前年より下の大学を受けさせて「〇予備校から合格」としたがるY予備校は有害-受験生へのエール【1/2】

[第362回]
   高校を卒業する年、大学の入試に落ちたすぐ後は、「落ちた」ということにそれほど実感はありませんでした。むしろ、「落ちたのなら落ちたでしかたがない。むしろ、1年後に合格できるように、努力するしかない」と思っていました・・・・・が、4月の半ばから下旬になると、同じ中学校から高校に行ったような人間で現役で通った者と電車の中とか駅とかで顔を合わせたりすることがあり、別にそいつが悪いわけでもないのですが、現役で通った人間を見ると、「落ちた」ということが実感として感じるようになりました・・が、ここで、思いがちなのが、「現役で通るべきであったのに、浪人してしまった。この埋め合わせとして、次の入試では1番で通ってやる」・・とか・・・、どうも、そういうことを考えがちです。 『あしたのジョー』では、少年院でのボクシング大会で、元ボクサーの力石徹が、矢吹丈を「1分以内でノックアウトする」と宣言しながら、1分以内に倒すことができなかった。その「埋め合わせとして」、「とことん叩きのめしてやる」と言う場面がありますが、そんな感じのことは、あまり、考えん方がよろし。
※ 《YouTube-力石徹のテーマ》https://www.youtube.com/watch?v=CnatmSZC-Dg
  私の経験から言わせていただきますと、本来なら現役で通っているはずなのに浪人してしまった。その「埋め合わせ」として「一番で通ってみせる」とか、あんまり、そういう類のことは思わん方がよろし。 なぜなら・・・。 どこを受けるのかという問題もありますが、そもそも、頭狂大学とか狂徒大学とか、そういう所に行こうとした場合、「1番で通る」て、そんなもん、簡単にそういう成績を取れると思いますか? 取らんでよろし!  むしろ、「野球のホームランというのは、外野のフェンスを越えたらホームラン。場外ホームランを打ったら、外野のフェンスをぎりぎり越えたホームランとかラッキーゾーンにぎりぎり入るホームランの倍の点数が入るわけでもない。大事なのは、外野のフェンスを越えるか越えないか、それだけ! それ以上、遠くへ飛ばしたところで、それがいったいナンボのもんや!」という考え方。 こちらの考え方をした方がよろし。 「棒高跳び」と「ハードル」は、見た感じでは、一見、似ているけれども、大きな違いは、「より高く飛ぶ」ことに意義があるのが「棒高跳び」、引っかからない限り「より速く飛ぶ」ことに意義があるのであって、それ以上、高く飛んでも意味はない・・というのが「ハードル」。入学試験というものは、「棒高跳び」なのか、「ハードル」なのか? 答えは「ハードル」!!! ということは、「より高く飛ぶ」必要はおまへん。「より速く」飛ぶことが大事。即ち、行きたいと思う大学学部の入学試験で、合格最低点より1点でも高い点数を、より高い確率で、「より速く」(浪人した以上は、次回の入試で)取るということが大事。 それ以上、高い点数取っても、意味はおまへんでえ! そんなもん、「合格者最高得点答案」なんて、そんなもん、書いてたまるか!!!・・・・ こう考えた方がいい。  結局、2浪もしてしまって、行きたいと思った大学の試験に合格できず、日本で一番嫌いな大学の首をもがれても行かされたくないと何年も前から思ってきた大学学部に暴力と脅迫で行かされてしまって、そして、私はこの認識を獲得した。 「より高く飛ぶ」必要はまったくない。「より速く」「より高い確率で」「合格最低点よりも1点でも高い点数を」取ることが大事で、入学試験に関しては、それだけ!

   浪人した場合、予備校は行くべきか、「宅浪」の方がいいか。予備校は効果があるか、ないか、害があるか。それは、その予備校にもよると思います。
   業者がおこなう模擬試験では、受験番号と氏名、それに高校生なら在学中の高校名、浪人生なら出身高校と高校3年か「卒業生」(浪人)かを記載する欄があったと思いますが、1970年代から1980年代にかけて大阪府にあったYMCA予備校は、YMCA予備校が実施する模擬試験においては高校名ではなく「YMCA予備校」と書けと言ったのです。それを聞いて、なんだか、経歴にキズがついたような気がしてしまいました。でも、大学を卒業した後、就職する際に、履歴書に予備校の名前なんて書く欄はありませんからね。 又、どんな予備校に行って、予備校の試験でどんなにいい成績をとっても、予備校は「学歴」にはなりませんからね。「高校名」のところに、出身高校の名前ではなく予備校の名前を書けなどという予備校はYMCA予備校だけだったと思います。私は、模擬試験については、駿台・河合宿・代ゼミ・大阪予備校(大阪北予備校)その他の模擬試験を受けましたが、予備校名を書けなんて予備校はYMCA予備校以外はありませんでした。YMCA予備校というのは、「YMCA予備校から◇◇大学に合格」ということにしたいらしかった。だから、予備校名を書かせたかったらしいのです・・が、そんな馬鹿馬鹿しい商業戦略にもならない予備校の小賢しい小細工に、いちいち、精神を錯乱させられるのはあほくさいですから、気にしない方がよろし。

   大学を受験する際に、模擬試験で、どのくらいの成績をとったら、その大学を受けていいと判断できるか。 「受けていいか」なんて言っても、受けるのは当人の自由ですから、誰からであれ、いかんと言われる筋合いはないのですが、ひとがどう言うかではなく、自分自身としてどう考えるべきか、の問題です。行きたいと思う所に行ければ一番いいのですが、合格できそうでない場合にどうするのか。
   まず、多くの人間が誤解しているのは、業者の模擬試験を受けますと、A・B・C・D あるいは、A・B・C・D・E と4段階なり5段階なりの「判定」がついてきます。その点数だと、「A」判定ですよお~と。 模擬試験によっては、「合格可能性 80%以上」とか「合格可能性60%」「合格可能性40%」「合格可能性20%以下」とか、あるいは、「合格圏に突入」「合格の可能性あり」「合格圏にあと一歩」、そして、「人事を尽くして天命を待て」なんてコメントが入っているものもあります。そもそも、「人事を尽くして天命を待て」て、そりぁいったいなんじゃい? て感じです。
   ある程度の進学校には、高校の模擬試験というものがあるのですが、1970年代後半、私が高校生であった頃の北野高校では、業者の模擬試験のように、A・B・C・Dとかいう判定とか「合格圏に突入」だの「人事を尽くして天命を待て」だのというコメントはありませんでしたが、その模擬試験で、前年・前前年にどこを受けた人が通ってそこに進学した・合格したが行かなかった・落ちた、という◎・〇・×が記載された資料をもらえたのです。京大・阪大あたりは受ける人が多かったので、通った人・落ちた人もある程度以上いましたので、その模擬試験で何点くらいとれた人では、通った人が〇人、落ちた人が◇人だったんだな、ということがわかります。但し、模擬試験は常にその試験の難易度は同じではないので、点数だけで見るのではなく、点数と学年順位とを合わせて見た方がいいでしょう。 又、順位も学年順位だけでみるのではなく、学年順位とクラス順位と両方から見た方がいいでしょう。点数は低めでも試験の問題が難し目であれば、学年順位で見ると悪くないということもあるからで、又、学年順位とクラス順位の両方で見た方がいいというのは、学年順位が上がれば、点数は横ばいでも実際には成績は上がったと考えて良さそうにも思えますが、学年順位では順位が上がってもクラス順位では下がったというケース、学年順位では下がったがクラス順位では上がったというケースもあります。ということは、学年順位で上がっても、もしも、その模擬試験の受験者がもっと多かったならば、その高校だけでなく全国の高校生が受験していたなら、全体での順位は下がった可能性だってないとは言えないわけです。前年・前前年の受験生で、通った人と落ちた人の数が同じくらいというあたりが、だいたい、合格最低点のあたりではないか、と考えられます。それに、その時の模擬試験の難易度の違いがあることを加味してある程度の幅を持たせて考えれば、もしも、その模擬試験が模擬試験ではなく本番の試験だとすると、自分がとっている点数だと通りそうか落ちそうか、通るためには後何点くらいアップさせる必要があるか・・といったことを考えることができます。
   業者の模擬試験では、A・B・C・D という「判定」と、それ以外になんらかのコメントがついているケースがけっこうあったのですが、私はあれは無意味・・というのか、「かえって良くない」と思っています。単に、A・B・C・D だけでは愛想がないと思うのかもしれませんが、そこからその「判定」をどう考えるかは本人がするべき作業です。だいたい、「人事を尽くして天命を待て」て、いったい、どうしろってんだよ!
   「合格可能性〇%」て表示ですが、あれは、誤解を受けやすい、誤解しやすい表現なので、特に良くないと私は思っています。 そもそも、Aだと「合格可能性80%以上」でBだと「合格可能性60%」で・・・て、その数字はどこから出てきたのか、きっちりとした論拠はあるのか・・・? というと、ないと思うのです。私自身も、「合格可能性80%」の「判定」をもらった所を落ちたことありますしね。「合格可能性80%以上」なんて「判定」されますと、通ったような気持ちになりませんか? ・・・でも、通ってないんですからね、まだ。「合格」というのは合格発表を見に言って自分の受験番号がそこにあって、なおかつ入学手続きをすませてそれ、「通った」であって本番を受ける前に「通りそう」なんて思っても、そんなものはおのれが勝手に思っているだけですからね。むしろ、そんなこと思っているなら、そんなこと思っているというその点において、「落ちる要素」が1つあると考えた方がいいと私は思います。
  2010年、千葉市中央区の新華ハウジング(有)という零細の工務店〔2013年に正式に倒産〕に勤めていましたが、そこの従業員で、宅地建物取引士の試験を受けると言った者が3人あって、3人とも落ちました。1人目、S井(男。当時、40代前半)は、受けると言っておきながら、試験当日になって、通りそうにないと言い、受けに行くのをやめました。アホやなあ~あ・・・と私は思いましたが、どうせ、言ってもきかないだろうから言いませんでした。ともかく、受験の願書を出したなら、通るか通らないかにかかわらず、受けに行くべきです。受けに行って、出来る限りのことをしてみるべきです。そうすれば、たとえ、落ちたとしても、来年、通るためには、何が不足しているか、向こう1年間の間に何をどうすれば合格ラインに達することができるか、といったことがわかると思うのです。受けに行かなければわからないでしょう。ともかく、受けに行けば、試験会場の雰囲気だけでもわかるじゃないですか。資格試験の場合、時々、試験当日になって、「受けても通らないから」などと言って受けに行くのをやめると言う人を見かけますが、なぜ、そういう発想をするのか私にはわかりません。次に、かじ〇(男。当時、40代前半)は、「今年はユーキャンで勉強したから、絶対に通る」と訊かれもしないのに宣言・・・したからには通るのかと思ったら、試験を受けて帰って来ると、「落ちたあ~あ」と言うので、なんで、この男、落ちるのに「通る」て言うの? と思ったのですが、自分で、受ける前に「通りそう」とか「通ったらいいな」とか思ったのでしょうけれども、受ける前に「今年は絶対に通る」なんて、そんな文句、私なら絶対に言わない!・・・が言うところがアホ・・・というより、そのあたりに、「受験のベテラン」と受験に慣れていない人との差があるのかもしれません。さらに、H矢(男。当時、20代後半)は、試験を受けた後、「通りました」と宣言・・・・した以上は通ったのだろうと思うと、落ちていた・・・て、何、それ? ・・・。3人とも、アホやったわけです。私なら、そんなことは絶対にしません。なぜなら、私なら、どんな試験であれ、受ける前に不必要にひとに「◇◇を受ける」なんて言わないし、受ける前に、「今年は合格できる可能性は十分にある」と思ったとしても、ひとにそんなこと絶対に言わないし、試験を受けた後、「通った可能性が高いように思うのだが」と思っても、それもひとに不必要に言わない。合格発表を見て、資格試験なら登録手続きをすませるまでは言わないし、登録手続きをすませても、言った方がいい相手と言わない方がいい相手、言ってもいいえけれども言う必要がない相手と、相手がどういう性質の人間かも見た上で・・・・、基本的には、言う必要がなければ言わない。そもそも、言う必要がない相手にべらべらしゃべっているという点からして、「落ちる要素」がそこにあるのだ。

   業者が実施する大学受験の模擬試験ですが、私が実際に受けたことがあるものでは、河合塾が実施した「東大オープン」という模擬試験では、A・B・C・D という判定が出された上で、追跡調査をおこない、前年、この模擬試験でA判定を受けた人は〇人で、そのうち、実際に受けた人は◇人で、そのうち、通った人は▽人、落ちた人は☆人でした。それをパーセントで表示すると、合格した人は△%でした。B判定の人は・・・、C判定だった人は・・・、D判定だった人は・・・、ということが提示されていました。かつ、河合塾の入塾案内を見ると、何人かの人の合格者体験記が出ていましたが、それらの人も、A判定の人だけが出ていたわけではなく、◇◇さんはB判定で理科〇類に合格しました、▽▽さんはD判定で文科◇類に合格しました、と書かれ、決して、Aなら絶対に通る、Dなら絶対に落ちるというような書き方はされていなかったのです。実際、A判定の人のグループとD判定の人のグループなら、A判定の人の方が通った人の割合は大きいのですが、それは、A判定なら絶対に通るという意味ではないし、D判定を受けた人で通った人はいないということでもないのです。そのあたり、事実に即した書き方がされていたという点で、私は河合塾と河合塾が実施していた東大オープンという模擬試験は良心的だと思いました。
   それに対して、「全国総合模試」とかそういう名称の模擬試験で、「希望校」の欄にどこかの大学学部の名前を書いて、それに対して、AとかBとかCとかDとか出されて、「合格可能性80%」「合格可能性60%」「合格可能性40%」「合格可能性20%以下」とか書かれても、それは、あくまでも、Aには80、Bには60、Cには40、Dには「20%以下」という数字をあてはめただけのことであって、実際に80%であるのか、60%であるのか・・・というと、きっちりとした論拠なんてないのです。きっちりとした論拠がないにもかかわらず、そういう数字を記載してしまうと、誤解の元なので、それはやめた方がいいと私は思うのですが、単に、A・B・C・D では愛想がないと思うのか、そういった記載をする模擬試験が多かったように思います。
   それ以上におかしいと思ったのが、YMCA予備校の模擬試験でした。YMCA予備校では、A・B・C・D という表記ではなく、「OK」「OK?」「OK??」「OK???」「×」という表記をしていたのですが、OKであるかどうかの基準というのはどこにあるのか不明確です。そもそも、そこを受けてOKであるかないかというのは、それは本人が決めることであって、YMCA予備校が決めることではないのです。 ましてや、特定の大学の問題の模擬試験ではない模擬試験であるYMCAの模擬試験で、OKか「受けてはだめ」(×)かなんて決められる筋合いもなければ、そもそも、決めることなんてできるわけないのです。それを、「OK」だの「OK?」だの「×」だのと言うのは、おこがましいというのか、あつかましいというのか、その思い上がった思想・思考はずいぶんと問題があります。
   一般に、A・B・C・D という判定の場合、Bだと、その模擬試験が模擬試験ではなく本番の試験だとすると合格の可能性が高い、Cだとその模擬試験が模擬試験ではなく本番の試験だとすると不合格の可能性が高い、というもののようです。その模擬試験によっても多少の違いはあるかと思います。A・B・C・D の4段階ではなく A・B・C・D・E の5段階の「判定」の場合だと、Cの真中あたりに合否の境目、合格最低点があるケースもあるでしょう。
  浪人なんてしますと、「浪人した以上は、悠々と通るようでないといけない」とか、考えがちなんですよ。ところが、そう思うと、なかなか、「悠々と通る」ような成績がとれなかったりします。さらに、なじかは知らねど、高校3年生で、浪人の自分よりも高い点数を取るヤツなんてのが何人かでてみたりして、ショックを受けます。自分はそれなりに努力してきたはずなのに、なんで浪人した自分より高い点数をとる高校3年生がいるんだ? ・・・とか思ったりしますが、自分が高校3年の時、浪人した人間何人かよりも模擬試験で高い点数を取ったわけですから、自分が浪人してしまうと、逆の立場になることだってあるわけです・・が、理屈でわかっていても、ショックを受けます・・が、そんなこと考える必要はないのです。余計な事、思わなくてよろし。入学試験はそいつとの勝負じゃないのです。「勝負する相手は合格最低点のみ」という認識は鉄則です。

   「合格可能性〇%」という表記がよくないと思うものとして、この書き方ですと、「合格可能性60%」だと60%の合格、「合格可能性40%」だと40%の合格と勘違いしそうになる点があります。実際は違うのです。「合格可能性」として書かれる数字として「50%」なら合格最低点のラインのはずですが、模擬試験によっては、「予想がはずれて落ちたじゃないか」とか言われるのが嫌なので、少々厳しめの「判定」にしているケースもあるかもしれません。いずれにしても、模擬試験ではなく本番の試験で合格最低点よりも1点でも高い点数を取ったなら、その時には「51%の合格で49%不合格」ではなく「100%合格」ですし、合格最低点より1点でも低い点数を取ったなら、それは「49%合格で51%不合格」ではなく「100%不合格」なのです。大きな問題は、合格最低点を越える点数を本番の試験で取れるかどうか、それであって、それだけなのです。
   但し、そうはいっても、その時の体調により、あるいは得意な問題がでるか苦手な問題がでるかわからないし、たまたま、失敗することがあるかもしれないじゃないか、などと言う人もあると思いますが、だから、いくらか余裕をもって受けたい、と思うのは間違いということはないと思いますが、どのくらい「余裕をもつ」のかというのが問題。落ち着いて考えてみ。東大とか京大とかに行こうと思った時、「天地がひっくり返るようなことがあっても、ずえったいに間違いなく通る点数」なんて、簡単にとれると思うかあ? ・・中には、結果として取る人というのはいるでしょう。1992年に、私が宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)の試験に通った時、結果として、「もし、その試験が本番の試験ではなく模擬試験であったなら、A判定でも上の方のA判定であっただろう」と思える点数をとれました。1995年にインテリアコーディネーターの1次試験(学科試験)に通った時も、「もしも、その試験が本番の試験ではなく模擬試験であったなら、A判定でも上の方のA判定であっただろう」と思える点数を取れました・・・が、それは、あくまでも、「結果として」です。いずれも、受けるまでは「できる限りより高い確率で、合格最低点より1点でも高い点数をとる」という姿勢で学習したのです。その結果として、本番の試験では「けっこう余裕をもって通る点数」を取れたようです。しかし、最初から、「余裕をもって通る点数をとらないといけない」とか「余裕をもって通る点数をとれないのでは受けてはならない」とか、そんなアホなことを思っていたならば、おそらく、落ちたでしょう。
   1970年代の後半、私が大学を受験する際に、その「アホなこと」を言ったヤカラがいた。YMCA予備校の「主事」というなんかようわからん職種の藤井という男(当時、40代後半くらいか?)です。
   高校の教諭になろうとすると、大学で教員養成課程を履修する必要があります。行った大学の学部により、取得できる科目は異なります。文学部英文科とか外国語学部英語学科を卒業しないと英語の教諭の資格をとれないというものではなく、法学部や経済学部でも英語の教諭の資格を取得することはできます。慶應大学の場合、法学部・経済学部・商学部・文学部では、英語・国語・社会科の教諭の資格を取得することはできましたが、慶應の文学部は1年から2年になる際に学科に分かれたのですが、その学科案内を見ていたところ、考古学科というのは「就職状況 良くない」と書かれ、かつ、「高校の歴史の教諭になる場合も、史学科に比べると条件は悪い」と書かれていたのを見ました。だから、考古学科に進む人は、考古学の道で生きていくのならいいが、一般の企業に勤めるには条件は悪いし、高校の日本史・世界史の教諭になろうというケースでも史学科の方が条件はいい、らしい。北野高校の英語の先生で法学部卒で英語の先生をされていた方があったのですが、なれないことはないとしても、英文科や英語学科の方が有利かもしれません。慶應大学の教員養成課程の説明会で聞いた話では、高校の教諭にはドイツ語とかフランス語の教諭の資格があるのですが、ドイツ語やフランス語の教諭の資格を取得しても、高校でドイツ語やフランス語を教えている高校というと、「慶應義塾高校とかそういう変な高校だけですから。ぼくは慶應義塾高校出身だから『変な高校』と言ったっていいんだ」とその説明をされた先生は言われたのですが〔慶應の内部進学の人は「小学校から高校までの勉強は受験勉強だ。害があるんだ」と言うくせに、それでいて、「害がある」という高校教諭の資格を取ろうとする人がいるてのは態度が矛盾しています〕、「変な学校」かどうかはさておき、高校でドイツ語やフランス語をやっている高校というのは少ない。慶應義塾高校から大学に進学する場合は、慶應大学に進学するのならそれほど苦労しなくても進学できるようですが、一般の公立高校・系列の大学がない私立高校から大学に進学する場合には、英語の他にドイツ語、英語の他にフランス語を学習して、片方だけに集中すれば相当いい成績をとれるのに力を2つに分散したがゆえにあまりいい成績を取れずに大学入試に落ちた・・なんてことになるのなら、外国語は英語1科目に絞った方がいいということになると思います。だから、文学部のドイツ文学科とかフランス文学科とかに進んでも教員の資格を取得するなら英語の教諭の資格を取得しておいた方がいいのではないか、といったことを聞きました。慶應大学の商学部には「経済史」「産業史」なんて科目もあり、歴史というものは、下部構造として経済の動きがあって、その基に上部構造として政治や文化の動きがあるのであり、経済史を無視して歴史を語ることはできないはずで、経済と政治は常に影響を及ぼしあいながら移行している・・はずですから、歴史の教諭にも商学部や経済学部で「経済史」「産業史」といった科目を学んできた者がなって悪くないはずです・・が、もしかすると、なれないということはないとしても、歴史の教諭に就職したいと思った場合に、考古学科卒よりも史学科卒の方が有利であるという話と同様に文学部史学科卒の人に比べて有利ではないかもしれません。
   ともかく、高校の教諭になろうとすると、大学で教員養成課程を履修して各科目の教諭の資格を取得しないとなれません。戦前は大学卒の人間の数が少なかったので、教諭の資格を持たなくても大学卒ならなれたらしく、山本有三の『路傍の石』には、次野先生が、なぜか勤めていた商業高校でにらまれて解雇されたが、その際、教諭の資格を持っていなかったのが不利だったという話が出てきます。三浦綾子『道ありき』では、戦中、三浦綾子は高校を卒業した後、小学校の教諭の試験を受けて合格して、17歳から小学校の先生の仕事をしたという話が出ていますが、それは戦前、戦中の話で、今は4年制大学を卒業しても、教諭の資格を取得していないと高校の教員になることはできません。
   それに対し、大学在学中に家庭教師のアルバイトをしたいと思った場合には、家庭教師の口にありつけるかどうかというと、教諭の資格は大学を卒業しないと取得できませんから、大学生は持っていないのですが、教員養成課程を履修しようとしているかどうかではなく、「一流大学」に行っている人で、できれば、地元の人、地元の高校卒の人、見てもらおうという生徒の行っている高校の卒業生か生徒の行っている高校の属する学区の進学校卒の人、できれば、なんらかの知り合い・・というのが家庭教師のアルバイトにありつけやすい条件です。 言っちゃ悪いが、試験会場に行って受験番号と氏名さえ書けば合格できるような「大学」の生徒に誰が家庭教師なんて頼むか? ということです。大学生のアルバイトでも、家庭教師は需要と供給の関係から考えると、供給の側(やりたい人)が多いので、私が慶應大の学生であった頃なんて、ある東大の学生に聞いた話では、東大では学生部に行くと、家庭教師の口はたいていあったそうですが、慶應では、なかなか家庭教師の口には少ない。かつ、「地元の人」という条件の場合が多く、それは、遠方から下宿してきている学生に頼んで、夏休みとか春休みとかに帰られてしまったのでは頼んだ意味がなくなるということと、大学進学については、生徒と同じ高校でなくても、その高校やその地域の高校についてある程度分かっている人の方がいいという理由からです。又、家庭教師をやりたいという学生は男の方が多いのですが、頼む方の生徒は男も女もおり、「女の子を男の人に見てもらうわけにはいかない」とおっしゃる親もありまして、その結果、家庭教師の口には女性の方がありつきやすい。 もっとも、そうやって女子生徒の家庭教師の口にありついた女子大生には「そういう文句は、おのれの娘の顔、見てから言え」とか、男なら言わんようなこと言ったりする女がいたりとかもしますが。
   ともかく。大学生が家庭教師のアルバイトの口にありつけるかどうかは、教諭の資格を持っているか、教員養成課程を履修しているかどうかよりも、「一流大学」に行っているかどうかによるのですが、大学を卒業してから高校の教諭になれるかどうかは、「一流大学」を卒業したかどうかではなく、大学で教員養成課程を履修して教諭の資格を取得したかどうかで決まります。だから、言っちゃなんだが、「ええ、あんな大学に行ったようなヤツが、高校の教諭になんのお~お?」みたいな人も、高校の教諭になっています。「大学で人の値打ちが決まるわけではないのに、そんな言い方はけしからん」とか言う人もあるようですが、しかし、東大に行きたいとか京大に進学したいという生徒を、亜拓大東帝国あたりの大学しか出ていない人に指導ができるでしょうか? 結論として、無理だと思いますよ。人間はどこの大学を出たかだけで値打ちが決まるものではないというのはたしかにそうでしょうけれども、しかし、それなら、自動車学校に行って自動車の運転免許を取得しようという人間が、自動車なんて運転したこともないという人に、自動車の教習を受けたいと思いますか。自動車学校の講師は自動車の運転免許を持っていて、ある程度以上の運転経験のある人になってもらいたいと思いませんか? 柴田孝之が書いていた話によると、なんでも、司法試験の制度が変る前、旧型司法試験の模擬試験の採点というのは誰がやっているかというと、実は、単なる司法試験受験生でしかない人間がやっていた・・らしく、但し、「単なる司法試験受験生でしかない」とはいえ、受験を始めたばかりの受験生ではなく、何年も司法試験浪人を重ねている「実力派」の受験生だそうですが、大学の法学部の助手とか司法試験に合格して間がない若手の弁護士とかが採点しているわけではなく、そのいわゆる「実力派」の受験生が採点していたらしいのですが、それなら、まだわかります。司法試験なんて受けたこともないという人が採点なんてしていないわけです。それに対して、高校の教諭の資格は、「大学」であれば、受験番号と氏名さえ書けば合格できるような大学でも取得できるわけですが、そういう「大学」の卒業生に東大とか京大に進学しようという生徒の「受験指導」なんてできるか? ・・・というと、できないと思いますよ。
   その点、予備校の講師は、高校教諭の資格をもっていなくてもできるはずですから、東大なり京大なりの卒業生、もしくは、東大なり京大なりに行こうとして行けずに慶應・早稲田あたりに行って卒業した生徒で、その地区の高校の卒業生とかで、大学在学中は教諭になるつもりはなかったので教員養成課程は履修しなかったが、卒業後に教諭のような仕事につきたいと思うようになった人とか、大学卒業時になんらかの理由で就職がうまくいかなくて「一流企業」に勤められなかったという人とかいるはずですから、そういう人を講師として雇えば、予備校としてうまくいくのではないか、と私は思います。しかし、YMCA予備校はそうではなく、講師の大部分はアルバイト、京大・阪大の大学院生だったり、京都や大阪の大学の教員だったりする人のアルバイトが大部分で、元高校教諭という人もいましたが、そういう人には、高校教諭だった時代の覇気はなくなってしまったような印象を受ける人もいました。なにより、人間は、やっぱり、本職ではなくアルバイトだと思ってやっている仕事というのは、「その程度の仕事ぶり」になってしまうように思います。YMCA予備校が作成したテキストについて、「答え合わせみたいな授業」しかしない、できない。それ以上に大きな問題として、ともかくも、東大なり京大なり阪大なりを卒業したらしい大学院生や大学教員のアルバイトは、亜拓大東帝国あたり卒らしい「主事」に命令されてアルバイトをしているという点です。
   東大なり京大なりに行きたいと思っている生徒の指導は、東大なり京大なりに通った人間でしかできないかというと、通って行った人間と、行きたいと思って努力したが行けなかった人間とでは、どちらがいいかというと、いちがいに言えないかもしれません。相撲の高砂親方(元 朝潮)が、横綱の朝青龍を指導できないのは親方が元横綱ではなく大関どまりの親方だからではないかと言われたことがありましたが、その際、高砂親方が、本を出して、そこで、それは違うと思うと書いていたらしい(「らしい」というのはスポーツ新聞に書いてあったものを読んだので、その本自体は読んでいないので「らしい」)。横綱にまでなった親方は、多くが「達成した」という気持ちでいるが、大関まではなれたが横綱にはなれなかった親方は、現役の力士を辞めた後も、「なぜ、だめだったんだ」「どうして、横綱になれなかったんだ」と、いつまでもいつまでも、考え続ける、考えるなと言われても考えないではおれない。だから、その気持ちを弟子の指導にぶつけることで成果がでる、というのです。これは大学受験においても、そういうことはあるかもしれない。だから、東大なり京大なりに行きたいと思ってさっさと通った人間と、行けずに慶應か早稲田かどこかに行った人間と、どちらが指導力があるかというと、いちがいには言えないと思います・・・が、東大や京大など最初から受ける予定もなく亜拓大東帝国などの「大学」に行って卒業した、という人が、東大や京大に進学しようという人の指導ができるか? ・・というと、自動車の運転なんてしたことがない人に自動車学校の講師はできないのと同様に、できないと思います。
    YMCA予備校高槻校には、藤井・隅・浜野という3人の男が「主事」という意味のよくわからん職種についていたのですが、私は、彼らは事務職員だと思っていたのです。北野高校にも教員と別に事務職員の方がおられました。教職員と事務職員というのは、役割を分担しているのであって、どちらが上でも下でもないはずですが、病院という所においては医者がえらそうにしているのと同様に、学校という所においては、教職員の方が主みたいなところがあります。高校でも、教職員は京大とか阪大とか東大とか出た人が多かったのですが、事務職員の方は、それよりも評価の低い大学の出身の方だったのではないのかと思います(実際にどうか知りませんけれども)。YMCA予備校でも、その「主事」という名称の事務職員というのは、そういうものだろうと私は思っていたのです。ところが、その亜拓大東帝国かどうか知りませんが、少なくとも、京大や東大なんて出ているわけがないと顔に書いてあるような人が、受験に口出すのです。聖書の文句を引用するなら「盲人の手引き」です。 

   世の中には、「ぼくは、東京大学に現役で悠々と通ったんだぞお」とか言う人というのがいます・・が、私なんかは、そんなこと言う人がいても、「ああ、そうですか」くらいにしか思いません。そういうことを言う人には、3種類の人がいます。
1. 学歴詐称の人。私が大学生であった時に出会った、東大病院(東京大学医学部付属病院)に医者屋として勤務していたF山。彼は私にこう言ったのです。「このぼくは、東京大学の理科三類に現役で悠々と通ったんだぞお。まさか、ぼくが合格最低点ぎりぎり通ったなんて思ってないだろうなあ。この僕は間違いなく天地がひっくり返っても合格の点数で現役で通ったんだぞお。 それに対して、おまえは、浪人しても東大に落ちたんじゃないか。浪人しても東大に合格できずに、慶應にしか行けなかった人間のカスじゃないか、おまえは。それを理解しなさい。このぼくは能力が優秀であるとともに、人格が優れていて、なにより謙虚な人間なんだ。それに対して、おまえは何度も東大を受けても通らなくて、浪人して慶應に行ったようなカスだろうが。自分はクズだ、カスだ。どしようもない、最低のカスだ! と心の底から認識しなさい!」 と、彼はそう私に言ったのです・・が、最初は、F山は東大病院に医者屋として勤めていて、本人が東京大学理科三類に現役で通って東大医学部を卒業したのだと自分で言うので、そう言うからには東京大学理科三類に現役で入って、東大医学部を卒業して、東大病院に医者屋として勤めているのだろうと思ったのですが、話を聞いているうちに、なんか、変だなと思うようになったのです。
   その理由として、
(1) 私が卒業した北野高校からは、京大の医学部や阪大の医学部に進学した人は毎年、何人かありましたが、東大に行く人はあっても、東大の理科三類(医学部医学科に進学するコース)に行く人はあまりなかったのですが、東大に行った人はあり、「友達の友達は皆友達だ」というのでしょうか、正真正銘、東大の理科三類の学生とも会ったことはあったのです・・・が、そういう人とF山は印象が違ったのです。
(2) 私は、結局、2浪しても東大の試験に合格できなかったのですが、その過程で学んだもの、「おのれの骨と肉のきしみて身につけた」「汗と涙と引き換えで身につけた」認識として、「大学入試・資格試験の入試というのは、大事なのは合格最低点を越える点数をとれるかどうか、それだけである。それ以上、高い点数を取れるかどうかなんてことは、どうでもいいことだ」という認識を身につけたのです。 巨人の監督に2度なって、7年のうち4度優勝した藤田元司が、1989年、2度目に巨人の監督になった時、読売新聞のスポーツ欄のインタビューで、「ボロ勝ち、せり負けは弱いチームのやること」と述べていたのを見ました。野球は相手よりも1点でも多い点数をとったら勝ちなんです。「ボロ勝ち」する必要はないのです。1973年、前後期制を実施して、前期優勝チームと後期優勝チームがプレーオフをおこない、先に3つ勝った方が年間優勝という制度になった年、その頃、パリーグでは圧倒的に強かった後期優勝の阪急を、3勝2敗で破って勝った前期優勝の南海の監督だった野村が、後に書いていたのは、「後期は、阪急に(プレーオフで)3つ勝つことができれば、極端な話、他は全敗したっていい」と。実際、前期は優勝しても、後期は阪急に0勝12敗1分けだった南海が、プレーオフでは3勝2敗で勝ったのですから。後期は1つも阪急に勝ってないじゃないかなどと言っても、ルールにのっとり、南海の優勝です。山田久志『勝負強さの育て方』(PHP文庫)によると、1970年、日本シリーズでは圧倒的に強かった巨人に対戦した阪急の山田は、1勝1敗で迎えた第3戦に先発して好投。1‐0 で迎えた 9回裏、打者 王に対して、「王がなんじゃい」という気持ちで、内角低めぎりぎりに投げたストレート、山田としては会心の球を投げ、「これで、ゲームセットじゃ!」と思ったまさにその瞬間、王はその球を見事にとらえて逆転サヨナラスリーランとなった。山田は、どこが悪かったのかと考えて考えてしたが、ここで勝負じゃとか思ったから、内角低めぎりぎりのストライクを投げたが、そうではなく内角低めぎりぎりのボールを投げれば王といえども打てなかったのではないか、それより、それより前に他の打者にヒットを打たれたので王に打順がまわったのであり、最終回、王に打順がまわらないように前の打者を打ち取ればよかった、なによりも、「野球はともかく勝てばええんや」という考え方からいけば、「あの場面、セリーグ最強打者の王と勝負する必要はなかった」と。「ともかく、勝てばええんや」と。・・・「野球のたとえ」をするようになるとおっさん! という説もあるけれども、ともかく、こういった考え方からいくと、「このぼくは東京大学の理科三類に現役で悠々と通ったんだぞお。ぎりぎり通ったんじゃないんだぞお」などという発言・認識は「勝負弱さ」を示していることでしかない。大学入試は「ともかく、通ればええんや」という認識、「合格最低点より1点でも高い点数をとれば合格」という認識こそ、「勝負強さ」であり、「悠々と通った」だのなんだの言われても、だから、何やねん! てことになる。
(3) そして、F山は私より少し年上であったのですが、彼が高校を卒業した頃も私が高校を卒業した頃も、京大・阪大・神戸大は合格・不合格にかかわらず、卒業した高校に入試での点数を通知してくれたので、合格発表の会場では自分の受験番号があるかないかしかわらりませんが、高校の3年の担任の先生に訊けば、試験で何点だったか教えてもらえたので、通った場合、ぎりぎり通ったのか、相当余裕のある点数をとれたのか、落ちた場合もぎりぎり落ちたのか、そうではなかったのかというのがわかるのですが、東大は高校に点数を通知しなかったので、通っても落ちても自分が何点で通ったのか落ちたのかというのはわからなかったのです。何点だったか大学が教えてくれない以上、通った人間が「このぼくはぎりぎり通ったんじゃないんだぞお。このぼくは悠々と、間違いなく通る成績で通ったんだぞお」などと叫びまくったところで、そんなもの、当人が勝手に思っているだけ! でしかないのです。変なこと言うなあと思ったのです。
(4)  そして、東大病院に医者屋として勤めておれば、「このぼくは東京大学の理科三類に現役で通って東大医学部を卒業した優秀な人間なんだぞお。浪人しても東大の文科三類にすらも合格できない、慶應にしか行けないような人間のカスのおまえとは違うんだぞお」と言えば、ひとはそう信じるだろう、彼の学歴がどうかなんて誰も言わないだろう・・とF山は思ったようですが、ところが、そうでもないのです。言う人はいるのです。「F山先生は東大病院に勤めてられましたけれども、東大医学部の出身じゃないですよ。F山先生の卒業されたのは東京大学医学部ではなくて、帝京大学医学部ですよ」と。
   なるほどなあ~あ、と思いました。私立金権裏口医学部卒のヤツの言いそうなことだった! さらに、F山は「ぼくは、大学生の頃、貧乏だったから」などと言ったこともあったのですが、私立金権裏口医学部みたいなもんに行ったようなヤカラが、な~にが「ぼくは大学生の頃、貧乏だった」じゃ。「黙って聞いてりぁ、いい気になりやがって、やいやいやい!」と遠山金四郎のように言ってやりたいくらい。
   ・・・このF山みたいなケース。 「このぼくは東京大学の理科三類に現役で悠々と余裕をもって間違いなく通る成績で通ったんだぞお」などと叫びまくるヤツというのには、学歴詐称の人間というのが、います。世の中、学歴詐称の人間というのは、ゴマンといます。(「早稲田の政経」てのは学歴詐称の定番で、建築業界では「早稲田の建築」が学歴詐称の定番。)
2.  東大に何人も合格する高校から東大に現役で通った人、京大に何人も合格する高校から現役で京大に通った人で、その人に工夫があったのではなく、高校にこのやり方でやれば東大に通る、このやり方でやれば京大に通るというカリキュラムがあり、かつ、親が東大なり京大なりを卒業した親、もしくは、東大なり京大なりに行きたいと思ったが行けなかったという親で、家庭に大学受験に理解がある家庭の人には、私がここで述べているようなことなんかを自分自身で考えるより前に通ってしまった、という人がいると思います。そういう人は、さっさと通った、というのはいいと思いますが、合格最低点より少し下から少し上まで上げるにはどうしたらいいかとか、そういったことを真剣に自分で考えるということを、それほどしないうちに通ってしまった、という人なので、通ったこと自体はよくても、このあたりについて、かえってよくわかっていないという場合があります。
3.  本当に、スーパーマンみたいな頭脳の持ち主で、何も考えなくても通ってしまう人・・というのが、いるのかどうか私は知りませんが、もしもいたなら、そういう人というのが、この3番目のタイプです。別名「長嶋みたいなやつ」。野村克也という人は、ヤクルトの監督やっていた時、「長嶋のおかげで優勝できた。長嶋さまさまや。 長嶋はほんまにええやっちゃ。わしぁ、長嶋大好きや」とか言いまくっていたのですが、よっぽど、長嶋が好きみたいで、今でも、いっぱい、本 書いて、長嶋・ながしま・ナガシマと言いまくっていますが、監督としての長嶋については評価は低いけれども、選手としての長嶋については評価が低いわけではないらしいのですが、「天才型」の選手は「本当の天才は3人しか知らない」と言い、長嶋とイチローと南海ホークスの同僚だった広瀬らしい・・・が、その「本当の天才」もしくは「長嶋みたいなやつ」というのが、何点とろうが、そんなもの、知ったことか!

    北野高校の3年の時の担任だったO(男。当時、40代)が、「私らは、普通、模擬試験で、通った人5人・落ちた人5人というくらいの成績をとれれば、受けていいのじゃないかと言うのですが」と進路面談の時に私と父とに話したのです。もっとも、そう考えていても、「通った人5人・落ちた人5人」という成績、「その模擬試験が模擬試験ではなく本番の試験だったとすると合格最低点付近」と思われる点数を模擬試験でとれなかったとしても、簡単にあきらめられるてものでもないのですが。
    YMCA予備校高槻校の「主事」というよくわからん職種の藤井という男に、私は4月だったかに言ったのです。「高校の先生は、『普通、通った人5人・落ちた人5人というくらいの成績なら、受けていいのじゃないかと言う』と言われたのですが、YMCA予備校では、受けていいとかよくないとかいうのは、どのくらいのもののことを言っているのですか」と。そうすると、YMCA予備校高槻校の「主事」という藤井は「そんなもの、浪人した以上は、通った人5人・落ちた人5人なんてそんな成績では絶対に受けてはいかん。浪人したからには、最低でも通った人8人・落ちた人2人というくらいの成績でなかったら、受けてはいかん」とそう言ったのです。 それを聞いて、父は「専門家の言うこと、専門家の言うこと。せ~んもお~んくわぁ~あ!」などと言い、母は「あの人はクリスチャンだから、絶対に悪い人じゃない。あの人はクリスチャンはクリスチャンでもYMCAで主事をやっているくらいだから、並みのクリスチャンではない。相当えらいクリスチャンのはずだ。だから、あの人の言うことは絶対に間違っていない」などと「信仰」したのです・・・が、違うと思いますよ。
    先にも述べたように、東大とか京大とかに進学しようという場合に、「通った人8人・落ちた人2人」なんて、そんな成績、簡単にとれると思いますか? 「野球のたとえ」をするとおっさん かもしれませんが、その「野球のたとえ」で言えば、まるで、「10対1で勝つのでなかったら、勝ってはいかん」とでも言ってるようなものでしょうが。そんなこと言ってたら、通る人間なくなりますよ。通るものも通らなくなります。
   むしろ、「ボロ勝ち、せり負けは弱い者のやること」、 「後期は阪急に3つ勝つことができれば、極端な話、他は全敗したっていい」、「野球はともかく勝てばええんや。あえて、セリーグ最強打者の王と勝負する必要はない」という考え方・姿勢でやった方が、その分だけ、通る要素が大きくなると思いますよ。
   普通に考えれば、入学試験でも資格試験でも、合格最低点を上回る点数をとれるかどうかが大事であって、満点なんてとらなくていい。満点でなくても合格者最高得点なんてとらなくても合格できる。
   YMCA予備校高槻校の「主事」の藤井は受験生に不正確な情報を吹き込むけしからんヤツだったと思います。YMCA予備校はそんなことを言って、高校卒業時に京大を受けた者を阪大に行かせ、阪大を受けた者を神戸大か大阪市大か滋賀大に行かせて「YMCAから合格」と言えばYMCA予備校の評価が上がると考えたようですが、受験生にとってはそれでは浪人した意味がありませんし、受験生にとってはそんな予備校は行く価値はありません・・・から、つぶれた。

  私が浪人して学んだ認識はもう一つ。YMCA予備校の「主事」の藤井という男は、人間の好き嫌いのある男で、「◇◇はしっかりしている。ぼくらはあくまで、受験という点で言うのだけれどもな」とか言うのだったが、そんなこと言われると、そのしょーもない男みたいな性格にならないと通らないみたいだが、それは違う。「野球のたとえ」ばかりだとおっさんになるので、他のスポーツのたとえも述べよう。どこかのサッカーの監督が言ったという言葉。
  「強い者が勝つのではない。勝った者が強いのだ」と。
  おまえみたいな性格の人間は落ちるぞ、と呪いの言葉を浴びせられたからには、それならぜひとも通ってやろうではないか。私ならそう考える。

   受験生に贈るエール。次回http://tetsukenrumba.at.webry.info/201805/article_2.html 、浪人して学んだ「人間」。

  (2018.5.3.)

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