あけおめ【2/6】錦糸町~押上から見た東京スカイツリー。衣の下に鎧を隠す建築たる交番と「精神病院」

[第424回] あけおめ【2/6】
   パリのエッフェル塔にしても、最初にできた時は評判は悪かったが、そのうち、「パリのシンボル」みたいになっていったという。 「パレロワイヤル」の中庭に、これ、なんだあ? て感じの 円柱状の腰掛みたいのがあるが、それは、公募だかで入選した作品を中庭に作ったが、そこに似合わないと評判が悪かったので取り除けようということになったが、撤去するにも費用がかかるのでそのままになっていたところ、そのうち、みんながベンチ代わりに使うようになり、まあ、このままでもいいんじゃない・・て感じになったとか。 さて、東京スカイツリーは、最初、建築中に見た時には、なんとも悪趣味なものを造るんだなあと思って嫌だったのだが、できてしばらくするうちに、そこにあるのが普通みたいな感覚になってきたようなところもあるが、今後、どうなるか。 ほかの場所からの景観においては東京スカイツリーはない方がいいという場所もあると思うが、JR「錦糸町」駅からは、ちょうど北の方向に見えて、他の場所からの景観としてどうかはさておき、錦糸町駅にとっては悪くないかもしれない。
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JR「錦糸町」駅のプラットホームから見た 「東京スカイツリー」が、↑

( ↑ 「旗」マークが、東京スカイツリー。 )

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↑ JR「錦糸町」駅 北口から見た 東京スカイツリー。
   東京タワーは赤系統の色をしていたと思います。それに対して、大阪の通天閣はそうではない。群馬県の邑楽町の邑楽タワーという言っちゃなんだが中途半端なタワーも赤系統ではない。その違いは何かというと、東京タワー・名古屋タワーは電波塔であり、電波が問題なく届くようにとそれなりの高さで作られているのに対し、通天閣はもっぱら観光用であって電波塔ではない。大阪のテレビの電波は通天閣からではなく生駒山という自然に存在する塔から発信されていた。通天閣は娯楽・観光用であって電波塔ではないので娯楽・観光用に必要とする高さ以上に高くする必要はないのです。東京もんのおっさんは「大阪の人間はけちで人間が小さいから、だから、通天閣はちっさいちっさい♪」とか言って喜ぶおっさん、特に相手が関西出身の人間だと思うと余計に必死になって言うおっさんが多いのですが、そういうアンチ大阪の東京もんのおっさんの精神構造こそ人間が小さい。邑楽タワーも観光用で電波塔ではない。だから、それほど高くないのです。邑楽タワーの場合、展望室が高くないので、何が見えるかというと隣家の庭とか2階の部屋とかが見えるわけで、「近隣家屋内の写真を撮らないでください」とか張り紙があったと思いますが、その高さで作った人、近所の家の庭とか2階がちょうど見えるという高さの展望室を作った「建築家」はその計画性に問題があります。「建築家」のやることなんて「そんなもの」なのかもしれませんけどね・・・。 で、ともかく、通天閣や邑楽タワーは観光用・娯楽用であって電波塔ではないのでそれほど高くはない。それに対して、東京タワー・名古屋タワーは電波塔なので、ある程度以上高くしないわけにはいかない。展望室はあっても、展望室だけのことを考えるとそこまで高くしなくてもいいと思ってもそうはいかない。だから、けっこう高い。高い建物というのは、夜間、見ると、赤いランプがポッ、ポッと点滅しているのが見えます。これは、夜間、飛行機なりヘリコプターなりがぶつからないように存在を示しているということでしょうか。それなら昼間、明るい時間は肉眼でも見えるから問題はないのか、昼間でも見えやすい建物、見えにくい建物というのはあるのではないか。
   だいたいやね。私、運転免許を取得して以来、白系統のクルマに乗ってきたのですが、黒および濃紺のクルマというのは、夜間、ほんとに見えにくい。昼間は逆かというとそうではない。昼間、コンクリート舗装の道だと白系統より黒系統の方が見えやすい時もあるが、アスファルト舗装の道だとやっぱり白系統の方が見えやすくて黒系統のクルマは見えにくい。かつ、今はアスファルト舗装の道の方がコンクリート舗装の道よりも圧倒的に多い。だから、白系統のクルマに乗っていて黒系統のクルマと接触事故を起こした場合、こちらは見えやすいクルマに乗っていて相手は見えにくいクルマに乗っていて、それで過失割合を考える際にその条件を無視して判断されるというのはどうも納得いかん・・・と思っていたのですが、クルマを買い替える際、それならこっちも黒系統のクルマに乗ったろか・・なんて一瞬は思ったのですが、しかし、交通事故はクルマ対クルマだけではなく、人対クルマ、自転車対クルマの事故だってあるわけで、もしも、見えやすいクルマに乗っていたならば、こちらが運転ミスをすることがあったとしても、相手の人あるいは自転車の運転者の方が気づいてよけてくれる可能性だってあるのに対して、こちらが見えにくいクルマに乗っていたならその可能性が小さくなる。だから、クルマ対クルマの物損事故の負担割合で「損した感」が多少あったとしても、歩行者や自転車の運転者から見えやすい方がいいと私は考えたのです。 住宅建築業の会社で長く営業の仕事をやり、普通乗用車を運転することが多い仕事で戸建住宅建築業の会社では個人のクルマを持ち込みしたので仕事をすることが多かったので、どういうクルマに乗るのが適切かといったこともずいぶんと考えました。ほかの仕事についている人で、「日常・レジャー」でしかクルマに乗らないという人が自分の好みの色でクルマの色を選ぶのはまだいいと思いますが、「業務用」でクルマに乗る人はその仕事にその色が合うかどうかということとともに、より安全な色はといったことも考えるべきで、その点で見て、ひとにもよるでしょうけれども、黒系統のクルマに乗っている人というのは、一般に、そのあたりについて配慮が不足している人が多い。
   2010~2011年、千葉市中央区鵜の森町の新華ハウジング(有)〔建設業〕・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕(いずれも、2013年11月に正式に倒産)の社長の長谷川新二は、黒のハリアーというワゴン車と黒のベンツに乗っていましたが、長谷川は配慮が不足しています。ワゴン車は自分が「日常・レジャー」の際に子供を乗せて移動する際に便利だということと、もし、客を乗せて移動する場合でも子供がいる客を乗せるにはワゴン車なら車内で移動することもできるので、比較的長い距離でも子供が嫌がらない可能性が普通車よりもいくらか高いということはあっても、土地を案内する場合は、大きなクルマで案内すると道が狭い所には行きにくいし、実際以上に道が狭いと客が感じてしまう、新築の建築現場を案内する場合でも、案内ではなく工事の状況を見に行くような場合でも、駐車スペースが広くない所、道路が狭い所ではばかでかいワゴン車はじゃま。新華ハウジング(有)はリフォームの仕事も請け負っていたわけですが、建築屋でも新築屋はお客さんを乗せて案内することがあるので軽自動車ではなく普通乗用車に乗ることが多いのに対し、リフォーム屋はクルマを停める場所に苦労するので軽自動車を使用している会社が多い。そういったことを考えると、ばかでかいワゴン車は、子ども連れを乗せて案内する場合には子供が退屈しにくいというメリットがあるとはいえ、デメリットの方が大きい。ましてや、黒のベンツなんてもってのほか。建築屋というのはドケン屋と言って、「ヤ」さんとつながりがあるのではないかと疑われる危険のある職種であり、そう見られないようにしないといけない。それを、社長が黒のベンツに乗る、しかも、日曜日に「現場見学会」を開催している所にその黒のベンツで嫁と子供を乗せてジーパンでアイスクリームをかじりながら見学に来る。建築屋の社長としての常識が欠けている。  2011年4月に社長の長谷川新二の嫁の河野利華の友人だということで縁故入社した滝口恵(女。当時、30代前半)もまた黒のばかでかいワゴン車に乗っていたが、滝口の場合はそれだけではなく、新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の来客用入口に近接しておのれのそのばかでかい黒のクルマを駐車するので、入りにくいし入口が見えにくい。それでは営業妨害ですが、滝口は素直さがない人間で、言ってあげてもきかない人であり、嫁の友人とはいえ、よくこんなの入れたなとあきれました。
   長谷川が黒のベンツに乗って「現場見学会」に来るというのは工務店の社長としておかしいのです。客の立場にたってみて、黒のベンツで「案内しましょ」と言われても、こんなクルマに乗って大丈夫か? て思いませんか? 社長が黒のベンツに乗っている会社ってどんな会社なんだ? て思いませんか? その程度のことも考えられない社長て、社長と言えますか? そもそも、工務店の社長が、現場見学会に昼過ぎに嫁と子供をクルマに載せてジーパンはいて覗きに来るというのがおかしい。工務店の社長なら朝から従業員と一緒に準備をして働くもののはずで、それを「働いてばかりいてもしかたがないから」と言って社長と嫁と子供だけ年に半分ほどもハワイにバカンスに行っている、現場見学会には昼過ぎに子供と嫁とクルマに乗せてジーパンはいてアイスクリームかじりながら覗きに来る・・というのは、それは工務店の社長のとるべき態度ではないはず・・・ではないか・・とか思っていたら・・・・、つぶれた。だいたい、黒のベンツに乗って建築現場見学会を嫁と子供と一緒に覗きに行こうという発想がおかしい・・と思うが、発想がおかしいからつぶれたのであろう。「業務用」に黒のクルマに乗っている人でも、もし、私がここで述べていること以上のことを考えて黒のクルマに乗っているのならそれならそれでいいと思いますが、そうではないと思いますよ。野村克也が監督の時に、打たれた捕手に「なんで、あの場面であの球を投げさせたんや」と尋ねて、たとえ打たれても、なんらかの考えがあってそうしたのならいいが、何も考えずにでまかせで打たれるような球を投げさせたというのではいけないと、「理由のないことをするな」と言ったというが、どういうクルマに乗るかということも、「日常・レジャー」でしか乗らない人は「単に好みで」でも「たまたま」でもいいかもしれないが、「業務用」で乗る人の場合は「理由のないことをするな」となるはずです。
   で、つぶれる会社の話はそのあたりにしまして、東京タワーは赤系統の色で、神戸のポートタワーも赤系統だったと思いますが、それは、昼間は夜間よりは見えやすいとはいえ、それでも、高い建物については見えやすいようにということを考えて、赤系統の色合いにしていたのではないか・・・・と思っていたのです・・・が、ところが、東京スカイツリーは東京タワーよりまだ高いにもかかわらず、赤系統ではなく灰色白色系統。な~んでだ???
  名古屋タワーも東京タワーと同じような赤系統をしていたと思ったのですが、今、《ウィキペディア―》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E5%8F%A4%E5%B1%8B%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E5%A1%94 に掲載の写真を見ると、赤白塗装になっていない。なんで? ≪、航空法51条及び51条の2により地上60メートル以上の塔や煙突は赤白塗装(昼間障害標識)が義務付けられているが、名古屋テレビ塔は同51条の制定(1960年航空法改正時に追加された)前に完成されたという理由、名古屋テレビ塔株式会社初代社長の神野金之助の抵抗、最上部に航空障害灯を設置した事で切り抜けている。そのため、完成当初から銀色塗装となっている。 ≫ということらしい。 それなら、東京スカイツリーはどうなのか? 航空法51条および51条の2 に抵触しないのか?  インターネットで検索すると、《スカイツリーうんちく50 塔の色はどうしてあの色にしたの?》https://www.1101.com/skytree/2011-04-26.html に、≪東京スカイツリーの場合は、東京タワーや通天閣、札幌テレビ塔、名古屋テレビ塔などもそうなのですが赤白の塗装にする代わりに、白色航空障害灯(閃光を発する照明)をつけることで赤白塗装にすることを回避しているんです。 ≫というのが出ていました。
   《ウィキペディア―東京スカイツリー》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%84%E3%83%AA%E3%83%BC には、≪現存する電波塔としてはKVLY-TV塔の628.8mを上回る世界第1位。2011年(平成23年)11月17日に世界一高いタワーとしてギネス世界記録の認定を受けた。人工の建造物としてはブルジュ・ハリーファの828mに次ぐ世界第2位となる。 ≫と出ていますが、しかし、愛知産業大学の建築学科のスクーリングの際、M先生が「高さを競うなんてのは後進国の発想だ」と言われたことがありましたが、私もそう思います。 むしろ、たとえ、高い建物を建てる技術力があったとしても、その場所にはそこまで高い建物はふさわしくないと思えば、高さを制限するという姿勢の方こそ文化的水準が高いと言えるのではないか、日本にはその文化的な姿勢が欠けていると思われる建物と「建築家」が多すぎるように思います。
※ 東京タワー https://www.tokyotower.co.jp/
名古屋タワー http://www.nagoya-tv-tower.co.jp/
神戸 ポートタワー http://www.kobe-port-tower.com/
大阪 通天閣 https://www.tsutenkaku.co.jp/
群馬県邑楽町 邑楽町タワー http://tower-fan.nishimitsu.com/mirai.htm
東京スカイツリー http://www.tokyo-skytree.jp/

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↑ JR「錦糸町」駅 北口。 本所警察署 錦糸町北口交番。
( ☆1つ=日光の手前=今市。 )
  「精神病院建築」というものがある。それはどういうものかというと、窓が工夫されている。どう工夫されているかというと、うかつに入ると、「入院です」とか宣言されてしまえば出れない。 もしくは、ある時、突然、襲いかかられて睡眠薬でも飲まされて連れ込まれると、そこからは脱出不可能。かつ、外部との連絡は絶たれる。そうやって逮捕監禁された人間が脱出しようとしても脱出できない、外部に助けを求めようとしても連絡手段は絶たれる、ドアは施錠されており、たとえ少々怪我することがあっても窓から脱出することはできないかと考えても絶対にできないようにと、そういう「工夫」が凝らされ、なおかつ、それを目の前の公道や通路を歩いている「一般人」が見てもわかりにくいようにデザイン化されているもの。 刑務所よりも問題は大きいかもしれない。 トマス=サズは『(「精神医学」という)狂気の思想』(新泉社)で述べている。死刑以外のすべての刑事罰よりも「心神喪失により無罪」を宣告されて「精神病院」に「入院」させられる方が、本人にとってダメージは大きいと思われる、と。 住宅建築業の仕事をしますと、高い塀のことを≪「刑務所の塀」みたいな・・・≫なんて表現をする人がいるのですが、その人って、実際の「刑務所の塀」を見たことがあって言ってるのだろうかな・・とか思うのですが、私は見たことがある。中から見たことはないが外から見たことはある。府中刑務所の近所に友人が住んでいて、それで、「北府中」駅から東に歩くと、そこに府中刑務所があった。後から知ったのは、その道は、かつて、3億円事件の犯人が通ったルートだったとか。フリーダムアーキテクツデザイン(株)にいた時、入居者でそのお家が府中刑務所に近い場所の方もあった。「刑務所」といっても、「鳥も通わぬ」とかいう離れ小島にあるわけではなく、府中刑務所は周囲は普通の住宅地である。 府中刑務所の塀は、たしかに、もんのすごい高さだった。 「刑務所の塀」は中からは見たくはないけれども、どんなものか見たいと思えば、別に誰か殺して懲役刑になって中から見なくても、JR武蔵野線「北府中」駅から東側に降りてちょっと行くと、「外から」見ることは誰でもできる。たしかに、もんのすごい高い。
   ちなみに、1996年8月、(株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ の初代社長の大澄賢二郎の息子で関連会社の(株)日信 という自動車の損害保険を扱っていた会社の社長に(実際は何の仕事もしていなかったにもかかわらず)名目上なっていたらしい(何の仕事もしていなかったとしても、当然、「給料」は盗っていたのではないかと普通は考えられる)大澄隆史が、同棲していたこともある女性を刃物で百カ所以上刺して刺し殺し、殺人罪で有罪判決を受けて懲役刑を受けたというのは、あれは、戸建住宅建築業の会社の社長の息子だけあって、「刑務所の塀」というものがどうなっているのか、実地に確認したいと思って実証的精神から刑務所に入って自分自身の眼で見たいと思ってそのために懲役刑になる行為をわざわざやったのか?・・・・・というと・・・・、違うだろな。単に、「アホやから」だろな。(株)一条工務店の初代社長の大澄賢二郎は『水滸伝』が好きで「梁山泊(りょうざんぱく)の精神」としばしばこの会社は言っていた。バカ息子がやったことというのは、「刃物で女を刺し殺し、官憲に追われ、逃げる」というまさに『水滸伝』の登場人物で梁山泊の首領「呼保義 宋江(こほうぎ そうこう)」のやったことそのまんま! まさに「梁山泊の精神」であった。(株)一条工務店という会社は、募集する際には「ノルマはありません」「研修制度が充実していますから売れなくて困ることはありません」「売れて売れて困っています」とか求人募集に記載して人を採用しながら、実際はちっともそんなことなくて、入社するととたんに態度を変えて、少しでも営業成績の悪い営業社員には「赤字社員」とか言ったりしていたのですが、一番の赤字社員は誰かというと、「そ、れ、は、だ、れ、かっと、尋ねたら。 べ~んべ~えん♪・・・・?」「(答) 社長のバカ息子!」でした。
  しかし、塀がもんのすごい高いので「刑務所の窓」ってどうなってるのだろう・・・なんて思っても、なかなか見えない。 それに対して、「精神病院の窓」というのは、これはけっこう見ることはできる。 そこから脱出できないように、いったん「入院」させたが最後、「患者」は「入院療法」(=逮捕・監禁)・「化学療法」(=薬漬け・検査漬け・毒盛り)・「作業療法」(=強制労働・労働搾取)・「心理療法・カウンセリング」(=言いくるめ・マインドコントロール)・「精神外科」(=撲殺・傷害行為)その他、ありとあらゆる方法で、「医者」にとっての「カネのなる木」とされることになる。だから、なんとか逃げ出したいと思っても、「カネのなる木」の逃走を「医者」は決して許さない。そいつを利用して得た「収入」がドバカ息子が私立金権医大に行く寄付金になるのである。 だから、窓だって鉄格子・・・だと見た目が良くない。だから、デザインとして「鉄格子」に見えないように工夫がこらされる。「素敵なデザイン」と思わせておいて、実はその窓からは決して脱出できないようにするための金属製の「実質、格子」になっているものが窓にあるはずである。 一般の民家の窓に格子があれば、それは、たいてい、外からの侵入を防ぐためのもの。風呂場の窓に格子があったなら、風呂場覗きのおっさんがいたとしても、覗くことはできてもそこから入ることはできないようにするためのもの。 それに対して、「精神病院」の窓の場合はそうではなく、外から中への侵入を防ぐのではなく、中から外への脱出を妨害するためのものである。 そういう「実質、格子」を外の公道などを通行している人間が見ても、「実質、格子」とわかりにくいようにごまかすデザインが凝らされた建物、それが「精神病院建築」である。
   それと似たものとして、「交番建築」というものがあると、最近、気づいた。 昔からある交番の建物というと、「公衆便所とそっくり」と言われてきた・・・・が、よく観察すると、交番と公衆便所は似ているところもあるが、違うところもある。 どこが違うかというと、
(1) 公衆便所は、入口が男用・女用と2か所あるのに対し、交番は1か所。
(2) 公衆便所は、窓は曇りガラスかガラスブロックか、そうでなければ高い位置に横に細長い窓があるなど、外から中が見えにくい工夫があるが、交番は公衆便所のような「高い位置に横に細長い窓」ということはない。
(3) 公衆便所は平屋が多いのに対し、交番は2階建てが多い。
  そして、
(4) 公衆便所は外から襲撃された場合・・など想定していないのに対し、交番は、よくよく見ると、窓の内側に格子があったり、外から襲撃された場合に要塞となるような造りになっていることがある。
  この本所警察署錦糸町北口交番は、比較的新しそうな建物であるが、一見、「おしゃれ~」な建物であるかのように見せて、実は、2階の上に外に向けて広がっている鋼製の花びらみたいなの、あれは、投石とか、あるいは火炎瓶とか投げつけられた場合に、それを防げるようにということでついているものではないか。 2階の窓の内側にも窓から侵入しようとした場合にそれを防ぐようなものがあるのではないか・・・て感じがするが。 「精神病院の窓」の場合は、「外から中への侵入」を防止しようとはそれほど考えておらず、むしろ、「中から外への脱出」を妨げることを考えて作られているのに対し、「交番の窓」は「外から中への侵入」と「中から外への脱出」の両方を妨げることを考えて作られているのではないか。 そして、「最近の交番建築」の特徴として、≪一見、「おしゃれ~」に見えて、実は、投石や火炎瓶など投げつけられた場合にそれを防げるように・・といった「さりげなく要塞化」≫がされているというものがあるのだ。「精神病院建築」と「最近の交番建築」はいずれも「デザイン化という衣の下に本来の目的である鎧を隠すという手法」がなされているわけです。 で、「善良な市民」がこんな写真↑を撮ってこんなこと打ち込んでいても、実は、向こうはそれよりはるかに高性能のカメラでさりげなくこちらを撮影している・・・のではないのかな。お~こわ!

   錦糸町駅から押上(東京スカイツリー前)駅まで、北に向かって歩いていくと、東京スカイツリーの見え方は徐々に変化していくのではないか・・・・と思ったのだが、要するに、少しずつ大きくなるということと、その場所によって、手前にあるビルの高さが違うので下の方まで見える所と下の方が見えにくい所があり、電線がかなり気になる所でそれほどでもない所がある・・・という程度でそれほど大きく変わるわけでもない。

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↑ 春日通りとJR錦糸町駅から北に進んだ道との交差点、「横川(よこかわ)三丁目」交差点より見た 東京スカイツリー。

( ↑ 「旗」マークが「横川三丁目」交差点。 )

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↑ 「業平公園」から見た 東京スカイツリー。
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↑ 2018年11月下旬、業平公園の紅葉はなかなかきれい。

( ↑ 「旗」マークが、 業平公園。 )

   実際に歩いてみると、ちびちびと東京スカイツリーが近づいてくるのだが、写真で並べても、「たいして変わらん」みたいなところがある。 1980年代、毎年、正月になると、父がテレビで「箱根駅伝」というのを見ていたのだが、おっさん、ほかにやることないんかいな・・・て感じがした。 「箱根駅伝」なんて、やってる人間はそれなりに意義があるのかもしれんが、テレビで見ていても、「見どころ」というと、箱根の山登りと下り、特に箱根登山鉄道の踏切で足止めされるかどうか・・なんてところくらいで、ほかは、最初から最後までやってることというと、「走ってるだけ」。 走ること以外に何かやってるかというと、何もないわけで、そんなもん、最初から最後までずう~っと見続けたところで、それがどないしてん。 おっさんは、「中くらいの大学、中大! 小がなくて中大。 大きな東大、大東大!」とか言いながら見ているけれども、そうでも言わんことには、見ていてもやることない。野球なら、守備側は打たれたあ・・・、攻撃側は、ここはどう攻めるかとか、いかにしてランナーを次の塁に進めるかとか考えるし、相撲なら、なんとしても勝てよお~とか思いながら、「のこった、のこった」と見て、「なんやねん。あそこでもうひと踏ん張りせんかいなあ」とか思いながら見ることができるが、駅伝てやつは、これは、何やってるかというと、最初から最後まで「走ってるだけ」であって、見てても変化も何にもない。追い抜く・追い抜かれるということはあるだろうけれども、それにしても、追い抜く側も追い抜かれる側も何やって追い抜いたか、何をやって追い抜かれたかというと、これもまた、「走ってるだけ」なのだ。 見てても面白くもなんともない。 駅伝なんて、やってる者はいいのかもしれんが、こんなもん、テレビで最初から最後まで見るおっさんて、よっぽど他にやることないんやな・・・て感じがした・・・・が、東京スカイツリーというのも、錦糸町駅から押上駅まで北に進んでも、しょせんは見えるものと言えば東京スカイツリーが見えるだけ・・・・てそんなところがある。

   東武鉄道の「東京スカイツリー」駅は、ちょっと前までは「業平橋」駅だった。 業平橋という橋は今も存在するが、↑の公園は「業平公園」。 業平というと、在原業平。 『伊勢物語』ですな。 「業平橋」「業平公園」とあると、このあたり、在原業平がかつてやってきて何かやった場所かいなあ・・・と考えがちですが、それがどうもよくわからん。
※ 墨田区 業平公園http://www.city.sumida.lg.jp/sisetu_info/kouen/kunai_park_annai/sumida_park/park15.html

   で、ついに来ましたよ、ついに。
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↑ おしなり橋 から見た 東京スカイツリー。
これだと、今までの写真とちょっと違いますね。 ほぼ真下から撮影した迫力の画面♪
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↑ おしなり橋

   でも、とりあえず、何枚かの写真を見ると、絵葉書と写真は違いますよね。やっぱり、絵葉書というのは「写真風の絵」であって写真とは違いますよね。

  (2019.1.1.)

   次回 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201901/article_3.html 、貧乏人には東京スカイツリーは「高い」。展望デッキから見たAビール屋上の「う〇こ」 。


☆ 2019年 あけおめ
1.東京駅の猪と見えなかった富士山。元号を「和暦」と言うな!裁判官は元号を強制するな! https://tetsukenrumba.at.webry.info/201901/article_1.html
2.錦糸町~押上から見た東京スカイツリー。衣の下に鎧を隠す建築たる交番と「精神病院」 〔今回〕
3.貧乏人には東京スカイツリーは「高い」。展望デッキから見たAビール屋上の「う〇こ」 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201901/article_3.html
4.東京スカイツリー展望デッキから見た景観。展望デッキの木質内装建材 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201901/article_4.html
5.東京スカイツリー展望回廊より見た景観。細く見えてもけっこう太い骨組。変な線名駅名 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201901/article_5.html
6.スカイツリー避雷装置。業平橋と大横川親水公園。在原業平からの由来 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201901/article_6.html

天皇制 (東大新書 (6))
東京大学出版会
井上 清

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≪ ・・・しかし年号制は一刻も早く廃止されるべきであると私は信ずる。それには根本的にいって二つの理由がある。
   その理由の第一は、年号制はアジア的専制主義の産物であり、その象徴であって、主権在民の民主国家の理念に全面的に相反するということである。・・・・
   年号というのは俗語で、正しくは元号である。「元」は天元とか元首とかの元である。時間空間のそれぞれの、またそれらのすべてをふくんだ世界の中心またはじめ、第一義の存在を意味する。元号をさだめることを建元という。すなわち君主が世界の根元ないし元始をゆるるぎなくうち建てるという意味であろう。したがって、建元は君主のもっとも重大な権利とされた。そして元号を使用するということは、ただちにその建元者の支配に無条件に服従するという意思の表明であった。君主が変れば元号はただちに改められねばならなかったし、二人の専制君主が対立してわれこそが真の元首であると主張するときには、両者はそれぞれの元号を建てて自己の支配権を宣言し、その象徴とした。他の大小の君主や領主は彼がどの派の元号を用いるかによってその去就を表明していた。日本でも室町幕府の成立期、いわゆる南北朝時代には両派それぞれ自己の元号を用いたものである。・・・・ 
   年号制を廃止しなければならない第二の根本的な理由は、それが日本人の歴史意識の成長をいちじるしくさまたげ、歴史教育を本質的に不可能にするということである。年号制は時の流れを君主の恣意や迷信やその在位期間によって、ずたずたにきりはなすことを意味する。明治十年とか大正十年といっても、それはなんらそれ自体で歴史的内容を表現しているものではなく、また1887年とか1911年とかいうのともちがって年代の前後をそれ自体で表現するものでもない。ただどの年号が紀元何年であるかということを知っているものにとってのみ、年代としていくらか意味があるにすぎない。こんなものは紀年法ということさえもできないものである。このように歴史時間の連鎖をほしいままにきりはなす無意味の紀年法で歴史意識をやしなったり、歴史教育を真に歴史教育らしくおこなうことができないのはいうまでもないであろう。
   一世一元制のばあいには、年号制は某天皇治世の第何年目ということをあらわす。そして専制君主制のもとでは、君主の個性があるていど政治的社会的に影響を及ぼすこともあるので、そのてん何天皇の第何年目とか明治時代とか大正時代とかが一つの時代的性格をあらわしうるはずだが、事実の問題として、一世一元制がおこなわれてこのかた、明治・大正・昭和という三年号についてみれば、近代天皇制は本質的には絶対主義であるといっても、代の歴史的画期は天皇の在位期間と一致することはない。
   明治時代とか大正時代とかいえば、あるまとまった時代像を提供するように見えるが、それは歴史的現実そのものからうまれた時代像ではなく、年号制が国民生活にしみとおったということによってつくられたものである。したがって、その時代像はひじょうにちがったものを機械的にまとめてあるにすぎない。 明治時代といっても日露戦争迄とその後とでは経済的社会的にも文化的似もひじょうなちがいがあり、1906年以後は「明治時代」としてまとめられるべきものではなくて、いわゆる大正時代とされているものにふくまれるべき歴史時代である。・・・・ ≫
( 井上清「年号制廃止論」 〔「世界評論」1950.2. 所収〕 〔井上清『天皇制』1953.1.10. 東京大学出版会 東大新書↑ 所収 〕 )
1. ワード(Microsoft Word)は、「元号(げんごう)」のことを「和暦」などと表記するのはやめるべきである。
2. 裁判官は、元号(げんごう)での年の表現を強制するのはやめるべきである。

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