東京もんと慶應タイプの関西人観、「京のぶぶづけ」の意味。思考の硬さを「柔軟さ」と称する慶應タイプ

[第453回] 同志社今出川校区見学【14/14】
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( ↑ 同志社 アーモスト館。 ウィリアム=メレル=ヴォーリズ。 )
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( ↑ 聖アグネス教会。 ガーディナー。)
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( ↑ 大丸ヴィラ。 ウィリアム=メレル=ヴォーリズ。)

  関西人が東京圏に行って住むと、東京もんに対して不快な思いをすることがある。そのため、もともと、関西にいた時は、別段、阪神ファンでもなかったのが、俄然、愛国心にめざめて「阪神ファン」などという生易しいものではなく、「阪神 命!」みたいになって、東京の街中を阪神の縞の帽子をかぶって歩いたろかて気持ちになったりするようになる。今は昔、阪神タイガースが長くCクラスを低迷していた時期、関西出身の中山ラマダという漫画家が、プロ野球のペナントレース終盤になって、アナウンサーだか記者だかが「セリーグはどこが優勝すると思われますか」と街頭で通行人に質問して答えてもらうという場面を描き、そこで阪神ファンが「阪神!」と答え、質問した東京もんのおっさんが「はあ? 阪神は残りを全勝してもAクラスにもなれませんよお。なんで、阪神なんですかあ。はあ~あ?」と言ったのに対し、「じゃかましわ。それでも、それでも阪神が優勝するんじゃ、ボケえ! 阪神はなあ、たとえ全敗しても、たとえ最下位でもそれでも阪神は優勝するんじゃあ!!!」と言うという絵を描いていたが・・・・、そんな感じ(^^)/
※ 《YouTube-六甲おろし 唄:立川清登 》https://www.youtube.com/watch?v=yV814_p2fxE
  (株)一条工務店にいた時、東京生まれの「木南さん(仮名)」が「東海道本線というのは、東京と大阪を結ぶ鉄道じゃないんですよお。東海道本線は、あくまでも東京と神戸を結ぶ鉄道であって、大阪は別に停まる必要もなければ通る必要もなかったんですよ。だいたい、大阪駅を通ることで東海道本線が遠回りしていて、大阪は邪魔なんですよ。大阪なんてあるからいけないんですよ。」とか言ったことがあったのだが、こちらが大阪出身であると思うと、余計にそういうことを言う人だった。 東海道本線については、東海道新幹線が最初から、東京―名古屋―京都―大阪 を高速で結ぶ鉄道を敷設しようという計画で作られたのとは異なり、日本で最初の鉄道として東京の「新橋」(今の新橋駅より海側、「汐留」と書かれることもあるが、要するに現「新橋」駅より海側の、パナソニックのビルの横だが、そこから横浜市の現 桜木町駅に「横浜駅」を作って、新橋-横浜間の鉄道として開通したが、その次に開通したのが、大阪-神戸間で、この時の大阪駅は今の大阪駅より少し西よりにあったらしい。さらにその翌年に、京都-大阪間が開通し、東には新橋(汐留)-横浜(桜木町)、西に京都-大阪-神戸の鉄道ができた。その頃から、東京と関西を結ぶ鉄道を作ろうという計画が出てきて、最初、旧東海道のルートではなく旧中山道のルートで敷設する計画で、西の方では、京都から現 奈良線の京都よりの部分を通って東山の南を通り、滋賀県の膳所から浜大津まで行き、浜大津から船で長浜まで行って、長浜から関ケ原のあたりに行く路線が敷設されたらしい。東の方は東京から大宮を経て高崎に行き、高崎から西に信越本線のルートで安中を通り碓氷峠を越えようとしたが、当時の技術では碓氷峠を越えることができず、そこで、旧中山道ルートをあきらめて、旧東海道ルートで東京から西に進むことにして、現 桜木町駅を横浜駅としたのでは迂回することになるので、2代目の横浜駅を高島町のあたりに設け、次いで3代目の横浜駅を現 横浜駅に作って西に進んで名古屋に至り、東海道本線が全通したらしい。だから、私は子供の頃、なんで、東海道本線と山陽本線の境目は大阪駅ではなく神戸駅なのだろう? と疑問に思ったのだが、そういう経緯があったからだ。「木南さん(仮名)」の説は間違いなのだ・・・が、「東海道本線というのは、東京と大阪を結ぶ鉄道じゃないんですよお。東海道本線は、あくまでも東京と神戸を結ぶ鉄道であって、大阪は別に停まる必要もなければ通る必要もなかったんですよ。だいたい、大阪駅を通ることで東海道本線が遠回りしていて、大阪は邪魔なんですよ。大阪なんてあるからいけないんですよ。」とか、相手が大阪出身の人間だと思うと、必死になって言いたがる人というのが、東京もん のおっさんには多い。
   又、東京もん の おっさんが1泊2日くらいで「大阪に行ってきた」という場合、「大阪のどこに行きましたか?」と尋ねると、出てくる地名はダントツ1位で飛田新地。東京もんのおっさんが大阪に行ってどこに行ったかというと、四天王寺でもなければ住吉大社でもない。大阪城でもなければ観心寺でもなく、大仙陵古墳(「仁徳天皇陵」)でも箕面大滝でもなく、なんと言ってもダントツ1位で「飛田新地」。東京もんのおっさんは飛田新地が大好きだ。そして、言うのである。「いやあ、大阪ってすごい所ですねえ。大阪の人間てすごいですねえ~え」と。その「大阪の人間」に向かってそういうことを言うのだが、私ら大阪で生まれ育ったけれども、飛田新地なんて行ったことないよ。飛田新地てどこにあるのかもよう知らんよ。 そもそも、飛田新地に行ってきたのは「大阪の人間」ではなく、東京もんのあんただろうが! それを、自分が飛田新地に行ってきたくせして(その「飛田新地に行ってきた」というのは、昔の遊郭の建物というのはどういうものだろうかと見学してきたとかいうのではなく「飛田新地に行ってきた」と言うからには、「やる時はやります」ということで行ってきたはずだが)、「大阪の人間」のせいにしてからに。行くにしても行かないにしても、「大阪の人間」のせいにするのではなく自分自身の責任でしろってんだ。そういう東京もんのおっさんのせこい根性はきらいだ・・・が、東京もんのおっさんは自分が失礼なことを言っているという自覚がない。
   だいたい、「東京の人間」というのは、アメリカ合衆国人が東京で「アメリカ合衆国弁」をしゃべると、へこへこへこへこして一生懸命真似ようとするくせして、関西人が東京で関西弁をしゃべると「ここは田舎じゃないんだから、田舎の言葉を話すのはやめろよ。いなかも~ん!」とか言って怒るのだ。 「日本はアメリカ(合衆国)のメカケみたいなものだから、メカケがダンナの機嫌をとるのは当たり前だ」と発言した自民党の政治家(たしか、池田隼人だったな)がいたが、特に東京は妾宅の首都だけあってその傾向が強いのかもしれない。魯迅『阿Q正伝』の世界、東京もんには「阿Q」みたいな人間が多い。おまえらの方こそ「田舎」だろうが、このイナカもんがあ!! なんで東京のイナカモンにイナカモン言われんといかんのじゃ! と思うのだが、そもそも、「標準語」というのは、テレビのニュースでアナウンサーが話しているような日本全国どこでも通じるような言葉を「標準語」と言うはずなのだが、ところが、東京もんは「~じゃねえかよお」とか「かったるい」とか、東京地域でしか通じない、もしくは東京地域と他にも使われる地域があるが使われない地域もある言葉を「標準語だろうが。標準語を話せよ」とか言うのだ。そういうイナカ根性を持った人間が東京もんには多い。 
  
  実際、東京もん の傍若無人な態度には強く不快感を覚える。慶應大学に行っていた時だが、ステューデントカウンセラーズというサークルにいたことがあって、そこにいたH野という男(自称、都立西高校卒)が、「関西は、『ぶぶづけでもどないだすう』としつこく言われるから、それならごちそうになろうかと思うと、あつかましいと言われるというそういうところが嫌いなんだよ、関西は」とか言うので、「さすがに慶應の学生だけあって知能程度が低いな、こいつ」と思ったことがあった。〔「慶應の学生だけあって」と表現すると怒る慶應関係者がいるかもしれないが、すべての慶應大生・慶應出身者がそうだとは言わないが、というよりも私自身が慶應大の卒業証書をもらった者だが、私はH野みたいな思考はしない・・、そもそも、私自身が慶應大学の卒業証書はもらった人間だが、私は慶應大を卒業させてもらった人間であっても人格的には「慶應タイプ」ではないし、卒業生としては慶應的思考の精神汚染は比較的軽い人間のはずであるけれども、しかし、慶應大生にはこういうH野みたいな思考の人間、こんなので高校卒業したのお? て感じの人間が少なくないのは事実だ。私は慶應大学でそういう連中からずいぶんと不快な思いをさせられてきたのだ。 「おまえはそれでも慶大生か」とかそういうことを言って言論を封じ込めようとする人間が慶應には多いが、どんなことをして黙らせようとしても、事実は事実である。〕なんで、こんなヤツが義務教育ではないのに高校に行くのだろうなあとも思った。よっぽど甘ったれとるのだろう。実際、↑にあげたような態度をとる例は、東京の人間でも、教養水準の低い人間に多く、教養水準が比較的高い人間は、自分が学んできたものから、↑のような態度は物事の考え方として間違っていると認識できるはずであり、それが認識できていないというあたりは、日野(男。都立西高校卒)は教養水準が低いということである。彼は相手が関西人だと思うと余計にそういうことを言う人間のようで、それもまた東京もんの特徴なのだが、日野だけではなく慶應の学生や教授にはそういう教養水準の低い男および女が大変多い。特に内部進学の人間にはそういう傾向が強いのだが、日野のように大学から入った人間にもそういう人間はけっこういる。そういう人間が「東大の学生は、大学に入るまでで力尽きている人がいる」とかなんとかかんとか言いたがるのだが、「東大の学生」がどうよりも、おまえの方が白痴だろうが、と思うのだが、その事実を言うとうるさいので、「慶應タイプ」とは関わらない方がいい。私は、結局、慶應大学を卒業させてもらったけれども、そういう慶應の本流の人たちのような「慶應タイプ」ではない。
   そういう日野のような「慶應タイプ」の人たちの言う「関西は『ぶぶづけでもどないだすう』としつこく言われるから、そこまで言われるならごちそうになろうかと思うと、『あつかましい』と思われるという、そういうところが関西は嫌なんだよ」という発言はどこが間違っているか。まず、そこから分析しよう。
(1) まず、「関西は」などと日野は言うのだが、「関西」と言っても、京都と大阪は同じではないし、奈良も和歌山も違うのだ。「大阪」でも河内と摂津でも違うし、「市内の街中」と「比較的郊外」とでも違う。「京のぶぶづけ」の話については、大阪の人間でも、そういうところは嫌だと言う人というのはいるのだがところが、日野は京都も大阪も「関西」とひとくくりにして、「『ぶぶづけでもどないだすう』としつこく誘われるから、そこまで言われるならと思って食べさせてもらおうかと思うと『あつかましい』と言われるというそういうところが関西は嫌いなんだ。そういうところが関西人は嫌いなんだ」と言うのだが、関西人の私からすれば、私は「ぶぶづけでもどないだすう」なんて日野に言ったことは一度もないのに、それを「そういうところが関西人は嫌いなんだよ」などと言われる筋合いはないのだ。そういう無神経なところが私は東京もんと「慶應タイプ」は嫌いなんだよ。

(2) なによりも。 大阪で生まれて大阪で育ち、子供の頃から京都には何度も行ってきたし、祖父母の遺骨は大谷本廟でお世話になっており、親戚・知人で京都に在住の人もおり、高校には京都から通勤してきていた先生もいたし、京都人とは子供の頃からつきあってきた私が、「ぶぶづけでもどないだすう」・・・なんて(人生経験として一回言われてみたいような気もしないでもないが)、実際問題として言ってもらったことはこれまで一度もなく、「京のぶぶづけ」の話は、あくまでも、そういうことがあると書かれた本があって、「本で読んだ話」であって自分が体験したことはないのに、東京で生まれて東京で育って東京の高校に行って、横浜市に教養課程があって東京都港区に専門課程のある慶應大に行ってまだ20歳になるかならないかの日野が、「ぶぶづけでもどないだすう」と京都人から言われて嫌な思いをした・・・なんて、いったいどこで経験したんだ???  実際には日野は自分が経験したこともないことを、本で読むかひとから聞くかして言っているのだが、そもそも、「京のぶぶづけ」の話が書かれた本にしても、その本の内容がどれだけ信用できるか、その作者はまともなことを書く方の人なのかという検討もすることなく、「『ぶぶづけでもどないだすう』としつこく誘われるから、そこまで言われるならと思って食べさせてもらおうかと思うと『あつかましい』と言われるというそういうところが関西は嫌いなんだ。そういうところが関西人は嫌いなんだ」などと言うあたりが、いかにも「慶應タイプ」て感じで、知能程度の低さ、実証的態度の欠如が見られる。そのあたりの日野ら「慶應タイプ」の「思考の硬さが気にかかります」・・・と言うと彼ら「慶應タイプ」は怒るのだが、怒るとともに自分たちのことを「思考の柔軟な慶大生」とか「独立自尊の精神を身に着けている」とか「自我が確立されている」とかわあわあ言うのだが(ついでに「ギャルにもてもて」とかも言うようだが、それは願望と違うのか? て感じがしないでもないが、「蓼食う虫も好き好き」てなもんで、あんなのがいいという女も、たぶん、世の中にはいるのだろう)、自分自身が経験したわけでもないことをもとに「・・というところが関西人は嫌いなんだ」と決めつけるというあたり、いったいどこが「思考が柔軟」なんだ? どこが「独立自尊の精神」なんだ? いったいどこが「自我が確立されている」なんだ? と思うのだが、そういうことを口にすると、「自我が確立されていない」とか「独立自尊の精神がない」とか「思考が硬い」とか「なんちゃらかんちゃら症候群にかかっている」とか「診断」されるおそれがあるのが、それが慶應義塾である。だから、「慶應タイプ」にはできるだけ関わらん方がよさそうだ。

(3)  この「京のぶぶづけ」というお話は、私は20歳を過ぎるまで知らなかったのだが、慶應大学の「英語(1)」という授業でテキストに使用された本にコラムとして書かれていたのを読んでそういうお話があると関西人の私は初めて知ったのだが、最初、なんで、「ぶぶづけ」なんだろうなあ~あ? と思ったのだ。「ぶぶづけ」とは「お茶漬け」のことだと思うのだが、来客に自分の家で食事をして行ってもらいたいと勧めるのであれば、「お茶漬け」じゃなくてもうちょっとマシなものを勧めたらどうなんだろう、なんで、「ぶぶづけ」なんだろうなあ・・と思ったのだ。 最近、インターネットで検索してわかった。 「ぶぶづけでもどないだすう」という言葉は、それは「うちで食事して行ってください」と勧めているのではなく、来るのはいいけれども、あまりにも長居して帰らない客に、そろそろ帰ってもらいたいと思った時に、もうそろそろ帰っていただいていいのと違いますかということを婉曲話法として言うのに、「そこまで長居されるということは、うちの貧相なお茶漬けでも食べていかはりますかあ。いくらなんでも、そこまであつかましいことはありませんでしょう。それなら、そろそろお帰りいただいてもいいのと違いますかあ」というのが「ぶぶづけでもどないだすう」という言葉らしい。だから、「ぶぶづけ」「お茶漬け」なのだ。本当に来客にうちで食事して行ってくださいと勧めるのであれば「ぶぶづけ」ではないわけだ。
  そのインターネットに書いている人の文章を読んで、なるほど、そういうことかとわかった。わかってみると、理屈としては不思議でもなんでもない。「お茶漬け」を勧められて、「本当に食事をしていってもらいたいのなら、なんで、お茶漬けなんだ?」と、そのくらい、気づけよなあ・・・ということなのだろう。
  「一流大学」の学生なら、なんで「ぶぶづけ」なのだろう? くらい感づいても良さそうに思うのだが、私は気づいたが、日野は気づかないし今も気づいていないだろうし、ということは気づかない人間というのは「一流大学の学生」ではないし、そういう人間の多い大学は「一流大学」ではないはずだ。そういう「一流大学の学生」ではない学生の多い大学が、そのあたりの思考の硬さのことを「慶大生らしい思考の柔軟さ」というのだ。

(4)  実際のところ、もう帰ってもらいたいと思って、合図を送ってもそれを理解しない相手に閉口することはある。日吉台学生ハイツにいた時、ステューデントカウンセラーズにいた男が部屋にアポなしで来て、「ちょっと入れて」と言うので入れると、いつまでも帰らず、「もう、そろそろ帰ったらどうですか」という意思表示をしてもそれでも帰らず困ったことがあった。慶應の学生にはそういう傍若無人な人間が多い(かつ、そういう態度を「慶大生らしいスマートさ」とか「独立自尊」だの「福沢精神」とか「慶大生らしい協調性」とか勝手なこと言う人間が多い)。(そういうこともあって、日吉台学生ハイツはよくない、日吉台学生ハイツは出た方がいいと思うようになったのだが。)ああいう時に「関西人」として、「ぶぶづけでもどないだすう」と言えば良かったのかもしれない。
  そのあたりなのだが、「京のぶぶづけ」の話については、実際問題として本などに書かれているものの、私は京都人から「ぶぶづけでもどないだすう」なんて言ってもらったことは一度もないし、「ステーキでもどないだすう」と言ってもらったこともなければ、「ニシンそばでもどないだすう」と言ってもらったこともなく、ましてや、日野が言われたことなんてないはずなのだが、自分が言われたこともないのにどこかで不確かなお話を仕入れて来て、それをもとに「だから関西人は嫌いなんだ」と断定するあたりが「慶應タイプ」だと言っていいだろう。
  「京のぶぶづけ」の話は本に書いてあっても実際に体験した人はそれほど多くないのではないかと思うのだが、しかし、お断りの意思表示について、「京都人」ではなく「関西人」の断り方では東京もんにはわからない、という説もあるのだ。大阪で生まれ育った上の姉が、東京都から千葉県にかけての人間だった男性と結婚して千葉県の市川市に住んでしばらくした時、私が市川市に行った時、姉が「このへんの人には、『それは難しいですね』なんて言ってもだめよ。関西の人間なら、『それは難しいですね』と言われたら、断られたとわかるでしょ。ところが、このへんの人に『それは難しいですね』と言っても、『難しいなんて言わずになんとかしてくださいよ』と言われるよ。『難しいですね』ではこのへんの人は断られたと思わないから。『だめだ、だめだ、だめだ。絶対にどうしたってだめえ~え!』とそこまで言って、それでもわかるかわからないかだから。ニブイから、このへんの人は」と言うのだったが、実際、そんなところがあると思う。
   1990年代なかば、(株)一条工務店に在籍し、福島県いわき市の営業所にいた時だが、いわき市に住んでいて会津若松市で建てたいという方と話をしていて、無理な値引きやら何やらをずいぶんと言われて、いいかげんうんざりして、「それは難しいですね」と言ったのだが、こちらとしては、もういいかげんにしてくださいよという気持ちで、「それは難しいですね」と、いくらなんでもわかってくださいよと思って言ったのだが、そこまで言ってもそれでも、「難しいなんて言わないで、きいてくださいよ」と言うので、「いったい、誰にきくのですか」と言ったことがありました。その方の場合は、東電に勤めていた人で、福島県では東電に勤めている人というのは年収がいいということで「東電さま」と言ったりしていて、私と同じ歳でしたがその時の私などよりはるかに多い年収を取っていた人でしたが、もともとは名家でもなく、けっこうみみっちいところのある人で、私が、不動産屋でもなく建築屋が土地を捜してきても1円の報酬にもならないにもかかわらず、その人のためにいわき市から会津若松市まで行って会津若松市で土地を捜してきてあげて1日かけてクルマで案内してあげて、会津若松市で夜になり、「どこかで食事しましょうか」と言うと、「いいですよ。どこでも入ってください。私だしますから」と言うので、さすがに、(株)一条工務店の営業の仕事でもないことを、これだけ、尽くしてもらったからには、夕食くらいおごりますよとさすがにそのくらいは考えたのだろうと思ったら、食事のあと、レジに行くと、「別で」と言うので、あの「私、出しますから」という言葉はいったい何だったんだ? と思ったのだが、それは「私の分は出しますから」という意味で言ったようだった。 そんなこと言うかなあ~あ? と思ったものだ。彼は、もし「私、出しますから」と言わなければ、彼にとっては契約上の権利でもなく私にとっては従業員としての仕事でもないことを好意で(「親切で」「おせっかいで」「事務管理」で)やってもらっておいて、その上に自分の夕食代まで(会社にではなく)営業担当者個人に出させるつもりだったようだ。その時だけでなく、なにかとみみっちい人で、特に、住宅建築業の会社と契約して家を建てるという時に、値引き交渉をしても、それは通るかどうかはともかく、ビジネスである以上は値引き交渉なんてあって当たり前であり、やって悪いことはないはずであるが、その人の場合は、会社に値引きさせようとするだけでなく、営業担当者にカネを出させようとすることがあり、営業担当者なんてたいした給料もらっていないし、「東電さま」のその人の方がよっぽど高い給料をとっていたのに、この人はそういうことをする人なんだ・・・と思い、自分を担当として契約してくれた人には、できる限りいい家ができるようにしてあげたいと思っていたけども、最後の頃は、もういいかげん嫌気がしてしまい、会社がこれが営業の仕事と規定しているものはやるけれども、それ以外は私が他の契約客にやっていることは私が個人的に「親切」というのか「おせっかい」というのか法律用語で言うところの「事務管理」でやっているのであって、それに対しての報酬なんてもらってないのであり、会社に値引きさせるのではなく営業担当者個人にカネを出させようとするようなそんな人には、「親切」「おせっかい」「事務管理」でまでやることない・・と思うようになったし、会社にではなく営業担当者個人にカネを出させようとするような人というのは、そんな人とはその程度のつきあいしかできないことになる。ともかくも、私を担当として契約してくれた人に対してそういう気持ちになってしまうというのは悲しかったが、しかたがなかった・・・・が、そこでの1つの原因として、「難しいですね」と言えばいくらなんでもわかるだろうと思ったのだが、何度言っても理解しない、口で言うだけでなく、態度でもいろいろと合図を送ったつもりだったが、私が敏感な人間なら気づくだろうと思った「合図」はその人には感じることはできなかったようだった。
   私は「関西人」、厳密には「在東京圏関西人」、日本とは東京のことだという信念を持っている東京もんの感覚に合わせた表現をすると「在日関西人」である。厳密には「在東京圏大阪人」として思うのだが、「京のぶぶづけ」の話というのはお話としては知っているけれども、実際に体験した人間というのがどれだけいるのかはよくわからないのだが、大阪人は、京都人にその「京のぶぶづけ」と言われるようなところがあるようだと思い、そういう点はあまり好きではないと思っている人がけっこういるのだけれども、それでおしまいである。そういう点はあまり好きではないとしても、別に全体として京都人が嫌いというわけでもないし、そもそも、京都と大阪は一続きの地域であり、京都人にもいろいろあるだろうし、大阪人にもいろいろある。それに対して、東京人の日野が「だから、関西人は嫌いなんだ」とあくまでも京都のお話である「京のぶぶづけ」の話を持ち出して「関西人は」にして、そして、大阪人なら「京都の人間て、ちょっとそんなとこ、あるよなあ」でそれでおしまいのことを、「だから嫌いなんだよ」と執拗に言うあたり、特に、相手が関西人だと思うと余計に言うふてぶてしさは、それは彼が東京もんだから(かつ「慶應タイプ」だから)だと言ってよさそうである。大阪人は「京のぶぶづけ」の話については、「ああいうのは、あんまりなあ」と思う人間が少なくないのだが、それでおしまいというのは、大阪人もまた、「それは難しいですね」ではっきりと断ったと思っており、そこまで言ってもそれでもまだ「難しいなんて言わずに・・・」と食い下がる人を見ると、いったい何なの、この人は・・と思うのだが、それは「もうそろそろお帰りになったらどうですか。まさか、うちの貧相なぶぶづけでも食べていこうなんてそこまであつかましいことはお考えやないでしょう」という意味で「ぶぶづけでもどないだすう」と言っているのに、それに対して、「それならごちそうになりましょうか」なんて言い出すヤツというのは、アホちゃうか、こいつ! ・・・と思うというその心情・思考態度というのは大阪人と京都人では共通するものがあるのに対し、東京もんには理解できないものであり、それゆえに、東京もんの日野の口から「京のぶぶづけ」を持ち出しての「関西人はそういうところが嫌いなんだ」という文句が出てきたのだろう。

  この↑「京のぶぶづけ」とそれに対する「慶應タイプ」の主張についての私の分析は、なかなか的確なところをついていると思う。そう思いませんか? 「慶應タイプ」にこういうことを言うと怒るんですけどね。殴りかかってくるやつもいます。本当のことを言われると腹立つようです。

  京都と大阪には共通点は多いが違うところもある。私が子供の頃、まだ、大阪にも京都にも市電が走っていたが、大阪の市電は市電の線路の上にまで自動車が走るようになって市電が走ることができなくなり、すぐになくなった。京都の市電はその後もしばらくあったがそのうちなくなった。母が「大阪の市電は走って乗らないと乗せてもらえないけれども、京都の市電は待ってくれる」と言うのだったが、実際、京都の市電は「待ってくれた」のだ。しかし、なかなか目的地に着かない。理由ははっきりしている。大阪の人間は京都に行って京都の市電に乗る時、京都の市電が「待ってくれる」ので、「いやあ、京都の人って親切だなあ。市電が待ってくれるわあ」と喜ぶのだが、乗ってから気づくのだった。「待ってくれる」のは自分だけではない、ということに。だから、京都の市電は「待ってくれる」のはいいけれども、なかなか目的地に着かない、それで、「大阪の人間は京都の市電に乗るといらいらする」という話だったが、今は大阪の市電だけでなく京都の市電もなくなった・・・・けれども、京福電鉄は今も存在するし、京都人の電車やバスの乗り降りのしかたが大阪人と違うという伝統も今も存在する。大阪の電車では、駅に到着前には降り口のあたりに行って待っておかないと降ろしてもらえないのに対し、京都でそれをやると怒られる。
   1989年のことだったが、京都の山科で少し住んだことがあり、大阪駅から新快速に乗り、山科駅で降りようとした時、大阪人の感覚で、駅に到着前に出口の方に進もうとしたら、通路にいたおっさんから、「なんやねん、おまえはあ。何をせかせかしとるんや。みんな、降りるんやないか。おまえはあ」と怒られた。ああ、ここは京都だったんだ・・・と思ったものだが、山科は京都は京都だが東山よりも東側で、「純粋な京都」と大津との中間みたいな京都だし、それに、京福電鉄とか京都市内のみを走っている電車なら、「郷に入れば郷に従え」と「京都型」の対応をするべきだろうけれども、新快速でまで「京都型」やるかなあ~あ・・・とも思ったが、それが「京風」、「みやび」で「はんなりした」電車の降り方であるから、大阪人および東京人は京都に行った時には、電車の乗り降りには、その点に気をつけた方がよろしい。 どうも、大阪人は、電車というものは急いで乗らないと乗せてもらえない、急いで降りないと降ろしてもらえない・・という感覚があって、京都でそれをやると京都人から怒られるのだが、この電車の乗り降りの点については、東京と大阪が似ており、京都は東京・大阪と異なる。大阪人も東京人も、あまり「みやび」ではないのか、どうも、急いで降りないと降ろしてもらえないという危機感を持ってなんとか降りなきゃ・・と思ってしまうのだ。京都ではそう思わなくても「降ろしてもらえる」・・・・が、最近、交通の便が昔より良くなって行き来する人も増えて東京・大阪型思考をする人も出てきたと思うので、「降ろしてもらえる」と思いこんでいるとどうなるかわからんところが不安でもある。
   この電車の乗り方・降り方については、たとえ、「関西」でも京都と大阪は異なり、大阪は東京に似ている、もしくは、東京は大阪に似ているのだが、それでも、東京もん は「関西の人間は」と「関西」とひとくくりにしたがる人間がいるのだが、その場合の「関西」というのは、「京都型」を言ってるのか「大阪型」を言ってるのか。実際には、どっちでもいいけれども、ともかく「関西」が気に入らないという東京もん、「慶應タイプ」がけっこういるようなのだが、日本とは東京のことだという信念もってる東京もん の感覚に合わせた表現をすると「在日関西人」である者からすれば、「慶應タイプ」は「思考が硬い」し「実証的でない」と思えるのだが、ところが、彼らはそういう「思考の硬さ」のことを「慶大生らしい思考の柔軟さ」とか「独立自尊の精神」とか「自我が確立されている」とか「アイデンティテイーを持っている」とかなんとかかんとか言うのであり、「それって逆と違うのか?」と私などは思うのだが、口に出して言うと、「自我が確立されていない」とか「アイデンティティーがない」とか「思考の硬さが気にかかります」とか「なんとかかんとかシンドロームにかかっている」とか「診断」されるおそれがあるので、怖い怖い!!!  「内部進学小此木啓吾独善的エセ精神分析学」なんてのもそういう「慶應的風土」から生まれたものであろうと私は見ている。

   関西発祥だが今は東京都中央区に本社を移した、ホームページでは「世界でただひとつの家」とか言いながら実際には「箱、はこ、ハコ」しかできない フリーダムアーキテクツデザイン(株)https://www.freedom.co.jp/ は「社内公用語は大阪弁」でそのあたりはエライ♪ とも思ったのだが・・・・、あれは「社内公用語」じゃなくて、単に、私みたいに比較的若い時期に東京に住んで大阪弁が薄くなってしまった「在日関西人」の大阪弁ではなく、ある程度以上の年齢まで一貫して大阪で生きていた大阪人が東京に来てウルトラ大阪弁を話している・・というだけだったのかもしれない・・・。

   『寺と神社を遊ぶ京都本』(2019. 京阪神エルマガジン社)に掲載の「毘沙門堂(山科)」に、山科の毘沙門堂の宸殿の襖絵のことが、
≪狩野派絵師・狩野益信が担当した宸殿の襖絵には、ある秘密が。面会に来た客人の待合室となる「梅の間」のモチーフが、梅に山鳥、笹にシマヒヨドリという通常一緒に描かれない取り合わせになっている。通称「とり あわない 間」。実は、間接的にやんわりと面会拒否を伝えているのだ。・・≫と出ている。
「思考が柔軟な慶大生」「スマートな慶應ボーイ」「独立自尊の精神を身に着けている」「自我が確立されている」「アイデンティティーをもっている」等々と自称するタイプの人間なら、おそらく、この梅に山鳥、笹にシマヒヨドリが描かれた「とりあわない間」など見ると、おそらく、「そういうところが関西人は嫌いなんだ」とか言うことだろう・・。

   (2019.4.28.)

☆同志社今出川校地
1.共学同志社見学。JRと京都地下鉄の駅名 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201902/article_1.html
2.裏口入学は「庶民」か? 西門、彰栄館 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201902/article_2.html
3.グリーン設計の礼拝堂 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201902/article_3.html
4.「ハリス理化学館 同志社ギャラリー」 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_1.html
5.明徳館、「美しき水車屋」の娘? https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_2.html
6.リヒャルト=ゼール設計の別人のクラーク記念館 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_3.html
7.寒梅軒、牛の像と大日如来石碑。有終館、致遠館https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_4.html
8.啓明館。京都御苑から相国寺 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_5.html
9.アーモスト館。パラディアンウインドウ https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_6.html
10.同志社女子大栄光館。学校は建築家が完成させない方が良い https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_7.html
11.大丸ヴィラ・日本ナザレン教団上京教会・日本聖公会聖アグネス教会https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_9.html
12.「別の人間が設計した建物が調和している」のはいいが、「別の人間の設計にしては似ている」 父にとって息子はライバルでなくエネミー、後継者でなく「部下」の場合があるhttps://tetsukenrumba.at.webry.info/201904/article_1.html
13.洗礼・礼拝・献金で天国を買うクリスチャン。思考の硬さを「柔軟さ」と言い張る慶應タイプ。
14.東京もんと慶應タイプの関西人観。「ぶぶづけでもどないだす」の意味。 〔今回〕


にせユダヤ人と日本人 (1983年)
朝日新聞社
浅見 定雄

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