同志社今出川見学【1/13】共学同志社見学。JRと京都地下鉄の駅名のつけ方。母親の自慢を本気にする男

[第439回]
   このブログでも、大学のキリスト教系施設として、慶應義塾の日吉キャンパス内の慶應YMCAチャペル・京大地塩寮をとりあげ、早稲田奉仕園もとりあげて、キリスト教系の大学としては関西学院と青山学院について掲載した。
※ 慶應YMCAチャペルhttps://tetsukenrumba.at.webry.info/201206/article_3.html
京大 YMCA会館・地塩寮 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201705/article_2.html
早稲田奉仕園 スコットホールほかhttps://tetsukenrumba.at.webry.info/201801/article_5.html
 〃、友愛学舎。信愛学舎 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201801/article_6.html
関西学院 時計台・文学部・神学部・ランバス記念礼拝堂ほか https://tetsukenrumba.at.webry.info/201207/article_1.html
  〃 神学部・ランバス記念礼拝堂、関西学院教会 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201405/article_2.html
旧 関学原田キャンパス ブランチメモリアルチャペル(神戸文学館) https://tetsukenrumba.at.webry.info/201311/article_1.html
青山学院 ウェスレー像ほか https://tetsukenrumba.at.webry.info/201702/article_2.html
 〃 ガウチャー記念堂ほか https://tetsukenrumba.at.webry.info/201702/article_3.html

   で、関西人としては、在東京圏関西人、日本とは東京のことだと主張する東京もんの感覚に合わせた表現で言うならば「在日関西人」といたしましては、キリスト教系の大学というと、やっぱり、関学と同志社だと思うのだ。神戸女学院なんてのもあるけれども、そういう所にうかつに見学に行って、「へんた~い♪」なんて大喜びで言われたのではあほくさい。昔から言うではないか、「男子、危うきに近寄らず」。内田康夫の「浅見光彦シリーズ」でも、『箸墓幻想』では奈良女子大がモデルと思われる「大和女子大」の寮に入っているらしい東京出身の女性を東京にソアラで帰る浅見が一緒に帰りましょうということにしたものの、さすがに女子寮に迎えに行くわけにはいかないとして、「大和女子大」の前で待ち合わせて帰るという場面があった。『黄金の石橋』では東京から鹿児島県の女子大に行っている女性に、「旅と歴史」の藤田編集長の知り合いであるその女性の親が浅見にことづけを頼むが、浅見は、なんで、ぼくなんでしょうか・・・といぶかり、しかたなしに頼まれた物を持って行くものの、さすがに女子寮に行くわけにはいかないと女子大の方に行くという場面があった・・・が、別に女性が嫌いとかいうことではないが、さすがに女子寮なんて所に男が行くわけにはいかんわなあ・・・・。普通はそう考えると思う。女子大てのも、これもまた、うかつに行って「へんた~い♪」とか大喜びで言われたのではかなわん! 今は昔、1993年、インテリアコーディネーターの1次試験の会場が東京都千代田区の九段下の大妻女子大だったのだが、そんな所に男が行っていいのかしらん・・と思って、インテリア産業協会に電話して、「私、男ですけれども、女子大なんて所に入っていいのでしょうか」と尋ねたところ、「いいんです」と言われ、「大妻女子大て男性用トイレはあるのでしょうか?」と尋ねると、「あります」ということだった。それで、行ってみたところ、大妻女子大には女子大なのに男性用トイレがあったんだわ(^^♪ すご~い♪!♪・・・なんてしょーもないことに感動していた結果というわけでもないが、その年は落ちた。で、翌々年に1次に通り、さらにその次の年に2次に通ってその次の年に登録したのだけれども、2回目以降の会場は青山学院だったので、安心して(?)受験することができた。別段、やましいことをしているわけではないが、どうも、試験会場が女子大というのは気持ちが落ち着かない。神戸女学院は、山形正昭監修『ヴォーリズ建築の100年』(2008.創元社)を見ると、関西学院とともにヴォーリズが全体を考えて配置した建物群が“見もの!”のようなのだが、なんせ、女子大に男が行くわけにはいかない。 宝塚少女歌劇てのも何回も見たいとは思わんが、一度、どんなものか見てみたい気もするのだが、あれもまた、男が見に行くわけにもいかない。一度、どんなものか見てみたい気がするのだが・・・・、そうだ♪ 親戚のあいつ、あれを連れて行ってあげるという口実をつければ見に行ける♪ ・・・なんて思っても、ところがその親戚の娘てのは連れて行く口実に使えそうな小学生の時期があっという間に過ぎてふと気づくと中学生になってしまうのだ。・・・ということで、宝塚歌劇てのも、何度も見たいとは思わんが、一度、どんなものか見てみたいと思うのだが、なかなか難しい。男がひとりで見に行ったりしたのでは「へんた~い♪」とか大喜びで言われそうで・・・・、結論としてそこまで無理して見たいとも思わん。神戸女学院にしても東洋英和女学院にしても、「建築探偵団」としては見学に行きたい気持ちもないでないが、「あのう、わたくし、建築を見学したいと思いましてえ~・・・」なんて入口で言おうものなら、なんか、余計に怪しい、いかにも怪しい‥・! とか思われそうで、その点、同志社なら問題ないだろう・・てことで、見学に行ってきた。

   1970年代後半、私が高校3年の時、父は「もし、京大に行くのなら家から通うべきや。甘ったれておってはいかん、甘ったれておっては」と言うので、私と同じ中学校や隣の中学校から北野高校に行って京大に行った人は、みんな、下宿して行っていたが、私は、もし、京大に行ったなら、片道2時間超えて通わされるということか・・と思ったものだった(今は大阪モノレールで「南茨木」乗りかえというルートがあるのでその頃よりは早く行けるかもしれないが)。私は小学校も公立・中学校も公立・高校も公立であり、私立の学校に行った人間と比べるとそれまで費用はかかっていないはずなのだから、国立の大学で片道2時間超えてかかるくらいの所(この場合、「2時間以上」ではなく「2時間超えて」というのは、「2時間半」まではかからないが間違いなくずえったいに2時間より長くかかるという意味である)に行った場合にはその時の下宿代くらい出してくれたっていいのではないか・・と思ったのだが、「甘ったれておってはいかんぞ、甘ったれておっては」ということだった。それなら、下宿代の分だけ家庭教師のアルバイトでもやって稼いで自分で出せばいいということかとも思ったが、父は「わしが下宿せんと家から通いなさいと言うておるんやで」と言い出したらきかない男で、息子が妥協案を出しても、そういう態度を息子がとるということが何より気に入らないという男だった。父は、なにより、「無理矢理やるのが好きなタイプ」であり「嫌がることをさせるのが好きなタイプ」という男だったので、片道2時間超えて通学するなら、下宿するための費用を家庭教師なり何なりのアルバイトをやって稼いだ方が学業に専念できる・・・なんてことを私が考えて提言したりすれば、な~んとしてもそれは否定してやらんといかん、父親としての立場をかけて抑えつけんといかん! と考えるというそういう男だった。私が中学校2年の時、姉がお見合いをしていったん結婚しようと返事をしたが、その後、つきあっているうちにこの人は嫌だと言い出したことがあり、その際も、父は「無理矢理やるとええと思うねん。無理矢理やると。そう思えへんか」と私に言ったことがあり、私は「あかん! そんなもん、本人が嫌やと言うてるものを、無理矢理やるなんてことは絶対にしてはいかん!」と言ったのだが、父は「なんでやねん。ええと思えへんか、無理矢理、むりやり、ムリヤリ、無理矢理、むりやり!」と言い続けた。うちの父親は、そういう「無理矢理やるのが好きなタイプ」のおっさんだったのだ。だから、私の大学進学にしても、「そこだけは嫌!」「お願い、そこだけはやめて!」なんて言おうものなら、な~にがなんでも、そこに「無理矢理」行かせたらんといかん! と考える男だった。うちの父親はそういう男だった。
   父は「京大に行くのなら、家から通うべきや。甘ったれておってはならんぞ、甘ったれておっては」と言うとともに、「京大はアカやからいか~ん!」とも言うのだった。そういうことになると、東大に行くしかなくなる。私が親なら、慶應みたいな強姦魔の大学には息子であれ娘であれ行かせたくないが、それでもともかく本人が決めることであり、親は意見は言ってもいいが親が決めるものではない、と考えるが、私の父親はそうは考えていなかった。「あんたはどこでも行けるようにしなさい。そしたら、わしが決めたるわあ」と言うのだった。大学を卒業する年になると、「あんたが採用してもらえる会社を何社か用意しなさい。そしたら、わしがどこがええか決めたるわあ」と言うので、「決めていりませんけど」と言ったのだが、「な~にを甘ったれた口をきいておるんじゃ、チャンコロっ! のぼせあがるなよ、チャンコロ! おまえは決める役と違うねんぞ、チャンコロッ! 世の中はなあ、ひとのことを決める人間ばっかしでもあかんし、何でもひとから決められて決められたとお~り、せえっせせえっせと服従してやる人間ばっかしでもあかんわけで、天の神さまは大変賢明なお方であって、この世の人間を、自分ではやらずにひとに命令しひとに号令かける人間と、常にひとから命令されてひとから号令かけられてせっせせえっせとやるのが向いている人間と2つに人間をわけてお造りになっておるのや。わしいとかM川先生(父の親友の医者屋)とかT子さん(我が家の兄弟の中で常に父に加担する上の姉)とかM尾さん(父の部下で父の言うことをきくことで昇進させてもらった人)の4人は特別の聖人で常にひとに命令をし常にひとに号令をかけることを天の神さまから命じられてこの世に生まれてきた人間であってやなあ、いわば、ドイツ人なんや。それに対して、あんたあは常にひとから命令され常にひとから号令かけられるのが向いている人間で、あんたはひとから号令かけられることが何よりうれしい人間で、あんたは号令かけられることに快感感じる人間なんや。あんたはチャンコロなんや。あんたは神さまがチャンコロとしてこの世にお造りになった人種なんや。そやからやなあ、ドイツ人のこのわしとかM川先生とかそういうえっらいえっらいえっらいえっらい人間が、チャンコロのあんたあに命令をして号令をかけてやってやってやってやあってやってやってやったろと言うてやってやったとるんやないか。甘ったれておってはならぬぞ、チャンコロ! 増長するでないぞ、チャンコロ! 神さまがお決めになったこの世の掟を変えようなどとはゆめゆめ考えてはならぬぞ、チャンコロッ!」と言い続けるのだった。「結婚でもそうやぞ。おまえは決める役とは違うんや。ええか、あんたが女を何人か用意しなさい。そんでやなあ、その女をわしの所に連れてきなさい。そしたら、わしとかM川先生とかいったえらいえらいえらいえらいドイツ人が、『こいつがええ~え!』と言うて決めたるわ。もし、その中にええ女がおらんかったら、その時は、『みんな、あか~ん!』言うたるから、また、あんたが女を何人か用意しなさい。そんで、その中にええのがおったら、『これにせえ』言うたるから、そうやって決めたらええ。そん中にええのがまたおらんかったなら、また、『みんな、あか~ん』言うたるから、あんたはまた、女を何人か用意して連れて来なさい。そんでもって、また、わしとかM川先生とかいったえらいえらい人間が見て決めたるわあ。それがあんたのためや。それがあんたにとっては何より幸せなんや。感謝しろ!」とそう言うのだった。「決めていりませんけど」と私は言ったのだが、「つっけあがるなよ、チャンコロ! のぼせあがるなよ、チャンコロっ! チャンコロの分際でのぼせあがるなよ、チャンコロッ! 民族の違いを忘れるな! チャンコロっ! わしはドイツ人やねんぞ、わかっとんのんか。わし、M川先生、T子さん、M尾さん、この4人はドイツ人であって、常にひとを服従せなければならないと神さまから命じられてこの世に生まれてきた人間やねんぞ、チャンコロ! わかっとんのんか、チャンコロ! それに対して、おまえはチャンコロやねんぞ、このチャンコロ! この浪商! わかっとんのんか! わしはドイツ人で慶應で天高やねんぞ、おまえはチャンコロで浪商やねんぞ! わかっとんのんか、チャンコロ! おまえはチャンコロで浪商の民族で階級やねんぞ、浪商! おまえはなあ、おまえは北野高校に行ったと思うておるかもしれんけどなあ、おまえはほんまは浪商やねんぞ、この浪商めがよくも生まれやがったな、この浪商! 浪商のくせしてからに北野高校に行けたというのは、おまえが努力したからとは違うねんぞ、おまえは何の努力もしとらんねんぞ。このわしがエライからおまえは浪商のくせして北野高校に行けてんぞ。わかっとんのか、浪商! わかっとんのか、チャンコロ! 民族の違いを忘れるな! 階級の違いを忘れるな! この浪商でチャンコロめが、よくも生まれやがってからに、このチャンコロ! 産まれなければよかったのに産まれおってからに、チャンコロ! 浪商!」と言うのだった。その「浪商のくせしてからに北野高校に行けたというのは、おまえが努力したからとは違うねんぞ、おまえは何の努力もしとらんねんぞ。このわしがエライからおまえは浪商のくせして北野高校に行けてんぞ。」という言い回しは、それは父の親友の医者屋のM川が「わしは息子に言うたりますねん。おまえが関西医大に行けたのは、おまえが努力したからとは違うねんぞ。おまえは何の努力もしとらんねんぞ。わしがえらいから裏口で行かせてもらえてんぞ。心得違いをおこすなよと、そない言うたりますねん」と言っていたのを聞いて、「そうや。わしもそない言うたろ」と思ったようだったのだが、しかし、M川の言うことは、まず、M川がえらいからM川のドバカ息子が金権関西医大に行けたという点で間違っているのであり、M川がえらいからM川のドバカ息子が金権関西医大http://www.kmu.ac.jp/ に行けたのではなく、M川に薬漬け・検査漬け・毒盛りされたかわいそうな患者とその家族のおかげでM川のドバカ息子が金権関西医大に行けたのであり、「心得違いをおこすなよ」と言われなければならないのはM川のドバカ息子よりもM川の方である。そして、なにより、M川のドバカ息子は金権関西医大に裏口入学したそうで、私立の高校もまた裏口の可能性が高いと思われるが、しかし、M川のドバカ息子は高校も大学も私立の学校に患者を薬漬け・検査漬け・毒盛りしたカネで裏口入学したかもしれないが、北野高校というのは大阪府立であり私立の学校と違って裏口入学なんてないし、私は裏口で入れてもらったのではないのだ! 医者屋と一緒にするのはやめてもらいたいものだ。けがらわしい!!!
   もしも、京大に行っていたら片道2時間超え・2時間半未満の通学をさせられたことだろう。その上で「親に感謝せえよお。わしに感謝せえよお。とってちってたあ~あ!」と連日言われたことだろう。神戸大は阪急神戸線の「六甲」駅から山側にえっちらおっちら登っていくとあるので、まだ、通えないこともないかもしれんが、京大の場合、京都といっても阪急京都線の四条河原町とか四条烏丸とか四条大宮とか西院とかいった駅から徒歩圏ではなく、四条大宮・四条烏丸・四条河原町からバスに乗って「百万遍(ひゃくまんべん)」バス停のひとつ手前まで行かないといけない。京都は京都でも長岡天神とか桂とかのような茨木・高槻の続きみたいな京都ではなく、円山公園とか八坂神社とかのような阪急のあずき色の電車が走っている駅から徒歩圏とかの京都ではなく、京都でも北部、相当ディープな京都であり、もし、京大に行ったらそんな所まで、我が家よりずっと京都よりに住んでる人間でも下宿して行っているのに私は片道2時間超えて通わされるのか・・・と思うとぞっとした。
   私の父は「京大に行くなら家から通うべきや。なんで、大阪からky応援と京都の大学に行くのに下宿せんといかんねん。甘ったれておてはならんぞ、甘ったれておっては」と言い、京大に行ったら片道2時間超え・往復だと4時間半くらいを通学させられることになるのかと思ってぞっとした・・・・のだが、[第295回]《自分も浪人した・自分も下宿しているという自覚がない大学生1-東京で下宿して大学に行くとカネがかかるか》https://tetsukenrumba.at.webry.info/201705/article_3.html ・[第296回]《自分も浪人した・自分も下宿しているという自覚がない大学生2―浪人・2浪して大学に行くとカネがかかるか 》https://tetsukenrumba.at.webry.info/201705/article_4.html でも述べたが、その後、何の因果か、浪人の上で慶應なんて行かされてしまい、大阪に帰ってきた時に、同じ中学校から同じ北野高校に行って浪人して京大に行ったN口という男に会ったところ、この男は、父が「甘ったれておってはならんぞ、甘ったれておっては」という、まさにその京大に下宿して行くという「甘ったれたこと」していたのだった。しかも、京大に下宿して行くだけではなく、毎週週末ごとに大阪府北部のM市まで往復していたので、そうなると、片方で下宿代がかかり、同時に京都と大阪府箕面市との往復の交通費もかかるという二重にカネのかかる「甘ったれたこと」をしていた、「ウルトラ甘ったれ人間」やっていたことになるのだった。・・しかも、それにもかかわらず、その一番カネのかかることをしていた男から「下宿して慶應みたいなもん、行ったらカネかかってしゃあないなあ!」と文句言われたのだった。N口が私の学費にしても生活費にしても出してくれているのなら、「えらいすんまへんなあ。申し訳ありまへんなあ」とでも一言くらいは言った方がいいだろうけれども、N口は1円でも出してくれているわけでもないのに、そういう口を大威張りできいた、ということがあった。今、思い出しても、あの男、いったい何のつもりだったのだろうか?!? と思うが、要するにそういう男だったのだ。思い出してみると、あの男は小学生の頃からそんな感じの人間だった。 「三つ子の魂、百まで」というが、まさにその言葉の通り、おそらく、今もその調子だろうし、おそらく、死ぬまでその調子だろう。私は、結局、2浪もすることになってしまい、その上で、そこなら浪人なんてしなくても高校卒業時に通ったのではないかと思える大学、そこならあんなに勉強なんてしなくても通った、そんな所に行かされるなら小学校の時も中学校の時も勉強なんてする必要なかったと思える大学に行かされてしまったが、それで得たものがあるか失ったものがあるかというと失ったものだらけであるが、得たものとしては、N口という男がそういう人間性の男だということを認識できる視力を身に着けたというあたりだろう。むしろ、それまで、そういう視力を持たなかったという方が愚かであり、そういう視力がない人間だったという点が、「高校卒業時でも行けた大学」「そんな所に行かされるならあそこまで勉強する必要なかったのにと思える大学」に2浪もして行かされるはめになってしまった原因でもあるかと思う。
   今は昔、新聞の投稿欄に「2浪の功と罰」だか書いていた人がいたが、もともと、高校卒業する年にはろくな大学に行けない人が浪人してそれなりの大学に合格したというケースがあり、慶應の経済とか文学部とかにはけっこうそういうのがいて、そういう人間が「俺なんかは、きっちりと1浪で合格した」などと、「きっちりと」「1浪で」などとわけのわからん日本語を言うことがあったが、そういう人と違って、私は高校卒業する年でも、どこでもいいというわけにはいかないが、どこかということなら「どこか」通る所はあったのだが、そして、2年も浪人して、結果として、そこなら浪人しなくても行けたのではないかと思える(もちろん、高校卒業時に受けていない以上、「想える」と言っても実際に受けていたらわからないのだけれども)大学に行かされてしまったのであり、何やってることかわからんのだが、そういう経験を積んだおかげで人間が見えるようになった面もないことはない。N口という男、あいつ、嫌なヤツやなあ~あ・・・と、小学生の頃から認識できていていいはずだったが、それを十分に認識できていなかった。なんとも愚かだったと思うが、2年も浪人してしまったおかげで、失ったものも相当あるが、それと引き換えに、あの男がどういう人間か見える視力が身に着いた・・・というところもある・・・が、だから、浪人した方がいいとか言うつもりはない。高校生で大学進学を目指している人は現役で通ろうと努力するべきだし、「浪人の経験」なんて「自慢」するアホがいるが、そういうのは自慢するものではないと思うし、高校卒業時にはろくな大学に通らない成績だった者が1浪して慶應あたりに行ったとかいうようなヤカラと、高校卒業時においても旧帝大系国立大学に合格できた可能性がある者が浪人してしまった、というのとは「浪人の経験」などと言っても意味が違う。「俺なんかはきっちりと1浪で通った」とかぬかすような「慶應タイプ」は最初から現役で大学に行くことなんて考えていない人間であり、そういう人間の「浪人の経験」と現役で旧帝大系国立大学に行ける可能性が十分にあったが浪人した者の「浪人の経験」は質が違う。「俺なんかは1浪できっちりと合格した」とか自慢する男の大学に2浪もして行かされてしまったが、親としてはそれで私に負い目を負わせることができた、大成功♪ と思ったようだが、私からすれば、高校卒業する時点では法政も通らんくらいのヤツがどあつかましくも浪人なんてしてその結果、慶應の試験科目だけ(文学部・経済学部なら数学と英語だけ)学習して慶應に通った、それを「俺なんかは1浪できっちりと通った」などと言ってふんぞり返っているようなイヌの糞の糞みたいなやつらの大学に行かされてしまったわけであり、気分の悪いことこのうえないし、慶應みたいなもんに・強姦魔の大学なんかに行かされてしまったのでは、それでは小学校の1年から同級生が遊んでいる時もずっと勉強してきた意味がないことになるが、東大などには行かせたくないと思っていたがだからと言ってそれを口にだして頼むのは絶対に嫌だと考えていた私の親としては結果としては浪人の上で落としてやったことで負い目を負わせて「してやったり」という意識だったようだった。
   で、京大は京都は京都でも銀閣の手前あたりという相当ディープな京都にあるのだが、同志社もまた京都でも北より。どのくらい北かというと、京都御苑よりも北側! というとどのくらい北かわかると思うのだ。 「きょうと~大原三千院♪」よりは手前だし、鞍馬寺よりも手前・・・・といっても、それより北に大学なんかあるかいな。牛若丸じゃあろまいし、鞍馬寺で武術の鍛錬でもするんかいな。 大徳寺より手前、金閣よりも手前・・というのはいいとして、御所より向こうでっせ、同志社てのは。 すでに、京都御所てのは京都は京都でも「ディープな京都」でしょ。 錦市場なんて四条河原町から歩いていけるような場所と違いまっせ。東本願寺なんて京都駅からすぐみたいに京都タワーから見ると見えるけれども、そこまですぐじゃないとしても比較的近い。新幹線の窓から見ると東寺の五重の塔はすぐそこ!・・・に見えるけれども、歩いてみると、そこまで「すぐそこ」ではない! としても、京都駅から歩いて行ける距離だわ。 京都は京都でもそういう京都じゃないんだわ。
   話それるけれども、塔が「すぐそこ」に見えたからといって、すぐだろう、見えるからそれを目指していけばいいのだろう・・・なんて思って行かない方がいいと思う。今は昔、東京都港区の慶應義塾の三田キャンパスの横から東京タワーを見て、なんか近そう♪ ・・・と思い、一度、行ってみよう、近そうだし、道順なんて調べなくても見えるんだから、あれを目指して行けばいいだろう・・なんて思って歩いていって・・・・、そして、俺はもしかしてアホと違うかいなあアホと違うかいなあ~あ、と思ったが、やっぱり、アホやった、ようわかった、俺はアホやった・・・とわかった、ということがあった。「すぐそこ」に見えるからと思って東京タワーなんてそこに向かって歩いて行くと、けっこうあるんだわ。
   で、京都タワーの展望室から見ると東本願寺も西本願寺も「すぐそこ」に見えるし、新幹線の窓から見ると東寺も「すぐそこ」に見えるけれども、実際に歩いてみるとそこまで「すぐそこ」ではない! が、それにしても、「新幹線の窓から見える」「京都タワーのすぐ足元に見える」というようなそういう京都と、「京都御所よりまだ北」の「ディープな京都」とは京都は京都でも京都が違うんだわ!
   阪急の駅からも遠いし、京阪の駅からも遠いし、国鉄→JRの駅からはもちろん遠いし、ついでに京福電鉄の駅からも遠いし・・・・だったのだが、いつしか、京都市地下鉄烏丸線なんてのが開通して、JR「京都」駅、阪急「烏丸」駅から乗りかえれば、あっと驚く為五郎・・・じゃなくて、あっと言う間に「今出川」駅に着く。 なんだか、「ディープな京都」がそれほどディープじゃなくなってきたみたいな・・・。 こうなると、「ディープな京都」というのは大徳寺とかそこらから北でないとディープと言えなくなるかもしれん。 ともかく、今は同志社の今出川キャンパスには行きやすくなった。京阪からは行きにくいかというと、京阪でも「丹波橋」で近鉄京都線に乗りかえると、近鉄京都線で「竹田」から京都市地下鉄に乗り入れる電車があるようだし、京阪自体が私なんかが高校卒業した頃は「三条」までだったが今は「出町柳」まで鴨東線が走っているから、京阪沿線から同志社の今出川キャンパスに行くなら「出町柳」から西に歩いた方が早いかもしれない。 なんか、「京都御所より北」「相国寺の手前」という京都は京都でも、円山公園や八坂神社とか東本願寺とか東寺とかのような、「なんだかいつでも行けそうな京都」と違って、「行くなら腰を落ち着けて計画建てて行く京都」がそうでもなくなってしまったみたい。 しかも、昔は、京都の市電というのは大阪の市電と違って「待ってくれる」という話があって、大阪の人間が京都に行くと、京都の市電は「待ってくれる」ものだから、「いやあ~あ、京都の人って親切だなあ~あ」と感動するが、「待ってくれる」のは自分だけではないので、なかなか目的地に着かないでそのうちいらいらする・・・という話があったが、今や、地下鉄は「待ってくれる」もくれないもない。
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↑ 烏丸線「今出川」駅にて。 北向き・国際会館行き と、南向き・竹田方面行き とで電車の色が異なるようですが、これは、京都人の「いき」というもので「赤いきつね」と「緑のタヌキ」と2種類用意したということか・・・・とも思ったが、京都市交通局の電車と相互乗り入れしている近鉄京都線の電車の2つだったのかもしれない・・・。
※ 京都市交通局 地下鉄路線図https://www.city.kyoto.lg.jp/kotsu/cmsfiles/contents/0000008/8995/300317route_map.pdf
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↑ 駅名のつけ方だが、JRと京都市地下鉄の駅名につけ方は傲慢な感じがする。 すでに京福電鉄の「太秦(うずまさ)」という駅があるのに、JR山陰本線の「花園」と「嵯峨」(現「嵯峨嵐山」)との間に駅を作ると、京福電鉄の「太秦」からは離れているのに「太秦」。今は昔、落合博満が中日に移籍した時、落合英二投手が中日にいたが、「俺が『落合』だ」と「落合」の表示を要求するというでかい態度をとり、それに対して、落合英二投手の方は「いいですよ。ぼくの方は落合英でも落合Bでもかまいませんから」と言って「大人の対応」をしたということがあったが、京福電鉄の方は落合英二投手のごとく「大人の対応」なのか「太秦広隆寺」と駅名を変更した。同様に、先に「五条」「四条」を名のっていた京阪は、京都市地下鉄烏丸線が「五条」「四条」を名のりだすと、「大人の対応」というのか、「私の方は落合英でも落合Bでもかまいませんから」と「清水五条」「祇園四条」と駅名を変更した。まあ、「清水五条」とか「祇園四条」とか「太秦広隆寺」とかいうのは、これを機会によりアピールできる駅名にしようということもあったかと思うが、後から名前をつける側が先にその駅名をつけている駅があるのに離れた場所に同じ駅名をつけるというのはどうかと思う。 「四条」「五条」と「太秦」は京阪と京福電鉄の「大人の対応」のおかげで紛らわしくならなかったが、「十条」は近鉄京都線に「十条」があるのに京都市地下鉄もまた「十条」駅を作り、「十条」駅が離れた場所に2つあることになった。「十条烏丸」と「十条油小路」とかできないものか。又、同じ場所の乗換駅なのに阪急は「烏丸」で京都市地下鉄は「四条」てのもややこしい。私はわかるが「京都初心者」にはわかりにくいのではないか。両方を「四条烏丸」にするわけにはいかないか。
  駅が2つあるわけではないが、どうもわかりにくいのが↑の駅名表示にも見える「今出川」駅のひとつ北の「鞍馬口」だ。「鞍馬口」と言われると鞍馬のちょっと手前か、それとも、鞍馬に行く電車と乗り換える駅かみたいな印象がある。兵庫県川西市の阪急宝塚線の「川西能勢口」みたいに。ところが、「鞍馬口」駅は鞍馬にちっとも近くないし、鞍馬に行く叡山電鉄鞍馬線の出るのは「出町柳」であって「鞍馬口」と近いわけでもない。 なんで、こんな所が「鞍馬口」なんだ・・・と思うと、「鞍馬口」駅の上を東西に東への一方通行らしいが通っている通りの名称が「鞍馬口通り」らしいのだ。「御霊神社」駅の方が怨念こもってそうでいいのじゃないかとも思うが、せめて、「鞍馬口」ではなく「鞍馬口通り」駅にできないものか。その付近が「鞍馬口」と思っている人はいいかもしれないが、大阪生まれの私でも、「鞍馬口」と聞くと、貴船のあたりか? もしくは、出町柳のあたりなのか? とか思ってしまう。 どうも、JRと京都市地下鉄の駅名につけ方は乱暴で丁寧さがない印象があるが、そう思いませんか?

   さて、その最近は大阪からも行きやすくなった同志社の今出川キャンパス、要するに「昔々からの同志社」に行ってみた。 円満寺 洋介(えんまんじ ようすけ)『京都・大阪・神戸[名建築]ガイドマップ』(2011.10.31.エクスナレッジ)の「西陣・同志社ルート」に同志社大学の今出川キャンパスと同志社女子大の建物が出ているのだが、礼拝堂・明徳館・クラーク記念館・有終館・啓明館・アーモスト館と同志社女子大栄光館が同書には出ており、このうち、礼拝堂・クラーク記念館・有終館が重要文化財、啓明館・アーモスト館・同志社女子大学栄光館が登録有形文化財に指定されている。 円満寺 洋介(えんまんじ ようすけ)『京都・大阪・神戸[名建築]ガイドマップ』(2011 エクスナレッジ)には出ていないが、他に、彰栄館とギャラリーとして同志社の歴史など展示されているハリス理化学館の2つも重要文化財に指定され、同志社女子大学ジェームス館が登録有形文化財に指定されている。 なんだか、同志社今出川キャンパスというのは、重要文化財だらけである。

    うちのアホな父親と、お母さんが「うちの息子はしっかりしてますわあ」「うちの息子は大人ですわあ」と何度も何度もよその人間に言って回る母親の影響を受けていつしか自分でもそんなふうに思いこんでひとに生意気な口をきくようになった小学校や高校の同級生だったN口というけったいな男の話を述べたために、字数が多くなったので、同志社 今出川キャンパスの建物については次回に述べることにします。
    お母さんが自分の息子のことを良く思いたいというのは、もしも男がやったらアホだが、女性の場合は少しくらいなら、「女というのはそんなものなのかなあ」「お母さんてのはそうなのかなあ」と思って、むしろ、少々微笑ましいとして許容されるところがあるが、N口のお母さんの場合は限度を超えていた。特に、お母さんがいいように思いたいというものではなく、よその人間にいいように言ってまわらないと気がすまないという習癖というのか病癖のようなものがあり、さらに、N口の父親は「京大でている」という話があったが、今から考えると、「しょーもないこと言うな」と言うこともなくあの女にそのまま言わせていた男が「京大でてる」て言われても、ほんまかあ~あ? て感じがする。私なら「しょーもないこと言うな」と一言は言うところを、あのバカ女に引きずり回されていた男、もしも、本当に京大でていたのなら京大もたいした値打ちないことになる。 私が父親なら、嫁がN口の母親みたいに、「うちの息子はしっかりしてますわあ~あ」「うちの息子は大人ですわあ~あ」とよその人間に言いまくるというアホなことやっていたなら、「しょーもないこと言うな」とそのくらいは言う。それを言えない父親というのは、実際には「『京都の大学』を出ている」ことを「京都大学を出ている」みたいに言う人、「『神戸の大学』出ている」ことを「神戸大学を出ている」みたいに言う人というのが世の中にはけっこうあるのだが、N口の父親もそのくちと違うのか・・て感じがするのだけれども、実際にどこ出ているかいないかにかかわらず、あんまり賢い父親ではないな。 N口の場合は浪人したとはいえ、実際に京大に行ったのだが、それにしては、そんな母親の言葉を本気にして得意になっているというあたりは、京大に行ったとしても、「京大に行った」というだけの価値はない。私はそう思う。こう言うと、「おまえはどうなんだ?」とか言う人も出てくるかもしれない。ジャン=ポール=サルトルがノーベル文学賞の受賞を拒否したのは、ノーベル賞というのはアメリカ合衆国の政治的影響が大きい賞であり、東側の国で「赤い国の抑圧と闘った」人か西側の国で「自由主義に貢献した」人に贈られる賞であり、一時期、ソ連とフランスの共産党に好意的な態度をとっていたが、ある時から距離を置くようになったサルトルにノーベル文学賞を受賞させようという「政治的色彩の強い賞」については、サルトルとしてはソ連や共産党に対しては納得いかない部分があるとしても、だからといってアメリカ合衆国のベトナム戦争の態度、フランスのアルジェリアに対しての対応などを肯定するつもりはないのであり、黙って受賞するわけにはいかなかったということか。 で、そのサルトルが、自分自身について訊かれたのに対して、 「私は私だ」と答えた、というのだ。 ↑の文章を読んでくださった方、アホな父親とかアホな父親の親友のアホな医者屋とかアホな同級生とかアホなその母親・父親とかはわかったけれども、おまえはどうなんだ・・・・と言う人もあるかもしれんが、「わたしはわたしだ」と言うしかない。 たぶん、N口の方が私より出世しているだろうし年収も多いと思うので、女性にとっては私なんかと結婚するよりもN口とでも結婚した方が女性にとっては幸せではないかと思う。 でも、それでも、あんな男がいいとは私は思わんけどな・・・・。「うちの子はしっかりしてますわあ」だの「うちの子は大人ですわあ」とか自分で言って回るお母さんもどうかと思うが、そんなことをバカ母に言われて、そんなものを本気にするアホなんていいとは思わん。そんなアホは京大に行っても京大に行った値打ちないのとちゃうのか、というより、そんなアホは京大行く必要ないのと違うのか・・・と思ったりもする。

   次回https://tetsukenrumba.at.webry.info/201902/article_2.html 、彰栄館より・・・・

   (2019.2.28.)

☆ 同志社 今出川校地 見学
1.共学同志社見学。JRと京都地下鉄の駅名のつけ方。母親の自慢を本気にする男 〔今回〕
2.裏口入学は「庶民」か? 「思考が柔軟」か? 西門、彰栄館。 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201902/article_2.html
3.グリーン設計の礼拝堂。「パンのみにて生きるにあらず」を理解する者しない者 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201902/article_3.html
4.「ハリス理化学館 同志社ギャラリー」、大学からなくなるスピーカーズコーナー https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_1.html
5.明徳館、『同志社のシンボルとなっている塔』のある建物。「美しき水車屋」の娘? https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_2.html
6.千葉教会と同じリヒャルト=ゼール設計の「大志を抱け」とは別人のクラーク記念館 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_3.html
7.寒梅軒、牛の像と大日如来石碑。有終館、致遠館、正門からすぐの良心の碑 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_4.html
8.啓明館。ヴォーリズ設計は新島遺品庫。栂と黒松。京都御苑から相国寺 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_5.html
9.アーモスト館。パラディアンウインドウ、ギャンブレル屋根。「アマースト大学」 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_6.html
10.同志社女子大栄光館。武田五一知ってる? 学校は建築家が完成させない方がいい https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_7.html
11.大丸ヴィラ・日本ナザレン教団上京教会・日本聖公会聖アグネス教会ほか https://tetsukenrumba.at.webry.info/201903/article_9.html 


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