東京都庭園美術館【8/8】芝庭。目黒駅まで。地震で窓ガラスが割れることはある。冠水した道を通勤するな

[第393回] 東京圏の美術館・博物館(15)-8
   東京都庭園美術館の名称は「帯に短しタスキに長し」「遠からずと言えども当たらず」みたいな名称だが、「庭園美術館」というだけあって、美術館だけでなく庭園がある。 前回、写真を公開した「日本庭園」とは別に、都道312号に面した入口から入ってすぐ左手、旧朝香宮邸から見て南東側に「芝庭」がある。↓
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   国立科学博物館附属自然教育園が東京都庭園美術館の東側に隣接しており、地図を見て、現地を見てすると、どうも、もともとは、この2つは一体として存在したものではないのかという感じがします。 グーグル地図を見ると、東京都庭園美術館本館(旧朝香宮邸)の玄関の北のあたりに「高松藩松平家下屋敷跡」と出ており、それから考えると、朝香宮邸になる前は高松藩松平家下屋敷だった場所ではないかという感じがしますが、東京都庭園美術館のホームページの「沿革」https://www.teien-art-museum.ne.jp/museum/index03.html を見ても、1933年に朝香宮邸が竣工してから後のことは書かれていますが、その前のことは出ていません。国立科学博物館附属自然教育園HP の「沿革」http://www.ins.kahaku.go.jp/about/history/index.html を見ると、
≪  ・・・室町時代に入ると、この地方にいた豪族がこの地に館を構え、今に残る土塁は当時の遺跡の一部と考えられています。この館の主が誰かは不明ですが、白金の地名は永禄2年(1559)の記録に初めてあらわれ、太田道灌のひ孫の新六郎がこの地を治めていたことが記録されています。また、いわゆる「白金長者」であったという言い伝えも残っています。 
  江戸時代になると、増上寺の管理下に入りましたが、寛文4年(1664)には、徳川光圀の兄にあたる高松藩主松平讃岐守頼重の下屋敷となり、園内にある物語の松やおろちの松などの老木は、当時の庭園の名残であろうと思われます。 
  明治時代には火薬庫となり、海軍省・陸軍省の管理となり、大正6年(1917)宮内省帝室林野局の所管となり、白金御料地と呼ばれました。 ・・・・ ≫
と出ていますので、東京都庭園美術館の敷地も、同じく、「太田道灌のひ孫の新六郎」「白金長者」が治めた場所から増上寺の管理下を経て高松藩松平家下屋敷の敷地となったのでしょう。 朝香宮邸は火薬庫の隣にあったのか? というと、そうではなく、朝香宮邸が竣工した1933年においては、帝室林野局の所管であって海軍省・陸軍省の管理ではなく、火薬庫ではなくなっていたようです。
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(↑ 芝庭から見た本館(旧朝香宮邸)。)
※ 国立科学博物館附属自然教育園 http://www.ins.kahaku.go.jp/

   案内図には「日本庭園」と別に「洋風庭園」もあると出ていたのですが、「芝庭」のことを言っていると思いこんで帰ってきてしまいました。 次回、3度目の訪問の際には、「洋風庭園」も見学してみたいと思います。
   「内容のある本は、3回読んで初めて十分に理解できる」と言われたりしますが、「建築および庭園・史跡」も3回くらい訪問してこそ理解できるのかもしれません。

   ところで。 東京都庭園美術館からJR「目黒」駅に向かう道の南側で見かけたこの建物↓。
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「池田屋」と書いてありますが、もしかして、ここが、かの有名な「池田屋事件」があった所か???・・・・・て、そんなわけないがな。池田屋事件は京都やろうが。 ここは東京都。 東京都庭園美術館は東京都港区と目黒区と品川区の境目付近の港区にあり、↑の池田屋もぎりぎり港区。 
※ 《受験生のための日本史》
池田屋事件・・・・1864年 新選組が京都三条河原の池田屋に集合した尊攘派を急襲、20数名を殺傷・捕縛した事件。
( 全国歴史教育研究協議会編『新版 日本史用語集』1975.新版 山川出版社)
   背の高いビルの間に1軒だけ、2階建ての建物が残っているのですが、かつては、このあたりはこのような建物が建っていた地域だったのでしょうね。

   JR「目黒」駅から東京都庭園美術館には、どう行けばいいかというと、ともかく、東に向かって歩けばいい。東京都庭園美術館からJR「目黒」駅に行くには、どう行けばいいかというと、ともかく、西に向かって進めばいい。東京メトロ南北線・都営三田線「白金台」駅から東京都庭園美術館に行くには、どう行けばいいかというと、ともかく、西に進めばいい。東京都庭園美術館から「白金台」駅に行くには、どう行けばいいかというと、ともかく、東に進めばいい。 それだけなので、わかりやすい。 南の方に広くない道をぐちゃぐちゃ行くと、畠山記念館の当たりに行き、都営浅草線「高輪台」駅にも行けるが、これは道がわかりにくいので迷うかもしれない。

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↑ JR「目黒」駅。 地下には東急目黒線・都営三田線・東京メトロ南北線「目黒」駅もある。
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↑  目黒駅前交番。

   今年は、6月に北摂地域で大きな地震があり、7月には中国地方で大雨による水害が発生しましたね。
   (株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ に在籍しました時ですが、1992年、その頃、(株)一条工務店では、「セゾン275S1」「百年275S1」という商品においては、「標準仕様」では窓ガラスは、3mmの普通ガラスにしていました。東京都江東区潮見の住宅展示場に来場した設計事務所やってるというおっさんから「ガラスが薄いね」と言われたのですが、言われてみると、はて、今まで窓ガラスの厚さて何ミリなのかなんてあんまり考えたことがなかったな・・・と気づきました。で、東京展示場の「リーダー」だった「一級建築士の宮崎さん」(男。当時、30代前半)に、「ガラスの厚さって、普通、何ミリなんでしょう」と質問したのです。来場した「設計事務所やってる」というおっさんが「一条工務店のガラスは薄いね」と言うので、普通は何ミリなのか、一条で、普通、使っているガラスはよそと比べて薄いのか、それとも、そのおっさんがそう言っているだけで、そのおっさんは5ミリくらいのものを使いたいと考えているが、実際にはその頃の一条工務店が使っていた3ミリのガラスというのは「普通」なのか。 ところが、他のことなら親切に教えてくれた「一級建築士の宮崎さん」は、質問しても答えてくれないのです。なんで、教えてくれないのだろうなあ~あ・・・と思ったのでしたが、今から考えると、たぶん、知らなかったのでしょう。人間、誰だって何でも知っているわけではないので、知らないなら知らないと言えばいいと思ったのですが、どうも、(株)一条工務店という会社では、知らないことを知らないと言うのを嫌がる人が多いようでした。M崎さんの場合は、答えてくれないだけでしたが、(株)一条工務店という会社では、知らないことを質問されると怒る人というのがけっこう多かった。なんで、怒るんだよ、知らないなら知らないと言えばいいじゃん、と思うのですが、そのうち、この会社は「質問するとよくない会社」なんだと悟りました。
   その頃、小堀住研(株)では、「高品質低価格」の企画住宅「ハウス 55」では標準仕様で掃き出し窓はすべて強化ガラスを使用、高級志向で自由設計・フリープランの「新 桂」では、何を使うと決まっておらず、すべて、個々にそのお施主様との打合せで決めていきましたが、「黙って座れば」「掃き出し窓は強化ガラス」になりました。 強化ガラスというのは、自動車の横の面のガラスが強化ガラスで、正面のガラスは合わせガラスらしい。強化ガラスは普通ガラスよりも割れにくく、割れた場合も粒状になるので、怪我をしにくいという長所があります。それなら、自動車の運転席正面のガラスには、なぜ、強化ガラスを使わずに合わせガラスを使っているのかというと、完全に割れて粒状になって落ちたならまだいいけれども、その手前の時に真っ白になって向うが見えなくなってしまうと聞きます。「聞きます」というのは実際に体験したことがないから「聞きます」です。だから、正面はフィルムにガラスが張りつけられていて割れても飛び散らないようになっている「合わせガラス」を使っているらしい。 で、(株)一条工務店という会社は不思議な会社で、同業他社に在籍したことがある中途入社の従業員というものに敵意を持っている会社で、元同業他社に在籍したことがある従業員といえども、今は(株)一条工務店の従業員のはずなのですが、(株)一条工務店の経営者はそれを理解できないらしく、何かとからんでくるのです。(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫は、私に「強化ガラスなんて使ったら、開閉が重くてたまらんわ」などと言ってきたことをがありましたが、開閉が普通ガラスより重いのはペアガラスであって強化ガラスではありません。ペアガラスは1つのサッシに2枚の普通ガラスが入っていますから、1枚入っているものと2枚入っているものなら2枚入っているものの方が重いことになりますが、強化ガラスは厚さは普通ガラスより厚いわけではなく、開閉は重くありません。小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)→(株)ヤマダエスバイエルホーム〕の住宅展示場では、営業が来場客に「強化ガラスは普通ガラスより割れにくいし、我ても粒上になりますから、お子さんが走ってぶつかってガラスを割ったとか、お年寄がつまづいてガラス窓に倒れかかって窓ガラスを割ったといったことがあっても、怪我をしにくくて安全です。だからと言って重いかというと、ちっともそういうことはありません。ほら」と言って、実際にお客様に開閉させて見せていたのです。だから、(株)一条工務店で、営業本部長が言うように「強化ガラスなんて使ったら、開閉が重くてたまらんわ」などと見込客に話したならば、「一条さんの営業は何も知らないんですねえ」ということになり、いわば、ボクシングのカウンターパンチをくらったような状態になります。「カウンターのパンチは、そうでないパンチの倍の威力があるものなり」「それが、クロスカウンターとなると、身の毛もよだつ威力を発揮する」と『あしたのジョー』で丹下段平のおっさんも言っていますが、嘘言ってしょーもない攻撃をしてカウンターパンチを浴びると、契約になるものもならなくなります・・・・が、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫という男は、従業員に嘘を言わそうとするのが本当に好きな男でしたし、従業員に嘘を教えるのが好きな男でした。 さらに、営業本部長の天野隆夫は「そんなもん、どんな地震が来たって、ガラスが割れるなんてこと、絶対にないわ」と私に言ったのです。そうかな? 風に対しては、たしかに、窓ガラスは「風でしなる」ことはあっても「風で割れる」ということはよっぽどの風でないとなかなかありません。我が家も2階にはけっこう強い風があたりますが、窓ガラスは「風でしなる」ことはしょっちゅうですが、今のところ、風で割れたことはありません。しかし、住宅雑誌で読んだ話ですが、台風の時、風で割れることはなくても、雨戸がない窓の場合、よその家の瓦が風で飛んできたとか、看板が風ではずれて飛んできて当たったという場合、窓ガラスは割れることがある、と。『本当にあった笑える話』には、子供の頃、住んでいた家が、台風の時、風で窓ガラスが割れたという話が載っていました。ですから、台風・強風の場合、「風で窓ガラスが割れる」ということは、そう頻繁ではないとしても、ないわけではないのです。そして、今回、6月の北大阪地方での地震の際ですが、大阪府高槻市に我が家の親戚が住んでいたのですが、地震の際、家が倒壊などはしなかったそうですが、窓ガラスが割れたそうです。それにしても、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫という男は、なぜ、嘘を言わないと気がすまないのか、と思いますね。又、小堀住研(株)の「高品質低価格」タイプの企画住宅の「ハウス55」で標準仕様で強化ガラスを掃き出し窓に使用し、高級志向の完全自由設計・フリープランの「新 桂」では強化ガラスを「お勧め」としていたということから、私が小堀住研(株)に過去に在籍したということから、必死になって強化ガラスをけなそうとするのですが、不思議に思うのは、その頃、(株)一条工務店では「セゾン275S1」「百年275S1」では、「普通ガラス+防音断熱雨戸」を標準仕様にしていたわけで、この防音断熱雨戸はけっこうスグレモノであり、夏の暑い時など、我が家についているようなペランペランの鋼板1枚の雨戸では熱をたいして防ぐことができないのに対し、防音断熱雨戸はかなり防ぐことができますし、がっしりしていて強風の時も頼りになります。「ペアガラス+ペランペランの雨戸」とどちらがいいかというと、防音断熱雨戸は雨戸を閉めた状態では防音と断熱に効果がありますが、ペアガラスは雨戸を閉めなくても防音と断熱に効果があるという長所があるけれども、ガラスというのはもともとが熱を伝えやすい物質ですから、防音断熱雨戸ほどの断熱効果はないのです。 だから、(株)一条工務店が標準仕様にしていた「普通ガラス+防音断熱雨戸」というのも、これもけっこういいものだったのです。 しかし、安全性という点では、普通ガラスと強化ガラスだと強化ガラスの方が安全ですし、雨戸を閉めない状態ではペアガラスの方が普通ガラスよりも防音と断熱の効果はあります。それなら、「強化ガラス+防音断熱雨戸」にするとか、「ペアガラス+防音断熱雨戸」にするのはどうかというと、「強化ガラス+防音断熱雨戸」はいいと私は思いますが、欠点はあるのかというと、それは強化ガラスは普通ガラスよりも値段は高いし、ペアガラスは普通ガラスよりも高いですから、それが欠点でしょう。こういったことをお施主さんと話し合って、その上でどうするのか決めていけばいいことであって、(株)一条工務店でも標準仕様では「3ミリの普通ガラス+防音断熱雨戸」にしていましたが、差額を出してもらって「強化ガラス+防音断熱雨戸」にすることもできたし、「5ミリの普通ガラス+防音断熱雨戸」にすることだってできたわけです。なんで、営業本部長の天野隆夫は、必死になって強化ガラスについて誹謗中傷を加えないといけないのかわかりません。さらに、過去に同業他社に在籍したことがある人間といえども、今は(株)一条工務店の従業員なのですから、自分の会社の従業員に向かって、必死こいて同業他社で使っているものについて誹謗中傷してもしかたがないと思うのですが、ところが、営業本部長の天野隆夫という男は同業他社が使用しているものについて、自分の会社の従業員に誹謗中傷するのです。よくわからん男でした。 で、天野隆夫が言うように「地震で窓ガラスが割れることなんて絶対にない」かというと、この6月の北大阪地方の地震において、高槻市の親戚の家では、窓ガラスが割れたそうです。
    7月には中国地方で大雨により浸水し、大きな被害を受けた地域がありました。(株)一条工務店で、福島県いわき市の営業所に赴任してくれと頼まれて、1993年に赴任してすぐの時ですが、10月だったと思うのですが、台風と豪雨があり、道が冠水しました。 私の父は「会社員というものは、地震があろうが台風が来ようが、浸水しようが、どんな状態でも会社に出勤するもんや。とってちってたあ♪」と毎日言っている男でしたので、私はそれが耳にこびりついてしまい、そのため、会社づとめをすると、他の従業員が「命あってのものだ」と自分を守るような場面で、「滅私奉公」「破私奉公」して犠牲になってしまうことが多いのですが、その時も、住んでいたアパートの近くの川は、ものすごい水の流れだと、我が家よりもダンナの出勤時刻が早い隣家の奥さんが教えてくれたのですが、それで、逆側からまわったのですが、見ると、ずいぶんと道が冠水しています。それで、ギアをセカンドにして、冠水部分で停止することなく、この冠水部分を一気につっきって冠水していない所まで行こうとして左折したところ・・・・、その向こうは見る限り「川」状態。 これは無理だと思い、横に見える空き地に車を入れて向きを変えて引き返そうとしたところ、車輪が水中で何かにぶつかりました。 水はにごっていたので、水中が見えませんでしたが、走っていた国道の車道から見えた空き地に入るにはその間に歩道があって、車止めにぶつかったようでした。 空き地に入って向きを変えることはできないとあきらめたものの、方向転換はできないし、バックではてしなく戻ることもできず、そもそも、ギアチェンジを水中でやるのは危険ではないかとも思い、タイヤの中ほどより上くらいまで水はきていたと思いますが、生きた気がしない状態で走り、途中から山手の方に上がる道に進んでなんとか会社まで出勤しました。 途中の公衆電話から、展示場に電話をすると、展示場のはす向かいに住んでいたS藤のおっさん(男。当時、40代)が、道路が冠水して川状態であることを知らずに、「何やってんだ。早く、来い。こらあ」と怒鳴りつけられました。 展示場まで行ってみると、所長のK野さんも含めて従業員の過半数は「そんなもの、命あってものだ。 会社のために命おとしてたまるか」と黙って、自宅で待機(お休み)していました。 その時、後からニュースで見たのですが、現実に冠水した道路にクルマで入り、そのまま川まで流されて、川から海まで流されて死亡した人が1人あったそうです。 会社というものは、従業員に対して「安全衛生保護義務」というものがあります。 そういう状態の時には、所長からその地域の従業員に電話をして、きょうは出勤せずに自宅で待機するようにしてくださいと連絡するべきもののはずです。いわき地区の所長のK野さんは自分は「あたりまえじゃないか。おまえ、会社に出てきたのか。バカか」などと言うのでしたが、「バカか」じゃなくて、所長ならその地域の従業員に、出勤しないように連絡するべきもので、それが所長の仕事と違うのか、それをしないなら所長として職務怠慢と違うのか・・・と思うのですが、(株)一条工務店の総務部長の天野雅弘は「所長の仕事は売ることであって、管理したり指導したりするのは所長の仕事と違います」と言うのですが、管理したり指導したりするのが所長の仕事と違うのなら、そういう人には「所長」ではなく「スーパー営業」とか「営業スペシャリスト」とか別の称号を与えた方がいいでしょうし、管理したり指導したりするのが「所長の仕事と違う」というのなら、誰か別の人間で管理したり指導したりする立場の人間が必要でしょう。会社には従業員に対して「安全衛生保護義務」というものがあり、豪雨で道が冠水して危険だという場合に、きょうは出勤せずに自宅で待機してくださいと連絡するのは、会社の義務であり、総務部長の天野隆夫が「所長の仕事と違う」と言うのなら、それなら誰の仕事なんだ? ということになります。誰かがその仕事をしないといけないはずなのです・・・が、(株)一条工務店は安全衛生保護義務違反の会社でした。水中で横の空き地に入ろうとした際に、タイヤのホイールキャップの部分を縁石にぶつけたらしく、ホイールキャップを失いました。又、その際、ホイールをぶつけていがめたようで、修理に費用がずいぶんかかりましたが、(株)一条工務店は修理費用を出してくれるわけではなく、個人で負担しました。
  その3年くらい後、またもや、いわき市では豪雨で道路が冠水することがありました。私は、その日、普段、自分が在籍する所とは別の住宅展示場で「色合わせ」「仕様打合せ」をお施主様とおこなっていましたが、終了後、帰ろうとすると、総合住宅展示場の前の道路は冠水してクルマが通れる状態ではなく、背後の道はなんとか通れそうでしたので、それ以上冠水しないうちに帰らないと大変なことになると急いで帰り支度を始めたところ、(株)一条工務店の浜松の本社から若造が電話してきました。「一条工務店の勿来の◇◇さんという工事現場でブルーシートが風でめくれていると電話があったのですが、担当の人いますか」と言うので、「本日は日曜日でして、工事担当はお休み。その現場の営業担当はすでに帰宅しておりません」と言ったところ、浜松の若造は「そしたら、あなた。あなた、この工事現場まで行ってシートをかけなおしてきてください」と言うので、「只今、豪雨のため、こちらは避難命令が出ておりまして、こちらの従業員も、ほとんどの人間がすでに帰宅しております。道路は冠水してクルマは走れない状態です。私は、あらかじめ、色合わせの予定が組まれていましたので、ここでおこないましたが、今、終了しましたので、大急ぎで帰ろうとしているところです。展示場の裏側の道は今のところ、走れそうではあるのですが、自宅までの道が走れるという保証はないのです。勿来までの道は冠水しているのは明らかで、まず、クルマで勿来まで行けるとは思えません。それでも行けと言われても私はお断りいたしますので、どなたか他の方に頼むか、もしくは、あなたが浜松から行ってください。ここから勿来まで行けるなら浜松からでも行けるでしょう」と言ったところ、「はあ、そうですかあ。それなら、まあ、いいです」と若造が言うのでした。ひとには冠水して危険な道路でも走って勿来まで行け、あるいは、水に流されて海まで行けと言いながら、おのれは行かないのです。そのあたりが浜松魂というのか、遠州人根性というのか、卑怯な連中です。 また、その若造ですが、電話でたまたま出た相手に向かって、「それなら、あなた。あなた、行ってきてください」などと生意気な口をきくのですが、その若造、歳は私より間違いなく下で、おそらく、社歴も私より短く、実績も私より下のはずなのです。(株)一条工務店という会社は、そういう浜松とその周辺のことしか理解しない浜松の若造にそういう口をきかせていたのであり、そういう口をきかす会社が(株)一条工務店という会社でした。
   時々、夏場、子供をクルマの中に置いてドアを閉めてカギをかけた状態で、パチンコに行ったり買い物をしたりする親がいて、それで子供が死んだり、あるいは、巡回している施設の従業員が危険だと判断して窓ガラスを割ったところ、なんで割るんだと「逆切れ」したりといったニュースが出ます。 今年の7月から8月にかけて、子供もそうですが、犬を車中においてドアを閉めた状態で買い物などに行き、車中で犬が死亡したという記事も出ていました。「雪やこんこん、あられやこんこん・・・、犬は喜び、庭かけまわり、猫はこたつで丸くなる」と言うように、犬は寒さにはけっこう強いが暑さには弱い動物で、犬は人間以上に暑さに弱いと記事にも出ていました。(株)一条工務店の福島県いわき市の営業所に在籍した時のことですが、1994年、↑で述べたように、台風と豪雨で道が冠水して生きた気がしない状態でなんとか冠水した川みたいな道を走ってきて、その「川みたいな道」を走っているクルマなんて私のクルマのほかは1台としてなかったのですが、そういう道を走って住宅展示場までたどり着いた時、展示場の少し手前の公衆電話から展示場に電話したところ、「こらあ! 何やってんだあ。早く来い、こらあ!」と私に怒鳴りつけた展示場のはす向かいのアパートに住んでいた佐藤のじいさん(男。当時、40代)が、夏場、アパートのベランダで飼っていた犬を、ベランダと部屋の間の窓を閉めてカギをかけていたところ、犬がベランダで日射病というのか熱射病というのか熱中症というのかで死亡したようでした。 「死亡した」というのか「殺した」というのか、そういうことをすると死ぬということがわかっていたやったのですから、「殺した」のかもしれません。もしも、他人の飼っている犬を殺したなら、犬は人ではないので殺人罪の対象にはなりませんが、器物損壊罪の対象になります。 それなら、自分が飼っている犬なら殺しても自由かというと、器物損壊罪の対象にはならないとしても、やっぱり、いいとは言えないでしょう。 S藤さんは、わざと殺したのではないようですが、ベランダで飼っていたが、普段は2階の部屋との間の窓を開けていたので、犬は暑ければ部屋中に入ってきたらしいのですが、その時、ベランダと2階の部屋の間の窓に鍵をかけていて、それに気づかなかったらしい。 そこまでは、まあ、犬はかわいそうだったけれども、過失で死なせてしまったわけで、しかたがないといえばしかたがなかったのかもしれませんが、しかし、この件について、佐藤のおっさんは「まったく、誰か窓を開けて入れてやればいいのになあ。気づかないなんてなあ。かわいそうに」といつものように言ったのです。このおっさんはなあ~あ・・・と思いました。「誰か」て自分だろうが、自分。自分が飼ってる犬を死なせておいて、「誰か」て誰なんだよ? 自分しかいないだろうが、自分しか。S藤さんは、いつでも、そうやってひとのせいにするのが得意なのです。S藤さんは「アルツハイマー」だと言われていて、いつでも、「アルツハイマーだからしかたがない」としてもらっていたのです。しかし、「しかたがない」としようとする人というのは、S藤さんから被害を受けていない人であり、S藤さんと同じ展示場にいて、一人前に自分で仕事をこなすことができないS藤さんの世話をしてあげて、いつも、負担をかけられて、いつでも、被害にあってきた私からすると、何が「しかたがない」だ、何が!?!? と言いたい。 やっぱり、自分がひとに迷惑かけたなら、「申し訳ない」か何か言うべきではないかと思うのだが、S藤さんは頭を下げるのが嫌いな人間で、絶対に言わない。逆にふんぞりかえるのだ。なんで、このくそじじいの世話させられなきゃならんのだと思うのだが、だからと言って追い出しても、この人、ほかに行く所ないだろうなあ・・とか思って情け心を出すと、「アルツハイマー」はつけあがる。 いわき市に5年間いましたが、最後の年、そのS藤さんを私が在籍した営業所に配属して、そして、私は、S藤さんに被害を受けて、それでも、ずっと、S藤さんのめんどうを見てきてあげたのに、ところが、(株)一条工務店は、「アルツハイマー」のS藤さんを「展示場リーダー」に指名したのです。なんで、私は、こちらがいつでも被害を受けて、それでも、めんどう見てきてあげた「アルツハイマー」の人に「リーダー」になられなきゃならんの?  バカにしてるとしか思えない。 (株)一条工務店というのはそういう会社でした。 S藤さんにはずいぶんとめんどうを見て来てあげたし、ずいぶんとS藤さんの被害にあったけれども我慢してきてあげたけれども、恩を仇で返されました。 自分が重過失で犬を死なせても、それでも、「まったく、誰か窓を開けてやればいいのに、なんで、開けてやらないんだろうなあ」などと、自分と嫁はんしか住んでいなくて、自分が開けなければ開ける人間なんてないのに、そんなことを言ってひとのせいにしようとするおっさんというのは、会社の仕事においても、自分のミスを「アルツハイマーだからしかたがない」とひとのせいにして、超人的に世話になってきた私に卑劣な「恩を仇で返す」行為をおこなうようでした。 (株)一条工務店という会社には、滅私奉公・破私奉公を続けましたが、この会社自体が私に「恩を仇で返す」態度をとりました。 慶應大学の商学部の先生が「物産・商事(三井物産・三菱商事)とか、そういう誰もが行きたがる、東大・京大や慶應・早稲田といった大学の出身者ばかりという会社に勤めるよりも、慶應あたりの卒業生はなかなか採用できないというくらいの会社に勤めた方が、むしろ、活躍の場があっていいところがある」と言う方がありましたが、違うように思いますね。やっぱり、いい会社に勤めないと、(株)一条工務店なんて所に勤めると、会社から恩を仇で返されますね。
    道路がタイヤのまん中より上まで冠水した道を生きた思いがしない状態で長く走ってきた者に向かって、展示場のはす向かいのアパートに住んでいる男が「こらあ。何やってんだ。早く、来い。こらあ」などと怒鳴りつけて、その後、その時、いわき市内の道路はあちらこちらで無茶苦茶冠水していて、およそ、クルマで走れる状態ではなく、現実に道路から川に流されて海まで流されて死亡した人もでており、その日は工場見学会で栃木県までバスで行く予定になっていたが常磐交通のバスも運行不可能と判断して運行をとりやめた、私のほかにH田さんは工場見学会の担当の役をやっていてその費用を持っていたことから自分はなんとしても行かないとと思って冠水した中にクルマでつっこんで中でクルマが動かなくなってクルマをだめにし、脱出する際に腰から下、水浸しで脱出した、といったことを知ったなら、「こらあ。何やってんだ。早く、来い。こらあ」などと言ったことについて、S藤さんは、たとえ「アルツハイマー」であっても「申し訳なかった」くらい言わないといけない。所長はS藤さんに「ひとことくらい、謝るものと違うか」と言わないといけないし、言えないのでは所長としての評価は下がるはずだが、「管理したり指導したりするのは所長の仕事と違います」と総務部長の天野雅弘は言うのであるが、それなら、所長の役職手当というのは、何のためにもらっているのか? ということになってくる。おそらく、(株)一条工務店は今でも「その程度の会社」でしょう。

《本日の住宅知識》
  地震で窓ガラスが割れることは、ある。 強風で窓ガラスが割れることは、ある。
《本日の会社づとめの教訓》
  恩を仇で返す男の世話をしてはならない。世話してもらおうとつきまとってきても、関わるな。

  (2018.8.20.)


住宅巡礼
新潮社
中村 好文

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≪ 建築家になるため、あるいは建築家であるためには旅が必須の課外授業であることを、私は学生時代にル・コルビュジェなどの偉大な建築家の経歴で知り、若いころから好んで旅をしてきましたが、住宅を巡る旅は、その旅好きに拍車をかける結果になりました。 ≫
( 中村好文〔なかむら よしふみ〕『住宅巡礼』2000.2.25.新潮社↑ 「まえがき」 )
≪ この貴重な旅から、私は住宅設計が、建築的な知識や、構想力や、専門技術だけでは対処しきれないことを悟りました。つまり、住宅を設計する建築家は、「人間の住処(すみか)」に対する豊かな夢想力の持主でなければなりませんし、人の心をとらえる説得力とキャラクター(これをカリスマ性と呼んでもよいと思います)も備わっていなければならないことを知ったのです。
  そして、なによりも、人間の行動や動作をつぶさに観察し、複雑な心理の綾を読み解き、市井の人々の喜怒哀楽に共感できる柔軟な心を持った「人間観察家」でなければならないことを教えられました。・・・ ≫
( 中村好文〔なかむら よしふみ〕『住宅巡礼』2000.2.25.新潮社↑ 「あとがき」 )
眠れぬ夜に読む本 (光文社文庫)
光文社
遠藤 周作

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≪ 二年ほど前、にっかつ芸術学院という学校の院長を引きうけた。
   この学校はにっかつの撮影所のなかにあるが、にっかつからは独立していて、将来、映像の世界で働く志のある若い男女を三つの科にわけて教育する場所だ。技術科はカメラマンになりたい学生の科であり、創作科は演出やシナリオを学ぶ学生が入る。そして俳優の道を選んだ若い者は、当然のことながら俳優科で勉強する。 ・・・・
   ここで、今までスカウトした娘さんたちへの私の教育方針を説明しておく。
   私は彼女たち三人に次の約束を誓わせた。 ・・・・
(2)、 いわゆる演劇青年などとくだらぬ藝術論や演劇論などを絶対にしてはいけない。そんな暇があったらいい音楽会やいいバレエ、いい絵を見にいくこと。
   六本木や新宿のスナックで、映像論や演劇論を女の子にやっている青年たちにろくなのはいない。そういう靴下の臭いような藝術家きどりとつきあっても、一文の得にもならぬ。
(3)、月に五回は いいバレエか、いい音楽会か、いい絵を見ること。
 たとえそれが演技と関係がなくても、一流の藝術を見ると、芸術作品の緊張感がどんなものか、おのずとわかってくる。
そのほうが議論や講義よりどれほど勉強になるかわからない。・・・・
( 遠藤周作『眠れぬ夜に読む本』1996.9.20.光文社文庫↑ 「求む俳優志願者」 )
  この≪六本木や新宿のスナックで、映像論や演劇論を女の子にやっている青年たちにろくなのはいない。≫の、「六本木や新宿のスナックで、映像論や演劇論を女の子にやっている青年たち」という部分を、≪「建築家」と称すればひとは言うことをきくと思いこんで、「ヒゲ生やせば『建築家』とか、羽根つきのスポーツカーに乗れば『建築家』とか心得ているテアイ」、「いっきゅうけんちくしい~い」と言えばひとは言うことをきくと心得ておるテアイ≫と置き換えてもいいかもしれないと私は思っている。 

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