「爪の垢」を飲ます側の論理・「爪の垢」を飲まされる側の論理。薬漬けで息子を裏口入学させるのは「思考が柔軟」か? 息子に出さない費用をよその子に出す親と出させる牧師。弁護士は「爪の垢」を飲ませる側の人間―父の日に(4) 

[第503回] 「父の日」に。2020年(4)
  考えてみると、うちの父親というのは、私によその息子の「爪の垢」というのを飲ませたい飲ませたいという「強い強い意志」というのを持った男だった。 英語で「強意志の will 」てやつがあったと思うのだが、
 Father will drink good wine.
「父は、いいワインを飲みたいと切願している」とでも訳すところだろうか。「安酒は飲まん言うことやな」と北野高校の英語の授業の時に、K先生が話しておったように思う。これが「強意志の will 」。
  うちの父親というのは、その「強意志の will 」だったのだ。私に、よその息子の「爪の垢」というものを飲ませたい飲ませたいという、「強い強い意志」を持っていたのだ。「爪の垢」なんて飲んで、健康にいいとは思えんけどなあ・・・。

【1】  数学者で教育論者の遠山啓(ひらく)が『教育問答 かけがえのないこの自分』(太郎次郎社)で、父親というのは、家族の中で、最も「世間知」のある人間で、息子は父親からその「世間知」を学ぶもので、父親のない息子は父親から「世間知」を学ぶことができないので、自分自身で人生を生きて、何度も痛い目にあって初めて「世間知」を身につけることができるが、その点で父親のない息子は父親のある息子に比べて不利だ・・なんてことを書いていたのだが、遠山啓がひとつ間違えているところがあった。父親というものが誰もが「世間知」というものを身につけているわけではなく、そんなもん、ちっとも身につけてない父親というのもいるわけで、うちの父親なんて、ちっともそんなことなかったから、だから、私は父親はいたけれども、父親から「世間知」を学ぶなんてことはなかったし、又、遠山啓は父親というものは外敵からの防波堤になってくれる・・なんて書いていたが、すべての父親が外敵からの防波堤になってくれるわけではないのであり、うちの父親なんて防波堤になんてなってくれないし、むしろ、外敵を引っ張り込んでくるようなところがあった。父親のない息子の欠点として、父親のある息子なら、息子に防波堤になってくれたり息子に「世間知」を教えてくれたりするようなよその父親を見て、「いいなあ~あ」とうらやましく思うところを、父親がなかった遠山啓はそうではなく、父親というものはそういうものだ、と思うようになってしまったようだった。父親が幼少期に会う前に亡くなった遠山啓は、父親にもいろいろあって、防波堤になってくれたり、「世間知」を教えてくれたりするような、そんな父親ばっかりとは違うということを認識できていないという欠点があったようだ。
〔 数学者で教育論者の「遠山 啓」は「とおやま ひらく」と読む。北野高校の3年の時の担任だった大谷郁三が「とおやま けい」と読んでいたが「ひらく」である。 「建築家」の佐野利器は「りき」かと思ったら「としかた」と読むらしく、「森田療法」の森田正馬は「せいま」か「しょうま」か「まさうま」かと思ったら、「まさたけ」と読むらしい。北勝海(ほくとうみ)と一緒で、どないして「としかた」だの「まさたけ」だのなんて読むんだ?・・て感じで、それから考えると、「啓(ひらく)」はずっとまともだ。 一見、まともそうで実はそうではないおのれの主張を正当化するための道具として、何かと遠山啓の著書の主張を引用しながら、その著者の名前の正確な読み方も把握していない高校教諭というのは、その点でその分だけ評価を下げる。〕
  浪人なんてすると、ましてや、2浪なんてすると、そうでない場合以上に、「外敵」を防ぐ必要が出てくるのだが、ところが、そうなると、逆に、「世間知」のない父親というものは、外敵を防がなければならない時に外敵を引っ張り込んでくるようだった。 1970年代後半の後半、会社の部下の人から勧められたと言って、石川県の金沢まではるばる出かけて行って、その部下の人から紹介された「拝み屋さん」に、家族の名前を変えろと言わたようで、母も姉2人も名前を変えさせられて、特に私が気に入らないそうで、私の名前は「天津丼」にしろと言われてきたようだった。「この名前が強運の名前なんじゃあ」などと言っておったが、私は、生まれた時に親がつけた名前というのが特に好きだったわけでもないが、それでも、親が考えてつけた名前なのだから、この名前を大事にしていこうと思って生きてきたのだが、私がそう思って大事にしてきた名前を、つけた当人が、「それはいかんらしい」などと言い、「天津丼に変えなさい」などと言いだしたのであり、このおっさんも、よく考えてこの名前にしたのだろう・・・と思って、それを大事にしようと思ってきたが、そんなこと考える必要はなかった、ということだとわかった。あほくさいことこの上なしやった・・。
  「拝み屋さん」も、自分からその人に相談したいと言って来た人に、その相談者に、その相談者の名前を変えると、きっといいことがありますよ・・と言うのなら言ってもいいだろうけれども、うちの父親はその金沢の拝み屋さんから「わしの名前は今のままで、ものごっつい強運のええ名前らしくてやなあ、わしの名前は帰る必要はまったくないらしいねん。おまえがいかんのじゃ、おまえがあ!!!」と言うように「指導」されてきたようで、なんとも迷惑な拝み屋のおばさんだった。相談者に、相談者自身の名前を変えると、きっといいことがありますよ、と言い、それをきくのもきかないのも相談者の自由だとするのなら「名前を変えなさい」というのを言ってもいいが、相談者の名前は変える必要はないと言い、相談者の家族やそれ以外につきあいのある人の名前を片っ端から変えろと要求するというのは、それは拝み屋さんとしても良心的ではない、拝み屋の仁義に反する行為でしょう。
   作家とか漫画家とかのペンネーム、プロボクサー・プロレスラーのリングネーム、相撲取りのしこ名、芸能人の芸名、プロ野球選手の登録名、オミズ・お風の仕事の人の源氏名など本名と異なる名前をつける人がおり、客商売では、お客さんから好感を持たれやすい名前がいいようだが(六代目山口組の組長の名前は、あれは本名ではないらしいが、小説書くわけでもなし、相撲取るわけでもなし、あれは何なんだろう・・と思ったら、何かの雑誌に載っていたのだが「渡世名」と言うらしい・・)、漫画家の ちば てつや は、『ひねもすのたり日記』(「ビッグコミック」連載中)によると、読みは本名だけれども、漫画家としては特に子供には本名の漢字は硬い印象なので、それでひらがなにしたらしいが、そういったことを考えて、本人が納得して、ペンネームなどで本名と異なるものを名のるのはいいが、自分の名前については「わしは、このままでええねん♪」と言い、ひとの名前を「あんたの名前は、天津丼♪ こ~れがええんや、これがあ♪ これが、強運の名前なんや、これがあ~あ!!!」などと大喜びで言う男というのは・・・・、結論として、あの男は私の人格を否定したかった、ということであろう。すでに18を超えた人間に本人の意志を無視して「名前を変えろ」と要求するというのは、その人間の人格を否定する行為です。あの男はそういう人間だった。

   1970年代後半の後半、その金沢の拝み屋さん以上に迷惑なのが、父の親友の医者屋のM川(男。当時、50代前半。当時、大阪府豊中市在住。「金沢大医学部卒、大阪大医学部大学院修了」と称していたが嘘だろう。実際は金権関西医大卒かそこらだろう・・)だった。M川はドバカ息子を、M川が「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りして稼いだカネの一部を私立金権関西医大http://www.kmu.ac.jp/ に払って裏口入学させた! ・・というのを自慢していたのだった。・・普通、裏口入学した・裏口入学させた・・なんてものは、たとえ、やるにしても、「恥ずかしそうに」「こそっと」やるものであって、自慢するものとは違うだろう・・・と思うのだが、M川の場合は自慢しておった。「なにしろ、わしは思考が柔軟なもんやからなあ。思考が柔軟なもんやから、そやから、うちの息子は関西医大裏口入学なんじゃあ!」と自慢しておった。
  まず、「素朴な疑問」として、裏口入学って、自慢するもんかあ~あ??? ・・と思ったのだが、医者屋民族の考えることは、私ら一般市民の理解力を越えている。 1970年代後半、北野高校の2年の時の担任だった旧姓作野礼子(女。北野高校卒⇒神戸大文学部卒。当時、20代)は「私は両親が離婚したから」「私は父親がいなかったから」と「両親が離婚した」というのを自慢にしていたが、それもまた、「両親が離婚したから」なんて、それは自慢するもんなんかあ~あ? と疑問に思うようになったのだが、世の中、普通は自慢するもんとは違うが・・ということを自慢する人というのが、けっこういるようだ。 1990年代、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の福島県いわき市の営業所にいた時、「父親は暴力団住吉連合系小名浜一家の組長で、入墨を入れている。(当人は)中学校時代に同級生を殴って失明させたことがある。高校生時代は暴走族のリーダーだった。極真会空手の有段者。傷害罪の前科がある。大学は千葉工大に行って4年で中退したが、大学生の時にアルバイトでホストクラブに勤めていて、その際、暴力団とつきあいがあって覚せい剤を扱ったことがある。」と称していたM上(男。当時、20代後半。)という男がいたが、実際は、父親は入墨を入れていたという点だけが本当で、住吉連合系小名浜一家の組長はまったく別の人で、M上は空手なんてやっていなくて、前科もなく、千葉工大になんて最初から行っていなくていわき市の工業高校を卒業してすぐにいわき市内の会社に勤めたのであり、ホストクラブなんてのも勤めてないそうで、まあ、よくもそこまで事実でないことを言いまくるものだとあきれた。 1970年代後半、YMCA予備校高槻校(大阪府高槻市)の「主事」の藤井という男がさかんに言っていた「ぼくは早稲田の政経でてるんだけどな」というのはこれは「学歴詐称の定番」で、建築業界においては「早稲田の建築」というのが学歴詐称の定番で、この詐称をする人はけっこういて、私なんかは「早稲田の政経」とか「早稲田の建築」とか言われると、「はは~ん、その類かあ~あ」(笑)とか、「出えたあ~あ!」(笑)とか思うのだが、父親がヤクザの組長だとか称したり、自分に前科はないのに前科があると言ったり、覚せい剤を扱ったことがあるとか言ったり、そういうのはマイナスになってもプラスになることではないので、そんなものを詐称する人なんてないと思っていたら、あったわけで、「世の中いろいろ、人間いろいろ」なんだなあ~と思ったものだったが〔(株)一条工務店では「宇宙人」みたいな人をいっぱい見せられて、「もう、何があっても驚かんぞお」と思うと、まだまだ、びっくりさせられる・・というそういう会社だった・・〕、「両親が離婚した」というのを自慢する女というのも、今から考えてみると、変なやつやな・・て感じがするし、「北野高校教諭」と「北野高校卒」という肩書がなければ、「ああ、そうですか」くらいにしか思わなかったところを(そのうち、「北野高校卒」については、今はどうか知らんが、その頃は、公立高校は共学で男女比があまり大きく差がないように合格者を決めていたので、北野高校は男は大阪府で一番難関の高校だったが女は誰でも入れる高校だったわけで、男なら入れない高校に女だから入れた女性で、そこに「うまく合う」人と合わない人がいたようだが、「うまく合った」人で神戸大くらいに行く人がいたようだった・・)、「北野高校教諭」とというものに「権威」を感じてしまって、「両親が離婚したから」というのを、「はあ、そうですかあ。ご苦労なさったんですねえ。それだけに、人間が磨かれておえらいということなんですねえ」みたいな「解釈」をしないといけないのかなあ・・みたいに思ったのは愚かだった。そういう「権威主義」を「北野高校教諭」という肩書に感じるのは愚かである。音楽のN先生が「作野さんは、両親が離婚されただけあって、しっかりしてられるわあ」なんて言ったことがあったが、おそらく、旧姓S野礼子は「『作野さんは、両親が離婚されただけあって、しっかりしてられるわあ』と言ってちょうだい!」みたいな態度を他の先生にも取っていたのだろう。しかし、「作野さんは、両親が離婚されただけあって、しっかりしてられるわあ」なんて言われても、「そうかいなあ」なんて思ってあげる義務も義理もなかったはずだ。「両親が離婚した」ら何かえらいのか? 「両親が離婚した」などというのは、その人には何か事情があったのだろうから、それはそれでしかたがないことなのだろうけれども、それで何か迷惑をこうむったとかでない限り、他人がどうこう言う必要のないことだと思うけれども、「両親が離婚した」というのは、それは「しかたがないこと」ではあっても自慢することとは違うと思うぞ。 「両親が離婚した」なんてことは、自慢されてしまうと・・・、「なんか、けったいなやっちゃな!!!」というように解釈するべきものであって、「私は両親が離婚したから」とか「私は父親がいなかったから」とか言われて、何かそれをほめてあげなきゃいかんのか・・というと違うと思うなあ・・・。 それ以上にようわからんのが、「裏口入学を自慢する人」だった。・・「息子を裏口入学させた」なんてのは、それは、自慢するものかあ~あ??? 裏口入学なんてものは、たとえ、やるにしても、「恥ずかしそうに」「こそっと」やるもんと違うのかあ~あ??? と思うのだが、世の中、理解に苦しむ人がけっこういらっしゃるようだ・・・。
  私は、今でこそ、「世の中、自慢することと違うことを自慢する変な人というものがいるもんだな」と思っていて、そういう人がいても、「ああ、そうですか」くらいにしか考えないが、10代くらいの頃は、そういうことを言われて、「なんか、ほめてあげんといかんのやろうか」「そういうえらい人の言うことって、きかなきゃいかんのだろうか」とか考えることもあった。今の私は別に特別にものすごい「世間知」があるとか言うつもりはないが、そういう、「なんや、変なことを自慢する人」がいても、「ああ、そうですか」で終わりだし、自分が父親の立場なら「そういう変なやつの言うことなんて、相手にせずにほっとけ」とアドバイスするであろう。そういうアドバイスをしてくれる父親がいる息子というのがうらやましかったが、残念ながらうちの父親にはそういう能力はなかった・・だけでなく、「M川先生の息子さんは裏口入学やねんぞお~お。おまえとは違うねんぞ、お前とは、チャンコロっ!」と言い「作野先生は両親が離婚してお父さんがおらんのやぞ。おまえとは違うねんぞ。あんたは、わしい~いみたいな、えっらいエッライえっらいエッライ、この上もなくえらいキリストで聖徳太子でヒットラー総統のお父さんを持って、幸せ、しあわせ、幸せ、幸せ!!! 感謝かんしゃ感謝かんしゃ! 感謝の気持ちを持たんとバチあたんぞお、おまえはあ! わかっとんのか、チャンコロ!」と叫びまくっていた。・・・我が家では父親から「世間知」を学ぶことはできなかったが、それでも、10代の終わり頃の私でも、さすがに、裏口入学を自慢された時には、「なんで、裏口入学なんて自慢すんのお~ん?」「なんで、裏口入学が『思考が柔軟』なんやあ~あ?」と思いましたけれどもね・・・。なんで、裏口入学する人が「思考が柔軟」なんだろう、けったいなこと言うやっちゃな・・と思いませんか?

  2浪なんてものまでして、結局、そこなら高校卒業する時点で通ったのではないかと思う所に入学させられてしまったが(実際には受けてない以上は、もしも受けていたならどうかはわからないけれども、それでも、通ったのではないかと思う所に行かされてしまった。東大の文科に入学するために、相当の努力をしたが、それらをすべてドブに捨てたような所に入学させられてしまった。又、2浪した年は、国語の成績が一番上がり、他の科目はさておき、国語については東大の受験生の中でもいい方の成績を取れていたはずだったが、入試科目に国語がない、国語の勉強をしない人が行く大学学部である慶應大商学部になんて行かされてしまった。)、うちの父親は言うのだった。「あんたは慶應に行ったと思うておるかもしれんけれどもなあ。それは、あくまでも、すべて、わしがえらいから慶應に行けたのであって、あんたは何ひとつとして努力しとらんねんで。わかっとるか、チャンコロ! わかっとんのか、チャンコロっ!」と。
  この文句はどこから出てきたのかというと、父の親友の医者屋のM川が「わしは、息子に言うたりますねん。『おまえが大学に行けたのは、すべてわしがえらいからやねんぞ。心得違いを起こすなよ。おまえは大学に行けるための努力なんて何一つとしてしとらんねんぞ』と、こない言うたりますねん」とうちの父親に言っていたのだったが、うちの父親はそれを聞いて、「そうや。わしも、そない言うたろ♪」と考えたようだったのだ。それで、それを真似て言った文句が、「あんたは慶應に行ったと思うておるかもしれんけれどもなあ。それは、あくまでも、すべて、わしがえらいから慶應に行けたのであって、あんたは何ひとつとして努力しとらんねんで。わかっとるか、チャンコロ! わかっとんのか、チャンコロっ!」という文句だったのだ。・・しかし、M川のドバカ息子は、私立金権関西医大http://www.kmu.ac.jp/ に裏口入学したらしいが、私は、何も、慶應大に裏口入学させてもらったのとは違うのだ。種々様々な悪質な妨害を受けて(よく、あんな悪条件で、あれだけ頑張ったなあ・・と思う)、又、有能な父親ならやるようなアドバイスを受けることもなく、又、共通一次試験では、理科は物理・化学・生物・地学の4科目の中で選択した物理・化学は平均点が低い方の2科目で、社会科は日本史・世界史・倫理社会・政治経済・地理A・地理Bの6科目のうち、選択した日本史は最も平均点が低い科目で、世界史は低い方から3番目だったが「世にも稀な奇問・難問・悪問」と言われた出題で、いくらなんでも、そこまで選択科目間の問題の難易度に差がありながら、平均点調整してもらえないというのはおかしい! と思ったが、平均点調整はなく、その結果、東大の試験は落ちてしまい、慶應大に嫌々、無理矢理、入学させられたが、しかし、慶應大の試験は正規の入学試験に合格して入ったのであって、医者屋民族のM川のドバカ息子が私立金権関西医大に裏口入学したのとは全然違うのだ!
  今となっては10年以上前になったと思うが、「朝日新聞」に政治家の秘書の話として出ていたもので、「政治家の秘書をやって何が嫌といって、裏口入学を頼まれることほど嫌な物はない」という話が出ていた。《「息子を慶應大学に裏口入学で入れたい」と後援会長から頼まれた。政治家の秘書をやって何が嫌と言って裏口入学を頼まれることほど嫌なものはない。断りたいところだが、後援会長の息子となるとむげに断るわけにもいかない。知り合いである学生部長に相談してみたところ、「親の顔が見たい」と言われた。「親の顔が見たい」という言葉には2通りの意味がある。どっちかなあ・・と思案した末、実物を見せることにした。学生部長は親と会って、「今年の入試での合格は無理だから、1年浪人して、有力教授を紹介するから、浪人の間、その教授に家庭教師についてもらったということにして、教授に1,000万円渡してほしい。そうすれば、来年、合格することができるでしょう」ということだった。その方には「教授に1,000万円渡すだけではだめですよ。口をきいてくれた学生部長さんにも同じだけ渡してくださいよ」と話したが、翌年、息子は予定通り慶應大学に裏口入学で入学したが、後援会長に「学生部長さんにも、1,000万円渡していただけましたね」と確認すると、「ああ、それは、もったいないから、他の用途に使うことにしました。息子を海外旅行にでも行かせてやろうと思っています」と言われた。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」とはこのことか! ひとがいったい、どれだけ、嫌な思いをして頭を下げて頼んだか、理解できないようだった。》というようなことが書いてあった・・・が、私立大学の裏口入学でも、慶應はけっこう難易度が高いらしい。なにしろ、船田中がバックについていたらしい江川でも入れなかったのだから。(笑)〔ちなみに、「船田中」というのは自民党の田中派で、最初、「船」が接頭辞としてついている「田中」かと思ったらそうではなく、名字が「船田」で名前が「中」らしい。息子は名字が「船田」で名前が「元」らしく、慶應大学の経済学部卒だったので自民党の議員の息子で「慶應の経済」ということは内部進学かと思ったらそうではなく、栃木県の「ウダカ」と言われる県立宇都宮高校卒らしい。〕
  1980年だったか、早稲田大学の商学部で入試に「不正」があった際、慶應大学の日吉のトイレに、
「 なぜ、あそこだけ、あんなことがあったのだろう。・・・外部生。
  なぜ、あそこだけ、あんなことがばれたのだろう。・・・内部生。」
なんて書いた落書きがあった。私立の学校においては、多かれ少なかれ、あることか・・て感じがするのだが、それでも、慶應は裏口入学の難易度はけっこう高いようで、そんなもの、うちの父親みたいなあんなおっさんになんかできるものとは違うはずだ。あのおっさんにはそんなコネもなければ、あの「しみったれ」がそんなカネを出すわけがない。なにより、裏口入学というのは、必要なものとして、コネとカネと、あともうひとつ、「口の堅さ」というものが必要なはずだが、あんなおっさん、どこで何しゃべりよるやらわからん、危なくて、できるわけがない・・・と思う。
  相撲の八百長でも、何年前だったか、週刊誌の「幕内力士覆面座談会」とかに出ていたのだが、十両以上の力士で八百長をまったくやったことがないという力士は限られていて、稀勢の里と安美錦とあと誰と誰だったかだけで、たいていの力士は十両に入ると八百長の誘いがかかるが、珍しく八百長を誘われない力士が高見盛で、なぜかというと、口が軽いので、ばれるおそれがあるから、危なくて誘えない、という。他に、危ないのが若の鵬で、身体能力が高いことから、相撲をそれほど覚えていないうちに幕内に上がってきたので、演技が下手でばれそうな八百長をやる、そうな。その点、演技がうまいのが魁皇・千代大海・琴光喜の3人で、中でも、普通、人間は上半身と下半身で逆の動きをするというのは難しいのだが、千代大海の場合は、上半身は「つっぱり」で前に出る動きをしながら、腰から下の下半身は自分から後ろに下がるという難しい動きを見事にやってのけるそうで、これを「千代大海のムーンウォーク」と呼んで「誰もが尊敬している」らしかった。(笑) ともかく、だ。八百長とか裏口入学とかいうのは、これは、私なんか、そんなコネもなければカネもないので無縁の話だが、たぶん、カネだけではだめで、カネとコネだけでもだめで、おそらく、カネとコネともうひとつ、口の堅さというものが必要なのではないか・・・と思う。 それから考えると、うちの父親なんてのは、3つのうち、1つとして満たすものがないわけで、ありえない話だった。
  話がそれるが、ついでに、慶應大学には「留年しそうになった時に有効な方法」と言われるものが3つある・・という話が、1980年代だったと思うが、「朝日ジャーナル」に載っていた。それは、1.一升瓶を持って、単位を落としそうな科目の教授の家に行く、というもの、2.福沢諭吉の墓参りをする、というものがあり、この2つでもだめな場合により強力なものがあって、銀座の三越本店に行って、三越の入口脇に鎮座しているライオンに、三越の営業時間中に人が見ている前でまたがると留年しない・・・という話があった、というのだ。 私は、銀座の三越まで行って、そのライオンを見てきたのだが、そこに書かれていた説明書きによると、三越本店の入口脇に鎮座しているライオンというのは、ロンドンのトラファルガー広場のライオンを模して作られたもので、「このライオンに人に見られることなくまたがることが出来れば望みがかなう」というものらしく、実際にはけっこう人通りが多い場所なので、人に見られることなくまたがるというのは難しい、ということのようで、「人が見ている前で」ではなく「人に見られることなく」で、「留年しない」ではなく「望みがかなう」だった。さすがに、またがっている人間を見たことはないが、なかなか、よくできたジョークだとは思う。
  父の親友の医者屋のM川だが「わしは息子に言うたりますねん。『おまえが大学に行けたのは、おまえが努力したからとは違うねんぞ。おまえは何の努力もしとらんねんぞ。お前が大学に行けたのは、あくまでも、このわしがえらいからであって、おまえが努力したからとは違うねんぞ。心得違いを起こすなよ』と、こない言うたりますねん」と言い、それを聞いて、うちの父親は「そうや。わしも、そない言うたろ」と思ったようでしたが、しかし、私は何も裏口入学で入れてもらったのとは違うのです。
  そして、何よりも、M川こそ「心得違い」を起こしていたのであり、M川のドバカ息子が私立金権関西医大に裏口入学で入れたのは、M川が「えらいから」ではなく、M川によって薬漬け・検査漬け・毒盛りされたかわいそうな「患者」のおかげであり、「心得違いを起こすなよ」と言われなければならないのは、M川のドバカ息子よりも、むしろ、M川であり、M川こそ「心得違いを起こすなよ」と言われなければならない人間だったはずです。どうも、そのあたりについて、医者屋民族は理解を間違えている人間が多いようです。
  又、M川の息子はM川に「あんた」と呼ぶそうで、それは、おそらく、M川の息子は父親(M川)の傲慢な態度に嫌気がして、又、自分が裏口でしか大学に行けなくなってしまったのは間違いなく父親(M川)にいくらかの原因があると思っていたのではないのか、という感じがしました。それが、「あんた」という言葉に出ていたのではないか。実際、ああいう姿勢の父親であれば、息子は学業成績が伸びなくなる傾向がある、と私は思います。

  うちの父親は、私に「M川先生の息子さんは、関西医大裏口入学やねんぞお。関西医大裏口入学。おまえとは違うねんぞ、おまえとは! おまえとはちごうて、裏口やぞお~お。裏口! わかっとんのか、わかっとんのか、わかっとんのんか、このチャンコロっ! お前とはちごうて、裏口入学やねんぞ、裏口! 裏口入学した人の爪の垢を煎じて飲みなさい!!!」と言うのでした。 それで、私は「裏口入学なんてすると、何かエライんですかあ?」と言いました。
  「わからんかあ~あ? おまえはそんなこともわからんのんかあ~あ?」と父は言うのでした。 「はあ~あ、なんで、裏口入学なんてすると、えらいんでっしゃろか。どうも、ようわかりまへんなあ~あ」と私は言いました。
  「わからんのか、おまえは、その程度のことも、このチャンコロ!!!」と父は言うのです。「裏口入学っちゅうことは、思考が柔軟なんじゃ、思考が柔軟!!! おまえとはちごうて思考が柔軟やから、M川先生の息子さんは裏口入学なんじゃ。わかったか、チャンコロ! わかったか、チャンコロ!!!」と言うのでした。
  それで、私は言いました。「はあ~あ。そんなに『思考が柔軟』なら、何も、私立金権関西医大やなんて、そんなどこの馬の骨かわからんような所に、裏口入学やなんて汚らわしいことして入らんでも、その『柔軟な思考力』を行かして、狂徒大学医学部でも頭狂大学理科三類(医学部医学科に進学するコース)にでも、犯大医学部にでも、さっさと実力で現役で通って行かはったら良かったのと違うんですかあ? なんで、『柔軟な思考力』のある人が私立金権関西医大やなんて、わけのわからんどこの馬の骨やらわからんような所に、裏口入学やなんて汚らわしいもんして行かんとあきませんのお~ん? ぼく、頭悪いからなんか、さっぱりわかりませんわあ~あ」と、そう言いました。
  すると、うちの父親は「そういうことを言うあたりが、おまえは思考が硬いんじゃ。おまえはあ!!! そのあたりがおまえの思考が硬い所なんじゃ、おまえのお!!! M川先生やM川先生の息子さんはやなあ、おまえとはちごうて、思考が柔軟やさかいに、そやから、関西医大裏口入学なんや。おまえとは違うねんぞ、チャンコロ! チャンコロとは違うねんぞ、チャンコロ! わかっとんのか、チャンコロ! 反省しろ、チャンコロ! 裏口入学した人の爪の垢を煎じて飲めえ! このチャンコロめがチャンコロ!!!」と言うのでした。
  ・・今もって、なんで、裏口入学したら「思考が柔軟」なのか、なんで「柔軟な思考力」のある人が狂徒大学医学部とか頭狂大学理科三類とか犯大医学部とかに行かずに私立金権関西医大なんて所に裏口入学なんてことをして、そのために「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りして苦しめないといけないのか、ぼく、頭が悪いからなのか、さっぱりわかりまへんわあ、今もって・・・・・。


【2】 1970年代後半の後半、父の親友の医者屋のM川の同僚のK田(女。当時、40代後半くらい?)は、バカ息子をアホ大学2つ行かせたらしい。そのカネもまた、「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りしたカネから出ているわけである。K田がえらいから行けたのだなどと「心得違いを起こすなよ」と言ってやる必要があったであろう。
   これもまた、うちの父親は私に言うのだった。「K田先生の息子さんは、おまえとはちごうて、大学2つも行ってられるんやぞ、おまえとはちごうて。わかっとんのか。それに対して、おまえは大学行くなちゅうんじゃ、おまえはあ! わかっとんのか、おまえはあ。高校は義務教育とは違うねんぞ、高校は義務教育とは。高校は義務教育ではないんやから、おまえは高校には行くべきではないんんじゃ、おまえはあ。おまえは、本来は、高校には行くべきではない人間やねんぞ、おまえは。わかっとんのか、チャンコロ! わかっとんのか、浪商! おまえは生れる時点において、天の神さまが、この人間は浪商であ~る! とお決めになってこの世に産まれてきた人間やねんぞ、おまえは! 浪商は高校行く必要ないんじゃ、浪商!!! 浪商は高校行くな、浪商!!! わかっとんのか、おまえはあ! おまえが北野高校に行ったというのは、それはおまえが甘ったれとるから北野高校に行ったんやぞ、おまえは! その点、M川先生の息子さんなんかは、北野高校になんて、行っとらんのやぞ、M川先生の息子さんはあ! M川先生の息子さんは大学は関西医大裏口入学やし、高校はわたくしりつ(私立)やぞお~お! おまえみたいに公立の高校に行っとらんねんぞ、おまえみたいに! わかっとんのか、おまえはあ、このチャンコロっ!!!」と言うのだった。
  「なんで、アホ大学、2つも行ったらえらいんですかあ?」「なんで、公立の高校に行ったら、『甘ったれとるからじゃ』ということにされて、わたくしりつ(私立)の高校に行ったら『甘ったれてない』ことになるんですかあ? 逆と違うのですかあ?」と言ったのだが、父は「何、言うとるんじゃあ、おまえはあ~あ! おまえは甘ったれとるから公立の高校に行ったんじゃ、おまえはあ! わからんのか、おまえはあ、このチャンコロ! ロスケ! イタコ!  M川先生の息子さんは、おまえとはちごうて、高校はわたくしりつ(私立)でやなあ〔それも裏口の可能性は小さくない〕、大学は関西医大裏口入学なんじゃ、おまえとはちごうてえ!!! K田先生の息子さんはアホ大学を2つも行っておられるんやぞお~お! おまえとは違うねんぞ、おまえとは! おまえとは違うねんぞ、おまえとは!!!」と言うのであった。なんで、公立の高校、その地域で一番の公立の高校に行ったら「甘ったれとるからじゃ」にされて、わたくしりつ(私立)の高校〔それも裏口の可能性が小さくない〕に行ったら「甘ったれてない」のか、今もさっぱりわかりません。 なんで、「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りしたカネで息子にアホ大学を2つも行かせた人が「甘ったれてない」のか、今もさっぱりわかりません。父は「民族の違いを忘れるな! 階級の違いを忘れるな!」と、毎日毎日、私の眼を指で突きさすようにして叫んできましたが、医者屋の民族と私のような一般市民の民族とは「民族が違う」「階級が違う」ということだったのかもしれません。
  「民族の恨みを忘れるな(不忘民族恨)」「階級の苦しみを忘れるな(不忘階級苦)」という文句を決して忘れてはならないと思います。


【3】 YMCA予備校高槻校「京大東大文系クラス」というのは、「京大東大文系クラス」という名称を名のって募集したからには、京大の法学部・経済学部・文学部・教育学部と東大の文科一類・二類・三類に合格できるように、共通一次試験と京大の法学部・経済学部・文学部・教育学部、東大の文科一類・二類・三類の問題を解けるようにする対策を取らないといけません。そうでなければ、「京大東大文系クラス」とは言えない、「看板に偽りあり」の募集ということになります・・・が、YMCA予備校では「京大東大文系クラス」において、最初から、京大・東大の試験問題の対策なんてする気はなく、そういう名称をつけて募集すると、学力のある浪人生を集めることができて、その受講生に、翌年、高校卒業時に受けた大学よりも下の大学を受けさせるようにすれば、合格する可能性が大きいので、高校卒業時より下の大学を受けさせて合格させて、「YMCA予備校から合格」ということにしてやろう、そうすれば、YMCA予備校の評価が高くなって、予備校業として成果が出る・・という考え方をしていたようでしたが、それでは、YMCA予備校にとっては良くても、高校卒業時に受けた大学よりもひと回り易しい大学なら現役で合格できたかもしれない受講生にとっては何のメリットもないことになります。
  私は、YMCA予備校と「主事」の藤井の汚いやり口に気づいたので、それを、うちの父親と母親に話したのですが、うちの父親は私がせっかく言っても、「専門家の言うこと、専門家! 専門家やがな、専門家! 専門家、せんもんか、センモンカ、専門家、せんもんか、センモンカ、せ~んも~んくわあ~あ!!!」と言ってきかなかった。たしか、『毛沢東語録』には「『専門家』に警戒せよ」という文句があったと思う。 「専門家」を名のることで、国民に「言うことをきかす」ようにしようとする者は、古来、珍しくもない。
権威主義的人間―現代人の心にひそむファシズム (有斐閣選書 (697)) - 曽良中 清司
権威主義的人間―現代人の心にひそむファシズム (有斐閣選書 (697)) - 曽良中 清司
母親は「あの藤井さんという人はクリスチャンだから、絶対に悪い人であるわけがない。あの人は、クリスチャンはクリスチャンでも、YMCA予備校で主事をやっているくらいだから、並のクリスチャンではない。相当にえらいクリスチャンのはずや」などと言って、私が何を言っても絶対にきいてくれなかったのです。
  「洗礼」を受けて「献金」払えば、それで「あの人はクリスチャンだから絶対に悪い人ではない」だの何だのと評価してもらえるのなら、「コストと利益を比較考量して」その「洗礼」と「献金」は「コスト分の利益」(「利益/コスト」)として見て悪くないことになるだろう。たいした御利益宗教である。
  「並のクリスチャンではない」「相当にえらいクリスチャン」と母が言うYMCAの藤井という男は、「クリスチャン」としてどういうことを言っていたかというと、「聖書なんて、あんなもん、いいことなんて、何ひとつとして書いてないんやから、あんなも~ん! 聖書なんて読むもんと違う。聖書なんて読んではいかん! 聖書なんて、読まんでも、洗礼うけて・礼拝にでて・献金はらっておけば、それでええことなんや。聖書みたいなもん、読んではいかん! たとえ、読むにしても、相当歳いってから読んで、『はあん、そんなもんか』と思えばいいことであって、特に若い頃には読んではいかん!」と、しきりに言いまくっていた男で、藤井にとっては、洗礼・礼拝・献金が「敬虔なクリスチャン 3種の神器」だったようです。より正確に言うならば、「『敬虔なクリスチャン』と称するための3種の神器」だったわけです。 私は彼の言うことを聞いて、何よりも、「そんなこと、思ってるのなら、洗礼なんて受けなければいいのに」と思ったのです。 『聖書』を読んで、これは大変すばらしい本だと思う人もいるでしょうけれども、藤井みたいに「あんなもん、いいことなんて、何ひとつとして書いてないんだから、あんなも~ん」と思う人だってあるのでしょう。どう感じるか、どう思うかは人それぞれであり、こう思えと強制するべきものではないし、くだらないと思う人がいたならそれはそれでしかたがないことです。しかし、「聖書なんて、あんなもん、いいことなんて何ひとつとして書いてないんだから、あんなも~ん!」と思い、そう人に言いまくっている男が、なんで、洗礼うけるのですか? そこがわからんのですよ、そこが。そんなこと思っている人が洗礼うける必要ないでしょ。違いますか? もしくは、『聖書』を読んでも、十分に納得いかないと思うのであれば、自分自身である程度以上納得いくところまで考えて、その上で洗礼を受けるか受けないか考えればいいことと違うのですか? なんで、「聖書なんて、あんなもん、いいことなんて、何ひとつとして書いてないんやから、あんなも~ん! 聖書なんて読むもんと違う。聖書なんて読んではいかん!」とか思っている人が洗礼なんて受けるのか? 受けなきゃいいじゃないか・・と思うのです。 結論として言えば、「敬虔なクリスチャン」と称することで、うちの母親みたいな人間から、「あの人はクリスチャンだから、絶対に悪い人ではない」とかなんとか言ってもらえる、YMCA予備校で仕事にありつける・・・それが目的でしょう。そのタイプの「クリスチャン」だったのでしょう。いますよ、そういう人が。但し、そういうタイプの人の中でも、藤井は相当の重症の方だと思いますけれどもね・・・。
  実は、私は「クリスチャン」という人というのが、あんまり好きではないのです。どこがかと言いますと、テレビで、夜の時間帯に、明石家さんま が、20代の女性何十人か集めて、会話を振るというだけの番組がありましたでしょ。 くだらん番組だと思いますし、普段、見ないのですが、たまたま、テレビをつけたらそれをやっていたことがありました。 そもそも、テレビというもの自体、サルトル・がヴィ・ヴィクトール『(鼎談)反逆は正しい』(人文書院)では、テレビというものを国民の精神構造を均質化する「地ならしローラー」と指摘しており、時にはいい番組もあるので、絶対に見てはいけないとまで思いませんが、あんまりいいものとは思っていません。
  1980年代、慶應大学でステューデントカウンセラーズというサークルにはいっていた時、かつて、戦後すぐの時代には闇砂糖事件で検挙され、1959年には神父が英国航空のスチュワーデス殺人事件の最有力容疑者とされたが、その神父に警察の手が及ぶ直前に海外逃亡させてもみ消したカトリック系の修道会 サレジオ会が経営する大阪市の星光学院卒のY名という男(当時、20代)が、「最近、価値観が多様化してきたから」などと言うので、どこがやねん! と思ったことがあった。Y名はどこかの本で読んだか、誰かが言っていたかの言葉を聞いて、実際にどうか自ら考えることもなくそういうことを口にしていたようだが、自分自身で考えずに誰かの言うことを鵜のみにしてそんなことを言うというあたりが、やっぱり慶應の学生だということかな・・と思ったものだった。この時のY名のような、何かの本に誰かが「価値観が多様化してきたから」などと書いていたものを読んで、実際にそうであるのかないのか、自分自身で考えるのではなく、誰かが言っていたこと書いていたことを鵜のみにすることができる、というそういう思考態度・精神構造のことを、「慶應心理学」は「自我が確立されている」とか「独立自尊の精神がある」とか言うのです。え? 逆と違うのか?・・と、うかつに言うと、「モラトリアム人間病にかかっているから、そういうことを言うのだ」「未成熟」「アイデンティティーを持っていない」「受験勉強の悪影響だ」とかなんとかかんとか言って攻撃されます。「慶應心理学」にとっては、権力・体制側の御用ライターが「価値観が多様化してきたから」とかどこかで書いたものには、自分自身でそうかどうか考えることなく迎合・称賛・翼賛する者、そういう慶應義塾の体質に順応する者が「自我が確立されている」「独立自尊の精神を持っている」「アイデンティティーを持っている」「成熟している」という人間、塾風迎合主義・塾風翼賛主義・塾風順応主義が「自我が確立されている」「独立自尊の精神を持っている」なのです。それが「慶應心理学」です。内部進学の人のそういう思考を「心理学用語」という寝言・戯言でぐっちゃぐっちゃぐっちゃぐっちゃ言いまくって「ケムに巻く」のが「心理学」です。それやってるのが「心理学者」です。価値観は「多様化」なんてしていない。むしろ、「地ならしローラー」などにより均質化・画一化されている、むしろ、均質化・画一化されているにもかかわらず「多様化してきた」などという寝言を広めて信じさせようとしている反民主主義的な人間がいる・・と思ったら、本多勝一がどこかで私が思ったことを書いていた・・が、どこだったか忘れてしまった。
  明石家さんま という売れっ子だけれども「教養がないので知的な番組の司会はできない」と評価されているらしい芸人が司会していたその深夜の番組では、出場している女性は、プロの芸能人ではなく、お水やお風の女性というわけでもなく、「普通の女性」ということになっていたが(そのわりに、「なんかミズっぽい女が多い」という印象だったが)、名札のようなものを胸につけて、名前とともに、肩書みたいなものを書いてつけていたのです。 そこで、「聖歌隊」なんて書いて名札をつけていた女性がいて、明石家さんま が、性的な問題についての話題で、「聖歌隊なら、大丈夫だろ」とかなんかそんなことを言ったのです。教会の聖歌隊をやっているような女性ならば、性的に真面目で、ふしだらなことはやらないだろうと・・・そんなことを明石家さんまなんていいかげんな男から話をふられて・・・、そして、その女性はどういう反応をしたか? 男女の違いもあるかもしれませんが、私なら、そういうように話をふられたとしても、「そうです、そうです」みたいな態度は取りません・・・が、その女性は「聖歌隊なら・・だろ」と言われて、うれしそうに、喜んだのです。そのあたりが、「クリスチャン」の特徴、特に小学校・中学校・高校で「キリスト教系」の私立の学校に行った人の特徴ですね。 私なら、そんなもので喜びません。何より、聖歌隊なんて、やりたければやればいいけれども、それ、やったから、「義とされる」わけでもありませんでしょ。それ、やらない人はふしだらな人間なのですか? 違いますでしょ。ところが、そのあたりで、「キリスト教系」の学校の人はいい人で、そうでない人はそうでもない人・・みたいな感覚を持っている人が「クリスチャン」にはいるのです。そのあたりが、私が「クリスチャン」を好きになれないところなのです。
  「クリスチャン」というのは慶應の内部進学の人と少々似ていますね。私も、同じ高校の出身の人・同じ中学校の出身の人・同郷の人というのは、いくらかなりとも親しみを感じますが、だからといって、常に意見が一致するわけでもなく、別の高校の出身の人・別の中学校の出身の人・別の地域の人でも、意見が一致することもあれば、高く評価できる人もいると思うのです。ところが、どうも、慶應の内部進学の人というのは、内部進学の人間であればその言行が良くても悪くてもいいのだ・・という評価をする人が多い。これは事実です。「慶應心理学」はそういうのを「自我が確立されている」とか「独立自尊の精神を持っている」とか「診断」するようですが、それって逆と違うのか? と思うのですが、こういうことを言うと、なんじゃもんじゃ症候群とか、なんたらかんたらシンドロームとか、「診断」される危険がありますから、怖いこわい怖いこわい!!!
  なんで、塾風迎合主義が「自我が確立されている」なのか? なんで、塾風順応主義が「独立自尊」なのか? なんで、塾風翼賛主義が「アイデンティティーを持っている」なのか? ・・こういうことに疑問を持ち考える人間は、なぜ、「未成熟」とか「自我が確立されていない」とか「アイデンティティーを持っていない」とか「モラトリアム人間病にかかっている」とかなんとかかんとか「診断」されなければならないのか? 逆と違うのか?・・・と思うのだが、ともかく、「慶應タイプの心理学」というのは、「慶應タイプ」の人の精神構造と行動を正当化するために存在するものであって、それ以外の何物でもないので、それ以上のものだろうと勘違いして実状を越えた期待はしない方が良さそうです。「慶應心理学」というのは、しょせんは ””「心理学」ごっこ””でしかない。””「心理学」ごっこ””だというその『「ごっこ」の構造』を自覚しているか否かというと・・、半ば気づいていながら、気づかないことにしておこう・・と努力している、というのが実状ではないか・・。
  内部進学の人でも、そういうのは良くないのではないかと思っている人はいるようで、いつであったか、「週刊現代」だったか雑誌に、慶應の内部進学についての特集が出ていた時、「幼稚舎から慶應」で慶應大学卒の人が、内部進学で慶應に行くと、どうしても、「内と外」という思考ができてしまう、ということを述べていた。「揺り籠から墓場まで慶應」⇒「中学校から慶應」⇒慶應義塾高校・慶應女子高校から慶應⇒慶應志木高校⇒大学だけ慶應だが高校は私立大系私立高校⇒大学だけ慶應だが私立高校卒⇒大学だけ慶應で公立高校卒だが小学校か高校が私立⇒小学校から高校まで公立で大学だけ慶應だが、親か親戚に慶應大卒がいる。⇒小学校から高校まで公立で、親戚どこを探しても、東大・京大・阪大卒の人間はいても慶應大卒の人間はいない。 という序列というのか、カーストというのかが存在し、「内と外」という思考ができる・・ようです。そういう「内と外」という思考により、そのカースト制度を意識した人が中心となっているのが慶應義塾であるわけで、もしもそこに行くと、その慶應義塾カーストの最底辺に入れられるような者は、何もそんなけったくそ悪い所に行くことないのじゃないのか・・・とも何度も思いました。
 「クリスチャン」というのも、それと似たところがあると思います。特に、キリスト教系と言われる学校、大学はさておき、小学校から高校まででキリスト教系と言われる私立の学校に行った人というのは、慶應の内部進学の人が、内部進学=正しくても間違っていても正しい、「外部のやつ」=内部進学が「『教育』してやらんといかん」存在、という世界観を持っているのと同様、キリスト教系の小学校から高校に行った人というのは、そういう学校の人=「クリスチャン」で良い、そういう学校でない人=非「クリスチャン」であまり良くない、というそういう世界観の人が多い。慶應の内部進学の人の世界観とキリスト教系の小学校・中学校・高校に行った「クリスチャン」の人の世界観て、似てますでしょ。
 「建築家」安藤忠雄の「教会」も多少似ていると思います。安藤忠雄の「代表作」としては、「住吉の長屋」というのが一番有名ですが、ほかに、「水の教会」「光の教会」というものがあるのですが、「水の教会」というのは、北海道のトマムに星野リゾートという会社が作った結婚式場専用教会というイカモノ、えせ教会です。それに対して、「光の教会」というのは大阪府茨木市の日本キリスト教団春日丘教会の教会堂で、私はその教会堂自体は、その場所に行って見ていませんが、六本木の国立新美術館で安藤忠雄展が開催された時、新美術館の敷地に復刻されたものを見ましたが、茨木市の春日丘なんて郊外の場所に、何も、わざわざ、コンクリートの箱を造ってそんな中で礼拝やらなくても良さそうなもので、そんなコンクリートの箱の中に入って、それで「神と出会った」ような気持になったとしても、そんなものは幻覚でしかない。安藤忠雄という男は、しょせんは、トマムの結婚式場専用教会などといった似非キリスト教教会の設計でもしているのが似合いの男だということでしょう。日本キリスト教団の教会と星野リゾートの結婚式場専用教会というイカモノ・にせ教会とを《「光の教会」「水の教会」》と平気でワンセットみたいに呼んでいる「建築家」と称するおっさんども にも問題あると思います。
  YMCA予備校の「主事」の藤井の思想・藤井のキリスト教観というものは、安藤忠雄といくらか似ているかもしれませんね。安藤忠雄にとっては、『聖書』なんてそれほど大事ではないのでしょう。安藤忠雄設計の「水の教会」というのは、写真で見る限り、デザインは優れているようにも見えたのですが、もしも、それがレストランか美術館の一部分であれば悪くはないかもしれませんが、キリスト教の教会とは何の関係もないもので、『聖書』を1ページも読まないで「キリスト教式」の結婚式をあげたがる人に喜ばれそうな建築で、要するに、真のキリスト教とは何の関係もない「教会もどき」だと言っていいでしょう。「建築家」には教会堂の建築はさせない方がいいのかもしれない、などと思ってみたりもします。ウィリアム=メレル=ヴォーリズは「教会堂の建物は特別の建物である必要はない」と語ったといい、又、『正法眼蔵随聞記』(岩波文庫)では、京都の建仁寺は賀茂川の近くにあり、この場所では、もしも、賀茂川が氾濫を起こすとかあれば寺の伽藍が失われるなどの危険があると心配する者にたいして、栄西は、大事なことは禅の心であり、寺の伽藍が滅びるかどうかはたいした問題ではない、ということを述べています。ヴォーリズや栄西の言葉を見聞し、実際に『聖書』の文章を読んでみると、安藤忠雄などという男の結婚式場専用教会などというものが、どんなにデザインとしてかっこよくできていたとしても、なんとも薄っぺらいものという印象を受けます。『聖書』を1ページも読まずに「キリスト教式」で結婚式をあげたがる人が好みそうなのが安藤忠雄の建築です。YMCA予備校の藤井の頭にある「キリスト教」もまた、そんなものなのでしょう。
  たしかに、「聖書なんて読まんでもええんや。聖書なんて、読まなくても、洗礼うけて、礼拝にでて、献金はらっておけば」安藤忠雄式似非キリスト教教会で結婚式をあげることはできるでしょう。「それだけ」ですけれどもね。そんなものがキリスト教かというと、違うと思いますけれどもね。

  うちの母親というのは、どうも、「クリスチャン」という人に対して、「あの人はクリスチャンだから悪い人であるわけがない」とかそういう思考をしてしまうことがけっこうあったように思われます。困ったもんだ・・と思いました。又、母が行っていた「教会」になんて、もしも、私が行ったとしても、そこは、しょせんは「母の交友範囲」です。 自分の「交友範囲」である「教会」に息子を行かそうとして、息子に嫌がられるお母さんというのも、時々、おられるように思うのですが、本人が嫌がるものなら、無理に行かそうとはしない方がいいと思います。 そういうお母さんの思考においても、キリスト教系の学校の出身の人というのは、「いい人」みたいに思う人がいるのです。そういう思考を見ると、まあ、結論として、私なんかはそういう思考の人からあまり喜ばれない方の人間なのだろうなあ・・と思うこともあるのですが、あんまり、本来的な思考ではないように思いますね。 たとえ、正しくても間違っても、自分自身でその相手を判断するのではなく、《 キリスト教系の学校の出身の人だと「いい人」みたいに思ってしまうという思考 》は、《 内部進学=ええもん、「外部の者」=内部進学が「教育」してやらないといけない存在 》、という思考とともに、それは、T=W=アドルノほか『権威主義的パーソナリティー』(青木書店)で分析・指摘されている、権威主義的パーソナリティーの度合いとして考えても、権威主義的パーソナリティー≒ファシズム人格≒サドマゾ傾向 の傾向が比較的強い方の要素だと考えられるはずで、私はあまりいいとは思いません。

  うちの母親が行っていた大阪府某市の日本キリスト教団M教会のS田牧師さんというのは、「大阪経大(大阪経済大学)卒」と言われていたのです。 ご本人は「大阪経大卒」で牧師になった、とおっしゃっていたようですが、大阪経済大学を卒業しても牧師にはなれません。牧師になるためには、同志社の神学部とか関学の神学部とか、そういった神学部に行かないとなれないはずです。 東大の文学部とか京大の文学部で宗教哲学科かそういう学科に行き、キリスト教の研究をおこなったとしても、キリスト教の研究者にはなれるかもしれませんが、牧師にはなれないはずです。 S田牧師さんは、「大阪経大卒」で牧師になれたのかというと、大阪経大を卒業した後、さらに、トーシンダイ(東京神学大学)に行って、それで、牧師になられたようです。
  私は、自分が高校生くらいの頃、キリスト教系の大学でも、東京圏の上智大学・立教大学・青山学院大学・国際基督教大学や関西の関西学院大学・同志社大学といった大学は存在することを知っていましたが、トーシンダイなんて知らなかった。東京の日本キリスト教団のD教会に行って、そこの人が「トーシンダイは・・」といったことを言うので、キリスト教の施設でそういうものがあるらしいと知ったのですが、それが大学だというのは知らなかった・・・が、私立の大学になっているらしく、トーシンダイは略称で、東京神学大学というのが正式な名称らしい。
  S田牧師さんが「牧師説教」でよく話されたのは、「私は、子供の頃から、債権者に追われてきた。債権者に追われるというのは大変なことだ。こういう経験をした者はどんなことでもできる。」そういうお話を「牧師説教」だとしてされるのです。 いいお話だと思いますか? 私が、まず、思うのは、「債権者に追われる」というのは大変つらいことだというのは、それはわかりましたが、片方で、本来なら払ってもらわないといけないものを払ってもらえずに逃げられた者というのも大変なのだということを、この人はわかってないのかなあ? という点です。「債権者に追われるというのは、これはものすごい大変なことだ。これほど大変なことはない」とおっしゃるのでしたが、債権者に追われるというのは大変なことだと何度もおっしゃるのならば、本来、払ってもらわないといけないものを払ってもらえずに逃げられた者の大変さというものも、せめて、百回に一回でも話されたらどうなのか・・・と、私はそれを思ったのです。なんか、S田さんの言い方では、本来、払ってもらわないといけないものを払ってもらえずに逃げられた者は、ちっとも大変じゃないみたいじゃないですか。本来、払ってもらわないといけないものを払ってもらえずに逃げられた者の大変さというものも、百回に一回くらい考えてみたらどうなのか・・・、そう思いませんか?
  そして、「自分は家が貧乏やったから、だから、慶應大学なんか行かせてもらえなかったから、だから、大阪経大に行った」と、そういうことをいつも言われるそうでした。 ほんまかあ? 「家が貧乏やったから」慶應大学に行かずに大阪経済大学に行ったのかあ???
  私は、母から耳鳴りがするほど言われました。「S田牧師さんは、家が貧乏やったから、だから、慶應大学なんか行かせてもらえんから、大阪経大に行かはったんや」と。 父親からも耳鳴りがするほど言われました。「わかっとんのか、チャンコロ! S田牧師さんはなあ、おまえとは違って大阪経大やぞお~お! おまえみたいに慶應なんて行かせてもろとれへんねんぞ、S田牧師さんは、家が貧乏やったから慶應大学なんか行かせてもらわれへんから、そやから大阪経大に行かはってんぞお~お。わかっとんのか、わかっとんのか、わかっとんのか、チャンコロっ! わかっとんのか、わかっとんのか、わかっとんのか、チャンコロっ!」と何度も何度も、指で私の眼を突き刺すようにして、言われたものでした。
  私は言ったのです。「なんで、家が貧乏やったら、慶應大学に行けないのですか? 慶應大学に行きたかったのなら、慶應大学に行かれたら良かったのと違うのですか」と。 父は言うのでした。「何を言うとるんじゃ、このチャンコロはあ!!! 甘ったれるな、チャンコロっ!」と。「S田牧師さんはなあ、家が貧乏やったもんやから、そやから、おまえみたいに慶應大学なんか行かせてもらわれへんから、そやから大阪経大に行かはってんぞお~お。おまえとは違うねんぞ、チャンコロ! チャンコロとは違うねんぞ、チャンコロっ!」と。
  私は言ったのです。 「もしも、家が貧乏であったけれども、慶應大学に行きたかったということならば、日本育英会奨学金を受給して行けば良かったのと違いますか。日本育英会奨学金で出してもらえる額は『学費分』で、出してもらえるのは国公立の大学と限られているわけではなく、『私立金権医学部に裏口入学するための寄付金』なんてものは出してもらえませんが、正規の学費については、国公立の大学でも私立の大学でも、ともかく、『学費分』を出してもらえるという制度ですから、日本育英会奨学金を受給して大学に行く場合には、国公立の大学でも私立大学でも経済的条件は変わらないことになりますし、私立大学でも、たとえば、早稲田大学と慶應大学では昔から慶應の方がかなり学費は安いのですが、慶應大学の方が早稲大学より学費が安かったとしても、日本育英会奨学金を受給して大学に行く場合には、どちらの大学に行っても『学費分』を出してもらえることになるので、行く人間にとっては一緒になるはずです。特に、慶應の場合は、慶應義塾奨学金という制度があって、日本育英会奨学金を受給して学費を出してもらった人には、自動的に慶應義塾奨学金で『生活費』を支給するという制度があり、これは慶應大学独自の制度ですから、他の大学に同様の制度があるのかないのか知りませんが、慶應は、家が貧乏な人でも慶應大学に行きたいという人には行けるようにという制度がかなりある大学のはずですから、S田牧師さんが家が貧乏だったけれども慶應大学に行きたかったというのなら、日本育英会奨学金で『学費分』を出してもらい、慶應義塾奨学金で『生活費』を出してもらって慶應大学に行けばよかったのと違うのですか。どうして、行かれなかったのですか? どうして、慶應大学に行かずに大阪経大に行かれたのですか?  又、日本育英会奨学金を受給できる基準よりは親の年収が多いけれども、あまり裕福な方ではないという人ならば、大阪経大なんて私立大学に行くのではなく、国立大学に行けばいいのと違うのですか? 東大に行けばいいでしょ ↓ 。なんで、東大に行かれなかったのですか?」と ↓。 そうでしょ。そう思いませんか?
ドラゴン桜(1) (モーニングコミックス) - 三田紀房
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  私がそう言うと、母は「東大なんて行ったら、下宿代と交通費がかかるでしょうよ」と言うのでした。 下宿代がかかるというのなら、たしか、東大は駒場キャンパスの中に駒場寮という寮があって、他にもいくつか、寮があったと思うので、そういう所に入るという方法だってあったと思います。 東大に行った人に聞いた話では、どうも、「寮」というのは「学生のたまり場」みたいになってしまって、勉強しにくいという人もあるらしく、又、別段、特に「学生運動」というものをしていなくても、「大学の寮」というものに入っていると、学生運動をしていたのではないか、と見られて就職に不利になると懸念する人もあるとかいいますが、もしも、本当に「家が貧乏」であったということが原因で、東大には行けずに大阪経大に行ったということならば、学生運動やっていたのではないかとか見られる心配なんかは二の次で、費用が安い大学の寮に入って東大に行けば良かったのではないでしょうか。
  それで、もしも、下宿代と交通費が原因で東大には行けないということならば、関西にも国立の大学はあるわけですから、自宅から通えそうな所としては、大阪大学とか神戸大学とか大阪市立大学とか、そのあたりでS田さんの自宅から比較的近い場所の所に行けば良かったのではないのでしょうか。それで、私は言ったのです。「東大は下宿代と交通費がかかるから、だから、東大に行かずに大阪経大に行ったというのなら、それなら、大阪大学に行けば良かったのと違うのですか。大阪経大は私立大学の中では学費が安い方の大学らしいけれども、慶應大学もまた『国立大学よりは高いけれども私立大学の中では安い方』の大学で、慶應大学と大阪経大はどちらも『国立大学よりは高いけれども私立大学の中では安い方』の学費の大学ですが、もしも、大阪経大の方が学費が慶應大学よりもいくらか安かったから、だから、慶應大学に行かずに大阪経大に行ったということならば、それなら、大阪大学に行けば良かったのと違いますか。国立の大阪大学の方が私立の大阪経大よりも学費は安いと思いますし、大阪大学なら下宿代も要らないし交通費も特に必要ないでしょう。なんで、大阪大学に行かなかったのですか」と言いました。すると、母は「それは、阪大よりも大阪経大の方がいいからでしょうがあ!」と言うのでしたが、大阪経大の方が阪大(大阪大学)よりも、いいかあ? 大阪大学(阪大)よりも大阪経済大学(大阪経大)の方がいいから大阪経大に行ったんかあ~あ? 違うと思うがなあ・・・。
  又、うちの親は私には「何でも、カネを出す者に決める権利があるんや。もしも、自分が行きたいと思う大学の行きたい学部に行きたいなどと甘ったれたことを言うのなら、それなら、新聞配達して行きなさい」と何度も言ったのだ。それで、私は「わかりました。それなら、新聞配達して行きます」と言いました。すると、うちの父親は、どこやらから読売新聞の奨学生募集というチラシみたいのを調達してきて、「読売新聞が奨学金だしてくれるらしいわあ。あんた、これ、申込んでやんなさい」とそう言ったのです。「別に、そんなもの、用意してもらわなくても、新聞屋は、朝日・毎日・読売・産経とどこでも新聞奨学生というものを扱っているし、同じことなら、読売みたいなものではない方がいい、朝日か読売なら朝日の方がいいと思いますし、又、産経新聞は購読者が朝日や読売よりも少ないので、新聞の配達は1人が担当する範囲が広いかわりに部数は少なくてすむらしいので、産経の方が楽かもしれませんが、読売でも何でも、やれと言われるならやりますよ。それで、その新聞奨学生に応募するとして、慶應はやめるとして、3年以上遅れだと法学部・経済学部卒で民間企業に就職するのは不利だと言いますし、もともと、経済学部には行きたくないと思っていたので、医学部・歯学部なら2年遅れと3年遅れとの差は小さいと思いますので、たとえば、心身医学について評価が高い九州大学の医学部とかに行くことを考えたいと思います」と言いましたが、
心療内科 (中公新書 (29)) - 池見 酉次郎
心療内科 (中公新書 (29)) - 池見 酉次郎
そうすると、うちの父親は「そんなもん、行くことない。何を言うとるんじゃ、何を~お! わしはそんなもん、行けなんて言うてませんで。甘ったれるな、チャンコロっ」と言うのでした。「わしは、あんたが新聞配達をやりたいと言うもんやから、そやから、この読売新聞の奨学生募集を捜してきてやってやってやってあげてやってあげてやったってんで。あんたはやなあ、これをやって、新聞配達でお金を稼いで、そんで、慶應の商学部に行って就職して、わしのために尽くしなさい。なんで、そんなもん、九州大の医学部なんて行かせてやらんといかんのじゃ、チャンコロっ! 新聞配達やって、それで慶應の商学部に行きなさいと、わしはそない言うとるんじゃ、チャンコロっ! そんで、就職してこの大恩のあるこのわしのために働け言うとるんじゃ、チャンコロっ!」と言うのでした。私は「それでは、新聞配達をやる意味がないじゃないですか」と言いましたが、父は「そやからやなあ。おまえが新聞配達やって、奨学金を出してもろうて慶應の商学部に行って、このわしのために尽くせ! とこない言うとるんっじゃ。わからんのか、チャンコロっ!」と言うのでした。 実際には、新聞奨学生というのは、新聞屋の正規の従業員なら配達・集金・拡張の3つの仕事をするところを基本的には配達だけをやり、「月給+新聞屋が用意したアパートの部屋+朝夕の食事+『奨学金』」を報酬としてもらえるというもので、新聞屋の奨学金は「奨学金」という名称でも、日本育英会奨学金とか慶應義塾奨学金とかとは違って、「給与の一部分」で、それを、どこでもいいから「学校」に行くと、その学校の「学費分」を出してもらえたのです。 日本育英会奨学金というのは、親の年収と学業成績の両方で出してもらえるかどうかが決まりますが、新聞屋の奨学金というのは、実際には「給与の一部分」ですから、成績は関係ないし、学校でさえあれば、どこの大学でもいいし短大でも専門学校でも予備校でもどこでもいいのです。年齢制限もありませんし、日本育英会奨学金と違って、留年したら支給されなくなるとかそういうこともなく、配達さえきっちりとやれば出してもらえるというものです。但し、けっこう体力的にきつい仕事で、時間も取られますから、国立大学や早慶あたりの大学に行く人には向いていない、むしろ、言っちゃなんだが、頂点の方の大学ではなく、底辺の方の大学か専門学校に行く人で、体力はあるが学力はあんまりないという人に向いている仕事です。その時、私が考えたのは、内科や外科の医者にはそれほどなりたいとはその時は思っていなかったのですが、心と体の関係としての心身医学に関心があり、心身医学については九州大学医学部の評価が高いと聞いていたので、それで、九州大学医学部を考えたのですが、自分で学費と生活費を稼ぎながらというのは、これは実際問題としてかなりきついので、それを考えると、今、自分の息子でも、自分で学費を稼ぎながら医学部に行きたいということならば、私なら、卒業後にへき地の診療所に何年だったか勤務するという条件で学費はタダ・全寮制で寮費もタダという自治医大を勧めます。自治医大は貧乏人にはもってこいの大学です。
  それにしても、「なんでも、カネを出す者に決める権利があるんや。自分が行きたい大学の行きたい学部に行くとか言うのなら、新聞配達やって大学に行け」と言っておきながら、それなら新聞配達やって行きますと言うと、読売新聞の新聞奨学生の募集なんてものを、どこやらから拾い出して、「あんた、これやんなさい」なんてことを言い、「それなら、それをやって、どの大学のどの学部に行きます」と言うと、「そんなもん、行かんでもええんじゃ、チャンコロ! わしがそんなもん、行かんでもええと言うてますねんで!」と言う父親というのは、要するに「やらずぶったくり」を息子に対してやってやろうということであり、よくまあ、そういうことを言うと思います。
  又、「読売新聞が奨学金をくれるらしいわあ」などと、実際には「給与の一部分」である新聞屋の奨学金のことを、まるで、日本育英会奨学金とか慶應義塾奨学金とか、あるいは、慶應大学の社会科学系学部の学生に対して、企業が売名行為の意味もあるのだろうと思いますが、「毎年1名」とか「毎年2名」とかで出している奨学金と同じように勘違いして言うおっさんというのは、そのおっさんが「わしは、世の中のことは何でも何でも知ってる人間やねん」とか叫びまくっていたわりに、何も知らない男で、なんか、めでたい男やなあ・・と思ったものでした。
  新聞配達の仕事は、私は少しだけやったことがあるのですが、「新聞奨学生」として、「奨学金」という名称であるが「実際には給与の一部分」であるものをもらったとすると、どれだけ出してもらえたかというと、「学費分」であり、その場合、大阪経大の学費が私立大学の中では安い方であったとしても、もしも、新聞配達をやって「新聞奨学生」として新聞屋の奨学金を取得して大学に行くのであれば、行く大学の学費が高くても安くても関係ないのでした。 だから、S田さんが、「家が貧乏だったから、大阪経大にしか行かせてもらえなかった。家が貧乏だったから慶應大学には行かせてもらえなかった」などというのは、どう考えてもおかしいのです。黙って聞いてりぁ言いたい放題言いやがってからに、何を言ってやがる。S田さんも新聞配達でもやって行けばいいじゃないですか。うちの親は「なんでも、カネを出す者に決める権利があるんや。自分が行きたい大学に行くとか、自分が行きたい学部学科に行くとか言うのなら、新聞配達やって行きなさい」と私に何度も言ったのですから、S田さんにも同じことを言えばいいはずでした。・・ところが、なぜか、うちの親は父親も母親も私には言っても沢田さんにはまったく言わないのでした。
  それ以上に不思議なこととしては、うちの母は、私が「家が貧乏やったから慶應には行けなかったから大阪経大に行ったというのなら、それなら、東大に行けばいいでしょうよ。慶應は昔から大学については『国立大学よりは高いけれども私立大学の中では安い方』の学費の大学だけれども、それでも、大阪経大の方が慶應大よりも安かったというのなら、東大はもっと安いはずだから、東大に行くべきだったでしょうよ。どうして、S田さんは東大に行かなかったのですか?」と言ったところ、「東大なんて行ったら下宿代と交通費がかかるでしょうが。あんたはそんなこともわかりませんのんかあ!」と言うのだったが、ところが、不思議なことに、東大なら下宿代と交通費がかかるから、だから、東大に行かずに大阪経大に行ったS田さんは、大阪経大を卒業した後に、さらにトーシンダイ(東京神学大学)という東京にある私立大学に行ったのです。東大なら下宿代と交通費がかかるのに、なぜ、トーシンダイ(東京神学大学)なら下宿代と交通費はかからないのだろうか? どうも、ぼく、頭悪いからなのか、よくわからんことだらけです。もしも、下宿代と交通費がかかるからということならば、大阪経大を卒業した後に、どこかの神学部に行くという場合でも、同志社の神学部とか関学の神学部とか、関西の神学部で下宿代と交通費がかからない神学部に行くべきだったのではないのでしょうか。なんで、トーシンダイなんて行くのお? 不思議でしかたありまへんなあ・・・。
  その理由ですが、同志社の神学部は同志社の法学部・経済学部・商学部・文学部に比べると入試の難易度はずっと低く、関学の神学部もまた関学の法学部・経済学部・商学部・文学部よりも入試の難易度はずっと低いので、旧帝大系国立大学あたりに行った人、もしくは、行こうとして結果として早慶あたりに行った人が、旧帝大系国立大学なり早慶なりを卒業した後に、牧師になりたいと志して同志社の神学部・関学の神学部の試験を受けるのならば、合格するのはそれほど難しくないであろうと思われるのですが、神学部は法学部・経済学部・商学部・文学部よりも易しいとしても、それでも、同志社・関学ですから、無茶苦茶易しいわけではなく、大阪経大あたりにしか行っていない人が、卒業後に受けて行こうとした場合には、そう簡単ではないのです。。 又、同志社の神学部・関学の神学部を出て牧師になる人はいますが、同志社の神学部・関学の神学部の場合は、卒業後、牧師になるのではなく、一般の仕事につく人もあるようなのです。元外務省の佐藤優という人は、あの人も、けっこう変わった経歴のようで、同志社の神学部卒で外務省に勤めた人だったはずです。それに対して、トーシンダイ(東京神学大学)というのは、入試の難易度は易しいかわりに、卒業後、キリスト教の牧師になる意志がある人かどうかを重視して合否が決められる大学のようで、学力はそれほどないけれども、卒業後は必ず牧師になるつもりだという人にとっては、同志社の神学部・関学の神学部よりも行きやすいようです。だから、トーシンダイに行かれたのでしょう。おそらく、そういうことだと思います。 旧帝大系国立大学などを卒業した人が卒業後に牧師を志して同志社の神学部・関学の神学部に行こうとした場合は、先に卒業した大学よりも入試の難易度はずっと易しい所を受けることになるので合格しやすいのに対して、大阪経大を卒業後に神学部に行こうという人にとっては、先に卒業した大学よりも入試の難易度が高い所を受けることになるが、トーシンダイ(東京神学大学)なら入試の難易度は高くないらしい。だから、旧帝大系国立大学などを卒業したような人で大企業で採用してもらえる可能性もあるけれども、それでも牧師になりたいという人には同志社の神学部・関学の神学部は向いているが、言っちゃなんだが「私立の聞いたことない大学」出て会社に勤めたがうまくいかないので牧師屋に転職したいという人にはトーシンダイ(東京神学大学)の方が向いてる、ということのようです。

  それにしても、東大については、下宿代と交通費がかかるからという理由で東大には行けないので大阪経大にしたという人が、トーシンダイ(東京神学大学)については、下宿代と交通費については、何ら問題ないというのは、どうも、理解に苦しみます。
  私は言ったのです。「たとえ、大阪経大が『私立大学の中では学費は安い方』の大学であっても、慶應大学と大阪経大はどちらも『国立大学よりは高いけれども私立大学の中では安い方』の大学で、その2つを比較しても大阪経大の方が安かったとしても、それでも、大阪経大とトーシンダイ(東京神学大学)と、私立の大学を2つ行ったのでは、両方を合わせると決して安くはないと思うのですけれども」と。そう思いませんか?
  大学に2つ行く人というのはありますよ。北野高校の倫理社会のA先生は、大阪大学法学部を卒業した後、大阪大学文学部の哲学科に行きなおして高校の教諭になったそうで、最初の法学部の同期だった人間で大企業に勤めて出世した人と比べると給料は低いらしいけれども、それでも、哲学科に行きたかったらしい。 朝日新聞の編集委員だった、本多勝一は長野県の伊那地方の人で、お父さんが薬屋でもやるといいと思っていたそうで、薬学部に行かせたいと思っていたが、本人は別の考えがあって、妥協案として、国立大学の薬学部をともかく卒業するなら、その後、別の所に行ってもいいということにして、それで、千葉大の薬学部を卒業して後に京大の農学部に行ったらしい。 東京で知り合った某さんは、東大の文学部哲学科を卒業した後、東京医科歯科大の医学部に行き医者になった。ハンス=ホッターはミュンヘン大学の哲学科を卒業した後に声楽家の道に進み、ミュンヘン音楽大学に行ったはずだ。〔《ウィキペディア―ハンス・ホッター》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%BC 〕 そういう人というのは、たいてい、国立大学か早慶か、そのあたりの大学に行った人で、それだけ、勉強してきた人だから、2つ目の大学に行くということもしたし、認められたのです。正直な気持ちといたしましてえ・・・、せめて、国立大学か早慶くらいに行った人が、大学に進学する時点で自分が行きたい所とは違う方面に行ってしまった、このまま、その学部を卒業した人としての人生を生きるのは我慢できないということで、もうひとつ、別の学部、もしくは別の大学に行くというのはわからないことありませんが、あくまで、それは、国立大学か早慶くらいに行った人がやることであって、大阪経大なんて行ったような人がやることと違うんやないのお~お・・と私は思ったのです。大阪経大に行って卒業した人が、もうひとつ、私立大学に行くなんて・・、一般には、それは「金持ちのすること」と違いますか。普通は「せめて、国立大学か早慶かそのあたりにでも行ったのならともかく、大阪経大なんて行った人間が、もうひとつ大学に行きたいなんて・・・」と見られる・言われることが多いのではないでしょうか。それは「家が貧乏やったから」と言いまくる人がやることとは違うのではありませんか? 
〔 もっとも、時代とともに社会の状況は移り変わり、かつては、専門学校だった学校が短大になったり大学になったり、短大だったものが大学になったりしており、かつては、中学校出てすぐに弟子入りして学んだようなものを、学校に行ってある程度学んでから勤める方が普通になっている場合があり、かつてなら「そんな学校しか行けないようなヤツが大学行くのがおかしい」とか「そんな学校しか行けない者が高校行くことない」とか言ったようなケースでも、今はそうではなくなってきている場合もあります
  1980年代、東京都の目白のJR山手線「目白」駅から西に行った南側にあった「日本カウンセリングセンター」という所が実施していた、カウンセリングの入門講座に出た時、「世話人」という肩書の吉田という男性(当時、40代くらい?)が、「何でも、学校のような所で学ぶよりも、叩き込むように教え込んだ方がものになる。板前とか料理人なんかも、調理学校なんて所に行ったのでは身につかない。そうではなく、先輩から殴られたりして教え込まれてこそ身につくものだ。それと同じで、カウンセリングも、叩き込むようにしてこそ身につくんだ」と発言し、それだけではなく、近くに坐っていた私に、「どうだ。叩き込んでやろうか」などと言うので、なんか、この人は変なことを言うものだ、疑問と警戒心を持った、ということがあった。「人民内部の矛盾の解決と敵味方間の矛盾の解決は解決法が異なる。人民内部の矛盾の解決には、批判・自己批判・説得・討論・学習といった民主的な方法でのみ、解決することができるものである。」と毛沢東は『人民内部の矛盾を正しく処理する問題について』で述べているのだが、吉田氏の発言には、思想的な問題を「叩きこんでやる」という傲慢で反民主主義的な態度・意識・思想が見られた。それは「カウンセリング」とは正反対の姿勢だと私は認識していたし、そのあたりの姿勢を見て「この人には学ばない方が良さそうだ」とも判断しました。少なくとも、私が考える「カウンセリングの心」と吉田氏の思想とは正反対であり、もしも、私の考える「カウンセリング」が吉田氏から見て間違っていると思うのなら、吉田氏と「日本カウンセリングセンター」が考える「カウンセリング」と私が考える「カウンセリング」は別物だということでしょう。
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( ↑ 雁屋哲 原作・花咲アキラ 画『美味しんぼ』「茶人といちご」
〔 『美味しんぼ ア・ラ・カルト ―基本や作法を知る―日本料理 2016.7月』2016.6.29.小学館 所収。)〕
   その後、一緒にその「講座」を受講した人から「どうしてられますか」という手紙をもらったが、この団体とは深く関わらない方がいいと判断して無視することにしました。又、この団体の友田不二男という「心理学者」から、自分が不当な扱いを受けているというような不満を表明する印刷物がこの団体を介して送られてきたが、「心理学者」と称している男で心理学関係の書物の翻訳も多くおこなっていた人のようだが、書いていることには、どうも、病的な印象を受けた。「世話人」の吉田氏の発言だが、料理人は調理学校のような所に行くのはだめで、親方から殴られて叩き込まれる方がいいんだ、という吉田氏の主張だが、『味いちもんめ』によると、板前になる人も、今では中学校を出てすぐに弟子入りする人もないことはないが、高校を出てから調理学校に行って、それから料理人に弟子入りする方が一般的らしく、料理人の世界でも、かつては、親方が新人を殴ったりしたけれども、今は、指導は厳しくしないといけないけれども殴っちゃいかんと認識されているという「日本カウンセリングセンター」の「世話人」というのは、料理人の世界の実状も知らずに、勝手なことを言っていたようだった。「カウンセラー」とか称する人にはそういう人が多いように思う。「日本カウンセリングセンター」の「世話人」の吉田氏を見て、私は「怪しい」と感じ、これ以上は関わらない方が良さそうと判断したが、そう感知することなく、「叩きこむ」のが好きな人間から「叩きこ」まれて、それを「カウンセリング」とか「心理学」とか思い込む人というのもいたのではないかと思う。「心理学者」とか「精神科医」とかで新興宗教の教祖みたいになっている人間というのは、そうやって「教祖」になったのではないか。
・・もっとも、「カウンセラー」とか「心理学者」とかその類をうかつに批判すると、「なんたら人間」とか「なんとか性格」とか「なんじゃかんじゃ症候群」とかなんとかかんとか「診断」されて「病名」つけられるおそれがあり、「治療」と称して「人間による人間の加工」をされてしまう危険もあるので、怖いこわい怖いこわい怖いこわい怖いこわい、本当にもう怖いコワイ怖いコワイ!!!
  「日本カウンセリングセンター」のようななんとかセンターに行かない人でも、小此木啓吾のビョーキ本シリーズを愛読して、「なんとか症候群」「なんじゃもんじゃシンドローム」と小此木が罵っているレッテルは、自分が貼られるものではなく、自分ではなく誰か他の人間に貼るものだ、と勝手に信じ込んで、小此木啓吾のビョーキ本シリーズを喜んで愛読していた人というのも、慶應の学生あたりにけっこういたようだが、又、慶應大学の心理学科の学生でそのタイプの男も見たが、「自分はレッテル貼る側」と勝手に決めつけてるあたりが「慶應タイプ」の特徴だったかもしれない。(私は、ともかく、慶應大学の卒業証書をいただいたが、そういう「慶應タイプ」ではないつもりで、その点に矜持を持っている。)
  1980年代、慶應大学でステューデントカウンセラーズというサークルに入っていた時だが、商学部生だった女性部員Oさんが小此木啓吾著のビョーキ本シリーズの1冊を購入して抱えていたので、そんなもくだらないもの読んでるのか・・と思ったことがあった。何を読もうがその人の自由かもしれないが、「友達を見ればその人間がわかる」なんて言葉もあるが、その人の愛読書を見るとどういう人かある程度わかる場合があると思うが、なんか、程度低いなあ・・という印象を受けた。
  「そんなくだらないもの」とは、たとえば、慶應大学の商学部のある教授が講義の中で、《経済学の本でも「そのへんの書店」に並んでいる「ペンキ塗り」の本というのは、「おばさん」が読むものであって慶應義塾の商学部の学生が読むものとは違う。》と言われたことがあった。「ペンキ塗り」というのは本の表紙や背表紙に赤やら青やら緑やら黄色やらで彩色したような「一般向け」の本のことで、慶應義塾の学生が読むべき本は経済学の本でももっと学問的なもののはずで、慶應義塾の商学部の学生がそんな「おばさん」が読むような「ペンキ塗りの本」を読んでいてはだめだ、ということを言われたのだ。(もっとも、「おばさんが読む本」でも役立つものもあるし、けっこう面白いものもあるんだけどね。)愛知産業大学の建築学科の最初のスクーリングの際にM先生が「皆さんは、建築学科に入学したわけですから、これからは、建築の本でもしろうと向けの本は読まないでください」と言われた。「しろうと向けの本」は読むなということは、「しろうと向けの本」ではなく建築学徒向けの本を読めということだ。かつては大学の数が少なかったので、大学というものはエリートが行く所で、高校において「すべてにおいて一通り」を学んできた者が入学を許されて、教養課程において「すべてにおいて何か」を学び、専門課程で「何かについてすべて」を学ぶ所で(慶應の内部進学の教授は高校で扱っている「すべてにおいて一通り」のことを「受験勉強だ。害があるんだ」と言うのだが。慶應の内部進学の教授にとっては自分が知らないもの・自分がわからないものは何でも「受験勉強」であり「害があるんだ」になる。そういう態度のことを「思考が柔軟」とか「独立自尊」とか言う)、その点が「専門学校」とは大きく違ったはずだが、そうである以上は、たとえ、自分が所属する学部の専門とは異なる領域においても、程度の低い「ペンキ塗り」の本を読むのではなく、「一流大学」の学生が読むような本を読むべきではないのか、と思ったのだ。 「精神分析」についての本でも、読むのなら、フロイト『精神分析入門』・ライヒ『階級意識とは何か』『性道徳の誕生』『聞け、小人物よ!』・フロム『自由からの逃走』『疑惑と行動』といったものを読むべきで、竹村健一や山本七平などの仲間で「慶應大学医学部助教授」という肩書で竹村健一や山本七平と変わらない内容を「医学」だ「精神分析」だと称してやっていたような男・小此木啓吾の本なんか相手にしているというのが、そもそも、おかしい! 慶應大学というのは東大・京大の仲間なのか、それとも、「程度の低い私立大学」の方の仲間なのか、というと、竹村健一や山本七平などの仲間でしかない男が竹村健一や山本七平と変わらない内容を「精神分析」だ「医学」だと称して発行しているクズ本を喜んで買って喜んで読んでいるようなそんなことでは、「程度の低い私立大学」の方の仲間だ・・ということになってしまうはずだ。愛知産業大学の建築学科のM先生は「これからは建築の専門書を読むようにして、しろうと向けの本は読まないようにしてください」と言われたけれども、それは専門書を読めということで、自分は「しろうと」の側ではなく「建築の専門家」の側なのだと自覚した上で、「しろうと」向けにはどんな本が出ているのか把握しておこうという姿勢で読むのなら悪くはないはずで、同様に、「精神分析」についても専門書を読んで自分なりに考えた上で、「しろうと」向けに出ているものを見てその内容について吟味・分析するのならともかく、自分がその「しろうと」向けの「ペンキ塗り」の竹村健一や山本七平と同レベルの駄本を喜んで買って喜んで読んでいるというのでは、そんなことでは、その学生は、東大・京大の仲間の方の大学の学生ではなく、「程度の低い私立大学」の側の学生であろう・・ということになるはずだ。
  フロイト『精神分析入門』とかライヒ『階級意識とは何か』『性道徳の誕生』『聞け! 小人物よ』とかフロム『自由からの闘争』『疑惑と行動』などを読むのか、小此木啓吾のビョーキ本シリーズを読むのか・・というと、前者を好むか後者を好むかで人間のタイプが異なるように思うのだが、私なら前者だが、ところが、「慶應タイプ」は小此木啓吾のビョーキ本シリーズの方を好む人が多かったようなのだ・・。 「なんとか人間」「なんじゃかんじゃシンドローム」「なんたらかんたら症候群」「なんとかジレンマ」とか言うと、それは「あいつのことだ」とか勝手に思い込んで、自分は「レッテル貼る側」だあ~と勝手に思い込んでるやつ、「なんとか人間」はあいつだな、「なんじゃかんじゃ症候群」はこいつだな、「なんたらかんたらシンドローム」はこれはあの人間があてはまるなあ・・と自分はそれらの「レッテル」を貼られる側になることはありえないと勝手に思い込んで「魔女狩り」みたいにひとに「レッテル」を貼って喜ぶやつ、「慶應タイプ」にはそういうのが多いんだわ、ほんと・・。そういう「レッテル貼る側症候群」みたいなヤツが「慶應タイプ」には本当に多い。
  遠山啓は『競争原理を越えて』(太郎次郎社)で、小学校から大学までの流れとは別に、物事を学ぶ学校というものがあっていいし、大学も、いったん、勤めてからまた大学に行くことができるようになった方がいい、といったことを述べているが、部分的にそうなっているところもある。私自身、嫌々行かされた慶應大商学部を、一応、卒業させてもらって勤めた後、勤務先から宅地建物取引士を取ってもらいたいと言われて取得し、上役からインテリアコーディネーターを取ってくれと言われて取得したが、建築業界に勤めていると、建築学科卒の人間が優遇されるところがあり、いっそ、「建築学科卒」になってしまうか、といったことを考えて、愛知産業大学の建築学科の通信課程に入学させてもらった。仕事を持ちながら学習するというのは大変で、途中でやめてしまったが、そのスクーリングに来ていた人も、先に卒業した大学はさまざまのようで、それほど評価の高くない大学を卒業した人もおられたと思うが、いったん、大学を卒業して勤めたが、その会社の仕事をやるには、卒業した大学の学部とは別のものを学ぶ必要があると考える人はおり、そのために、私のように、インテリアコーディネーター・キッチンスペシャリスト・2級建築施工管理技士・宅地建物取引士などの資格を取得しても、それだけ取得するよりも「建築学科卒+二級建築士」の方が取得は楽で、なおかつ、その方が世間では評価される・・となると(取得が楽なものの方が高く評価されるというのは、なんか、あほくさいなあ)、それなら、いっそ建築学科に行って「建築学科卒」になるかあ・・と考える人もいたわけだ。愛知産業大学とともに通信課程の建築学科を持っている京都造形芸術大学(2019年に、京都芸術大学と名称変更すると発表し、京都市立芸術大学からクレームがついたらしい)の入学説明会に行った時、学生部長さんが「いったん、仕事につかれた方が、再度、通信課程の大学に行って学ぼうとされるということに対して、心より敬意を表したいと思います」と言われたのだが、実際、通信課程の大学は入学はしやすいけれども、仕事を持ちながら学習するのは大変で、卒業までたどり着くのは簡単ではないが、達成できてもできなくても、いったん、仕事についた者が、なお、学ぼうと考えるだけでも「敬意を表したい」ようなところがある。だから、そのようなケースにおいては、「たいした大学でもない大学」を卒業した人でも、再度、別の大学学部に行こうという人は、その学ぼうという姿勢は高く評価されていいものだと思います。今は「たいしたことない大学」卒の人でも、再度、「大学」などの言って学ぶということはそう珍しくもなくなってきているようです・・・が、S田さんが大阪経大でた頃はそうではなかったはずで、いったん、大阪経大を出て勤めたけれども、牧師屋の方が良さそうだからとトーシンダイに行くという人というのは、その頃は「家が貧乏やった」人のすることではなく、金持ちのバカ息子のやること、いわば「斎藤茂太みたいな人間のすること」だったはずです。 〕

  大学を2つ行く人はあるけれども、それは一般には国立大学か早慶くらいの大学を出た人がやることで、大阪経大なんて出た人が大学を2つ行って、それで「家が貧乏やったから」などと言っても普通は通じないと思うのだが、しかし、それでも、うちの父親は私に言うのでした。「大阪経大に行った人の爪の垢を飲みなさい」と。
  どうも、私は世界中の人間の「爪の垢」というものを飲まないといけない運命に産まれてきたようです。 「わかっとんのか、おまえはあ。S田牧師さんは、おまえみたいに慶應みたいなカネのかかる大学には行かせてもろとれへんねんぞ。わかっとんのか、S田牧師さんは家が貧乏やったから、慶應大学には行かずに大阪経大に行かはってんぞ。わかっとんのか、おまえは! S田牧師さんの爪の垢を飲みなさい。飲まんか、おまえはあ!」と言うのでした。 「なんで、慶應が『カネのかかる大学』なんですかあ? 慶應は大学については、昔から『国立大学よりは高いけれども私立大学の中では安い方の大学』で早稲田大学と慶應大学では慶應大学の方が学費は安いし、なんで、慶應が『カネのかかる大学』なんですか?」と言ったのですが、「わからんのか、おまえは。わからんのか、チャンコロは!」と言うのでした。「S田さんの爪の垢を飲めと言うとるんじゃ、チャン小郎! このチャンコロめが、産まれなければよかったのに産まれおってからにこのチャンコロ! ロスケ!!! 沢田さんにお願いして爪の垢を分けてもろうて飲め、言うとるんじゃ、チャンコロっ! 大阪経大に行った人の爪の垢を飲め言うとるんじゃ、このチャンコロめがチャンコロろすけイタコ!!! わからんのか、ロスケ! このチャンコロ、浪商!!!」と言うのでした。「そういうことを言われるなら、もう、大学みたいなもん、行くのやめますわ。私は『高校には行くべきではない民族』というようにK田先生から決められた民族の人間らしいですから、行きませんわ。もともと、慶應みたいなもん、行きたいと思ったことは一度もありませんし。むしろ、行きたくないとずっと思っていた大学ですし。やめます。それでいいでしょ、それで」と言いましたが、それでも、うちの父親は気に入らないみたいで、「何、言うとるんじゃ、何をお!!! このチャンコロっ! 沢田さんの爪の垢を飲めえ! 大阪経大の人間の爪の垢を飲めえと言うとるんじゃ、大阪経大の人間の爪の垢を! 飲まんかチャンコロ、飲まんかチャンコロ、飲まんかチャンコロめがこのチャン故老!!!」と言うのでした。 よくわかりませんが、大阪経大という所に行った人というのは、よっぽどエライようでした。「大阪経大でた人の爪の垢を飲め言うとるんじゃ、このチャンコロはあ! 沢田さんに爪の垢を分けてもらってこいと言うとるんじゃ、チャンコロ!」と何度も何度も言われたものでした。

  さらにその後、日本キリスト教団M教会のS田牧師さんは、どこやらの私立大学を卒業して会社勤めをしたけれども、うまくいかないので牧師屋に転職しようという人を、トーシンダイ(東京神学大学)に行かせるための費用を教会の人で出してあげましょうなどと言いだし、「特別献金」を集めるなどということまでやった。 私が東大文学部なり京大文学部なりに行って、哲学科なり宗教学科なりに行って、そういう方面の研究者になりたいと言うと、うちの父親は「なんでも、カネ出す者に決める権利があるんや。どこの大学のどういう学部に行かすかは親に決める権利があるはずや」と言い、「そんなもん、せんでもええ」と言い、さらには「『宗教はアヘンであるとマルクスは言うておる』とM川先生がおっしゃってる。 とってちってたあ~あ!」などということまで言って、私からは望みを奪い、母は「文学だの哲学だのなんて、なんで、そんなものさせんといかんのや」と言って、私には行かせてもらえなかった、私には「親というものは、子供が大学に行く時に、行きたいと思う大学の行きたいと思う学部に行ってやりたい勉強をやってつきたい仕事につけるようにと思う気持から、無理矢理にでも勉強させようとするものなんや」と言い続けてきたくせに、実際に大学に行く時になると、「だ~れが文学部だの哲学科だの宗教学科だのになんて行かすもんか、誰があ!」と言って私には行かせないようにしたくせに、よその息子が、バカ大学を卒業して会社勤めをしたけれどもうまくいかないから牧師屋に転職すると言うと、S田牧師さんの求めに応じて「特別献金」払ったのだった。そして、うちの父親は言うのだった。「わしぁ、聖人やねん」と。
  愛知産業大学の通信課程の建築学科に来ていた人は、ひとりひとり、その事情をきいてまわったわけでもないけれども、一般に、その費用は自分で出していたと思いますし、多くの人は仕事を持ちながら学んでいたのです。大阪府の日本キリスト教団のM教会で、いったん、どこかの私立大学を卒業して会社づとめをしたけれども、うまくいかないので牧師屋に転職しようと考えた人は、それならそれで、どこかの神学部に働きながらでも行ける方法を自分自身で考えてみるべきであったはずです。教会に来ている人から「特別献金」もらって2つ目の大学に行ってやろうというのは、それは「ムシのいい話」と違いますか。 うちの親は、私が高校卒業して行く1つ目の大学でも、私には「何でもカネ出す者に決める権利があるのであって、大学は親がカネを出すのやから、どこの大学のどの学部に行くかは親に決める権利があるんや。自分が行きたいと思う大学の行きたいと思う学部に行くなどという甘ったれたことを言うのなら、新聞配達して行きなさい」と言ったにもかかわらず、よそのバカ息子で「しょーもない私立大学」出て会社に勤めたけれどもうまくいかないから牧師屋に転職したいからトーシンダイに行くなどというヤツになんて、なんで、その費用を出すのか・・と思ったのだが、「特別献金」と称して払ったようなのだ。そして、うちの父親は言うのだった。「わしは聖人やねん」と。 「『聖人』になりたい症候群」みたいな人が「教会に行ってる人」には時々いるように思うのだが、日本キリスト教団M教会の牧師屋のS田さんは、そのニーズに応えるべく、トーシンダイに行きたいというどこやらのバカ息子に「皆さんで特別献金してあげてください」と主張して、自分の息子になら絶対に出さないカネをよその息子にださせた、ということだったのかもしれない。「大阪経大卒の牧師」だけあって、経済学的な思考をした、教会に来ている人に多い「『聖人』になりたい症候群」の人のためにそのニーズに応えるように、私立バカ大学でて会社づとめしたけれどもうまくいかいから牧師屋に転職したいという男のために「特別献金」しておのれの息子には絶対に出さないカネを出させるという機会を設けた・・ということだったのか。S田さんは、案外、「商売上手」だったのかもしれませんね・・。
  M教会には子供の頃からクリスマスの時など行ったものだった。その頃の牧師のS村さんが牧師をやっているならば、また、行くことがあってもいいかと思ったが、私には出さないカネをよその息子には「特別献金」だと称して払ったようなそんな「教会」には私にはもう縁はない。 もとより、「あんたは産まれる時点で、天の神さまはあんたをチャンコロの民族、浪商の階級とお決めになってあんたは産まれてきた人間なんや」ということであり、私をそういう「民族」と「階級」に決めたような「天の神さま」の教会になど行く筋合いはない。
  『新約聖書』の「福音書」には、「子供たちのパンをとりあげて子犬にやるのはよろしくない」というイエスの言葉がある。私が親ならば、自分の子供には出さないようなカネをよその息子に出すというようなことは絶対にやってはいけないことだ、と考えるのだが、うちの親は私になら出さないカネを「特別献金」と称してよその息子にくれてやったようだ。「債権者に追われて大変だった。こういう経験をした人間は、どんなことだってできる」とか「家が貧乏やったから慶應みたいな大学には行かせてもらえないから大阪経大に行ったんや」という「牧師説教」を何度もやり、「祈りましょう」「アーメン」と言っていたS田牧師さんは、私の親に自分の息子になら出さないカネを「特別献金」と称してよその息子に出させた。私にとってはそんな「教会」も「牧師」も何の用もない。


【4】 さらに。父の勤め先にいた、父の部下になる人で、大阪の住人なのに、息子を東京の大東文化大なんてのに行かせた人がいたらしいのだ。 これもまた、私は「爪の垢」を飲まないといけない運命らしいのだ。「世の中にはなあ、カス親! もおれば、ダメ父! もおるのに対して、このわしは、『特別にエライお父さん』なんや。わかっとったか?」とうちの父親は言うのだったが、「そうなんですかあ?」と言うと、「知らんかったのか、おまえは。それならば、これからは認識をきっちりと持つようにした方がよろしい。このわしは『普通のお父さん』とは違うねん。このわしは『スーパーマンのお父さん』やねん。わかったかあ」と言うのだった。「はあ、スーパーマンなんですか」と言うと、「そうじゃ、スーパーマンなんじゃ」と言うのでした。「スーパーマンてことは、空、飛ぶのですか?」と言うと、「何、言うとるんじゃ、何をお、このチャンコロっ! そんなもん、飛ぶわけないやろうが、チャンコロっ!」と言うのでした。「しかし、スーパーマンて、空を飛ぶのと違うのですか?」と言ったのですが、「飛ぶか、そんなもん! 何言うとるんじゃ、何をお!!! んが、んが、んがあ!!!」と言うのでした。 「空は飛ばないけれども、スーパーマンなんですか」と言うと、うちの父親は「そうじゃ。スーパーマンなんじゃ、このわしはあ」と言うのでした。
  おそらく、父の親友の医者屋のM川が「お父さんは、スーパーマンですから」とか「お父さんなんかは、普通のお父さんやのうて、特別にえらいお父さんで、いわば、スーパーマンのお父さんじゃから」とか言っておだてたのでしょう。私なら、まあ、ほめられるのとけなされるのとなら、そりぁまあ、どちらかといえば、ほめられた方がうれしいとか、そのくらいならあるかもしれないけれども、「お父さんは、スーパーマンですから」だの「お父さんなんかは、普通のお父さんやのうて、特別にえらいお父さんで、いわば、スーパーマンのお父さんじゃから」だのなんて、別に言っていらんし、言われたくもないし、むしろ、そんなことを言う人間がいたなら、何が言いたいのかな? と、むしろ、いぶかしく思うでしょう・・・が、うちの父親というのは、「お父さんは、スーパーマンですから」だの「お父さんなんかは、普通のお父さんやのうて、特別にえらいお父さんで、いわば、スーパーマンのお父さんじゃから」とか言われておだてられると、「そうか、わしはスーパーマンやったんかあ」と思うらしかった。「空、飛ばないのにスーパーマンなんてわけないよなあ」とも思わないらしかった。
  それで、うちの父親の会社にいた、息子を大東文化大学に行かせたらしいおっさんの話については、すでに、前回に述べたので、それと同じである。

  もう一度、同じものを別の文章で書くまでもないので、そのまま、前回[第502回]《1980年前後、司法試験に早期に合格する方法、及、近所迷惑なおばさんの話。なぜ「弁護士は役に立たない」かの理由1―「父の日」(3)》https://tetsukenrumba.at.webry.info/202006/article_3.html  のその部分を「コピー アンド ペースト」で貼り付けると、
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   私は、慶應大学商学部に在学していた時、父親から何度も言われたものです。「うちの会社のなあ、☆☆さんの息子さんは、おまえとは違って大東文化大学やぞお~お。 慶應大学みたいなもん、行かせてもろとれへんねんぞお~お。 大東文化大学に行った人の爪の垢を煎じて飲みなさい!」・・と。なんか、私は世界中の人間の爪の垢を飲まされなければならないみたいです(爪の垢なんて、そんなもの飲んで健康にいいとは思えないのですけれどもねえ・・・)。 私は言ったのです。「・・なんで・・、大東文化大学なんて、そんなもの、行った人がえらいんですか?」と。 父は言うのでした。「わからんかあ? おまえはそんなこともわからんのか、このチャンコロ!!!」と。 私は言いました。「はあ、ぼく、頭悪いからなんか、ようわかりませんねんけども。 なんで、大東文科大なんて行った人がえらいんですか?」と。 父は言うのでした。「わからんのか、おまえはこのチャンコロ、ロスケ!!!」と。「☆☆さんの息子さんはなあ、大東文化大学なんじゃ、大東文科大学。わかっとんのか、チャンコロ。慶應みたいなカネのかかる大学には行かせてもろとらんのじゃ、反省しろ、ロスケ!!! ☆☆さんの息子さんは慶應みたいなカネのかかる大学には行かせてもらえんから、そやから大東文科大学なんじゃ、わかったか、このロスケ! このチャンコロ! 浪商!!!」と。 それで、私は言いました。「大東文化大学て安いんですか? 慶應は昔から『国立大学よりは高いけれども私立大学の中では安い方』の大学ですが、大東文化大学て安いんですか?」と。 父は言うのでした。「わからんのか、このチャンコロはあ!!! そやからやなあ、慶應みたいなカネのかかる大学には行かせてもろとらんから大東文科大学なんじゃ、大東文科大学!!! わかっとんのか。大東文科大学に行った人の爪の垢を飲みなさい、チャンコロ!!!」と。「ですから、大東文科大学て安いんですか? 普通に考えて、慶應は昔からある大学ですから、今さら大学の敷地を買わなくても昔からのものがありますし、建物もすでにありますし、それに、慶應は財テクがうまいという話があって、いい証券類を持っているとかいう話もありますし、『OBが寄付をしてくれる大学』と言われていて、それだけに、新設の私立大学よりも運営はしやすいようで、『慶應大学講師』なら箔付けになるからタダでもやりたいとかいう人がいるとか新聞に出ていたのを見ましたが、無名の私立大学より教員も集めやすいでしょうし、学費は『国立大学よりは高いけれども私立大学の中では安い方の大学』で早稲田大より安いし、たいていの私立大学よりも安いはずで、大東文化大学というのが高いのか安いのか私は知りませんが、一般に考えて、慶應の方が安そうに思うのですが、大東文科大学というのは慶應よりも安いのですか?」と言うと、父は「何を言うとんのじゃ、このチャンコロはあ、このチャンコロめがよくも産まれおってからに、このチャンコロ!!! 大東文科大に行った人の爪の垢を煎じて飲めと言うとるんじゃ、このチャンコロ! ロスケ! イタコ! 浪商!!!」と言うのでした。
〔 なお、「慶應は、いい証券類を持っているのではないか」という話は慶應大在学中にある助教授から聞いた話だったのですが、大学のイメージとして、なんとなく、「財テク」とか好きそうな感じしますでしょ。 そう思っていると、10年ほど前だったか、日経新聞の1面に、慶應義塾が財テクに失敗して大損だした・・なんて出ていたので、その財テク、指導した経済学部か商学部の先生て、何を指導しとんねん、なんや、あんまりあてにならん経済学やなあ・・なんて思ってものでした・・(笑) 〕
  今はその頃とは奨学金の制度が変わったかもしれませんが、その頃、本当に貧乏な家庭の息子ならば、日本育英会奨学金を受給するようにすれば、日本育英会奨学金から「学費分」を出してもらえたはずで、慶應の場合は、慶應義塾奨学金というものがあって、日本育英会奨学金を受給した人の場合は自動的に慶應義塾奨学金を受給できて、慶應義塾奨学金として「生活費」を出してもらえたはずなのです。 あまり裕福な方ではないが日本育英会奨学金を受給できる水準よりは親の年収が多いという人の場合は、私立大学よりは学費が安い国立大学・公立大学に行くか〔といっても、国立大学・公立大学というのはタダであるわけではなく、国立大学・公立大学でもその大学に行く人は学費は払うのであり、私立大学はすべてその大学に行く人間がカネを出しているのではなく「私学助成金」というものが国から出ており、あくまで、程度の差であって、国立大学は税金で行かせてもらう大学で私立大学は個人でカネを出す大学という理解は間違いですが〕、大学生の時から公務員の扱いで給料がもらえる防衛大学校・防衛医科大学校などの「大学校」、卒業後にへき地の診療所に何年か勤務するという条件で学費はタダで全寮制で寮費もタダという自治医大とか、そういう大学に行くという選択肢がありますが、そういった大学・大学校に比べると慶應大の方が学費は高いでしょうけれども、多くの私立大学との比較では、慶應は学費は安い方の大学であったはずなのです。実際、国立大学は何学部でも学費は一緒だったので国立の大学の医学部を受けたけれども、私立大学は学部によって学費は異なり、私立大学の医学部に行く学費は出してもらえないので、理系学部と同じような科目で入学試験を受けることができて、学費は私立大学の中では安い方で医学部や理工学部よりも学費がやすい慶應大学の経済学部に入ったという人もいましたし、早稲田大と慶應大と両方通ったけれども、慶應大の方が学費は安いので慶應大の方に入学した、という人もありました。 できれば国立大学に行きたかったけれども行けなかったので(受けて落ちたケースもあれば、試験科目が多い国立大学には合格できる見通しはなかったというケースもあります)、私立大学の中では比較的学費が安い慶應大学の経済学部・商学部・法学部・文学部に入学したという人もいました。なんで、大東文科大に行った人の爪の垢を飲まされなければならないのか? ぼく、頭悪いからなのか、さっぱりわからんのでしたが、「ええかげんにせんか、このチャンコロめがチャンコロ!!! 大東文科大に行った人の爪の垢を飲めえと言うとるんじゃ、このチャンコロ! 浪商!!! 謝らんかあ、おまえはあ!」とおっさんは言うので、それ以上、何を言っても、ともかく、爪の垢を飲まなきゃしかたがないらしいので、「どうも、すいません。大東文化大学に行かなくて申し訳ございませんでした」と言いましたところ、「反省せえよお。心の底から反省して、大東文化大学に行った人の爪の垢を飲みなさい!!」と言うのでしたが、今もって、なんで、大東文化大なんて行った人がエライのかさっぱりわかりません。
  推測しますと、おそらく、こういうことだと思います。うちの父親は私が高校生の時は、こう言っていたのです。「そんなもん、国立大学か慶應・早稲田くらいに行く人間なら、大学に行っていいし行くべきやけれども、しょーもないわけのわからん私立のアッポン大学なんて行くようなヤツなんて、大学行くことあらへん。そんなやつ、自衛隊に入れたるべきや、自衛隊に! 甘ったれとってはいかん、甘ったれとっては! 自衛隊に入れるべきや、自衛隊に!!!」と。 又、「東大にでも行くのなら、もしくは、せめて、慶應か早稲田にでも行くのなら大阪の人間が東京で下宿してでも行くべきやし、東大に行くのなら東京で下宿でもするべきで、下宿は嫌やあなんて言うて甘ったれとってはいかんけれども、わけのわからん私立大学、明治やたら法政やたら専修やたらポン大やたら何たらに行くのに大阪の人間が東京で下宿してまで大学に行く必要なんてあらへん。アホ大学は関西にもあるんや。東大にでも行くのなら、もしくは慶應か早稲田に行くのなら東京で下宿してでも行くべきやけれども、私立のアホ大学に行くようなもんは、たとえ、大学に行くにしても家から通える大阪の大学に行けばいいことで、アホ大学に行くようなヤツが甘ったれて東京で下宿するなんて、そんな非常識なことあらへん」・・と、そう言っていたのでした。ところが・・・。父の勤め先で父よりもずっと役職は下の人で給料もおそらく安かったであろうと思われる人で、大阪の住人なのにドバカ息子を東京の大東文科大に下宿して行かす人とかが出てきたのでしょう。いますよ、そういう人。そうすると、うちの父親は言うことが変わるのです。「大東文科大に行った人の爪の垢を飲みなさい!」と。そして、「親というものは、自分の息子のことをよその息子よりもええようにええように思うもんやから」と言うのでした。いったい、どこが「ええようにええように」思とんねん、どこが!?! 「心理学者」で「親というものは、自分の息子のことをいいようにいいように思うものですから」という「学説」を主張する人がいるのですが、そういう親もいるかもしれませんが、うちの親は父親も母親もちっともそんなことありませんでしたからね。その「学説」は正しくないですね。
〔 他にも、「子供の頃、『いい子』で育ったり、小学生の頃からよくできて子供の頃からエリートだった人間は、成人した頃から問題を起こす人間になる」などという「学説」を主張する「心理学者」もいましたが、その「学説」が正しいのなら、子供の頃から不良か非行かしなければならないみたいですね。 私は、子供の頃、何か欲しいものがあってよその子は買ってもらえないと道に寝転がって「ギャアア~ア」と叫んだりしていても、うちの母親が「みっともないねえ、あんな子は」と言い、たとえ、よその子が買ってもらえるものを買ってもらえないとかいうことがあっても、そんな態度は取るべきではないと教えられてそうしてきたつもりでしたが、そうすると、「心理学者」は「子供の頃からそういう優等生として育ってきた人間というのは大人になってから問題が出てくる」とかいう「学説」を主張するようですが、おかしいと思いますよ。それなら、私も子供の頃から道に寝転がって「ギャアア~ア」とやってやるべきだったということになりますそれなら、子供の頃にそう言ってくれればよかったのに。そう思いませんか? 「心理学者」というのは言うことが無茶苦茶です。要するに、「心理学者」というのは「勝手なことばっかり言ってるだけ」でしょう。 特に「慶應心理学」というのは内部進学の人のいびつな世界観を「心理学用語」でねったらもったらねったらくったら言っているだけでしょう。 私は高校生くらいの頃、心理学というものに魅力を感じていたのですが、「心理学」というものの実態を見るにつけて、「心理学」というものは人間にとって害があるものだと思うようになりました。「タテ社会の中根千枝」とか「モラトリアム人間の小此木啓吾」(「揺り籠から墓場まで慶應的精神空間から外に出れないシンドロームの小此木啓吾」「おのれのこと棚に上げて人にレッテル貼りまくる男、レッテル製造・ひとにレッテル貼りつけるの大好き人間症候群の小此木啓吾」「”おまえはそんなにえらいのか”症候群の小此木啓吾」)とか「土居健郎に見られる甘えの構造」とか・・、「作家で精神科医」の なだ いなだ が「『作家で精神科医』なんてのにろくなのいませんよ」と『不眠症諸君!』で書いていたと思ったのだが、今、同書を読み返しても見つからないので、他の本で書いていたのだと思うが、実際、ろくなのいないでしょ・・・。〕
  で、「なんで、大東文科大なんて大阪の人間が東京で下宿して行ったらエライんですか?」と尋ねると、「わからんのか、おまえはそんなことも、このチャンコロ、ロスケ、イタコ、プエルトリコ、浪商!!!」と言うのでしたが、「おまえはなあ、おまえは慶應に行ったと思うておるかもしれんけれども、たとえ、慶應に行ってもおまえは拓殖やねんぞ、慶應に行ってもおまえは亜細亜大じゃ、この亜細亜大があ!! 亜細亜大のくせに大学に行くなちゅうとんじゃ、この亜細亜大!!! おまえはなあ、おまえは北野高校に行ったと思うておるかもしれんけれども、たとえ、北野高校に行ってもお~ま~え~はあ~あ、おまえは、浪商じゃ、この浪商めがよくも産まれやがってからに、この浪商!!! 浪商は高校行かんでええんじゃ、この浪商!!! 高校行くな、ちゅうとるんじゃ、この浪商!!!」と言うのでした。
   推測しますと、父親の勤め先で父親よりずっと下の役職で、おそらく、給料もうちの父親よりも安かったのではないのかと思われる人で、ドバカ息子を東京の大東文化大なんてのに下宿して行かせた人があって、その人としては、「東大にでも行くのならともかく、東大でなくても慶應か早稲田にでも行くのなら東京で下宿してでも大学に行ったらええけれども、私立のバカ大学になんて行くような人間を下宿してまで大学に行かすことあらへん。バカ大学は大阪にもあるんやから、バカ大学にしか行けんようなヤツなんて、たとえ、大学に行くにしても家から通える大阪の大学に行けばええことや」と言われるだろう・・・と先に推測しているのです。それで、言われる前に「うちなんか、貧乏で給料安いもんでっさかいに、慶應みたいなお金のかかる大学なんて行かせられまへんねん。そやから大東文化大しか行かされしませんねん」とか言いよったのではないか、と思う。おそらく、そんなところだろう。そのおっさんは、慶應大と大東文化大とどっちが学費が高いか安いかなんて調べて言っていないはずだ。そもそも、慶應大と早稲田大と両方通ったけれども慶應大の方が学費が安いから慶應にしたという人は時々いるけれども、慶應大と大東文化大と両方受ける人というのが、そもそも、あまりないのだけれども、慶應大ではなく大東文科大に息子が行ったというのは、それはどっちが学費が高いか安いかの問題とは違うはずだ。「よく言うわ♪」「バカ言ってんじゃないわ♪」と私は思うし、普通は思うと思うのだが、ところがどっこい、うちの父親はそうは考えないようだったのだ。「大東文科大に行った人の爪の垢を飲みなさい!」ということになるようだったのだ。そのおっさんも迷惑なおっさんである。
   だいたい、そのおっさんは「うちらは貧乏でっさかいに、慶應みたいなお金のかかる大学には行かされしませんね~ん。そやから、大東文科大に行きまして~ん」などと言いよるようだったのだが、「よく言うわ♪」「バカ言ってんじゃないわ♪」と思うが、「慶應みたいなお金のかかる大学」という話はいったいどこから出てきたのか? 昔から慶應は「国立大学よりは高いが私立大学の中では安い方」の大学だったし「早稲田と慶應なら早稲田大学の方が慶應大学よりも高い」というのも昔からである。 慶應大学の教授先生が講義の中で言われた話によると、東大の学生の親の平均年収と早稲田大の学生の親の平均年収は同じくらいだけれども、慶應大の学生の親の平均年収は東大・早稲田大の学生の親の平均年収よりも高いらしかった。しかし、それは平均のことであって、たしかに、内部進学の人なんてのは金持ちの息子・娘が多そうだったが、大学については慶應は「国立大学よりは高いけれども私立大学の中では安い方」であり、日本育英会奨学金を受給して慶應義塾奨学金も需給して慶應大学に行っていた人もいたわけだし、日吉に月1万2千円で朝夕1食付きで風呂は週に2回付の寮もあって、そういう所に住んでいた人もいたし、本当に貧乏なら、そういう所に入って行くこともできたはずだ。(月1万2千円で朝夕の食事付で風呂が週に2回付というのは、これは大学が運営しているから成り立つもので、利益なんてあがるわけないもので、これは条件として大変ありがたい話なのだが、但し、相部屋らしいので、気が合う相手ならまだいいが、そうでない場合もあるだろうし、たとえ、比較的気が合う相手でも、《女と一緒に住むのならともかく、男と一緒に住んでいると「なんで、俺、こいつと一緒に暮らさなきゃならんのだ。おまえの顔なんて見たかねえや」と思うようになる》という説があるというのか、アパートを友達と一緒借りて住んだという者で実際にそう言った人間がいたのだ。今は、その日吉の寮がどうなっているか、私は知らない。) なんで、慶應が「お金のかかる大学」なのか、さっぱりわからん。 地元の国立大学に行くか慶應大に行くか迷って、国立大学の方が学費が安いから国立大学にしたということならわかるが、大東文化大学にバカ息子を行かせた人間が、なんで、「慶應みたいなお金のかかる大学」なんて言うのか、さっぱりわからん。 慶應は「ブルジョワの大学」みたいなイメージがあるかもしれないが、学費については早稲田大よりも安いし、私立大学の中では安い方であったはずだったのだ。「なんで、慶應がお金のかかる大学ですの?」と言っても、「わからんのか、おまえはあ! 大東文科大に行った人の爪の垢を飲みなさい」と言ってきかないのだった。
  聞くところによると、慶應は大学については「国立大学よりは高いけれども私立大学の中では安い方」の学校だけれども、小学校・中学校・高校については私立の学校の中でも高い方だというのだ。これは聞いた話であり、自分が行くことを考えたことはまったくないので、それほどよく知らないが、そういう話がある。なぜ、そうなっているのかというと、何代か前の塾長が「日本の学校を見ると、小学校の場合は、学校の数で見ても生徒の数で見ても、国公立の学校と私立の学校では公立の学校の割合が圧倒的に多いのに対して、大学はその逆で、私立の学校の割合の方が圧倒的に多い。だから、小学校の場合は、私立の小学校が学費を高く設定しても、金持ちでない人の子供は公立の学校に行けばいいのだから、私立の小学校が学費を高く設定したとしても、それで『学ぶ権利』を奪うことにはならないが、大学の場合は私立の大学の割合が大きいので、大学は私立の大学といえども、あまり高く学費を設定したのでは『学ぶ権利』を奪うことになるから、大学は私立大学といえども、あまり高く学費を設定するべきではない」とどこかで述べていたのを見たことがあるが、そういうことも少しはあるのかもしれませんが、実際は、そんなことよりも、慶應の場合は、大学については、あまり学費を高く設定してしまって「金持ちの息子・娘の行くバカ大学」になってしまっては困るので、それで大学については「合格最低点を上回る点数さえ取れれば誰でも行ける大学」にして、逆に小学校から高校までは、誰でもは行けないように高めの学費に設定した、ということでしょう。たぶん、そういうことだと思いますよ。だから、慶應は小学校から高校までは、「私立の学校の中でも高い方」のようで、それに対して、大学については「国立大学よりは高いけれども私立の大学の中では安い方」の学費に意図的に設定されているのだと思います。 それを、バカ息子を大東文科大なんてものに大阪の住人で会社の役職も高くなくて給料だってそんなに高いわけでもないのに下宿してまで行かせたようなおっさんが、小学校から高校までの慶應のイメージをもとに「うちは貧乏でっさかいに慶應なんてカネのかかる大学には行かせられませんねん。そやから、大東文科大ですねん」とか、よくもまあ、勝手なことをぬけぬけと言うもんだ、その舌、引っこ抜いたろか!!! と思うような文句をいけしゃあしゃあと言いよった・・・と、そんなところのようだ。 ところが、私が私の親だったなら、「また、しょーもないこと言うやつが出てきたか」とでも思ってそれでおしまいであるところが、うちの父親はそうはいかずに、「大東文科大に行った人の爪の垢を飲みなさいんか!」ということになるようだった。どうも、私は世界中の人間の爪の垢を飲まなきゃならない運命に産まれてきたようだ。
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・・・と、自分のドバカ息子を、大阪の人間なのに、東京圏の「しょーもない私大」に行かせたものだから、それについて「東大かそうでなくても、慶應か早稲田かとかいうのならともかく、大東文化大やなんてそんな大学に、たいして給料高いわけでもないのに息子を行かせてからにい」と人から言われそうだと思うと、機先を制して「うちらは貧乏でっさかいに、慶應みたいなカネのかかる大学には行かせられまへんねん。そやから大東文科大ですねん」とか言うという、そういう「しょーもないおっさん」というのは、けっこういるものだ。 おのれのドバカ息子を特に金持ちでもないのに大阪の人間が東京の大東文化大なんてものに下宿してまで行かすようなそういうおっさんの言うヨタ話なんて、「ほっとけ」と思うのだが、そうできないおっさんというのは、困ったもんだと思う。 「爪の垢」なんて飲んでも健康にいいものではないと思うのだがなあ。 「飲尿健康法」なんてわけわからんことを言い出したおっさんが過去にいたようだが、「爪の垢」を飲めというのもその類かもしれん・・・。


【5】  そして、さらに・・・。 同じ中学校から同じ北野高校に行って、大阪大学法学部に現役で行って、大阪大学法学部に5年在籍して5年目に司法試験に合格して弁護士になったK村哲二という男がいて、この男の「爪の垢」も飲まないといけないらしかった。 この男の話もまた、前回に述べたので、それもまた、前回の[第502回]《1980年前後、司法試験に早期に合格する方法、及、近所迷惑なおばさんの話。なぜ「弁護士は役に立たない」かの理由1―「父の日」(3)》https://tetsukenrumba.at.webry.info/202006/article_3.html の文章より「コピー アンド ペースト」で貼り付けることにする。
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  種々様々な妨害を受けて、結局、2年遅れで、日本で一番嫌いな大学で小学生の頃からそこだけは行かされたくないと思ってきた学部である、慶應大の商学部に行かされてしまったのですが、夏休みに帰ってくると、うちの父親が「あんた、明日から、うちの会社の工場にアルバイトに行くことに、決めてきたっ!」と言い出したので、びっくりした・・ということがありました。うちの父親は言うのでした。「働くのを嫌がる人間は、モラトリアム人間病という病気です。慶應大学の小此木啓吾先生というエライえらいエライえらい先生がそうおっしゃってる」と。それで、無理矢理、工場労働者のアルバイトに行かされました。
  家庭教師のアルバイトに1回2時間のものに週2回やったとしても、そのくらいならこたえませんが、私は結果として2浪もしてしまいましたが、「朝日新聞」の「声」欄に、2浪すると、得るものと失うものがあるが、得るものとして「英語力がつく」と書いていた人がありました。これは、2浪すると、入学試験で英語の得点が上昇するという意味ではありません。浪人してかえって成績が下がることもありますし、2浪したからといって入試で取れる点数が特別上がるとは限りません。2浪しても得点はそれほど上がらなかったとすると、なんで、2浪もしたのにそれほど成績が上がらないのだろうか・・とか思うこともありますが、英語の場合は、もしも、得点が横ばいであったとしても、何の努力もしていなければ英語のような「覚える科目」は記憶したものを忘れて横ばいではなく点数は下がるはずですから、逆に、たとえ、点数はそれほど上がらなかったとしても、英語のような科目の場合、たとえ、横ばいであったとしても、それほど上昇しなくても、それだけ、頭に定着しているということになります。ですから、高校卒業時においても、どこでもいいというわけにはいかないとしても、どこか、行ける所はあったけれども、浪人ですまずに2浪までしたという場合は、英語力はたとえ点数は横ばいであっても、それほど上昇しなくても、それだけ頭に定着しているはずなので、それを「2浪して得るもの」として「英語力がつく」と言うのだと思います。私は、自分自身が2浪してしまいましたが、そのおかげでそれを実感しました。だから、大学に入ったら、夏休みには、その英語力を利用して英語検定の試験を受けるべく学習するとかすれば、英語検定1級に大学在学中に通る可能性は十分あったでしょう。
  就職においても、英語検定1級を取得していると有利だと言われます。もしも、司法試験を受けようという場合、あるいは国家公務員試験・地方公務員試験を受けようという場合は、大学の講義に出ているかどうかよりも、国家公務員試験・地方公務員試験の出題内容についての学習をやる必要があります。又、新聞社は、朝日新聞社・毎日新聞社など、まず、学科試験が実施されて、学科試験の合格者に面接をおこなうというものでしたから、学科試験に合格できるようにしておかないといけません。又、「慶應の経済」とか「慶應の文学部」とかに1浪で行ったような人間なんてのは、数学1・2Bと英語という「慶應の経済」「慶應の文学部」の試験科目しか学習していませんが、私はそういう人とは違って中学校・高校のすべての科目を学習してきた人間ですから、国家公務員・地方公務員の試験に出題されるような内容ともそれらは相関関係がありますし、国家資格でも、行政書士試験などは、旧帝大系国立大学の大学入試の出題内容とかなり相関関係がありました。(今もそうかどうかは知りませんよ。)ですから、せっかく、「慶應の経済」「慶應の文学部」に1浪で行ったようなやつなんかとは違う学力があるのですから、それを活かして国家資格を在学中に取得しておくとか、そういったことも考えられました。
  私は父親に言ったのです。「夏休みというのは、学校は休みでも勉強は休みとは違うのです」と。ところが、うちの父親はそういうものを絶対に理解しないのです。「甘ったれとってはいかんぞ、チャンコロ! 甘ったれとってはいかんぞ、チャンコロ! 大学は勉強する所とは違うねんぞ、大学は!」と言うのです。「大学は勉強する所とは違う」のなら何をする所なのかというと、「大学は勉強する所とは違うねんぞ。大学はアルバイトする所なんじゃ、アルバイト、あるばいと、アルバイト、あるばいとお! 甘ったれとってはいかんぞチャンコロ! アルバイトを嫌がる人間はモラトリアム人間病という病気にかかっている人間です。慶應大学の小此木啓吾先生というエライえらいエライえらいエライえら~い先生がそうおっしゃってる。アルバイトあるばいとアルバイトあるばいとぉじゃあ! うちの会社の工場に来てる大学生も、うちの工場に来てアルバイトしとる。ぴ~ん大(桃山学院大学⇒ピンク大学⇒ぴん大⇒ぴ~ん大)のヤツとか、き~ん大(近畿大学)のヤツとか、大阪経大のヤツとか、うちの工場にアルバイトに来とる。おまえも、ぴ~ん大のヤツとか、き~ん大のヤツとか、大阪経大のヤツとかなんかと一緒にせえ! 甘ったれとってはいかんぞ、甘ったれとってはチャンコロ!」と言うのでした。そして、その「ぴ~ん大のヤツとか、き~ん大のヤツとか、大阪経大のヤツとか」と同じ扱いにされたのでした。
  2か月弱働いて、最後、父の部下だった工場長のMさんが「あんた、よう我慢したなあ」と言うのでした。「普通、北野高校を卒業して慶應大学なんか行ってるような人間に、こんな仕事させたら、嫌がってやめてしまうもんやけど、あんた、よう最後までやったなあ」と言うのでしたが、無理矢理行かされたのであって、私が「よく我慢した」とかそういう問題ではなかったのですが、Mさんはそう思ったようです。今、振り返ってみると、ずいぶん、いろいろな所にアルバイトに行ったものですが、行った先、行った先で、「なんで、慶應の学生がこんな所にアルバイトに来るのお」「なんで、北野高校の卒業生がこんなアルバイトなんてやるのお」と言われました。うちの父親は「大学生、みな、アルバイトやっとる。甘ったれとってはいかんぞ、おまえは。うちの会社に来とる、ぴん大のやつとか、近大のやつとか、大阪経大のやつとか、みんな、うちの工場でアルバイトやっとる!」と言うのでした。夏目漱石『門』では、登場人物の学生が、なんで、自分だけ、こんなことして働かなければならないんだ・・と嘆く場面がありますが、私も同じ気持ちでした。
  我が家の近所にいて私と同じ中学校から同じ北野高校に行って、大阪大学法学部に現役で通り、阪大の法学部に5年在籍して5年目に司法試験に合格して弁護士になったK村と、阪急宝塚線の石橋駅(2019年10月から「石橋 阪大前」駅になったらしい。石橋に阪大の豊中地区(待兼山芋畑)がありますが、石橋は阪大ができて石橋ができた街でもないので、「石橋阪大前」という駅名には少々違和感があります)で会ったことがありました。 彼が私に「どこ、行ってきたん?」と聞くので、それで、正直に「うちの父親の勤め先の化粧品を作っている工場でアルバイトをしてきた」と答えたところ、K村は「へえ~え。そんなもん、あんのお」と馬鹿にしたように言ったものでした。彼がどこに行ってきたかきくので、それで、彼にも同じことを言ったところ、「阪大の図書館に行って、法律の本を読んできた」と彼はそう言ったのでした。同じ大学生でも、それだけ、生活が違ったのです。
  その時は、「なにくそお」と思い、そのくらいのハンデがあっても、それを上回る努力をして、私が冷房の効かない暑い工場で肉体労働やって乳液を作っていた時に、冷房の効いた図書館で椅子に座って法律の本を読んでいた男になんか、負けるかあ・・・と思ったものでした。その時、我が家に来ていた義兄が、「なんか、二宮尊徳みたいだねえ」と、駅でも電車中でも休憩時間でも学習している私を見て言いました。しかし、「野球にたとえるならば」、広沢を巨人に取られても「なにくそお」、ハウエルも巨人に取られても「なにくそお」と思って、工夫して努力して、憎き巨人をコテンパンにやっつけてやる! というのは、可能性としてありえます。1995年のヤクルトスワローズがそうだったのです。「くったばれ、読売♪ くったばれ、読売♪」てものです。広沢・ハウエルを巨人に奪われたヤクルトは、奪った側の巨人をコテンパンにやっつけて優勝! そして、野村は「長嶋のおかげで優勝できた♪ 長嶋さまさまや♪ 長嶋はほんまにええやっちゃ。長嶋が巨人の監督やってる限り、巨人は大丈夫や♪ わしぁ長嶋大好きや♪」と言いまくったのでした(^^♪〔⇒《YouTube-松山で流れるくたばれ読売(東京音頭)ヤクルトラッキー7 20190416》https://www.youtube.com/watch?v=8qAPp3RbB7s 〕
   しかし、程度の問題というものがあります。 飛車角落ちで勝負させられても、工夫と努力でなんとかできる可能性はあります。 飛車角桂馬香車落ちくらいなら、それでもなんとか努力して工夫して勝負できるかもしれません。しかし、「王さん1枚でやれ」というのでは、これでは、どうもできません。 いわば、我が家は「王さん1枚でやれ」と言われていたようなものでした。王さん1枚では勝てない・・・。
   父親が「あんた、アルバイトに行くことを決めてきたっ」と言って決めてくるのはこの時だけではありません。母が、市が運営している趣味のサークルに行って知り合った人で、娘が北野高校から阪大の薬学部に行き、息子は箕面高校だったかから関学だったか関大だったかに行ったという某さんが、「お宅の息子さんはアルバイトを決めてこられたら嫌がるんですか。うちの息子なら喜びますけどねえ」などとのたまったそうですが、それは、「アルバイトの口があるけれども、行きたいなら紹介できるけれども」と言われた場合のことでしょう。「あんた、明日から、アルバイトに行くと決めてきたっ!」と決められて喜ぶ人間なんていません。 そのおばさんも、よくもよその息子のことに気軽にえらそうにそういう口をきくものだと思いました。(もう、その人も亡くなったようですけれどもね。)私はうちの父親に言ったのです。「年に、いくらの金額を働いて用意してほしいのか、それを言ってもらえませんか」と。 それを言ってもらえれば、一番、学業に支障が出にくい所でアルバイトをやるとか、もしくは、その時に住んでいた所よりもいくらか安いアパートに引越して差額分を稼ぐとか、できたはずなのです。ところが、うちの父親は私が「年に、いくらの金額を働いて用意してほしいのか、それを言ってもらえませんか」と言っても、「わしは、あんたに働いていくら稼いでくれなんて言うような人間とは違うねん。わしは神さまで、わしは、あんたにアルバイトしていくら稼いでこいなんて、一切、言わん人間やねん」と言うのでした。それでいて、相変わらず、「あんた、明日からうちの工場にアルバイトに行くことに決めてきたっ!」と突然決めてくるのでした。自分の生活の中で一番ダメージを受けにくい所でアルバイトをして稼ぐのと違って、突然、「決めてきたっ!」とアルバイトの予定を入れられるというのでは、それをされると、たとえ、同じ時間、アルバイトをするにしても、一番、ダメージを受けるのです。
  「ぴ~ん大のやつとか、き~ん大のやつとか、うちの工場にアルバイトに来とる。おまえも、ぴ~ん大のやつとか、き~ん大のやつと同じようにせえ!」と言うのですが、その「ぴ~ん大のやつ」とか「き~ん大のやつ」とかいうのは、私みたいに大学に入るまでに英語の力を苦労して貯えてきた人間ではないはずですから、その工場で夏休みも春休みも働きづめにしても、それで、英語力が落ちてしまうなんてことはないはずです。もとからないのですから。 私なら、司法試験でも国家公務員試験でも努力して学習すれば合格できたかもしれない可能性はありますが、その「ぴ~ん大のやつ」とか「き~ん大のやつ」とかいうのは、そんなもの、通る可能性なんて最初からないじゃないですか。 それを「おんなじようにせえ! チャンコロ」と言うのでした。又、夏休みといえども、大学の講義はなくても、「夏休みの課題」として、けっこう時間も労力もかかる研究をしてレポート提出を求められていた科目もあったのですが、それを言っても、「嘘や。嘘に決まってる。大学みたいなもん、勉強するもんなんか、何もないはずや」と父は言ってきかないのです。
  「大学は勉強する所とは違うねんぞ、大学は。大学はアルバイトする所やねんぞ、考え違いを起こすなよ、チャンコロ。勉強すんなチャンコロ、勉強すんなチャンコロ、勉強すんな言うとるんじゃチャンコロ!」と言うのでした。「わしが週に1回ある遅くまである会議の日と、あんたの授業時間と比べてみ。あんた、ものごっつい暇!」とか言うのでしたが、会社員というのは、勤務時間に働くものですが、大学生は講義にだけ出ておればいいというものではなく、講義の時間を合わせれば、父の仕事で一番勤務時間が長い日よりも短いといっても、大学生は予習も復習も必要で、課題を作成して提出しないといけないものもあるのですが、又、大学の課題としては必要なくても、在学中に英語検定1級に合格しようとか司法試験や公認会計士試験に合格しようとか、国家公務員試験・地方公務員試験に合格しようといったことを考えるならば、それらの学習には夏休みも春休みも関係ないのです。慶應の商学部ならば、2年から3年に進級する時にゼミの試験を受けることになりますが、その場合、英語の試験を課されるゼミもあり、教養課程において、経済学や経営学・商業学などの古典をどういうものを読んだかと問われることもあります。ところが、うちの父親は「そんなん、嘘に決まってる」と言ってきかないのです。「大学みたいなもん、なんもやることあらへんはずや。大学生なんか勉強することなんて、な~んもないはずや」と言ってきかないのです。
  今から考えると、そんな条件でよく頑張ったと思いますが、「王さん1枚」では勝てません。山本有三『路傍の石』では、昼間、印刷工場で働いて、夜学の商業学校に通う吾一が、同じ小学校の卒業生で同年齢の女の子で商店の娘が女子大にだけ通わせてもらっているのを見て、昼間、働いて、夜学に行くのとでは条件が全然違う・・と言う場面がありましたが、K村などとは私は「条件が全然違う」生活でした。
  大学の法学部は普通は4年で卒業するものですが、K村は大阪大学の法学部に5年在籍して、その5年目に司法試験に合格して弁護士になったようです。 時々、司法試験、もしくは他の国家資格試験に合格するため、あるいは国家公務員試験・地方公務員試験に合格するために、4年で卒業できるものをあえて4年を2回やって大学に5年在籍する人がいますが、K村もそれをやったのかもしれません。 我が家なら、そういう手法は私がやりたいと言っても絶対にさせてもらえませんが、K村の家庭はそういうことをできる家庭だったようです。
  「司法試験に現役で通る」とか「司法試験に在学中に通る」というのは、大学4年間の間に通ることを意味し、5年目に通ったというものを「現役で通る」とは言いません。大学に留年とか休学とかをして5年在籍したとか、もしくは6年7年在籍したとしても、それでも、大学に在学中に通れば「在学中に通った」ということになるかもしれませんが、普通は「在学中に通った」とあまり言いません。
  大学4年で、納得のいく会社で採用しますと言ってもらえなかった人が、あえて、4年で意図的に留年して、次の年にもう一度、就職活動をやるという人も時々います。 大学を4年間で卒業して、卒業して1年目に通っても、大学に5年間在籍するようにして5年目に通っても、基本的には同じことで、大学の卒業年が1年前か後かということと、1年余計に在籍すると、4年で卒業しようと思えば卒業できたものを、あえて留年して5年行ったという場合でも、学費は5年分必要になりますから、阪大の法学部に5年間在籍したとすると、宅浪で1年浪人して阪大に行って4年で卒業した場合よりも、1年間の学費分が余計にかかることになります。 浪人して予備校に行って阪大に行き、4年で卒業した場合との比較であれば、予備校の費用と阪大の学費はどっちが高いかということになりますが、一般に予備校は私立ですから、国立の阪大の方が安いか・・という感じもしますが、国立の阪大に行っても、司法試験対策の予備校に別に行ったならその費用がかかることになります。卒業したとして、1浪と1留はどっちがいいかというと、就職の際は、浪人1年は問題なしのようですが、留年は「その理由にもよる」と言われます。
  最近、応募した千葉県の会社、千葉市に本社がある会社で、何十年も前に私が2年浪人したものを「この間、何をやってたのですか」と私に面接できいた若造がいましたが、「何を」ときくというのは、高校卒業後、大学に入るまでの間に2年あるということは、その間、何をやっていたのかとききたいようでしたが、「何を」と言われたって、浪人じゃないですか。「傘張り」と言えばよかったのでしょうか。なんか、不満みたいでしたが、なんで、こんなやつにそういう口をきかれなければならんのだろうなあ、と思いました。むしろ、「なんで、おまえなんか、高校に行くんだ?」 と言ってやるべきではないか・・という顔した若造がそういうことを言うのでした。言ってやれば良かったなあ、しまった・・と後から後悔しています。
  K村が、大学に入学後、5年目に司法試験に合格した、というのは、一般には、司法試験受験者としては優秀な方ではないのかと思います。「合格して良かったね」・・くらいに私は思っていたのです。弁護士という仕事はほかの多くの仕事と違って、頼むなら、知っている人間よりも他人の方がいいようなところがある仕事ですから、知っている人間が弁護士になっても、仕事を依頼することは可能性として大きくないかもしれませんが、単純に、素直に、「通って良かったね」・・くらいに私は思っていたのです。私は、別に彼と競争しているつもりもありませんでしたし、私が工場でアルバイトをさせられていた時に彼が阪大の図書館で法律の本を読んで勉強していたのも、なんで、彼が法律の本を読んで勉強している時に、私は化粧品屋の工場で時給600円程度の賃金で乳液作らされなきゃならんのだ・・と思っても、彼が悪いわけでもないと思いましたし、もしも、「アルバイトを嫌がる人間というのは、モラトリアム人間病という病気です。慶應大学の小此木啓吾先生というエライえらいエライえらい先生がそうおっしゃってる」という父の理論からいくと、私よりもK村こそが「モラトリアム人間病という病気」であるはずで、「治療したらんとあかん」はずでしたが、それは小此木啓吾の方が間違っていると思うのですよ。だいたい、小此木啓吾って、自分が慶應大学医学部の学生だった時、化粧品屋の工場で肉体労働者のアルバイトなんてやったのか・・というと、やってないと思いますよ。小此木啓吾こそ、モラトリアム人間病と違うのですか。こういうことを言うと、「医学部は忙しいからなあ」と父の親友の医者屋のM川などは言うでしょう。「なにしろ、医者ちゅうもんは、他の人間とはちごうて、エライからなあ」と言うでしょう。
   世の中には、大学でも経済学部とか商学部とかの学生というのは暇だあ暇だあと言いたがってしかたがない人がいるのですが、慶應の商学部って、そんなに暇じゃないですよ。 上の姉の夫である義兄もまた私に「大学生みたいに暇じゃないから」などと言ったことがありましたが、慶應大学の商学部に入学したばかりの人と話をすると、「大学というのは、もっと暇なものかと思ったら、ちっともそうじゃなかった」と言う人が多かった。暇じゃないですよ、そんなに。又、「大学は勉強する所とは違うねんぞ。アルバイトする所やねんぞ」などと言って、アルバイトオ、あるばいとお、アルバイトオ、あるばいとお・・なんて生活を何年間か送らされて、それから正社員として勤めるのならば、大学なんて行かないで高校卒業してすぐに正社員として勤めた方がよっぽどいいですよ。 もしくは、大学4年間の学費と生活費を親が出したくないということならば、自治医大とかタダで行ける大学に行くようにした方が良かった。父の勤め先にアルバイトで来ていた「ぴ~ん大のやつ」とか「き~ん大のやつ」とか「大阪経大のやつ」とかは、自治医大なんて受けても通らないでしょうけれども、私はそのつもりでやれば合格できる可能性は十分あった。あんな「アルバイトオ、あるばいとお、アルバイトオ、あるばいとお・・」という生活なんて、疲れるだけです。なんで、私だけがこんなことをしなければならないのか、と夏目漱石『門』の登場人物みたいに思いましたが、K村のせいでもないでしょうし、K村が司法試験に阪大に入学して5年目に通ったというのは、「良かったね」くらいに思っただけでした。
   ところが・・・・。 私が1浪の時に、「うちの息子は、京大でも通ると北野高校の先生から言われました。阪大なら絶対に通ると北野高校の先生から言われました」と近所中に言ってまわっていたK村のお母さんが、このおばさんもまた、変わった人やなあと思うのだけれども、今度はまた、「司法試験も現役で通りました」とまたもや近所中に言ってまわったそうです。 うるさいおばはんやなあ、ほんまに~い!!! 野村克也が「ささやき戦術」で背後からボソボソ言うと、大杉は「うるさ~い!」と怒鳴りつけたそうで、張本は気分を変えようと打席をはずしたところ、スタンドから「早く打たんか」と言われ、バットで野村を指して「こいつがうるそうて、打てんのじゃあ!」と言った、さらに、バットで思いっきり殴ったら死んでしまうから、バットで空振りした後、軽くバットで野村の頭をコツンと叩いてやったとか(野村は、そういうことはなかった、と書いていたが)。 白仁天は怒りやすい性格だったらしく、プリプリ怒っとったらしく、野村としては「勝負ごとは頭に血が昇ったら負けや」とか言って喜んでいたらしい。通じなかったのは王と長嶋で、長嶋に「あれ、スイング変わったか」と言って頭を混乱させてやろうとしたところ、長嶋は打席をはずして、1、2回、素振りをして打席に戻ると、ホームラン! 戻ってきて、「ノムさん、どうも、ありがとう」と言いやがった・・ということで、この人にはあかんなあ・・と「ささやき戦術」をあきらめた・・とかいうのだが、K村のお母さんというのも、その「ささやき戦術」でも私にやっていたつもりだったのか??!??!??!  ほんと、うるさいオバハンやな、ほんと!!!
  朝日新聞とか毎日新聞とかは司法試験の合格者の氏名なんて掲載しなかったように思うのだが、うちの父親が、K村哲二の名前が司法試験合格者として掲載された新聞を切り抜いて私の所に送りつけてきたのでしたが、大阪新聞というのがかつてあったはずだが、最近、見なくなったのだが、《ウィキペディア―大阪新聞》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E6%96%B0%E8%81%9E によると、《2002年3月、産経新聞大阪本社版夕刊に紙面統合される形となり事実上廃刊した。》らしい。うちの父親は夕刊紙の大阪新聞をけっこうよく読んでいたので、もしかすると、それに載っていたのかもしれない。 そのK村の氏名が掲載された司法試験合格者名の欄を切り抜いて、私の所に、「K村くんは、あんたとは違ってえらいですねえ。爪の垢を煎じて飲みなさい」と書いて郵便で送りつけてきたのだった。あの男は変わらんなあ~あ・・・と思いました。K村が阪大の図書館で、冷房の効いた部屋で椅子に座って机に向かって法律の本を読んでいたまさにその時、「あんた、明日からうちの工場にアルバイトに行くことに、決めてきたっ!」と言って私は父親の勤め先の工場にアルバイトに行かされて、K村が法律の本を読んでいる時に、私は化粧品屋の工場で汗を流して乳液作っていたのじゃないか。そして、K村から「へえ~え。そんなもん、やってんのお~ん!」と馬鹿にしたみたいに言われたのじゃないか。(K村が馬鹿にしたつもりであったかどうかはわからない。別に、そういうつもりはなかったかもしれないが、こちらとしては、実質、馬鹿にされたようなものだ。)それにしても、K村が冷房の効いた図書館で椅子に座って法律の本を読んでいるまさにその時、私には冷房なんか効かない工場でたかだか時給600円くらいの賃金で肉体労働させて私から学習時間を奪っておきながら、「K村くんの爪の垢を煎じて飲みなさい」と書いておくりつけてくるとは、あのおっさんらしいなあ~あ・・・と感心しました。「わしは慶應やぞお~お」と叫びまくっていただけあって、いかにも「慶應タイプ」て感じがします。そして、その郵便がついたと思うと電話がかかってきて、「新聞、送ってやってやってやったってんけど、読んだかあ~あ。川村くんの家に行って、『すいません。爪の垢を分けていただけませんでしょうか』とお願いしてきなさい。そんで、川村くんの爪の垢を飲みなさい。わかっとんのか、チャンコロ。川村くんの家に訪ねて行って、『爪の垢を分けてください』と頼んでこんか、このチャンコロ、ロスケ! イタコ!!!」と言うのでした。 「川村くんは、司法試験も現役で通りました。川村くんのお母さんがそうおっしゃってる」と父は言うのでした。しか~し・・・。
  他の仕事ならば、経歴を1年くらい、ごまかしても、わからない場合が多いのですが、弁護士という職業は、ある程度、大きな図書館に行きますと、『弁護士名簿』という本が置いてありまして、この本は市販されていたはずなので、購入したければ誰でも購入できたと思いますが、けっこう高いし、又、分厚いので我が家のように家が狭くて、「わしぁ貧乏やからな」という者にとっては、弁護士屋やってるわけでもないのに、買う必要はなく、見たければ、ある程度、大きな図書館に行って見ればいいと思います。弁護士の出身大学と卒業年、司法試験の合格年度、それに得意分野が書かれていたと思います。 自分が弁護士に依頼する際、この弁護士はどんな人間なのだろうか・・と思った場合とか、特に、依頼しようとする分野を得意とする人に頼みたいでしょうから、どういう分野を得意としている人か見るのに役立つ本です。もしくは、裁判で争うことになった際、相手方の弁護士を「なんか嫌な感じのやつやけども、こいつ、どんな経歴の人間なんや」と思った時に、この本を見ると、出身大学と卒業年が書いてありますから、「なんや、えらそうにしやがってからに、△△大しか出とらんのやがな」とか思ったりすることができます。 他に、経歴として、元検事で弁護士になったとかいう人はそれも出ていたような気がします。なんじゃ、こいつ、「ヤメ検か~い」とか思うことができます・・・が、思ったから何なんだ・・というと、それだけですが、どういう経歴か知ることができます。もっとも、最近は、インターネットで検索することができ、所属の法律事務所のホームページで、出身大学の名前と司法試験合格年くらいは自分で公開している人が多いようですから、『弁護士名簿』を見るまでもないかもしれません。
  うちの父親は、K村の氏名が掲載された新聞を切り抜いて送りつけてきて、「川村くんは、司法試験も現役で通りました。お母さんがそうおっしゃってる。川村くんの家に訪ねていって、『すいません。爪の垢を分けてください』と言ってきなさい」と言うのでしたが、ところが、『弁護士名簿』を見ると、川村は、司法試験には現役で通ってないのです。嘘を言うたらいかんぞ、嘘を。・・というのか、まがりなりにも、弁護士ならば、すぐばれる嘘なんてついたら、ばれた時に、かえって心証を悪くして良くない・・・と考えないもんかいなあ・・と思うのですが、考えないもんなんでしょうかねえ・・・。川村は、大阪大学法学部に5年間行って卒業し、その5年目に司法試験に合格したらしく、決して、大学4年間のうちに合格したのではなかったのです。 それを、川村のお母さんは、実際には4年のうちに通ったわけでもないのに、「司法試験も現役で通りました」と近所中に行ってまわり、うちの母親はそれを聞いて「あんたと違って川村くんは司法試験も現役で通ったんや」と言い、父親は「川村くんの家に訪ねて行って、『すいません。爪の垢を分けてください』と言って分けてもらってきなさい。そんで、それを飲みなさい」と私に何度も何度も言ったのでした・・・が、ちっとも現役で通ってないがな。この嘘つき野郎!!! そいつの爪の垢なんて飲んだら嘘つきが移るのと違うか!?!?
  実際のところ、私と川村とでは条件が全然違ったのだ。飛車角落ちくらいなら、工夫すればなんとか対処もできただろうけれども、「王さん1枚で戦え」と言われても、「王さん1枚」では勝てない・・・。どんなに頑張っても、「王さん1枚」では、勝てない。 それこそ、広沢を巨人に取られても「なにくそお!」、ハウエルも巨人に取られても「なにくそお!」、いくらなんでも、来日1年の外国人を横取りするやなんて、そんなえげつないことするなんて・・と思っても、有名メジャーリーガーだったわけでもなく、韓国のチームにいたアメリカ合衆国人選手 グライジンガーを日本に連れて来て、最多勝あげたと思ったら、そのグラいジンガーまで1年で巨人に横取りされても、それでも「なにくそお!」と思ってやり、この「巨人みたいなやつ」、この「長嶋みたいなやつ」めがあ!!! と思って立ち向かうとしても、「王さん1枚」では勝てない。
※ 《ウィキペディア―セス・グライジンガー》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%BC
   私が、父親の勤め先の工場にアルバイトに行かされて、冷房なんて効かない暑い工場で、肉体労働やって安い時給で乳液作っていたまさにその時、川村は、アルバイトというと週に2回の家庭教師のアルバイトをやっていただけで、肉体労働なんてしないで、冷房の効いた阪大の図書館で椅子に座って法律の本を読んで司法試験の勉強をしていたのだった。そんなけっこうな条件をもらえるのなら、それで、落ちたら天才的なアホです!!! 条件が全然違うのだから。 この「長嶋みたいなやつ!!!」。 ヤクルトが外国から発掘して連れてきたグライジンガーが日本で最多勝取ったら、1年で横取りしやがってからに。この「巨人みたいなやつ!!!」。
※《YouTube-2018年7月1日阪神ファンによる東京音頭!》https://www.youtube.com/watch?v=moEWTBI0KiE
  もしも、川村の爪の垢を飲んだら、川村みたいなけっこうな条件に私もしてもらえたのならば、爪の垢でも ち〇ぽ の垢でも喜んで飲んだわ! ほんま! 今からでも、川村の家に訪ねて行って、「すいませ~ん。爪の垢かち〇ぽの垢を分けてもらえませんかあ」と言ってこようか。 それ、飲んだら、川村みたいなけっこうな条件を過去にさかのぼって用意してもらえるのなら、飲むぞ、ほんまに。
  大学は、その大学によって、留年の条件は違うようで、慶應大は各学年2年までで合計8年まで、東大は教養課程で4年まで・専門課程で4年まで、合計8年まで。京大・早稲田大・関学大は全体で8年までらしい。 この点では、慶應が一番厳しいようだが、それだけに、慶應大で4年で卒業できなくても、1年留年して次の年に卒業できる可能性はあるわけだが、早稲田大とかでは4年まで進級できても、ちっとも履修できていなければ、翌年に卒業することはできないというケースがあるようで、広末涼子なんてのは、おそらく、それだろう。芸能人で最初から「早稲田大学中退」になる予定で早稲田大学に入学する人がけっこうあるのは、早稲田大は慶應大と違って4年までは進級できるからだろう。
   それで、留年を4年やって大学に8年行くということもできるわけで、休学はそれとは別の扱いなので、「医師の診断書」があれば、8年ではなく10年でも在籍できることになるのだが、そうやって10年在籍した人が10年目に司法試験に合格したとしても、それを「現役で通りました」とは普通は言わない。 「在学中に通りました」と言うかというと、たとえ、大学に10年在籍して10年目に通ったとしても、それでも「在学中」かもしれないが、そういうのを「在学中に通りました」と言って近所中に言ってまわる人というのはあまりないし、又、それを「爪の垢をもらってきて飲みなさい」などと言う人もあまりないはずだ。
   それなら、普通は4年で卒業する大学の法学部に5年在籍して5年目に司法試験に通ったというのを「現役で通りました」なんて言うか? 言わんだろう。1年、余計にかかっとるだろうが!!! そういうのを「在学中に通りました」と言うのかというと、10年大学に在籍して10年目に通ったとしても、それでも「在学中」は在学中だろうけれども、そういうのを「在学中に通りました」と近所中に言ってまわって自慢するかというと・・、普通はせんだろう、普通は・・・!  しかし、川村のお母さんというのは、変わってるね。通ったなら通ったでいいと思うし、私は別に彼と競争しているつもりはなかったし、通ったなら、「良かったね」と思うだけだったのだが、実際には1年余計にかかって合格したくせに、それを「司法試験も現役で通りました」とか、何を近所中に言ってまわっているのだろうか。なかなか、ユニークなことをするお母さんだねえ。それで、「ささやき戦術」やってるつもりだったのだろうか? 張本みたいに、「この野郎!」とバットでコツンと頭を殴ってやった方が良かったのだろうか? 
  それだけではない。最近では、インターネットというものが一般的になり、弁護士事務所もホームページを持つ弁護士事務所が多くなり、K村哲二が所属している弁護士事務所のホームページを持つようになったのだが、「弁護士略歴」みたいのを、弁護士事務所はホームページに入れていることが多いようだが、K村哲二も、弁護士事務所のホームページで経歴を公開しているが、それを見ても、北野高校を卒業した時から5年後に大阪大学法学部を卒業しとる。 司法試験合格年度も大阪大学法学部に入学して5年目やがな。何が「司法試験も現役で通りました」じゃ、何があ!!! 「よく言うわ♪」「バカ言ってんじゃないわ♪」「い~つ~も、騙してばかりねえ~え♪」
  さらに。法科大学院大学というものができて、近所中に嘘言いまくっていたお母さんの息子の川村哲二は、神戸大学法科大学院の先生にならせられたらしい。えらい出世でんなあ。〔⇒《神戸大学法科大学院 教員紹介》http://www.law.kobe-u.ac.jp/LawSchool/faculty/part/kawamura.html 〕うちの父親が生きていたら、またもや、「爪の垢を分けてもらってきて飲みなさい」と私に言うところである・・・が、嘘つきの爪の垢なんて飲んだら、嘘つきが移りそうやな・・・。
  それよりも、神戸大学法科大学院のホームページの「教員紹介」の所にも、大阪大学法学部に入学して4年目ではなく5年目の1983年に大阪大学法学部を卒業しましたあ、司法研修所も高校を卒業して5年目に司法試験に通った翌年にあたる1983年ですう、と書いてあるなけどなあ。弁護士の先生にして、神戸大学という国立大学の法科大学院の先生が、実際には「現役で司法試験に通りました」のじゃなくて、1年余計にかかって通ったのに、嘘言うていいのかなあ。神戸大学法科大学院というのは、嘘つきを教員に雇っとるいうことかなあ。その教員に習ったら、嘘つき弁護士になるということかなあ。もともと、弁護士なんて「そんなもの」か・・・。
  弁護士ならば、法科大学院の教員ならば、すぐばれる嘘なんてついたら、ばれた時に心証を悪くするから、かえって良くないから、すぐばれる嘘はつかん方がいいと思いますよ・・・と教えた方がいいのではないかと思うのだが、そうではなく、「嘘でも百回言えば真実」とでも思うとるのかなあ・・・。
  しかし、はた迷惑なお母さんやなあ、ほんま。 野村克也の「ささやき戦術」みたいに近所中にしょーもないこと言ってまわるのを習癖にしていたようだが、はた迷惑なことこの上ない! ・・・とりあえず、ここで、神戸大学法科大学院の教員の川村哲二には、近所中に言うてまわっていた経歴には嘘があった・・・と「ささやき」しておこう。その程度で「相互主義の原則」にはならんがな。 こちらが受けた打撃は相当大きい。
  ほんとにうるさいやつだ。 私が、化粧品屋の工場で安い時給で肉体労働やって乳液作っていた時に、阪大の図書館で、冷房の効いた部屋で椅子に座って法律の本を読んで司法試験に通った、いわば、「長嶋みたいなやつ!」 「長嶋と一緒や!」 「長嶋そっくりや!」 「長嶋とあんまり変わらん!」
※ 《YouTube-明治神宮野球場 2018年7月1日阪神ファンによる東京音頭!》https://www.youtube.com/watch?v=moEWTBI0KiE
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  「弁護士は役に立たない」「弁護士なんて役に立たない」と言いますでしょ。 だいたい、裁判で争わざるをえない事態となって弁護士に依頼しようとすると、「〇日までに◇十万円振り込んでください」なんて言うので、ないカネを無理して大急ぎで振込ますと、振り込んだと思うと働かない。まさに「振込め詐欺」ですよ、「振込め詐欺」。 着手金泥棒というのか・・。 裁判の「訴訟代理人」を依頼すると、裁判所で相手方の弁護士と目配せしたり。 よくやってくれるなあ、こいつら・・と思います。 同じことを何度も何度も聞いて、そして、相手方の主張について、「それは事実に反します」と何度も言い、その度にうなづいて聞いていたことを、「認める」と書いて勝手に裁判所に提出したり。 こいつら、いいかげんにしろよ・・・て感じがします。 裁判の「訴訟代理人」を依頼するのではなく、「法律相談」を有料で受けると、「わからないですねえ」なんて言って、それで平気でカネ盗る。 弁護士てのは、そんなのばっかり。
  ひとつには、弁護士にはどういう人間がなっているか、という点に問題があるように思います。 YMCA予備校の「京大東大文系クラス」で生物の講師には、京大の理学部の生物学科の大学院生がアルバイトでなっていたのですが、「答え合わせみたいな授業」で熱意がなく、京大の法学部・経済学部・文学部・教育学部、東大の文科一類・二類・三類に合格するにはどうすればいいか、という点について真面目に考えて授業をやっていない。 その時、思ったのですが、「京大東大文系クラス」なのに、理科の生物とか化学とかの講師だからということで、京大の理学部の大学院生に講師をさせるというのは、はたして適切な人選なのだろうか? と思ったのです。 だって、その人は京大の法学部・経済学部・文学部・教育学部といった所に合格したことがなく、受けたこともない人で、東大の文科一類・二類・三類も受けたこともない人なのです。 予備校の講師というのは、高校と違って、理科の授業を担当するのに、理科の教諭の国家資格を取得している人でなくてもできるのです。それならば、 「京大東大文系クラス」の理科の生物・化学・物理といった科目の講師というのは、理学部の生物学科・化学科・物理学科の大学院生ではなく、過去に京大の法学部・経済学部・文学部・教育学部を受けて通った人か、東大の文科一類・二類・三類を受けて通った経験のある人かが担当した方が、適切な人選ということはないのか? と思ったのです。
  YMCA予備校高槻校の京大東大文系クラスの「生物」を担当していた京大の理学部生物学科の大学院生だという講師も、その人の授業というのは、どうすれば生物の学習が好きになるか・・を教えようみたいな、そんなもの、「京大東大文系クラス」の受講生には要らんよ、そんなもの、ということをやろうとするところがあったのです。1979年からの東大の入試は、共通一次試験にしか理科はなく、1000点満点の共通一次試験を110点に換算して、それを440点満点の2次試験に合算して550点満点で合否が決まったのです。理科2科目で200点、2科目のうちの1科目として生物を選択したとして、100点満点取っても11点にしかならない。100点満点で70点取った者と100点取った者とで30点の差がついたとしても、それは2次では3.3点でしかない〔33点じゃないですよ、3.3点ですよ。〕3点差をつけるためにものすごい時間と労力をかけるよりも、二次試験でも実施される科目に力を注ぐために、共通一次試験にしかない科目は「致命傷は防ぐ」という程度で十分、という考え方もあるのです。ライバルに30点の差をつけても、つけられても、3点の差でしかないということならば、それなら、共通一次試験でしかない科目については100点とらなくても70点でいいと考えて、「やらない」ことにしてその学習時間を2次試験でもある科目に振り当てるという選択だってあったわけです。
  京大の試験は、1979年から共通一次試験が実施されてからは、法学部・経済学部・文学部・教育学部では、理科2科目は共通一次試験のみで2次試験にはなく、京大は東大とは違って、共通一次試験と京大の2次試験との合算だけれども、共通一次試験の比重が東大よりも大きかったが、法学部・経済学部・文学部・教育学部では二次試験では理科はなかったので、あくまでも、共通一次試験の問題さえ解ければそれでよかったのです。阪大・神戸大も京大と似た形式でした。それならば、「生物学全般を興味深くやる」ではなく、共通一次試験の対策だけで十分で、それも、「共通一次試験で相当の高得点を取る」のではなく、他の科目の学習時間を奪わないために、「短時間に学習で、最低でも致命傷は防ぐためには」というものであるべきだったはずです。そういったこを何も考えないような授業、京大でも二次試験で理科の試験がある学部を受ける場合と理科の試験は共通一次試験のみの学部を受ける場合とでは学習法も変わるはずですが、そういったことをまったく考えない、考える意思もない講師、アルバイトの講師はYMCA予備校の事務職員から命令されたように「答え合わせみたいな授業」をやっておればいい、というYMCA予備校の姿勢というのは、それでは、京大・東大の受験生にとっては、むしろ、「害がある」ことになります。
  高校の先生も、幾分、そういうところがあります。高校の勉強は大学受験のためにだけあるのではないと私は思いますし、大学受験のための予備校でしかないような高校がいいとは思いません。だから、高校の場合は予備校とは同じではないでしょう。学校の先生というのは、勉強が好きな人がなるべきで、「勉強なんか、嫌いじゃい」という人で先生になろうとする人が時々あるのですが、なんで、「勉強なんか嫌いじゃい」という人が先生になろうとするのか疑問に思います。 しかし、その科目の勉強が好きだという人が高校の先生になるのはいいのですが、ところが、その科目の勉強が好きで好きでたまらん・・という人がなっている場合、その科目の勉強が好きで好きでたまらんという人がその科目の先生になるのはそれはいいのですが、その科目の勉強が好きで好きでたまらないからということで、大学でその学科に行ってその科目の高校の先生になったというような人の高校時代の勉強法というと、その人の学習時間の半分以上をその科目に費やしていたりすることがあるのです。それだけ、その科目に時間をかければできるようになるよ・・て勉強法を教えていただいても、その学科に行くわけでもない者にとっては、そんな勉強法なんて取れるわけない・・という場合があります。そういう人の勉強法って、大学でその科目の学科に進学するのでない人間にはあんまり役に立たないのではないのか、と思うことがあるのです。
  それと似ている話なのですが、弁護士というのはどういう人間がなっているか? という問題があって、自分自身が裁判などで争わざるをえない立場を経験し、本人訴訟をやって勝訴したか敗訴したかの経験がある人が、その後、裁判をやる人に協力するために弁護士業をやっているのではなく、自分が裁判の当事者をやった経験があるのではなく、ひとの裁判に「訴訟代理人」やって報酬を得た経験はあっても、自分が当事者としてやった経験はないかほとんどない、という人が弁護士をやっているわけです。 だから、「弁護士は役に立たない」という事態になっている、という面があるのではないか。 又、警察にインネンつけられたとすると、警察は職業と資格をききますでしょ。そこで、「弁護士」と答えると、警察の対応も変わるでしょう。だから、弁護士というのは、警察が弁護士でない一般市民にどういう態度を取るのかということも知らないのではないでしょうか。

  そして、もうひとつ。 私が化粧品屋の工場で肉体労働をさせられて、安い時給で、冷房の効かない工場で汗だくになって働いていた時、冷房の効いた図書館で椅子に座って法律の本を読んでいた男がいて、その男は「モラトリアム人間病にかかっている」などとは言われず、なんで、俺だけこんなことさせられなければならないのだろうか・・と思いつつ、肉体労働やっていた者の方が「アルバイトを嫌がる人間はモラトリアム人間病という病気です。慶應大学の小此木啓吾先生というエライえらいエライえらい先生がそうおっしゃったる」と言われたのであり、そして、片方の人間が冷房の効かない工場で汗だくになって肉体労働していたまさにその時、冷房の効いた図書館で椅子に座って法律の本を読んで勉強していた男がいて、そして、冷房の効いた部屋で椅子に座って法律の本を読んでいた男の方が司法試験に合格すると、汗だくで肉体労働させられていた者の方が、「(冷房の効いた図書館で椅子に座って法律の本を読んでいた)K村くんの爪の垢を飲みなさい」と言われたわけです。 「爪の垢を飲みなさい」と言われた者が弁護士になったのではなく、冷房の効いた図書館で椅子に座って法律の本を読んで司法試験に合格した男は、そいつが冷房の効いた図書館で法律の本を読んでいた時に、冷房なんて効かない工場で肉体労働していた男に、「爪の垢」を飲ませる側の立場だったのです。
  「『爪の垢』を飲ませる側」の論理、「『爪の垢』を飲ませる側」の立場からの弁護士か、「『爪の垢』を飲まされる側」の論理、「『爪の垢』を飲まされる側」の立場の弁護士か・・というと、弁護士というのは《「『爪の垢』を飲ませる側」の論理 の人間》なのです。裁判官もそうでしょう。 そういう人間がやっているから、だから、「弁護士は役に立たない」と言われるようになる、という面があると思います。もちろん、ひとによっても、違いはいくらかずつあるとは思いますけれども。
  「『爪の垢』を飲ませる側」の論理・「『爪の垢』を飲まされる側」の論理 という視点は、おそらく、「飲ませる側」の人間にはその感覚はないかもしれません・・・が、「飲まされる側」の者にはその意識はあります。


  うちの父親は、「朕思うにわが皇祖こ~そ~は~、親に孝に、親に孝に、親に孝に、親に孝に~。わしに孝に、わしに孝に~、わしに孝に~~い・・・」と毎日のように言っていたのですが、下の姉が「あれ、ずるいよねえ」と言うので、そうだよなあ・・と思ったということがありました。自分の親が生きている時には、そんなこと、ちっとも言わないで、自分の親は2人とも他界した、息子はいる♪ ・・と思うと、突然、「朕思うにわが皇祖こ~そ~は~、親に孝に、親に孝に、親に孝に、親に孝に~。わしに孝に、わしに孝に~、わしに孝に~~い・・・」と、毎日毎日、言いまくる・・というのは、あれは、どう考えても、ずっこい! と思いますね。
  ひとに「親孝行せえよお、親孝行せんとバチあたるぞ、バチあたるぞ、バチあたるぞ、バチあたるぞ~お、まんまんまんまん、まんまんまんまん、アーメン」とか言うよりも、とりあえず、自分の母親のお骨を大谷本廟に持って行った時に、母親のお骨を落とさないように〔⇒[第500回]《「かわいい子には旅をさせよ」の4通りの意味。旅行でわかる人間性。父親がある人間はない人間より常に有利とは限らない、ということもわからないバカ女―父の日に》https://tetsukenrumba.at.webry.info/202005/article_7.html 【6】(2)〕、とりあえず、それを配慮したらどうか・・とも思ったのですけれどもね。(お寺に行って自分の母親のお骨を落っことすおっさんと一緒にお寺に行くのん、嫌やねん。)

  私が大学生で日吉に住んでいた頃、うちの父親は、毎日、朝昼晩と電話してきて、たとえば、朝一番に電話をかけてきて、「今、会社に着いてん。いらいらしてんねん。感謝しろ!」と言ってかけてきたものでした。「いらいらしてんねん」と言って電話された、ということを「感謝しろ」と言うのですが、別に、かけていらんのですけどねえ・・・。 「用事は何ですの?」と言うと、「用事は別にないねん。いらいらしたからかけたってん。感謝しろ!」と言うのでしたが、「ああ、そうですか。用事はないんですね。そしたら、切りますよ」と言うと、「何、言うとるんじゃ、何を~お。いらいらしたからかけたったんじゃ、いらいら、いらいら、いらいら、しとるんじゃ。いらいらいらいら、いらコッコー!」と言うのでしたが、そういう電話を毎日毎日、四六時中かけられるというのは、これは精神的に応えました。私だけかと思ったらそうでもなかったようで、下の姉が「あの電話、かなわないねえ。『いらいらっとしたからかけたってん』と言って電話した方は、それで、いくらか、『すっとする』のかもしれないけれども、瘤取爺さんの瘤と一緒で、かけられた方は、その分、ストレス溜まるんやからねえ」と言うのでしたが、姉もあの「いらいらっとしたから、かけたってん」という電話を嫌がっていたのなら、私なんか、どれだけこたえていたか。 「いらいらっとしたから、かけたったんじゃ! 感謝しろ!」と言って電話してくるのでしたが、かける方は、それで、いくらかストレス解消になるのかもしれないけれども、かけられた側は、瘤取爺さんの瘤と一緒で、ストレス溜まるので、できれば、「いらいらっとしたから、かけたったんじゃ。感謝しろお!」と言ってかける電話は勘弁してもらいたいものだ・・とずっと思っていました。とりあえず、誰に対してでも、電話するのなら、「いらいらとした」時にかけるのではなく、「いらいらっとした」のなら、その「いらいら」がおさまってからかけるようにしたらどうなのか・・とも思ったのですが、「いらいらっとしたから」かけたのであって、「いらいら」がおさまったらかける必要もなくなったでしょう。
  きょうは、2020年7月1日(水曜日)、「父の日」は6月第三日曜日、2020年は6月21日(日)が「父の日」でした。「父の日」というと、「きょうは父の日やからやなあ。あんたに『お父さん、感謝してます。ありがとうございます』と、そない言ってもらってやってあげようと思うて、そんで、電話かけたってん」と言って電話がかかってくる日である。毎度のことながら、気が重くなる電話がかかってくる日である。 母から聞いた話では、母の妹(叔母)の夫は父と同じ年齢だったが、娘(いとこ)が結婚して親と離れた所に住んでいた時、道を歩いていたら、パパが乗っていたクルマと同じクルマが停まっていたので、それを見てパパのことを思い出して涙が出てきた・・と話していたというので、あのおっさん、娘を大事にしていたんだなあ、と思った、うちの父親とはずいぶんと違うようだ、と思ったものだった・・が、世の中、父親にもいろいろあるものだ、と思ったが、もし、うちの父親にそういうことを言うと、「そやねん。わしいみたいな、エッライえっらいエッライえっらい聖徳太子でキリストでヒットラー総統で英雄で聖人でドイツ人でスーパーマンのお父さんばっかしとは違うねん」と言いよるところである。「ヒットラー総統のようなお父さん」というのは・・、なにかと疲れる・・。
  年数を計算すると、うちの父親が他界してからの年数が、私が産まれてから父親が他界するまでの年数に近づいてきました・・・が、なんだか、昨日まであのおっさんが生きていたような感じがします。というよりも、今も、「いらいらっとしたから、かけたったんじゃ、感謝しろ!」と言って電話がかかってきそうな・・、そんな感じがしています。

  「わしが一番、精神的に安定してるねん」「わしほど精神的にしっかりしてる人間はないんや」「わしは百戦錬磨の人間で、何があろうがびくともしない、嵐が来ようが台風が来ようが地震が来ようが、怪獣が来ようが恐竜が来ようが、び~くともしない! という、わしはそういう人間やねん。いらいらいらいらしてきたっ!」と、うちの父親は毎日のように私に言っていましたが、どうも、「心理学」では、毎日、「いらいらいらいら」しているおっさんのことを、「誰よりも精神的にしっかりしている」とか「常に精神的に安定している」とか「百戦錬磨の人間で、何が来ようがびくともしない」とか「診断」するようでしたが、それなら、あの「いらいらっとしたから、かけたったんじゃ」という電話、なんとかしてほしい・・と思ったものですが、「心理学」は勝手な「診断」するだけで何もしない・・・というのが、それが「心理学」の処世術だったようです。
  「おまえが産まれてきたから、いらいらするんじゃ。おまえが悪いんじゃ」と私に言うのでしたが、「心理学」によると、おっさんは「常に精神的に安定した百戦錬磨の人格者」と「診断」されるらしく、そのわりに、いつでも「いらいらあ」「いらいらあ」しているというのは、それは私が悪いそうです。「おまえが産まれてきたからいかんのじゃあ」とおっさんは言うのでした・・・が、私の記憶によると、私が産まれて物心がついた時、あのおっさんは、すでに「いらいら」していたように思うのです。 ・・というより、普段から「いらいら」している人というのは、それが普通ですから、「いらいらしてんねん」と当人が言っても、その人にとってはそれが「普通」であって、普段よりも「いらいら」しているわけではないのですから、別に気にする必要なかったのかもしれません。それにしても、「いらいらっとしたから、かけたったんじゃ。感謝しろお!」と言ってかけてくる電話は、疲れました。瘤取爺さんの瘤と一緒で、かけた方はそれで、いくらか、すっとしたかもしれませんが、かけられた方は、その分だけ、「瘤」を投げつけられたようなもので、「いらいら」を押しつけられたようなものでした。
  「今、いらいらしてんねん。 いらいらしたから、かけたったんじゃ」と言っておっさんが電話してきた時、「いらいらしてるんですか?」と言うと、「そうじゃ。いらいらしとるんじゃ」と言うので、「そしたら、座禅でもされたらどうですか」と言ったことがあるのですが、「アホか! なんで、そんなもん、せんといかんのじゃあ!」と言うので、それで、私は「座禅が気に入らないのなら、それなら、般若心経の写経をするというのはどうでしょうか」と言ったのです。「何、言うんじゃ、このチャンコロはあ! このチャンコロっ! なんで、そんなもん、せんといかんのじゃあ!」と言うのでした。 「いらいらしてるんでしょ」と言うと、「そうじゃ、いらいらしとるんじゃ」とおっさんは言うので、「いらいらしてるとおっしゃるものですから、だから、座禅でもするとか、般若心経の写経でもするとか、されたら、いらいらが納まるのではないか、と思ったのですが、座禅も嫌、般若心経の写経も嫌となると、それなら、『聖書』を読む、というのはどうですか」と言ったのですが、「なんで、そんなもん、読まんといかんのじゃあ。いらいらいらいらいらいらいらいらあ~あ!」と言うのでした。「讃美歌を歌うというのはどうでしょうか」と言っても、「アホか、こいつはあ。なんで、そんなもん、せんといかんのじゃあ!」と言うのでした。「とりあえず、深呼吸でもしたらどうですか。背伸びとか屈伸運動とか柔軟体操とか」と言っても、「何、言うとるんじゃ、なんで、そんなもん、せんといかんのじゃ、このチャンコロっ! いらいらいらいら、いらいらいらいら」と言うのでした。「睡眠時間を十分にとるようにして」と言うと、「寝る時間を減らして。寝ずにや~る♪ 根性でや~る♪ 気合でや~る♪ とってちってたあ~あ♪」と言うのでした。(もっとも、うちの父親は私には「寝ずにや~る♪」と言いますが、三流以下企業の無能の上役みたいなもので、ひとに「寝ずにや~る♪」と言っても自分はもとから十分寝てましたから、今さら、より多く寝ても、「いらいら」が治るかどうかには関係なかったでしょうけれどもね。) 「そしたら、野球のバットの素振りはどうでしょうか。王だったか張本だったかはスランプに陥ると、毎日、何度も何度もバットの素振りを繰り返して気持ちを落ちつけた・・とか言いますでしょ」と言ったのですが、「なんで、そんなもん、せんといかんのじゃと言うとるんじゃ、このチャンコロめがあ!」と言うのでした。「野球のバットが気に入らないなら、剣道の竹刀の素振りはどうでしょうか」と言ったのですが、「なんで、そんなもん、せんといかんのじゃあ」と言うのでした。「そしたら、クラシック音楽を聴くというのは、どうでしょうか。たとえば、バッハの『マタイ受難曲』なんてどうでしょう」と言うと、「ええかげんにせんか。いらいらしとるんじゃ。なんで、そんなもん、聴かんといかんのじゃあ!」と言うのでした。「ゴルフの打ちっぱなしはどうでしょう。」と言ったのですが、「なんで、そんなもん、せんといかんのじゃあ」と言うのでした。「おまえの声をきくと、いらいらすんのじゃ、おまえの声をきくとお」と言うので、「ああ、そうですか。そしたら、切りますよ」と言ったところ、「こらあ! 何を言うとるんじゃ、何をお! せっかく、いらいらしたから電話してやってやってあげてやっていただいてもらってくださってやってやったんじゃろうがあ! 何が『切ります』じゃあ!」と怒るのでした。「しかし、私の声を聞くといらいらするのでしょ。それなら、私の声は聞かない方がいいでしょう。だから、切りますと言ってるのでしょう」と言ったのですが、「だから、いらいらしとるんじゃあ。いらいら、いらいら、いらいら、いらいらあ!」と言うのでした。「そしたら、私の声を聞くといらいらするけれども、誰かに何か話したいということらしいですから、それなら、『いのちの電話』にでもかけられたらどうですか。たしか、『いのちの電話』の番号を書いたものがあったと思うので、ちょっと、見てみますから」と言うと、「何を言うとるんじゃ、このチャンコロはあ~あ! なんで、そんなもん、かけんといかんのじゃあ、このチャンコロっ!」と言うのでした。「お寺巡りでもされたらどうですか」と言っても、「なんで、そんなもん、せんといかんのじゃあ。いらいらいらいら、いらいら、いらいら」と言うのでした。・・ともかく、そんな感じで、毎日、「いらいら、いらいら、いらいら、いらいら」と言って電話がかかってきて、かける方はそれで、いくらか「いらいら」が解消されるのかもしれないけれども、かけられた方はかけた方の「いらいら」が解消した分だけ、「いらいら」をうつされるようなもので、相当ストレスがたまりました。 もしかすると、あの「いらいらっとしたら、かけたんねん」というのは「電話療法」(電話攻撃)とかいって「心理学」がお勧めしたストレス解消法だったのかもしれませんが、かけた方はそれでいくらか「すっとする」かもしれませんが、かけられた側はその分だけストレスがたまるので、かんべんしてほしいと思いました。

  今では、「尊敬する人物は?」という質問は、採用の時の面接で「おこなうべきではない質問」とされるようになりましたが、1980年代においては、「『尊敬する人物は』ときかれて答えられるようにしておかないといけない」と大学の「就職ガイダンス」で言われたものでした。それを、うちの父親は「『尊敬する人物』いうてら、そりぁ、わしや、わ~しい~い」とか言ってました( 一一)
  それから何十年経ち、20代の息子がいてもおかしくない年齢になりましたが、「『尊敬する人物』いうたら、わ~しい~い」なんて言いたい気持ちにはなりませんね。何より、どんなに立派な父親でも、「尊敬する人物は?」としてあげられる人間が他に誰もないというのは、成人した人間としておかしいし、採用する側としては、この人はどういう人なのだろうか・・と思い、どういう人を「尊敬する人物」と考えるような人なのだろうと思って質問しているのですから、「わ~しい~い」というのは答えになってないと思います。
  「『尊敬する人物』いうてら、そりぁもう、なんちゅうたって、わ~しい~い」とか言うおっさんて・・・、なんか、アホがめでたいのお・・て感じがします。

  今年の「父の日」シリーズは、この4回で、とりあえず、終わりにします。御覧いただき、ありがとうございました。自分が父親になったなら、ああいうことだけはやらないようにしたい・・・と思ったものでしたが、「『自分が父親になったら、ああいうことだけはやらないようにしたいと思った』と言う人」というのは、実はけっこうあるようですけれども・・・。「私は両親が離婚したから」「私は父親がいなかったから」とそれを何より自慢にして言いまくる女、父親というものはおれば常にいいというものでもないという事実を絶対に理解しないバカ女もいましたし・・・。

 (2020.7.1.
 2020年の「父の日」の6月21日の10日後。)

☆ 2020年の父の日に。
(1) 「かわいい子には旅をさせよ」の4通りの意味。旅行でわかる人間性。父親がある人間はない人間より常に有利とは限らない、ということもわからないバカ女 https://tetsukenrumba.at.webry.info/202005/article_7.html
(2) 生きしてくれた母のおかげでわかった父親の人間性と高校教諭の白痴かげん https://tetsukenrumba.at.webry.info/202005/article_8.html
(3) 1980年前後、司法試験に早期に合格する方法、及、近所迷惑なおばさんの話。なぜ「弁護士は役に立たない」かの理由1
(4) 「爪の垢」を飲ます側の論理・「爪の垢」を飲まされる側の論理。 〔今回〕

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