、さらには「電気ショック療法」とか「精神外科療法」「ロボトミー」とか小此木啓吾にやってやるべきであったはずです。そうやって正真正銘モラトリアム人間病の「患者」「病人」である悪の小此木啓吾を「治療」してやるべきであったはずです。なぜ、小此木啓吾が「治療」されないのか、摩訶不思議です。
   同じ「大学生」でも、同じ中学校から同じ北野高校に行って大阪大学法学部に進学した川村は、アルバイトというと1回2時間の家庭教師のアルバイトを週に2回やっていただけであったのに対して、私は「大学は勉強する所とは違うねんぞ。甘ったれとってはいかんぞチャンコロ! ぼけっとしてたらいかんぞ、ぼけっとしてたら。とってちってたあ。大学は勉強する所とは違って大学はアルバイトする所やねんぞ、大学は。とってちってたあ~あ!」と毎日毎日言われてアルバイト漬けにされてきたが、「少々条件が悪い」というくらいならば、「なにくそお」と思ってやることもできても、「王さん1枚」では勝てない。加藤となると、家庭教師のアルバイトすらもまったくやらず、そして、私が「おまえなんかが、140円の生協のカレーライスなんて贅沢なもん食うたらいかんだろうが、チャンコロ! 贅沢すんな、もっと安いもんにせえ!」と言われてそれより安い食事なんて捜してもないと思っていた時に、アルバイトで働いたこともない男が高いレストランで食事をしていたのだった。そして、「いらいらっとしたから仕送り送るのやめたってん。いらいらイライラいらいらイライラ♪」と言って仕送りを突然やめられて、日吉の街を歩いて自販機の底から50円玉を地面に腹ばいになって引っ張り出したまさにその時、日吉の高いレストランから加藤は出てきたのだった。まさに「民族の違い」「階級の違い」を実感した。「民族の違いを忘れるな」「階級の違いを忘れるな」とうちの父親は、毎日毎日、私の眼を指で突きさすようにして叫んだのだったが、「わしとかM川先生(父の親友の医者屋。「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りしたカネで私立金権関西医大に裏口入学させたというのが自慢)はドイツ人でアメリカ人やぞお。おまえはチャンコロの民族やねんぞお。民族の違いを忘れるな!」「わしは慶應の階級。おまえは浪商の階級。階級の違いを忘れるな!」と毎日毎日叫んでいましたが、まさに「民族の違いを忘れるな」「階級の違いを忘れるな」という感じでした。おそらく、加藤も「ドイツ人でアメリカ人の民族」で「慶應の階級」だったのでしょう。「民族の恨みを忘れるな(不忘民族恨)」「階級の苦しみを忘れるな(不忘階級苦)」と心の底から思いました。「造反有理」(反逆には理由がある。反逆は正しく、抑圧は間違っている。)・「革命無罪」(革命は無罪である。)とも思いました。「おまえはチャンコロでロスケでイタコの民族」と言われてきましたが、まさにそう思いました。 「おまえはロスケじゃ」と言われてきましたが、まさにその頃から、「ドビヌーシカ」が私の最大の愛唱歌になりました。〔⇒《YouTube-ロシア語】仕事の歌 (Дубинушка) (日本語字幕)》https://www.youtube.com/watch?v=rk0C1GputJ8 〕 加藤のような「ドイツ人」で「アメリカ人」とは愛唱歌も当然違うでしょう。なにしろ、私は「おまえはロスケじゃ」ということですから。
中国の旅 (朝日文庫) - 本多 勝一
中国の旅 (朝日文庫) - 本多 勝一

   それから何年か後、慶應大学の三田キャンパスで不快なものを目撃しました。 慶應の高校は、日吉に慶應義塾高校という男子校があり、三田に慶應女子高という女子校があり、埼玉県志木市に慶應志木高校という元農業高校だった高校があり、最近では神奈川県藤沢市にも新しくできたようですが、週刊誌だかの記事によると、慶應義塾高校・慶應女子高校の人間の間では藤沢市の高校については格下に見ているとか、あるいは、藤沢に新しくできた学部については経済学部・商学部・法学部という昔からある学部とは別だと見ていてあまり行かないと出ていましたが、そうだろうなあと思います。藤沢にできたのは、「藤沢慶應大学」みたいなそんな感じ・・・。「山口東京理科大学」とかありますでしょ。福島県いわき市には「いわき明星大学」てありましたし。いわき明星大学は福島県浜通り地区の唯一の4年制大学だったのですが、今は、いわき短大が東日本国際大学という4年制大学になったので、浜通り地区の4年制大学は2つになりましたが、入学試験の「偏差値」でも、東京の「明星大学」よりも「いわき明星大学」の方が上らしいし、いわき市の人で大学には行きたいが地元にいたいという人が行くようですから、東京の「明星大学」より高い評価を受けるというのはわかりますが、「慶應藤沢キャンパス」にできた2つの新しい学部というのは、「いわき明星大学」とか「山口東京理科大学」とかみたいな感じの「藤沢慶應大学」・・みたいな感じ、「それでも慶應かもしれんけれども、経済学部・商学部・法学部といった本体の慶應、本物の慶應大学と比べたらあ・・・」みたいな印象があって、特に、「内と外」という思考がある内部進学の人からすると、慶應義塾高校・慶應女子高校⇒慶應志木高校 までは慶應の内部進学だが、藤沢に新しくできた高校は慶應義塾高校・慶應女子高校⇒慶應志木高校よりはかなり格下みたいな意識があって、藤沢に新しくできた学部には慶應義塾高校・慶應女子高校の人はあまり行かないと出ていましたが、そうだろうなあと思います。大学から入った人間でもそういう人はいますが、特に内部進学の人は「名前を取る」傾向が強いので、「慶應の経済」か「慶應の医学部」ならいいけれども、藤沢のなんかあるのかないのか昔からの人間はよく知らないような学部、「藤沢慶應大学」みたいな学部にわざわざ行くよりも、「慶應の経済」がいい・・・と「名前を取る」傾向が強い人はそう考えるでしょう。そうだと思いますよ。将来、どうなっていくかはわかりませんけれどもね。
  日吉の慶應義塾高校という男子校は慶應大学の教養課程とは同じ一続きの敷地内にあるのですが、三田の慶応女子高というのは三田にあって慶應大学の三田キャンパスから近い場所ではあるものの別の敷地にあります。別の敷地にあるのですが、慶應大学の三田の生協を利用しに慶應女子高の制服を着た高校生がちょくちょく来ているのを見かけました。

  私は、慶應女子高の生徒を見て、2つのことを学んだのです。1つは・・・、女性というものは、男性から見て「かわいくないものはかわいくない」という真理。 ほんと、慶應女子高の女というのは、本当にかわいくない。 なんというのか、普通、高校生くらいの女の子というのは、もうちょっとかわいらしいものじゃないのか・・と思うのですが、本当にかわいくない。どうやったら、こういうにくたらしい娘ができるのか、と思うが、本当にかわいくない。 都営三田線・浅草線「三田」、JR山手線・京浜東北線「田町」駅の西側には、女子高と女子短大がいくつもあるのですが、どこの女が一番かわいくないかというと、文句なしに慶應女子高の女がかわいくない。慶應女子高が間違いなく「一番」、間違いなくチャンピオン!〔⇒《YouTube-一番 ハルク・ホーガン(Itch Ban / Hulk Hogan)》https://www.youtube.com/watch?v=BJigJNkwqEo 〕 慶應女子高がナンバーワン! 間違いない。
  ほんっと~に、かわいくない。天まで高くかわいくない。地の底より深くかわいくない。チョモランマより高くかわいくない。マリアナ海溝より深くかわいくない。イスカンダルより遠くかわいくない。〔⇒《YouTube-宇宙戦艦ヤマト / ささきいさお》https://www.youtube.com/watch?v=u66DIUNUQhc 〕
  1990年代くらいになると、高校生の女の子の制服のスカート丈がどんどん短くなって、(株)一条工務店の福島県いわき市の営業所に勤務していた時、同じ営業所にいたおっさんが、磐城女子高という福島県浜通り地区の女子高では進学校と言われている高校の生徒について、「うちの近所に、磐城女子高に行ってるのがいるけんども、な~んか、パ~ンツの見えそうなスカートはいてからに、およそ、進学校の生徒て感じには見えねえなあ」と言っていたことがあり、その「パ~ンツの見えそうなスカート」という表現、実感こもってるて感じでしたが、そういう「パ~ンツの見えそうなスカート」てのをはいているやつがけっこう出現したのですが、私が高校生だった1970年代後半や大学生だった1980年代などでは、高校生の女の子のスカート丈というのは「膝下まで」だったのです。「不良ファッション」というのがあって、男はズボンが太くなるのに対して、女はスカート丈が矢鱈と長くなるというのが「不良ファッション」だったのですが、森毅は『元気が出る教育の話』(中公新書)で、「不良」と言うからには、「良」から意図的にはずれてみせるぞというのなら、独自のものにすればいいはずなのに、それなのに、「不良ファッション」として決められているものにするというのも変な話だと述べていて、「超ミニ」とかあったらいいのに・・などと冗談で述べていたのでしたが、それが、1990年代になると冗談ではなくなって、ほんとに「パ~ンツの見えそうなスカート」はいているやつが出現したのです。1970年代後半から1980年代にかけては、高校生の女の子の制服のスカート丈というものは「膝下まで」だったのですが、唯一、慶應女子高だけは「膝上」で、かわりにハイソックスが制服だったのです。慶應の大学院生で、女性の「ミニスカートとハイソックスの流行の相関関係」なんてものを修士論文に書いたという男がいたというのですが、「なんかいかにも慶應」て感じ。修士論文書くにおいても、どこに注目するかという時、女性の「ミニスカートとハイソックスの流行の相関関係」なんてものに関心が行くというあたりが「慶應タイプ」て感じがします。 ・・要するに、ミニスカートが流行すると同時にハイソックスが流行し、スカート丈が長くなるとハイソックスではなく普通のソックスになる・・ということを修士論文に書いたらしいのですが、他にも関心持って良さそうなものはありそうなのに、そういう所に関心が行くというあたり、「いかにも慶應」て感じがする。
   ・・・それで、慶應女子高の生徒を三田で見て思ったのですよ。男性が女性に魅力を感じるかどうか・・というのは、スカート丈は関係ない・・と。 短いスカートはいていても、にくたらしいものはにくたらしい。かわいくないものはかわいくない・・と。 そう思いました。
  アメリカ合衆国の映画『マルコム=X』では、マルコム=X が語るものとして、「アメリカ合衆国の黒人の女は白人の男に強姦される。黒人の男は思うのだ。『やりかえしてやる』と」と。
※ 《ニコニコ動画ー映画「Malcolm X (マルコムX)」オープニング》https://www.nicovideo.jp/watch/sm1415576
マルコムX [DVD] - デンゼル・ワシントン, アンジェラ・バセット, スパイク・リー, デンゼル・ワシントン
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  アンドレ=モラリーダニノス『性関係の社会学』(白水社 文庫クセジュ)には、強姦というものを、「精神疾患」「病気」「異常」というようにとらえていたのですが、しかし、強姦はいいか悪いかといえば、それはいいことはないでしょうけれども、しかし、「異常」とか「病気」と考えるようなものかな・・、それは違うのではないか、とアンドレ=モラリーダニノス『性関係の社会学』(白水社 文庫クセジュ)が述べていたような、「病気」「異常」「精神疾患」ととらえるべきではないのではないか、と考えたのです。しかし、そうでもないのではないか、ということを慶應女子高の生徒が教えてくれたのです。
  アメリカ合衆国の黒人の男は考える。「やりかえしてやる」と。 私は慶應の内部進学の男が、公立高校卒の女性に強制猥褻を常習的にやって、それを「福沢精神」とか「独立自尊」とか言っているのを見て、同様のことを思ったのです。「やりかえしてやる」・・というくらいの気持ちになったのです。 しかし・・・・。
  しかし、三田の慶応女子高の生徒を見て思ったのです。それは相当頑張ってもできないな・・・と。なぜなら、魅力ないから。やっぱり、性交というのは魅力がある相手とやるもので、男性の場合、魅力のない女と無理に性交やろうと思ってもできないのです。 昔から、売春というのは女が体を売るものであって、男が売るものではありませんでしょ。女は嫌な男が相手でも無理矢理犯されれば性交はできるのですが、男は嫌な女と無理に性交をしようと思ってもできないのです。だから、《「やりかえしてやる」というくらいの気持ち》にはなっても、慶應女子高の高校生とか慶應女子高卒の大学生とかに《「やりかえしてやる」というくらいの気持》になっても、実際にはできないはなあ・・・と慶應女子高の生徒を見て思ったのです。だから、それをできる男性というのは、だからといって、それを「病気」「異常」「精神疾患」としてとらえるのが適切と断定していいのかどうかはやはり迷うのですが、自分が魅力を感じることがない女性、自分が愛しく思わない愛しく思えない女性と性交をする男性というのは、「異常」「病気」「精神疾患」とまで断定はできないとしても、「病的」「本来的ではない」と考えるべきではないか、と思ったのです。 男性の方で、そうだろうか・・と疑問に思われる方は、三田の慶応大学の前あたりから西のあたりに行ってみられるといい。そのへんの道を歩いている慶應女子高の生徒見て、なんか、魅力感じるか? 普通の男性なら、「正常」な男性ならあんなのに魅力は感じんだろう、あんなのに。 やっぱり、魅力を感じることができない女性と性交をするというのは、男性にとっても苦痛であり、苦痛であるだけではなく、できんだろう・・・と思うのだ。だから、アンドレ=モラリーダニノス『性関係の社会学』(白水社 文庫クセジュ)が強姦を「異常」「病気」「精神疾患」と捉えていたのは、そこまで断定していいのかどうか、やはり、ためらうところはあるのですが、「病的」「本来的ではない」とは言えるとわかったのです。この点で、私は慶應女子高と慶應女子高の生徒に感謝の気持ちでいっぱいです。彼らがいなければ、この認識は実感としてわからなかったところです。心の底から本当にありがとうと言いたい。
性関係の社会学 (文庫クセジュ 402) - アンドレ・モラリーダニノス, 宮原 信
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( さいとう たかを『ゴルゴ13』「ロベン監獄島」(「ビッグコミック」1980.19・20号に掲載。  さいとう たかを『ゴルゴ13 [PRISONERS~監獄者]』2019.10.9.小学館 My First BIG  〕
ゴルゴ13 PRISONERS~監獄者~ (My First Big) - さいとう たかを, さいとう・プロ
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  生協というのは、大学のものと思っていたのですが、三田の生協には慶應女子高の生徒が制服着てちょくちょく来ていたのです。 大学生協は普通の店とは違って、8000円だったかを預けて利用して、卒業時にそれを無利子で返してもらえ、その間、預けているということで利用できるということだったのですが、高校生というのはそれを払っていたのかどうか、金持ちの息子・娘にしてはしみったれたことやるというのは慶應の内部進学の人の常習ですが、それはここではどうこう言いません。
  ある時、三田の生協に来ていた慶應女子高の生徒何人かの1人が、財布からお金を出そうとして、硬貨が転がり落ちて、コロコロ・・といって生協書籍部の方だったと思うのですが、棚の下の方に入っていったのです。・・・すると・・・、その女はどうしたか?
  こう言ったのです。「見捨てよう」と。・・・はあ? はあ? はあ~あ???  「見捨てよう」だとお???  はあ~あ?

  1980年代初め、夏休みに家に帰ると、うちの父親が「あんた、明日からうちの会社の工場にアルバイトに行くことに、決めて来たっ!」と突然言い出したのでびっくりした、ということがありました。そんなもの、本人に無断で「決めてきたっ!」などと、そんなことする親なんてあるか? ・・というとあったのです、我が家に。うちの父親はそういうことを常習にする男でした。私は「日本の労働基準法では、未成年の子供の労働契約を親が結ぶのは禁止されている」と言ったのです。未成年の子供の労働契約を親が結ぶのは労働基準法で禁止されているからには、成年した子供の労働契約を親が結ぶのも、当然、ふさわしくないはずであるということを私は言ったつもりでした。ところが、母は「それは未成年の子供のことでしょうが。あんたはハタチを過ぎてるんやから、親に決める権利があるはずや。親には息子には所有権という権利があるんやからなあ。所有権という権利が」と言うのでした。「所有権という権利」が親にはあるそうで、本人には自分自身に「所有権」はないそうでした。母は言うのです。「あんたの体はあんたが産んでのとは違うでしょうが。母親が産んだ以上は、所有権は産んだ者にあるはずや」と。う〇こ と一緒でひりだした者に「所有権」があるそうです。父親の方はひりだした者に権利があるとは認めず、そうではなく「茄子でも胡瓜でもそうやろ。女は単なる畑であって、種を植えた者のおかげで種が畑から芽を出したんや。畑が芽を出したのとは違うんや。そんで、畑から種が芽を出したら育てるのは畑の役目じゃ。心得違いを起こしてはいかんねんぞ。間違った考え方をしてはいかんぞ。種を植えた者が育てるのとは違うねんぞ。畑に育てる義務があるんやぞ。そんで、畑が育てて実がなるようになったら、種を植えた者に権利があるんじゃ。畑に権利があるのとは違うんじゃ。ましてや、茄子や胡瓜に権利があるわけがないんじゃ。心得違いをおこすでないぞ、茄子! わかっとんのか、チャンコロ!」と言うのでした。う〇こ説によっても茄子説によっても、本人には自分自身についての所有権はないそうで、日本の労働基準法では未成年の子供の労働契約を親が代わって結ぶのは禁止されていますが、ハタチを過ぎれば親が労働契約を結ぶ権利があるそうです。・・少なくとも、法律論理によれば、親が成人した息子に代わって労働契約を結ぶ権利なんてないはずですが、うちの親は2人とも親に権利があると考えていました。母親はう〇こ説で父親は茄子説で所有権を持つ者が誰かについての認識は対立していましたが、息子には自分自身についての権利はないという点においては両者は大同団結していました。父親は「おまえは、産まれてこなければよかった人間やのにからに、それを親が産んでやあってやって、やあってやって、やあってやってやってあげていただいてあげてやってもらってくださっていただいてもらってやってやっていだたいたという親に対する恩に報いるために、すべて王すべて欧すべて央すべて応わしのためにわしのためにわしのためにわしのために♪」と毎日毎日叫んでいましたが、自分自身に所有権がない、自分自身についての所有権を自分以外の者が所有しているようなそんな奴隷として産んでやあってやってやあってやってやあってやって・・・もらわなくても、そんなものに産んでいらんわ・・と思いました。
※ 《YouTube-揺れよ幌馬車 Swing Low, Sweet Chariot  The Robert Shaw Choral(ロバート=ショー合唱団)》https://www.youtube.com/watch?v=ngWYB_50AFQ
  そうやって行かされたアルバイト先で、行った先、言った先で「なんで、慶應の学生がこんな所にアルバイトになんて来るのお?」「なんで、北野高校出たような人間がこんなアルバイトなんてするのお?」と言われましたが、うちの父親は「大学は勉強する所とは違うねんぞ、大学は。心得違いを起こすなよ、チャンコロ! ロスケ! イタコ!」「ぼけっとしとったらいかんぞ。ぼけっとしとったら。アルバイトあるばいとおアルバイトオじゃあ~あ! とってちってったあ~あじゃああ! アルバイトを嫌がる人間というのはモラトリアム人間病という病気にかかっている人間です。慶應大学の小此木啓吾先生というエライえらいエライえら~いえら~い♪ という先生がそうおっしゃってる。甘ったれとってはいかんぞ、甘ったれとっては、チャンコロ! アルバイトを嫌がる人間というのはモラトリアム人間病という病気なんじゃ、チャンコロ!」と言ってききませんでした。私が父親なら、たしかに、アルバイトの経験から得るものもあるでしょうけれども、たいして時給も高くない、しょーもない肉体労働のアルバイトなんてする時間があれば、何なと勉強した方がいいのではないか、と思いますし、又、うちの父親は「大学生というのは大学という所に行ってレジャーやって遊んどるんじゃ。大学生というのはモラトリアム人間という甘ったれた存在なんじゃ、チャンコロ!」と言うのでしたが、それは、自民党系の三流ライターがそういうことを言われると喜ぶような三流企業経営者向けに書いたような文章をどこかで見たか吹き込まれたのでしょうが、迷惑な話です。もともと、うちの父親というのは「しぶちん」「しみったれ」ですから、大学4年間の学費と生活費を出したくない人間なのです。しかし、片方で「ええかっこしい」ですから、「わしは、あんたに、働いて生活費をいくらか出せなどとはまったく言わん人間やねん」と言いまくるのが大好きという人間でもありました。だから、「わしは、あんたに、働いて生活費をいくらか出せなどとはまったく言わん人間やねん」と言った上で、「あんた、明日からうちの会社の工場にアルバイトに行くことに、決めて来たっ!」と言って勝手に決めてくることで、そこから夏休み期間中の家賃とか交通費とかを出させるなどさせようとするのでした。北野高校の2年の時の担任だった旧姓S野礼子は「私は両親が離婚したから」というのが最大の自慢で、「私は父親がいなかったから」と、父親がいる人間というのは父親がいない人間より相当得をしている、父親がいなかった自分は父親がいる人間よりも苦労を経験してきたエライ人間なのだと常に言いたい言いたい症候群でしたが、それは違うと思うのだ。父親がいなければ、学費・生活費でどのくらい必要かを検討して、その上で、もし、アルバイトをして生活費を稼ぐのならこういうものをすればどのくらい稼げるかを考え、できるだけ、学業にダメージがでない部分でアルバイトをするように計画を立てるということができるし、もしくは、最初から、全寮制で学費はタダ・寮費もタダという自治医大に行けるように高校1年から計画して進学するとか考えたはずです。但し、自治医大は試験科目が「数学と英語と物理と化学だけ」でしたから全科目学習型の北野高校は自治医大進学には有利ではなかったかもしれませんが、ともかく、父親がなければ、「あんた、あしたからうちの会社の工場にアルバイトに行くことに決めてきたっ!」などと、本人に無断で「決めてきたっ!」などということをされることはなかったはずです。うちの父親は、私が高校1年の時に野球部に入った時には、「野球部の監督を怒鳴りつけてやる」とか言って辞めさせて、母親は「高校は勉強する所であって体育する所とは違うんやから体育の授業は出ることない」と言って1限目が体育だと家をだしてもらえなかったのですが、そうやって「フォアグラ型」の生活をさせられるというのは、元々が「フォアグラ型」の人だといいのかもしれませんが、私は「本来的スポーツマン型」ではないが「文武両道型文治派」だと自分で思っており、「フォアグラ型」の人間とは違って「文武両道型文治派」の人間は「フォアグラ型」の生活をさせられると(最近、インターネットのYouTubeで、ポチパパ チャンネル で動画を見て思ったのですが、いわば、犬がクレートの中に入れられて閉じ込められたままで外に出してもらえない散歩も行かせてもらえないような状態にした犬みたいなもの)、そういう状態にされると体調を崩し、生活のリズムが崩れて、それで学業成績が上がるかというとかえって良くない。ところが、大学生になると、今度は、うちの父親は「大学は勉強する所とは違うねんぞ、大学は。心得違いを起こすでないぞ、チャンコロっ! わかっとんのかチャンコロっ!」と言い、(いわば、少し前には「クレート」の中に閉じ込めて歩くことすらさせなかったような犬みたいな状態にしておいたのに)、今度は、「肉体労働、肉体労働、肉体労働、肉体労働!」と叫んでアルバイト漬けにした。それこそ、毛沢東は若い人に肉体労働の経験を勧めたとかいう話もあり、そういう経験で学ぶものもあるでしょうけれども、しかし、私が親であれば、まあ、結論として、そんなものやっている時間があるなら、勉強せえ・・・と言ってあげたいところです。慶應大学の経済学部の学生でお父さんも慶應大経済学部卒だという男で、お父さんが大学在学中に家庭教師とか塾の講師とかでないアルバイトを何か1つ経験してみるといいと言ったといって何かやろうと言っていて結局卒業まで何もしなかった男がいたが、そういう経験としてやるなら悪くはないと思います。それでも、学業を犠牲にしてまでやることとは違うと思いますけれども。しかし、私の場合は、「大学は勉強する所とは違うんじゃと言うてやってやってやってやったっとんのんじゃ、チャンコロ! アルバイトを嫌がる人間というのはモラトリアム人間病という病気なんじゃ、慶應大学の小此木啓吾先生というエライえらいエライえら~いえら~いという先生がそうおっしゃっとるんじゃ、チャンコロ!」と言って、私をつぶすためにやらせてアルバイトでしたから、そういうのはいいわけありません。
  又、「名前と受験番号さえ書けば合格できる私立大学」に行ったような者とは違って、最終的に通るかどうかにかかわらず、東大・京大などに行こうとしたような人間というのは、大学入学までに相当疲れているはずですから、最初の夏休みくらい「ゆっくりさせてやる」ようにしても悪くないようにも思います。慶應大学の商学部の学生の間で最も有名な経済学者・・・というと、西川俊作・・・て誰かというと商学部の教授で『経済学 第2版』(東洋経済新報社)という慶應の商学部の1年に配置されている「経済学」の教科書の著者ですが、その「経済学」の講義の中で、「最近の大学生は遊んでるとか言う人がいるけれども、私なんかは、ちょっとくらい遊んだって別にいいじゃないかと思ってるんだよなあ。大学に入るまで相当頑張って勉強してきたんだから、又、大学卒業して勤めたら勤めたでせっせと働かなきゃならないんだから、大学の間くらい、ちょっとくらい遊んだって別にいいんじゃないかと思うんだ。パンツのゴムだって引っ張ってばっかりでは伸びて役に立たなくなってしまうだろ。パンツのゴムだって伸びて縮んでするから役に立つんじゃないか。縮む時だってあっていいじゃないか。だから、大学生が遊んでるだのなんだの、どうこう言わなくたっていいと思うんだ」と話されたことがあったのだが、そういうこともあると思う・・のだが、うちの父親というのはそれが許せないようだったのだ。「てってこっこ、てってて~い♪ てってこっこ、てってて~い♪」と毎日、叫んでいた。「人間には、向き不向き、適材適所ちゅうもんがあるんや。民族でもそうやろ。ドイツ人とかアメリカ人というのは、ひとに命令し号令かけるための民族。チャンコロは号令かけられてせっせせっせと働くための民族。これは神様がそうお決めになったものなんや。そんで、わしいなんかは、自分ではやらずに人に号令かけるのが向いてる人間、向いてる民族で、あんたはチャンコロであって、ひとから号令かけられることに快感を感じる人間やねん。あんたは、号令かけられることが何よりも喜びの民族。そやから、わしは、ひたすら、あんたを喜ばせてやろうという気持から、そんで号令かけてやってやってやってやってやってやってやってやったってんねん。とってちってたあ~あ! そら、喜ばんか、チャンコロ! 喜ばんか、チャンコロ! 喜べチャンコロ、喜べチャンコロ、喜べ喜べ喜べ喜べチャンコロ!」と毎日毎日言っていたのだが、そうやって行かされたうちの父親の勤め先の工場のアルバイトの時給が620円だったか、そんなものだったと思う。その「肉体労働」をしていた時、休憩時間に、食堂の前に清涼飲料水の自販機があったのだが、この自販機で清涼飲料水を買えば、それは10分少々の時給を使うということか・・と思い、うかつに清涼飲料水も飲めない気持ちになったものだった。もっとも、そんなしょーもないアルバイトなんてするからそういう思考になるのかもしれない。うちの母親は「あんた、よく知ってるやろ」などと言って、ホリエモンかミクシーの社長などと同じように思っているようなことを言うのだが、ホリエモンとか村上世彰とかミクシーの社長とかいうのは大学生の時に、財テクとかの研究をやってそれでそういうものを学んだのであり、「肉体労働、肉体労働、肉体労働・・」と言われてしょーもない安い時給のアルバイトばっかりさせられていた者がホリエモンや村上世彰やらミクシーの社長と同じ能力があるわけないのである。ホリエモンやミクシーの社長はしょーもない肉体労働なんて大学生の時にやっていないはずだ。私と同じ中学校から同じ北野高校に行って大阪大学の法学部の現役で通ったK村という男は、大阪大学の法学部に入学して5年目に司法試験に合格して弁護士になったが、うちの父親が「肉体労働、肉体労働、肉体労働・・」と言い、「あなた、あしたからうちの会社の工場にアルバイトに行くことに決めてきたっ!」と言って「決めてきた」ことで言った工場の帰り、阪急宝塚線・箕面線の「石橋」駅(少し前に「石橋阪大前」駅に改称したらしいが)で彼と会ったのだが、K村が「どこ、行ってきたん?」ときくので、「うちの父親の勤め先の工場でアルバイトに雇ってもらってそこでアルバイトに行ってきた」と正直に言ったところ、「へえ~え。そんなことやってんのお」とバカにされたように言われたのを覚えている。彼はバカにしたつもりはなかったかもしれないが、実質、バカにされたようなものであった。彼がきくので、こちらも、「どこに行ってきたん?」ときくと、「阪大の図書館に行って法律の本を読んできた」と彼はそう答えたのだった。同じ中学校から同じ高校に行って、世間の評価としてはそれほど変わらない大学に行っても、それだけ、生活が違ったのだ。私が「肉体労働、肉体労働・・」と言われた化粧品屋の工場で乳液を作らされていた時に、ホリエモンやミクシーの社長は財テクの練習をしていて、川村は法律の本を読んでいたのだ。私が化粧品屋の工場で、冷房なんて効かない所で汗まみれになって乳液を作っていた時に、冷房のきいた図書館で法律の本を読んでいた男は大学に入学して5年目に司法試験に合格して弁護士になった。私が化粧品屋の工場で乳液作らされていた時に財テクの練習やったホリエモンやミクシーの社長はそれを活かして社長業やっている。川村が司法試験に合格した時、「大阪新聞」だかに司法試験合格者の氏名が掲載されたようだが、うちの父親はそれを切り抜いて私の所に「川村くんの爪の垢を飲みなさい」と書いて送ってきた。その上でさらに電話してきて、「郵便送ったんついたかあ~あ? 見たかあ~あ?」「これから、川村くんの家に訪ねていって、『すいません。爪の垢をわけてください』と言ってきなさい。ええなあ、川村くんの家に行って頼んで来いよ、ちゃんころ! わかっとんねんな、チャンコロ!」と「あんた、あしたからうちの会社の工場でアルバイトすることに、決めてきたっ!」と言って「決めてきた」男はそう言ったのだった。私は、今からでも川村の家に訪ねて行って、「すいません。爪の垢を分けていただけませんでしょうか」とお願いしようかと思っている。川村の爪の垢を飲めば、過去にさかのぼって、川村と同じ生活をさせてもらえるのなら、爪の垢でもち〇ぽの垢でも喜んで飲むわ! 川村の母親は、川村が司法試験に合格した時に「うちは、司法試験も現役で通りました」と近所中に言ってまわっていたらしいが、まず、「司法試験に現役で通った」というのは大学在学中に通ったということを言うもので、川村は本来なら4年間の法学部に5年間、在籍して5年目に合格しており、そういうものを「現役で通りました」とは言わない。おばはんもしょーもないことを言ってまわるものだと思うが、母親に「しょーもないこと言わないで」と言えない息子も息子である。あのおばはんがしょーもないことを言ってまわるのを差し止める法的手段はないものか・・・とも思うのだが、その前に、弁護士先生なら、息子が母親に「やめてちょうだい」と言うべきであろうと思うのだがその「弁護士先生」で今では神戸大学法科大学院大学の先生様におなりになったらしいがそれを自分の母親に言えない息子だったようだ。法律の勉強の前に、自分の母親が近所にしょーもないこと言ってまわるのをやめさせる勉強やってもらいたいものだった。川村は1回2時間で週に2回の家庭教師のアルバイトをやっていただけで、他は法律の勉強に費やすという生活をさせてもらっていたようで、「大学は勉強する所とは違うねんぞ、チャンコロ! チャンコロ、勉強すんな、チャンコロ! 大学はアルバイトする所やねんぞ、チャンコロ! アルバイトを嫌がる人間というのはモラトリアム人間病という病気やねんぞ、チャンコロ! 慶應大学の小此木啓吾先生というエライえらいエライえらいえら~いという先生がそうおっしゃっておるねんぞ、チャンコロ!」と毎日毎日言われて、アルバイトばっかりさせられてきた者とでは生活がまったく違う! 私だって、川村みたいな生活をさせてもらえば、司法試験でも何でも通った。川村はあそこまでけっこうな生活させてもらって、それで司法試験に現役では通らずに5年目に通ったのだが、あれで5年目にですら通らないようであれば、よっぽどどうかしている。川村は俺様のう〇この垢でも飲んだ方がいいのではないか! 川村はいったい何をウルトラ甘ったれているのか! ・・というよりも、川村はモラトリアム人間病という病気のはずであるから「治療」される必要があるのではないか。慶應大学の小此木啓吾先生というえらいエライえらいえら~いという先生がおすおっしゃっておるはずである。なんで、川村は「治療」されないのか? モラトリアム人間病と違うのか?・・・と思うのだが、又、北野高校の2年の時の担任だった旧姓作野礼子は「私は父親がいなかったから」と父親がいなかった、要するに母親が離婚したというのを自慢にしまくっていたのだったが、普通、離婚したというのは、それはその人にはその人の事情があったのであろうとは思うけれども、それにしても自慢するものとは違うと思うし、自慢されても困るし、「ああ、そうですか」とでも言うしかないのだが、その「私は父親がいなかったから」というのを自慢にしていた作野礼子は、神戸大文学部なんて、私なら、そんな所、たとえ、行きたいと思っても絶対に受けさせてもらえないような所に行かせてもらっていたのだったが、その神戸大文学部という所の学生であった時に私のようにアルバイト漬けにされていたかというと、そんなものやっていなかったはずであるが、なんだか、「父親がいなかった」という女というのは、ずいぶんと恵まれていらっしゃること、ずいぶんといい優雅な生活を送っていらっしゃること、おほほ・・・てものである。そのホリエモンやミクシーの社長か司法試験に現役では通らずにもしも4年で大学を卒業していたなら卒業後1年目の年に司法試験に合格した川村や「私は父親がいなかったから」というのを自慢しまくりの旧姓作野礼子などはそんなものまったくやっていない化粧品屋の工場での冷房なんか効かない場所で乳液とかクリームとか作るアルバイトの時給というのを10分あたりいくらになるか計算すると、100円かそこらであり、慶應女子高女が「見捨てよう」と簡単に「見捨てる」ことにした硬貨は銀色の硬貨だったから100円玉か50円玉のどちらかのはずだったが、100円玉であったならば、うちの父親の勤め先の工場のアルバイトの時給で約10分分に該当するものであり、そういうものを平気で「見捨てよう」と言う高校生というものは、その娘の親というのは、おそらく、娘の親も慶應大卒であろうし、どこぞの会社の社長か何かなのであろうが、そういう教育をその娘にやってきたということなのであろう。そういう「慶應タイプ」の親の娘が拡大再生産のように「慶應タイプ」になっていくのである。そういう「慶應タイプ」の拡大再生産をおこなっているのが慶應義塾高校と慶應女子高である。私なら、時給で10分分のものを簡単に「見捨てる」などということはできない。片方で、母のある叔母の子供は3人いて、息子は東大経済学部卒で、上の娘のダンナは東大法学部卒で国家公務員になり、下の娘のダンナだけが東大ではなく慶應大卒らしいのだが、その慶應大卒の男性は野村證券だかに勤めて、東大卒の2人よりも年収は多い・・という話だったが〔・・そのなんというのか、東大卒の人間に年収で勝った、勝った・・とか言いたがる慶應病・・というのがいいのかどうか・・とも思うのだが・・。昔、東大の総長で経済学者だった大河内一男が「太ったブタになるより痩せたソクラテスになれ」と言ったという話は有名で、その文句はジョン=スチュアート=ミルの言葉の引用だと言われるが、慶應という学校の場合は「『痩せたソクラテス』なんて、なんで、そんなものにならにゃいかんのだ。『太ったブタ』の方がいいじゃないか」という思想の人間が昔から多い・・・というのか、「痩せたソクラテスではなく太ったブタになれ」というのが「塾風」という大学だった。ジャン=ポール=サルトル『自由への道』には登場人物が口にする「ブタ商人のブタ財布」という言葉が出てくるが、サルトルはその言葉を否定的に使用しているのだが、「慶應タイプ」はそうではなく、「『痩せたソクラテス』なんて、なんで、そんなものにならにゃいかんのだ。『太ったブタ』の方がいいじゃないか」という思想を「慶應ボーイらしい思考の柔軟さ」とかなんとか言うのであり、《「痩せたソクラテス」になんてなってたまるか、「太ったブタ」になりたいなりたい症候群》が、それが「塾風」であり慶應の伝統なのです。そういう態度を「思考の柔軟さ」とか「独立自尊」とか「福沢精神」とか「自我が確立されている」とか言うのです。もっとも、「痩せたソクラテス」にならなくても、「太ったブタ」にならなくても、「適度に栄養の取れたソクラテス」になればいいのではないか、「適度に栄養の取れたソクラテス」になったら何かいかんのか?・・とも思うのだけれどもね・・・。そうでしょ、そう思いませんか・・? ・・《「太ったブタ」になりたがる「慶應タイプ」》症候群の人というのが、慶應にはけっこういたし、今もいるのではないかと思いますけれどもね・・・。こういうことを言うと「モラトリアム人間病にかかっているからそういうことを言うのだ」とか「自我が確立されていないからそういうことを言うということですね」とか「未成熟だからそういうことを言うのです」とかなんとかかんとか「診断」したがるシンドローム・・というのが「慶應心理学」ですけれどもねえ・・・( 一一)  「慶應心理学」というのは内部進学のブタ人間の世界観を「心理学用語」「精神医学用語」「精神分析用語」を駆使して表現したものですから、実質・実態は内部進学の人のいびつな世界観そのものでしかないのです・・・( 一一) 〕、その野村證券だかに勤務というおっさんは、「金遣いが荒い」というお話で、その「金遣いが荒い」というのは、別に女遊びするとかいうことではなく、稼ぐ方は稼ぐが、普通ならなんとか節約するようなものも節約しないという意味らしかった。要するに、100円節約することよりも100万円もうけることを考えろ、という思考だと思う。それも私はわかる。私はその人ほどの年収は稼いだことはないが、住宅建築業の営業の仕事についていた時、発想として、もし、10万円値引きすれば1億円の契約をもらえる・・ということなら、10万円やそこら引いてあげればいいじゃん・・・と考えるし、そんなもの、100円にこだわって、100万円を失ったら元も子もないだろうが・・と考える思考。 これは、特別にものすごい取引を成功させたとかいうことでなくても、営業の仕事をやれば身につく考え方ではないかと思う。そういったことを考えると、しょーもない化粧品屋の工場のアルバイトみたいなものを息子にさせて息子の学習時間を奪う父親というのは究極のアホと違うのか・・・と今の私なら考えるし、私が父親ならそんなことはしないしさせない。ましてや、自分がそういうことをさせて、その間に法律の本を読んで勉強した者が司法試験に通ったと言って、「爪の垢をもらってきて飲みなさい」などと言うようなことは私が親ならば絶対にしない。
  100円の節約をするより100万円の利益をあげることを考えろという思考は、それはひとつの考え方としてあるのですが、工場のアルバイトの時給で約10分分のものを簡単に「見捨てよう」などと言うのはいいのかというのは別の問題だと思うのです。100円の節約をするより100万円の利益をあげることを考えろという思考を片方でするとしても、それでも、他方において、やはり、工場のアルバイトで約10分分の時給のものを平気で簡単に「見捨てよう」などと口にする高校生というのは、やっぱり、それは親が間違っているのではないか、その親と慶應女子高は教育を間違えているのではないか。その親は慶應大卒で自分は常に正しい、内部進学は間違っていても正しいとか思っているような親でしょうから、こちらが間違っていると攻撃してくる可能性がありますが・・、まあ、そういうのが慶應女子高です。
  その時の化粧品屋の工場のアルバイトの時給が、たしか、620円だかそこらだったと記憶していますが、慶應女子高女は、いわば、その時給で計算して約10分分を「見捨てよ~う♪」などと平気な顔して言ったのだった。こいつの親は、従業員にはその100円をけちりまくっておいて、娘にはそういうことをさせているというそういう社長か何かなんだろうな・・・と思うと、この「人民の敵」をなんとかしてやりたい気持ちになったものだったが、NNN団からすると、むしろ、こちらの方が「害毒」と思えたのではないか・・・・。おそらく、そうだろう。

  慶應女子高の裏返しが慶應義塾高校で、慶應義塾高校の裏返しが慶應女子高です。1980年代初め、慶應大学で無料で配布されていた慶應義塾新聞だかそういうものに、「慶應大学在学中の女優」という紺野美沙子という慶應女子高卒のモロダシ女・・と言うと怒る人がいるらしいのですが、朝のNHKのテレビドラマに太もも丸出しで出ていた女を慶應大学在学中だというだけの理由で「お嬢さん」などとマスコミが言っていたので、おもろい「お嬢さん」もあるものだなと思ったのでした。「お嬢さん」が太もも丸出しでテレビに出るのか? ・・と思ったのですが、どうも、「慶應タイプ」の人というのは、「お嬢さん」というものがいいか悪いかにかかわらず、どういう人を「お嬢さん」と言うべきかという自分なりの定義づけをまったく持っておらず、どの学校に行った人というのは「お嬢さん」と決めるいわば、慶應の内部進学の人間は福沢諭吉の著作なんて1冊も読んでいない人間でも「福沢精神を身に着けている」「独立自尊の精神を身に着けている」と主張するごとく言い張るのです。そういうのは変だ、おかしいと私は思い、それで、モロダシ女 紺野美沙子のどこが「お嬢さん」なんだ? ・・と思ったのです。そう思いませんか? まあ、どうも、慶應の内部進学の男、および、「アタマが内部進学」の男というのは「お嬢さん」というのが好きで、なんだか、そういうばかばかしい「お嬢さん」崇拝・「お嬢さん」信仰というのを見ると教養程度の低い「ブルジョワの大学」・・て感じがしますが、どういうのを「お嬢さん」と言っているのかというと、ええ~え? そんなのが「お嬢さん」なのお? て感じのを「お嬢さん」とか言ってありがたがっている、というしょーもない発想の男が「慶應タイプ」には大変多かった。その慶應女子高卒のモロダシ女の紺野美沙子が慶應大学在学中に、慶應義塾新聞だったかそういう感じのものの「インタビュー」という形式の記事で、「慶應大学の人は、スマートだと言われますがそうだと思いますか?」という質問に、「内部進学の人はスマートだと思います。途中から入ってきた人も、内部進学の人に教育してもらってだんだんとスマートになっていくようですね」などと独善的で傲慢な発言をおこなっていたのです。なんだ、こののぼせあがったモロダシ女は! と思いました。
  紺野美沙子は高校が慶應女子高で、中学校はどこだったか私立大学系の私立中学校で、大学は慶應大学の文学部でしたかに行ったと思いますが、大学から一般入試で入った人間のことを、紺野美沙子は「途中から入ってきた人」と言うのです。その言い草は何? 「途中から入ってきた人」・・て、えらい悪かったなあ・・。 さらに、「内部進学の人に教育してもらって、スマートになっていくようです」て何だ、その言い草は! 紺野美沙子の説によると、要するに、種無葡萄をひとに皮むかせてお皿に盛らせてスプーンですくって食う男とか、agriculturre を agriculturre と発音せずに、agriculture と発音する男とか、公立高校卒の人間はドジンだという認識で女子大生を集めて強制猥褻を繰り返している男とか、財布から硬貨が転がり落ちるとおのれが生活費を稼いでいるわけでもない高校生が「見捨てよう」などと平気で簡単に口にする女とか、なにより、モロダシ女とか、内部進学のそういう男と女に、「途中から入ってきた人」は「教育して」「もらう」ことで内部進学の人間のそういうビョーキを移されて「スマート」になるそうです。なんだ、この増長しまくりのバカ女は!!! と思いましたが、それでも、慶應義塾においてはそいつらの方が「塾風を身に着けている」「福沢精神を身に着けている」「独立自尊の精神を持っている」「自我が確立されている」「受験勉強の悪影響を受けていない」と「慶應心理学」から「診断」される人たちであり、こういうことを言って批判すると「自我が確立されていないからそういうことを言うということですね」とか「独立自尊の精神が欠けているからそういったことを言いたくなるのです」とか「そうやって内部進学の人のせいにしようというあたりに外罰的性格が出ていますね」とか「モラトリアム人間病にかかっているからそういったことを言うのです」とか「受験勉強の悪影響だと思います」とかなんとかかんとか「診断」されることになります。紺野美沙子の同類の慶應女子高女とかその裏返しの慶應義塾高校(=強姦魔養成所)卒の男とかに。・・それにしても、「外部の者」「外部のヤツラ」「外部の連中」だの「途中から入ってきた人」だのと、よくそういう失礼な口のきき方をするものだ、と思いますし、慶應義塾新聞だったか、大学が発行していた月刊誌だか季刊誌だかに、発行者もそういう表現は好ましくないと考えることもなくそのまま掲載するものだ、と思います・・が、それが慶應なのです。彼ら、内部進学の人間はそういう表現は失礼だなどとは少しも思っていないのです。又、紺野美沙子というのは、まがりなりにも女優、俳優という名称の職業についていたのですから、そうであれば、やはり、「途中から入ってきた人」などという表現は、これは失礼・無礼な表現であり、NHKなどのテレビにも出演している俳優としてはふさわしい表現ではない、と認識しないのか? と思うのですが、彼らは、なんでよ・・とか思っているのです。彼らはそうではなく、「慶應は最低でも高校から入った人間が、本物の慶大生」などと公言します。ニセモノでえらい悪かったなあ・・・て感じですが、種無葡萄をひとに皮むかせてお皿に盛らせてスプーンですくって食う人とか、財布から硬貨が転がり落ちると「見捨てよう」などと平気で簡単に口にする高校生とか、そういうのを「スマート」と彼らは言いたいようですし、そういうのを「福沢精神」と言いたいようで、そういうのを「独立自尊の精神」とか「自我が確立されている」とか言いたいようなのですが・・・、「ああ、そうですか」とでも言っておくしかないか、と思います。あんまり、深く相手にしない方がいいみたい・・・。
※ [第272回]《紺野美沙子に足踏まれた話+紺野美沙子に心を踏みつけられた話。「教育」する側の論理・される側の論理》https://tetsukenrumba.at.webry.info/201702/article_4.html

  慶應の内部進学の男というのは、なんだか気色の悪い「お嬢様」信仰というものを持っている。「お嬢様」て何なんだ? 要するに、財布から硬貨が転がり落ちたら、おのれが生活費を稼いでいるわけでもない高校生が簡単に「見捨てよう」などと言うバカ女のことか? 最近、インターネットのヤフーニュースを見ていたら、なんとか言う女子プロレスラーを「◇◇はお嬢様だった」などというわけのわからん書き方の記事が出ていて、《「お嬢様」だった》と判断する論拠は何か? ・・というと「フェリス女子大卒」だったというものだけが論拠らしい。はあ? ・・この記事は、慶應の内部進学卒の人間が書いたものではないか? 普通に考えて・・だ。 「お嬢様」が股はちかってプロレスやるのか? そういうのを「お嬢様」と言うのか?  太もも丸出しでテレビに出ている女を「お嬢さん」と言うのか・・というのと同様、股はちかってプロレスやってる女を「お嬢様」と言うのか? ・・と思うのだが、慶應の内部進学および「アタマが内部進学」は言うらしいのだ。むしろ、「お嬢様」が股はちかってプロレスやるのかとか、太もも丸出しでテレビに出ている女を「お嬢さん」と言うのか・・と言うと、「慶應心理学」から「思考の硬さが気にかかります」とか「受験勉強の悪影響だと思います」とか「診断」されることになる。なんで? なんで、「フェリス女子大卒」というだけで股はちかってプロレスやってる女を「お嬢様」と指定する思考が「思考の硬さ」ではなく、そういう決めつけはおかしいのではないか、と気づく人間が「思考の硬さ」なのか? 逆と違うのか?
  そこの学校に行くと「お嬢様」と指定される大学・短大というものが慶應の内部進学の頭にはあって、そこに行っている人間およびそこを卒業した人間というのは「お嬢様」と指定されるらしいのだ。私は大阪に住んでいた時、フェリス女子大なんてそんな学校があること自体、知らなかったのだが、慶應の内部進学の人間にとっては、学校の名前でありがたがる女子大というのがいくつかあって、フェリス女子大というのはその1つらしい。 慶應の内部進学の人間は、福沢諭吉の著作や伝記を読んで、福沢諭吉の主張や生き様から考えて「福沢精神」という言葉を使用しているのではなく、内部進学がやることが「福沢精神」で「独立自尊」だ・・という勝手な主張をするのだが、それと同型の思考である。 そもそも、特定の学校に行きさえすれば独立自尊だなどというそんな変てこりんな独立自尊がるわけがない。むしろ、逆と違うのか・・と思いませんか? そんなイカサマの独立自尊があるか! ところが「慶應心理学」はそういうイカサマを「独立自尊」で「自我が確立されている」と「診断」するのである。特定の大学・短大に行った・卒業した女性は「お嬢様」と認定するという思考は、慶應の内部進学は「福沢精神」で「独立自尊」だと主張する思考と思考形式が共通している。その人がどういう人か、自ら考えて判断しようという姿勢を放棄して、学校の名前だけで人を「お嬢様」とか判断する「慶應タイプ」の思考というものは、それは民主主義的思考かファッショ的思考かというと、それは民主主義的思考ではない方であろう。
  なぜ、「お嬢様」などというものをありがたがるのか? 私は建築業界に長く務めたが、「バカでも入れる私大の建築学科」卒で「設計」の職種にのみついてきたという男とあるタイプの「女性」についてはあまり高く評価したくない。それはどういう点かというと、建築現場に行って、重い物・大きな物を運ぼうとして他の従業員が悪戦苦闘している・・となると、自分の職種が何であれ、一緒に持とうとするか、そうでなくても、周りのものをよけて動かしやすいようにするか、「お客さん」ではなくて、ともかく従業員ならば何なとするものではないかと思うのだ。ところが、「バカでも入れる私大の建築学科」卒の「設計」とあるタイプの「女性」というのは、自分はシャープペンシルより重いものは持ってはならないという戒律を持っており、他の従業員が体を動かして苦労していても、自分は指1本として動かさない。さすがに営業の職種についてきた人間にそういうことをする人間はないだろう・・と思いこんでいたら、2010年、千葉市中央区の新華ハウジング(有)〔建設業。2013年11月に正式に倒産。〕の千葉県東金市の工事現場で、営業の職種で入社していたカジ〇〔男。当時、40代前半。最終学歴:高卒〕が、他の従業員が工事現場見学会のために工事現場の整理をしているのに、それを横でポケットに両手をつっこんでふんぞりかえって見物していたので、この男は営業じゃないな! と思ったということがあった。他の従業員が重い物を運んでいるという時など、自分はシャープペンシルより重い物は絶対に持ってはならないという戒律を持って見物する女・・および男を「お嬢様」と言うのであれば、人それぞれに感じ方は違うのかもしれないが、私ならそんな「お嬢様」には好感は持てない。いったい、慶應の内部進学の男および「アタマが内部進学」の男というのは、その「お嬢様」という言葉に何を魅力を感じるのだろうか?
  卒業後、会うことがあった人だが、「バカでも入れる美大の建築学科」卒だということを「私なんかは、高校の時から建築の仕事をしたいと思っていたから、だから、美大の建築学科に行った」などとそれを自慢みたいに言う人がいたのだが、その発言によって、商学部卒で建築業界に勤めた私に対して、「なんで、建築学科卒でもないのに建築業界に勤めてるのお」と言いたいらしかったのだが、まず、そのあたりの認識からしておかしい。やはり、建築業界の会社というのは建築学科の人間だけでは運営できるものではなく、経済学部・商学部系の者と法学部系の者と3者がいてこそ運営できるのであり、私などは商学部卒とはいえ、《「商学部+法学部+哲学・心理学」÷3》のような商学士として卒業して、卒業後に建築については学んだが、《「商学部+法学部+哲学・心理学」÷3》で卒業して卒業後に建築を学んだ人間と、逆に、建築学科卒で《「商学部+法学部+哲学・心理学」÷3》の部分を卒業後に学ぶ者と両方がいないといけないはずだ。そのあたりを理解できていないという人間が「バカでも入れる美大の建築学科」卒の人間には時々いる。そして、私などは「バカでも入れる美大の建築学科」などというものは高校卒業時に行きたいなどとたとえ思っても、そんなもの、絶対に受けさせてもらえなかった。うちの父親は「うちは工学部なんか行かすような金持ちとは違います。甘ったれなさんな」と言い、私が「国立大学なら何学部でも学費は一緒のはずだ」と言っても、母は「100%、国立大学に通ると決まってないでしょ。たとえ、0.1%でも落ちる可能性があったら国立大学でも工学部なんて受けてはいかんでしょうが。何を甘ったれてますのん、あんたはあ」と言い、受けさせてもらえなかった。入学試験であれ資格試験であれ、「合格できる可能性は十分にある」というくらいの学力を身に着けた人はある程度おり、「合格できる可能性は十分にある」というくらいのところまで持って行くことは十分できると思うが、「0.1%でも落ちる可能性はない」という人なんて、そんな人間なんてほとんどいない・・というより、「バカでも入れる美大の建築学科」は別として、国立大学などある程度以上の難易度の所を受けるなら、基本的には「0.1%でも落ちる可能性はない」などという人間なんてまずいない。むしろ、自分は絶対に落ちることはないなどと思っているようなら、その意識は「落ちる方の要素」だと思う。自分は「0.1%でも落ちる可能性はなかった」とか言う人間というのはいるだろうが、それは勝手にそんなこと言っているだけか、もしくは「落ちる可能性だってある」ということを知る前に通ってしまった人か、もしくは、最初から学歴詐称・資格詐称の人間かであろう。私は小学生の頃から母親から「親というものは、子供が大学に行く時に、行きたいと思う大学の行きたいと思う学部に行けて、やりたいと思う勉強をできて、つきたいと思う仕事につけるようにと思うから、だから、無理矢理にでも勉強させようとするものなんや」と毎日のように言われて、そういうものなのだろう・・と勘違いしてしまったが、しかし、実際に大学に行く時になると違った。そうではなかった。「親というもの」はどういうものだったかというと、「親というもの」は「朕思うに我が皇祖こ~そ~はあ、わしに孝にわしに孝にわしに孝に、わしにわしにわしにわしにい~。すべてをすべてをわしのために、すべてをすべてをわしのために」と言い出したのだった。我が家においては「親というもの」はそういうものだった。「親というものは、子供が大学に行く時に、行きたいと思う大学の行きたいと思う学部に行けて、やりたいと思う勉強をできて、つきたいと思う仕事につけるようにと思うから、だから、無理矢理にでも勉強させようとするものなんや」という言葉は私を騙すためのものだった。建築学科には、「工学部・理工学部系の建築学科」と「芸術学部・美術学部系の建築学科」があり、ヨーロッパでは芸術学部・美術学部にある建築学科の方が多いらしいが、日本では工学部・理工学部にある建築学科の方が多く、国立大学では東京芸大の美術学部に建築学科がある以外は工学部・理工学部に建築学科はあるのだが、私の感覚でいくと、東京芸大以外の芸術学部・美術学部にある建築学科、「バカでも入れる美大の建築学科」などというものは大学のうちに入れない。そんなものは大学だとは最初から思っていなかったし、そんな所に行くような人間が大学に行くのが間違っていると思っていた。又、私はうちの父親から「高校は義務教育ではないんやから、あんたは高校には行くべきではないのにからに、それを北野高校に行ったというのは、おまえが甘ったれとるからやねんぞ、おまえが。わかっとんのかチャンコロ! チャンコロは高校には行くべきではないんやぞチャンコロっ! ロスケ! ロスケは高校行かんでもええねんぞ、ロスケ! 高校行くなチャンコロ! ましてや、チャンコロは大学には行ってはいかんねんぞ、チャンコロ! 義務教育でもない以上はおまえは高校には行くべきではないし、ましてや、義務教育ではないのに大学みたいなもん、おまえは行ってはいかんねんぞ、チャンコロ、ロスケ! わかっとんのかチャンコロ! ロスケ! イタコ!」と毎日毎日、指で眼を突き刺すようにされて言われ続けてきたものだ。その基準からすると、「バカでも入れる美大の建築学科」なんて行ったような女というのは、義務教育であろうがなかろうが、どう考えても「中学校行ったのは余計じゃ!」「甘ったれるな、おまえなんか、中学校行く必要ないんじゃ」と言ってあげないといけない人間である。本人のために言ってあげるべきものであろう。そういう「バカでも入れる美大の建築学科」というものに行ってふんぞりかえっているような女のことを「お嬢様」と言うのかもしれない。
  慶應の内部進学の人と「アタマが内部進学」の人の発想には理解に苦しむものがある。そういう変な「お嬢様」信仰を持つ男というのが慶應の内部進学と「アタマが内部進学」の男には大変多かった。おそらく、今もそうではないかと思う。建築現場に行くと、他の従業員がひいひい言いながら重い物を運んでいたならば、私は、まがりなりにも建築屋の従業員ならば、自分も持つか、そうでなくても、周りの物を片付けて運びやすくするか、何なとするものではないかと思うが、お客さんではなく従業員なのにシャープペンシルより重い物は自分は持ってはならないという戒律を持っていてポケットに手をつっこんで見物するやつとか、私などは京大の建築学科に通ったか、東大の理科一類に通ったかというとそれはわからないが、ともかく国立大学でというくらいならどこか通る所はあったのではないかと思うのだが、国立大学でも建築学科なんて受けさせてもらえなかったのに、それを「バカでも入れる美大の建築学科」などというものに行ったと言ってふんぞりかえる女とか、そういうのを「お嬢様」と言うのなら、「世の中いろいろ、人間いろいろ」だから、そういう人が好きだという人もいるのかもしれないが、私はそういう人はあまり好きではない。やっぱり、建築現場に行ったら、他の人間が大変な思いをして物を運んでいるとかあれば、従業員なら何なとするものではないかと思う。「バカでも入れる美大の建築学科」「バカでも入れる私大の建築学科」卒だといって新卒入社したその日から特権階級みたいに思っているような若造が建築業界にはけっこういて、そういうのを増長させるのが趣味という高卒中卒の経営者もいるのだが(ひとつには、高卒中卒の経営者には、建築学科卒の人間は「学識者」として扱い、他方で社会科学系学部卒の者は高卒中卒と同じ扱いにしてしまうことで、自分たち高卒中卒の値打ちを上げようとしている人がいる、ということが理由としてあると思われる)、そして、財布から硬貨が転がり落ちると自分で生活費を稼いでいるわけでもない高校生が「見捨てよう♪」などと平気で軽々しく言う女とか、私はそういう「お嬢様」をプラスに評価することはできない。 
  同時に、「フェリス女子大卒」だからということで、股はちかってプロレスやってる女を「お嬢様」とか言いたがるヤフーニュースの記者、慶應の内部進学ではないか、その可能性は小さくないと思われる記者の思考は、それは、どういう人を「お嬢様」と言うのか、どういう思考・行動の人間を「福沢精神」「独立自尊」と言うのかを自分自身で考えて判断せず、単に学校だけで判断する思考は、それは民主主義的傾向の思考ではなくファシズム的傾向の思考である。そういう思考のことを「慶應心理学」は「自我が確立されている」と「診断」するのだが、それって逆と違うのか? と私は思ったのだが、ところが、「慶應心理学」によると逆ではなく、むしろ、「それって逆と違うのですか?」と言う人間の方が「自我が確立されていないから、わざわざ無理して逆らっているのですね」とか「アイデンティティーを持っていないからそういうことを言うのですね」とか「モラトリアム人間病にかかっているからそういったことを言うようになるわけですね」とか「受験勉強の悪影響だと思います」とかなんじゃかんじゃ「診断」されることになる。「心理学」て、どう考えてもおかしいのではないか?
おっちょこちょ医 (集英社文庫) - なだ いなだ
おっちょこちょ医 (集英社文庫) - なだ いなだ

  「独立自尊」はまだいいのです。一般用語ですから、そんなおかしな独立自尊があるか! と思っても、その人はそれを独立自尊だと思っとるのならしかたがないということにして、自分は自分で本来の独立自尊を推し進めればいいのでしょう。「もはや、我、生くるにあらず。塾風我が内にて生くるあり」みたいな人が、それを「独立自尊」と言うのなら、ええ~え、そんな独立自尊があるのお~お? と思っても、その人はその人、自分は自分と思っておけばいいのかもしれません。しかし、「自我が確立されている」とか「アイデンティティーを持っている」というのが問題です。「自我」とか「アイデンティティー」とか「なんとか人間」とか「なんちゃらシンドローム」「なんじゃもんじゃ症候群」とか言われると、それって逆と違うのか・・と思っても、「心理学者」「精神科医」といった肩書を名のる者の言うことが正しいかのようにまかり通ってしまう。ニューヨーク州立シラキュース大学「精神科」教授のトマス=サズが『「精神医学」という神話』(岩崎学術出版社)で、何でも専門用語で述べると一般用語で述べるよりも内容まで優れたものになるわけではない、ということを述べている。実際には、器質性の病気、梅毒の三期症状で脳が侵されているとか、薬物中毒によるものとか、外傷が原因のものとか、「心理学者」「精神科医」と称する人間が扱っているものは文学・哲学・倫理学・社会学といった領域のものであり、文学・哲学・社会学として論じる限りにおいては、人を批判する者がいて、その批判があたっていても見当はずれのものであっても、あくまでも、文学・哲学・社会学といった次元での批判であり、批判された側もまた、批判した者に対して批判することもできるわけですが、ところが、「心理学」「精神医学」といった名目で述べられてしまうと、「心理学者」「カウンセラー」「精神科医」といった名称を名のる者の言うことが正しい、それが「診断」だとされてしまう、という点に大きな問題があります。「心理学用語」「精神医学用語」といったものを使って述べられてしまうと、それって逆と違うのか? ・・と思っても、「心理学者」「精神科医」といった肩書を称する者の言うことの方が「専門家の言うこと」として正しいかのようにまかり通ってしまうのです。それが大きな問題です。
(もうひとつ、「自我」と言う言葉については、「心理学者」が使う「自我」とお寺の坊さんが使う「自我」という言葉は別の意味でありながらそれが混同されているという問題もあります。)

  松浪信三郎『実存主義』(1962.6.23.岩波新書)には、
《 そのつどみずから選択しみずから決意することの自由に耐えかねて、何ものかに依存したり、何ものかを口実にしたり、何ものかに逃避したり、何ものかに指示を求めたり、何ものかに決定をゆだねることは、すべて自己欺瞞でしかない。ハイデッガーの用語をかりるならば、そういう生き方は、すべて非本来的である。・・》
と書かれている。「お嬢さま」というのを、どういうあり方の人を言うのか、という点についても、自分自身で考えて定義づけて判断するのではなく、慶應であらかじめ指定されている大学・短大に行った人は何やっても何やらなくても「お嬢さま」と信じるという思考、慶應の内部進学の人、および、「アタマが内部進学」の人に共通するその思考は、《すべて自己欺瞞》であり《ハイデッガーの用語をかりるならば、》《非本来的》であろう。「独立自尊」とはどういうものか、「自我が確立されている」とはどういう状態か・・というのも、自分自身で考えるところから独立自尊は始まる・・と私は考えるが、ところが、慶應の内部進学の人はそうではなく、慶應の内部進学の人間が「独立自尊」であり、それを批判する者は「独立自尊の精神がない」「自我が確立されていない」ということにしてしまう。そんなおかしな独立自尊があるものか・・! と思うのだが、彼らは、そこでもまた、言うことをきいていい相手ときいてはいけない相手というのがあらかじめ決まっていて、「外部の連中」「外部の者」「外部のやつら」・「途中から入ってきた人」というのは、あくまでも内部進学の人間が教育するべき人間、いわば、植民地のドジンであり、内部進学の人間がドジンの言うことをに従うというのはもってのほか・・という思想を彼らは持たされている。『新約聖書』「福音書」にはイエスの言葉がでている。「聖なるものをイヌにやるな。真珠をブタに投げてやるな。おそらく、彼らはそれらを踏みつけにし、向き直ってあなたがたに噛みついてくるであろうから」と・・。
実存主義 (岩波新書) - 松浪 信三郎
実存主義 (岩波新書) - 松浪 信三郎

  最近、東京都内の泰明小学校でしたか公立なのに慶應幼稚舎みたいなことやろうとして「制服はアルマーニの制服」と制定して、その後、泰明小学校の付近では、泰明小学校の生徒に「これが、アルマーニか!」、ツンツン・・とやる者が出たとかインターネットの記事に出ていましたが、その「ツンツン」てやる人間の気持ちわかる(^^♪ ほんと、わかる(^^♪
  「なにしろ、わしぁ、貧乏やからな」「わしぁ日陰の月見草」・・・・。 そういう「慶應女子高みたいなやつ」の話を聞くと、「これがアルマーニか! ツンツン」とやる人の気持ちは大いにわかる・・・と言うと、「慶應心理学」から、「なんとか症候群」「なんじゃらシンドローム」とか「なんじゃもんじゃ人間」とか「診断」されるか、「自我が確立されていないからそういうことを言うということですね」とか「診断」されるとか、なんかそういう「診断」をされることになるでしょうし、「アルマーニの制服」症候群の方は「慶應心理学」からは称賛されることになるのでしょうけれども、「心理学」というのはつくづくくだらんなあ! と思います。

   私はうちの父親から、毎日毎日、「民族の違いを忘れるな」「階級の違いを忘れるな」と言われ続けてきたのですが、たしかに、「民族の違い」「階級の違い」というものを実感します。
   硬貨がコロコロと転がり落ちていくと、「見捨てよう」などと平気で口にする女。 高校生ですから、生活費をおのれが稼いで生きているのではないはずです。どうせ、どこぞの社長の娘か何かで、従業員には「もうかってないのにからに、そんなに給料払えるわけないじゃないか」とか言いながら、バカ娘に慶應女子高に行かすようなカネは「必要経費」というようなそんな親の娘なのでしょう。そういう人のことを「福沢精神を身に着けている」とか「独立自尊の精神がある」とか「自我が確立されている」とか「アイデンティティーを持っている」とか「受験勉強の悪影響を受けていない」とか「慶應心理学」は「診断」するわけです。
   常に、「ドビヌーシカ」が頭の中で鳴っている者からすると、財布から硬貨が転がり落ちると、簡単に「見捨てよう」などという「慶應タイプ」の女というのは、なんというのか「民族が違う」「階級が違う」と実感します。「民族の恨みを忘れるな」「階級の苦しみを忘れるな」と心から思います。
   ほんと、ああいう慶應女子高の悪いやつ、ああいうのを見ると、けっちゃんぱっちゃんくわっちゃん・・にしてやりたい気持ちになります。向うもそう思っているでしょうけれどもね。なんで、公立高校卒の人間が慶應大学に来ているんだ、慶應大学は内部進学の人間のものなのに・・・とか思っています。 慶應義塾は内部進学の(N)・内部進学による(N)・内部進学のための(N)ものである・・とか思っておるのです、彼ら、NNN団は。 ・・アメリカ合衆国には、KKK団(ク―・クラックス・クラン)と言って、アメリカ合衆国はワスプ(WASP)(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)のものだと主張して有色人種やカトリック、黒人と交際する白人を攻撃する団体があるようですが、慶應義塾においても、NNNみたいな人がおるわけで、そういう人からすると、「見捨てよう」などと言って簡単に硬貨を「見捨てる」女と、それを見て、「なんだ、こいつは」と思う私のような男とでは、私のような人間の方がけしから~ん! と考えるのです。「見捨てよう」とか平気で言う慶應女子高女というのは、NNN団からすると守らないといけない存在であり、そういう人間を「自我が確立されている」とか「独立自尊の精神がある」とか「受験勉強の悪影響を受けていない」とか「アイデンティティーをもっている」とか「スマート」とか「思考が柔軟」とかと「慶應心理学」は「診断」します。そういうのを批判すると「自我が確立されていないからそういうことを言うということですね」「思考の硬さが気にかかります」「未成熟なところがあるからそういったことを言うということです」「モラトリアム人間病にかかっているから、そういったように見えるのです」とかなんとかかんとか「診断」されることになります。
   野村のじいさんは、ヤクルトの監督の時、何かと「長嶋みたいや」「長嶋と一緒や」「長嶋そっくりや」「長嶋とたいして変わらん」、「ええなあ、長嶋はあ」と言いまくって喜んでいた、「わしぁ、長嶋大好きや」とか言っていたのですが、何年前だったか、「週刊ポスト」だったと思うのですが、長嶋・金田と王の3人による鼎談が毎回掲載されていて、そこで、王は毎度慎重で人の悪口はなかなか言わないのですが、長嶋と金田の2人が寄ると必ず、野村と森の悪口を言いまくっていたので、それを見て、へえ~え、「月見草」は「ひまわり」が嫌いかと思っていたら、「ひまわり」も「月見草」が嫌いなんだな・・・と思った、とうことがありました。
  私は、財布から硬貨がコロコロと転がり落ちた・・とすると、即座に「見捨てよう」などと言うような慶應女子高女を見て、「なんだ、こいつ!」と思ったのです。私は「いらいらっとしたから、仕送りを送るのやめたってん」と言って突然送金されなかったことから、1週間ほど水を飲むだけの生活をして、自販機の底にでも100円玉か50円玉でも落ちてないかと思って日吉の街を歩き回り、ついに、ある自販機の底の奥の方に50円玉が落ちているのを発見して、地面に腹ばいになって手をつっこんでそれを引っ張りだして、それで、財布に残っていた10円玉と合わせて80円のメロンパンを食べたのです。その時のメロンパンのおいしかったこと、おいしかったこと。あれほどおいしいと思ったものはこれまでありません。そういう経験をしてきた者からすると、財布から硬貨がコロコロと転がり落ちたからといって、簡単に「見捨てよう」などと言って「見捨てる」慶應女子高女というのは、まさに「人民の敵」という感じがします。少なくとも、慶應義塾高校の公立高校および公立高校出身の女は強姦していい・強制猥褻していいと教えられてきている男の女性版の女というのは「人民の敵」という印象を私は受けています。・・もしかすると、ああいうのは、「シベリア送り」にして、収容所に入れて強制労働につかせると、少しは真人間になるのではないか・・・?  ・・あるいは、「作業療法」受けさせてやれば、少しはビョーキがよくなるのではないか・・・
  しかし、「月見草」は「ひまわり」が嫌いであるのはわかるとして、「ひまわり」も「月見草」が嫌いらしい・・・というのと同じく、おそらく、「人民の敵」の人たちもまた、私などは嫌いのようなのです。・・・ということは、やっぱり、公立進学校出身者は慶應みたいなもん行くべきではないのだろうなあ・・と思いました。慶應は、やっぱり、財布から硬貨が転がり落ちると「見捨てよう♪」などと平気で口にするような女の行く学校です。そういう人たちのそういう人たちによるそういう人たちのための塾塾義塾だったのです。かれら内部進学はお座敷にいて、「外部の者」は縁側か軒の下にいるのが慶應義塾大学の「常識」「正常」だと思っており、彼らは「外部の者」というのは、お情けで軒の下に入れてあげてやってるのですから、そういう連中で自分たちと同じく座敷に入れろなどと言うやつというのは、いったいどこまでつけあがれば気がすむのか・・・みたいなそんな意識でいるようです。・・まあ、慶應は要するにそんな学校です。王貞治は台湾人で、子供の頃からお父さんから「我々はここでは外国人なんだ。だから、周囲の人たちから好かれないといけないんだ。決して我々は嫌われてはならないんだ」と教えられた、と「朝日新聞」のコラムに出ていたのを見たことがありますが、何も、そこに行くと「外国人」の扱いにされてしまうような大学に、わざわざ無理して行くことないのではないか。せめて、内部進学というものがない国公立の大学に行くようにした方がいいのではないか・・と思いました。

   慶應の三田の生協で、硬貨が転がる話はもうひとつあります。慶應の三田の生協で、書籍部の方だったように思うのですが、1人のにやけた感じの男が、財布から硬貨を落として、それが私がいた方にコロコロと転がってきたので、それで、私は拾って渡してあげようとしたのです。すると、そのいかにも「慶應タイプの女たらし」という感じの顔した男、元国会議員藤田みきお は「永田町の女たらし」なんて言われたらしいけれども、そんな感じの男ですが、どう言ったと思いますか? 普通なら、「すいません」とか「ありがとうございます」と言うでしょ。ところが違うのです。
  「慶應タイプのにやけ男」「見るからに慶應タイプの女たらし」とうい顔した男は、こう言ったのです。「ぼくんだよお」と。私は、礼儀正しくと考え、又、「話はおだやかに」「殴らない、怒鳴らない」「捕虜を虐待しない」「婦人をからかわない」「人民からは針一本、糸一本とらない」という中国共産党三大規律八項注意みたいなことを考えていた人間でしたので、それで、誰に対しても、無礼な者に対しても礼儀正しくと考えていた人間でしたので、そのまま渡してあげましたが、今から考えると、ひとに自分が落としたものを拾ってもらって、「すいません」「ありがとうございます」も言わず、「ぼくんだよお」などと言うような「慶應タイプ」にはそのまま渡してやるべきではなかった。そうではなく、私がいた所に転がってきた時に私が拾わずにおればさらに転がっていった方向に転がしてやるべきだった。「慶應タイプ」の男というのはそういう人間です。そういう人間性の人間です。そういう男のことを「慶應心理学」は「自我が確立されている」とか「受験勉強の悪影響を受けていない」とか「独立自尊の精神がある」とか「福沢精神を身に着けている」とか「思考が柔軟」とか「アイデンティティーを持っている」とか「企業はそういう人間を喜ぶ」とか「ギャルにもてもて」とか言うのです。最後の「ギャルにもてもて」というやつについては、何と言うのか、「似た者同士くっついてるだけ」というケースがけっこうありますから、それで当事者が喜んでおるのなら、それはアホとアホがくっついて喜んでおるのですから、それで幸せな気持ちになっているのなら、それはそれでいいんでねえのお・・と思いますけれどもね。
  それにしましても。 自分がいた方にひとが落とした硬貨がコロコロと転がってきたので、それを私が止めなければ、どこかの棚の下に入り込むか、階段から転がり落ちるかした可能性だったあったのですから、それを私が止めてあげたのですから、「ありがとうございます」か「どうも、すいません」くらい言うのがハタチを過ぎた男なら「常識」ではないか「正常」ではないかと私などは思うのですが、ところが、「慶應タイプ」はそうは考えないようです。「慶應タイプ」や「慶應心理学」としては、むしろ、そういう男の態度の方こそ「常識」で「正常」と考えるようですし、もしかすると、そういう男の方が「企業はそういう人間を喜ぶ」のかもしれませんが、日本の企業というのはよっぽどバカかという感じがします。私なら、「どうも、すいません」か「どうも、ありがとうございます」か言いますけれどもね・・。そういう男のことを「ギャルにもてもて」と言うのかもしれませんが、私なら、その男のような態度を取れば「ギャルにもてもて」になるのなら、そんな「ギャル」になんてもてたいとは思いませんね。

   今、打ち込んでいて思い出したのですが、北野高校の2年の時、6時限目が休講になったことがあり、私は、放課後も用事があったのですが、同じクラスのU村という男が、6時限目が休講になれば、5時限目で帰りたいと考えたらしいが、隣のクラスにいたA松という男にUが借りていたらしいものがあり、Uは私に、「まだいるのなら、6時限目が終わったら、〇組のA松にこれ渡してくれない」と頼むので、別にたいしたことでもないので、「いいよ」と言って引き受けたところ、6時限目が終わった後、隣の組のA松に「これ、Uから渡してくれと頼まれたんだ」と言って渡してやろうとすると、渡してもらった者は普通なら「どうも、ありがとう」と言うところのはずだが、ところが、A松は「なんで、おまえが持ってるんだ」などと言うので、「この男、変わった男だなあ」と思ったことがあった。普通、全然関係ないのに、同じクラスだというだけのことで、渡してもらったなら、「ありがとう」の一言くらいは、高校生なら言えて当たり前ではないかと思うのだが、A松は変わった男でそうではなかった。 A松は、私などと違って現役で京都大学の医学部に合格したらしい。もしかすると、医者屋の息子だったのかもしれない。医者屋の息子というのはそういう人間が多いのかもしれないし、それが「医者屋の民族」というものかもしれない。「民族の違いを忘れるな」とうちの父親は毎日私に言っていたのだが、たしかに、「民族が違う」ような印象である。北野高校の問題点として、進学校だけあって、進学を重視する傾向がある・・というのは悪くはないのだけれども、高校の先生の態度として、卒業した年、合格した者は「ええもん」、落ちた者は「悪もん」みたいに言う人がいたのだが、大学入試は通るために受けるのであって落ちるために受けるのではないので、通った方がいいのですが、しかし、合格した者は「ええもん」、落ちた者は「悪もん」というような、そういうものではないと思うのですよひとに親切で渡してもらったのなら、「ありがとう」の一言くらい言えないものか。「ありがとう」の一言も言えないような人間が京大の医学部に合格できたとしても、「ありがとう」も言えないようなことでは、人間的にカタワではないか。・・まあ、「医者屋民族」というのは、「普通の人間」から見ると、「おかしい」のではないかという人が多いし、「医者屋民族」はそうでない「民族」に機嫌を取ってもらうのが「正常」だと思っている人間が少なくないように思います。

   慶應女子高女というのは、私などから見ると、「民族が違う」と思える人間が多い。 こういう人とはつきあえないなあ・・と思うと、向うもそう思っているようでした。 むしろ、向うは「なんで、公立高校卒の人間が慶應にいるんだ」みたいに思っていたようでした。
   うちの家族は、私が何か言っても耳に入らない民族でした。大学を卒業して何年か後、下の姉が「あんたなんか、結婚するなら、やっぱり、4年の大学でている子でないと嫌やろ」と言うので、「そんなことないよ」と言ったのです。私が「そんなことない」と言っているのですから、私が「そんなことない」と言ったらそんなことないはずなのですが、ところが、下の姉は「そうやろ。4年出ている子でないとあかんやろうから」と言って、私がきっちりと言ったことを完全に無視するのです。このおばちゃん、「コンビニの店員みたい」だなあと思いました。コンビニの店員て、最近だと、紙パックのでっかいのを買って長いストローで1人用として飲む人がいて、そういう人用のストローをつけるようですが、私はそういう飲み方はしないので、「ストローいりますか」ときかれると、「要りません」と答えるのですが、「要りません」と言ってもそれでも長いストローを入れます。又、本と飲み物などを買うと、「分けた方がよろしいか」ときくので、どっちでもいいのだけれども、「分けてもらえますか」と言うと、無視して同じ袋に入れます。言っても無視するのならなんできくんだよお・・と思うのですが、うちの下の姉もそんな感じ。私が別に4年制の大学卒の人でないと嫌だなんて言っていないのに、それだけではなく、はっきりと「そんなことないよ」と言っているのに、それでも、「あんたは4年の大学出ている子でないと嫌だから」と決めつけるのです。なんか、変わったおばちゃんやなあ・・と思いましたが、うちの家族はそんなところがあります。
   私は、「別に、4年の大学に行っていけないということはないけれども、高卒の人でも悪くないけれども、ともかく、慶應女子高卒とか慶應大学卒とかの女だけは、それだけはお断りしたいなあ」と言ったところ、うちの父親は「なんでやねん。ええがな。慶應の内部進学なんて、ええでえ。絶対にええがな」と言うので、「私がそれだけは嫌だと言っているのです。そういう人だけは絶対にお断りしたいと私が言っているのです」と言ったところ、うちの父親は「何を甘ったれたこと言うとるんじゃ、チャンコロっ! ええかげんにせえよ、このロスケ! わかっとんのか。このわしがええと言うとるんじゃ、このわしが! わかっとんのんか? 結婚というものは、これは大変に大事な問題やねんぞ、大事な問題。わかっとんのかチャンコロ、イタコ、ロスケ! そういう大事な問題は、このわしとかM川先生とかが決めるものであって、おまえが決めるものとは違うねんぞ、チャンコロ! チャンコロが決めるものとは違うねんぞ、チャンコロ、ロスケ!!! わかっとんのんか! おまえは決める役とは違うねんぞ、おまえは。わかっとんのか。のぼせあがるなよ、ほんまに。ええかげんにせえよ。 慶應の内部進学いうたら、ものすごいええがな。ものごっついええがな。このわしがそない言うとるんやぞ、このわしが。わかっとんのか、チャンコロ! わかっとんのか、ロスケ! 結婚というような大変大事な問題はわしとかM川先生(父の親友の医者屋。「金沢大医学部卒。大阪大学医学部大学院修了」と称していたが嘘くさい。実際は金権関西医大裏口入学かそこらではないか)といったようなドイツ人でアメリカ人の人間が決めるもので、あんたはわしとかM川先生とかのドイツ人でアメリカ人の民族に決めてもらうのが、それがあんたにとっての幸せというものなんや。わかっとんのか、チャンコロ! 我儘言うたらいかんぞ、チャンコロ! おまえは決める役とは違うねんぞ、チャンコロ!!!」と何度も何度も言うのでした。・・・・但し、慶應女子高女とか、ああいうのと結婚させられることにはならないだろうなあ、と思いました。なぜなら、普通に考えて、慶應女子高女とかが、自分よりも「慶應義塾カースト」がずっと下の男と結婚するわけないでしょうが。 又、カーストが違う「階級」「民族」と結婚なんてしてもうまくいくわけないでしょう。 ですから、たとえ、どこで何を間違えてかそういう話が出てきたとしても、間違いなく、向うが断ってくれる・・・と確信していましたので、それで、慶應女子高女なんかと結婚させられることは、まずないだろうと思い、その点は安心していました。その点では、「慶應義塾カースト」に感謝すべきかもしれませんね。
   母は、うちの父親ほどではないけれども、母はうちの父親のような人間は心から嫌いだと言い、何度も離婚すると言い出したものの離婚することなく父が他界するまで一緒にいましたが、その代わりに、息子が嫌いだったようです。離婚したいと思うことがありながら離婚できない女にとって、特に「夫に逆らえない女」にとっては、息子というのが「こいつがお父さんに似ているから気にいらんのや」と言ってやっつける対象になるようです。そして、息子というのは、いっくらやっつけても、やっつけ返される心配はない絶対安心・絶対安全な存在です。ですから、ぎったぎたにやっつけられることになります。母は私が嫌いだったのです。同じ中学校から同じ北野高校に行って、1浪で京大の法学部に合格したシェイクハンドラケットみたいなぺったんこの顔をしたN口という嫌なやつがいて、母はそいつが大好きでした。「なんで、N口を産まずに私を産んだの? 嫌いな男を産まずに好きな男を産めば良かったのに」と母に言ったのですが、母は「あんたが産まれた時はうれしかったんや」と言うのです。祖父(父の父)は男の子が欲しかったのだけれども、長男の嫁が産んだ子供は1番目が女の子だっただけでなく2番目も女の子だったけれども、「それでも、おじいさんは喜んでくれた」と母は言うのでしたが、ところが母から見て夫、私からすると父親のおっさんはそうではなく、2番目の子供も女だと知ると、こう言ったらしい。「なんや、また、女か」と。そして、「この女は、女しかよう産まん女や」と、そう言われたというのです。それで、3番目に男の子が産まれた時には「ざまあみろ」と思ったようです・・・が、男の子は欲しかったけれども、私は要らなかったようなのです。私ではなくよその子が欲しかったようでした。だから、母はいつでも、「◇◇がいい」「☆☆がいい」とよその息子をいい、いいと言っていました。
   母はうちの父親の性格が嫌いだったようですが、そして、私もあのおっさんの性格は嫌いですが、それでも、20代前半で結婚した女は夫の性格や物の考え方を相当吸収しています。「無理矢理やるのが好きなタイプ」かつ「嫌がることをさせるのが好きなタイプ」であるうちの父親の姿勢も母は相当身に着けています。うちの父親は「何事であれ、本人が納得できんものを無理にさせようと思ってもうまくはいかんのや。そやからやなあ、おまえは、何でも納得せんといかんねんぞ、何でも。これが一番大事なんや。本人が納得できんもんを無理にさせようとしてもうまいこといくわけないんやから、おまえは納得できんとは絶対に言うてはいかんねんぞ、おまえは。おまえは納得できんもんでも納得せえ! これが何より大事なんや、何よりも! 納得でけへんなんて何でも何でも絶対に言うてはいかんねんぞ、おまえは納得できんもんでも納得せんといかんねんぞ。これが何よりも絶対に大事なことなんや、何よりも絶対に。わかっとんのか。本人が納得でけへんもんを無理にさせようとしてもうまいこといくわけないんやから、そやから、おまえは納得できんもんでも納得せえ! これが何より大事やというこっちゃ」と言っていました。そういうおっさんでした。そうやって、努力の成果をすべて奪い取られました。母もそういうおっさんの嫁ですから、そういう考え方を自分に押しつけられるのは嫌がっていましたが、一方で私にはそういう姿勢で臨みました。
  30を過ぎた頃でしたが、伯父(母の兄)が、ミドリ十字の副社長だったか専務だったかの娘と見合いをしろと言ってきたので、私は「嫌です。いくらなんでも、そんな人と見合いをするのは嫌です」と言ったのです。いくらなんでも、いったいどこからそんな発想が出てくるのかと思いました。ところが、母は「何を甘ったれたことを言ってますのん、あなたはあ。」と言うのです。私は、医者屋に変なクスリを飲まされて体調を崩し、今も完全に後遺症がなくなったわけではないのです。日本の製薬業界というのは、大阪の道修町の薬問屋からできた会社が多く、薬を「作る会社」ではなく、薬を「売る会社」からできた会社が多いため、あまりたいした技術力を持っていない会社が多いと言われ、スモン病とかそういった問題が発生するのも、ひとつには「売る会社」であって「作る会社」ではないからたいした技術力がない会社が多いからではないかとも言われるらしい。その中でも、ミドリ十字というのは、元731部隊の人がやっている会社で、「札つき」と言われ、『偽装-調査報道・ミドリ十字事件』(毎日新聞社)でも述べられているように、戦後においても問題を起こしている会社です。↓
偽装―調査報道・ミドリ十字事件 (ルポルタージュ叢書) - 毎日新聞社
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新版 悪魔の飽食―日本細菌戦部隊の恐怖の実像! (角川文庫) - 森村 誠一
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娘は同じということはないかもしれませんが、それにしても、薬害を受けた被害者である私にそういう会社の副社長だったか専務だったかの娘と見合いをしろとはどこからそういう発想が出てくるのかと思いました・・・が、母は「甘ったれなさんな、あんたはあ。あんたなんか、女でさえあれば誰でもいいでしょうが。あんたみたなもお~ん!」と言うのです。よっぽど、私が嫌いみたいです。
   それにしても、伯父は、いったいどこからよりによってそんなミドリ十字の副社長だったか専務だったかの娘なんて、そんなものを探し出してきたのか・・と思ったのですが、推測すると、おそらくですが、伯父は「クリスチャン」で、早稲田大学に行っていた時に早稲田大学の信愛学舎に住んでいた「クリスチャン」で、片や、ミドリ十字の経営者の一族というのは元731部隊であるとともに「敬虔なクリスチャン」であり、淀川キリスト教病院http://www.ych.or.jp/ の中庭には元731部隊であるミドリ十字の会長だったか社長だったかの銅像が立っているそうで、おそらく、その「クリスチャン」つながりではないかと思います。 「敬虔なクリスチャン」というのはどうやればなれるのか? これは、私のような貧乏人には難しいけれども、元731部隊のミドリ十字の経営者などにとっては簡単です。「特別献金」払えばいいことなのです。「特別献金」さえ払えば、教会と牧師屋が「敬虔なクリスチャン」と認定してくれます。YMCA予備校の「主事」の藤井という男が、「そんなもん、『聖書』なんてあんなもん、読まんでもええんや、あんなもん。『聖書』なんて読んでええことなんて何ひとつとして書いてないんやから、何ひとつとして。『聖書』なんて読まんでも、洗礼うけて・日曜ごとに教会に行って礼拝にでて・献金はらっておけば、それでええんや、それでえ」と毎日のように言いまくっていましたが、それを「伝道活動」と藤井は思っていたようでしたが、その藤井の発言のように、「洗礼」うけて「特別献金」払えば「敬虔なクリスチャン」にはなれるのです。藤井が言いまくっていたように「『聖書』みたいなもん、読まんでもええんや」ということであり、藤井が言っていたように「『聖書』に書かれているようなことを実行しようなんて、まかりまちがっても絶対に考えてはいかん」というのが「敬虔なクリスチャン」の教えなのです。別に、『聖書』の教えを実行しなくても、会社の社長・会長などは「特別献金」払えば「敬虔なクリスチャン」と教会は認定してくれますし、淀川キリスト教病院の前だったか中庭だったかに銅像も建つのです。・・しかし、私はそういう人と縁戚になるのは嫌なのです。「クリスチャン」は「クリスチャン」でも「なんとなくクリスチャン」という人の場合は、『聖書』を自分自身で読んで、その教えをすべて常に実行できているかどうかはさておき、そこに価値を認めて「なんとなくクリスチャン」になっている人が多いように思うのですが、「敬虔なクリスチャン」の場合はそうではなく、「特別献金」だけが問題です。そういう「クリスチャン」も世の中にはいらっしゃるようですし、それをいかんと私が言ったとしても、そういう人の方が、たぶん、「えらい人」でしょうし、私の言うことなんてどうせきかないでしょうししますが、私はそういう人の娘と見合いなんてしたくないのです。だから、「嫌です」と言ったのですが、母は「何を甘ったれてますのん、あなたはあ」と言ってきかなかったのです。

  その後、1990年代後半、福島県いわき市に勤務していた時、大阪に帰ると、母は「あした、あんた、お見合いすることになってるからな」と言うのでびっくりした、ということがありました。 こちらは、母が1人でいるから心配して帰っているのに、それを利用して、「あした、あんた、お見合いすることになってるからな」とは、そういうやり口というのは、うちの父親のやり口を継承したものです。
  母は「『うちの子は女でさえあればどんな人でもよろしいから』と言って売り込んでおいたからな」と言うので、「そういうのを『売り込んだ』と言うのか?」と言ったのです。普通、そういうのを「売り込んだ」とは言いませんでしょ。違いますか? ところが、私が「そういうのを『売り込んだ』と言うのか?」と言うと、母は「言うでしょうがあ。女でさせあれば誰でもいいでしょうがあ、あんたみたいなもお~ん!」と言うのです。よっぽど、私が嫌いみたいです。しかたなしに会うと、その相手を紹介してくれたおばあさんが、「かっこいいおぼっちゃんで、素敵な人ですねえ」と言われたそうで、それに対して母は「そうですかあ~あ。あんなん、いいですかあ~あ。ええ~え、いいですかあ、あんな~ん! 」と電話で言っていました。そこまで言うか・・て感じです。よっぽど、私が嫌いみたいです。
  どんな人間であれ、「売り込む」ということをやろうと思ったならば、何なりと言いようはあると思うのです。もしも、何か欠点があったならば、それならそれで、いいところを1つか2つ言って、欠点は言わないようにすれば、ほめたことになりますでしょ。その時、無理矢理、合わされた人とそのお母さんにも、母は「うちは、こんなんですよ。こんなん、こんなん、こんなん、こんなん!」と言って私を指さして言うのでした。よっぽど、私が嫌いだったようです。
  「売り込む」ということをやろうと思えば、たとえば、
(1) 「母親が言うのもなんですけれども、この子は、なかなか、気持ちの優しい子なんですよ」と言ってもいいし、
(2) 「なかなか、努力家でして、もう、大学は卒業したのだから勉強しなくてもいいのじゃないかなんて思っても、それでも、会社に勤めてから、宅地建物取引主任者(⇒宅地建物取引士)の資格をとって、今度また、インテリアコーディネーターの資格もとったようですよ」とか言ってもいいし(実際そうだし)、
(3)  「私にも、いろいろとお土産を買ってきてくれる子で、今度も、会津の方に行ったら猪苗代湖の所のガラス博物館に行ったと言って、ネックレスを買ってきてくれたんですよ」と言ってもいいし(それも本当のことだし)、又、母は私がその時に母に買ってきたネックレスを「これ、あの人(紹介してくれたおばあさん)にあげようか」と言うので、「それなら、あげたら」と言ったのですが、母は「いくらくらいするの。どうせ、ガラス玉だからたいしたことないやろ」と言うのでしたが、たしか、2万5千円ほどのものだったと思うのですが、「じゃあ、あげたら」と言ったのですが、母は「いくらのものや? どうせ、ガラス玉やろうが」と言うので、「まあ、たしかに、ガラス玉ですわなあ」と言ったのでした。「いくらのものなんや?」としつこくきくので、「2万5千円くらいだけれども」と言うと、「そこまでするものなら、あげることないわ」と言ったのでしたが、「ガラス玉」なら安物だと思ったようでした。「ガラス玉」て安物だと思いますか? 「ガラス細工」てけっこう高いんですよ。
(4) この子はなかなか勉強家でして、この間もイタリアに旅行してきたようですけれども、イタリア語の勉強をしてツアーとかじゃなくて個人でイタリアの街を歩いてきたようですよ。そういう旅行とか好きな人にはこの子は合うと思います、とか言ってもいいはずです。
(5) 私が中学校2年の時に上の姉が結婚し、中学校3年の時に姪が産まれました。姪は産まれてしばらく我が家にいましたが、姉は何かしたいことがあると、必ず、「ちょっと、この子、抱いてて」と言って私の膝の上に姪を載せて何かしたものでした。姪は嫌がることなく、なんだか、にこにこしながら私の膝の上で寝ていましたが、1ヵ月少々経つと、義兄が迎えにきて連れて帰ってしまいました。「あ~あ、行っちゃった」・・と思っても、義兄の子であって私の子ではないのだからしかたがない・・・けれども、行っちゃった・・と思うと、その3か月後くらいにまた我が家に連れてきたのですが、ひと回り大きくなってはうようになった姪は、なぜか、私の膝の上が自分の託児所だと覚えていて、黙っていても膝の上に登ってきて、そのうち、背中に乗るようになって、さらにそのうち、首の上に乗るようになりました。母はそういうのを見ているはずなのです。ですから、たとえば、「上の方の娘の娘がこの子と15違いなのですけれども、孫は、いつでも、この子の背中に乗って遊んでいてね。その孫の弟が産まれる時も、うちでその女の子を預かったんですけれども、この子がいるから、ちっとも嫌がらずにずっといたんですよ。この子は女の子に優しい子なんですよ」とか、そういう言い方だってできると思うのです。
・・・・「まるまる嘘」は言わない方がいいと思いますが、何も嘘じゃないし、実際よりも「多少ふくらませる」ということくらいならやってもいいと思います。ところが、うちの母親というのは、よっぽど私が嫌いのようで、その相手の女性と母親にも、「うちの子は、こんなんですよ。こんなん、こんなん、こんなん、こんなん!」と指さして言うのです。この人は、よっぽど私が嫌いなんだなあ、よっぽど嫌いな息子を産んでしまったんだなあとよくわかりました。うちの母親はそういう母親でした。その時、会わされた人は、おそらく、つきあっている男がいたと思います。つきあっている男がいたけれども、結婚するとはっきりと決めたわけではないというところで、母親が見合いの話を決めてきたから、だから、会うだけなら会ってもいいかくらいの気持ちで会ったのでしょう。私の側は、なにしろ、「うちは女でさえあれば誰でもいいですから」と母親が先に返事をしてしまっていますから、正直なところ、こんな人と結婚させられるのかあ・・と思ったのですが、私の側には断る権利はありませんので、なんかどうでもいいような気持でいたのですが、つきあっている男があったらしい女性は向うから断ってくれたので助かりました。
  私が親ならば、この男にはどういう女が合うだろうか・・・といったことを考えます。自分で自分はものすごい魅力があると勝手に思い込んでいる人というのが時々ありますが、「蓼食う虫も好き好き」(There is no accounting for taste.)というもので、その人にとって良ければいいのです。野村のじいさんも言ってましたでしょ。男女の関係というものは、他人が見てあんな人どこがいいんだと思ったとしても、本人がいいと思えばそれでいいのだ、と。あのじいさんに言われると相当説得力ありますけどねえ・・・。
  それにしても、「何事であれ、本人が納得できんものを無理にさせようと思ってもうまくはいかんのや。そやからやなあ、おまえは、何でも納得せんといかんねんぞ、何でも。これが一番大事なんや。本人が納得できんもんを無理にさせようとしてもうまいこといくわけないんやから、おまえは納得できんとは絶対に言うてはいかんねんぞ、おまえは。おまえは納得できんもんでも納得せえ! これが何より大事なんや、何よりも! 納得でけへんなんて何でも何でも絶対に言うてはいかんねんぞ、おまえは納得できんもんでも納得せんといかんねんぞ。これが何よりも絶対に大事なことなんや、何よりも絶対に。わかっとんのか。本人が納得でけへんもんを無理にさせようとしてもうまいこといくわけないんやから、そやから、おまえは納得できんもんでも納得せえ! これが何より大事やというこっちゃ」という、そんな発想する人、あんまりないと思うけどなあ~あ・・・とずっと思ってきたのですが、同時に、「そうや。そやった。このおっさんは、こういうおっさんやった」とも思ったのですが、しかし、「わしは慶應やねんぞお、わしは慶應」「わしはおまえとはちごうて慶應の民族やねんぞお」と何度も何度も叫んでいたおっさんにしては、慶應女子高女などが、慶應義塾カーストで、自分よりずっと下のカーストの男と結婚なんてするわけない・・というそのくらいの常識もわからんのんかいなあ・・・と思いましたが、「ドイツ人」の発想はどうもようわかりません・・・。
ナチスの時代―ドイツ現代史 (岩波新書 青版 419) - H.マウ, H.クラウスニック, 内山 敏
ナチスの時代―ドイツ現代史 (岩波新書 青版 419) - H.マウ, H.クラウスニック, 内山 敏

  私の姉は「あんたは、いろいろとあってええなあ」と私に何度も言ったのですが、姉2人が子供の頃は「戦後すぐ」の時代で社会全般に物資がない時代でしたが、私が子供の頃、幼稚園から小学校の頃と言うと、1964年の東京オリンピックから1970年の大阪万博にかけての頃ですが、「戦後すぐ」の時代よりは社会全体に豊かになった時代でしたが、3人兄弟ですと、3番目は上の子供の「お古」があるのです。そういうのを「あんたは、いろいろとあってええなあ」と言われると、あんまりうれしくありません。 同級生で兄弟の1番上の者は、上の子供の「お古」がないから新しい物を買ってもらえるのですが、私は姉2人が使ったものがあるので、それを使わされることがけっこうありました。 新しい物を使わせてもらえる者の方がいいとは思いましたが、しかし、使える物があるなら使えばいいことだとも思っていました。
  しかし、彫刻刀とかは姉のお古でも特に嫌ではなかったのですが、服はうれしくありませんでした。 男の子のお古を男の子が着るのはまだいいのですが、姉は姉というだけあって女ですから、女性の服のお古を着せられるのは、実際のところ、あんまりうれしくありませんでした。もちろん、スカートとかはかされるわけではなく、セーターとかですが、しかし、「男女共用」のセーターでも、女性がしばらく着ていたセーターというのは、女性の体形がそのセーターについているのです。だから、着れるものはできるだけ着るというのはそれはそうなのだろうとは思ったのですが、そうはいっても、クラスで女性のお古のセーターを着ていたのは私1人だけでしたから、着れるものは着るというのは悪くないとは思ったけれども、そうやって協力してきたのですから、親は息子がそうやってきたということを当然理解しているであろう・・・とおとぎ話みたいなことを思っていたのでした。
   ところが、私が20歳になってすぐの頃、父はこう言ったのです。「こいつには、小さい頃から、よその家とはちごうて、いつでも何でも、どんなもんでも、欲しいというものは何でも何でも、ええもんばっかし、こうてきてやあってやって、やあってやって、やあってやって、やってやってやってあげてやってやってきたから!」と。はあ? はあ? はあ~あ? この人、頭、おかしいのと違うか???  それで、いくらお人よしでも事実は事実として言っておかないといけないと思い、私は言いました。「違う。絶対に違う。それは絶対に違う」と。 すると、うちの父親は「はあん! こいつ、こんなこと言いよるわ。 難儀なやっちゃな、こいつは。こいつには、小さい頃から、よそとはちごうて、どんなもんでも、欲しいというものは何でも何でも、どんなもんでも、ええもんばっかし、こうてきて、やあってやって、やあってやって、やあってやってきたのにからに、それをわからんと言いよる。これは、絶対に病気や、こいつは。病気やからこういうことを言いよるんや。こいつは絶対に病気や。クスリ飲ませてやらんといかん、それも相当大量に飲ませてやらんとあかんわ、こいつは。クスリだけやのうて、電気ショックとかやったるべきや。電気ショックとかロボトミーとか、こいつにやってやらんといかん! 電気ショックとかロボトミーとかこいつにやって、そんでわからせてやらんといかん! わしのような人格者でえらいえらい父親のおかげで、こいつは、小さい頃から、よそとはちごうて、何でも何でもええもんばっかし、こうてきてもらってもらってあげてもらってやってやってもらってあげてもらってきたのにからに、こういうことを言いよるというのはこれは病気や。電気ショックやったらんといかん、電気ショック! ロボトミーやったるべきや、ロボトミー!」・・・と、うちの父親はそう言ったのです。電気ショックやられないようにするには、「申し訳ございませんでした。わたくしは、小さい頃から、よそとはちごうて、どんなもんでも、何でも何でも欲しいというものは、こうてきてもらってあげてもらってもらってきました」と嘘の供述をしないといけないということだったのかもしれませんが、そうは言えません。フィデル=カストロはバチスタ政権から死刑を宣告された時、弁護士でもあるカストロは自分自身を弁護して、「私に死刑を宣告せよ。そんなことは問題ではない。歴史が私に正義を宣告する」と語った。(フィデル=カストロ『わがキューバ革命』)
  東京都の泰明小学校では「アルマーニの制服」なんてのを制定したということで、「これがアルマーニか。ツンツン」とやる人も出現したというのですが、クラスでただ1人、女性のお古のセーター着て小学校に通った経験のある者、特に、そうやって通学したにもかかわらず、「こいつには、小さい頃から、よそとはちごうて、いつでも何でも、ええもんばっかし、こうてきてやあってやって、やあってやってきたから」と言われ、「こいつ、そんなこともわからん言いよる。電気ショックやったるべきや、電気ショック。ロボトミーやったるべきや、ロボトミー」と言われてきた者としては、「アルマーニの制服」なんて着て通学する泰明小学校の生徒やその親、硬貨を財布から落して転がっていったからといって簡単に「見捨てよう」などと言う慶應女子高女・・・などというのは、「民族が違う」「階級が違う」と実感します。「アルマーニの制服」とか着て通学する小学生とか、硬貨を落として転がっていったからといって簡単に「見捨てよう」などという高校生にこそ、「電気ショックとかロボトミーとかやったるべきや」という気持になりますね。

  千葉県船橋市の我が家と東葉高速鉄道の駅との間に、今は共学になったらしいが、少し前まで女子校だった高校があるのですが、まだ、母が80過ぎたかというくらいで自分で歩けた頃、私が迎えに行くから私が行ける時間帯に来てくれと言っていたのですが、「大丈夫や」と年寄は思ったらしく、駅からひとりで歩いてこようとしたようでしたが、飯山満駅を出た所で、その元女子校の女の子が、いたので、道を尋ねたところ、「私、一緒に行ってあげる」と言って途中まで一緒についてきてくれたというのです。母が「あなた、今、学校から家に帰ろうと思って学校から駅まで来たのでしょ。ついて来たらまた戻ってしまうでしょ」と言っても、「大丈夫。一緒に行ってあげる」と言ってついてきてくれたというのです。 その高校は、これからはどうなっていくかわかりませんが、かつては船橋市の別の場所にあって、あんまりお勉強のできない子の行く学校とされていた高校だったと地元の人は言うのですが、でも、その高校の女の子を見るたびに、ここの学校の女の子が「私、一緒について行ってあげる」と言ってくれて、せっかく駅まで来たのに、また駅から逆の方について行ってくれたんだなあと思います。慶應女子高の女なら、天地がひっくり返っても、絶対にそういうことはしません。あいつらは、自分が世界で一番えらいと思っていますし、「外部の者」は自分たちの機嫌をとるのが義務だと思っていますから、外部の者は自分たちの下男・婢として尽くすのが義務で、自分たちは逆をやることなんてあってはならないことだと信念をもっています。そういう人間のことを「慶應心理学」は「自我が確立されている」とか「独立自尊の精神を持っている」とか「受験勉強の悪影響を受けていない」とか「協調性がある」とかなんとかかんとか「診断」します。そいつらを批判すると、その逆を言われます。そういうのが好きな人というのも世の中にはいるそうですが、私は、そういうのはあまり好きではありません。

  ・・慶應についてここまで長く述べるつもりは最初はなかったのですが、始めてしまったからにはきりのいいところまで述べたいと思うので、あともう1回、慶應について述べます。

  (2020.8.27)


【1】 大学のある系列高校、特に慶應系高校 https://tetsukenrumba.at.webry.info/202008/article_1.html
【1】-2 「外部の者」を「教育」したがる中等部から慶應。「殴る」の大好き人間の慶應体育会。https://tetsukenrumba.at.webry.info/202008/article_3.html
【1】-3 意味のない「◇◇君 休講」、福沢諭吉像を高い場所に移動させたい人たち。https://tetsukenrumba.at.webry.info/202008/article_4.html
【1】-4 簡単にお金を「見捨てる」慶應女子高女の福沢精神。そいつには親切にしない方がいい「慶應ボーイ」「慶應タイプの女たらし」 〔今回〕
【2】 医者屋民族を特権階級と考える民族の高校・「プロレスラーの豊田よりも狂暴」女子育成高校? ほか、私立6年制受験校。
【3】 親方日の丸・・だけでなく、最近では「国営資本主義」化・スターリズム的公立高校出現の大阪府立高校。

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