同志社今出川見学【3/13】グリーン設計の礼拝堂。「パンのみにて生きるにあらず」を理解する者しない者

[第441回]
   「西門」を入ってすぐ左(北)、「地下経路」からの出口を出てすぐ右(西)に彰栄館があり、そこを東に行くとすぐ左手(北側)に「礼拝堂」がある。↓
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( ↑「 i 」マークが礼拝堂。 )
 ↑ 「重要文化財 同志社 礼拝堂」「昭和38年(1963年)〇月1日指定  煉瓦造」と書かれているようですが、その後は何と書いてあるのかよくわかりません。 
↑ ≪同志社 礼拝堂  1886年 D.C.グリーン 京都市上京区今出川通烏丸東入ル玄武町601 ≫
≪ 左手の礼拝堂は、とても大きい。それでいて目鼻立ちがはっきりしている質素でいて礼儀正しい建築だ。
  同志社のキャンパスはひとつの町のように作られていて、そのほとんどが赤レンガなのは、田園都市をイメージしていたのだと思う。来るべき未来都市を思い描いていたのだろう。≫と、円満字 洋介『京都・大阪・神戸[名建築]ガイドマップ』(2011.10.31.エクスナレッジ)には書かれているが、そんなに大きいかな・・・?  礼拝堂としてはもっと大きいものはあると思う。 ≪礼儀正しい≫というほど他の建築より≪礼儀正しい≫かどうかはわからないが、不真面目なものではないだろう。 ≪質素でいて≫というほど質素かなあ・・・?  煉瓦造らしいが、煉瓦造自体、けっこうカネかかるのではないか? 
   設計者の「D.C.グリーン」とは?  八木幸二・田中厚子『アメリカ 木造住宅の旅』(1992.1.30.丸善 建築探訪3) や「地球の歩き方」編集室『テーマで旅するアメリカ ’10~’11』(2009.11.13.改訂第8版 ダイヤモンド・ビッグ社)に掲載されている ロスアンゼルスの北東、パサディナの「ギャンブル邸」(1906)の設計者が「グリーン兄弟」だったが、その「グリーン」さん?  ちなみに、「ギャンブル邸」というのは博奕打ちの家ということではなく、全温度チアーでおなじみのプロクター=アンド=ギャンブルの経営者一族の別荘らしい。
   「ギャンブル邸」はというと、《グリーン兄弟のギャンブル邸》http://www.t3.rim.or.jp/~u-minami/class%20archtect/w.house/w.house%20pdf/ganble.pdf#search=%27%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3%E5%85%84%E5%BC%9F+%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%AB%E9%82%B8%27 には≪プロクター&ギャンブルという著名な大企業の二代目社長であるデイビッド・ベリー・ギャンブルがチャールズ・サマー・グリーン(1868~1957)とヘンリー・マザー・グリーン(1870~1954)の兄弟に設計を依頼し、1909年に完成した住宅です。≫と出ているのに対し、同志社 今出川校地 礼拝堂の方は「D.C.グリーン」、「チャールズ・サマー」でも「ヘンリー・マザー」でもなさそうで、《ウィキペディア―ダニエル・クロスビー・グリーン》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%8B%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3 によると、≪ダニエル・クロスビー・グリーン(Daniel Crosby Greene, 1843年2月11日 - 1913年9月15日)は、宣教師、牧師、建築家、聖書翻訳者。アメリカ合衆国マサチューセッツ州出身。 ≫で、≪1869年、アメリカ外国伝道委員会(アメリカン・ボード) (American Board of Commissioners for foreign Missions)に派遣され11月30日(木曜日)に来日。横浜に到着し、その後の1870年にヘンリー・ブロジェットの勧めにより、神戸で宣教。・・・・同志社大学の教員として、また同志社内の建築物の設計などで活躍。≫と出ており、同志社 礼拝堂の設計者のダニエル=クロスビー=グリーンはギャンブル邸の設計者のグリーン兄弟の2人(チャールズ=サマー=グリーン・ヘンリー=マザー=グリーン)とは別人のようです。 ギャンブル邸の竣工は《グリーン兄弟のギャンブル邸》http://www.t3.rim.or.jp/~u-minami/class%20archtect/w.house/w.house%20pdf/ganble.pdf#search=%27%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3%E5%85%84%E5%BC%9F+%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%AB%E9%82%B8%27 では≪1909年に完成した≫と書かれていますが、「地球の歩き方」編集室『テーマで旅するアメリカ ’10~’11』(2009.11.13.改訂第8版 ダイヤモンド・ビッグ社)では、≪施工:1908年 設計:Green&Green ≫と1年違いますが、まあ、そのあたり(1904年~1905年の日露戦争のちょっと後あたり)なのでしょう。
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↑ 南西側から見た「礼拝堂」
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↑ 南東側から見た「礼拝堂」
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↑ 北西側から見た「礼拝堂」
   ところで、屋根のてっぺんのぎざぎざは、あれは何だろう? ↓
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↑ 装飾を兼ねた「カラス除け」だろうか?

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↑ 「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる。
    ――マタイによる福音書 4章4節 」

≪ そこでイエスは荒野へと霊に導かれた。悪魔に試みられるためであった。四十日四十夜断食し、ついに飢えられた。試みるものが彼に近づいていった、「もし神の子なら、これらの石にパンになれといいなさい」と。答えて言われた、「聖書にいわく、『パンだけで人は生きるのではなく、神の口から出るすべてのことばによる』と」。 そこで悪魔は彼を聖都へ連れ行き、宮の屋根に立たせて彼にいう、「もし神の子なら、あなた自身を下に投げなさい。聖書にいわく、『彼はなんじのために天使たちを動かし、彼らは手のうちになんじを支えよう、なんじが足を石に打ちつけないように』と」。 イエスはいわれた、「聖書にまたいわく、『なんじの神である主を試みるな』と」。また悪魔は彼をいと高き山に連れ行き、世のすべての王国とその繁栄を彼に示していった、「もし伏してわれを拝むならば、これらすべてをなんじに与えよう」と。そこでイエスはいわれる、「サタン、消えてうせよ。聖書にいわく、『なんじの神である主を拝み、彼ひとりに仕えよ』と」。そこで悪魔が彼を去ると、見よ、天使たちが近づいて彼に仕えていた。≫
( 『新約聖書 マタイ福音書』4章1節ー11節 前田護郎訳 〔 前田護郎責任編集『世界の名著 聖書』1978.9.20.中央公論社 所収〕 )
≪ 第一は魔術、第二は奇行、第三はこの世の勢力への誘惑で、いずれも堕落した宗教にありがちである。≫
( 前田護郎 訳注。 )

   「もし神の子なら、これらの石にパンになれといいなさい」と「試みるもの」がイエスに言ったのに対し、イエスは「聖書にいわく、『パンだけで人は生きるものではなく、神の口から出るすべてのことばによる』と」と答えられた。 これは、たとえ、断食をして飢えた状態においても、生活が苦しい状態においても、魔術によって石をパンに変えるようなことは、たとえ、できてもするべきではない、という魔術の否定であるかもしれないが、この文句が大学の構内に掲げられているという点に別の意味合いもあるのではないかと思う。
   大塚久雄『生活の貧しさと心の貧しさ』(1978.みすず書房)所収の大塚久雄『社会科学を学ぶことの意義について』に、≪ 社会科学を学ぶことは、何よりもまず、それ自体として意味をもっている、と。つまり、知るに値することを知ろうとする、そういう知的価値の追求である限りにおいて、それ自体として意味があるわけです。言いかえれば、そこには学問のために学問をするという一面が確かにあるわけです。・・・ ≫と書かれている。 学問はまず学問そのものとして価値があるのであり、「知るに値することを知ろうとする」ということに意味がある、と。 それが収入につながって悪いということはないとしても、学問はそれが収入につながることで価値があるのではなく、まず、「知るに値することを知ろうとする」ことにおいて価値がある、と言えるはずなのです。北村透谷に(文学の目的として)『人生に相渉るとは何の謂ぞ』(『北村透谷選集』岩波文庫 所収)という文章がある。 文学にしても学問にしても、「人生に相渉る」ためというのは、それは本来的ではない。学問は売るためのものではなく買うものではないのか、と。 『旧約聖書 箴言』には「知恵を売ってはならない。知恵と教訓と悟りを買え」という文章があったと思う。 大塚久雄『生活の貧しさと心の貧しさ』(1978.みすず書房)のどこかに述べられていたと思ったのですが、今、探すと見つからないのでもしかすると他の書物で見たのかもしれませんが、学問というものは、精進して突き詰めていけば、必ず、現実の社会との間に「緊張関係」とでもいったものが出てくる。これは革命理論のようなものについてどうという話ではなく、保守的なものであっても、突き詰めていくと、必ず、「緊張関係」とでもいうようなものが出てくるものだ、と。 それらをどう考え、どう対処していくべきか。 それを自ら考えることこそ学問のはじまりではないか。 かつて、東大の総長の某さんが東大の入学式で「太ったブタになるよりも、痩せたソクラテスになれ」と述べたというのも、そのあたりに通じるものではないかと思います。そうした時、どうも、慶應大学出身の人というのは、「なんでそんなもの、痩せたソクラテスなんてものにならんといかんのだ」と考える人が多く、そう口にする人が多い。そのあたりが、慶應は「ブタ人間の大学」「ブタ商人養成所」の性格がある大学と言わざるをえないのではないか。 そもそも、新入生の女子学生を何人もで強姦(輪姦)するなどということをやってそれを楽しいと思うようなヤカラというのは、これは、たとえ、入学試験の成績で比較的良い成績を取ったとしても、語学力とかが比較的あったとしても、それは精神的貧困な人間であり、それでペナルティーを受けたからどうということではなく、たとえ、ペナルティーを課されることなく逃げおおせることができたとしても、そういう人というのはその程度の人だと言わざるをえないでしょう。どうも、「慶應タイプ」の人間には昔からそういう人間が多い。私の親戚でも、兄弟3人のうち、2人が東大卒で1人が慶應大卒という人がいて、その慶應大卒の人がいつも言うらしい。「自分だけ慶應卒だけれども、収入は自分が一番多いんやで」と。慶應卒の人間が言いそうなことだと思いました。「慶應タイプのブタ人間」。 ジャン=ポール=サルトル『自由への道 第一部 分別ざかり』(佐藤朔・白井浩司訳 1983.改訂重版 人文書院 サルトル全集第一巻)には≪彼の内ポケットには、膨れた、札束のつまった財布、豚商人の財布がある。・・・≫という文章がある。 こういうことを慶應大学の学生に言っても聞く耳のある者はいない。彼らはブタ商人のブタ財布を獲得するためだけに大学に行っているのであり、両腕いっぱいにカネを女を抱構えて生きるという人生こそ人間にとっての幸せであり、そういう人生を生きる者が「独立自尊」であり「福沢精神」であり「自我が確立されている」であり「スマート」であり「人間として成熟している」であり、「アイデンティティーを持っている」で、そして、「ギャルにもてもて」とか思っているのである。 ジャン=ポール=サルトル『自由への道 第二部 猶予』(佐藤朔・白井浩司訳 1983.改訂重版 人文書院 サルトル全集第二巻)には≪ すると、灰いろのフラノの服を着た、褐色の髪の大男にぶつかって、商店のショーウィンドウの方に押しやられた。ジョゼフ・メルシェは眼を上げて、『タンスみたいな奴だ!』!と思った。こいつはタンスであり、壁である。無感無情な乱暴者で、クラスの真中で彼を嘲った、初等数学の、大男シャメルリエそっくりだ。こういう手合は、なにも、自分のことも疑わず、決して病気にならず、顔面神経通もなく、女と生活を腕一杯に抱え、他人をショーウィンドウに押しのけて、まっしぐらに進む奴らだ。・・・≫という文章があるが、「慶應タイプ」の人間にはそういうヤカラが多い。福澤諭吉という人はそういう人ではなかったと思うし、福沢諭吉が言う「実学」とは「女と生活を腕一杯に抱え、他人をショーウィンドウに押しのけて、まっしぐらに進む奴ら」のことを言うのではないと思うのだが、慶應の人たちはそういうものを「実学」で「独立自尊」で「自我が確立されている」で「アイデンティティーをもっている」で「大人だ」とか思っている人間が多い。「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる。」などと口にしようものなら、「独立自尊の精神がない」「自我が確立されていない」「未成熟」「外罰的性格」「なんたらかんたらシンドローム」とか「診断」されることになる。 同志社の構内に「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる。」という「聖書」の文章が書かれているということは、ここの大学においては、「慶應タイプのブタ人間」がいいとは思わない人がいるということなのだと思う。 もちろん、「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」というのはパンのために働いてはならないという主張ではないので、パンのために働いて悪いことはないのであるが、「ブタ人間のすすめ」を肯定しないと「自我が確立されていない」「独立自尊の精神がない」「なんたらかんたらシンドロームにかかっている」等々と「診断」して攻撃するのが「慶應ボーイらしいスマートさ」とか思っている連中には、この「新約聖書」の文句は、およそ理解できない文句であり、理解してたまるかと「慶應ボーイ」は信念もってる文句である。 この「新約聖書」の文句がここに掲示されているという点を私はプラスに評価したいと思う。 「慶應タイプ」のブタ人間、小此木啓吾やそのエピゴウネンどもは「なんたらかんたらシンドローム」「くんたらこんたら症候群」とか「診断」して得意がるのではないかと思うが。

  《ウィキペディア―同志社大学》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8C%E5%BF%97%E7%A4%BE%E5%A4%A7%E5%AD%A6 には、
≪ また新島は生前以下のようにも残している。
「 我が校の門をくぐりたるものは、政治家になるもよし、宗教家になるもよし、実業家になるもよし、教育家になるもよし、文学家になるもよし、且つ少々角あるも可、気骨あるも可。ただかの優柔不断にして安逸を貪り、苟も姑息の計を為すが如き軟骨漢には決してならぬこと、これ予の切に望み、ひとえに希うところである 」
                   —新島襄 ≫
と出ている。「慶應タイプの女たらし」「慶應タイプの強姦魔」みたいな人間にだけはならんといてくれ、ということかな・・・。

  (2019.2.28.)

  次回https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_1.html、ハリス理化学館・・・

☆ 同志社 今出川校地 見学
1.共学同志社見学。JRと京都地下鉄の駅名のつけ方。母親の自慢を本気にする男 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201902/article_1.html
2.裏口入学は「庶民」か? 「思考が柔軟」か? 西門、彰栄館。 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201902/article_2.html
3.グリーン設計の礼拝堂。「パンのみにて生きるにあらず」を理解する者しない者 〔今回〕
4.「ハリス理化学館 同志社ギャラリー」、大学からなくなるスピーカーズコーナー https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_1.html
5.明徳館、『同志社のシンボルとなっている塔』のある建物。「美しき水車屋」の娘? https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_2.html
6.千葉教会と同じリヒャルト=ゼール設計の「大志を抱け」とは別人のクラーク記念館 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_3.html
7.寒梅軒、牛の像と大日如来石碑。有終館、致遠館、正門からすぐの良心の碑 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_4.html
8.啓明館。ヴォーリズ設計は新島遺品庫。栂と黒松。京都御苑から相国寺 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_5.html
9.アーモスト館。パラディアンウインドウ、ギャンブレル屋根。「アマースト大学」 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_6.html
10.同志社女子大栄光館。武田五一知ってる? 学校は建築家が完成させない方がいい https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_7.html
11.大丸ヴィラ・日本ナザレン教団上京教会・日本聖公会聖アグネス教会ほか https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_9.html


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