問題ある高校だらけ【1】-2 ―「外部の者」を「教育」したがる中等部から慶應。「殴る」の大好き人間の慶應体育会。「偏差値」なんて俺は知らんぞ。私の体育理論と慶應の「体育理論」は別。私のスポーツと慶應体育会の「スポーツ」は別物。小此木啓吾はモラトリアム人間病。心理テストは本人の希望のもとに実施し、結果は本人にのみ知らせるべきもの。

[第509回]
  慶應の内部進学の教授は、「私学だってことはいいってことじゃないか。こんな常識もわからんのか」とおっしゃるのです。
  特に、私が卒業した大阪府立 北野高校というのは、慶應の教授から最も嫌われている高校らしく、講義の最中に「北野高校の人間というのはねえ。北野高校の人間というのは高校でも大学でも、私立よりも国公立の方がいいと思っているでしょう。なんで、そんなことを思うんだろうねえ。北野高校の人間に限らず、大阪の人間というのは、一般に私立より国公立がいいと思っているでしょう。大阪は商人の街なんだから、もっと、民間のものを大事にすればいいのに、国公立の方がいいと思ってからに。大阪の人間というのは、どうかしてるんじゃないかと思うねえ」とおっしゃる方もありました。「北野高校の人間」だけでなく「大阪の人間」も嫌いらしい。もしかすると、阪神も嫌いかもしれない。
  この話を関西出身の人間に話しますと、たいていの人間は、「はあ~あん! そ~れは、やっぱり、東京の人間の発想ですねえ~え」と言うのです。「大阪は商人の街なんだから、国公立のものよりも民間のものを大事にするべきだ」というのは、それは東京もん の発想であり、大阪の人間はそういう発想をするのではなく、「大阪は商人の街なんだから」、だから、「高校でも大学でも、一生懸命、勉強したもんが学費が安い国公立の学校に行かせてもらえるのは当たり前や。勉強せえへんかったもんが私立の学校に行って高い学費を払うのは、勉強せえへんかったんやからしかたがない。もっと、勉強せえへんかったもんが裏口入学で入るのにもっとカネかかるのは自業自得や」という発想であって、「商人の街だから、民間のものを大事にするべきなんだから、私立を大事にするべきだ」という発想はない。それは「東京もんの発想」であり「慶應内部進学の発想」である。もしかすると、「巨人ファンの発想」かもしれん・・〔⇒《YouTube-六甲おろし 唄:立川清登》https://www.youtube.com/watch?v=yV814_p2fxE 〕

  ・・しかし、それにしても、固有名詞まで出して人の出身校の悪口言いやがってからに・・というあたりが、そのあたりが「慶應ボーイらしい思考の柔軟さ」であり「福沢精神」であり「自我が確立されている」「アイデンティティーをもっている」というものなのだろう。そういうことを言うから、だから、余計に、関西系の公立進学校の人間の間での慶應の評価が下がる、という面もあると思う。実際のところ、
「揺り籠から墓場まで慶應」
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慶應内部進学
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私立大学系私立高校卒
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私立高校卒
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公立高校卒だが、小学校・中学校のいずれかが私立
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小学校から高校まで公立だが、親もしくは親戚に慶應卒の人がいる。
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小学校から高校まで公立で、国立大学に行く予定だったが慶應大に入学してしまった人間で、親戚関係を見ても、東大・京大・阪大など卒の人はいても慶應大卒の人間はいない。
  ・・・という「序列」というのか「慶應義塾カースト」があって、そこに行ってしまうとその最底辺に入れられることになってしまう、という大学に、何もわざわざ無理して行かなくても、公立進学校出身の人間は京都大学に行くべきで、京大でなくても、大阪大学なり「十大国立大学」(「サンデー毎日」が書いていた表現だが、北海道大・東北大・東大・名古屋大・京大・阪大・九州大の7旧帝大系国立大学と一橋大・東京工大・神戸大の3つで「十大国立大学」と言うらしい)にでも行った方がいいのではないかと思う。そうでなければ、そういう「慶應義塾カースト」の最底辺に入れられてしまうようなけったくその悪い「大学」になんか行かされるくらいなら、別に「大学」に行かないといけないということもないのではないか・・と私は思ったのだ。
  もう20年以上前だと思うのだが、「朝日新聞」のコラムに出ていた話で、王貞治は台湾人で、子供の頃から、お父さんから「我々はここでは外国人なんだ。だから、我々は周囲の人に好かれるようにしないといけないんだ。決して嫌われてはいけないんだ」と教えられた・・・そうな。そうかあ~あ・・・、私なんかは、慶應という学校においては「外国人」「異邦人」なのか・・。ここでは、我々公立進学校出身者はカーストの最底辺であり、自分より「カースト」が上の方から「雪は黒い」と言われれば、「まことに雪はくろうおじゃりまする」とか言わないといけないのかあ~あ・・・。 小学校の1年から同級生が遊んでいる時も勉強してきたのに、なんで、そんなけったくその悪い不愉快な「大学」に行かされなければならんのだあ。「天地は広いと言うが、私にとっては狭くなってしまったのか」(『貧窮問答歌』)・「天は我を見放したあ~あ」(『八甲田山』)〔⇒《YouTube-「八甲田山」予告編》https://www.youtube.com/watch?v=HslnP1vdWTw 〕・・・とでもいうのか・・・、なんにも、そんな変な大学に無理して行かされなきゃならんことないわなあ~あ・・・と、たいていの人間は思うと思う。ふざけんな! そんな程度の低い「大学」に行かされるために小学校の1年から勉強してきたのと違うわ! そんなおかしな「大学」に行かされてしまったのでは、小学校6年・中学校3年・高校3年と6+3+3=12年以上努力してきたものを全部まとめてドブに捨てるようなものだろうが! 慶應は高校卒業時においては放精かそこらも通るかどうかわからんというくらいのやつが1浪して行く「大学」だろうが! ふざけんな! 誰がそんなおかしな「大学」に行かされにゃならんのだ、誰が!!!
  こういった「カースト制度」があるのは慶應だけではないかと思うのだが、そうでなくとも、もしも、そこに行った場合、親藩・御三家とまでいかなくても、「譜代」になれる大学と、そこに行くと「外様」にならされる大学とでは、できれば、「譜代」になれる大学に行った方がいいと思うのだ。それを考えると、慶應の内部進学の教授先生などは慶應大学に行った方がいいだろうし、慶應幼稚舎⇒慶應中等部⇒慶應義塾高校⇒慶應大学医学部と進んだ小此木啓吾症候群などは、慶應的精神空間でしか生きることができない生物ですから、そういう人は他の空間に単独で行くと呼吸困難になるかして体調を崩す可能性が大きいでしょうから、他の空間には出て行かないで慶應的精神空間にいて自分たちの同類・配下・テカ(手下)に囲まれて、「◇◇人間」「☆☆シンドローム」「△△症候群」とかなんとかかんとか「レッテル」を製造して、気に食わない人間に片っ端からぺったんこペッタンコぺったんこペッタンコと貼り付けて調子乗っとればいいでしょうし、それしか能のない男でしょうでしょうけれども、公立進学校出身者は、何もわざわざ、そんな「カースト」の最底辺に入れられてしまうような「大学」に行くことないのとちゃうの~ん? ・・・と思う。実際、石田三成が徳川大学に行かなくても、豊臣大学に行った方がいいと思うのだ。公立進学校出身者は石にかじりついても京都大学に行くべきだ。東大は、私が高校を卒業した1970年代後半くらいまでは、公立高校出身者でも行く人はあったけれども、最近では「私立6年制受験校出身者の行く大学」みたいになってしまったようなところがある。「ち~が~う~だ~ろお! このハゲぇ~え!」という怖いおばさんの行く大学・・・というわけでもないだろうけれども、東大に行けても、あんなになったら嫌やなあ~あ・・・と思うが、それはさておき、京大・阪大は公立進学校出身者の行く大学で、東大は私立6年制受験校卒の人の行く大学・・みたいになってしまったようなところがある・・が、それでも、東大なら行けるのなら行っても悪くはないか・・という気もするのだが、「北野高校の人というのはねえ。北野高校の人間というのは高校でも大学でも、私立よりも国公立の方がいいと思っているでしょう。なんで、そんなことを思うんだろうねえ。北野高校の人間に限らず、大阪の人間というのは、一般に私立より国公立がいいと思っているでしょう。大阪は商人の街なんだから、もっと、民間のものを大事にすればいいのに、国公立の方がいいと思ってからに。大阪の人間というのは、どうかしてるんじゃないかと思うねえ」と教授が講義の最中にマイクに向かっておっしゃる大学に行くことないのじゃないか。

  私が慶應大学に在学中、1984年、「会計学総論」という講義の時に、慶應中等部⇒慶應義塾高校⇒慶應義塾大学工学部⇒慶應義塾大学工学部大学院⇒慶應義塾大学商学部 教員 と進まれた黒川行治助教授(男。当時、30歳。その後、教授におなりあそばして、今は名誉教授におなられたらしい。「遠山左衛門尉さま、おな~らあ~あ」)が、講義の最中に「この僕は、中等部から慶應に行ってるんだぞお。わかってんのかあ~あ! 中等部から慶應に行っているこの僕がおまえら『外部の者』(慶應義塾の外部の者)に話をしてやってるんだぞお。わかってんのかあ。我々内部進学の人間は、おまえら外部の者とは違うんだ。おまえらは、自分たちは偏差値が高い優秀な人間だとか思ってるんだろう。そんなものは受験勉強だ。何の価値もあるもんか。高校までの勉強は害があるんだ。それに対して、我々内部進学の人間には塾風というものがあるんだ。わかってんのかあ~あ! 経済学部なら、内部進学の人間が多いから、だから、おまえら、外部の者は内部進学の人間に教育してもらうことができるんだけれども、商学部の場合は内部進学の人間の割合が小さいから教育してもらえないから、だから、中等部から慶應に行っているこの僕がおまえら外部の者を教育してやろうと思って、話してやってるんだ。わかってんのかあ~あ! 中等部から慶應に行っているこの僕がおまえら外部の者に話をしてやってるんだから、だから、もっと、かしこまってききなさい! 内部進学のぼくがおまえら外部の者に口をきいてやってるんだぞ。わかってんのかあ~あ!!!」とマイクに向かって絶叫された・・( 一一) ・・私はそれを聞いて、そのへんにファーストベースがあれば、投げたろかあ~あ・・・と思ったのだったが、あいにく、ファーストベースがなかったので、残念ながら投げることができなかった。〔⇒《YouTube-ブラウン監督退場!】ベース投げ!ベース埋め!》https://www.youtube.com/watch?v=FkBRnT0dcvQ 〕  母の知りたいの人のダンナで慶應大学卒で住友系の会社に勤めて大阪府に住まれていた人で、それなりに出世されていたらしいSさんは、慶應大学に行かれていた時のことをなつかしく思われていて、東京に行くことがあると、三田か日吉かわからないが必ず慶應大学に立ち寄ってくるという方がおられたので、その人は「慶應タイプ」なのだろうなあ、「慶應タイプのブタ人間」なのかなあ・・と思っていたのだったが、 「慶應という学校は、内部進学の人間がえらそうにして、感じの悪い大学だ」と母に言うと、「Sさんもそう言われてたと奥さんが言ってた」と言うので・・、なんや、「慶應タイプ」で喜んでるタイプかと思ったら、違ったんかいな・・と思ったことがあった。Sさんの奥さんは、今、90代後半の私の母よりも年上で、そのダンナは奥さんより年上で今は亡くなっていますが、そんな昔から「慶應は内部進学の人間がえらそうにしていて感じ悪い」という伝統が長く続いているようです。
  それにしても、黒川行治助教授⇒教授⇒名誉教授 は、「この僕は中等部から慶應に行ってるんだぞお。我々内部進学の人間は、おまえら外部の者とは違うんだ。中等部から慶應に行ってるこの僕がおまえら外部の者(慶應義塾の外部の者)に話をしてやってるんだぞ。わかってんのか」と講義の最中にマイクに向かって絶叫されたのだ。なんだ、こいつ! おかしいのか? そんなに「(慶應義塾の)外部の者」〔慶應の内部進学の人間は大学から慶應大学に入った人間を「外部の者」「外部のやつら」「外部の連中」と言うが、それは「慶應義塾の外部の者」「慶應義塾の外部のやつら」「慶應義塾の外部の連中」というニュアンスで言っている〕に話をするのが嫌なら、商学部の助教授なんか辞めれば良かったのではないのか。給料もらって話していたのではないのか? 無料でボランティアで話していたのか? 講義でなければ「内部私学の強姦魔・強制猥褻魔」の仲間の話なんか聞いてやる耳はないし、聞いてやらなければならない筋合いはないのだが、大学から給料もらって話をしている助教授の話だと思うから聞いていたのだが、違ったのか? そもそも、経済学部は内部進学の人間の割合が大きい(経済学部は3人に1人以上内部進学らしい)(医学部は4割が内部進学らしい)のに対して、商学部は慶應の社会科学系学部の中では最も内部進学の人間の割合が小さいというのが黒川行治助教授は不満・不愉快だったらしいが、もともと、商学部卒ではなく工学部卒なのにその内部進学の人間の割合が小さい商学部の教員に就職したのは自分だろうが!!! 違うのか? そんなに内部進学の人間が多い経済学部がいいのなら経済学部の教員に就職すればいいことだろうが! 違うのか? ・・・・それにつけても、その教室にファーストベースがなかったのは、なんとも残念無念であった・・。他に投げるのに良さそうなものないかと思って見まわしたが、残念ながらなかった。
  黒川行治さんは「おまえら、『(慶應義塾の)外部の者』は、自分たちは偏差値が高い優秀な人間だとか思ってるんだろう!」とのたまわれたのだが、高校卒業時においては法政くらいに行けるか行けないかくらいの成績の人で、1浪して慶應の入試科目だけ学習して「偏差値」をあげて慶應大の経済学部(入試科目は数学と英語だけ)とか文学部(入試科目は数学と英語だけ)の入試になんとか合格して入学したという人も慶應大学の学生にはけっこういたようだったが、私は違う。私は、慶應なら高校卒業の年でも通ったと思う。「通ったと思う」と言っても受けていないからには、もしも実際に受けたら通ったかどうかはわからないことになるわけだが、通っても通らなくても慶應みたいなもん、行きたいと思ったことはなかった。 受けていない以上は、もしも受けていたなら通ったという保証はないが、それでも「通ったと思う」し、慶應みたいなもん、特に内部進学の黒川行治に「このぼくは中等部から慶應に行ってるんだぞお。我々内部進学の人間はおまえら(慶應義塾の)外部の者とは違うんだ。わかってんのかあ!!!」などと言われなければならないようなクソ大学に行かされるために浪人したのではないのは間違いない!
   そんな「大学」は黒川行治内部進学独善主義とか、たとえば、慶應の「昭霊空手会」(=本名は「『愛塾』奨励 空手会」という自分たちの主張する「愛塾」が愛塾であるとして自分たちの主張する「愛塾」を一般学生に奨励しようという空手使いの右翼団体。「沖縄に『昭霊流』という空手の流派があって」などというしょーもない話を創作して偽装していたが、実際はそうではなく、自分たちの「愛塾」が愛塾だと主張して奨励する空手使いの右翼団体である「愛塾」奨励空手会)にいた千葉クロマティ高校卒の富永とかステューデントカウンセラーズにいた「最初の予定通り1浪で『慶應の経済』に入学した、かつ、あくまで人生経験でオリンピックとして『一橋の経済』受けた」沖縄の地方銀行の頭取の息子らしい田名とかそういう程度の低いヤツが行けばいい所だと思っていた。そういう千葉クロマティ高校卒の富永とか那覇銀行だか琉球銀行だかの頭取の息子で最初から「1浪で『慶應の経済』」に行く予定で予定通り「1浪で慶應の経済」を達成した甘ったれた男の田名(たな)とか、そういう人間は「偏差値」というものに関心を持っていたかもしれないが、私なんかは「偏差値」なんて大学入試においてはほとんど知らないし、「業者の模擬試験」で東大と早稲田大なら早稲田大の方が「偏差値」が高いと言われても、だから東大より早稲田大の方がいいなどとは思わなかったし、英語・国語と社会科1科目で受けることができた早稲田大の法学部・政治経済学部・商学部・第一文学部の方が数学が入試にあった慶應大の経済学部・商学部・法学部法律学科・法学部政治学科・文学部よりも「偏差値」は高くても、入試に数学があった慶應大は「偏差値」で見ると早稲田大よりも「偏差値」の数値は低くなって当たり前で、それで慶應の方が早稲田より下だということになるわけでもない、と認識していた。
  「偏差値」というのは戦争中に銃の精度を判断するのに考えられた数値らしく、平均点よりどのくらい上か下かという数値ですから、模擬試験における「偏差値」というのは、受験者層の学力レベルが低い模擬試験を受ければ自分の「偏差値」は高くなるが、東大・京大あたりに行こうとする者が学力水準が低い受験者が多い模擬試験を受けてもしかたがないのであり、模擬試験を受けるのならば、東大・京大あたりに行こうとする者は東大・京大あたりに行こうとする受験者が受ける模擬試験を受けないとあまり意味はないのであり、学力レベルの高い受験者が多く受ける模擬試験を受けたなら、「偏差値」はあまり高くならない傾向があるたとえば、河合塾が実施していた東大オープンとかを受けたとして、その際に「偏差値」がどういう数値であったとしても、そんなものはどうでもいいことだ。 最後の最後、合格最低点よりも1点でも高い点数を取れば合格である。高校卒業時においては通る大学なんてろくな所はなかったというヤツで、1年間、浪人して、その間に行った予備校がうまく合って、慶應大の入試科目だけ合格最低点を上回る点数を取れて入学したという富永みたいな人間、「慶應タイプ」の人間ならば、「偏差値」も知っているかもしれないが、私なんかは、「偏差値」なんて気にしていなかったし、自分が受けた模擬試験で自分の「偏差値」がどうだったかなんて見た記憶がない。
  ある程度の進学校には、「高校の模擬試験」というものがある。北野高校にも高校の模擬試験があったが、北野高校の模擬試験では点数と学年順位は出たが「偏差値」なんてものは出ない。あまり進学校でない高校には「高校の模擬試験」なんてものはないが、高校の中間考査・期末考査はあるが、その「偏差値」を上げたければ学力水準の低い高校に行っておけば上がるだろうけれども、そうやって上げてもあまり意味のないことだ。河合塾の東大オープン・駿台予備校の東大模試・代ゼミの東大模試などでは、偏差値なんて関係ない。東大や京大を対象とした東大オープンとか京大オープンとかいった模擬試験を受ければ、まわりの受験生の学力レベルも高いのだから、「偏差値」は高くはならないが、そんなことはどうでもいいことだ。
  私が高校を卒業した年、および、その後しばらく(今はどうなってるか知らん)、東大は合格か不合格かの発表だけで点数を発表しなかったが、京大・阪大・神戸大は合格発表の時は合格者の受験番号を記載するだけだが、合否にかかわらず出身高校に何点だったか教えてくれたので3年の担任の先生にきけば何点だったか自分が何点取っていたかわかった。それで、合格最低点より相当上で通ったとか自慢するヤツもいたのだけれども、それもあまり意味がないことだと私は思う。なぜなら、入学試験というのは「棒高跳び」ではなく「ハードル」だからだ。「棒高跳び」ならば、高く跳ぶことに意義があるが、「ハードル」はともかくハードルより少しでも上を跳べばそれでいいことであって、それ以上高く跳んでも、ソレガイッタイナンボノモンヤ! というものである。 野球でホームランというのは外野のフェンスを越えたらホームラン、場外ホームランを打っても外野のフェンスをぎりぎり超えるホームランでも得点は一緒であるのだから、ぎりぎりではなく外野席上段に入るホームランだったぞお~お!・・とか言われても、「ああ、そうですか」てなもんだ。1973年、野村のじいさんが南海ホークスの選手兼任監督で、ただ一度、優勝した年、前後期制度を実施したパリーグで前期優勝した南海は、後期は後期優勝の阪急に1勝もできず、1分12敗。「阪急、圧倒的に有利」と新聞のスポーツ欄には出ていた。しかし、プレーオフでは南海は3勝2敗で勝った。前期優勝にしても、最後の最後、南海が前期の試合を終えた時点で、ロッテが4試合残していて、ロッテが4試合のうち1敗でもすれば南海が優勝だがロッテが4連勝すればロッテの優勝というものだったが、ロッテは残り4試合の最初の2試合に連勝、残った2試合をロッテが勝てばロッテの優勝だったが、ロッテは4試合の3試合目に負けて南海の優勝になった。プレーオフも2勝2敗でむかえた5戦目、南海 山内・阪急 山田の先発投手が好投して8回終わりまで0-0、延長戦かと思われた9回表、南海 スミスがソロホームラン、ついに均衡が破れたと思った次の瞬間、南海 広瀬もソロホームラン。ついに2-0、後期は阪急に1つも勝てなかった南海がプレーオフに勝つのかと思った9回の裏、救援の佐藤道雄投手から、阪急は2死走者なしで代打 当銀がソロホームランを打ち1点差。さらに長打力のある代打 高井が登場、もしも、ホームランを打たれて同点になり延長になれば、やっぱり阪急の方が強かったか・・・となるところを、2日前に完投した江本がマウンドに上がり、高井を三振に打ち取り、2-1で勝利・・という前期の優勝もぎりぎりの優勝、プレーオフもぎりぎりの勝利だが、それでも、ルールにのっとり、パリーグ年間優勝だった。入学試験だって、最後の最後は「ともかく、通ればええんや」ということであり合格最低点を1点でも上回ることができるかどうかが大事であり、合格最低点より相当高い点数で通ったとかなんとか言われても、「ああ、そうですか」てもんだ。「ソレガ、イッタイ、ナンボノモンヤ」てもんだ。 ましてや、「偏差値」なんて、そんなもの、どうでもいいよ、そんなもの。
   又、私立大学の場合には、早稲田大は試験科目に数学がなく試験科目数が少ないのに対し、慶應大は試験科目に数学があって法学部と商学部は試験科目が多いので、国立大受験者が併願するには受けやすかったが、私立大専願の人は受けにくかったので、それで、早稲田大と慶應大では「偏差値」では早稲田大の方が高い学部が多かったし、模擬試験の「偏差値」で見ると、東大・京大よりも早稲田大の方が高いくらいだったが、だから、東大・京大と早稲田大と両方通ったら早稲田大に行くかというと、そうではなかったはずだ。「自分たちは偏差値が高い優秀な人間だとか思ってるんだろう」などという黒川行治さんの発言は、何を浮世離れしたこと言うとるか・・・という感じがする。「おまえら外部の者は、自分たちは偏差値が高い優秀な人間だとか思ってるんだろう」などとおっしゃるが、だいたい、「おまえら外部の者は」という表現からして、お下品ねえ~え、さすがは「中等部から慶應」だけのことはあるて感じい~い♪ だし、「偏差値」なんてのは、私立大学専願で、このあたりの「偏差値」の大学なら通るかなあ~あと思ってそのあたりの私立大学をいくつか受けて通った所に行こうという人が考えるものであって、東大・京大あたりに行こうと考えた人間が気にするものとは違うはずだ。なんだか、「塾風を身に着けている」だけあって、のたまわれることがユニーク(unique)ねえ・・と思う。
  日吉台学生ハイツの同じ階に、私と同じ年齢で天王寺高校から2浪して東大を受けたが落ちて慶應大の商学部は通って慶應大に入学したが、慶應大に籍を置いて受験勉強をしなおして翌年に3年遅れで東大の文科1類だったかに通ったという男がいた。私も同じように受けさせてもらえば通ったと思う。北野高校の私より1年上の学年の人間で、1浪しても阪大の工学部を落ちて二期校の静岡大工学部に行ったけれども、静岡大では・・と受けなおして、結局、3年遅れで大阪大歯学部に行ったという人がいた。私も、もう一度、受ければ東大でも通ったと思うし、どこか国立大の医学部歯学部でも合格できた可能性はある。大阪府のうちの家の近所のボーズで私より何歳か年下の男で、私と同じ北野高校に行って3浪で東大理科三類に通ったというヤツがいたが、お母さんは「京大の医学部に通った人はあるけれども、東大の医学部に通った人はここ何年かで1人だけです」と北野高校の先生から言われましたと言っていたというのだが、北野高校の出身者で京大医学部・阪大医学部の合格者はあっても東大理科三類(医学部医学科に進むコース)の合格者があまりないのは、それは医学部の場合は法学部・経済学部や工学部などと違ってその地域の病院とのつながりが大きいので、東京圏で医者として勤めるのなら東大医学部か慶應医学部がいいのだろうけれども、関西で勤めようという人間にとっては医学部の場合は東大医学部よりも京大医学部か阪大医学部の方がいいからだろう。その人の場合は、もともとは東京の人だったらしく、だから、息子も東大理科三類に進学したようだが、さすがに、3年遅れでは、あんまり胸張れるものでもないだろうが、私だって、もう一回、受けさせてもらえば、さすがに東大理科三類はわからないが、それなりの所に通ることができただろう。うちの母親がそのボースが3浪していた時、なんだか、しょぼくれた格好して歩いていたのを見て、「かわいそうに。勉強しない子が落ちるのはしかたがないけれども、勉強する子なのにかわいそうにと思った」などと言うので、あんた、俺が浪人中に俺に言ったこととよその息子に言うことと言うことが全然違うじゃねえかよお!!! と思ったものだった。よその息子にならそんなこと言うのか・・とあきれた。 私だって、もう一度、受ければ、少なくとも、「このぼくは中等部から慶應に行ってるんだぞお。わかってんのかあ」とか「ほとんどビョーキ」みたいにのたまわれる方の寝言を聞かされなければならない大学みたいなものに行かされなくてもすんだと思う。私はうちの父親から「おまえなんか、本来、中学校行く必要のない民族やねんぞ。そやけども、中学校は義務教育やから行かせてやってやってやってやらんといかんから行かせてやったけれども、おまえは高校には行くべきではない人間であって、それをおまえが北野高校に行ったというのは、それはおまえが甘ったれとるから北野高校に行ってんぞ。わかっとんのか、浪商。おまえは”天の神さま”がこの人間は浪商! とお決めになってこの世に産まれてきた人間やねんぞ。たとえ、北野高校に行ってもおまえは浪商じゃ、この浪商めが浪商! 浪商のくせして高校行くな、浪商! チャンコロ! チャンコロは高校行くな、チャンコロ! ましてや、おまえは大学なんか行くべきではないねんぞ。わかっとんのか浪商! 大学は浪商が行く所とは違うねんぞ、浪商!」と毎日毎日言われたもので、「それなら、行きません。行くべきではないものなんて、行かなくていいです。行きません」と言ったのだが、そうすると今度は「何、言うとるんじゃ、おまえはこの浪商!」と言い、結局、日本で一番嫌いな大学の首をもがれても行かされたくないと思っていた学部、小学校の1年からそこだけは行かされたくないと思っていた大学学部に強制と脅迫と暴力で行かされてしまった。実際のところ、「このぼくは中等部から慶應に行ってるんだぞお。我々内部進学の人間はおまえら外部の者とは違うんだ。わかってんのかあ~あ!」と絶叫する「ほとんどビョーキ」の男に生意気な口きかれるような「大学」に行かされるくらいなら、「大学」みたいなもの、行かない方がましである。慶應みたいなもん、行きたくなかった。「この僕は中等部から慶應に行ってるんだぞお」とか叫ぶ「ほとんどビョーキ」みたいなヤツが助教授やってる大学、「塾風タイプの強姦魔」「塾風タイプの強制猥褻魔」の仲間に「教育」されるようなそんなクズの「大学」もどきみたいなものになんか、行きたいと思ったことはないし、そんな所に行かされなくてすむものなら、どんな努力でもすると思ったものだった。

  慶應幼稚舎と「大阪教育大付属の小学校」は似ている・・という話がある。我が家は「私立族」ではなく「公立族」の家庭だと思い込んでいたのだったが、ところが、実はそうでもなくて、親戚関係で大阪教育大の付属小学校の行った人間が6人、神戸大教育学部の付属小学校に行った人間が1人、父方母方で計7人が「付属小学校」に行っていた・・・・が、そこから大学には「国立大学もしくは早慶」に何人行ったかというと、母のイトコにあたる人が、大阪教育大付属の小学校・中学校から天王寺高校に行って、1浪で東大の文科二類⇒経済学部に行ったのが唯一の国立大進学者で、他はというと・・・なんか、惨憺たるもの・・・。それでは、特別の小学校に行った価値ないのとちゃうのお~ん!?! て感じだった。 その点、慶應幼稚舎に行っておけば、種無葡萄を女中さんに皮むいてもらってお皿に盛ってもらってスプーンですくって食う人でも、慶應中等部⇒慶應義塾高校⇒慶應義塾大学経済学部 と進学して、「外部のやつらを教育してやらんといかんからなあ」という口をきく「権利」を取得するらしいのだ。黒川行治助教授はそのデラウエアさんと同様のことを講義の最中にマイクに向かって大声で叫ばれたわけだ。もしも、慶應幼稚舎や慶應中等部ではなく大阪教育大の付属か神戸大教育学部の付属かに行っていたならば、大学は専修かどこかそこらに行けたらいい方のヤツが、慶應という大学においては「外部のやつらを教育してやらんといかんからなあ」という口をきくわけである。ほんと、ファーストベースがなかったのは何よりも残念である。私はうちの父親から「おまえは高校には行くべきではない民族やねんぞ! 高校は義務教育ではないんやから、おまえは高校には行ってはいかんねんぞ、わかっとんのか、おまえは!!!」と毎日毎日、指で眼を突き刺すようにして言われてきたものだったが、小学校・高校は義務教育というのは、あくまでも、公立の小学校・中学校のことであり、黒川行治みたいに慶應中等部みたいなもんに行く者というのは中学校でも慶應中等部というのは義務教育ではないはずであり、黒川行治は「中学校行ったのは余計じゃ。甘ったれるな!」と言ってやるべきであり、黒川行治は中学校には行くべきではなかったはずであり、黒川行治は中学校には行ってはいかん人間であったはずである。
  松島みどりさんが、かつて、『東大入試合格作戦』(エール出版社)に、「私は早稲田大学の合格発表を見て、私が早稲田大学を落ちたということを知った時、何がなんでも東大に通ってこの早稲田大学を軽蔑してやるんだと心に誓った」とか書いていたそうで、それを何十年も経ってから「フライデー」にこんなこと書いとった・・・と転載されたようだが、私も、黒川行治みたいなヤツの寝言を聞かされなければならないような「大学」なんか行かされるくらいなら、3浪しようが4浪しようが関係あるか、そんなもの、何が何でも東大にでも行って慶應大学という黒川行治など内部進学独善主義・内部進学強姦主義の人間のカスどもの巣窟を軽蔑してやりたいと思ったものだった。だいたい、単なる簿記屋のおっさんが生意気な口きくなちゅうんじゃい!!!
  黒川行治にとっては、中原中也の詩も「受験勉強だ。害があるんだ」ということであるし、ニーチェもキルケゴールもハイデガーもサルトルも「害がある」のであり、夏目漱石も森鴎外も「受験勉強」であり、おそらく、福沢諭吉も「受験勉強」だろう。シューベルトもプッチーニも黒川行治にとっては「受験勉強」で「害がある」のだ。黒川行治には、耳を覆いたくなるようなへたくそな歌謡曲の歌手の歌がここちよいのであろう。黒川行治にはそれが似合いである。黒川行治という男は、いわば、「右手に日経、左手にエロ本」という「慶應タイプ」の男であろう。中原中也の詩は黒川行治にとっては騒音である。慶應義塾高校が慶應の生協書籍部で「週刊プレイボーイ」を買うのを目撃したことがあるが、普通、高校生が読むものというと、アンドレ=ジッドの『狭き門』とか、ロマン=ロラン『ジャン=クリストフ』とか、井上靖『夏草冬濤』・山本有三『路傍の石』とか、三木清『人生論ノート』とかそういうものではないかと思うのだが、ところが、慶應義塾高校の生徒はそういうものではなく「週刊プレイボーイ」を読んどる。
狭き門(新潮文庫) - アンドレ・ジッド, 山内 義雄
狭き門(新潮文庫) - アンドレ・ジッド, 山内 義雄
慶應義塾高出身黒川行治にはアンドレ=ジッド『狭き門』・ロマン=ロラン『ジャン=クリストフ』は入試に出なくても「受験勉強」であり「害があるんだ」という判決が下され、「週刊プレイボーイ」が「思考の柔軟さ」であり「スマート」であり、「ギャルにもてもて」であり「福沢精神」であることになる。変わった福沢精神もあったもんだ。「慶應タイプ」は『狭き門』や『ジャン=クリストフ』を「そんなもの、何の価値があるんだ」と公言する。まさに「右手に日経、左手にエロ本」であり、いかにも「慶應タイプ」て感じである。簿記は学んでも中原中也の詩は耳に入らない。黒川行治はそういう男である。こういうことを言うと怒るかもしれないが、怒ったって実際そうだろうが! 違うのか? 違わんだろうが!!! 内部進学黒川行治には「右手に日経、左手にエロ本」が良く似合う。〔 最近、日本経済新聞の広告を見ると、かつては、日本経済新聞は「朝日と日経」「毎日と日経」というように、自宅で日経を購読する人は他の新聞と2つ購読する人が多かったが、最近では日経だけ購読するという人が増えてきたそうで、言われてみると、1980年代の日経というのは株価だとか為替レートだとか経済記事を見るにはよくても、朝日・毎日などが一面で扱うような一般記事や文化面についてはお粗末で、又、経済記事でも常に企業の立場から書かれたものだったが、最近は一般記事や文化面もかなり充実してきて、経済記事についても、企業の立場から書かれたものが多いものの、家計の立場からのもの、政府(国)の立場からのものも見られますし、又、1980年代の日経は、社会の移り変わりに対してどう対処すべきかという書き方はあっても、この状態を改善するのにこのように変革するべきだという書き方のものはなかったのに対して、最近の日経はそうでもなく、社会の変動にどう対処すべきかという書き方とともに、このように変える必要があるのではないかという書き方のものも見られるようになりました・・・が、1980年代の日経というのは、経済記事を見るにはよくても政治・文化などの記事はお粗末で、財界の御用新聞・自民党の御用新聞みたいで、経済記事も常に企業の立場から書かれたもので家計や政府(国)の立場からの書き方はなく、社会の状態をこう変える必要があるという書き方のものは見られない、経済記事については一流でもそれ以外は三流新聞だったが、「右手に日経、左手にエロ本」という日経はそういう「経済記事以外は三流新聞」しか見ない精神的に貧困な人間を意味しています。 〕 どうか、お願いだから、そういう思考を「おまえら外部の者に教育してやろう」などとは考えないでもらいたいものだ。そのビョーキ、移されたくないのだ。

  私はうちの父親から「小学校・中学校は義務教育やからしかたがないからおまえでも行かせてやってあげてやらんといかんけれどもやなあ。高校は義務教育ではないんやから、おまえは高校には行くべきではないんやぞ。おまえは高校には行ってはいかんのにからにおまえは北野高校に行ってんぞ。高校にはおまえは行ってはいかんのに北野高校に行ったというのは、それはおまえが甘ったれとるから北野高校に行ってんぞ。たとえ北野高校に行ってもおまえは浪商であって、浪商は高校行かんでもええんじゃ、浪商! 高校行くな、浪商チャンコロ、チャンコロ浪商! 義務教育でもないのに高校行くな、おまえはあ!!!」と毎日毎日言われてきたものだったが、小学校・中学校は義務教育といっても、それはあくまでも公立の小学校・中学校が義務教育ということであり、黒川行治が行った慶應中等部なんてものは義務教育ではないわけであり、「おまえは、中学校行くなちゅうんじゃ! 甘ったれるな! 思いあがるな! 義務教育ではない以上、慶應中等部なんて行ってはいかんはずなんじゃ。甘ったれて慶應中等部みたいなもん、行くな、黒川行治! のぼせあがるな、黒川行治!!!」と言ってやるべきであったはずだ。言ってやれば良かったか?
  それから、小此木啓吾症候群という男は、慶應幼稚舎⇒慶應中等部⇒慶應義塾高校⇒慶應義塾大学医学部⇒慶應大学医学部 助教授 慶應病院勤務 と「揺り籠から墓場まで慶應」という男だったようだが、小学校・中学校が義務教育といっても、それはあくまでも公立の小学校・中学校のことであって、慶應幼稚舎とか慶應中等部というのは義務教育ではないはずである。だから、小此木啓吾が慶應幼稚舎なんて行ったのは余計であり、のぼせあがっとるから慶應幼稚舎に行きよったのであり、つけあがっとるから慶應幼稚舎に行きよったのであり、思いあがっとるから慶應幼稚舎に行きよったのであり、なによりも、小此木啓吾はモラトリアム人間病にかかっているから慶應幼稚舎に行きよったのである。そういうことになるはずである。「入院療法」(=拉致・逮捕監禁)とか「薬物療法」(=薬漬け・毒盛り)とか「作業療法」(=強制労働・労働搾取)とか「心理療法」「カウンセリング」(=言いくるめ・マインドコントロール)とか「電気ショック療法」とか「精神外科療法」(=撲殺療法)とかやって、小此木啓吾を「治療」してやる必要があったのではないか?  特に、「電気ショック」とか「ロボトミー」とか小此木啓吾にやってやってあげた方が本人のためだったのではないか?
スタンガン
スタンガン
↑ こういうのを「電気ショック療法」と称して小此木啓吾にやってやれば、「ちょっとはマシになったかもしれん」と思いませんか? 慶應中等部は義務教育ではないんだから行くべきではないはずなのに行った黒川行治もモラトリアム人間病にかかっているから慶應中等部に行ったわけやから、当然、「電気ショック療法」やってやるべきやったはずや!
しかし、考えてみると、普通、↑ のようなもので人を攻撃すると傷害罪とか暴行罪とかに問われる可能性があるのだが、ところが、「医師」の資格を持っていると、「電気ショック療法」だとして「本人のためにやった」と言い、「感謝してもらわんといかん」とか主張できることになっている・・・というのは、これはどう考えてもおかしいのではないか? むしろ、内部進学小此木啓吾こそ「電気ショック」とか「ロボトミー」とか受けた方が世のためだったのではないか?  慶應幼稚舎は義務教育ではないのにからに、何をウルトラ甘ったれて慶應幼稚舎みたいなもん、行っとるんだ、小此木啓吾は! モラトリアム人間病の小此木啓吾はなぜ「治療」を受けないのか、小此木啓吾独善主義は!!!

  慶應の教授で「私立だってことはいいってことじゃないか。こんな常識もわからんのかあ~あ!」とおっしゃるお方というのは、いったい、どういう論拠でそうおっしゃるのか?  私なんかは正直な性格してましたもので、そういうことを言われると、「せ~んせえ~え。『私立だってことはいいってこと』というのが『常識』だというのはどういう理由からなんですかあ~あ? せ~んせえ~え、わっかりませえ~えん!」と言いたくなるのでしたが、そういう学校にしばらくいて、このタイプの人、「慶應義塾高校顔した人」が何を言っても、どうせ、理屈もへちまもないのだから、逆らわん方が良さそうやな・・と思うようになりました。 結論として、論拠も何もなく、単に自分が「私立族」だからそう言っていただけだろう単に自分が慶應義塾カーストで上位のカーストにいると言いたいだけたったと思う。もともと、慶應の内部進学の教授などというものは、論拠をもとに話をするような人間ではない。
  しかし、福沢諭吉はそうではない。福沢諭吉は『学問の独立』(『日本の名著 福沢諭吉』中公バックス 所収)において、学問・学校は「国」「国家」「政府」から独立したものであるべきだということを主張しており、私学としての慶應義塾を設けたのも、福沢諭吉が学んだ緒方洪庵の適塾(洪庵塾)が私学だということもあるかもしれないが、「国」「国家」「政府」から独立した学校が必要がと考えた、ということがあったのではないか。
日本の名著 (33) 福沢諭吉 (中公バックス) - 福沢 諭吉, 永井 道雄
日本の名著 (33) 福沢諭吉 (中公バックス) - 福沢 諭吉, 永井 道雄
  中には、これを引っ張り出して、「私立の方がいいに決まっているじゃないか」の論拠として無理無理くっつける人がいるようだが、そういう歴史的視野の欠けた人が慶應の教授には多い。そのあたりが「学問的」で、そのあたりが「受験勉強の悪影響を受けていない」で、そのあたりが「自我が確立されている」「アイデンティティーをもっている」というもので、そのあたりが「思考が柔軟」で「企業はそういう人間を喜ぶ」なのかもしれません。日本の企業の経営者てよっぽどバカじゃないかて感じがしてきます。そのあたりが「ギャルにもてもて」なのかもしれません(^^)/

  経済学は、
経済原論(理論経済学)(純粋理論)
史的理論(経済史)
経済学史
経済政策
の4つからなると言いますが、その「経済史」で考えて、
奴隷制 ⇒ 封建制 ⇒ 資本制 ・・・→社会主義経済
という移り変わってきたわけで、最後の社会主義経済に移りかわるのかどうか、そこはどうとも言えず、むしろ、社会主義経済をとったという国が次々と社会主義をやめてしまい、中国は今も「中国共産党」という名称の党が政権を握っているものの、なんかあまり社会主義という感じではない国になってきていますし、北朝鮮の問題点というのはあれは社会主義どうこうの問題ではないのではないか、そもそも、社会主義の国で世襲などというのがおかしいのですが、そのあたりは、ちょっと横に置いておいて、福沢諭吉という人は、どのあたりに生きていた人かというと、江戸時代に半分・明治に半分生きた人だった。福沢諭吉は、1835年生まれで、1901年(明治34年)没。明治維新が1868年なので、江戸時代に33年、明治に33年生きて、「ロシアに行くを知ってか(1904)、兵隊さん」の日露戦争の1904年の3年前に66歳で他界した人で、福沢諭吉は、経済史的に見ると、封建制の時代から資本制になるかどうかという時期に生きた人であり、福沢諭吉が「学問の独立」ということを言ったのは、経済史の区分としては、封建制の政権・政府からの独立であったのです。 江戸時代末期の佐幕と討幕の争いにおいて、福沢諭吉は、少々、冷めたような眼で見ていたらしく、又、尊王攘夷派というものが、最近では改革派のようにとらえられたり、「維新の志士」のように持ち上げられたりしているけれども、福沢諭吉は洋学者であり、攘夷派から洋学を学ぶとはけしからんと襲撃されたりしていた人間であり、そういう野蛮な攘夷派などというものは支持できないと考えていて、それなら江戸幕府は頼りになるのかというと、そちらもあまり評価できるものではない、ということで、その結果として、下級武士とはいえ幕臣だったということもあるかもしれないけれども、佐幕と討幕についてはどっちが勝とうがあまり期待できない・・と考えていたようであり、攘夷派は明治維新後においては「攘夷」と言わなくなって、西洋と交わるようになったのですが、ともかく、福沢諭吉としては、封建制の江戸幕府や、それとたいして変わらない・たいして期待できないと考えていた明治維新政府からの『学問の独立』を主張していたはずです。
※ 《ウィキペディアー福沢諭吉》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E6%BE%A4%E8%AB%AD%E5%90%89
   ところが、今現在はそういう社会ではないのです。 社会主義経済をどう考えるかはさておき、資本制の経済の時代であり、資本制の経済の社会において、学校以外のもの、企業においても、国営・公営でやった方がいいものもあれば、民間の企業としておこなった方がいいものもあるわけです。 片方で、国立・公立の学校は「国」「国家」「政府」の意向を受けて運営されるおそれがあるかもしれませんが、他方において、私立の学校は設立者・運営者・出資者の意向により恣意的に運営されてしまうおそれもあるわけで国公立と私立はどちらがいいのか、どちらが「学問の独立」をより確保できるのかは、それはいちがいに言えないはずです。
   この場合、「私立は」という場合ですが、1980年代、塾長だった石川忠雄教授が「国立の大学の場合は、設立母体はどの国立大学も『国』であるのに対して、私立大学は『私立』といっても、それぞれが違う」と慶應義塾新聞だったかそういうもので述べておられたと思ったのですが、それはそうでしょう。 学校でなく、他の企業でも、ろくでもない会社が不良経営でろくでもない商品を売っていたとしても、だから、他の会社もなっていないと決まったわけでもないし、大変、良心的な会社があっても、他の会社も良心的とは限らないわけです。 私立はいいかどうか・・といっても、たしかに、「私立」とひとまとめにして考えていいのかどうか、という問題もあるでしょう。

  私は、その頃は、国公立と私立なら絶対に国公立の方がいいと思っていた。今は、「いちがいに言えない」と思っているが、その頃は、国公立と私立なら絶対に国公立の方がいいと思っていた。その理由として、浪人中に行った、私立のYMCA予備校は、あれはどう考えても「害がある」と思えたからである。「プラスにならない」ではなく「害がある」である。
  まず、YMCA予備校高槻校に「京大東大文系クラス」と名づけたクラスを作ったというからには、京都大学の法学部・経済学部・文学部・教育学部と東京大学の文科1類・2類・3類に合格できるような対策を取らないといけないはずである。ところが、YMCA予備校の他の単なる「文系クラス」とテキストも一緒ならばカリキュラムも一緒。担当の講師も、京大・阪大の大学院生とか助手とかのアルバイトであったり、関西の私立大学の教員のアルバイトであったりして、全国の大学の過去問を集めて表紙に「YMCA予備校」と印刷しただけの本の答え合わせみたいな授業をやっているだけであり、京大の文系学部・東大の文系学部には、どうすれば合格できるのか・・という対策も何もない。野村のじいさんが、「名監督」と言っていいのかどうか迷う監督として複数の名前をあげていたと思うのだが、1人は阪急の上田監督で、阪急ブレーブスで何度も優勝して日本一にもなった監督であり、日本ハムの監督になってもそれまでよりも順位は上になったが、しかし、片方で、日本シリーズで審判が誤審したとしても、あそこまで頑張らなきゃならんもんか・・・、さらには、日本ハムの監督の時には、審判の判定が不服として「へたくそ」と言ってポカンと殴るとか、片方で「選手思いのいい監督」でありながら、片方で「困ったおっさん」だった、そして、南海ホークスの鶴岡監督は、すばらしい勝率を誇り何度もパリーグで優勝した監督であるのは間違いないが、日本シリーズでなかなか勝てない、特に巨人に勝てない監督で、日本シリーズで勝てたのは、スタンカの全盛期に阪神に勝ったのが1回と巨人に勝ったのは杉浦の全盛期に杉浦の4連投4連勝で勝ったというその時だけ。〔⇒《YouTube-昭和34年・南海ホークス日本一&御堂筋パレード》https://www.youtube.com/watch?v=vXULBR0R9mA、 《YouTube-1959年 南海ホークス選手名鑑 (南海野球株式会社)日本シリーズ優勝》https://www.youtube.com/watch?v=W3B9G95uzdc 〕 野村のじいさんが言うには、杉浦の全盛期であって、スーパスターの杉浦の力で勝った日本シリーズであり、監督の工夫で勝ったとは言えない、というのだが実際そうだろう。 YMCA予備校高槻校の「京大東大文系クラス」などというものは、およそ、京大の文系学部・東大の文科に合格するためにはどうすればいいか・・といった対策をとるクラスではなく、「京大東大文系クラス」という名称をつけて募集すれば学力のある浪人生が集まり、そいつらに、高校卒業時に受けた大学よりも下の大学を受けさせるようにしむければ合格する可能性が高くなり、それを「YMCA予備校から◇◇大学に合格」ということにすればYMCA予備校の評価が高くなる・・・と考えたもので、それではYMCA予備校にとってメリットはあるとYMCA予備校の「主事」の藤井は考えたようだが、実際にはYMCA予備校はそういうことをやっているという事実の方が広まって、駿台予備校や河合塾が大阪に進出してきたのと合わせてYMCA予備校は淘汰されて、土佐堀・阿倍野・豊中・堺・高槻と大阪府に5校と神奈川県横浜市に菊名と関内(かんない)に2校あったのが、あっという間にすべてなくなったが、受講生にとっては何のメリットもない、そんなことなら浪人した値打ちはないことになる。 YMCA予備校から京大の文系学部・東大の文科に通ろうと思ったら、本人がずばぬけた成績を取れるか、本人が独自に工夫するかしないとだめで、YMCA予備校が何か智慧をつけるわけでも何でもない。いわば、「杉浦の4連投4連勝」でもなければ合格できないみたいな予備校だった。野村のじいさんは、南海ホークスの監督の時は、Aクラスが多かったけれども、西本監督の阪急が強かった時代で、優勝できたのは1973年の1回だけで、その時は前期優勝チームと後期優勝チームとのプレーオフでは3勝2敗で優勝できたが、日本シリーズでの巨人戦では、1勝4敗と負けたが、ヤクルトの監督になると、4回の優勝のうち、最初、1992年、森監督の西武には3勝4敗だったが、翌年1993年、西武に4勝3敗で優勝すると、その後、仰木監督のオリックスに4勝1敗、東尾が監督の西武にも4勝1敗。その際、2度目の西武との対戦の時は、初戦にはその年の勝ち頭でもない荒木を先発させて内角攻めで西武の打者に内角を意識させるようにしたとか、オリックスとの対戦では死角はないと思われたイチローの対策として、試合前からテレビに出るごとに「イチローは内角が弱いから、内角を攻めさせる」と言いまくってイチローにそれを意識させたとか、こうすれば勝てるのではないかということを監督として考えたらしい。捕手としても、東映に入団して1年目は1勝もしていなかった江本をトレードで獲得するといきなり16勝。球威はあってもコントロールが悪い江本はピンチになって緊張するとストライクも入らなくなったが、野村はマウンドに行って「おまえだけのサインやぞ」と言って「ど真ん中のストレート」のサインを出したが、コントロールがいいが球威のない投手が「ど真ん中のストレート」を投げると本当にど真ん中に球威のないストレートがいってしまうのに対して、球威はあるがコントロールが悪い投手が「ど真ん中のストレート」を狙って投げるとどちらかにそれてど真ん中には行かないことになり、その結果、打ち取れるらしい。西武の捕手としては、松沼弟が投手だった時、阪急との対戦で、満塁のピンチで打者は阪急・加藤英司で、2ストライク3ボールから、ボールを投げろというサインで、それでは押し出しの四球になってしまうと思っても、野村はボールを投げろと言ってきかず、松沼弟がボール球を投げると、なんと、その時、パリーグ最強打者だった阪急 加藤英司はそのボール珠に手を出して三振したとか、投手が誰だったか忘れたが、オールスター戦で打者が田淵の時に、投手に「田淵はストレートを狙っているから、ストレートである限りどんな球でも手を出すから、勇気があったらホームベース上でワンバウンドするストレートを投げてみろ」と言い、まさかと思いつつ、ホームベース上でワンバウンドするストレートを投げたところ、田淵はそのクソボールに手を出して三振したとか、じいさん、たいしたもんやなあ・・といった話がある。鶴岡監督はものすごい勝率を残して南海ホークスを何度も優勝させた監督であり、テスト生で入団した野村を取り立ててくれた監督でもあったが、日本シリーズに弱い監督で巨人にほとんど勝てない監督であり、そして、西鉄とのある試合でピンチで中西にタイムリーヒットを打たれてベンチに帰ってくると、「いったい、どういう球を投げさせたんじゃ」と鶴岡が言うから「ストレートです」と言うと、「あんな場面でストレートを投げさせるやつがあるか。バカたれ」と言われたので、ああいう場面ではストレートを投げさせるものではないんだと思って次に同じような場面でカーブを投げさせたらやっぱり打たれて、ベンチに戻ると鶴岡から「何投げさせたんじゃ」と言われて「カーブです」と答えると、「ああいう場面でカーブ投げさせるやつがあるか。バカたれ」と言われたので、ここで訊かないと悔いが残ると思って勇気を出して「監督、ああいう場面では何を投げさせるべきなのでしょうか」と質問したところ、「勉強せえ。バカたれ」と言われたそうで、結局、結果を見て打たれたら「バカたれ」と言ってるだけやった・・・という「ID野球」「プロセス重視」「理由のないことをするな」とは逆の根性野球・人情野球の監督やった・・らしく、日本シリーズで勝てない、特に巨人に勝てないというのは、短期決戦で勝てるための監督としての工夫がなかったと指摘していたが、  「京大東大文系クラス」と言うからには、ピンチになったらストライクも入らなくなる投手に、「ど真ん中のストレート」のサインを出して打ち取らせるとか、最大のピンチで相手打者はパリーグ最強打者という場面で、フルカウントからあえてボール球を投げさせるとか、日本シリーズの初戦の先発をその日本シリーズ全般を通じて相手打者に内角を意識させるために、その年の勝ち頭の投手ではなく球威はないが内角を攻めるコントロールのあるベテランを選ぶとか、そういった工夫のようなものがあってこそ、「京大東大文系クラス」のはずなのだが、「京大東大文系クラス」と名づけることで学力のある浪人生を集めて、高校卒業時に受けた大学より下の大学を受けさせて「YMCA予備校から合格」にしてこましたろ・・というYMCA予備校にはメリットはあっても受講生にメリットはない作戦で、そんなやり方では、受講生は通るものも通らなくなってしまう。野村のじいさんは、鶴岡監督は南海ホークスで何度も優勝し、高い勝率を残した監督ではあったが、短期決戦の日本シリーズに弱い監督で、特に巨人に勝てない監督で、唯一、巨人に勝てた1959年の日本シリーズ優勝にしても、ものすごい投手だった杉浦の全盛期にその杉浦の4連投4連勝があって優勝したのであって、監督の工夫で優勝したものとは言えない、と言う。YMCA予備校に行っていた人間でも、通った人間・「通った」ように見える人間はいた。《「通った」ように見える人間》というのは、それなりの所に通ったのだけれども、たとえば、高校卒業時に京大を受けて落ちたが1浪後は阪大を受けて通ったとか、高校卒業時は東大文科一類を受けて落ちたが1浪後は東大文科二類に通ったとか、そういうのは「通った」と見えるかもしれないけれども、もしも、もっと適切な学習法をとっていたならば、最初に行きたいと考えていた所に通ったかもしれないわけで、YMCA予備校ではなく、もっと適切な対処をする予備校に行っていたならば、本来、行きたいと考えていた所に通った可能性も考えられるのであり、YMCA予備校はそういう人間を「YMCA予備校のおかげで合格」と言いまくるのだが、そうではないはずである。YMCA予備校のような、予備校には期待せずに受講生の側で工夫をする能力がなければ通らない・・というクラスでは、そんなクラスに「京大東大文系クラス」などと名づけるのは、そのクラス名称の付け方は「詐欺」であろうが! ジャロに言うてやった方が良かったか・・とも思うが、その頃は、まだ、ジャロはなかったかもしれない。
   YMCA予備校の問題点として、公立の北野高校では、それぞれの教諭が授業の内容を考えて授業をおこなっていたのに対して、YMCA予備校では亜拓大東帝国あたりしか出てないであろうと思われる事務職員がカリキュラムなど決めて、京大・東大・阪大など出た人であろう教職員である講師は、事務職員が決めたカリキュラムに従っての答え合わせみたいな授業、そんなものなら、京大・東大・阪大など出ていなくても、結論として「アホでもできる」授業をさせられていたのであり、事務職員の命令に教職員が服従して「授業もどき」をさせられていた、アルバイトの講師としては、その時間、事務職員に命令されら「答え合わせ」をやれば時給をもらえてそれで良かったのかもしれないが、たとえ、予備校とはいえ学校という所において、事務職員の命令に教職員が従っているというのは、それはおかしいはずだった。もちろん、高校でも大学でも、学校という所においては事務職員と教職員ではどうしても教職員の方が優位な立場になりがちではあるけれども、それでも、事務職員と教職員は役割分担をしているのであってどちらが上とか下とかではないはずではあるのだけれども、それでも、教職員がおこなう授業の内容について事務職員が命令するというのはおかしいはずだったが、それが、私学YMCA予備校では事務職員が教職員に授業の内容を命令していたのだった。

( ↑ 大阪府高槻市八丁西町5-37。 YMCA予備校高槻校がかつてあった場所。今は、大阪医大本部北西キャンパス になっている。)
  そして、YMCA予備校では、どうも、教職員と事務職員では、亜拓大東帝国あたりしか出ていない事務職員が教職員に命令していただけでなく、YMCA予備校の事務職員は予備校生が教職員と直接に話をするのを妨げており、もしも、教職員に何か話をしたければ、事務職員に申し込んで許可を得てから話してくれなどと言っていたのですが、そうやって、事務職員が教職員に統制を加えていたのです。なんで、受講生と教職員が話をするのを、いちいち、事務職員が統制するのですか? おかしいでしょ。
  インターネットで検索して見ると、私が行った年より少し後、どこだったか、大阪府の公立進学校を定年退職した教諭がYMCA予備校に就職して、それまでの高校での授業と同じように考えて、YMCA予備校のテキストなんて、こんなもの、使っていてはだめだと、自分自身で独自のテキストを作って配って授業をした、ということがあったらしいのですが、おそらく、その方は、気の毒なことですが、それほど経たないうちにYMCA予備校から追い出されたのではないでしょうか。これは、どうなったか把握しているわけではなくあくまで予想ですが、そうなったのではないかいなあ・・と思います。私学YMCA予備校というのはそういう予備校だったのです。「悪貨は良貨を駆逐する」という事態は一般の会社においてもあることですが、YMCA予備校はそういう状態でした。おかしいと思いませんか。亜拓大東帝国あたりしか出てない事務職員が、京大・阪大・東大あたりを卒業して公立進学校の教諭やってきた人などにどういう授業をしろ、どういう話はするなといったことを命令するのですよ。おかしいでしょ。そのあたりを見て、私は、私立の学校というのはだめだと思ったのです。
  そして、YMCA予備校の「主事」というよくわからない名称の事務職員の藤井という男は、私に「どんな本、読んでるんだ?」などと言って思想調査をした。 又、「適性テスト(心理テスト)」を、北野高校では希望者に実施してその結果は受けた人間にそのまま渡したのに対して、YMCA予備校は入校時に強制的に「適性テスト(心理テスト)」を強制的に受けさせた上で、その結果を本人には渡さず本人には見せず、YMCA予備校の事務職員が保持してYMCA予備校の事務職員だけが見て勝手なことを言っていたのです。「適性テスト(心理テスト)」というものは、実施するのなら、
(1)本人が希望した場合に限り、かつ、
(2)その結果は本人に渡して本人のみが見ることができるようにするべきであり、
YMCA予備校が実行したようなYMCA予備校の事務職員だけが保持してYMCA予備校の事務職員だけが見て本人に見せないというのは、そのような「適性テスト(心理テスト)」などというものは害がある。 そのような「適性テスト(心理テスト)」などというものは実施するべきではありません・・がそれをやりたがるのがYMCA予備校と高槻校の「主事」の自称「敬虔なクリスチャン」の藤井でした。 そういうことをやる人のことを「敬虔なクリスチャン」と言うらしいのです。
  又、私立YMCA予備校の「主事」の藤井は「ぼくらは、きみらの親からカネを払ってもらっているのであって、きみらからは1円もカネのらってないのやから、ぼくらはきみらの親のために働く筋合いはあるけれども、きみらのために働く筋合いはまったくないんやからなあ」と公言。よく、そこまで言うものだと思うが、公立北野高校の教諭でも、たとえば、2年の時の担任だった旧姓S野礼子(女。当時、20代。北野高校⇒神戸大文学部卒。「私は両親が離婚したから」というのが最大の自慢)などは、明らかに親の側に加担すれば自分の評価が上がると考えている女だったし、3年の時の担任だったO谷郁三(男。当時、40代。出身大学不明・・ということは、あんまりええ大学でとれへんいうことやろ・・)も生徒の側に立つか親の側に立つかという点で、はっきりと親の側について生徒を見捨てた卑怯者だったが、それでも、「ぼくらはきみらからは1円もカネもらってないのだから、きみらのために働く筋合いはないんやからなあ」などとは、そういう文句を口にする教諭は1人もいなかった。藤井は「ぼくらは、きみらの親からカネを払ってもらっているのであって、きみらからは1円もカネのらってないのやから、ぼくらはきみらの親のために働く筋合いはあるけれども、きみらのために働く筋合いはまったくないんやからなあ」という認識が間違っていないと考えていたようで、私の親はそれを聞いて、「そうや。その通りや♪ ええ~えこと言いはる! その通りや♪」などと言って喜んでいたのだったが(アホがめでたいのお・・て感じがする)、私が親の立場ならそうは考えない。たとえ、カネ出したのが親であったとしても、親は息子なり娘なりのために役だってもらうためにカネ払っているのであって、「きみらのために働く筋合いはまったくない」などとぬかす男にカネ払った覚えはない! そのあたりが、私立YMCA予備校は公立高校の教諭なら口にしないような文句を平気で口にしていた。 但し、さらに前のことを思い出すと、1960年代後半、私が小学校3年の時、大阪市立M小学校の教諭F河福三は、生徒を「気にいる生徒」と「気にいらない生徒」の2つにはっきりと分ける男で、その態度は許せないと考える生徒がクラスにけっこういたのだが、私は「気にいらない生徒」の方に分類されてして、しかも、その「気にいらない生徒」がクラスで一番成績が良かったものだから、F河は余計に気にいらなかったようだ。「通知簿」というものがあったが、成績は相当よくて・・というより、5段階相対評価だったが、体育が3だったが、それ以外は算数・国語・理科・社会だけでなく音楽も図画工作もほとんどの科目が5だったのだ。母の叔母のだんなが隣の学区の小学校の教諭をしていたが、その叔母のだんなにその通知簿を見せたところ、「えらいええ成績やねんなあ」とびっくりしていたというのだが、成績は「えらいええ成績」だったけれども、教諭のコメント欄には、よくもまあ、ここまで書いてくれたものだというような悪口雑言が並べられていた。しかし、今、考えると、それにしても、小学校の先生というのは、小学校の生徒とガチンコで喧嘩するやつというのが多いもんだなあ~あ・・とあきれる。(私は営業の仕事をやったが、お客さんの子供で、「なんじゃ、こいつ」と思う子供がいたとしても、だからといって、子供とガチンコで喧嘩なんかしないし、大人がガチンコで子供と喧嘩したらアホや、と思ってきたのだが、ところが、「小学校の先生」というのは、なぜか、小学生とガチンコで喧嘩したがる人というのが多い。) 私はその教諭から「気にいらない生徒」に分別されていたが、そういう分別をされた側の方では、この教諭は絶対にゆるせん! と思っていた。ある時、F河は私に「おまえ、あしたから学校来るな!」と言ったのだ。それで、私も言わせてもらった。「それなら、先生も明日から学校来ないでくださいよ」と。だって、そうでしょ。小学校の教諭に「気にいらない生徒」に「おまえ、明日から学校来るな」などと言う権利なんてないはずで、そんなことを言えるのなら、生徒の側にもクラスの生徒を「気にいる生徒」と「気にいらない生徒」にはっきりと2つに分別する教諭の態度としておかしい男に対して、「おまえ、明日から学校来るな」と言っても悪くないはずです。 ところが、F河はこう言ったのです。「ぼくらは、国から給料もらってるのであって、小学校は義務教育だから、きみらからも、きみらの親からも1円としてカネもらってないのやから、ぼくらは、きみらからも、きみらの親からも、どうこう言われる筋合いはまったくないんやからなあ」と、そう言いやがった。これって、おかしいでしょ。「国から給料もらってるのであって」と言うのなら、その「国」の税金というのは誰が払っている税金かというと国民が払っているのだから、小学校の教諭の態度については国民にどうこう言う権利があるはずで、「きみらからも、きみらの親からも、どうこう言われる筋合いはまったくない」などという主張は許されないはずだ。あの「右翼角刈り教諭」は、「国」というものから給料をもらっているのであって、生徒から給料もらっているのではなく、生徒の親から給料もらっているわけでもないから、だから、義務教育の小学校の教諭は「国」のために働く筋合いはあるけれども、生徒や生徒の親のために働く筋合いはまったくない・・と考えていたらしかった。しかし、そうなると、小学校も義務教育の小学校ではなく、生徒の親がカネを出す慶應幼稚舎とかそういう私立の小学校の方が、「義務教育の小学校の教師は国から給料もらってるのであって、きみらからは1円ももらってないし、きみらの親からも1円ももらってないのだから、きみらからも、きみらの親からもどうこう言われる筋合いはまったくないんや」などと言う男が教諭やってる小学校よりもいいことになる。少なくとも、「『国』のための教育」をする教諭の小学校よりは「親のための教育」をする小学校の方がマシかもしれない・・・が、しかし、教育というものは「教え、育む」ものであるはずで、誰がカネ出すかにかかわらず、基本的には本人のためのものでないといけないはずである。慶應幼稚舎なんて行ける人間は国民全体から考えるとごくわずかだけれども。・・というよりも、「義務教育の小学校の教師は国から給料もらってるのであって、きみらからは1円ももらってないし、きみらの親からも1円ももらってないのだから、きみらからも、きみらの親からもどうこう言われる筋合いはまったくないんや」などという認識の男が教諭になっているようなそんな小学校なんて存在価値はないことになるのではないか・・と思う。まあ、考えてみると、変な教師が多いものだと思う・・・が、「きみらの親からカネもらってるから、きみらの親のために働く筋合いはあるけれども、きみらのために働く筋合いはないんやからな」などと言う私立YMCA予備校職員と「国からカネもらっているのであって、きみらからも、きみらの親からも1円もカネもらってないのだから、ぼくらは『国』のために働く理由はあるけれども、きみらのためにも、きみらの親のためにも働く筋合いはまったくないんやからなあ」と言う公立小学校の「右翼角刈り教諭」も、どっちもその認識は違うと思うのだが・・・、なんか、どっちもどっち・・・という感じがする。
  それから、大阪市立のM小学校の教諭だったF河は「ぼくらは国から給料もらってるのであって、きみらからもきみらの親からも1円ももらってないんだから、だから、国のために働く筋合いはあるけれども、きみらにも、きみらの親にも一言としてどうこう言われる筋合いはないんだからな」とあの国家主義者は言ったのだが、F河が勤めていたM小学校は国立ではなく大阪市立であり、F河は「国」から給料もらっていたのではなく、大阪市から給料もらっていたはずだ。「大阪市のために」と言わずに「国のために」と言うあたりがあの「右翼角刈り教諭」の国家主義者としての特徴を示していた、と言えるのではないか。
  YMCA予備校の問題点は、他にもいっぱいありますが、逐一、述べようとするときりがないししますのが、
(1)公立の北野高校では、教職員が自分で授業の内容を考えて授業をおこなっていたのに対して、私立のYMCA予備校は事務職員が授業の内容を決めて教職員にどういう授業をしろと命令してさせていた、
(2)公立の北野高校では、「心理テスト(適性テスト)」は希望者のみ受けることができることとして、その「診断」結果はそのまま受けた生徒に渡して、その「診断」を見てどうするかは本人の自由であったのに対して、私立のYMCA予備校は受講生に希望をきくことなく一方的に「心理テスト(適性テスト)」を受けさせて、その「診断」結果を受けた当人には渡さず見せず、YMCA予備校の事務職員が保持してYMCA予備校の事務職員のみがそれを見て、「診断」結果を本人には教えず、ファッショ的政権が国民を統制する道具として「心理テスト」を使用するのと同様に、YMCA予備校が受講生に統制を加えようとするのに「心理テスト(適性テスト)」を使用した。
(3)公立の北野高校では、北野高校の模擬試験というものを3年の時に3回実施し、卒業生(浪人生)にも希望者には受けることができるようにしていたが、それ以外の業者が実施する模擬試験を受けるか受けないかは生徒の自由だとしていたのに対して、YMCA予備校は受講生に情報が伝わるのを避けるために、「9月まではYMCA予備校の試験と出身高校の模擬試験以外は受けないでください」などと言い、実際には、YMCA予備校に応募するまでにそんな話はないし、駿台予備校の東大模試とかそういった模擬試験とYMCA予備校の模擬試験とでは、むしろ、東大を受けようという人には東大模試、京大を受けようという人には京大模試といったものの方がよっぽど大事であり、又、共通一次試験が最初に実施される年ですから、共通一次試験に対応していないYMCA予備校の模擬試験よりも共通一次試験を想定した模擬試験の方が大事であり、無視して受けていましたし、試験会場でYMCA予備校の同じクラスの人と会うこともありましたが、そうやって受講生から情報を遮断しようとする行為がありました。
(4)又、公立の北野高校では、たとえば、2年の時の「倫理社会」の授業の時に、A先生が「『ソクラテスの弁明』とかデカルトの『方法序説』、太宰治の『人間失格』、夏目漱石の『こころ』、カミュの『異邦人』、ドストエフスキーの『罪と罰』、三木清の『人生論ノート』、こういった本も読んだことのない高校生は高校生として欠陥があるのじゃないかと思うわ。大学受験に成功するかどうかより、こういう本を読んでおく方がよっぽど大事やと思う」とか言われ・・・、
人生論ノート - 三木清
人生論ノート - 三木清
今から考えると、たしかに、そういった本はぜひとも読んでもらいたい、それも、歳をいってから読むのではなく若いうちに読んでおくべきもので、文学者・哲学者とか文学部国文学科・ロシア文学科・フランス文学科とか哲学科・倫理学科とかに行った人が読むものということではなく、どういう方面に進む人でも読んでおくべきものだ、という認識については今もその通りだと思いますが、しかし、「高校生として欠陥がある」というのは言い過ぎだと思うし、又、A先生の言う通り聞いてそんな本ばっかり読んで、大学入試で出題される科目の学習時間をさいてそういった本を読んで、結果として大学入試に落ちたらA先生は責任取ってくれるのか・・というと、取ってくれるわけないのであり、又、「倫理社会」の授業中に、「『権威』って何だろうか? 北野の権威・・は、もうなくなったか・・・」なんてA先生は言われたことがあったが、なくなった「北野の権威」のその何割かはあんたがなくしたんだろうが・・・て感じがしないでもない・・のだけれども、それでも、文学・哲学といったものの代表的な書物というものは、文学科・哲学科に進んだ人間だけが読むものではなく誰もが読むべきもので、歳いってから暇なら読めばいいというものではなく若いうちに読んでおくべきものだ、という点については、基本的な物の考え方としては間違っていないと思います・・が、ところが、私立のYMCA予備校の「主事」という事務職員の藤井は「『聖書』なんてあんなもの、読んではいかん。『聖書』なんてあんなもの、いいことなんて何一つとして書いてないんだから、あんなもの。『聖書』なんて読まんでも、洗礼うけて礼拝に出て献金はらっておけばそれでええんや、『聖書』なんて絶対に読んではいかんし、特に若いうちに読んではいかん」と何度も何度も発言したが、そういう「『聖書』なんてあんなもん、絶対に読んではいかん」などという自称「クリスチャン」というのは、「洗礼うけてる」「日曜ごとに礼拝にでている」「献金はらっている」からといってそういう人をクリスチャンと言うのか? 相当疑問に思う・・というより、私の認識ではそういう人間というのは《「クリスチャン」のふりをしたがる症候群》であってキリスト教徒ではないと思うのですが、『聖書』に限ったことではなく、「古典」と言われるような本を読ませたくないらしく、それは、マルクス主義の本を読ませたくないとかいうことではなく、夏目漱石も森鴎外も太宰治も芥川龍之介もニーチェもキルケゴールも内村鑑三も気にいらないらしく、そういった本を読むことなく大学の入学試験を受けさせたいらしかったのですが、夏目漱石も森鴎外も読んではいかんなどと言われたのでは、どうやって「現代国語」の勉強するんだ? ということになります。
  YMCA予備校の「主事」の藤井が、古典と言われるような本を読ませたくないというのは、大学受験を控えた1年未満前だから、そういうものを読むのに時間を費やすよりも、受験に直結したことに時間を費やすようにした方がいいという意味で言っていたのではなく、文学・哲学の古典と言われるものを国民に読ませたくないという愚民政策からでした。それは、最近の大学の文学・哲学といった学科を軽視して、実務的な学部学科を重視しようとする傾向と似たところがあるかもしれません。森川英正『日本経営史』(日経文庫)によると、森村組の面接に行って、「語学と簿記は不得手の方です」と正直に答えて不採用になった村井保固さんという人に、福沢諭吉は、実業家を志す者がそのあたりの支度が出来ていないとは言語同断だと怒ったというのですが、実業家を志す者なら語学と簿記は学んでおくべきだとは言ったようですが、だからといって、文学・哲学は「虚学」だというようなことは福沢諭吉は言っていないはずです。慶應大学商学部に在学中、「労務管理論」のK教授が「大学では、労務管理論とか商学部の専門科目よりも、むしろ、文学・哲学・倫理学・宗教学・歴史学・人類学といった一般教養的なものの方を中心に、そういった一般教養的なものを6で商学部の専門科目を4、もしくは一般教養的なものを7で専門科目を3くらいで学んだ方がいいのではないかと私は思います。商学部の専門科目なんて会社に勤めてから学習してもいいし、むしろ、実際に会社に勤めてからの方がわかりやすいところがある」と言われたことがありましたが、たしかに、労務管理論もそうですが、経営学とか、あるいは法律でも商法・会社法などは会社という所に勤めてから学んだ方が実感を持って学べるようなところがあるように思います。逆に、一般教養的なものは、本格的に仕事につく前に学んでおくと、それが生きてくることがあるのに対して、実際に仕事につくと、仕事についてからも学習はするとしても、その仕事に直接関係のあるものを学ばないといけないので、それまでに一般教養的なものを学んでいないと、仕事についてから学ぼうと思っても難しいようなところがあるように思います。北野高校の卒業生で東大の哲学科に行った方と話していたところ、「高校でやっているものは、それぞれの学問の入門のようなものだから」と言われたことがあったのですが、それを北野高校の3年の時の担任だったO谷郁三に話すと、「入門ですらない」と大谷は言ったのですが、しかし、中学校から高校にかけて各科目で学んだものが「入門ですらない」とすると、中学校高校の6年間で学んだものは価値がなくて、大学の教養課程2年間で学んだ教養科目は価値があるのか? 2年間で6年間を上回るものを学べるのか? ということになり、どうも、大谷の発言には疑問を感じたのでしたが、自分があんまりいい大学に行っていない人の場合、高校までに学んだとされるものについて否定したい、価値がないことにしたいという気持があるわけです。慶應の教授(内部進学)が「高校までの勉強は受験勉強だ。害があるんだ」と叫ぶのと同じく、進学校の教諭になっていても自分自身があまりいい大学を出ていないという人は、大学でやっていることは価値があるけれども高校までにやっているものは「入門ですらない」という言い回しをすることで、価値はない、高校までの内容を問う試験である大学入試で難関校に合格できるだけの学力があった者も、しょーもない大学しか行けなかったものも、値打ちは一緒なのだ、ということにしたいわけです。それが、高校までの科目というのは「入門ですらない」という言い回しだったのです。慶應の教授(内部進学)が自分が知らないもの・自分がわからないもの・自分ができないものは大学入試と関係ないものでも何でも「受験勉強だ。害があるんだ」ということにしたがるのと同じく、進学校の教諭になっていても自分はしょーもない大学しか出ていないという人は「高校までの勉強はそれぞれの科目の入門のようなもの」と位置付けるのを嫌がり、「入門ですらない」ということにしたがるのです。その人の気持ちはわからないこともありませんが、「入門ですらない」ことはないと思いますよ。「デカンショ節」という言葉があって、兵庫県の丹波篠山の民謡で、「デカンショ、デカンショで半年過ごし、後の半年ぁ寝てくらす」という文句ですが、本来の意味は「出稼ぎしよう、出稼ぎしようと言って半年くらす。後の半年は泣いて暮らす」という意味だったというのですが、今のように「大学」と名のつく学校がいっぱいある時代ではなく、かつて、大学生の数が少なくて、大学生はエリートだった時代には、大学生の間では「デカンショ」という言葉が、カルト・カント・ショウペンハウエルで「デカンショ」だったそうで、それらの本を大学生および大学に進学するような者は読んでおくべきだ・・と言われても、ショウペンハウエルはともかく、カントの『純粋理性批判』なんて読んでもようわからんような本なのだが、それでも、ともかく、大学生および大学に進学しようとする者は、学部学科がどこかにかかわらず、読んでおくべきものだとされたらしい。そういうものを、「読んではいかん」ということにしたがるYMCA予備校というのは、こういうものを指摘された時の逃げ方としては、「いや、だから、入試にはあんまりでないから、浪人の間はそういうものは読まん方がいいという意味だ」とか言って逃げるのだと思いますが、YMCA予備校の「主事」の藤井は、浪人中はそういうものよりも入試に直結したことをやった方がいいという意味でではなく、国民にそういった古典と言われるような本を読まさないようにしようという意味で言っていたはずです。大学入試の「国語」の「現代国語」では日本人の文学者の文学作品、哲学者の作品が題材として採用されることはあっても、外国人の文章の翻訳が出題されることはまずありませんでしたが、そうであっても、東大・京大などに進学しようとする者というのは、「そういった古典といったものを読む人間」であるはずで、それをやめさせようというのは、やっぱり、亜拓大東帝国あたり卒の男の浅はかさと言うしかありません。
   北野高校の「倫理社会」のA先生が「こういう本はぜひとも読んでおいてもらいたいねえ」と言われた本の1冊である三木清『人生論ノート』の著者の三木清の『哲学入門』(岩波新書)は1979年の共通一次試験の「国語」の「現代国語」の分野で出題されました。なにしろ、2浪なんてしてしまいましたから、翌年の共通一次試験対策というつもりで、1979年の「国語」の問題に出題された三木清『哲学入門』(岩波新書)を一通り読みましたが、『人生論ノート』は読みやすい文章でわかりやすい内容であるのに対して、同じ著者でありながら『哲学入門』の方は、内容がどうというよりも文章がわかりにくい文章でした。受験対策として考えると、1冊通して読むのに時間をかけるよりも、自分が受けようとする大学学部の問題の過去問などを徹底して吟味することに時間をかけた方が成果はでたかもしれませんが、片方で、東大とか京大とかを受けようとする人間というのは、「そういった本を読む人間」であり、運動部に入っていた人間が、高校3年の後半になっても、6時間目の授業が終わった後、グランドを1周か2周走って、それから自宅に帰って学習したりしていた人がありましたが、それまでの生活のルーティンを崩すとかえっておかしくなったりすることもあります。試験前であっても睡眠時間はある程度取りますし、風呂にも入れば食事もする、もし犬飼ってたら試験前でも犬に食事やるでしょ。もともと、東大・京大あたりに行こうという人間というのはそういう本を読む人間で、そういった本を読むのが東大・京大あたりに行こうとする者のはずで、東大・京大あたりに行こうとする者にとっては、そういった本を読むのにあまりにも多くの時間を費やしてしまうと試験に通らなくなるということはあっても、いくらかはそういう本を読む時間を持つというのは「ルーテイン」ですから、だから、共通一次試験と自分が行きたいと思う大学学部の「国語」で過去に出題された小説・評論を読む時間をいくらか取っても、それは生活のリズムの1つと考えていました。私は、高校3年の時も、浪人中も、自宅で2時間学習して、次、2時間学習するという間に腕立て伏せ20回とか腹筋運動30回とかやっていましたが、それをやったから落ちるということはないと思うし、むしろ、そういった生活のルーテインを崩すと、その分だけマイナスになると思っていました。健康法には、人それぞれのものがあり、又、身体についての健康法と、精神面についての健康法があり、慶應大学の商学部のH教授は「生活が少々乱れてしまったという人は、堅い本を読むと生活の乱れが治ります」と言われ、「近代思想史」の I 教授は「日吉の教養課程の時にサルトルの本を読破したことで安心立命の境地を得ました」と話されたことがありましたが、それはその先生の「精神面についての健康法」なのだと思いますが、サルトルが適切なのか他の著者のものが適切なのかはその人によるのではないかとも思いますが、『聖書』を読んで気持ちを落ち着けるという人もいますが、YMCA予備校の藤井のような「『聖書』なんてあんなもん、絶対に読んではいかん」とか自分で読まないだけでなくひとに言わないとおれない自称「クリスチャン」というのは問題外でしょう。うちの親はYMCA予備校の藤井から「『聖書』なんて読んではいかん」と言われて、「敬虔なクリスチャン」に言ってもらったと思って、それで私から『聖書』を取り上げましたが、そうやってYMCAに心の平安を奪われたのは私にとっては大学受験において大きくマイナスになりました。私はその頃から「クリスチャン」というものが嫌いになってきたのです。《『聖書』なんて絶対に読んではいかんと主張する「クリスチャン」》て、それはいったい何ですか? 『聖書』を自分自身で読んでその意味を考えてこそキリスト教徒ではないのか・・と私は思うのですが、藤井は逆で、「『聖書』なんて読んではいかん。あんなもん、いいことなんて何ひとつとして書いてないんだ、あんなもん。『聖書』なんて読まんでも、洗礼うけて・日曜ごとに教会に行って礼拝にでて・献金はらっておけば、それでええんや。『聖書』なんて読んではいかん」と言うのですが、そういう人を「洗礼うけている」「教会に行って礼拝にでている」「献金はらっている」というクリスチャンの3大義務を果たしているからということで、キリスト教会は「クリスチャン」と認定するらしいのですが、・・なんか、つまんねえ野郎だなあ・・という感じがしますが、そういうのが好きな人、そういう人を「敬虔なクリスチャンだから絶対に悪い人ではない」と言って崇拝したがる人というのも世の中にはいるらしいのです。「世の中いろいろ、人間いろいろ」かもしれませんが、私なら、「『聖書』みたいなもん、あんなもん、いいことなんて何ひとつとして書いてないんだから、あんなもん。あんなもん、絶対に読んではいかん」とか言いまくらないとおれないという人が、なんで洗礼うけるのか? そんなこと思っているのなら洗礼なんて受けなきゃいいのとちがうのか?・・と思うのですが、私とは逆の考えの人もいるようです。 私が行っていた頃の北野高校では、体育では9月に水泳の試験があって、たとえば、背泳で、50m×25mのプールの25mの方を1分以内に往復して帰ってくるというのが課題で、1分以内に帰ってこれなければ追試で、1週間ごとに実施される追試では10秒ずつ、許容範囲が広がることになっていたのですが、1分9秒で往復できる者なら1週間後の追試でおしまいですが、2分半もかかるとどうなるかというと、9週間、11月までプールに入らないといけないことになります。実際に私は10月の半ばまでプールに入りましたから、その結果、最近でも、8月でも暑い日は市民プールも混んでいますが、8月下旬あたりで少々涼しい日になると来場者がずいぶん少なかったりしますが、10月半ばまでプールに入った経験のある者からすると、8月下旬で少々涼しい日なんて、むしろ、すいていて快適♪・・、あの「文武両道の北野高校の体育」のおかげで昨年も夏はプールで泳いでいました。今年はコロナウイルスの問題からプールが閉鎖されているので泳げませんが、浪人中だって、「文武両道」の姿勢は変わらない・・はずでしたが、ところが、YMCA予備校の藤井は「水泳とかはしないように。気分転換はパチンコとかするように」などと言うのでした。今では、「きょうびのパチンコ」はゴルフよりカネかかるもので働いていない浪人生にできるものではないはずですが、1970年代後半においても、最近ほどでないとしてもカネのかかるもので、高校生にとってはパチンコ屋に出入りする者というのは「不良」「非行」ということになっていたわけで、ある程度の年齢になってみると、なんでそんなものが「不良」なのかと思うものもあって、パチンコとはどういうものかというと「穴に玉を入れるだけ」であり、別に人を殺したわけでも何でもないわけで「不良」「非行」というほどのものでもないような気もするのですが、高校生にとっては「不良」「非行」とされていたものであり、前年まで高校生だった浪人生がやるものではないし、大学生になってからならともかく、「高校生の続き」やってる者にとっては、それまでからやってきた水泳などは、むしろ、いくらかはやらないと体調を崩す、ペースを崩すようなところがあるのに対して、パチンコなんてそれまでやったこともないものをやると、ペースを崩す原因になってしまいます。YMCA予備校高槻校の「主事」の藤井はそれをやれと言うのでしたが、それは、おそらく、水泳など自分自身で自分のペースで体を動かす体育というのは、その人間の心を整える働きをするのに対して、パチンコというものは精神面を退廃化させる傾向があるものであり、国民の精神面を退廃化させることで、ファッショ的支配者にとって都合のいい国民にしていこうという策謀だったと思われますが、それは大学受験にとってはマイナスになるものです。 
  共通一次試験の「国語」は「現代国語」が2問、古文が2問・漢文が1問で、「現代国語」は文学の分野から1問・評論の分野から1問で、そういったものが「国語」の「現代国語」の分野の「評論」の分野で題材として出題されるわけですから、共通一次試験の「国語」で三木清の本から出題されたとしても、翌年も同じ人の文章が出題される可能性は大きくないとは思いますが、同じ著者のものは出題されないとしても、そういった文章が出題される可能性は小さくないわけですから、そういった文章に慣れておく、ということは「現代国語」の対策として考えられることです。それを、予備校の事務職員の藤井は「そういう本は読んではいかん」などと言って、「読んではいかん」といくつもの書物を指定するのでしたが、そんなこと言われたのでは「国語」の勉強はできません。大学入試についてわかっていない男は黙っていてもらいたいものでしたが、「大学入試についてわかっていない男は黙っているべきだ」ということがわかっていない男だった、ということでしょう。うちの父親は「専門家の言うこと、専門家の言うこと、専門家、せんもんか、センモンカ、専門家、せ~んむお~んクワァ~あ!」などと言いまくり、私が「あんな男、専門家じゃない」と言っても絶対にききませんでした。そのあたりが、我が家とよそとの違いでした。私は、大学入試に際して、お父さんが(もしくはお母さんが)東大もしくは京大卒の人、もしくは、東大・京大あたりに行こうとして行けずに慶應・早稲田あたりに行ったという人の息子というのは本当にうらやましいと思った。お父さんが東大なり京大なりを出ている人、もしくは、東大なり京大なりに行こうとしたけれども行けずに慶應なり早稲田なりに行ったというような人の場合は、お父さんが「あんなやつの言うことなんて無視しろ」と息子に指導するものですが、我が家の場合は、息子の方が「あの藤井という男の言うことは無茶苦茶だから、あの男の言うことはきかないで」と親に教えても、それでも、「専門家やがな、専門家。専門家です専門家。すえ~んむお~んクワァ~あ!!!」と言って父親はきかず、母親は「あの人はクリスチャンだから絶対に悪い人であるわけがない。あの藤井さんという人は、クリスチャンはクリスチャンでもYMCAで主事をやっているくらいだから、並のクリスチャンではない。特別にえらいクリスチャンのはずだ」などと「『聖書』みたいなもん、絶対に読んではいかん。『聖書』なんていいことなんて何ひとつとして書いてないんや、あんなもん。『聖書』みたいなもん、読まんでも、洗礼うけて・日曜ごとに教会に行って礼拝に出て・献金はらっておけばそれでええことなんや。『聖書』みたいなもん、絶対に読んではいかん!」と毎日言っている男、それを「伝道」だと思っている男のことを言っていました。あれは1浪中の私にとってはこたえた。あれは1浪中の私にとっては相当マイナスになりました。『毛沢東語録』には「『専門家』に警戒せよ」という言葉があり、又、特にその問題についてよくわかっているわけでもないのに「専門家」と称して「ひとに言うことをきかす」ということをやろうとする人間を、何かと「専門家」として信仰したがる人間というのは、T=W=アドルノ『権威主義的パーソナリティー』(青木書店)において、権威主義的パーソナリティー≒サドマゾ的性格≒ファシズム人格 の傾向と指摘されていますが、うちの父親を見ると、そうだろうなあと思います。 特にその問題についてよくわかっているわけでもない者を「専門家」として崇拝したがる人間というのは、特定の人間にだけではなく、他のイカサマ師もまた「専門家」として崇拝し、我が子を燔祭に捧げます。遠山啓(ひらく)は『教育問答 かけがえのないこの自分』(太郎次郎社)で、父親というものは息子を外敵から守ってくれる存在である・・と書いているのですが、それは小さい頃にまだ会ったことがなかった父親を亡くした遠山啓がよそのお父さんでも比較的いいお父さんを見てそう思ったものであって、すべての父親が「外敵から守ってくれる存在」であるわけでもなく、外敵を引っ張り込んでくる父親というのもいます。「専門家」をありがたがる「権威主義的パーソナリティー」の父親というのは、その人に生活費を出してもらって成人したわけですから、その点ではお礼も言うべきでしょうし感謝もするべきなのでしょうけれども、片方で、よくもまあ、あれだけ、外敵を引っ張り込んできてくれたものだ、とも思います。遠山啓は、父親のある息子は「世間知」を父親から学ぶことができるが「父なし子」は父親から学ぶことができないので、自分自身で何度も痛い目にあってそれでやっと「世間知」を身につけることができると述べていますが、私などは父親があっても、父親から「世間知」なんて学べるものではなく、むしろ、自分自身が痛い目にあっていくらか学んだ「世間知」を教えても教えてもはねつけてしまう親のおかげで苦労させられたようなところがあります。「権威主義的パーソナリティー≒サドマゾ的性格≒ファシズム人格 」の親というのはちっぽけな「プライド」があって、よその人間の言うことはきいても、息子の言うことはきいてはならないという戒律を持っていますので、息子がどんなに苦労して努力してわからせようとしても絶対にきかないのです。
  1970年代後半、北野高校の2年の時の担任だった旧姓S野礼子(女。当時、20代。神戸大文学部卒)は「私は両親が離婚したから」と言ってそれを何より自慢にしており、両親が離婚していない人間というのは自分より恵まれていると言いたかったようでしたが、しかし、「離婚できた夫婦」と「離婚できなかった夫婦」という見方もできるわけで、「両親が離婚していない」家庭というのは「家庭内離婚」の家庭である場合もあり、離婚するならさっさとしてもらった方がいいんだけれども・・という両親もあるわけです。そのあたりも理解できないような女が高校の教諭になるなよ・・て感じもします。「私は父親がいなかったから」というのが旧姓S野礼子は自慢だったのですが、父親というのはいた方が常に有利とは限らないわけで、大学入試においては私は父親がいない人がうらやましいと何度も思いました。うちの父親は父親がいるから「世間知」を父親から学べるような父親ではなかっただけでなく、外敵から防いでくれる父親ではなく外敵を次々と引っ張り込んでくる父親でしたし、まがりなりにも会社員として何十年か勤めてきたならば、会社に勤めたとするとこういうことがある・・といった情報を息子に教えてもよさそうなものでしたがそういうものもありませんし、息子が努力してこうしようと計画してもそれをつぶすことにばかり尽力する男でした。あの男がいなければ、私はもっと行きたいと思う大学の行きたいと思う学部に行ってやりたいことをできたと思います。あの男がいなければ奨学金をもらって大学に行くことができましたが、あの男がいたから奨学金はもらえないことになりましたし、母親は「息子は母親に所有権という権利がある」と主張していましたが父親の方は「母親は畑であって種を植えた者に権利がある」と主張しており、どちらの説をとっても息子には自分自身に対して所有権はないことになったのです。親がなければ、自分で働いて行きたいと思う大学の行きたいと思う学部に行ってつきたいと思う仕事につけましたが、親がいたからそれをつぶされたのです。父親はいた方が常に有利ということはない、というそのくらいのことも理解できないようなバカ女は、高校教諭として害がある。そんなバカ女は高校教諭としてはいない方がいい人間です。
  鵜川 昇(うかわ のぼる)〔桐蔭学園校長〕『一流校合格への父親学』(1980.7.5.ごま書房 ゴマブックス)では、子育てというものを母親だけにさせるような父親ではだめで、特に、高校・大学の進学については母親よりも父親が心を配らないといけないということを述べるが、しかし、それは「父親力」のある父親の場合のことで、うちの父親などは、そういう「父親力」のある男ではなかった。鵜川昇さんは、
《 中学四年の実力考査のとき、学校で答案を見てきた父が、「おまえは『国手』を知らないのか。今日の新聞を見ろよ」と言った。私は答案に「国政を処理する政治家」と書いたのだが、新聞には「真鍋国手」が東大医学部教授で、総理大臣の治療にあたっているという記事が出ていた。私は改めて、中学中退の父の学力に敬服した。
  また、私が東京高等師範学校を受験する日、父は確信をもって「おまえは絶対受かるから安心して行ってこい」と断言した。なぜそんなに自信をもっているのかと思ったら、昨夜、富士山の夢を見、「一富士二鷹三茄子」で縁起がいいという。私は思わずふき出してしまった。と同時に、なぜか心が落ち着き、試験場でも存分に力を発揮できた。今から思えば、父の夢はフィクションだったかもしれない。だが、これらの体験を通して、私は父の子どもの受験に対するひたむきな姿勢を、ひしひしと感じとったのである。》
と述べているのだが、鵜川昇さんにとっては父親というものはそういうものだったらしい。そういう父親を前提に、進学については母親よりも父親が中心になって息子の力になるべきだと考えたようだが、そういう父親ではない父親も世の中にはいるのであり、そういう父親とは違う父親は、むしろ、でしゃばらないでもらった方がありがたかったのだが、ところがどっこい、「種を植えた者に権利があるんじゃ」と言う男は、出てきてもらわない方がいい所で出てくるのだった。遠山啓(ひらく)は父親を小さい頃に会う前になくしたことから、よその比較的いいお父さんを見て、父親とはそういうものだと思ったようで、鵜川昇は父親と息子との関係が比較的うまくいっていた自分と父親との関係をもとに、父親が主として進学について配慮するべきだという主張をしているが、そういう父親ばかりではない、ということに2人とも気づいていないように思われる。
  YMCA予備校の「主事」だという藤井という男は、マルクス主義の本を読ませたくないとかいうことではなく、夏目漱石も森鴎外も太宰治も芥川龍之介もニーチェもキルケゴールも内村鑑三気にいらないらしく、そういった本を読むことなく大学の入学試験を受けさせたいらしかったのですが しょせんは亜拓大東帝国あたりしか出てない予備校の事務職員が言うことですから、そうなるのかもしれませんが、ファッショ=YMCA予備校は、そうやって、国民が「古典」と言われる本を読んで自ら考えるという姿勢を奪おうとしていたのです。しかし、京大とか東大とかいう大学というのは、若いうちにそういった「古典」と言われる本を読んできたような人間が行く所のはずで、片方であまりにもそういった本の読書に時間を費やしてしまって大学入試対策の時間が奪われてしまうと、結果として相当学習したにもかかわらず大学入試には失敗してしまうという危険性もあるものの、他方においては、やっぱり、京大とか東大とかいった大学はそういった古典と言われる本を読むような人間が行く所であり、そういう本を読まさないようにされて、いったいどうやって「現代国語」とかの学習をすればいいんだ? ということにもなるはずでしたが私立YMCA予備校の事務職員は、そんなこと考えたこともないようでしたが、入試のためにマイナスになってもおかまいなしに、「古典」と言われる本を読んで自ら考えるという姿勢を奪いたいという強い意志があったようです。 慶應大学在学中、塾の講師の募集には何件も応募したのですが、結局、塾の講師にはどこも採用してもらえませんでしたが、中には「右翼のおっさん」が経営しているみたいな塾もあり、その「右翼のおっさん」みたいな塾の経営者のおっさんは、YMCA予備校の「主事」の藤井といくらか傾向が似ていたように思います。キリスト教は宗教の問題であり、政治とは別の次元のもののはずなのですが、昔から、特に若い人が政治的関心を持たないようにするために「キリスト教」の方に気持ちを向けさせようとして設立されたような「教会」があったりします。そういう「教会」に熱心な人には、もはや、キリスト教でも何でもない、単に、反共・反「反権力」・反「反体制」でしかないものを「キリスト教」だとして「伝道」に励む人がいるように思えますYMCA予備校の藤井もそのタイプの人間で、夏目漱石も森鴎外も芥川龍之介も太宰治もキルケゴールもニーチェもハイデガーも内村鑑三も、何より『聖書』も「危険思想」だと藤井には思えたのでしょう。大谷愛人(ひでひと)『古典入門 キルケゴール『死に至る病』』(有斐閣新書)に、キルケゴールが好んだレンテンマルクの言葉「これらの作品は鏡のようなものである。猿がのぞいても使徒の顔は浮かんでこない」という言葉が書かれているのですが、そのレンテンマルクという人はどういう人なのか、『広辞苑』を見ても百科事典を見ても人名辞典を見てもインターネットを検索しても見つからないのですが、誰が言ったかよりもその言葉の内容の方が大事なので、どういう人かは二の次として、この「これらの作品は鏡のようなものである。猿がのぞいても使徒の顔は浮かんでこない」という言葉は、「『聖書』みたいなもん、あんなもん、いいことなんて何ひとつとして書いてないんやから。あんなも~ん」と言ってそれで「伝道」しているつもりの自称「敬虔なクリスチャン」がのぞくと、夏目漱石も森鴎外も芥川龍之介も太宰治もキルケゴールもニーチェもハイデガーも内村鑑三も「危険思想」に見えてくるようです。そういう男の方がよっぽど危険だと思いますけれどもね。
  大学入試においては、↓ の図に示したように、
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「その科目そのものの学習」(A+B)と「入試の対策」(B+C)の両方から成り立っており、「その科目そのものの学習」として必要であっても入試にはそれほど出題されない部分(A)もあれば、「その科目そのものの学習」として必要であるとともに入試にも出題される部分(B)と、もっぱら入試対策としてのもの(C)の部分とからなっており、高校時代の私はもっぱら入試対策としてのものをあまり力を入れてやるのは邪道ではないかという感覚を持っていて、AとBの部分の方に力を入れていたのでしたが、やっぱり、大学入試というものは通るために受けるのか落ちるために受けるのかというと、当然、通るために受けるのですから、Cの部分もやらないわけにはいきません。しかし、Aの部分なしでCの部分のみ学習できるのかというと、Aの部分をまったくやらずにBとCだけ学習するというのは簡単ではありませんから、A+B+C を一通りは学習して、浪人したならば、Aの部分は軽めにしてB+Cに力を入れてやるというようにすればいい、特に、高校卒業時においてCの部分が不足していたと感じたならば、私は高校3年の12月に代ゼミの東大模試を受けて、AとBの部分が十分すぎるわけではないとしても、それよりもCの部分が不足していると感じ、浪人したからにはCの部分に力を入れてやれば、点数も相当アップする可能性はあると考えたのですが、YMCA予備校は「京大東大文系クラス」と名づけておきながら、京大の文系学部・東大の文科の問題をどうすれば解けるかといった対策が欠落しており、Cの部分についての内容がある授業ではなかった・・のですが、同時に、事務職員の藤井は、その科目そのものの古典的な学習を妨げようとしたのですが、「古典」と言われる書物を国民が自らよんで自ら考えるという姿勢を国民から奪いたいという意識からのものでしたが、片方でA+Bの部分を奪ってCだけさせようとする、過去問の答え合わせだけするようにしたがりながら、他方において、本当に入試に合格するために必要とされるCの能力を拡充するための授業はできていなかったし、やろうという姿勢もなかったのです。
  片方で、文学・哲学の古典的な本は、文学科・哲学科に行った人だけが読むものではなく国民だれもが自ら読んで考えるべきものであり、特に京大・東大というのはそういった本を読む人間が行く所のはずであり、まったく読んでいないというのはおかしいのですが、他方でそんな本ばっかり読んで入試対策にかける時間を奪われてしまうとそのために入試に落ちてしまうということも考えられたのですが、だからといって、入試対策の部分だけ(C)の部分だけさせて、AとBの部分を受講生がやるのを妨げれば点数アップにつながるかというと、そうではなく、やはり、AとBの部分も必要なはずでしたが、そのAとBの部分をさせないように画策し、なおかつ、それならCの部分の対策を予備校としてきっちりとやるのかというと、何もない・・という状態でした。私立YMCA予備校は、その科目そのものの学習、いわば、骨も身もある部分の学習を妨害しようとする傾向がある予備校で、その際には「予備校は受験屋だから」とか言い訳するのですが、それは国民に対する愚民政策の一環であるのは明らかでした。そのような傲慢な行為をおこなう者が「クリスチャン」とはそれはおかしいのではないか、と思われましたが、「洗礼うけて、日曜ごとに教会に行って礼拝にでて献金払っておけばそれでええんや」という使徒信条を持っている男はそれが「敬虔なクリスチャン」だと思っていたようでした。
  なお、私自身の経験から言うと、あくまでも1970年代後半から1980年代にかけての問題のことで今の問題のことではありませんが、その頃の東大の問題と京大の問題では、京大の問題の方が(A+B)の部分の割合が大きく、東大の問題の方がCの部分の割合が大きい、共通一次試験実施前と共通一次試験では、共通一次試験の方がCの部分の占める割合が大きい、私立大学では慶應大学と早稲田大学の問題では早稲田大学の問題の方がCの部分の割合が大きいという印象を受けたのですが、あまりにも試験対策の部分が占める割合が大きい試験というのはいい出題ではないのではないかと思い、だから、私は共通一次試験というのはあんまりいいとは思えなかったし、試験問題としては慶應大の問題と早稲田大の問題なら慶應大の問題の方が好きでした。東大は昔から「アカデミックな京大に対して、役人養成所」などと言われてきましたが、今から考えると、インプット重視型かアウトプット重視型かという見方をした時、私が高校卒業した頃の入試の問題についても、京大の問題に比べて東大の問題はアウトプット重視型で、日本史・世界史など社会科の「・・について800字以内で述べよ」という問題も、役人が文章をまとめる練習みたいな感じの問題でした。あくまでも1970年代後半から1980年代にかけての問題のことで、今、どうなっているかは知りませんが。ともかく、↑の図で、片方で、AだけでなくBの部分もさせないようにしておきながら、他方でCの対策を取るだけの能力が予備校屋としてない、というYMCA予備校は、「学校」として考えると、いい学校ではなかった。 北野高校の2年の時の担任だった旧姓S野礼子(女。当時、20代。神戸大文学部卒)は、「北野高校は100年の歴史があってここまで来たのに対して、YMCA予備校はそこまでの歴史はないのだから、しかたがないでしょ」と言うのでしたが、そういう問題ではないと思います。そうではなく、私立のYMCA予備校は、藤井など事務職員が「自分たちのもの」と考えていたので、それで、事務職員がやりたいようにやっていたのに対して、公立の北野高校は「公共のもの」「みんなのもの」という認識が定着していたので、部分的にそうでもないものもあったかもしれないけれども、意図的に、AとBの部分をさせないようにしようなどという動きはなかった。YMCA予備校は北野高校よりも歴史は浅かったかもしれないが、駿台・代ゼミ・河合塾と比べて歴史が浅いわけではないはずでしたが、それでも淘汰されたのは、歴史が長いか短いかの問題ではなかったからでしょう。
  こういったものを見て体験してきて、それで、私は「私立」は良くないなあ・・と思うに至ったのでした。 国立は東大でも京大でも阪大でも設立母体も経営母体も「国」であるのに対して、私立の学校は、「私立」といっても慶應大学の経営者と早稲田大学の経営者は別であり、なってない経営の私立大学があったとしても、だから、他の私立の学校までなってないと決まったわけではないはずでしたが、しかし、そうだとしても、「私立の学校」というのは、YMCA予備校では自分自身は京大や東大を通った経験がないだけでなく受けた経験もない人が自分たちの主張を恣意的に通す学校という印象を強く受けていたので、国公立の方が良さそうだな・・・と思ったのでした。

  ・・但し、さらに後、たとえば、資格試験受験においても、インテリアコーディネーター資格試験の2次試験(製図・論文)を受験する際に、1次(学科)は独学で合格したけれども、製図は独学ではできず、ハウジングエージェンシーのインテリアコーディネーター2次試験対策講座に出席して、こういう練習をしてくださいと言われたことを言われた通り実行して、それでなんとか2次試験に合格しましたし、キッチンスペシャリスト資格試験についても、学科試験は独学で通りましたが、製図試験はどうしてもうまく書くことができず、やはり、ハウジングエージェンシーのキッチンスペシャリスト製図試験対策講座に出席して、こういう練習をしてくださいと言われた練習を実行したことで何とか合格することができました。建築CAD検定試験の3級と2級に合格しましたが、これも、WinスクールのCAD設計コースに申し込んで、講師の方からこういう練習をしてくださいと言われたことを実行したことで、なんとか合格することができました。それらの講座に出なかったとしたならば、絶対に合格できないということはないかもしれませんが、合格までにかかる期間がもっと長かったか、長すぎて挫折してあきらめたか・・というよりも、インテリアコーディネーターやキッチンスペシャリスト試験の製図については、独学ではきついと考えて、それでもなんとか通りたいという気持から、「試験というものは、入学試験でも資格試験でも、カネをかけずにさっさと通る」というポリシーをあえて曲げて、そういった対策講座に出席して合格するという選択をしたのでした。YMCA予備校のおかげで、「私立の学校」は事務職員が勝手なことばかりやっていてろくなものじゃない、という印象を受けたのでしたが、ハウジングエージェンシーのインテリアコーディネーター2次試験対策講座やキッチンスペシャリスト試験製図対策講座、Winスクールの建築CAD設計コースはYMCA予備校のようなことはありませんでした。又、大学受験予備校にしても、YMCA予備校は、本科生だったにもかかわらず不親切で良心的ではなかったのに対して、駿台・河合塾・代ゼミは模擬試験を受けたことがある・その予備校が出版した本を買ったことがあるという程度の人間に対しても親切でした。だから、YMCA予備校が、駿台・河合塾などが大阪に進出してくるとともに、あっという間に消えて淘汰されたのも、もっともなことだと思います。YMCA予備校の藤井などは、おそらく、「東京の物がいいという意識があるからだ」とか現実に反する「しょーもない言い訳」言い出すのではないかと思いますが、関西人にそのような意識はありません。むしろ、「東京のもの」に対しては関西人には拒絶反応があるくらいですが、予備校については、大阪中心だったYMCA予備校よりも、東京発祥の駿台・代ゼミや名古屋発祥の河合塾の方が良心的で親切だったから、だから、不誠実な方の予備校が淘汰されたのです。

   私は、1980年代前半くらいの時期においては、高校も大学も、私立よりも国公立の方がいいという印象を持っていましたし、うちの父親の親友で医者屋のM川という男が、「患者」を薬漬けにして貯め込んだカネでドバカ息子を私立金権裏口関西医大http://www.kmu.ac.jp/ に入学させた、というのを自慢にしていたのでしたが、関西医大はその「大学」が存在することで「患者」が薬漬け・検査漬けにされるのであり、その意味で関西医大はなくなった方が「患者」にとってはありがたい「大学」、なくなった方が医療のためである「大学」であったわけであり、薬漬け⇒裏口入学⇒薬漬け⇒裏口入学⇒薬漬け⇒裏口入学・・という「輪廻は続くよどこまでも♪」(⇒《YouTube-せんろはつづくよどこまでも》https://www.youtube.com/watch?v=cT-jbEOugHU )の私立大学なんて、ない方がいい、なくなってくれた方が国民のため、患者のためであるのは明らかであり、そういう点でも、国公立の方がいいという印象を受けていました。
アブない大学病院―“白い巨塔”で行なわれていること これじゃ患者はたまらない! (ベストセラーシリーズ・ワニの本) - 寺岡 元邦
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私立医大には「町医者養成所」の性格があって、町医者の息子・娘が行って町医者を継ぐので、論文書いて出世することばっかり考えている頭狂大学医学部卒の医者よりも、町医者に診てもらうようなものなら町医者養成所卒の医者の方がいいくらいとか言う人もありますが、ドバカ息子を「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りしたカネで私立金権関西医大裏口入学させたというのを自慢していたM川を見てきた者としては、自分が医学部に行くならば、東大・京大でなくても国立大学か私立に分類されても実質的に公立のような自治医大か防衛医大のような大学校かでないと行ける可能性は考えられなかった者としては、私立医大卒の医者というと、それが町医者養成所の性格があるとはいえ、「カネで大学に行った人か」という印象を受けてしまいますね。
  採点についても、国公立の方が信頼できそうで、私立の大学その他学校の採点はイカサマの可能性もある、と思っていたのですが、「私は決していいかげんな採点はしていない」と言われる先生も慶應大学にはおられたかもしれません・・・・が、中には、相当多数の受講者がいる科目の試験では、答案を机の上にどさっと積み上げて、「ここや♪」と思ったところを片手でぐわっと掴んで引っ張り出して、引っ張り出した部分だけ、真面目に、A・B・C・Dをつけて、残ったのはぜ~んぶ、C!・・・という採点をしているという噂の教授先生もおられ、なかなか面白い話だけれども、まさかそこまでは・・・なんて思って、その先生の講義を受講して、前の方の席で全出席でその先生の本も購入して読んで試験を受けて、「Aの答案、書いたどお~お♪」と思って、それで、成績表が届いたのを見たら・・・・⇒Cやった・・・なんてこともありましたし、いくらなんでも、そりぁねえだろお・・・て採点のものもあり、阪急の上田監督なら、日本シリーズで放棄試合もやりかねないくらい、「そりぁ、ないよお」て採点の科目もあり、「へたくそ」と言ってポカンと殴るわけにもいかないとしても、そんな感じの科目もありましたが。 入学後の試験については、「ええ~え? いくらなんでもお~お・・」というものもあれば、あれは少々おまけかな・・というものもあったのですが、入学試験については、慶應大学は、もしかすると、代議士秘書の息子とかそういう人が「有力教授」のコネクションで裏口入学したとかいうケースが中にあるのかないのか知りませんが・・なんかありそうな感じが・・せんでもないが、そういうのがあったとしても、それでも、私みたいな「普通の人間」でも合格最低点を上回る点数を取れば合格できる大学であり、私立金権裏口医学部のような「寄付金払わない限りどんなに高得点とっても入れない大学」とは違う・・・というのは確かでしょう。だから、「私立」とは言っても、どこぞの「金権医学部」と一緒にすんなあ!!!・・・と言いたい気持ちはわかります。

  私は、大学では哲学・心理学などを学んで大学院に進んで研究者になることを考えていたのですが、「心理学科」なんて行ったのでは、東大文学部心理学科・東大教育学部心理学科・京大文学部心理学科・京大教育学部心理学科とかを卒業しても、結果として、《私立金権裏口ドバカ医大卒で内科医になった男が内科でやっていけないものだから3日前に「精神科医」に転職したという「精神科医」の下働き》にされてしまうのではないか、それではあほくさいし情けない・・とも思い、又、うちの親が、「東京海上火災、給料高いぞ」とか「歯医者は給料たかいぞ」とかそんなことばっかり言うので、小学校の1年から同級生が遊んでいる時も勉強してきて、そうやって努力すれば、自分がやりたい勉強をして就きたい仕事にもつけると思い込んでいたら、そうではなく「すべてをすべてをわしのために」「すべて欧すべて王わしのためにわしのために。てってこっこテッテテッテらったらったらったら~あ♪ 撃ちてしやまん、一億火の玉! とってちってたあ~あ!」とか言われ、「朕思うに我が皇祖こ~そ~はあ、親に孝に親に孝に親に孝に、わしに孝にわしに孝に、わしのためにわしのためにわしのためにわしのために。すべてをすべてをわしのために、すべてをすべてをわしのために。てってこっこテッテテッテらったらったらったら、テッテコッコてっててってラッタラッタらったら♪」とか言われ、心理学科・教育心理学科というものを卒業して食べていけるものなのか? といったことを考えて、それならば、ともかく、国立大学の医学部に行っておけば、心療内科とかなら食べていけるのではないか、といったことを考えたりもしたのです。文学部や理学部に行って高校・中学校の教諭の資格を取得すれば、それまで学校の勉強はやってきたのですから、教えることは自分がやることと同じではないとしても、できそうに思いましたが、経済学部(および商学部・経営学部)なんてものに行ってしまったら、行かされてしまったのでは、それではせっかく今まで努力して勉強してきたものをドブに捨てさせられるのと一緒です。いくらなんでも、それはないだろ・・・と思ったのですが、うちの親は私にその「いくらなんでも、それはないだろ」ということをさせようとしたようでした。医学部の場合、慶應の医学部はけっこう難関のようですが、合格できれば、学費は経済学部・商学部・法学部・文学部の倍ほど・・ということは、高いと言えば高い、安いと言えば安い。私立金権裏口医大などとは違って、寄付金というものは特に払わなくても合格最低点を上回る点数を取れれば入学できるらしく、その点で、私立医大と言っても慶應の医学部は「私立金権裏口医学部」とは違うらしく、「患者」を薬漬け・毒盛りしてたらふく儲けた医者屋民族の息子・娘でなくても行ける可能性がありますが、それでも、「国立大学よりは高いが私立大学の中では安い方」の学費だった慶應の経済学部・商学部・法学部・文学部と比べると倍ほどかかりましたから、何学部でも学費は一緒である国立大学と比べると高いことになります。ですから、私にとっては入試の難易度とは別の問題で受験対象外でした。 医学部の場合は国立もしくは公立の医学部なら、卒業後、どこかの病院で雇ってもらえるのではないかと考えましたが、「公立」の医学部の場合、地元優先で合否が決められる大学もあると聞くので、それなら「公立」ではなく「国立」の方がいいのではないかと考えました。そもそも、北野高校の2年の時、担任だった旧姓S野礼子(女。当時、20代)が「理科の成績と社会科の成績を比較すると社会科の成績の方がいいですから文系ですね」などと無茶苦茶乱暴なことを言ったのです。あれで私の人生は狂った・・・と言うと、ひとのせいにしていると言われてしまうかもしれませんが、少なくとも、あの女のあの態度はどう考えても良心的ではありません。少なくとも、もし、私が高校教諭になっていたならば、あんな対応はしていません。今から考えると、あいつ、いったい私に何の恨みがあったのか、と思います。
  うちの父親は、「ロスケどもをやっつけてや~る! 戦艦長門の1隻でもあったらええのになあ。長門の1隻でもあったら、ロスケどもをやっつけて千島を取り返してやるのになあ。ロシアはコスイ、コスイやつやから、コスイぎ~ん!」とか「共産党は死刑にしろお! 朝日新聞の記者は全員、刑務所に叩きこめえ! 日教組は死刑であ~る!」とか毎日毎日叫んでいるおっさんでしたので(そのわりには、我が家は「朝日新聞」を購読していましたが、それは「巨人はずるい、読売は許せん! けしからん!」という方が優先したのだと思いますが)、ああいう人間にだけはなりたくないものだと長年思ってきたのです。
※ 「こすい」というのは、和歌山県の方の言葉で「ずるい」という意味だ・・と思ってきたのですが、インターネットで検索すると、《「こすい」は方言?それとも標準語? 都道府県別の使用率、調べてみたら... 》https://j-town.net/tokyo/research/results/270583.html?p=all には、「こすい」を使うことが多い都道府県は、1位は長崎県、2位は佐賀県で、和歌山県は愛媛県とともに3位らしく、他にも広島県・岡山県や福井県・岐阜県・長野県も「こすい」を使うことが多い県らしい。
  又、「東京海上火災のために、東京海上火災のために、とってちってたあ~あ!」とも言っておりましたので、首をもがれても東京海上火災にだけは勤めたくないと小学生の時から思い続けてきたのです。うちの父親は、東京海上火災養成ギプスでも作りそうな男でしたので、だいたい、『巨人の星』というのはあれは児童虐待物語ですし、父親のエゴもいいところです。うちの父親は『東京海上火災の星』みたいなこと言っていた男でしたので、その東京海上火災という所だけは首をもがれても勤めたくないとずっと思ってきました。うちの父親は「ロスケどもをやっつけてや~る! 戦艦長門の1隻でもあったらええのになあ。長門の1隻でもあったら、ロスケどもをやっつけて千島を取り返してやるのになあ。ロシアはコスイ、コスイやつやから、コスイぎ~ん!」とか言い、「共産党は死刑にしろお! 朝日新聞の記者は全員、刑務所に叩きこめえ! 日教組は死刑であ~る!」と言い、さらに「原発に反対とか言うようなやつは、何でも反対、はんたい、反対、はんたいと言わんとおれん根性しとるやつやから反対しとるんじゃ。甘ったれるな! 甘ったれとるから原発反対とか言うとるんじゃ。原発に反対とか言う甘ったれたやつは、全員、刑務所に叩きこんでやらんといかん!」とかも言っていましたので、経済学部とか政治学科とかそういった政治に直接関係がある学部に行くと、また、私にそういう行為をさせようとするでしょうから、だから、経済学部(および商学部・経営学部)と政治学科は首をもがれても行かされたくなかったのです。社会科学系学部でも法学部・法律学科なら政治に直接関係はしないでしょうから、その点では悪くはないかとも思いましたし、公務員ならば、「会社」とは違って、最初に国家公務員試験・地方公務員試験というものがあって試験に合格した者が採用対象になりますから、ですから、経済学部・商学部・経営学部とは違って「高卒と一緒の扱い」にはならないでしょうから、公務員の方がいいと思いました。
  ともかく、高校卒業時、および、大学受験時、私は経済学部・商学部・経営学部だけは首をもがれても行かされたくなかったのですが、ところが、うちの父親と小此木啓吾は私に経済学部・商学部・経営学部という私がそこだけは行きたくないという所に行かせたかったのです。「会社っちゅうところに勤めるのを嫌がる人間は、モラトリアム人間病という病気です。慶應大学の医学部の小此木啓吾先生というエライえらいエライえら~いという先生がそうおっしゃってる」とうちの父親は言うのでしたが、それならば、小此木啓吾こそ、「会社ちゅうところ」に勤めるのを嫌がるモラトリアム人間病だから「大学」という所と「病院」という所に勤めたのではないのでしょうか。小此木啓吾こそ、モラトリアム人間病の「病人」であり「患者」であり「気違い」のはずであり、「薬物療法」(=薬漬け・毒盛り)・「入院療法」(=逮捕監禁)・「作業療法」(=強制労働・労働搾取)・「心理療法」(=言いくるめ・マインドコントロール)・「電気ショック療法」・「精神外科療法」とかで「治療」される必要があったはずです。そもそも、うちの父親は「おまえは高校には行くべきではない民族やねんぞ、おまえは中学校も行かせる必要ない人間やねんけども、中学校は義務教育やからしかたがないから行かせてやってやってやるとしても、高校にはおまえは行くべきではないのにからに、それを北野高校に行ったというのは、おまえが甘ったれとるから北野高校に行ってんぞ。ましてや、おまえは大学には行くべきではないねんぞ。義務教育ではないからには大学には行ってはいかんねんぞ」と何度も何度も言いまくってきたのでしたが、小学校・中学校は義務教育であるというのは、あくまでも、公立の小学校・中学校が義務教育だということであって、慶應幼稚舎とか慶應中等部というのは義務教育であるわけありませんから、それを考えると、慶應幼稚舎⇒慶應中等部と言った小此木啓吾内部進学独善主義は「小学校行ったのは余計」であり、小此木啓吾が小学校に行ったというのは、それは「モラトリアム人間病」にかかっているから慶應幼稚舎に行ったということのはずです。「電気ショック」とかやって「治療」してやる必要があるはずです。なんで、小此木啓吾は「電気ショック」を受けないのでしょうか? おのれこそが「モラトリアム人間病」であるくせに、おかしな「レッテル」ばっかり発明して、おのれのことは棚に上げてひとに勝手なことばっかり言いまくってきた男、なんで、小此木啓吾は「電気ショック」を受けないのでしょうか!?!
  それから、「共産党は全員、死刑であ~る」とか言っていた男のわりに、「宗教はアヘンであるとマルクスが言うてお~る!」と言い、「焼き討ちじゃあ、焼~き討ちじゃあ! 焼き討ちじゃあ~あ!」とも言っていたのです。この「宗教はアヘンであるとマルクスは言うておる」というのはうちの父親の親友で医者屋のM川がうちの父親に吹き込んだ文句でしたが、カール=マルクスは『ヘーゲル法哲学批判序説』において「宗教はアヘン」という表現を1回だけ使っていますが、蔵原惟人『宗教 その起源と役割』(新日本出版社)によると、
(1)「宗教はアヘン」という言葉は、カール=マルクスが最初に使った表現ではなく、カール=マルクスが生きた時代のドイツでよく使われていた表現で、マルクスの他にも詩人のハイネ・哲学者のヘーゲル他、何人かが使用している。マルクスは『ヘーゲル法哲学批判序説』で1回だけ、この表現を使用しているが、何度も何度も使っているわけではない。エンゲルスはこの表現を使ったことはない。レーニンもこの表現を使ったことはない。
(2)なにより、「アヘン」という言葉には、「毒薬」という意味と「なぐさめ」という意味があり、宗教にも毒薬のような宗教も中にはあるけれども、カール=マルクスは毒薬のような宗教を批判する時に「宗教はアヘン」という表現を使用したのではなく、キリスト教やユダヤ教のような宗教について、宗教は貧しい人たちにとっての「なぐさめ」である、という意味で使っており、もしも、すべての人が人生で生きた喜びの果実をつかめるようになれば、なぐさめとしての宗教は必要なくなっていく可能性があるが、しかし、生きた喜びの果実をつかめる社会を築くことなく、なぐさめだけを取り上げるようなことはしてはならない、と述べている。
宗教―その起原と役割 (1978年) (新日本新書) - 蔵原 惟人
宗教―その起原と役割 (1978年) (新日本新書) - 蔵原 惟人
だから、うちの父親の親友の医者屋のM川がうちの父親に吹き込んだ「宗教はアヘンであるとマルクスは言うてお~る」という話はそれはマルクスの発言内容を曲解したものであって、間違った理解のもとに言ったものだったのですが、うちの父親はそういうことを言われると喜びますから、「宗教はアヘンであるとマルクスが言うてお~る。とってちってたあ~あ!」「とってちってとってちってとってちってちゃっちゃちゃ♪」と毎日毎日、私の眼を指で突きさすように指さして叫んでいました。そのおっさんが、キリスト教の教会で洗礼うけた「クリスチャン」だったのです。「クリスチャン」てユニークでしょ( 一一) そういう、毎日、毎日、「宗教はアヘンである。焼き討ちじゃあ、焼き討ちじゃあ!」とか叫んでいるおっさんの家を「クリスチャンホーム」と教会では言うそうです。

  福沢諭吉は、『学問の独立』として、学問・学校は「国」「国家」「政府」から独立したものであるべきだ、ということを主張し指摘したのですが、福沢諭吉は、学問は「国」「国家」「政府」から独立したものであるべきだと言ったのはその後も通じる話ですが、学校が私立の方がいいのか国公立の方がいいのか、というのは、これは別問題で、福沢諭吉が「民間のものであるべきだ」と言ったのは、封建制の経済体制の時代であった江戸時代末期から明治初期にかけての政治を考えて「民間のものであるべきだ」と言ったのであって、資本制経済の時代において、私立の方がいいのか国公立の方がいいのかを検討して言ったものではないはずなのです。
  ところが、慶應の教授(内部進学)には、そのあたりを検討・吟味することもなく、「私学だってことは、いいってことじゃないか。こんな常識もわからんのか」と、なんで「常識」なのか説明することもなく、自分自身が理解もせずに言う人がいましたが、その方は「ほとんどビョーキ」なのですから、「ビョーキ」の人にどうこう言ってもしかたないのかもしれません。
  私は、学校は国公立の方がいいのか、私立の方がいいのかは、これは「いちがいに言えない」と思っています。
  又、国公立の学校は国や都道府県から費用が出ている学校で、私立は国や都道府県から費用が出ていない学校だと思っている人がいますが、それも正しい理解ではなく、国公立の学校でもそこに行く人間は学費を払っているはずで、自治医大とかタダの大学はあり、防衛大のように在学中から公務員の扱いで給料をもらえる大学校もありますが、東大・京大・阪大のような国立大学は国から費用は出ていてもそこに行く人間も学費を払っているはずで、又、私立大学はそこに行く人間が学費を払っていても、それだけで運営されているわけではなく、私学助成金というものが国から出ているはずであり、「国立大学は国が費用を出す大学で、私立大学は個人が費用を出す大学」という理解は正しくありません。あくまでも、程度の問題です。

   国公立の学校の方が、設立者・運営者・出資者の好き放題に運営されることはないだろうから、その点で私立よりも国公立の方がいいのではないか・・・というように私は思ってきたのでしたが、しかし、何年前でしたか、大阪府で橋下徹が大阪府知事であった時に、「民間人校長」だと称して、中原徹という教諭の免許も持っていない人間で・大阪府の公立高校の出身でもない男を、和泉高校の「校長」に裏口入学か縁故入社のように、突然、就任させた、というあたりは、まるで「スターリニズム」のようというのか、これでは、国公立だから特定の人間の意志が恣意的に実行されることは少ないであろうという期待を完全に裏切るものです。
   戦中は、「配属将校」といって軍人が学校に配属されたもので、遠藤周作は配属将校の指示のもとに持ち物検査をされて、体育教師から、ロザリオを持っていたものをとがめられて、「おまえはアーメンか」と言われたという話を書いていましたが、「民間人校長」だと称して和泉高校の「校長」に裏口入学か縁故入社のように就任した男と言うのは、いわば、「配属将校」であり、そういったことが認められているようでは、公立の学校の良さというものはなくなります。

   2000年頃だったと思いますが、ラジオの野球中継で、解説者の板東英二が「最近ねえ、『野球は頭でやるもんや』とか言いすぎですよ。だいたい、そんなもん、野球みたいなもん、やってるような人間が頭つかうのん、得意なわけないでしょうが。頭つかうのん、嫌いやから野球みたいなもん、やっとんねんがな。頭つかうのん、得意やったら野球みたいなもんやらんと、もっとほかの仕事やってるわ」と発言。まあ、たしかにそうかもしれんけども・・・、そこまで言わんでも・・とも思わんでもないが、板東英二は自分自身も元野球選手だということで笑いをとろうと思ってそう言ったのだと思うのですが・・・、私が、もうひとつ、私立の学校というものについて、あまりいいイメージを持たなかったのは、学校の運動部というものが、北野高校など公立進学校の運動部は、学業をおこなった上でスポーツもするという前提のもので、文武両道があたりまえであり、そして、文学・哲学といったものを学ぶ者がスポーツもやるというもので、運動は身体機能を向上させ、健康を増進させ、頭脳も活発化させるものであり、決して、「頭つかうのん嫌いやから」するものではないのであり、何より、殴ったり殴られたりすることでやるものではなく、自分自身で理解して体を動かすものであったのに対して、スポーツ専業高校というのは、「頭つかうのん、嫌いやから野球やっとんねんがな」という人間の行く所だったのであり、その多くは「不良の学校」と重複しましたし、北野高校のラグビー部の友人から聞いた話では、大阪の某スポーツ専業高校(不良高校)のラグビー部と試合をすると、試合前に「おい、わかってるな。もし、俺たちに勝ったら試合後、どうなるか、わかってるだろうな」と脅されるというのですが、私立スポーツ専業高校というのはたいていがそういう不良高校だったのです。私のイトコでそういう高校に行った者がいるのですが、1人は「暴力団みたいで怖い」と言って辞めましたし、もう1人は「進学校の運動部の人間は頭で考えたスポーツをやるが、俺たちは頭がないから体で理解してやるんだ」というように教えられたそうで、監督から殴られるのは当たり前で、「頭がない人間だから体でわからせる」そうでした。そういう考え方は違うのではない。進学校の運動部でそういうことをやろうとしても通じないが、スポーツ専業校であっても、そんなやり方・そんな考え方は間違っているのではないのか、と私はずっと思ってきました。
  そう思っていると、1980年頃でしたか、東大野球部が東京六大学野球で4位になった、ということがあり、「すごい!」と言われたのですが、実際、高校卒業時にプロから誘われていたような選手だらけのチームを相手に、進学校で運動部にいたというくらいの人間しかいないチームが百回に一回でも勝つというのは「すごい!」と思うのですが、それを4位になった。5位と6位はどこかというと慶應と立教のどっちかがどっちかで、その頃までは慶應はスポーツ入学で採らなかったので、江川ですら不合格になった大学で、立教はスポーツ入学でまったく採らないのかどうかはわからないが、早稲田・明治・法政のようには採らない大学だったので、それで、その頃は、たいてい、東京六大学野球では、明治・法政・早稲田の3チームが1~3位で、慶應・立教・東大が4~6位だったのが、東大野球部が4位になった・・・て、すごいなあ~あ・・・と思いますでしょ。普段、勉強している人間が、普段、野球ばっかりやってるやつに野球で勝ったんですからね。
  その時、東大野球部の監督だったかコーチだったかをしていたのは、東大の大学院で保健体育学だったかを専攻していた大学院生で、東大の野球部の選手は、明治や法政の選手のような練習時間は取れないので、それで、短い練習時間でも試合に勝てるようにするにはどうしたらいいかということを考えて、長距離走は野球のようなスポーツにはそれほど関係ないので、長距離走の練習はやめて、筋腕立て伏せのような筋力トレーニングについては、2日に1回やるのと3日に1回やる場合と毎日やる場合を比較してみると、2日に1回やる場合と毎日やる場合では効果にはそれほど差がなかったのに対して、3日に1回やるのと2日に1回やるのとでは差が大きかったので、それなら2日に1回やることにしようとして実行した、とかそういった科学的なトレーニング方法を取り入れたという記事が「朝日新聞」に掲載されていた。そういったことを考えて練習するのが高校でも大学でも「進学校の運動部」の練習だったのです。そのはずだったのです。
  科学的なトレーニング法を考えて効率のいい練習をおこなって「文武両道」を実行しようというのが高校でも大学でも「進学校の運動部」のあり方であって、それに対して、「殴るの大好き人間」が支配する「根性でや~る」「死んでもや~る」というのが私立不良校の運動部だったのですが・・・、慶應大学というのはどっちなのか?  どっちなのだろう・・。 どっちだと思いますか? 就職の際、かつては「指定校」というものがあった時代には、慶應大学はどこの会社においても「指定校」に入っていたらしいので、それから考えると、東大など国立大学の方の仲間か・・・と思いそうですが・・・、設立母体から考えると「私立」です。どっちでしょう?
   答えは、私立不良校の側です。慶應大学にはすべての学部に教養課程で「体育理論」という講義が週1コマあったのですが、体育会の教授はそこで何を言うと思いますか。「スポーツであるからには、殴るというのは当たり前のことなんだよ。だいたい、『殴らないスポーツ』なんてそんなスポーツあるわけないだろうが! 殴ってこそスポーツなんだよ。それを、『殴ったじゃないか』とか『殴ったから怪我したじゃないか』とかわけのわからんことを言うやつが最近でてきて困ったもんだ。頭おかしいのじゃないか。殴ってるんだから怪我するのは当たり前だろうが、何をわけのわからんこと言ってるんだ。一回、病院に入院しろってんだ。」「我々には、『小突く』『殴る』『ぶっ飛ばす』という用語の違いがあるんだよ。それも知らないで、『小突いた』のに『殴った』なんて言いやがってからに。おかしなこと言うなってんだ」とおっしゃるのですが、体育会の人たちには「小突く」「殴る」「ぶっ飛ばす」の用語の違いがあるかもしれませんが、世間一般ではそれらをまとめて「殴る」と言うのです。「一番すごいのは女子バレーがすごいんだよ。男性のコーチが女子選手の髪の毛つかんでコートの中を引きずり回したりするんだ。それがスポーツなんだよ、それをやってこそスポーツてもんなんだ。それを、暴力じゃないかなんて言うやつがいるんだ。頭、おかしいんじゃないか、そいつは! 病院に入院して治療うけろ、入院しろってんだ。まったく、頭のおかしなヤツが多くて困ったもんだ」とおしゃるのです。マイクに向かって。必修科目の講義において。「頭、おかしいんじゃないか」というのは、それはその教授の方と違うのか? 「一回、入院しろってんだ」というのもその教授こそ言われる必要があることと違うのか? その教授こそ、「一回、入院」した方がいいのではないのか? ・・・だいたい、なんで、私ら、そんな暴力野郎のヨタ話を「必修科目」だなどと言われて聞かされなければならないのですか?
   又、「体育会の人間は学力はないが根性がある」とおっしゃるのです。「根性」てどういうもののことを言うのだろうか?  YMCA予備校高槻校の「主事」の藤井は「地方の人間はきみらとは違って根性があるんやからなあ。数学の問題でも、地方の人間は根性があるから、きみらと違って根性で数学の問題をとくんだからなあ」と言うのでしたが、もしも、たとえば、腕立て伏せを何百回とやったら根性がついて、数学の勉強をちっともやらなくても、根性で数学の問題を解けるようになるのなら、数学の学習やるよりも腕立て伏せやった方が大学入試対策としていいかもしれない・・・・けれども、腕立て伏せやったら数学の問題が解けるようになるか? ・・というと、ならないと思いますよ。数学の問題を解けるようになろうと思えば、数学の勉強をしないといけません。腕立て伏せやってもいいけれども、数学の問題を解けるようになろうと思うなら、腕立て伏せやるのではなく数学の勉強やった方がいいと思いますよ。で、「体育理論」の教授が言われる根性て何なんだというと、「今年、陸上部に入った何何君でも、最初はそこのトラックを1周走るだけでもひいひい言っていたんだけれども、半年経った今では2周でも3周でも平気で走るようになった。これは『根性がついた』ということなんだ」と、そうおっしゃったのです。それで、私なんかは、なにしろ、性格が正直なものですから、つい、言いたくなったのです。 「せ~んせえ~え。それって、『根性がついた』のではなく『体力がついた』のと違うのですかあ~あ?」と・・・・。 しかし、逆らうとうるさそうでしたので、言いたかったのですが黙っていましたが、あれは、やっぱり、「根性がついた」のではなく「体力がついた」のだと思いますよ。そう思いませんか? 体力がついて悪いということはありませんが、「体力がついた」というものを「根性がついたということだ」とか言うというのは、そういうのはどんなものか・・と思うのです。思いませんか??? 逆らうとうるさそうでしたので言いませんでしたが、やっぱり、言った方が良かったでしょうかねえ? ・・・というのか、なんで、こんなヨタ話を「体育理論」だとか言って聞かされなければならないのか?
  「バレーボールの女子選手を男性のコーチが髪の毛をつかんでコートの中をひきづりまわす」というのを、「そういうのをスポーツと言うんだ」と慶應の教授はおっしゃるのでしたが、それが慶應ならば、慶應て、「なんか、レベル低いなあ」て思いませんか?  私が考える「スポーツ」とその教授が考える「スポーツ」とは、スポーツはスポーツでもスポーツが違うのです。
  公立中学校の「保健体育」では体育の実技と別に「保健」という授業と「体育」という授業があって筆記試験もあったのですが、その「体育」では、スポーツの意義、スポーツをやる効果としてどういうものがあるか、といった話がされ、スポーツをやることで体力が増強される、その際、「適度な強度」というものが必要で、「適切な強度の体育がおこなわれると、体力は増進する」、「適切な強度の体育がおこなわれないと、体力は衰える」「過剰な強度の体育がおこなわれると、体力は壊れる」といった話であるとか、運動競技の意義として、たとえば、サッカーと同じ動きを、ボールなしでできるか? ・・というとまずできない。サッカーボールがあって、サッカーという競技があるからその動きをやるのであって、体力づくりのために、サッカーと同じ動きをやるといいからと言われたとしても、サッカーボールもなしで、サッカーと同じだけの動きをやろうとしても簡単ではない。だから、そういう競技があるから体を動かすことができるのだ、といった話があった。
  そして、これを言うと、慶應の人間は怒るのですが怒る方が間違っている。1980年頃だったと思うが、東大の野球部が東京六大学野球で4位になった年、東大野球部の監督だったかコーチだったかになった東大の大学院生が考えたのは、それぞれのスポーツ競技によって必要とされる運動能力は違うのであり、野球のようなスポーツには長距離走はそれほど関係ないので、それは省くことにして、腕立て伏せのような筋力トレーニングは、2日に1回やるのと3日に1回やるのとでは効果が大きく違うが、2日に1回やるのと毎日やるのとでは差は小さいということがわかったので、それならば、2日に1回やるということにしようとか、そういったことを考えてやった、とか。そうやって野球という競技に必要がない体力づくりの時間を省いたかわりに、それまでそういったものに費やしてきた時間を実践練習に向けた、らしい。
  『あしたのジョー』では、丹下段平のおっさんが矢吹丈にランニングをさせる際に、走りにくい狭い道ばかり走らせるので、なんで、そんなに走りにくい狭い道ばかり走らせるのだと言う矢吹に、「広い道は舗装されていて、ランニングをすると膝を傷めて良くないのだ」と言い舗装されていない土の道を選んで走るようにした、とか。これは、実際、あると思う。中学生などで体力づくりにといって新聞配達をやりたがる者がいるらしいが、又、「体力づくりにもなります」と書かれた新聞配達員募集のチラシを見たことがあるが、新聞配達は体を動かすので脂肪を燃焼させることにはなるかもしれないが、舗装された道やマンションの廊下や階段のコンクリートの床を走るのは膝を傷めるので、結論としては体力づくりにはならないと思う。私は、実際に新聞配達の仕事をやったことがあるのだが、舗装された道を新聞を抱えて走ったり、マンションの階段や廊下を走ると、その後、膝に痛みを感じるようになりました。 新聞屋の配達は仕事だから舗装された道でもマンションの階段や廊下でも通らないわけにはいかないが、体力づくりを目的として走るのならば、できるだけ、舗装されていない道・・・といっても都会にはほとんどないのだけれども、土の部分があればそういう所を走るようにした方がいい。
  毛沢東は『体育の研究』(『毛沢東の体育の研究』ベースボールマガジン社)という本を書いたが、それまで、中国では、頭脳が優秀な人は体力がない、体が優れている人は頭脳が劣っている、と言われてきたが、そういう考え方は間違いで、これからは、すべての国民が自ら体を鍛えるスポーツマンであるとともに、自ら考える哲学者であるべきで、頭脳も体も優れた人間となるべきだ、と主張した。又、中国では、女性には「纏足(てんそく)」と言って、足が大きくならないように子供の頃から足を縛って足が発達しないようにして、よちよちと歩くのがかわいらしいという考え方があったが、そういう考え方は間違いで、女性もまた、男性と同じく、体力をつけて自分の足で一人前に歩くようにするべきだ、「小さい足でよちよち歩くのがかわいい」などというそんな感覚は間違っている、とする。中国で太極拳が奨励されたのも、毛沢東らのこういった考え方によるもので、国民に広く体育を広めようとして、その際、外国のものよりも中国古来にあるもので役立つものをということで太極拳が取り上げられ、但し、太極拳にはさまざまな動作があり、国民誰もがすべての動作を覚えるのは大変なので、そのうちのいくつかのものを抜粋した「簡易化太極拳24動作」というものが考えられた。
毛沢東の「体育研究」 (1964年) - 毛 沢東, 山村 治郎
毛沢東の「体育研究」 (1964年) - 毛 沢東, 山村 治郎
  亀井勝一郎は『愛と無常について』(講談社文庫)において、スポーツを奨励する社会というのは、民主主義を抑圧し国民が自ら考えることを妨げる社会であることが考えられるといったことを指摘している。昔から、「パンとサーカス」と言って、ファッショ的・専制的な政権が国民を統治するには、ぎりぎり生活できる程度の生活費(「パン」)と国民の関心を政治変革などから背けるための娯楽(「サーカス」)があるといいと言われてきたもので、「スポーツ」はその「サーカス」として利用されることが多い。 今の政治がどうなっているかは知らないけれども、プロ野球の選手がどうなっているかは良く知っているというおっさんが増えると、政治家はやりやすい・・というのは、十分わかることである。夏目漱石『三四郎』では、東大の運動会を見に行って喜んでいる女を三四郎が見て、運動というものはやりたいと思う者が自分自身で体を動かしてやるもので、人に見せるためにやるものではなく、人に見せて喜んでいるやつも、それを見て喜んでいる女も、どちらも間違っていると思う場面がある。森鴎外『青年』では、自分自身で体操をすることで、精神面が整えられることを登場人物が述べる。体育にも、体調を整えるとともに心を整えるのに役立つ体育もあれば、そうではなく、国民を統制し、国民の自主性を奪う体育もある。
  フランツ=ファノン『地に呪われたる者』(みすず書房)では、資本制社会における商業スポーツというものは、本来のスポーツのあり方と離れたものになってしまっていることを指摘する。 デビッド=クーパー『家族の死』(みすず書房)では、「スポーツ」というものが、本人の自覚なしに体を動かすことで、自ら考えて問題提起する姿勢を奪う結果となっていることを指摘している。ヴィルヘルム=ライヒ『階級意識とは何か』(三一新書)でも、ブルジョワスポーツというものが、政治上のファッショ的な動きと連動して、国民の自主的な思索・思考を妨げる方向で働くことを指摘している。
  戦後、アメリカ合衆国が日本を統治するために、日本人に広めたものに「3S」というものがあり、それは、スポーツ・セックス・スクリーン(映画)で、性的に退廃した人間というのは政治を変革しようという意識は持ちにくく全体主義的政治家にとっては統治しやすい、映画も文学・哲学と同じく国民の意識を目覚めさせるものと眠らせるものがある、「実学」の映画と「虚学」の映画があるわけで、イタリア映画などは純粋に芸術的な映画が多いが、アメリカ合衆国の映画は、中には「マルコム=X」だとか「ジェロニモ」だとか反体制・反権力側の映画もあるけれども、ハリウッド映画などはアメリカ合衆国の国策宣伝の映画が多く、アメリカ合衆国国内の『オクラホマ』はヨーロッパにおける『サウンドオブミュージック』、東洋太平洋方面における『南太平洋』などはアメリカ合衆国の国策宣伝映画であるのは明らかで、『南太平洋』では字幕スーパーで「敵の戦闘機だ」と登場人物が語っている場面で音声を聞くと、「敵の」はenemyではなくJapanと言っている。音声でJapan と言っているものを音声を聞かずに字幕を見て喜んでいる日本人て、どうなんだろ。『カサブランカ』なんてのも、一度、見るといい映画みたいに思うかもしれないが、落ち着いて見ると変な話であり、ヴィクター=ラズロという反ナチスの活動家が、より活動するために国外に脱出したいというのだが、そのまま、そこにいたなら捕まって殺されてしまうから脱出したいというのはわかるが、なんで、国外に脱出すればより活動できるのか? 変だと思いませんか? イングリッド=バーグマンという女優が演じる女というのがこれがまた、いつでも、自分の意思をはっきりしないで男に判断を丸投げして、男に判断の責任を負わせようとする女で、私なら「あなたは、どうしたいの? 自分はどうなのかはっきりとしてちょうだい。そうでないと協力もできませんよ」とはっきりと言うところなのだが、ところが、若い頃のイングリッド=バーグマンというのはなかなかきれいなのだが、見た目はきれいでも、女性でも自分自身の意志をはっきりとしてもらわないと、いつも、男に判断を丸投げして逃げる卑怯者の女・・というのを演じ続けている。『カサブランカ』での歌はいいと思うんだけどね。アメリカ合衆国の国策宣伝映画や、くだらない恋愛三文芝居を喜んで見ていると、実学の文学・哲学ではなく虚学の文学・哲学を読んで精神を破壊されているごとく、実学の文学・哲学を読んで物事を自ら考える姿勢がなくなっていく。そういう映画を広めようとしたのではないか。それに、何も考えずに体を動かすことを習慣にした人間というのは、だんだんと物事を考えなくなってしまう傾向がある。 体を自ら鍛えるという意味でのスポーツは悪くないとしても、何も考えずに体を動かすことに慣れた人間は物事を考えなくなるというスポーツや、号令かけられて体を動かすことに喜びを感じるサドマゾ型人間の増加は、それ自体、ファシズム的傾向の人間を育成していることになる。セックス・スクリーンとともに、スポーツもまた、ファッショ的統治者にとって国民を支配し統治するのに都合がいい道具として利用されることがある。
  ダグラス=マグレガーは『企業の人間的側面』(産業能率大出版局)で、人間というものは命令され強制されなければ働かないものだという「X理論」の考え方ではなく、人間は本来は自主的に働く能力がある存在であり、働きやすい環境を整えれば自主的に働いて成果を出すことのできる存在だという「Y理論」の考え方で企業の経営はなされるべきである、といったことを述べるが、スポーツにおいても、「Y理論」で考えた方が成果も出せるのではないのか。
企業の人間的側面―統合と自己統制による経営 - ダグラス・マグレガー, 達男, 高橋
企業の人間的側面―統合と自己統制による経営 - ダグラス・マグレガー, 達男, 高橋
  いくらか述べてきたが、私は「体育理論」というものは、こういったものが「体育理論」だと考えていたし、私自身もこういう体育理論に関心を持っていた。又、私は「心身医学」「心療内科」といったもの、「心と体の関係」に関心があり、運動選手でも練習の時にはいい成績を出せるのに、実際の試合になると緊張して成果を出せない場合があるというが、そういった場合にどうすればいいのか。江本孟紀は『プロ野球 勝てる監督 使える選手』(1998.4.10.三笠書房)で、《 そういや榎本喜八という、王さんの早稲田実業の先輩がいた。55年毎日(現 ロッテ)に入り新人王となり、60年、66年首位打者を獲得、通算2314安打を記録した大選手だが、彼は現役後半、試合中ベンチで座禅を組んで精神の集中を図っていたという。早実にはそういう真面目な伝統があるのかもしれない。》と書いているが、私は座禅は心を整えるのにプラスになるとは思う・・が、試合中にやることないのと違うか・・とも思う。又、私は「心身医学」「心療内科」の方から座禅に関心を持ったが、1998年、(株)一条工務店にいた時に「座禅研修」と称して静岡県浜松市北区の深奥山方広寺に「研修」と称して行かされてボーズの勝手な講釈を無理矢理聞かされたが、これは明らかに「信教の自由の侵害」であり許しがたいものであるが、深奥山方広寺の坊さんは、座禅についてわかってないのではないかとその時に思った。禅宗系の坊さんは座禅をすることで坊主屋の職業につけるので、それで、座禅がどう体に影響するか、どう心に影響するかといったことを考えずに、これが座禅だよと言われたことをやっているが、それでは座禅の本来の効能を身につけることはできないと思うのだ。「医薬同源」と言って、薬と食事は両方から考えないといけないというが、それと同様に、体育と座禅など心身医学は両方から考えるべきではないか、と私は思った。その視点で考えると、慶應体育会の「スポーツ」はスポーツでも体育でもないし、「女子バレーの選手の女子選手の髪の毛を男性のコーチがつかんでコートの中を引きずり回す」とかいうのは、それは心身医学と「同源」の体育とは正反対のものであり、それでスポーツ競技としての成果が出ても出なくても、そんなものは私が考えるスポーツとは逆のものである。
心療内科 (中公新書 (29)) - 池見 酉次郎
心療内科 (中公新書 (29)) - 池見 酉次郎
   江本孟紀『プロ野球 勝てる監督 使える選手』(1998.4.10.三笠書房)では、《 金田正一さんは? 歴代投手の最高峰に君臨する大選手だが、73年から78年、ロッテの監督在任中に1回優勝しただけで、ちょっと寂しい。・・・さらには、投手は走ることが基本であると、率先してランニングをし、またカネやんスープなどを創案して野球選手のでたらめな食生活を改善させるなど、大いなる貢献をした。・・・》と書かれているが、金田は「カネやんスープ」を考案したというが、広岡は西武ライオンズの監督の時に、玄米食を選手に勧め、そのわりに自分は痛風に苦しんでいたそうで、江夏が何気なしに「こんなに玄米ばっかり食うて、なんで痛風になんねん」と、つい口にしたところ、二軍に落されて最後まで一軍に戻してもらえずそれが江夏の引退につながったとか、肉食は健康に悪いと採食を勧めて、同じパリーグの日本ハムから苦情が出て日本ハムの監督の大沢から「ヤギさんチーム」と言われたとか、逆に、日本のプロ野球では在日韓国人の選手が多いが、その理由の1つとして、韓国人の食事の方が日本人の食事よりも肉を多く食べる傾向があり、他の仕事の場合にどうかは別として運動選手の場合は肉を多く食べる者の方が筋肉がついて成果を出せるのではないかとか、モンゴル人の力士が活躍するのはひとつにはモンゴル人の肉食の割合は半端じゃないからではないのかとか言われたり。玄米が体にいいと言われるけれども、『美味しんぼ』には、農薬は米でも玄米の方が残留することは多く、「有機栽培の玄米」の場合は、牛の糞などを肥料として使う場合、その牛の糞に抗生物質が含まれていて玄米にも移行することがあり、「中途半端な健康法としての玄米食」はかえって良くない場合もあるという話がでている。 星野仙一が中日の監督に二度目になった時、運動選手というのは体が資本なんだから、食べるものはきっちりとしたものを食べないといけないと言って、「コンビニ弁当禁止」としたが、その後、中日の監督になった落合は「そんなことは監督が言うことではなく、それぞれの選手が自分自身で考えるべきものだ」と言い、「すべての選手が『オレ流』を発揮してもらいたい」と言って、自分自身で自分の体調管理を考えて、食事もどういう食事を採ればいいのか自分自身で考えてやるべきだと言ったとか。ともかく、運動選手に限らず、体力づくりということを考えるならば、スポーツをやることだけを考えるのではなく、食事はどうあるべきかといったことも考える必要があり、食事のあり方にも大いに関心を持つべきだろう。人間には職業としてのスポーツマンのことではなく、人間のタイプとして、「スポーツマン派」の人、私などのような「文武両道型文治派」の人間、「フォアグラ型文治派」の人などタイプがあるが、実際、私の知っている「スポーツマン派」の人でも、スポーツが好きだというのはいいが、食生活はあんまり配慮した食生活をしていないように見える人もいる。スポーツを奨励するなら、好ましい食生活はどういうものかということも同時に考えるべきではないか。
  ・・・こういったことを考えるのが「体育理論」だと私は思っていたし、今も思っている。それに対して、慶應の「体育理論」担当の教授はどういうものを「体育理論」と考えるのかというと、「『殴る』というのは、何と言ってもスポーツの基本だ」とか、そんなことばっかり言いまくっていたのであり、「程度低いなあ」という感じがした。 体育の実技の方では、京大に行った人に聞いた話では、京大では、体育は、1年で1コマ・2年で1コマ、中学校や高校の「体育」と同じ形式で実施されていたらしいが、慶應大の場合は「基本体育」として1年で1コマあるのと別に「選択体育」と言って、慶應の体育会にある体育種目を希望により選択して、夏休み・春休みなどに集中して受けるというものが実施されたのだが、そのおかげで、私は「馬術」を選択して、馬にも乗せてもらうことができたし、インターネットのポチパパチャンネルでは、犬の首輪というものを、ぎゅうぎゅう引っ張るものと思っている人がいるけれども、そうではなく、首輪はくっと軽く引くことで犬に知らせるものだとポチパパ=北村さんが話されているものがあったが、馬に前に歩いてくれと合図するのは、馬の腹を軽く蹴れば馬はわかってくれるし、止まれというのも、手綱を軽く引けば馬はわかってくれるもので、力いっぱい腹を蹴ったら馬がかわいそうだし、ぎゅうぎゅう力いっぱい引いたら馬のクチに手綱はつながっているので馬がかわいそうだということも学んだので、犬の首輪とリードだってそうだよなあ・・と思うようになったし、ポチパパさんが、犬に最初にさわる時は肩ですからと話されているのも、やっぱり、馬と犬はそのあたりも共通しているんだなあ・・と思ったものだが、しかし、「選択体育」の「馬術」において、「きょうは、馬術部のOBの方が来られましたので、馬術と体育の理論について話していただきます」ということで聞かされた話では、どういう「理論」を聞かされたかというと、「まず、スポーツをやると、どういういいことがあるかというと、まず、飲み屋で喧嘩した時に勝つ、ということがある」・・・とそう話されたのだ。なんかもう、情けなくなってきた。「飲み屋で喧嘩した時に勝つ」というのが「スポーツをやっていいこと」なのか?  わびしいのお~お・・・( 一一)( 一一)( 一一)
   一般に「進学校の運動部」は、「殴ることで強くなるなどというおかしな考え方をしているようなことではだめだ」という思想をもっており、「スポーツ校の運動部」(その多くは「不良学校の運動部」と重複するが)は、「頭のない者は殴ってわからせるんだ」という思想がはびこっている。 但し、「スポーツ校の運動部」にいた人間は誰もが「頭のない者は殴ってわからせるんだ」という思想を持っているのかというとそうでもないらしく、PL学園⇒巨人 の桑田が、野球部で殴られるというのが嫌だったし、それが嫌でやめていった人がいたと語っていたのを見たし、又、彼は運動選手であっても理論派で、インターネットのYouTubeに出ている桑田が話しているものを見ても、ダウンスイングということが日本の野球では言われるが、それは、王選手が極端なアッパースイングだったのを修正するためにダウンスイングと言ったのが広まったのであって、テニスでダウンスイングなんて言わないのと同じく、普通に考えて、打者の前をボールが通る時に上から下へバットを動かすのと横にバットを動かすのでは横に動かした方がボールに当たりやすいし、そこまでダウンスイングと考える必要はないとか、昔から日本では「体の正面で捕れ」と言ってきたけれども、左腕は体の左寄りに、右腕は体の右寄りについているのであり、そこまで体の正面で捕ることを考えなくてもいいのではないか、「体の正面で捕れ」と言った時代のグローブというのは今のグローブと違って粗末なもので、簡単にグローブからボールが出てしまうものだったので、それで、グローブから外に出たボールをそらさないように体で止められるようにと「体の正面で捕れ」と言ったのであって、今はそこまで「体の正面で捕る」と考えなくていいのではないかとか、なかなか、理論的なことを話しており、「頭がないから体でわからせるんだ」とかいった「スポーツ校的」な姿勢とは違うようだ。
   慶應の体育会の教授というのは、「大学教授」のわりに知的ではなく、教養が欠けており、野蛮人である(まあ、体育の「教授」というのはそんなものなのかもしれんけどね。うちの親戚のおっさんで、関西の私立大学の体育の「教授」やってたおっさんがいたが、へ~え、あんなおっさんが「大学教授」なんか~い! て感じがした)。「野蛮人」と言うとたぶん怒るだろうけれども、怒るかもしれないが、「女子選手の髪の毛をつかんでコートの中をひきずりまわす」というような男、「それでこそ、スポーツなんだ」「それがスポーツなんだよ」などとマイクに向かって叫ぶ男というのは「野蛮人」と違うのか? 違うのならどこが違うのか言ってみろ! 女性の髪の毛をつかんでひきずりまわすような男を「野蛮人」と呼んで何が悪いか?
   一般に、「進学高校の運動部」や「国立大学の運動部」は知性的・理論的で、「殴ってわからせる」などということをやろうと思っても誰も言うことはきかないのに対して、「スポーツ専門校の運動部」「不良高校の運動部」は「殴るの大好き人間」の巣窟というイメージがあったのだが、慶應の体育会はどっちなのかというと、後者のようだ。 しかも、「体育理論」という必修科目の講義で体育会の教授が「なんで、殴ったらいかんのだ。ふざけたこと言うんじゃないよ!」「殴ったらいかんなんて、そんなスポーツあるわけないだろうが」などと何度も絶叫するのだが、絶叫させている大学にも問題があるのではないか。 そういう姿勢の団体が好きな人、「殴ったり殴られたりするのが好き」という、T=W=アドルノが『権威主義的パーソナリティー』(青木書店)で言うところの「サドマゾ人間」は「体育会」に入りたいであろうし、「それがスポーツなんだよ」という大義名分のもとに「サドマゾ」やるだろうけれども、一般学生はそういう「サドマゾ」が好きなわけではないのだから、「選択体育」と称して、「サドマゾ」につき合わせるというのは、慶應大学はやめるべきだと私は思うのだ。
   世間一般では、私立大学でも、早稲田大学・慶應義塾大学は、国立大学でも東大・京大となら東大・京大の方が一般的には評価は上でも、地方国立大学との比較なら早稲田大・慶應大の方が上のように見られているし、地方国立大学卒の人でもそう見ている人が多いのだが、それにしては、慶應の体育会というのは野蛮人であるし、慶應の「体育理論」と「選択体育」は「不良学校型の体育」を実行している。
   そう思っていたところ、野村克也『私が選ぶ名監督10人』(2018.7.30.光文社新書)で、鶴岡・西本・星野の3人の監督についての共通点として、東京六大学野球出身であることと、レギュラーシーズンの成績は悪くないが日本シリーズなど短期決戦に弱い監督であること、という2つの共通点があることを述べているのだが、東京六大学野球のチームというのは、昔から、「殴る」ということでの指導をしてきた伝統があり、そういうチームで育った人間は自分が指導者になった時も「殴る」ことで指導しようとする傾向があり、この3人にはそれが共通点としてあるが、「殴る」ことで上達した選手は、たとえ、それで上達しても、短期決戦で、ここぞという場面において、自分自身で考えて体を動かすということができない選手になってしまう人が多いのではないか、ということが指摘されている。慶應大学というのは、入試の難易度とか、卒業後の世間の評価とかにおいては、東大・京大なら東大・京大の方が上であろうけれども、それ以外の旧帝大系国立大学なら「同格」くらいの評価で、地方国立大学なら慶應の方が評価は上のようなところがあるのだけれども、それでも、体育会については「殴る」系のスポーツであって、別名「不良学校のスポーツ」を得意がってやってきた学校だった、と言えるのではないか。それを、必修科目の「体育理論」とか「選択体育」とかで実行してきたのではないか。

  「殴る」のが好きな運動選手が嫌いなのは、殴るのも殴られるのも好きではないし、殴ることで上達したとしても、そんな「上達」は上達のうちに入らない、日中戦争や中国の国共内戦の時に、毛沢東らは「国民軍の兵士と共産軍の兵士は質が違う」と述べたそうで、それは「国民軍の兵士」は徴兵されて命令されて従軍しているのに対して、共産軍の兵士はそうではなく、自分自身の意志で参加した同志であり、誰もが自分の意志で動くことができる人間である、という。日本軍の兵隊の特徴として、指揮官を倒せば烏合の衆になり、バラバラになって戦闘能力は急激に低下したのに対して、中国の共産軍、八路軍・新四軍の兵士はそうではない、誰もが自分自身の意志で参加した同志であり、誰もが指導者であり、指揮官が倒れたとしても、他の兵士も全員が指揮官であるので、指揮官を倒したからといってそれで戦闘能力がなくなるものではない、という話を、何で読んだか、日中戦争や毛沢東について書いた本で読んだはずだが、どこだったか忘れてしまったが、八路軍の「三項規律・八項注意」には、「殴らない。怒鳴らない」「婦人をからかわない」「捕虜を虐待しない」・・といったものが書かれている。要するに、慶應の体育会とは逆のことが書かれているわけである。中国も、毛沢東や朱徳・周恩来などの時代と今では相当変わってきているようであるが、それにしても、慶應の体育会のような「軍隊」は、命令されて動くことはできても自分自身の判断で動くことのできない人間を育成しているような団体であり、「軍隊」としては組織的に弱い団体であると言えるであろう。

  東京六大学野球というのが「殴る」系の運動部だったという点と、もうひとつ、慶應の場合、「慶應は右翼」という点にも原因があると思う。ルース=ベネディクト『菊と刀』では、「日本人」が体力が弱まれば弱まるほど根性が発揮されるとかわけのわからんことを言うのが不思議でしかたがない、といった指摘がされているのだが、その戦中の軍国主義、戦中の精神主義を今もなつかしがって復活させたがる人というのがいるのだが、慶應はそういう人とのつながりが大きい大学だ、という点にも、慶應の運動部・体育会は「殴るの大好き運動部」である原因があるのではないかと思う。
菊と刀 (講談社学術文庫) - ルース・ベネディクト, 長谷川 松治
菊と刀 (講談社学術文庫) - ルース・ベネディクト, 長谷川 松治
  これは、国公立か私立かという問題とは別の問題だが、国公立の場合には、戦後、「戦後民主主義」として教育が民主化された影響を受けたのに対して、私立の慶應は国公立の学校と同程度には「戦後民主主義」の影響を受けなかった、そのため、戦中の軍国主義の影響が戦後も残った、という面があるのではないか。なおかつ、そんなものでも「福沢精神」と言いたがる人が多い大学だ、という点が原因のひとつとしてあるのではないか。

  「殴らない、怒鳴らない」という姿勢の八路軍・新四軍に対して、暴力が横行した日本の軍隊は敗れたのは、それは、やはり、暴力で人を動かすという姿勢は成功しないということだと私が述べたのに対して、「愛塾」奨励空手会(自分たちが考える「愛塾」が愛塾であると主張して、一般学生に奨励しようという空手使いの右翼団体)(「昭霊空手会」などというイカサマの名称で届けていたが、正式には””「愛塾」奨励 空手会””なのだから、隠さずに正式の名称で届けるようにした方が良心的であろう。)にいた千葉クロマティ高校卒の富永という男が「それは、物量的に条件が違ったからだ」などと歴史的認識が欠落した、「おまえ、高校で日本史も世界史も勉強してきてないんだろう」と言わざるをえない街のアホ右翼と同等の認識を口にしたが(実際、富永が1浪でやっとこ合格した慶應大の文学部は入試科目は数学と英語だけで日本史も世界史もない学部だったが)、””「慶應タイプ」の右翼””であり、クロマティ高校卒の不良だけあって、暴力を肯定したがる性質と日本軍国主義の間違いを肯定したがる「慶應タイプ」の右翼の特徴が出ており、なるほど、クロマティ高校卒の不良、高校の時から煙草すってた不良 はこういうことを言うのかと思った、ということがあった。彼などは、あくまで「殴る」のが好きであって「殴られる」のが好きではないようですけれども。そういうタイプ、「自分が人を殴るのは好きだが自分が殴られるのは好きではない」というタイプでしょう。 慶應はそういう程度の低い人間の行く学校なのかなとも思ったが、こんな程度の低い男と同じ「大学」に行かされるとは、私は小学校の1年から真面目に努力して勉強してきたのに、なんで、私はそんな目に合わされなければならないのか、と思った。
  高校卒業時においては、国立大学のみ受けて他は受けないということにしていたはずだったが、ところが、高校3年の1月になって、うちの父親が、関関同立のどこかを練習で受けろと突然言い出して、そんな練習は要らない、むしろ、国立大学の試験に通るためには余計なものに時間を費やしたくないと言ったのだが、言ってもきかないので、しかたなしに、立命館大学のある学部を受けたのだが、立命館大学なんて落ちるわけないし、落ちたら眼かんで死なんといかんと思っていたのだが、受けてみると思ったより、問題は手ごわかったのだが、それでも合格したようだった・・が、その際、試験会場で、いわゆる「コンビニ前う〇こ座り」みたいなことやってる「不良」が受けに来ていて、それまで、いろいろなことがあったが、努力して勉強してきたおかげで、こんなのと同じ大学に行かなくてすんで良かった・・と思ったのだが、そうではなく、慶應みたいなものに行かされて、その類の不良、クロマティ高校卒の富永なんかと同じ「大学」に行かされてしまった。なんで、こんな不良が義務教育でもないのに高校に行くのかと思ったし、ましてや、なんで、不良が大学に行くのかと思ったのだが、そんなやつなんかと同じ大学に行かされてしまったのは、なんとも情けなかった。

  ・・・前回の捕捉のつもりで、国公立と私立の対比を述べたが、たぶん、慶應の体育会の「殴るの大好き人間」には不評だろうと思うが、それなら、どこが違うのか言ってみやがれ! どこも違わんだろう! と思うぞ。 どこも違わんはずである。 福沢諭吉と何の関係もないものに「福沢精神」という言葉を使うのはやめてもらいたいものだ。福沢諭吉の主張や生き様に逆行するものに「福沢精神」と主張するのはやめてもらいたいものである。 福沢諭吉は『福翁自伝』(岩波文庫)で、慶應義塾の塾生で飲み歩いて帰りの遅かった者に、もう我慢ならんとポカンと殴ってしまったことがあると福沢諭吉は正直に述べているが、だから、「殴る」のはいいなどとは福沢諭吉は言っていない。そうではなく、どんなに腹が立つことがあっても、誰に対しても殴るといったことはいけない。その時についても、けしからんやつであっても、手を出してしまったのは申し訳なかった、と述べている。福沢諭吉は決して「殴る」のがいいなどとは言っていない。福沢諭吉の主張や生き様と関係ないもの・福沢諭吉の主張や生き様と逆の行為・主張を「福沢精神」と言いたがる人が慶應義塾には、特に内部進学と体育会には大変多いが、そういうのは良くないと私は思う・・・が、私の言うことなんてどうせきかないと思うが、それでも、私は、福沢諭吉の主張や生き様と逆のものに「福沢精神」と名づけて主張するのはやめてもらいたいものだ、と思ってきたし、今も思っている。
新訂 福翁自伝 (岩波文庫) - 福沢 諭吉, 富田 正文
新訂 福翁自伝 (岩波文庫) - 福沢 諭吉, 富田 正文

  (2020.8.21.)


【1】 大学のある系列高校、特に慶應系高校 https://tetsukenrumba.at.webry.info/202008/article_1.html
【1】-2 「外部の者」を「教育」したがる中等部から慶應。「殴る」の大好き人間の慶應体育会。〔今回〕
【2】 医者屋民族を特権階級と考える民族の高校・「プロレスラーの豊田よりも狂暴」女子育成高校? ほか、私立6年制受験校。
【3】 親方日の丸・・だけでなく、最近では「国営資本主義」化・スターリズム的公立高校出現の大阪府立高校。

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