設計はひとの金で飲食するものか? 会社の「寮」を不当に占拠する男。ご祝儀は会社が横取りするべきでない

[第436回] 冠婚葬祭の際に見える人間模様[3-上] 二部作の前編
  旅行をすると、普段、その人について気づかないことに気づくということがある。私の父などは、どこかに一緒に旅行すると、必ず何か変なことをしたように思う。その時は、なんで、この人はこんなことするのだろうか・・と理解に苦しんだのだが、当人としては当たり前と思うことをやっていたのだと思う。どう考えてもまともじゃないと思うことでも当人は当たり前のことと思っていたのであり、「感謝しろ」とか思っていたのではないか。
  1960年代なかば、私が小学校1年の夏休み、会社の社員旅行で小豆島に2泊3日で行ったのに一緒に連れてもらったことがあったが、父はその前に「小豆島に行ったら花火をしよう。花火を買ってきなさい」と私に言ったのだ。だから、近くの店に行って花火を買ってきた。買って来た花火を見るだけでも見たいと思っても、父は「花火は小豆島に行ってやります。家では花火はやりません」と言って見るだけも見せてくれなかった。そして、小豆島に行った日の夜、小豆島に行ったのだから花火をやるものと思っていたら、父は「花火は2日目の夜にやります。1日目の夜には花火はやりません」と言うので、2日目の夜にやるものだと思った。ところが、2日目の夜になると、父は会社の人たちと一緒に酒を飲んでいつまでも花火をやりに浜辺に行こうとしない。私は相当我慢して待ったが、これ以上待つと、もう遅くなってしまって花火はできなくなってしまうと思って、それで、父に「花火しにいこう」と言った。すると、一緒に行っていた高校生の姉が「ちょっと、あんた、いいかげんにしなさい。お酒を飲んだ人が夜の海に行ったら危ないでしょう。あんた、そんなこともわからないの。いいかげんにしなさい」と言って怒るのだった。「いいかげんにしなさい」という文句を言いたいのはこちらだった。「花火は小豆島に行ってやります。家ではやりません」と言い、そして、小豆島に行くと「花火は2日目の晩にやります。1日目にはやりません」と言い、そして、2日目の夜になると、今夜こそ花火をやるのだと待っても待っても父は花火をやりに浜辺に行こうとしない、これ以上遅くなったらもう花火はできなくなってしまうと思って、それで、「花火をしにいこう」と言ったところ、「ちょっと、あんた、いいかげんにしなさい! いったい、何考えてんの」て、それはないだろう・・と思うし、もし私が父親ならそれはかわいそうだと思う。2日目の夜に花火をやるつもりであったが、会社の人たちと一緒に行った以上、最終夜は宴会になって酒を飲まないわけにいかなくなり、それも途中で抜け出すわけにいかなくなったということかもしれないが、それなら1日目に花火をやるようにするべきだし、2日目の夜に宴会をやらないと思っていて予想がはずれたのなら、それなら子供に「申し訳ない。今回は花火はできなくなってしまった。別の機会にできるように考えるからきょうは我慢して」と言うべきである。最初から1泊目も2泊目も花火をするつもりがないのなら「小豆島に行って花火をしよう。花火を買ってきなさい」と言って小学校1年生の子供に花火を買ってこさせるのは間違いであろう。
  何も言わずにそのまま飲み続けて、そして、高校生の姉は父に代わって小学校1年の弟と2人で夜の浜辺に花火をしに行こうとし、なぜか1人部屋に戻っていた女性社員の人と3人で浜辺に花火をしに行ったのだが、もし、その人がいなかったなら、高校生の姉は子供と2人で浜辺に行ったことになり、考えようによっては「お酒飲んだ人が夜の海に行く」ことよりも高校生の娘が小学校1年の弟と2人で夜の海に行くことの方が危険だったかもしれない。父親ならば、そのあたりを見ていないといけない。一緒に行っておきながら娘と息子がその時に何をしているかも見ていないような父親なんて、そんなおかしな父親があるか?・・と思うのだが、我が家にあったのだった。小学校1年の子供にとっては、いくらなんでもあれはないだろうと思うことだったが、うちの父親にとってはそれが「常識」だったのだ。父からすれば、むしろ、「甘ったれておってはいかんぞ」というところだったのではないか。「わしは働いてやってやってやったってる」というところだろう。たしかに、私は小学校1年の時、おっさんの給料で食べさせてもらっていた。たいていそうと違うのかとも思うのだが、父からすれば、「働いてやってやったっておるこのえらいえらいこのわしが、な~んで子供の世話せんといかんのじゃ。甘ったれておってはならぬぞ。子供の世話は女の仕事です。甘ったれるなよ」というところではないか。たしかにおっさんの給料で食べさせてもらったのではあるが、高校1年の娘が小学校1年の弟と2人だけで夜の海辺に行こうとしているのを気づきもしない男をそういう男を父親と言うべきだろうか。何が「常識」かは人それぞれなのだろうけれども、私はうちの父親の「常識」は私は非常識であると思うが、うちの父親の「常識」が疑いの余地なく極めて常識だと思う人もあるらしく、そういう人からすれば、そんな「常識」は非常識だと思う私の認識の方が非常識だということになるらしい。

   旅行した時に、普段、気づいていないその人の特徴・性質に気づくことがあるとともに、冠婚葬祭、特に「婚」と「葬」の時、普段、見えないものが見えてくることがある。前前回は「葬」の時、前回は「婚」と「葬」の時の話を述べたが今回は「葬」の時の話である。
  1990年代なかば過ぎだったと思う。(株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ の福島県いわき市の営業所に勤務していた時のことだ。同じ営業所に勤務していたKさん(男。当時、40代)の奥さんのお母さんが亡くなった。奥さんがお母さんの住んでいる所に顔を出したところ、お母さんはすでに亡くなっていたらしい。奥さんから電話を受けたKさんは、「それじゃ、警察に電話して」と話していたので、え? と思った。別に、何らかの事件で殺されたわけではなく、高齢のおばあさんが亡くなったのだから、警察に連絡する必要があるとは私は思わなかったのだが、家族と一緒に住んでいて家族が付き添っている間に亡くなったとか、病院に入院していて病院で亡くなった、あるいは、「老人ホーム」「ケアハウス」などの介護施設で亡くなったという場合であれば、医師に診てもらう必要はあっても警察に見てもらう必要はないようだが、一人暮らしの高齢者が一緒に誰もいない時に亡くなっていたという場合には、警察に確認しておいてもらう必要があるという話である。たしかに、誰も一緒にいない時に亡くなっていたというものを警察に連絡することなく火葬してしまって、あとから、「ちょっといいですか」とか「人相の悪い男」に言われても困るであろう。そもそも、「ちょっと」てどのくらいなんだよ?

  (株)一条工務店は、「従業員の親睦会」として「一条会」と名づけた会を会社が作らせ、その「一条会」の会則を浜松の(株)一条工務店の経営者が一方的に作成して決めていた。従業員に労働組合は作られたくないが「親睦会」は作らせたい、それも、会社が主導で会社の経営者・使用者にとって都合がいいような意識を従業員に植え込むための「親睦会」を作らせたいという、なんともチンケな発想の経営者の会社というのは日本にはけっこうあるのだが、(株)一条工務店もそうだったようだ。
  但し、親睦会があって悪いということはないと思う。悪いことはないが、その運営は親睦会である以上は、経営者・使用者あるいは遠州人に決められて、非遠州地域の従業員がそれに拘束され規定され命令されるというのはこれは適切とは言い難い。また、その会則の内容であるが、
(1) 「一条会」の経費は、営業と工事課の人間は、契約客のお宅の上棟に手伝いに行き、お施主様からいただいたご祝儀を、全額、「一条会」に収めること、としていたが、これはおかしい。お施主様としては、ご祝儀というのはその人にあげたつもりでいるはずである。特に、その日だけ、手伝いに行ったような人の分はともかく、営業担当者と工事担当者に渡したものというのは、その人にあげたつもりでおり、営業担当には「これまで、ご苦労さま」という気持ちと「これからもよろしく」という気持ちから、工事担当者には「これから、どうぞ、よろしくお願いします」という気持ちをこめて渡しているのであり、それを会社が横取りするというのはおかしい。こう言うと、「会社が取ってるのではないだろう。一条会の費用にしてるのだろう」などと言い出す人間がいるかもしれないが、同じことである。お施主様としてはその人にあげたつもりでいるものは、その人が受け取るべきであり、それをどうしろと会社が命令するのはおかしいのであり、会社はお施主様が担当者に渡したご祝儀を横取りするようなことはやめるべきである。
  1970年、関西の読売テレビ、東京圏では日本テレビで、花登筐原作『銭の花』が『細うで繁盛記』という題名で放送されていたが、そこで、伊豆熱川の旅館「山水館」で、お客様の係を担当した仲居は御祝儀をいただくことがあり、掃除の係をしていた者はもらえず、もらえなかった者から不満の声が出たことがあり、山水館の女将の加代が「御祝儀は、みんな、一度、旅館で預かって公平に分けることにしたらどないやろ」と言ったところ、大阪ミナミ宗右衛門町の高級料亭「南地楼」で仲居をやってきた「おたふくさん」が、「それはどないでっしゃろなあ」と言う場面があった。「おたふくさん」が話したのは、「南地楼に来てられた常連さんで、ケチブンさんとあだ名をつけられたお客様がおられまして、その方はどんなに尽くしても、御祝儀なんてちっともくれん人でした。その人が、ある時、私に、『おたふくさん。あんた、ようやってくれたなあ』言うて、小銭入れをくださったんです。それは、町内の福引かなにかであたった景品か何かの小銭入れで、買ってもたいして高い物ではありませんでしたけど、その時はうれしかったですな。あのケチブンさんが、わてに『あんた、ようやってくれた』言うてくれはったんです。たとえ、どんなに安もんでも、あの時のもんほどうれしかったものはありません。それを、みんなで分けると言われたら、わてはそれはええと思いませんなあ」と。上棟の時、何も言わなくても、営業担当には他の人より多くご祝儀を入れて渡してくれる人もありますし、地鎮祭の際に、宮司さんに渡すものと別に営業担当にご祝儀を渡していただく方もあります。一生懸命やって、うまくいったものもあればうまくいかなかったものもあるけれども、それでも、この人は私が一生懸命やったということをそのことを認めてくれたんだなあと思っていただいたお金は本当にありがたいものでした。それを、「一条会にもらうから、貸して」などと言われたのでは、そんなものに渡したのではくださったお施主様に申し訳ない。
※ 《YouTube-銭の花 細うで繁盛記 旅館山水館 》https://www.youtube.com/watch?v=jlipoy1IH4U
  石ノ森章太郎『ホテル』では、ニューヨークの店に赴任したホテルマンの赤川が、ニューヨークの店では、ホテルマンがチップを受け取っていることにショックを受けるが、その地の人間と話をすると、彼らにとってはチップは収入の一部分であり、それをもらうなと言われたのでは、生活に支障が出るという。しかし、赤川はチップをもらうために働くという姿勢には疑問を感じる・・という話があった。これは実際には両方の面があるかと思うが、しかし、戸建住宅建築業において、上棟の際にご祝儀をお施主様が渡した場合、お施主様は自分が渡した相手にあげたつもりでおり、『ホテル』における赤川のように、従業員がご祝儀を受け取るのは不適切だと思うのであれば、お施主様にご祝儀は大工には渡しても営業と工事担当には渡さないでくださいと言うべきで、御祝儀を渡してくださいと言って、御祝儀を渡してもらった上でそれを会社が横取りして、横取りしたものを「一条会」の費用として使いなさいと命令するというのは、それはやはりおかしいと考えるべきでしょう。
  もっとも。いわき地区では、所長の某さんがそう思ったようで、御祝儀は御祝儀として受け取った上で、「一条会」の会費として、営業と工事課は月〇千円払うということにしていた。この方が合理的のような感じはする・・けれども、しかし、一律に会費は月いくらとしたのでは、そうなると、契約が一番多くて上棟の数も多く所長の役職手当ももらっている所長の某さんも契約の少ない人間も役職手当をもらっていない人間も会費として払う額は同じということになってしまう。要するに所長にとってその方が都合がいいから、月額いくらとしたということか? とも受け取られることになる。もし、月額いくらということにするのであれば、所長はいくら・副所長はいくら・主任はいくら・ヒラはいくら・・というようにでもするべきでしょう。 ともかく、御祝儀と親睦会の会費を連動させるのは、本来、別のものを結び付けており、お施主様の気持ちを踏みにじるものであり、良いと言えません。それも、浜松の人間が決めている。なぜ、浜松の人間にほかの地域のご祝儀のあり方を決められなければならないのか。なぜ、全国の風習を浜松に合わさなければならないのか。遠州人というのはいったい何様なのか!?!

(2) もうひとつの問題は、なぜ、「設計」担当は会費を払わないのか、ということ。なぜ、「設計」担当は、タダ飯・タダ酒を飲み食いするのか?!? という問題である。いわき地区にしても、それ以外の地域にしても、営業・設計・工事課・コーディネーター・インテリア担当と営業所で一緒に仕事をしているのに、なぜ、営業と工事課の人間が参加してお施主様からいただいたご祝儀を「一条会」に納入したものからなる会費で、上棟に参加して労力を払ってご祝儀をいただいていない「設計」が会費を納入していないのにひとのカネで飲み食いさせてもらえるのか?!? おかしいではないか! こう言うと、「設計」の人間は、「俺たち、設計の人間に図面を作ってもらえるおかげで、営業は契約をとれるのだから、設計に感謝の気持ちをこめて営業がカネを出して設計を接待するのが当然じゃないか」とか何とかかんとか勝手なことを言うわけだ。小堀住研(株)にいた時のことだが、千葉支店の工事課の誰だったかが「俺たち工事課の人間が工事を管理してやってるから営業は契約を取れるんじゃないか」と発言したことがあったそうで、松戸営業課の課長の某さんは「何を言ってやがる。そんなことを言うのなら、俺たち営業が契約を取ってくるから工事課の人間は仕事をさせてもらえるのじゃないか。何を勝手なこと言ってやがる」と言っていたが、たしかにそうである。(株)一条工務店の第一設計部のバカどもは、「俺たち設計の人間が図面を書いてあげてるから、営業の人間は契約を取らせてもらえるのだから、営業が設計の機嫌を取るのは当たり前だ」とか思っているようであったが、それは間違った認識であり、そんなことを言うのであれば、第一設計部のバカどもは、営業が契約をとってくるおかげで設計の仕事をさせてもらえるのであり、その理屈からすれば、設計の人間は営業の人間に、「お願いですから契約をとってきてください」と言って接待して当然だろうがということになる。まったくつくづく設計という職種の人間はバカ大学しか出てないくせして生意気な口ばっかりきくものだ。そもそも、「俺たちが図面を書いてやるから契約がとれるんだ」とかそこまでズに乗った口をきくのであれば、そこまですばらしい図面を書いているかどうか、まず、そこから考えてもらおうではないか、おまえ、いったい何様なんだ! ということになる。そこまで言うのであれば、もし、ヘボ図面しか作成できなかったら給料返せよ! いいな!・・ということになる。違うか? そもそも、「設計」の人間は(株)一条工務店から給料をもらって仕事をしているはずであり、給料をもらって仕事をしながら、なにゆえに、それと別に営業の人間に接待してもらおうとするのか、その卑しい根性はいったいどこから育成されたものなのだろうか。
  福島県浜通り地区では所長の某さんが「設計」の人間が会費を払わないというのはおかしいと言い、第一設計部の春田靖(男。当時、20代。東洋大学建築学科卒)に、「おまえら、設計の人間も、これからは会費を払えよ。そうでなかったら、おまえら設計の人間も上棟に参加してご祝儀をもらうようにしろ」と言ったのだが、すると、春田靖はどう言ったかというと、「ああ、いいですよ。上棟になんか参加したら、その分、図面の作成が遅れますから、営業さんが困ることになりますから、それでいいですね」とそういう口をきいたのだ。この男は相変らずだなと思った。
  私がいわき市の営業所に赴任した時、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫は「寮があるからそれに入ってもらう」と言い、私は、すでに30を過ぎていたのに、30を過ぎて寮になんて今さら入らなきゃならんのか・・とも思ったのだが、営業本部長がそう言うのであればしかたがないと思って、その「寮」に入るつもりでいわき市に来た。ところが、「寮」といっても、いわき市でよくある新婚さんなどに住んでもらうような、2間続きの和室と和室がもう1室の3室とキッチン・ダイニングと洗面・浴室があって、駐車スペースが2台分という部屋を会社が借りたものを「寮」と言っていたのであり、(株)一条工務店としては、工事課と営業課の従業員は1部屋と駐車スペース1台分、設計は業務でクルマは使用しないことになっているので1部屋を使用することにしていた。ところが、「設計」で「バカでも入れる私大の建築学科」卒で入社2年目だか3年目だかの春田靖が、2部屋と身分不相応なばかでかいオフロードカーだかを停めて駐車スペース2台分を占拠して無料で使用していたため、私のクルマは駐車することができず、私が泊まる部屋がなかった。私は(株)一条工務店の総務にも私に「寮」に入ってもらうと指示した営業本部長の天野隆夫にも、なんとかしてもらうように言ったがどうもしなかった。(株)一条工務店の総務および営業本部長は、なにゆえ、自分がやるべき仕事をしないのか!?!
  まず、会社は、春田靖に2部屋と2台分の駐車スペースを無料で使ってよいなどと認めていないのであり、「バカでも入れる私大の建築学科」を出たばかりの若造にそんなものを無料で使わせるような変な会社は(株)一条工務店の他にはどこにもないはずであり、会社として認めていないものを実力行使で占拠している不心得者には、どきなさいと指示しないといけないし、指示・命令してもきかないのであれば、それは不法占拠しているのであるから、会社としてペナルティーを課すとともに、警察に言うか裁判所に言うかして退去させればいいことであった。そこまでしないとしても、これは春田靖が不当に占拠していたという性質のものであったのであるから、会社として、「使用してよいのは1部屋であるから、もう1部屋と駐車スペースはあけなさい」と命令するべきものであった。ところが、営業本部長の天野隆夫は、私に対して、「春田にお願いしろ」と言うのであった。それは筋違いであり、「お願い」などというものは、これは絶対にやってはいけないことである。個人的な友人に、その地域に旅行したいのでその部屋に1泊させてくれと言うのであれば、「お願い」するべき性質のものであろう。しかし、不当に占拠している者に「お願い」などしてはならないのである。会社として、部屋をあけなさいと命令するべき性質のものであり、又、それは私が言うべきものではな会社が言うべきものであった。それは私と春田靖との間の問題ではなく、会社が、不当に占拠して不当に使用してきた部屋と駐車スペースについての借賃を支払わずにいた春田靖に、不当に占拠している部分をただちにあけなさい、と言うべきことで、それとともに、これ以上不当に占拠するのであれば、不当に占拠している部分についてのこれからの家賃とこれまでに占拠してきた期間の家賃の支払いを請求することになりますと催告するべきであったはずである。 私は会社から「寮」に入ってもらうと言われていわき市の営業所に赴任したのであるから、私は春田靖に部屋をあけてくださいと言うべきではなく、私は会社に対して私が居住する部屋を用意してくださいと言うものであり、(株)一条工務店の総務と営業本部長の双方に対して、そう言ったのである。ところが、いくら言っても、営業本部長の天野隆夫は「春田にお願いしろ」と言い、私が「お願いするものと違いますでしょ」と言っても、「お願いしろ」と言ってきかなかったのである。私は、その後、アパートを借りて「借り上げ社宅」として、会社から家賃の一部分を出してもらって居住することになったが、私の後にいわき市の営業所に他から赴任した男もまた、春田靖が不当に占拠していたことからその「寮」に住むことができず、展示場に寝泊まりしていたことがあった。なぜ、(株)一条工務店の経営者・使用者は会社のルールを守らない者・会社のルールを破って不当に占拠する者に加担するのか!?! なぜ、(株)一条工務店の経営者・使用者は「バカでも入れる私大の建築学科」卒の人間を増長させるのか?!?私がその時の春田靖と同じくらいの年齢の時には、箱根の保養所で泊まり込みで「雑務」のアルバイトをやり、その時には6帖の部屋に3人泊まったものだった。その後、新聞屋の配達の仕事をした時には、新聞屋のアパートでは上の部屋の住人の子供は一日中、飛び跳ねて、上からトントンとんとんトントンと音が鳴り続けていたし、隣の部屋とはガラス戸1枚で、「実質、新婚」らしい隣の住人から「そこ、嫌だって、言ったじゃな~い」とかいう声が始終聞こえていた。私は春田より年上の時にそういうアパートに住んできた。ところが、まだ、20代前半の「バカでも入れる私大の建築学科」卒の春田靖は「2間続きですから」と理由にならない理由を主張して自分は2間占拠する権利があるように言い張ったのだが、2間続きだからいったい何なのだ? 小堀住研(株)の研修の時に私が京都で住んだ下宿屋は、隣の部屋との間は引き違い戸であり、両方から鍵をかけることができるようにしたというものであった。プライバシーを確保したいということなら、2間の間の引き違い戸に両方から鍵をかけられるようにすればいいことで、借りている部屋だからということなら、家主に事情を話して、退去する時には建具を(株)一条工務店が費用を負担して入れ替えますから両方から鍵をかけられるようにさせてくださいと言えばいいだけのことである。 そもそも、会社は2部屋使えとは言っていないのであるから、春田靖が主張するように2間続きだからその2間に2人が住むことはできないというのであれば(普通に考えて、住めないはずないのであるが)、春田は片方の部屋だけを使用して、もう片方の部屋は会社が別の用途に使うようにするべきである。私が新聞屋の配達の仕事をやった新聞屋のアパートではそういう部屋に住んでいた人に店主は「(1人1部屋だから、隣の部屋がたとえ空いていても)使っちゃだめよ」と言っていた。春田は、2間続きの2室に1部屋ずつ2人入居することはできないと主張したとしても、もしその理屈を前提としても、だからといって2部屋を春田が使っていいということにはならないはずである。 慶應大学には日吉に「寮」があって、それは朝晩2食付きで風呂は週に2回付で月1万2千円という低家賃だったが、6帖の部屋に2人相部屋と聞いた。私は、いわき市の営業所に赴任した時、すでに30を超えていたが、春田靖はまだ24かそこらであったわけであり、大学生とたいして変わらないのだから、2間続きで向こうに別の人間が居住するというくらいは当たり前である。それが嫌なら自分で別にアパートか家作を借りて住めばいいことであり、ましてや、身分不相応なばかでかいおよそ業務用には使用不可能な遊び用のオフロードカーに乗ってそれをその「寮」の駐車スペースに、本来は工事課と営業の人間が1人1台分ずつ停めるという前提で会社が借りた場所に、会社は業務でクルマを使うという前提にしていない「設計」の人間が遊び用・娯楽用のクルマを2台分占拠してとめていたのであるが、バカ大学の学生というのは、なにゆえにそこまで贅沢する必要があるのか?!? (株)一条工務店の経営者は、なにゆえに、バカ大学の「ほとんど学生」に会社が費用を出して贅沢させるのか?!? (株)一条工務店は営業と工事課の従業員には車両持ち込みで、その乗用車を会社が借りたとして賃貸契約を結び、会社が借りたクルマを業務用にそのクルマの持ち主に使用させているということにしていたが、それは営業と工事課のことで、設計の職種の人間にはそういう扱いにはしていなかったし、会社が業務用車両として賃貸契約を結んでいたのも業務用として通じる可能性があるセダンなどのクルマであって春田が乗っていたような身の程知らず身分不相応な高いオフロードカーのことではなく、そんなクルマで客宅に行かれたのでは「ふざけるな」ということになるし、営業や工事課に認めていたのも、あくまで、普通の駐車スペースに停められる程度の大きさのクルマのことであって、2台分使わないととめられないようなレジャー用のオフロードカーの駐車スペースを会社が費用を出してバカ大学出て2年目だか3年目だかの若造に無料で使わせるようなそんなアホな会社は(株)一条工務店以外に見たことも聞いたこともない!
   私は春田靖を見て、この男、いったいどんな育ち方したんだ、と思い、この男の親はいったい何やってる人間なんだ? と思ったのだが、中学校の校長先生だと聞いたので、なるほどなあ~あ・・とも思ったが、他方で、普通、学校の先生の息子というと東大とか京大とかに行くものと違うのか、なんで、この男、東洋大なんて行ってるんだ? そんな先生に授業もたれたのでは成績下がってしまうのと違うか? そんな先生がよく校長になるなあ・・とかも思った。私などは、高校を卒業する年、東大を落ちたところ、父親から「高校は義務教育じゃないのにからに、おまえは高校に行きおってからに、このチャンコロ! 高校は義務教育ではない以上はおまえは高校には行くべきではないのにからに高校に行きおってからに、こいつめ、チャンコロこのチャンコロ!」と毎日毎日言われたものだった。又、「うちは工学部になんか行かすような金持とは違います。甘ったれなさんな」と言われ、首をもがれても行かされたくないと思っていた学部に無理矢理行かされてしまった。「国立大学なら何学部でも学費は一緒だ」と私は言ったのだが、母は「100%絶対に国立大学に通るとは限らないでしょうがあ。たとえ、1%でも落ちて私立に行く可能性がある以上は工学部みたいなもん、受けてはいかんでしょうが。何を甘ったれてますのん、あんたはあ」と言い、父は「その通りじゃ。工学部みたいなもんに行きたいなんぞというようなそんな甘ったれたチャンコロは大学に行くことないんじゃ、このチャンコロめがチャンコロ!」と毎日毎日私の顔を指さして叫んでいたものだった。それから考えると、東洋大などという「バカでも入れる私大」にあつかましくも行って、しかも、工学部に行かせてもらうというのは、中学校の校長先生というのはものすごい給料高いということなのか? 私の父にしても、ともかくも、会社では「常務さん」だったわけだ。もっとも、父が言うには「うちの会社は常務は給料安いんや」ということで、「うちの会社は、常務は課長より給料安いし、ボイラーマンで入ったヒラの◇さんより常務の方が給料安いんや」と言っていたので、父の勤め先というのは常務はヒラより給料が安い会社だったらしいのだが、それにしても、私の感覚からいくと、東洋大みたいなもんしか行けないような甘ったれた人間が、なにも、「大学」に行くことないし、高校も義務教育ではないのであるから「当然、行くべきではない」はずであるのだが、なにゆえに、春田靖は東洋大学などという私立の「大学」のカネのかかる工学部の建築学科などというものに甘ったれて甘ったれて行ったのであろうか? 中学校の校長先生というのはそこまで超弩級に給料が高いのだろうか? 校長先生というのに学校は給料を払いすぎと違うのか???
   春田靖は「ああ、いいですよ。上棟になんか参加したら、その分、図面の作成が遅れますから、営業さんが困ることになりますから、それでいいですね」などとヌケヌケと口にしたのであるが、まず、おまえ、そんなに働いてないだろうが! 月1回なり2回なり上棟に参加したとしても、それで仕事ができなくなるほど働いてないだろうが! もっとも、この「建築現場に行っても、設計はシャープペンシルより重い物は持ってはならない」という認識を戒律みたいに持っている男を建築現場に連れていっても役に立たないかもしれないが。そもそも、そんな「建築現場に行っても、設計はシャープペンシルより重い物は持ってはならない」という認識を持っているような「設計」という職種の人間のあり方がおかしいのである。
   最近、女性で建築業の会社に勤めたがる人がけっこういるが、そのうち少なくない人間は「女は建築現場に行っても物を持ったりする必要はない」「重いもの・大きい物は男が持つのが当たり前でしょ」と思っている人間が少なくないのだが、決して「当たり前」ではないはずである。男ばかり10人の職場であれば、重い物・大きい物を10人で分担して持つところを、男5人・女5人になってしまうと、重い物・大きい物は男5人で分担して持って、女5人はその間、部屋中に入って座ってコーヒー飲むのが男女平等でしょ! と思っている女というのが大変多いのであるが、それは認めがたい。それが男女平等だとして「女性の権利」を拡張しようとしている「労働者の敵 雇用均等室」は叩き潰すべきである。実際のところ、私は、「ほかの従業員が重い物を苦労して運んでいても設計はシャープペンシルより重いものは絶対に持ってはならない」と戒律のように認識している男と「少しでも体を使う仕事は男がするものであって、その間、女は部屋中に入って座ってコーヒー飲むのが当然で男女平等でしょ」とか思っている女とかいうのは、そういう連中というのは、一度、「シベリア送り」にでもして強制労働につかせて精神改造でもされる必要があるのではないか、という気がする。そうすれば、少しは「真人間」になるかもしれない。実際、「シベリア送り」にでもしてやりたい!
   春田靖は「ああ、いいですよ。上棟になんか参加したら、その分、図面の作成が遅れますから、営業さんが困ることになりますから、それでいいですね」などとヌケヌケと口にしたのであるが、その理屈からいけば、営業も「上棟になんか参加したら、その分、契約がとれなくなりますから、営業が契約とれなくなったら設計さんが困ることになりますから、それでいいんですね」という理屈が成り立つことになる。(株)一条工務店においては、営業の人間は、上棟の作業に参加するだけでなく、それ以外の仕事もこなしながら営業活動をおこない、それで時間がないなら時間外でも深夜でも休日でも働けという対応を会社からされてきたのであり、そうやってきたのである。設計だけ殿様扱いしてもらう当然の権利があるという春田靖の認識はあつかましい。
  又、上棟の作業くらいは設計の人間も始終でなくてもいいから時々は参加してみた方が設計の仕事をする上にもプラスになるはずであり、それを机上の仕事だけですまそうという姿勢は設計としても優秀な設計の姿勢ではないと思われる。これは春田がやったわけではないが、(株)一条工務店では「構造アプローチブック」というもので、キッチンの換気扇の穴の部分で筋交いを切断した工事現場の写真を施工不良として掲載し、こういうことにならないように気をつけないといけませんね・・と話していたのであるが、ところが、私は、(株)一条工務店の共同出資会社であった(株)一条工務店柏の松戸市内の工事現場で、まさにその施工不良、キッチンの換気扇の穴を開けるために筋交いを切断していたものを見た。そのうち、それまでは換気扇はプロペラファンのものがシンプルですが一番換気の効果はあるのですと言ってきたにもかかわらず、1990年代後半になって(株)一条工務店では、すべての建物においてキッチンの換気扇はプロペラファンのものは使用しないこととしてダクトで排気するシロッコファンのものを使用しろと「本社」から(浜松から)「通達」を出してきたが、なぜ、そんなことをするのかというと、(株)一条工務店の第一設計部の人間は、図面を作成する時に立面図・展開図を頭に描かずに平面図しか考えずに作図するので、それで、耐力壁の位置は考えてシステムキッチンの位置も考えても、筋交いと換気扇の穴がぶつかるかぶつかることはないかといったことを考えずに設計する、その程度のことは曲がりなりにも「設計」なら考えてやれよ、その程度のことも考えられなくてそれで「設計士さま」だのとよく言えるな! と思うのだが、(株)一条工務店の「設計」はその程度のことも考えられない「設計」だらけなので、それで、最初から、換気扇の穴を筋交いをよけてダクトで出す方式の換気扇しか使用してはならないなどという変則的な規則を全国に押しつけることにしたようである。アホである。だいたい、図面を作る時に、平面図しか考えずに作るからそうなる。図面を作成する時には平面図とともに立面図・展開図もまた同時に作成して作図するか、もしくは、たとえ、図に書かないとしても頭の中で描きながら作図するべきもので、平面図しか頭に描かずに書くから、だから、筋交いと換気扇の穴がぶつかっていても「そんなの関係ねえ!」みたいに製図して、そして、「間違いのない家づくり」として(株)一条工務店の「アプローチブック」で「施工不良」として掲載されていて営業が「こういう施工の家に住んだのでは地震の時に怖いですねえ」とお客様に話しているようなそういう家を作ることになるのである。これも、「設計というバカ大学卒の特権階級は工事現場に行ってもシャープペンシルより重いものは絶対に持ってはならない」とかいう戒律のもとに工事現場でふんぞり返って見物するのではなく、自分自身で管柱でも梁でも大引でも根太でも持って運ぶなどの作業でもやりながらその場を見ておれば、筋交いと換気扇の穴というのは気をつけないとぶつかる可能性があるということくらい気づくはずなのだが、ところがどっこい、設計と女は椅子に座ってコーヒー飲むのが仕事でしょ・・みたいな意識でいるから、だから、換気扇の穴と筋交いがぶつかるのである。こういうことは、私のように実際に仕事をしてきた者から見ればわかるものだが、(株)一条工務店のオーナー経営者一族は、私が深夜まで営業活動をしている時に、フィリピン人女性ネイティブスピーカーからタガログ語講座を受けとるものだから、だから、タガログ語の語学力は向上して「遠州弁とタガログ語のバイリンガル」になっても、こういうことがわからんようだ。
  1993年から1994年、いわき市の営業所(展示場)に春田靖に「佐藤さん」という女性から、勤務時間中に、四六時中朝から晩まで電話がかかってきて、私はずいぶんと何回もとらされたものだった。「とらされた」といっても、とってあげるつもりはないのだが、従業員によっては自分にかかってきたと思う電話ならとるがそうでなければとらないという人がいたのだけれども、私はそうではなく、営業所(展示場)に電話がかかってくる以上は誰にかかってきたものかにかかわらずとるものでありとらないといけないと思ってとっていたのだが、会社という所の電話は仕事のための電話であり、春田靖は勤務時間に対して給料をもらっている以上、勤務時間中に、それほどしばしば私用の電話を受けていてはならないはずであるのだが、この男はおかまいなしに四六時中、私用の電話を女にかけさせていて、そして、その電話を私にとらせてきたのである。春田靖に女がかけてくる電話をとるのは、それは私の仕事ではないし、(株)一条工務店から春田靖に女がかけてくる私用の電話をとることについての給料はもらっていないはずであるのだが。普通、私用の電話を他の従業員にとってもらったら「すいません」か「ありがとうございます」くらいは言うものだが、春田靖は私用の電話を毎日毎日取り次いでもらいながら、「どうも、すいません」も「ありがとうございます」も一言として言ったことがない。この男の親はいったいどういう教育をしてきたのか?!? この男の親はいったいどういう仕事の人間なんだ?!? と思うと、中学校の校長先生だというので、なるほど、中学校の校長先生というのはこういう「教育」をしているのかと思った。どうも、中学校の校長先生などに教育されたのではろくな教育を受けることにならないようである。 もしも、春田靖が、上棟に参加するとその時間のために図面を作成する時間が足らなくなるというのであれば、とりあえず、「佐藤さん」から勤務時間中にかかっててくる電話をやめれば、その時間で図面はできるだろう。「上棟に参加したら図面の作成が遅れますから」などとナマ言うのは勤務時間中の私用電話を控えめにしてそれからにするべきであろう。バカ言ってんじゃないわ♪〔⇒《YouTube-3年目の浮気 》https://www.youtube.com/watch?v=cRwYKs3fHlo 〕 それでも、図面ができないというのであれば、「寝ずにやれ」とでも言ってやればいいことであろう。もしくは、「設計」にも、「できないなら、やめろ」と言ってやればいいことであろう。営業はそう言われて、やめるわけにもいかないから、だから、上棟の作業にも参加した上で、勤務時間外であろうが必死で働いてなんとか契約とってきたのではないか。 (株)一条工務店の営業本部長は営業には「なんで、休みの日に休むんだ」とか言いながら、「バカでも入れる私大の建築学科」出たばかりの若造には殿様扱いしたがるがその思考はビョーキである。「治療」してやった方がよさそうである。
   そんなことよりも、もっと根元的な問題として、上棟の時にお施主様からいただいたご祝儀と親睦会の会費が連動しているというのがおかしい。 そもそも、それは別のもののはずなのだ。 だから、営業と工事課の人間が、御祝儀でいただいたものの中から、その人間が会費分を出費してもいいが、設計の人間はどこからでも会費を払えばいいのである。給料もらっているはずなのである。会費は給料から払えばいいことである。それも嫌なら、営業所の忘年会も社員旅行も「設計」だけ行くな! 「設計」は自分で契約もとって自分で工事管理もしてやっていけ! 「設計が図面を作れなければ営業さんが困るでしょ」などとそこまで言うのなら、そこまで言うだけの図面を作ることだ。営業の俺の方がいい図面を作るぞというような図面しか作れない設計も(株)一条工務店の設計にはけっこういたはずである・・が、そんなことよりも、ともかく、「設計」はタダ飯・タダ酒を飲み食いする「権利」などというものがあるわけではないのであり、とりあえず、給料もらっているのだから、ひとが払った親睦会の会費で飲み食いするのではなく親睦会の会費くらい、払え!・・と考えるべきである。ひとが払った会費で飲み食いしてこましたろやなんて、物貰いか学校の先生みたいな発想しやがってからに・・て、それが校長先生の息子に対する教育・指導だったのか?

  (株)一条工務店の総務は、私が入社した1992年においては、営業本部長(その時点では「次長」)の天野隆夫の嫁の天野順子がヒラだが「総務の責任者」で、「主任」だとして山本というヌケタの男がいて、他は「高卒の女性社員」ばかりだった。浜松工務店ならともかく、全国規模の会社としてやっていこうという会社であれば、それはあまりにもオソマツで、慶應大学商学部卒で労務管理論・労働法・労働経済学や心理学・カウンセリングなどを学んできた人間で、同社に入社するより前に他の会社で人事総務部に在籍したこともある私などはこの会社では貴重であるはずで、浜松の地方工務店ならば、人事総務は一族でやるということでもまだいいのかもしれないが、全国規模の会社としてやっていこうということであるならば、「一族」も1人くらい配属していてもいいけれども、私のような旧帝大系国立大学か早慶くらいの社会科学系学部もしくは教育心理学科などの卒業の者で、労務管理論・労働法・労働経済学や心理学・カウンセリングなど学んできたような者を一人は配属して担当させないとやっていけないのではないかと思ったのだが、この会社は私をそういう使い方をすることはできず、「中卒高卒の人間が『一流大学』卒の人間に冷や飯食わせて楽しむ」という目的でしか使うことはできなかったようである。
  会社のルールを守らず不当に占拠していた春田靖のおかげで、私は自分のクルマに乗せて持って行った荷物を降ろすこともできず、泊まる所もなく過ごしたのであるが、(株)一条工務店の総務はこの件について私に謝罪の言葉を一言も口にしなかった。総務の山本が使い物にならないということは最初からわかっていたことで、山本が「主任」にならせてもらっていたのも一族らしいことから「主任」にならせてもらっていたのでありヒラから主任に昇進するだけの功績を何か残したわけではないのも重々承知していたが、その後、1年後くらいであったか他の営業所からいわき市の営業所に転勤してくる人があった際、総務の山本が、いわき市の営業所の私の所に電話をしてきて、いわきに転勤する人があるので、不当に占拠している春田靖に「寮」の部屋を空けるようには言わず、私が費用を出して借りているアパートに住ませてくれと言ってきた。あきれた男である。私の借りたアパートは「寮」ではない。春田靖が住んでいたのは会社が借りて「寮」として、3部屋を3人で1人1部屋使用し、駐車スペースは工事課と営業は業務でクルマを使用するので駐車スペースも1台を使い、設計は業務でクルマを使うことはなく公共交通機関で通勤するのを基本としていたが、キッチン・洗面・トイレ・浴室は共用であるが、家賃は全額会社が負担して入居者は無料としていたもので、設計は1部屋のみとしていたにもかかわらず、春田靖が実力行使で2部屋と2台分の駐車スペースを占拠していたのだが、私が借りたアパートは「寮」ではなく「借上げ社宅」であり、どんなに探しても月3万円のアパートなんてない場所で、会社が出すのは月3万円で、それを超える額は入居者負担であるが、「寮」とは違って借りた部屋は自分だけで使用することができるというものだった。だから、「寮」のように会社から全額出してもらっているものではないのであるから、会社からそこにほかの従業員を住ませろなどと言われる筋合いは当然ないし、そのような要求は絶対に受け入れてはならないし、会社はそのような要求は絶対にしてはならないものであり、もし、そのような要求をする者があったなら、(株)一条工務店の総務はそういう主張はやめてくださいと言わないといけないものであった・・が、ところが、いくらヌケタでも、まがりなりにも総務の従業員で、総務として給料を会社からもらっていた山本が「会社からお金をもらっているのですから、住ませてください」と言ってきたのである。「なぜ、寮の部屋を不当に占拠している春田に退去するように求めないで、寮ではなく借上げ社宅として私が費用を出しているアパートに他人を住ませろと言うのですか。あなた、おかしいのと違いますか」と山本に言ったのだが、山本は「会社からお金を出してもらっているのですから、住ませるのが当然です」と言うので、こいつ、単なるアホではなくどうしようもないアホだなと思ったものだった。世の中には、アホは純心であると思っている人がいるが実はそうでもない。アホであるとともに性格が陰湿である者もいる。(株)一条工務店の総務の山本もアホであるだけでなく人間性も良くない人間である。この後、私は総務の山本と顔を合わす機会もあったのだが、普通なら、顔を合わすことがあったなら、
(1)総務の不手際で私が泊まる所もなく困ったこと
(2)その後、それに謝罪もせず、「寮」でなく私が家賃を払って借りているアパートに転勤者を住ませろと非常識な事を言った件、
(3)その後も春田靖が会社の規則に違反して不当に占拠している状況を是正しなかったことにについて
「申し訳ありませんでした」とまず謝罪するべきであるはずだが山本は一言も謝罪の言葉を口にしなかった。
アホとともに性格も良くない男で、アホは人畜無害ではなく有害である例である。
  私にいわきでは「寮」に入ってもらうと言った営業本部長の天野隆夫とも、その後、会う機会があったが、天野はこの件について謝罪しなかった。会社の上の方の役職の人間として以前に人間として社会人としてその態度はおかしい。

 (2019.1.28.)

次回、冠婚葬祭の際に見える人間模様 3-下 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201901/article_15.html

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