同志社 今出川【9/13】アーモスト館。パラディアンウインドウ、ギャンブレル屋根。「アマースト大学」

[第447回]
   同志社 今出川キャンパスの東側のエリアで、啓明館の後ろ(北側)にウィリアム=メレル=ヴォーリズ設計の「アーモスト館」がありますが、同志社の構内からはアーモスト館の付近までは行くことができず、今出川御門から相国寺に至る道を北に行くと見えてきますが、アーモスト館のすぐ前まで行くことはできません。↓
画像

( ↑ アーモスト館。 北西側から見たもの。 )
画像

( ↑ アーモスト館。 南西側から見たもの。 )

( ↑ 「 i 」マークがアーモスト館。 )
≪ 同志社 アーモスト館  1932年 W.M.ヴォーリズ
京都市上京区今出川烏丸東入ル玄武町601 ≫
≪ 啓明館の北、アーモスト館は、正真正銘のジョージアンスタイル、新古典主義のアメリカンハウスである。中央2階のアーチ窓に注目してほしい。円柱2本を従えて、窓が三分割されている。これがパラディアン・ウインドウだ。イタリアルネサンスの建築家パラディオの作品にちなんだ窓デザインで、ジョージアンスタイルはパラディオのリバイバルだだった。だからこれがあればジョージアンスタイルだなとわかるわけだ。≫
( 円満字 洋介『京都・大阪・神戸[名建築]ガイドマップ』(2011.10.31.エクスナレッジ)

≪ 同志社大学アーモスト館 昭和7年(1932)
京都市上京区今出川烏丸東入
鉄筋コンクリート造煉瓦張り3階建て
登録有形文化財 ≫
≪ 新島襄の母校アーモスト大学との交流のシンボルであり、米国の伝統的建築様式の一つであるコロニアル・スタイルをとる学生寮建築である。 赤煉瓦の歴史様式建築であるが、鉄筋コンクリート造による構造や暖房設備も充実していた。同志社には他に一致遠館および啓明館(旧図書館)など、大正期のヴォーリズの建築がある。≫
( 山形政昭 監修『ヴォーリズ建築の100年』2008.2.10.創元社)

画像

↑  クリックすると大きくなるので大きくして見てください。 右の表札は≪同志社アーモスト館 DOSHISYA AMHERST HOUSE ≫、左の門扉には≪施設利用者以外の入場はご遠慮ください。 同志社大学≫と書かれています。
   一般にこの建物は「アーモスト館」と言われ、≪新島襄の母校アーモスト大学との交流のシンボルであり≫と山形政昭 監修『ヴォーリズ建築の100年』(2008)にも書かれているのですが、しかし、↑の表札の「DOSHISYA AMHERST HOUSE」の「AMHERST」では、「アーモスト」よりも「アマースト」と読みたくなります。《ウィキペディア―アマースト大学》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E5%A4%A7%E5%AD%A6 では≪ アマースト大学(英語: Amherst College)は、マサチューセッツ州に本部を置くアメリカ合衆国の私立大学である。1821年に設置された。・・・なお、同校卒業生の新島襄が設立した同志社大学では「アーモスト大学」の表記を使用している。 ・・≫と出ているので、もともとは「アマースト」だったのが、どういう経緯か「アーモスト」と同志社では表記されて、それが今日に至っているということかもしれません。 

  ≪ 中央2階のアーチ窓に注目してほしい。円柱2本を従えて、窓が三分割されている。これがパラディアン・ウインドウだ。イタリアルネサンスの建築家パラディオの作品にちなんだ窓デザインで、ジョージアンスタイルはパラディオのリバイバルだだった。だからこれがあればジョージアンスタイルだなとわかるわけだ。 ≫と円満字 洋介『京都・大阪・神戸[名建築]ガイドマップ』(2011)が言うところの≪アーチ窓≫というのが↓
画像

( ↑ 2階 西面 中央。 )
   よく見ると、この≪円柱2本を従えて、窓が三分割されている≫という「パラディアン・ウインドウ」は西面だけではなく北面にも南面にもあります。↓
画像

( ↑ アーモスト館 北面。 )
画像

( ↑ アーモスト館、 南面。 )
   「ジョージアンスタイル」とは何ぞや? 円満字洋介は≪これ(パラディアンウインドウ)があればジョージアンスタイルだな≫と書いているのですが。
   藤井正一・小原二郎 編集『インテリアコーディネーター ハンドブック 技術編』(1994.1.10.インテリア産業協会)には、
≪ イギリスでは、ロバートを含むアダム4人兄弟が、マホガニーやサテン・ウッドを生かした家具をつくった。18世紀後期、アダムとほぼ同時代に、ジョージ・ヘップルホワイトも古典的な特徴のある家具をつくったが、ハート形や盾型をした背のいすは、最も優美ないすとして知られている。またトーマス・シェラトンは18世紀末に活躍した家具作家で、直線的な構成を得意としたが、家具に関する著作でも評価されている。チッペンデールを含め、アダム、ヘップルホワイト、シェラトンが活躍したのは、ジョージ1世、2世、3世の時代なので、ジョージアン様式とも呼ばれている。この時代は中産階級が重要性をもつようになったことと関連して、デザイナーたちもその人たちを対象とする家具に力を入れた。ヘップルホワイトは、都市のアパートに住む人たちのための機能的な組合せ家具なども製作している。ドイツではダビット・レントゲンが多数の職人を組織して時計や家具を製作し、その作品は全ヨーロッパの王侯貴族に納められ名声をあげた。≫ とある。
   《ウィキペディア―パッラーディオ建築》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%83%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AA%E5%BB%BA%E7%AF%89 を見ると、たしかに、「パッラーディオ風窓」としてクレイドンハウスの写真に、中央にアーチ窓があってその両側に長方形の窓が配置された3つ続きの窓の写真が掲載されています。
※ 《ウィキペディア―アンドレア・パッラーディオ》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%83%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AA
  《コトバンク 家とインテリアがわかる事典 ジョージアン様式》https://kotobank.jp/word/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%A2%E3%83%B3%E6%A7%98%E5%BC%8F-796445 には≪イギリスのジョージ1世から4世までの時代(1714~1830年)の建築・工芸様式。イタリアの建築家パラディオに範をとった古典的様式。建築物ではロンドンのサマセットハウスが代表的。≫と出ています。 「ロンドンのサマセットハウス」とはどういうものなんだ? というと、《コトバンク デジタル大辞泉の解説 サマセットハウス》https://kotobank.jp/word/%E3%82%B5%E3%83%9E%E3%82%BB%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B9-511935 には≪ 英国の首都ロンドン、ウエストミンスターにある18世紀に建造された新古典主義様式の建物。テムズ川に面する。建築家ウィリアム=チェンバーズの設計。印象派の優れたコレクションを有するロンドン大学付属コートールド美術研究所、通称コートールドギャラリーがあることで知られる。≫と出ていますがこの説明では今一つよくわからない。《ウィキペディア―サマセットハウス》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%9E%E3%82%BB%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B9 や《london xyz サマセットハウス》https://lon-don.xyz/castle/1701/ 、《WELCOME TO GREAT BRITAN サマセットハウス》https://www.visitbritain.com/jp/ja/samasetutohaususomerset-house などには写真も掲載されているのですが、それがジョージアン様式だと言われると、そうかいなあとも思うが・・・。アーモスト館とは必ずしも似てないようにも思う。
  アーモスト館は西側の道路から外観は見えますが内部の見学はできません。山形政昭監修『ヴォーリズ建築の100年』(2008.2.10.創元社)には、「談話室」と「談話室内ガラス戸」と内部の写真が2枚掲載されていますが、談話室は≪浅いレリーフ装飾が特色のアダム様式に倣ったエレガントなインテリア≫というのですが、そうなのかどうか・・・・、まあ、わかる人はわかるのかもしれませんが・・・・。

   南面からは、啓明館の方に2階部分で行き来できるように渡り廊下でつながっているようです。↓
画像


   こういう「腰折れ屋根」だと、その折れている部分、勾配が変る部分での勾配の変わり方が大きいと、そこで滝のようにドドドォ~と雨水が落ちる・・・なんてことないだろうか、なんてことを考えたことがある。 どこで考えたかというと、フリーダムアーキテクツデザイン(株)〔本社:東京都中央区。 発祥は関西で、社内公用語は大阪弁〕https://www.freedom.co.jp/ にいた時に、この会社の自称「設計士(さま)」というのは、ガルバリウム鋼板というの(実際は「ほとんどトタン」なのだが)が好きで、そのガルバリウム鋼板という金属系の屋根材で、腰折れ屋根にした家というのがあったのだが・・・。 一般に金属系の屋根材というのは、彩色スレートとか瓦よりも勾配は緩やかでも良いとされるている・・・のだけれども、だからいいことばかりでもなく、勾配が緩やかな屋根というのは小屋裏部分の体積が小さいわけで、小屋裏というのは暑さ寒さの緩衝帯としての役割を果たすのですが、その部分の体積が小さいということは、特に夏場は最上階が暑くなりやすいという点があり、小屋裏に物入れを取ろうとした時に取りにくいという点があるが、何らかの理由で高さに制限がある場合には、彩色スレートや瓦だときっちりと流れない可能性が考えられる緩い勾配でも大丈夫という利点があるのですが、もしも、腰折れ屋根にして下側の勾配が相当に急であった場合、彩色スレートくらいの屋根材ならまだいいとして、フリーダムアーキテクツデザイン(株)の「世界でただひとつ」ガルバリウム鋼板しか知らない「設計士(さま)」の単細胞思考による屋根材選択としてガルバリウム鋼板を選んだ場合、腰折れ屋根の折れた部分(勾配が変る部分)から滝のごとく、ドドドォ~オと雨水が流れ落ちる、まさに滝! すご~い・・・なんてならないか? ・・・そんな家に住んでみた~い♪ ・・・て思うかどうか・・・。 そうなってないかなんて考えたことがあったのです。ぜひ、その家を雨の日に見に行ってみたいとも思ったのですが、その前に辞めてしまいました。同社の設計担当者(自称「設計士(さま)」というしろうと。)は、もし、そうした場合、構造上、どうなるのか、問題は発生しないのかという考察を十分にやらずにデマカセのようなことをやっているケースが多く、「世界でただひとつの家」などと同社はホームページで言っていますが、その点では無責任だと思います。 それで、このヴォーリズ設計のアーモスト館も「腰折れ屋根」になっているのですが、こういう腰折れ屋根はおしゃれではあるのですが、雨の流れ方が、もしも、「折れ」より上の部分の勾配が雨の流れ方にとって最適の勾配だとすると、「折れ」より下は勾配が急すぎて滝のように流れおちるということはないか、逆に「折れ」よりも下の部分の勾配がその屋根材にとって最適の勾配であったなら、「折れ」よりも上の部分というのは勾配が最適な勾配よりも緩やかで雨水が流れにくいということはないのか、などと考えたりしたのです。
   1960年代後半、私が小学生であった時、大阪府で親が小堀住研(株)で建てた家は、アスファルトシンブルの屋根材で西側に急勾配屋根をとり、西側の道路から入った所の玄関ホールを吹き抜けにして、東側の勾配を緩やかにしたのですが、完成直後は斬新なデザインとして前を通る人なども「すごい」と称賛する人があったのですが、片側の勾配が急で他方が緩やかな屋根の問題として、その後、長く住んでいると、勾配が急な側は屋根の手入れをしようとすると足場をかけないと危険で作業ができない、緩やかな側は屋根が傷みやすく、雨漏れを起こす可能性も高くなる。1970年前後はアスファルトシングルという屋根材は新築する家でよく見かけのではよく見かけたのですが、最近では、屋根材として生産はされているようですが使われることは少なくなったようで、傷んだ時にめくって貼りかえるということがやりにくく、我が家も、上からかぶせて補修するということを二度やった後、あきらめて金属系の屋根材をさらにかぶせる補修をしました。我が家の場合も、片側が急勾配で他方の側が緩やかな勾配にしたことで、勾配の急な側はメンテナンスがしにくい、勾配が緩やかな側は屋根が傷みやすいという問題が出たのです。 屋根の勾配と屋根材の関係として、その屋根勾配に適した屋根材があり、その屋根材に適した勾配があるのですが、我が家のように切妻の頂上を片側に寄せると、どちらかがその屋根材に最適な勾配ではなくなることがあるようです。 「マンサード屋根」「ギャンブレル屋根」の場合も、「腰折れ」の所で屋根の勾配が変りますから、その場合、はたしてその屋根材に最適な勾配はどちらなのか、両方がその屋根材にふさわしい勾配の範囲内なのか・・・という問題が出てくるのではないでしょうか。もしくは、「腰折れ」の箇所より上と下は同じ屋根材を使うべきなのか、急な勾配の所と緩やかな勾配の所で屋根材は変えるべきなのかという問題も出てきます。
  そう思って見ると↓
画像

画像

↑ アーモスト館の場合、「折れ」の部分、勾配が変る部分で、一段、段差が意図的に造られています。はっきりと段差を意図的に設けていますが、その上側と下側で屋根材が変っているわけではないようです。
   「腰折れ屋根」と「マンサード屋根」は言葉が比較的よく知られているのですが、もうひとつ、「ギャンブレル屋根」というのがあって、どう違うかというと、「腰折れ屋根」は寄棟や切妻の屋根で途中で勾配が変るもののことで、「マンサード屋根」は寄棟が途中で勾配が変るもの、「ギャンブレル屋根」は切妻で途中で勾配が変るもののことのようです。 但し、ひとによって用語の使い方は違うようで、「腰折れ屋根」とは「ギャンブレル屋根」のことで「マンサード屋根」とは違うとする人もあるようで、又、「マンサード屋根」という言葉を寄棟で勾配が変るものも、切妻で勾配が変るものにも、両方にこの言葉を使っている人もいるようで、そのため、用語が混乱しているようです。↑のアーモスト館の屋根は「ギャンブレル屋根」ということになりそうです。
   このアーモスト館の場合、ギャンブレル屋根を採用したのは、小屋裏部分に3階をとるためということがあったのかもしれませんね。
   「今は昔」の話になってしまいましたが、1980年代後半、小堀住研(株)[→エスバイエル(株)…→(株)ヤマダエスバイエルホーム→(株)ヤマダホームズhttps://yamadahomes.jp/ ]の木質パネル構法では、3階建は直下階の半分の面積までの小屋裏3階の3階建がシステム認定で認められていて、小堀住研(株)の「ハウス55 スリーサム」というタイプの展示場が東京都の晴海にあり、なるほど、こうやれば3階建てで活用できるんだ・・となかなか魅力的にできていたのですが、1989年に初代社長の小堀林衛が他界した後、1990年代に、初代の「おいっこ」と言っていたが実際は「メカケの子」だか「メカケの娘の婿」だからしい二代目の中島昭午が会社名から黙っていても「小堀遠州と関係あるのか」と客の側で勝手に勘違いしてくれる「小堀住研」という会社名からその「小堀」を取り去り、「エスバイエル」という意味がよくわからない、「ツー バイ フォー(2×4)」の会社なのかと誤解されるおそれのある「エス バイ エル(S × L )」という会社名に変えて、「中島昭午が歌う演歌集」などというアホなCDまで出して、そのうち、「最低価格帯のカテゴリーキラーを目指す」などとアホなことをあっちやらこっちやらで言いまくり書きまくりして自社の値打ちを社長が一生懸命下げて、そしてだめにして、ヤマダ電機に買収されることになったが、あの小屋裏3階建も、このギャンブレル屋根の勾配の部分を3階にしたヴォーリズのアーモスト館と同じく小屋裏部分を3階にしたものでした。けっこう魅力的なものを作っていたのに、従業員は滅私奉公して会社に尽くしても、アホが社長になると必死になって会社をつぶそうとすることになるようですね。 切妻屋根で勾配を普段よりも急にすることで小屋裏3階をとることができますが、切妻ではなく「ギャンブレル屋根」にするとさらに小屋裏3階の部分の容積を広くとることができ、「ギャンブレル屋根」でそれを実行したのがこのアーモスト館と言えるでしょう。
※ コトバンク 大辞泉の解説 腰折れ屋根 https://kotobank.jp/word/%E8%85%B0%E6%8A%98%E3%82%8C%E5%B1%8B%E6%A0%B9-501047
ウィキペディア―ギャンブレル屋根 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%AC%E3%83%AB%E5%B1%8B%E6%A0%B9
ウィキペディア―マンサード屋根 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%89%E5%B1%8B%E6%A0%B9

   このアーモスト館の屋根材て何だろう?  まさか、ケイミュー(株)〔旧 クボタ松下電工〕https://www.kmew.co.jp/shouhin/roof.html のカラーベスト・・・なんてことないわなあ・・・と思って、カメラの拡大機能を使って撮影してみると、↓
画像

↑ 石の種類まではわかりませんが、石を板状にしたものでしょうね。


   ヴォーリズは「建築家」にして「実業家」で「キリスト教の伝道者」で、キリスト教系の学校の建築を多く手がけており、山形政昭監修『ヴォーリズ建築の100年』(2008.2.10.創元社)には、「ヴォーリズが建築計画に関与したミッションスクール」という表が掲載されているのですが、ヴォーリズ自身がプロテスタントの人だからということでしょうか、ヴォーリズが手がけたのは基本的にはプロテスタントの学校で、カトリックの学校の建築は担当していないようですが、カトリックはすべてローマ教会のもとにあるわけで「派」はないのに対し、プロテスタントの場合は「・・・派」というのがけっこういろいろあるわけですが、プロテスタントの学校の場合は「・・・派」の学校でないとやらないということはなかったようで、けっこういろいろな「派」の学校の建築を手掛けているようです。
ずいぶんいろいろな学校の名前が出ているので、すべて知りたい方は同書をご覧になることをお勧めしますが、
日本基督教団の中では
「メソジスト系」青山学院・関西学院など、
「カナダメソジスト系」の東洋英和女学院、
日本組合協会同志社・梅花学園・神戸女学院など、
日本キリスト教会では、プレスビテリアン系の大阪女学院など、ダッチリフォームド系のフェリス女学院、合同系の明治学院など、
外国ミッションに直接関係しない日本基督教団の学校で恵泉女学園・近江兄弟社学園
日本基督教団以外では、
聖公会系のプール女学院、
ルーテル系の九州学院など、
バプティスト系で西南学院など。
フレンド系の普連土学園では講堂・チャペルの計画案を作成するところまでいったらしい。
山形政昭監修『ヴォーリズ建築の100年』(2008.2.10.創元社)この表を見ると、どの学校がどの「派」なのかというのがよくわかります。
  関学と青山は、どちらも「メソジスト系」だけれども、「外国ミッション」としては
関西学院は「(MES)  Methodist Episcopal Church South」、
青山学院は「(MEC) Methodist Episcopal Church」、
と少々違うようです。
   三田の慶應の近所に「普連土学園」という女子高があって、漢字で「普連土」なんて書いてあるので、これは中国系の学校なのだろうか・・・なんて思ったことがあったのですが、そうではなくキリスト教系の学校で、「フレンド系」というのは、《ウィキペディア―クエーカー》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%BC によると、≪ クエーカー(Quaker)は、キリスト教プロテスタントの一派であるキリスト友会(キリストゆうかい、Religious Society of Friends, フレンド派とも)に対する一般的な呼称である。友会は、17世紀にイングランドで設立された宗教団体である。 清教徒革命(イングランド内戦)の中で発生した宗派で、教会の制度化・儀式化に反対し、霊的体験を重んじる。この派の人びとが神秘体験にあって身を震わせる(quake)ことからクエーカー(震える人)と俗称されるようになった。・・・≫ということらしい。 普連土学園も「在日中国人の人の学校」ではなく「フレンド派のキリスト教系の学校」らしい。ちなみに、慶應の法学部・経済学部・商学部・文学部の専門課程がある東京都港区の三田は、なぜか、女子高と短大が付近に多い地域だったのだが、三田の付近の女子高と短大・大学は、「かわいらしい女子高生・短大生の学校」と「にくたらしい女子高生・大学生の学校」に2分され、普連土学園は「かわいらしい女子高生の高校」の方であった。・・・「にくたらしい女子高生の高校」とはどこか知りたい人もいるかと思うが・・・、大きな声で言うと何かとうるさいかもしれないので小さい声で言うことにするが、要するに、慶應女子校というのが「にくたらしい女子高生の高校」だった・・・・と思っている人は思っていると思う・・・(^^)/  「にくたらしい女子大生の大学」はどこかというと・・・、それはまあ、言わぬが花・・・(^^)/
   近江兄弟社というと、「メンソレータムの近江兄弟社」だったと思ったのだが、いつのまにか、メンソレータムはロート製薬が作るようになって、近江兄弟社は「メンタームの近江兄弟社」になったらしい。
   ヴォーリズというと、近江兄弟社。 近江兄弟社というと、やっぱり、これ↓ 

【第3類医薬品】近江兄弟社メンターム 85g
近江兄弟社
1975-12-05

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト



   次回https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_7.html 、同志社女子大栄光館・・・

   (2019.3.6.)

☆ 同志社 今出川校地 見学
1.共学同志社見学。JRと京都地下鉄の駅名のつけ方。母親の自慢を本気にする男 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201902/article_1.html
2.裏口入学は「庶民」か? 「思考が柔軟」か? 西門、彰栄館。 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201902/article_2.html
3.グリーン設計の礼拝堂。「パンのみにて生きるにあらず」を理解する者しない者 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201902/article_3.html
4.「ハリス理化学館 同志社ギャラリー」、大学からなくなるスピーカーズコーナー https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_1.html
5.明徳館、『同志社のシンボルとなっている塔』のある建物。「美しき水車屋」の娘? https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_2.html
6.千葉教会と同じリヒャルト=ゼール設計の「大志を抱け」とは別人のクラーク記念館 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_3.html
7.寒梅軒、牛の像と大日如来石碑。有終館、致遠館、正門からすぐの良心の碑 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_4.html
8.啓明館。ヴォーリズ設計は新島遺品庫。栂と黒松。京都御苑から相国寺 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_5.html
9.アーモスト館。パラディアンウインドウ、ギャンブレル屋根。「アマースト大学」。同志社は日本組合教会、関学はメソジスト。〔今回〕
10.同志社女子大栄光館。武田五一知ってる? 学校は建築家が完成させない方が良い https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_7.html
11.大丸ヴィラ・日本ナザレン教団上京教会・日本聖公会聖アグネス教会ほか https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_9.html 



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック