あけおめ【6/6】スカイツリー避雷装置。業平橋と大横川親水公園。在原業平からの由来

[第428回] あけおめ【6/6】
   東京スカイツリーでは、1階部分の窓から、スカイツリーの足元を見ることができる。↓
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 これだけ背の高い建物で、細長い建物なら、雷も落ちるのではないかと思えるのだが、東京スカイツリーは、スカイツリー自身が避雷針のようなものになっているというのだ。 竣工以来、すでに何度も雷は受けているようだということで、そして、下端に雷対策の赤い輪がはめてあるのが見える。↓
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スカイツリーはこのような構造になっています、雷を受けた場合はこのように対応されます・・・といった説明書きもかなり出ている。ひとつひとつ見ていくとけっこうおもしろそうだが、今回は、富士山が見えるか見えないか・・というのが最重要項目として訪問したので、そのあたりは、またの機会にする。
  世界にはこのような塔があります・・といった説明もある。 アラブ首長国連邦のドバイにあるブルージュ=ハリファが、今現在、世界で一番背の高い建物らしいが、こういった電波塔では東京スカイツリーが一番高いらしい。

   「アホと煙は高いところにのぼる」と言うが、せっかく、3090円もの大金払って「展望回廊」まで行ったのに、結局、富士山は見えず、年賀状用の富士山の写真も撮ることができずに帰ってきた・・・というのは、やっぱり、「アホと煙は高いところにのぼる」ということだったのかもしれない。

  ちなみに、地図を見ると、都営浅草線の「押上」から「吾妻橋」へ向かう部分の路線は東京スカイツリーの足元の「東京ソラマチ」の真下を走っているが、さすがにスカイツリーの真下は通っていないようだ。

   さて、今回、東京スカイツリーに行ったのは、第一に、富士山の写真を撮りたい、ということがあり、第二に、「建築探偵団」としては、世の中にある東京スカイツリーなるものを、一度は行って、一般人が行ける一番上まで行って見ておきたい、と思ったこと、そして、第三に、東武鉄道の「東京スカイツリー前」駅というのは、ちょっと前までは「業平橋」駅だったわけで、1990年代終わり頃、栃木県佐野市に住んでいた時、成田空港からヨーロッパに行って戻ってきて、京成「押上」まで来て、東武「業平橋」駅から東武に乗って、東武佐野線「佐野市」駅まで帰ったことがあった。京成(及び、都営浅草線)「押上」駅と東武「業平橋」駅とは近接しており乗り換えに便利だった。 その「業平橋」駅が「東京スカイツリー」駅に名称変更したのだが、「業平橋」とはどこにあるのか? これを確認したかった。

    《ウィキペディア―業平橋》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%AD%E5%B9%B3%E6%A9%8B_(%E5%A2%A8%E7%94%B0%E5%8C%BA) を見ると、≪業平橋(なりひらばし)は、大横川(現・大横川親水公園)に架かる橋。東京都墨田区業平1丁目と吾妻橋3丁目を結んでおり、浅草通り(東京都道453号本郷亀戸線)を通す。  ≫と書かれているのだが、大横川てどの川なんだ? 「横」と言うと南北の川ではなく東西の川なのか? ・・・東京スカイツリーのすぐ南に東西に流れる川というのか堀というのか運河というのかがあって隅田川と中川の間を流れているが、それは、大横川ではなく、「北十間川」らしい。この北十間川も川の脇を歩いて散策できるような「公園」状になっているが、それは「大横親水公園」ではなく「おしなり公園」らしい。 北十間川から、東京スカイツリーの少し西で南に流れる川が「大横川」だったが、今は「大横川親水公園」になって、水はないわけではないが、ちょろちょろとしたもので、かつて、川だったあたりに降りて遊ぶことができるようになっている。 亀戸と錦糸町の中間付近で北から南に流れる川は「横十間川」らしい。 「大横川」「横十間川」とも北から南に流れる川で東西の川ではないようだ。東京スカイツリーのすぐ南を隅田川と中川を結んで東西に流れる川は北十間川だが、やはり隅田川と中川を結ぶ清澄公園の北、都営新宿線より南、半蔵門線より北を東西に流れる川は、南十間川ではなく、「小名木川」らしい。
   業平橋はどんな橋かというと、↓
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↑ 業平橋 東側。 「業平橋」と漢字で橋の名称が書かれたプレートがついている。
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↑ 業平橋 西側。 「なりひらはし」とひらがなで橋の名称が書かれたプレートがついている。  《ウィキペディア―業平橋》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%AD%E5%B9%B3%E6%A9%8B_(%E5%A2%A8%E7%94%B0%E5%8C%BA)では、「なりひらばし」と濁点がついた「ばし」になっているが、このプレートでは「はし」の「は」に濁点はついていない。
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↑ 業平橋 西側から見た 東京スカイツリー。


   この業平橋で大横川(大横川親水公園)を渡り、さらに東で横十間川を渡り、都営浅草線「本所吾妻橋」駅の西のあたりで2手に分かれ、北側が吾妻橋、南側が駒形橋で隅田川を渡るけっこうクルマの通行が多い東西の通りが、浅草通りらしい。

   業平橋という橋 自体は、ありきたりのコンクリートの橋で、特に「名建築」とか「歴史的建造物」とかの橋ではないようです。 《ウィキペディア―業平橋》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%AD%E5%B9%B3%E6%A9%8B_(%E5%A2%A8%E7%94%B0%E5%8C%BA) には、≪ 創架は寛文2年(1662年)と伝えられ、『新編武蔵風土記稿』(巻之二十四、葛西郡之五)には、「業平橋 横川に架す、長七間幅二間の板橋なり寛文二年伊奈半十郎奉行して掛渡せり、業平天神の社辺なるを以て其名とす」と記されている。現在の橋は昭和5年(1930年)に架設されたもの。≫と出ている。 1930年(昭和5年)というと、「ひと、苦しみ、災」「ひどく、災」1931年、満州事変の前年。「ひどく憎い(1929)」世界大恐慌の翌年。

   業平橋の下の旧 大横川の「親水公園」は↓
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↑ 業平橋から北側の 大横川親水公園

    在原業平というと、その男、身をようなきものに思いなして、京にはあらじ・・・と思って東国へ行く『伊勢物語』の主人公ですね。 三田誠広『菅原道真 見果てぬ夢』(2013.2.28.河出書房新社)にも在原業平の話は出てきますが、在原業平は皇族であったが、皇位継承などにおいては、藤原氏本流によって退けられ、かつ、姓も「在原」とされて、さらには女性関係においても藤原氏から圧迫を受け、京にいてもしかたがないということで失意のもとに東国に向かうという男のはずですが、この場所に「業平橋」があり、少し東に「業平公園」があり、墨田区、この業平橋の東のあたり、東京スカイツリーの南のあたりに「業平3丁目」という住居表示の地区があるので、京にはあらじ・・と東国に足を運んだ在原業平がこのあたりに来て何かしたということがあったのかと思ったのですが、書物を見てもインターネットを見ても、どうも、はっきりしたものが出てこない。
    《ウィキペディア―業平橋》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%AD%E5%B9%B3%E6%A9%8B_(%E5%A2%A8%E7%94%B0%E5%8C%BA) には、≪ この橋の名の由来となった業平天神社(現存せず、現・吾妻橋3丁目6番)は、南蔵院(現、葛飾区水元、昭和元年に転出)の境内にあった神社である。江戸時代初期に開かれたといわれ、その由緒は、在原業平が亡くなった場所に建てられた業平塚に由来する(『江戸名所記』)といわれるが、業平塚については、力士成川運平の墓が業平の墓に転じたという説(『遊歴雑記』)、里見成平の墓という説(『本所雨やどり』)など諸説あり、『江戸名所図会』には「当社の伝説粉々として詳らかならず」と記されている。歴史研究者の石川悌二は「業平天神の由来は定かではないが、業平塚と里人がよんでいた塚は古くからこの地にあって、考古学の鳥居龍蔵博士はそれを上代の舟形式古墳であると推定した。要するに伝承が伝承を生んで業平天神の社祠が建立されたものであろう」と推測している。 ≫と書かれている。 在原業平が亡くなった場所に建てられた塚に由来するというお話があるが、実際は違うという説もあって、実際にどうなのかははっきりしない、しかし、村おこし町おこしのために最近捏造したというようなものではなくけっこう古くから言われてきたお話である、ということのようだ。

  まあ、そういうことで、ともかくも、2019年(平成31年)の「あけおめ」。
  昨年、このブログを読んでくださった方、ありがとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

   今年、新天皇が即位した際に、「恩赦」をするとかいう話が出ているようだが、政治犯とか冤罪の疑いが強い場合などは別として、そうでない受刑者については、新天皇即位と「恩赦」は関係ないはずである。即位の際、刑務所・拘置所において、普段よりもいくらか豪華な食事を、一回、提供するというくらいでいいことではないか。
   又、どういう刑に処すのかは司法が決めることであり、司法が決めたことを行政が変更するというのもおかしいはずである。変更する必要があるものであれば、変更もまた司法がおこなうべきであろう。

  (2019.1.1.)

☆ 2019年 あけおめ
1.東京駅の猪と見えなかった富士山。元号を「和暦」と言うな!裁判官は元号を強制するな! https://tetsukenrumba.at.webry.info/201901/article_1.html
2.錦糸町~押上から見た東京スカイツリー。衣の下に鎧を隠す建築たる交番と「精神病院」 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201901/article_2.html
3.貧乏人には東京スカイツリーは「高い」。展望デッキから見たAビール屋上の「う〇こ」 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201901/article_3.html
4.東京スカイツリー展望デッキから見た景観。展望デッキの木質内装建材 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201901/article_4.html
5.東京スカイツリー展望回廊より見た景観。細く見えてもけっこう太い骨組。変な線名駅名 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201901/article_5.html
6.スカイツリー避雷装置。業平橋と大横川親水公園。在原業平からの由来 〔今回〕  


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