「適性テスト」「作文のテスト」に読書調査までやって受講生を統制しようとするYMCA予備校は害がある。気に入らない人間には「文学的素養がない」と悪口雑言を浴びせる「敬虔なクリスチャン」。「民族の違い」を作った「神は死んだ」-受験生へのエール【5/ 】

[第494回] 受験生へのエール【5/ 】
  今から考えてみると、高校および大学受験の際、そのもの自体に価値はあるとしても入試には必ずしも必要でないものをずいぶんとやったように思う。片方で、私立6年制受験校の出身の人を見ると、大学受験に出るもの⇒価値がある、大学入試に出ないもの⇒価値がない という観念が頭にこびりついて死ぬまで離れないような人というのがおり、なおかつ、そういう人が大学入試においていい成績を取っているとは限らないわけで、ああいうのは良くないなあと思ったりするのですが、私の場合は、もうちょっと、
 「試験に出る」部分を「出る順」に、
 「ID野球 弱者の戦術」として「戦力の集中」、
ということを考えた方が良かったように思います。
〔「試験に出る」というのは、『試験に出る英単語』『試験に出る英熟語』(青春出版社 青春新書)より、「出る順」は『出る順 宅建』(東京リーガルマインド)の書名からとった文句です。〕
  悲しいことに、1970年代後半、私などが高校生の頃あった、遠藤周作『口笛を吹く時』にも登場する月刊誌「受験の国語 学燈」(学燈社)が今はなくなってしまったようですが、私は、高校生、特に高校3年生は、この本は読破して、巻末の通信で採点してもらえる問題と作文は応募しないといけないもののように思い、結局、巻末の「学力テスト」問題の方は2回ほど出したように思うのですが、上位に入ることはできず、作文の方は3回応募して、2回、「佳作」に選んでもらえたものの、優秀作・準優秀作として文章を掲載してもらうことはできませんでした。もっとも、その時は名文を書いたつもりだったのですが、何を書いたか半分以上忘れてしまいましたが、おそらく、今、見たならば、たいしたことない・・ならまだいいのですが、あまり見られたくないような、そんな感じがしないでもありません・・・が、それでも、その時は一生懸命書いたのです。
  『受験の国語 学燈』(学燈社)では、たしか、受験生はこれを読んでおいた方がいいとして出ていたものが、小林秀雄『考えるヒント3』(文春文庫)で、読まにゃいかんかと思って読みましたが、今から考えると、読んでいかんということはないけれども、受験日が近づいてくる時期において、「コストと利益を比較考量して」(その労力・時間をそれにかけることで、どれだけ点数アップが見込めるか)という視点で見ると、それほど、「利益/コスト」は高くなかったかもしれません。

  考えてみると、京都大学・大阪大学・神戸大学の入試には「作文」はなかったのです。東京大学の入試にも「作文」はなかったのです。慶應大学・早稲田大学の入試にも「作文」はなかったのです。関関同立(関学・関大・同志社・立命)の入試にも「作文」はなかったのです。・・ということは、「傾向と対策」を考えて「試験に出る」部分を「出る順に」、「ID野球 弱者の戦術」として「戦力の集中」ということを考えると、高校3年の時期に、懸賞作文なんて応募しなくってもよかったのです。でも、その時は一生懸命やったのですから、まあ、いいことにするか・・という気持にもなりますし、慶應義塾高校・慶應志木高校卒の人などは、そういうものを「受験勉強」と言うのですが、私は、受験にもプラスになるのではないかと思っていたけれども、だからといって「受験のためだけ」とは思っていなかったし、それが「高校の勉強」だと思っていたのですが、それを「受験勉強」だと決めつけて、なおかつ、慶應の教授(内部進学)は「害があるんだ!」と決めつけるのですが、「害」はないと思いますし、そういう観念を注入されてきた慶應内部進学の教授や学生というのは、なんだか、変な教育受けてきた人たちで、なんともかわいそうな人たちだなあ・・と思ったものでした。但し、私は無警戒・無防備でしたので、平気で思ったことを思ったまま口にしていたようなところがあったのですが、彼ら「本物の慶大生」「本物の慶應ボーイ・慶應ギャル」といった人たちには、そういう話はしない方がいい、「ともかく、逆らうとうるさい」から、「受験の国語 学燈」で何を学んだなんて話は彼らにはしない方がいいと思うようになりました。『聖書』には「聖なるものをイヌにやるな、真珠をブタに投げてやるな。おそらく、彼らはそれらを足で踏みつけにし、向き直ってあなたがたにかみついてくるであろうから」と書かれていますが、その言葉の通りです。
   浪人してしまって、「受験の国語 学燈」はやっていけないことはないとしても、「作文」は入試にないよなあと認識したのですが、ところが、1970年代後半、YMCA予備校では「作文のテスト」というものを実施したのです。その際、「受験の国語 学燈」の作文に応募して佳作に2度選んでもらっていたのは良かったなあと思ったのです。なぜなら、YMCA予備校の「作文のテスト」では、私は、毎度、いい評価をもらえず、なおかつ、YMCA予備校の「作文のテスト」の論評では、本来、「作文のテスト」であれば、文章の構成とか表現力とかそういうものについて論評し、そういうものについて採点するもののはずだと思ったのですが、そうではなく、そこに書いた内容がいいか悪いかを論評で述べられて、それで採点されていたので、この採点のしかたはおかしいのではないか、と思ったのでした。私の場合は、「国語」特に「現代国語」には高校3年間で相当力を注いできたつもりで、高校1年の時の「現代国語」の担当の旧姓作野礼子が「現代国語の実力をつけるには、まず、純文学の本を何冊も読むしかないのであって、問題集なんかやっても力はつきませんし、高校3年になってからなんとかしようとしてもどうもなりませんから、1年の時から地道に文学作品を読んでいくしかありません」と言い、かつ、「私の方法として、いろいろな作者の本を読むのではなく、1人の作者の作品をすべて読むというようにする方がいいと思います」と言うので、又、それは亀井勝一郎『青春論』(角川文庫)にも書かれていたものでしたので、高校1年の「現代国語」の教科書に掲載されていたものの中で、すばらしいと思った遠藤周作『聖書の中の女性たち』「ヴェロニカ」の作者の遠藤周作の小説を片っ端から読んでいき、時には試験の前日に試験科目をほっぽらかして読むというアホなこともやらかして試験の点数はボロボロだったこともあったくらい読み、かつ、遠藤さんの小説手法を学び取ろうと努力したもので、だからといって、高校生が40代・50代・60代の時の遠藤さんと同じような文章を書けるだけの人生経験があるわけではないので、同様のものは書けないとしても、それでもそういう努力をしてきた人間であり、北野高校の同級生でも「国語嫌い」であるから工学部や医学部を目指していたような人間や、英語は勉強しても私のように文学作品を読むという努力はしない人間などよりは努力してきたつもりでした。そうやって努力してきた人間であり、庄子薫は東大の法学部に在学中に福田章二という本名で小説を書いて入賞し、それから何年か後、30くらいだったかの時に、再度、『赤ずきんちゃん気をつけて』で芥川賞を受賞したというが、私も、大学に入学したならば、4年間の間に1つ、小説を書いて、それなりの文学賞に応募してみたい・・と思っていたのでした。「受験の国語 学燈」の「作文」で佳作に2度選んでもらっていましたので、今から考えてみると、そういいものではなかったかもしれないと思うのですが、それでも、佳作に2度選んでもらえたということは、応募されたものの中では悪くない方のものと選者を考えたのだと思うのです。だから、YMCA予備校の「作文のテスト」での採点は、どうも、不服でしたが、それ以上に、文章の構成や展開について採点されたものならともかく、文章の構成や展開についてではなくそこで述べた内容について採点されるというのが、それは「作文のテスト」としておかしいと思ったのです。慶應大学の「近代思想史」という講義の際に聞いた話ですが、日本共産党の議長だった野坂参三は慶應大学の経済学部に在学した時、小泉信三のゼミにいたそうで、小泉信三は野坂参三を高く評価していたというのですが、小泉信三は近代経済学者で社会主義には反対の立場の人間であったわけですが、小泉信三に、野坂参三はあなたとは立場は違う人ではないのかと言ったところ、小泉信三は「そんなことは何の関係もない。たとえ、自分とは考え方の違う人間でも、優秀な者は優秀だと認めるべきだ」と言ったというのです。「作文のテスト」においても、採点者・評者からすると、その内容について、自分と考え方が違う場合もあるでしょうけれども、それを「採点」したのでは「作文のテスト」にならないと思うのです。運動競技でも、フィギュアスケートとか体操・新体操とかいった「採点競技」は、マラソンだとか〇百メートル走、走高跳、棒高跳びなどと違って、どうしても、審判の選手に対する先入観が採点に左右することがあるとか言われるらしく、ボクシングでもKOではなく判定になると、チャンピオンが有利だとか試合が実施された国の選手が有利だとか言われることがあるようですが、それでも、審判は判定においては、論拠をもって判定しないといけないはずなのです(野球においても、微妙なものは「審判は巨人びいきや」とかいうことがあるし。甲子園球場限定で、阪神びいきもあるかもしれんけど・・)。YMCA予備校の「作文のテスト」の採点はおかしいのではないか、と思い、前の席にいた男に、たしか、天王寺高校卒の男だったと思うが、それを言ったところ、彼は「ああ、俺、作文は採点は見ないことにしてるから」と言うので、私と同様に思う人間がいたようだと思ったのでした・・というより、彼の方が私より「おとな」だったのかもしれません。私は父親があまり「世間知」のない人間だったということもあり、けっこう正直で無防備・無警戒に思ったことをそのまま口にしてしまうところがあったのですが、同じように同じ教室で授業を受けていた人でも、私と同じことを思っても私のように正直に口に出さずに、自分自身で「対処」していた人が少なからずいたようでした。YMCA予備校の場合、ひとつには、教職員と事務職員では、教職員は事務職員に指示命令されて「答え合わせみたいな授業」をやっており、「採点競技」の採点もまた、事務職員に指示されてやっていたことが考えられますので、それが影響した可能性もあると思います。本来、教職員が事務職員から指示命令されて授業をするというのはおかしいと思うのですが、YMCA予備校はそのおかしいことをやっていたのです。
  それで、YMCA予備校のあの「作文のテスト」というのは、あれはいったい何だったのか? 落ちついて考えてみると、「京大東大文系クラス」においては、京都大学と東京大学の文科の学部を受けるという前提でのクラスですから、京都大学の法学部・経済学部・文学部・教育学部と東京大学の文科1類・文科2類・文科3類、および、目標修正して受ける場合に考えられる大阪大学の法学部・経済学部・文学部・人間科学部と、私立大学の慶應大学の法学部・経済学部・商学部・文学部、早稲田大学の政治経済学部・法学部・商学部・第一文学部(現 文学部)・教育学部、それに関関同立の法・経・文に該当する学部の入試と共通一次試験に出ることをやればいいことで、予備校が試験に出ないことをやってもしかたがないはずだったのです。試験にでないことをやるということは、それだけ、試験に出るものをやる時間を奪うということになります。京都大・東京大・大阪大の入試に作文はなかったのです。神戸大にも大阪市立大にも一橋大にも作文はなかった。慶應大・早稲田大にも作文の試験はなかったし、関関同立にも作文の試験はなかったし、共通一次試験はマークシート方式ですから、当然、作文の試験なんてありません。それならば、YMCA予備校は「京大東大文系クラス」と名づけて募集しておきながら、「東大の日本史」「東大の世界史」への対策はまったくない予備校でありながら、なぜ、入試にない「作文のテスト」を何度もやったのか? ・・・結論を言うと、YMCA予備校の「作文のテスト」というのは、あれは思想調査でした。まさか、予備校とはいえ、学校という所でそんなことはやらないだろうと私は思い込んでいたのですが、認識が甘かった。そして、「心理テスト」「適性テスト」も「思想調査のための『作文のテスト』」と同類のものだったようです。

  それだけではない。1970年代後半、YMCA予備校高槻校 「京大東大文系クラス」の「主事」の藤井は、私に「どんな本、読んでるんだ。見せてみろ」などと言って、読書内容の調査までやったのです。これもYMCA予備校による思想調査の一環です。

( ↑ かつて、YMCA予備校高槻校 があった場所。 現在は、大阪医大 の 本部北西キャンパス になっている。 )
 私が大学を卒業した1980年代では、就職の際に「尊敬する人物は?」という質問がされることがあり、あらかじめ、どういう人物が自分の尊敬する人物なのか答えられるようにしておかないといけないと言われたものでしたが、今現在では、「尊敬する人物は?」という質問は採用の時におこなってはならない質問とされているようです。たしかに、応募する側からすれば、そのようなことで思想調査をされたくないものですが、採用する側からすれば、その人がどんな人か知るために、どういう人を「尊敬する人物」と考えるのかきいてみたい気もしないでもありませんが、他方、面接で答えた際に企業経営者が喜ぶ「尊敬する人物」とはどういう人物だろうか考えて用意した人名を答えるのでは、結局、「尊敬する人物は?」という問いは、「企業はどういう人物を『尊敬する人物』と答えてほしいと考えていると思いますか?」という質問と変わらないことになり、あまり意味はないことにもなります。2010年、千葉市中央区の新華ハウジング(有)という工務店で、自称「工事責任者」の植草英二が、私が紹介した高校生に、「持家ですか?」などという質問をしようとしたので、それは、質問してはいけないということになっている質問ですよ、と言ってあげたことがありましたが、そもそも、30を過ぎた人で中途採用に応募した人にならともかく、高校生に「持家ですか?」などときいてどうするのか。なぜ、そんな質問をしたがるのかと思いましたが、植草の頭の中では、「こういう質問はしてはいけません」と厚生労働省が示しているようなものは、むしろ、するべき質問だという固定観念があって、それこそやるべきだという意識があったのではないか。「アサヒ芸能」だかに載っていた「ヤクザさんインタビュー」みたいな記事で、なんでも、中小企業の経営者には、毎月、ヤクザにカネを払いたがる人というのがいるらしく、カネだけ払って何か頼むわけでもなし、「ヤクザとつきあいがある」ということを企業経営者としてのステータスみたいに思っている会社経営者がいるという話が出ていたが、植草もまた、厚生労働省が「こういう質問はいけません」と示しているものは、むしろ、そういう質問をするのが箔のある企業みたいな意識があったのではないか。私なら、これもいけないのかもしれないけれども、持家かどうかよりも、住宅を扱う工務店としては、これまでどういう家に住んできたかということをききたいですね。マンションと戸建住宅と両方に住んだことがある人というのはいいけれども、マンションにしか住んだことがなく今後もマンション住まいのつもりなのに戸建住宅の仕事をやりたがる人というのが時々いるのですが、マンション住まいだが今後は戸建住宅に住みたいと思っている人ならいいけれども、マンションにしか住んだことがなく今後もマンションに住んでいくつもりの人に戸建住宅の仕事をさせると、設計ならば「マンションみたいな戸建住宅を作る」と言われ、実際、せっかく、地べたのある家に住むのに地面をすべてモルタルを打ってしまったり、自然な通風・自然な採光をとることができるのに、すべて人工照明・人工通風の家にしてしまったり、「こいつ、絶対にアホや!」という設計をする人間を私は実物を見ています。私が工務店の採用担当ならば、持家かどうかよりも、どういう家に住んできたか、ということの方を知りたいところですが、植草は自分自身でどういう質問をして相手がどういう人間なのか何について知りたいかという視点から質問事項を考えるのではなく、厚生労働省がやってはいけないと言っている質問を「ヤクザとつきあいがある」というのをステータスみたいに思っている企業経営者みたいにやりたがる、というそういう男だったようです。植草は会社のカネを相当の金額を横領してフィリピン人ホステスに貢いだこともあったようですが、それもまた、会社のカネを横領してフィリピン人ホステスに貢ぐというのをステータスみたいに思っていたのかもしれません。私が応募する側ならば、「尊敬する人物は?」ときかれるのは、どういう人名をあげてほしいのだろうか、と思うとあまりうれしい質問ではありませんが、採用する側ならば、きいてみたい気持ちにならないこともありませんが、YMCA予備校というのは、受講生はYMCA予備校なりYMCA予備校の事務職員(「主事」)になり雇ってもらっているわけではなく、受講生の方がカネを払う側で、YMCA予備校職員の方がカネをもらっている側であり、カネをもらっている側の人間がカネを払う側の人間に思想調査をするというのは、ずいぶんと思いあがった態度です。そもそも、なんで、思想調査しようとするヤツに「学費」だかいう名目でカネを払わなければならないのか。会社という所では、嫌なこともあれば、なぜ、こんなことをされなければならないのかと思うことがあっても我慢して勤めることがありますが、それはカネを受け取る側だからやむをえないかと思って我慢するのであって、YMCA予備校とYMCA予備校職員はカネを受け取る側であるのに、なぜ、そのような横暴を許されるのか。藤井は「カネ払っているのはきみらの親であって、きみらからはぼくらは1円としてカネもらってないんやから、ぼくらはきみらのために働く筋合いはまったくないんやからなあ」などと言うのでしたが、親がカネを出したとしても、親は息子なり娘なりのために役立ってもらうためにカネを出しているのであって、思想調査されるためにカネ払っているのではないはずです。
  藤井に何を読んでいるかなど調査される筋合いはありませんが、その頃、私はつくづく無防備でおぼこい人間だったと思います。正直に、その時、かばんに入っていた田中美知太郎『ソクラテス』(岩波新書)を見せてしまったのですが、それには藤井は「これはいいわ」などと言ったのですが、もし、藤井が京大・東大の文系学部の受験のために「これはいい」と思って言ったのならいいでしょうけれども、そうではないということに、この時、気づいたのです。これも、思想調査だったのです。
  私が田中美知太郎『ソクラテス』(岩波新書)を、毎日、昼休みに10分ずつ程度、読んでいたのは、それは、教学社から出ていた『大学別過去問シリーズ 東大文科』の「各科目学習法 国語」に、「埴谷雄高や田中知美太郎などの本を読んでおく」ということが書いてあったのです。それで、私は、岩波新書・中公新書・講談社現代新書・講談社学術文庫などの目録で調べて、田中美知太郎『ソクラテス』『古典への案内』(岩波新書)・『ソフィスト』(講談社学術文庫)などがあることを知り、田中美知太郎『ソクラテス』(岩波新書)を買って読んでいたのです。埴谷雄高の本は、捜しても文庫本・新書本では見当たりませんでした。結局、2浪してしまい、2浪目、未来社から出ていた『墓銘と影絵』という評論集を買って1年かけて読みました。しかし、それから何十年か経って、あれは、なんで、埴谷雄高と田中美知太郎の2人だったのだろうか、と思い、結論として、あそこまで読む必要はなかったのではないかと思うようになりました。まず、なぜ、埴谷雄高と田中美知太郎なのか。田中美知太郎は、新潮文庫から出ていたプラトン『ソクラテスの弁明・クリトン・パイドーン』の翻訳者で、ギリシア哲学の研究者で、又、その頃は私は知らなかったのですが、「右翼教授」と言われている人でもありました。但し、「右翼教授」と言われていた人も3種類あり、
ひとつは、竹村健一か山本七平とほとんど変わらない単なる白痴、ネトウヨと一緒の人。
もうひとつは、右か左かといえば右だけれども、賛成するか反対するかはさておき、ある程度以上、きっちりとした理論をもっている人。
3番目は、政治的には「右翼教授」と言われるような言動があるが、専門としての研究は別で、専門としての研究は直接政治に関係あるものではないがきっちりとしたことをやっている人、
の3種類で、田中美知太郎は3番目のタイプの人で、ギリシア哲学について述べているものについては、まともな内容が書かれていたように思います。又、たいした内容でもないのに難解な文章を書くような人とは逆で、田中美知太郎の文章は大変わかりやすいやさしい文章で、その点ではいい文章だと思います。それに対し、埴谷雄高は「左翼っぽい内容」ですが、逆に文章が難解で、内容がいいかどうかとは別に、文章はあまりいい文章とは私は思えません。なぜ、この2人なのか? 私は、高校生や大学受験生の時、「各科目学習法」として書いてあるものは、ともかく、一通りはやらないといけないものかと思っていたのですが、実際には、過去にその大学学部を受けて通ったことがあるという程度の人が自分の経験をもとに書いただけで、それが絶対に悪いということはないけれども、絶対にいいというほどのものでもないと思うのです。又、通った方がいいか落ちた方がいいかといえば通った方が言いに決まっているのですが、合格した人間といえども、何から何まで成功であったわけでもなく、落ちた人間といえども、何から何まで失敗であったわけでもなく、部分部分で見ると、成功なのか失敗なのかよくわからないようなものもある、まったく効果がなかったわけではないとしても、「コストと利益を比較考量して」考えると、あまり、「利益/コスト」は大きくないというようなものもあります。そういうものを、落ちた人間なら「失敗だったか」と考えるところを、通った人は「成功」と解釈する場合もあるように思います。 柴田孝之は『東京大学機械的合格法』(実業之日本社)で、いくら多くの人間がやっている学習法でも、多くの人間が使用している本でも、自分が要らないと思えば要らないのであり、あえて少数派になる勇気を持てないような人は、東大とか(旧型)司法試験といった難関の試験に通る必要はない、ということを書いていましたが、今、私もそう思います。つい、弱気になってしまい、「誰もが使っている」とか書かれた本は自分も使わないといけないのだろうかとか、「各科目学習法」として、「・・・とする」と書かれているものは自分もそうしないといけないのではないか、と考えがちですが、そういうところに書かれているものは参考にした上で、自分自身で考えて、やった方がいいと思えばやればいいけれども、自分自身で考えて、要らないと思えばいくら多数の人間がやっているものでも権威ありげなところに書かれているものでも要らない、と考えるべきでした。
  1970年代後半から1980年代にかけて、東大の二次試験の「国語」は、現代国語が2問、古文が2問、漢文が1問の5問。現代国語は、文学の分野で1問、評論の分野から1問でました。私が高校を受けた1970年代中頃は、高校入試によく出る文学者として、亀井勝一郎がでていましたので、中学校3年の時には亀井勝一郎『青春論』(角川文庫)を読んだのですが、その頃、何で見たか忘れてしまいましたが、大学入試の「国語」の「現代国語」では、文学の分野で最頻出作家は森鴎外、評論の分野での最頻出作家は小林秀雄で、それで、私は高校3年の時に小林秀雄『モオツァルト』(新潮文庫)を読んだのですが、『受験の国語 学燈』(学燈社)に、小林秀雄『考えるヒント3』(文春文庫)が「読んでおくべき本」として出ていたので読みました。それで、文学の分野については、「文学作品」と言われるような本をまったく読んだことがないという人は、東大や京大の文系学部を受けようというような人ではあまりないと思うのですが、評論の分野については、それほど読んだことがない人も中にはいるのではないか。そういう人は、できれば、1冊か2冊くらいは、岩波新書・中公新書・講談社現代新書・講談社学術文庫などにあるような評論の分野の本を通して読んでおいた方がいいのではないか・・ということを、教学社から出ていた『大学別過去問シリーズ 東大文科』の「各科目学習法 国語」を書いていた人は言っていたのではないかと思うのです。但し、岩波新書は大学入試の「国語」で出題されておかしくないようなものが多いけれども、他は新書本といえども、すべてが大学入試に採用されておかしくないようなものばかりではないので〔新書本でも、たとえば、文春編集部編『女が嫌いな女』文春新書 なんて、これ、なかなか面白いのですが、大学の入学試験の「国語」の問題には、まず出ませんからね。・・出ないと思いますよ、たぶん・・。野村克也『私の教え子 ベストナイン』2013.9.20.光文社新書 なんてのも入試には出ないだろうし(^^)/〕、それで、あえて、どういう作者のものがいいかというと、ということで、『大学別過去問シリーズ 東大文科』(教学社)の「各科目学習法 国語」を書いた人は、埴谷雄高や田中美知太郎という2人をあげただけだったのではないか。なぜ、その2人かというと、「各科目学習法 国語」を書いた人が、たまたま、このあたりのものを読んでおくかなと思って読んだものだったとか、その程度だったのではないか。だから、田中美知太郎と埴谷雄高は別に悪くはないけれども、何が何でもこの2人の本を読まないといけないというものでもなく、他の作者のものでも、評論の分野で出題される対象になる可能性のあるものなら、他の作者のものでもよかったと思うのです。又、評論の分野のものを、それまであまり読んだことがないというような人、そんな人が東大文科や京大の文科系学部を受ける人にいるのか? ・・というと、いるようなのです。私なんかは、東大や京大の文系学部というのは、文学・哲学の本を読む人が行く所だと思っていたのですが、そうではなく、英語は相当学習して相当いい成績をとるけれども、国語は得意の方ではないという人もいたようで、特に、京大は、総合点主義であるとともに、各科目均等の評価だったのに対して、東大の場合は、1978年まで、共通一次試験の前までの二次試験と、共通一次試験後の東大の試験では、英語・国語・社会科2科目が120点ずつ、数学1・2が80点の配点で、社会科2科目ですが、私は京大・阪大型の問題ならある程度以上の点数を取れたのですが、東大二次試験の問題はどうもうまく書けなかったのですが、柴田孝之が『東京大学機械的合格法』(実業之日本社)で書いていたが(今は、問題の出題傾向が相当変わったようですが)、「何百字以内で書け」という問題は、多くの人間が高得点は取れていないのではないか、というのです。数学は、京大と東大の違いとして、京大は共通一次試験よりも前は、英語・国語・数学・社会科2科目が200点、理科2科目が100点で、共通一次試験後は社会科は共通一次試験の成績をそのまま参入することにしたと思いましたが、配点は似たようなものだったと思いますが、京大の二次試験では東大の二次試験と違って数学の配点が英語・国語・社会科と同じだけあったとともに、京大の数学は問題数が多かったので、数学で点数を稼ごうと思う人にとっては、1問失敗しても問題数が多いと全体としては致命傷になりにくいのに対して、東大は数学の配点が英語・国語・社会科に比べて小さいだけでなく、問題数が4問だけでしたので、失敗した時に致命傷になりやすい傾向がありました。そこから考えると、京大と東大ではどちらが難しいか易しいかではなく、「総合点主義・各科目均等の京大」と違って東大は数学・社会科よりも英語・国語で高得点が取れる人が有利だったのではないかと思うのです。又、東大の社会科というのは、日本史や世界史の問題というよりも、「何百字以内で述べる」という作業ができるかを問う問題みたいなところがあり、社会科そのものの学力よりもそちらの能力が問われる試験みたいなところがあったと思うのです。私などは、2浪してしまいましたが、2浪の年は、「国語」が一番成績が良く、「数学」は文系学部受験生として見れば悪い方ではない、「英語」は大学受験生全体から見ると悪い方ではないけれども、東大受験生の中で見るとそういい方ではないかもしれない、というくらいで、「社会科」は2浪目の時は、ともかくも一通り書きましたけれども、どうも、「全国総合模試」みたいな試験では悪くない点数を取れたものの、東大二次試験の問題は苦手でした。私が、結局、東大の試験に通れなかったのは、ひとつには、今、考えると、東大文科は、英語がずばぬけてできて「国語もまあまあ」というタイプの人に有利な試験だったのではないか、と思うのです。京大(および、阪大)の方が、全科目平均型の人間に有利な試験だったように思うのです。それで、東大文科の受験生の中には、英語集中型みたいな人がいたのではないかと思うのです。実際、東大対象の模擬試験なんか受けてその結果を見ると、英語でバケモンみたいな点数とる人がいたのです。私だって、それなりに学習したはずですが、なんで、こんなバケモンみたいな点数取れるんだ・・みたいな人がいたのです。・・で、2年も浪人したおかげで、1年目は「バケモン」にだって負けるもんかあ・・と思ったところが、2浪目はそういうことは一切考えず、「ともかく、通ればええんや」と考え、「バケモンとの勝負ではない」「勝負する相手は合格最低点のみ」「合格最低点を1点でも上回ればそれでええんや」「バケモンが何点とろうが知ったことではない」と考えるようになったのですが、そういう「バケモン」の中には、英語はバケモンみたいに勉強して相当高得点を取るけれども、国語については、文科△類ではなく理科◇類を受ける人並みでしかない人というのがいたのではないか。そういう人に対しては、評論の分野のもので、何か1冊か2冊くらいは通して全体を読んでおいた方がいいのではないか、ということを言ったのが『大学別過去問シリーズ 東大文科』(教学社)の「各科目学習法 国語」の筆者の言う、埴谷雄高や田中美知太郎の本を読んでおいた方がいいというものだったのではないか。
  ですから、別にこの2人のものでなくても、他の人のものでも良かったはずなのです。私が、1浪目までに読んだものでは、氷上英広『ニーチェの顔』(岩波新書)とか、北野高校の「倫理社会」のA先生のお勧めでよんだ森美樹三郎『無の思想』(講談社現代新書)とか、そういうもので良かったと思いますし、そもそも、私のように、そういった本を受験対策以前に読むのが好きというのか、高校生というのはそういう本を読むものだと思ってきた者は、受験対策としては、今さら、あらためて、そういう本を受験対策に読まなくても、むしろ、すでにそういった評論分野の本を通して読むということは相当やってきた者は、国語の対策としては、東大を受けるのなら東大の問題、京大を受けるのなら京大の問題に即して、どうすれば、その問題で正答と評価される内容を書けるかを、問題の数ではなく内容を重視して、ひとつひとつ時間をかけて吟味検討してやる方が得点アップにつながったと思います。YMCAの「国語」のテキストはそういうものではなく、全国の大学の過去問を集めた、市販されている入試問題集なら解答がついているものがついていない本にその表紙に「YMCA予備校」と印刷しただけのもので、あれではたいして効果はありません。私は、2浪目の時に、学燈社から出ていた『現代国語難問をとけるようになる本』だったかそういう題名の問題集を最初から最後までじっくりとやり、かつ、模擬試験を日曜ごとに受けて、採点されてかえってきたものを、ひとつひとつじっくりと吟味して、どこを間違えてどうすれば正解にもっていけたかを検討するという作業をやったことで、「国語」とくに「現代国語」の点数は相当上がりました。どれだけ努力するかではなく、やって点数アップに効果のある努力とあまり効果のない努力があるのです。もしも、受講生があまり効果はないと思う努力をしていたならば、私はそれはあまり効果はないと思う、むしろ、こういうことをした方が効果があると思うといったことを言ってあげることができる人がいたならば、それは相当助かったと思うのですが、親が東大や京大卒か東大か京大に行こうとしたけれども行けなかったという親の息子は、その点でうらやましいと思ったもので、また、そういう親の息子ではない者には、高校の教諭か予備校のスタッフで、そのあたりを指導できる人がいたら・・・と思ったのでしたが、いませんでした。柴田孝之が『東京大学機械的合格法』(実業之日本社)で、能力的にも優秀で人間的にも優れている教師というのは、多くの人間が思っているよりもはるかに少ない、と書いていたが、私もそう思います。
  『味いちもんめ』という板前を描いた漫画で、伊橋くんという若い板前が、ふぐ調理師の免許を取ろうとして、ふぐの調理についての本を書店で買ってきて勉強を始めたところ、先輩の「吉田さん」が「そんな本なんて読んでも、フグ調理師の試験に通らねえよお」と言い、それを聞いて、若手の板前さんたちが「せっかく、伊橋さんがフグ調理師の資格を取ろうとして勉強を始めたのにケチつけてからに。相変わらず吉田さんは意地悪ですね」と言うが、翌日、その「吉田さん」が「これ、俺がフグ調理の試験に通った時に使った本だ」と言って本を持ってきて、それとともに、こういう練習をして通ったという話をする。すでにフグ調理師の試験に通った「吉田さん」としては、伊橋くんが買ってきた本は読んで悪いということはないとしても、フグ調理師の試験に合格するためにはあまり適したものではないと思ったようだったのです。大学受験においても、「私の経験から言うと、そういう努力はあまり効果はないと思うが」とか、「私の経験から言わせてもらうと、むしろ、こういうことをやった方が効果はあると思うが」ということを言ってくれる人がいたならば、相当助かったと思いますが、YMCA予備校にはそういう人間はおらず、「思想調査」をやって、右翼田中美知太郎の著作だから「それはいいわ」などと言うアホがいたのでした。田中美知太郎の『ソクラテス』(岩波新書)とか『ソフィスト』(講談社学術文庫)は悪くないと思いますし、慶應の教授(内部進学)は「そんなものは受験勉強だ。害があるんだ」と言うでしょうけれども、私は、害はないと思います・・・が、YMCA予備校の藤井が、田中美知太郎を「それはいいわ」と言ったのが、大学入試の「現代国語」の評論分野の対策として読んでおくにはいいと考えて言ったのか、それとも、右翼教授だから「それはいいわ」と言ったのか、そこが問題ですが、結論として、後者でしょう。そんなヤツは、受験生にとっては、害があります。
  私は、インテリアコーディネーターの1次試験(学科)は独学で通りましたが、2次試験(製図・論文)は独学ではなかなか適切な図面を書けず、ハウジグエージェンシーのインテリアコーディネーター2次試験対策講座に2か月半ほど通って、こういう練習をやってくださいと言われたことを言われたままやることでなんとか合格できた。キッチンスペシャリスト試験は、これも学科は独学で通ることができたが、製図試験はいろいろと独学でやっても合格レベルの図面を書くことができず、やはり、ハウジングエージェンシーのキッチンスペシャリスト製図試験対策講座に出席して、こういう練習をやってくださいと言われたことを言われたままやってなんとか合格することができた。建築CAD検定2級の試験は、ウィンスクールの建築CAD対策のコースに申し込んで、講師の方から言われたことを言われたようにやることでなんとか合格できた。もし、そういった講座に参加しなかったとしたら、絶対に永遠に通らないということはないかもしれないけれども、合格するまでにもっと年数がかかったか、かかり過ぎて途中で断念することになったかどちらかだと思う。大学入試においても、この科目はこういう方法で学習してやっていこうという構想があるものは、本人が自分の考えでやればいいが、自分で考えた方法でやっても、どうも、うまくいかないという場合に、その科目のそのタイプの問題を解くための方法、解けるようになるには何をすればいいか、ということを教えてくれる人があれば、それで、その分の得点がアップすることになり、合格につながる。それをやらないで、全国の大学の入試の問題を集めた問題集の答え合わせみたいなことばっかりやって、片方で思想調査ばかりやっている予備校というのは、それは害があった、と言わざるをえない。

   さらに、YMCA予備校の藤井は、「『聖書』みたいなもん、あんなもん、いいことなんて何一つとして書いてないんやから、あんなも~ん。『聖書』なんて読んではいかん。『聖書』なんて読まんでも、ぼくらはクリスチャンとして、洗礼うけて、日曜ごとに教会に行って礼拝にでて、献金はらってるんだから、それでええことなんや。洗礼うけて礼拝にでて献金はらっておけば、『聖書』みたいなもん、読むことないんや。あんなもん、絶対に読んではいかん。ましてや、そこに書かれていることを実行しようなんて、まかりまちがっても絶対に考えてはいかん」と何度も何度も言うという、そういう「敬虔なクリスチャン」でしたが、「そういう本は読んではいかん」と藤井が指定するのは『聖書』だけではなく、キルケゴールもニーチェもショウペンハウエルも「読んではいかん」本で、アンドレ=ジッドもロマン=ロランもイプセンもツルゲーネフもトルストイも「読んではいかん」本に指定され、森鴎外も夏目漱石も太宰治も芥川龍之介も「読んではいかん」本の作者と指定されたのです。何も、「マルクス・レーニン主義」の本とか、「過激派」の地下文書とかを読むなと言う話ではなく、森鴎外とか夏目漱石ですら、あるいは福沢諭吉ですら、藤井という男は「過激派」扱いして「読んではいかん」本に指定したのです。こいつ、いったい何なんだ、と思いましたし、つくづく、勉強していない男だとあきれましたし、予備校とはいえ、藤井のようなそんな「学問の敵」みたな人間が学校という所に勤務しているのは間違っていると思いましたし、実際、間違っていると思います。森鴎外も夏目漱石も太宰治も芥川龍之介も「読んではいかん」と指定されて、いったい、どうやって「国語」の勉強するんだよ・・てところですが、YMCA予備校というのは「その程度の人」が運営していた予備校で、京大・阪大あたりの大学院生・京都などの私立大学の教授のアルバイトに命令して「答え合わせみたいな授業」をさせて高額の授業料を盗っていたのでした。
  東大二次試験の「国語」の評論分野の対策として、評論分野のものを1冊か2冊くらいは通して全体を読んでおいた方がいいのではないか、という『大学別過去問シリーズ 東大文科』(教学社)の「各科目学習法 国語」の筆者が言うのは間違いではないと思いますが、それは、「英語はバケモンみたいに勉強してバケモンみたいな点数を取るが、国語については理系学部受験者並でしかない人」は、そういうことをやった方がいいのではないかと思いますが、「もともと、英語よりも国語の方がよく学習してきたくらいの人」「もともと、文学や哲学・宗教学・社会学・人類学などの本は相当読んできた人」の場合は、受験対策としては、あらためてさらに読むということは「受験対策としては」必要ないと私は思います。時間があれば読んで悪いということはないでしょうけれども、京大や東大に通ろうという人にとっては、それほど時間はない・・というのか、「ID野球 弱者の戦術」「戦力の集中」として、点数アップによりつながりやすいものに力を注ぐべきであるということを考えると、浪人中に本なんてそんなに読めない・・と思っていたら、「あ、読んじゃった」という「失敗」はたまにする・・もしくは「時々する」ことがあるかもしれないけれども、それは「失敗」であり、人間、失敗はあるわけで、失敗をいちいち悔やんでもしかたがないとしても、意図的にやるべきことではないでしょう。そういうものだと思います。加藤裕治『弁護士をめざして 56歳からの挑戦 司法試験一発合格』(2014.5.5.法学書院)によると、加藤裕治さんは、司法試験受験のため、法科大学院大学に通い勉強しながら、体力も必要だと、毎日、何キロ走ったとか書かれているのですが、あんた、それはやり過ぎとちゃうのん? て思わんこともない。「体力も必要」というのはわかりますが、司法試験合格のためということなら、別に、毎日、何キロ・・まで走らなくても、そこまでやらんでもいいのではないか・・と思うのですが、もともと、そういうことを日課にしてきた人の場合は、受験生活のためといってその生活を突然やめてしまったのでは、やめた分の時間ができても、生活のリズムが狂うというのか、体の調子が狂うというのか、その時間が浮いたことでのプラスよりマイナスの方が大きいということもあるでしょう。もともと、京大や東大の文系学部を受けようというような人間は、文学や評論の分野の本を読む人間がそういう学部を目指すはずですから、大学入試前の1年間は、合格のためにはそれほどそういうものは読めないとしても、それでも、「あ、しまった。読んじゃった」というものが少しくらい出ても不思議ではないと思うのです。それが受験に特にプラスにならなかったとしても、運動部に3年間いた人間が、突然、運動をやめるとどうも体調がおかしい・・と、毎日、10分か20分、外を走るとかいう人がありますが、そんな感じで、試験に直接役立たなくても、文学・評論の分野のもの、文学・哲学などの本は、ある程度は読むのが京大東大を目指す人間のはずですから、「あ、しまった。読んじゃった」の方はそれほど気にしてもしかたがないのではないか、と今は思っています。あくまでも、「あ、しまった。読んじゃった」という性質のものだと思いますが。
   それで・・・、氷上英広『ニーチェの顔』(岩波新書)〔現在は、岩波新書からは新刊では出ておらず、アマゾンなどで中古書としては手に入るようですが、新刊では岩波文庫から、氷上英広著・三島憲一編『ニーチェの顔 他十三編』として出ているようです。〕なんてのは、これは、「国語」の評論分野の対策として読んで悪いものではないと思います。私は、この本は、高校3年、卒業してすぐの時、大学入試の合格発表で不合格がわかった時、向う1年間の受験生活が始まる前に、何か1冊読んでおこうと思って読んだのですが、「国語」の「現代国語」の評論分野のものとして、何か1冊か2冊くらい、通して読んでおいた方がいい、ということなら、それで良かったのではないかと思います・・・・が、ところが、YMCA予備校の藤井にかかると、「右翼教授」田中美知太郎の『ソクラテス』(岩波新書)だと「それはいいわあ」になるが、それに対して、哲学科教授というのは、特に「左翼教授」と言われる人でなくても「危険人物」で「危険思想」になるようで、「そういうものは読んではいかん」と言うのです。藤井は右か左かといえば右ですが、右は右でも内容のある右ではなく、「相当アホの右」であり、大学受験生にとっては受験の邪魔でした。 勉強していない人には、特別の「危険思想」でなくても、ともかく、文学・哲学というのは「読んではいかん」にしたがる人というのがいます。もしくは、文学でも、娯楽文学や中間小説のようなものなら「読んでもええ」が純文学は「読んではいかん」にする人というのがいます。「朝日新聞は読んではいかん」とか「岩波書店の本は読んではいかん」とか言うような人というのは、そういう人というのは、いったい、どうやって勉強するのかと思うのですが、そんな人というのがいるのです。私は「英語だけものすごくできる」というタイプの人はあまり好きではないのですが、その理由は、英語はできればいいけれども、英語という技術でしかないものは学習しても、文学・哲学といったものは学習してはいけないみたいな感覚の人というのが中にいるからです。文学・哲学でも「精神的に雪に閉じ込められた地方に精神的石炭を送る文学・哲学」(「文学・哲学の中でも実学である文学・哲学」)は「読んではいかん」に指定して、「刺繍に花をつけたすような文学・哲学」(「文学・哲学の中でも虚学である文学・哲学」)であれば、「それは、いいわあ」と言う人、要するに、国民を精神的に眠らせて支配しようとするファシズム勢力の人ですが、そういう人がいるのです。YMCA予備校の「主事」の藤井という男は、要するにそれだったのです。『ニーチェの顔』の著者の氷上英広さんは、「過激派」でも「左翼」でもなかったと思いますが、YMCA予備校の藤井からすると、夏目漱石や森鴎外が「読んではいかん本」であるのと同じく、「読んではいかん」と指定する人間だったのです。うちの父親は「専門家、専門家、専門家。専門家の言うこと、専門家」と言いまくり、私が「あんな男、専門家じゃないですよ」といくら言っても理解しなかったのですが、北野高校の2年の時の担任だった旧姓作野礼子は「私は両親が離婚したから」「私は父親がいなかったから」と何度も何度も言いまくり、それがあの女の最大の自慢でしたが、大学受験に関しては、東大か京大を出た父親もしくは東大か京大をめざしたが行けなくて阪大くらいに行ったか落ちて慶應か早稲田あたりに行った父親なら息子にとって受験にプラスになる場合が多いでしょうけれども、我が家のようにその逆の父親ならば、父親はいない人の方が有利だったと思います。いなければ、「専門家、専門家、せ~んもお~んくわあ~あ! 専門家、せんもんか、専門家」と、大学受験については何もわかっていないアホ右翼を祀り上げてしかたがない男も家にいなかったことになるはずですから。「父親がいなかった」バカ女にはこの程度のことも理解できなかったのでしょう。

  北野高校の2年の途中で、「心理テスト」「適性テスト」を希望者は受けることができたものの、私は、その時は、自分が進みたいと思う方向に「適性がない」と言われたとしてもそれでも自分が行きたいと思えば行きたい方向に行くべきだし、自分が望まない方向に「適性がある」と「診断」されたとしても、自分が望まない方向には行きたくないと思っていたので、それなら最初からそんな「適性テスト」なんて受けない方がいいと思って受けなかったのですが、片方で、私の親は「会社のために、会社のために。会社の為に死ぬほど働く、会社の為に死んでも働く。とってちってたあ~あ!」という親でしたので、そういう親に対抗するためには、むしろ、「適性テスト」というものを受ければ、親が進ませようとする大学学部と「適性テスト」の「診断」とは異なるものになるはずなので、親の主張に対抗するためには「適性テスト」は受けておいた方が良かったかと思ったところでしたので、YMCA予備校が入学後、「適性テスト」を実施しますと言った時、抵抗なく受けたのでした。かつ、うちの親は、経済学部に行かせて「会社ちゅうところ」に勤めさせて、「とってちってたあ~あ!」とやってやろうとしていたのは眼に見えていましたし、「東京海上火災、東京海上火災、東京海上火災・・」と父は毎日、言っていましたので、東京海上火災にだけは首をもがれても勤めてなるものか! と私は思ったのでした。「飛雄馬、夜空に輝くあの星座が東京海上火災という星座だ。あの星座の中でひときわでっかく輝く星になれ。そら、月夜の千本ノックだあ! 大リーグボール養成ギプスだあ!」「俺、なんだって、こんなことしなきゃならないんだよ」・・・て、そんな感じ〔⇒《YouTube-【公式】巨人の星 第1話「めざせ栄光の星」"THE STAR OF THE GIANTS" EP01(1968)》https://www.youtube.com/watch?v=btfA9kankQ4 〕。星飛雄馬は小学校低学年から野球を憎んだというのですが、私は小学校低学年から「会社ちゅうもの」を憎んだ。星飛雄馬が「とうちゃんをこんな人間にしてしまった野球が憎い~い」と思ったのと同様、「俺はこのおっさんをこんな人間にしてしまった会社ちゅうもんが憎い~い」と思ったものでした。・・・何としても、「会社ちゅうところ」に行かされないようにするためには、「会社員には向いていない」「経済学部には向いていない」という「診断」が出るようにしないといけませんから、そうなりそうな答え方をしたのです。詩人か哲学者・芸術家みたいな、キルケゴールはコペンハーゲンの街を思索しながら歩くと、街の人間から「あれか、これか」と罵られたがそれでもかまわなかったとか、中学校1年の時の担任の先生の話では、大学の哲学科の先生というのは、ふと気づくと山の上に登って思索にふけっていたとか、それこそ、ニーチェはイタリアのポルトフィーノの岬で思索にふけり、『ツァラトゥストラはこう語った』の構想を得たとか〔⇒《YouTube-「ツァラトゥストラはかく語りき」 'Also Sprach Zarathustra' Einleitung 》https://www.youtube.com/watch?v=lXKox3LfO-Q 〕、そんな感じの人格だと「診断」されるような答え方をしたのでした。もっとも、ラーメン屋みたいにヒゲはやせば「建築家」、大久保清みたいに変わった服装してスポーツカーに乗れば「建築家」て感じの《「建築家」ぶりっこぶりっこ》もしくは「丹下健三のエピゴウネンになりたいなりたい症候群」のおっさんにーちゃんというのは、あまりいいと思えない。庄子薫が、どういう格好に魅力を感じるかというと、ベートーベンはいつもボサボサの髪をしていたとか、マルクスはいつも背広のボタンをかけ間違えていたとか、ゲバラは何日も風呂に入らず汚い格好をしていたとか、そういうものに魅力を感じるけれども、しかし、そういう人が格好良く思えるのは、それはその格好とは別の所で何かやるべきことをやっているからであって、第九を演奏しているベートーベンでもないのに髪ふりみだしてみせたり、革命やってるゲバラでもないのに何日も風呂に入らず汚い格好をしてみたりというのは、なんと言うのか、気恥ずかしいというのかとどこかで書いていた(『バクの飼主めざして』だったと思ったのだが、今、それを見つけることができない)が、実際、建築学科に行きたがるヤツというのはそういったタイプの「精神的にパッパしたやつ」というのが多いという印象だったので、「ラーメン屋みたいにヒゲはやせば建築家!」「大久保清みたいに変わった格好してスポーツカーに乗れば建築家!」ておっさん見ると、なんか、「アホがまた増えたか!」て感じがするのだが、そういうのは、ニーチェなどは否定しているわけであり、そういう「ラーメン屋みたいにヒゲはやせば建築家」「大久保清みたいに変わった格好してスポーツカーに乗れば建築家」とかいうおっさんというのは、建築の勉強の前に、ニーチェの芸術論でも読んだ方がいいのではないのかと思うのだが、そんなもので、ポルトフィーノの岬で思索にふけって『ツァラトゥストラはこう語った』を執筆するのと、「ラーメン屋みたいにヒゲはやせば建築家」「大久保清みたいにスポーツカーに乗れば建築家」みたいなおっさんの精神とは決して似ているのではなく正反対だと思う。「ヒゲはやせば建築家」「大久保清みたいな格好すれば建築家」ておっさんというのは、少なくとも、中原中也はそういう人間は好きではないはず、中原中也にとってはそんなイカモノは詩人の心とは逆のものであり・・・、まあ、ともかく、そういう答え方をしたわけだ。
   しかし、だから、それで、うちの父親と母親は、この息子はそういう人間なんだ、中原中也に「会社のために、とってちってたあ~あ!」とやっても向かないだろう、キルケゴールに宣伝文書を書かそうとしても無理だろうと思ってくれると思い込んでいたのだったが、その見通しは甘かった。そうではなかったのだ。 まず、第一に、その「心理テスト」「適性テスト」の結果は、本人に渡してもらえなかったのだ。本人に渡さない「適性テスト」というのは、それはいったい何だ!!! それで、「適性テスト」の結果はYMCA予備校の職員が見てYMCA予備校の職員が保持して、本人には見せず本人には渡さなかったのだが(そんなおかしな「適性テスト」があるか!!!)、私は「適性テストの結果でも出ていると思うけれども、人には向き不向きというものがあって、私は会社員には向かないから」と言ったのだが、だめだった。父は「そんなことはない。会社員には無理なんてことはない。そんなことあらへん。すべてをすべてを会社のために、すべてをすべてをわしのために」と言い続けたのだった。
  さらに、翌年、結果として2浪してしまったが、そうすると、今度は、父は「会社に勤めるのを嫌がる人間というのは、モラトリアム人間病という病気です。慶應大学の小此木啓吾先生というエライえらいエライえらい先生がそうおっしゃってる。甘ったれとってはいかんぞチャンコロ。慶應大学の小此木啓吾先生がそうおっしゃっとるねんぞ、わかっとんのかチャンコロ!」と言うのでしたが、それなら、小此木啓吾こそ「会社という所に勤めるのを嫌がる人間」だから「大学」と「病院」に勤めている「モラトリアム人間病」の重症患者だということになりますわな。小此木啓吾こそ「治療」と称して「人間による人間の加工」をされるべきではないのか。あの男、「治療」してやった方が世の中のためではなかったか。小此木啓吾こそ、「薬漬け療法」(=「化学療法」)とか「強制労働・労働搾取療法」(=「作業療法」)とか「逮捕監禁療法」(=「入院療法」)とか「大脳破壊療法」(=「精神外科療法」)とかやって「治療」されるべきだったのではないか。内部進学小此木啓吾「慶應的精神空間から外に出れない症候群」というのは、あれは「あの病気は一生治らない」と思われるし、何より内部進学小此木啓吾独善主義は「病識がない」ところが問題である。

  YMCA予備校は「本校は、試験の結果だけで考えるのではなく、本人の適性に沿った指導をおこないます」だか、入学案内に書いていた。その文章を見るともっともそうに思えるし、私も、試験の数字だけで考えるのではなく、それ以外の要素も合わせて考えるようにした方がいいと思うけれども、 「試験の結果だけで考えるのではなく」、そこからは本人がどう考えたものか吟味検討して決めるべきだというのではなく、YMCA予備校の職員が恣意的に勝手なことを言って決めてしまう、というのがそれがYMCA予備校の言う「本校は、試験の結果だけで考えるのではなく、本人の適性に沿った指導をおこないます」だったのだ。そして、「心理テスト」「適性テスト」の「結果」「診断」もまた、その道具として使われたのだった。YMCA予備校が実施したような「心理テスト」「適性テスト」というのは、あれは間違いなく害がある。 本人に「診断結果」を渡さない・見せないで、YMCA予備校職員が「診断結果」を保持した上で、それを利用して、「きみは・・・」などとえらそうな口をきくというのは、そういう使い方をするような「心理テスト」「適性テスト」は、たとえ、その「心理テスト」「適性テスト」がまともなものであったとしても、明らかに利用のしかたとして間違えているし、YMCA予備校職員はあまりにも傲慢である。
  (株)一条工務店 は「三和総合研究所の提言」だと言って、中途入社の人間を新卒入社の人間と差別するようにするなどしたが、あれは、「三和総合研究所の提言」という言い回しを使うことでそれが経営として正しいものであるかのように思わせ、オーナー経営者一族がやりたいことをそれに反対しにくいようにして実行したという可能性が大きいと思う。 YMCA予備校もまた、「心理テスト」「適性テスト」を本人の為ではなく、YMCA予備校が学生を管理し、自分たちの都合がいいように命令するための道具として利用しようとして実施したのであった。その「心理テスト」「適性テスト」を考案した「心理学者」は、もしも、良心的な学者であるならば、「心理テスト」「適性テスト」というものは、そのような使い方をするべきものとは違いますとYMCA予備校に注意するべきであり、その注意が守られないならばYMCA予備校が「心理テスト」「適性テスト」を実施することに加担・協力しないようにするべきであったはずである

  私は、「受験の国語 学燈」の「作文」に応募して佳作に選んでもらっていたというのが、結果として、本当に良かったと思っている。高校を卒業する年に大学に通るかどうかという点では、私が受けた大学に「作文」の試験はなかったのだから、佳作に選んでもらえても大学入試には関係なかったわけで、関係ないものに時間と労力を費やしたというのは、むしろ、マイナスだったかもしれないが、その後、YMCA予備校から中傷を受けたことに対しての対抗力になった、という点で、「受験の国語 学燈」の作文で佳作に選んでもらっていたのは幸いだった。
  しかし、それにしても、YMCA予備校高槻校の「主事」の藤井という男は、よくもまあ、あれだけ、いろいろと言ってくれたものだと思う。「文学的素養がない」というのがあった。「人間性に問題がある」というのもあった。それ、おまえのことと違うのか! と思ったが、そういうことを言いまくるのだ。
  「上司に逆らう人間」と断定もされた。「きみみたいな上司に逆らう人間は会社ではやっていけないから、経済学部には絶対に行ってはいかん」と、私は経済学部に行きたいと言ったことは一度もないのに藤井は言うのだった。なんで、この男にそういう口をきかれなければならないのかと思うが、もっとも、これは、「会社というところ」において、独立自尊の精神のある者、自分自身の考えをもって発言する者は藤井タイプの人間が上役であったなら「上司に逆らう人間」と決めつけられるということはあるだろう。『ラーメン才遊記』で、ラーメン屋のコンサルタント業の清流企画に入社した汐見ゆとり に先輩社員の白坂が、「ゆとりちゃん、会社という所で、はっきりと言っていいのは、上司・先輩へのお世辞だけだよ。それ以外は決してはっきりと言ってはいけないよ」と教える場面がある(さらにその後、先輩社員が、「汐見、お願い。あんた、どこが悪いか気づいたんでしょ。教えて」と言うのに対し、「白坂さん、先輩に御世辞以外を言ってもいいでしょうか」とはっきりと質問するという場面が出てくるのだが)、
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( ↑ 久部緑郎 作・河合 単 画・石神秀幸 協力『ラーメン才遊記 (1)ラーメンとはなんですか?』2017.4.1.小学館 MyFirstWIDE )
そういう考え方の人からすれば、まともに自分自身の考えを持ち、自分の意見を言う者というのは「上司に逆らう人間」と評価することになるだろう。 宮大工で鵤工舎の小川三夫さんがどこかで書いていたが、西岡常一棟梁に質問すると、「小川くんはどう思うんや」と質問を返されたそうだ。「人に質問する時は。まず、自分自身の意見を言うもんや。自分の意見を言わずにひとにだけ意見を言わそうとするのはそれは卑怯や」と。だから、西岡常一棟梁のような人が上役であったなら、自分自身の考えを述べたからといって「上司に逆らう人間」などと言われることはないだろう。むしろ、自分の考えを述べることができない人間の方が問題があるとされるだろう。又、西岡常一棟梁は「たとえ、どんなにえらい先生が言われることで、それは違いまっせと思うたら言わにゃいかん」と述べている。 私は、結果として2年を超えて卒業が遅れてしまったので「一流企業」には勤められなかったが、ある中国系の会社に会社訪問で行ったことがあったのだが、その際、会っていただいた顧問のMさんに、「質問はありますか」と言われ、「求人票を見ると、労働組合はないと記載されていましたが、社会主義の国の会社が資本主義の国に支店を持っているという場合、労働組合というのは、ありうるものなのでしょうか」とそう難しく考えずに口にして、「あ、会社訪問で労働組合がどうというようなことは言わない方が良かったか」と思ったのだが、Mさんは逆に「おっ、なかなかいい質問ですね」と言われたのだった。社会主義の国の会社というのは、本国においてはその会社の労働組合というものはない、国自体が労働組合みたいなものだという考え方なのでないが、資本主義の国に支店を出した場合には、資本主義の国の支店での労働組合というのはありうることで、今現在はないけれども、今後、できる可能性はあると言われ、私はできていいと思っていると言われたのだった。Mさんは中国銀行から頼まれて三井銀行から出向で中国銀行に行かれていた人だったが、「この人、歳いっているけれども、しっかりしているなあ」と思ったのだが、私は「あ、会社訪問で労働組合がどうなどと口にすべきではなかったか」などと思ったのだが、Mさんは、それがどうしたみたいな感じだった。そして、まがりなりにも、慶應大学の卒業生として応募する人間が、「上司や先輩にはっきりと言っていいのはお世辞だけ」なんてことでは、むしろ、「なんだ、こいつは」ということになったのではないか。まがりなりにも、慶應大学の卒業生として入社しようという人間ならば、「あなたはこの問題についてどう考えるか」と上役からきかれたら、それが最適かどうかはさておき、「私はこう考える」というものを述べられるようでないといけないのではないか。「YMCA予備校の藤井みたいなやつ」ではいかんのではないか・・・と思うが、世の中には「ベンチがアホやから」状態の会社というのはけっこうあるので、そういう会社に勤めた場合には、『ラーメン才遊記』の白坂が言ったように「会社という所ではっきりと言っていいのはお世辞だけ」と心得て勤めた方が生き残る技術としていいのかもしれないが、そういう会社には高卒か五流大学卒の人の方が向いているだろう。慶應大学の「近代思想史」という講義で、教授が「マルクスの『ドイツイデオロギー』とかこういう本をじっくりと読んでおけば、会社に勤めた際も、会社でそういう話をすると、上役から、『おっ、きみ、なかなかよく勉強してるじゃないか』と言ってもらえたりする」と言われたことがあったのだが、マルクスの著作とかをじっくりと読むのは読んでいいとして、それを会社で話したとして、上役からプラスに評価してもらえるものなのか、それとも、敵視されてしまうものなのか、どちらなのか・・と思い、中小企業の役員になっていたうちの父親にその話をしたのだが、父が言うのは「大企業なら、その先生が言われるようにプラスに評価されると思うけれども、うちの会社みたいな中小企業なら警戒されると思う」ということだった。それは、大企業の上役というのは、上役自身もマルクスの本くらい読んでいるし、それがどうしたみたいなものだが、中小企業の高卒のおっさんはそういうものを知らないので、中小企業でそういう話をすると「警戒される」ということだった。しかし、経済学でも、マルクス経済学の本について話してはいけないが近代経済学について話すのはいいのかというと、中小企業においてはそうでもない。だいたい、たとえば、(株)一条工務店のアホ経営者なんてのは「経済学者」の名前を聞いても、その人名がマルクス経済学の人間なのか近代経済学の人間なのかなんて知らないのだ。彼らはともかく自分が知らんことを知っている人間というのは「腹立つ」のであるから、だから、マルクス経済学も近代経済学もないのだ。慶應の商学部の先生が「マーケティングのことを、マーケッティングなんて絶対に言わないでくださいよ。慶應義塾の卒業生として、マーケッティングなんて言ったら恥ですからね。マーケティングはアクセントは頭にあって、小さい『ッ』は入りませんからね」と講義で言われ、それ以来、私は「マーケティング」と言うようにしてきたのだったが、ところが、私が勤めた某社においては、「おまえ、マーケティングなんて言いやがって腹立つなあ。マーケッティングと言え!」と言われたものだった。さらに、「会社のえらい人」というのは、「バブル経済」のことを「バルブ経済」と言いますしね。「バルブがはじけたからなあ」とか言われると・・・、「それ、違いますよ。バルブではなく、バ、ブ、ルですよ」と教えると怒りよるやろうなあ・・と思って言わないでいると、何度も何度も「バルブがはじけたからなあ」と言いまくる人とかいますしね。そういう会社に勤めると、小学校の1年から同級生が遊んでいる時も勉強して努力してきたのに、なんで、会社員になんてならされてしまったんだろう・・と思いますね。「心理学」は「マーケティング」を「マーケッティング」と言わずに「マーケティング」と言うと、「人間的に『未成熟』だから、『わざわざ無理して逆らっている』」とか「診断」するでしょうけれども。「マーケティング」を「マーケッティング」と言う者の方こそ「わざわざ無理して逆らってる」のではないのか、と思うのですが、「心理学」にかかると、そうではないようなのです。しかし、それでも、「マーケティング」は「マーケッティング」ではなく「マーケティング」のはずなんですよ。(株)一条工務店の遠州人というのは「空の広さは浜松の広さと同じだ」「太陽、月、星といった宇宙の天体はすべて浜松を中心として回転している」と思っとるのですが、逆らうとうるさいから黙っているのですが、「それでも地球はまわっている」と心の中では思ってるわけですよ。実際、「それでも地球はまわっている」し、「空の一部分の広さは浜松の広さと同じだというのならそれは正しいが、空の広さは浜松の広さと同じだというのならそれは間違っている」はずなのですよ。「空の広さは浜松の広さと同じだあ♪」と言えば彼らは喜ぶというのはわかっているのですが、慶應義塾の商学部の卒業生として入社した者が「空の広さは浜松の広さと同じだあ♪」なんて言うわけにはいかないのです。だって、一緒じゃないも~ん!!!
  「上司・先輩にはっきりと言っていいのはお世辞だけ」というのは、従業員が使用者に対してでも、あてはまる場合とあてはまらない場合があります。(株)一条工務店で営業本部長のA野隆夫が「設計にはどんなことでも服従しろ」と言うので、営業本部長の言うことですから、しかたがないので、同社の営業の中では古い方から1割には入っていた私が「バカでも入れる私大の建築学科」卒で入社1年目の設計の言うとお~りやりましたらね、消費税が上がった後、需要の先食いしてしまった傾向のある戸建住宅建築業の業界は不況で苦しい時期に、私が努力して苦労して苦労してなんとか仮契約まで持って行った仮契約客を3軒連続で解約されました。その直後、浜松の本社から「あなたが解約されたのはあなたのどこが悪かったのか、文書で書いて本社に送ってください」などと言ってきました。俺が悪いんじゃねえよ。そんなことやったらだめに決まってるだろてことを営業本部長がやれと命令して、しかたなしにその命令をきいたら、やっぱり、思った通りになった、ということじゃないですか。どこが悪かったかというと「ベンチがアホやから」と書いて送ってやった方が良かったかもしれませんね。「営業本部長がアホやから」と書いて送ってやった方がより良かったかもしれませんね。(株)一条工務店では、営業本部長の言うことなんてきいたらだめだということです。給料にしても、普通は、上役の言う通りやったら、それではだめだと思ったとしても、それでも上役の言うことだからと思ってその指示に従ってやったとすると、その責任は会社がとるものですが、(株)一条工務店もそうですが、戸建住宅建築業の業界では営業が責任とらされることになる会社が少なくないのです。そういう会社においては、「正直に言っていいのはお世辞だけ、お世辞だけ・・・」なんて思って、上司の命令の通りなんてやったのでは、せっかく苦労して仮契約までもっていったもの、その後、営業担当者の計画の通りやれば仮契約から契約にもっていけた可能性が大きいものを片っ端から解約されることになり、その責任は営業本部長は取らず、営業に責任を押し付けられますから、ですから、そういう会社においては、アホの営業本部長の言うことなんてきいていてはだめです給与の点でも、(株)一条工務店のような会社では、「基本給+歩合給」で基本給だけでは食べていけませんから、営業本部長の言うことなんてきいてはだめなのです。
  それに対して、歩合給でない会社で、勤務時間外には時間外手当が出るという会社においては、会社から拘束されている時間、言われるように仕事をやれば給料はもらえるわけですから、そんなことやったらうまくいかんと思うがなあ~あ・・と思っても、「上司・先輩に言っていいのはお世辞だけ、お世辞だけ・・・」と「見ても見ざる、聞こえても聞かざる、言うべきことでも言わざる」で、「ベンチがアホ」の場合はアホの言うとお~りやれば、会社は発展しないとしても、にらまれることなくそこで生存していける・・ということは考えられるわけです。
  しかし、YMCA予備校の受講生というのは、YMCA予備校から雇われてYMCA予備校から給料もらっているわけではないわけです。YMCA予備校から雇われて給料もらっていて、YMCA予備校の事務職員(「主事」)の藤井が上司であったなら、その上司の言うことがおかしかったとしても、「上司・先輩に言っていいのはお世辞だけ、お世辞だけ・・」と唱えて、「雪は黒い」と言われれば「はいはい、まことにまことに雪は黒うおじゃりまする」と言い、「空の広さは浜松の広さと同じだあ」と言われれば「はいはい、まことにまことに空の広さは浜松の広さと同じでおじゃりまする」と言う、ということをやればいいのかもしれません。そんな会社は発展しないでしょうし、つぶれるかもしれませんが、発展しなくても、たとえつぶれても、余計なこと言わない方が従業員としてそこで生きていくにはその方が正解という場合もあるでしょう。しかし、YMCA予備校の受講生というのはYMCA予備校から給料もらっている従業員ではないのです。YMCA予備校の受講生というのは、YMCA予備校の事務職員(「主事」)の藤井の部下と違うのです。 受講生はYMCA予備校に雇われてYMCA予備校の仕事をやっているのではなく、受講生の仕事をYMCA予備校が手伝っているはずなのです。YMCA予備校が受講生を雇っているのではないはずなのですYMCA予備校の事務職員(「主事」)の藤井がおかしなことを言って、それに従っておかしな内容のもとに進めて落ちたとすると、その席にはYMCA予備校が責任を取ってくれるのではなく、受講生が責任を被らないといけないことになるのです。 結果について責任を負わないような者の指示なんてきけないし、使用者でもなく、結果について責任をおうつもりなんて毛頭ないYMCA予備校とYMCA予備校の事務職員(「主事」)の藤井に「上司」だと称されても、そんな人の不合理な発言を「はいはい、まことにまことに雪は黒うおじゃりまする、お奉行さま」などと言うわけにはいかないのです。自分が上司でもないのに、むしろ、受講生というのはYMCA予備校からすれば「お客様」であるのに、客に向かって、「上司」だとか言いはる男というのは、頭おかしいんじゃないのか・・て感じすらします。
  世の中、おかしな人はけっこういますが、自分がカネを受け取る側の立場なのに、カネを払う側の人間に、自分は「上司」だと主張して、イカサマでも、はいはいと従うもんだと要求する男というのは、藤井は私の母に「自分は前の会社でうまくいかなかったから、だから、うまくいかない人間の気持ちがわかるから、浪人生の気持ちを理解できる人間なんだ」などと勝手なことを言ったようでしたが、むしろ、そんな態度だから藤井は前の会社でうまくいかなかったのではないのか・・という感じがします。
 そもそも、「京大東大文系クラス」に行っているような人、最終的に京大や東大に通るかどうかはさておき、そういう人に、日本の企業は「上司に言っていいのは、お世辞だけ、お世辞だけ・・」というそういう勤務態度を期待するのでしょうか? そういう会社なら、京大東大文系クラスに来ているような人よりも、高卒か五流大学卒の人を採用するようにした方がいいのではないでしょうかね。実際に会社というところに勤めてみた経験から言うと、そういう対応をしてほしいのなら、むしろ、そういう対応は高卒か五流大学卒の人の方がうまいように思うのです。だいたい、そういう「ベンチがアホやから野球ができん」ような会社が発展しますかでしょうか・・・?
  私の場合は、小学校の1年から同級生が遊んでいる時も努力して勉強してきたのに「口に出して言っていいのはお世辞だけ」なんてそんなくだらない仕事につきたくないと思ったので、それで、経済学部(および商学部・経営学部)には行きたくないと思ったということもあるのだけれども、しかし、そもそも、YMCA予備校の事務職員(「主事」)の藤井という男は、「経済学部」というものを誤解していないか。もしくは、経済学部は経済学部でも、「京大東大文系クラス」という所に来ている人が行こうとしている京大や東大の経済学部もしくはそれに準ずる大学の経済学部(および商学部・経営学部)というものを誤解していないか。自分自身の考えを持たず言わず、「上司」が「雪は黒い」と言えば「はいはい、雪は黒いです」と年中言っているようなそういう人間を欲しいという会社ならば、京大や東大の経済学部卒の人間ではなく、高卒か五流大学卒の人を雇えばいいことと違うのか。むしろ、そういう対応がうまい人ならば高卒か五流大学卒に多いはずだ。別に、京大や東大に行く必要はないのと違うのか。実際に私は会社という所に勤めてみて、ある程度以上の大学の出身の人間というのは、「雪は黒い」とか言い出しよった時に、逆らうとうるさいから黙ってよ・・とか思ってもなかなか黙ってられない・・というのか、たとえ、黙っていても、五流企業の高卒の経営者からすると、自分が言ったおかしなことに気づいているのではないかと思うようなのだ。だから、そういう会社の会社員ならば、京大や東大の経済学部卒の人間よりも高卒か五流大学卒の人の方が向いているのではないのかな・・という気がする。ただ、人間関係を損なわないようにという配慮を考えると、どういうタイミングでどういう言い方をするかということを考えた方がいい場合もあるかもしれませんが、「雪は黒い」と言われれば自分自身では何も考えることなく「そうなんだあ。雪は黒いんだあ」と思うような人間が「会社のために役に立つ」とか思っている経営者ならば・・・、「その会社、大丈夫か?」・・ということにならないか? 森川英正『日本経営史』(日経文庫)には、岩崎弥太郎が、学識者と「俗子弟」とでは、学者書生を俗化してその外面を俗了するは易し、俗子弟に学者の気概を養わしむるは難し、と言って学識者としての能力のある者がよいと述べた話が載っているが、上司・先輩が「雪は黒い」と言えば実際にどうか考える能力などなく「雪は黒いんだあ」と言われた通りに思うようなそんな人間が欲しいのなら、京大や東大の経済学部卒の人間を採用しないで、高卒か、固有名詞を出すと問題あるのかもしれないが、あえて言えば、経済学部は経済学部でも近大か桃山学院大か、もしくは、亜細亜大か拓殖大か大東文化大か帝京大か国士館大か、せいぜい、そこらの「大学」の経済学部の人間を採用しておけばいいのと違うのか。・・というよりも、YMCA予備校の藤井は自分がそういう「大学」のそういう学部卒だから、だから、そういうことを言うのと違うのか。
 「ベンチがアホやから野球ができん」という会社は、あまり、会社の見通しはよくないと思いますがね・・・と思っていたら、とりあえず、そのYMCA予備校は・・・つぶれた・・・。 「秋の日はつるべ落とし」という言葉があるが、YMCA予備校は大阪府に5校、神奈川県横浜市に2校あったが、全部、なくなった。1970年代後半においては、関西では、京都府の近畿予備校・兵庫県の大道学園と大阪府のYMCA予備校の評価が高かったが、「評価が高かった」といっても、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」であり、勝つべくして勝っていたのか、それとも、有力な同業他社がないから一時的に「勝ち組」になっていただけだったのか。大道学園と近畿予備校がどうかはさておき、一時的にその地域の予備校屋として有力であったことから国立・公立ではなく私立なのに「親方日の丸」みたいな体質をもっていたYMCA予備校については、結果を見れば、どちらであったかは明らかである。
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勝ちに不思議の勝ちあり、
  負けに不思議の負けなし。

  相手がエラーなどで自滅し、勝ちが転がり込んでくる「不思議な勝ち」は存在する。
一方、「よく勝てたな」という試合はあるが「なぜ負けたのだろう?」という不思議な負けはない。負けるべくして負けたものばかりで、必ず敗因がある。・・・・ 》
(野村克也『野村克也100の言葉』2016.11.25.宝島社)
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  YMCA予備校の「主事」の藤井から「心理テストの結果として」だとか言って、「人間性に問題がある」だの「文学的素養がない」だの「上司に逆らう人間」だのと言われたのは私だけではないんですよね。そして、同じ小学校から同じ中学校に行って同じ北野高校に行って、何の因果かYMCA予備校高槻校京大東大文系クラスまで同じ所に行くはめになってしまったN口という男がいたのですが、N口はYMCA予備校の「主事」の藤井から「野口はしっかりしている」「ぼくらは、あくまでも、受験という観点で見て、野口はしっかりしている」などと絶賛したのでしたが、私は小学校の時からあの男を知っているけれども、あの男は、「そういう男」だったのです。小学校の時から、なんか知らんけど、「先生」に取り入るのがうまい生徒なのか親なのか、どちらか、もしくは両方のようで、小学校の5年・6年の時でも、他の生徒と担任の教諭のHの扱いは別格扱いだったのです。今から思えば、卑怯者の人生を送ってきた男です。小学校の6年の時、学級委員に、前期に男2名・女2名、後期に男2名・女2名が生徒の選挙で選ばれたのですが、私なんか、後期の学級委員に選挙で選んでもらったはずなのに、それでも、教諭のHは私を学級委員として認めてくれず、逆に何かと「野口、野口」と言いまくってきて、あれはどういう理由でだろうかと思ったものでした。野口ともうひとりM下という男がいて、M下もまた、教諭のHから特別扱いを受けた男でしたが、5年の時、M下は、隣の席に座っていた男に、いきなり、彫刻刀を投げつけて、それが隣の席の生徒の腕に突き刺さった、というようなこともあったのですが、それでも、HはM下にはおかまいなしでした。野口の場合は、さすがに彫刻刀を投げつけるということはしなかったし、そういうことはしないという「そつの無さ」の男であったのですが、ともかく、常にそういう扱いを受けてきた男で、そういう扱いを受けるべく生きているというそういう男でした。「三つ子の魂、百まで」であの男は死ぬまでその調子でしょう。考えてみると、野口と藤井は似ているところがあったようにも思います。常に端におらないように注意して、たいてい、「真ん中よりちょっとだけ右」あたりにいるようにして、世の中が右に1メートル移動すると自分もそれに合わせて右に1メートル移動する、左に1メートル移動すると自分も左に1メートル移動する、というそういう人間、それがえらいと思っている男。野口という男はそういう男でしたし、おそらく、今もそうで死ぬまでそういう人間でしょう。その点、私なんかは、そういう能力はないのです。法隆寺宮大工棟梁の西岡常一さんは、「たとえ、どんなにえらい先生が言われることでも、それは違いまっせと思うたら、言わにゃいかん」と述べておられたが、「えらい先生」とできることならもめたくはないけれども、それでも、やっぱり、言わなきゃいかん時はあるのではないかと思う・・・というと、これだけでも、藤井は「きみは上司に逆らう人間やから」とか「診断」するようでしたが、やっぱり、言わなきゃいかんものは言わないといけないはずなのです。そして、野口という男は、決して自分が端っこにいないように常に気を配って、一般的には「真ん中よりもちょっとだけ右」あたりにいるようにして、なおかつ、世の中が右に1メートル動くと自分も右に1メートル動く、左に1メートル動くと自分も1メートル動くというそういう男であり、私なら、世の中が動いていく方向がそれは好ましい方向ではないと思うと、「ちょっと待て」「その方向はいかんのではないか」と言いたくなるところを、絶対にそういうことは言わない、というそういう人間だったのです。中曽根康弘は「風見鶏」と言われた人間でしたが、中曽根は「風見鶏は、その時の情勢によって向きを変えるけれども、立っている場所は不変だ」と自分で言っていたらしく、立っている場所は「かなり右」の場所に立っていたはずでしたが、それに対して、野口の場合は、風見鶏のように「世の中の風向きに合わせて向きを変えるが立っている場所は不変」ではなく、「世の中が右に1メートル動くと自分も右に1メートル動く。世の中が左に1メートル動くと自分も左に1メートル動く。その際、自分が動こうとした際に邪魔になる人間は平気で突き飛ばす」というそういう男であり、世の中にはそういう人間を「しっかりしている」と言う人もおれば、「尊敬している」なんて言う女もいたのですが、「世の中いろいろ、人間いろいろ、人生いろいろ」であり、「蓼食う虫も好き好き」(There is no accounting for taste.)であり、そういう男を「尊敬」したい人は「尊敬」すればいいけれども、残念ながら、私はそういう器用さは持っていないので、野口みたいな態度を取った方がYMCA予備校には合うことになり、YMCA予備校に行くのであればそういう人間の方が受験生活も順調にいくということが考えられ、実際、野口はYMCA予備校に1年間行って京大法学部に通ったわけですから、「YMCA予備校とは合う人間」「YMCA予備校の主事の藤井とは合う人間」だったのだと思います。「どのような賞を受賞しているかで人の値打ちが決まるのではない。どのような人が受賞しているかでその賞の値打ちが決まるのである」と「作家で精神科医」の なだ いなだ が『娘の学校』(中公文庫)で書いていたし、「敵によって反対されるなら、それは大変けっこうだと考えるべきである。なぜなら、敵によって称賛されるなら、我らの行動が敵と同様に腐敗していることを意味し、敵によって反対されるなら、我らの行動が敵とは一線を画していることを意味しているからである」と『毛沢東語録』には書かれているが、YMCA予備校の「主事」の藤井によって、悪口雑言罵詈讒謗を浴びせられるなら、むしろ、それは「大変けっこうだ」と考えるべきものであった、と思う。「野口みたいなやつ」というのは、ああいうのがいいと思う人というのもいるのかもしれないし、女性にとっては私なんかと結婚するよりも「ああいうの」と結婚した方が幸せかもしれないけれども、残念ながら、私はああいう人間ではないので、ほめられてもけなされても、「ああいうの」みたいな生き方はできないのだ。 又、自分自身の考えを持ち、自分自身の考えを述べようという者、自分の考えにのっとって実行したいと思う者、独立自尊の精神を持っている者は、思考に出っ張りも引っ込みもある、凹凸があるので、ひっかけてやろうという者がいた時にひっかかってしまうこともあるだろうけれども、野口みたいなシェイクハンドラケットみたいなぺったんこの人間は凹凸がほとんどないので、ひっかかることも少ないだろう。だから、「結婚するにはいいかもしれない♪」と思う人はすればいいだろう。残念ながら、私はあんなシェイクハンドラケットみたいなぺったんこにはなれないので、あの男のアホなお母さんが「うちん子はしっかりしてますわあ」とあっちやらこっちやらで言いまくって、もういいかげん、うるさいなあ! と思ったものだったが、ぺったんこが好きな人間というのも世の中にいるのだろうから、それはそれでいいのではないかと思う。マルクス『フォイエルバッハに関するテーゼ』の最後に、「これまで、哲学者は世界をたださまざまに解釈してきた。しかし、大事なのは、それを変えることである」という文章があるが、ぺったんこのシェイクハンドラケットは、「世の中が右に1メートル動けば自分も右に1メートル動く。世の中が左に1メートル動けば自分も左に1メートル動く」というのを使徒信条としている男は、「それを変えることである」などということはおよそ考えないであろうし、結果として、これはこのままではむごいと思って義侠心にかられて動いた者を見捨てて得意がる人間になるだろう。旧ソ連の詩人で音楽家であったブラト=オクジャワの歌に「紙の兵隊」というのがあり、「紙の兵隊」は「この世を正しくしたいと思って」「自分が紙だ」ということを「すっかり忘れて」「炎に向かって突き進み」「焼かれて後には灰さえ残らなかった」のだが、これは、第二次世界大戦の最中、独ソ戦のさなか、グルジアのソ連からの独立運動をおこない、「人民の敵」として銃殺されたオクジャワの父親のことを歌ったものだったらしいが、ぺったんこのシェイクハンドラケットは、「紙の兵隊」みたいなことは絶対にやらない。それは「しっかりしてますわあ」などと言って自慢するものなのか? ちょっと違うように思うのだがな。ブラト=オクジャワは銃殺された父を思い描きながら「紙の兵隊」という詩と音楽をつくり、又、長く収容所に入れられて、出てきた時にはお母さんがお婆さんになってしまった母親を思って、「青い風船」という歌を作った。「女の子が鳴いている。風船逃げた。慰めたけど、泣きやまない。風船はどこへ・・・♪」で始まり、最後、「お婆さんが泣いている。はかない人生・・・。でも、ほら、戻って来たよ、青い風船・・・♪」と。シェイクハンドラケットは自分が紙なのに炎に向かって突き進み、「人民の敵」として銃殺されたりはしない。なにしろ、常に真ん中あたりに自分がいるようにするのが得意中の得意の男なのだから。でも、そういうのを「しっかりしている」と言うのだろうか・・・。それは得意がるものだろうか・・・。
   母は「東大に入ったらこいつ、思いあがって女を泣かす人間になる。こいつ、絶対に合格させてなるものか」と言うのだったが、どう考えても、慶應の学生と東大の学生なら慶應の学生の方が思いあがった人間は多いと思ったし、「女を泣かす」やつというのも慶應の学生の方が多いと思ったのだが、ともかく、我が家の場合は母は私が嫌いだったようだ。よそのお母さんでも、「あの子、嫌い」なんて本心ではないとしても口で言うおかあさんはあったようだ。私が住んでいた所と同じ住居表示の地域にいた人で、男2人の兄弟で、兄が北野高校から1浪で京大農学部に行き、弟は箕面高校から関学に行ったという人がいたのだが、お母さんが「弟の方が絶対にいい。お兄ちゃんは嫌い」なんて言われたことがあったらしく、母はそれを聞いて、「関学のぼくちゃんがいいわあ」などと言うこともあった。そのお母さんは、なぜ、「お兄ちゃんは嫌い」だと言われたのかというと、「北野から京大」という兄貴は、どうも、弟に「なんじゃ、おまえ、こんなものもできんのかあ」と言うかどうか知らんが、そういう態度だったらしい。その場を目撃したわけでもないが、お母さんがそう言われるならそうだったのだろう。それをお母さんは「なんで、そんなこと言うの。いい子なのにい」と言われた・・というのだ。その「関学のぼくちゃん」というのが、どうも、北摂地区のお母さんにとっては人気が良かったみたいで、又、関西地区では関学というのは、「一番女性にもてる大学」とされていたようで、「北野から京大」よりも「箕面高校から関学」の方が喜ばれたらしいのだ。・・しかし、たとえそうであったとしても・・
・、そんなもの、「今さら、変われるけえ!」。 「北野から京大」タイプになってしまった人間は、目の前に石と綿があってどちらかかみ砕けと言われれば、大喜びで石の方をかみ砕くであろう。「石にかじりついても」なんて言われなくてもかじりつくであろう。それがおもろないんじゃと言われても、そんなこと言われてもそういう人間なんだから、しかたがないだろうが。「箕面高校から関学の息子」が好きなら、最初からそういう息子を産んどけえ!!! 今さら、変われるけえ!!! ・・てところである。 野口は1浪したものの京大の法学部に合格したが、京大に行っても、「その程度の人間」であり、「なんかあんまり京大の値打ちのない京大」みたいな人間であり、死ぬまでそういう人間だろう。弟が警察官になったと聞いたが、「京大に行っても、ノンキャリアの警察官とたいして変わらん」程度の人格の人間だと思う。そういう男が好きな女というのは間違いなく一定量いると思うので、そういう女には向いているだろうし、そういう凹凸のない人間が好きだという会社経営者というのも日本にはいるかもしれない。ここが会社の危機というような時にふんばってくれるかというと、それは期待できないだろうし、おそらく、そういう場面でも「可もなく不可もなく」みたいな態度で、「右端でも左端でもない位置」に自分を置くことに専念するだろう。
  私はけっこう正直だったし、おぼこいと言えばおぼこかった、世間知が不足していたといえばそうかもしれないが、YMCA予備校の藤井が、京大の文学部を受けて2浪しても通らなかった女性は「人間性が悪いから落ちたんだ」とか「文学的素養がないから文学部は模擬試験でいい成績を取っても落ちるんだ」とかいう主張に対して、正直に、それは違うのと違いますかと言ったわけだが、そういう時に、野口という男は「そつがない」というのか、私みたいに正直に正面から言う人間の後ろの位置にいて言わないのだ。そういう人間が「賢い」と言う人がおり、「しっかりしてますわあ~あ」とN口のおかあさんは言いまくるのだが、それって、「賢い」というよりも「ずっこい」のと違うのか・・という気がしないでもない。
  母はそういう人間が好きだったようだが、あいにく、私は母の好きな人間にはならなかったようだ。 私が高校3年の時、母は「裁判でも息子の所有権は母親にあると判決が出ている」と言ったのだが、息子の「所有権」は母親の方にあると裁判所は判例だしてるそうなのだが、母が欲しい息子は私ではなく野口みたいな息子だったようで、母は「こいつの血を全部抜いて、血を入れ替えたろうかと思うてるねん」と言っていたが、そんなことなら、私が子供の間に私をどこかに養子にやって、よそから「野口みたいなやつ」を養子にもらえばよかったのではないかと思ったものだった。それを母に言うと、「どこに養子にやるんや」と言うのだが、世の中には子供ができず、他人の子でも貰って自分の子として育てたいという人だってあるのだから、そういう人にあげてくれればよかったのに、そうすれば、「みんなが幸せになった」はずなのにと思う。それで、私を育てるのにかかった費用で、「野口みたいなやつ」を養子にもらえば良かったのだ。そうすれば「みんなが幸せになった」はずなのに、なぜ、そうしなかったのか。気に入らない息子なら産まなければよかったのに、なぜ、産んだのか。父は、毎日、私の顔を指さして、「よくも産まれおってからに、よくも産まれおってからに。産まれなければよかったのに、産まれなければよかったのに。チャンコロっ!」と言い続けたのだが、それで、私は父に言ったのだ。「なんで、産んだんですか。産まなかったらよかったのと違うのですか」と。そうすると、父は怒った。「ええかげんにせえよ、このチャンコロっ! ええかげんにせんか、チャンコロっ! おまえが産まれたんじゃろうが、おまえがああ!!! 産まれなければ良かったのにおまえが産まれたんじゃろうが、このチャンコロめがこのチャンコロっ、人のせいにすんな。産んだもんは悪ないねんぞ、産まれた者が悪いねんぞ。ひとのせいにすんな、このチャンコロめがチャンコロっ!!!」と。産まれてからのことはともかく、「産まれた」ということについては、産んだ者に責任があるのではないのかと思ったのだが、「心理学」によるとそうではなく、産まれた者に責任があるのであって、産まれた者に責任があるのに産んだ者が悪いと言うような者は「外罰的性格」と「心理学」では言うらしいのだ。母が言うには、姉2人が産まれた後、何度も妊娠してそれを何度も人工中絶で流したそうで、そのたびに父にずいぶんと怒られたというのだ。「また、孕みやがったな、この女。この女はどうしようもないな、この女は。この女は孕む孕むの女。この女は産む産むの女。ほんま、どうしようもない女やな、こいつはほんまにい」と言って怒られたというのだ。誰が孕ませたんだ、あんたと違うのかと思うのだが、孕ませた男が悪いなどという者は「心理学」では「外罰的性格」と「診断」されることになるのかもしれない。何度も何度も人工中絶して、人工中絶した後は体がふらふらして力が入らなかったが、すると、父から何度も怒られたというのだ。「何をふらふらしとんじゃ、何をお」と言って。それなら私も人工中絶で流せば良かったのに。そうすれば「みんなが幸せになった」であろうに。なんで、流さなかったのか。ひとつの可能性として、人工中絶に失敗して産まれてしまった子供だった、という可能性はありそうだ。「よくも、産まれおってからに。よくも、生まれおってからに。このチャンコロめが。産まれなければよかったのに産まれおってからに」と毎日毎日、何度も何度も言われ続けてきたが、そんなに望まない子供なら産まないでくれればよかったのに、と思ったものだったが、そういうことを言うと、「ええかげんにせんか、ええかげんに」ということになる。「産まれてこなければよかった人間を産んでやってやってやあってやって、やってあげていただいてもらってくださってあげてやってやってあげてもらってあげてやったったんじゃろうが、このチャンコロめが。産まれなければよかったのに産まれてきたという罪の意識をきっちりと持って、産まれなければ良かったのに産まれてきたということを反省して、すべて欧、すべて王、すべて央、すべて翁、わしのために、わしのために。すべてをすべてをすべてをすべてをわしのために、わしのために、捧げ尽く~す! とってちってたあ~あ!!!」と言うのだった。

   私は、YMCA予備校の「主事」の藤井に、なにゆえ、「人間性に問題がある」だの「文学的素養がない」だのと言われなければならなかったのか。今から思うと、よくもまあ、あそこまで言えたものだと思う。「敬虔なクリスチャン」というのはそのあたりが普通の人間とは違うのだろう。
  YMCA予備校の藤井という男は、「去年の生徒の悪口を今年言い、今年の生徒の悪口を来年言い、来年の生徒の悪口を再来年言い」する男であり、そうすれば、「勝ちはYMCA予備校の勝ち、負けは生徒の負け」にすることができて、YMCA予備校の評判が上がるだろうと考える男だったようだ・・・が、それでYMCA予備校の評判は上がったかというと、そうでもなく、むしろ、思いもよらない所から 「YMCAの高槻の主事というのは、なんか、嫌なヤツらしいな~あ」という話が出てきた。
   藤井が言うには、「京大でも、法学部や経済学部なら文学的素養のない人間でも通るのだけれども、文学部は文学的素養のない人間は、模擬試験ではいい成績を取っていても本番の試験では落ちるんだ。前に、京大の文学部に行くと言って2浪した女性がいたんですけれども、文学的素養がないものだから、模擬試験では京大の文学部に通る成績をいつも取っていたけれども合格できずに、結局、宮崎医大に行きましたけれども、文学的素養の無い者は京大の文学部は落ちるようにできてるんだ」と何人もの前で、何度も言うのでした。それだけではなく、私に1対1でも言うので、それで、私は言ったのです。もしも、文学的素養のない人は京大の文学部の試験には通らないから落ちたということなら、その人は模擬試験でも京大の文学部に合格できるような成績は取れなかったのと違うのですか。もし、模擬試験では京大の文学部に通るという成績を取れていたということならば、本番の試験で落ちたとしても、文学的素養がどうという問題とは違うのではありませんかと言ったのです。そうでしょ。違いますか。そうすると、藤井は「いや、京大でも法学部や経済学部なら文学的素養がない人間でも通るけれども、文学部は文学的素養のない人間はYMCAの模擬試験でいい成績を取っていても本番の試験では通らんのだ」と言うのです。私は「もしも、YMCAの模擬試験ではいい成績をとっても、京大の文学部の本番の試験には通らないということなら、それなら、YMCAの模擬試験は京大の文学部の試験とは相関関係が大きくない、ということと違うのですか」と言ったのです。そうなりますでしょ。すると、藤井は「そんなことはない。YMCAの模擬試験はすべての大学のすべての学部に相関関係がある」と言うのです。それで、私はもし、YMCA予備校の模擬試験が京大の文学部の試験と相関関係が強くて、京大の文学部の試験には文学的素養の無い人は通らないのなら、文学的素養の無い人はYMCA予備校の模擬試験でもいい成績は取れないのと違うのですか。それをYMCA予備校の模擬試験ではいい成績を取れたということなら、それは文学的素養がどうということとは違うのではありませんか」と言ったのだ。私は当たり前のことを言っただけのはずです。ところが、藤井はそれが面白くなかったようで、「いや、そんなことはない。YMCAの模擬試験はどこの大学学部でも相関関係が大きい試験だ。文学的素養がないから京大の文学部は落ちたんだ」と言いはってきかないだけでなく、「きみも文学的素養がないから、きみも京大の文学部は受けたら絶対に落ちる。だから、きみは京大の文学部は受けたらいかん。それから、きみのような上司に逆らう人間は会社員としてはやっていかないから、きみは経済学部も絶対に受けてはいかん」などと言ったのです。 まず、第一に、この男、いったいいつから私の「上司」になったのでしょうね。YMCA予備校の事務職員(「主事」)というのはカネをもらっている側の人間であって受講生の方がカネを払っている側であり、なんで、カネをもらっている側の人間が勝手に「上司」になるのでしょうね。おかしいと思いませんか!?!
  「受験の国語 学燈」の「作文」で佳作に選んでもらっていて本当に良かったと思いました。「学燈」の選者は佳作に評価してくれたのです。それで、少々自信があったところがありました。そうでなければ、「きみも文学的素養がないから文学部は受けてはいかん」とか言われたら、ショックを受けたかもしれませんが、私は「何を言うか」と思ったのでした。ともかく、この藤井という男は、自分が気に入らない人間には、「文学的素養がない」だの「人間性に問題がある」だのと言うのです。しかし、私は、特別のことを言ったのではないのです。 「京大の文学部の試験は試験の技術だけではなく文学的素養がある人間でないと通らない試験だから、文学的素養がない人間はYMCA予備校の模擬試験ではいい成績を取れても、京大の本番の試験ではいい成績は取れない」ということなら、その模擬試験は京大の本番の試験との相関関係はそれほど大きくない、ということと違うのですか。 又、京大の場合、法学部・経済学部・教育学部と文学部は試験科目も配点も問題もまったく同じであり、「法学部や経済学部なら通るが文学部は通らない」ということは考えにくいのです。 そして、京都大学の数学科の教授の森毅は『元気がでる教育の話』(中公新書)で、「文学部なのに数学がものすごくできるという受験生が時々いるが、文学部で数学ができてもしかたがないだろうと言う人もいるけれども、文学部なんて所は、もともと、多少、変わったやつの方が向いている所だから、文学部なのに数学ができるなんてやつは大いに合格にするべきだという考え方もある」と述べており、そして、過去に1科目0点で、それ以外の科目が良くて合格になった受験生もいたというのです。だから、もし、「文学的素養がない」という人が国語の成績が悪かったとしても、それ以外の科目の成績が良ければ、京大は合格できる可能性はあるはずなのです。 北野高校の同じ学年で京大の文学部に合格した人というのも、何人かいたのですが、それらの人が誰もが「文学的素養」があったかというと違うと思います。そもそも、「文学的素養」ていったい何なんだ? それから、慶應の商学部は「商学部」という名称だけれども、商業学だけやっている学部ではなく、経済学もやれば経営学も会計学もやっている学部で、全体の名称を何にするかという時に、経営学部か会計学部か商学部か産業学部かと議論してもまとまらず、結局、商学部としたらしいけれども、商業学だけやっている学部ではないのと同じく、京大の文学部は名称は「文学部」ですが、文学科ばかりではないのです。英文科・仏文科・独文科・国文科もあるでしょうけれども、まとめて全体の名称を「文学部」と言っていても、文学ではないものを扱っている学科もあるわけです。「あんたなんか、文学的素養がないから文学部なんてやめた方がいいでえ」なんて言っても、あるいは言われても、「大きなお世話」てところでしょう。文学部でも「◇◇文学科」でない学科に行こうという人もいるはずで、文学科以外の学科に行きたいと思っている人が「文学的素養がない」人であっても、ありうる話でしょう。そもそも、「文学的素養」があるかないか、なぜ、藤井が決めるのか? 藤井こそ「文学的素養がない」のと違うのか? 私は別に「逆らった」つもりはないのです。それは違うと思ったから、思ったことを言えば、きっちりと説明してもらえるだろうと思って言っただけなのです。ところが、それを言っただけで、「きみも文学的素養がないから文学部は受けてはいかん」などと藤井は言い出したのです。
  さらに、「きみみたいに、上司に逆らう人間は会社員としては絶対にやっていけないから、きみは経済学部は絶対に受けてはいかん」とも言ったのですが、藤井はいつから私の「上司」になったのでしょうか? YMCA予備校と受講生ではカネを払っている側は受講生の方であって、藤井はカネをもらっている側のはずなのです。カネをもらっている側の人間が、なんで、「上司」なのか? 藤井はいったい何様なのか?・・・こう思う人間は私以外にもいたようです。そのうち、藤井はクラスの全員に向かって言い出したのです。「ぼくらは、あくまでも、きみらの親からカネを払ってもらっているのであって、きみらからは1円としてカネもらってないんやからなあ。だから、ぼくらはきみらの親のために働く筋合いはあるけれども、きみらのために働く筋合いはまったくないんやからなあ」と。 何言ってやがる。 私が親ならば、たとえ、カネを出したのは親であったとしても、親は息子なり娘なりのために役立ってもらおうと思ってカネを出しているのであって、「きみらのために働く筋合いはまったくないんやからなあ」などと認識している人間にカネはらった覚えはないのである。但し、そう考える親は息子に「あんなアホ、相手にすんな」と教えたと思いますが、我が家の場合は、「ぼくはあくまできみらの親からカネもらってるのであって、きみらからは1円もカネもらってないんやから、だから、ぼくはきみらのために働く筋合いはまったくないんやからな」と藤井が言ったと言うと、「ええ~えこと言いはる♪ そうや、その通りや。ええこと言いはる♪」と言ってうちに父親は喜んだのです。そういう男が父親の息子は藤井のような男のエジキになることになったのです。
  2浪しても京大文学部に通らなくて、二期校だった宮崎医大に通って行ったという女性とは会ったこともないので、どういう人かわかりませんが、藤井は自分が気に入らない人間だと、ともかく、「文学的素養がない」だの「人間性に問題がある」だの「上司に逆らう者」と「診断」して「会社員としてはやっていけないから絶対に経済学部は受けたらいかん」とか「診断」するのです。そういう人間の方こそ、「人間性に問題がある」のではないのか? 
  大学入試は、「人間性に問題がある」人間は通らないのか? 違うと思いますよ。 大学入試は「人間性が優れている人間」が通るわけでもなければ、「根性がえげつない人間」が通るのでもない。どういう人間が通るのかというと、本番の試験で合格最低点よりも1点でも高い点数を取った人間が通るのです。それだけです。通った人間というのは、人間性がいいのでも悪いのでもないのです。受験生にそういう変なことを吹き込むのは、予備校職員として問題があります。
  受験における姿勢としてあえて言うならば、「自然体」がいいのではないかと思います。結局、2浪しても東大の試験に落ちてしまいましたが、2浪目の時、東大の駒場キャンパスで受けた試験会場では、5人かけの机で両端と中央の3席で受けるようになっていて、私は真ん中の席だったのですが、休憩の時に、トイレにでも行こうとすると、真ん中の席の者は右か左の者に立ってもらわないと通れないのでしたが、東大の場合、受験票には受験番号と氏名の他、出身高校の名前が書かれていたのですが、右側の男は大阪府の豊中高校と書かれていて、そいつは合格しました。豊中高校卒のやつが通って、北野高校卒の自分が落ちたというのは情けなかったけれども、まあ、しかたがない。左側の男は、東京のどこだったか国立大学の付属の高校でしたが、落ちました。自分も落ちたのですからひとが落ちたとしても、それを何だの言うつもりはありませんが、休憩時間の時、通してもらおうとすると、右側の男は普通に通してくれたのですが、左側の男は、通してくれないことはなかったけれども、なんか、いちいち、機嫌が悪かったのです。何かといらついているような感じでした。そんなことで機嫌が悪いというのは、それは、それだけで合否が決まるわけではないけれども、あえて言えば、それは「落ちる方の要素」だったのではないかと思います。あまり、人のことをえらそうに言わない方がいいと思いますし、自分だって落ちたのですからえらそうに言おうとしても言える立場ではないのですが、合格発表を見てみると、そんなことでいちいち機嫌が悪いというのは、「落ちる方の要素」が彼はあったのかな・・とも思えました。だから、「人間性を磨けば通る」のかというとそういうものでもなく、「えげつない根性の人間が通る」のかというとそうでもなく、結論としては「合格最低点を上回る点数を取った者が通る」のですが、私は「自然体」がいいと思います。禅の言葉で「平常心 是れ、道(へいじょうしん、これ、どう)」というものがあったと思いますが、それだけで合否が決まるわけでもありませんが、あえて言えば、それ。「自然体」「平常心 是 道(へいじょうしん これ どう)」がいいと思います。
   その2浪しても京大文学部に通らず、二期校の宮崎医大に通って行ったという女性ですが、宮崎医大と京大では試験科目が違いますから、もしかすると、2浪目は、医大に行く方に重心を置いて考えていたのかもしれません。又、「模擬試験ではいい成績だったのに本番の試験では落ちた」なんてことは、YMCA予備校の藤井は「文学的素養がないから」とか「人間性が悪いから落ちたんだ」とかそういうことを言うのですが、そんなことではなく、「模擬試験ではいい成績だったのに本番の試験では落ちた」なんてことは、それは「あること」だと思います。河合塾の東大オープンは、追跡調査をおこなっていて、昨年、この東大オープンを受けた人は何人、そのうち、「A」判定が何人、「B」判定が何人、「C」判定が何人、「D」判定が何人でした、そのうち、実際に受けた人は何人で、「A」判定の人で実際に受けた人で合格した人は何人、それをパーセントで表示すると何パーセント、「B」判定の人で実際に受けた人で合格した人は何人、それをパーセントで表示すると何パーセント、「C]判定の人では・・・、「D]判定の人では・・・と書きだしていたのです。「A」判定の人で実際に受けた人と、「D」判定を受けた人で実際に受けた人では、「A」判定の人の方がパーセントで表示した合格率は高かったけれども、「A」判定の人でも落ちた人は何人かあったし、「D]判定を受けた人でも受けて通った人は何人かあったのです。河合塾の東大オープンは東大の問題に対しての模擬試験、「模擬試験型模擬試験」ですから、そうではない「総合模試」といったような模擬試験、「学力テスト型模擬試験」よりも相関関係は大きい模擬試験と思われますが、それでも、「A」判定の人は誰もが通るわけではなく、「D」判定の人は誰もが落ちたわけでもないのです。「模擬試験でいい成績をとっていたが本番の試験では落ちた」なんてことは、それは「あること」であって、「文学的素養がないから」とか「人間性に問題があるから」とか藤井は悪口雑言を浴びせることでYMCAの模擬試験の価値を守ろうとしたようですが、むしろ、そういうことはしない方がいいと思います。YMCA予備校の模擬試験は、特定の大学の問題に対しての模擬試験、「模擬試験型模擬試験」ではなく、特定の大学の問題を想定しない模擬試験、「学力テスト型模擬試験」ですから、「模擬試験型模擬試験」の模擬試験よりも、「模擬試験ではいい成績をとっていたが本番では落ちた」という人の割合が大きかったとしても「あること」です。むしろ、たとえ、藤井の好きな人間でなかったとしても、YMCA予備校にお金をはらって来てくれていた受講生であり、受講生が支払ったカネから藤井は給料をもらって生活していたのですから、自分に給料をもたらせてくれるお客さんに対して、「文学的素養がないから落ちたんだ」だの「人間性に問題があるから落ちたんだ」だのといった悪口雑言罵詈讒謗中傷を浴びせまくるというその態度は、どう考えても「人間性」が優れているようには思えません。

  私がYMCA予備校の「主事」の藤井から「文学的素養がないから文学部は受けてはいかん」だの「人間性に問題があるから文学部は通らん」だの「上司に逆らう人間は会社員としてはやっていけないから経済学部は絶対に受けてはいかん」だの何だのかんだのと言われた理由はほかにもあります。
  YMCA予備校の「主事」の藤井は、「和歌山県立医大は和歌山県の高校の出身者でなければ通らないから受けてはいかん」と言ったのです。そして、「奈良県立医大はそんなことないから受けてもいいけれども」と言ったのです。それで、私は「そうですか?」と言ったのですが、これも気に入らなかったようで、「人間性に問題がある」「文学的素養がない」から文学部は受けてはいかん、「上司に逆らう人間」だから経済学部は受けてはいかん・・と「判定」を出され、「診断」されることになったようです。藤井が「和歌山県立医大は和歌山県の高校の出身者でなければ通らないから受けてはいかん」と言ったのに対して、なぜ、私が「そうですかあ?」と疑問を呈したのかというと、今もそうかどうか知りませんが、私がいた頃の北野高校では「高校の模擬試験」というのを3年で3回やり、その模擬試験でこの成績をとっていた人がどこの大学のどの学部を受けて、「◎」(合格して行った)、「〇」(合格したが行かなかった)、「×」(落ちた)という記号で表記されていたのですが、和歌山県立ではなく大阪府立の北野高校から和歌山県立医大を受けて通った人が何人かあったのです。だから、藤井が言う「大阪府の高校の出身者は和歌山県立医大は受けても絶対に通らない」というのは事実に反したのです。もしかすると、「絶対に通らない」というのは誇張で、「和歌山県出身者の方がいくらか通りやすいということがあるかもしれない」とでもいうのなら、可能性としてあっても、「和歌山県の高校出身でない者は絶対に通らないから受けてはいかん」とまで言われると、え? となるのです。それで、「そうですか?」と言ったのですが、それも藤井は気に入らないようで、「きみは人間性に問題があるから、文学部は受けても落ちるから受けたらいかん」だの「きみは文学的素養がないから文学部は受けたらいかん」だの「きみのような上司に逆らう者は会社員としてやっていけないから、経済学部は絶対に受けてはいかん」だのと、よくもそこまで言ったものだと思うような悪口雑言罵詈讒謗を浴びせまくったのです。
   和歌山県立医大は、和歌山県以外の高校の出身者は通らないのかというと、そんなことはないはずです。大阪府立の北野高校から受けて通った人が何人かいたのですから。 この話を、翌年、駿台予備校の人に話したところ、駿台予備校は模擬試験を受けたことがあるというだけで、予備校生として行ったのではなかったのですが、何十万も払って受講生として行ったYMCA予備校よりもよっぽど親切でしたが、駿台予備校の人が言ったのには、他県の高校からの受験生がその県の高校の出身者に比べて不利なのは和歌山県立医大ではなく奈良県立医大で、奈良県立医大は、奈良県の高校出身者と奈良県以外の高校の出身者では奈良県以外の高校の出身者の方が倍ほど受けているにもかかわらず、合格者は奈良県の高校の出身者の方が奈良県以外の高校の出身者の倍ほどの数字になっており、どう考えても、奈良県の高校の出身者と他県の高校の出身者で合格最低点に差をつけているとしか思えない、ということでした。だから、奈良県立医大は奈良県以外の府県の出身者は受けると不利だと思うという話で、和歌山県立医大はそういうことはないようだ、という話でした。おそらく、YMCA予備校の藤井は奈良県立医大と和歌山県立医大を逆に覚えていて「和歌山県立医大は和歌山県の高校の出身者でなければ通らないから受けてはいかん」と言ったことに対して、北野高校の模擬試験の資料で和歌山県の高校ではなく大阪府の高校である北野高校の出身者で過去に何人も和歌山県立医大に通った人があったことから、「そうですか?」と私が疑問に思って尋ねたのを不愉快に思って、それでまた、「きみはそうやって上司に逆らう人間だから、きみは会社員としては絶対にやっていけないから、きみは経済学部は絶対に受けてはいかん」と言い、「きみは文学的素養がない」「きみは人間性に問題があるから文学部は受けても絶対に落ちる」と「診断」し「判定」を出したのでした。「人間性に問題がある」のはどちらでしょうかえ・・・。

  YMCA予備校の藤井がいいかげんなことを言うというのはそれは毎日のことでした。「ガイダンス」として何十人もを前にしてマイクに向かって言うこともまた、「いいかげんなこと」が多かった、というよりも、この男は「いいかげんなこと」「適切でないこと」と適切なこととでは、「いいかげんなこと」「適切でないこと」を言うことの方が圧倒的に多かった、まともなことを言うことはほとんどなかったのです。
  たとえば、「きみら、地方の大学を受けたら易しいと思っているかもしれんけども、地方の大学というのは地方の優秀な人間が受けるんだから、地方の大学は決して易しくないんだからなあ」と発言。さらに、「むしろ、地方の人間はきみらみたいな都会の人間と違って根性があるんだから、数学でも、たとえ泥臭い解き方でも根性で解くんやからなあ」などと言うのです。暇でもないのに、なんでこんなアホの話を「ガイダンス」だなどと言われて聞かされなければならないのか、と思いました。
  普通に考えてもおかしいでしょ。「サンデー毎日」では、旧帝大系国立大学(北海道大・東北大・東大・名古屋大・京大・阪大・九州大)7つと一橋大・東京工大・神戸大の3つで「十大国立大学」などと書いていましたが、その指定のしかたが最適かどうかはさておき、また、旧帝大系国立大学といっても、北海道大と東北大の2つは、東大・京大・阪大の仲間というよりも、青森大・秋田大・岩手大・福島大・山形大の仲間みたいな性格があると思いますが、東大・一橋大・東京工大・名古屋大・京大・阪大・神戸大・九州大と地方国立大学とでは、そりぁ、なんだかんだ言っても入試の難易度としては地方国立大学の方が易しいのは確かです。但し、無茶苦茶易しいと思ってなめてかかると落ちることだってないわけではありませんが、東大・京大と地方国立大学なら地方国立大学の方が易しいのは当たり前です
  そして、「地方の国立大学は地方で優秀な人間が受けるんだから、ちっとも易しくないんだからなあ」というのは、2つの理由で間違い。まず、「地方」の学校で成績が良くても、東京圏・関西圏の学校の人間と比較すると、あまりいいと言えないケースがあります。現実に「地方」は都市圏に比べて学力水準は低いというのは事実です。「地方の進学校」というのは、東京圏・関西圏の進学校と比べると、進学校てものではない場合があります。まず、「地方の人間」で自分ちに田んぼがある家の息子というのは、田んぼを放置するわけにはいきませんから、最近は兼業農家が多いとはいえ、田んぼは田植えと稲刈りの時期以外は兼業でもできるとはいえ、その場所に住んでいないといけませんから、息子の尻たたいて東大でも行かせて、東大を卒業する時になって、「うち、田んぼあるから百姓つげ」なんて言ってやったらかわいそうでしょ。(うちの父親はそれと似たようなことを言いましたけどね。)だから、「地方」でも進学熱はないわけではないけれども、東京圏・関西圏などに比べると進学熱は緩やかなのです。藤井は予備校職員なのにその程度のこともわかっていない、というのは、これは予備校職員として職務怠慢と言わざるをえません。
  そして、もうひとつ、「地方の優秀な人間」は地方国立大学を受けるのかというと、「地方」の人間でも本当に成績が優秀な人間というのは、東大とか京大とかを受けるのですよ。大阪府北部のビジネスホテルに2月から3月頃に泊まると、「地方」の出身の人で阪大の受験生で宿泊している人を見かけます。慶應大学の商学部でも、愛媛県出身で大阪大学を受けたけれども落ちて、慶應大は通ったので慶應に入学したという男がいました。私は福島県いわき市に5年間住みましたが、磐城高校からも東大に何人か通っています。 「地方の人間」で本当に「優秀な人間」というのは東大とか京大とか阪大とかを受けるのです。「地方の人間」で東大とか京大とか阪大とかに合格しそうな人間が東大とか京大とか阪大とかを受けずに地方国立大学を受けるのではないのです。だから、「地方の国立大学」は東大とか京大とか阪大とかに比べるといくらか易しいのです。但し、相当易しいだろうとなめてかかると落ちることだってありえますが、東大とか京大とか阪大とかよりも易しいのは間違いないのです。バカ言ってんじゃないわ♪ てものです。
  さらに。YMCA予備校の藤井は「地方の人間はきみらとは違って根性があるんだからなあ」と言うのですが、なんで、「地方の人間」は「根性がある」のですか? なんで? ・・・よく、体育会の人は「体育会の人間は学力はないが根性がある」などと言いますが、その場合の「根性」て何ですか?  慶應大学の「体育理論」という必修科目で、体育会の教授が「体育会の人間は学力はないが根性がある。今年、体育会陸上部に入ったなんとかくんにしても、入ったばっかりの時はトラック一周走るだけでもひいひい言っていたのだけれども、それが、半年も体育会で練習していると、今では4周でも5周でも平気で走るようになった。これは『根性がついた』、ということだ」なんておっしゃったわけです。私は言いたかった。「せ~んせえ~え。それって、『根性がついた』のではなく『体力がついた』のと違うのですかあ~あ?」と。逆らうとうるさそうだったので言わなかったが、言いたかった。それは「根性がついた」のではなく「体力がついた」のだと思う。
  私なども、高校時代、夜、数学を2時間、学習すると、腕立て伏せとか腹筋運動とかを何回かやって、それから英語の勉強を2時間やるとかやったことがありましたが、そういうのはやっていいと思います。それ以上、毎日何キロ走るとかいうのは、それは「やりたきゃやれば」というものであって、やりたければやっていいと思うけれども、毎日何キロ走ったとか腕立伏せを何十回とやったから試験でいい成績を取れるとかそういうものとは違うはずなのです。 それで、「地方」に住んでいたならば、なぜ、「根性」がつくのか? 何か理由ありますか?
  「地方」というと、農家の息子というイメージがあるかもしれませんが、今では、農家でも兼業農家が多くて、農業以外にも何か仕事を持っている人が多いのです。それでも、「農家の息子」は、子供の頃から農作業を手伝ってきたのではないか、それこそ、田植えの時期なんてのは「猫の手も借りたいくらい」忙しいようですから、子供でも何なとできることをやったのではないかと思います。そこで学ぶものもあるでしょう。しかし、それで、「根性がつく」のですか?  バカ言ってんじゃないわ♪
  「数学の問題でも根性で解く」なんて、そんな器用なことができるのなら、教えてほしいわ。アホか!
  私は、1990年代、住宅建築業の会社で福島県に5年勤務しました。兼業農家の方ともつきあいました。中学生の息子が、けっこう役に立つなんて、入居者の方から聞きました。私が最初に会った時はまだ小さかった息子が、中学生になると、トラクターも運転して相当役に立つそうです。トラクターなんて運転していいのか・・というと、道路上はまずいようですが、農家は自分ところの敷地が広いですから、自分の所の敷地内で運転する分には問題ないようです。しかし、トラクターを運転できるようになったら、トラクターを運転できない人間よりも「根性がある」ことになりますか? 「ち~が~う~だ~ろ!」。 それから、都市圏の人間は農作業やったことないとYMCA予備校の藤井は決めつけていたのですが、そうでもないのです。私は小学校の4年の時に、大阪市内から大阪府でも北摂地区に引越したのですが、引っ越し後の方が敷地は広かったので、庭でトマトとかキュウリとかナスとか貝割菜とか作っていたのです。小学校高学年の時は、土日は常に「農作業」でした。今から考えると、うちは農家でもないのに、なんで、あそこまで、小学校の同級生が遊びに行っている時に農作業やらなきゃならなかったのかと思いますが、ともかく、土日はいつも農作業やってました。 植木はそれぞれの木によって剪定するのがふさわしい月が違うようで、植木のことだけを考えると、年に1回ではなく、何回か剪定した方がいいようですが、一般の家は、植木屋に何度も来てもらうことはなかなかできないので、年に1回にしているという所が少なくないのではないかと思います。「あそこの家、植木屋が年に2回も入っている」という言い方で、金持ちなんだあ~あ・・と言う言い方がありますが、それは、年に2回、剪定に入ってもらうことができれば、植木のためにはその方がいいのだけれども、実際はなかなかそうはいかないのを年に2回入っているということは、2回入ってもらえるだけの経済的余裕があるんだあ~あ・・という意味のようです。我が家は年に1回しか来てもらいませんでしたが、それでも、たいていの木はそれほど伸びすぎということはありませんでした。父はそれは自分がかいしょがあるからだと思っていたようですが、そういう問題ではありません。小学校から高校まで、私が植木の剪定をやっていたのです。又、我が家の門扉は私が小学校4年の時に新築して以来、特に錆びることもなく無事に使用してきましたが、近所の家では錆びて使えなくなった家もありました。父は、自分がえらいからきっちりした家を建てたからだと思っていたようで、「この家は、すべてわしのおかげでできたものであって、あんたがこの家のために何かやったことは何一つとしてないんやからなあ」と言いまくってきましたが、我が家の門扉は隣家の門扉と違って錆びないというのは、それは、私が定期的にペンキ塗装をやってきたからで、隣家の息子はやらなかったからです。「おまえがこの家のためにやったことは、何一つとしてないんやからなあ。何ひと~つ! 何ひと~つ! 何ひと~つ!」と父は言いまくるのでしたが、そんなこと言われるのならやらなきゃよかった。失敗した。そんなもので、我が家は「兼業農家」ということではなかったけれども、それでも、「農作業」はやってきたのです。「農作業」もやれば、植木の剪定もやったし、門扉のペンキ塗装もやったし、けっこういろいろやってきました。もしも、「農作業」やれば「根性がある」ようになるのなら、私なんかも相当「根性がついた」のではないかと思うのですが、「根性」がつけば、数学の勉強しなくても数学の問題が解けるのならけっこうな話ですが、農作業やっても植木の剪定しても門扉にペンキ塗装やっても、それで数学の問題が解けるということはありません。 腕立て伏せを何百回とやったら、数学の学習をしなくても数学の問題を解けるようになりますか? 野球のバットの素振りを何千回とやったら、数学の学習をしなくても、「根性で」数学の問題を解けるようになりますか? なるわけないだろうが。アホか!!!
   「農家の息子」は「サラリーマンの息子」よりも「根性がある」から成績はいいのか? そんなわけありませんでしょ。「地方」でも、「農家の息子」と都会から転勤か何かで行った人間の息子とかだと、都会採用のサラリーマンの息子の方が学校の成績はいい場合が多いはずです。私が卒業した北摂地区の中学校は、長く、東隣の学区の中学校よりも学力水準は上だったのですが、それは、私がいた中学校の方が会社員の息子が多く、東隣りの学区の中学校は地元の人が多くて「家業がある人」の息子・娘が多かった。やはり、「家業がある人」の息子・娘と「家業がない家」の息子・娘なら、「家業がない家」の方が進学熱は高く、学校の成績はいい場合が多い。「地方」で田んぼがある家の息子というのは、田んぼをなんとかしなきゃいかんのですから、東大とか行くわけにはいかないのですよ。息子の尻たたいて、東大とか行かせて、東大を卒業する時になって、「うち、田んぼあるから百姓つげ」なんて言ったらかわいそうでしょうが。なんで、「地方の人間は根性があるから、根性で数学の問題を解く」んだよ。アホちゃうか!!!
   「泥臭い解き方」と、その逆というと「スマートな解き方」か、「エレガントな解き方」か。「スマートな解き方」とか「エレガントな解き方」て何なんだ。 高校3年の12月に代々木ゼミナールの東大模試を受けた時に、答案が返送されてきた時に、二次の「数学」の問題の解答を見て、代ゼミの解答は、それまで、北野高校の数学の授業や『傾向と対策 数学1』『同 数学2B』などで見てきたものと、解き方が違うように感じて、東大の二次試験はこういう書き方をしないといけないものなのだろうか・・・などと悩んだことがあったのですが、YMCA予備校京大東大文系クラスは予備校ならば、特に京大東大文系クラスならばそのあたりを説明するべきでしたが、そういった説明はありませんでしたし、期待しても無理でした。
  市販されている数学の問題集の解答を見ても、出版社によって少しずつ表現のしかたが違ったりしたのですが、基本的には、その問いに対して答えることができておれば正解のはずです。 しかし、「大学への数学」(東京出版)の解答は、『傾向と対策 数学1』『傾向と対策 数学2B』(旺文社)よりも、なんか、あか抜けているような気がしたのです。私は、高校3年の時、「大学への数学」を購読して、「日々の数学」というのを毎日やりましたが、それで、「大学への数学」の表現法はある程度以上、身につけたはずでした。しかし、代ゼミの東大模試の解答を見ると、なんだか、それまで自分が習得してきた書き方と少々違うように思えて、東大の二次試験はこういう表現をしないといけないのだろうか・・などと考えたものでしたが、そうではなく、数学の問題であれば、ともかく、その問いに対して答えることができておれば、表現のしかたはそれほど問われないのではないかと思います。
  柴田孝之『東京大学機械的合格法』(実業之日本社)では、《「大学への数学」に掲載されているような「エレガントな解き方」をしなくても、「泥臭いと解き方」であっても、数学は解ければいい》と出ていて、これのことか・・と思ったのです。柴田は私よりも一回りくらい年下ですが、言われてみると、「大学への数学」の解答に出ていたものは、「エレガントな解き方」という表現が最適かどうかはともかく、そんな感じがしました。それはいいとは思いますが、基本は「解ければいい」のであり、「問いに対して、きっちりと答えることができておればいい」はずですから、何が何でもその「エレガントな解き方」でなければいけないということはない、ということでしょう。
  そして、何より、「エレガントな解き方」か「泥臭い解き方」かは、住んでいる場所が都市圏か「地方」かとは関係ないはずなのです。「地方」の住人でも「エレガントな解き方」を習得した人は「エレガントな解き方」をするでしょう。「地方」の人間は誰もが「泥臭い」と決まっていません。都市圏の住人でも「エレガントな解き方」を習得していない人は「泥臭い解き方」で表現するのではないかと思います。これは、都市圏の住人か「地方」の住人かとは関係ないことです。まったくつくづく、YMCA予備校の藤井という男は、次から次へといいかげんなことばかり言って、受験生の頭を混乱させてやろうと画策して、つくづくけしからん野郎だ。そういう男のことを「敬虔なクリスチャン」とキリスト教会は認定するらしい。
  むしろ、地方国立大学というのはその「地方」とのつながりが大きい大学が多いので、地元の人には良くても、その地方に縁のない者には合わない場合があります。入試の合否レベルが高いか低いかよりも、「地方の大学」に都市圏の人間が行ったとして、入学後、やっていく気持ちになれるかどうか、という問題があり、むしろ、そちらを考えるようにした方がいいと思います。予備校の職員は、良心的な人間ならば、そのあたりを話してあげるべきです・・・が、そういう能力がないのがYMCA予備校の事務職員(「主事」)でした。

   「どうでもいいこと」では、YMCA予備校の「主事」の藤井は、YMCA予備校に来る時には、サンダル履きではなく靴を履いて来るようにしてくださいという理由として、「前に、階段の所で、サンダルの後ろを踏まれて大怪我をした人がありましたから」という「理由」をでっちあげたのですが、いちいちそういうことを言わないとおれない男でした。私は、予備校とはいえ、学校である以上は、サンダル履きで行くものではなく、靴を履いて行くべきだと思っていましたが、「階段の所で、サンダルの後ろを踏まれて大怪我をした人がありましたから」などという「理由」を創作するというのは感心しません。 実は、高校3年の夏休み、YMCA予備校豊中校に夏期講習に行ったのですが、その際には、やはり、「主事」というのは要するに事務職員を尊重してもらおうという意図のもとに命名した役職名のようですが、藤井とは別の男性が「サンダル履きですと、廊下を歩く際に、ぱっかぱっかと音がうるさいですから」という「理由」を言ったのです。何といいましょうか、今は昔、選挙の時に民社党の春日一幸が「理屈は後から貨車で来る」と言ったのが新聞に掲載されているのを見たことがありますが、YMCA予備校の「主事」というおっさん連中の言うことというのは、まさに「理屈は後から貨車で来る」て感じです。

   サンダル履きではなく靴を履いて来るようにしてもらいたいというのは、私は予備校とはいえ学校であるからにはサンダル履きで行くものではないと思っていましたから、靴を履いてきてもらいたいということ自体に反対するつもりはありません。しかし、賛成できかねるものもあります。YMCA予備校の藤井は、「夏休みでも遊びに行くのに水泳になんて行かないように。気分転換はパチンコとかそういうものにしてください」と言うのでしたが、パチンコしろとはよく言ったものです。高校くらいの時には、こういうことをすると「不良」なんてものがあったものの、それから何年か経って歳いってみると、なんで、そんなものが「不良」なんだろなんてものがあります。ビリヤードなんてのも「不良」のひとつと見られていたけれども、結局、棒で球を突っつくだけですから、歳いって考えてみると、なんで、「不良」なんだろなあとか思います。井上靖『北の海』には、旧制中学校の生徒で、学校の帰りに中華料理店に立ち寄ってラーメンを食うというのを、学校の規則違反だが、そうなると、逆に「ラーメン食っちゃるう」とやりたがる生徒がいて、そういうのを「ラーメン不良」と言うと登場する先生が言う場面があり、本人は不良ぶっているけれども、いったいどんな悪いことをやったのかというと、「ラーメン食っただけ」という、そういうのを「ラーメン不良」と言う話がありました。パチンコなんて、考えてみるとやっているおっさんはいっぱいあるわけです。コロナウイルスで「自粛」を求めているのに営業する店が店名を公表された、という記事がヤフーニュースに出ていましたが、「自粛」であるからには営業を控えるかどうかは自由のはずで、よっぽど反社会的なことをやったみたいに思う人、というのか、アントニオ=猪木がそういう捉え方で発言していたのですが、それならば、「自粛」を求めるのではなく正式に禁止するべきでしょう。「自粛」なんてややこしい言い方するから、営業するかしないかは店の自由ということになるのです。違いますか。強制されて営業を停止したならそれは「自粛」と違うでしょ。・・・で、高校生にとってパチンコというのは「不良」の行為だったはずで、高校を卒業したばかりの者に、「気分転換は、水泳なんてものはしないで、パチンコとかにしてください」などというのはそれはおかしい。私などは、今でも、夏場、プールに水泳に行きます。「文武両道の北野高校」の体育のおかげで・・というのか、背泳で25メートルの往復、計50mを1分以内に帰ってこれなければ追試、1週間ごとに制限時間を10分ずつ伸ばす・・というやつのおかげで、高校2年の時には10月のなかばまでプールに入りましたから、今、8月の終わりとか9月の頭とかに行くと、プールはガラガラで、なんでこんなにすいてるの? と思うと、8月でも暑い日は人がいっぱい来るけれども、少々気温が低いと来る人はぐっと減るようでしたが、「8月にしては気温が低い」なんてのは10月なかばに比べると、それがどうした・・て感じで、むしろ、そのくらいだとすいてて快適♪ 私にしてもそうですが、7月8月くらいだと、たまにはプールにでも言って泳いでくるかあ~あ・・・というのは気分転換になるし体力維持にもつながると思いますが、パチンコなんてやったことないし(カネかかるし)、それにパチンコはけっこう疲れるはずです。気分転換にはならないと思いますそれを、YMCA予備校の藤井はなぜさせたがるのか? これも、「作文のテスト」と「適性テスト」と同類のものです。退廃的なものをさせたがっているのです。 スポーツでも、意識をして自ら体を動かすスポーツは有益ですが、「パンとサーカス」と言って、精神的に「ふわあ~っ」となってしまうようなものは、これは、なんとかぎりぎり食べて行ける「パン」とともに、ファッショ的政治権力としては、国民を支配する上において便利な道具なのです。藤井が進めるパチンコもまた、国民が自分たちのあり方を自ら考えるのを放棄して退廃的な娯楽で気分を紛らわせるものとしてのファッショ的勢力の推奨するものです。精神的に建設的な自律的スポーツや音楽などと違って、パチンコを日常的にやるようになると、その分だけ、精神面は堕落し、社会を変革しようという意識はなくなっていきます。藤井はそれをさせようとしたのでしょう。そして、もっと、年齢がいってパチンコを普段からやっているような人ならそれほど関係ないと思いますが、夏、プールに行って水泳でもやれば「気分転換」にもなるはずですが、高校生はパチンコ屋への出入りはできなかったはずで、高校を卒業したばかりの人間というのは、パチンコなどやったことがない人間が多いはずであり、「気分転換」はそれまでやったこともないようなパチンコなどやったのでは、むしろ、ペースを崩すことにつながります。藤井という男のファッショ的性格がそこにも出ています。

   YMCA予備校の藤井が嘘を言うのは毎日のことでしたが、共通一次試験が終わった後、藤井は「地方の公立高校では、共通一次試験の点数と大学合格可能性の判定をYMCAよりも高めの点数で出しているようなんだ」などと、また、嘘を言うのでした。もう、この男とかかわるのには疲れました。共通一次試験より前においては、公立高校でも予想はある程度できました。しかし、共通一次試験といったものが実施されると、今度は、河合塾・駿台・代ゼミのような全国規模の予備校か、もしくは、大阪北予備校のように関西限定でもある程度の規模でやっている予備校か、もしくは、福武書店とか旺文社とかそういう受験を扱う出版社とか、そういった「業者」が数値は出すのです。「地方の公立高校」はそんなものは出しません。そして、YMCA予備校はもったいつけて、自分の所の予備校生にだけ、「判定」を出していましたが、他の予備校や受験業者は、「無料判定」というのを受け付けていた所が何社かあり、私も、2社だったか3社だったか「判定」を出してもらいましたが、いずれも、YMCA予備校よりも低めの点数を合格圏と設定していたのです。藤井の言うことは嘘ばかりだった。予備校や受験業者で「無料判定」を出す所があるとともに、週刊誌で各大学ごとの「合格圏」「挽回可能圏」といったものを掲載した週刊誌もありました。それらは、週刊誌の出版元が出した数値ではなく、予備校や受験業者が出したものを掲載したものだったと思いますが、そういうものを見ることもできたのです。だから、YMCA予備校の藤井が言うことは嘘だとすぐにわかるのです。 ””「すぐばれる嘘」をつかないとおれないシンドローム””の「患者」がYMCA予備校の藤井でした。あの男は、なんで、「すぐばれる嘘」をつかないとおれないのか、というと、要するに、そういう性分だったのでしょう。そういう性分の人ていますね。それが生きていく上にプラスになるからではなく、それをやらないとおれない性分の人というのが。

  ↑ の下3つは、「こいつ、よくやるよなあ」とあきれて見ていたものの、私は、もう、口に出して言いませんでした。最初の、京都大文学部を受験したけれども、2浪しても落ちて宮崎医大に行った女性の話とか、次の和歌山県立医大の話とかは、その頃は、私も、YMCA予備校の「主事」やっている藤井などは、京大や東大に行った人間には見えなかったけれども、それでも、予備校の仕事をやってきた人ならば、そこから提供できる有益な情報も中にはあるかもしれないと期待していたし、普通に話をして、それは違うのではないかと思えば、「それは違うのではありませんか」と言えば、聞いた側も、内容を検討して、なるほど、それは違うと思えば再調査して、より正確なものが出てくるであろうと思って言ったのでしたが、こちらとしては、言えば再調査してより正確なものが出てくるであろうと思うからこそ言ったのに、それを「きみも文学的素養がないから文学部を受けたらまちがいなく落ちるから文学部は受けてはいかん」だの「きみは人間性に問題があるから文学部は受けても落ちる」だの「きみのような上司に逆らう人間は会社員としてはやっていけないから、きみは経済学部には絶対に行ってはいかん」だの何だのかんだの言われるようでは、こんなやつに言ってもしかたがない、と思うようになり、藤井には何も言わないようになったのです。
  母は「自分は京大や東大に行ってなくても、行く人を見てきたはずや」と私に言って藤井みたいな男を持ち上げようとしたのですが、実は私自身も、彼は京大や東大など行ったような人間ではないのはわかりましたが、それでも、最初は、予備校に勤務してきた者として、そこで知ったものがあるかもしれないと思っていたのです。ところが、「文学的素養がない者は模擬試験でいい成績をとっていても落ちるんだ」とか理屈の通らないことを言って過去の受講生を誹謗中傷するような発言を繰り返し、それだけではなく、私は別に彼を責めようとしたわけでもなく、自分自身が、前年、代ゼミの東大模試を受けた時に、自分自身が各科目の学力よりもその大学の問題に対する対策が不足していると実感したことと、その時、私が高校を卒業した年までは、東大は東大として一次試験・二次試験をおこなっていたのですが、代ゼミの東大模試では私は一次に関しては、文科一類で「A」だったか「合格確立80%以上」だったか、ともかく、一番上の判定で、その中でも上の方だったのですが、ところが、二次はかなりひどかったのです。本番の試験では、一次に合格した人が二次試験を受けますから、一次試験の受験者と二次試験の受験者は同じではありませんが、模擬試験の場合は一次の成績がどうであるかにかかわらず二次も受けますので、受験者層は同じです。科目は同じでも問題形式が違うことで受験者の中での順位も大きく変わったわけです。その自分自身の経験から、私は、模擬試験というのは、その大学の入試の問題に即したものを第一に考えるべきで、又、その模擬試験によって成績も変わり受験者内の順位も変わるもので、どこの大学にも相関性がある模擬試験というものはあまりないと認識して、そういう経験のもとに発言したのです。だから、まともな人間なら私が言ったことは理解できるはずであり、「たとえ、自分が東大や京大を受けたことがない人でも、東大や京大を受ける人を見てきた人だからわかるはず」であるのならわかるはずのことを藤井は理解しなかった、というよりも理解してなるものかという態度を取り、それのみならず、「きみも文学的素養がないから文学部は受けても落ちるから受けてはいかん」だの「きみも人間性に問題があるから文学部は受けても落ちる」だの、「そうやって上司に逆らう人間は会社ではやっていけないから、経済学部は絶対に受けてはいかん」だのと、藤井の方がカネを受け取っている側の人間であるにもかかわらず、勝手に「上司」になってしまって、そういう悪態をつきまくったのです。それで、私はYMCA予備校の事務職員(「主事」)の藤井という男は「話にならない」と判断したのです。決して、「いい大学」を出ていないからというそれだけでだめだと断定したのではないのです。
  父は「せ~んも~んくわあ~あ。専門家、せんもんか、センモンカ、専門家、専門家、専門家」と言い、私が「あんなやつ、専門家じゃないですよ」と言っても、それでも、「専門家やがな専門家。せ~んも~んくわわ~あ!!!」と言ってきかず、母は「あの人はクリスチャンだから絶対に悪い人ではない」などと言い、「あの人は、YMCAで主事をやっているくらいだから、クリスチャンはクリスチャンでも並のクリスチャンではない。『相当にえらいクリスチャン』のはずや」などと言って、私が「あんなクリスチャンないと思うがなあ」と言ってもきかなかったのです。YMCA予備校の藤井が許せないと思うのは、受講生が知らない間に親と連絡とっていたという点です。私などは、まがりなりにも進学校の出身で、すでに前年は東大を一度受けています。だから、予備校の職員が変なことを言うと、自分自身の経験から、「こいつ、変なことを言うな」とある程度以上わかったのですが、ところが、親でも東大や京大を卒業した親、もしくは、東大や京大に行こうとしたが行けずにそれより少し下くらいの国立大学に行ったか、もしくは、落ちて慶應大・早稲田大あたりに行ったというような親ならばわかったと思うのですが、私の親はそういう親とは逆の方の親でしたから、予備校の人間に嘘を言われてもいいかげんなことを言われても出鱈目を言われてもわからないのです。そうすると、親の方が組みしやすいと思うと、親の方を騙して、そして、「きみらは親に生活費を出してもらってるんだから」とか言って、自分の言いなりになった親の命令に従わせようとしたのです。中でもびっくりしたのは、私が母に「あの藤井という男は何もわかっていない人間で、いいかげんなことばかり言っている男だから、どうか、お願いだから、あの男の言うことはきかないで」と話したところ、なんとと驚いたことに、その翌日には藤井は私が母にそう話したということを知っていたのです。生徒より賢明でない親を抱き込んで、親を通じて支配しようとしたわけですが卑怯な男です。私が親ならば、「あのアホとはできるだけ関わらないようにしろ」と息子に言うところですが、私の親はそういう判断能力はない人間で、父親は私がどんなに言っても「専門家の言うこと、専門家の言うこと、専門家、専門家、専門家、専門家」と言ってきかず、母は「この子はもう。藤井さんはクリスチャンなんだから絶対にいい人に決まってます」と言ってきかなかったのです。その「クリスチャン」というのは、藤井の言葉によれば「洗礼うけて、日曜ごとに教会に行って礼拝にでて、献金はらっておけばそれでええこと」という「クリスチャン」であり、偽善者の勲章みたいなものだったのです。前日、母に話したものが、翌日には藤井に伝わっていたというのにはびっくりしました。生徒と親とでは親の方がたぶらかしやすいと思うと、そうやって親を抱き込もうとするのです。イエス=キリストはそんなことをしろとは言っていないはずで、『聖書』のどこを見ても、そのようなことをしろとは書いていないはずですが、なにしろ、藤井は「『聖書』なんてあんなもん、読むもんと違うんや。読んだらいかん、あんなもん」という思想の人間ですから、『聖書』の教えと正反対のものでも「クリスチャン」の教えになるのです。 ハウジングエージェンシーの講習に出たおかげでインテリアコーディネーターの二次試験とキッチンスペシャリストの製図試験に合格できましたし、ウィンスクールに通ったおかげで建築CAD検定の2級と3級に合格できました。けっこう高かったけれども、そのおかげで合格できましたから値打ちはあったと思います。それに対して、YMCA予備校は、予備校の中では高い方の予備校であったはずでしたが、「看板に偽りあり」の予備校で、嘘ばっかり言いまくる予備校であり、値打ちはなかったと思います。「アーメン、そーめん、ほっかいど~♪ アーメン、そーめん、ほっかいど~♪ あれだけ出すのにどれだけきついかきついかきついか~あ♪」て感じです。〔⇒《YouTube-ヤーレンソーラン北海道》https://www.youtube.com/watch?v=uVxPg9Q6rHU


  YMCA予備校の「主事」の藤井は「YMCA予備校の模擬試験は、どこの大学学部にでも絶対に相関関係がある」と言ってきかないのでしたが、そんなことはありえません。模擬試験には特定の大学の試験問題を模した「模擬試験型模擬試験」と特定の大学の問題を想定しない「学力テスト型模擬試験」があり、河合塾の東大オープン・京大オープン、駿台の東大模試・京大模試、代ゼミの東大模試などは特定の大学の試験を模した「模擬試験型模擬試験」でしたから、そういう模擬試験は「学力テスト型模擬試験」よりも相関関係は一般に大きい場合が多いのですが、はっきりと「◇◇大模試」という名称をつけていない模擬試験でも、想定している大学がある程度ある模擬試験の場合は、比較的相関関係が大きい大学というのがありました。今はどうなっているかわかりませんが、私が行った頃、1970年代後半の北野高校の模擬試験は、京都大学・大阪大学には相関性は相当大きかったと思いますが、東大にはそれほど相関性は大きくなかった。早稲田大にはさらに相関性は小さかった。十三(じゅうそう)駅の東側に大阪北予備校というのがあって、三大学判定模試というのを実施していましたが、三大学というのは京大・阪大・神戸大の3大学ですが、この3つの大学の入試問題は試験科目と配点と出題傾向が比較的似ていましたから、「◇◇大模試」「☆☆大オープン」という模擬試験に準ずるくらい相関関係はあったのではないかと思います。それに対して、YMCA予備校の模擬試験は、どこを想定したというものがありませんから、想定した大学がある模擬試験に比べると相関性は小さかったはずです。 それでも、相関性が比較的ある大学とそれほどない大学というのはあったでしょう。
   法隆寺など飛鳥建築の五重塔というのは地震に強いと言われるのですが、坂本功『木造建築を見直す』(岩波新書)では飛鳥建築はなかなかよくできていると思うけれども、ほめ過ぎと思えるところもあると言い、五重塔は地震に強いと言われるけれども、たとえば、大阪市天王寺区の四天王寺の五重塔は室戸台風で倒壊したのですが、室戸台風は相当に激しい台風であったということもありますが、「五重塔は地震に強い」と言われても、あくまでも、「行ったり来たり」の揺れである地震の揺れには強くても、一方向から継続的に力が加わる台風の力には強くなかったのではないか、と。又、五重塔は地震に強いといっても、それは地震に強い建物を作ろうとして考え出されたものなのか、それとも、作ったものがたまたま地震に強いものになっていたのか。後者ではないのか、と坂本功氏は言うのです。それで、五重塔の話が突然でてきて、それがどう関係あるのかというと、模擬試験でも、特定の大学を想定した模擬試験と想定していない模擬試験があって、特定の大学を想定していない模擬試験でも、結果として、相関関係が大きい大学とあまり相関関係のない大学というのができる、ということはあると思うのです。YMCA予備校は、大阪府に5校と神奈川県横浜市に2校あったのですが、「結果として」関西の大学にはいくらかは相関関係はあったかもしれないが、東大などには相関関係はあまりなかった、と考えられます。そのあたりを考える能力のある人が予備校職員という仕事にはつくべきですが、ところが、そういうことを考えてなるものか、という人間がYMCA予備校高槻校の京大東大文系クラスの「主事」になっていたのです。
  北野高校の卒業生で、同じ学年だった人間や少し下の学年だった人間でも、浪人してYMCA予備校に行ったという男で、「え、そんな大学にしか行けなかったの?」というような大学に行った人が何人かいます。そいつらは、結局、YMCA予備校に「してやられた」のだと思います。YMCA予備校は、「京大東大文系クラス」という名称をつけることで、学力のある浪人生を集めて、その上で、高校卒業時に受けた大学よりも下の大学を受けさせるようにすれば、通る可能性が大きい。それを「YMCA予備校から◇◇大学に合格!」と言えばYMCA予備校の評判が上がって予備校屋としての商売にプラスになる! と考えていたようですが、そのエジキとなって、そんな大学に行かされるために浪人したのと違うぞ、という大学に行かされてしまったヤツというのがいたようです。
  YMCA予備校の模擬試験は、「どこの大学にも相関関係が大きい」などということはありえません。まず、私は、高校3年の12月に代ゼミの東大模試を受けた時に、北野高校の模擬試験というのは、京大・阪大になら相関関係は大きいようだけれども、東大には相関関係はあまり大きくないようだと実感したのです。その時点で、東大受験においては、東大に通るには、それぞれの科目の学習についてよりも、東大の問題に対しての対策が不足していたと実感したのです。YMCA予備校の模擬試験が北野高校の模擬試験よりも東大の試験に相関関係があるとは思えなかった。相関関係があるという理由が何もないのです。だいたい、YMCA予備校は「京大東大文系クラス」という名前をつけたクラスを新設したから、それならばとそこに行ったのに、なんで、東大の文科の試験と対応しないような模擬試験ばっかりやっているのか!?!
  YMCA予備校の模擬試験が東大の試験と相関関係が大きいとは思えないのに、YMCA予備校の「主事」の藤井は、なぜ、「YMCA予備校の模擬試験はどこの大学のどの学部にも相関関係が大きい」と言いはるのか。それは、その間違った前提をもとに、YMCA予備校が「受験指導」をして、しかも、相当余裕をもって通りそうな大学を受けさせるように持っていったから、だから、「ええ? あんた、浪人したのに、そんな大学しか行けないのお?」というような大学に浪人して行ったやつが相当でたのです。なおかつ、京大の文学部に2浪して受けても通らなかったという女性のように、YMCA予備校の模擬試験というのがそれほど相関関係が大きい模擬試験でもないのに、「相関関係が大きい」という藤井が言うような間違った前提での「判定」をもとに受けて、その結果、落ちたという人が出たのです。相関関係が大きいにもかかわらず、YMCAの模擬試験で「OK」だという「判定」を受けた人間が落ちたとなると、「YMCAの模擬試験は相関関係は大きい」という前提は嘘だったのかということになってしまいますから、そうならないように、「人間性に問題があるから落ちたんだ」とか「文学的素養がないから落ちたんだ」とか悪口雑言罵詈讒謗を浴びせる・・・ということをした、ということでしょう。実際には、模擬試験というのは、もともと、模擬試験で相当いい成績をとっても本番の試験で落ちるということは、それは「あること」ですし、YMCAの模擬試験でなくても、「全国のどの大学のどの学部にでも絶対の相関関係がある」などというようなそんな模擬試験などというもんはありえません。YMCA予備校は、ありえないことをあると言い張るから、だから、そのありえない前提をもとに受けて落ちた人に対して「人間性が悪いから落ちたんだ」だの「文学的素養がないから落ちたんだ」だのと悪口雑言罵詈讒謗を浴びせるなどということをしないといけないことになってしまったのです。

  又、YMCA予備校の模擬試験は、「OK」「OK?」「OK??」「OK???」「×」という「判定」にしていたのですが、これもおかしい。OKであるとかないとか、予備校であったり模擬試験屋であったりに「判定」される筋合いはないのです。 駿台・河合塾・代ゼミや旺文社・福武書店などの模擬試験では、「A」「B」「C」「D」、もしくは、「A」「B」「C」「D」「E]という「判定」が多かったと思います。たまに、「合格可能性80%以上」とか「合格可能性60%」とかいう書き方をしたものがあったと思いますが、あれは良くないと思います。なぜなら、その「%」にあまり意味はないからです。 河合塾の東大オープンは、追跡調査をおこない、前年、「A」判定を受けた人が何人で、そのうち、実際に受けた人は何人で、通った人何人、落ちた人何人、それをパーセントで表示すると何パーセントになりました・・という書き方をしていましたが、それなら意味はあります。それに対して、追跡調査をしたわけでもなく、いいかげんに「80%以上」とか「60%」とか「40%」とか書くのは、あれは良くないと思います。 だいたい、「60%」と言われても、その成績だった人間は、もしも、その模擬試験が模擬試験ではなく本番の試験だったとすると、6割が合格で4割が不合格なのか? そうではないはずなのです。もしも、その模擬試験が模擬試験ではなく本番の試験だったとすると、合格最低点はどこなのか? 「A」「B」「C」「D」という「判定」だと、「A」なら良さそうですが「B」だと不安でしょ。しかし、「A」「B」「C」「D」という「判定」で、もしも、「B]と「C」の境目に合格最低点があるのなら、「B]なら、もしも、その模擬試験が模擬試験ではなく本番の試験ならば合格ということです。「B」と「C」の境目ではなく、「B」の下の方に合格最低点があって、「B」の下の方だと不合格かもしれない、「C」は不合格の可能性が大きいがもう少しで合格圏に入れるというところなのか? それなら、「A]を毎度取れればいいけれども、「B」でも、「B]だったり「C」だったりだと不安だけれども、毎回、「B」なら合格できる可能性が大きいということになりますね。そのあたりが実際にどうなのか、というのがわかりにくいのです。 ましてや、「OK」「OK?」「OK??」「OK???」「×」などと書かれたのでは、これは、もしも、その模擬試験が模擬試験ではなく本番の試験だとすると、合格最低点はどのラインにあるのか? さっぱりわかりませんでしょ。模擬試験を受けた人間にはそのあたりを教えないで、YMCA予備校が勝手に「OK」であるだのないだの言っているのです。おかしいでしょ。
  模擬試験の「判定」は、A、B,C、D でいいことだと思います。もともと、それ以上のものではないのですから。 それと、もうひとつ、知りたいのは、「もしも、その模擬試験が模擬試験ではなく本番の試験だとしたならば、合格最低点のラインはどのあたりなのか」という点です。 「学力テスト型模擬試験」では、「もしも、その模擬試験が模擬試験ではなく本番の試験なら」という前提での合格最低点を超える点数を取れたとしても、その「学力テスト型模擬試験」と実際に受ける大学の入学試験の問題との相関関係が大きくない場合には、合格才知定点のラインを超えていたとしても、だから、合格できるとは言えないのですが、1社のものではなく何社かの模擬試験を何度か受けて、常に合格最低点のラインを超えているようならば、合格できそう・・かな・・という見通しが立つ「場合もある」。 その合格最低点のラインというのが、高校の模擬試験ならば、「通った人5人、落ちた人5人」という点数が合格最低点のラインなのですが、業者の模擬試験の場合は、どこなのかわかりにくい場合がある。一般に、「B」の上の方なら合格最低点のラインを超えているはずなのですが、それが「OK」「OK?」「OK??」「OK???」「×」だと、意味がわからない。これもまた、YMCA予備校のやり口、特徴がそこに出ています。「心理テスト」「適性テスト」を受けたならば、その「診断結果」は本人に渡すべきで、本人にのみ「診断結果」は知らせるべきであり、他人はその「診断結果」にどうこう言うべきではないはずなのですが、それをYMCA予備校は本人に「診断結果」を渡さず知らさず、YMCA予備校が「診断結果」を保持してYMCA予備校の職員が見た上でYMCA予備校職員が勝手な解釈をする際にそれを正当化する道具として利用している。それと同様に、YMCA予備校の模擬試験は、「OK」「OK?」「OK??」「OK???」「×」と、結局、これはどういう意味なのか理解不能であり、それをもとにYMCA予備校職員が勝手な解釈をする。そのやり口は傲慢で良心的ではありません。

  又、「平均とって考える」ということをYMCA予備校はやりたがったのですが、これもおかしい。千代の富士は、北天祐の弟に腹筋版だかで頭を思いっきり殴りつけて視力低下などの後遺症がでるような重傷を負わせるなど傷害罪に該当する犯罪者でありながら「国民栄誉賞」を受賞して調子に乗っていたけしからん男であるとともに八百長が多い横綱だったらしいが、力士としては弱かったわけではないようです。その千代の富士が幕内にあがってすぐの頃は、琴風にまったく勝てなかった。ところが、ある時、琴風にひとつ勝ったと思うと、その後は逆にまったく負けることがなくなった。これは、急に力士としての実力がついたのかというとそうではなく、相撲中継の解説者の親方が言っていた話によると、相撲の内容を変えたらしい。それまでは、体が小さいにもかかわらず、腕力が強いものだから、まるで、体が大きい力士がとるような相撲を体が大きい力士を相手にとっていた。そうなると、琴風のような体が大きくて押す力士にとってはもってこいの相手だった。千代の富士はこれでは勝てないと認識して、相手の腰にくらいついていくような相撲に相撲を変えた。その結果、琴風のような力士に勝てるようになった。それを、千代の富士が琴風にひとつ勝った後に、対戦成績から平均を出して勝てるかどうか予想したとすると、最初何連敗したかはっきりと覚えていませんが、5連敗のあと1つ勝ったとすると、6回のうち1つ勝ったのですから、勝率としては、16.66・・・%ということになりますが、実際には、その後は千代の富士が圧倒的に勝ち続けたのです。大学入試においても、それまで、解けなかった問題を解けるようになったなら、その後は、そのタイプの問題は解けるという前提で考えていいのですから、解けなかった時代の成績とたして合わせて平均とっても意味はないはずなのです。ところが、YMCA予備校は、どうしても、平均とりたがるのでしたが、「アホのやること」と言うしかありません。上に書いてきたように、私はインテリアコーディネーターの二次試験とキッチンスペシャリストの製図試験にハウジングエージェンシーの対策講座に出たことで合格できたのですが、対策講座に出たことで、インテリアコーディネーター二次試験の製図、キッチンスペシャリスト試験の製図試験の答案を合格レベル程度に書けるようになった後に、対策講座に出る前の状態のものと合わせて平均とっても意味はないはずなのです。YMCA予備校の事務職員(「主事」)という「意味のないことをやりたがるヤツ」というのは、要するにアホ集団と言うしかないのですが、なんで、あいつらあんなにアホなのかと思いました。これを、言わなくてもわかる親もおれば、生徒が説明すれば理解する親もいたのですが、我が家の親は両方ともが、かんで含めるように話してもそれでも理解できない、理解してなるものかという親だったので、本当に往生しました。
 高校および予備校は、親が東大や京大卒もしくは東大や京大に行こうとしたが行けなくて早慶あたりに行ったという親の息子・娘ではなく、そうではない親の息子には、東大や京大卒の親もしくは東大や京大に行こうとしたが行けなくて早慶あたりに行った親のかわりの役をやるべきではないのかと思ったのですが、YMCA予備校は、そうではなく、生徒と親ならば、生徒の方はYMCA予備校がやっていることはおかしいと気づく能力があるが親の方はアホだという場合、親を利用して生徒を支配しようという姿勢・態度をとったのです。それが「敬虔なクリスチャン」のやり口だったようです。我が家の親は完全にしてやられていた。母親は専業主婦でしたから、まだ「しかたがない」のかなとも思いましたが、長年、会社という所に勤めてきた人間のはずのうちの父親というのは、なんで、あの男、あそこまでアホやったんか・・と思いますが、そういうおっさんだったようです・・・が、そういう親につけこむ予備校というのは、何年たっても、許せないと思うのですが、私と同様のことを思う人もいたようで・・・、そのYMCA予備校は・・・つぶれた。

   「ぺったんこのシェイクハンドラケット男」、「世の中が右に1メートル動けば自分も右に1メートル動き、世の中が左に1メートル動くと自分も左に1メートル動くという男」には、中原中也の詩の良さなんて理解できないだろうし、キルケゴールの良さもわからないだろう。大谷愛人(ひでひと)『古典入門 キルケゴール『死に至る病』』(有斐閣新書)にキルケゴールが好んだレンテンマルクの言葉「これらの作品は鏡のようなものだ。猿がのぞいても使徒の顔は浮かんでこない」という言葉が載っているが、端っこにいかないことを使徒信条として生きる男には「使徒の顔は浮かんでこない」であろう。オクジャワの歌の良さなんて、死ぬまで感じ取れないのではないか。
※ 《YouTube-Булат Окуджава(ブラト=オクジャワ) - Молитва》https://www.youtube.com/watch?v=yCnlaBJRKcE&list=PLh81xyAxKN51MMSSIan4Ox9fUAlA8Ugxq

  YMCA予備校が強制的に実施した「心理テスト」「適性テスト」は、受けた人間にその「診断結果」を見せてもらえず、YMCA予備校が保持してYMCA予備校の事務職員(「主事」)が勝手な解釈をするための道具として使われてしまった。
  YMCA予備校の事務職員(「主事」)の藤井は、自分が気に入らないと思った相手には「文学的素養がないから文学部は受けても落ちる」「人間性に問題があるから文学部は受けても落ちる」「上司に逆らう人間だから会社員としてはやっていけないから経済学部は受けてはいけない」と「診断」をする人間でしたが、私は、その最後の「上司に逆らう人間だから会社員としてはやっていけないから経済学部は受けてはいけない」というものについては、「会社ちゅうところ」でない所に勤めたいと思っていたので、それで、もっと言え~、もっと言え~と思ったのでしたが、ところが、うちの父親は、いくら言われても、「いや、そんなことない」と言ってきいてくれなかったのです。だから、YMCA藤井による「適性検査」も効果はありませんでした。

  さらに翌年になると、父は「会社ちゅうところに勤めるのを嫌がる人間は、モラトリアム人間病という病気です。慶應大学の小此木啓吾先生というえらいエライえらいエライ先生がそうおっしゃってる」と言いだしたのですが、それなら「会社ちゅうところに勤めるのを嫌がる」ものだから「大学」と「病院」に勤めている小此木啓吾こそ「モラトリアム人間病」の重症患者であり、何より「病識がない」という点で大きく問題のある「患者」だということになります。
  父は、「人間には、それぞれ、適性というものがあるんや」と言うのでした。ここでは、父が「適性テスト」「適性診断」をやりだしたのです。「世の中というものは、ひとに命令したり号令かけたりする人間も必要やし、常にひとに命令されて号令かけられて、せえっせせっせ、せえっせせっせと働く人間もまた必要なんや。世の中はその両方の人間がおって成り立つんや。互いに両方の人間が必要なんや。民族でもそうやろ。ドイツ人とかアメリカ人というのは人に命令して人に号令かけるための民族。チャンコロっというのは常にひとから命令されて号令かけられるべき民族! チャンコロは号令かけられることが何より幸せで何よりもうれしいんや。わしとかM川先生(父の親友の医者屋)とかはドイツ人でアメリカ人なんや。そんで、あんたはチャンコロや。あんたはチャンコロやからやなあ、あんたはひとから号令かけられることが何よりうれしいんや。チャンコロは号令かけられることを何よりも喜ぶんや。チャンコロはそういう民族なんや。これは天の神さまがそうお決めになったものであって、人間がそれを変えようとしても決して変えることはできないし、天の神さまは、神さまがお決めになったこの世の掟を変えようとするような不心得者を決してお許しにはならぬぞ、チャンコロ。わかっとんねんな、チャンコロ。産まれなければよかったのに産まれおってからに。わし、M川先生、それにM尾さん(父の部下で父の言うことをきくことで出世させてもらったらしい人)、T子さん(我が家の兄弟の中で父のお気に入りで常に父につく人)、それに聖徳太子、ヒットラー総統、この6人は特別のドイツ人でやなあ、あんたは典型的なチャンコロなんや。わかったか、チャンコロ。それ、とってちってたあ~あ!!!」と毎日毎日、言い続けたのだった。聖徳太子というのは日本人かと思っていたらドイツ人だったらしいのだ。ますます、「適性テスト」というものが信用できないと思うようになってきた。
  「ひとに命令したり号令かけたりするのが得意の民族」にとっては「ひとから号令かけられてせえっせせっせせえっせせっせと働く民族」というのが必要かもしれないが、「ひとから号令かけられてせえっせせっせせえっせせっせと働く民族」と指定された人間の側からすれば、「ひとに命令したり号令かけたりするのが得意の民族」などというものはいなくていい、そんな人間いない方がいいのだったが、「ひとに号令かけるのが得意の民族」にそれをわからせてあげようとしても、決して理解しないようだった。
  父は「民族の違いを忘れてはならぬぞ、チャンコロ。階級の違いを忘れてはならぬぞ、チャンコロ」と言うのだったが、そう言われると、「民族の恨みを忘れるな(不忘民族恨)、ドイツ人!」「階級の苦しみを忘れるな(不忘階級苦)、ドイツ人」という返答が返ることになる。「天の神様は、神さまがお決めになったこの掟を変えようとする者を決してお許しにはならぬぞ、チャンコロ」と父は言うのだったが、それに対しては、「造反有理(反逆には理由がある。反逆は正しく、抑圧は間違っている。)」「革命無罪(革命は無罪である)」が返ることになる。
   すべての「適性テスト」に対して、「造反有理」(反逆には理由がある。反逆は正しく、抑圧は間違っている)で応えるべきだ。
  「天の神さまは、世の中の人間を、ひとに命令し号令かける民族と、ひとから号令かけられることを何より喜ぶ民族の2つにはっきりと分けて御造りになっておるのでR」と父は言うのだったが、そして、「ドイツ人はひとに命令し号令かけるための民族で、わしとかM川先生とかはドイツ人やねんぞ。わしはヒットラー総統やぞお。わしは英雄ヒットラー総統じゃああ!!! そんでもって、チャンコロはひとから号令かけられてせっせせっせ、せえっせせっせと働くための民族で、あんたあはチャンコロやねんぞ」と言うのだったが、そして、「天の神さまは、この神さまが御造りになった掟を変えようとするような者を、決してお許しにはならぬぞ、このチャンコロめがあ~あああ!!!」と言うのだったが、その「英雄ヒットラー総統」と同じドイツ人の哲学者ニーチェは『ツァラトゥストラはこう語った』の中で述べているのだが、「ドイツ人」は知らないのだろうか・・・。
  「 神は、死んだ」・・・と。
  「世の中の人間を、ひとを支配し命令し号令かけるための民族と、常に号令かけられる民族に分けて御造りになった天の神さま」というのは、すでに、死んだのだ・・・。「適性テスト」にも死んでもらった方がいいかもしれない。あまり益にならないように思える。

  (2020.5.3.)

  次回、「作文のテスト」は作文の試験がない大学の受験に必要ないが、「論文」「小論文」の試験がある地方大学の入試には対策はあった方がいい、と考える理由 を述べます。

  ここで述べている内容は、1970年代後半から1980年代にかけてのことなので、今現在の受験生の方で読んでくださる方は、今現在とどこが同じでどこが違うかということを自分自身で吟味分別して見ていただければと思います。 基本的な物の考え方というのはそう簡単に変わるものではないと思いますが、各大学の出題される問題の内容や配点などは年代によって変わりますから、対処のしかたも変える必要があるでしょう。
  (2020.5.3.)

★ 受験生へのエール
【1/ 】 『家族の政治学』に苦しむ人へ。高校教諭を信頼するな! https://tetsukenrumba.at.webry.info/202004/article_2.html
【2/ 】「あと5本なら工夫すれば」「後期は阪急に3つ勝てば他は全敗しても」という姿勢か逆かで合否は変わる。「ID野球 弱者の戦術」から考える大学受験における姿勢。拝み屋の「家族の名前を変えなさい」ははた迷惑。https://tetsukenrumba.at.webry.info/202004/article_3.html
【3/ 】「適性テスト」で向いていると言われても行きたくない学部・向いていないと言われても行きたい学部があると思って受けなかったが、勝手にひとに「適性テスト」をやる女が教諭にいた、という話。飛込自殺した人にショックを受けたのは医学部への適性とは関係ない https://tetsukenrumba.at.webry.info/202004/article_6.html
【4/ 】 受験の経験のない人間が指示指導するYMCA予備校は無茶苦茶。大学受験でも「成功」した人間は成功でない部分も成功と考える場合がある。社会科論述式問題の表記のしかたについて。小此木啓吾の本を喜ぶ人間はキャバクラに行ってキャバ嬢に説教する男と一緒。「フォアグラ型文治派」と「文武両道型文治派」 https://tetsukenrumba.at.webry.info/202004/article_7.html
【5/ 】 「適性テスト」「作文のテスト」に読書調査までやって受講生を統制しようとするYMCA予備校は害がある。気に入らない人間には「文学的素養がない」と悪口雑言を浴びせる「敬虔なクリスチャン」。「民族の違い」を作った「神は死んだ」〔今回〕
【6/ 】 なぜ、地方国立大学は論文・小論文を試験に課したか。地方大学で「論文」「小論文」「面接」が試験にある大学を受ける場合 https://tetsukenrumba.at.webry.info/202005/article_2.html
【7/ 】
口笛をふく時 (講談社文庫) - 遠藤周作
口笛をふく時 (講談社文庫) - 遠藤周作
洗脳の時代 (1981年) (同時代叢書) - 宇治 芳雄
洗脳の時代 (1981年) (同時代叢書) - 宇治 芳雄
らーめん才遊記 1 (My First WIDE) - 久部緑郎 河合単
らーめん才遊記 1 (My First WIDE) - 久部緑郎 河合単
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( 『らーめん才遊記 (1)ラーメンとはなんですか?』2017.4.1. 小学館 My First WIDE  ↑ )
 汐見ゆとり の場合は、「言っていいのはお世辞だけ」と先輩社員 白坂から言われたものの、そうでなければ、自分の意見も言い、提案もできたわけですが、本当に「言っていいのはお世辞だけ」とそれしかできないような人間が会社から評価されるのかというと、「会社」にもいろいろな会社があるわけで、そういう会社も世の中にあるのかもしれないけれども、そんなYMCA予備校みたいな会社は「その程度の会社」と考えた方がいいのではないか。
 YMCA予備校の藤井みたいに、次から次へといいかげんなことばっかり言って、「それは違うのではないですか」と顧客が言うと、「きみは人間性に問題があるから文学部は受けても落ちるから受けてはいかん」だの「文学的素養がないから文学部は受けても落ちる」だの、「きみのような上司に逆らう人間は会社員としてはやっていけないから、経済学部は絶対に受けてはいかん」だのと顧客に向かって勝手なことばかり言いまくる男の方こそ、「会社員としてはやっていけない」のではないか。だから、藤井は「前の会社でうまくいかなかった」ということではないのか。そして、そんな男が事務職員(「主事」)として教職員に命令していいかげんなことをやっていたYMCA予備校はつぶれた。YMCA予備校では、それは違うぞと批判した教職員は事務職員(「主事」)によって退けられということか。
 ということは、どのみち、そういう会社というのは「沈む船」みたいなものだから、その会社のために貢献して評価されたいと考える人間は、そんな会社は早めに去った方がいいのであって、無理にそんな会社に評価されようとすることもないのかもしれない。
 (2020.5.5.)
黒い福音 (新潮文庫) - 清張, 松本
黒い福音 (新潮文庫) - 清張, 松本
《 ジョセフ神父は、椅子から立ち上がって窓を指した。
「私は見ました。・・・・」
 マルタン管区長は、明らかにイヤな顔をした。・・・
「管区長さん。私は、敢えて、あなたに諫言します。このようなやり方では、今のバジリオ会は滅びます。わが会は、日本に長い伝統を持っております。どうか、われわれの先輩の布教の苦難を、ここで無駄にしないでください」
・・・・・・
・・・・・・
「ジョセフ神父のことだが」
 管区長は低声(こごえ)になった。
「かねてから考えていたことだが、今度、実行することにした。いま、総長さまのところに申請書を出している」
「転任ですか?」
・・・
「で、ジョセフ神父の転任先は、何処ですか?」
「朝鮮だ」
 管区長は答えた。
「朝鮮?」
 ビリエ神父は眼をまるくした。
「朝鮮でも、ずっと山奥の方だ。てんで文化のない所だがね。冬はノルウェーのように寒いそうだ」
 管区長は、あたかもそこに朝鮮の地図があるように壁の方を見つめ、ぼそりと云った。
「ジョセフ神父が神の教えを開拓してくれるには恰好の場所だ、あの頑固さでね。彼は、そこに骨を埋めてくれるだろう」 》
( 松本清張『黒い福音』1970.初版。 2016.改版。 新潮文庫 ↑ ) 

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