エクセル3級合格体験記【6/8】「軸を反転」。年代は印刷物は「半角」でも入学試験では「全角」

[第399回]
(31)   ≪<グラフ1>を参照し、以下の条件を満たす横棒グラフを作成しなさい。 ≫ ≪ 縦(項目)軸  軸を反転する。≫ ・・・・・て、「反転」て、どないすんの?  ・・て思いませんか? その前に「軸を反転する」て、どういう意味?  軸を中心にして左右反転・・なんてして裏から見てもしかたがない。字が逆さまに写って読みにくい。  軸のまん中から「右に90度回転」とか、「左に90度回転」とか、写真をブログにアップするのなら、「右に90度回転」はわかるけれども、「軸を反転」て、どういう意味じゃい?
   「軸を反転する」とは、この「模擬問題6 問題4」では、≪グラフの種類  積み上げ横棒≫なので、各項目というのか「データ系列」というのかは、左の縦棒にそって上下にならんでいる。 この上下を逆にするわけです。一番上に掲載されているものが一番下になり、一番下に掲載されているものが一番上になるようにしろという意味です。どうしようもなかったら、ちまちま入れ替えるのか・・・というと、そんなことするよりも、入れ替える装置がどこにあるか探した方が利口です。 グラフの「縦項目軸」を選択し、「グラフツール」「レイアウト」タブか「書式」タブの「現在の選択範囲」グループの「選択対象の書式設定」タブをクリック、「軸の書式設定」ダイアログボックスの「軸のオプション」の「軸を反転する(C)」の□に☑を入れて「閉じる」をクリックすると、上に掲載されている項目(「データ系列」)が下になり、下に掲載されている項目(「データ系列」)が上になります。これを、もう一度上下を逆にしたければ、「軸を反転する(C)]の□の☑をはずして「閉じる」をクリックすればよろし。
   なんだ、それだけか・・・♪!♪ ・・・てのが、エクセルは本当に多いですね。 わかると「なんだ、それだけか」て感じになるのですが、わからないと、文字通り、わからない。
( 模擬問題6 問題4(1) )

   2011年、千葉市中央区鵜の森町 の新華ハウジング(有)〔建設業〕・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕で自称「工事責任者」を名乗っていたが、工事現場を見に行かないし、工事現場で気づいた点を指摘しても、「すぐにやります」と言って信念もって絶対にやらない植草英二(男。当時、30代なかば)が、「ぼく、営業やったことないですけど、営業で~きま~すもお~ん」と何度も何度も大きな声で言いまくっていたが、なんでできるのかわからん。
   というよりも、まず、そういう発言は実際に営業の仕事をしてきた人間に対して失礼であり、「営業とはひとの気持ちを理解することである」と考えるならば、そういう無神経な人間というのは、まず、そこで「営業できない要素」が1つあるということのはずである。
   「◇◇できますも~ん」などという文句は今現在やっている仕事をきっちりとこなしてから言うべき文句であり、今、自分が担当している仕事を一人前にこなせていない者が言うことではない。工事責任者としての役割をきっちりと果たしていたとは言えない植草がそういう生意気な口をきくというのはおかしい。
   そもそも、新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の社長の長谷川が、大工の経験者、及び、新卒で大工をやりたいという人がいたら紹介してほしいというので、私は、個人的な「人的つながり」をたどって、何人か紹介したのだが、ところが、植草は、工業高校を卒業するという男性には、4月から来てくださいと言いながら、何日からどこにどのように来てもらいたいか連絡もしない。私が「連絡してあげてください」と言っても言っても連絡しない。こいつは、「連絡します」と言ってもしない男だと思い、植草に電話をして、「この電話を切ったら、たとえ、他にも用事があっても、この用事を一番にやってください。まず、連絡の電話をしてくださいよ。他の仕事はその後にしてくださいよ。いいですね」と言おうと思ったら、植草はそれを察知したのか、「この電話、切ったら、真先に電話して連絡しますから」と自分から言うので、さすがに今度は電話しれ連絡するだろうと思ったら、それでも信念もってしない! むしろ、植草は、そう言えば私が植草を信頼してだまされるだろうと思って言ったようだった。この男は筋金入りです。
   大工をやってきた人に植草と会ってもらった後、本人が自分は他の仕事があるからできないが、知り合いで地方から戻って来たひとがいるからその人はちょうどいいのではないかと紹介してくれて、植草に電話番号を伝えて、かけてくださいと言うと、「すぐにかけます」と言って、かけない。相手からは「電話が来るというので、待ってるのだけれども、かかってこない」と電話があり、植草は「かけても電話に出てもらえないんですよ」と言うので、「何度でもかけてください」と言い、「私がかけましょうか」と言ったが、植草は「いえ、ぼくがかけますから」と言い、植草は「何度もかけているんですけど、出てもらえないんですよ」と言い、両者の言うことが異なるのを不思議に思ったが、1週間ほどして、植草が「3回かけたんですけど」と言うので、「毎日、何度もかけるんですけど」と言った前言と異なるので、あれ? と思ったが、実はどうもそれも嘘のようで、実際には「3回かけた」というのも嘘で、実際には、社長の長谷川が「大工が不足しているので、捜してよ」と言うので、「人的つながり」をもとに話をつないだにもかかわらず、自称「工事責任者」の植草は「かけても電話に出てもらえないんです」と何度も言っていたが実際にはかけていなかったようだ。 植草という男はそういう男で、長谷川と植草に頼まれて個人的な「人的つながり」をもとに何かを頼んだりして紹介すると、長谷川と植草のおかげでこちらが信用をなくしてしまうことになる。こいつらには自分の「人的つながり」をもとに紹介はできないと思うようになった。
   長谷川と植草の2名は「人脈作るんだよ、じんみゃくう」と言って、倫理研究所(=倫理法人会)という右翼団体に加入して、右翼人脈を作ろうと努力していたが、片方で、本来の人間としてのつきあいを踏みにじっており、長谷川と植草に「人脈」というようなたいそうなものでなくても、こちらの「人的つながり」をもとに話をすると、長谷川と植草のおかげで信用と「人的つながり」をなくしてしまうことになる。普段の人間としての付き合い方をおろそかにしている者が「じんみゃく、作るんだよお。じんみゃくう~う」などと言っておのれの利益になるような「人脈」を手に入れようなどというのはあつかましいし、あさましいし、愚かである。グリム童話で3人の兄弟が「命の水」を取りに行くという話があったが、賢いと言われた上の2人の兄弟は道端にいたキツネがパンを分けてくださいと懇願しても、「こんなキツネ、何ができるもんか」と無視したのに対し、バカだと言われた下の弟はキツネにパンを分けてやったところ、そのキツネは魔法の使いからキツネの姿にされた王子であり、下の弟に「命の水」を取りに行く方法を教えてくれる・・という話だが、長谷川と植草の2人は上の2人の兄弟のように「こんなキツネ、何ができるもんか」と無茶苦茶な態度をとって人間関係を損なっておきながら、他方において右翼団体に加入して右翼人脈をつかもうとして、従業員への給料を不払いして逃げておきながら、倫理研究所(=倫理法人会)にはカネを渡していたらしく、右派議員から社長の長谷川に手紙が着ていたことを見るとその連中にもカネを渡していた可能性が考えられる。その右派議員は私に本来なら支払われるべきカネを横取りして取得したということになる。理屈からいえばそうなるはずである。
   又、植草は、ひとが譲歩して我慢してやるといくらでも調子に乗り、片方で我儘を言う人間がいると何でも言うことをきく。この態度を見ると、こいつの言うことはきいてやってはいかんと思うようになったし、「職場にいるのでなければつきあいたくない人間」と思うようになった。そう思われる人間というのは、その点において「営業できない要素」を持っている人間であり、植草は自分がそういう人間であるということを自覚できていない。「精神医学」用語を使って表現するならば、「病識がない」ということになる。
   植草は見た目は「着ぐるみ」みたいな風貌と体形をしており、その点では、「好感をもってもらえそう」な要素を持っているが、つきあえばつきあうほど、「こいつとはつきあいたくないな」と人に思われるようになる人間である。 1990年代前半、(株)一条工務店の福島県いわき市の営業所にいたM上(男。当時、20代後半)と似ていると思った。M上さんは、なにかと「一発で決めてやる」と言うのだった。 見込客と折衝をした上で、どのくらいのタイミングで「クロージング」をかけるべきか、判断が難しい時もあり、小堀住研(株)の新卒社員研修の時には、「衛星の営業マン」と言われる人がいる、という話を聞いた。「衛星の営業マン」とは何かというと、一生懸命、追客するのだけれども、もうそろそろ「クロージング」をかけて契約してもらっても良さそうだと思われる状態なのに、もしも、「クロージング」をかけることで話が壊れてしまったらどうしようかと不安になって、いつまで経っても「クロージング」をかけることができずに、その見込客のまわりを「衛星」のごとく永遠に回る続けている・・・という人のことだというのだ。 それに対して、(株)一条工務店のいわき市の営業所にいたM上さんはその逆で、常に「一発で決めてやる」と宣言するのだった。 「衛星の営業マン」と違ってこれがいいかというと、そうでもない。私は、M上さんを見ていて、ボクシングにたとえれば、ワン・ツー・スリーで倒しにいけばKO勝ちできるという場面で、「一発で倒してやる」と1発でKOしようとするボクサーみたいなものだと思いました。 そういう無理なことをすると、ボクシングなら反撃をくらって倒される危険があるし、戸建住宅建築業の営業ならば、ワン・ツー・スリーのタイミング・テンポで「クロージング」をかけて契約してもらおうとすれば、相手も自然と契約しようという気持ちになってくれて、落とす可能性は低くなるのに、無理なつめ方をすることから話がおかしくなるということがある。 私は、M上さんは、「極端に骨惜しみをする性格」「相当に強度のものぐさ」であることから、ワン・ツー・スリーのテンポで「クロージング」に持って行けばちょうどいいケースで、わざわざ、「一発で決めてやる」などと言いだすのだと思っていた。 同社でベテランの某さんとその話をした時、某さんは「それもあるでしょうけれどもね。 それもあるでしょうけれども、人間が卑しいから、長くつきあっていると相手にそれを見抜かれるので、それで、その前に契約してもらおうとして、そういう態度をとるんですよ。 本人が、自分は長くつきあえばつきあうほどひとに嫌われる人間だと自分でそれをわかってるんですよ」と言い、私はそれを聞いて「そうかもしれませんね」と答えたのでした。 なるほど、某さんは私より前から在籍して私より前からM上さんと関わってきただけあって、よく見ていました。 新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の植草もこのM上さんと似たところがあったのです。初対面で見ると、愛嬌のある着ぐるみみたいな風貌と体形をしており、親しみを感じてもらえそうなところはあるのですが、つきあえばつきあうほど、「この男とは関わらない方がよさそうだな」と思われていくという人間だった。私がそう思った。まず、嘘つきですしね。 「嘘つき」というのは、「営業できる要素」だと植草は思っていたようですが、違うと思いますよ。「信用なくす要素」であり「営業できない要素」だと思いますよ。
   「ぼく、営業やったことないですけど、営業で~きま~すもお~ん」と大きな声で、何度も何度もヌケヌケとブタブタと言いまくるというのも、見える人が見れば、「なんだ、こいつ」と思うと思います。 植草は自分のそういう手口が通じている、ひとは騙されていると思っているようですが、見えている人は見えていたし、わかっている人間はわかっていたのです。
   「着ぐるみみたいな風貌」というのも、かえって良くないかもしれません。 植草は自分が「着ぐるみみたいな風貌」をしていることを自覚しており、そこはいいのですが、だから、ひとは自分を評価してくれると決めつけていたのですが、そうでもないのです。 「着ぐるみみたいな風貌」ではなく、「着ぐるみ」にしても、たとえば、住宅会社がイベントをやったりする際に、「着ぐるみ」の服を貸してくれるレンタル屋があり、総合住宅展示場のキャンペーンの際など、ハウスメーカーによっては、そういうものを借りてきて若手の営業マンが着て展示場の前に立ったりしていることがあります。 しかし、それがいいのかどうかは何とも言えません。
<1> 1つには、「着ぐるみ」というのは、単にその服を着れば着ぐるみではない、ということがある。 フナッシ―なんてやってる人、「中の人」てどんな人なのかわからないけれども、単にその服を着ているだけではないですよね。 トラッキーは甲子園球場でバック転やってますけれども、バック転なんて誰でもできるものじゃないですよね。 つば九郎は、ふざけてばっかりしているようで、相当考えてやってますよね。 単にその服を着たら「着ぐるみ」じゃないですよね。 ということは、「着ぐるみみたいな風貌」していても、精神面が卑しい人間というのは、その程度の人間であって、「着ぐるみみたいな風貌」は《「着ぐるみ」を着ただけの人》と同様にそれほど役に立たないと思えるのです。
<2> もうひとつ、住宅展示場で着ぐるみの服をレンタルで借りてきて着た人って、その服を着れば子供に好かれるみたいに思っていませんか。 そう思ってしまったら、「かえってよくない」のではないかと思うのです。 私は住宅建築業の会社に長く務め、営業の仕事を長く経験しました。どうすれば、ダンナにも嫁さんにも好感をもってもらえて、子供にも好かれることができるだろうか・・・とずいぶんと考えました。子供の相手は、最初はできなかったのですが、そのうち、できるようになったのです。最初は、女の子の相手ができるようになりました。「子供の相手は女性の方がいい」なんて思っている人がいますが、そうでもなくて、女の子というのは、「男は女に甘い」という人間社会の真実を2歳から理解する・・・なんて話があるように、女の子はかえって男性の方が良かったりもします・・・・が、同時に、精神面の賤しい男というのは子供に見抜かれてみたりすることだってあるのです。 2008年でしたか、来場客の奥さんと一緒に来た女の子の相手をしていたところ、その次に奥さんと会った時には、「なんだか、ずいぶんと気に入ってしまって、結婚するなんて言ってるんですけど」なんて言われたことがありましたが、私はそれを誇りに思っています。おちびちゃんに好かれる態度をとっていたからです。そのためには、別に着ぐるみなんてなくてもいいのです。 着ぐるみを着た姿を遠くから見た人が寄ってくるということはあるかもしれませんが、着ぐるみを着れば子供に好かれるだろうと思ったならば、その認識は正しくないと思います。 そういえば、私が中学校3年の時に姪が生まれましたが、その時から、私の膝の上が姪の託児所になりました。姪は私の背中の上とか首の上とかにずいぶんと乗ってきました。 お客さんの子供の相手をすると、どうも、その姪の跡継ぎみたいなちびすけが続出してくるみたいで、さすがに背中の上とか首の上に乗ろうとする子供はないけれども、そんな感じで接しています。 大学生の時、幼稚園児や小学生向けの教材の訪問販売に行ったことがありましたが、なかなか、契約してもらえなかったのですが、その家によっては、子供の相手をして、そのうち、その家の子供が私の膝の上に座ったり、背中にぶら下がったりするようになり、お母さんも子供がくっついて離れない相手には話をしないで追い返すこともない・・・というケースもありました(それでも、無視されたケースもありましたけれども)。
  住宅建築業の営業をやって子供の相手をしようと思っても、なかなかできなかったのです。それが、そのうち、女の子の相手はできるようになり、女の子の相手ができるようになると、そのうち、男の子の相手もできるようになったのです。 どうしてできるようになったかと言ってもよくわからないのですが、なんとかしようとして努力してきてできるようになったのです。姪に教育してもらった、という面もいくらかあるかもしれません。「ぼく、やったことないですけど、で~きま~すもお~ん」と叫んだからできたのではありません。 新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)で、営業の かじ〇が担当のお客さんの打合せを、営業の かじ〇 と、「工事責任者」の植草と、設計事務所のN村の3人でやっていた時、お客さんの子供がいても、この3人は3人ともがまったく子供の相手をしようとしない。こいつらはだめだなと思いました。子供の相手をするのがうまいとか下手とか以前に、子供の相手をしようという姿勢が完全に欠落しているのです。アホです。 その「だめだな」と判断されたアホの1人、植草が「ぼく、営業やったことないですけど、営業で~きま~すもお~ん」と何度も何度も大きな声で叫びまくっていたのですが、できていない男が何をわけのわからんことを叫んでいるのかと不思議に思いました。
   もう、10年くらい前になったでしょうか。プロ野球の日本シリーズだったかの中継の時に、解説者に野村克也、ゲストに当時、日本ハムにいたダルビッシュが出て、アナウンサーが「プロ野球の投手には、ある時点で『化ける』なんてことがあると言われますが」と言い、それに対して、野村が「あると思いますね。ダルビッシュも2年目に化けたんじゃない?」と言い、ダルビッシュが「そうですね」と答えたというのを見ました。 ずっと、なんとかしたいと思いながらもできずにきたものが、ある時、ふとできるようになるということがあると思うのです。但し、それは、その時点だけものすごい努力をしたからできたということではなく、それまでに努力してきたから、ある時点でできるようになった、ということではないかと思うのです。 住宅展示場で、和室にスリッパのままあがろうとする子供とかいた時、お客さんの子供だし、あまりきつく言えないしで困ったことは何度もあったのですが、そういう時、どうしたものかと話していたところ、ある私より在籍が長い営業が、「そういうのは言ってやればいいんだよ。『こら、こら。そんなことしたらだめだぞ』と。遠慮せずに怒ってやればいいんだ」と言ってくれたのですが、なかなか言えなかったのです・・・・が、ある時から言えるようになったのです。むしろ、それを言うことによって子供と仲良くなったりもするようになったのです。プロ野球のピッチャーと一緒で、「化けた」のです、その時に。 そういう経験をして、少しずつ「営業できる」ようになっていくのです。たとえ、「営業」という職種名で「やったことない」としても、それ以外の職種名での仕事において営業的な仕事・営業的要素というものはあるはずで、それをできていない男、それでひとに迷惑をかけている男に「ぼく、営業やったことないですけど、営業で~きま~すもお~ん」などと大きな声で何度も何度も言われても、「ああ、そうですか」・・・・とでも言ってやるしかありませんね。
   少々、話がそれてしまいましたが、エクセルというのは、「やったことない」ことというのは難しそうに見えますが、「やったこと」あると、特に難しくもないというものが多いと思えます。 だから、やることだと思います。

(32)  ≪ <グラフ1>を参照し、以下の条件を満たす横棒グラフを作成しなさい。≫ ≪ データラベル  内容 値   位置 中央   フォントの色 白、背景1(「テーマの色」1行1列目)  ≫
・・・・という問題。
   やり方としては、グラフエリアを選択し、「グラフツール」「レイアウト」タブの「ラベル」グループの「データラベル▼」をクリックし、ドロップダウンメニューの「その他のデータラベルオプション(M)」をクリックすると、「データラベルの書式設定」ダイアログボックスが開くので、「ラベルオプション」の「ラベルの内容」で、「値」の左に☑が入っていること、「ラベルの位置」が「中央(C)」になっていることを確認し、「閉じる」をクリックすると、「データラベル」が各データ系列の中央に貼りつけられる。
   フォントの色は、データラベルを選択し、「ホーム」タブの「フォント」グループ、「フォントの色」より指定の色〔 ここでは、白 背景1(「テーマの色」1行1列目) 〕を選択する。
   この問題に出会うまでデータラベルの色まで考えなかったが、縦棒や横棒のグラフの中にデータラベルを入れる場合、縦棒や横棒の色が濃い色である場合には、データラベルの色は黒よりも白抜きにした方が見やすいことがあるようだ。 
( 模擬問題6 問題4(1) )


(A)   エクセル3級では、問題5 で、「印刷範囲の設定」の問題が出題される。 ワードの場合は、余白を大きくするか小さくするかとか、細かいものとしては「袋とじ」とか設定があることはあるが、そういったことをまったくわかっていなかったとしても、特に印刷範囲ということを考えなくてもともかくも印刷することはできるのに対して、エクセルは「印刷範囲の設定」をきっちりとやらないと、とんでもない範囲が印刷されることになる。 私は、最初にエクセルを扱った時、「印刷範囲の設定」をやるのではなく、既定の印刷範囲に合わせてエクセルの文書を作成しようとしたが、なかなか大変だった。 「印刷範囲の設定」の操作法を習得するのはそんなに大変なことではないので、大変なことをして既定の印刷範囲に文書を合わせるよりも、「印刷範囲の設定」をおこなうようにした方がいいでしょう。 それにつけても、エクセルというのは、わかるとたいして難しくもないが、わかっていないとわけがわからん・・というものが多いと思う。

(B)   ワード・エクセルとパワーポイント・CADの違いは、ピアノとバイオリンとの違いに似ているように思える。もしくは、声楽とバイオリンの違いでもいい。 ピアノというのは、ともかく、鍵盤を叩けば音が鳴る。それに対して、バイオリンというのは弦を弓でこすって音を立てるのだが、私はバイオリンを弾いたことがないのだが、バイオリンを練習したことがある人に聞くと、ぎーこ、ギーコ、ぎーこ、ギーコと最初はあまりいい音がしないらしい。それが嫌だから、バイオリンよりもピアノの方がいいと思ってピアノの方に進む人もあるらしい。 北野高校の音楽のN先生はピアノ科を卒業されていたと思ったが、高校のホームページになんかそういうことを書かれていたように思う。
   夏目漱石『それから』(岩浪文庫 他)にも、
≪  縫という娘は、何かというと、好くってよ、知らないわと答える。そうして日に何遍となくリボンを掛け易(か)える。近頃はヴァイオリンの稽古に行く。帰って来ると、鋸の目立てのような声を出して御浚いをする。ただし人が見ていると決して遣らない。室(へや)を締め切って、きいきいいわせるのだから、親はかなり上手だと思っている。代助だけが時々そっと戸を明けるので、好くってよ、知らないわと叱られる。≫
( 夏目漱石『それから』岩波文庫 他)
≪ 初心者の下手なバイオリンの演奏の形容として一般に使われた比喩。「目立て」は鋸の刃をといで鋭くすること。なお、ここでの「声」は「音」。≫
( 夏目漱石『それから』岩波文庫 の 吉田凞生「注」 )
と出ている。バイオリンというのは初心者が弾くと≪鋸の目立てのような≫ ≪きいきい≫という音がするようである。
   私自身、ピアノというのは鍵盤を叩けば音が鳴る楽器だと思っていたのです。バイオリンやチェロであれば、弦を弓でこするそのやり方によって鳴る音色が変ったりするだろうけれども、ピアノは鍵盤を叩くだけなのだから、誰がどんな叩き方をしても変わらないだろうと思ったのです。 しかし、そうではない。女の子にはピアノの練習をさせると嫁入り道具にいいと考える親がいるのか、ピアノを習わせる親がいて、小学校の頃、学校からの帰り道で、どこかの娘がピアノの練習をしているというのかさせられているというのかの音が聴こえてくるのを聴くと、ピアノっておもしろくない楽器だなあと思ったものでした。あんまり、いい音のする楽器と思えなかったのです。 ところが、20代前半の時でしたが、FM放送(東京FM)で、ルドルフ=ゼルキンの息子のピーター=ゼルキンのピアノの演奏を聴いたのですが、ピーター=ゼルキンの演奏するピアノ曲では、ピアノの音色が本当に「やわらかい」。 ピアノというのは、鍵盤を叩くと硬い感じの音がする楽器だと思っていたのですが、ピーター=ゼルキンの演奏はそうではなかった。ピアノって、こんなに柔らかい音がする楽器だったんだと認識を改めました。ピアノは誰がどんな鍵盤の叩き方をしても同じ音が鳴るものではなく、鍵盤の叩き方によって音色は変わってくるのです。
   バイオリンは、最初から相当練習しないと「まともな音」が出ないのに対して、ピアノの場合は、特別にうまいかどうかは別として、ともかく鍵盤を叩けば音は鳴る。 これがピアノの問題点かもしれません。ともかく鍵盤を叩けば音が鳴るものだから、いい音を鳴らそうという努力をしなくなってしまうのではないか。バイオリンは練習しないと「まともな音」は出ないらしいので、だから、バイオリンをひこうという人はいい音をさせようと努力をせざるをえない。
   ワード・エクセルはピアノみたいなもの。 CADとかパワーポイントはバイオリンみたいなもの、と考えることができるのではないでしょうか。 ワード・エクセルというのは、一番最初の操作、ともかくも文字を打ち込む・・というのは、特に練習しなくても誰でもできる。 さらに、パソコンを買うとワード・エクセルは最初から買ったパソコンに入っている。 だから、ワード・エクセルはパソコンの機能の1つみたいに思って、使っていればそのうちできるようになるだろう・・・みたいに考えてしまいがち。 それに対して、CADやパワーポイントはバイオリンみたいなもの。扱い方を学習しないと、最初の一歩からできない。だから、CADやパワーポイントは使おうという人は練習する。ワード・エクセルは、最初の一歩、ともかくも文字を打ち込むだけなら誰でもできるので、だから、それでいいと考えてしまいがち。これが、ワード・エクセルの問題点かもしれませんね。実際には練習すれば使えるが練習しないと使えない機能が相当ある。

(C)   エクセル3級の試験では、問題1 の最初に、氏名と受験番号を「全角」「左詰め」で記入せよという問題が出る。 そんなの簡単・・・と思いそうだが、氏名はともかく、受験番号というのは数字であり、数字を普通に打ち込むと、自動的に「半角」「右詰め」になるのだ。 これを「全角」「左詰め」で入れるにはどうするか、というのが出題内容だと思う。
  これもやり方をマスターすれば難しくもなんともない。 「左詰め」にするのは、「ホーム」タブの「配置」グループの「左に寄せる」ボタンをクリックすればいい。これは簡単。 「数値」グループの「表示形式」という箱は、普通、「標準」になっているが、これを「文字列」に変更すればいい。その上で、打ち込んだ数字を全角にすれば、半角に変わることはない。それだけ。 もしくは、「配置」グループの右下のダイアログボックス起動ツール(右下向きの三角)をクリックして、「セルの書式設定」ダイアログボックスの「配置」タブの「文字の配置」「横位置」を「標準」から「文字列」に変えて「OK」をクリックするというのでもいいが、「表示形式」の箱を「標準」から「文字列」にするだけの方が動作の数が少なくてすむので時間を短縮できていいのではないかと思う。

  今は、多くの人間がパソコンを使うようになり、「全角」「半角」の違いもわかるようになったが、私が高校を卒業する頃、1970年代後半には、パソコンなんて使う人間はなかったし、使う人があったとしても、ワープロかタイプライターだった。 だから、「全角」と「半角」なんてわからなかった。
  私は、北野高校の中間考査・期末考査や高校の模擬試験、京大・阪大型の2次試験の社会科(日本史・世界史)の問題では、けっこういい点数をとれたのだが、ところが、東大の2次試験の社会科では、どうも、うまく書けなかったのだ。 日本史と世界史を選択したのだが、最近、書店で教学社から出ている大学別入試過去問シリーズの『東大文科』を見てみたら、私が受けた頃とは問題がずいぶんと変わっているのに驚いた。 私が高校を卒業した頃は、京大・阪大の問題は記述式でも、用語を書くか、文章を書けという場合もせいぜい50字くらいだったのだが、東大の社会科は、「・・・・について、800字以内で述べよ」とかそういう問題が出題され、どうも、私はそれが苦手だった。
  その「・・・・について800字以内で述べよ」という問題では、解答用紙には、原稿用紙のような桝が書かれていたのだが、ここで迷ったのは、たとえば、権利の章典は1689年(権利の色はく〔1689〕権利の章典)、鎌倉幕府滅亡は1333年(一味散々〔1333〕、北条氏)。「1689年」「1333年」というのを解答用紙に書く場合、1桝に「1689」「1333」と4つの数字を入れるべきなのか、それとも、1桝に「16」「89」、「13」「33」と2つずつ入れるべきなのか、1桝に「1」「6」「8」「9」、「1」「3」「3」「3」と1つずつ入れるべきなのか? ずいぶんと考えました。
   その頃の東大の二次試験の「日本史」「世界史」の問題というのは、「論文式」なんて表現されていたので、論文を書かなきゃいかんのか・・なんて考えたのですが、論文を書けというのは正しくない。「論文式」という表現がまずいかん。「論文式」ではなく「論述式」。文章で書けというものであって、別に「論文」を書けと求めているわけではないのです。私は、そのあたりを、最初、勘違いしていたのが失敗の1つの原因でした。
   それで、その「論述式」の回答に、年を書く必要があった場合、はたして、1桝に数字を4つ入れるべきなのか、1桝に2つずつ、西暦で表記する場合には2桝を使って書くべきなのか、1桝に数字1つずつ、西暦1689年なら、「1」に1つ、「6」に1つ、「8」に1つ、「9」に1つ。そして、「年」にも1つ桝を使って書くようにするべきなのか。 ・・これ、考え出すと、今晩、寝られなくなっちゃうね。
   私は、浪人中、YMCA予備校高槻校「京大東大文系クラス」というところに行っていたのです。「京大東大文系クラス」と言うからには、こういったことについて、きっちりと受講生に説明してこそ「京大東大文系クラス」のはずですが、YMCA予備校というのはそういった対応をしようという姿勢はありませんでした。 東大の問題で他の大学の問題や「全国総合模試」といった名称の業者が実施する模擬試験とで違うのは社会科でした。最近、書店で教学社から発行されている大学別過去問シリーズの『東大文科』を見たところ、最近の社会科(日本史・世界史)の問題は、私が高校を卒業したら1970年代後半から1980年代にかけての問題とはずいぶんと異なっているのに驚きました。私が高校を卒業した1970年代後半から1980年代にかけては、東大の2次試験の社会科においては、「・・・・について、800字以内で述べよ」といった問題が出題されたのです。 共通一次試験より前の京大・阪大の2次試験は「記述式」でしたが、「記述式」では用語を書けとかいう問題はあっても、文章で書けというのは、せいぜい「50字以内」とかで、東大の社会科のような「・・・・について800字以内で述べよ」と言った問題は出なかった。 「京大東大文系クラス」と言うからには、東大の独自の問題について、どうやれば解けるかといった対策をとるべきであるし、それをやらないのなら「京大東大文系クラス」とは言えないはずです・・・が、まったくやらないにもかかわらず、あつかましくも、ふてぶてしくも、「京大東大文系クラス」を名乗っていたのです。「看板に偽りありだな」と受講生の人で言う人がありましたが、私もそう思いました。 まず、「京大東大文系クラス」と言うからには、東大の問題で他の大学の問題と一番違うのは社会科でしたから、その社会科の対策をきっちりととらないといけないはずでしたが、ところが、YMCA予備校高槻校「京大東大文系クラス」では、入学の直後に、「主事」というよくわからん職種の藤井という男が「今年から共通一次試験が実施されることになったので、すべての受験生が社会科は2科目学習しなければならなくなった関係で、社会科の先生が足らなくなりましたので、社会科は1科目だけの授業となります。もう1科目は、教科書を読んでおけばできます」などとふざけたことをヌケヌケと言ったのでした。 共通一次試験対策においても、試験問題の対策はその科目の学習そのものによる部分とその試験問題の特徴に対してのものと2つの要素からなりますが、共通一次試験というのは、それまでの京大・阪大・神戸大などの問題と比較して、試験問題の特徴によるものの比重が大きいと思われましたので、社会科の共通一次試験対策も、教科書よりも、むしろ、共通一次試験対策の問題集である程度きっちりとしたものを徹底してやるようにした方が効果はあったと思います。 東大の社会科はそれではだめです。 ところが、「世界史」の講師の人は、およそ、「東大の世界史」の対策なんて考えられるような人じゃない。 そんな能力を期待しても無理な人でしょう。「主事」という名称の事務員がいましたが、藤井その他、YMCA予備校の「主事」という事務員どもというのは、なにかと、嘘・デマカセ・デタラメを言う人間で、こいつらと話しても、どうせ、また、デタラメ・デマカセを言うだけであろうとはっきりわかりましたから、むしろ、こいつらとはできるだけ話さない方がいいというのは明らかでした。
   東大の社会科についての対策本なんて、ほとんど発行されていなかったのです。出ていたものとしては、教学社から発行されていた大学別過去問シリーズの『東大文科』、それに『東大の世界史』『東大の日本史』、河合塾が発行した河合塾が実施した「東大オープン」の過去問集。 そのくらいです。 母のいとこが、大阪市の天王寺高校から1浪で東大に進学したのですが、私がYMCA予備校高槻校「京大東大文系クラス」に行った時、母の叔母が「YMCAなんて、東大に行かないでしょう」と母に言ってくれたというのを、後から聞きました。 東大に行こうとするのなら、予備校は東大の問題に対しての対策をとってくれるような所に行かないといけません。「京大東大文系クラス」などという名前だけつけて、京大の法学部・経済学部・文学部・教育学部と東大の文科1類・2類・3類の対策をとるかのような名前だけつけて、実際には「看板に偽りあり」の予備校に行ったのでは、きっちりと東大の試験問題の対策をとってくれる予備校に行った場合に比べて明らかに不利です。
   教学社から発行されていた大学別過去問シリーズの『東大文科』、『東大の世界史』『東大の日本史』の正答例を見ても、河合塾から発行された「東大オープン」の過去問集を見ても、私が受けた代ゼミの東大模試の正答例を見ても、年は、どう見ても、1桝に数字を2つずつ記載しているのです。 ということは、それが正答であるのなら、数字は1桝に2つずつ、「1689年」なら、「16」で1桝、「89」で1桝、「年」で1桝という書き方をするべきだということでしょうか。 しかし、そうなると、原稿用紙みたいな解答用紙を用意されて、1桝に1字ずつ書けと問題で指示されているのに、なんだか、指示を守っていないみたいな感じです。 「1689」と数字4つで1字だと考えて、数字4つを1桝に書くとすると、あまりにもスペースが窮屈です。
   それで、どうしたかと言いますと、河合塾が発行していた『東大オープン過去問集』の正答例にも、1桝に数字を2つずつ印字していたので、出版元である河合塾に尋ねてみようと思い、小田急「東北沢」駅の東のあたりにある河合塾駒場校まで行きまして、河合塾のひとに尋ねてみました。 「1689年」は、「1689」を1桝に書くべきなのか、「16」で1桝、「89」で1桝、「年」で1桝で書くべきなのか、「1」で1桝、「6」で1桝、「8」で1桝、「9」で1桝、「年」で1桝を使って書くべきなのか、と。
   年間通しての学費を払って行っていたYMCA予備校高槻校の人間は不親切でデタラメ・デマカセばっかり言っていましたが、模擬試験を受けたことと、河合塾が発行した『東大オープン過去問集』の購入者であるだけでしかない人間に対して河合塾の人は親切でした。河合塾の人が言われたのは、1桝に1文字という以上は、年代の表記は、たとえば1689年なら、「1」で1桝、「6」で1桝、「8」で1桝、「9」で1桝、「年」で1桝を使って書くべきです、と。 これが、今、考えると、「半角」と「全角」の問題だったようです。 教学社の本も河合塾の過去問集も代ゼミの正答例も、すべて、半角で数字を入れていたようなのです。もしかすると、打ち込んだ人は、1桝に1文字のつもりで打ち込んだが、ワープロかタイプライターが自動的に「半角」にしてしまっていたのかもしれません。印刷物では横書きの場合は、たいてい、年代は「半角」で印字されています。それが普通のような感じになっていますが、入学試験などで、「1桝に1字」と指定されたならば、印刷物のように数字を「半角」で書くと1桝に2字書くことになってしまうのですが、「1桝に1字」と問題文で指示されている以上は1桝に1字の「全角」で書くようにするべきなのです。 
  YMCA予備校高槻校の「主事」の藤井は「ぼくらはな。きみらには、1円としてカネもらってないんやからな。ぼくらは、きみらの親からはカネもらってるけど、きみらからは1円としてもらってないんやからな」と言うのでした。はっきりと口に出して。それを聞いて、私の親、父親と母親は喜んだのです。「その通りや。あんたは1円としてカネだしてないんや。親がカネ出してるんやから、何でも親のためにやってもらうのが当然や」と。 しかし、私が親の立場ならば、「ぼくらはな。きみらには、1円としてカネもらってないんやからな。ぼくらは、きみらの親からはカネもらってるけど、きみらからは1円としてもらってないんやからな」などと言うヤカラがいたならば、おまえ、何を心得違い起こしてるんだ、と言ってやりたいですね。親がカネを出していたとしても、それは息子・娘のために役立ってもらうためにカネだしてるのですから、「ぼくらはな。きみらには、1円としてカネもらってないんやからな。ぼくらは、きみらの親からはカネもらってるけど、きみらからは1円としてもらってないんやからな」などと口にするというのはおかしいのです。 母は、同級生だったN口という男が大好きで、それから40年も経った今でも「あんたは落ちたけれどもN口は通ったやないかあ」と言いますが、N口の親はYMCA予備校の人間のことを私の父親みたいに「専門家の言うこと、専門家、せんもんか、センモンカ、専門家。せ~んもお~んくわあ~あ!」などと言わなかったと思いますし、私の母みたいにYMCA予備校の藤井という不誠実な男のことを「あの人はクリスチャンだから絶対に悪い人であるわけがない」などとアホなことは言わなかったと思います。ある程度しっかりした親は、息子がわからなくても親の方がそのあたりを見抜いて息子に教えたのです。それに対して、我が家は息子が感知してさまざまな工夫をしてさまざまな表現でかんでわかるように指摘しても、親が絶対にわかってくれなかったのです。浪人中の私はそのあたりの「親の違い」を実感したのです。「ぼくらは、きみらの親からはカネもらってるけど、きみらからは1円としてもらってないんやからな」などと言って、親からはカネもらっていても生徒からはカネもらってないから親のために働く必要はあっても生徒のために働く必要はないんだなどと言う男は予備校に勤めない方がいいと思います。そんな予備校はどうなったかというと・・・つぶれた、のですけれども。

( ↑ かつて、YMCA予備校高槻校 があった場所。 現在は、大阪医大 本部北西部キャンパス となっている。)
   もし、今も東大の文科の社会科の試験問題が私が受けた頃と同様の問題で、私に息子があるか、私が高校の教諭か予備校の講師になっていたならば、もし、これから私が東大を受けるなら、「東大の世界史」「東大の日本史」の対策は、こういうようにやる・・と話してあげることはできると思いますが、実際問題として、今現在の東大の世界史・日本史の問題は私が受けた頃の問題とは違ってしまい、何十年間、忘れようとしても忘れることなくてできずに考えてきた「東大の世界史」「東大の日本史」の学習法は役に立たなくなってしまいました・・・が、「全角」「半角」をパソコンで扱った際、「東大の世界史」「東大の日本史」の正答例は「半角」で数字を打ち込んでいたものだったので、それで、1桝に1字という指定なのに、本として印刷されて発行される際には、数字2つで1桝分の大きさになっていたんだな、とそのカラクリがわかりました。

  (2018.9.7.)

   次回、7. 枠線の表示と非表示 他。資格を詐称する者はそれが原因で通らなくなる https://tetsukenrumba.at.webry.info/201809/article_7.html


※ サーティファイ エクセル表計算処理技能検定 https://www.sikaku.gr.jp/ns/el/
サーティファイ エクセル表計算処理技能検定 問題集・テキストhttps://www.sikaku.gr.jp/ns/el/ind/prepare/text/
パソコン教室 マテリアル新鎌ヶ谷 http://www.material.ne.jp/~shinkama/


☆ エクセル3級〔Excel表計算処理技能認定試験 3級〕(サーティファイ) 合格体験記
1. 出題問題を行なう装置はある+大学入試「難問は私立受験校が有利」でない https://tetsukenrumba.at.webry.info/201809/article_1.html
2. エクセルにもインデントがある+経験ないと難しいものがある https://tetsukenrumba.at.webry.info/201809/article_2.html
3. データ系列の線の太さ 他+会社は苦労して資格を取得した者は評価すべき https://tetsukenrumba.at.webry.info/201809/article_3.html#kimochi
4. 行・列切り替え。どっちが縦?「新しいシート」 「あわてないあわてない」 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201809/article_4.html
5. パソコンの学習は「手」で覚える。フィルターはスグレモノ https://tetsukenrumba.at.webry.info/201809/article_5.html
6. 「軸を反転」。年代は印刷物は「半角」でも入学試験では「全角」 〔今回〕
7. 枠線の表示と非表示 他。資格を詐称する者はそれが原因で通らなくなる https://tetsukenrumba.at.webry.info/201809/article_7.html
8.どっちが「昇順」? 職場では「教え合い」なら良し、「面倒みまくり」はだめ https://tetsukenrumba.at.webry.info/201809/article_8.html

☆ ワード文書処理技能検定3級・2級(サーティファイ) 合格体験記
1.ワード・エクセル・CADを習得する必要の認識 https://tetsukenrumba.at.webry.info/201802/article_8.html
2.テキストに記載のない技術他4点。合格に至るまで http://tetsukenrumba.at.webry.info/201802/article_9.html

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