箕面教会(箕面市)見学【3/5】寺社と違って植木を刈らない牧師+「高卒のおっさん」との「競争」は災難

[第420回] 日本の教会 シリーズ( )-3
  日本基督教団 箕面教会HPの「教会について」https://www.minoo-church.com/aboutus/access.html には、
「求めなさい。そうすれば与えられる。探しなさい。そうすれば見つかる。門をたたきなさい。そうすれば開けてもらえる。だれでも、求めるものは受け、探すものは見つけ、門をたたくものには開かれる」
というマタイ福音書7章7~8節の言葉が書かれています。私はこの言葉が好きです。 
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↑の写真で、教会堂の左奥に見えるのは「牧師館」ではないかと思うのですが、「牧師館」というのは、お寺で「本坊」が「本堂」から遠くないお寺の敷地内にあるのと同じく、「牧師館」は「教会堂」のそばにあるものですよね。[第371回]《日本基督教団田園調布教会(3)牧師館がなぜ教会堂の脇にないのか。遮る扉-田園調布と教会【7/14】 》https://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_7.html でも述べましたが、  「牧師館」というのは教会堂のそばにあってこそ「牧師館」であって、田園調布教会の「牧師館」みたいに教会から少し離れているが教会から徒歩圏で教会堂よりも駅に近い便利な場所にある「牧師館」なんて〔田園調布幼稚園(および、「牧師館」)アクセス http://www.denenchofu-kindergarten.ed.jp/overview/access.htmlそんなの、「牧師館」じゃなくて「牧師の社宅」ですよね。そう思いませんか? 実際、田園調布教会の「牧師館」と称する「牧師の社宅」て、いい場所、「この漫才で田園調布に家が建つ」というフレーズで有名な田園調布の東急東横線・目黒線「田園調布」駅から徒歩5分以内なんて一等地にあるわけで、私でもあんな「社宅」に住ませてもらえるもんなら住みたいわ! ああいうのを見ると、「牧師になればよかったな」・・なんて気になりますね。ほんま。ええ仕事やな。危険はないし、日曜ごとに、なんちゃらかんちゃら、勝手なことしゃべってればいいわけだし。楽な仕事! ほんま、牧師になれば良かったな・・なんて思いますよ。特に、田園調布教会の「牧師館」なんて見ると。
   『怨屋本舗』という漫画に、警察の「上層部」の男が「世の中には、税金を払う人間と税金を使う人間の2種類の人間がいるのだ。わあっはっはっはあ~あ」と豪語する話が出ていましたが、教会でも、「世の中には、献金を払う人間と献金を使う人間の2種類の人間がいる」のだろうか?とか思ってみたりしますね。特に、田園調布教会の「牧師館」なんて見ると。実際、私も、「この漫才で田園調布に家が建つ」というフレーズでおなじみの田園調布の、それも東急「田園調布」駅の西側、放射線状に道路が広がる区域の駅から徒歩5分以内なんて、そんな場所に一度でいいから住んでみたいわあ~あ♪ あんな場所に住めるなら、隣が幼稚園で少々うるさくてもいいよ、そのくらい。ほんと! 田園調布教会の「牧師館」なんてああいうのを見ると、なんか、あの歌を思い出しますよね。「あーめん、そーめん、ほっかいど~お♪」て歌。覚えていませんか? ありましたでしょ。「もお~お」て歌。〔⇒《YouTube-【パオパオチャンネル】ヤーレンソーラン北海道 》https://www.youtube.com/watch?v=t7Eye6wKMtY 〕 「あれだけ出すのにどれだけきついかきついかきついかあ~あ!」て。「ためになったっしょ♪」 

  前回、述べましたが、日本基督教団箕面教会の建物は、「多数派の洋風の教会堂」建物で、あまり独自性はありませんが、「教会らしい建物」で悪くない建物だと思っています。但し、訪問した時に、いつも入口付近が混雑していた記憶があり、
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↑ この出入口、もう少し広くてもいいのではないかと思ったのですが、どうでしょう。

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↑ 右側面。
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↑ 後ろ側。

   日本基督教団 箕面教会の裏手は、道ひとつ隔てて、箕面川が流れています。↓
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( ↑ 箕面教会の裏手と箕面川の上流側。)
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( ↑ 箕面川。 下流側。)
  箕面教会の後ろ側、川沿いの道はどちら側も少し行くと行き止まりになっているようです。
  箕面教会は下り坂を降りてきた所で、すぐ裏手は箕面川ですが、川の水面までの高低差は相当ありますから、たとえ、大雨の時などでも特に心配する必要はなさそうです。

   三流企業に勤めますと、「見ても見ざる、聞こえても聞かざる、言うべきことでも言わざる」なんて態度が日に日に身に着いてきて嫌になるのですが、それでも、どうも、私は人間ができてないのか、見えてしまうのです。 ↓ みたいのが。
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↑ 植木、伸びてますよね。このくらい、造園屋に頼まなくても、手を伸ばせば刈れますよね。
  「言いたくないけど」・・・、この際、ここで言っとくか。
 「牧師、植木くらい、刈れよなあ~あ!」 ・・

   私は「建築探偵団」を名のる者ですから、全国の教会も見学に足を運びますが、お寺とか神社も足を運ぶわけです。お寺に行くと坊さんが拭き掃除していたり住職の奥さんが拭き掃除していたりするのを見かけます。特に禅宗系のお寺では若い坊さんにとっては掃除も修行のうちという考え方があるのか若い坊さんが掃除をしている姿を見かけます。神社でも神職が敷地を箒で掃いている姿を見ることがあります。
   それに対して、どうも教会の牧師というのは「皆さんでぜひやっていただきたい」とか「礼拝の後」とかに言う姿が頭に残っていて、牧師自身は掃除なんてしてたまるもんかみたいなそんな感じの人が多いような印象があります。なんで、でしょうね。

   ひとつには、お寺の場合、お寺の土地や建物って誰のものなんだろう? なんて思うのですが、もしかして、お寺というのは世襲で住職の所有物なのでしょうか。だから、自分のものだから掃いたり拭いたりするけれども、教会の牧師というのは雇われて牧師をやっているので、それで、掃除は牧師の給料に入ってない、労働契約上の牧師の業務は日曜ごとにぐじゃぐじゃ勝手なこと言って「祈りましょう」とかいうのが仕事で掃除は牧師の仕事と違うとか思ってるのでしょうか。

  たとえ、「皆さんでお願いします」と言うとしても、とりあえず、牧師自身が何か少しでもやって、それから、「皆さんで御協力をお願いします」と言うようにしてはどうかと思うのですが、どうも、教会の牧師というのは自分ではやらずに、「皆さんでお願いします」と言うのが得意! みたいな人が多いという印象があります。なんか、牧師って、2002年、(株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ の工場部門 日本産業(株)の「責任者」になった高橋という男がいましたが、そいつと似ています。
  2002年、工場部門の「責任者」になったというばかりの高橋(男。当時、40代?)が、山梨県上野原市の「西東京工場」に来た時のこと。実際は、東京都西東京市にあるわけではなく、東京都の西部にあるわけでもなく、山梨県東部の山梨県上野原市、当時は上野原町にあったのですが、「山梨工場」とか「東山梨工場」と言うよりも「西東京工場」と言った方が聞こえがいいと思ってそう名付けたのでしょう。それなら、山梨県と神奈川県と東京都の境目付近の山梨県ではなく東京都に作れば良さそうなものですが、東京都よりも、神奈川県よりも、山梨県の方が土地の値段が安いことと、最低賃金法で定められる最低賃金にしても山梨県の方が東京都や神奈川県よりも安く、かつ、公害問題や労災問題についても、山梨県の行政は東京都などに比べてスタッフがそろっておらず対応がとろくさいことから工場を山梨県に作ったようですが、昔の「国」の境目というのはうまくできていて、冬場、朝、雪が降ると、東京都側では夕方になると溶けているのが山梨県側では凍っているということがよくあり、又、山梨県側は坂が多く、入荷・出荷するにも凍った道で・坂の多い道をトラックで運ばないといけない、工場での作業も、雪が降ると予定を変更して除雪しないとすぐに凍ってしまい、凍ったが最後、春まで溶けない・・お湯なんてかければ凍ってしまうしという場所で、まあ、「安物買いの銭失い」みたいな立地でした。そこに、高橋が来た時ですが、私が工場にいると、のそお~っと無言で入ってくる男がいたので、なんだ、こいつ! と思ったが、それが高橋でした。アホです。(株)一条工務店・日本産業(株)の工場には「特別に金めのもの」なんてありませんが、それほど高くないものでも、関係のない人間に入って来られて持ち去られては困りますし、又、重い物・大きい物もあり、フォークリフトも移動していますから、関係のない人に入ってこられて事故に遭って怪我されても困ります。ですから、普段からそこにいる従業員か、いつも、そこに出入りしている運送業者・搬入業者ならばまだしも、そうでない人が黙って入ってはいけないのです。「こんにちわ」でも「失礼します」でも何でもいいから、ともかく、何か言って入るものです・・が、ところが、「責任者」になったという高橋がのそお~っと無言で入ってきた。なんだ、こいつ! と思いましたね。これではいけません。「黙って入るな。何か言って入れ」と言わないといけない立場の役職についた人間が、その役職につくなり、やってはいけないことを自分がやるのです。工場でなくても、普段、自分がいる部署に入るのなら黙ってはいってもいいでしょうけれども、たとえ、自分が勤めている会社でも普段自分がいる場所ではない部署に入る時には、「こんにちは」でも「失礼します」でも、ともかく、何か言って入るべきで、黙って入ってはいけません。これは会社員として社会人として常識でしょう。1993年10月頃、(株)一条工務店の福島県いわき市の営業所におりました時にも、展示場の事務所の側のドアから、黙って上がり込んできた不審者がいたので、こいつ、何だと思い、「どちら様でしょうか」「出ていただけませんか」と言おうか、それとも、不法侵入ですから110番通報してもいいのではないかと考えたのですが、その不審者の男というのが福島県中通り地区の所長にならせてもらっていた片山という男でした。(株)一条工務店はこんな程度の低いのを所長にしているのかとびっくりしました。それが初代社長の大澄賢二郎の「お気に入り」だったと聞いたので、こんなのを「お気に入り」にするとは、する方もどうかなと思いました。特に、片山は福島県中通り地区の「所長」にならせてもらっていたのですが、浜通り地区は他の人が「所長」になっていたわけですから、他の人が「所長」になっている営業所に「こんにちわ」も言わず、「郡山営業所の片山です」という挨拶もなしに黙って靴を脱いで上がるというのは、その営業所の所長とその営業所に所属の従業員の顔を土足で蹴り飛ばすような行為です。それは片山にとっては常識なのかもしれませんが、世間一般にとってはそういう態度は非常識です。片山にとっては常識でも世間一般にとっては非常識な男を(株)一条工務店は「所長」にならせ、初代社長の大澄賢二郎は「お気に入り」にしていたのです。

   そして、2002年のその日、上野原の工場に高橋が来たのは、上野原の工場の従業員に、何だったか制度が変ったので、(株)一場工務店・日本産業(株)としてもそれに合わせてシステムを変えるということの伝達だったように思うのですが、そこで、彼は何を言ったかというと、法律用語の「責(せめ)」を「せき」と読みやがった。アホや、こいつ! と思いました。法律用語では「責」は「せめ」と読みます・・て、そんなことは大学の社会科学系学部卒の人間にとっては常識であり、「せき」などと言っては恥です。普通、「責任者」とかそういう役職には、せめて、法律用語の「責(せめ)」くらいは読める人間が就任するものではないかと思うのですが、(株)一条工務店という会社は、意図的に読めない人間を「責任者」などの役職につける会社なのです。ユニークねえ・・・なんて喜べません。アホが「責任者」になってるということなんですから。 ま~たまた、わざわざ、高卒の人間を「責任者」にならせやがったな、この会社は、と思いました。もっとも、最近は「え、この人が『大卒』なの?」みたいな「大卒」がいっぱいいますから、高橋も」(株)一条工務店で「責任者」とかにならせてもらう以上は「高卒」か「中卒」だろうと思いこんでいたら、もしかすると、法律用語の「責」を「せき」などと読むような男が、案外、「大卒」だったりする・・なんてこともありえます。そういう人間に限って、「同じ『大卒』なのに、大学によって差別するのはおかしい」とかふんぞり返って言ったりします・・が高橋は高卒でしょう。
   工場に勤務の従業員を集めて、高橋が法律用語の「責(せめ)」を「せめ」と読んだ後、何を言ったかというと、「工場を見てまわりましたら、ゴミとか落ちている所がありました。そういうものは拾うようにしてください」と。それを聞いて、高橋が帰った後、工場の従業員はどう言ったかというと、「あの発言はいただけなかったな」と。 「自分も工場部門の従業員なんだから、工場の従業員は誰もが仕事を持って忙しく働いているんだから、自分はのそっと歩いているだけで、たいして仕事していないんだから、とりあえず、ゴミが落ちているのに気づいたなら、ひとつでも自分で拾って、それから、そういう文句は言ってもらいたかったな」と。「自分は、気づいたのに、それをひとつとして拾うことなく、ひとに、『ゴミが落ちているのに気づきました。そういうものは拾うようにしてください』て、自分が拾いもしないで言うのはどうかと思ったな」と。私もそう思いました。私もそう思ったし、工場でフォークリフトが動いたりしている場所に、「こんにちわ」も「失礼します」も何も言わずにのそお~っと無言で入ってくるアホがそういうことを言うかとも思いました。毎度のことながら、この会社は、わざわざ、そういう程度の低いのを「責任者」にならす会社なんだと思いました。・・で、とりあえず、自分でできるものはやって、その上で、「皆さんで御協力をお願いします」と言えばよさそうなところで、たいてい、自分では指1本動かさずに、「皆さんでお願いします」と言うのが得意な牧師が多いよなあ・・と思ったところで、この「高橋みたいや」と思ったのです。

   母に話すと、教会というところは、「皆さんでお願いします」と牧師に言われると、「そうですね。みんなでやりましょう」と言う人が出てくる所なんだ・・と母は言うのです。で、私は言ったのです。「『みんなでやりましょう』と呼びかけて、それで、実際にやる時になると、『若い人にやってもらって』『若い人にやってもらって』とか言って見物する人がけっこう多いてことないですか」と。なんとなく、想像つきますでしょ。その光景が。この教会がそうなるかどうかは知りませんよ。しかし、教会でもそうですし、自治会の町内清掃なんてのもまた、「体だけ元気な年寄」が喜び勇んで出席して、そして、「若い方にやってもらおう」「若い人に」とか言って得意がって命令したり・・。そういう「前期高齢者」を出席させて、おのれは出席せず、よその家の現役世代の人間に引退世代である自分の親のめんどうを見させてやろうという卑怯者が、私が今住んでいる千葉県船橋市の自治会とかにはけっこういるわけです。牧師が「皆さんでやっていただきたい」と言うと、それに呼応して、「みんなでやりましょう、みんなで」と呼びかけて、そして、実際にやる時になると、「若い人にやってもらって」「若い人がやらなきゃだめよ、若い人が」とか言うのが得意♪ ・・なんておじさんおばさんがけっこういたり・・・なんて、なんかありそうな・・て思いませんか?

   法律用語の「責」は「せめ」と読むもので、これは大学の社会科学系学部卒の者が「せき」などと読んでいては恥ですが、だからと言って「せめ」と読んだからといって、それで年収が増えるわけでもない、会社の収入が増えるわけでもない、《法律用語の「責(せめ)」を「せき」と読んでも仕事ができればいいじゃないか》とか言い出すおっさんが(株)一条工務店あたりにはいると思うのです・・が、しかし、法律用語の「責」を「せめ」と読まずに「せき」と読む人が、そういう人がきっちりと「せめ」と読む人間よりも優秀な成果を出すと思いますか? 私は思わんな・・というよりも、高橋は他のところでも、こいつ、アホやな! というものを発揮したのです。やっぱり、法律用語の「責(せめ)」を「せき」と読む人というのは「その程度の人」です。だいたいね。(株)一条工務店というのは戸建住宅建築請負業の会社ですから、社会科学系学部で「法学」とかそういう科目で法律用語の「責」は「せめ」と読むということを学んできていなくても、契約書をお客様に出して、その約款を読む作業をするわけですよね。ということは、当然、そこで「・・・責(せめ)を負う」といった文章が約款にあるはずであり、ある程度、住宅建築請負業の会社に勤めた人間なら、そういう契約書の条文、約款の条文を読んでいるはずで、たとえ、建築学科卒でない人間でも木構造の住宅建築業の会社に勤めて何年か勤務したからには木構造の戸建住宅についてはある程度以上は理解しているのが普通であるのと同様に、たとえ、高卒であっても、たとえ、社会科学系学部卒ではなく建築学科卒の人であっても、法律用語の「責」は「せめ」と読むということくらいはわかっていて当然のはずなのですが、その当然のことができないような人を(株)一条工務店・(株)日本産業https://www.ichijo.co.jp/corporate/nissan/ わざわざ、「責任者」にならせたのです。
   慶應大学の商学部の教授先生で、「東大・京大や慶應・早稲田といった大学の卒業生ばかりの会社に勤めるよりも、慶應くらいの大学の卒業生をなかなか採用できないというくらいの会社に勤めた方が、かえって、経験をつめる機会があり、実力を発揮する場があっていい面がある」と言われた方が複数ありました。たとえとして言われたのが、1980年代、神奈川県の桐蔭学園高校から慶應大学の野球部に入った志村投手が、東京六大学野球で「杉浦以来の〇奪三振」だか「江川以来の◇連勝」だかの(逆だったかもしれんが、そこはここでは重要ではない)大活躍をしたが、それは法政とか明治とかではなく慶應大学の野球部に入ったからという面があると言われたのだ。法政とか明治とかの野球部に入っていたら、高校を卒業する時点でプロから誘われていたとかいうようなやつがいっぱいいるが、慶應の野球部だとそれほどでもないので、だから、試合に出る機会がある。試合に出る機会があると、そこで経験を積むことができて、経験を積むと、今度は「他にいない」のだから出番がある。会社でも同じようなことがある・・と言われたのでした。この話を、中小企業で役員にならせてもらっていた父に話したことがあったのです。大学生の時の私は、そういうことがあるのかどうかよくわからなかったのですが、なんかありそうな感じがしないでもない話ではありますが、しかし、もし、「東大・京大や慶應・早稲田などの卒業生ばかりの会社」に勤めてそういう相手との競争をすることになれば、「勝つこともあれば負けることもある」としても、「東大・京大や慶應・早稲田といった大学の卒業生をなかなか採用できないというくらいの会社」に勤めれば、自分のほかはいないのだから、間違いなく出番がある・・ということならいいけれども、はたしてそうなるのか。
  かつて、1970年前後、プロ野球の西鉄の黒い霧事件で何人もの一軍の投手が解雇された西鉄ライオンズで、高卒で入って2年目だかだった東尾が「これはチャンスだ」と思ったという話が『江川になれなかった男たち』という本に出ていたことがありましたが、「野球は投手なしではできない。これだけ、一線級の投手が辞めさせられたとなると、俺たち二線級の出番だ」と東尾は思ったという。そして、稲尾監督は東尾を一軍の先発で出してくれたが、投げては打たれ投げては打たれ、その年、東尾が負けた25敗はパリーグのワースト記録になったが、東尾は「そんなもの、いっこうにかまわない」と言い、そして、それだけ負け続けたものの、経験を積んで、後半になると、いくらか勝てるようになってきて、翌年には先発ローテーション投手の仲間入りを果たした。けれども、片方で、「東大・京大や慶應・早稲田といった大学の卒業生ばかりの会社」に勤めて、そこでの競争になると競争に勝つこともあれば負けることもあるとして、負けたとしても、しかたがないかもしれないが、「慶應あたりの卒業生をなかなか採用できないというような会社」に勤めて、言っちゃなんだが「格下」の大学の卒業生か高卒の人と競争させられて、それで負けたのでは元も子もないのと違うのか・・と私は言ったのです。すると、父は「そんなことは、およそ、絶対にありえない。負けることなんて100%、絶対にない」と言うのでした。そんなこと言われてもなあ・・と思ったのですが、私の場合は、大学を卒業する時、20代の後半になっていてひとより歳をいっていたので、「誰もが行きたがる超有名大企業」「東大・京大か慶應・早稲田といった大学の卒業生ばかりという会社」には最初から応募しても無理だったので、結果として「慶應あたりの大学の卒業生をなかなか採用できないというくらいの会社」に勤めることになりましたが、そこで、(株)一条工務店などで実際に勤めてみて、そこで、父が言ったように、たしかに「高卒あたりの人との競争に負けるなどということは絶対にありえない。そんなことは100%ない」ということを実感しました。(株)一条工務店・(株)日本産業の工場部門の責任者になった高橋なんかと「競争」なんかしても、「負けるなどということは絶対にありえない」「競争に負けるなどということは100%ありえない」のです。
   似たものに、「マーケティング」はアクセントは頭にあって「マーケティング」なのですが、会社という所に勤めると「マーケッティング」とアクセントを中ほどにおいて、かつ、「ッ」を入れて発音する人がけっこういるのです。 私は慶應大学の商学部の講義で教授が「きみたち、『マーケティング』を『マーケッティング』なんて言わないでくださいね。慶應義塾の卒業生が『マーケッティング』なんて言ったのでは恥ずかしいですからね。『マーケティング』ときっちりと言ってくださいね」と言われて、それを聞いて以来、「マーケティング」と言うようにしてきたのですが、ところが、「会社っちゅうところ」で「マーケティング」と言うと、「マーケティングなんて言いやがって、この野郎、腹立つなあ。マーケッティングと言え!」とか言って怒られるのです。「会社っちゅうところ」の「えらい人」は「バブル経済」のことを「バルブ経済」と言いますしね。「バ~ルブがはじけたからなあ」とか。「ちゃいますがな、ちゃいますがな。『バルブがはじけた』らえらいことでんがな。大急ぎで水道屋呼ばんとあきまへんがな。バルブやのうて、バ・ブ・ルでんがな」なんて言ったら怒りますからね。難儀ですわ、ほんま。だからといって、それに合わせて「マーケッティング」とか「バルブがはじけたからなあ」とか言わされるのは嫌ですしね。苦労しますわ。
    (株)一条工務店・(株)日本産業で工場部門の「責任者」になった高橋を上野原の工場の従業員はよく知らなかったのです。そんな人、いたの?・・みたいな感じ。そういう従業員に会いに来たわけですから、高橋は、まず、自己紹介として、「いいところ」を見せるべきだったのではないかと思うのですが、初対面の相手にやったことというと、
1. フォークリフトが動いていたり、移動式の棚があったり、重い物・大きい物が置いてあったり、高い場所に物が置いてあったりする所、刃物のついた機械が動いているという工場で、「こんにちわ」も「失礼します」も何も言わずにだまってのそお~っと入ってきた。
2. ひとが忙しく仕事をしている横で、自分ひとり何もしないでのそお~っと歩き回って、見てまわると、ゴミが落ちていたと重箱の隅をつつくように見て、そして、自分ではそれをひとつとして拾うことをせずに、「ゴミが落ちていましたが、拾うようにしてください」などと言い、顰蹙をかった。
3. 何人もの前で、法律用語の「責(せめ)」をふんぞり返って「せき」と読んだ。(株)一条工務店・(株)日本産業は、ま~たまた、「責(せめ)」も読めないような人を工場部門の「責任者」にならせやがったか、と思わせた。
そういうことをやったわけです。そういう人がほかの部分で優秀な成果を出すと思いますか?
   この人とつきあうのは疲れるな・・と思いました。私は、(株)一条工務店という会社で嫌がらせで工場に勤務させられたのです。よくも、ここまでやってくれるとあきれます。意図的に、何十キロもある御影石とかタイルとかを、毎日、朝8時過ぎから夜12時頃まで運ぶような作業をさせられて、腰や肘を傷めました。それから15年ほど経った今もそれは治りません。(株)一条工務店・(株)日本産業は私に怪我をさせようとして意図的にそういうことをさせたのであり、これは「労災」という解釈をするべきものではなく意図的な「傷害行為」です。この会社のために連日滅私奉公を繰り返してきた従業員に対してそういうことをやってやろうという発想自体が、(株)一条工務店・(株)日本産業の経営者の人格的能力の低さを示しています。
   (株)一条工務店・(株)日本産業の上野原の工場(「西東京工場」)で「工場長」になっていた「主任」の渡邊(2001年~2003年当時、30代前半)もずるい男でした。2001年1月に彼は私と最初に会った時、自分から、自分は「建築の専門学校卒で、二級建築士」だと言ったのです。専門学校というものに「卒業」という扱いがあるのかどうか私はよく知りません。大学受験の予備校はそこで学んだもので役に立つものもあるかもしれないけれども「学歴」にはならないのと同様に「建築の専門学校」はそこで何かを学んで学んだものが生きることはあるかもしれないけれども「学歴」ではなく「卒業」という概念はないものと思っていたのですが、最近、建築関係では、「建築の専門学校」に行ったという人が「専門学校卒」だと主張して「学歴に準ずる」と認められることが多くなってきたようです。ともかく、渡邊は、最初に私と会った時、自分から「建築専門学校卒で二級建築士」と名のり、彼の名刺には「二級建築士」と書いてありました。彼は(株)一条工務店・(株)日本産業に入社以来、ずっと工場勤務で建築の設計や工事管理の経験はないはずですから「建築専門学校卒」では何年かの実務経験がないと二級建築士の受験資格はないはずなのにどうやって試験を受けたんだろ?・・なんて思いますが、ともかく「建築専門学校卒で二級建築士」と自分から言ったのです。ところが、工場の問題で、これはこう改善してもらえませんかといった話を私がすると、とたんに「そんなことを言われても、ぼくは高卒なんだから、そんなこと、わかるわ~けがない!」と言ってふんぞり返るのです。自分を高く評価してもらいたいと思うと「建築専門学校卒で二級建築士」になって、「工場長」として責任ある対処を求められると今度は「高卒」になる。「高卒」だと言いたいのか「建築専門学校卒」だと言いたいのか、せめて、どちらか片方にしたらどうなんだ?・・と思いませんか。女性で、片方で「男性と同様の処遇」を要求しながら、他方において、責任ある対処を求められると「女」に逃げ込むという、”二刀流”というのかフタナリというのかを実行する女もいますが、これもずるいと思います。せめて、どちらか片方にしろ! と言いたくなります。なりませんか? (株)一条工務店・(株)日本産業の上野原の工場のこの二刀流というのかフタナリ野郎! 「できるわけがない」なら「工場長」になるなよ!・・と思うと、彼は言うのです。「ぼくは何も工場長になりたくてなったのじゃないですよ」と。会社員はなりたいと言わなくてもその役職についたらその役職の人間としての役割を果たさないといけないのですが、「高卒」なのか「建築専門学校卒」なのかという人というのは現実問題としてこういう態度をとる人が多い。ずるいと思いますが、「その程度の人」なのかもしれません。「その程度の人」はその程度の仕事をしてもらうようにした方がいいと思うのですが、(株)一条工務店・(株)日本産業は、「ぼくは高卒なんだから、そんなことできるわけがない」と言うような人をそういう役職につけたがる会社でした。そう言えば免責になると経営者が思っていて、そのやり口に味をしめているのでしょう。
   具体的な例を言うと、(株)一条工務店・(株)日本産業の工場では、住宅設備機器を梱包して2段になった移動棚に載せていたのですが、この移動棚を「工場見学会」の時には動かして見せて「すごいでしょう」とかやって見せていたのですが、実際にはこれはよくないと思います。これは、東京都内とか大阪市内とかの昔からある工場・倉庫で敷地を拡張したいけれども隣地は売ってくれないし、だからといって離れた場所に移転するのも簡単ではないしという時に、2段にして、なおかつ移動式にすることで通路を1か所分だけにすることで収納スペースを増やすというものですが、(株)一条工務店・(株)日本産業のように、比較的土地の値段の安い「地方」の工業団地に新たに土地を買って工場を建てようという会社の場合は、こういう東京都内・大阪市内などの既成の工場・倉庫で収納量を拡大しようという設備にカネをかけるのではなく、そのカネがあるなら地べたをもう少し広く買うようにした方がいいはずです。移動式の収納棚というのは、出し入れする時の通路を移動させることができるので通路は1か所分でいいのでその分まで収納できるので効率的というのが「売り」なのですが、通路は1か所しかないということは、2人が同時に出し入れしたいと思うと、1人は待ってないといけないことになります。2段になっていると、上の棚の物を出し入れするのに手間がかかり、落とすと破損します。実際に私はそれを見ているのです。工場部門の「責任者」になった高橋は私に「今年の会社の目標は何か知っているか」と言うので、「経費節減でしょ」と言うと、「違う。何を言ってるんだ」と言うので、「違うなら、何なのですか」と言うと、「経費節減じゃない。コストダウンだ。こんなことも知らないのか」と言うので、こいつ、絶対にアホだとあきれました。要するに、高橋は日本語で表現できるものをカタカナ言葉で言いたかったのです。日本語で十分表現できるものをカタカナ言葉で言いたがる人というのは教養水準が低い人が多いのですが高橋もそれです。経費節減にしてもコストダウンにしても、まず、この移動式棚という東京都内か大阪市内の既成工場地帯の既存の工場・倉庫の収納量を増やすための装置を「地方」の工業団地に新たに工場を作る時に導入するのと、その費用で地べたを広めに購入するのと、どちらが経費節減・コストダウンになるか、コストと利益を比較衡量して考えるという姿勢・・・なんて、こんなものは当たり前のことで、こういうことを考えることが工場部門の「責任者」の仕事であろうと私は思うのですが、高橋にはそういう発想がないのです。
   移動式棚を購入するのではなく地べたを広めに購入する・・というのはできないことではないけれども、ある程度、大きな問題です。しかし、簡単ものとして、私は、「台車」を買ってくださいと言ったのです。この場合、「台車」というのは50センチ四方くらいの合板のしたに輪が4つついたもの、その上に物を載せて押して運ぶためのもののことです。ホームセンターに行けば、3千円から7,8千円くらいで売っています。それを「工場長」の渡邊に買ってくださいと言ったところ、渡邊は「そんなの買うとお金がかかるじゃないですか」と言うのです。いったい、いくらかかると思うのですか。ホームセンターに行って見ればいい。上野原の工場は狭いので、入荷・出荷のトラックがひしめき、待機しているトラックが奥から出たいクルマを出すために出たり入ったりしているのは効率的ではないので、隣の空いている土地を買ったらどうかとも思いましたが、そういうのはある程度のカネがかかるから思案も必要かもしれませんが、5千円前後の台車を買うのに、「そんなの買ったらお金がかかるじゃないですか」て、その発想が理解できない。仕事をするための道具を奪うと、その分だけ、効率が落ちるわけですから、コストはかさむことになります。台車を買ってくださいというのを私は工場部門の「責任者」になった高橋にも言ったのです。すると、高橋は「今年の目標を知らないのか」などと言うのです。「今年の目標は経費節減ではなくコストダウンだ」と言うのです。「だから、何なのですか」と私が言うと、「コストダウンが目標なのだから、カネのかかるものは買えないのが当然だ」と言うのです。たかだか、5千円前後の仕事道具を買わないことにして、それで効率を下げる、台車があればその上に載せて運べるものを、重くて大きいものを両手でかかえて運ぶことで腰を痛めるのは従業員の損失であって会社は痛くもかゆくもないかもしれないが、重くて大きいものを両手でかかえて運ぶと、途中でどこかにぶつけて破損する確率が大きくなるわけで、結果として、たかだか5千円前後の台車を用意しないことでそれよりはるかに大きい金額のものを失うのです。高橋には「コストと利益を比較考量して」という思考が完全に欠落しているのです。その台車、仮に5千円だとして、5千円の仕事道具を買わないようにすればその分だけコストダウンだ・・と高橋は考えるのです。アホです。こいつ、「ウルトラの母」ではならぬ「ウルトラのバカ」だなと思いました。
   1992年に(株)一条工務店に入社した時、営業本部長の天野隆夫が面接の時に、「うちでいいの」と言い、入社直後に「いやあ。〇〇くんが応募してきた時はびっくりしたなあ。慶應大学卒の人がうちの会社に来てくれるのかとびっくりした」と言ってくれたのです。未上場の会社で規模もそれほど大きくない歴史も浅い会社でしたが、それだけ喜んでもらえるのなら悪くないかと思い、そして、上の方は高卒の人ばっかりの会社でしたから、だから、慶應の野球部に入った志村投手のように活躍の場はあるだろうし、経験を積んで実績を残すことができるだろうと考えました。しかし、この会社は「なんで、私を使ってくれないんだ」と思うようなことばかりやりました。↑に述べたものもそうです。工場部門の「責任者」ならば、移動式棚を購入するのにカネをかけるのと地べたを広めに買うのにカネをかけるのと「コストと利益を比較衡量して」どちらがコストダウンになるか・・といったことを考えるのが「責任者」の仕事のはずですし、5000円くらいの台車を1つ買う費用を「コストダウン」して効率を低下させるなんてアホまるだしですが、必要な道具を買わないようにすればその費用をコストダウンできると高橋は考えるのですが、何より、そういうアホを「責任者」にして「責任者」の給料を払うことこそ、経費の無駄遣い、コストダウンに逆行するものです。「東大・京大や慶應・早稲田といった大学の卒業生同士での競争ならば、競争に勝つこともあれば負けることもあるだろうけれども、慶應大学の商学部の卒業生が高卒のおっさんと競争して負けることなんて絶対にない。100%ありえない」と父が言ったのは本当でした。高橋みたいな男と競争して競争に負けるなどということは100%ない。量的な違いではなく質的な違いがある。移動棚を購入するのと地べたを広めに購入するのと、「コストと利益を比較考量して」どちらがコストダウンにつながるか、2階建ての工場にしても、運搬用エレベーターにフォークリフトでパレットに載せた状態で載せて上げたり降ろしたりする手間をかけるのと、地べたを広めに買って平屋の建物にするのと「コストと利益を比較考量して」どちらがいいか。2階建ての建物でも、トラックで2階まで上がれる構造の建物にすれば、建築費は高くなっても効率が上がって、「コストと利益を比較考量して」考えるとかえってコストダウンになるいことはないか。こういったことを考える人間同士の競争であれば、その思考がどちらがより優秀かということになり、競争に勝つこともあれば負けることもあるでしょうけれども、5千円程度の台車を買わないようにして、両手でかかえて苦労して運ばせるようにすれば台車の費用をコストダウンできる、効率が悪くなることで残業代を払わないといけないことになる、途中でぶつけて破損する確率が増してかえって損するなどとは考えないというアホとの競争では、これは「そんな競争に負けるなどということは100%ありえない」でしょう。量的な違いではなく質的な違いがあるのです。私は小堀住研(株)でも(株)一条工務店・(株)日本産業でも、「こいつ、絶対にアホや」と思う人間を何人も見てきて、見せられてきて、確信しました。そんな人と「競争」して「競争に負ける」などということはありえません。
   しかし、(株)一条工務店・(株)日本産業のような経営者がそういうアホを「責任者」にならせるのが趣味という会社においては、「頼むから、そこ、どいてくれ」「俺がやるから、その役職をどいてくれ」と思うような人間がわんさといるのです。実際、私は(株)一条工務店〔および、(株)日本産業〕で、もう疲れました。「東大・京大や慶應・早稲田といった大学の卒業生ばかりの会社」に行ってそういう人同士での競争をするのと、「高卒か中卒のおっさん」がこちらの能力を発揮させまいとする圧力と闘うのとでは、前者の方がいいですよ。5千円程度の台車を買わないようにするのがコストダウンだと信じている給料泥棒に、そうではないのですよ・・とかんで含めるように説明してあげる・・なんて、そんなもの、俺の仕事かな・・と思いました。そういう「高卒のおっさん」というのは、「一流大学」なんて出てないのだから、法律用語の「責(せめ)」を「せめ」と読むことすらもできないような人間なのだから、自分も工場部門の従業員なのだから、工場に行って紙屑のひとつも落ちていたなら、そこの従業員は誰もが忙しく働いているのだから、自分はその時に特に何もしていないのだから、とりあえず、自分がそれを拾えばいいだろうが・・・と思うのですが、そういう「高卒のおっさん」というのは、逆に、「責任者」である以上は、紙屑のひとつなんて決して拾ってなるものか・・とか思っていたのかもしれません。何も考えてなかったのかもしれませんけどね。《そういう「高卒のおっさん」を「責任者」にならせたいシンドローム》のオーナー経営者の会社で苦労させられるくらいなら、「東大・京大や慶應・早稲田といった大学の出身者ばかりの会社」に行ってそういう人間との競争でそういう人間との競争に勝ったり負けたりする方が絶対にいい。《「高卒のおっさん」を「責任者」にならせたいシンドローム》の「病人」がオーナー経営者である(株)一条工務店なんかには、「一流大学」卒の人間は行かない方がいいと思います。父は「住友銀行とか野村證券とかは、給料高いけど、よう働かせよるぞお」とか言っていましたが、(株)一条工務店も「よう働かせよる」会社でしたが給料はちっとも高くなかったですしね。

  ↑の写真見て、「牧師、手が届くところの植木くらい刈れよなあ」と思ったのですが、牧師の方では「皆さんに刈っていただきませんと」とか思ってるのかもしれませんね。

   (2018.11.28.)

  次回、4.「債権者に追われた」人て被害者ですか?「家が貧乏」なら慶應には行けませんか? https://tetsukenrumba.at.webry.info/201811/article_5.html 

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