カトリック田園調布教会と聖フランシスコ修道院。『ABC殺人事件』の疑問-田園調布と教会【13/14】

[第377回] 日本の教会シリーズ
   日本基督教団田園調布教会の西側の道を南へ(多摩川園駅の方へ)進むと、突き当りにカトリック田園調布教会の門が見えてきます。 もしくは、日本基督教団田園調布教会の一筋東側(田園調布駅より)の道を南に進むと、そのうち、右手にカトリック田園調布教会に入る門が見えてきます。
   さて、どちらが正門なのか、それとも、どっちが「正」でどっちが「副」ということはないのか?

   カトリック田園調布教会HP 「教会内の施設」http://catholic-denenchofu.jp/about/facility/ に掲載の「教会配置図」を見ると、東急「多摩川」駅に近い、↓の方が、「正門」らしい。
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↑ 右の門柱の表札には「カトリック田園調布教会」「CATHOLIC CHURCH」 と書かれています。
  カトリック田園調布教会HP 「教会内の施設」http://catholic-denenchofu.jp/about/facility/ に掲載の「教会配置図」によると、正面に見える黄色い壁の「八角形風」(実際は八角形の半分が長方形の建物にくっついているようです)の建物は、「フランシスコ会館」という「信徒会館」らしく、≪ 2003年11月30日に建てられた3階建の信徒会館です。集会室・会議室・図書室などがあります。・・・≫(カトリック田園調布教会HP 「教会内の施設」http://catholic-denenchofu.jp/about/facility/ )というものらしい。
 

   で、北西のこちら↓が、「裏門」らしい。
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↑  右の門柱には、「カトリック田園調布教会」「CATHOLIC CHURCH」 と書かれています。
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↑  左の門柱には、「聖フランシスコ修道院」「St.FRANCIS FRIARY」と書かれています。
※ friar (名詞)(Dominicans, Franciscans, Carmelites などの会派の)たくはつ修道士
friary (名詞)修道院; 修道士の団体。
(  大塚高信・吉川美夫・河村重次郎 編『カレッジクラウン英和辞典』1964.3.25.三省堂 )
修道院 monastery  修道士・修道女の共同修養機関。 東方のは隠遁・禁欲・苦行・冥想の生活、 西方のは貞潔・清貧・服従生活が特色。
( 全国歴史教育研究協議会編『世界史用語集』1978.新版改訂第10刷 山川出版社)
monastery (名詞) 《カトリック》 《主に男の》修道院、僧院。
monastic  (形容詞) 1.修道院の、修道士の。 2.修道院的な、隠遁的な、禁欲的な
  (名詞) 修道士(monk)
( 岩崎民平・小稲義男 監修『新英和中辞典 第3版』研究社 )
  英語で「修道院」を指す単語には、monastery と friary があるようだが、カトリック田園調布教会では、 friary の方を使用しているようだ。
↑左に見えている建物が「修道院」らしく、建物の壁に
 「修道院入口
    ←     」
と書いた札が貼られていますから、この建物の手前を左に行ったあたりに修道院の入口があるということでしょう。

※ カトリック田園調布教会HP http://catholic-denenchofu.jp/
カトリック田園調布教会HP 「教会内の施設」http://catholic-denenchofu.jp/about/facility/

   カトリック田園調布教会HP 「教会内の施設」http://catholic-denenchofu.jp/about/facility/ に記載の「教会配置図」を見ると、この敷地内には、南よりに「大聖堂」があって、東から入るようになっており、東よりに「フランシスコ会館」という「信徒会館」があり、「フランシスコ会館」の北の「クララ聖堂」という八角形の小聖堂があり、西よりに「修道院」があって、この「大聖堂」「フランシスコ会館」「修道院」の3つの建物で囲まれた区域が「ルルドの中庭」と言うらしく、そこに、フランスのピレネー地方のルルドの泉が湧き出る洞窟のイミテーションが作られているらしい。 ↑の「裏門」の西側は駐車場で、その北よりに「ボランティアセンター」なるものがあるらしい。 今回、気づかなかったのですが、「裏門」の東に「北門」があるらしく、出入口はこの3か所。 大聖堂の前(東)に、フランシスコ像があるらしい。
   前の道路から見ると、「正門」よりも「裏門」の方が広いのだが、「正門」を入って直進すると「大聖堂」の入口の前に達するようだ。 又、「正門」の方が、最寄駅である東急「多摩川」駅に近い・・・・が、ここは「この漫才で田園調布に家が建つ」「田園調布らしい田園調布」「田園調布駅を扇の要として放射線状に道路が延びて、それに交差して円周状の道路がある、という地域の外縁部にあたるので、扇の要である田園調布駅の方からやってくると北より、「裏門」か「北門」の方が「扇の要」に近い位置にあるが、ここでは修道院に近い「北門」や「裏門」ではなく、大聖堂の正面に至る方の入口を「正門」と呼んでいるらしい。

    カトリックの教会では、ルルドの洞窟のイミテーションを庭に設けている所がけっこうあるようだ。私は、東京カテドラル聖マリア教会(東京カテドラル関口教会)の庭で見たが、長崎だったか、九州の比較的有名な教会を訪ねた人が言うには、そこにも「ルルドの洞窟」は設けられていたらしい。 フランスのピレネー地方の、本物のルルドに行って、ルルドの本物の泉と洞窟を見た時、及び、何人もの人がそこを訪ね、敬虔に跪いたりしている姿には感動したが、しかし、日本の教会の庭に作られたイミテーションについては、正直なところ、あまりいいとは思わない。イミテーションはしょせん、イミテーションだと思うのだ。

   カトリック田園調布教会のホームページによると、ここの修道院は、フランシスコ会の修道院らしく、司祭・神学生と志学生が生活しているらしい。

   プロテスタントの場合、もともとがカトリックに対して「プロテスト(protest)」(断言する。異議を申し立てる。〔『新英和中辞典』〕)した人達のことなので、プロテストした人達にいくつかのタイプというのか「派」があってもおかしくないのだが、カトリックの場合は、“catholic”(普遍的な、一般的な、万人が関心を持つ、万人に共通の、・・・・ 〔『新英和中辞典』〕)という意味で、サンピエトロ寺院とローマ法王のもとにあるカトリックはあくまでも1つであるはずだが、修道院にはいくつかのタイプがあるらしく、カトリック田園調布教会の修道院は、どうやら、「フランシスコ会の修道院」らしい。

   「フランシスコ会館」「フランシスコ像」と「クララ聖堂」という名称がでてきたが、「フランシスコ」「クララ」とはどういう人なのか。 ホームページによると、フランスシスコはカトリック田園調布教会の保護の聖人だそうだ。
   カトリック田園調布教会HPの「フランシスコ会紹介」http://catholic-denenchofu.jp/francisgroup/ にフランシスコとはどういうエライ人かというとことが書いてある。それをすべて引用しようと思うと打ち込むだけでも大変だが、それよりも、見たい人は同ホームページを見ればいいことだから、ここでは引用はしない。 要するに、「受験世界史頻出人名」のおひとり、いわゆる「アッシジのフランチェスコ」ですね。
※ フランシス修道会 Franciscan Order  1223年創設。 托鉢教団のひとつ。教会の財産没収を否定した。
フランシス(フランチェスコ) Francis 1182(1181)~1226 イタリアのアッシジの聖者。 フランシス修道会を創始。
アッシジ Assisi  中伊の小都市。
ドミニコ修道会 Dominico Order  1215年に創始の南フランスの托鉢教団。 熱狂的戦闘的な傾向が強い。
ドミニコ(ドミニクス) Dominico 1170?~11221  スペイン人。 ドミニコ修道会の創設者。
( 『世界史用語集』1978. 山川出版社)

( ↑ アッシジ。 )

    「フランシス」「フランシスコ」「フランチェスコ」については、受験世界史頻出人名様らしいとわかった。
≪ 中世のキリスト教文化は、いろいろな点で科学の精神と対立し、その自由な発展を阻害するものであった。たとえば、
(一)それは権威の文化であった。中世の教説は、この地上の世界は悪魔の支配するところであり、諸種の現象はその作為によるところのものが多い。人々がそれに惑わされていると地獄に落ちねばならない。これを救いうるものは、ただ神の知恵のみである。人々はただ神を信じさえすればよいのであり、理性はこの知恵を理解するだけのものでなければならないと教えた。これだけなら問題ではないが、教説はこの現実世界の解釈に関するきわめて誤りの多い、具体的な説明を持っていた。とくに自然認識に関しては、ゆがめられた形ではあったが、アリストテレスに伝来する諸説が取り入れられて、絶対的な権威を持っていた。そのうえにまた、種々な奇跡に関する信仰も存在した。。それらは絶対の権利を要求されたがゆえに、それを疑うことは教会の権威の否定であり、許すべからざる異端と考えられたのである。自己の感覚と経験を満足させぬ理論を疑う精神である。・・・・
(二)教説は現実世界の価値を認めず、肉体を悪魔の住所と考えた。現世の価値が認められることはあっても、それは来世に備えるための前段階としてであった。アッシジのフランチェスコ(1181~1226)の自然観は自然の価値を認め、自然を心から愛したものだといわれる。しかし彼の愛着したあの牧歌的自然は、ゴティック人がながめ、アルベルトゥス・マグヌス(1200~80)が認識した自然と同じで、結局は神によって作られた自然であり、それを認識することによって超越的な神を認識するためのものである。このような自然は自然そのものではなく、近代人の法則的な自然でもない。 近代科学は何物にも存在しない自然そのものの価値を認め、この自然を知ろうとするそれだけの目的をもって、いっさいの先入観・偏見を排して、ありのままの自然を見ようとした時に開始される。14世紀前後は、現実世界の一断片を忠実に追及していこうとする精神が漸次現れて来る。たとえば、ゴティック彫刻や年代記等の自然や事件の細部な描写などがそうである。しかしながら、それはいわば断片として現れたにとどまり、一つの世界観として主張され、その精神によって貫かれているといったものにはまだなっていない。このような立場は現実主義に立つルネッサンスにおいて初めて得られたのであり、その有名なものとしてペトラルカのヴェントゥ山の登山がある。それは呪術の修業や苦行などの宗教上の目的からではなく、登山のための登山であり、直接の景観の中に同感したものであって、近代登山の最初のものである。アルベルティが自然の美観をながめて、その喜びによって病をいやしたというのも、同じような立場に立つものである。≫
( 会田雄次『新書西洋史(4) ルネサンス』1973.7.28.講談社現代新書 「2 新しい世界の発見-1.科学精神の発明と発見」 )

   で、「クララ」の方は、誰なのか。 どうも、女性の名前のような感じなのだが、インターネットでも検索したが、わからん。

   もしかすると、「フランシス」「フランシスコ」「フランチェスコ」とともに、「『聖人』のひとり」なのかもしれない。
   父は、我が家の家族の中で、常に父についていた上の姉と会社で父に忠実だったらしい部下のM尾さんと、それに医者屋で新興宗教の教祖みたいな男だったM川、この3人と父の4人、それに聖徳太子とヒットラー総統を加えて、この6人を「特別の聖人」と言うておった。でもって、この6人のような「聖人」には、私のような「ロスケでイタコでチャンコロ」は「何でも何でも何でも何でも服従せんといかんねん。それが神さまの御心やねん」とか言うておった。 だから、私は「聖人」とかいうやつが嫌いなのだ。「神さまの御心」てやつもあんまり好きではない。
≪ 「前進しようとする青年たちはたいてい指導者を求めようとしている。けれども私は敢えていう。彼らは永遠にたずね当てないだろうと。青年はどうしてあの金看板をかけている指導者を求める必要があろう。それよりは友を求めて、一しょになって、生存できると思われる方向へ歩くに越したことはない」
  ( 魯迅『両地書』 ) ≫
( 学習資料「世界史」編集委員会編『学習資料 世界史』1974.4.1. ほるぷ教育開発研究所 )

    カトリック田園調布教会の「正門」の東側の道を南に進むと、「多摩川」駅はすぐ。 その手前あたりに↓
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   ↑ 少々高めの店だが、けっこうおいしかった。 グーグル地図には「田園調布倶楽部」と書かれているが、1階と2階が別の店で、私が食べたのは1階の店だが、田園調布倶楽部は2階だったと思う。
    庇の先で樋を縦に下ろそうとした時、そこに柱があれば、柱にそわせて下ろすことになると思う。一般に、樋というのは見た目がそれほどいいものではないので、住宅展示場などでは実際のお客様の家には樋をつけるが住宅展示場の建物には樋をつけない会社もある。 歴史的建造物などでは、銅板などで樋を作って、そこに龍などの造作を設けたりといったものもあるようだが、住宅や店舗ではなかなかそういかない。 鎖を庇から垂らしてその鎖にそって雨水を落下させるという方法がある。この方法の問題点としては、風が相当に強い時には、庇から垂らされた鎖が風で大きく揺れる、さらには鎖が揺れるとともに雨水が吹き飛ぶ・・・という事態になる場合がある、ということと、和風の建物では、昔から、模様のある銅などの金属の鎖を庇から垂らすということがされてきたし、私も(株)一条工務店に在籍した時、担当させていただいたお宅でその方法をとったことがあるが、洋風の場合はどうか、庇から鎖をたらしてそこを雨水が落下するようにするという方法は、どうも、和風というイメージがあったが、インターネットで検索すると、洋風の鎖を製造・販売している会社もある・・・のだったが、はたして、うまくいくだろうか・・・・と思ってきたのだったが、↑のお店では、その洋風の鎖を庇からたらして、なかなかいいデザインにまとめられている・・と思ったのだった・・・が、訪問時は晴天で、風も強くなかったのでよかったが、雨天で風が相当に強いという日だと、けっこう風で鎖が揺れるでしょうね・・・・。 その場合、重しの石を用意して下端をくくりつけるか・・・。

   地図を見ると、「多摩川」駅の東側に「多摩川園跡」と書いてある。かつては、ここに「多摩川園」なる遊園地があったようだが、1980年代にはなかったと思った・・・・が、そんなに昔に閉園したわけでもなく、《ウィキペディア-多摩川園》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E6%91%A9%E5%B7%9D%E5%9C%92 によると開園は1925年で閉園は1979年6月らしい。
   1980年代にもあったのが、「田園コロシアム」。 田園調布駅と多摩川駅(その頃は「多摩川園」駅)のまん中あたりの東側、線路の脇にあった。電車の窓から見えて、「あれ、なんだろう」と思ったものだった・・・・が、ふと、気づくとなくなっていた。 《ウィキペディア―田園コロシアム》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E5%9C%92%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%83%A0 によると、≪ 1989年11月に閉鎖された。≫ようだ。 田園コロシアムは、アガサ=クリスティ『ABC殺人事件』の日本でのコミック版でも登場する。『キン肉マン』でも登場していたように思う。

   アガサ=クリスティ『ABC殺人事件』では、Aで始まる名称の土地で、Aのアルファベットで始まる名前の人が殺され、次にBで始まる名称の土地でBで始まる名前の人間が殺され、次いで、Cで始まる名称の土地でCで始まる名前の人間が殺され、最後にDで始まる土地で、Dで始まる名前ではない人間が殺される。このトリックを「灰色の脳細胞」のポアロが解明する。犯人は、Cで始まる土地のCで始まる名前の自分の兄を殺したかったが、それをはぐらかすために、「木を隠すなら森の中に」とABC殺人事件をおこない、あくまで、ABCD・・・というアルファベットにより殺人を犯していると思わせるために「ABC時刻表」を殺人現場においていく・・・という話だったが、日本でコミック版として発行されているものでは、ポアロを英久保という名前に変更し、もともとは、イギリスでの話だったので日本人にはあまり馴染みのない地名がでていたのを、A・・・浅草(あさくさ)〔東京都〕、B・・・弁天島(べんてんじま)〔静岡県〕、C・・・千倉(ちくら)〔千葉県〕、そして、D・・・田園調布(でんえんちょうふ) という地名に変えたものにして発行されていた。特に、Dの田園調布は、殺人を予告した日に、田園コロシアムで人が多く集まるスポーツの大会が開催される・・・という設定であった。コミック版はコンビニなどでも販売されていて、私は小説のものとコミック版の両方で読んだが、この話は3つの点でおかしいと思った。
(1) これは、内田康夫が「時間の旅、心の旅」(〔『浅見光彦ミステリー紀行 第2集』光文社文庫 所収〕 『美濃路殺人事件』2015.5.15.徳間文庫 所収 )で指摘していたことでもある。
≪ もしあなたが人を殺したとする。そのとき、殺意が芽生えたのは、被害者に対して怨恨なり利害関係があるためであって、トリックのいいのが見つかったから殺したくなったわけではない。いいトリックを使ってみたいばっかりに、殺人を犯すというのは、もはやビョーキである。・・・≫
( 内田康夫「時間の旅、心の旅」 〔『浅見光彦ミステリー紀行 第2集』光文社文庫 所収〕 『美濃路殺人事件』2015.5.15.徳間文庫 所収 )
アガサ=クリスティ『ABC殺人事件』は、まるで、「トリックのいいのが見つかったから殺したくなった」みたいな感じの小説で、人間の心理から考えて、「まともな人間」の犯罪として考えると、あまり、もっともらしくない。
(2) 『ABC殺人事件』は、小さい頃からコンプレックスを抱いてきた相手で、財産を相続した者でもある兄を殺してその財産を自分が相続するために弟がおこなうのだが、兄を殺すCの殺人が本来の目的で、それを警察などにわからなくするために、A,Bの殺人をおこない、最後、Dの殺人で、本来、犯人でもない男を捕まえさせて、その男をA・B・C・Dの殺人の犯人にしたてあげるというトリックだったのだが、しかし、4つの犯罪をおこなってそれを関連付けて考えさせることで本当の犯人と動機をはぐらかすという面もあるかもしれないが、片方で、1件だけの犯罪なら解明されずに逃げおおせるところを、4つも行ったがために、見つかる・解明される・捕まる可能性が4倍になる、という面だってあるのではないか。
(3) 又、もっと軽い犯罪なら別だが、普通の人間は、人を殺すという行為は、一般にやりたくないものである。もし、人を殺すなら、それはその相手に対して何らかの怨恨か利害関係があるからおこなうのであって、そういう関係のない相手を殺すというのは、人間として抵抗を感じるのが普通だと思うのだ。 だから、Cの殺人をはぐらかすために、A・B・Dとほかにも3つの殺人を犯す、という構想は、かなり異常な精神構造の人間ならともかく、あまり一般的ではないと思う。
(4) そして、コミック版では、4つ目のDで始まる名称の土地での殺人を、田園調布として、特に、田園コロシアムでスポーツの大会があって何人もの人が集まるので、そこで犯行がおこなわれれば、犯人を逮捕しにくい・・・とされたのだが、しかし、田園コロシアムというのは、そんなに大規模な施設ではなく、かつ、田園調布から多摩川園にかけては、普段は無人であるわけでもなく、田園コロシアムでスポーツの大会がおこなわれても、あくまで、普段よりもいくらか人は多いかもしれない・・・というくらいであって、コミック版を作った人は、Dの土地として東京圏の人間に思いつく場所として田園調布を持ってきたのだろうけれども(私も、日本の地名でDで始まる地名を考えても、他に京都の「醍醐(だいご)」「出町柳(でまちやなぎ)」、大阪府守口市の「大日(だいにち)町」、大阪市北区の「堂島(どうじま)」、大阪市中央区の「道頓堀(どうとんぼり)」、和歌山県新宮市と奈良県の十津川村の境の「瀞八丁((どろはっちょう)」、三重県志摩市の「大王崎(だいおうざき)」、それに、東京の浜松町と増上寺の間の「大門(だいもん)」、渋谷の「道玄坂(どうげんざか)」くらいしか、とりあえずは思い浮かばない)、田園コロシアムでスポーツの大会があったとしても、そんなに無茶苦茶な人出にはならないと思う。 さらに、田園コロシアムでスポーツの大会がおこなわれた時、犯人にしたてあげられたかわいそうな男は、映画館に入り、その映画館で殺人がおこなわれる・・・ということになっているが、田園調布に映画館なんて、ない。
(5) 原作では場所はイギリスであるので、犯人が犯行時に被害者の脇に『ABC時刻表』を置いていくという話が成り立つが、日本に『ABC時刻表』というものはないにもかかわらず、場所を日本に移し、登場人物も日本人に変更(スウェーデン人の女性はロシア人に変更)してコミック版が出されているが、場所を日本に変更して日本にない『ABC時刻表』を被害者の脇におくというのは話に無理がある。

   次回、14.日本福音ルーテル田園調布教会、事故物件田園調布警察署 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_14.html

  (2018.6.1.)


☆ 田園調布と田園調布の教会
1. 魅力のある街(東京圏)。田園調布はどこまでか。態度の悪い不動産屋にへつらうな。http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_1.html
2. 放射線状道路の扇の要の位置の田園調布駅はおしゃれ http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_2.html
3. 放射線状道路の扇の要の位置の広場。 独特のデザインの田園調布駅 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_3.html
4. 居住環境を考えた田園調布の街並み。居心地のよい宝来公園 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_4.html
5  日本基督教団 田園調布教会(1) 高すぎる樹木、鎧をかぶったみたいな教会堂、倉庫みたいな建物 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_5.html
6.  同 (2) 跳ね返す素材、教会堂は重厚である必要があるか。「セコム、必要ですか」 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_6.html
7.  同 (3) 牧師館がなぜ教会堂の脇にないのか。遮る扉の玄関扉 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_7.html
8.  同 (4) 「ああ、無情」 「太客」vs「どうでもいい来場者」vs「酔っ払い」 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_8.html
9.  同 (5) バザーの際の違和感。 新教会堂ファサードは・・・みたい http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_9.html
10. 同 (6) パイプオルガン・ハンドベルと偶像崇拝・惑溺 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_10.html
11.台(うてな)人体実験と精神医学ファシズム 吉益脩夫 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_11.html
12.今は見当たらない「矢野一郎邸」と「旧人見純一画室」 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_12.html
13.カトリック田園調布教会と聖フランシスコ修道院 〔今回〕
14.日本福音ルーテル田園調布教会、事故物件田園調布警察署 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201806/article_14.html 


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