1980年前後、司法試験に早期に合格する方法、及、近所迷惑なおばさんの話。なぜ「弁護士は役に立たない」かの理由1―「父の日」(3)

[第502回] 父の日に(3)
  念のため、お断りしておきますが、この「1980年前後、司法試験に早期に合格する方法」というのは、司法試験合格者による、これから受ける人への合格法伝授の話ではありません。1980年前後頃、司法試験に合格して裁判官・検察官・弁護士になろうとする人がどんなことを考えたか、ということについて、私の周囲にいた人間についての回顧談です。それでも、これから受けようとする人や、入学試験やそれ以外の試験を受けようとする人にとって参考になるものもあるかもしれませんが、参考になるものが何もなかったとしても、恨まれてもどうもできないので、あくまでも回顧談だと思って見てください。

  最近は、法科大学院大学を経て司法試験を受けるルートと、予備試験を受けて合格して司法試験を受けるルートができて、司法試験の受験回数に制限ができたり、私が高校を卒業した1970年代後半からその後しばらくとは制度が変わり、受験状況も変わってきました。私が高校を卒業した頃、1970年代後半は、司法試験は1次試験は4年制大学の2年を修了すると免除され、2次試験は5月に短答式試験が憲法・民法・刑法の3科目で実施され、短答式試験合格者に7月だったか8月だったかに論述式試験が憲法・民法・刑法・商法と訴訟法が民事訴訟法と刑事訴訟法から1科目を選択、法律選択科目が労働法・行政法・刑事政策と訴訟法で選択しなかった方とあといくつか・・の中から1科目を選択、一般教養科目が経済学・心理学・会計学とあといくつか・・の中から1科目を選択で、その論述試験合格者がその後の口述試験を受けることができて口述試験にも合格した人が司法試験合格であったのが、そのうち、法律選択科目と一般教養科目がなくなって、訴訟法は民事訴訟法と刑事訴訟法の両方が必須になり、その後、法科大学院大学を経て司法試験を受けるコースと旧型司法試験とが併用となり、その後さらに、旧型司法試験は受けれなくなったのですが、まあ、ずいぶんと変わるものです。
  かつては、慶應大学の法学部というのは、「慶應の法学部には不定冠詞の a がつく」なんて言いまして(政治学科には丁寧語の「お」がつくなんて話もありましたが)(法学部政治学科は略して「法政」なんて話もありましたし)、これは誰が言うのかというと、経済学部の人間が言っていたのではないかと思うのですが、内部進学の人は経済学部に行きたいという人が多く、又、アメリカ合衆国では弁護士の資格を持った上で企業に勤める人がけっこうあるようですが、日本の場合はそういうケースは少なく、かわりに、司法試験に合格はしていないが大学の法学部卒で企業に就職する人というのが、「企業法人」として勤務しているケースがあったようで、慶應の法学部は、司法試験を目指す人よりも法律についてある程度学んだ上で企業に勤める人が多かったようですが、最近では、法科大学院大学でも、人気がある「上位」の法科大学院大学とそうでない法科大学院大学ができてきて、慶應の法科大学院大学はけっこう「上位」の方になっているようで、時代とともに状況は変わるようです。

  私が高校を卒業した1970年代後半から1980年代初めくらいにかけて、「司法試験に早期に合格する方法」として、私の周囲で多くの人間が考えたことと、私があらかじめ知っていたわけではなく、親がそういうことについての認識があった家庭の人を見て、なるほど、そういうことを考えるものか・・と思ったものを述べます。
1.司法試験に合格者を多く出している大学に行く。
2.東大法学部に行く。
3.慶應義塾高校に行く。
4.浪人しないで大学に入る。
5.どこでもいいから、ともかく「大学」に行く。
6.そういった問題に理解がある家庭に生まれる。
7.地元の国立大学、もしくは、その地域で一番の大学に行く。
・・・とりあえず、このあたりがあったのではないかと思います。

1. 司法試験に合格者を多く出している大学に行く。
  ・・1970年代後半に私は高校を卒業したのですが、その前、5年ほど、もしくは、10年ほどを見て、司法試験に合格者を多く出していた大学というと、東大と中央大がどちらかが1位でどちらかが2位、京大と早稲田大がどちらかが3位でどちらかが4位、慶應大が5位、という年が多かった。この5つを見ると、東京圏が4、関西圏が1で、国立が2、私立が3です。6位以降というと、東京圏では、明治大・日大・法政大あたりに合格者が出ていて、関西では関西大・立命館大に合格者が出ていたと思いますが、6位以降になると、合格者数は多くはなかったと思います。合格者数としては、東大と中央大のどちらかが1位でどちらかが2位という年が多かったのですが、東大は現役合格者が多かったのに対して、中央大は現役合格者数は多くはなかったはずです。
  関西の人間で高校も関西の高校卒の者にとっては、合格者を多く出している大学に行こうとすると、関西の大学では京都大学が最も合格者数が多かったけれども、関西で京大の次に合格者が多い大学というと、関西大学か立命館大学だったはずです。関関同立と関西学院大学・関西大学・同志社大学・立命館大学の4つがセットみたいに言われていましたが、一般に、同志社大と関西学院大の方が関西大・立命館大より「少々上」の評価で、「同志社・関学」の次に「関大・立命」があるような評価でしたが、司法試験合格者数になると、関大・立命の方が多かった。これは、関西学院は、ランバスがキリスト教の布教のためのミッションとして設立した関西学院が大学になったもので、同志社も関西学院とともにキリスト教系と言われているけれども、同志社の場合はクリスチャンであった新島襄がキリスト教の精神に基づいて設けた大学であってもキリスト教の布教のために設立したわけではないらしく、その点で関西学院と同志社は違う点があるらしいけれども、ともかく、関西大学・立命館大学はともに法学部から発祥の大学であるのに対して、関学・同志社はそうではないことと、かつて、戦中、1933年、滝川事件が起こった際、末川博など京大を去った京大法学部の教授が立命館大学の法学部に移籍したことから立命館大学の法学部の評価が高くなった、ということがあったようです。
  ところで、大学入試にしろ、旧型司法試験もしくは新型司法試験にしろ、それ以外の資格試験や公務員試験にしろ、「合格者が多い学校といっても、それは多いというだけのことですよ」なんてことを言う人がいるのです。・・そうだと思いますか? ・・・私は、実際にどうかを分析することもなく、「多いというだけのことですよ」とかそんなことを軽々しく言う人というのは無責任であり良心的ではないと思うのです。その無責任な人間の代表格として、北野高校で私が3年の時に担任だったO谷郁三(男。当時、40代。出身大学:不明)がいます。彼は「司法試験の合格者が多かったとしても、それは、単に多いというだけのことですよ」なんて言うのでした。「大学入試でもそうでしょ。ここの高校の卒業生でも通った人間もおれば落ちた人間もいますでしょ。それと一緒ですよ」なんて言うのでしたが、今から考えると、あの男、よくもまあ、そういういいかげんなこと、無責任なことを言うものだと思います。
  うちの父親は「ええ先生やで、あの先生は」などと言っていましたが、今から考えると、そんなこと言っていたということは、やっぱり、うちの父親というのはアホだったなと思います。ひとつには、「ええ先生や」とか言って、親が学校の教師をほめると、調子に乗って「家族の政治学」において親の方に加担して生徒に敵対するようなる教師が多いようで、どうも、それが学校の教師の職業病みたいなところがあるので、それで、うちの親は「家族の政治学」において、教師を親の側につけようとして教師の機嫌を取ることがあったようで、そんなものに乗っかって生徒に敵対したのでは教師にならないのではないかと、もしも私が学校の教師の仕事についていたなら考えますが、ところが、そうは考えないで、親に加担して生徒に敵対する教師というのがけっこういたようで、おそらく、今もいるでしょう。柴田孝之が『東京大学機械的合格法』(実業之日本社)で「能力的に優秀で人間的にも優れている教師というのは、実は、多くの人間が考えているよりもはるかに少ない」と述べていたが、実際そうだと私も思います。
  うちの父親は「わしはスーパーマンやねん」などと言っていたのですが、実際は「パーマン」か「スーパーパーマン」かどっちかだったのではないかと思います。「スーパーマンということは、空、飛ぶんですか?」と言うと、「何、言うとるんじゃあ。そんなもん、飛ぶか、そんなもん!」と言うので、「スーパーマンなのに、空、飛ばないのですか?」と言うと、「飛ぶか、そんなもん。」と言うのでした。空、飛ばないスーパーマンて、そんなスーパーマンがあるのでしょうか。「そしたら、スペシウム光線とか出すのですか?」と言うと、「出すか、そんなもん。ええかげんにせえよお、ええかげんにい」と言うので、「なるほど、ウルトラマンやのうてスーパーマンですから、スペシウム光線は出さないんですね。そしたら、何を出すんですか?」と言うと、「アホか、おまえはあ。そんなもん、なんも出すかあ。ええかげんにせんかあ」と言うので、「空も飛ばないし、スペシウム光線も出さないスーパーマンですか。・・ということは、普通の人間とどこが違うんですか? 『空は飛ばなくてスペシウム光線も出さないけどもスーパーマン』というのは、アラレちゃんみたいなもんですか?」と言うと、「何を言うとるんじゃあ、何をお~お」と言うのでしたが、なんかようわからんけども、その「空、飛ばないスーパーマン」というやつだったそうです。
   まず、「多いというだけのこと」であったとしても、《「多いというだけのこと」でしかない》のか、それとも、《「多いというだけのこと」はある》のか、そこが問題です。そのあたりについても、適切な分析をせず、一般論として、何であれ「多いというだけのことですよ」と言ってきかない男というのは、北野高校という進学校で3年の担任は持たない方がよかったのではないか、と思いますね。

  私が高校卒業時に東大を落ちた後、大谷は「ここの高校でもそうでしょ。京都大学に何人も合格していても、だからと言って、ここの高校に入学したら誰でも京都大学に行けるわけではなくて、通った者もおれば落ちた者もいるでしょ」などと言うのでした。そのあたりからして、「?」とこの男について私は感じるようになりました。
  大学はさっさと現役で通った方がいいか落ちた方がいいかというと、通った方がいいに決まっています。私は結果として浪人しましたが、だからと言って「浪人した方がいい」なんて言うつもりはありません。
  北野高校でクラブのOBで、大阪市西淀川区の大阪市立歌島中学校卒で大阪大学の工学部に行ったS本が、しばしば、クラブの練習に顔を出して(それは、阪急「十三(じゅうそう)」駅から彼の自宅に帰る途中の位置に北野高校があったからということもあったと思いますが)、「1年の浪人はええぞお。1年の浪人はした方がいいぞお」「1年の浪人はする価値あるぞお」だの、「京大よりも阪大の方が勉強できていいぞお」などとさかんに高校生に行って、現役で合格できる可能性がある人間を浪人させよう、京大に行ける可能性がある人間を阪大に行かそうとしてしかたがなかった。「こいつ、嫌なやつだな」と何度も思ったものでした。S本を見て、「阪大には行きたくないなあ」と思い、そうなると、京大か東大に行かないといけないことになったのですが、しかし、その思考はあまりしない方がいいと思います。特に、浪人なんてしてしまいますと、高校3年まで自分と同じ学年だった人間の何人かが先に大学に入学してしまいますから、「あんなヤツが行ったような大学なんて誰が行くかあ」・・・なんて考え出すと・・・、結果として、行ける大学というのがものすごく限定されてしまうことになります。そういうことで、自分の進路を混乱させられたのでは馬鹿くさいですから、しばしば、高校のクラブの練習にしゃしゃり出て来て、「1年の浪人はええぞお。1年の浪人はした方がいいぞお」「1年の浪人はする価値あるぞお」だの、「京大よりも阪大の方が勉強できていいぞお」だのとそういう文句を何度も何度も高校生に言いに来る男というのは、「こいつ、いったい何しに来てるんだ」と思いましたし、又、OBが卒業後に高校に来てクラブに顔を出すのは一般には歓迎しましたが、しかし、そんなことを高校生に何度も言いに来るヤツというのは、そんなことを言いに来るのなら来ないでもらいたいものだ、と思いました。 私だけではなく彼にそういう思いをした人間は何人かいたようでしたが、自分ができたら京大に行きたいと思っていたが浪人して阪大に行ったということから、高校に顔を出して、「浪人した方がいいぞお」だの「1年の浪人は得るものが多いぞお」だの「京大なんて行くよりも阪大の方がいいぞお」だの何だのかんだのと、よくも、そこまで言うものだというくらい言いまくる男というのは、そういうのを「しっかりしている」とか思う人というのも世の中にはいるらしいのですが、どう思われるか知りませんが、私は、結果として浪人してしまったし、結果として、2浪しても東大の試験に落ちてしまって、慶應大に行ってしまいましたが、たとえ、自分がうまくいかず失敗してしまったとしても、だからといって、高校のクラブの練習に何度も顔を出して、「浪人した方がいいぞお」だの「1年の浪人は得るものが多いぞお」だの「京大なんて行くよりも阪大の方がいいぞお」だのと高校生に言いに行くという、そういうS本みたいなことだけはやりたくない、と思ったものです。私は彼のそういう態度には相当むかつきましたが、人によってはそこまで感じなかった人もいたかもしれませんが、いいとは思えませんね。但し、私は、現役で合格できるものなら現役で大学には進学した方がいいけれども、浪人してしまったならば、そこで経験するもので得るものもあるかもしれませんから、浪人してしまった人は、してしまった以上、特に悲観しないで、「その経験から得るものもあるかもしれない」と思ってやればいいと思います。但し、S本などを見て、嫌だなあと思ったのは、「1浪で大学に入学した人」には、「1浪はいい経験だ」とか「2浪以上すると人間性がねじ曲がってしまうけれども、1浪は苦労を経験して人間性が向上する」とか何とかかんとか言いたい放題言う人間が大変多い、という点で、よくそういう勝手なことを言うなあと思います。遠藤周作が『わが青春に悔いあり』(角川文庫)で、「浪人の経験」と言えるのは2浪以上の浪人のことであって、1年の浪人の経験をして大学に入った手合が「浪人の経験も人生経験としていいものさ」とか何とか言うのを見ることがあるが、笑止千万である! と書いていたが、私もそう思います。 遠藤周作は、日本で手術というと、心臓の手術と脳の呪術と肺の手術の3つが大きな手術とされていて、それから考えると胃の手術なんてたいしたことないし、ましてや、盲腸の手術なんて受けるために入院している患者というのは、病院では、肺の手術で入院している者に出会うと将校に出会った初年兵みたいに挨拶して行きよる・・なんて書いていたが、だからと言って、そんなことを自慢にするのはあんまり賢明な人間のすることではないと思うので・・・と、肺の手術で入院した経験のある遠藤周作は書いていたのだが、一般に、「浪人の経験」と言えるのは2浪以上の浪人のことであるし、1浪で大学に入学した者がそれを「1年の浪人はいいぞお~お」などと言って本来なら浪人なんて自慢することとは違うはずなのに自慢するような人間というのは、あんまり立派な態度ではないと思います・・が、そういう人はいますね。フリードリヒ=ニーチェは『ツァラトゥストラはこう語った』で、「汝らの使命は蠅叩きとなることにあるのではない」と語っており、そんなやつをポンポコ叩いて人生を浪費するのは愚かかとは思うが、しかし、そういう類のむかつくヤカラはいます。
※《YouTube-「ツァラトゥストラはかく語りき」'Also Sprach Zarathustra' Einleitung (ジュゼッペ=シノーポリ指揮、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団)》 https://www.youtube.com/watch?v=lXKox3LfO-Q
  私は、自分が結果として浪人してしまいましたが、だからといって、出身校の高校生を浪人させてやろうとして「浪人した方がいいぞお」などと高校生に向かって言うようなヤカラと一緒にはなりたくないと思っていますし、そんなヤカラとは違うという矜持を持っていますが、しかし、片方で、「本当に浪人の経験と言えるのは2浪以上」だと遠藤周作が『わが青春に悔いあり』(角川文庫)で述べているのはまさにその通りだと思いますが、たとえ、1年の浪人であっても、慶應大学の学生に多い「三流以下高校卒で高校卒業時においては、せいぜい法政あたりでも通ればいいとこであった人間が、1年浪人してその間に慶應大のその学部の入試科目だけを勉強して慶應大に合格して1浪で入学した」というような「最初から1浪は予定のうち」であった手合ではなく、北野高校の出身者のように高校卒業時において「高校卒業時において、どこでもいいというわけにはいかないけれども、絶対にどこということを言わなければどこかは合格できる所はあった」という者が浪人した場合には、それでも現役で行けたならその方がいいけれども、たとえ、1年の浪人でもそこで経験したものから得る認識で有益なものはあるのではないか、とは思います。
  まず、第一に、2浪した後の3月、高校2年の時のクラス会があったのですが、高校3年の時も同じクラスだったある女性が「大谷先生どうしてられますか」などと私に言ったのです。浪人しないで大学に進学した人は、卒業後、高校の先生とはクラス会でもなければそれほど会わないのに対して、浪人した人間は、最低でも「調査書」(内申書)を書いてもらうために高校に行きますし、高校の模擬試験を受けるために高校に行ったりしますし、浪人中は「気持ちが、半分、高校生」みたいなところがありますから高校に顔を出すことも多く、又、浪人中は同じ高校の3年生と模擬試験や本番の試験その他で会うことも多く、高校の先生についての話が入ることもさっさと大学に入学した者よりも多いので、それで、結局、2浪もしてしまった私に「大谷先生、どうしてられますか」などという言葉を言ったようでした・・・・が、私の方では「え?」という感じでした。・・あの男をそんなふうに思っていたの? ・・・と。 「まさかの友こそ真の友」なんて言葉がありますでしょ。あの大谷という男が私が浪人中にどういう態度を取ったか? ・・最初、私にだけなのか?  そこまで嫌われるようなことはしていなかったと思ったのだが・・と思ったのですが、私にだけではなかったようです。 高校3年の時に同じクラスだった者で、「なんでか、大谷、最近、冷たいねん」と不思議そうに言う者が同じ予備校に行った者でいましたが、大谷郁三という男はそういう態度だったのです。それを、浪人しないで大学に進学した人は大部分の人間が知らなかったのです。 「『序列主義』というのは、まず、その言葉からして嫌な言葉ですね」とか「学問というのはどの大学に合格できるかというそういうことでやるものではない」とか「学問によって人間を序列づけるというのは、学問のあり方としておかしいのは明らかで、そういうもののために学問はあるのではない」とか「どの大学に行くかではなく、大学に通ろうが落ちようが関係なく学問は続けていくべきものだ」とか、そのこと自体は間違いではないけっこうな文句を言いまくる男が、自分が高校3年の時の担任だった生徒が浪人すると、浪人生に対してどういう態度を取ったのか?  大谷のそれらの「けっこうな文句」から考えると、およそ、考えられないような態度だった、ということを浪人しないで大学に進学した人間は大部分の人間が知らなかったのです。
  まず、最初に「え?」と思ったのは、大谷の、現役で大学に行った人間=「ええもん」、落ちた人間=「悪もん」みたいな言い方で、それは違うのではないか・・と思いました。私は、たしかに、現役でさっさと合格して京大でも東大でも行った方がいいと思いますよ。しかし、それは、本人のためにその方がいいということであって、現役で大学に行った人間=「ええもん」、落ちた人間=「悪もん」みたいな言い方というのは、それは違うのではないか、と思ったし、何より、「『序列主義』というのは、まず、その言葉からして嫌な言葉ですね」とか「学問というのはどの大学に合格できるかというそういうことでやるものではない」とか「学問によって人間を序列づけるというのは、学問のあり方としておかしいのは明らかで、そういうもののために学問はあるのではない」とか「どの大学に行くかではなく、大学に通ろうが落ちようが関係なく学問は続けていくべきものだ」とか何とかかんとか、高校3年の時に大谷が言いまくった「けっこうなお話」「けっこうな文句」から考えて、そういう考え方で高校教諭をやっている人なんだなと思い込んでいた人間にとっては、浪人した人間に対する大谷の態度というのは、あまりにもギャップが大きかったのです。 10年ほど前でしたか、大谷が北野高校の教諭を退職するというので、卒業生で送別会をやろうとした人があったようで、北野高校のホームページで見たか、北野高校の卒業生向けの年誌のようなもので見たかしましたが、「へえ~え!?! あんな男に送別会をやってやろうという人間がいるのかあ」とびっくりしました。
  大谷は言ったのですよ、「進学指導は高校の教師の仕事とは違う」と。私は最初にその文句を大谷から聞いた時、あくまで、高校の教諭の仕事というのは、高校生が人間的にしかるべき人間に成長するのを手助けしたり、それぞれの学問について学ぶ意欲を持つように協力したりすることが本業であって、大学進学に成功するかどうかが第一ではない・・ということを言っているのであって、大学進学を第一に考えるのは高校教諭の本来の姿ではない、と言いたいのだろうと思い込んでいたのでしたが、浪人してわかったのですが、そうではなかったのです。そうではなく、大谷は自分が大学進学について、大学入試についてわかっていないから、そんなことを言いまくってごまかしていたのです。「進学指導は高校の教師の仕事と違う」と言って、「通るやつは通ればいいが落ちるなら落ちればいい」みたいな態度、親が京大や東大の出身か京大や東大を受けたが合格できずに早慶あたりに行ったという親の息子・娘ではない生徒に対して親のかわりとなってなんとか行きたいと思う大学に行かせてやろうという姿勢を取った上で、それでも、「人間はどの大学に行ったかで人間の値打ちが決まるのではない」ということを認識してもらいたいと言うのならいいけれども、結論として、あの男は自分があまりいい大学を出ていないから、だから、「人間はどの大学に行ったかで人間の値打ちが決まるのではない」とか何とかかんとか言いまくっていただけであったのです。
  進学校の高校3年の担任を持っている日本史の教諭というと、大学入試について、特に、「京大合格者数1位で阪大にも何人も合格者を出していて東大にはそれほど多くはないが進学する人もある高校」で3年の担任を持っている教諭であるならば、大学入試についてもある程度以上わかっていて、生徒の相談に乗る能力も意志もある人であろう・・・なんて思いませんか? 実は私も高校3年の時はそう思っていたのでした・・・が、知ってますか? なんて言っても知らないでしょうけれども、私は2浪したおかげで知りました。あの男、東大の入試科目を知らなかったのですよ。進学校の3年の担任を受け持っておきながら、東大の入試の試験科目を知らなかったのですよ。
  大谷の日本史の授業内容は、「・・について、あなたはどう思いますか?」と生徒にききながら、わかっているかわかっていないかにかかわらず、「考えることによって理解し、考えることによって覚える」というやり方で、それは京大・阪大の日本史の試験には効果はあったと思いますが、「・・について800字以内で述べよ」といった東大の二次試験には対応していなかった。それを、私は、北野高校というのは京大志向の高校(もしくは、京大・阪大志向の高校)であって東大を仮想受験校とする高校ではないからであろうと思ったのでしたが、もしかして違うかもしれない、とも比較的最近になって思うようになったのです。 坂本功『木造建築を見直す』( 岩波新書)では、法隆寺など飛鳥建築をすばらしいと称賛する人がいるが、たしかに、そういう古い時代の工人が作ったものとしては、相当よくできているとは思うけれども、その一方で、ほめ過ぎと違うかと思われるところもあり、たとえば、五重塔というのは地震に強いと言われるけれども、大阪市天王寺区の四天王寺の五重塔は室戸台風の時に倒壊しており、室戸台風というのは台風でもものすごい台風だったということもあるけれども、それとともに、五重塔が地震に強いというのは、あくまでも、「行ったり来たり」の揺れである地震の揺れに対して強いということで、一方向から継続的に力が加わる台風の力に対しては必ずしも強くなかったのではないのか、という点と、五重塔が「行ったり来たり」の地震の揺れに対して強かったとしても、はたして、それは地震に強い建物を作ろうとして作った結果なのか、それとも、そうではなく、だから価値がないということではないし、それでもなかなかよく作られたものだとは思うけれども、たまたま、作ったものが地震に強いものになっていたということなのか、というと、後者と違うのか・・・ということが述べられていたのでした。 「『大谷の日本史』が京大阪大型の試験には対応していた」というのは、五重塔の耐震性みたいなもので、京大阪大型の日本史の入試問題を検討してそれに対応することを考えておこなわれていたものではなく、たまたま、大谷の好みでやったものが、東大の問題にはあまり対応していなかったが京大阪大型の問題には対応していた・・ということだった、ということと違うのか。おそらく、そうだと思いますよ。
  大谷は、私が浪人中にも私に言ったのです。「進学指導は高校の教師の仕事と違う」と。それだけではなく、高校3年の時の担任だった大谷に相談に乗ってもらいたいと思って北野高校に大谷を訪ねていくと、「おう、来たのか。ちょっと待ってくれ」と言い、しばらく待たせた上で、「出ようか」と言うので、高校3年の時の担任だった教諭に相談に乗ってもらいたいと思って尋ねて行った前年に担任だった生徒を「ちょっと待ってくれ」と言って待たせた上で、「出ようか」と言うので、そこで話を聞くのではなく、喫茶店にでも一緒に行って話をしようということか・・と思うと、大谷は、大谷の机があった社会科教諭の教員室を出ると、すたすたと歩いて校門を北に出ると、十三駅の方に向かって相当速足であるき、そして、十三駅付近の喫茶店などの前もさっさと素通りして、そして、阪急「十三(じゅうそう)」駅の改札口で「じゃあな」と私に言って改札口から中にさっさと入って消えてしまったのです。相当ショックでした。あんなこと、普通、やりますか? 高校の教諭の仕事というのは高校生に教えることが仕事であって卒業した生徒の相談に乗るのは高校教諭の仕事と違うと彼は考えていたようです。しかし、北野高校では、高校3年の担任を持った教諭は翌年は担任は持たないで翌翌年にまた単にを持つようになっていて、大谷は私が1浪の時は担任を持たず、2浪目の年は担任を持っていたのでしたが、それは2浪以上する人もあるけれども数は多くなく、1浪する人間はけっこうあるので、それで3年の担任を持った教諭は翌年は担任を持たないようにしていたはずなのです。卒業した人間の相手をするのは高校教諭の仕事と違うと認識しているのなら、そういう配慮は必要なかったはずです。
  何より、大谷は「進学指導は高校教諭の仕事と違う」と言うけれども、そんなこと思っているのなら、進学校の教諭ではなく、ほとんどの生徒が大学に進学せずに就職する高校の教諭になれば良かったはずですが、「進学指導は高校の教師の仕事と違う」とか発言して、それも、「高校生が人間として成長するのに協力することや、それぞれの学問分野において興味を持ち学習意欲を持つように指導することが第一の仕事であって、大学進学が第一と考えるべきではない」という意味ではなく、本当に大学進学について指導する気持ちなんかない、という男は、そういう男は、もしも、ほとんどの生徒が大学に進学せずに就職するような高校の教諭になったなら、その時は、おそらく、こう言うでしょう。「就職の世話は高校の教師の仕事と違う」と。大谷郁三という男はそういう男だったのです。それを浪人せずに大学に合格して入学した人間は知らないうちに大学に行ってしまったのです。実は、私の伯父が、大学に進学する生徒なんてほとんどない、ほとんどの生徒が卒業後は就職する大阪府立の高校の教諭をやっていて、「北野高校などの先生はうらやましい」と常々言っていたのです。どこがうらやましいかというと、「教えてればいいのだから」と言うのでした。それでは、伯父は「教える」こと以外の仕事が多かったのかというと、「喧嘩して警察につかまって、身元引受人になって引き取りに行ったり、女の子が妊娠したといって病院に行ったりと、そんなことばっかりやらされて、これが高校の教師の仕事かと思う。そんなもの、高校の教師の仕事と違うと思うんだけどなあ」と言っていたようです。それでも、「仕事と違うと思うけれども」、それでも、喧嘩して警察に捕まったやつとか、妊娠したといって病院にいる女の子の所に、自分が行ってやらないと誰も行ってやる人間がいないというのは「誰も行ってやる人間がないというのは、かわいそうだろう」と言って、「自分の仕事とは違うと思うんだけども」と言いながら行ってあげていたというのです。うちの父親にも「お宅の会社でうちの高校の卒業生を雇ってやってくれないか」と頼んだりもしていたようです。「就職の世話は高校の教師の仕事とは違う」とは言わなかったようです。そのあたりを見て、浪人中は、ずっと不思議に思い続け、なんでだろう、どうしてだろう、どうして、大谷はこんな態度をとるのだろうか・・・と不思議に思い続けたのでしたが、結論として、そういう人間だったのです。そういう人間だったと思えば、別に不思議でも何でもないのです。そんな人間を買いかぶっていた私などの方が間違っていたのです。ですから、大谷が北野高校を退職するからといって、送別会なんてやる人の方がアホなのです。そんな人に送別会なんてやるべきではありません。なにしろ、「送別会は卒業生の仕事とは違う」はずですから。
  大学に現役で合格して進学した者が「ええもん」で、高校卒業時に落ちて浪人した者は「悪もん」なのか? ・・私はさっさと現役で通って大学に進学できればその方がいいと思っていますが、だからといって、大学に現役で合格して進学した者が「ええもん」で、高校卒業時に落ちて浪人した者は「悪もん」だとか、そういうことではないと思っています。 だいたい、浪人してしまったといっても、何も人を殺したわけでもないのです。大谷の態度・発言は理解に苦しむものでしたが、「もともと、その程度の人間」だったのだと今は思っています。あんなヤツを買い被っていた私が愚かでした。ただ、それを現役で大学に進学した人にはあの男の本性を知らないうちに大学に行ってしまい、あんなヤツに送別会をやってあげようなどと考える、私などから見ると「アホ丸出し」がいたようです。「進学指導は高校の教師の仕事と違う」と明言し、浪人中の卒業生が相談に乗ってほしいと思って訪ねて行っているのに、「おう、来たか。ちょっと待ってくれ」と言ってけっこう長く待たせた上で、「出ようか」と言って部屋を出て校門を出ると、すたすたと、けっこう速足で歩いて十三駅まで行き、十三駅の改札口で「じゃあな」と言って中に入って行った男に、なんで、送別会なんてやってやらなければならないのか!?! そんなヤツに送別会なんてやったら、間違いなく、アホや!!! ということになる。 そこまでアホのつもりはないのだが、そんな男に送別会をやってやろうという人というのは、その男がどういう人間か知らないから送別会をやってやろうと考えるのか、それとも、その男は私にはそんな態度を取ったが別の人間には別の態度を取っていたからなのか、どちらにしても、「その程度の男」であり「その程度の男」に送別会なんてやってやる必要はないはずである。そんな男に送別会をやりたいという者もまた、「その程度の人間」の同類と評価される人間だということになるだろう。

  まず、柴田孝之が『東京大学機械的合格法』(実業之日本社)で書いていたが、大学合格のためにはこうすべきだと言われているものを、すべて実行できなかったとしても、すべて実行できなければ必ず落ちるというものでもないし、それらを実行すれば必ず通るというものでもないのです。通った人といえども、すべてにおいて成功したわけではないし、落ちた人間といえども、すべてにおいて失敗したわけでもないのです。それを、通った人間=「ええもん」、落ちた人間=悪もん みたいに言う男というのは、まず、そのあたりの思考からしておかしい。

  北野高校に入学した1年の時、英語のT先生が「京大に百人以上通ったといっても内部進学の高校から系列の大学にそれだけ行ったというのとは違って、試験に合格して行ったわけだから、この高校に入学してもそれだけ勉強しなければ京大に行けるわけではない」と言われたことがあったが、それはそうでしょう。しかし、それをもって「多いというだけのことですよ」とかいう人がいますが、それは正しくはない。内部進学で系列の大学に進学するのとは違ったとしても、やはり、京大に合格者を多く出している高校に行っておいた方が京大に行きやすいし、東大に行きたいのなら東大に合格者を多く出している高校に行っておいた方が行きやすいでしょう。大谷は「どれだけ勉強したかの問題であって、どの学校に行っていたかは関係ない」とか勝手なことを言っていましたが、それは嘘です。
  同じ中学校から灘高校に行って東大の理科一類に現役で通った男がいたのですが、彼と電車中で会った際に話していて、「え?」と思ったことがあったのです。1979年の入試から共通一次試験が始まる前、1978年の入試までは、東大は1次試験と2次試験があり、1次試験は数学・英語・国語・理科・社会の5科目で、理科と社会科はそれぞれ2科目を選択することになっていて、2次試験は文科一~三類は数学1・2B、英語、国語が現代国語・古文・漢文で、社会科は2科目を選択。理科一~三類は、数学1・2B・3、英語、国語が現代国語・古文・漢文で社会科は2科目を選択でした。ここで、勘違いしていた人がけっこうあったのではないかと思うのが、1次試験の後に2次試験があり、1次試験に合格した者が2次試験を受けることができたのですが、そのため、1次試験を「足きり」だと思い込んでいた人がいたのではないかと思うのですが、あれは「足きり」とは違うと思います。「足切り」だと思い込んで受けて、その1次試験に落ちてしまってショックを受けたという人もけっこういたようですが、そもそも、1979年からの共通一次試験より前の1978年までの東大の1次試験というのは「足切り」と違う、と思うのです。
  私が受けて通った資格試験では、インテリアコーディネーター試験は、10月に1次で学科試験が実施され、その合格者は12月に2次試験を受けることができて、2次試験では私が2次に合格した年の1996年の前年の1995年から製図と論文の試験になりました。1994年までは製図と小論文と面接だったのですが、会社の採用ではなく資格試験で面接をやってもあまり意味がないということからだと思いますが、1995年から面接はなくなり、製図の試験時間が長くなってより本格的な製図の試験となり、「小論文」が「論文」になって、これも試験時間が長くなってより本格的な内容を問われるようになりました。インテリアコーディネーターの1次試験の学科試験は、受験者10人中7人落ちて3人通る試験と言われていましたが、2次試験は1次の合格者のうち10人中7人通って3人落ちる試験と言われていました。この場合ですが、1次試験は「足切り」だったのか? というと違うと思います。内容が違うのですから。インテリアコーディネーター試験は私が合格した時は、業界団体のインテリア産業協会が試験を実施して、合格して登録すると「通産省(現 経産省)認定国家資格」となった国家資格だったのですが、小泉行政改革で民間資格に格下げされてしまい、「国家資格であれ民間資格であれ価値があるものはあるし、価値がないものはない」とか言う人もありますが、企業の採用担当者とか、雇用能力開発機構(現 高齢・障害・求職者雇用支援機構)の「就職コンサルタント」とかで、「国家資格は価値がある、民間資格は価値がない」としか考えることができない単細胞というのがけっこうおりまして自分が採用する側の時には「国家資格であれ民間資格であれ価値があるものはあるし、価値がないものはない」のだと考えるべきでしょうけれども、自分が応募する側の時に、「国家資格は価値がある、民間資格は価値がない」としか考えることができないアホ採用担当者に「あんたの考え方は間違っている」と指摘するわけにもいきませんので、実質、国家資格だった時代に合格・登録したのにその資格を持っている価値が下がってしまいましたが、そのインテリアコーディネーターの試験は、1次に学科があって、1次の学科に合格した人は2次の製図と論文の試験を受けることができて、それに合格した人がインテリアコーディネーター試験に合格で、インテリアコーディネーターとして登録することができますが、1次は「足きり」なのかというと、そういうことではなく、学科についての試験と製図と論文についての試験の両方の試験に合格できる能力があってインテリアコーディネーターだという試験で、学科を「足切り」と考えるべきではなく、「足切り」と考えてしまうと、学科は通って当たり前みたいですが、1次の学科は受ける人10人中、通る人3人、落ちる人7人という試験であり、通って当たり前の試験ではなかったのです・・・が、1978年までの東大の1次試験・2次試験も、1次を「足切り」とか考えるべきではなく、2種類の視点から能力を見る試験が実施されていた、と考えるようにした方が良かったように思います。
  キッチンスペシャリストの試験(インテリア産業協会実施)は、これは1次と2次とではなく、学科と製図の試験が11月の同じ日の午前と午後におこなわれ、両方通ってキッチンスペシャリスト合格ですが、受験を申し込んだ人は学科で合格点を取っているかいないかにかかわらず製図の試験を受けることができましたが、学科だけ合格点を取れていた場合は、学科合格の年の翌年から3年間、学科免除で製図のみ受けることができました。これも、学科は「足切り」ではないのです。インテリアコーディネーター試験と似たような形式のものとして、二級建築士・一級建築士の試験も、1次で学科試験が実施され、2次で製図試験が実施されたのですが、これも1次の学科は「足切り」というわけではなく、学科の能力と製図の能力の両方で合格点を超える能力がある人を合格にしようというもののはずです。
  1978年までの東大の試験というのは、それに近かったのではないかと思うのです。 鬼頭政人『新 司法試験予備試験に独学合格する方法』(2019.9.15.新版 中央経済社)に、現在の司法試験の短答式試験と論文式試験について、
《 論文式試験は、まさにその法律解釈の基本がわかっているのか、ということを法律7科目(プラスα)について問われる試験です。
  逆に、短答式試験は、法律の解釈の基本というよりは、各法律の基本的な知識が身についているかどうかを問う試験です。》
と書かれているのですが、1978年の試験までの東大の1次試験と2次試験の関係というのは、この司法試験の短答式試験と論文式試験の関係と似ているかもしれない、と思います。1978年までの東大の試験は、文科一~三類では、数学・英語・国語・社会科は1次も2次もあり、理科だけが1次にあって2次にはなく、理科一~三類は、逆に、数学・英語・国語と理科は1次にも2次にもあって社会はは1次にだけあって2次はなかったのですが、1次にも2次にもあった科目でも、出題形式が違ったのですが、なぜ、同じ科目で異なる形式の試験をおこなったのか、というと、そこで問うていた能力が異なったのではないかと思います。

  1970年代後半、浪人して行ったYMCA予備校高槻校の京大東大文系クラスの「主事」というよくわからん役職の藤井という男が「YMCA予備校の模擬試験はどこの大学の入試にも絶対に相関関係がある。YMCA予備校の模擬試験でいい成績を取れればどこの大学の問題でもいい成績を取れて、YMCA予備校の模擬試験でいい成績が取れなければどこの大学の問題でもいい成績は取れない」などと言ってきかなかったので、こいつ、絶対にアホや! と思いました。 絶対にそんなことはありません。どんなによくできた模擬試験でも、どこの大学の問題にも相関関係が大きいなどというものはありません。まず、私は高校3年の12月に代々木ゼミナールの東大模試を受けたのですが、1次試験の方の判定は
《文科一~三類の中で最も難関の文科一類で「A」》で、それも、
《「A」の中でも上の方の「A」》でした。
ですから、もしも、その時の代々木ゼミナールの模擬試験が模擬試験ではなく本番の試験で、しかも、1次試験だけで合否が決まるという試験であったなら、けっこう上の方で文科一類に合格できた・・ということになります・・が、それは本番の試験ではなく模擬試験であり、かつ、1次試験の点数の順位で上から順番に合格というものではなく、1次と2次との両方に通らないと合格ではなかった。代ゼミの東大模試では1次試験はけっこう上の方の「A」だったのですが、ところが、2次試験の方は、あんまり言いたくないけれども、まあ、あんまりいいものではなかったのです。本番の試験であれば、1次試験の受験者層と2次試験の受験者層は同じではありませんが、模擬試験の場合は1次の成績が良くても悪くても2次の問題も受けることができ、1次が終わった時点でショックを受けて帰ってしまったとかいう人が1人か2人かいたとしても、そのくらいのもので、1次の受験者層も2次試験の受験者層も同じ受験者ですから、数学・英語・国語・社会科の4科目はどちらにもある試験で1次の受験者中での順位と2次の受験者の中での順位とが大きく違うというのは、私の場合は、どうも、社会科で京大阪大型の試験では京大や阪大を受けようという人の中でもいい成績を取れたにもかかわらず、東大の二次試験で出た「・・について、800字以内で述べよ」といった問題がうまく書けなかった、という点もあったと思いますが、それは、やはり、その問題の出題形式によって取得できる点数は変わってくるわけです。 私は高校3年の時の12月に代ゼミの東大模試を受けた時に、それぞれの科目についての学習がどうかよりも、東大の入試の試験問題についての対策が不足していることを実感したのです。大学入試でどれだけの点数を取れるかは、それぞれの科目についてどれだけ学習したかとともに、その試験問題についての対策をきっちりと取れているかということと、その両方で決まりますところが、YMCA予備校高槻校の京大東大文系クラスの「主事」という藤井という男は、私がどんなに説明してあげても、絶対に理解しようとしないのです。「主事」という職種についていた男がYMCA予備校の高槻校では3人おり、一番若い浜野くんという男は、はっきり言わせてもらって、「あんまり評価の高くない大学を出たばかりです」と顔に書いてありましたが、藤井と隅という2人は、ある程度以上年齢がいっていましたので、大学を出たばかりの人間と違ってある程度以上年齢のいった人間は、顔を見ただけではどんな大学を出たかはわかりにくいのですが、話すことを聞いていて、この人はあんまりいい大学は出ていない人だとわかりました。藤井は「ぼくは早稲田の政経でてるんだけどな」と1日に最低3度は言わないと気がすまないという男でしたが、私はそれを聞いて「早稲田大学というのはくだらん大学なんだなあ」と思ったものでしたが、藤井としては「ぼくは早稲田の政経でてるんだけどな」と何度も繰り返して言えば、それで人は自分を評価してくれるものだと思っているのに、それなのに評価してもらえないというのが不満だったようで、「地方によって大学の評価が違う」とか言うのでしたが、たしかに、大阪府の私立の摂陵高校が早稲田大学と提携して早稲田摂陵高校と名称変更し、「上位3割に入れば早稲田大学に進学できる」ということにした時に週刊誌に「早稲田大学の人間は、自分の所を『東大の次の大学』みたいに思っているかもしれないが、関西の人間はそんなこと思っていない。関西の人間は、早稲田大なんて、『関関同立と同じくらい』か、『もしかすると、関関同立よりもちょっとだけ上かもしれん』くらいにしか思っていない。早稲田大の人間は『上位3割の生徒は早稲田大学に内部進学で行ける』というと大喜びするだろうと思っているようだが、関西の人間の感覚とは違う。それを早稲田大学の人間はわかっていない」と書かれていたのですが(関西の人間の感覚としては「上位3割に入ると早稲田大学に内部進学で行ける」よりも「ほとんどの生徒が一般入試で関関同立に行ける」の方がいいでしょう、もしくは、入学後、早稲田大に行くために「上位3割」に入ろうと必死で勉強するくらいなら大阪市大か大阪府大〔この2つが合併して「大阪公立大学」になるらしいが〕か滋賀大か和歌山大にでも一般入試で行けるように勉強した方がいいでしょう)、たしかに「大学の評価はその地方によって違いがある」ということもあるでしょうけれども、YMCA予備校の藤井が受講生から評価しれもらえなかったのは、それは早稲田大学についての評価がどうであるかの問題ではなく、藤井の言うことやることがおかしいからです。「どこの大学の問題にも相関関係が大きい模擬試験」なんてそんなものはありません。北野高校の模擬試験は京大・阪大・神戸大には相関関係は大きかったと思いますが、東大にはそれほどではなく、早稲田大にはもっと相関関係はなかったと思います。YMCA予備校の模擬試験というのはどうなのか、というと、まず、YMCA予備校の模擬試験の作成者はどこの大学の問題を想定して作っているのか、それがまず不明確です。1979年の試験から共通一次試験が実施されたので、共通一次試験の対策と受ける大学の二次試験の対策の両方をおこなわないといけませんが、YMCA予備校の模擬試験というのは、マークシート方式の部分とそうでない部分からなりましたが、マークシート方式のものがあるから共通一次試験対策になっていると藤井は言うのでしたが、マークシート方式であればどんな問題でも共通一次試験対策になるのかというと、「塗る練習」にはなるかもしれませんが、共通一次試験の問題を想定したものではないマークシート方式の問題なんて、共通一次試験の対策にはなりません
  「YMCA予備校の模擬試験でいい成績を取ったものは本番の試験でもいい成績を取れる。YMCA予備校の模擬試験でいい成績を取れない者は本番の試験でもいい成績は取れない」とYMCA予備校の「主事」の藤井は言うのでしたが、実際にそうであったかというと、そうではなく、藤井自身が「YMCA予備校の模擬試験ではいつもいい成績をとっていて、YMCA予備校の模擬試験の判定では絶対に通るという成績だった女子生徒で人間性が悪くて文学的素養のない人間がいて、模擬試験の成績はものすごく良かったけれども、京大の文学部の試験は2年浪人してもそれでも落ちた。人間性が悪い人間とか文学的素養がない人間というのは、模擬試験でどんなにいい成績を取っていても京大の試験は落ちるようになっているんだ」と言うのでしたが、私はその女性と会ったことがないのでどんな人か知りませんが、よくまあ、そこまで言うもんだなあ・・と思いました。又、こいつ、来年は俺のことをそんな感じで言うのだろうか? ・・とも思いました。どうも、YMCA予備校高槻校の「主事」の藤井という男は、昨年の受講生の悪口を今年言い、今年の受講生の悪口を来年言い、来年の受講生の悪口を再来年言いすれば、「勝ちはYMCA予備校の勝ち、負けは受講生の負け」にできてYMCA予備校の評価が上がる、それが予備校屋の商売として正解なのだ・・と思っていたようでしたが、実際はどうかというと、「なんや、YMCA予備校の高槻の主事というのは、嫌なヤツらしいなあ」という評判の方が広がったようでした。そういう予備校はどうなったかというと⇒つぶれました。その頃は、大阪府に土佐堀・阿倍野・豊中・堺・高槻と5校、横浜市に関内と菊名の2校あったのが、今はすべてなくなりました。かわりに阿倍野というのか天王寺というのかに高校を作ったみたいですが、「サンデー毎日」の「大学合格者速報」を見ると、YMCAの高校の進学成績はあんまりよくないみたいです。あれじゃあ、だめだろうなあと思います。
  実際には、YMCA予備校の模擬試験で相当いい成績を取っていて「YMCA予備校の判定」で京大の文学部の試験に「絶対に通る」という成績を取っていた人で落ちた人がいたわけですが、実際には模擬試験でいい成績を取っていても落ちることというのは「あること」なのですが、ところが、「YMCA予備校の模擬試験でいい成績をとっていたら絶対に通る、YMCA予備校の模擬試験でいい成績をとれなかったら絶対に落ちる」とかそこまで藤井は言うものですから、「模擬試験ではいい成績をとっていても、人間性が悪い人間とか、文学的素養がない人間とかは京大の試験は落ちるようになってるんだ」とか悪口雑言罵詈讒謗を浴びせないといけないことになってしまうのでした。まがりなりにも、自分の所の予備校にお金を払って来てくれた「お客さん」に対して、「模擬試験ではいい成績をとっていても、人間性が悪い人間とか、文学的素養がない人間とかは京大の試験は落ちるようになってるんだ」などと、よくもまあ、そこまで言うものだと思います。そう思った人間は私だけではないと思うのですが、そうすると、今度はまた、藤井は「ぼくらは、きみらの親からカネもらっているのであって、きみらからは1円としてカネもらってないのやからなあ。だから、ぼくらはきみらの親のために働く筋合いはあるけれども、きみらのために働く筋合いはまったくないのやからなあ」とこう言いよったのです。うちの父親はその話を聞いて「そうや♪ その通りや♪ 親がカネはろうとるのであって、あんたがカネはろとるのとは違うんや。親のために働くもんであって、あんたのために働くもんとは違うんや。ええこと言いはる♪」などと言いよったのです・・・が、私が親ならそうは考えないですね。たとえ、親が予備校にカネを出していたとしても、親は息子なり娘なりのために役だってもらうためにカネを払っているのであって、「きみらのために働く筋合いはまったくないんやからなあ」とかぬかすヤツにカネ払った覚えはないのです。違いますか? 私が親ならそう考えますよ。なんで、「きみらのために働く筋合いはまったくないんやからなあ」などとかぬかすヤツにカネをくれてやらなければならないのですか???
(それにしても、「ええ~えこと言いはる。そうや。親がカネはろとるんや。親のために働く筋合いはあっても、あんたのために働く筋合いはないんや」などと言って喜ぶうちの父親というのは、「私は今までからこの人のことを『特別に賢い』とかいうようには思ってなかったけれども、ここまでアホとは思わんかった」・・という感じがします。ほんと。人間、どうやったらあそこまでアホになれるのだろうか・・と思います。)
  私はYMCA予備校の「主事」の藤井が「ぼくは早稲田の政経でてるんだけどな」と何度も何度も「もう、それ、聞いたよ」とうんざりするくらいに繰り返し繰り返し言うのを聞いて、早稲田大学というのはなんともくだらん大学なんだなあと思ったのでしたが・・、その後、東京圏で住んで実際に早稲田大学の卒業生と会う機会ももってしてみて、「いくらなんでも、あんな早稲田ないなあ~あ」と思うようになりました。学歴詐称だと思います。なんなら、賭けてもいい。「わしぁ、貧乏やから」あんまり高いものは無理ですが、牛丼かカツ丼くらいなら賭けてもいい。いくらなんでも、あんな早稲田ないって!!!
  だいたい、YMCA予備校高槻校は「京大東大文系クラス」というのを設けたはずですが、ところが、「京大東大文系クラス」でも単なる「文系クラス」とテキストも一緒で模擬試験も一緒だったのですが、駿台予備校とか代ゼミとかで「東大受験クラス」と「国立大学受験クラス」と「私立大受験クラス」が同じテキストで同じ授業をやってるかというと、違うと思いますよ。そんな「京大東大文系クラス」なんてないでしょ。 「京大東大文系クラス」と名づけたクラスを設置して募集したからには、京大の法学部・経済学部・文学部・教育学部、東大の文科一類・文科二類・文科三類の試験に対応することをやらないと、そうでなければ「京大東大文系クラス」にならないでしょ。 「看板に偽りありだな」と京大東大文系クラスの受講生で言っていた人がいましたが、実際、「看板に偽りあり」だったと思います。・・「ジャロ」に言ってやった方が良かったかもしれませんね・・。
  予備校に行く場合でも、駿台予備校とか代ゼミとかの「東大受験クラス」に行っているのと、「国立大学受験クラス」「私立大受験クラス」に行っているのとでは、東大に行こうと思うなら「東大受験クラス」に行った方が合格しやすいと思いますよ。今は昔、1980年だったと思いますが、今はなくなった「週刊読売」に、「おもしろ英文」みたいなコーナーがあって、そこに、
 Sunday is not Today.
というのが掲載されており、これを「駿台は東大ではない」と読むそうで、高校卒業時に東大を落ちたけれども、駿台予備校の東大受験クラスに入ったから、だから、来年は東大に通るだろう・・・なんて思ってると、そうとも限りまへんでえ、来年も落ちるかもしれまへんでえ~え・・・という意味のようでしたが、それはたしかにそうだと思いますが、
〔 ついでに・・・、
 Bus Stop.
なんてのもあって、これは「ブス、乗るな!」という意味になるそうです。 〕
それでも、東大に合格しようと思うのなら、予備校に行くのなら、駿台か代ゼミか河合塾かの東大受験クラスに行っておいた方がそうでない所、「看板に偽りあり」の所に行くよりも成果は出やすかったはずです。YMCA予備校高槻校の古文の講師で「北野高校卒、京大文学部卒、元天王寺高校教師」という山之内というおっさんが「駿台や代ゼミにおれば通るというものとは違うの。どこの予備校にいるかは関係ないの」などと発言したが、予備校の講師にそういう口はきいてもらいたくないものです。特に、YMCA予備校というのは、その頃の関西の予備校の中では費用が高めの予備校で、その中でも単なる「文系クラス」「理系クラス」よりも「京大東大文系クラス」は少々高かったわけで、他の予備校よりも学費が高い予備校の講師に「予備校はどこに行っても違いはないの」なんて言われたあかつきには「カネ返せ!」て話になります。予備校の講師にそういう口はきいてもらいたくないものです。 『あしたのジョー』では、丹下段平のおっさんが、山谷の玉姫公園で、若い男を見ると「おい。ボクシングしねえか。俺がコーチしてやる。俺がコーチすれば、世界チャンピオンになれる」と誘い、ガキどもから「段平のおやじ、若い男なら誰でも世界チャンピオンになれると思ってやがる。頭おかしいのじゃないかあ」と馬鹿にされていたが、そこで出会ったのが、すばらしい身体能力を持っていた矢吹丈だった・・・。 「俺がコーチしてやれば」そうでない場合よりも成果を出せる・・というものであってこそ、予備校の講師の価値があるのと違うのですか? 「どこに行ってるかは関係ない」ような予備校の講師なんて、「その程度のもの」、要するに、行かなくてもいい予備校だということになるでしょう。 高校の場合は、大学を受けようとすると高校を卒業するか、それとも大検(大学入学資格検定)〔2005年より、高等学校卒業程度認定試験(高認)に変わったらしい。〕に合格するか、どちらかでないと大学を受けられませんから、たいして役に立たない高校でも行って卒業するようにした方がいいでしょうけれども、予備校の場合は別に行かないといけないというものではなく、宅浪で大学を受けてもいいわけで、予備校というものは、最低でも宅浪で学習するよりも効果があることをやるのでなければ、予備校の価値はないことになりますが、YMCA予備校高槻校のように、「主事」だという藤井は嘘ばっかり言いまくって受講生を混乱させようとし、授業は単に全国の大学の過去問を集めただけのテキストの答え合わせでしかなく、むしろ、東大・京大に合格しようとする者から学習時間を奪っていたようなものでした。なにより、「予備校はどこに行っても関係ないの」などと予備校の講師に言われたのでは、そんな予備校は行く価値はない、ということになります。なりますでしょ。違いますか?
  私は、入学試験とか資格試験というものは「カネをかけずにさっさと通る」というのを基本、ポリシーとしていましたが、宅地建物取引主任者(⇒宅地建物取引士)の試験はその方針で合格し、インテリアコーディネーターの試験は1次の学科試験はその方針で通りましたが、2次の試験、特に製図試験は独学ではどうもうまくいかなかった。それで、ハウジングエージェンシーのインテリアコーディネーター2次対策講座に出席して、講師の方がこういうことをやってくださいと言われたものをその通りやることで、なんとか合格できました。キッチンスペシャリストもまた、学科は独学で通りましたが、製図試験は独学でいろいろやってみたもののうまくいかず、ハウジングエージェンシーのキッチンスペシャリスト製図試験対策講座に出て講師の方がこういう練習をしてくださいと言われたことをやることで、なんとか合格することができました。建築CAD検定も、独学ではなかなかうまくいかず、ウィンスクールの建築CAD検定を想定したものに出て講師の方から言われたことをやることで、2級と3級になんとか合格できました。もしも、それらの講座に出なければ、絶対に通らないということはないかもしれないけれども、合格までもっと期間がかかったかかかり過ぎてあきらめたかでしょう・・というより、あきらめるのが嫌だったから、ポリシーを曲げてでもそういう講座に出て、どうやれば合格できるものかという指導を受けて合格したのです。1972年、野村克也が選手兼任監督だった南海が、前年、東映で0勝だった江本を獲得した入団発表の時、野村は「俺が受ければ最低でも10勝はできる」と言い、そして、前年0勝だった投手が南海に移籍した年、いきなり16勝。 その翌年1973年は、前年、巨人で0勝だった山内が南海に移籍するといきなり20勝。すごいなあ~あ・・と思ったものだった。〔《YouTube-1973年 南海ホークス 選手名鑑》https://www.youtube.com/watch?v=Mfnjb1mmMZs 〕 こうすればいいんだ、という指導ができてこそ「講師」と違うのか・・・、そうであってこそ、「講師」としての価値があるのと違うのか・・と思うのだが、YMCA予備校というのはそういう姿勢のない予備校だった・・ので⇒つぶれた。

( ↑ YMCA予備校高槻校 があった場所。大阪府高槻市八丁西町5番37号。現在は、建物はYMCA予備校高槻校の時からのものが残っているが、大阪医大 本部北西キャンパス となっている。)

  1973年、前後期制を実施したパリーグで、南海ホークスは前期優勝。プレーオフでは、その頃のパリーグにおいて圧倒的に強かった後期優勝の阪急を3勝2敗で破り年間優勝。 野村のじいさんは「後期は阪急に3つ勝つことができれば、極端な話、ほかは全敗したっていい」と考えたというのだが、それは極端な話だと思うが、大学受験においても、高校の勉強はあくまでも高校の勉強であって大学入試のためだけにあるわけではないとは思うが、高校3年になったら、もしくは、浪人してしまったならば、そこからは、ここに合格して行きたいと思う所の問題を合格最低点を1点でも超える点数を取れれば、「極端な話、ほかは全敗したっていい」という姿勢でやった方がうまく行くと思う。だから、松島みどりさんが、何かの大臣になった時、「フライデー」に、かつて、『東大入試合格作戦』(エール出版社)に書いたもので、「早稲田大学を不合格になった時、絶対に東大に通って早稲田大学を軽蔑してやるんだと心に誓った」とか書いておった、感じの悪い女やな、こいつ・・みたいに書かれていた記事が出たのだが(そういうこともあるから、『・・合格体験記』なんてのにうかつなこと書かん方がいいと思うが)、東大に通りたいと思ったなら、早稲田大の入試に落ちたって、そんなことはたいした問題ではないし、「後期は阪急に3つ勝つことができれば、極端な話、ほかは全敗したっていい」という姿勢でやった方が、その方が本命の合格に近づくはずである。
  高校の社会科は、私が行った1970年代後半、北野高校では、地理A(系統地理)を1年にやり、倫理社会を2年でやり、世界史は2年から3年にかけて、日本史と政治経済を3年にやり、京大の入試では法学部・経済学部・文学部・教育学部も工学部・理学部・医学部・薬学部・農学部もいずれも社会科は2科目が試験科目として課され、阪大では法学部・経済学部・文学部・人間科学部では社会科は2科目、工学部・理学部・医学部・歯学部・薬学部では1科目、神戸大は法学部・経済学部・経営学部・文学部・教育学部では2科目、工学部・理学部・医学部では1科目が課されたのに対し、東大は文科1類~3類は1次・2次とも社会科は2科目だが、理科1類から3類は1次は社会科は2科目だが2次では社会科はなく、それで、ここがミソなのだが、高校の地理は地理A(系統地理」と地理B(地誌)の2種類があって、北野高校では地理A(系統地理)の方を扱い、地理B(地誌)はやらなかったのだが、「系統地理」と「地誌」といっても、どっちも地理であって、そんなに大きく違うわけではなかったのだ・・というより、むしろ、京大阪大型の世界史・日本史と東大の世界史・日本史の違いの方が地理Aと地理Bの違いよりも違いが大きかったくらいではないかと思う。たいていの大学では、「社会科2科目」という時、地理Aと地理Bの2つの選択は不可としていたのだが、ところが、1978年までの東大の1次試験では地理Aと地理Bで2科目という選択が認められたのだ京大の工学部・理学部・農学部・医学部・薬学部の入試では社会科は2科目必要でしたが、地理Aと地理Bの組み合わせというのは不可でしたが、東大の1次は地理Aと地理Bの組み合わせが認められたのです。高校3年の時、同じ中学校から灘高校に行って東大の理科一類に進学したNと電車中で会った時、彼が東大の1次試験は地理Aと地理Bで受ける予定にしていると言うのを聞いて、そういう手があるのかあ・・・と思ったし、「大学入試はどれだけ勉強したかで決まるもので、どこの高校に行っていたかは関係ない」とか何とかかんとかぬかす大谷の「御説」は、結論として寝言であり、東大に合格者を多く出していた灘高校に行っていたNは、理科一類を受けるに際して、当たり前のように1次は地理A(系統地理)と地理B(地誌)の組み合わせで受けるものだ、という方針にしていて、そのあたり、東大に何人も合格者を出していた灘高校にいた方が、京大には合格者を何人も出していても東大の合格者は多くはなかった北野高校にいるよりもそのあたりの情報が入っているようだ、と思ったものでした。 私が大学に進学した後、我が家の近所の息子で、私と同じ中学校から私と同じ北野高校に進学して、3浪で東大の理科三類(医学部医学科に進むコース)に合格したというボーズがいたのですが、お母さんは「北野高校の先生からも、京大の医学部に行く人は毎年あるけれども、東大の医学部(理科三類)に合格した人は何年振りかだと言われました」と「自慢」みたいに近所で言っていたようでしたが(お母さんというのは、黙っておれば良さそうなものを、なんでか、「自慢」したがる傾向があるみたいで、人によっては「ほほえましい」と思う人もあるかもしれませんが、やめておいた方がいいのにと思うことが多いように思います・・が、どうも、お母さんというのはそんな人が多いように思います)、それはあんまり自慢になることではないように思います。もしも、東大理科三類に行きたい気持ちが強いのなら、「京大志向の北野高校」に行くよりも「東大に何人も合格者を出していた灘高校」に少しくらい通学が遠かったとしても行っておいた方が良かったであろうし、北野高校に行ったのなら、東大の理科三類でなくても、医学部に行きたいのなら3浪もして東大理科三類に行くよりも京大か阪大の医学部で良かったのではないのか・・という感じがします(その方の場合は、大阪に住んでいたがもともとは東京圏の出身の人だったということもあったようですが)。「そんなん、灘なんて私立高校に行かすようなお金ありませんよ」とか言われたらしいが、3年も浪人させるカネがあるなら、私立高校に行かすことだってできたでしょうよ・・とも思うが、まあ、お母さんがそれで喜んでるのなら、まあ、いいのかもしれませんが、京大・阪大に行くのなら北野高校で良かったと思いますが、もしも、東大に行きたいという気持が強いのなら灘高校にでも行っておいた方が行きやすかったのではないのか・・と思います。高校のカリキュラムの組み方・授業の内容・模擬試験の内容、そして、情報がどれだけ入るか、といった点で違いがあったと思います。
  もっとも、片方で、北野高校ならば社会科も全科目やっていて、理系に進学する者でも日本史・世界史もけっこう力を入れて学んでいたし倫理社会だって学んでいたのに、東大の理科一~三類に合格するためには東大の1次試験には社会科は2科目で、地理Aと地理Bの組み合わせが認められたからといって、その組み合わせで社会科は切り抜けて他の科目に力を注ぐという方法というのは、はたしてそういうのがいいのだろうか・・とも思った、日本史・世界史などをいいかげんにして高校を卒業して大学に入ってしまっていいのだろうか・・とも思ったのですが、現実に、その頃の東大の理科一~三類に合格するのが目的ならば、社会科は地理Aと地理Bの組み合わせにして、社会科に注ぐ力を省力化して、他の科目に力を注ぐというのは試験に合格する方法としては間違いではなかったのです。1979年の試験から共通一次試験が実施され、共通一次試験では、社会科2科目の選択は、地理A(系統地理)・地理B(地誌)・倫理社会・政治経済・日本史・世界史のいずれも選択可で、但し、地理Aと地理Bの2つを選択というのは不可、ということになったのですが、1975年初め、学研から出ていた『どの大学が入りやすいか』(学研 コースブックス)だったかいう本に、「社会科は世界史を選択するのが得」なんて書いてあったのですが、それは、社会科を1科目とか社会科を2科目として選択するようになっている大学学部でも、社会科であればどの科目でもいいという大学は少なく、倫理社会はだめとか、世界史か日本史のどちらかとか、世界史と日本史と政治経済のどれかとかいう指定がある大学があって、慶應の法学部・商学部は日本史と世界史のどちらかという指定だったと思いますが、ともかく、世界史はどこの大学のどの学部でも社会科の選択科目として可だったので、それを学研のコースブックスの本は言っていたはずです。 世界史の次に選択可である場合が多かったのは日本史で、又、2科目を選ぶ場合には、世界史と日本史にすると、要するに「日本の歴史を含む世界の歴史」と「日本の歴史を中心とした世界の歴史」ですから、共通部分があり、又、学習する際の思考も共通するので学びやすかったはずです。
  私の経験から言うと、日本史と世界史では、日本史の方が中学校の「歴史」との共通点が多く、世界史は中学校の「歴史」ではふれていない部分がけっこう多いので、中学校の「歴史」を高校入学までに相当力を入れて学習した人にとっては日本史の方がすでに学習している部分が大きくて有利だったかと思いますが、社会が右傾化すると、日本史は「戦前型天皇を中心とする人物中心の日本史」の方に進む傾向があり、そういう問題が気になる人は世界史の方がいいのではないかと思います。
  柴田孝之が、高校の政治経済は中学校の公民とレベルに差が小さいと『東京大学機械的合格法』(実業之日本社)で書いていて、なるほどと思ったのですが、実際そうだと思うので、私立中高一貫校ではなく高校入試を経験している公立進学校もしくは私立でも高校から入学した人で中学校の時に「公民」を相当力を入れて学んだ人にとっては、高校の世界史は中学校の「歴史」でふれていない部分があり、高校の日本史は中学校の「歴史」と世界史よりは共通点が多いとはいえ、高校の日本史の方が詳しくレベルが高いのに対して、高校の政治経済は中学校の公民との差が小さいので、中学校の公民を相当力を入れて学習した人で大学は理系を目指すような人は政治経済を選択するのが有利ではないかという柴田孝之の指摘はもっともだと思います。
  そして、共通一次試験が実施された後、私が2浪で共通一次試験を阪大の石橋地区(豊中地区)で受けた時、なじかは知らねど、北野高校で私より1つ上の学年だったTさんが会場にいたので、「え?」と思い、1浪で受けていた某とともに、「なんで、ここにいるんですか」なんて言ったことがあったのですが、いったん、国立二期校に行ったが医学部か歯学部を受け直したいと考えて、結局、阪大の歯学部に3年遅れで行ったTさんが北野高校の3年の時の担任だったY先生に相談に行ったところ、「社会科は倫理社会と政治経済がいいかな」と言われたそうで、「どうしてですか」ときくと、「そりぁあ、教科書の厚さを見てもわかるだろ」と言われたそうで、たしかに、日本史・世界史の教科書は分厚かったのに対して、倫理社会・政治経済の教科書は日本史・世界史の教科書の半分ということはなかったかもしれないが、ともかく、日本史・世界史の教科書より倫理社会・政治経済の教科書の方がずっと薄かったのです。そうなると、二次試験で社会科がある大学なら二次試験で選択科目にあるものを一次でも選んだ方がいいでしょうけれども、共通一次試験だけで二次では社会科はない理系学部を受ける人にとっては、共通一次試験では教科書の厚さが薄い倫理社会と政治経済を選択する方が、他の科目に力を注ぐことができて有利だということになったでしょう。こういうことを考える高校とそうでない高校、こういったことをアドバイスしてくれる先生が高校3年の時の担任か、そうではなく、大谷みたいに「大学はどこでも一緒や」とか勝手なことばっかり言いまくり、進学校の3年の担任を持っていたくせして東大の入試科目が何かも知らなかったような男が担任だったかによっても、有利不利は変わります。
  同じ中学校から灘高校に行って東大の理科一類に進んだNの話を聞いても、もしも、京大か阪大に行くのなら北野高校でいいけれども、東大に行こうとするのなら灘高校にでも行っておいた方が有利だったのではないか、と思いました。慶應義塾高校から慶應大学に進学するのは、進学できずに留年する人も中にはあるようですが、少なくとも、公立高校から一般入試を受けて慶應大学に合格するよりはずっと行きやすいようですが、京大や東大には合格者数全国1位の高校からでも、1人か2人しか合格しない高校の出身者と試験問題が違うわけではなく、同じ問題を解いて合格最低点を上回る点数を取らないといけないという点は同じですが、それでも、その高校からその大学に何人も合格者を出している高校に行っておいた方が行きやすいというのは間違いないはずです
  私が2浪して東大を受けた時、東大の受験票は受験番号と氏名だけでなく出身高校の名前が記載されていて、試験中は机の上に置いておくことになっていたので、休憩時間にトイレに行ったりする時に隣の人間の受験票が見えたりしたのですが、右隣の男は大阪府立の豊中高校卒で、情けないことに、北野高校卒の私は落ちてしまって、豊中高校卒の彼は合格したのでした・・・が、私は北野高校に入学するまでそんな話は知らなかったのですが、「北野高校は数学に力を入れる高校で理系に進学するのが有利で、豊中高校は英語に力を入れる高校で文系に進学するのが有利な高校だ」という話があったらしいのです・・・が、豊中高校卒の人で「文系は豊中の方がいいから北野ではなく豊中高校に行った」とか言う人がいて、「ええ~え? そんな話、知らんでえ~え。ええかっこ言うてからに~い」と思ったことがあったのですが、実際には北野高校に行けなかったから豊中高校に行ったくせしやがってからにそんなこと言っていた人というのがけっこういたのではないのかと思いますが、北野高校は数学に力を入れる高校で豊中高校は英語に力を入れる高校だというのは、そういうこともあったようで、そのため、全科目型の京大や阪大に進学する場合には文系学部に進学する場合も「数学に力を入れる北野高校」は京大や阪大の文系学部にも不利ではないけれども数学や理科よりも英語・国語・社会科に比重が大きい東大の文科や早稲田大の政治経済学部・法学部・商学部・第一文学部といった所に進学しようとした場合には、むしろ、第一学区の一番手校の「数学に力を入れる北野高校」より第一学区の二番手校の「英語に力を入れる豊中高校」の方が、かえって有利である場合というのが現実にあったようです。 私が東大を受けた時に右隣の席だった豊中高校卒の人は、それで豊中高校に行ったのか、もしかすると、他の地域の高校から親が大阪に転勤した時に大阪の高校に転校する際に豊中高校に転校した人とかだった可能性もありそうに思えましたが、現実問題として、その学区の一番手校と二番手校なら必ず一番手校の方が有利というものでもなく、「京大志向の北野高校」から東大に合格するよりも、もしも、東大に行こうということならば、考えようによっては「数学より英語に力を入れる豊中高校」に行っておいた方が有利だったかもしれない・・とも思いました。別の見方をするなら、私の場合はあの家を出たかったので、そのためには東大に行くしか思いつく方法がなかったのですが、そういうことがなければ、「京大志向の北野高校」に行ったなら、何も東大に行くことないのではないか、京大か阪大でいいという考え方もあったのです。
   遠藤周作の対談集『狐狸庵が教える対話術』(光文社文庫)で宮崎緑との対談で、宮崎緑は神奈川県の湘南高校から東大を受けたけれども合格できずに慶應大学に進学したが、弟は東大に合格・入学した話が出ていて、そこで、宮崎緑は「どの大学に行くのならどの高校に行っておくのが有利か」ということを自分は的確な判断ができなかった旨を述べていたが、どっちがいいかということではなく、どの大学に行くのならどの高校に行っておいた方が有利か、ということがあると思う。それを宮崎緑は理解できていたのに対して、北野高校の3年の時の担任だった大谷郁三は理解できない人間で、理解しようという姿勢もない人間だった、ということである。

  「受験評論家」だか称している人には「川藤の野球解説」みたいな解説者・評論家がいる。「川藤の野球解説」というのはどういう意味かというと、元野球選手の野球評論家にも、聞いていて、なるほどなあと感心するようなことを言う人とそうでない人がいて、野村克也のじいさんは南海ホークスの選手兼任監督を解任されて、ロッテで1年、西武で2年、選手をやって引退した後、テレビなどの野球解説者を続けたが、1990年にヤクルトの監督になる時、ヤクルトの相馬社長から誘われた時に、なぜ、自分に声をかけてもらったのか尋ねたところ、あれだけ、立派な野球理論を語れる人が監督にもコーチにもなっていないというのはもったいないと思ったと言ってもらったと書いていたが、たしかに、野村のじいさんの解説者としての話は面白く、話を聞いていると、たいしたもんだなと思うものがあったし、テレビの野球中継で「次は、・・が来る」と解説者の野村が投手の球を予想すると、ほとんどの場合、まさにその球が来たのを見た時にはすごいなあと思ったものだったのに対して、しろうとと変わらんのと違うかみたいな「解説」やる解説者もいて、元阪神タイガースの川藤の解説なんて、「阪神ファンの酔っ払いのおっさん」とたいして変わらんやんけ・・て感じなのだ。 野村は、右脳と左脳の関係なのかどうかわからないが、野村や落合などのように右打者には理論派が多く、左打者には門田・張本など感覚的な打者が多いとどこかで書いていたが、たしかに、落合の解説は野村と同じく論理的で聞いていても面白いものがあるが、門田は選手としては魅力的だったが解説者としての話はたいした話をしない、という印象を受けた。そして、何より、元阪神タイガースの川藤の解説なんて、あれは「単なる阪神ファンの酔っ払いのおっさん」と変わらんがな・・・。それで、「サンデー毎日」か「週刊朝日」だったか、「受験評論家」で、東大・京大の問題で例年より易しい問題がでると公立進学校の生徒の合格者数が増えて、難しい問題が出ると私立6年制受験校の生徒の合格者数の割合が増えるなどと言っていた人がいたが、それは違うと思う。もとより、東大や京大の問題としては比較的易しい問題が出たとしても、そんなに易しい問題ではないはずだし、その人は私立受験校びいきの人で、「易しい問題が出れば、公立進学校の生徒でも合格者が出るが、難しい問題なら実力のある私立受験校の生徒の合格者が増える」というように述べていたが、易しい問題が出ても受験者層のレベルが高ければ合格は易しくないし、問題が難しくても受験者層のレベルが低ければ合格難易度は高くないのであり、難しい問題なら「実力のある私立高校の生徒」が通るが、易しい問題なら「『実力のある私立高校の生徒』に比べて実力がない公立進学校の生徒」でも合格できるなどということはないはずだ。「川藤の野球解説」みたいなわけのわからんことを言うんじゃない! と思うし、「サンデー毎日」だったか「週刊朝日」だったかは「川藤の野球解説」みたいなことしか言えない人を引っ張り出してもしかたがない。
  「私立受験校の出身者」というものを私は慶應大学でも他の大学の生徒でも見ているが、公立進学校の出身者より実力があるなどとは少しも思っていない。むしろ、私立6年制受験校の出身者というのは大学入試においてはそれなりの点数を取ったかもしれないが、そのわりに頭の中味がない人間が多いという印象を受けている。 又、そうであるから、「全国総合模試」みたいな模擬試験で東大受験者と京大受験者では東大受験者の方がいくらか上の成績を取っている場合が多かったとしても、「(公立進学校出身者が多い)京大の生徒の方が(私立受験校出身者が多い)東大の生徒より上だ」と言う人もおり、私もそういうことがあるという印象を受けている。
  どちらが上かということよりも、大学入試においては、それぞれの科目についての学習とその大学学部の入試問題に対しての対策と両方で成績は決まるが、あくまでも、「一般に」で「どちらかといえば」の話だが、公立進学校と私立受験校では、公立進学校の方がそれぞれの科目そのものについての学習の方に比重があり、私立受験校の方がその大学学部の試験問題についての対策に比重があるという印象を受けている。北野高校で同級生だった者で浪人して兵庫県神戸市の予備校の大道学園(インターネットで見ると、今はなくなったらしい)に行った男が、大道学園に来ていた灘高校とかの生徒を見て「あんな、予備校に6年間行ってるような学校はどうかと思う」と言っていたことがあったが、現実にそういう面はあると思う。但し、私は、そういう「予備校に6年間行ってるような学校」というのがいいのだろうか・・という印象もあるのだけれども、だからといって、それを絶対に悪いと思っているわけではない。実際問題として、大学入試というのは、それぞれの科目についての学習と入学試験の問題への対策と両方で成績は決まるわけであるのだから、入試の問題を考えた授業や課題、カリキュラムの作り方がされているか、そうではなく、大谷郁三みたいに「大学はどこでも一緒や」とか勝手なことばっかり言ってるのかによって結果に違いは出るのであり、大学入試にしても資格試験にしても、試験というものは通るために受けるのであって落ちるために受けるのではないのであるから、合格するためには、合格できるような学習法を取らないといけないはずで、そのために、その大学学部の問題についての対策を取ることが有効であれば、その対策を取るべきである。但し、それなら、その科目そのものについての学習をやらずにその大学学部の試験問題の対策ばっかりやるのが有効かというと、その科目にもよるのだが、かえって、その科目そのものについての学習の方に力を入れてやった方が成果がでる場合だってあるように思う。もともと、私立受験校というのはどういうところから出てきたかというと、東京都の場合は学校群というものが実施された時に公立進学校の進学成績が落ちた時にその代わりとして出てきたというものもあるが、それとは別に、歴史のある公立進学校よりも受験対策の方に力を入れることで、「なりふり構わず」有名大学合格者を出して高校の評価を上げるという、「東大か甲子園」という私立高校の生き残り策のひとつとして出てきたもので、公立進学校よりも入学時の学力が下の生徒を公立進学校の生徒との競争に負けないで有名大学に合格させるためにはどうすればいいか、というところから、より受験対策に力を入れて試験にない科目は極端にやらなくしてしまうところからで、その結果として、私立受験校というのは公立進学校に比べて、その科目そのものについての学習よりも、試験問題についての対策に力を入れている傾向がある。 但し、その科目そのものについての学習まったくなしで受験対策だけでなんとかなるわけでもないし、公立進学校の生徒と言えども試験問題についての対策を何もしていないわけではないはずで、あくまでも「一般論として」で、「どちらかと言えば」の話である。 だから、「川藤の野球解説」みたいなことを言っている「受験評論家」が言う「易しい問題が出れば、公立進学校の生徒でも合格者が出るが、難しい問題なら実力のある私立受験校の生徒の合格者が増える」というのは間違いで、そうではなく、「それぞれの科目そのものについての学習が大きく影響するような問題が出れば公立進学校出身者の合格者数が増えて、試験問題についての対策が大きく影響する問題が出れば私立受験校出身者の合格者数の割合が増える」のではないか、と思う。この分析は、少なくとも「川藤の野球解説」みたいな「受験評論家」の分析よりはまともであるはずだ、と思っている。

  それで・・・、「どれだけ勉強するかが大事で、どこの学校に行っているかは関係ない。」などという大谷郁三の発言は、実状を見ていない、おのれ自身が受験の経験がない男の言うことで、それは正しくない。 潮見敏隆『法律家』(岩波新書)では、今となっては少々古い時代の話だが、裁判官は上級審に行けば行くほど東大法学部卒の裁判官の割合が大きくなる、ということが書かれていたのですが、それについて、学閥とかそういうもので東大法学部卒の裁判官が上級審の裁判官に多いのではなく東大法学部卒の裁判官に優秀な人が多いからそうなっているだけという説もあるというが、しかし、たとえ、そうであったとしても、国民全体のための裁判所において、あまりにも特定の大学の出身者が占める割合が大きいというのは国民のために良いとは言い難いということはないか、といったことが述べられている。裁判官で上級審に行くほど東大法学部出身者が占める割合が大きかったとしても、はたして、「学閥」のようなものが影響したことによるものなのか、それとも、東大法学部出身者に優秀な人が多かったからそうなっただけなのか、この判断はなかなか難しいと思うのですが、又、もしも、東大法学部出身者に優秀な人が多かったとしても、東大法学部に優秀な人が多く入学しているということなのか、東大法学部に入学して卒業すると優秀になるのか、どちらなのかというのも、これも判断はそう簡単ではないと思うのです。それを「単に多いというだけのことですよ」と実際にどうか、実状を分析・吟味することもなく言いまくる男というのは無責任で、良心的とは言えません。
  たしか、大谷は私が北野高校に入学した年に大手前高校から転任してきたと思うのだが、同じ年に、新卒で1人・転任で1人の先生が入られたが、その際、朝礼で校長先生からの紹介がされたが、化学のM先生(女性)は「M先生は奈良女子大の理学部化学科を卒業されて大手前高校で勤務してこられましたが、今年から本校に来ていただけることになりました」というもので、数学のS先生(男性)は「S先生は本校、北野高校を卒業されて大阪大学の理学部数学科に行かれた後、大阪大学の数学科の大学院の修士課程を修了され、今年から本校に数学の先生として来ていただくことになりました」というもので、いずれも、出身大学と学部名が紹介にあったのに対して、大谷だけが「大谷先生は大手前高校で日本史を教えてこられましたが、本年から本校に来ていただくことになりました」というもので、大谷だけ、出身大学の名前がなかったのだ。だいたい、会社の株主宛の文書とかで、取締役の出身大学の名前がそれまで掲載されていたのに、ある年から掲載されなくなったとかいう場合、「ははあ~ん・・」とたいてい気づくと思うのだが、社長の息子がその年から取締役に入ったが、ろくな大学でとれへ~ん! というようなケースが多いのだが、まあ、それと似たようなものだったのではないか・・・。 北野高校の音楽のN先生が「私は、1年の担任だったら、やってくれと言われればやりますが、3年生の担任は、ここの高校の生徒は京大とか阪大とかに進学する人ですから、自分自身がそういう大学を受けた経験のある先生が担当された方がいいと思いますから、私は、もしも、芸大に行きたいとかいうことなら自分自身の経験を話してあげるとかいうこともできますが、京大とか阪大とかの受験についてはわかりませんから、3年生の担任をやってくれと言われても断ります。3年生の担任は、入試にある科目を担当している先生で自分自身も京大や阪大などを受けた経験のある人がいいと思います」と話されたことがあり、その考え方は良心的だと思った、ということがありましたが、大谷の場合は担当の科目は日本史で、入学試験にある科目でしたが、卒業した大学は京大とか阪大とかではなく、要するに、「校長先生からの紹介の時に、大学名が他の先生とは違って省略されるような大学」だったらしく、他の仕事ならば、「大学はあんまりいい大学を出ていないけれども、仕事については一生懸命努力しました」という場合もあるかもしれないけれども、高校3年の担任としては、自分自身が、進学校の生徒が受けるような大学を受けた経験のない人というのは・・・、結論として、高校3年の担任はあんまりやってもらいたくない人・・だったように思います。何より、卒業生で浪人中の者が、相談に乗ってもらいたいと思って訪ねているのに、「それじゃ、出よか」と言って立ち上がって歩き出すと、さっさと校門を出て、口もきかずに速足で歩いて十三駅まで行って、「じゃあな」と言って改札口から駅の中に入り、そもそも、こちらも定期券は持っているので、改札口で「じゃあな」と言われても、こちらも駅の中に入ろうと思えば入れるのに、「じゃあな」と言って決別の意思表示をその場ですることからしておかしいのですが、そういう態度を取るような男が高校3年の担任を受け持つということがおかしいし、「進学校の生徒」というものに対して敵意を持っているような男が、何もその「進学校の生徒」の世話をするような仕事である進学校の教諭という仕事につかなくても、高校の教諭はやりたいが「進学校の生徒」は嫌いだという男は、たとえ、高校の教諭になるにしても進学校でない高校の教諭になった方が適していたはずです。あの時の思いは何十年経っても決して忘れはしません。あんな男に送別会をやってやろうなどと考える奇妙な人というのは、あの男の本性を知らない人なのか、知っていてやろうとしている「変な人」なのか、どっちなのかわかりませんが、やらない方がいいと思いますよ。
  今回は、「1980年前後、司法試験に早期に合格する方法」というのがテーマですから、大学入試において、どの高校に行っているのがどの大学に行きやすいかという話はこの程度にとどめることにしますが、「どこに行ってるかは関係ない」とかなんとかかんとか、大谷が言いまくっていたような寝言戯言は実状に反するということはきっちりと確認しておきたいと思います。

  1980年前後頃の司法試験については、合格者数が多かった大学というのは、先に述べたように、東大と中央大がどっちかが1位でどっちかが2位。慶應などは民間企業に就職しようという人が多い大学だったのに対して、東大は昔から「役人の大学」と言われ、東大の法学部では、講義を受ける際に、一番前が大蔵省で次の列が何省でその次の列が何省で・・とかいう話があり、司法試験を目指す者は図書館で勉強しているとか、司法試験⇒国家公務員1種試験⇒地方公務員と民間企業 という序列みたいなものがある大学で、中央大学というのは、それぞれの大学に対するけなし言葉として、東大は「役人養成所」、慶應は「サラリーマン養成所」、京大は「教員養成所みたいな大学」など言われ、中央大学は「資格試験予備校みたいな大学」なんて言われてきたのですが、それだけに、中央大学は法学部は司法試験合格者が多く、商学部は公認会計士試験合格者が多い大学でした
  京大と早稲田大のどちらかが3位でどちらかが4位という年が多かったのですが、妥当みたいな感じもしますが、国立大学に比べて私立大学の方が1学年あたりの人数が多いので、私立大学の方が多かったとしても、その私立大学の方が優秀とは限りません。最近、ヤフーニュースで、一橋大に行った学生で卒業時になって「慶應に行っておいた方が得だったのではないか」と思い出す人がいるという記事を見ましたが、これは、けっこう昔から言ったことで、一橋大の経済学部・商学部と慶應大の経済学部・商学部とでは、一般に、どちらかと言えば一橋大の方が難しいはずですが、そのわりに、卒業して就職しようとすると、慶應の方が企業の採用枠が大きくて、一橋大は社会科学系学部しかない大学で卒業生も慶應大などに比べて少なくて、なんか、あほくさいなあ・・と思う人がけっこうあるという話でしたが、そういうこともあるかもしれませんが、しかし、「企業の採用枠」という点では、1学年あたりの学生の数が一橋大と慶應大では慶應大の方がずっと多いのですから、「企業の採用枠」が慶應大の方が一橋大より多くても、だから、慶應大に行った方がその「枠」に入りやすいかというと、そうとも限らないはずです。三井系の会社で、東大出身者と慶應大出身者を同数ずつ採用するという不文律がある会社があったようですが、東大と慶應大なら、普通に考えて慶應大の方が入りやすいのですから、同数ずつ採用されるのなら慶應大に行った方が得みたいな感じがするかもしれませんが、1学年あたりの学生数が東大と慶應大なら慶應大の方がずっと多いのですから、同数ずつ採用されたとしても、その「枠」に入れるかどうかということになると、東大に行っておいた方がその「枠」に入りやすいはずです。 但し、「企業の採用枠」の場合は、そこに入れるかどうかで「枠」の数は決まっていても、司法試験の合格者数というのは、別に大学ごとに「枠」が決まっているわけではないので、合格者数が多い大学に行って、周囲に合格しそうな人間がいっぱいいても自分も合格できるかもしれないし、合格者数が少ない大学でも合格できる可能性はないわけではないのです。早稲田大の合格者数が多いというのは、ひとつには、早稲田大というのは、昔から「私学の東大」なんて言いまして、私が大学受験の頃、片方で「早慶」と早稲田と慶應をセットみたいに言いながら、早稲田大を「私学の東大」と言っても慶應大についてはそういう言い方をしないのはなぜだろうか、と思ったものでしたが、それは、早稲田大を「私学の東大」と言うのを誉め言葉だと思っている人がいますが、実は半分はけなし言葉で、その意味は「私学のくせして東大の後ばっかり追いかけている独立自尊の精神に欠ける大学」という意味で、慶應の方が「向こうは向こう、こっちはこっち」みたいなところがあり、それだけに、東大に進学しようとしたが行けずに早稲田大に行った人にとっては馴染みやすい傾向がありそうで、司法試験合格者が多いというのも、そのあたりにも原因があるかもしれません。
  企業が大学ごとに「採用枠」を設けるのがいかんと言う人もあるようですが、あまりにも特定の大学の出身者ばかりの会社というのは、思考が画一化してしまう傾向があるので、ある程度は混じっている方がいいということから、「採用枠」を決めている場合もあるようです。「企業の採用枠」と違って、司法試験合格者数というのは、大学ごとに「枠」があるわけではありませんから、合格者数がほとんどない大学に行ったとしても、合格できる可能性がないわけではありませんが、しかし、高校から大学に進学する場合でも、その大学に何人も合格している高校に行った方が、「自然と情報が入る」ということもありますし、試験会場に行っても、周囲に同じ高校の出身者がいるということは、それだけでも意識として心強いようなところがあり、いわば、スポーツ競技をおこなう際に「アウェー」ではなく「ホーム」の場所でおこなうみたいな所があり、いくらかなりとも合格しやすい要素になるはずですが、司法試験においても、過去に何人も合格者を出している大学に行っておいた方が、大学に司法試験対策の講座があったり、情報が入ってきたりして有利な場合があるはずです。

  もうひとつ。司法試験を目指す場合に、司法試験に何人もの合格者を出している大学に行っておいた方が有利な条件として、司法試験に合格者をほとんど出していない大学に行ってしまうと、「そんな大学に行った人間なんて難関の司法試験に通るわけないだろうが。何考えてんだあ」と周囲から見られてしまい、そう言われることもあり、協力を得られないということが考えられます。その点で、過去に司法試験に何人も合格している大学に行っておけば、「同じような人間で過去に受けて合格した人がいるのだから」ということで、司法試験受験を目指すことについて協力を得やすくなる、ということがあります。大学は、いったんその大学に行ってしまうと、「その大学の人間」というレッテルを貼られて、そういう眼で見られてしまうという面があるというのは、事実ですから、それを考えると、「そんな大学に行ったような人間なんて、難関の司法試験に通るわけないだろうが」という眼で見られてしまう大学ではなく、そこの学生なら司法試験を受けても通るかもしれないと見られるような所に行っておいた方が受験もしやすく通りやすい、というのは間違いないはずです。

  慶應大には、司法研究室という司法試験対策の講座がありましたが、一方で、昔から司法試験などは目指さない人が多い大学でしたので私が慶應大在学中も、「司法試験? 暗い、くらい、暗い、くら~い!!!」などと言って、司法試験を目指す人間をけなす風潮というのか、雰囲気というのがある大学でしたので、その点、代ゼミで模擬試験を受けた時に、代ゼミが無料で配布していた代ゼミ通信だかそんな名称の「月刊新聞」だったかに、代ゼミで浪人生活を送って東大に合格した人の座談会というのが掲載されていたのですが、理科二類の人が言っていたのは、2年から3年になる時、理科二類から10人、医学部医学科に進学できるのですが、理科二類に入ると「絶対、医学部医学科に行くぞお」と言ってる人間だらけで、それが、何か月か経ち、半年経ちするうちに「農学部でいいやあ~あ・・」となる人が多くなってくる・・なて述べていて、そして、文科一類の人が言っていたのは、「東大の文科一類に入ると、『司法試験に現役で合格するぞお』と思ってる人間だらけ」だと言うのでしたが、そのあたり、東大の文科一類に行くと「司法試験に現役で合格するぞお」と思ってる人間だらけであるのに対して、慶應大に行くと、「ええ~え。司法試験~? 暗い! くらい! 暗い! くら~い! やめろよ、そんなものお~お!!!」と周囲から言われまくる・・・という、そういう「環境の違い」というものがあるようで、その「環境」に引きずられなければいいと言う人もいますが、「環境に負けない」という意思を強くもって・・とかいうよりも、「司法試験に絶対に現役で合格するぞお」という人間だらけの場所にいた方が、その分だけでも、合格しやすい要素があるように思います。「司法試験~? 暗い、くらい、暗い、くら~い!!! やめろ、やめろ、やめろ、やめろ」などと人に言いたがる人間というのが慶應大にはわんさかいましたから。『福翁自伝』によると、福沢諭吉は子供の頃から酒を飲んでいた人間で、大阪の緒方洪庵の適塾にいた時、酒はやめた方がいいと思い立ち、「酒はやめる」と宣言したところ、適塾の塾生が、みんなで「福沢が酒をやめるとは、これは面白い♪」と言い、「いったい、何日もつか」とみんなで面白がって見ていて、そのうち、「おまえ、酒をやめるのなら煙草を吸ったらどうだ。酒も飲まない、煙草も吸わないなんてことでは健康に良くないぞ」とか言い出すやつまで出てきて、そうだな、酒をやめるのなら煙草を吸おうか・・などと思って煙草を吸ってみたところ、今度は煙草をやめられなくなり、結果として、酒も飲み煙草も吸うようになってしまった・・・なんて話を述べていたが、それと似ているのか、「司法試験を受ける」と言う人間がいると、なんとかやめさせてやろうと面白がるようなヤカラが慶應大には大変多かった。それでも、慶應大は司法試験合格者数は東大・中央大・京大・早稲田大の4校に次いで5位だったが、「司法試験~? 暗い、くらい、暗い、くら~い! やめろよ、司法試験なんてえ~え」とまわりから言われまくる、そういう雰囲気の大学に行くのと、《「司法試験に絶対に現役で合格するぞお」という人間だらけ》という大学に行くのとなら、《「司法試験に絶対に現役で合格するぞお」という人間だらけ》の大学に行った方が、いくらかなりとも合格はしやすいと思う。

  それで、関西の大学では、京都大学だけが過去の合格者数で上位5位以内に入っていたのですが、その後、合格者を少しは出していた大学というと、関西では関西大学と立命館大学で、一般には、京大でなければ評価の高い大学というと、大阪大学・神戸大学・大阪市立大学といったあたりですが、大阪大はもともとが大阪高等工業から発祥で理系中心の大学だったということもあり、大阪市立大は大阪商大と昔は言った「商人の学校」だったということもあり、神戸大は神戸高等商業からできた大学で、いずれも、歴史的に法学部中心で歩んできた大学ではない、ということもあったのではないかと思います。
  京大に行きたいと思ったが行けないという場合、大阪大・神戸大と関西大・立命館大なら、過去の司法試験の合格者数としては関西大・立命館大の方が大阪大・神戸大よりも多かったのですが、だからと言って、京大を目指してきた人が、関西大・立命館大に行く気になるかどうか・・という問題があったのです。司法試験の合格者数が多いか少ないかよりも、実際問題として、京大を目指してきた人が京大は厳しいか・・となった場合、そこで我慢して行くことにするか・・と思える可能性が考えられるのは、大阪大でいいことにしようか・・という判断はありえても、京大は厳しいから関西大にしようとか、京大は厳しいから立命館大にしようとか、そういう思考は、受験生の気持ちとしてなかなかできないのではないか。そこが難しいところで、京大を目指していた人が、司法試験に合格者を多く出している大学に行きたいが京大は厳しいということになった場合、大阪大・神戸大あたりにするのか関西大・立命館大にするのかというと・・、たとえ、関西大・立命館大の方が大阪大・神戸大よりも司法試験合格者数が多かったとしても、普通は大阪大・神戸大の方にしますでしょ、普通は。 それも嫌なら、京大は厳しいかなと思っても京大を受けて、だめならもう1年浪人する・・という選択をする人もあるようですが、それをあまりやると、永遠に通らなくなってしまう危険もないことはない・・ので、そのあたりが思案のしどころ・・といっても、思案してもどれが正解というものがあるわけではないのですが、思案のしどころではあります。


2. 東大法学部に行く。
(ア)  これは、すでに、1.で述べましたが、司法試験合格者を過去にある程度だしている大学に行っておかないと、過去に司法試験合格者がほとんどない大学に行ったのでは、「司法試験て難しい試験だろうがあ。おまえみたいに、◇◇大学しか行けないような人間が受けるものとは違うだろう。何考えてんだあ」とか言われて受験機会そのものを失う可能性が考えられるのに対して、東大法学部に行っておけば、そう言われて妨害される危険は小さくなる
  内田康夫が「浅見光彦シリーズ」で述べていたが、「東大卒」とか「東大生」と聞くと、過去に不良であっても何であっても、「東大生」「東大卒」によって、それ以前についてリセットされる・・・ということがある。 「東大生」になると、過去に何があろうがなかろうが、実際に優秀であってもなくても「東大生」だというそういう見方をされるということが現実にあるわけで、司法試験を受けようとした場合も、「東大生」なら通るのではないか・・というような見方をされることが現実にある。

(イ)  そして、今は慶應の法科大学院大学は法科大学院大学の中でも「上位校」で評価は高いようですが、1980年前後頃から1980年代においては、慶應大学の場合は「司法試験を受ける」などとうかつに口にすると、「司法試験~? くら~い! 暗い、くらい、暗い、くらい、暗い、くら~い!!! やめろよ、司法試験なんてえ~え。やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、司法試験なんてえ~え!」と言われる大学だったので、そういう大学に行く場合に比べると、「文科一類に行くと司法試験に絶対に現役で合格するんだあという人間だらけ」という東大文科一類に行った方が、その分だけでも、合格しやすい・・・と思いますよ。 「そんなものは関係ない。自分自身がどう考えるかの問題だ」とか言う人がいますが、「司法試験~? くら~い! 暗い、くらい、暗い、くらい、暗い、くら~い!!! やめろよ、司法試験なんてえ~え。やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、司法試験なんてえ~え!」とか言いたがるやつが周囲に大量にいる大学に行った経験のある人間からすると、関係あると思いますよ。

(ウ)  そして、(旧型)司法試験というのは、4年制大学の2年を終了すると1次試験を免除され、たしか、2月頃に出願して、5月に短答式試験があり、その合格者は7月後半だったかにあった論文式試験を受けることができて、論文式試験に通ると、10月頃だったか、口述試験(面接試験)を受けることができ、それに通れば司法試験合格になって、翌年、司法修習所に入所することができたはずでした。大学入試は、共通一次試験実施より前は国立大学は高校3年の3月の頭、私立大学は関西の私立大学は1月終わりから2月頭、東京の私立大学は2月半ばまで、共通一次試験が実施されてからは、共通一次試験は1月の前半と、いずれも、最終学年の1月以降に試験があったので、学習期間は高校3年までだったのですが、(旧型)司法試験は5月から短答式試験が始まりますから、大学の3年までに一通りのものを終えてないといけないことになります。
  在学中に通りたい、「現役で通りたい」と思うと、法学部に行ってもその大学の法学部で4年に配置されている科目があるのに、まだ、大学の講義でやっていないものについても試験で出題されてそれに正解しないといけないことになる。
  ・・ところが。 これは慶應大学の司法研究室の先生に聞いた話ですが、それぞれの大学によって、各学年で何をやるかはいくらかずつ違うのですが、どうも、司法試験には「東大法学部で4年の後半に配置されている内容は、司法試験には出題されにくい」らしいのです。(1980年頃に聞いた話ですよ。今はどうか知りませんよ。) そうなると、その分だけ、東大法学部の学生は他の大学の学生に比べて有利になっておかしくないはずです。 東大法学部の人に、司法試験で「現役合格者」、在学中の合格者が多かった、というのには、理由のひとつとしてそれがあったのではないか、と思います。「東大法学部で4年の後半に配置されている内容は出題されない」なんてどこにも書かれていませんが、どうも、出題されることが少なかったらしい・・・。
  行っている法学部で4年の後半に配置されているものが試験には出ないというのと出るのとでは、自分が行っている大学の法学部で4年の後半に配置されているものは出ないというのは現役で通ろうと思えばその分だけ有利だということになります

(エ)  もうひとつ、大学入試の問題が、1970年代から1980年代に東大の文科で出題されていた社会科の「700字以内で述べよ」といった問題は、京大阪大型の問題よりも、司法試験の論述試験や国家公務員試験の問題に形式が近かったのではないか、と思うのです。その分だけ、東大に行った人は思考が旧型司法試験や国家公務員試験の問題に対応しやすかった、ということはないか。
  そして、『ドラゴン桜』に出てくる弁護士が、各大学にはその伝統に沿って出題傾向に特色があり、東大の問題で問われるのは「事務処理能力」だと述べていましたが、そういうところはあるか、と思うのです。 斎藤次郎・森 毅『元気が出る教育の話』(1982.6.25.中公新書)で、森 毅が
《宿舎に帰って、いま理学部長をしている山口昌也としゃべったら、彼は極端でね、おれは小学校以来、いまだかつて授業中にわかったことはないとかね。彼はわりかた鈍いと自慢しとる。本人は鈍いつもりでおるわけ。それで、彼の説は、「わかる」というのは自己の内面に関わることだから、あんな教室みたいなとこで、一方向的にわからせられたりしてたまるかという・・・(笑)。 ・・ 》
と述べているが、東大の入試が「事務処理能力」を問う問題だというのに対して、京大は昔から「アカデミックな伝統」とか「反骨の学風」とか言う大学で、この理学部長の山口昌也さんの説もそのあたりと関係がありそうで、鬼頭政人『新 司法試験 予備試験に独学合格する方法』(2019.9.15.中央経済社)では、
《 勉強には、大きく分けて「読む」「聞く」「書く」「話す」の四つがあります。このうち、読む、きくという行為はインプット、書く、話すはアウトプットにあたります。
  合格者の勉強法をいろいろと聞いて行くと、実はアウトプットにこそ、理解や記憶を深めるための真髄があることに気づきます。
  アウトプットを重視した学習法をとっているかどうか、というのが合格者と不合格者の一つ目の大きな違いです。・・・ 》
と書かれているのですが、京大は「アカデミックな伝統」「反骨の学風」というようなことを言うだけあって、「あんな教室みたいなとこで、一方向的にわからせられたりしてたまるか」というような考え方があり、それは、あくまで「あえて言えば」ですが、インプットの方をかなり重視した思考であるのに対して、東大は「事務処理能力」を問うと『ドラゴン桜』の弁護士が言い、京大の方が学問的な大学で東大は「役人養成所」だなんて言われたりもする大学で、アウトプットに比重があるようなところがあるのではないか。 そして、合格するためには、東大の社会科の問題というのは、アウトプット重視型の学習をした方が高得点を取れたのではないのかと、かつて、その問題でなかなかいい答案を書けなかった私は思うのですが、(旧型)司法試験の論述式試験の問題や国家公務員試験の問題というのは、東大の二次試験の社会科の問題と同様に、アウトプット重視型の学習の方がいい点数を取れやすい問題ではないのか、という印象を受けているのです。その点で、思考が、あくまで「あえて言えば」ですが、京大型思考よりも東大型思考の方が司法試験の問題を解答する能力に近いのではないか、という感じがしないでもありません。


3. 慶應義塾高校に行く。
  これは、我が家なんかは無理です。行きたいなんて言っても、そんな高校、試験に合格できても行かせてもらえません。
  1980年代、日本キリスト教団田園調布教会の牧師のT橋泰二さんの息子が慶應義塾高校から慶應大学医学部に進学していましたが・・・、素朴な疑問として、牧師の息子が何で慶應義塾高校なんて行くの??? 牧師の息子が、なんで、慶應大医学部なんて行くの??? と私は思いましたし、普通、思うと思います。思いませんか? 牧師の給料て高いの? その教会に来て献金払っている信者でも、息子・娘を慶應の内部進学の高校や慶応大医学部に行かせたいと思っても、たとえ、学力は入試に合格できる学力があっても、費用の面で行かすことができない人は間違いなくいるはずなのに、牧師の息子が平気な顔して慶應義塾高校だの慶應大医学部だのに行っているというのは、それはおかしくないかあ~あ? ・・と思いませんか。
  ・・・慶應大学は、経済学部・商学部・法学部・文学部については「国立大学よりは高いが私立大学の中では安い方の大学」で、「早稲田大学よりかなり安い大学」でしたが、理工学部は経済学部・商学部・法学部・文学部より高くて5割増しくらいだったかの学費で、医学部になると経済学部・商学部・法学部・文学部の倍ほどかかり、しかも、経済学部・商学部・法学部・文学部は4年であるのが医学部は6年行かないといけなかったし、医学部生はアルバイトなんてしようと思ってもする時間があまりないと言われていましたから(商学部の学生でもアルバイトなんてする時間はあまりなかったはずですが、あるかないかの問題ではなく、有無を言わさず私はアルバイトさせられましたが、アルバイト漬けにされるために大学に行くくらいなら行かない方がいいと思います・・が、それを理解してくれない親の息子に産まれると、どうしようもできませんでした)、慶應大は経済学部・商学部・法学部・文学部については「国立大学よりは高いとしても私立大学の中では安い方」であっても、医学部の場合は「私立金権裏口医学部みたいに寄付金として患者を薬漬けにして貯め込んだカネの一部分を、ドカンと一発♪ 寄付する必要」まではないとしても、普通のサラリーマンの息子・娘を行かせるにはけっこうきつい学費の学部であったのです。なんで、それに牧師の息子が行ってたの? 牧師てもうかるの???
   ヴィクトル=ユーゴ―『レ・ミゼラブル』に出てくる司教などは「牧師が金持ちであるのはおかしい」と言って、生活に最低限必要なもの以外は、片っ端から貧乏な人に渡してまわったというのですが、『レ・ミゼラブル』に出てくる司教と同じことまでしなくてもいいとは思いますが、それにしても、牧師の息子が慶應義塾高校に行ったり、慶應大医学部に行ったりて・・・、なんかおかしくないですか? そのカネは誰かが「献金」したカネから出てるということでしょ。違いますか? 日本キリスト教団田園調布教会には、いいタニマチでもついていたのですか? 「大口のお客さん」「太客(ふときゃく)」でも掴んでいたのでしょうか? ・・ということは、「わしぁ貧乏やからな」と言いつつヴェルサーチの腕輪はめてるじいさんとかは別として、私みたいに本当に貧乏な人間は、「太客」「大口のお客さん」からもらったカネで慶應義塾高校とか慶應大医学部とかに息子を行かすような人が牧師をやっていた教会になんて行くのが間違っていた、ということかもしれません

   私は、慶應大学商学部に在学していた時、父親から何度も言われたものです。「うちの会社のなあ、☆☆さんの息子さんは、おまえとは違って大東文化大学やぞお~お。 慶應大学みたいなもん、行かせてもろとれへんねんぞお~お。 大東文化大学に行った人の爪の垢を煎じて飲みなさい!」・・と。なんか、私は世界中の人間の爪の垢を飲まされなければならないみたいです(爪の垢なんて、そんなもの飲んで健康にいいとは思えないのですけれどもねえ・・・)。 私は言ったのです。「・・なんで・・、大東文化大学なんて、そんなもの、行った人がえらいんですか?」と。 父は言うのでした。「わからんかあ? おまえはそんなこともわからんのか、このチャンコロ!!!」と。 私は言いました。「はあ、ぼく、頭悪いからなんか、ようわかりませんねんけども。 なんで、大東文科大なんて行った人がえらいんですか?」と。 父は言うのでした。「わからんのか、おまえはこのチャンコロ、ロスケ!!!」と。「☆☆さんの息子さんはなあ、大東文化大学なんじゃ、大東文科大学。わかっとんのか、チャンコロ。慶應みたいなカネのかかる大学には行かせてもろとらんのじゃ、反省しろ、ロスケ!!! ☆☆さんの息子さんは慶應みたいなカネのかかる大学には行かせてもらえんから、そやから大東文科大学なんじゃ、わかったか、このロスケ! このチャンコロ! 浪商!!!」と。 それで、私は言いました。「大東文化大学て安いんですか? 慶應は昔から『国立大学よりは高いけれども私立大学の中では安い方』の大学ですが、大東文化大学て安いんですか?」と。 父は言うのでした。「わからんのか、このチャンコロはあ!!! そやからやなあ、慶應みたいなカネのかかる大学には行かせてもろとらんから大東文科大学なんじゃ、大東文科大学!!! わかっとんのか。大東文科大学に行った人の爪の垢を飲みなさい、チャンコロ!!!」と。「ですから、大東文科大学て安いんですか? 普通に考えて、慶應は昔からある大学ですから、今さら大学の敷地を買わなくても昔からのものがありますし、建物もすでにありますし、それに、慶應は財テクがうまいという話があって、いい証券類を持っているとかいう話もありますし、『OBが寄付をしてくれる大学』と言われていて、それだけに、新設の私立大学よりも運営はしやすいようで、『慶應大学講師』なら箔付けになるからタダでもやりたいとかいう人がいるとか新聞に出ていたのを見ましたが、無名の私立大学より教員も集めやすいでしょうし、学費は『国立大学よりは高いけれども私立大学の中では安い方の大学』で早稲田大より安いし、たいていの私立大学よりも安いはずで、大東文化大学というのが高いのか安いのか私は知りませんが、一般に考えて、慶應の方が安そうに思うのですが、大東文科大学というのは慶應よりも安いのですか?」と言うと、父は「何を言うとんのじゃ、このチャンコロはあ、このチャンコロめがよくも産まれおってからに、このチャンコロ!!! 大東文科大に行った人の爪の垢を煎じて飲めと言うとるんじゃ、このチャンコロ! ロスケ! イタコ! 浪商!!!」と言うのでした。
〔 なお、「慶應は、いい証券類を持っているのではないか」という話は慶應大在学中にある助教授から聞いた話だったのですが、大学のイメージとして、なんとなく、「財テク」とか好きそうな感じしますでしょ。 そう思っていると、10年ほど前だったか、日経新聞の1面に、慶應義塾が財テクに失敗して大損だした・・なんて出ていたので、その財テク、指導した経済学部か商学部の先生て、何を指導しとんねん、なんや、あんまりあてにならん経済学やなあ・・なんて思ってものでした・・(笑) 〕
  今はその頃とは奨学金の制度が変わったかもしれませんが、その頃、本当に貧乏な家庭の息子ならば、日本育英会奨学金を受給するようにすれば、日本育英会奨学金から「学費分」を出してもらえたはずで、慶應の場合は、慶應義塾奨学金というものがあって、日本育英会奨学金を受給した人の場合は自動的に慶應義塾奨学金を受給できて、慶應義塾奨学金として「生活費」を出してもらえたはずなのです。 あまり裕福な方ではないが日本育英会奨学金を受給できる水準よりは親の年収が多いという人の場合は、私立大学よりは学費が安い国立大学・公立大学に行くか〔といっても、国立大学・公立大学というのはタダであるわけではなく、国立大学・公立大学でもその大学に行く人は学費は払うのであり、私立大学はすべてその大学に行く人間がカネを出しているのではなく「私学助成金」というものが国から出ており、あくまで、程度の差であって、国立大学は税金で行かせてもらう大学で私立大学は個人でカネを出す大学という理解は間違いですが〕、大学生の時から公務員の扱いで給料がもらえる防衛大学校・防衛医科大学校などの「大学校」、卒業後にへき地の診療所に何年か勤務するという条件で学費はタダで全寮制で寮費もタダという自治医大とか、そういう大学に行くという選択肢がありますが、そういった大学・大学校に比べると慶應大の方が学費は高いでしょうけれども、多くの私立大学との比較では、慶應は学費は安い方の大学であったはずなのです。実際、国立大学は何学部でも学費は一緒だったので国立の大学の医学部を受けたけれども、私立大学は学部によって学費は異なり、私立大学の医学部に行く学費は出してもらえないので、理系学部と同じような科目で入学試験を受けることができて、学費は私立大学の中では安い方で医学部や理工学部よりも学費がやすい慶應大学の経済学部に入ったという人もいましたし、早稲田大と慶應大と両方通ったけれども、慶應大の方が学費は安いので慶應大の方に入学した、という人もありました。 できれば国立大学に行きたかったけれども行けなかったので(受けて落ちたケースもあれば、試験科目が多い国立大学には合格できる見通しはなかったというケースもあります)、私立大学の中では比較的学費が安い慶應大学の経済学部・商学部・法学部・文学部に入学したという人もいました。なんで、大東文科大に行った人の爪の垢を飲まされなければならないのか? ぼく、頭悪いからなのか、さっぱりわからんのでしたが、「ええかげんにせんか、このチャンコロめがチャンコロ!!! 大東文科大に行った人の爪の垢を飲めえと言うとるんじゃ、このチャンコロ! 浪商!!! 謝らんかあ、おまえはあ!」とおっさんは言うので、それ以上、何を言っても、ともかく、爪の垢を飲まなきゃしかたがないらしいので、「どうも、すいません。大東文化大学に行かなくて申し訳ございませんでした」と言いましたところ、「反省せえよお。心の底から反省して、大東文化大学に行った人の爪の垢を飲みなさい!!」と言うのでしたが、今もって、なんで、大東文化大なんて行った人がエライのかさっぱりわかりません。
  推測しますと、おそらく、こういうことだと思います。うちの父親は私が高校生の時は、こう言っていたのです。「そんなもん、国立大学か慶應・早稲田くらいに行く人間なら、大学に行っていいし行くべきやけれども、しょーもないわけのわからん私立のアッポン大学なんて行くようなヤツなんて、大学行くことあらへん。そんなやつ、自衛隊に入れたるべきや、自衛隊に! 甘ったれとってはいかん、甘ったれとっては! 自衛隊に入れるべきや、自衛隊に!!!」と。 又、「東大にでも行くのなら、もしくは、せめて、慶應か早稲田にでも行くのなら大阪の人間が東京で下宿してでも行くべきやし、東大に行くのなら東京で下宿でもするべきで、下宿は嫌やあなんて言うて甘ったれとってはいかんけれども、わけのわからん私立大学、明治やたら法政やたら専修やたらポン大やたら何たらに行くのに大阪の人間が東京で下宿してまで大学に行く必要なんてあらへん。アホ大学は関西にもあるんや。東大にでも行くのなら、もしくは慶應か早稲田に行くのなら東京で下宿してでも行くべきやけれども、私立のアホ大学に行くようなもんは、たとえ、大学に行くにしても家から通える大阪の大学に行けばいいことで、アホ大学に行くようなヤツが甘ったれて東京で下宿するなんて、そんな非常識なことあらへん」・・と、そう言っていたのでした。ところが・・・。父の勤め先で父よりもずっと役職は下の人で給料もおそらく安かったであろうと思われる人で、大阪の住人なのにドバカ息子を東京の大東文科大に下宿して行かす人とかが出てきたのでしょう。いますよ、そういう人。そうすると、うちの父親は言うことが変わるのです。「大東文科大に行った人の爪の垢を飲みなさい!」と。そして、「親というものは、自分の息子のことをよその息子よりもええようにええように思うもんやから」と言うのでした。いったい、どこが「ええようにええように」思とんねん、どこが!?! 「心理学者」で「親というものは、自分の息子のことをいいようにいいように思うものですから」という「学説」を主張する人がいるのですが、そういう親もいるかもしれませんが、うちの親は父親も母親もちっともそんなことありませんでしたからね。その「学説」は正しくないですね。
〔 他にも、「子供の頃、『いい子』で育ったり、小学生の頃からよくできて子供の頃からエリートだった人間は、成人した頃から問題を起こす人間になる」などという「学説」を主張する「心理学者」もいましたが、その「学説」が正しいのなら、子供の頃から不良か非行かしなければならないみたいですね。 私は、子供の頃、何か欲しいものがあってよその子は買ってもらえないと道に寝転がって「ギャアア~ア」と叫んだりしていても、うちの母親が「みっともないねえ、あんな子は」と言い、たとえ、よその子が買ってもらえるものを買ってもらえないとかいうことがあっても、そんな態度は取るべきではないと教えられてそうしてきたつもりでしたが、そうすると、「心理学者」は「子供の頃からそういう優等生として育ってきた人間というのは大人になってから問題が出てくる」とかいう「学説」を主張するようですが、おかしいと思いますよ。それなら、私も子供の頃から道に寝転がって「ギャアア~ア」とやってやるべきだったということになりますそれなら、子供の頃にそう言ってくれればよかったのに。そう思いませんか? 「心理学者」というのは言うことが無茶苦茶です。要するに、「心理学者」というのは「勝手なことばっかり言ってるだけ」でしょう。 特に「慶應心理学」というのは内部進学の人のいびつな世界観を「心理学用語」でねったらもったらねったらくったら言っているだけでしょう。 私は高校生くらいの頃、心理学というものに魅力を感じていたのですが、「心理学」というものの実態を見るにつけて、「心理学」というものは人間にとって害があるものだと思うようになりました。「タテ社会の中根千枝」とか「モラトリアム人間の小此木啓吾」(「揺り籠から墓場まで慶應的精神空間から外に出れないシンドロームの小此木啓吾」「おのれのこと棚に上げて人にレッテル貼りまくる男、レッテル製造・ひとにレッテル貼りつけるの大好き人間症候群の小此木啓吾」「”おまえはそんなにえらいのか”症候群の小此木啓吾」)とか「土居健郎に見られる甘えの構造」とか・・、「作家で精神科医」の なだ いなだ が「『作家で精神科医』なんてのにろくなのいませんよ」と『不眠症諸君!』で書いていたと思ったのだが、今、同書を読み返しても見つからないので、他の本で書いていたのだと思うが、実際、ろくなのいないでしょ・・・。〕
  で、「なんで、大東文科大なんて大阪の人間が東京で下宿して行ったらエライんですか?」と尋ねると、「わからんのか、おまえはそんなことも、このチャンコロ、ロスケ、イタコ、プエルトリコ、浪商!!!」と言うのでしたが、「おまえはなあ、おまえは慶應に行ったと思うておるかもしれんけれども、たとえ、慶應に行ってもおまえは拓殖やねんぞ、慶應に行ってもおまえは亜細亜大じゃ、この亜細亜大があ!! 亜細亜大のくせに大学に行くなちゅうとんじゃ、この亜細亜大!!! おまえはなあ、おまえは北野高校に行ったと思うておるかもしれんけれども、たとえ、北野高校に行ってもお~ま~え~はあ~あ、おまえは、浪商じゃ、この浪商めがよくも産まれやがってからに、この浪商!!! 浪商は高校行かんでええんじゃ、この浪商!!! 高校行くな、ちゅうとるんじゃ、この浪商!!!」と言うのでした。
   推測しますと、父親の勤め先で父親よりずっと下の役職で、おそらく、給料もうちの父親よりも安かったのではないのかと思われる人で、ドバカ息子を東京の大東文化大なんてのに下宿して行かせた人があって、その人としては、「東大にでも行くのならともかく、東大でなくても慶應か早稲田にでも行くのなら東京で下宿してでも大学に行ったらええけれども、私立のバカ大学になんて行くような人間を下宿してまで大学に行かすことあらへん。バカ大学は大阪にもあるんやから、バカ大学にしか行けんようなヤツなんて、たとえ、大学に行くにしても家から通える大阪の大学に行けばええことや」と言われるだろう・・・と先に推測しているのです。それで、言われる前に「うちなんか、貧乏で給料安いもんでっさかいに、慶應みたいなお金のかかる大学なんて行かせられまへんねん。そやから大東文化大しか行かされしませんねん」とか言いよったのではないか、と思う。おそらく、そんなところだろう。そのおっさんは、慶應大と大東文化大とどっちが学費が高いか安いかなんて調べて言っていないはずだ。そもそも、慶應大と早稲田大と両方通ったけれども慶應大の方が学費が安いから慶應にしたという人は時々いるけれども、慶應大と大東文化大と両方受ける人というのが、そもそも、あまりないのだけれども、慶應大ではなく大東文科大に息子が行ったというのは、それはどっちが学費が高いか安いかの問題とは違うはずだ。「よく言うわ♪」「バカ言ってんじゃないわ♪」と私は思うし、普通は思うと思うのだが、ところがどっこい、うちの父親はそうは考えないようだったのだ。「大東文科大に行った人の爪の垢を飲みなさい!」ということになるようだったのだ。そのおっさんも迷惑なおっさんである。
   だいたい、そのおっさんは「うちらは貧乏でっさかいに、慶應みたいなお金のかかる大学には行かされしませんね~ん。そやから、大東文科大に行きまして~ん」などと言いよるようだったのだが、「よく言うわ♪」「バカ言ってんじゃないわ♪」と思うが、「慶應みたいなお金のかかる大学」という話はいったいどこから出てきたのか? 昔から慶應は「国立大学よりは高いが私立大学の中では安い方」の大学だったし「早稲田と慶應なら早稲田大学の方が慶應大学よりも高い」というのも昔からである。 慶應大学の教授先生が講義の中で言われた話によると、東大の学生の親の平均年収と早稲田大の学生の親の平均年収は同じくらいだけれども、慶應大の学生の親の平均年収は東大・早稲田大の学生の親の平均年収よりも高いらしかった。しかし、それは平均のことであって、たしかに、内部進学の人なんてのは金持ちの息子・娘が多そうだったが、大学については慶應は「国立大学よりは高いけれども私立大学の中では安い方」であり、日本育英会奨学金を受給して慶應義塾奨学金も需給して慶應大学に行っていた人もいたわけだし、日吉に月1万2千円で朝夕1食付きで風呂は週に2回付の寮もあって、そういう所に住んでいた人もいたし、本当に貧乏なら、そういう所に入って行くこともできたはずだ。(月1万2千円で朝夕の食事付で風呂が週に2回付というのは、これは大学が運営しているから成り立つもので、利益なんてあがるわけないもので、これは条件として大変ありがたい話なのだが、但し、相部屋らしいので、気が合う相手ならまだいいが、そうでない場合もあるだろうし、たとえ、比較的気が合う相手でも、《女と一緒に住むのならともかく、男と一緒に住んでいると「なんで、俺、こいつと一緒に暮らさなきゃならんのだ。おまえの顔なんて見たかねえや」と思うようになる》という説があるというのか、アパートを友達と一緒借りて住んだという者で実際にそう言った人間がいたのだ。今は、その日吉の寮がどうなっているか、私は知らない。) なんで、慶應が「お金のかかる大学」なのか、さっぱりわからん。 地元の国立大学に行くか慶應大に行くか迷って、国立大学の方が学費が安いから国立大学にしたということならわかるが、大東文化大学にバカ息子を行かせた人間が、なんで、「慶應みたいなお金のかかる大学」なんて言うのか、さっぱりわからん。 慶應は「ブルジョワの大学」みたいなイメージがあるかもしれないが、学費については早稲田大よりも安いし、私立大学の中では安い方であったはずだったのだ。「なんで、慶應がお金のかかる大学ですの?」と言っても、「わからんのか、おまえはあ! 大東文科大に行った人の爪の垢を飲みなさい」と言ってきかないのだった。
  聞くところによると、慶應は大学については「国立大学よりは高いけれども私立大学の中では安い方」の学校だけれども、小学校・中学校・高校については私立の学校の中でも高い方だというのだ。これは聞いた話であり、自分が行くことを考えたことはまったくないので、それほどよく知らないが、そういう話がある。なぜ、そうなっているのかというと、何代か前の塾長が「日本の学校を見ると、小学校の場合は、学校の数で見ても生徒の数で見ても、国公立の学校と私立の学校では公立の学校の割合が圧倒的に多いのに対して、大学はその逆で、私立の学校の割合の方が圧倒的に多い。だから、小学校の場合は、私立の小学校が学費を高く設定しても、金持ちでない人の子供は公立の学校に行けばいいのだから、私立の小学校が学費を高く設定したとしても、それで『学ぶ権利』を奪うことにはならないが、大学の場合は私立の大学の割合が大きいので、大学は私立の大学といえども、あまり高く学費を設定したのでは『学ぶ権利』を奪うことになるから、大学は私立大学といえども、あまり高く学費を設定するべきではない」とどこかで述べていたのを見たことがあるが、そういうことも少しはあるのかもしれませんが、実際は、そんなことよりも、慶應の場合は、大学については、あまり学費を高く設定してしまって「金持ちの息子・娘の行くバカ大学」になってしまっては困るので、それで大学については「合格最低点を上回る点数さえ取れれば誰でも行ける大学」にして、逆に小学校から高校までは、誰でもは行けないように高めの学費に設定した、ということでしょう。たぶん、そういうことだと思いますよ。だから、慶應は小学校から高校までは、「私立の学校の中でも高い方」のようで、それに対して、大学については「国立大学よりは高いけれども私立の大学の中では安い方」の学費に意図的に設定されているのだと思います。 それを、バカ息子を大東文科大なんてものに大阪の住人で会社の役職も高くなくて給料だってそんなに高いわけでもないのに下宿してまで行かせたようなおっさんが、小学校から高校までの慶應のイメージをもとに「うちは貧乏でっさかいに慶應なんてカネのかかる大学には行かせられませんねん。そやから、大東文科大ですねん」とか、よくもまあ、勝手なことをぬけぬけと言うもんだ、その舌、引っこ抜いたろか!!! と思うような文句をいけしゃあしゃあと言いよった・・・と、そんなところのようだ。 ところが、私が私の親だったなら、「また、しょーもないこと言うやつが出てきたか」とでも思ってそれでおしまいであるところが、うちの父親はそうはいかずに、「大東文科大に行った人の爪の垢を飲みなさいんか!」ということになるようだった。どうも、私は世界中の人間の爪の垢を飲まなきゃならない運命に産まれてきたようだ。

  それで、だ。慶應でも大学で経済学部・商学部・法学部・文学部については「国立大学よりは高いけれども私立大学の中では安い方」で「早稲田大学よりも安い」のだけれども、慶應義塾高校というのは私立の高校の中でも高い方らしく、又、慶應大学でも医学部については、私立金権裏口医学部みたいな寄付金は払わなくても入学できるとしても、経済学部・商学部・法学部・文学部の倍ほどかかるし6年間行かないといけないので、やはり、「カネのかかる方の大学」であるはずだった・・・が、なんで、牧師の息子が慶應義塾高校だの慶應大学医学部だのに行くのか??? 牧師て金持ちなのか??? そのカネは、どこから出てきたのか???
  何だったか忘れたが、「本当にあった笑える話」かなんかそんな感じの雑誌で見たと思うのだが、ボーズとヤクザというのは、実は似たところがあって、ヤクザから「改悛」して「カタギ」になりボーズになった人というのがいるらしく、実はヤクザからボーズに転職するのは、割とやりやすいらしく、なぜなら、ヤクザの時からスキンヘッドだったので、ボーズになってもそのまま、スキンヘッドを活かせるし、ヤクザが「みかじめ料」としてカタギから受け取っていたものを、ボーズは「お布施」という名称で檀家から受け取ることができるわけで、やっていることは実によく似ている・・・というのだ。言われてみると、そんな感じがしないでもない。はて、日本キリスト教団田園調布教会のT橋泰二牧師もまた、檀家から「みかじめ料」を取って、それが息子が慶應義塾高校に行き、慶應大医学部に行くカネに化けた! ・・ということだったのだろうか・・・・。
  牧師の息子は、公立の高校に行くかそうでなければキリスト教系の高校に行くか、どちらかのものだろう。息子は父親の牧師とは別人格だからどこに行こうが息子は自由だなどという屁理屈は通じない。キリスト教系の高校に行かずに公立の高校に行くのはいい。しかし、「寄付金」払って私立の学校に裏口入学するのも自由かというと自由ではないはずだ。その意味で、高めの私立高校というのは、「準裏口入学」みたいなもののはずだ。牧師の息子が「準裏口入学」の学校に行くというのは、おかしい。大学の医学部でも、東大医学部とか東京医科歯科大医学部とか千葉大医学部とか、筑波大医学専門学群とか、自治医大とかに行くのはいいが、信徒の献金から給料もらっている男が息子を慶應大医学部なんかに行かせるというのはおかしい。特に、こういったことを牧師は考えていたかどうか。おそらく、あの男は、まったく考えていなかっただろう。息子も、そういうのがいいのだろうか、など考えたことはおそらくないだろう。今頃、医者屋になって私なんかよりはるかに高い給料を取っているだろうから、女性にとっては「結婚するには、いいかもしれない♪」・・が。その程度の男の「牧師説教」なんてものを聞きに教会にに行っても、あんまり意義のあることではないように思える。

   ・・・それで、だ。 少々、話が横にそれてしまったが、慶應義塾高校というのは、その地域で一番成績の悪い人が行く私立高校かと思っていたら、神奈川県の住人が言うには、神奈川県の私立高校の中では入試における難易度は一番高い高校らしいのだ。「入学時点においては、神奈川県の私立高校の中で最も難しい高校なのに、それが3年後にはあんなになるのだから、考えようによっては、怖ろしい学校だ」とか言う人もあったが、そういう高校のようだ。私立高校の中でも学費は高い方らしいが、カネさえ出せば入れるわけではなく、「嘘みたいだろ」と何人もが言っていたのだが、入学時の合格難易度はけっこう高いらしいのだ。
  慶應の教授(内部進学)は、「小学校から高校までの勉強は害があるんだ」とおっしゃるのですが、私は害があるとは思いません。害はないと思いますし、そんなことを言って、小学校から高校までの学習内容を否定しようとする慶應内部進学というのは、なんか、気色悪いと思います・・・が、ともかく、慶應義塾高校から慶應大学に内部進学で進むのは、公立高校から慶應大学に一般入試を受けて合格して入学するよりもずっと易しいようで、公立高校出身者が大学の法学部に行って司法試験を目指そうと思って、高校時代から法律の本を読んだとしても、1冊読むくらいは読めても、高校の勉強・大学受験の勉強をしないと大学に入学できませんから、それほどはできないのに対して、慶應義塾高校から慶應大学の法学部に進学するのは、一般入試で大学に合格して入学するよりもはるかに負担が軽いようです。その条件を利用して、慶應義塾高校の1年の時から司法試験の勉強を始めて、慶應大法学部の4年時の司法試験に合格したという人があった、という話を慶應大の司法研究室の先生から聞いたことがあります。そういう手があるのか・・と思ったのですが、しかし、その先生もそうですが、慶應の内部進学の先生というのは、高校の勉強のことを「受験勉強」と言い、「害がある」と言うのですが、高校の勉強と「受験勉強」は同じではないし、「害がある」のかというとそうではないと思うのです。なんだか、「高校の勉強」のことを「受験勉強だ。害があるんだ」と観念的に教え込まれてきた慶應内部進学の人って、なんか、かわいそうな教育受けてきとるなあ・・と思ったのですが、それを言うと彼らは怒りますから、言わずに黙っていた方がいいと思いますが、高校の勉強のことを「受験勉強だ。害があるんだ」とか観念的に教え込まれて、その代わりに、高校1年から司法試験の勉強を始めて大学4年の時の試験に合格したとしても、はたして、そういうものがいいのだろうか? ・・・なんて思ったのでしたが。
  それでも。 高校1年から司法試験の勉強を始めたとすると、大学3年までで6年間、大学に入学してから司法試験の勉強を始めたとすると、4年の年に通ろうとすると、学習期間は3年間になります。なんだかんだ言っても、3年間の学習期間で通ろうとするのと6年間の学習期間で通ろうとするのとでは、6年間で合格しようとする方が有利だ、ということになるようです。
  私立6年制受験校というのが公立進学校に比べて有利なのかどうか、「6年間かけて学習するのと3年間で学習するのとでは、6年間かけて学習する方が有利に決まっている」とか「川藤の野球解説みたいなことを言う受験評論家」がいますが、そんなわけないでしょうが。公立中学校から公立の進学校の高校に進んだ人間というのは、中学生の時に何も学習していないのではないのです。 中学校でやっていることを理解せずに高校および大学受験の内容をやるわけにはいかないはずです。 但し、柴田孝之が『東京大学機械的合格法』(実業之日本社)で書いていたことでもありますが、「中学校でやっていること」には、大学入試にはあまり関係のないものもあるのです。 私立6年制受験校では、高校入試では出題される、もしくは、公立高校に進学する場合に内申書の評価の対象になるようなもので、大学入試には関係のないようなものを、極力省いている場合があるようで、「中学校で学ぶもの」及び「高校入試で必要なもの」でも大学入試では特に必要でないものというのを、私立6年制受験校で中学校から入った人はやらないことで、大学入試に出るものに力を集中させるということができる、という点で私立6年制受験校の人間は有利だ、ということがあるようです。もっとも、慶應大学に開成高校から来ていた人など見ても、高校を卒業するまでに音楽とかをまったくやっていないわけで、それで、東大にすんなり合格したとしても、浪人して、東大受験を回避して一橋大あたりを受けてそれも落ちて慶應大に入学したような落ちこぼれにしても、入試の成績はある程度の点数を取っていたとしても、大学入試に音楽や美術がないからといって、それを中学校でも高校でもやらないで、死ぬまでやらない、慶應大に来ていた中学校・高校で音楽を学んでいない開成高校卒の男というのは、音楽というと「恋かな~、イエィ♪」〔《YouTube-早見優 夏色のナンシー》 https://www.youtube.com/watch?v=HvMXNEAX-wQ 〕というものだと心の底から思っており、死ぬまで音楽とはそういうものだと思って人生を送るようだが、そんなものを音楽だと思って人生を送るヤツというのはいかがなものか、とも思った、それで、東大に通ったとしても、なんか、かわいそうなヤツだなあ・・・という印象を私は受けたのですが、当人はそれをむしろ得意にしていて、本人はそれで喜んでいたので、案外、その人にとってはそれで幸せなのかもしれません。
  大学の入試に有利か不利かというと、私立6年制受験校の人間は、公立中学校から公立進学校に進んだ人間と違って、中学校・高校の音楽や美術などをやらないし、中学校に割り当てられているもので、高校入試には必要でも大学入試に必要ないものはやらないので、「え? この人、東大に何人も通っている高校卒なのにこんなことも知らないの?」というものがありますが、大学入試に通るという観点から考えると、中学校でやっていることや高校入試にあっても大学入試にないもの、及び、小学校でやっていることでも私立受験校の中学校入試に出ないものを徹底して省略することで大学入試に通るという観点ではそれがプラスになる場合があります
 マイナスになる可能性があるのは、柴田孝之が『東京大学機械的合格法』でも述べていましたが、10代の人間にとっては6年間というのはものすごく長く、6年間、入試がないというのは、どうしても、人間はなまけてしまうことになりやすく、その為、私立6年制受験校でも、高校からも採っている学校では、中学校から入った人間よりも高校から入った人間の方が成績がいい場合が多いというのです。これは、私立6年制受験校出身の人からけっこう聞いた話ですし、私立6年制受験校卒の人でそんな感じの人を見たこともあります。 もっとも、6年間の真ん中に高校入試があると、高校に合格した後、高校に合格したから勉強しないということはありませんが、気持ちの上でどうしても小休止みたいな気持ちになる期間があり、大学入試を本格的に考えるまでに、私立6年制受験校に中学校から入った人間に比べてワンテンポ遅れる、ということもあるかもしれません。だから、絶対的にどっちがいいというようなことはないでしょう。

  大学入試の場合、「中学校の学習および高校入試」のためには必要でも、大学入試のためには必要ない部分もあるとはいえ、数学や理科では、中学校でやっているものを理解できてこそ高校でやっているものを理解できるというものもあるし、英語などは中学校でより基礎的なものをやり、高校ではその上のものをやるということがあり、基礎的なものをきっちりとやることがより上のものをやる場合にも役立つことがあり、中学校の「歴史」のより詳しいものが高校の「日本史」「世界史」で、中学校の「公民」と高校の「政治経済」はかなり共通していますし、私立6年制受験校の生徒は大学入試を6年間かけてやっているが公立進学校の生徒や私立6年制受験校に高校から入った人間は3年間だけで大学入試をやっているというわけではないのですが司法試験を受けて通ろうという場合には、中学校および高校で扱っているものについては、国語力はあった方がいいし、漢字もきっちりと覚えている方がいいでしょうけれども、司法試験に英語の問題は出ませんし、足し算・引き算くらいできれば数列とか行列とかの数学ができなくても司法試験に関係ないでしょうから、慶應義塾高校に行けば、公立進学校から京大や阪大に行った者なら大学の4年時に司法試験に通ろうと思えば3年間しかないのに対して、6年間の学習期間があることになり、さすがに、3年で通ろうという者と6年間の学習期間がある者とでは6年間の学習期間がある者は有利であり、合格しやすいことになります。
  なおかつ、内部進学の高校といっても、早稲田摂陵高校のような「提携校」では「上位3割に入れば早稲田大学に進学できる」とかいう条件がつくので内部進学で系列大学に行く場合でも「上位3割に入る」か一般入試で系列校でない大学に行くための勉強が必要であるのに対して、慶應義塾高校というのは、中には留年する人もあるようですが、普通は慶應大学には進学できる高校で、内部進学でも医学部に行きたいというような場合はけっこう難易度は高いらしいけれども、そうでなければ行きやすいらしいし、慶應の場合は経済学部・商学部・法学部の中で内部進学の人に最も人気があるのは経済学部であって、法学部は比較的行きやすいらしいので、「高校および大学入試のための学習」の負担が軽いので、その分を司法試験の学習にまわすことができるので、早期の合格につながる人があるようです。もっとも、こういった作戦を思いつくのは、おそらく、内部進学で慶應大卒で弁護士でもやっているような親の息子か何かではないかと思います。そうでない人間はなかなか思いつかないし、何より、我が家などは慶應義塾高校なんて、たとえ、行きたいと思っても、行けないでしょう。 慶應義塾高校に行くには、公立高校に行くよりも費用はかかるでしょうけれども、それで司法試験に早期に合格できるのならば、「コストと利益を比較考量して」考えた場合、そう悪くない話かもしれません。
  慶應は大学については誰でも行く学校ですが、慶應の内部進学の中学校・高校なんてのは、やっぱり、特殊な人でないと行かない学校で、そういうのが好きな人もあるようですが、「一般人民が行く学校ではない」という印象があります。無産市民としては、やっぱり、公立高校から国立大学を経て・・というのが王道のように思います。学習院にしても、最近は大学は貧乏たれの息子が行くこともあるらしいが、初等部はやっぱり「宮さんの学校」という印象ですし、慶應は大学についてはいろいろな家庭の息子・娘が行く学校ですが、小学校から高校までは、やっぱり、「特殊な人たちの息子・娘の行く学校」で「地主・資本家・買弁階級・軍閥の息子・娘」が行くのは良くても「プロレタリアートや小作農民の息子・娘」の行く学校ではないように思えます。厳密に調査してどうかという前に、ともかくそういうイメージの学校です。「先祖代々揺り籠から墓場まで慶應」というような人にとっては慶應義塾高校というのはいいのかもしれませんが、一般人民大衆の息子・娘がああいう学校に行っても、あんまりいいことないのではないか・・という感じがします。又、北野高校などは卒業生で議員になった人でも自民党から共産党までいろいろな人がいますが、慶應みたいに「自民党ばっかり」の学校というのは、大学ならまだしも、高校とかあまり若いうちからそういう所に行くのはどんなものかな・・・という感じがします。


4. 浪人しないで早期に大学に入る。
  一般的には「1.司法試験に合格者を多く出している大学に行く」ようにした方が有利のように思えますし、裁判官になった場合には、潮見敏隆『法律家』(岩波新書)によると、この本は今となっては少々古いかもしれませんが、上級審に行けば行くほど東大法学部出身者の裁判官の割合が増えるといった話が出ていますし、中央大法学部卒で元検事の推理小説家の佐賀潜の小説『華やかな死体』(日本推理作家協会編『江戸川乱歩賞全集(4) 戸川昌子『大いなる幻影』・佐賀潜『華やかな死体』 』1998.9.15.講談社文庫 所収 )で、私立大学卒の検事が、ここで成果を出さなければ、東大卒の検事と違って昇進できなくなると悩む場面が出てきますが、弁護士の場合はそうでもないかもしれませんが、裁判官・検察官の場合は、できれば、東大法学部か、そうでなくても京大法学部に行ってなった方がその仕事についてから有利ではないのか、とか考えます。法務省で警備員のアルバイトをしたことがあるのですが、その際に、守衛のおっさんから聞いた話では、霞が関の官庁の場合、東大法学部卒で国家公務員1種試験合格で入った人とそうでない人では入庁後の扱いが大きく違うらしいが、たとえば、公安調査庁とかあんまり人気のない省庁の場合は東大法学部卒の人の数が多くないので、東大以外の国立大とか早慶とかの卒業生でも出世できる可能性はあるらしいが、法務省の場合は国家公務員1種試験合格ではだめで司法試験合格で検事として入った人が出世するらしく、かつ、東大法学部のみでなく京大法学部でもいいらしく、それは司法試験合格者で東大法学部卒の人の数がそれほど多くないので京大法学部でもいいということらしく、司法試験合格でも、九州大・東北大とか慶應・早稲田・中央大なんてのは犬か猫がいるのと一緒だ・・・とかいう話でした。もっとも、守衛のおっさんから聞いた話ですが、どうも、そういうこともあるらしい。それを「単に、多いというだけのことですよ」とか、自分が実際にそうであるのかないのか調査したわけでもないのに、無責任に言う北野高校の教諭の大谷郁三のような人間というのは無責任で、良心的ではありません。「多いというだけのこと」でしかないのか、それとも「多いというだけのこと」はあるのか、慎重に吟味し分析して言っているのならともかく、無責任に「多いというだけのことですよ」とか何とか繰り返す人間はうるさいだけです。 
  早期に合格するために・・という場合、「大学に入学してから早期に」なのか、「年齢ができるだけ若いうちに」なのか、という問題があります。 予備校でも、京大の法学部に行って司法試験を受けたいと言っていた人で2浪していた人がいましたが、その人が結局どうなったのかは知りませんが、私自身の経験から言っても、2浪でもして、それで、東大文科一類とか京大法学部とかに合格できたとしても、合格できた時点で、実際のところ、相当疲れているのです。体力的には、一晩でも寝れば回復するかもしれませんが、精神的に疲れた状態になっています。その「精神的に疲れた状態」から回復するには、やっぱり、半年くらいはかかるように思うのです。その半年の間、何もしないわけではありませんが、それでも、「精神的に疲れた状態」から回復するのに半年はかかるように思うのです。
  今は昔、西武ライオンズに入った鈴木哲というピッチャーがいましたでしょ。彼は福島高校という福島県では郡山市の安積高校・いわき市の磐城高校などとともに福島県では進学校とされる高校卒で、高校卒業時にプロから誘われていた投手だったらしいのですが、慶應大学にスポーツ選手の推薦入学の制度がなかった最後の頃、2年浪人して一般入試で慶應大学に入学したそうですが、慶應大学の体育の先生が「高校卒業時にプロから誘われていたやつが入ったけれども、1年の時は無理だろうから、来年あたりからかな」とか言われていたことがありましたが、慶應大学の慶應義塾新聞だったかに慶應大体育会野球部の監督だったかが書いていた文章では、高校の時にプロから誘われるくらいの実力があった野球選手でも、2年浪人すると元に戻るのに2年かかると言われるらしい。野球ができたとはいえ、進学校出身者として、大学もそれなりの所に行きたかったのかもしれませんが、野球選手としては浪人すると、元に戻るまでに浪人した年数くらいかかるというのが「相場」らしく、運動選手として成功することの方を考えると浪人はあまりしない方がいいらしい。鈴木哲は、慶應大野球部では、1年後に入学した神奈川県の桐蔭学園高校卒の志村とともに大活躍して、それまで東京六大学野球では東大と最下位争いをしていた慶應大は、その2人が在学中、何度も優勝しましたが、当然、その2人はプロ野球の選手になるのだろうと思っていたら、志村は野球はやめて三井不動産だかに就職し、鈴木哲は社会人野球に行って、2年間、社会人野球をやった上でプロ野球の西武ライオンズに入団しました。高校卒業時にプロから誘われていた投手が、大学に入るまでに2年浪人して、大学を卒業する時点ですでに24歳になっているのですから、プロに進むのならさっさとプロに入団すれば良さそうなのに、またもや、社会人野球に行って2年間過ごして、プロ入りした時点では26歳になっていました。あんた、いったい、何やりたいの? ・・・なんて、あんまり人のことを言うと、あんたはどうなの? とか言われるおそれもあるので、あんまり言わないようにするとしても、なんか、あほなことやっとるような印象を受けました。プロの選手になるのなら、もっとさっさとなっておけば良かったのじゃないのか・・という感じがしました。鈴木哲さんには彼には彼の考えがあったのかもしれませんが、なんか、判断を間違えてしまったのではないのかという印象を受けます。 これは、野球選手の場合だけではないと思うのです。司法試験を目指すのなら、「1.司法試験に合格者を多く出している大学に行く」ようにした方が合格しやすいのではないか、ということと、東大法学部(文科一類)もしくは京大法学部などに行くようにした方が合格後に有利ということはないのか、国立大学でも東大・京大以外の国立大学とか私立大学とか卒では、弁護士ならいいのかもしれないが、裁判官や検事の場合は不利ということはないのか、とか考えますでしょ。・・しかし、その片方で、大学に入るために浪人すると、そこで1年費やしてしまうことになりますし、2浪してしまうと、そこで2年費やしてしまうことになるのです。 浪人中に学んだものでその後の人生に生きるものも中にあるかもしれませんが、それでも、1年なり2年なりを費やしてしまうのです。それならば、浪人しなくても現役で行ける所に行っておいて、浪人した人間が大学合格のために努力している間に、先に司法試験合格のための努力をするようにした方がいい、という考え方も出てくるのです。
  しかし、ここでまた、問題があります。「行ける所に行っておいた方が」などと言いましても、仮に、模擬試験で、京大なら「通った人:4人、落ちた人:6人」という成績を取っていたとします。模擬試験で「通った人:5人、落ちた人:5人」という成績というのが、その模擬試験が模擬試験ではなく本番の試験であったとすると、合格最低点の成績ということになります。「通った人:6人、落ちた人:4人」という成績を模擬試験で取ったなら、その模擬試験が模擬試験ではなく本番の試験であったなら、「6割合格、4割不合格」ではなく「百パーセント合格」です。「通った人:4人、落ちた人:6人」の成績を模擬試験で取ったなら、その模擬試験が模擬試験ではなく本番の試験ならば、「4割合格、6割不合格」ではなく「百パーセント不合格」です。1989年に藤田元司が巨人の監督に2度目になった時、読売新聞のスポーツ欄で「ボロ勝ち、競り負けは弱いチームのやること」と述べていたのを見ましたが、大学入試においても「ボロ勝ち、競り負けは弱いチームのやること」というのはあてはまるところはあると思います。この「6割:合格、4割:不合格」という成績を模擬試験で取っていた場合、これは、その模擬試験が模擬試験ではなく本番の試験であったなら合格の点数を取っているのだから合格できる可能性が大きいと考えるべきなのか、それとも、不合格になる可能性が4割もあると考えるべきなのか。 もし、絶対に通りたいと思ったならば、「通った人:8人、落ちた人:2人」くらいのところを受けるようにするべきだ、ということになるのか。しかし、東大とか京大とかに行こうとした場合に「通った人:8人、落ちた人:2人」というのは、これは相当の成績で、そんな成績、簡単に取れるか? ・・というと、これはそう簡単ではないはずです。しかも、その取るのはけっこう難しいほどの好成績を模擬試験で取ったとしても、それでも、まだ、その成績でも落ちた人は2割あるわけです。
   模擬試験でも「全国総合模試」のような学力テスト型模擬試験と駿台・代ゼミの「東大模試」「京大模試」や河合塾の「東大オープン」「京大オープン」といった特定の大学の試験を想定した模擬試験型模擬試験とでは、模擬試験型模擬試験の方がその模擬試験と本番の試験との間の相関関係が大きいと考えられますが。それを、YMCA予備校の「主事」の藤井は、模擬試験型模擬試験ではなく学力テスト型模擬試験であるYMCA予備校の模擬試験を「すべての大学学部の入試に絶対の相関関係がある」と言い、私が「絶対にそんなはずはない」と指摘して教えてあげても、それを絶対に理解せず、あのアホを相手にするのは、いいかげん疲れたのでした。まず、私が高校3年の12月に受けた代ゼミの東大模試では、1次試験の模試と2次試験の模試がおこなわれてそれを受けたのですが、もしも、藤井が言うように、「試験の問題がどうではなく、どんな試験でもいい成績を取るものはいい成績を取るし、いい成績を取れないものは他の試験でもいい成績は取れない」というのなら、1次の成績順位と2次の成績順位はほとんど変わらないことになるはずでしたが、結果は全然違ったのです。すでに、1回は大学入試を経験してきている人間に対して、いいかげんなことを言い張って、そうではないはずですよと説明して教えてあげても、頑固で絶対にきかない男というのは、ほんと、困りました。又、問題の内容としては、私は、日本史・世界史の問題について、北野高校の中間考査・期末考査や北野高校の模擬試験や「全国総合模試」といったタイプの模擬試験や、過去問でも京大阪大の問題ならば、京大・阪大を受ける人の中でもけっこういい方の成績を取れたのですが、ところが、東大の二次試験の日本史・世界史の問題は、何の努力もしていないわけではないのですが、どうも、うまく書けず、模擬試験でも京大阪大型の模擬試験での成績と東大の模擬試験の成績とで大きく点数が変わったのです。又、高校3年の1月に「練習のために」と言って、いやいや早稲田大学の試験を受けさせられて、実は、「これ、通ってしまったら行かされてしまう」と気づいたので白紙で出してきたのですが、試験会場で問題は見ていたのですが、どうも、早稲田大学の問題というのは、「少々、くせがある」という印象を受けたのです。おそらく・・ですが、東大など旧帝大系国立大学の問題と試験科目を同じにして出題傾向も同じにすると旧帝大系国立大学を落ちた人で早稲田大学に入学する人の割合が大きくなるが、問題の出題傾向を旧帝大系国立大学とは少々違うものにすれば、早稲田大を第一志望にする人は問題に対する対策に十分に時間を費やすことができるが旧帝大系国立大学の方を第一に考えている人は早稲田大の問題についての対策にはそれほどは時間と労力を費やすことはできないので、旧帝大系国立大学を落ちた人にもある程度は来てもらってもいいけれども、早稲田大学に行きたいと思って早稲田大学を受けるという人にもある程度以上来てもらいたいという考え方から、旧帝大系国立大学とは試験科目を変えて、出題傾向も多少変えるようにすれば、旧帝大系国立大学との併願の人よりも早稲田大を第一志望にする人の方が有利になるので、そのあたりを考えて、旧帝大系国立大学を落ちて早稲田大に入学する人と早稲田大を第一志望にして早稲田大に入学する人の割合をどのくらいになるようにするかということを考えて、それで、「少々くせがある問題」にしていたのと違うのかな・・と思うのです。そういうこともあると思うのです。だから、YMCA予備校の「主事」の藤井が言う「試験の問題がどうではなく、どんな試験でもいい成績を取るものはいい成績を取るし、いい成績を取れないものは他の試験でもいい成績は取れない」などということはないはずですし、藤井が言う「YMCA予備校の模擬試験は全国のすべての大学学部の試験に絶対の相関関係がある」などというのは嘘で、「全国のすべての大学学部の試験に絶対の相関関係がある」なんてそんな模擬試験はありません。そして、な~んとか合格しようとするならば、1973年、前後期制を実施したパリーグにおいて、前期優勝の南海ホークスは、プレーオフでその頃のパリーグにおいては圧倒的に強かった後期優勝の阪急を3勝2敗で破って年間優勝したが、その際、南海で選手兼任監督だった野村克也は「後期は阪急に3つ勝つことができれば、極端な話、ほかは全敗したっていい」という姿勢でやったと、あっちやらこっちやらで書きまくっていたが、大学入試においても、特に浪人なんてした場合には、「後期は阪急に3つ勝つことができれば、極端な話、ほかは全敗したっていい」というくらいのそのくらいの気持ち・姿勢でやった方がうまくいくと思う。「試験の問題がどうではなく、どんな試験でもいい成績を取るものはいい成績を取るし、いい成績を取れないものは他の試験でもいい成績は取れない」「YMCA予備校の模擬試験は全国のすべての大学学部の試験に絶対の相関関係がある」だのとそんなこと思っていたなら、通るものも落ちる! 藤井の言うことを聞いて「こいつ、アホやな」と思ったのだが、ところが、うちの父親が「専門家の言うこと、専門家。専門家やがな、専門家。せ~んも~んくわぁ~あ! 専門家、せんもんか、専門家、せんもんか、専門家、せんもんか、専門家!」などと何度も言うので、「あんなやつ、専門家とは違う!」と何度も言ったのだが、おっさんはきかず、「せ~んもお~んくわぁあ~あ! 専門家、せんもんか、専門家、せんもんか、せ~んも~んくわああ~あ!!!」と言ってきかなかったのです。さらに、母親は「藤井さんはクリスチャンだから、絶対に悪い人であるわけがない。あの人は、クリスチャンはクリスチャンでもYMCAで主事をやっているくらいだから、クリスチャンはクリスチャンでも並のクリスチャンではない、特別にえらいクリスチャンのはずや」と、日ごろから「聖書みたいなもん、あんなもん、何一つとして書いてないんやから、あんなもお~ん! 聖書なんてあんなもの、絶対に読んではいかん! ましてや、そこに書いてあることを実行しようなんて、まかり間違っても絶対に考えてはいかん。聖書なんて、読むものと違うし、たとえ読むにしても、歳いってからよんで、『はあん、そんなもんか』と思えばいいことで、若いうちに読むようなことは、まかりまちがっても、絶対にしてはいかん!」と日夜、「伝道」している男、「聖書なんて、そんなもん、読まんでも、洗礼うけて、献金はらって、日曜ごとに教会に行って礼拝に出ておけばそれでええんや。聖書なんて読むものと違う」と毎日叫んでいる男のことを「あの人は相当にえらいクリスチャンのはずや」「あの人はクリスチャンだから、絶対に間違ったことは言わないはずや」などと言って私が何を言っても絶対に聞いてくれなかったのです。世の中、「敬虔なクリスチャン」てやつほど嫌いなものはない!!!
  それで、模擬試験で「京大なら、通った人4人、落ちた人6人」の成績であったとして、阪大なら絶対に通るのか、神戸大なら絶対の通るのかというと、そうではない。「京大なら通った人4人、落ちた人6人」というくらいの成績を模擬試験で取ったとして、「阪大なら通った人5人、落ちた人5人」というくらいか、「神戸大なら通った人6人、落ちた人4人」というくらいか。「京大なら通った人5人、落ちた人5人」であっても「阪大なら通った人6人、落ちた人4人」「神戸大なら通った人7人、落ちた人3人」というくらいになるか・・・。せいぜい、そんなものであって、阪大にしても神戸大にしても、そんなに無茶苦茶やさしいわけではないのです。 私が、結果として浪人してしまい、1浪の時に、我が家の近所に住んでいて、私と同じ中学校から同じ北野高校に行って阪大法学部に現役で通って行ったK村哲二という男のお母さんが、「うちは、京大でも通ると北野高校の先生が言われました。阪大なら絶対に通ると言われました」と何度も何度も近所中に行ってまわり、また、うちの母親はそういう話を聞いて、それにいちいち反応していましたが、なんともまあ迷惑なおばさんでした。だいたい、「京大でも通る」のなら京大を受けて行けば良かったでしょうよ。私はK村に「お願いですから、京大には行かんといてください」なんて一言も頼んでないぞ! 「行きたきゃ行けば!」てものです。 「京大でも通ると言われました」のなら、なんで、京大に行かないんだよ!?! 行けばいいだろうが、行きたかったのなら!! 違うか??? 彼が模擬試験でどのくらいの点数を取っていたのか知りませんが、もしも、「京大でも合格できる可能性がある」成績を模擬試験で取っていたとしても、それなら「阪大なら絶対に通る」のかというと、そんなことない。阪大はそこまで易しくないはずだ。なんか、しょーもないことを言ってまわるおばはんやな、ほんま。はた迷惑なおばはんや、もう、うるさいなあ、ほんまにもう・・・。野村のじいさんが「ささやき戦術」として後ろからボソボソ言ったところ、大杉は「うるさ~い!」と言って怒りよったというが、実際、K村哲二のお母さんに言ってやった方が良かったかもしれない。「うるさ~い!!!」と。張本は野村があんまりうるさいから、「この野郎」と思って、バットを振った後、バットでキャッチャーの野村の頭を思いっきり殴ったら死んでしまうから、軽くコツンと当ててやったことがある・・と話していたが、野村はそんなことなかった、と言っているようだが、K村哲二のお母さんには、それこそ、バットで思いっきり殴ったら死んでしまうから軽くコツンと叩いてやるくらい、やってやってもよかったのかもしれん、というのか、ほんとにうるさい!!! 俺が京大うけんといてくれと頼んだのならともかく、そんなこと言ってないのだから、京大に行きたかったのなら受けて行けばいいだろうが!!! まったく、うるさいやつやなあ、ほんまにもう、ほんまにい~い!!! ・・というおばはんやった。 「北野高校の先生が、阪大なら絶対に通りますと言われました」とか言うてまわっていたようだが、「北野高校の先生」が「阪大なら絶対に通ります」なんて、そんなこと言うか!!! 私が高校の先生であったなら、誰に対してでも「絶対に通ります」なんて、そんなことは絶対に言わない。むしろ、最後の最後まで何があるかわからんよ、と言います。 もしも、「絶対に通ります」なんて、そんなことを「北野高校の先生」が本当に言ったのなら、その先生はあまり良心的な人ではないか、大学入試を知らない人かどちらかだと思う。 北野高校の音楽のN先生が「1年の担任だったらやってくれと言われればやりますけれども、3年の担任をやってくれと言われても私は断ります。もし、芸大に行きたいとかいうことなら私は自分の経験を話してあげるとかもできますが、ここの学校の人は京大とか阪大とかに進学する人ですから、私はそういう受験のことがわかりませんから、3年の担任は大学入試にある科目を担当している先生で自分自身が京大とか阪大とかを受けた経験のある人がやるのがいいと思います」と言われたことがあり、良心的だなと思ったことがありました・・・が、「北野高校の先生」でも「京大とか阪大とかを受けた経験」のない体育の先生とかで3年の担任をやっていた人もいましたし、又、大谷みたいに「大学入試にある科目を担当している先生」であっても「自分自身が京大とか阪大とかを受けた経験」はない先生というのも担任をやっていたわけで、K村哲二の北野高校の3年の時の担任も、もしかすると、「体育の先生」だったのかもしれない。そういういいかげんなことを言うヤツが何を言っても、うるさいなあ・・・ということでしかない。もしも、亜拓大東帝国とかそういうあたりでも受けたなら、それでも、私が担任の教諭なら「絶対に」とかいう表現はしたくないし、学力から考えるとまず通るという所を受けたとしても、それでも、受験番号を書き間違える可能性だってないわけではないし、氏名の記入を忘れてしまう可能性だって絶対ないわけではないし、マークシート方式なら1行間違えて塗ってしまう可能性もないわけではないし、なめてかかっていると、朝、出発するのが遅れて試験開始に遅刻してしまう可能性だってないとは言えないし、試験時間中に下痢してトイレにいるうちに試験時間が終わってしまうという可能性だってないとはいえないし、学力から考えるとまず落ちないと思われる所を受けるのであっても、それでも「最後の最後まで何があるかわからない」と考えるべきで、「絶対に」という表現はしたくないが、一般的には、さすがに、京大や阪大に行こうというような人が亜拓大東帝国なんて所を受けて落ちるということは、まあ、たぶん、ないとは思うけれども、逆に、「落ちるなんてことは、まあ、たぶん、ないと思う」というような所に通ったとしても、そんな所に行く気持ちにはなれないと思うだから、完全に満足できるかどうかはさておき、行こうという気持になれる可能性がある所を受ける限り、「絶対に通る」などということは、絶対に、ない!!! もしも、私が「北野高校の先生」であったなら、「『絶対に通る』なんてそんなこと思っていたら落ちるよ」と、むしろ、そっちを言ってあげたいくらいですね。ある程度手ごわい所を受ける以上は、「絶対に」なんて、そんなものは、ない!!!
   「司法試験に早期に通る」ということを考えるなら、「浪人しないで大学に通る」という方が、1浪した人間より1年、2浪した人間より2年、期間に余裕があることになるわけで、大学を卒業するまでに「1年遅れまでいい」と考えるなら、その1年を浪人で使うのか、大学で留年・休学を1年までならやってもいいと考えるのか、「2年遅れまでいい」と考えるなら、その2年を2浪で使うのか、大学で留年・休学を2年までならいいと考えるのか。卒業後に学士入学で他の学部に3年から行くと、「2年遅れ」だが留年休学ではなく「2つの学部に行った」ということで大学に6年在籍することができる。慶應大学で法学部法律学科を卒業した後、法学部政治学科に学士入学で行って、どこだったか地方公務員の試験に合格して地方公務員になった人がいたが、民間企業に就職する場合は「2年遅れまで」という会社が多いらしいが、留年休学で遅れたというのはマイナスの評価をされてしまうことがあるらしく、それなら、学士入学で2つの学部か学科を行けば、6年間大学に在学することができて、「無職」でない状態で資格試験を受けたり公務員試験を受けたりすることができる。もしくは、大学院の修士課程に2年間行けば、「修士課程修了」ということになり、「2浪」とか「1浪1留」「2留」よりも「履歴書の見た目が言い」かもしれないが、工学部などでは「修士課程修了」の方が企業の研究室などに勤めるには採用されやすい場合があるようだが、法学部・経済学部・商学部の場合は大学院に行くというのは大学の教員になる道を進むということで、企業にはむしろ採用されにくくなるともいうので、「2年遅れまで」ということなら、浪人はしないで学士入学で学部か学科を2つ行くという方がいいのかもしれない。
  実際のところ、京大法学部ではなく阪大法学部か神戸大法学部を受けることにしたとしても、もしも、「京大でも合格した可能性がある成績」を模擬試験で取っていたとしても、だからといって、阪大なら「絶対に通る」か、神戸大なら「絶対に通る」かというと、「絶対に」などというものは、絶対にない!!! 阪大も神戸大もそこまで易しいわけではない。 しかし、それでも、阪大は京大よりも「いくらか通りやすい」、神戸大は京大よりも「いくらか通りやすい」というものだったと思うので、京大なら厳しいかな・・と思って受験先を阪大にしたり神戸大にしたりする人というのはある。 その場合だが、民間企業に勤めようという人なら、阪大でもいいかなと思うところでも、司法試験を目指す人の場合は、京大の合格者数と阪大の合格者数・神戸大の合格者数には相当の差があったので、やっぱり、過去に合格者をあまり出していない大学に行くよりも合格者を多く出している大学に行っておいた方がいいはずだ、と考えて、どっちにしようか迷う場合には京大を受験することにした、という人があったようだ。

  鬼頭政人『新 司法試験 予備試験に独学合格する方法』(2019.9.15.中央経済社)では、「論文式受験生のピラミッド」として、「どんな問題が出ても受かる層」「問題によっては受かる層」「どんな問題が出ても落ちる層」と3つに分けて、
《 「どんな問題が出ても受かる層」は勉強に穴がなく、論文式答案の練習についても万全の体制で試験に臨んでいます。 多少書けない問題があったとしても、箸にも棒にもかからない答案は書かないし、得意な問題が出たときには、かなりの高得点答案を書ける層です。この層に入れればベストですが、実はこの層は多くはありません。合格者は400名強ですが、このうち100名程度しかこうした層に該当する人はいません。 一方で、「どんな問題が出ても落ちる層」も存在しています。これは、「とりあえず短答」のような考え方で勉強しているがために、論文式対策がほとんどできていない層です。 毎年毎年、短答式は受かるが論文式はだめという人も、この層に入っている可能性が高いのです。この層はだいたい700~800名程度いるといってよいでしょう。 最後に、「問題によっては受かる層」がいます。この層は、「手形法に全く手が回っていない」とか「民事訴訟法の既判力に不安がある」といった、基本的な事項に大きな穴がある部分はあるが、概ねカバーしているという層です。自分の対応できる問題が出れば受かるが、問題の運が悪いと落ちる、という層です。 この層がだいたい1,000名程度いると見てよいでしょう。 これから予備試験を勉強する方は、まずはこの「問題によっては受かる層」を目指しましょう。 》
と書かれているのですが、大学入試においても似たところがあって、「合格できる可能性がある層」というのはある程度いるはずですが、「絶対に通る層」なんてあんまりいないはずなのです。その「合格できる可能性がある層」の中で、より高いかそれほど高くはないか、ということはあっても、「絶対に通る層」なんてほとんどいないのではないか、と私は思っています。 ですから、「『阪大なら絶対に通る』と北野高校の先生が言われました」というK村哲二のお母さんが言ったまわったその発言は本当ならば、その「北野高校の先生」、誰かわからんが、その先生というのは、はたして、大学受験についてわかっている人だったのか、デマカセを平気で言うようなテアイだったのか・・というと、あんまり良心的な方の人ではなかったのではないかと思います。たぶん、本当はそんなこと言ってないと思いますけれどもね・・・。ある程度以上手ごわい所を受ける以上は「絶対に」なんてものはないと思いますから。


5. どこでもいいから、ともかく「大学」に行く。
  これは、柴田孝之が『司法試験機械的合格法』(実業之日本社)に書いていたことだが、司法試験というのは、1次試験合格か4年制大学の教養課程修了かで2次試験を受けることができるようになっていたが、高校はけっこう進学校に行っておきながら「大学なんか行くかあ」と大学に行くのをやめた人とか、行きたいと思った所に合格できず、「そんな大学なんか行くくらいなら、大学行かん方がええわ」と行くのをやめた人とかで、敗者復活戦みたいに司法試験を目指す人がいて、そういう人で1次試験から受ける人がいるらしいのだが、柴田孝之が述べていたのは、ともかく、「大学」でさえあれば、2年を修了すれば司法試験の受験資格は得られるわけで、どこの大学でもいいのなら、その「どこの大学でもいい」大学に合格して2年まで修了する方が、司法試験の1次試験に合格するよりも、ずっと易しいので、その方が近道だ、という話である。

  但し、1回、東大とか京大とかを受けて落ちた経験のある者としては、阪大とか神戸大とかに行くのも「けったくそ悪い」はずなので、それを、「『大学』でさえあればどこでもいいから」というような「大学」に行く気になれるかどうか、という問題がある。それが嫌だから、司法試験1次試験に合格で司法試験2次を受けて弁護士にでもなろうと言ってるのに、なんで、「『大学』でさえあればどこでもいい」というような「大学」なんて行かなきゃならんのだ・・という話になる。そうなると、東大とか京大とかに、やっぱり、「何年遅れようが関係あるかあ」と行くしかないことになる・・・。
  大学入試というのは「終戦」だと思うのだ。勝ちとか負けとかではなく、自分がそこなら行こうかという気持になれる所に行くことで「終戦」できるかどうか、だと思うのだ。
  うちの父親などは、私の模擬試験の成績を見て、その成績ならここくらいに行けるかというのを考えて、それより下ならどこでも自分が好む所に行かせる権利があるみたいに考えたようだが、そういう考え方では、「終戦」はできない。
  実際、簡単なようで、「終戦」させるのはそう簡単ではない。うちの父親は「世の中にはな、自分ではやらずにひとのことを決めるのが得意の民族と自分のことをひとに決められて決められたようにせえっせせっせ、せえっせせっせとやるのが幸せな民族がおるわけで、わしはドイツ人で慶應の民族であって、ひとのことを決めるのが得意、自分ではやらずにひとに命令するのが得意の民族で、あんたはチャンコロで浪商の民族であって、常にひとに命令され号令かけられてせえっせせっせ、せえっせせっせとやるのが得意でうれしい民族なんや。適材適所や、適材適所。こういうのを適材適所と言うわけや。そやから、大学でも、あんたはどこでも行けるだけの点数を取んなさい。そしたら、わしが決めたるわあ」と言うのだったが、「要りません」と言いました。すると、「何が要らんのじゃ、何があ! わし、とかM川先生(父の親友の医者屋。「金沢大医学部卒」と称していたが嘘くさい。実際は金権関西医大かそこらではないかと思う。当時、大阪府豊中市在住。)とかはひとに命令をしてひとに号令かけるのが向いている民族で、あんたはわしとかM川先生に命令され号令かけられることが何よりも喜びである民族なんやあいうて教えてやってやってやってやったとんねんがな、チャンコロ! 民族の違いを忘れるな! 階級の違いを忘れるな! チャンコロっ!」と言うのであった。「そんでやなあ。就職もそうや。あんたが採用してもらえる会社を何社か用意しなさい。そしたら、わしがどこに行くのがええか、決めたるわあ」と言うので、「要りません」と言いました。すると、「何が要りませんじゃ、何があ!! のぼせあがるなよ、チャンコロ! わしのようなエッライえっらいエッライえっらい人間にやなあ、何でも決めてもらうのが、それがチャンコロにとっては最高の幸せというものなんや。わかっとんのか、チャンコロ、わかっとんのか、チャンコロ。わかっとんのかわかっとんのかわかっとんのかチャンコロ! ちゃんちゃんコロコロちゃんコロコロ、ちゃんちゃんコロコロちゃんコーロコロ!」と言うのでした。「結婚でもそうやぞ。あんたが、つきあう前に女を何人か用意してわしの所に連れて来~い。ええか、結婚相手もやなあ、わしとかM川先生とかいった特別にえらい人間に決めてもらうというのがそれがあんたにとっての幸せというものなんや。とりあえず、10人ほどでも女を用意してわしの所に連れてこ~い。そん中にこのわしのお眼鏡にかなう女がおったら、こいつにせえ! 言うて決めたるわあ。そん中にええのがおらんかったら、みんなあか~ん! 言うたるから、そしたらまた、別の女を10人ほど連れてこ~い! そんで、その中にわしがええと思う女がおったら、これにせえ言うたるし、おらんかったら、また、みんな、あか~ん! 言うたるから、又、別の女を10人ほど連れてこ~い! そうやって決めたらええ。それがあんたにとっての幸せいうもんや。感謝しろ!」と言うのでしたが、「決めて要りませんけど」と言ったのだったが、そうすると、うちの父親は「何が決めて要らんじゃ、何があ! つっけあがるなよ、チャンコロ! のぼせあがるなよ、ロスケ! イタコ! プエルトリコ! わしのようなエライえらいエライえらいやなあ、ドイツ人で慶應の民族のわしが決めてやってあげてやってあげてやってあげてやろうと言うてやってやってやってやったっとんのやろうが。わしのことを普通の人間やなんて思うたらいかんぞ、わしのことを。わしはキリストやぞお。わしは聖徳太子やぞお。わしはヒットラー総統やねんぞお! わかっとんのか、チャンコロ! わしはスーパーマンやねんぞお、わしはあ!!! んが、んが、んがあ!!! あんたとわしとは民族が違うねんぞお、民族があ。あんたとわしとは階級が違うねんぞ、階級がああ!!! 民族の違いを忘れるな! 階級の違いを忘れるな! わかっとんのか、チャンコロ! わしはドイツ人であんたはチャンコロやねんぞ。ゆめゆめ、民族の違いを忘れてはならんぞ、チャンコロ!!!」と言うのであった。「わしは人格者で英雄でキリストでヒットラー総統で、そんで、何よりも謙虚やねん。わしいのような謙虚けんきょケンキョ謙虚な人間の言うことは、あんたは何でも何でも何でも何でも絶対絶対絶対服従じゃ。それがあんたのようなチャンコロにとっては何よりも幸せ幸せ幸せ幸せ!!! あんた、うれしいね~え! あんた、ドイツ人のお父さんを持って幸せ! あんた慶應の民族のお父さんをもって何より幸せ!!!」と言うのであった。「ともかく、私、決めて要りませんから」と言ったのだが、「ええかげんにせえ、チャンコロ! おまえは自分のことを決める役とは違うんじゃいうて言うてやってやってあげてやってやったっとんのじゃ、このチャンコロめがちゃんころロスケ!!! 決めるのはわしのような謙虚な慶應の役目なんじゃ、わしのような謙虚な慶應があ! わかっとんのか、チャンコロ! わかっとんのかチャンコロ! わかっとんのかわかっとんのかわかっとんのかチャンコロ!!!」と言うのだった。我が家はそういう家庭だった。疲れた・・・。疲れる家庭だった・・・。そういう家庭においては、およそ、「終戦」なんてできるわけがない所で「終戦」させられることになります。その上で、「感謝しろお!」と言われることになります。「『感謝してます、お父さん』と言いなさい」と言われることになります。「わしを崇拝しろよお、わしをお」とその「キリストで聖徳太子でヒットラー総統でドイツ人でアメリカ人で慶應の民族でスーパーマンのお父さん」が言うのでしたが、・・ともかく、そういう人の子供に産まれると、疲れます・・・。「あんた、スーパーマンのお父さんの子供に産まれて幸せやねえ~え」と何度も言われましたが、その度に「『普通のお父さん』の方が絶対にええわあ」と思いました。

  慶應大学の「労働経済学」という講義の時に、労働組合の幹事というのはけっこう難しいのだという話を教授がされたことがあった。どこが難しいかというと、賃金交渉でも、「さあ、みんな、団結して頑張ろう」と闘う方向で呼びかけてまとめるのも大変だけれども、それ以上に難しいのは、特に日本のような企業別労働組合では、はてしなく闘って自分の所の会社をつぶしてしまったのでは元も子もないのであって、どこかで妥協しなければならないのだけれども、「このあたりで妥協しよう」ということにするのが、頑張って闘おうと呼びかけること以上に難しい。組合員がまだ闘おうとしているのに、幹事がこのくらいで妥協しようと主張すると、裏切者とか経営者のイヌかとか見られてしまう可能性もあり、それをうまく運営していくというのはなかなか難しい仕事で、それだけに、それをうまくできる人というのは、使用者側にとっても欲しい人材であり、労働組合の役員をやった後で会社の役職につく人がいるというのも、もっともなことだ、という話を聞いたのだが、大学入試というのも、それと似たようなところがあるようにも思ったのだ。
  「なにくそお」という気持になれないような人は、最初から、東大とか京大とか、あるいは阪大でも神戸大でも、ともかく、「ある程度以上手ごわい所」には通らないだろう。 「なにくそお」という気持になることができる人間だから、ある程度以上の難易度の試験に合格できる可能性があるのだ。しかし、そう思ってやって合格できればいいのだけれども、「なにくそお」という気持の持てる人間でも常に絶対に成功するわけではないので、思った所に合格できなかった時にどうするのか、という問題だ。 どうやって「終戦」させるのか、というのはけっこう難しいと思うのだ。 私なども、「慶應で納得いかないなんて、あつかましいわ」とか「慶應で嫌だなんて贅沢やわ」とか言われたことがあるのだが、それ、どういう人が言ったのかというと、浪人して法政に行ったとか、2浪して専修に行ったとか、そんな人が言うんですよ。あんたと一緒にすんな・・・と思いましたよ。「おまえが『大学』だの高校だのに行く方が、あつかましいだろうが」と思いました。「専修だの法政だの何だのに行くようなヤツの方が贅沢だろうが」と思いました。

   北野高校から京大に行ったならそれでいいと思うのですが、北野高校から阪大に行くと、同じ年に豊中高校から京大に行ったやつというのが何人かいます。池田高校から阪大に行ったやつというのも何人かいるわけです。せっかく、その学区の一番手校の北野高校に行ったのに、二番手校の豊中高校に行ったやつより下の大学に行かされてしまったかとか、三番手校の池田高校のやつと同じ大学に行かされてしまったか、とか考えてしまうのです。それなら、何が何でも京大に行かないと・・と思って通ればいいのですが、「絶対に通る」という気持でやったとしても、ある程度以上手ごわい所を受ける以上は「絶対に」なんてものはないのです。
   阪大に行った場合はまだいいのです。北野高校から阪大に行って、豊中高校から阪大に行ったやつ、池田高校から阪大に行ったやつ、桃山学院高校から阪大に行ったやつと一緒になってしもうたあ・・・と思っても、それでも、履歴書に「北野高校卒。大阪大学△学部卒」と書いた場合、「豊中高校卒。大阪大学△学部卒」より上でしょ。「桃山学院高校卒。大阪大学△学部卒」よりも「北野高校卒。大阪大学△学部卒」の方がいいでしょ。 それに対して、慶應大なんて行くと、慶應というのは、「揺り籠から墓場まで慶應(from cradle to tomb)」⇒「内部進学」⇒私立大系私立高校卒⇒私立高校卒⇒「公立高校卒だが小学校・中学校のいずれかが私立」⇒「小学校から高校まで公立だが親か親戚が慶應大卒」⇒「小学校から高校まで公立で、国立大に行く予定だったが慶應に入った人間で、親戚どこを探しても東大・京大・阪大出身者はいても慶應出身者はいない」 という序列というのかがある学校であり、そういう「慶應義塾カースト」の最底辺に入れられるような所に、何も物好きに行くことないのじゃないのか・・という気がしました。実際、大学は、一般にその大学がどうかということと別に、もしも、そこに自分が行った場合、御三家・親藩にまでなれるかどうかはともかく、外様ではなく譜代になれる大学に行った方がいいと思うようになりました。何も、石田三成が徳川大学に行かなくても、石田三成は豊臣大学に行った方がいいのではないか、と思うのです。
   「北野高校卒⇒大阪大学△学部」と「桃山学院高校卒⇒大阪大学△学部」なら前者の方が上でしょ。ところが、「北野高校卒⇒慶應義塾大学◇学部」と「桃山学院高校卒⇒慶應義塾大学◇学部」なら後者の方が上らしいのです。「私学なんだからいいに決まっているじゃないか。こんな常識もわからんのか」とか慶應の先生というのは言うのです。 慶應の先生というのは北野高校が嫌いな人が多いようで、講義の最中に固有名詞あげて、人の出身校の悪口言う人もありました。「北野高校の人間というのはね、『どうして、私立だったら、いいんですかあ』とか言うでしょ。バカか!?! 私立だってことは、いいってことじゃないか。こんな常識もわからんのかあ~あ!」と叫ばれた方もありました。「一木一草に塾風が宿る」みたいな大学で、「塾風」ていったい何なんだ? というと「内部進学の人が持っている何か」らしいのですが、まあ、ヤマトダマシーみたいなものみたいです。慶應というのはそういう学校で、そういう人の学校なのです。そんな所にわざわざ行くことないのじゃないのか、と思いました。「天地は広いと言うが私にとっては狭くなってしまったのか」と『貧窮問答歌』みたいに思いました。

  株の格言で「頭と尾っぽはくれてやれ」というものがあるようですが、株を一番安い時に買って一番高い時に売れば利益を得ることができるのですが、「一番安い時」に買おうとして、まだ下がるだろうと思うと上がってしまうことがあり、「一番高い時」に売ろうとしていると下がってしまうことがあるのですが、それを、「一番下」で買うのではなく「比較的下の方」で買えればそれでいい、「一番上」で売るのではなく「比較的上の方」で売れればそれでいい、と考えることにしようというのが「頭と尾っぽはくれてやれ」という文句らしいのですが、大学入試についても、この考え方でいくのがいいかもしれない、と今は思っています。ベストを求めていると、道を誤る可能性があるので、ベストではなく「ベター」でいいと考えれば、そう道を間違えないかもしれないと思うのです・・・が、こういうことを言うと、うちの父親などは、「ベター」ではなく、およそ、妥協できそうにないような所で我慢させようとしてくるでしょう。親が自分自身も経験がある親かうちの親みたいにそうではないかの違いは、けっこう大きいように思います。

  慶應大学で、ステューデントカウンセラーズというカウンセリングのサークルに入っていたことがあったのですが、そこに、東京都立三流以下高校卒で1浪で慶應大商学部に入ったT橋純平という男がいたのですが(慶應というのは、何かと「シティ」とか言って都会ぶりたいイナカモンが多い学校で、特に内部進学の人にそういう人が多いようでしたが、そういう人は「三多摩地区」という地域を東京都だけれども東京都と言えない「準埼玉県」地域だと言うのでしたが、その「三多摩」というのはT橋純平みたいな「東京都立で多摩地区の三流以下高校卒」のことを「三多摩」と言うのかと思っていたら、そうではなく、別の意味だったようです)、T橋は私にこう言ったのです。「〇〇さん、もう、慶應で一緒じゃねえかよお。こらからはもう一緒なんだから。何の違いもねえじゃん。仲良くしようぜえ。俺を見ると、仲間だと思って自信もつだろ」と。おまえなんかと一緒にならされてたまるか! と思いました。なんで、「こんなヤツなんかと同じ大学」に行かされなければならんのかとずっと思ってきたのですが、そうは言っても、こっちがそんなやつの行く大学に行かされてしまったのであって、そいつが悪いわけでもないのだろうから、この野郎、蹴っ飛ばしてやろうか・・と思っても蹴っ飛ばすわけにもいかないだろうと思って我慢を重ねてきたのですが、それを「〇〇さん、もう、慶應で一緒じゃねえかよお。こらからはもう一緒なんだから。何の違いもねえじゃん。仲良くしようぜえ」だの「俺を見ると自信もつだろ」などという発言は、それは、喧嘩売ってるとしか思えない発言です・・・し、おそらく、T橋は私に喧嘩売るつもりでそう言ったのだと思います。それで、私は高橋に言ってやったのです。「誰が自信もつか、誰が!?! こんなヤツと同じ大学に行かされとるのかと思うて、嫌になるだけのことじゃ! 三流校出身のくせに!!!」と、そう言ってやったのです。高橋は私が冗談を言ったと思って、「ああ、そんなこと言う~」とか言っていましたが、「冗談みたいな言い方」をしましたけれども、私は冗談なんて言ってないですからね。 そもそも、高橋が私に喧嘩売ってきたのですから、ひとに喧嘩売っておいて、「ああ、そんなこと言う~」とか言うやつがおかしいのです。その類のヤツは慶應という大学にはゴマンといました。気分の悪い大学です。その類のヤカラの話をすると相当の字数が必要になりますから、その話は別の機会にまわすことにします。

  「どこでもいいから、ともかく『大学』に行く。」というのは、(旧型)司法試験の一次試験に合格するのと、「どこでもいい大学」の入学試験に合格するのとでは、試験の難易度は圧倒的に後者の方が易しい、というのか、「ほとんど無試験ヨーコー」で入れる私立大学というのが今はあるようですから、そういう所に入ってともかく2年修了まで行き、2年を終えるところまで履修するという方が易しい・・といえば易しいのですが、「格下の大学」に行く気持ちになれるか、という問題があり、「格下の大学」のヤツに「もう、これからは仲間じゃ~ん」とか言われて、「なんで、こんなヤツと『仲間』にされなきゃならんのだ、なんで、こんなヤツなんかと」とか思って不快指数を上昇させて、そんなことに気をもむのなら、むしろ、司法試験一次試験に合格してみせる方が、そっちの方が、実質的に易しい、とも考えることができます。
   慶應大学の学生で、経済学部の学生で「俺も、一橋の経済学部を受けた」とか言うやつがいましたが、そういう人間の大半は「オリンピック」でした。「参加することに意義がある」。 国立大学の受験料は私立大学よりも安いので、人生経験として、どこか、国立大学を受けておこうと考え、慶應大経済学部を受ける人間が併願で受ける国立大学はというと、一橋大経済学部が妥当、と考えて「俺も一橋大の経済を受けた」ということにした、という人が多かった。そんなヤツに限って、「俺も一橋大の経済うけた」と言いまくるのです。実際に行こうとして合格できなかった者としては、落ちた所の話なんて、とことん隠すかどうかはともかく、あんまり積極的には、したくないものですが、もともと最初から「オリンピック」だった「慶應の経済」の人は「俺も一橋大の経済を受けた」と自分からさかんに言います。慶應はそんなヤカラがわんさといる大学でした。ゴマンといる大学でした。
   慶應大学の経済学部の入試科目は、数学1・2B と英語でした。 慶應大学の文学部の入試科目も、数学1・2B と英語でした。 高校卒業時の成績では、法政あたりでも通るかどうか・・というくらいの人が、1浪して、予備校がうまくその人に会って、慶應大の入試科目だけを学習して、やっとこ、慶應大に合格して、慶應大の経済学部、もしくは、慶應大の文学部に入学したという人というのが、慶應大にはいっぱいいましたが、そういう人は、慶應大の経済学部・文学部の入試科目であった数学1・2B と英語 しか勉強してきていないのですから、高校でやっているような内容の科目すべてにわたって出題される司法試験の一次試験に合格するというのは並大抵ではないでしょうけれども、私は、旧帝大系国立大学に行くつもりで学習してきた人間で、東大は落ちたとはいえ、共通一次試験で選択した理科の物理と化学は理科の物理・化学・生物・地学の4科目の中で平均点が低い方から2科目で、社会科で選択した日本史・世界史は、社会科の日本史・世界史・倫理社会・政治経済・地理A・地理Bの6科目の中で、日本史は最も平均点が低く、世界史は低い方から3番目だったが「世にもまれな奇問・難問・悪問」が出たと言われた年で、平均点の高い科目と低い科目の差が大きすぎ、いくらなんでも、平均点調整をしてもらえないというのはおかしいのではないか・・と思った年だったということもあるし、合格した人と比べて学力が劣っているとは思っていない。旧帝大系国立大学に合格するつもりで学んできた者は、司法試験一次試験についても、ある程度、学べば合格できる可能性はある、と思いました。又、私立6年制受験校出身者は、入試にある科目は学習していても、中学校・高校の学習で入試に出ないものは積極的にやらないようにしていたようですが、私はそうではなく、入試にない科目も学習してきていましたから、高校までの教養全般が出題範囲となる司法試験一次試験を目指せば合格できた可能性は十分にあったと思います。それを活かさない法はないとも思いました。
  単に、試験の難易度だけを考えるならば、「どこでもいい大学」「どうでもいい大学」の入学試験に合格して、1年・2年の過程を修了するための試験に合格する難易度と、司法試験一次試験に合格する難易度では、司法試験一次試験に合格する難易度の方が高いでしょうけれども「なんで、こんなヤツなんかと同じ大学に行かされなきゃならんのだ」と思うようなヤツから「もう、一緒じゃあ~ん。何の違いもねえじゃん。仲良くしようぜえ」などと喧嘩売られてそれを耐え忍ぶ難易度と、司法試験一次試験に合格する難易度とでは、私などにとっては司法試験一次試験に合格する難易度の方がずっと易しかった、と思います。人にもよるかもしれませんが、人間は、その試験の難易度が難しいか易しいかだけではなく、それに通りたいと思うか、誰がそんなもの・・と思うかによっても変わります。「なんで、こんなヤツなんかと一緒の大学になんか行かされなきゃならんのだ」と思うような大学の入試難易度が易しくても、そこに行く難易度はけっこう高かったりするのです。
  なんで、こんなヤツと一緒にされにゃならんのだ、という気持が、司法試験一次試験を受けようか、と考えた動機のひとつである者に対して、「どこでもいい大学」「誰でも通る大学」に行って2年修了するようにした方が司法試験一次試験に合格するより易しいからいいと言われても、それは逆に一番難しい。それでは意味がないことになります。

6. 理解のある家庭に生まれる。
  これは、大変、大きい。 我が家はその点では、実際のところ、無理だったと思います。 将棋でも、飛車角落ちとか、飛車角香車桂馬落ちとかなら、工夫すればなんとかなる・・ということもあるでしょうけれども、「王さん一枚で」それで勝てと言われても、無理です。
  大学入試は公平ではないと思っています。お父さん(もしくは、お母さん)が東大なり京大なりを出ている人、もしくは、東大なり京大なりに行こうとしたけれども行けずに慶應なり早稲田なりに行った人の息子・娘と、その逆である我が家などとは条件は全然違いました。 阪神淡路大震災の後、阪神地区の高校生に、大学入試において試験時間を他の受験生よりも延長するなんてやった大学がありましたが、なんか、アホなことやっとるなあ・・という印象を受けました。 阪神地区に戸建住宅かマンションか持っていて住んでいるが、他方で東京圏にも戸建住宅かマンションか持っていて、両方を行き来しているような仕事の人の息子が、阪神地区に住んでいて灘高校とかに行って、大学は東大に行こうとしている・・なんて人で、阪神淡路大震災で阪神地区がぐちゃぐちゃになったとなると、即座に東京圏の方の住居に移動して受験に備えているようなやつになんて、なんで、試験時間を延長してやらんといかんのか・・・と思いました。なんか、しょーもないことやっとるなあ・・と思いました。 むしろ、私が共通一次試験を受けた時、理科4科目(物理・化学・生物・地学)と社会科6科目(日本史・世界史・倫理社会・政治経済・地理A・地理B)で、科目間の問題の難易度の差が大きく、平均点は大きく違ったのに、それを何の調整もしないというのは、いくらなんでも、それはないのではないか・・とか思ったのですが、なんで、科目間の問題の難易度が大きく異なったものに対処しないで、阪神淡路大震災の後、灘高校あたりに行ってるやつで、親は東京圏にもマンション持ってるとか、持ってなければ、急遽、アパートか賃貸マンションか借りるとかできる人間になんか、試験時間の延長なんてしてやらんといかんのか・・と思いました。そんなことで、「人道家ぶりっこ」でもしているつもりなのか? しょーもないことやっとるなあ、と思った。
   高校3年の時、母が離婚すると言い出した。本気かなあ・・とも思ったのですけれどもね。なぜ、本気かなあ・・と思ったかというと、過去にも離婚すると言い出してやめたということがあったからです。 離婚するならしたらいいと思いましたし、今も思います。 しかし、母が気に入らないのは父だけではなく、私も気に入らないようでした。今でもそうですが、母は「よその子」が好きで、私が嫌いだったのです。「隣の芝生は緑に見える」なんて言葉もありますが、よその子はいいように思えるようです。それでいて、「親というものは、自分の息子のことをええようにええように思うものなんやから」と言うのでしたが、あんた、どこが、「ええようにええように」思ってんだよ、と思いました。我が家の近所で、私より5歳以上10歳未満くらい年下のボーズで、私と同じ中学校から同じ北野高校に行って3浪で東大理科三類に行ったやつがいましたが、そのにーちゃんが浪人中、道を歩いているのを見ても、なんか、しょぼくれて、「勉強する子なのに」「いい子なのに」かわいそうに・・とか言うので、「あんた、俺が浪人中に俺に言ったことと、言うことが全然違うじゃねえかよお!」と思いました。よく言うなあ、ほんとに・・・。 母は「息子の所有権は母親にある」と言うのでした。「親権」ではなく「所有権」が母親にあると言うのです。日本の裁判所は、息子に対しての「所有権」は母親にあるという判例を出している、と言うのです。その2~3年後も、母は「あんたの所有権は母親にあるんやからなあ」と「所有権」を私に対して主張しました。その「所有権」というのは、本人の私にはないそうなのです。日本の裁判所は、息子の「所有権」というものを本人ではなく母親にあるという「判例」を出しているそうなのです。 父親は別のことを言うのでした。「女というものは単なる畑であって、種を畑に植えてやってあげてやっていただいてもらってくださってあげてやっていただいたお方のおかげで種が畑から芽を出すことだできたのであって、畑が芽を出したのとは違うんや。あくまでも、種を植えてくださっていただいてもらってくださってやってあげていただいたお方のおかげで種が芽を出したんや。そんで、いったん、芽が出たら、それを育てるのは畑の役目じゃ。そんで、畑が育てて、大きくなって実がなるようになったら、種を植えた者に権利があるんや。畑に権利があるのとは違うんや。ナスビでもキュウリでもそうやろ。種を植えた者に権利があるんや。畑に権利があるのと違うんや。ましてや、ナスビやキュウリに権利があるわけがないんじゃ。わかっとんのか、ナスビ! わかっとのか、キュウリ! わかっとんのか、チャンコロ!!!」とうちの父親は言うのでした。どっちにしても、その「ナスビ」で「キュウリ」で「チャンコロ」には自分自身に対して権利がないらしかった。母は「よその息子」が好きな女で、私が嫌いで、30代の時、母が「帰ってきてもらわんといかん用事があるんや」とか言うので大阪の家に帰ると、「あした、あんた、お見合いすることになってるからな」などと言うので、「また、やられた」と思ったことがありました。うちの父親とうちの母親というのは、いつも、そういうやり口なのです。「予定になっている」と言うので、会うことになっている場所に私が行かないと約束を破ったことになってしまいますから、しかたなしに行きましたが、行くと、母は「うちは子供は娘2人ですねん」と、いつものように言うのでした。じゃあ、俺は誰なんだ? 俺は「うちの子供と」違うのか? となりますが、「息子いうたら、こんなんですねん。こんなん、こんなん、こんなん、こんなん!」と言って私を指さして言うのです。なんか、私がよっぽど嫌みたいでした。その時は、話をしてくれたおばあさんが、後で、「かっこいい、いい坊ちゃんですねえ~え」と言ってくださり、母はそう言われて、「そうですかあ。あんなん、どこがいいんですかあ」と言ったらしいのですが、母にとっては私はそういう存在だったらしいのです。父親はというと、父のお気に入りは上の姉で、上の姉を父は「ドイツ人」「しっかりしたお姉さん」「えらいエライえらい特別にえらいお姉さん」と言い続けていたのでしたが、下の姉は、「家族の政治学」において、我が家の「父+祖母+上の姉 対 母」という構図の所に産まれて、「父の同盟者」の椅子は上の姉が確保していたことから、「母の同盟者」の方の役割をする結果になり、「父+祖母+上の姉 対 母+下の姉」という構図で生きてきたことから、父から「あっかん子、この子はあかん子、アッカン子~! 阿寒湖、あかんこ、阿寒湖、あかんこ、阿寒湖!」と毎日言われてきた・・と本人は今でも言いますが、下の姉は「阿寒湖」らしかったが、私は阿寒湖どころか、「こいつは、要らん子、イラン湖、要らん子、イラン湖!」ということで、「イラン湖」だったのです。イランにそれらしき湖があるのかないのか知りませんが、下の姉は阿寒湖で、私はイラン湖だったのです。上の姉は「しっかりしたお姉さん」で「ドイツ人」らしく、我が家では父と上の姉が「ドイツ人」で、母と下の姉は「日本人」だったのですが、私は「チャンコロ」でした。「よくも、産まれおってからに、チャンコロっ!」と父は毎日叫んでいました。今から考えると、その表現はうまく言ったものだなあと思います。「日本人」は時々思うようでした。「ドイツ人」は「チャンコロ」を支配し命令し号令かける権利があるのに、なぜ、「日本人」にはその権利が認められないのか。「日本人」にもまた、「ドイツ人」と同じだけの権利が認められないと不当ではないか・・と、「日本人」はそう考えるようでした。日清戦争で清からリャオトン半島の租借を得たにもかかわらず、それをドイツ・ロシア・フランスによる三国干渉で「日本人」は奪われた。「ドイツ人」は租借地を「チャンコロ」から得ているのに、なぜ、「日本人」は認められないのか。不当ではないか・・・と「日本人」は怨念を持ってきたのです。我が家の構図はそんな感じがありました。私がその「チャンコロ」なのです。「ちゃんチャンころころチャンころころ、チャンチャンころころ、チャンこーろころお♪」と父は私を指さして毎日言っていました。父にとっては、ひとつにはその「チャンコロ」の私が北野高校に行ったというのがむかついた、ということもあったかもしれません。父は「わしは天高(天王寺高校)やぞお、天高!」と何度も言っていましたが、私が小学生だった頃、1960年代後半は、大阪で一番の進学校は北野高校ではなく天王寺高校でしたが、父は天王寺高校卒だと言うのでしたが、そのわりに明星高校から同窓会の案内状が何度も来ていたので、なんでかなあ~あ・・と長く不思議に思ってきたのでしたが、母から聞いた話では、実際に卒業した高校は明星高校だったらしく、明星高校では母の兄(伯父)と同級生だったらしい。「わしは、同志社大学という立派な立派な大学に行ってます」と言うておったはずでしたが、種々様々な悪質な妨害を受けて、結果として、私は慶應大の商学部に強制と脅迫と暴力で行かされてしまいましたが、そうすると、父は「わしは慶應やぞお、わしはあ。わしは、おまえとは違って慶應やねんぞお~お!」と言うようになり、宗旨替えしました。あんた、ちょっと前まで同志社やなかったんか・・と思ったのですが、「わしは慶應やぞお。おまえとは違うねんぞ、おまえとは! わかっとんのか、チャンコロ! わしは慶應で、おまえは浪商じゃ、この浪商!!! よくも産まれおってからに、この浪商めがあ!!!」と言うのでした。遠藤周作が、父親にとって息子というのはどういう存在か・・として、息子は父親にとって、後継者であり自分ができなかったことをさせたい存在で、ライバルでありそう簡単に負けてはならないと努力する相手でいずれは父親を追い抜いていく存在であり・・とどこかに書いていたと思いますが、うちの父親にとっては、息子はライバルではなくエネミーだったようで、自分より「上の学校」に行かれてしまうというのは、我慢ならんことだったようです。それなら、よその息子が自分より「上の学校」に行くのはそれはいいのか、というといいみたいでした。私が高校3年の時、母はうちの父親が気に入らないと言うだけならまだいいのですが、私も気に入らないらしく、「こいつが、お父さんに似てくるから離婚するんやあ」と言うのでした。そういうことを言う親というのは時々あるようです。特に、離婚した女性というのは、息子や娘を見て、離婚した相手に似ていると言って怒る人がいるようですが、怒ったって、その気に入らない相手と一緒に子供を作ったのはあんたでしょうが・・・てところで、子供に怒ってもしかたがないと思うのですが、ともかく、うちの母親は私が気に入らないそうでした。「こいつ(私のこと)の血を全部抜いて、入れ替えてやろうかと思うんや」と下の姉に言ってました。下の姉は、父が言うには私が離婚させたそうで、なぜ、私が離婚させたことになるのかというと、「〇〇が高校に行くまでに結婚してくれ」と言われたから、だから、「あんな男とでも結婚して犠牲になったろ」と思ったために結婚を失敗した、だから、私が悪いそうです。だから、「ほんまやったら、離婚なんかするわけがないええ子やのにからに」私が離婚させた、ということになるそうなのです。そのわりに、私が「高校に行くまでに結婚してくれ」と言われたから、だから、結婚に失敗したというわりに、私が高校生の時、我が家にいたのです。そして、相変わらず、「母の同盟者」をやって、「ドイツ人」の父と「チャンコロ」の私に敵対していたのです。私が高校3年の時、夜、家で学習していると、母は後ろから来て、「こいつ、大学に現役で通ると思いあがった人間になって女を泣かせよるから、こいつ、絶対に落してやらんといか~ん!」と言って、服をつかんで、椅子に座っている状態で背後にひっくり返したり、箒をもってきてボコボコ殴ったり、私が使用していた部屋の電気を洗面所にあったブレーカーを落として消して学習できなくしたり・・そういうことを連日繰り返しました。高校から家に帰ると、外灯を消し、雨戸はすべて閉めて、インタホンのソケットを抜いて鳴らないようにして、家に入れてくれないということもありました。そういうことをされると、その時間、勉強できないということとともに、精神的に本当にまいりました。北野高校は行きたいと思って行った高校だったので、合格した時はうれしかったのですが、高校の先生というのは、こういった家庭の問題について、生徒の力になってくれてもいいのではないのか、と思ったのですが、ちっとも協力してくれませんでした。特に2年の時の担任だった旧姓作野礼子は私に恨みのようなものを持っていたようで、私はあの女に恨まれるようなことなんてしていないと思うのですが、とことん、いじめられました。なんで、私はあの女にあそこまで苛められなければならなかったのかと思います。北野高校は行きたいと思って行った学校でしたが、卒業して何十年か経ってみると、北野高校の教諭については、むしろ、あいつら、無能のくせして、なんで、あんなにえらそうにしていたのか・・と思います。母は日頃から「私は血圧が・・」「私は心臓が・・」とか言いまくっていたのですが、そのわりに、「こいつ、現役で大学に通ったら思いあがった男になって女を泣かせよるから、こいつ、絶対に落したるう~う! こいつめえ~え!」と言って、椅子に座っている私を背後にひっくり返したりするような時には、相当力がありました。女性というのは、力がないように見えてあるんですね。息子はいくらやっつけても、やっつけ返される心配はありませんから、だから、その点で、やっつけるにはもってこいの存在だったようです。箒でボコボコなぐり続けたと思うと、「お~、怖いこわい怖いこわい! こいつ、怖い怖い!」と言って階段を下りていくのでした。 別れるのなら別れてもらってもいいのだけども、と思いましたが、母は、もともと、私が嫌いでよその息子が好きな女でしたが、私が3年の時は、父と離婚すると言い出したのでしたが、今から思うと、私が高校3年で大学受験をひかえていたので、それで「離婚するんやあ」と言い出したのかもしれないように思います。母は、父のことを「私を女中さんみたいに考えている」と言うのでしたが、それは実際にそうだと思います。しかし、父は母を「女中さんみたいに考えている」だけではなく、私を「会社の部下みたいに」考えていましたし、私に「・・かねえ」と会社の無能の上役が役職を利用して部下にえらそうな口をきくような口のきき方をしましたし、「会社の部下」であれば、勤務時間が終わればいなくなりますし、あまりにも上役の態度が許しがたいとなると、配属を変えてくれという希望を出される可能性もあるし、辞めてしまう可能性もあり、又、臥薪嘗胆で、そのうち、その部下の方が自分よりも上の役職についてしまう可能性もありますし、「会社の部下」には給料を払わないといけませんが、その点、息子というのは、《父親の「会社の部下」》をやめたいと思ってもやめることができませんし、《父親の「会社の部下」》としての「給料」は「あんたが産まれてきたおかげで、おまえを育てるのにカネがかかって迷惑してきたんじゃ。これから、あんたに働いて、それをまどてもらわんといかんのじゃ」ということであり、「まどてもらう」ために、「せえっせせっせ、せえっせせっせ」と息子が働いて、その上で、帰宅すると「親こっこっこ、親こっこっこ、親こっこっこ、クォ~ッ、クォ~ッ! 親こっこっこ、親こっこっこ、親こっこっこ、クォ~ッ、クォ~ッ!」「朕思うに、我が皇祖こーそーはあ、親に孝に、親に孝に、親に孝に、親に孝に。わしに孝に、わしに孝に、わしに孝にい~い! とってちってたあ~あ!」と命令することができますし、24時間支配することが可能で、「会社の部下」と違ってやめてしまうことがなく、出て行けばどこまでも追いかけることができますし、「会社の部下」と違って、臥薪嘗胆で、自分より上の役職につかれてしまうこともありません。息子というのは、どんなことでもできる24時間支配できる「会社の部下」、死ぬまで逃がすことのない「会社の部下」だったのです。母は離婚するという理由として、「私を女中さんの扱いにする」ということ、「私を会社の人(会社の部下)みたいに扱う」ということを言うのでしたが、それなら、うちの父親が息子である私を「会社の部下みたいに扱う」というのは、それはかまわないのか、というと、かまわないようでした。「あんたは息子やねんから、息子は何でも何でもぎゅうぎゅう言うことをきかせて当たり前や」と言うのでした。自分がうちの父親に対して不満を感じることでも、私はそれに忍従するのが当然だったようです。結局、あれはいったい何だったのか、今もよくわからないのですが、私が高校3年の時、母が離婚すると言い出して、それで、後ろからつかんで背後にひっくり返すとか、箒でボコボコ殴りつけるとか、そいういうことを誰にやるのかというと、離婚する相手の父親にやるのではなく、いくらやっつけてもやっつけ返される心配がない息子にやるのでしたが、こたえました。本当にこたえました。そして、私の失敗は、北野高校の教諭というのは、高校の先生というのは、そういう問題に少しは生徒に協力してくれてもいいのではないのか、と思ったし、今から考えると、高校3年の時の私は「SOS」を発信していたと思うのですが、ところが、3年の時の担任だった大谷などは、「序列主義というのは、嫌な言葉ですね」とか「学問で人間を序列づけるというのは、それは学問のあるべき姿ではない」とか何とかかんとか「けっこうな文句」ばっかり言いまくるくせしてからに、そういう「家族の政治学」という問題については、親に機嫌をとっておけば高校教諭は安泰・・みたいな態度の男で、高校の教諭としては最低の男だったと思います。私は、北野高校の教諭というものを、あいつらを買いかぶっていたし、実際よりも有能のように勘違いしていた。それが失敗の原因のひとつだった。阪神淡路大震災の時ですが、我が家も少々は被害はあったようですが、大阪府の北摂地区で、神戸方面に比べると被害は小さかったのですが、神戸方面で大きな被害を受けた人がおられたと思いますが、片方で、灘高校あたりに行ってるやつで、親は医者屋だったり「実業家」だったりして、カネはあり余ってるようなヤカラの息子で、東京圏にも家があって、阪神淡路大震災があると、さっさと東京圏の方の家に移動して受験に備えたようなそんなヤツに、試験時間延長・・なんてそんなことするのなら、高校3年の時の我が家をなんとかしてほしかった・・・。「うちほど、いい家庭はないし、わしほどえらいお父さんはないんや」とうちの父親は言うのでしたが、「よく言うわ♪」と思います。もしも、私が父親で、息子が高校3年の時に、母親が離婚するとか言い出して、息子が勉強している所に、「こ~いつ、勉強すんなあ~あ!」と叫んで後ろからつかんで背後にひっくり返したり、箒でボコボコ殴ったり、使用している部屋のブレーカーを落として照明を消して学習できなくしたり、高校から帰ってくると、外灯を消し、雨戸をすべて閉めて、インタホンのソケットを抜いて鳴らないようにして入れないようにして、その上で高校に電話して「息子が帰ってきませんねん」と言うという、そういうことを何度も何度もやるという、そういう状態で、それが直接の原因であったかどうかにかかわらず、高校3年の時、そういう状態で息子が大学受験に落ちたとすれば、私が父親なら、「申し訳なかった」か「すまなかった」か、一言、そういうことを言います・・・が、うちの父親は、どう言ったかというと・・、「わしは悪ないねん」、そう言ったのです。阪神淡路大震災の後、芦屋かそうでなくても、どこか、高級住宅地に戸建住宅を持っておって、片方で東京圏に高級マンションでも持っていて、それで、灘高校とか行って東大を目指していたような社長の息子とか、あるいは、カネみたいなもんあり余ってるみたいな医者屋の息子とかに、阪神淡路大震災の後、大学の入学試験で試験時間を他の受験生よりも延長するとか、そういうアホなことを考えるくらいなら、高校教諭には、生徒の家庭環境について配慮することのできる人を採用するとか、ちょっとはそちらの方を考えてほしかったようにも思います。
  結果として、2年遅れで、行きたくもない慶應大学の商学部にともかく入ったというのか、入らされました。うちの父親は、「あんたは、ほんまは高校には行ってはいかん人間やねんで。高校は義務教育やないんやから、あんたは高校には行くべきではない人間やねん。わかっとんのんか。それをおまえが北野高校に行ったというのは、それは、甘ったれとるから北野高校に行ったということやねんぞ。わかっとんのんか」と言うのでした。父の親友の医者屋のM川の同僚のK田というおばはんは、息子をバカ大学2つも行かせたらしいのですが、そのK田のおばはんがそういうことを父に言ったのです。どう言ったかというと、「高校は義務教育じゃないんだから、あんたなんか、高校に行くことないんや。あんたなんか、高校に行くべきやないのや。そやのにからに、あんたが高校に行ったというのは余計や」と。そう私にK田は言ったのです。K田は「うちの息子なんて、それを、大学を2つも行ってるんやから、一生懸命、勉強せんとあかんいうことや」とそう言ったのです。なんか、似ていることを言っているようで、自分の息子について言うことと私に言うことは正反対だったのです。K田のバカ息子はバカ大学を2つも行っていたわけで、「そやから、一生懸命、勉強せんとあかんいうことや」という結論に持っていったのに対して、私については「あんたなんか、高校に行くべきではなかったんや。ましてや、あんたなんか、大学に行くべきと違うんや」とそういう結論に持っていったのです。私が父親なら、そういうことを言うヤツがいたら怒ります。「余計なこと言わないでください」「大きなお世話です」「あなたにそんなこと、言われる筋合いはありません」と言います。しかし、うちの父親はそういうことを言われて喜んだのです。「そうや。その通りや。K田先生の息子さんは、おまえなんかと違って大学を2つも行ってはるねんぞ。えらいねんぞ。おまえとは違って大学を2つも行ってはるんやぞ。わかっとんのんか。そ~れ~に~対して、おまえは、高校行ったのは余計なんじゃ、おまえはあ! ましてや、おまえは、大学行くな、おまえはチャンコロ! 大学行くなちゅうんじゃ、チャンコロ! 浪商! おまえは浪商やねんぞ、浪商。浪商のくせして北野高校に行くなちゅうんじゃ、浪商! 浪商の分際で北野高校に行くなちゅうとんじゃ、この浪商めが浪商!!! 浪商は高校行かんでええんじゃ、浪商!!! おまえは浪商で浪商は高校行かんでええんじゃ。こいつめえ! 浪商のくせして北野高校に行きよってからにこの浪商めがあ!!! わかっとんのか、おまえは、産まれる時点で天の神さまが浪商としてお造りになった人間やねんぞ。おまえは浪商やねんぞ。浪商は高校行かんでええんじゃ、この浪商! 浪商の分際で北野高校に行くなちゅうんじゃ、浪商! ましてや、浪商は大学行くなちゅうんじゃ、このチャンコロめが浪商ちゃんころ浪商ちゃんころお!!!」と言うのでした。K田に調子を合わせて、父の親友の医者屋のM川はこう言ったのです。「そうじゃ。K田先生のおっしゃる通りや。きみなんか、高校行くべきやないんや。きみは甘ったれとるから高校に行ったんや。高校は義務教育じゃないんやから、きみなんか、高校には行ってはいかんのや。ましてや、きみなんか、大学には行くべきやないんや。うちの息子なんか、その点、高校は義務教育やないのにからに、大学を関西医大に裏口入学で行ったくらいやから、そやから、それだけ、勉強させてやらんんといかんし、勉強せんといかんいうことや。きみは大学行かんでもええんや。きみは大学に行こうとするのはあつかましいんや」と言うのでした。「高校は義務教育ではない」という前提から始まって、結論は、K田のバカ息子は「大学を2つも行ってるんやから、一生懸命、勉強させてあげんといかんということや」という結論が導き出され、M川のドバカ息子は「裏口で大学に行ったんやから、そやから、一生懸命、勉強させてやらんとあかんいうことや」という結論になり、私は「きみなんか、高校に行くべきではなかったのに、そやのにからに、北野高校に行ったというのは、これは甘ったれとるからで、根性が腐っとるからなんや」という結論になり、「ましてや、大学になんて、行くべきではないんや。きみが大学に行きたいというのは、人間が甘ったれとるからそやから大学に行きたいと言うんや。きみなんか、高校に行くべきではない人間なんや。ましてや、大学には行くべきではないんじゃ」という結論に持って行かれるのでした。私が親なら、そんなことを言われたら怒りますし、そういう医者屋民族とは関わらん方がええなあ・・と判断しますが、ところが、うちの父親はそういうことを言われると喜ぶのです。「そうや、その通りや。ええ~えこと、言いはる。さすがはM川先生や。M川先生は神様や。M川先生はキリストや! お~ま~え~はあ~あ、高校行くべきではない人間なんじゃ、おまえはあ!!! おまえは高校行くなちゅうんじゃ、おまえはあ! M川先生の息子さんは高校はわたくしりつ(私立)やぞお! それをおまえが公立の北野高校に行ったというのは、それはおまえが思考が硬くて頑固でのぼせあがっとって根性が腐ってて甘ったれとって思いあがっとるから、そやから、おまえは公立の高校に行ったんじゃ、おまえはあ! おまえは高校行くな、おままえはあ! M川先生の息子さんは高校はわたくしりつやぞお! 大学は裏口入学やねんぞお! それに対しておまえは高校は公立で、公立の高校に行ったというのは、それは甘ったれとるから公立の高校に行ったという、そういうことや! わかっとんのか、おまえはあ! わかっとんのか、おまえはあ!」と言うのでしたが、「なんで、わたくしりつ(私立)の高校に行ったり裏口入学で大学に行ったりすると、『思考が柔軟』で『甘ったれとらん』で、公立の高校でその地域で一番の高校に行ったら『甘ったれとるからじゃ』ということになるんですか? なんでですか?」と言ったのです。「なんで、お金のかかる わたくしりつ(私立)の学校に行ったら、甘ったれてなくて、学費の安い公立の学校に行ったら、『甘ったれとるから公立の学校に行ったんじゃ』などと言われなければならないんですか? 逆と違うのですか?」と言ったのですが、父は「わからんのか、そんなことも! M川先生の息子さんは高校はわたくしりつやねんぞお! おまえみたいに公立の北野高校なんて行っておらんねんぞ、おまえみたいに! M川先生の息子さんは大学は関西医大に裏口入学やねんぞお! おまえとは違うねんぞ、おまえとは! おまえとは違って裏口やねんぞ、おまえとは!!!」と言うのでした。我が家はそういう家庭でした。それで、「K田先生の息子さん」は「高校は義務教育やないんやから」バカ大学を2つも行って「一生懸命、勉強させてあげんといかんいうことや」ということで、「M川先生の息子さん」は「わたくしりつ(私立)の高校から関西医大に裏口入学で行かはった」のやから、「そやから、一生懸命、勉強させてあげんといかんということや」ということで、私は「高校は義務教育やないんやから」、「おまえは高校には行くべきではない人間やったのにからに、公立の北野高校に行ったというのは甘ったれとるから公立の高校に行ったんや。ましてや、おまえは大学には行くべきでない人間なんや」という結論にうちの父親は持って行くのでした。それで、私は「それなら、大学に行くのはやめます」と言ったのです。「私は『大学には行くべきではない民族』だそうですから、行きません」と言ったのです。ところが、それでもうちの父親は気に入らないようで、結局、日本で一番嫌いな大学で、首をもがれても行かされたくないと小学生の時から思っていた学部に無理矢理行かされることになってしまいました。努力の成果をすべて奪われました。どうも、現在の日本では「民族の違い」というものがあるようで、医者屋民族は「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りして貯め込んだカネで、ドバカ息子を金権関西医大に裏口入学させたり、ドバカ息子をバカ大学2つ行かせたりする権利があるようで、他方、私は、公立中学校から公立の北野高校に進学したのは「甘ったれとるからじゃ」と「診断」されることになり、「おまえは、大学行くべきじゃないんじゃ、チャンコロっ!」という結論に導かれるようでした。「民族の違いを忘れるな! 階級の違いを忘れるな!」と父は、毎日毎日、私の眼を指で突きさすようにして叫んでいました。「民族の恨みを忘れるな(不忘民族恨)」「階級の苦しみを忘れるな(不忘階級苦)」と思ったものです。「天の神さまは、おまえを服従するための民族としてお造りになったんやぞ、おまえを。この世の中はなあ、ひとに命令する人間ばっかしでもあかんし、ひとに命令されてせっせせっせと働く人間ばっかしでもあかんのや。両方の人間がおらんといかんのや。天の神さまは大変賢明なお方であって、わしいとかM川先生とかは、自分ではやらずにひとに命令しひとに号令かけなければならない民族としてお造りになり、そんでもって、あんたあは、常にひとに服従する民族、ひとから号令かけられることが何よりうれしい民族、即ち、チャンコロっとしてお造りになったわけや。これは天の神さまがそのようにお決めになったことであって、天の神さまが決められたことを人間が変えようなどと思ってはならぬし、又、変えようとしても変えられるものではないんや。神さまがお決めになったこの秩序を変えようとするような者を天の神さまは決して決してお許しにはならぬぞ、このチャンコロめがチャンコロつ!」と父は私に言うのでしたが、毎日毎日ぼくらは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうくらいに言われ続け、そして、「造反有理(反逆には理由がある)(反逆は正しく、抑圧は間違っている)」「革命無罪(革命は無罪である)」と思うようになりました。「患者」を苦しめることでドバカ息子を裏口入学させるという習性をもつ医者屋民族とは「民族が違う」のであり、医者屋人は裏口入学で大学に入るが、私は医者屋民族とは正反対の「民族」ですから、正規に入学試験に合格して入ります。「民族の違いを忘れるな」と耳鳴りするくらいに言われてきましたが、たしかに、医者屋民族とは違います。 阪神淡路大震災の後、試験時間を延長してもらった灘高校の生徒の中には、医者屋の息子もけっこういたのではないかと思いますが、医者屋の息子なんて、阪神淡路大震災で自宅に損傷が出たとか、電気・ガスなどが通じなくなったとかあっても、特に被害が出ていない地域のホテルにでも住んで受験勉強を続ければいいことで、「カネみたいなもんあり余ってる」、不足すれば、また、「患者」を薬漬けにしてカネを獲得すればいいだけのことであり、そんな医者屋民族の息子に、なんで、試験時間を延長してやらんといかんのか、さっぱりわからん・・が、もしかして、「政治的有力者」の息子でもそのあたりにいたとかあったのか? ・・どうかわかりませんが、アホなことやとると思います。「民族の違いを忘れるな」と毎日毎日言われてきましたが、「患者」を薬漬けにしたカネでドバカ息子を裏口入学させるような医者屋民族とは違うというのは骨の髄から実感しています。
   横浜市港北区の慶應大日吉キャンパスの隣にあった日吉台学生ハイツで、同じ階にいた男で、天王寺高校卒で私と同じ年齢の男がいましたが、彼は私と同じように2浪で慶應大に入ったものの、慶應大に在籍しながら受験勉強をして、翌年、3年遅れで東大に入ったようです。私も彼と同じように、もう一度、受けさせてもらえば通ったと思います。「民族の違い」があったのでしょう。北野高校で私がいたクラブにいた人で、高校を卒業する年と翌年、大阪大学工学部を落ちて、二期校の静岡大学工学部に行ったけれども、やっぱり、静岡大では嫌だということで、3年遅れで大阪大歯学部を受けなおして、大阪大歯学部に通って行った人がありましたが、私も同じように受け直させてもらえば、それなりの所に行けたと思いますが、その人とは「民族の違い」がありました。
   慶應大に在籍した時、父が「いらいらっとしたから、仕送り送るのをやめたってん」と言って送金してこなかった時、食べるものがなくて、1週間ほど、水だけ飲んで生きたということがありましたが、自動販売機の下に100円玉か50円玉かでも落ちてないかと思って日吉の街を下を見ながら歩いた時、清涼飲料水の自動販売機の下の奥の方に50円玉があるのを見て、道に腹ばいになって手を突っ込んで引っ張り出して、その50円と財布に残っていた10円玉3枚ほどとでメロンパンを買って食べましたが、そのメロンパンのおいしいこと、おいしいこと! 今まであの時のメロンパンよりもおいしいものは食べたことがありません。その時ですが、道に腹ばいになって自動販売機の下から50円玉を引っ張り出した時、日吉にあった不二家という高いレストランから、同じ日吉台学生ハイツに住んでいた、兵庫県の甲陽学院高校から1浪で東大文科一類⇒東大法学部に行き、国家公務員1種試験に合格して外務省に勤めた加藤という男が出てきました。私が道に腹ばいになって自販機の下から50円玉を引っ張り出した時、加藤は、浪人して大学に行った男が、大学在学中、私みたいにアルバイト漬けにされることはないだけでなく、アルバイトなんて家庭教師のアルバイトすらもやらず、それでいて「モラトリアム人間病」と「診断」されることもなく、国家公務員試験の勉強に専念させてもらい、おのれが生活費を稼いでいない男が、不二家なんてレストランで食事をしていたのでした。「民族の違いを忘れるな」「階級の違いを忘れるな」なんて言われなくても、「民族の違い」「階級の違い」を実感しました。「民族の恨みを忘れるな」「階級の苦しみを忘れるな」と、心の底から思いました。
※ 《YouTube-ロシア語】仕事の歌 (Дубинушка) (日本語字幕)》 https://www.youtube.com/watch?v=rk0C1GputJ8
   うちの父親が「いらいらっとしたから、仕送り送るのやめたってん」と言って送金しなかった時、1週間ほど水だけで生活し、自動販売機の下に硬貨でも落ちていないかと思って日吉の街を歩き、ある自動販売機の下に50円玉があるのを発見して、道に腹ばいになって手をつっこんでそれを引っ張り出して、財布に残っていた10円玉と合わせてメロンパンを買って食べた、という経験をしましたが、慶應大学の三田に行くと、三田の生協に近くにあった慶應女子校の生徒が来てたむろしていることがあったのですが、生協で、その慶應女子高の生徒が財布から硬貨を落としてそれがコロコロと転がって、自販機の下だったか何かの棚の下だったかに行くと、即座に「見捨てよう♪」などとその慶應女子校のバカ女は口にしたのです。「捨てる神あれば拾う神あり」という言葉がありますが、自販機の下に転がってる硬貨というのは、厳密にはそれを拾って着服すると占有離脱物横領罪の対象になるかとも思うのですが、もしも、落としたのが慶應女子高のバカ女であったなら、慶應女子高のバカ女が「見捨てよう♪」と「見捨てた」ものを「拾った」として何が悪いか、「見捨てる」ヤツの方が悪いのであって「拾う」者はまったく悪くない、という気がします。硬貨が自販機の下だったか収納棚の下だったかに転がっていったら、簡単に「見捨てよう♪」などと言うような慶應女子高のバカ女を見て、まさに「民族の違い」「階級の違い」を実感しました。「民族の違いを忘れるな」「階級の違いを忘れるな」と何度も何度も繰り返し繰り返し言われてきたものですが、言われなくても絶対に忘れません。それにしても、慶應女子高の女というのは、なんで、あんなに憎たらしいのか、と思います。三田という所は、なぜか、女子高と女子短大が多い所で、田町駅付近でも近所の高校の女の子を見かけることはよくありましたが、どの高校の女の子と比較しても、間違いなく絶対に慶應女子校の女というのは憎たらしい。本当にかわいくない! 普通、高校生くらいの女の子というのは、もうちょっとかわいらしいものじゃないのかと思うのだが、なんで、慶應女子校の女というのはあんなにかわいくないのか、なんで、あんなに憎たらしいのか。どうしたら、あんなにかわいくない娘に育てられるのか。マカ不思議というのか、ほんとにかわいくない! ほんとに憎たらしい!  なんか、最近ではスカート丈の短いスカートをはいている高校生の女の子が多くなったものだけれども、私が高校生だった頃や大学生だった頃は、高校生の女の子のスカート丈というのは「膝下まで」というもので、慶應女子高だけが「膝上」でかわりに靴下がハイソックスだったのだが、慶應女子校の生徒を見てわかった、スカート丈が短くても女性に魅力を感じるかどうかは関係ない、ということが。少々、短いスカートはいていても、にくたらしいものはにくたらしい! かわいくないものはかわいくない! 本当にかわいくない。 チョモランマより高くかわいくない。マリアナ海溝より深くにくたらしい。イスカンダルより遠くかわいくない。〔⇒《YouTube-宇宙戦艦ヤマト OP》https://www.youtube.com/watch?v=h0i3TEG9xG0 〕。 本当につくづくにくたらしい!!!  いったい、どういう育て方すれば、あんなにかわいくない娘に育てられるものか、と思う! そういうヤツが言いよるわけだ、「見捨てよう♪」と。 「なにしろ、カネはあり余っとるからなあ」とか慶應女子高女は思うておったのかもしれん。私らとは違って。まさに「民族の違い」「階級の違い」を実感した!!! 「民族の違いを忘れるな」「階級の違いを忘れるな」と父親から毎日毎日言われてきたが、言われなくても、慶應女子高女を見るとまさに「民族の違い」「階級の違い」を実感する。それにしても、「見捨てよ~お♪」なんて、おのれが生活費を稼いでいない女が、よくも言えたもんだ・・と思うが、そのあたりが「慶應タイプ」、そのあたりが「本物の慶應ギャル♪」、そういう態度のことを「独立自尊」とか「福沢精神」とか言うようだ。そういう態度のことを「慶應心理学」は「自我が確立されている」とか「思考が柔軟」とか「アイデンティティーを持っている」とか「診断」するようだ。「心理学」というのはそういうもののようだ。 ああいう慶應女子高女というのは、私なんかが姉のお古の女物のセーター着て小学校に通っていたような時に、「アルマーニの制服」とか着て慶應幼稚舎とか行っておったのと違うのか。「これが、アルマーニか」、ツンツン・・・とかやってやった方が世のため人のためかもしれん! アルマーニ慶應女子高女め、本当ににくたらしい! 本当にかわいくない!!! 蹴っ飛ばしたろかと思うが、蹴っ飛ばすわけにもいかんと思うが、それでも、蹴っ飛ばしてやりたいくらいにくたらしい!!!  ああいう女の父親というのは、「患者」を薬漬けにしてカネためこんでる医者屋とか公害まきちらしてもうけてる会社の社長とか、従業員の安全対策怠って安月給で働かせて社長の一族だけカネため込んでる社長とか、たぶん、そういう人間だ、おそらく! そういう悪いやつだ、おそらく! いわば、父親も「慶應ボーイ」とかいうやつで、大学に在学中は「慶應タイプの女たらし」だったのだろう。内部進学のやつみたいに女子大生を集めて強制猥褻やってそれを「慶大生らしい思考の柔軟さ」とか称していたのだろう。 それで、ああいう女の父親というのは、たいてい、巨人ファンだろ、ほんと! にくたらしい、ほんと、にくたらしい。悪い巨人、ずるい巨人、汚い巨人、卑劣な巨人! たぶん、ああいう女の親というのは巨人ファンだ! ああいうのが巨人ファンになるから巨人はずるいんだ、ああいうのが。悪いやっちゃ、ほんま・・・巨人はほんま、けしからんわ、ほんま・・。
※ 《YouTube-阪神ファンによるくたばれ読売(東京音頭)》https://www.youtube.com/watch?v=HEyGB5M-9K0
《YouTube-【阪神タイガース 大合唱】開幕戦の"商魂こめて"は凄まじい》https://www.youtube.com/watch?v=jqA-_IY2Gu8
《YouTube-六甲おろし 唄:立川清登》https://www.youtube.com/watch?v=yV814_p2fxE

  YMCA予備校高槻校、特に「主事」の藤井という男はひどかった・・ということを母に話すと、「それでも、N口はあんたと違って京大に通ったやないかあ」とそれから40年以上経っても言うのです。N口 要という男がいて、こいつが嫌なやつなのだが、母は私が嫌いでこの男が好きだったのだ。なぜ、彼が通ったのか・・といっても、
(1) これは柴田孝之が『東京大学機械的合格法』(実業之日本社)で書いていたことでもあるが、もともと、大学入試というのは、「こういうことをすると通りやすい」、「こういうことをすると落ちやすい」というものがあったとしても、「こういう条件があると通りやすい」、「こういう条件があると通りにくい」という条件があっても、「こういうことをすると通りやすい」というものをすべて実現できなければ通らないというものではないし、「こういうことをすると落ちやすい」ということを1つでもやったら落ちるというものでもなく、「こういう条件があると通りやすい」という条件がすべてそろわなければ通らないというものでもなく、「こういう条件があると通りにくい」という条件が1つでもあったら通らないというものでもないので、「こういうことをすると落ちやすい」ということを1つ、2つやってしまっても、だから、落ちると決まったわけでもないし、「こういう条件があると落ちやすい」という条件が1つ2つあっても必ず落ちるというものでもないのだけれども、
(2) あの男はけっこうずるいところがあって、私などは、藤井がおかしなことを言うと、けっこう正直に、それはこうこうこういう理由で違うと思いますよと言ったところを、あのN口という男はそういうことを言わない人間で、それをN口のお母さんは「うちの子は大人ですわあ」とか言って自慢してまわっていたのだが(「ええかげん、うるさいなあ、このおばはんはあ」というくらいに自慢してまわっていたのだが)、それは自慢することか・・というと違うと思うのだが、そういう男だった。
  又、「三つ子の魂、百まで」という言葉があるが、あの男は小学校の頃から「スト破り」みたいな性格の男で(又、それをN口のお母さんは自慢にしていたのだが)、弟が2人いたがその片方がノンキャリアの警察官になったと聞いたが、兄の方も「京大に行っても頭の中味は警察官」みたいな男で、顔からしてシェイクハンドラケットみたいなぺったんこの顔していたが、それは性格・人間性が顔に反映したものであり、「何学部に行っても人間としては哲学徒」のつもりだった私とは逆で、「性格がスト破り」で「京大に行っても頭の中味は警察官みたいな男」というのは体質が特高YMCA予備校と似ており、似た体質のYMCA予備校とは「比較的、合った」のです。
(3) そういうこともあるが、そんなことよりも、我が家では、私が「藤井という男は、大学入試について何もわかっていない人間で、いいかげんなことばっかり言いまくっている男だから、あいつの言うことはきかないで」とお願いしても、それでも、うちの父親は[「専門家の言うこと、専門家、せんもんか、センモンカ。専門家です、センモンカ、専門家! せ~んもお~んくわあ~あ!!!」と言い、私が「あんなやつ、専門家と違いますよ」といくら言ってもきかなかったし、うちの母親は「あの人はクリスチャンだから、絶対に悪い人ではない」だの「あの人はYMCA予備校で主事をやっているくらいだから、クリスチャンの中でも特別にえらいクリスチャンのはずや。あの人はクリスチャンはクリスチャンでも並のクリスチャンではない。特別にえらいクリスチャンのはずや」などと、「聖書みたいなもん、あんなもん、いいことなんて何一つとして書いてないんやから、あんなもん! 聖書なんて読むもんと違う。聖書なんて読んではいかん。聖書なんて読まんでも、洗礼うけて、日曜ごとに教会に行って礼拝にでて、献金はらっておけば、それでええんや。聖書なんて、あんなもん、読んではいかん。ましてや、そこに書いてあることを実行しようなんて、まかり間違っても絶対に考えてはいかん。聖書なんて、あんなもん、絶対に読んではいかん!」と毎日のように言いまくってそういう「伝道」をしている男のことを言っていたのであり、N口の親はあんまり立派な親だとは思わんが、さすがにそんなアホなことは言っていなかったはずで、そのあたりの「親の違い」というのは相当大きかった。特に、私が母に「あの藤井という男は、言うことが無茶苦茶だし、『敬虔なクリスチャン』と称していても実際には『聖書なんて、あんなもん、読んではいかん』とか言いまくっている男で、およそ、キリスト教の精神とは正反対の人間で、あんなやつの言うことなんてきかないでもらいたい」と言うと、翌日の午前には私が前日に母にそう言ったということが藤井に伝わっていたのであり、そういうことを本人の知らない所で親と連絡を取って調査しているCIAかKGBみたいな「クリスチャン」というのも嫌なヤツだけれども、そういうヤツに息子がこういうことを言っていたと報告する母親というのも、どう考えても、「普通ではない」と思いました。どっちの方から電話したのかわからないが、「CIAかKGBみたいなこと」というのか、藤井という男は私に「どんな本、読んでるんだ」などと言って、特高みたいに思想調査したことのある男であり、「CIAかKGBみたい」というよりも、「特高みたい」な男であり〔⇒[第223回]《受験にかこつけた「特高右翼」YMCA予備校による思想調査、書物調べ―YMCA予備校の間違い≪1≫》https://tetsukenrumba.at.webry.info/201511/article_7.html 〕、そういう男に対しては、私が親ならば、「こいつは要注意の男だ」と思って警戒し、息子にもそれを教えるものだが、うちの親は、逆にそういう男に無警戒で、息子の私の方が親に教えてもそれでも、父親は「専門家やがな、専門家」などとアホなことを言いまくり、母親は「あの人はクリスチャンだから絶対に悪い人であるわけがない」などと寝言を言いまくっていたのであり、そのあたりの「親の違い」というのは、大学受験においても私にとっては相当マイナスだった。
(4) うちの母親は、私が北野高校の3年の時、「こいつ、現役で大学に通ったら思いあがった人間になって女を泣かせよるから、そやから、こいつ、絶対に落したるう~う!」と言って、夜、私が家で学習していると、背後から服をつかんで後ろにひっくり返したり、箒でボコボコ殴ったり、私が使用している部屋の電気のブレーカーを落として照明がつかないようにしたり、高校から帰るとインタホンのソケットを抜いて鳴らないようにして、雨戸をすべて閉めて入れないようにして、その上で高校に電話して「息子が帰って来ませんねん」と言ったりということをやったが、その結果であるかないかといっても、ある程度以上、手ごわい所を受けるからには、「絶対に通る」などということはないのであり、落ちたとしてもそれが原因で落ちたかそういうことがなくても落ちたかなんてことはわからないが、ともかく、大きくマイナスになったのは間違いない。
  「こいつ、現役で大学に通ったら思いあがった人間になって女を泣かせよるから、そうならんように絶対に落したるう! こいつう!!!」と言った母は私が高校卒業時に大学を落ちて浪人することになったので、それで「気が済んだ」かと思うと、そうではなく、浪人しても、基本的には変わらなかった。 私が浪人中、母はテレビで桂三枝が司会をしていた「新婚さん、いらっしゃ~い」という番組が好きで、私に「これ、一緒に見い!」と言って、一緒に見るように要求して、無理矢理、「新婚さん、いらっしゃ~い」というくだらん番組を私に見せたのだが、今ならくだらないと思うだけの番組でも、「新婚さんいらっしゃ~い」という番組 は18歳の男にとっては刺激が強くて、あの番組は見たくなかった・・が、それを強制的に見せられた・・が、それを強制的に見せられて学習時間を奪われることによるマイナスだけでなく、刺戟が強くてあれはこたえた。N口の親はそういうことはやっていないと思う。
  同じ中学校に行っていた近所の同学年の男Oが、私が浪人中、18歳の時に結婚した!・・そうだったが、また、母はそういう話をせっせと仕入れてくるのだったが、「うるさいやつやな! ほんまにい! 結婚でも離婚でも好きに勝手にしろ! うるさいわ!」と思ったが、うちの母親はそういう話をせっせと仕入れてきて息子にいちいち言う母親だった。私が父親ならば、「浪人中の息子に、同じ年齢の人間が結婚したとかそういう話をするな」と嫁に言いますが、うちの父親はそういう能力はない父親だった。そういえば、「掛布の嫁」というのも私と同じ年齢で、こっちはローニンなんてやってるのに、18で結婚しよったのだが、なんか「信じられない」感覚だったが、いちいちそういう話を浪人中の息子に言わないとおれない母親だった。
 「そんなにN口がいいなら、私を産まないでN口を産めばよかったにに、なんで、私を産んだのですか」と言ったのだが、なんで、うちの母親は、嫌いな人間である私を産んで、母が好きなN口を産まないのか、さっぱりわからん。母は私が嫌いなヤツが好きなようで、母は好きかもしれんが私はあんなヤツ嫌いだけれども。

  種々様々な妨害を受けて、結局、2年遅れで、日本で一番嫌いな大学で小学生の頃からそこだけは行かされたくないと思ってきた学部である、慶應大の商学部に行かされてしまったのですが、夏休みに帰ってくると、うちの父親が「あんた、明日から、うしの会社の工場にアルバイトに行くことに、決めてきたっ!」と言い出したので、びっくりした・・ということがありました。うちの父親は言うのでした。「働くのを嫌がる人間は、モラトリアム人間病という病気です。慶應大学の小此木啓吾先生というエライえらいエライえらい先生がそうおっしゃってる」と。それで、無理矢理、工場労働者のアルバイトに行かされました。
  家庭教師のアルバイトに1回2時間のものに週2回やったとしても、そのくらいならこたえませんが、私は結果として2浪もしてしまいましたが、「朝日新聞」の「声」欄に、2浪すると、得るものと失うものがあるが、得るものとして「英語力がつく」と書いていた人がありました。これは、2浪すると、入学試験で英語の得点が上昇するという意味ではありません。浪人してかえって成績が下がることもありますし、2浪したからといって入試で取れる点数が特別上がるとは限りません。2浪しても得点はそれほど上がらなかったとすると、なんで、2浪もしたのにそれほど成績が上がらないのだろうか・・とか思うこともありますが、英語の場合は、もしも、得点が横ばいであったとしても、何の努力もしていなければ英語のような「覚える科目」は記憶したものを忘れて横ばいではなく点数は下がるはずですから、逆に、たとえ、点数はそれほど上がらなかったとしても、英語のような科目の場合、たとえ、横ばいであったとしても、それほど上昇しなくても、それだけ、頭に定着しているということになります。ですから、高校卒業時においても、どこでもいいというわけにはいかないとしても、どこか、行ける所はあったけれども、浪人ですまずに2浪までしたという場合は、英語力はたとえ点数は横ばいであっても、それほど上昇しなくても、それだけ頭に定着しているはずなので、それを「2浪して得るもの」として「英語力がつく」と言うのだと思います。私は、自分自身が2浪してしまいましたが、そのおかげでそれを実感しました。だから、大学に入ったら、夏休みには、その英語力を利用して英語検定の試験を受けるべく学習するとかすれば、英語検定1級に大学在学中に通る可能性は十分あったでしょう。就職においても、英語検定1級があると有利だと言われます。もしも、司法試験を受けようという場合、あるいは国家公務員試験・地方公務員試験を受けようという場合は、大学の講義に出ているかどうかよりも、国家公務員試験・地方公務員試験の出題内容についての学習をやる必要があります。又、新聞社は、朝日新聞社・毎日新聞社など、まず、学科試験が実施されて、学科試験の合格者に面接をおこなうというものでしたから、学科試験に合格できるようにしておかないといけません。又、「慶應の経済」とか「慶應の文学部」とかに1浪で行ったような人間なんてのは、数学1・2Bと英語という「慶應の経済」「慶應の文学部」の試験科目しか学習していませんが、私はそういう人とは違って中学校・高校のすべての科目を学習してきた人間ですから、国家公務員・地方公務員の試験に出題されるような内容ともそれらは相関関係がありますし、国家資格でも、行政書士試験などは、旧帝大系国立大学の大学入試の出題内容とかなり相関関係がありました。(今もそうかどうかは知りませんよ。)ですから、せっかく、「慶應の経済」「慶應の文学部」に1浪で行ったようなやつなんかとは違う学力があるのですから、それを活かして国家資格を在学中に取得しておくとか、そういったことも考えられました。私は父親に言ったのです。「夏休みというのは、学校は休みでも勉強は休みとは違うのです」と。ところが、うちの父親はそういうものを絶対に理解しないのです。「甘ったれとってはいかんぞ、チャンコロ! 甘ったれとってはいかんぞ、チャンコロ! 大学は勉強する所とは違うねんぞ、大学は!」と言うのです。「大学は勉強する所とは違う」のなら何をする所なのかというと、「大学は勉強する所とは違うねんぞ。大学はアルバイトする所なんじゃ、アルバイト、あるばいと、アルバイト、あるばいとお! 甘ったれとってはいかんぞチャンコロ! アルバイトを嫌がる人間はモラトリアム人間病という病気にかかっている人間です。慶應大学の小此木啓吾先生というエライえらいエライえらいエライえら~い先生がそうおっしゃってる。アルバイトあるばいとアルバイトあるばいとぉじゃあ! うちの会社の工場に来てる大学生も、うちの工場に来てアルバイトしとる。ぴ~ん大(桃山学院大学⇒ピンク大学⇒ぴん大⇒ぴ~ん大)のヤツとか、き~ん大(近畿大学)のヤツとか、大阪経大のヤツとか、うちの工場にアルバイトに来とる。おまえも、ぴ~ん大のヤツとか、き~ん大のヤツとか、大阪経大のヤツとかなんかと一緒にせえ! 甘ったれとってはいかんぞ、甘ったれとってはチャンコロ!」と言うのでした。そして、その「ぴ~ん大のヤツとか、き~ん大のヤツとか、大阪経大のヤツとか」と同じ扱いにされたのでした。 2か月弱働いて、最後、父の部下だった工場長のMさんが「あんた、よう我慢したなあ」と言うのでした。「普通、北野高校を卒業して慶應大学なんか行ってるような人間に、こんな仕事させたら、嫌がってやめてしまうもんやけど、あんた、よう最後までやったなあ」と言うのでしたが、無理矢理行かされたのであって、私が「よく我慢した」とかそういう問題ではなかったのですが、Mさんはそう思ったようです。今、振り返ってみると、ずいぶん、いろいろな所にアルバイトに行ったものですが、行った先、行った先で、「なんで、慶應の学生がこんな所にアルバイトに来るのお」「なんで、北野高校の卒業生がこんなアルバイトなんてやるのお」と言われました。うちの父親は「大学生、みな、アルバイトやっとる。甘ったれとってはいかんぞ、おまえは。うちの会社に来とる、ぴん大のやつとか、近大のやつとか、大阪経大のやつとか、みんな、うちの工場でアルバイトやっとる!」と言うのでした。夏目漱石『門』では、登場人物の学生が、なんで、自分だけ、こんなことして働かなければならないんだ・・と嘆く場面がありますが、私も同じ気持ちでした。
  我が家の近所にいて私と同じ中学校から同じ北野高校に行って、大阪大学法学部に現役で通り、阪大の法学部に5年在籍して5年目に司法試験に合格して弁護士になったK村と、阪急宝塚線の石橋駅(2019年10月から「石橋 阪大前」駅になったらしい。石橋に阪大の豊中地区(待兼山芋畑)がありますが、石橋は阪大ができて石橋ができた街でもないので、「石橋阪大前」という駅名には少々違和感があります)で会ったことがありました。 彼が私に「どこ、行ってきたん?」と聞くので、それで、正直に「うちの父親の勤め先の化粧品を作っている工場でアルバイトをしてきた」と答えたところ、K村は「へえ~え。そんなもん、あんのお」と馬鹿にしたように言ったものでした。彼がどこに行ってきたかきくので、それで、彼にも同じことを言ったところ、「阪大の図書館に行って、法律の本を読んできた」と彼はそう言ったのでした。同じ大学生でも、それだけ、生活が違ったのです。
  その時は、「なにくそお」と思い、そのくらいのハンデがあっても、それを上回る努力をして、私が冷房の効かない暑い工場で肉体労働やって乳液を作っていた時に、冷房の効いた図書館で椅子に座って法律の本を読んでいた男になんか、負けるかあ・・・と思ったものでした。その時、我が家に来ていた義兄が、「なんか、二宮尊徳みたいだねえ」と、駅でも電車中でも休憩時間でも学習している私を見て言いました。しかし、「野球にたとえるならば」、広沢を巨人に取られても「なにくそお」、ハウエルも巨人に取られても「なにくそお」と思って、工夫して努力して、憎き巨人をコテンパンにやっつけてやる! というのは、可能性としてありえます。1995年のヤクルトスワローズがそうだったのです。「くったばれ、読売♪ くったばれ、読売♪」てものです。広沢・ハウエルを巨人に奪われたヤクルトは、奪った側の巨人をコテンパンにやっつけて優勝! そして、野村は「長嶋のおかげで優勝できた♪ 長嶋さまさまや♪ 長嶋はほんまにええやっちゃ。長嶋が巨人の監督やってる限り、巨人は大丈夫や♪ わしぁ長嶋大好きや♪」と言いまくったのでした(^^♪〔⇒《YouTube-松山で流れるくたばれ読売(東京音頭)ヤクルトラッキー7 20190416》https://www.youtube.com/watch?v=8qAPp3RbB7s 〕
   しかし、程度の問題というものがあります。 飛車角落ちで勝負させられても、工夫と努力でなんとかできる可能性はあります。 飛車角桂馬香車落ちくらいなら、それでもなんとか努力して工夫して勝負できるかもしれません。しかし、「王さん1枚でやれ」というのでは、これでは、どうもできません。 いわば、我が家は「王さん1枚でやれ」と言われていたようなものでした。王さん1枚では勝てない・・・。
   父親が「あんた、アルバイトに行くことを決めてきたっ」と言って決めてくるのはこの時だけではありません。母が、市が運営している趣味のサークルに行って知り合った人で、娘が北野高校から阪大の薬学部に行き、息子は箕面高校だったかから関学だったか関大だったかに行ったという某さんが、「お宅の息子さんはアルバイトを決めてこられたら嫌がるんですか。うちの息子なら喜びますけどねえ」などとのたまったそうですが、それは、「アルバイトの口があるけれども、行きたいなら紹介できるけれども」と言われた場合のことでしょう。「あんた、明日から、アルバイトに行くと決めてきたっ!」と決められて喜ぶ人間なんていません。私はうちの父親に言ったのです。「年に、いくらの金額を働いて用意してほしいのか、それを言ってもらえませんか」と。 それを言ってもらえれば、一番、学業に支障が出にくい所でアルバイトをやるとか、もしくは、その時に住んでいた所よりもいくらか安いアパートに引越して差額分を稼ぐとか、できたはずなのです。ところが、うちの父親は私が「年に、いくらの金額を働いて用意してほしいのか、それを言ってもらえませんか」と言っても、「わしは、あんたに働いていくら稼いでくれなんて言うような人間とは違うねん。わしは神さまで、わしは、あんたにアルバイトしていくら稼いでこいなんて、一切、言わん人間やねん」と言うのでした。それでいて、相変わらず、「あんた、明日からうちの工場にアルバイトに行くことに決めてきたっ!」と突然決めてくるのでした。 それをされると、たとえ、同じ時間、アルバイトをするにしても、一番、ダメージを受けるのです。「ぴ~ん大のやつとか、き~ん大のやつとか、うちの工場にアルバイトに来とる。おまえも、ぴ~ん大のやつとか、き~ん大のやつと同じようにせえ!」と言うのですが、その「ぴ~ん大のやつ」とか「き~ん大のやつ」とかいうのは、私みたいに大学に入るまでに英語の力を苦労して貯えてきた人間ではないはずですから、その工場で夏休みも春休みも働きづめにしても、それで、英語力が落ちてしまうなんてことはないはずです。もとからないのですから。 私なら、司法試験でも国家公務員試験でも努力して学習すれば合格できたかもしれない可能性はありますが、その「ぴ~ん大のやつ」とか「き~ん大のやつ」とかいうのは、そんなもの、通る可能性なんて最初からないじゃないですか。 それを「おんなじようにせえ! チャンコロ」と言うのでした。又、夏休みといえども、大学の講義はなくても、「夏休みの課題」として、けっこう時間も労力もかかる研究をしてレポート提出を求められていた科目もあったのですが、それを言っても、「嘘や。嘘に決まってる。大学みたいなもん、勉強するもんなんか、何もないはずや」と父は言ってきかないのです。 「大学は勉強する所とは違うねんぞ、大学は。大学はアルバイトする所やねんぞ、考え違いを起こすなよ、チャンコロ。勉強すんなチャンコロ、勉強すんなチャンコロ、勉強すんな言うとるんじゃチャンコロ!」と言うのでした。「わしが週に1回ある遅くまである会議の日と、あんたの授業時間と比べてみ。あんた、ものごっつい暇!」とか言うのでしたが、会社員というのは、勤務時間に働くものですが、大学生は講義にだけ出ておればいいというものではなく、講義の時間を合わせれば、父の仕事で一番勤務時間が長い日よりも短いといっても、大学生は予習も復習も必要で、課題を作成して提出しないといけないものもあるのですが、「そんなん、嘘に決まってる」と言ってきかないのです。「大学みたいなもん、なんもやることあらへんはずや」と言ってきかないのです。
  今から考えると、そんな条件でよく頑張ったと思いますが、「王さん1枚」では勝てません。山本有三『路傍の石』では、昼間、印刷工場で働いて、夜学の商業学校に通う吾一が、同じ小学校の卒業生で同年齢の女の子で商店の娘が女子大にだけ通わせてもらっているのを見て、昼間、働いて、夜学に行くのとでは条件が全然違う・・と言う場面がありましたが、K村などとは私は「条件が全然違う」生活でした。
  大学の法学部は普通は4年で卒業するものですが、K村は大阪大学の法学部に5年在籍して、その5年目に司法試験に合格して弁護士になったようです。 時々、司法試験、もしくは他の国家資格試験に合格するため、あるいは国家公務員試験・地方公務員試験に合格するために、4年で卒業できるものをあえて4年を2回やって大学に5年在籍する人がいますが、K村もそれをやったのかもしれません。 我が家なら、そういう手法は私がやりたいと言っても絶対にさせてもらえませんが、K村の家庭はそういうことをできる家庭だったようです。
  「司法試験に現役で通る」とか「司法試験に在学中に通る」というのは、大学4年間の間に通ることを意味し、5年目に通ったというものを「現役で通る」とは言いません。大学に留年とか休学とかをして5年在籍したとか、もしくは6年7年在籍したとしても、それでも、大学に在学中に通れば「在学中に通った」ということになるかもしれませんが、普通は「在学中に通った」とあまり言いません。
  大学4年で、納得のいく会社で採用しますと言ってもらえなかった人が、あえて、4年で意図的に留年して、次の年にもう一度、就職活動をやるという人も時々います。 大学を4年間で卒業して、卒業して1年目に通っても、大学に5年間在籍するようにして5年目に通っても、基本的には同じことで、大学の卒業年が1年前か後かということと、1年余計に在籍すると、4年で卒業しようと思えば卒業できたものを、あえて留年して5年行ったという場合でも、学費は5年分必要になりますから、阪大の法学部に5年間在籍したとすると、宅浪で1年浪人して阪大に行って4年で卒業した場合よりも、1年間の学費分が余計にかかることになります。 浪人して予備校に行って阪大に行き、4年で卒業した場合との比較であれば、予備校の費用と阪大の学費はどっちが高いかということになりますが、一般に予備校は私立ですから、国立の阪大の方が安いか・・という感じもしますが、国立の阪大に行っても、司法試験対策の予備校に別に行ったならその費用がかかることになります。卒業したとして、1浪と1留はどっちがいいかというと、就職の際は、浪人1年は問題なしのようですが、留年は「その理由にもよる」と言われます。
  最近、応募した千葉県の会社、千葉市に本社がある会社で、何十年も前に私が2年浪人したものを「この間、何をやってたのですか」と私に面接できいた若造がいましたが、「何を」ときくというのは、高校卒業後、大学に入るまでの間に2年あるということは、その間、何をやっていたのかとききたいようでしたが、「何を」と言われたって、浪人じゃないですか。「傘張り」と言えばよかったのでしょうか。なんか、不満みたいでしたが、なんで、こんなやつにそういう口をきかれなければならんのだろうなあ、と思いました。むしろ、「なんで、おまえなんか、高校に行くんだ?」 と言ってやるべきではないか・・という顔した若造がそういうことを言うのでした。言ってやれば良かったなあ、しまった・・と後から後悔しています。
  K村が、大学に入学後、5年目に司法試験に合格した、というのは、一般には、司法試験受験者としては優秀な方ではないのかと思います。「合格して良かったね」・・くらいに私は思っていたのです。弁護士という仕事はほかの多くの仕事と違って、頼むなら、知っている人間よりも他人の方がいいようなところがある仕事ですから、知っている人間が弁護士になっても、仕事を依頼することは可能性として大きくないかもしれませんが、単純に、素直に、「通って良かったね」・・くらいに私は思っていたのです。私は、別に彼と競争しているつもりもありませんでしたし、私が工場でアルバイトをさせられていた時に彼が阪大の図書館で法律の本を読んで勉強していたのも、なんで、彼が法律の本を読んで勉強している時に、私は化粧品屋の工場で時給600円程度の賃金で乳液作らされなきゃならんのだ・・と思っても、彼が悪いわけでもないと思いましたし、もしも、「アルバイトを嫌がる人間というのは、モラトリアム人間病という病気です。慶應大学の小此木啓吾先生というエライえらいエライえらい先生がそうおっしゃってる」という父の理論からいくと、私よりもK村こそが「モラトリアム人間病という病気」であるはずで、「治療したらんとあかん」はずでしたが、それは小此木啓吾の方が間違っていると思うのですよ。だいたい、小此木啓吾って、自分が慶應大学医学部の学生だった時、化粧品屋の工場で肉体労働者のアルバイトなんてやったのか・・というと、やってないと思いますよ。こういうことを言うと、「医学部は忙しいからなあ」と父の親友の医者屋のM川などは言うでしょう。「なにしろ、医者ちゅうもんは、他の人間とはちごうて、エライからなあ」と言うでしょう。しかし、世の中には、大学でも経済学部とか商学部とかの学生というのは暇だあ暇だあと言いたがってしかたがない人がいて、上の姉の夫である義兄もまた私に「大学生みたいに暇じゃないから」などと言ったことがありましたが、慶應大学の商学部に入学したばかりの人と話をすると、「大学というのは、もっと暇なものかと思ったら、ちっともそうじゃなかった」と言う人が多かった。暇じゃないですよ、そんなに。又、「大学は勉強する所とは違うねんぞ。アルバイトする所やねんぞ」などと言って、アルバイトオ、あるばいとお、アルバイトオ、あるばいとお・・なんて生活を何年間か送らされて、それから正社員として勤めるのならば、大学なんて行かないで高校卒業してすぐに正社員として勤めた方がよっぽどいいですよ。 もしくは、大学4年間の学費と生活費を親が出したくないということならば、自治医大とかタダで行ける大学に行くようにした方が良かった。父の勤め先にアルバイトで来ていた「ぴ~ん大のやつ」とか「き~ん大のやつ」とか「大阪経大のやつ」とかは、自治医大なんて受けても通らないでしょうけれども、私はそのつもりでやれば合格できる可能性は十分あった。あんな「アルバイトオ、あるばいとお、アルバイトオ、あるばいとお・・」という生活なんて、疲れるだけです。なんで、私だけがこんなことをしなければならないのか、と夏目漱石『門』の登場人物みたいに思いましたが、K村のせいでもないでしょうし、K村が司法試験に阪大に入学して5年目に通ったというのは、「良かったね」くらいに思っただけでした。
   ところが・・・・。 私が1浪の時に、「うちの息子は、京大でも通ると北野高校の先生から言われました。阪大なら絶対に通ると北野高校の先生から言われました」と近所中に言ってまわっていたK村のお母さんが、このおばさんもまた、変わった人やなあと思うのだけれども、今度はまた、「司法試験も現役で通りました」とまたもや近所中に言ってまわったそうです。 うるさいおばはんやなあ、ほんまに~い!!! 野村克也が「ささやき戦術」で背後からボソボソ言うと、大杉は「うるさ~い!」と怒鳴りつけたそうで、張本は気分を変えようと打席をはずしたところ、スタンドから「早く打たんか」と言われ、バットで野村を指して「こいつがうるそうて、打てんのじゃあ!」と言った、さらに、バットで思いっきり殴ったら死んでしまうから、バットで空振りした後、軽くバットで野村の頭をコツンと叩いてやったとか(野村は、そういうことはなかった、と書いていたが)。 白仁天は怒りやすい性格だったらしく、プリプリ怒っとったらしく、野村としては「勝負ごとは頭に血が昇ったら負けや」とか言って喜んでいたらしい。通じなかったのは王と長嶋で、長嶋に「あれ、スイング変わったか」と言って頭を混乱させてやろうとしたところ、長嶋は打席をはずして、1、2回、素振りをして打席に戻ると、ホームラン! 戻ってきて、「ノムさん、どうも、ありがとう」と言いやがった・・ということで、この人にはあかんなあ・・と「ささやき戦術」をあきらめた・・とかいうのだが、K村のお母さんというのも、その「ささやき戦術」でも私にやっていたつもりだったのか??!??!??!  ほんと、うるさいオバハンやな、ほんと!!!
  朝日新聞とか毎日新聞とかは司法試験の合格者の氏名なんて掲載しなかったように思うのだが、うちの父親が、K村哲二の名前が司法試験合格者として掲載された新聞を切り抜いて私の所に送りつけてきたのでしたが、大阪新聞というのがかつてあったはずだが、最近、見なくなったのだが、《ウィキペディア―大阪新聞》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E6%96%B0%E8%81%9E によると、《2002年3月、産経新聞大阪本社版夕刊に紙面統合される形となり事実上廃刊した。》らしい。うちの父親は夕刊紙の大阪新聞をけっこうよく読んでいたので、もしかすると、それに載っていたのかもしれない。 そのK村の氏名が掲載された司法試験合格者名の欄を切り抜いて、私の所に、「K村くんは、あんたとは違ってえらいですねえ。爪の垢を煎じて飲みなさい」と書いて郵便で送りつけてきたのだった。あの男は変わらんなあ~あ・・・と思いました。K村が阪大の図書館で、冷房の効いた部屋で椅子に座って机に向かって法律の本を読んでいたまさにその時、「あんた、明日からうちの工場にアルバイトに行くことに、決めてきたっ!」と言って私は父親の勤め先の工場にアルバイトに行かされて、K村が法律の本を読んでいる時に、私は化粧品屋の工場で汗を流して乳液作っていたのじゃないか。そして、K村から「へえ~え。そんなもん、やってんのお~ん!」と馬鹿にしたみたいに言われたのじゃないか。(K村が馬鹿にしたつもりであったかどうかはわからない。別に、そういうつもりはなかったかもしれないが、こちらとしては、実質、馬鹿にされたようなものだ。)それにしても、K村が冷房の効いた図書館で椅子に座って法律の本を読んでいるまさにその時、私には冷房なんか効かない工場でたかだか時給600円くらいの賃金で肉体労働させて私から学習時間を奪っておきながら、「K村くんの爪の垢を煎じて飲みなさい」と書いておくりつけてくるとは、あのおっさんらしいなあ~あ・・・と感心しました。「わしは慶應やぞお~お」と叫びまくっていただけあって、いかにも「慶應タイプ」て感じがします。そして、その郵便がついたと思うと電話がかかってきて、「新聞、送ってやってやってやったってんけど、読んだかあ~あ。川村くんの家に行って、『すいません。爪の垢を分けていただけませんでしょうか』とお願いしてきなさい。そんで、川村くんの爪の垢を飲みなさい。わかっとんのか、チャンコロ。川村くんの家に訪ねて行って、『爪の垢を分けてください』と頼んでこんか、このチャンコロ、ロスケ! イタコ!!!」と言うのでした。 「川村くんは、司法試験も現役で通りました。川村くんのお母さんがそうおっしゃってる」と父は言うのでした。しか~し・・・。
  他の仕事ならば、経歴を1年くらい、ごまかしても、わからない場合が多いのですが、弁護士という職業は、ある程度、大きな図書館に行きますと、『弁護士名簿』という本が置いてありまして、この本は市販されていたはずなので、購入したければ誰でも購入できたと思いますが、けっこう高いし、又、分厚いので我が家のように家が狭くて、「わしぁ貧乏やからな」という者にとっては、弁護士屋やってるわけでもないのに、買う必要はなく、見たければ、ある程度、大きな図書館に行って見ればいいと思います。弁護士の出身大学と卒業年、司法試験の合格年度、それに得意分野が書かれていたと思います。 自分が弁護士に依頼する際、この弁護士はどんな人間なのだろうか・・と思った場合とか、特に、依頼しようとする分野を得意とする人に頼みたいでしょうから、どういう分野を得意としている人か見るのに役立つ本です。もしくは、裁判で争うことになった際、相手方の弁護士を「なんか嫌な感じのやつやけども、こいつ、どんな経歴の人間なんや」と思った時に、この本を見ると、出身大学と卒業年が書いてありますから、「なんや、えらそうにしやがってからに、△△大しか出とらんのやがな」とか思ったりすることができます。 他に、経歴として、元検事で弁護士になったとかいう人はそれも出ていたような気がします。なんじゃ、こいつ、「ヤメ検か~い」とか思うことができます・・・が、思ったから何なんだ・・というと、それだけですが、どういう経歴か知ることができます。もっとも、最近は、インターネットで検索することができ、所属の法律事務所のホームページで、出身大学の名前と司法試験合格年くらいは自分で公開している人が多いようですから、『弁護士名簿』を見るまでもないかもしれません。
  うちの父親は、K村の氏名が掲載された新聞を切り抜いて送りつけてきて、「川村くんは、司法試験も現役で通りました。お母さんがそうおっしゃってる。川村くんの家に訪ねていって、『すいません。爪の垢を分けてください』と言ってきなさい」と言うのでしたが、ところが、『弁護士名簿』を見ると、川村は、司法試験には現役で通ってないのです。嘘を言うたらいかんぞ、嘘を。・・というのか、まがりなりにも、弁護士ならば、すぐばれる嘘なんてついたら、ばれた時に、かえって心証を悪くして良くない・・・と考えないもんかいなあ・・と思うのですが、考えないもんなんでしょうかねえ・・・。川村は、大阪大学法学部に5年間行って卒業し、その5年目に司法試験に合格したらしく、決して、大学4年間のうちに合格したのではなかったのです。 それを、川村のお母さんは、実際には4年のうちに通ったわけでもないのに、「司法試験も現役で通りました」と近所中に行ってまわり、うちの母親はそれを聞いて「あんたと違って川村くんは司法試験も現役で通ったんや」と言い、父親は「川村くんの家に訪ねて行って、『すいません。爪の垢を分けてください』と言って分けてもらってきなさい。そんで、それを飲みなさい」と私に何度も何度も言ったのでした・・・が、ちっとも現役で通ってないがな。この嘘つき野郎!!! そいつの爪の垢なんて飲んだら嘘つきが移るのと違うか!?!?
  実際のところ、私と川村とでは条件が全然違ったのだ。飛車角落ちくらいなら、工夫すればなんとか対処もできただろうけれども、「王さん1枚で戦え」と言われても、「王さん1枚」では勝てない・・・。どんなに頑張っても、「王さん1枚」では、勝てない。 それこそ、広沢を巨人に取られても「なにくそお!」、ハウエルも巨人に取られても「なにくそお!」、いくらなんでも、来日1年の外国人を横取りするやなんて、そんなえげつないことするなんて・・と思っても、有名メジャーリーガーだったわけでもなく、韓国のチームにいたアメリカ合衆国人選手 グライジンガーを日本に連れて来て、最多勝あげたと思ったら、そのクライジンガーまで1年で巨人に横取りされても、それでも、「なにくそお!」と思ってやり、この「巨人みたいなやつ」、この「長嶋みたいなやつ」めがあ!!! と思って立ち向かうとしても、「王さん1枚」では勝てない。
※ 《ウィキペディア―セス・グラいジンガー》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%BC
   私が、父親の勤め先の工場にアルバイトに行かされて、冷房なんて効かない暑い工場で、肉体労働やって安い時給で乳液作っていたまさにその時、川村は、アルバイトというと週に2回の家庭教師のアルバイトをやっていただけで、肉体労働なんてしないで、冷房の効いた阪大の図書館で椅子に座って法律の本を読んで司法試験の勉強をしていたのだった。そんなけっこうな条件をもらえるのなら、それで、落ちたら天才的なアホです!!! 条件が全然違うのだから。 この「長嶋みたいなやつ!!!」。 ヤクルトが外国から発掘して連れてきたグライジンガーが日本で最多勝取ったら、1年で横取りしやがってからに。この「巨人みたいなやつ!!!」。
※《YouTube-2018年7月1日阪神ファンによる東京音頭!》https://www.youtube.com/watch?v=moEWTBI0KiE
  もしも、川村の爪の垢を飲んだら、川村みたいなけっこうな条件に私もしてもらえたのならば、爪の垢でも ち〇ぽ の垢でも喜んで飲んだわ! ほんま! 今からでも、川村の家に訪ねて行って、「すいませ~ん。爪の垢かち〇ぽの垢を分けてもらえませんかあ」と言ってこようか。 それ、飲んだら、川村みたいなけっこうな条件を過去にさかのぼって用意してもらえるのなら、飲むぞ、ほんまに。
  大学は、その大学によって、留年の条件は違うようで、慶應大は各学年2年までで合計8年まで、東大は教養課程で4年まで・専門課程で4年まで、合計8年まで。京大・早稲田大・関学大は全体で8年までらしい。 この点では、慶應が一番厳しいようだが、それだけに、慶應大で4年で卒業できなくても、1年留年して次の年に卒業できる可能性はあるわけだが、早稲田大とかでは4年まで進級できても、ちっとも履修できていなければ、翌年に卒業することはできないというケースがあるようで、広末涼子なんてのは、おそらく、それだろう。芸能人で最初から「早稲田大学中退」になる予定で早稲田大学に入学する人がけっこうあるのは、早稲田大は慶應大と違って4年までは進級できるからだろう。
   それで、留年を4年やって大学に8年行くということもできるわけで、休学はそれとは別の扱いなので、「医師の診断書」があれば、8年ではなく10年でも在籍できることになるのだが、そうやって10年在籍した人が10年目に司法試験に合格したとしても、それを「現役で通りました」とは普通は言わない。 「在学中に通りました」と言うかというと、たとえ、大学に10年在籍して10年目に通ったとしても、それでも「在学中」かもしれないが、そういうのを「在学中に通りました」と言って近所中に言ってまわる人というのはあまりないし、又、それを「爪の垢をもらってきて飲みなさい」などと言う人もあまりないはずだ。
   それなら、普通は4年で卒業する大学の法学部に5年在籍して5年目に司法試験に通ったというのを「現役で通りました」なんて言うか? 言わんだろう。1年、余計にかかっとるだろうが!!! そういうのを「在学中に通りました」と言うのかというと、10年大学に在籍して10年目に通ったとしても、それでも「在学中」は在学中だろうけれども、そういうのを「在学中に通りました」と近所中に言ってまわって自慢するかというと・・、普通はせんだろう、普通は・・・!  しかし、川村のお母さんというのは、変わってるね。通ったなら通ったでいいと思うし、私は別に彼と競争しているつもりはなかったし、通ったなら、「良かったね」と思うだけだったのだが、実際には1年余計にかかって合格したくせに、それを「司法試験も現役で通りました」とか、何を近所中に言ってまわっているのだろうか。なかなか、ユニークなことをするお母さんだねえ。それで、「ささやき戦術」やってるつもりだったのだろうか? 張本みたいに、「この野郎!」とバットでコツンと頭を殴ってやった方が良かったのだろうか? 
  それだけではない。最近では、インターネットというものが一般的になり、弁護士事務所もホームページを持つ弁護士事務所が多くなり、K村哲二が所属している弁護士事務所のホームページを持つようになったのだが、「弁護士略歴」みたいのを、弁護士事務所はホームページに入れていることが多いようだが、K村哲二も、弁護士事務所のホームページで経歴を公開しているが、それを見ても、北野高校を卒業した時から5年後に大阪大学法学部を卒業しとる。 司法試験合格年度も大阪大学法学部に入学して5年目やがな。何が「司法試験も現役で通りました」じゃ、何があ!!! 「よく言うわ♪」「バカ言ってんじゃないわ♪」「い~つ~も、騙してばかりねえ~え♪」
  さらに。法科大学院大学というものができて、近所中に嘘言いまくっていたお母さんの息子の川村哲二は、神戸大学法科大学院の先生にならせられたらしい。えらい出世でんなあ。〔⇒《神戸大学法科大学院 教員紹介》http://www.law.kobe-u.ac.jp/LawSchool/faculty/part/kawamura.html 〕うちの父親が生きていたら、またもや、「爪の垢を分けてもらってきて飲みなさい」と私に言うところである・・・が、嘘つきの爪の垢なんて飲んだら、嘘つきが移りそうやな・・・。
  それよりも、神戸大学法科大学院のホームページの「教員紹介」の所にも、大阪大学法学部に入学して4年目ではなく5年目の1983年に大阪大学法学部を卒業しましたあ、司法研修所も高校を卒業して5年目に司法試験に通った翌年にあたる1983年ですう、と書いてあるなけどなあ。弁護士の先生にして、神戸大学という国立大学の法科大学院の先生が、実際には「現役で司法試験に通りました」のじゃなくて、1年余計にかかって通ったのに、嘘言うていいのかなあ。神戸大学法科大学院というのは、嘘つきを教員に雇っとるいうことかなあ。その教員に習ったら、嘘つき弁護士になるということかなあ。もともと、弁護士なんて「そんなもの」か・・・。
  弁護士ならば、法科大学院の教員ならば、すぐばれる嘘なんてついたら、ばれた時に心証を悪くするから、かえって良くないから、すぐばれる嘘はつかん方がいいと思いますよ・・・と教えた方がいいのではないかと思うのだが、そうではなく、「嘘でも百回言えば真実」とでも思うとるのかなあ・・・。
  しかし、はた迷惑なお母さんやなあ、ほんま。 野村克也の「ささやき戦術」みたいに近所中にしょーもないこと言ってまわるのを習癖にしていたようだが、はた迷惑なことこの上ない! ・・・とりあえず、ここで、神戸大学法科大学院の教員の川村哲二には、近所中に言うてまわっていた経歴には嘘があった・・・と「ささやき」しておこう。その程度で「相互主義の原則」にはならんがな。 こちらが受けた打撃は相当大きい。
  ほんとにうるさいやつだ。 私が、化粧品屋の工場で安い時給で肉体労働やって乳液作っていた時に、阪大の図書館で、冷房の効いた部屋で椅子に座って法律の本を読んで司法試験に通った、いわば、「長嶋みたいなやつ!」  「長嶋と一緒や!」 「長嶋そっくりや!」 「長嶋とあんまり変わらん!」。
※ 《YouTube-明治神宮野球場 2018年7月1日阪神ファンによる東京音頭!》https://www.youtube.com/watch?v=moEWTBI0KiE


7. 地元の国立大学に行く、もしくは、その地域で一番の大学に行く。
  我が家の場合は「大学は勉強する所とは違うねんぞ、チャンコロ。勉強すんな言うとるんじゃ、チャンコロ! 勉強すんなチャンコロ!」と父親から毎日言われたものだったが、私は、そんな考えなら大学に行かない方がいいのではないのかと思う。実際の所、「あるばいとお、アルバイトオ、あるばいとお、アルバイトオ」という生活は苦しく、そんな生活を何年か送った後に正社員として就職するくらいなら、高校卒業後すぐに正社員として勤めた方がよっぽどいい。
  しかし、もしも、大学4年間の学費と生活費を親に出してもらえるのならば、大学に行って学ぶのは価値があることだと思う。その場合だが、学費と最低限の生活費は親が出すとしても、せめて、小遣い分は自分で稼いだらどうか、ということで、小遣い分を稼ぐために、家庭教師のアルバイトをする人がいる。私は、東大・京大・阪大あたりの学生というものは家庭教師のアルバイトをやるものかと思っていたら、日吉台学生ハイツにいた兵庫県の甲陽学院高校卒で1浪で東大の法学部に行き、国家公務員1種試験合格で外務省に入った加藤という男は、家庭教師のアルバイトも何もしていなかった。私が彼のようなことをしたならば、「アルバイトを嫌がるというのは、モラトリアム人間病という病気です。慶應大学の小此木啓吾先生がそうおっしゃってる」と言われるところですが、加藤の場合は私とは「民族が違う」のか、家庭教師のアルバイトすらもしないで国家公務員1種試験の勉強に集中しても、それでも、「モラトリアム人間病」とは言われなかったようです。「民族の違い」というのは大変大きいようです。
  仕事といっても、何のためかによって適した仕事は変わります。 もしも、本当に貧乏で、大学の学費と生活費に困るのならば、一生懸命、勉強して、日本育英会奨学金を受給できるようにすれば、「学費分」を出してもらえたはずです。その上で、大学の寮に入るとか、安めのアパートに入るか、下宿しないと行けない場所の大学ではなく自宅から通える大学に入るようにするか、自治医大のように全寮制で学費はタダ、寮費もタダ・・というけっこうな大学に行くようにするか。 旧帝大系国立大学のような所ではなく、逆に底辺の方の私立大学とか専門学校とかに行く人の場合、新聞屋の奨学生というものがありますが、これは、「奨学金」として、やはり、「学費分」を出してもらえることになっていますが、「奨学生」とか「奨学金」という名称を使っていますが、実際は、新聞の配達の仕事をする人に対しての「給料の一部分」です。ですから、日本育英会奨学金とは違って、成績は関係ないし、年齢も関係ない。40代で新聞奨学生やっていた人もいました。けっこうきつい仕事ですし、体力のいる仕事で、配達やった後は疲れて、その後の時間にもダメージは残りますから、旧帝大系国立大学などに行って、相当、勉強しようという人には向かないと思います。 家庭教師は、旧帝大系国立大学とかに行った人がやるもので、法政やたら専修やたらポン大やたらの学生がやることとは違う・・と思ってきたのですが、そういう大学の学生でやりたがる人がいますが、何を教えるつもりなのだろうか・・と思います。家庭教師の場合は、個人に雇われるわけですから、一般に、会社は従業員を解雇する場合、30日以上前に予告するか予告手当を支払うかしないといけませんが、家庭教師で、突然、来月から来ていりませんと言われても、予告手当はもらえないでしょうから、あんまり、安定した仕事ではないので、小遣い分を稼ぐにはいいと思いますが、生活費としての労働には向かないでしょう。小遣い分を稼ぐには、家庭教師でなければ、塾の講師というものもありますが、けっこう、競争率は高いようです。経験として、家庭教師や塾の講師でない仕事を、大学生の間に、何かアルバイトとしてやった方がいいと考える人がいるようですが、たしかに、大学卒業後、すぐに学校の先生になる人とか、在学中に司法試験に合格して卒業すると同時に司法修習所に入って裁判官・検事・弁護士になる人とか、卒業後、国家公務員1種試験合格で国家公務員になる人とかですと、大学在学中に家庭教師や塾の講師でない仕事を何か経験した方がいいのではないか・・とも思えますが、それに力を入れて、目標とするものに通らなくなったのでは元も子もありません。 もうひとつ、男ばっかりの学部に行った人が、女性の多い職場にアルバイトに行って彼女を見つけようということでのアルバイトなんてのをする人もいるようで、それが成功するかしないかはわかりませんが、そういうものをする人もあるようです。
  司法試験などに合格しようとすると、私みたいにアルバイト漬けにされたのではかなりダメージを受けます。 小遣い分を稼ぐということならば、家庭教師が一番良く、次いで塾の講師でしょう。しかし、家庭教師の場合、知り合いに頼む、ということが多い。 そこの家に入り込むわけですから、まったく知らない人にはあまり頼みたくない、ということがあるようです。又、頼む方の生徒は男である場合も女である場合もあるのですが、「一流大学」に行っている大学生は男の方が多いのに対して、生徒の方は、男の生徒を女性に頼むのはいいけれども、女の生徒、中学生や高校生の女の子を男子大学生には頼みたくない、という親が少なくないらしいのです。 だから、家庭教師のアルバイトというのは、女性の方がありつきやすいようです。
  家庭教師のアルバイトにありつきやすい条件としては、
1.地元の高校卒で、地元の大学に通学している地元に住んでいる人。
 高校から大学への進学、中学校から高校への進学を考える際、地元の高校卒の人の方が、遠くの都道府県から来た人よりも事情がわかるということと、遠くの都道府県から来ている人は、夏休み・春休みに親元に帰ってしまう可能性がありますから、夏休み・春休みもそこにいる人に頼みたい、ということから、地元の高校卒で、地元の大学に行っている地元に住んでいる人が、家庭教師の仕事にはありつきやすい。
2.女性。
 これは、先に述べたように、家庭教師を依頼する方は男性も女性もいるのですが、「一流大学」の学生は男の方が多く、かつ、男の中学生・高校生を女の大学生に頼むのはいいけれども、女の中学生・高校生を男の大学生には頼みたくないという親が多いので、女性の方が家庭教師の口にはありつきやすい。
3.その地域で一番の大学。
 大学の学生部とか共済部とかいう名称の所で、大学生の家庭教師の紹介をしているようなのですが、東大の学生に聞いた話では、東大の学生部だかに行くと、家庭教師の口はたいていあるそうですが、慶應大学の共済部では、家庭教師は、需要と供給、依頼したいという人と、やりたいという学生とでは、やりたいという学生の方が圧倒的に多いので、なかなか、ありつけないようでした。塾の講師というのも競争率が大きい。 東北地方から慶應大学に来ていた人で「東北大なんて、あんな落ちこぼれの行く大学~!」なんて言う人がいたのですが、彼らは、東北大と慶應大なら慶應大の方が絶対に上だと思っていたにもかかわらず、「東北のいなかもんは東北大をいいように思ってからにい」とか言うのでしたが、実際問題として、もしも、大学の学生部とか共済部とかに、大学生を家庭教師に紹介してほしいと頼みに行くとすると、その地域で一番の大学に行きますでしょ。そうすると、宮城県では東北大が一番の大学ですが、東京圏においては、やっぱり、東大が一番の大学であり、その結果、東大の学生は家庭教師をやりたいと思うと、比較的ありつきやすいのに対して、慶應大あたりではなかなか家庭教師の口にありつきにくいようでした。
  ですから、短い時間で、小遣い分を稼げる仕事として、家庭教師の口にありつきたいと思えば、男が女性に変わることはできないので、それはしかたがないとして、
1.地元の大学、
3.その地域で一番の大学、
に行っておいた方が、家庭教師の口にはありつきやすい、ようでした。
もっとも、高校の教諭とか中学校の教諭とかの仕事につくのなら、「教える経験」は仕事に生きるでしょうけれども、民間企業に勤めるのなら、家庭教師の仕事の経験よりも、「普通の仕事」の経験をしておいた方が、就職後にその経験は生きることが多いかもしれません。
  K村哲二は、私が化粧品屋の暑い冷房なんて効かない工場で肉体労働で乳液作っていた時に、アルバイトは家庭教師のアルバイトを週に2回やるだけで、私が肉体労働やっている時に、冷房の効いた図書館で座って法律の本を読んで司法試験に合格したのですが、私から見ると、なんだか、「巨人みたいや」「長嶋みたいや」「長嶋そっくりや」「長嶋とあんまり変わらん」・・て感じがします。
  またその「長嶋みたいなやつ」のお母さんが、近所中に「うちの子は、北野高校の先生から京大でも通ると言われました」だの「北野高校の先生から阪大なら絶対に通ると言われました」だのと、実際には北野高校の先生がそんなこと言うかいな、というようなことを言ってまわり、さらには「司法試験も現役で通りました」だのと、実際には大学入学4年目ではなく5年目に通ったくせしやがってからに、言ってまわっていて、「長嶋みたいなやつ」のお母さんというのは、なんとも、はた迷惑なオバハンでした。

  神戸大学法科大学院の人、「すぐばれる嘘」なんて、裁判でつくと、それが原因で心証を害してかえってマイナスになることがあると思いますよ。私、弁護士と違いますけど、「すぐばれる嘘」なんてつかない方がいいと思います。もし、嘘つくのなら、ばれないかどうかの見通し立てて判断した方がいいと思いますよ。


  「弁護士なんて役に立たない」て、言いますでしょ。 なんで、「弁護士は役に立たない」のか。 ひとつには、同じ中学校から同じ高校に行って、そんなに評価は変わらないくらいの大学に行った人間で、冷房なんて効かない暑い工場で肉体労働やっていた人間と、まさにその時に、冷房の効いた図書館で座って法律の本を読んでいた人間とで、どっちが弁護士になったか、弁護士になったのはどっちか、というと、前者ではなく後者が弁護士になっている、というそのあたりにも1つの原因があるように思います。 「長嶋みたいなやつ」が弁護士になっているのです。だから、「弁護士は役に立たない」のです。

  (2020.6.28.
  「父の日」6月第三日曜の21日の1週間後。)

☆ 2020年の父の日に。
(1) 「かわいい子には旅をさせよ」の4通りの意味。旅行でわかる人間性。父親がある人間はない人間より常に有利とは限らない、ということもわからないバカ女 https://tetsukenrumba.at.webry.info/202005/article_7.html
(2) 生きしてくれた母のおかげでわかった父親の人間性と高校教諭の白痴かげん https://tetsukenrumba.at.webry.info/202005/article_8.html
(3) 1980年前後、司法試験に早期に合格する方法、及、近所迷惑なおばさんの話。なぜ「弁護士は役に立たない」かの理由1〔今回〕

木造建築を見直す (岩波新書) - 坂本 功
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