問題ある学校だらけ【1】-3―意味のない「◇◇君休講」、福沢諭吉像を高い場所に移動させたい人たち。

[第510回]
  依頼されて意図的に死亡させた医師・・なのか、医師の資格を持っていない医師もどきなのか、の男性2人のニュース記事がでて、その実行者2人のうちの1人が兵庫県神戸市の灘高校出身だったらしいと言うのを見て、そうかもしれんなあ~あ・・・と思ったことと、それから、「自動車のトヨタよりも有名、プロレスラーの豊田よりも狂暴」の「ち~が~う~だ~ろ! このハゲぇ~え!」と言った秘書の男性をボコボコ殴った怖いおばさんが東京の桜蔭高校という最近では東大に何人も進学している私立の女子高の出身だったというあたりを見て、やっぱり、ああいう私立受験校というのは問題あるなあ・・・という印象を受けた・・ということがあった。もちろん、灘高校出身の人が誰もが、意図的に患者を死亡させるという行為をしているわけではないし、桜蔭高校卒の人が誰もが「このハゲぇ~え!」と言って秘書の男性をボコボコ殴っているわけでもないでしょうけれども、しかし、それなら、それらの行為はその高校を卒業したことと何の関係もないのかというと、そうではないように思えるのです。
  もっとも、それならば、公立伝統校はいいのかというと、自分自身が卒業した大阪府立北野高校というのは、行きたいと思って行った学校だったので合格した時はうれしかったのですが、しかし、卒業して十年以上経って考えてみると、どう考えてもあんまりいい学校ではなかったなあと思うようになったのです。それなら、どこに行けば良かったかというと、どこに行けば良かったかよくわからないのですが、まあ、学校というものは、どこに行っても「絶対にいい」という所はない、ということでしょうし、「絶対にいい」という所はなかなかないと認識することができれば、それだけでも、それを認識できていないよりはいい、と言えるのではないかと思います。
  公立伝統校の問題点としては、私立受験校の場合、中学校から高校まで6年間行く場合と高校3年間行く場合があるのに対して、公立伝統校は高校だけで中学校は別になっているという点があります。実際、私自身の経験で考えても、小学校はいいとしても、中学校については、東大・京大・阪大あたりに進学する高校に進学する生徒と底辺の私立高校に行く人が同じ教室で同じ授業を受けるというのは相当きついという印象がありました。高校に入学した時、ほっとした気持ちになった経験があります。片方で、私立受験校に中学校から行った人は、「中学校+高校」6年間の間に入試がないということから、その間に遊んでしまう人がいて、灘とか開成とかいった私立受験校では高校から入った人間の方が中学校から入った人間より成績が良かったりするという話があるのですが、他方で、公立進学校に進学する生徒が私立の底辺の高校に行く人と同じ教室で同じ授業を受けないといけないというのは相当きついというのは事実です。1970年代後半に私が北野高校に行った時、同じクラスにいた人で、小学校は普通の公立小学校で、中学校は大阪教育大付属の中学校に行って、高校は北野高校に入学したという人がいましたが、その人は親がそのあたりについて考慮して、それで、大阪府北部においては高校は北野高校がいいけれども、中学校は義務教育の公立の中学校ではきついということから大阪教育大付属の中学校に行ったようです。松島みどり さんは『東大入試合格作戦』(エール出版社)(毎年、出版されているので、あのおばさんが東大に合格した年のものでしょうけれども、何年だったのかわからん)に、大阪府でも文教地区の豊中市の中でも文教地区で学力水準が高いなんとか小学校に行ってオール5でしたそうで、中学校は大阪教育大付属の中学校に行って、高校は北野高校に行って、それで〔一浪で〕東大に合格された・・と書かれていたのでしたが、な~んか、えらそうなおばはん・・自分はよっぽどえらいみたいに思ってからに感じ悪いおばはん・・・と「フライデー」には書かれており、『東大入試合格作戦』(エール出版社)とかに書くなら、何十年か後で人に見られて「ぎゃっ」と思わないように気をつけた方がいいのではないかと思います・・・が、松島みどり さんも、小学校は義務教育の公立の小学校だけれども比較的学力水準が高い小学校を選んでその学区に住んで行って、高校は北野高校だけれども、中学校は義務教育の公立の中学校ではなく大阪教育大付属の中学校に行ったそうで、中学校だけ大阪教育大付属に行くという人はいたようです。松島みどりさんのお父さんというのは、そのあたり、うちの親なんかとは違ってよく考えているなあ・・とは思いますが、片方で、な~んか、息子にやるようなことを娘にやってるのじゃないか? もしかして、息子が生まれたら息子にやろうと思ったことを娘はできたが息子はできなかったから、息子にやろうと思ったことを娘にやったのではないか、娘に息子の役をさせたのと違うのか・・・みたいな感じがしないでもありません・・がそういう人はいます。
  私立受験校というのは、東大などに進学するには有利な部分があっても、やっぱり、問題あるのではないか・・と思って考えてみると、他方において、公立伝統校がいいかというと、そうでもないのではないか、とも思い、そのあたりを比較して述べてみようと思ったのですが、もうひとつ、私立大学系私立高校というものがあり、私立受験校と公立伝統校を比較するなら、その2つだけでなく、私立大学系私立高校というものについても述べるべきではないか、と考えたのです。
  私なんかはそういう学校に行く人というのは高校まではそれほど身近にいなかった、同じ中学校の人で、関大一高に行った人がいたくらいで、他は、女性で私立の女子大・女子短大の系列の高校に行く人はあったような気もしないでもないのですが、その程度でしたが、何の因果か慶應義塾大学なんて大学に行かされてしまい、慶應義塾高校・慶應女子高校・慶應志木高校卒の人の下男か何かのような扱いにされるはめになってしまった・・・。慶應の内部進学の人というのは「外部の者」というのを自分たちの下男・婢だと思っていますが、しかし、大学から慶應大学に入った人間というのは、カネもらって慶應大学に行っているのではなくカネ払って慶應大学に行っているのですが、慶應の内部進学の人にはそういう認識はないようです。彼ら慶應の内部進学の人は「外部の連中」を「教育してやらんといかんからなあ」と言い、自分たちは「『教育』する側」で「外部の者」「外部の連中」「外部のやつら」は「『教育』される側」だという思想を観念的に注入されてきた人たちで、慶應義塾高校・慶應女子高・慶應志木高校というのは、人間を「教育する側」と「教育される側」に分けて考える思想・観念を植えつける学校だったのです。そういう反民主主義の観念を植えつけており、なおかつ、そういう態度のことを「福沢精神」とか「独立自尊」とか言います。 慶應義塾高校卒の男は公立高校卒の人間というのはドジンだと思っており、アメリカ大陸で白人が「ドジン」を強姦してもそれがどうした・・・という調子だったごとく、それと同じ意識であり、同じ意識で行動しています。慶應女子高の女というのはその裏返し。女だから加害者ではないなどということはありません。慶應女子高女というのは慶應義塾高校の男の裏返し、慶應義塾高校の男の女性版です。
  自分たちは常に「教育する側」で「外部の者」「外部の連中」は常に「教育される側」だと彼らは思っとるのです。そういう選民思想みたいなものを観念的に注入されてきた人たちです。「わしは慶應やねんぞお、わしはおまえとは違って慶應やねんぞお」といつも言っていたうちの父親は、さすがに「精神の慶應」だけあって思考が「慶應タイプ」で内部進学の人と似ています。種無葡萄をひとに皮むかせてお皿に盛らせてスプーンですくって食うということまではしませんでしたが、蜜柑とリンゴならリンゴの方がむいてあるからいい、キャベツとレタスならキャベツの方がすでに切ってあるからいい、というおっさんでしたから、そのあたりからして「慶應タイプ」でした。「天の神さまは、人間が生まれてくる時に、支配する側の人間・命令しなければならない人間と支配される側の人間・命令されるのを喜ぶ人間と2つに分けて御造りになっておるのでR。わしは命令するのが得意の人間で、あんたは命令されたり号令かけられたりするのが何よりうれしい人間やねん」と言い、「私、うれしくないですけれども」と言っても、「何、言うとるんじゃ、何を。おまえは天の神さまが命令されるのが向いている人間、号令かけられるのことを喜ぶ人間としてお造りになった人間なのでR。とってちってたあ~あ!」とか言っていましたが、慶應の内部進学の人たちというのは、まさにそんな感じ。「自分たちはひとに号令かけるのが向いている民族」みたいに思っとるのです。彼らはそういう「民族」なのです。うちの父親は「わしはドイツ人やねんぞ、ドイツ人」とか言っていまして、私はというと「おまえは天の神さまがチャンコロとしてお造りになった民族なのでR」と言っていました。ですから、「ドイツ人」は常にひとに命令し号令かけなければならない民族だそうで、「チャンコロ」はそれを喜ばなければならない民族だそうでした。小学校も中学校も高校も大学も慶應に行っていなくても「精神の慶應」だけあって、内部進学の人と思想が大変良く似ています。〔⇒《ニコニコ動画―ワルキューレ騎行 カラヤン指揮 バイロイト祝祭管弦楽団1951年》https://www.nicovideo.jp/watch/sm32291823 〕 自分たちは常に「命令する側」「教育する側」みたいに思っている人、私、そういう人、人種差別主義者リヒャルト=ワグナーの「ワルキューレの騎行」なんか好きそうな人、そういう人、嫌いなんです。
アメリカ・インディアン悲史 (朝日選書 21) - 藤永 茂
アメリカ・インディアン悲史 (朝日選書 21) - 藤永 茂
  又、「慶應心理学」は内部進学の人のそういう態度のことを「自我が確立されている」とか「アイデンティティーを持っている」とか「診断」し、それはおかしいのではないかと批判すると「受験勉強の悪影響ですね」とか「自我が確立されていないからわざわざ無理して逆らおうとしてそういうことを言うわけですね」とか「それは自分以外に責任を押し付けようとしてそういうことを言うという外罰的性格と言うものです」とか「モラトリアム人間病にかかっているから、そういったことを言うわけですね」とかなんとかかんとか「診断」します。「治療」と称して「人間による人間の加工」をされる危険がありますから、怖い、こわい、怖い、こわい、怖い! 「このハゲぇ~え!」と叫んでボコボコ殴るおばさんなんかよりよっぽど怖い! ともかく、「心理学」「精神医学」にかかると、拉致・逮捕監禁すると「入院療法」ですし、毒物を飲ませると「薬物療法」「化学療法」ですし、労賃は支払わずに強制労働につかせれば「作業療法」ですし、ひとに言いたい放題、無茶苦茶罵って、ひとの心を混乱させたりマインドコントロールをおこなえばそれを「カウンセリング」とか「心理療法」と言います。人間に電気ショックを与えるという拷問を加えると「電気ショック療法」であり、脳を切開して大脳にメスを入れてえぐりとるなどすると「精神外科療法」です。ともかく、何でも「療法」になるのです。
狂気の思想―人間性を剥奪する精神医学 (1975年) - トーマス S.サズ, 広田 伊蘇夫
狂気の思想―人間性を剥奪する精神医学 (1975年) - トーマス S.サズ, 広田 伊蘇夫
( ↑ トマス=サズ『「精神医学」という狂気の思想』新泉社 )
現代精神医学解体の論理 (1975年) - 森山 公夫
現代精神医学解体の論理 (1975年) - 森山 公夫
  だいたい、小此木啓吾なんて「幼稚舎から慶應」の人の世界観で「なんとか人間」「なんじゃもんじゃ症候群」「なんたらかんたらシンドローム」とひとに貼りつける「レッテル」を発明してぺったんこぺったんこと貼りつけて得意がっていたおっさんなんて、いかにも内部進学て感じしますでしょ。小此木啓吾「おまえはそんなにえらいのか」シンドロームが死んでくれて、なんだか、ほっとした・・・て感じ。あの男が死んだおかげで、まだしも、世の中はいくらか平安になったて感じがします。「世の中にたえて桜のなかりせば、春の心はのどけからまし」・・という歌を詠んだのは誰だったっけ? なんてことを慶應でうかつに言うと、「受験勉強の悪影響だ」とか「慶應心理学」から「診断」されるおそれがあります。怖い、こわい、怖い、こわい! 在原業平(ありわらのなりひら)だったようです。〔⇒《 マナぺディア『世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし』 意味と文法・品詞分解》https://manapedia.jp/text/2086 〕
 世の中にたえて小此木啓吾のなかりせば 春の心はのどけからまし・・字余り。
ああいう、おのれのことは棚にあげて、ひとに、あんたは「なんとか症候群」、あんたは「なんじゃかんじゃシンドローム」、あんたは「なんたら人間」と、おのれが発明した「レッテル」をぺったんこぺったんこと貼りつけるのを趣味にしている人間て、いかにも慶應内部進学て感じがします。慶應の内部進学の人間というのは、「外部のやつらを教育してやらんといかんからなあ」という思想を観念的に注入されてきた人たちであり、ナチズムの人間が「ドイツ人」は世界の人間を教育して支配しなければならないという使命を持っているみたいに考えていたのと同様の思想を注入されてきている人たちなのです。ですから、常に自分たち慶應内部進学は非内部進学を「教育」してやらんといかんという意識を持っており、自分たちは常に正しい、なぜ自分たちは常に正しいかというと、自分たちは「塾風を持っている」「独立自尊の精神を持っている」「福沢精神を持っている」選民で「自我が確立されている」「アイデンティティーを持っている」人間であり、「(慶應義塾の)外部の者」を「教育してやらんといかん」という使命を持っている・・・という信念を持っているのです。
  慶應の場合、慶應義塾高校・慶應女子高校・慶應志木高校という、内部進学の「特権階級」というのかナチス親衛隊みたいというのかの人たちがいて、「(慶應義塾の)外部の者」「(慶應義塾の)外部の連中」「(慶應義塾の)外部のやつら」というものがいるのですが、「外部の者」でも、
(1)慶應以外の私立大学系私立高校卒は、慶應内部進学と同じタイプの高校卒ですから、「まだ許せる」ようで、
(2)私立受験校卒も「私立だからいい」という範疇になるようで、
(3)公立高校卒でも公立三流高卒の人は最初から自分は一流高校卒だと思っていませんから、慶應内部進学からするとまだ許せる方のようで、
(4)公立進学校・公立伝統校卒というのが、一番気にいらないみたいです。
江戸時代、加賀の前田とか仙台の伊達とかは、関ケ原の戦い頃より徳川方についた外様大名で、藤堂高虎なんてのは自分から徳川家康にすりよった外様であり、それに対して、薩摩の島津・長州の毛利、あるいは米沢の上杉・秋田の佐竹とかは関ケ原の戦いで反徳川の側であったが存続を許された外様であったのに対して、備前の宇喜多秀家なんてのは領地は没収されたが八丈島に送られて八丈島で一生過ごすことになった大名で、さらには近江佐和山の石田三成とか、小西行長とか安国寺恵瓊とかは京都の三条河原だったかで打ち首にされた・・と、外様でもこれだけ差があるわけですが・・・、それと似てますでしょ( 一一) 
・・・石田三成か真田信繁(幸村)かという立場の者からすると・・、実際問題として、何もそこまで外様にされてしまう大学に行くことないのではないか。
  「浪人は1年まで」と言う人がいるのですが、同時に「1年の浪人はええぞお」などと言って自慢する人とか「浪人した人間の方が社会で役に立つ」とか勝手なことを言う人とかいます。
  「1年の浪人はええぞお」などと言うやつには2通りありまして、
(1) 1タイプは北野高校などでできれば現役で京大なり阪大なりに行きたかったけれども1浪で阪大あたりに行ったことから、自分をいいように言いたい症候群なので、それで、「1年の浪人はええぞお」などと高校生に言って浪人させてやろうとするヤカラというのがいたのですが、そういうタイプ。北野高校で同じクラブのOBで、大阪市西淀川区の大阪市立U中学校卒で大阪大工学部に1浪で行ったS本という男が、高校のクラブに顔だしては高校生に「1年の浪人はええぞお」と言って現役で行ける可能性がある者に浪人させようとし、「京大より阪大の方がええぞお」と言って、自分が京大に行きたかったけれども阪大にしか行けなかったことから、京大に行ける可能性がある生徒に阪大に行かせようとするということを何度も何度もやっているのを目撃して、こいつ、嫌なやつだなあ! と思い、又、こいつ、もう卒業しているのに、いったい何のために高校のクラブに顔出しているんだ、とも思いました。
(2) 2タイプは、千葉クロマティ高校など卒で高校卒業時においては慶應大なんて通るわけない学力だった人が1年浪人して慶應の入試の科目だけ学習して「1浪で慶應」に入ったという人、このタイプの人にとっては「1浪で慶應」というのはその人にとっては大成功であり、「1浪で慶應」はその人にとっては御の字も御の字です。野村克也のじいさんが「『失敗』と書いて『成長』と読む」と書いていましたが、このタイプの人、最初から「1浪で慶應」を目指して大成功した人というのは大成功であって最初から「失敗」なんてしていませんから、「『失敗』と書いて『成長』と読む」とかいう対象にはなりませんが、それにもかかわらず、このタイプの人はあつかましいですから、最初から「1浪で慶應」は御の字も御の字ウルトラ御の字であり、「俺なんかはきっちりと1浪で通った」とかそういう言い方をして自慢するのですが、同時に「浪人の経験がある」などと言ってそっちの自慢もするのです。あつかましいことこの上ない人たちです。そういう人が「1年の浪人はええぞお」と言って、高校時代は自分よりずっといい成績で現役で通った人間とか、2浪以上した人間よりも自分はエライんだと言おうとして「1年の浪人はええぞお」と言いまくるという人です。こういう人はけっこういます。高校生の時は高校時代から煙草すっていたような不良ですが、それが「俺なんかは、きっちりと1浪で通った」などとふんぞりかえって言うのです。「きっちりと1浪で通った」などというそういう日本語があるとは私は夢にも思いませんでした。普通、「1浪で通った」というのは、北野高校のクラブに1浪で大学に通ったOBが顔を出した時には誰もが「恥ずかしながら、1年の笠張をいたしましたが、何とか◇◇大学の☆学部に合格できました」と挨拶したものでしたが、慶應大の「愛塾」奨励空手会にいた千葉クロマティ高校卒の富永という男が「俺なんかは、1浪できっちりと慶應に通ったんだけど」などと言うので、「きっちりと1浪で通った」などというそんな日本語が世の中にあったんだあ~あ・・・とびっくりした、ということがありました。富永ほどはっきりと口にしなくても、そういう人が慶應大学にはけっこういました。特に富永などは、慶應なら高校卒業する時点で通ったのにと思いながらそこにいる私のような人間を見ると、「俺なんかは1浪できっちりと通ったんだけど」などとそういう口をききたがるようでしたし、クロマティ高校卒の男にとっては、自分より上の高校卒で自分より年上の人間が自分と同じ大学で自分より下の学年にいるというのはもううれしくって楽しくってたまんない♪、これほどうれしいことはない♪ もう最高♪ 極楽極楽♪ というものだったようでした。格下の人間の大学に行かされた側の人間は面白くありませんけどね。私は今でも「俺なんかは、1浪できっちりと慶應に通ったんだけど」というその日本語なのか外国語なのかの文法がよくわかりませんね。「きっちりと1浪で通った」という日本語は、私の日本語にはそういう文法は存在しません。
  富永ほどはっきりと口にしない人でも、そういうタイプの人が、慶應大学にはけっこう多い。そういう人は慶應の入試科目しか学習してきておらず、高校までの学習をしてきたとは言えません。「1浪できっちりと通った」というタイプ・最初から「1浪で慶應」を目指して予定通り「1浪で慶應」を実現した、というタイプに多いと思われます。慶應の学生で「1浪で慶應の経済」という人は多くの人が「一橋の経済を受けた」のですが、そういう人は大部分がオリンピックです。「参加することに意義がある」。だって、「慶應の経済」の入試科目しか学習していない人が入試科目が多い国立大学を受けても通るわけないでしょうよ。そういう人間に限って「一橋の経済うけた」とぎゃーすか言いたがるのです。慶應大のステューデントカウンセラーズにいた田名という沖縄銀行だか那覇銀行だかの頭取の息子というのもそれでしたが、そのタイプはけっこう多い。そういう人というのは、最初から「1浪で慶應」を目指していて、富永が「きっちりと1浪で通った」と口にしたように、「1浪が普通」なのです。私が卒業した頃の北野高校は現役で通った人間と1浪で通った人間が半々くらいで、2浪以上もいる、という高校でしたが、富永が卒業した千葉クロマティ高校なんてのは現役で大学に通る人間なんてない高校ですから、だから、「1浪できっちりと通った」と富永は言うようでした。慶應はけっこうそういう人間が多い大学です。
  慶應大学の学生で強姦やったり強制猥褻やったりする人間というのは、内部進学の人間がこの「1浪で慶應の入試科目だけ学習して通った」という富永とか田名のようなタイプを引き連れてやるということが多いように思われます。内部進学の人間がそういうことをやっても、それでも「福沢精神」とか「塾風」とか「慶大生らしい思考の柔軟さ」とかなんとか言って正当化されるのを見て、自分たちも許容されるか称賛されるだろうと思い込んで同様のことをやったら、内部進学でない者は守ってもらえなかった・・・なんてケースもあるのではないか・・。
  「浪人はした方がええ」とか「浪人した人間の方が社会で役に立つ」とか言う人はいます。うちの父親が私が高校3年の時、なんとか現役で通りたいと思っていた私に、うちの父親は「浪人した人間の方が社会で役に立つ。あんた、浪人しなさい!」などと言うので、よく言うなあ・・・と思った、ということがありました。うちの母親は、うちの父親のことを「私を女中さん以下の扱いにする」と言って怒っていたのですが、「女中さんの扱い」ではなく「女中さん以下の扱い」というのは、「女中さんは無茶苦茶やったら怒ってやめてしまうけれども、嫁はどんなに無茶苦茶やってもやめないと思うものだから、女中さんの機嫌をとって私を女中さん以下の扱いにする」という意味だったようですが、うちの父親は私もまた、「会社の部下以下の扱い」にしました。私に口をきくのに、「・・・かねえ」などと言うのです。自分は「常務さん」だと思っているわけです。「もしかすると、おまえはこのわしのことを普通のお父さんと思っておるかもしれんけれども、違うねんぞ。わしは特別に特別にえらいエライえら~いという人間やねんぞ。わかっとったか」と言うのです。「もしも、わかってなかったなら、今すぐ、認識を改めた方がいいねえ。わしは、会社ちゅうところでは特別に特別に特別に特別にえらいエライえらいえら~いという人間やねん。おまえなんか、ほんまは、わしのお顔を拝ませてもらえんねんぞ。おまえは、一目、このわしのお顔を見たい、お顔を拝ませていただきたいと思っても、拝ませてもらえん人間やねんぞ」と言うのでした。この話を下の姉にしたところ、「別に、あの人のお顔なんて、拝ませていらんわ」と言うのでしたが、私も同感でした。そんなもん、拝ませてもらわんでもええわ・・・とずっと思ってました。なにしろ、自分は「我が家の父親」ではなく、「我が家の常務さん」だとうちの父親は思っていましたので、それで、私にも「・・・かねえ」などという口のきき方をしましたし、「常務さん」の言うことには「絶対絶対絶対服従じゃ」とか言っていました。そういうおっさんでした。ですから、精神的には本人の意識としても私などの意識としても父親ではないのです、あのおっさんは。もしも、うちの父親が「我が家株式会社」の「常務さん」であるのなら、勤務時間というものがあって、勤務時間外には「常務さん」から解放されていいはずですし、週休もあっていいはずですし、有給休暇だってあっていいはずですが、ところが、息子には時間外もなければ週休もないのです。 ですから、母が「女中さん以下の扱いにした」と言うように、私も「会社の従業員以下」だったのです。
  「最近の人間は権利ばっかり主張してけしからん」とか労基法違反の不良企業の経営者や自民党が言うような文句をうちの父親は口にしていました。そして、うちの母親は「息子の所有権は母親にあると裁判所は判決を出している。母親には息子に所有権という権利がある」と言うのでしたが、父親の方は「子供というのは種を植えてやってあげていただいてくださってもらってあげていただいてやってやっていただいたお方のおかげで畑から芽を出したのであって、畑が芽を出したのとは違うんや。女は畑であって、畑から種が芽を出したなら、育てるのは畑の役目なんじゃ。甘ったれとってはいかんねんぞ。心得違いを起こしたらいかんねんぞ。種が畑から芽を出したなら育てるのは畑の役目であって種を植えた者の役目とは違うねんぞ。種を植えた者が育てるのとは違うねんぞ。甘ったれて心得違いを起こしてはならぬぞ。そんで、芽が大きくなって実を結ぶようになったら種を植えた者に百パーセント権利があるんじゃ。畑に権利があるのとは違うねんぞ。ましてや茄子に権利があるわけがないんじゃ。わかっとんのか、茄子! わかっとんのかチャンコロっ! わしの権利じゃ、わしの権利じゃ、わしの権利じゃ権利じゃ権利じゃ! わしの権利じゃわしの権利じゃわしの権利じゃ権利じゃ権利じゃ♪」と、「最近の者は権利ばっかり主張して良くない」と、片方で「最近の人間は権利ばっかり主張して良くない」などと労基法違反の不良企業の不良経営者や自民党が言う文句を言いまくっているおっさんが「わしの権利じゃ、わしの権利じゃ、わしの権利じゃ権利じゃ権利じゃ♪」と言いまくっていました。 「権利じゃ権利じゃ」と言いまくっとるのはあんたと違うのか、と思いました。
  それから、「最近の人間は権利ばっかり主張して良くない」とか自民党とともに言う労基法違反の会社経営者というのは、たいてい、そういう文句を言って従業員の給料をへつっておきながら、片方でフィリピンパブのおねーちゃんには焼肉おごってやったりとかやっとるんですよ。知ってますか?  「最近の人間は権利ばっかり主張して良くない」とか自民党とともに言いまくっている労基法違反の不良企業の不良経営者には、そう言ってへつった従業員の給料で、おのれはメカケ持ったりしてる場合もあるのです。知ってますか?

  母親は「あんたの体は母親が産んだんやから、産んだ者に所有権がある」と、ひりだした者に所有権があると、まるで、息子をう〇こ みたいに言うのでしたが、父親の方は「茄子でもやなあ、畑が産んだのではなくて、種を畑に植えていただいてくださってもらってあげてやっていただいてくださったお方のおかげで種が芽を出したのであるからやなあ。種を植えた者に所有権があるわけや」という茄子説を主張するのでしたが、う〇こ説によっても茄子説によっても、どっちにしても本人には本人の体と心に所有権はないそうでした。
  そのうちの父親が勤め先の会社の従業員を見ると、「現役で大学に行った人間」よりも「浪人した人間」の方が「役に立つ」と言うのです。うちの父親は「社会で役に立つ」と言うのですが、「社会で」ではなく「会社で」であり、それも、うちの父親の「勤め先の会社で」であって、他の会社でどうかは別です。自分の勤め先の会社の中に精神的に埋没して、社会全体を見る視野を失ったおっさんには、「自分の勤め先の会社で」のことを「社会で」と言う人が多いと思いますが、うちの父親もそれでした。その「ビョーキ」でした。そういう「ほとんどビョーキ」みたいなおっさん、社会全体を見る視野・視力を失った人、それを自慢している人て嫌なんだよなあ~あ・・・と思っていましたので、それで、会社員にはなりたくなかった。会社員以外の職業につきたかったのですが、ところが、うちの父親は「会社という所に勤めるのを嫌がる人間というのは、モラトリアム人間病という病気です。慶應大学の小此木啓吾先生というエライえらいエライえら~い、エライえらいエライえら~いという先生がそうおっしゃってる」と言うのでした・・・・が、それならば、小此木啓吾こそ、「会社という所に勤めるのを嫌がる人間」だから慶應大学医学部という「大学」と慶応病院という「病院」に勤めていた「モラトリアム人間病」という病気のはず、「病人」のはずですから、「治療」してやる必要があったはずです。小此木啓吾はおのれのこと棚に上げてひとにレッテル貼るのが大好き人間症候群の「患者」であり、自分が「病気」であるという「病識がない」状態だったようですかあら、強制的に拉致して逮捕監禁(「入院療法」)した上で、毒盛り(=「薬物療法」「化学療法」)とか、あるいは真人間になるように強制労働につかせてやる(=「作業療法」)とかしてやるべきだったでしょうし、「電気ショック療法」とか「ロボトミー」とか小此木啓吾にやって「治療」してやった方がその方が本人のためであり、世のため人のためであったのではないでしょうか。
  父親の勤め先で、「浪人した人間」の方が、おっさんは使いやすかったらしいのですが、だからといって、高校3年でなんとか現役で通りたいと思って勉強している息子に向かって、「あんた、浪人しなさい」なんて言うような父親なんて、そんな父親あるのか?!? ・・・と思いますが、あるのです。我が家にいたのです、そういう父親が。なおかつ、それで、実際に浪人してしまうと、「電卓、でんたっくう、電卓、でんたっくう♪」と言って、電卓で「あんたが大学を受ける時にかかった電車賃が☆☆円、願書を出すときの封筒代が△△円、切手代が☆☆殿、それから、予備校の学費が▽▽円で・・・」と計算するのでしたが、しかし、高校3年の時には「あんた、浪人しなさい」と言っておいて、浪人すると、「で~んたっくう、でんたっくう♪」と電卓でそういうものを計算するのを日課にするおっさんて、どういう性格しているのだろうか・・・と思いましたが、要するに、そういう性格していたようでした。「浪人した人間の方が社会で役に立つ」というのは、それは、たぶん・・・ですが、浪人して国士館とかそんな大学に行ったような人は、現役で東大とかに行ったような人間と違って、風俗営業の店とかよく知っていて、そういう店に「常務さん」を連れて行ってくれたとか、どうせ、そんなところではないか・・・という感じがするのです。あのおっさんの言うことなんて、そんなところだと思いますよ、どうせ。
  実際に浪人してしまったならば、その後、十年以上経ってから、浪人中に学んだもので役に立つものだって出てくる可能性はないとは言えないので、浪人してしまったということをそれほど悲観しなくてもいいかもしれませんが、「浪人した方がええ」などと高校生に言うというのは、そういう父親というのは、父親の態度として私はいいとは思いませんね。そういうことを言っておきながら、浪人すると「おまえが浪人したおかげで、わしは、◇◇円の損をさせられた」とか毎日毎日、電卓で計算して言うというのも、私が父親ならやらないですね。特に、浪人中にはそういうことは私が親なら言わないですね。
  それで、「浪人は1年まで」と言う人がいるのですが、この「1年まで」という言葉には2通りの意味がありまして、「合計で1年まで」という意味で言う人がいます。しかし、そうではなく、「外部のやつらを教育してやらんといかんからなあ」などと特権階級の人間、支配階級の人間、植民地の支配者の白人みたいなやつから言われなければならないような「大学」に行かされて、慶應義塾カーストの最底辺に入れられるくらいならば、「あと1年まで」なら余計にかけてもそうでない大学に行った方がいいはずだ、という考え方があるのです。石田三成や真田信繁は徳川大学に行くことないのではないか。石田三成は豊臣大学に行った方がいいのではないか。そのためには、「あと1年まで」なら余計にかけてもその1年は価値があるのではないか。徳川譜代みたいなのがいっぱいいる大学に石田三成が行って不愉快な思いをするより、「(あと)1年まで」ならかけても豊臣大学に行った方がいい・・・というのは、それが普通の発想だと思います。石田三成が徳川大学に行って、毎日毎日嫌な思いをして一生暮らすよりも、「(あと)1年まで」ならそこでかけても人生を切り開いた方がいいに決まっています。
  「浪人は1年まで」という言葉を、「合計で1年まで」という意味と、「あと1年まで」という意味と2通りの意味がありますが、別に「合計で1年まで」かける必要はありません。現役で行けばいいのです。千葉クロマティ高校卒の男は「きっちりと1浪」しないとどこも通りませんから「きっちりと1浪」しますが、北野高校など公立進学校に行った人間は現役で大学に通れるのですから、それをあえて1浪する必要はないのです。うちの父親のような「浪人した人間の方が社会で役に立つ」と言う人のその言葉の意味は「浪人した人間の方が、会社で自分に役に立つ」という意味で、そのおっさんには、「高校卒業時においては通る大学なんてない高校卒の男で1年浪人して私立バカ大学に行ったという人間」が自分の部下としては使いやすい、現役で東大とか京大とかに行った人間は自分には使えないということを言っているのです。

  それから、慶應の場合、内部進学と「外部の者」と2つに分かれるわけではなく、もうひとつ「アタマが内部進学」という人がいます。これは、親が慶應卒とかの人で、高校までは内部進学ではないが「アタマが内部進学」、精神的に内部進学に近いという人です。慶應の医学部は4割が内部進学としていますが、これは、4割の内部進学と「アタマが内部進学」を加えると過半数になって、内部進学+「アタマが内部進学」で支配できるという数字だということでしょう。経済学部は3人に1人以上も内部進学がいて、なおかつ、「外部の者」でも「アタマが内部進学」の人が「外部の者」の中に占める割合が大きい学部で、だから、そういうのが好きだという人、「ほとんどビョーキ」みたいな人が多い学部であるのに対して、商学部は内部進学の人の割合が慶應の社会科学系学部の中では小さいとともに、「外部の者」でも「アタマが内部進学」の人の割合が商学部の「外部の者」には比較的小さいらしい学部で、それゆえ、「中等部から慶應なんだぞお」という黒川行治さんなどにとっては、商学部は好きになれないようでした。それなら、自分が好きな経済学部の教員になっておけば良さそうなものですが、もしかすると、経済学部の教員にはなれなかったのかもしれませんね。それで、余計に「おまえら外部の者」というのが気にいらないのかもしれません。

   それで、「カースト制度のある大学」と「カーストの上位に入る内部進学の高校」の話を、少々するつもりで、すでに2回にわたっておこなうことになりましたが、この際、3回目をお話します。

《1》 もう、10年ほど前になってしまいましたか、慶應大学の日吉キャンパスに、ウィリアム=メレル=ヴォーリズ設計の慶應YMCAチャペルがあり、建築探偵団として、これを見学に行ったことがありました。
※ [第105回]《慶應義塾大学YMCAチャペル(ヴォーリズ)~日本の教会建築(2)、及、日吉箕輪町方面の現在》https://tetsukenrumba.at.webry.info/201206/article_3.html
  慶應大学のYMCAだかが部室のように使用しているらしいので、そういう人と知り合いになれば内部も見学できるのかもしれませんが、外観は誰でも見ることができます。慶應の日吉キャンパスの構内にありますが、慶應の日吉キャンパスには「構内をご通行の皆様へ。樹木の枝を折らないでください」とか書いてあって、近所の人は慶應の日吉キャンパスの中は通行するものという前提での看板が立っていたりしまして、そこの学生でない者でも構内を通行しちゃいかんとかそういうことは言わない大学ですし、私は、一応、「塾員」(卒業生)ですから、建築探偵団としてヴォーリズ設計の慶應YMCAチャペルの外観を見学させてもらうくらい、何も問題はない・・・はずでした。 慶應YMCAチャペルの南側は公道ですから、構内でなくても南面は公道から見えます。《 一応、「塾員」(卒業生)ですから 》と「一応」がつくというのは、それは、慶應という大学では、「本物の慶大生と言えるのは最低でも高校から慶應に行った人間のこと」という大学ですから、だから、その基準で言うと、私なんかは「ニセモノ」なのです。なんや、えらい悪かったなあ・・て感じですが、ですから、「一応」なのです。「なんや、すんまへんなあ、へこへこへこ・・」てそんな感じ・・。
  慶應YMCAチャペルの西側に慶應義塾高校の体育館があって、そこの前に、慶應義塾高校の体育の教員らしきおっさんがいて、なにやら、こっちを胡散臭そうな眼で見るのでしたが、こっちは、慶應大学の「一応、塾員」が建築探偵団として慶應YMCAチャペルの外観を見学させてもらい、写真も何枚か撮らせてもらったのでしたが、何か悪いことしているわけでもないし、何を胡散臭そうな顔で見とるんじゃ、この体育屋は・・・と思っていたのでした。
  慶應大学には高校や中学校の体育の教員の資格を取得できる学部学科はありませんから、慶應義塾高校の教員といえども、体育の先生は慶應大学以外のどこかの大学を出た人のはずです。 体育の教諭の資格を取得できる大学というと、筑波大の体育専門学群とか日体大とか・・、ぴったしカンカンで言うなら、あのおっさんは日体大くらいでしょう。
  「このぼくは中等部から慶應に行ってるんだぞお。我々内部進学の人間はおまえら外部の者とは違うんだ。わかってんのかあ!」と講義の最中にマイクに向かって絶叫される「中等部から慶應」の黒川行治先生みたいなお方が相手なら、「一応、塾員」はへりくだって、へこへこせんといかんのんかいなあ・・・とか、思いますでしょ、慶應という学校の構内においては。でも、その人は、体育の先生だから、慶應義塾高校の教諭やっていても、慶應大学卒ではないはずなのですよ。
   結局、何も言ってこなかったのですが、何を不満そうな顔して見てるんだろうなあ・・・と思っていたのでしたが、ひとつには、慶應義塾高校なんて強姦魔養成所みたいなものだ・・と私なんかは見ているのですが、又、彼らはそう見られて文句なんて言えないはずですが、それでも、高校なのです。私よりもずっと上の年齢の人で、北野高校の生徒で熱田神宮に草薙剣を盗みに行ったという人がおったらしく、「北野の卒業生には連合赤軍もおれば大泥棒もおる」と先生から教えてもらったことがあったのですが、それを聞いた時には、たとえ、泥棒をやるにしても、そのへんでしょーもないものを万引きなんてするよりも、熱田神宮にある草薙剣ちゅうやつを盗み出して検分してこましたろか♪ という方がええよなあ・・と思ったものの、そうは言っても、窃盗は犯罪ですから、ほめるものではない・・・かと思ったら、1980年代前半だったと思うのですが、慶應義塾高校の生徒が東京都の女子高に忍び込んで女子高生のブルマーを盗もうとして捕まった・・・( 一一) という記事が新聞に出ていた・・・。それを見て思ったのだ。やっぱり、たとえ、窃盗をするにしても、女子高にブルマー盗みに行くやつと、熱田神宮に草薙剣を盗みに行く豪傑とでは、草薙剣の方がいいのではないか・・・と。そう思いませんか? だいたい、ルパン3世が女子高にブルマーなんて盗みに行くかあ? ルパン3世が女子高にブルマーなんて盗みにいったなら、そのあかつきには、番組、その回で終わってしまうわ!!! ・・そのあたりですが、内部進学の人は誰もが女子高にブルマーを盗みに行っているわけではない・・のでしょうけれども・・(たぶん)・・しかし、元旧制中学校の北野高校の生徒で熱田神宮に草薙剣を盗みに行ったやつがいて、慶應義塾高校の生徒で女子高にブルマーを盗みに行ったやつがおった、というのは、これは偶然ではないと思うのです。そういうカラーがその高校にあるはずです。だから、卒業して何十年か経ってみると、自分が卒業した公立伝統校というのは、そんなに良くなかったなあ・・と思うものの、他方で、女子高にブルマー盗みに行くやつと、熱田神宮に草薙の剣を盗みに行く人間とでは・・・、まあ、窃盗は犯罪ですからほめるものではないかもしれないけれども、それにしても、「女子高にブルマー」よりは「熱田神宮に草薙剣」の方が、なんと言いましょうか、たとえ、窃盗は犯罪であったとしても、少なくとも、怪盗ルパンとか、怪人二十面相とか、ルパン三世とかの番組の対象になる・・・という点で、「女子高にブルマー」よりはいいと思うのだ。そう思いませんか?
  もっとも、私の感覚からいくと、「熱田神宮に草薙剣」と「女子高にブルマー」だと「熱田神宮に草薙剣」の方が、別に草薙剣を盗みに行かなくてもいいけれども、それでも「女子高にブルマー」よりはいいのではないか・・と思うのですが、ところが、「塾風を身に着けている」人は逆を考えるようです。なにしろ、「女子高にブルマー」盗みに行くような人は、連合赤軍なんてなりませんからね。慶應義塾高校みたいな「脳味噌がち〇ぽでできてる」人って、連合赤軍にはなりませんでしょ。別に、連合赤軍にならなくてもいいけれども、「女子高にブルマー」になるよりはいいのではないか・・・というのは、それはやっぱり、公立伝統校出身の人間の思考であり、慶應義塾高校(および、慶應女子高)の人間の思考はそうではなく、「女子高にブルマー」の方が連合赤軍にもならないし「熱田神宮に草薙剣」にもならないからいい、「女子高にブルマー」の方が独立自尊であり福沢精神であり、「自我が確立されている」であり「アイデンティティーを持っている」なのです。 え~え? それって逆と違うのかあ? ・・とか考える人間というのは「自我が確立されていない」「アイデンティティーをもっていない」「未成熟」「モラトリアム人間病にかかっている」「独立自尊の精神がない」・・と「慶應心理学」から「診断」されることになります。なんでやねん? そんな「心理学」なんて無茶苦茶やんけ!?! と思っても「慶應心理学」というのは慶應の内部進学の人の世界観でできていて、内部進学の人の世界観を正当化するように「自我」とか「アイデンティティー」とか「エス」だの「イド」だのなんだのかんだのという「用語」が使われるものであって、それ以外の何でもないのですから。慶應心理学では「内部進学は常に正しい」というのが第一前提なのです。
ルパン対ホームズ (ハヤカワ・ミステリ文庫) - モーリス・ルブラン, 平岡 敦
ルパン対ホームズ (ハヤカワ・ミステリ文庫) - モーリス・ルブラン, 平岡 敦
   慶應義塾高校の校舎なんてうかつに入って行ったら、女性は強姦されるのではないか・・とか、男性でも何らかの被害にあうのでは、無事に帰れないのではないか・・とか不安を感じるのですが、又、慶應義塾高校というのは共学でなし女子校でなし、男子校ですが、それでも高校であり、又、大学の場合は、東大とか早稲田大とかある程度の規模の共学の大学の場合は、一般人でも構内に入ってはいかんとは普通は言わないのですが、女子大の場合は男子禁制で入れないし、高校の場合は、共学の高校でも、卒業生が立ち寄るくらいはとがめられないでしょうけれども、まったく関係のない人が入ると、教員は「どういう御用事でしょうか」と尋ねますでしょ。我が家と東葉高速鉄道の駅との間に今は共学になったらしいけれども、かつて女子高だった高校があって、そこの校内をつっきれば近道になるのですが、うちの母親は「あの学校の中、通らせてもらえんもんかなあ」と言うのでしたが、母は女だからまだしも、私なんか、大の男が女子高の中を通行・・・なんてしたら、変態扱いされるのではないか・・・と思うのです。だから、女子高の中を通り抜けるなんてのは、普通はできませんが、大学の場合は、共学である程度以上の規模の大学なら、構内を通ってはいかんとは普通は言わないし慶應大学も日吉も三田も、一般の人が構内を歩きたいというのをいかんとは言わず、日吉は近所の人が通り抜けていますし、三田は土曜日の午後など、見学にきて、福沢諭吉の像とかの前で記念写真とっている人とかを見かけるのですが・・、三田の慶応女子高は慶應大学の専門課程とは三田ではあっても別の敷地にあるのに対して、日吉の慶應義塾高校は日吉の慶應大学と同じ敷地内にあって、どこからが高校のエリアだという線引きがはっきりとあるわけでもなく、慶應義塾高校のグランドとの間にはフェンスがありますが、高校の建物や高校の体育館の建物の前までは誰でも行けるようになっているのです。だから、たいていの高校なら、体育館のすぐ前には、その高校の父兄でもなければ行く人はあまりないのでしょうけれども、慶應義塾高校の体育館の前は、日吉の慶應大学のエリアと特にここが境界だというものはなく、慶應大学のYMCAの人は慶應義塾高校の体育館と慶應義塾高校のグランドとの間の位置にある慶應YMCAチャペルに行っていたのですが、慶應義塾高校の高校教諭からすると、大学生くらいの年齢の人間ならそう気にならないものでも、私は、たしか、30歳くらいの時、慶應の入学式の後だったか、日吉に行くと、サークルの勧誘をやっていた大学生のにーちゃんから、「新入生の方ですか」と誘われたという「実力」もしくは「実力のなさ」があったのですが、さすがに最近は誘ってもらえなくなった年齢なので、それで、別に何か悪いことしているわけでもないが、この人、何なんだろうなあ・・と思って見ていたのか・・と思いました・・が、それだけではないと思うのです。
  「慶應義塾カースト」から考えますと、私なんかはカーストの最底辺なのです。小学校から高校までどれも慶應ではないし、どれも公立ですからね。親戚にも東大・京大・阪大の卒業の人はいても慶應大卒の人はいない・・と思っていたのですが、探してみると、まったくいないわけでもなかったようですが、それでも、間違いなく「外様」であり、間違いなく、カーストの最底辺なのです。でも、慶應義塾高校の教諭でも体育の教諭は慶應大学卒ではないはずで、日体大かそこら卒のはずですから、そのおっさんはこちらよりもカーストが上ということはないはず・・・と思っていたのでした。 ・・でも、違った可能性が大きい。
  「小学校から高校まで慶應」で、大学は慶應ではない大学に行く人というのがいるのです。慶應幼稚舎というのは、K組・E組・I組・O組と4クラスあって、それが小学校の1年から6年までクラス替えなしらしいが、「先祖代々揺り籠から墓場まで慶應」の人のクラス、医者屋の息子・娘のクラス、それ以外のクラス(というと、芸能人とか運動選手とか不動産屋・パチンコ屋とかソープランドの経営者とかの息子のクラスてこと?)と3つに分けられていて、その3つは決して混ざることがないようになっているらしい。そのうちの、「医者屋の息子のクラス」の人間て、全員が慶應大学の医学部に行けるのか? 慶應大学でも経済学部とかに内部進学で行きたいというのは比較的行けるらしいが、医学部に行きたいという場合は内部進学でもけっこう難易度は高いらしいのですが、小学校に「医者屋の息子のクラス」というのがあるということは、それらの人は内部進学でも難関と言われる慶應大学の医学部に行けるのか・・というと、そうではなく、そういう人は大学は私立の医大・医学部に行くらしい。それじゃあ、慶應幼稚舎なんて行く必要ないのじゃないか・・と思うのは、私らのようなカーストが下の人間の発想で、医者屋民族はそうは考えないようで、医者屋民族は、私などのような無産市民の民族とは小学校からして交わりたくないらしく、大学は私立金権医大に行くとしても、小学校から高校までは慶應幼稚舎とかに行かせたいらしい。 ・・そして、これは医学部だけではなく、他の学部でもそういうことがあるらしい。 慶應の日吉新図書館・三田新図書館など設計したという槙文彦という人は、竹中工務店の会長の孫で、幼稚舎から慶應だけれども、慶應大学には建築学科はないことから大学は東大の工学部建築学科に進学なさったらしい・・・が、東大ならええか・・と思うのは無産市民の発想であり、そうではない私立大学に行く人もあって、しかも、《「高校まで慶應」で大学は慶應ではない人》と《高校まで公立で、大学だけ慶應》の人間では、どうも、慶應義塾カーストでは、《「高校まで慶應」で大学は慶應ではない人》で大学は順天堂医大とか独協医大とか日体大とかに行った人の方がカーストは上らしいのです。 だから、たぶん、あの体育教諭というのは、「高校まで慶應」で大学は日体大かそこら・・という顔していましたが、自分の方がカーストは上位だと思っておったのだと思うのです。たぶん、そうです。なんやねん、日体大のくせしやがってからに、うちの親戚のあほなおっさんと一緒やんけ・・・とか思ってもだめです。慶應義塾カーストでは、《「高校まで慶應」で大学は慶應ではない人》の方がカーストは上ですから。そう思うと、ますます、「感じの悪い学校やなあ」、けったくその悪い学校やなあ、という気がしてきますが、こういうことを言うと「慶應心理学」から「受験勉強の悪影響だ」とか「診断」されます。「自我が確立されていない」とか「アイデンティティーをもっておればそうは言わないはずだ」とか、「独立自尊の精神がないからそういうことを言うのですね」とか「診断」されます。そういう「診断」をされたくなければ、「外部の者」「外部の連中」は「慶應心理学」とはできるだけ関わらないようにした方がよろしい。

《 三跪九叩頭の礼(さんき きゅうこうとう の れい)
 (清の)乾隆帝は、英・清間の貿易関係を改善するために訪れた(1793)使節マカ―トニー(1737~1806)に対して、ひざまずいて頭を床に3度つけることを3回くりかえすという隷属国の礼を強要したが、マカ―トニーはこれを拒否したといわれる。》
( 護 雅夫『よくわかる世界史』1973.1.20.初版。1975.初版第6刷。旺文社)
  慶應の内部進学の人間および「アタマが内部進学」の人間は、「外部の者」「外部の連中」「外部のやつら」に対して、「三跪九叩頭の礼」のようなものを要求します。彼らはそれが自分たちの当然の権利のように思っています。 小学校の1年から真面目に努力してきた者が、そんな連中の学校に行かされるくらいなら、「あと1年」なら大学に入るために余計にかけても、そんな連中の「大学」ではない大学に行く方がいいに決まっている・・と考えるのは当然のことです。
  私は、子供の頃から、よその子供が買ってもらえるものでも買ってもらえないことが多く、買ってもらえる場合でもよその子よりも安いものにされることが多かったが、それは「遊ぶもんにカネかけたらいかん。そういうものにカネかけるのではなく、必要なものにかけるようにせんといかん」とうちの父親は言ってきたので、私はそういうものだと思いこんできた。 なんとか現役で大学に合格したいと思っていた高校3年の時に、「浪人した人間の方が社会で役に立つ」とおっさんに言われたが(普通、なんとか現役で大学に通りたいと思って努力している高校3年の息子にそんなこと言う父親なんてないと私は思ったのだが、あるのだ。どこにあるかというと我が家にあったのだ)、三流企業の役員のおっさんにとっては「高校卒業時には合格できる大学なんてなかった人で、なんでそんな大学に行くような人が浪人なんてするんだと思うような浪人をして、『今、浪人で大変やね~ん』などと、ちっとも勉強なんてしていないおまえが大変なわけないだろうが・・というようなやつが言いまくって、「1浪で私立バカ大学」に行ったというようなヤツの方が上役の機嫌をとる能力に優れているということを「浪人した人間」の方が「会社で」そのおっさんに喜ばれるという意味で言って、必要もない浪人をさせようとされるというのは、現役で大学に行けるようにと小学校1年の時から努力してきた者にとっては酷であるとともに、逆に、慶應の内部進学の人間や格下の高校のヤツ・クロマティ高校卒のヤツで最初から「1浪で慶應」を目指していたヤツ、「1浪で慶應」なら御の字も御の字・ウルトラ御の字のヤツの大学に行かされて、そいつらから「三跪九叩頭の礼」を要求され続ける「大学」に行かされるくらいなら、「あと1年」余計にかければそうでない大学に行けるのなら、その「あと1年」はかけさせてもらってもいいのではないか。その「あと1年」はかけるべきものである。 その「あと1年」をかけさせてもらえるように、そのために、小さい頃からよその子が買ってもらえるものでも買ってもらえないのを我慢し、よその子より安いものでも我慢してきたのであるから、その必要な「あと1年」はかけさせてもらうべきであり、そうでないなら、何のために、小さい頃からよその子が買ってもらえるものを買ってもらえなくても我慢し、よその子より安い物でも喜んできたのかわからないことになる。 親ならば、その「あと1年」はかけさせてやるべきだと私が親なら思う。
   しかし、うちの父親は、私が小さい頃から、「遊びのものになんてカネかけたらいかんのや」とか「そんなものに贅沢してはいかん」とか言いまくって、よその子は買ってもらえているものを私には買わないようにして、よその子は高いものをいくつも買ってもらえていても私には申し訳みたいなものしか買わないようにしてきたはずだったが、ところが、私が大学に進学する時になると、何とか現役で大学に行きたいと思っていた高校3年の時は、「浪人した人間の方が社会で役に立つ。あんたあ、浪人しなさい」などと耳を疑うようなことを言い出し、浪人すると「電卓、でんたっく、デンタックウ」と言って「あんたが浪人したおかげで、わしは◇◇円の損をさせられた」と言い、「あと1年」かけさせすればまともな大学に行けるという「あと1年」を、あんたにカネ出してもらわなくても自分で働いて「あと1年」の費用はかけるからと言ってもそれをさせないようにした。「親は惜しみなくすべてを奪う」とでもいったものだった。うちの父親は「わしがあんたにやってあげてやってやってやってあげてやったものはいっぱいあるけれども、あんたにわしがやってもらったものは今までに何ひとつとしてないし、今後ともあんたに何かやってもらうことは絶対に何ひとつとしてないんやからなあ」と言うのだったが、そんなこと言うおっさんの葬式なんて、なんでやってやらにゃならんのだ・・とも思ったがそうもいかないので葬式やったけれども、今もそのおっさんの墓の掃除を私がやらないと誰もやらないから私が掃除しているけれども、なんで、そういう口をきいた男の墓なんて掃除してやらなきゃならんのかと思う。むしろ、あの男の墓を見るたびに、墓石を蹴り倒してやりたい気持ちになる。あの男は私が小さい頃から「遊びのものになんてカネかけたらいかんのや」とか「そんなものに贅沢してはいかん」など言いまくり、よその子が買ってもらえているものでも私には買わず、買う場合もよその子よりも常に安いもので、よその子がいくつも買ってもらえても私には1つだけだったりした。それを私は「遊びのものにカネをかけるのではなく、本当に必要なものにかけるため」だというあの男の言うことを本気にしてしまったが、実際はそうではなく、根性が「しぶちん」「しみったれ」だからカネださなかっただけで、私が大学に進学する時に、子供の頃から節約してきたカネを必要な部分にはかけさせてもらえるのだろうと思い込んでいたのは愚かな妄想だった。しかも、あの男は「こいつには、小さい頃から、よそとはちごうて、欲しいというものはどんなもんでも、何でも何でも、どんなもんでも、ええもんばっかし、こうてきてやってやってやあってやってきたから」などと言いだし、「絶対に違う。絶対にそんなことない」とさすがにいくらお人よしの私でも否定したが、そうすると、「はあん。こいつ、こんなこと言いよる。難儀なやつやなあ、こいつはあ。こいつ、ビョーキやからこういうことを言いよるんや。これはクスリ飲ませたらんとあかん。それも、相当大量に飲ませたらんとあかん。クスリだけやのうて、電気ショックとかロボトミーとかやったるべきや! こいつに電気ショックやってわからせてやらんといかん! 電気ショックやったるべきや、電気ショック、電気ショック」と・・うちの父親はそう言ったのだ。父親というものはそういうものかどうか・・といっても、世の中にはいろいろな父親があり、よその父親を見るとそうではない父親の方が圧倒的に多いように見えたが、うちの父親はそういう男だった。親というものは常に子供のためを思い、自分を犠牲にして子供のために尽くすものであって、その親に感謝の気持ちをもち・・とかなんとかかんとか言いたがる言わせたがる知性のかけらもない下品なおっさんというのが自民党という政党には多い・・というよりも、自民党という政党はそういう人間の巣窟であるが、私はどこの政党も支持できる政党というものはなくなってしまった人間であるが、自民党みたいなそんな下劣なヤツラだけは絶対に支持することはできない。
  内部進学の人間および「アタマが内部進学」の人間は、自分たちは公立進学校出身の人間に「三跪九叩頭の礼」をさせる権利があるように思っているが、できるだけもめないようにと思って我慢しても、そんな「三跪九叩頭の礼」なんてしても、だからといってそんなものに何か御利益(ごりやく)があるわけではない。 内部進学の人間および「アタマが内部進学」の人間に対して「三跪九叩頭の礼」なんてする必要はない。嫁をそいつらのなぐさみものに差し出す必要もない。そいつらは自分たちは「外部のやつらを教育してやらんといかんからなあ」と言って、「教育」する権利がある・ひとを支配する権利があると思い込んでいる連中・そういう「教育」を受けてきた連中・自分たち特権階級に対しては慶應義塾の軒の下の先っぽに御情けで入れてやったヤツは平身低頭してかしづくのは当然だと思っているのであり、そいつらに我慢して「教育」されたから何か御利益があるのかというとそうではなく、さらに重度な「教育」して楽しんでやろうと彼らは考えるようになるだろう。「自ら虫けらとなる者は後で踏みつけられても文句は言えない」「黙っていたらなめられる」「立て、奴隷となるな、我が人民。我らの血肉で築こう、新たなる万里の長城を」。
  普通、公立進学校出身の人間は、順天堂医大とか独協医大とか帝京大医学部とか関西医大とか行ったような人間なんて、アホだと思っているしバカにしている。「バカでも入れる美大の建築学科」なんて自分は行かせてもらえる可能性は最初からないし、そんな所に行くような人間なんてバカにしているし、バカだと思っている。自分は行かせてもらえるわけない所に国公立に行けるだけの努力もしないでカネで行ったようなヤツなんて、軽蔑して何が悪いかと思っている。ところが、「塾風を身に着けている」ような人はそうではない。 私立受験校には今では公立伝統校よりも「進学成績」はいい学校もあるのだが、そういう私立受験校出身者と公立伝統校出身者では慶應内部進学および「アタマが内部進学」は公立伝統校出身者の方により敵意を持つ。その理由は2つあり、ひとつは私立受験校出身者は「大学受験のための勉強」はやっても「高校の勉強」はやっておらず、「高校の勉強」という意識はないのに対して、公立伝統校出身者は「大学入試とは別に、高校の勉強は高校の勉強だ」という意識がある。それを慶應内部進学や「慶應心理学」は「受験勉強の悪影響だ」と「診断」する。内部進学および「慶應心理学」が「受験勉強」と言って「高校の勉強」のことを否定しようとしても、「高校の勉強」を「受験勉強」だとは考えていないので、その点で、慶應内部進学および「アタマが内部進学」と公立伝統校出身者とは世界観・学問観が異なる
  もうひとつは、私立受験校出身者というのは「私立の経験者」であり、「カネかける学校」に行った人間で、その点で慶應内部進学と共通点があり、公立伝統校出身者というのは「カネかけない学校」卒の者でその点で立場が違う。順天堂医大だの独協医大だの帝京大医学部だの関西医大だのなんて、最初から入学試験でいい成績を取れてもそんな多額の寄付金のいる「大学」なんて行けるわけがない、選択肢にない人間であり、医大でも選択枝にあるのは国公立の大学か私立に分類されるが都道府県が設立母体で実質は公立のような自治医大とか在学中も公務員の扱いで給料もらえる防衛医大とかが選択肢にあっても私立金権医学部なんて選択肢になく最初から視野に無いのに対して、私立受験校出身者にとっては「選択枝の中にはある」「一応、視野にはある」のであり、その点においては私立受験校出身者の方が公立伝統校出身者よりも慶應内部進学および「アタマが内部進学」にとっては意識が近いのである。
  慶應の場合は「小学校から高校まで」と大学とでは「小学校から高校まで」の方が本体であり、慶應の場合は「小学校から高校まで」慶應に行って大学は順天堂医大とか独協医大とか、あるいは、日体大とかに行った人と、大学だけ慶應に行った人間とでは、「小学校から高校まで」慶應に行って大学は順天堂医大とか独協医大とか、あるいは、日体大とかに行った人間の方が「本物の慶應」なのである。慶應義塾高校の体育館の前にいた慶應義塾高校の体育教諭の眼を見てわかった。あの男とその眼を見て、最初、どういう意味だろうなあと思ったのだが、わかった。あの眼はそういう意味の眼であった。


《2》 1980年代の後半、三田の講堂のような大教室で「就職ガイダンス」というのがあり、就職部長だったT経済学部教授が、挨拶をされたのですが、どういうことをおっしゃったか。 「この前、三田の構内を歩いていたら、私の近くで大声をあげるやつがいた。遠くに友達がいたようで、『お~い』と大声だして呼んだようなのだが、この私が横にいるんだよ、この私があ~あ! んがぁ! この私を怒鳴りつけるとは何事だあ、この私をぉ、んがぁ!!!  会社で社長を怒鳴りつけるやつがあるかあ! 社長を怒鳴りつけるようなやつはクビだあ! きみたち、これから就職するにおいて、このくらいのことは心得てもらわんといかん。社長を怒鳴りつけるようなヤツはクビだあ! まったく、私がそこにいるのにからに、大声出しやがってからに、非常識にもほどがある。殴ってやろうかと思ったんだけれどもね。社長がすぐそこにいるのに大声はりあげるやつがあるかあ~あ! 殴ってや~る!」・・・と、そうおっしゃったのだ。
  ・・・なんか、物騒なおっさんやなあ・・・、いかにも「慶應タイプ」て感じ・・・。 横に就職部の瀬楽さんという方、この方も慶應大学卒らしく、私も相談に乗ってもらったことがある方なのですが、瀬楽さんも、横にいて、「先生、そういうお話はちょっと・・」とも言われなかったが・・・、まあ、私が瀬楽さんの立場であったとしても、いきなり、そういうことを絶叫されても、そういうのを止めるとまた怒りよるでしょうし、別に、止めるのは俺の役目でもないわなあ・・と思うと、黙ってよかな、ということになったのかもしれませんが、いかにも、「慶應タイプ」て感じですし、いかにも「慶應の経済」て感じがしました。「ほとんどビョーキ」というのか、なんというのか、「慶應タイプ」、それも、特に「慶應の経済」というタイプですね。
  経済学部と商学部はどう違うのかというと、もともと、慶應大学の場合は「理財課」と言っていたのですが、東大など国立大学と学部名を合わせないと大学と認めてもらえないという時期があって、その時に「理財課」を「経済学部」と名称変更したらしいのですが、それを、戦後、学部の定員を増やそうという話が出た時に、それなら、いっそ、学部を2つに分けてはどうかという話が出て、商業学・経営学・会計学なども扱うけれども経済学に比重が大きい学部を経済学部、経済学も扱うけれども商業学・経営学・会計学など経済学以外に比重が大きい学部を商学部としたそうで、「商学部」という学部名も商学部ではなく経営学部にした方がいいのではないかとか、会計学部とか産業学部とか他にも意見はあったが商学部にとりあえずなった、というものらしい。だから、もともと、理財課だったものが経済学部になり、それを2つに分けて、今の経済学部と商学部になったのであって、経済学部が理財課の後身であって商学部は何もない所に新しく作った学部というわけではなく、経済学部と商学部の両方が理財課の後身だ、ということらしい。公認会計士を目指す人にとっては、商学部の方がカリキュラムの内容は経済学部よりも公認会計士の試験の内容に近いらしいが、田中真紀子さんの息子は慶應の経済学部卒で公認会計士になったらしいが、経済学部卒でも公認会計士の試験に通る人はいるようだ。しかし、世の中には「名前を欲しがる」という人がいるのです。昔からあるものを2つに分けて、片方に昔からの名前をつけて、他方に別の名前をつけると、どうも、昔からある名前をつけているものの方がいいみたいに思えてしまう場合があります。
  「名前の力」というのはけっこうあって、関西でも、大阪大学は元大阪高等工業で工学部から発祥の大学、神戸大学は元神戸高等商業で経済学部から発祥の大学で、関西では最初から帝国大学として作られた京大は別として、阪大と神戸大なら、社会科学系学部は神戸大の方が歴史はあったわけで、私が高校を卒業した頃、1970年代後半においては、大阪大学卒の社長の数と神戸大卒の社長の数なら神戸大卒の社長の数の方が多かったのですが、ところが、最近では大阪大学卒の社長の数の方が多くなったらしい。「大阪」という地名は東京・京都と並ぶ地名ですが、「神戸」は山口組ならブランドでしょうけれども、一般には東京・京都・大阪に比べると、どうしても下になってしまう。大阪大学なら、東大・京大に次ぐ旧帝大だけれども、神戸大だと、どうしても関西中心・西日本中心というイメージがある。 東京の共立薬科大学が慶應大学と合併して、慶應大学薬学部になりましたでしょ。あれだって、もっと、「名前の力」がない大学との合併なら、相手方の名前を名のるのは嫌がったのではないかと思うのですが、共立薬科大学よりも慶應大学薬学部の方がいいでしょ。彦根高等商業は、大津の教育学部と一緒に滋賀大学になって滋賀大学経済学部になりましたが、もしも、大津の教育学部と一緒になるのではなく、京都大学と一緒になって、京都大学には経済学部がありますから、それとは別に、彦根高等商業は「京都大学産業学部」とかになっていたならば、きっと今よりずっと評価は高くなっていたと思いますよ・・たぶん・・。大阪外大も大阪大学外国語学部になりましたけれども、合併前、大阪大学英文科・大阪大学フランス文学科と大阪外国語大学英語学科・大阪外国語大学フランス語学科なら、英文学・フランス文学を学ぼうということなら英文科・フランス文学科の方がいいとしても、外国語をマスターすることで商社とかに勤めたいということなら、英語学科・フランス語学科の方が良さそうですが、一期校・二期校の制度があった時、もしも、両方通ったなら、大阪大学文学部と大阪外国語大学となら、やっぱり、人間の気持ちとして、大阪大学の方に行きますでしょ。「いや、そんなことない」とか意地張らなくていいですよ。人間の気持ちとしてそんなところがあると言っているのであって、東大理科一類とか京大工学部と私立金権ドバカ医大と通ってドバカ医大に行くというのなら好きに行けばよろしい。私は、経済学部も商学部も行きたくない学部だったのですが、どう違うのかよくわからなかったのです。実際、行くまでよくわからずに行ったという人はいるのではないかと思います。
  経済学部と商学部がある大学としては、他に一橋大がありますが、一橋大も慶應と同じく、商業学・経営学・会計学などもやるけれども経済学に比重が大きい学部が経済学部、経済学もやるけれども商業学・経営学・会計学などに比重が大きい学部が商学部ではないかと思います。神戸大は経済学部と経営学部がある大学で、おそらく、慶應・一橋で商学部と名前をつけた学部に該当するものに経営学部と名前をつけたのではないかと思います。大阪市大は経済学部と商学部と経営学部があったはずですが、大阪市大は慶應・一橋・神戸大が2つに分けたものを3つに分けたのでしょう。 東大・京大・阪大には経済学部はあっても商学部・経営学部はありませんが、慶應・一橋の商学部、神戸大の経営学部に該当する学部がないわけではなく、東大は入る時は文科二類で、専門課程で経済学部経済学科と経済学部経営学科があったはずで、経済学部の中に慶應・一橋なら経済学部と商学部、神戸大なら経済学部と経営学部に該当するものがあるようです。
  おもしろいというのか、なるほどなあ~あ・・と思うのは、オーナー企業の社長の息子で東大の文科二類に行った人は、経済学部経済学科よりも経済学部経営学科に行く人が多いのですが、慶應の場合は、オーナー企業の社長の息子というのは、商学部よりも経済学部に行きたがる人が多い。又、内部進学の人は経済学部に行きたがる人が多いようなのです。 な~んでか? というと、東京大学経済学部経済学科と東京大学経済学部経営学科となら、経営学科の方が会社経営に関係するものをより多く学べると考えてのものだと思いますが、慶應の場合は、慶應大学経済学部と慶應大学商学部なら、「慶應の経済」の方が、「ブランド力がある」と考えてのものでしょう。「慶應の経済」というものにブランド力を感じている人というのがいるらしいのです。しかし、理財課の後身としての「慶應の経済」は、経済学部だけが「慶應の経済」ではなく、経済学部と商学部の両方が理財課の後身である「慶應の経済」のはずなのですが、「慶應の経済」という名前を欲しがる人にとっては、そんなことはどうでもいいらしいのです。ともかく、「慶應の経済」という名前が欲しいのであって、そこで何を学ぶかなんてどうでもいいのです。逆に言うと、「慶應の経済」というのは、そこで何を学ぶかなんてどうでもいい、「慶應の経済」という名前が欲しいという人が行く所・・、なんか、チンケなやつの行く所・・・と考えることもできます。
  もうひとつ、一橋とか神戸大とか大阪市大では、経済学に比重を置くか商業学・経営学・会計学などに比重を置くかの違いですが、慶應の場合は、それだけではなく「慶應の経済」という名前を欲しがる人間が行くのが経済学部というものと、もうひとつ、内部進学の人の比率が大きいのが経済学部で、慶應の社会科学系学部の中では内部進学の人の比率が小さいのが商学部、いかにも慶應慶應しているのが経済学部、病的慶應・・というと怒られるでしょうから口に出さない方がいいかもしれませんが、いかにも慶應て感じの気色悪いのが経済学部で、慶應の中ではまだそうでもないのが商学部・・という傾向があります。
  世間一般の人間は知らない人が多いでしょ。でも、知ってる人は知っている。慶應の中で、もっとも慶應慶應しているのが経済学部。大きな声で言うと殴りかかられるから怖いけれども、「ほとんどビョーキ」の人が多いのが経済学部・・・。
  だいたいね・・・。 慶應の三田の構内を歩いていたら、遠くに友達がいたから、呼ぼうとして、小さな声で言ったのでは聞こえないから、大きな声で「お~い」と叫んだというやつがいた・・・として、その近くを歩いていたら、いきなり、横で大声だされたのでびっくりした・・、なんだ、自分が怒鳴りつけられたのかと思ったら違った・・・として、それで、なんで、「殴ってや~る」なんて話になるんですか? そう思いませんか?  なんだか、「ほとんどビョーキ」て感じしませんか・・・というと怒られるでしょうけれども、殴られるかもしれませんね。「殴ってや~る」とかマイクに向かって何千人を前にして叫ばれるかもしれません。こわい、怖い、こわい、怖い・・・。
  ああ、こういう人のことを「本物の慶應」とか「慶應ボーイ」とか言うんだなあ・・・と思いました。

  念のため、お断りしておきますが、その先生、T居教授がお怒りになった、T教授が慶應の三田の構内を歩いていたら、近くで大声を張り上げるやつがいたので、怒鳴りつけられたのかと思ったらそうではなく、遠くに友達がいて、それを呼ぼうと思って「お~い」と大声だしたということだった、というその男は私ではありませんし、呼んだ相手の友達も私ではありません。私はその場にいたわけでも何でもありません。ですから、あくまでも、事実関係はその就職部長のT教授のお話を前提に考えるしかないのですが、T教授が話されたことをもとに考えてみまして、事実関係としては、別にその人は、T教授に怒鳴りつけたわけではなかったのです。 遠くに友達がいたので呼ぼうとしたけれども、小さな声ではわからないので、それで、大きな声で「お~い」と言った、ということだったのです。
  しかし、横を通行していたT教授は、近くで大声だされたのでびっくりなさった・・・という、こういうことです。それで、「殴ってや~る」とT教授は思われたらしく、「殴ってやればよかった」とも言われたのです。そんなことで殴られたのでは、殴られた方がびっくりしますよ。なんだか、「慶應タイプ」というのか「慶應の経済」というタイプの人って、狂暴というのか物騒というのか、うかつに慶應の構内歩けませんねえ・・・。
  もしもですよ。 自分が歩いていて、横で大声あげられたので、自分が怒鳴りつけられたのかと思ってびっくりしたけれども、どうも、違ったようだった・・ということならば、それなら、「おい、あなた、びっくりするじゃないか。友達を呼ぶのに大声だしたのかもしれないけれども、それなら、大声出す前に近くに人がいないか見てからにしてくれよ。私が怒鳴りつけられたのかと思ってびっくりしたじゃないか」と言ってあげればよかったのと違うのですか。
  「社長に怒鳴りつけるようなやつはクビだあ~あ!」という話は、なんで、友達を呼ぶために大声だしたヤツの話がそこに結びつくのかもよくわからんのですが、「これから、就職するにおいて」として言われたわけですから、それならそれで、「会社に勤めたら、社長が近くを通っている時に大声だしたら、自分が怒鳴りつけられたかと思ってつむじを曲げる社長だっているかもしれないよ」とでも言ってあげればよかったことではないのか。

  まず、事実関係としては、別に、そのT教授が怒鳴りつけられたのでも何でもなかったのです。横で大声だされたのでびっくりした、ということだった。「この私がいるのにだよ。この私が」とおっしゃるからには、おえらい先生なのかもしれませんが、御自分では「おえらい先生」なんだよ、私はと思っておられたのかもしれませんが、肩書は「経済学部教授」であって、その経済学部教授の中でも「おえらい先生」なのか「普通の先生」なのかなんて、一般学生はわかりませんよ。
  「この私がそこにいるんだよ。この私が」と言われても、その教授の講義を履修して週に1回、顔を見ている人はわかるかもしれませんが、そうでなければ、大学生の年齢ではなさそうだし、なんかえらそうにしているということは、事務職員ではなく教職員なのかな・・・くらいのものでしょう。 1980年代の塾長の石川忠雄教授は、中曽根売国奴内閣の臨教審として「教育勅語のようなものを設立したい」とか発言した右翼反動教授として知られていて、顔写真が新聞などに出ることもありましたから、わかる人もいるでしょうけれども、それでも、写真と実物とでは感じが違うこともあるので、写真を見ればわかっても、実物に横を通られてもわからないという場合だってあるでしょう。T教授の御名前は、「この私が」とおっしゃるのに大変申し訳ないけれども、私だって、その就職ガイダンスまで、「名前も知らんかった」し、「顔も初めて見た」のです。「この私がだよ」「この私がいるのにだよ」「この私がなんだよ」とおっしゃるのですが、そうおっしゃるからにはおえらいのでしょうけれども、「えらいえらいえらいえら~い! あんた、天皇へーか。 あんた、天皇へーか。えらい、えらいえらい、えら~い!」と、西川きよし と横山やすし の漫才で西川きよし が横山やすし に言って、横山やすし が「何やねん。それえ。やめえ! 何や、それはあ」と言ったというように、「えらい、えらいえらいえら~い!」と言えば喜んでいただけたのかもしれませんが、しかし、現実問題として、T教授の顔なんて誰も知らんし、大部分の人間は名前も知らんよ。
  その頃、慶應の教授で一般に名前が知られていた人というと、「プロ野球に詳しい」という池井優政治学科教授が有名人だったと思いますが、それも「プロ野球に詳しい」て、なんかそのへんの酔っ払いのおっさんみたいな理由で有名だったわけで、研究内容で有名だったわけではないのです。 速水融という政治学科教授は講義の最中に「恋かな、イェイ♪ 恋じゃな~い、イェイ♪」と教壇で歌いだすという噂があったが・・・、まあ、たぶん、違うと思う。〔⇒《YouTube-早見優夏 色のナンシー》https://www.youtube.com/watch?v=-ugRY9AKAf0 〕
  しかし、今、聴くと、早見優て、歌、へたくそだな、ほんと。クラシックの声楽家と違って、歌を歌うことで評価される歌手ではないとしても、それにしても、歌を歌うのを仕事にしているのなら、もうちょっと練習したらどうかと思うのだが、よくも、こんな下手くそな歌をひとにカネとって聴かせるものだと思う。2002年に東京都八王子市にあった「フロッピイ」という健康センターというのかスーパー銭湯というのかに行った時、家族でやっているらしい芸人一座が来ていて、10代の若いおにいちゃんたちが舞台で歌いながら踊って見せたのだが、歌っていた歌というのはそのへんの歌謡曲でしかないのだが、中学校や高校の文化祭で歌謡曲を歌ったりロックバンドやったりするやつというのがいるのだが、そいつらのものとは明らかに違った。どこが違うかというと、上手いか下手かよりも、自分たちが喜んでいる楽しんでいるのか、お客さんに喜んでもらおうとしているのか、という違いだ。私はアマチュアコーラスの演奏会というものは基本的に聴かないことにしているのだが、その理由は1つではないのだが、一番大きなものとして、聴いてもらってお客さんに喜んでもらおうという姿勢でやっているか、それとも、自分たちが楽しもうとしてやっているかという問題において、アマチュアコーラスやっている人というのは、自分たちが楽しむためにやっていて、観客に喜んでもらおう楽しんでもらおうという姿勢でやっていないという点がある。八王子市の「フロッピイ」に来ていた芸人一座のにいいちゃんたちは、やっているものは中学校や高校の文化祭で歌謡曲やロックバンドやっていた人間と似たものだったが、自分たちが楽しむのではなくそこにいるお客さんに喜んでもらおうという姿勢でやっていたという点が文化祭のやつとは大きな違いがあった。早見優というのはクラシックの歌手のように声楽を学んできた者ではないというのはそれは最初からわかるのだが、それにしても、お金をもらって歌手やっているのなら、もうちょっと、「聴ける歌」を歌う練習くらいしたらどうかと思う。あれでは聴く者に対してあまりにも失礼である。映画『ティファニーで朝食を』の中で、オードリー=ぺプバーンが歌う「ムーンリバー」は、もともと、俳優であって歌手ではないオードリー=ヘプバーンが歌える声域が狭く歌いやすい歌としてヘンリー=マンシーニは作曲した歌だったらしいが、ビデオ屋で借りた『オードリー=ヘプバーンの思い出』によると、歌手ではないオードリー=ヘプバーンは相当練習したらしく〔《YouTube-ムーン・リバー「Moon River・和訳」オードリー奏う 》https://www.bing.com/videos/search?q=%e3%83%a0%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%83%bb%e3%83%aa%e3%83%90%e3%83%bc&docid=607990180313172305&mid=750C1410AB6F15A28CC3750C1410AB6F15A28CC3&view=detail&FORM=VIRE 〕、オードリー=ヘプバーンが演じていた登場人物だって歌手ではないわけで、だいたい、ベルディのオペラ『ラ=トラビアータ』でヴィオレッタの役の女性が、肺病で死にかけている瀕死のヴィオレッタが床に横になったという歌いにくい姿勢でものすごい歌を歌ってみせる・・・て、歌としてはうまくても、劇として見ると、なんで、死にかけている女性がそんなものすごい歌を歌えるんだ? 不自然と違うかという歌を歌ったりしていたのに対して、映画『ティファニーで朝食を』でオードリー=ヘプバーンが歌う「ムーンリバー」はその場面でのその登場人物が歌う歌としては「ちょうどいい」くらいのものだったと思うのです。オードリー=ヘプバーンはそういう歌い方をしているのです。早見優が歌がうまいとは最初から思っていませんが、それにしても、カネとって聴かせるからには、せめて、「聴ける歌」を歌ったらどうか、「聴ける」程度には練習したらどうか・・と思うのですが、練習する気ないのと違うのか。早見優はあまりにも視聴者をバカにした歌い方です。その頃、ラジオの『百万人の英会話』で週に1回、ハワイ出身の早見優が講師役になってやるというのがあって、早見優が「わたし、えらそうにしてますかね」と、歌謡曲の歌手なのに、「英語の先生」の役をやることで、えらそうにしているように思われてないかということを口にしたことがあったが、早見優の歌をきくと、そっちの方が「えらそうに」している。およそ、聴ける内容でないような歌をひとに聴かせてカネもらおうという「えらそう」な態度をとっている。
  ・・で早見優はさておきまして、速見融教授は早見優と名前の読みが一緒ということで慶應大の学生の間では有名だったが、あくまで「はやみゆう」という名前が知られていただけ。 大学から慶應大学に入った人間ならば、文学部の高梨健吉という教授の名前はたいてい知っていたのではないかと思う。 この人が大学から入った学生の間では、最も名前を知られていた教授ではないかと思う。 なぜ、知られていたかというと、美誠社から出ていた『基礎からの英語』『総解 英文法』『英語の構文150』『英文解釈の徹底理解』の著者だから知られていた。しかし、「知られていた」と言っても、名前が「知られていた」のであって顔が知られていたわけではないから、慶應の三田の構内を歩いておられたとしても、わからないと思う。 他に、「蛍雪時代」に出ていた「入試によく出る作家」として「現代国語」の対策として読んでおいた方がいい作家として何十人もの名前があがっていた中の1人として、文学部哲学科の沢田充茂(のぶしげ)教授の名前があって、講談社学術文庫からも本が出ていたと思うので、そういったものを見ていた人は名前くらいは知っているだろうけれども、それでも、知っているのは名前であって、顔なんて知らんよ、誰も。 岩波ジュニア新書の『日本の宗教』『世界の宗教』とか、岩波新書で『国家神道』とかを書いていた村上重良さんは、東大卒だけれども慶應の講師で、私もこれらの本は買って読んだし、愛読者として知っていたが、それでも「知っていた」のは名前であってどういう顔をしておられるかなんて知らんよ。
日本の宗教: 日本史・倫理社会の理解に (読みなおす日本史) - 重良, 村上
日本の宗教: 日本史・倫理社会の理解に (読みなおす日本史) - 重良, 村上
  「こ~の私が、そこにいるんだよ。他でもないこの私が」とか言われても、大部分の学生は、T教授の顔なんて知りませんよ。なんか、ビョーキちゃうかあ~あ・・て感じ・・なんて言うと、「慶應心理学」からこっちが「病気」と「診断」されそうで怖いのですが、ビョーキでないとしても、「この私が」なんて言われても、御自分はよっぽど有名人だと思われてるのかもしれませんが、大部分の学生はわかりませんて、ほんと。
  「慶應の商学部の学生の間で最も有名な経済学者」というと、・・・何と言っても、西川俊作・・・とはどういう方かというと、慶應大学商学部教授で、『経済学 第2版』(東洋経済新報社)という慶應大学の商学部の1年に配置されている「経済学」という必修科目の教科書の著者・・として知られているので、商学部の学生は誰もが名前を知っている。慶應大学商学部においては、アダム=スミスやカール=マルクス、ケインズなどに匹敵するくらいの超有名人・・・だけれども、それでも、知られているのは名前であって顔ではない。
経済学 - 西川 俊作
経済学 - 西川 俊作

  「殴ってやれば良かった」・・・て、後から言うのではなく、その場で、「おい、あなた、びっくりするじゃないか。大声で友達呼ぶのなら、その前に、まわりに人がいないか見てからにしてくれよ」と言ってあげればよかったのと違うのでしょうか。だいたい、「殴ってや~る」て、なんや、物騒なおっさんやなあ・・・・て感じが・・しませんか?
  きっと、この人、内部進学なんだろうなあ・・と思いました。たぶん、そうです。 それから、慶應でも経済学部・商学部・法学部法律学科・法学部政治学科なら、経済学部と政治学科にこういうタイプの人が多いのです。政治学科はリベラルで良心的な人と、竹村健一・山本七平と同類の右翼教授との2派に分かれているような感じでしたが、そういう「殴ってや~る」とか叫ばれるような「物騒なおっさん」て感じの人は特に経済学部に多いのです。

  それから、「社長を怒鳴りつけたら、クビだあ!」とおっしゃるのですが、でも、その方は、あくまでも「大学の先生」であって社長と違うはずなのです。社長になりたかったのなら、大学に残るのではなく、会社につとめて社長になればよかったのと違うのですか。
  社長じゃないのに、なんで、「社長に向かって」とおっしゃるのか、なんかもう支離滅裂( 一一)

  会社に勤めて、社長に怒鳴りつけるのはいいか悪いか・・・というと、「社長に」であれ「社長が」であれ、「話は穏やかに」するのが好ましく、怒鳴りつけるような話し方というのは「社長に」であれ「社長が」であれ好ましくないでしょう。
  しかし、何か重要な問題について話をしていて、議論が白熱化してきて、声が大きくなったとか、そんなことで、「クビだあ」などと言って通じるかというと、通じては困ります。
  あるいは、社長がけしからんことをしよった・・というケースはどうか。社長に嫁を寝取られた・・・という場合に、「この野郎!」と社長を怒鳴りつけたら、「クビだあ」と解雇されなければならないのか? 「自ら虫けらとなる者は、後で踏みつけられても文句は言えない」(イェーリング『Recht(権利=法)のための闘争』に引用されるカントの言葉)。 「たて、奴隷となるな、我が人民。 我らの血肉で築こう。新たなる万里の長城を」(中華人民共和国国歌。ロバート=ペイン『毛沢東』角川文庫 所収。) ひとの嫁にちょっかいだすような社長に対して、怒鳴りつけたからと言って、それが何じゃい! むしろ、怒鳴りつけるだけではなく、コークスクリューパンチ でもお見舞いしてやっていいのではないか。
※ 「コークスクリューパンチ」とは、『あしたのジョー』で、矢吹丈が最後に対戦した世界チャンピオンのホセ=メンドーサが得意としたパンチで、相手にあたる直前に手首をぐいっとまわし、パンチが相手に当たる瞬間に拳が回ることでより大きなダメージが与えられる・・・というパンチである。
  社長であろうが何であろうが、「自ら虫けらとなる者は後で踏みつけられても文句は言えない」であり、社長だからといって何でも我慢しなければならないというものではない。社長は何やっても許されるというものではない。むしろ、「黙っていたら、なめられる」
権利のための闘争 (岩波文庫) - イェーリング, Jhering,Rudolf Von, 淳一, 村上
権利のための闘争 (岩波文庫) - イェーリング, Jhering,Rudolf Von, 淳一, 村上

   法律論理としてはどうかというと、「社長を怒鳴りつけた」ということでの解雇は認められるかというと、それは「解雇権の濫用」と評価されて、そんな解雇は無効と考えるべきでしょう。 但し、あくまでも、「法律論理としては」であり、日本の裁判所がどうするかは別問題であり、卑劣な経営者は、あることないこと、もしくは、ないことないこと、でっち上げて、こんなことがあったとか言い出す可能性はあるわけで、そうなった時に日本の裁判所が頼りになるかというと、あまり頼りになりそうにない・・しするので、裁判になった場合にどうなるかはわからない。 しかし、そうであったとしても、「法律論理としては」というものは、経営者は尊重するべきもので、そんなに簡単に「クビだあ」などと言ってもらっては困ります。

  まず、「社長に」であれ「社長が」であれ、「話は穏やかに」するのが好ましく、怒鳴りつけるような話し方というのは好ましくないはずですが、なんで、怒鳴りつけないといけないことになったのか、というそこが問題です。怒鳴りつけられなければならないようなことを社長がやったのであれば、それを棚に上げて、従業員をいじめるようなことはいけません。そういう社長に対しては従業員は団結して抗議するべきです。なかなか、団結を結成しようとしても、裏切者が続出して簡単ではないかもしれませんが、少なくとも、怒鳴りつけられなければならないようなことをした社長を怒鳴りつけたからといって、「クビだあ」と言うような社長の方こそ、「長い目で見るならばハリコの虎」であり、そんな社長がはびこっている会社というのは「長い目で見るならばハリコの虎」でしょう。

  ・・・それで、もう一回、元に戻って、別にそいつはそのT教授を怒鳴りつけたわけでも何でもないわけで、遠くに友達がいたので、小さい声で呼んだのではわからないから、大きな声で「お~い」と呼んだら、近くにT教授がいて、「この私に向かってえ」と激怒された・・ということだったようですが・・、それは「社長に怒鳴りつける」というものとは別のことですし、就職ガイダンスで何千人も前にして、マイクに向かって叫ぶようなことでもないはずですしするのですが、なんだか、いかにも「慶應タイプ」、いかにも「慶應の経済」て感じがしました。

  それともうひとつ。内田康夫の小説で、何だったか、大学教授で若手の助教授(准教授)だとか助手(助教)だとかにえらそうにして我儘放題やってる教授が登場するが、その教授は学生にもそうかというと学生にはそうではないそうで、それはなぜかというと、助教授(准教授)とか助手(助教)・講師というのは「大学にカネもらって勤めている人間」である、大学の従業員であるのに対して、学生は「大学にカネ払って来ている人間」であり、その点で学生は「お客さん」であって従業員ではないと考えて、「カネを払って大学に来ている人間」には「カネもらって勤めている人間」に対する態度とは区別しているそうだったが、学生の側が「お客さん」ヅラすることはないと思うけれども、しかし、一面として、学生は「大学にカネ払って行っている人間」であって「大学からカネもらって勤めている人間」ではない、教授・助教授(准教授)・助手(助教)・講師は大学の従業員であっても学生は従業員ではない、ということも、そういう面もあるということは教授先生は認識された方がよいのではないか、とも思うのだが、T居経済学部教授は認識されていおられなかったようだ。

  慶應大学にも、慶應大学以外の大学卒の先生がおられたのですが、そういう方と話すと、「ここの学校の先生はねえ~え」と言われることがありましたが、「ここの学校の先生はねえ~え」と言われるようなそういうタイプの人、時々、爆発するタイプの先生というのが、慶應にはいらっしゃるのです。そういう人は、たいてい、内部進学ですが、普段は普通の顔をしておられても、そういう「時々、爆発するタイプ」の方というのは、休火山みたいなものですから、普段は活火山のように見えなくても、何時、爆発して火砕流が流れ出してくるかわかりませんから、近づくのは要注意です。

   T経済学部教授はおえらい方だと御自分でおっしゃる方だったようですが、しかし、おえらい方ならそれならそうであればこそ、近くで大声だされたけれども、別に自分が怒鳴りつけられたわけでもないとわかったなら、「おい、あなた、びっくりするじゃないか。友達よぶのなら、それならそれで、近くに人がいないか確認してからにしてくれよ」と言ってあげればいいことで、その時は何も言わないで・・というよりも、何も言えないで、後から、何千人と前にして、マイクに向かって「殴ってや~る!」・・・て・・・、なんだかなあ~あ・・・と思いました。 ・・・それから何代か後の塾長の名前が、そのT居さんという教授と同じ名前でしたから、もしかすると、その何代か後の塾長、今からだと何代か前の塾長が、その時の就職部長のT教授だったのかもしれません。・・ということは、御自分でおっしゃるように「おえらい方」だったということなのでしょう・・・が、その時は何も言わず・・というより何も言えずにおいて、後から、何千人と前にしてマイクに向かって「殴ってや~る!」て、なんか、大人げないというのかなんというのか・・・・「慶應タイプ」だなあと思います。おそらく、内部進学でしょう。

   慶應大学は、講義の休講の掲示の書き方が、東大などでは「▽▽教授 休講」と書くところを、「☆☆君 休講」と書いて掲示していたのですが、それは、「先生と呼ぶのは福沢諭吉だけであって、他は誰もが慶應義塾で学ぶ仲間である」という考え方から、「☆☆君 休講」という書き方をしていたということですが、それはいいのですが、「労務管理論」のK教授が「『先生と呼ぶのは福沢諭吉だけであって、他は誰もが慶應義塾で学ぶ仲間である』という考え方はいいと思うけれども、『☆☆君 休講』というのは、あれはやり過ぎだと思う」と言われたことがありましたが、「やり過ぎ」というよりも、 「この私に向かってえ」だの「この私がそこにいるのに」「この私がだよ、この私が」とか、何千人と前にしてマイクに向かって絶叫する人のことを、休講の掲示だけ、「☆☆君 休講」と書いても、あんまり意味ないと思います。休講の掲示よりも、まず、そのビョーキ治した方がいいのと違うのか・・て感じがしないでもありませんが、こういうことを言うと「慶應心理学」からこちらの方が「病気」と「診断」される危険がありますから、こわい、こわい、怖い、怖い! ほんとーに怖い!
  休講の掲示に「☆☆君 休講」という書き方をしていたのは、「先生と呼ぶのは福沢諭吉だけであって、他は誰もが慶應義塾で学ぶ仲間である」という理由もあるのでしょうけれども、ほかに、休講の掲示を出すにおいて、その先生が教授なのか助教授(今は、「准教授」と言うようになったらしい)なのか講師なのか名誉教授なのかということをいちいちそこに書く必要はないのではないか、というところから、「☆☆君 休講」という書き方になったということはないか・・とも思ったのですが、その可能性はありそうに思います・・が、「この私に向かってえ」とか「この私がそこにいるんだよ、この私が」とか何千人と前にしてマイクに向かって絶叫する人は、「☆☆教授 休講」という書き方ではまだものたらないのではないか・・・と言っても、「☆☆えらい人教授 休講」なんて書くわけにもいかないでしょうし、困ったものですね・・。


《3》 慶應大学の三田キャンパスに、私が慶應大学の学生であった頃は、槙文彦設計という三田新図書館の脇に、福沢諭吉の胸像がありました。台座の上に胸から上の像が載っていたのですが、創立者の像というと、早稲田大学には早稲田の法学部・政治経済学部・商学部などがある地区に大隈重信のでっかい像が、JR「甲府」駅の南口に武田信玄のでっかい像が鎮座しているみたいに存在します。 京都大学の正門入って突き当りの百周年時計台記念館の前に、人の身長よりはるかに高い台座の上に載った胸像が何体も並んでいて・・・、正直なところ、「誰やねん、このおっさん」て感じがするのですが、歴代の総長だそうです。 京都大学は「アカデミックな伝統」とか「反骨の学風」とか言いながら、京大では、歴代の総長を人の身長よりはるかに高い台座の上に載った胸像にしていたのです。なんだか、「祀り上げの大技」て感じ、「邪魔だから上の方に上げている」て感じでした。 ところが、慶應の三田キャンパスの福沢諭吉像はそうではなく、台座の上に載った胸像ですが、「普通の人間と同じ高さの・普通の人間と同じ大きさの像」だったのです。それは、「天は人の上に人を作らずと言えり」と『学問のすすめ』で言った福沢諭吉の像だからだということでした。
現代語訳 学問のすすめ (岩波現代文庫) - 伊藤 正雄
現代語訳 学問のすすめ (岩波現代文庫) - 伊藤 正雄
  私は、「普通の人間と同じ大きさで、普通の人間と同じ高さの像」というものを、慶應の三田の福沢諭吉像の他には、栃木県佐野市の郷土博物館の前の田中正造翁の全身像と、それから、ロシア連邦のイルクーツク市の公園にあったカール=マルクスの胸像で見ました。一般に、普通の人間よりばかでかい像とか、首が苦しくなるくらい上を見上げないと見れないような高さにある像を作られる人と、「普通の人間と同じ大きさで、普通の人間と同じ高さの像」を作られる人であれば、「普通の人間と同じ大きさで、普通の人間と同じ高さの像」を作られる人の方が値打ちのある人が多い。実際、京大の時計台記念館の前の歴代総長の像なんて、見ようと思っても首が苦しくて見れない。もしかして、あれを造った人というのは、見たくないから見れないくらい上の方まで台座を作ってその上に載せたのではないのか・・という感じがするが、そうかどうかはわからないが、見ようと思っても見れないくらい高い台座の上に載った像とか、矢鱈とばかでかい威圧感のある像を造られる人と、「普通の人間と同じ大きさで」「普通の人間と同じ高さで」、そして、「誰もがすぐそばまで行ける位置で」の像では、「普通の人間と同じ大きさで」「普通の人間と同じ高さで」、そして、「誰もがすぐそばまで行ける位置で」の像を造られる人の方が値打ちのある人である場合が多く、慶應大学の三田キャンパスの福沢諭吉像はすばらしいものだったのです。私は、三田の慶応義塾に行った時、図書館の脇のその福沢諭吉像のそばに行って、慶應大学のあり方について、どう思われますか・・と心の中で問うたことがあります。もちろん、像は答えてはくれませんが、誰もがすぐ近くに行って、誰もが心の中で問いかけることができる像だったのです。
※ 佐野市郷土博物館https://www.city.sano.lg.jp/sp/kyodohakubutsukan/tenji/2/1218.html

  ・・・ところが・・。世の中には、「創立者の像」というと、でっかい像がいいと思っている人がいるようです。愚かなことだと思いますが、1985年に、日吉に槙文彦設計の日吉新図書館ができると、図書館の入口の脇に、二礼二拍手一礼しないと図書館には入ってはだめて感じの位置に、「普通の人間よりも大きい」中途半端な大きさの福沢諭吉像が作られてしまいました。やりよったああ~あ・・・。「普通の人間と同じ大きさで」「普通の人間と同じ高さで」「誰もがすぐそばに行くことができる」福沢諭吉像というものの値打ちがわからない人間が、「中途半端にでかい福沢諭吉像」を、「誰もがすぐそばに行くことができる位置」ではなく「二礼二拍手一礼しないと図書館に入れないという位置」に作りよったあ~あ・・・・・、あ~あ、やりよったあ~あ・・・・て感じです。「普通の人間と同じ大きさで」「普通の人間と同じ高さで」「誰もがすぐそばに行くことができる」福沢諭吉像というものが、どれだけ価値があるか、わからん人が作ったのでしょう。
  それだけではないのです。 三田キャンパスに行ってみると、三田新図書館の脇のかつて福沢諭吉像があった場所に福沢諭吉像はないのです。どこに行ったのかというと、曽根中条設計事務所設計の重要文化財に指定されている「三田旧図書館」の左手前あたり、人が通る通路ではなく、通路の脇の生垣の向こうの少し高くなった場所、人がすぐ横に行けない場所に福沢諭吉の胸像は移動されてしまったのです。愚かな・・・。
  今でも、三田の福沢諭吉像は、「普通の人間と同じ大きさ」でできているはずですが、「普通の人間と同じ高さ」ではなくなり、普通の人間が通路に立つと、それよりも高い位置になる場所に台座に載って鎮座されています。そして、かつては誰もがすぐそばまで行くことができて、誰もがすぐそばまで行って語りかけることができたのに、今では生垣で隔てられて、すぐそばには人が寄れないように福沢諭吉像は隔離されてしまいました。 創立者の像というものはそういうものだと思っている人がいてそうしたのか、それとも、福沢諭吉の思想・考え方というものを学生や国民から隔離したいと考えた人がそうしたのか・・。
  さらに、「塾」だったか、慶應の日吉や三田のキャンパスに置かれていて無料でもらえる冊子が発行されているのですが、それに、日吉の新図書館の前に作られた新しい福沢諭吉像について、「この像に肘をついたり、足をかけたりすると留年すると言われています」などという奇妙な解説書きが書かれていたのです。愚かな・・・。なんとも、愚かな・・・。 福沢諭吉という人がそんな人だと思っているのか。 何も、肘をつけとか足をかけろとは言いませんが、福沢諭吉という人が、自分の像に肘をつかれたとか、足をかけられたとか、そんなことで留年させてやろうと考えるようなそんなちっぽけな人であったかどうか、そのお話を考えた人は、一度、よく考えてみた方がいい。 もしも、あなたが、自分の像を誰かが作ったとして、その像に自分の息子が肘をついたとか足をかけたとかしたとして、自分の息子を留年させてやろうとか考えるか? 福沢諭吉は『福翁自伝』で、諭吉が若い頃、兄が習字の練習をしていた時に、反故(ほご)、書き損じの紙をまたいだところ、兄から、おまえはいったい何をやったと怒られたが、何をしたかというと、またいだ紙に殿様の名前が書いてあったそうで、「おまえは殿様の名前が書かれた紙をまたぐのか」と激怒されたのだが、しかし、殿様の顔を踏みつけにしたとかいうのなら良くないであろうけれども、単に殿様の名前を書いた紙でしかないものをまたいだということで、そこまで怒られなければならないものかと思った・・と福沢諭吉自身が語っていたのであり、福沢諭吉の像というのは、あくまでも像であって福沢諭吉そのものではないし、福沢諭吉の像に肘をついたり足をかけたりすると留年するなどというくだらないお話は、それは福沢諭吉の考え方に反するもののはずです。慶應大学に大学から入った人間は、森鴎外や夏目漱石の著作を1冊くらいは読んだことがあるのと同じく、福沢諭吉の著作を1冊くらいは読んでいる場合が多く、福沢諭吉の伝記や福沢諭吉が生きた時代の日本の歴史についてもある程度は学んできている者が多いのに対して、内部進学の人は福沢諭吉の著作は1冊も読んでいなくてそれでいて「我々は外部の者とは違って福沢精神を身に着けている」と叫ぶのが大好きという人が多かったのですが、おそらく「この像(日吉の中途半端な大きさの普通の人間より大きな福沢諭吉像)に肘をついたり、足をかけたりすると留年すると言われています」というお話は、福沢諭吉の著作や伝記を1冊も読まないで、「福沢精神」とは福沢諭吉の著作や伝記に表されている福沢諭吉の考え方や生き様によるものではなく内部進学の人間がやることが何でも「福沢精神」だと考えている内部進学の人が考えたものでしょう。
新訂 福翁自伝 (岩波文庫) - 福沢 諭吉, 富田 正文
新訂 福翁自伝 (岩波文庫) - 福沢 諭吉, 富田 正文

  「☆☆君 休講」という掲示の書き方にしても、福沢諭吉像にしても、骨抜きというのか、その趣旨が無視されてしまう、趣旨を無視したい人がいるようです。 「☆☆君 休講」という書き方が嫌なら、「☆☆教授 休講」でもそれは別にいいと思います。 実際、教授ですから「☆☆教授 休講」でも悪くないと思います。 しかし、「☆☆君 休講」という書き方にしようと考えた人は、慶應義塾においては、誰もが「慶應義塾で学ぶ仲間」なのだという考えでそうしたはずですから、「教授の中でもえらい人」ならば、その趣旨は理解していただいてもいいのではないのか・・と思うのですが、「この私に向かってえ」とか「この私がそこにいるんだよ、この私があ」とか言いたがる人というのが、慶應は他の大学よりも多い大学だ、特に内部進学の人にはそういう人が多い大学だ・・・というのは事実であり、「ここの学校の先生はねえ~え」と他の大学卒で慶應の先生になっているような人がぼそっと本音を言われることがある大学でした。
福沢諭吉―思想と政治との関連 (UP選書) - 遠山茂樹
福沢諭吉―思想と政治との関連 (UP選書) - 遠山茂樹

  慶應についてここまで長く述べるつもりはなかったのですが、述べかけたからにはきりのいいところまで述べることにします。次回、もう一回、慶應について述べます。

  (2020.8.25.)


【1】 大学のある系列高校、特に慶應系高校 https://tetsukenrumba.at.webry.info/202008/article_1.html
【1】-2 「外部の者」を「教育」したがる中等部から慶應。「殴る」の大好き人間の慶應体育会。https://tetsukenrumba.at.webry.info/202008/article_3.html
【1】-3 意味のない「◇◇君 休講」、福沢諭吉像を高い場所に移動させたい人たち。〔今回〕
【1】-4 簡単にお金を「見捨てる」慶應女子高女の福沢精神。親切にしない方がいい「慶應ボーイ」「慶應タイプの女たらし」
【2】 医者屋民族を特権階級と考える民族の高校・「プロレスラーの豊田よりも狂暴」女子育成高校? ほか、私立6年制受験校。
【3】 親方日の丸・・だけでなく、最近では「国営資本主義」化・スターリズム的公立高校出現の大阪府立高校。 

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