冠婚葬祭に見える人間模様[2]白ネクタイは結婚式場に問合せるべき。当事者でもないのに文句言うおばさん

[第435回]
   「かわいい子には旅をさせよ」という「ことわざ」があり、この意味は、旅行をさせろという意味ではなく、子供の頃に甘やかさないで苦労をさせろという意味だ・・・と言われてきた。「若い頃の苦労は買ってでもしろ」というのと似たようなものと言われてきたが、「若い頃の苦労」というのを私なんかは相当買ってきたが、倉庫に相当たまったので、貯まったものをそろそろ売ってやろうかと思うのだけれども、なかなか売れない。なんとも、売れない商品を買いこんでしまったものだと思う。それから考えると、「若い頃の苦労」などという「売れない商品」を買いまくったのはバカみたいだった。 で、「旅」の方だが、「苦労せえよお、苦労せえよお」と私は父から言われまくってきたのだが、それって、結局、マゾヒズムと違うのか・・・とも思える。 だいたい、そういうことを人に言うおっさんて、おのれはどうだったのか? 昔から、「最近の若い者は・・・」なんて口にする連中が若い頃にそんなにご立派だったかというと、「ち~が~う~だ~ろ! このハゲぇ~え!」・・・ということがけっこうある・・と言われてきたものだ。
  「かわいい子には旅をさせろ」という言葉だが、「意訳」するのではなく、言葉のままに解釈する解釈のしかたもあっていいのではないかと私は思っているのだ。 (株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ なんて「アタマが浜松」の会社に勤めてみると、「空の広さは浜松の広さと同じだ」と信じている人というのが相当いたのだ。浜松から東京都江東区の東京事務所に行くのに、どう行けばいいかと東京営業所にいた時の私に電話できくおっさんがいたので、「新幹線で東京駅を降りましたら、北側に行くと東京メトロ『大手町』駅がありますから、そこから東向き、西船橋行きに乗るといくつ目かに『木場』という駅がありますから、そこで降りると目の前です」と言ってあげると、「それじゃあ、その大手町駅てのに行くには、東京駅からタクシーに乗ればいいらあ」と言うのです。「タクシーに乗らなくても歩けばすぐですから」と言ってあげても、「なんでらあ? タクシーに乗るのが一番いいらあ」と言ってきかないのです。なんか、疲れる・・・。 「遠州人」というのは、よっぽど、タクシーに乗るのが好きみたいですが、東京駅で乗り換える際も、東京メトロ「大手町」駅から東西線に乗る場合は東京駅から大手町駅までタクシーに乗りたがるのですが、JR京葉線に乗りかえる時は新幹線の東京駅から京葉線の東京駅まで平気で歩くのですから、なんだか、「遠州人」のやることというのは・・・・、言うと怒るし説明するのは疲れるし、むしろ、おもしろいからそのままタクシーに乗らせた方がいいのかもしれません。遠州人(「(株)一条工務店の遠州人」のことだが)は、おそらく、大阪に行ったなら大阪駅から梅田駅までタクシーに乗るのではないか。JR「浜松」駅から遠鉄「新浜松」駅まではタクシーに乗らずに歩くけれども。
  彼ら遠州人(「(株)一条工務店の遠州人」のことだが)に「空の一部分の広さは浜松の広さと同じだと言うのならそれは正しい。しかし、空の広さは浜松の広さと同じだと言うのならそれは間違っている」と言うと怒るのです。「浜松でいいものはどこでだっていいに決まってる。こんなこともわからんのか」と。だから、「空の広さは浜松の広さと同じだ」と思っている人に「空の一部分の広さは浜松と同じだと言うのならそれは正しい。しかし、空の広さは浜松の広さと同じだと言うのならそれは間違っている」とわからせようなどと思っても疲れるだけなので、「遠州人」が「空の広さは浜松の広さと同じだ」と言った時には逆らわない方がいいみたいです。そういう人を見ると、子供の頃から、たとえ、観光旅行でもいいから、自分が住んでいる所とは違う所に行って見聞を広めるという経験を持つように、子供には持たせるようにした方がいいのではないか、と思ったりもします。
   自分が住んでいる所とは異なる場所に行って見聞を広めるのは意義がある、という意味と別に、もうひとつ、一緒に旅行をするとその人について普段見えていないものが見えてくることがある・・ということもあるように思います。今から考えてみると、うちの父親なんかは、旅行すると、たいてい、何か変なことしよったなあ~あ・・・と思うのです。 旅行をすると、その人について普段見えていなかったものが見えてくる、なんで、この人、こんなことするのかなあ~あ・・とその時は思ったけれども、要するに、それがその人の本質だったのではないか・・・という場合があります。 そして、もうひとつ、普段、見えていなかったものが見えてくることがあるのが、冠婚葬祭です。冠婚葬祭の時、普段、見えないものが見えてくることがあります。特に、「婚」と「葬」の時に見えるものがあります。

   ふと気づくと、もう、20年以上経ちますか、姉の義弟(ダンナの弟)(・・・ということは、私からすると義兄の弟だから、義理の兄弟、向こうの方が年上だから義兄ということになるのでしょうか)が結婚する時、私は福島県いわき市に住んでいて、東京の信濃町の結婚式場で結婚式をあげられた時、午前10時からでしたので、いわき市のJR常磐線「湯本」駅を午前5時台に出る特急「スーパーひたち」に乗って行きました。住宅建築業の営業という夜遅い仕事の者にとって、朝5時過ぎにアパートを出て6時頃に湯本駅発の特急に乗って行くというのはきついのですが、「スーパーひたち」は1時間に1本ですから、たとえ、1本乗り遅れてもそれでも問題なく間に合う電車に乗るとするとそうなったのです。
   ところが。上野駅に到着直前、慶弔の「慶」用の方のネクタイ、白のネクタイを忘れたことに気づきました。困った。もしも、午前10時からではなく、午後1時からとかなら、東京都内なら新宿とか渋谷とか八重洲とかいった所にある百貨店に行けば、「慶」用ネクタイくらい売っています。しかし、午前10時からの式で、百貨店が開くのは午前10時00分ですから、それでは遅刻します。 どこかで売っていないかと思い、まず、JR「上野」駅のキオスクに行ってみましたが、キオスクでは販売していません。 東京のターミナルでも、新宿・渋谷・池袋などと違って「上野」の周囲には美術館はあっても、物を売っている店は他のターミナルほどありません・・・が、それでも、上野駅で降りて周囲を歩いてみたのですが、売ってそうな店は見当たりません。次に、たしか、神田神保町の会社に勤めていた時、御茶ノ水駅の売店で慶弔用の慶用と弔用のネクタイを置いていたのを見たような気がしたので御茶ノ水で降りてみたのですが、御茶ノ水駅のキオスクでも置いていません。 それなら、ともかく、御茶ノ水駅で下車してみましたが、丸善の書店も文房具店もそんな時間には開いていません。御茶ノ水橋の南のあたりに「キムラヤ」という感じの悪いディスカウントショップがあったが、そこもそんな時間には開いていません。コンビニは開いていても、慶弔用のネクタイは売っていなかった。

  そこで、思いついたのは、結婚式の時というのは、「慶弔用のネクタイを忘れたあ~あ。どうしよう~お」という人というのは、特別に珍しいということでもなく、実はけっこうあるのではないか、ということです。それで、結婚式場に電話を入れて、私の上の姉を呼び出してもらい、「慶用のネクタイを忘れてしまったのだけれども、その結婚式場に貸し出し用か販売用かどちらでもいいから、ないかきいてもらえない?」と言ったのです。
  なにしろ、上の姉は、父から私は常々「T子さんはドイツ人やねんぞ。おまえはチャンコロであって、T子さんとおまえとは民族が違うねんぞ。わかっとんねんやろな、チャンコロ! ゆめゆめ、民族の違いを忘れてはならぬぞ、チャンコロ! チャンコロは服従するための民族として神さまから決められてこの世に生まれてきた人間であって、おまえはチャンコロやねんぞ。T子さんはドイツ人で、ドイツ人というのは常に人を服従させなければならないと神さまから命じられてこの世に生まれてきた民族やねんぞ、ゆめゆめ、民族の違いを忘れてはならぬぞ、チャンコロ! わかっとんねんな、チャンコロめが、生まれて来なければよかったのに産まれてきおってからに、このチャンコロめがこのチャンコロ!」と毎日毎日、鼻の頭を指さされながら言われてきましたので、その「ドイツ人」というお姉さんはしっかりしているものかと思って頼んだのです・・・・が、ところが、「ドイツ人」は「わかんないわ。そんなの」と言うのです。「わかんないわじゃなくて、式場の人に訊いてみてくれない」と言ったのですが、ところが、「ドイツ人」は「ないのじゃないのお。わかんない、そんなの」と言うのです。「だから、わかんないじゃなくて、そこの会場の人、誰かに訊いてみてくれない? それとも、誰か親戚の人で、慶用のネクタイを予備にもう1本持ってきている人とかないかな?」と言ったのですが、「ないよ、そんなの」と言うので、「ないよじゃなくて、とりあえず、訊いてみてくれない?」と言ったのですが、ところが、「だから、ないって。ないない。そんなのないと思うわ。ないよ」と言うのです。
  上の姉は私が子供の頃から、父が「しっかりしたお姉さん。しっかりしたお姉さん。しっかりしたお姉さ~あん!」と言い続けてきた人間で、父は「人間というものはなあ。誰もが産まれる時点で、ひとを支配し服従するべき人間と、一生、ひとに服従するのがふさわしい人間と、2通りに神さまはわけてお造りになっておるわけや。はっきりとどっちかに分かれるのであって、真ん中というのはないねん。民族でもそうやろ。ドイツ人とかアメリカ人とかはひとを服従するのが使命の人間なんや。わしとかT子さんとかM川先生(父の「親友」の「医者屋」)とかはドイツ人でアメリカ人なんや。それに対して、チャンコロは神さまが服従するための人間としてこの世に作られた人間であって、あんたあはチャンコロであって、あんたは神さまからこの人間は常にひとに服従するのがふさわしい人間であ~る! この人間は服従することを喜ぶ人間でR! と神さまはお決めになってそんであんたは生まれてきたわけや。わかっとんのんか、チャンコロ! おい、こら、おまえはチャンコロやねんぞ。このチャンコロめが、産まれなければよかったのに産まれおってからに、このチャンコロめが! 産まれなければ良かったのに産まれてきて申し訳ございませんでしたと言って地面に頭をすりつけてわしに謝らんか! このチャンコロめがこのチャンコロ! 民族の違いを忘れるな! 階級の違いを忘れるな! このチャンコロめがこのチャンコロっ!!!」と私の鼻の頭を指さして毎日毎日言ってきた。
  上の姉のT子さんはそういう「えらいえらいお姉さん」「ドイツ人のお姉さん」であったはずで、父は私に「T子さんはほんまは奈良女子大に通った人やねんぞ、ほんまは! ほんまは天地がひっくり返っても奈良女子大に通ったおえらいお方やねんぞ! チャンコロとはできが違うねんぞ、チャンコロ! おまえは浪商じゃ、この浪商! おまえは慶應大学に行ったと思っておるかもしれんけれども、おまえは何一つとして努力しとらんねんぞ、この浪商めが産まれなければよかったのに産まれおってからに、浪商があ! この浪商! このチャンコロお!!!!」と毎日毎日言っていました。 「ほんまは奈良女子大に通っている人」なら「ほんまに奈良女子大に通って」いただいて良かったのではないか、別にわたくしめのために落ちていただかなくてもよろしかったのに・・・・と何度も思ったのですが、小学校1年だった時の私が奈良女子大を落としたらしいのです。それも、たとえば、入学試験の日の朝に小学校1年の弟が体調を悪くしたために姉が医者に弟を連れて行ってそのために奈良女子大の試験を受けられなくなったとかそういったことがあって落ちてしまったとかいうのならまだしもわかるのです。それなら、「ごめんねえ」くらい言った方がいいと思うのですが、そうではなく、小学校1年の弟は別に何もしていない、気持ちの上で応援していたというだけだったのですが、それで何で私のせいなんだと思ったのですが、それで、「なんで、私のせいなんですのお?」と言ったこともあったのですが、どうも、それは私の心得違いも甚だしいそうで、「ええかげんにせんか、おまえはあ!」「わからんのか、おまえはあ!!!」と父は怒るのでした。「おまえに大事なT子さんを奈良女子大を落とされたおかげでわしは迷惑しとるんじゃ、わしはあ!んが、んが、んがあ!!!」と。「おまえが産まれなければよかったのに産まれてきたおかげで、そのためにおまえが産まれなければもっとT子さんを応援してやることができたのに応援してやることができなかったために、それで、T子さんは奈良女子大を落とされたんやないか! ひとのせいにすんな、このチャンコロ! おまえにT子さんを落とされて、わしは迷惑しとるんじゃ、わしは迷惑しとるんじゃ、このチャンコロ! 産まれなければよかったのに、産まれなければよかったのに、産まれなければよかったのに! おまえみたいに、自分がT子さんを奈良女子大を落としたくせしおってからに、自分のせいと違うとか言うようなそういう人間のことを心理学では害罰的格と言うねんぞ。この外罰的性格!」と言うのでした。なんだかんだ言っても落ちた人間ではなくその弟のせいにしようとする者が「外罰的性格」ではなくせいにされる弟が「外罰的性格」だというのだ。どうも、心理学にかかるとこの世の罪をすべて背負って十字架につけられない限り「外罰的性格」と「診断」されるらしい。「心理学」てのはまったくつくづくけったいなやつやと思います。「心理学」と小此木啓吾にはうかつにかかわらん方がよさそうだ。もし、応援さえすれば奈良女子大に合格できたというのなら、たとえば⇒《YouTube-コンバットマーチ 早稲田大学応援 全日本大学野球選手権2015》https://www.youtube.com/watch?v=B-yNq72aYLA  みたいな「応援」すれば合格したのなら、それなら、小学校の1年生でも言ってくれれば「応援」してあげたのに、なんや、言ってくれればよかったのに・・・とも思いました。
   「それなら、私を産まなければ良かったのと違うのですか。どうして、産んだのですか? 産まなければ良かったのと違うのですか」と言うと、「何を言うとるんじゃ、このチャンコロ! ほんまにほんまにええかげんにせんか! チャンコロ! おまえが産まれなければ良かったのに産まれてきおったんやろうが、このチャンコロ! 産まれてきたということを心の底から反省せんか! このチャンコロめがこのチャンコロ!!!」ということでした。姉2人を出産した後も、母は何人か妊娠したらしいのですが、父は「ま~た、はらみやがった、この女。どうしようもないな、この女は。まったくつくづく、この女は、孕む孕むの女。この女は産む産むの女。どうしようもないな、ほんま、困った女やな、ほんま。かなわんな、ほんま」と言って母は怒られたというのです。人工中絶をした後、父は「困った女や、ほんま、この女はどうしようもない女や」と言って母に怒り、人工中絶した直後のふらふらの状態でも姑や義弟の世話をさせられたといい母は怒っているのですが、ともかく、上の姉はそのくらい「えらいえらいえらいえらいお姉さん」で「人並外れたしっかりしたお姉さん」であったはずでした・・・・・が、なんや、ちっともしっかりしとらんやんけ! 嘘やったんかいな、あの話は・・・・・と思いました・・・・が、まあ、「しっかりしたお姉さ~ん!」とかいうそういう話というのは、眉唾が多いみたい・・・・だとこの時よくわかりました。
   だいたい、「おまえはなあ、おまえは慶應大学に行ったと思っておるかもしれんけれども、おまえは合格させてもらえるような努力なんて何ひとつとしてしとらんねんぞ。わしがエライから入れてもらえてんぞ」と父は言うのでしたが、この表現は、1970年代後半、父の「親友」の医者屋のM川(男。当時、50代前半。当時、大阪府豊中市在住)が「わしは、いつも、息子に言うたりますねん。『おまえが関西医大に行けたのはおまえが努力したからとは違うねんぞ。わしがエライからおまえは関西医大に裏口入学させてもらえてんぞ。心得違いを起こすなよ』とそない言うたりますねん」と言っていたのを聞いて、「そうや。わしも、そない言うたろ」と思って真似たようだったが、しかし、M川のドバカ息子が金権関西医大http://www.kmu.ac.jp/ に裏口入学させてもらえたのはM川がエライからではなくM川に薬漬け・検査漬け・毒盛りされたかわいそうな「患者」とその家族のおかげであってM川がエライからではないし(父もまたM川からアリナミンだのセデスだのPL顆粒だのうがい薬だのなんだのを大量に購入してドバカ息子の遊興費を貢ぐために貢献していたのであり)、それより何より、M川のドバカ息子は金権関西医大に裏口入学で入ったらしいが、私は慶應大学に何も裏口で入れてもらったのではなく、一般入試で合格最低点より高い点数を取って合格したのであり、父は慶應大学に裏口入学させてもらえるようなコネなんてもとより持ってないし、そんなコネを捜してこようなどという才覚のある人間ではなくそんな頭の働く人間ではなかったはずであり、私はM川のドバカ息子とは違うのだ。父は「おまえは北野高校に行ったと思っておるかもしれんけれども、おまえはほんまは浪商やねんぞ、この浪商めが、浪商! 浪商の分際で北野高校に行かせてもらえたというのは、わしがエライからやねんぞ、浪商、この浪商!」と言うのだったが、しかし、灘高校出身の人から聞いた話によると、兵庫県の灘高校というのは私立なので、毎年、「あ、裏口やな」て感じの生徒が何人かいるらしいのだが、北野高校というのは私立ではなく大阪府立であって裏口入学なんてものはないし、私は北野高校に何も裏口入学で入れてもらったのではなく正規の入試で合格して入学したのであって医者屋のドバカ息子とは違うのだ。医者屋から言い方を教えてもらって、「よっしゃ。その言い方、わしもしたろ♪」と父は思って真似たようだが、私は医者屋のドバカ息子みたいに裏口入学なんてさせてもらっていないし、そんな汚らわしいもんさせてもらいたいとも思わない!・・・・が、父は毎日毎日私の顔を指さしてそういうことを叫んでいた・・・・が、ともかく、上の姉のT子さんはそのくらい「えっらいえらいえっらいえらい、特別に特別にえらいえらい、ドイツ人のお姉さん」〔⇒《YouTube-ワルキューレの騎行 》https://www.youtube.com/watch?v=0EUckxAgZ_E 〕であったが、なんや、「ドイツ人」、あんまりしっかりしとらんやんけ! というのをこの時よくわかった。

    こうなったら、少々遅刻するのはやむをえない、と考え、その時間をできるだけ短くするには、結婚式場の信濃町にできるだけ近い百貨店で購入して行くことでした。 信濃町に近い百貨店というと、距離としては新宿と渋谷は同じくらいですが、新宿は中央線各停で直通ですが渋谷は代々木で乗り換える必要があり、新宿の百貨店でも伊勢丹は駅から少し距離があり、駅に近い百貨店というと小田急か京王。それで、小田急の店の前で立って10時の開店と同時に入って、慶用のネクタイを購入して、信濃町まで行きました。 その結果、少しだけ、遅刻しました。

    結婚式場に行ってみると、結婚式場では慶用のネクタイは販売されていました。失敗でした。「ドイツ人のお姉さん」に言えば、販売されているか・貸し出し用がないか、いずれもない場合、親戚関係で2本持ってきている人はないか・・・訊いてくれるというそのくらいの智恵を働かせてくれるのではないか・・と考えたのです。なにしろ、「特別にエライ特別に賢明なドイツ人のお姉さん」ですから。 しかし、「ドイツ人」というのは実際にはあんまり賢くないみたいでした。むしろ、電話で姉を呼び出すのではなく、結婚式場に電話を入れたのなら、親戚を電話に呼ぶのではなく、結婚式場の人に慶用の白のネクタイを販売か貸し出しかしていないか尋ねるべきだった。 後から気づいた。失敗だった。

   それから、神田神保町の会社に南柏から電車で通勤していた時、御茶ノ水の駅の売店で慶用と弔用のネクタイを売っていたのを見た記憶があったのは、それはJRのキオスクではなく東京メトロ千代田線の「新御茶ノ水」駅の売店だった。最初、上野で歩き回り、次に御茶ノ水で歩き回ったが、どこにもなかった・・というより開いている店がほとんどなかったのだが、東京メトロ千代田線「新御茶ノ水」駅のホームに行けばよかったのだった。

   結婚式は、神式でおこなわれ、その後、披露宴がおこなわれたのだが、神式の結婚式に途中から入場した私に、披露宴までの間に、姉の義兄および義兄の弟の親戚のおばさんが、私の所に来て、「きょうは、どちらから来られたの?」と言ってきたのだ。
   「福島県のいわきから来ました」と言うと、「そう。クルマで来られたの?」と言うので、「いえ。電車で来ました」と言ったのだが、そうすると、そのおばさんが「クルマで来られたの?」と私が「電車で来ました」と言ったのを聞いた上で言うのでした。それで、再度、「いえ、電車で来ました」と言うと、「クルマで来られたの?」とまた言うのです。再度、「いえ、電車で来ました」と言っても、またもや、「クルマで来られたのですか?」と言うのです。下の姉が「電車で。福島県のいわきから来てくれたんです」と横から言っても、さらに「クルマで来られたんですか?」と言うのです。 姉のダンナの親戚らしいというだけで、名前も知らない人ですよ、そのおばさんは。その時は、このおばさん、いったい何なんだろう? と思ったのでしたが、後から考えてみると、「うちのおい(なのか?)の大事なMちゃんの結婚式に遅刻してくるとは、あんたはいったい何のつもりなの!」と文句を言っているつもりだったようです。
   もし、はっきりと、「あなた、結婚式に遅刻してくることないでしょう」と苦情を言われたのであれば、それならば、「どうも、申し訳ありません。早めに出て上野にはけっこう早い時刻に着いたのですが、慶用のネクタイを忘れてしまいまして、売っている所を捜したのですが、新宿の小田急が開くのが午前10時でそこで買って大急ぎで来たのですが、この時刻になってしまいました。どうも、お恥ずかしいことで、申し訳ありませんでした」とでも言ったでしょう。実際、申し訳ないと思っていましたし。
   しかし、そのおばさんは、絶対にはっきりと文句は言わないのです。 これも、後から考えてみると、それはそのおばさんの作戦であり策略であったようです。はっきりと文句を言ったなら、相手はそれに対して、「どうも、申し訳ありません」と言うであろうと思い、あえて、はっきりと文句を言うのではなく「クルマで来られたの?」と何度も何度も言うことにより、「クルマで来たのなら、まだしも、思っていた以上に道が混んでいたということもあるかもしれないけれども、電車で来たのに遅れてきたというのは、あなた、いったい、どういうつもりなの!」と言いたいようでした。その言い方ですと、謝るに謝れず、いつまでも執拗に実質文句を言われ続けることになり、それがそのおばさんの作戦だったようです。

   しかし、私はそこまで文句を言われなければならない立場だっただろうか?  そのおばさんがそこまでの態度をとるのであれば、それなら、こちらも何も黙ってそこまで文句を言われていなければならないことはないと思うのだ。
   まず、私は福島県から自腹で電車賃を出して行っているのだ。 姉がその義兄と結婚する時に東京駅から近いホテルで結婚式をあげた時には、父は大阪から来てもらう人には大阪から東京までの新幹線代を出して来てくださいと頼んだのだ。それに対して、義兄とその弟は、私に結婚式に出てくださいと頼んだものの、いわきから東京までの交通費は私が出して行ったのだ。 又、姉と義兄の結婚式の時は、大阪から行く人もいることだからということで、東京駅から近いホテルを式場に選んだのだが、義兄の弟の結婚式の時は、いわきから行く私のことをもしも考えてくれるのならば、上野駅から近い場所にしてくれればよいのだが、いわきから行くのなら、上野駅で乗り換えて、もう一度、秋葉原で乗り換えて行かないといけない信濃町の結婚式場で開催した。さらに、福島県から来てもらう人間がいるのなら、午前10時からではなく、もう少し遅い時刻からにすればよさそうなものであったはずだが、そんなことちっとも考えずに、午前10時からの結婚式にしたのであり、もともとが夜遅い仕事の私が、朝、5時前に起きて6時前にいわき市の湯本駅を出る特急に乗って行ったのである。もしも、文句を言うのであれば、そのあたりの不手際を謝罪し、さらに、福島県から自腹で来てもらったことに対して礼を言った上で、その上で、「来ていただいてありがとうございます」と言った上で、「できれば、遅れずに来ていただければありがたかったのですが、どうされましたか」とでも言うのなら、まだわかるが、そうではなく、文句だけ執拗に言い続けたのであり、後から考えてみると、あのおばさんはいったい何なのか!?!  私は、いわき市から自腹で特急代も出して、有給使って会社を休んで行ったのに、来てもらったことに対して礼のひとことも言わずに文句ばっかり執拗に言うというのは、あそこまで執拗に文句を言うとなると、あのおばさんの方こそ、むしろ、礼儀に反するのではないか。 あのおばさんこそ、おかしいのではないのか。

   この件について、姉に話したところ、「あのおばさんたちは、みんな、うちのお義父さんに世話になった人たちだから」ということだった。 しかし、である。 姉の夫の父(姉の義父)は、岩手県から東京に出てきて、がんばってけっこう出世した人らしく、その妹であるおばさんたちは、兄を頼って東京に出てきて、その兄に世話になってきた人たちだそうで、姉の義父の親戚にはそういうおばさんたちがいっぱいいるということだったが、しかし、私はそういう立場ではないのだ。 私は、その日、結婚式をあげる男性の兄の妻の弟であり、父は他界していたので、他界した父の代理、姉の父の代理の立場であり、結婚式をあげる男性からすれば、「義姉の父の代理」という立場であり、父も私も、姉の義父に特別に世話になったという立場ではないのである。 そのおばさんは、自分がその日に結婚式をあげる男性の父の世話になった人間であるから、「世話になったYさんの息子のMさんの結婚式であれば、何を差し置いてもかけつけてくるのが当たり前なのに、遅れてくるとは何事か」と思い、怒りにふるえて、それで、「クルマでおいでになったんですか」と私が「電車で来ました」と何度言っても執拗に繰り返したようだった・・・・・が、そのおばさんは世話になった人の息子の結婚式かもしれないが、私はその「世話になった人」と対等の立場である私の父の代理の立場で出席していたのであり、そのおばさんがそういう態度をとることこそ失礼な態度であろう。
   たしかに、遠方から来たという点はあったとしても、慶用のネクタイを忘れてしまったのはこちらの落ち度であり、少しであっても遅れたのは申し訳ないことであったが、しかし、もしも、そこまで、執拗に文句を言うのであれば、まず、文句は「朝早くに遠方から来てもらってありがとうございます」と一言、言ってから言うべきものではないのか。それを言わずに文句だけ言うのはおかしいのではないか。そのあたり、そのおばさんは常識が欠けるのではないのか・・・ということになる・・・が、しかし、その日、結婚式をあげた当事者の2人は私が少々遅れたことに対して何も言っていないわけで、姉の義母もまた、私に文句など言わず、「きょうは、よく来ていただきました」と礼を言ってくれたのだ・・・から、おばさんが文句を言ってきたからといって当事者に文句を言うものでもなさそうである・・・・が、そうなると、あのおばさんはいったい何なのだ?!? ということになる。 ・・・というよりも、なんで、当事者が文句を言ってないのに、あのおばさんが文句を言うのか?!? ということだ。 アホと違うのか、そのおばさんは! ということになる。そこまで文句言われてまで、福島県から朝5時起きでわざわざ行ってあげることなかったことにもなるし。

   その後であったかその前であったか、どうも記憶がはっきりしないのだが、そのおばさんが世話になったらしいYさんという姉の義父が他界されたのだが、その葬式の後、東京都の火葬場に併設された葬祭場で葬式がおこなわれたが、その後、自宅に戻って「しあげ」というのか「精進落とし」というのかがされるはずだったが、自宅で待っても、いつまで経っても届くはずの寿司が届かない。 「待ってください」と言われる以上は待つべきだと思ったが、ずいぶん待ったものだったが、やっと、届いたので、それならいただこうかと思ったところに、姉が「あんた、いわき まで帰らないといけないのだから、もう、帰り」と言い、長時間待たせたあげくそれはないだろうがと思ったのだが、帰れと言われて無理にひとの家に居座るわけにもいかないので、それで待つだけ待って一口も食べることなく退席し、最寄駅の商店街の食堂で食事をして いわき まで帰った、ということがあった。
   その家のおばさんは、私が、遠方から行ったという事情はあったとしても、慶用のネクタイを忘れたことから、午前10時の結婚式までにそれを用意するために、朝8時くらいから東京の街をどこか売っているところはないかと走り回り、結局、午前10時開店の新宿の小田急で買って、JR中央線で信濃町まで行って結婚式場まで走って行ったのを、執拗に食い下がって文句を言い続けたわけであり、どんな事情があったとしても遅れたのは私が悪かったのだけれども、それにしても、そこまで執拗に文句を言ってくるということになると、それならそれで、私だってそこの家の葬式の際の不手際に対して、少しくらいは文句を言わせてもらっても悪くはないはずであり、「黙っていたらなめられる!」というものだ。 「ここの葬式は、待たせるだけ待たせるというのがここの家の流儀かい、ここの家は」とでも叫んでやるとか、やってもよかったということか・・・・・・とも思わないこともないが、「レベルの低い争い」にはまる危険があるので、気分の悪いことだが、それはやめておいた方がいいだろう・・・・が、あのおばさんはあれはいったい何だったのだろう・・・・、あのおばさんは。

   上の姉が結婚してすぐ後、父が東京に行って上の姉の「ドイツ人」のT子さんと会うと、T子さんは夫の実家に行くのに何だかを作って持っていたといい、父は「T子さんは、何やら作って(夫の実家に)持って行きよるんや。そうやって機嫌とっとんねん。やっぱり、T子さんは賢いわ」とか言って感心していたことがあったのだが、それっておかしくないか・・・と最近になって気づいてきた。夫の実家に何か作って持って行くというのは悪くはないが、しかし、4回に1回でも5回に1回でも、自分の実家にも何かやったって悪くはないようにも思うのだが、自分の実家には1人目を産む時には里帰りして自分の実家の方に世話になって産み、2人目を産む時には2人目を産むからといって1人目の姪を預け、姪は我が家に1ヶ月以上もいたのだった。姪は長く預けられても、「もう、帰る~」などと言うことなく機嫌よくいたのだが、後から考えてみると、よく機嫌よくいたなあ・・とも思うが、姪はよその家に自分だけ預けられたという意識はなかったようだったのだ。なにしろ、遊び相手というのか遊び道具というのかにいい叔父がいたし。その後、私が姉夫婦の家に行った時に、「帰り、Y子ちゃんも連れて帰ろうかな」と言うと、「うん。行こう行こう」と言ってなんだか喜んでついてくるのだったが、その時、姪は自分だけよその家に預けられたという意識はなかったのだと思う。別に姪の相手して悪いことはないのだけれども、夫の実家には何か作って持って行ったり世話をする側になりながら、自分の実家には世話をかける方という思考はちょっと違うのではないか。一組の男女が結婚して夫婦になり、妻が夫の実家の用事をやりに行っても何かを作って持って行くのも悪くないと思うが、夫の実家の用事は夫婦でやりに行くが妻の実家の方には夫婦そろって世話になるものだという認識は、それはちょっと違うのではないか。どうも、姉よりも義兄にそういう発想があったのではないかと最近になって気づいたが、その発想は少々違うのではないか。そのあたりに父は気づくことなく過ごしてきたようで、それが、姉の婚家のおばさんに、私などまでが自分らの所に仕えにくるものだろうみたいな意識を持たせてしまった、という可能性がありそうにも思えた。今から考えると、うちの父親は「わしほどえらい人間はおらんねんぞお。わしはドイツ人の民族でおまえはチャンコロの民族、わしは慶應の階級でおまえは浪商の階級やねんぞお」とか「わしは世の中のことはどんなことでも何でも何でも知ってる人間やねん」とか言いまくってきたが、そのわりに何もわかっていなかったようで、結果として、姉の婚家の親戚のおばさんから私までがなめられることになったようだった。私も、もともとは、そのような世間知に特別人より明るい方でもなかったが、人生を生きる上で痛い目に合わされて多少は学び、かつてに比べれば少しは賢くなったのではないかと思っている。

   父が危篤になった時、夜、連絡を受けて、東京にいた私は大阪まで帰るのにどうやって帰ったものか思案に暮れたのだが、義兄がクルマを運転してくれて大阪まで乗せてくれた。それには感謝している。しかし、大阪の家に着いた後、上の姉のダンナは、病院に入院中で、医者は何があるかわからないと言っていたが本人はまだ回復して家に帰ってくるつもりであった父の洋服ダンスを勝手に開けて、「これ、俺がもらう」とか言って、父の服を片っ端から品定めしていったのだった。この男、いったい何のつもりだ!?! と思った。本人はまだ生きているのだ。父は体型が小さかったので、私にはほとんどの服は入らないし、私が嫌いだった父の服を着たいとも思わないし、父は「おまえは贅沢してはならぬぞ」と言っていたので父が着るような服は私は着てはならないはずだったので、父が他界後は義兄がもらっても悪いことはないのだが、父はまだ生きていたのであり、本人は治療して回復して家に帰りその服をまた着るつもりでいたのであり、たとえ、父が他界しても、母はそれを義兄にあげますとは一言も言っていないのであり、それを、勝手によその家の洋服ダンスを開いて、「これも俺がもらうことにする」とか言ってまわったのだった。この人、いったいどんな育ち方したのだろうか、と思った。 又、クルマを運転して東京から大阪まで乗せてもらったことには感謝したが、しかし、大阪についてからの態度を見ると、「この男、いったい何しに来たんだ」というものだった。父はその義兄のことを「ちょっと、おっちょこちょいのところはあるけれども、決して悪い人ではない。これは間違いない」と生前常々言っていた。それに対して、父は私が嫌いで「〇〇に気をつけろよ。〇〇に取られんようにせえよ」と言っており、私が「要りません」と何度も何度も言っても言っても、「そんなはずないわ。欲しいじゃろお、欲しいじゃろお、欲しいじゃろお~お。どうじゃ、欲しいじゃろ、どうじゃ、欲しいじゃろ。やらんぞお~お。欲しかったら何でも何でもわしの言うことをきかんか。欲しいじゃろお~お、欲しいジャロお~お」と言い、私が「要りません。何ひとつとして要りません。絶対に要りません」と言っても、「そりぁ、嘘や。欲しいはずや。どうじゃ、欲しいじゃろ、欲しいじゃろ。やらんぞ。おまえにはやらんぞ。どうじゃ、欲しいジャロ」と言い続けてきた男だったが、自分がまだ生きていて本人は回復して家に戻ってその服をまた着るつもりでいたのに、その「この人は決して悪い人ではない」と言っていた義兄から、洋服ダンスを勝手に開けられて「これ、俺がもらうことにしよう」「これも俺がもらおう」と言って何があるか調べられた、という事実は、父は病院に入院していたので知ることはなかったようだが、知ったなら、さぞかし喜んだことだろう。「Mさんはおまえとは違うねんぞ、チャンコロ! おまえはおまえは、チャンコロちゃんころチャンコロチャンコロ♪」と私の鼻の頭を指さして歌っていたが、義兄にそういうことをされて、さぞかしうれしかったことだろう。母は、結局、父の背広などを義兄にあげたようだが、もし、私なら、そういうことをやった男にくれてやるくらいなら廃品回収に出すか燃えるゴミに出した方がむしろよいと判断するだろう。「形見分け」だとしてその人にそれらをすべてあげないといけない義務があるわけでもなく、そういうことをやった人にあげるくらいならゴミに捨てた方が有益で故人のためと私なら判断する。
  義兄(上の姉の夫)は父が入院していた病院に行くと、「お父さ~ん、元気ですかあ~あ」と言って、頭を動かしてはいけない父の顔に平手打ちをお見舞いした。 「なに・すん・ねん!」 この男、何するんだとびっくりしたが、それが義兄の親愛の挨拶だったようだ。父もさぞかし喜んだことだろう。「絶対に悪い人ではない。これは間違いない」と父が言っていたような方に「チャンコロの民族で浪商の階級」が文句を言うこともなかったのではないかと思う。

   アンブローズ=ビアスは『いのちの半ばに』という本を書き、そこに人間模様を描いているが、ビアスの本を読まなくても、自分自身でもまた、冠婚葬祭においては、さまざまな人間模様を体験するものだ・・・。

   「アホと喧嘩するもんはアホ」と子供の頃から言われてきたことであるのだが、それにしても、あのおばはんには気分悪い・・・ということで⇒ベルディ『レクイエム』より「怒りの日」 《YouTube-ヴェルディ《レクイエム》「怒りの日」ライナー指揮/ウィーン・フィル》https://www.youtube.com/watch?v=Glim_Q2Ni2A  

   (2019.1.26.)

☆ 冠婚葬祭の際に見える人間模様
1.生き死にの間際に。知らぬ間に「天国」に行った叔父へのレクイエム。数珠を貸すな https://tetsukenrumba.at.webry.info/201901/article_12.html
2.白ネクタイは結婚式場に問合せるべき。当事者でもないのに文句言うおばさん。あまり執拗に文句言うようなら相互主義の原則を採用する可能性も。 〔今回〕
3-上 「設計」はひとの会費で飲み食いするのが「常識」・・ではあるまい!https://tetsukenrumba.at.webry.info/201901/article_14.html
3-下 香典二重取りとかんぴょう巻きばかりの寿司桶 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201901/article_15.html
4.嫁でもない女から四六時中私用電話の入る男、かつ、他の女と結婚するという結婚式に出てもらえると勘違い男。虚偽告訴男。https://tetsukenrumba.at.webry.info/201901/article_16.html  


いのちの半ばに (岩波文庫 赤 312-1)
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アンブローズ・ビアス

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