東京駅丸の内駅舎と東京ステーションギャラリーと「くまのもの」展【2/6】―駅舎内部、煉瓦、内部の意匠

[第358回] 東京圏の美術館・博物館(14)‐2
   JR「東京」駅の「丸の内北口」改札を出た所の「丸の内北口ドーム」↓の1階の北側に「東京ステーションギャラリー」への入口があります。
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( ↑ 東京駅 丸の内駅舎 「丸の内北口ドーム」 内部。 「東京ステーションギャラリー」2階から見たもの。)
  「丸の内北口ドーム」は、言うまでもなく、前回も写真を公開した↓の部分の内部です。
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   「東京ステーションギャラリー」の中では、東京駅 丸の内駅舎の竣工時からのものを見ることができますが、すべてが竣工時のものそのままというわけではなく、現在、美術館として使用できるように、現在、利用しやすいように作られた部分とまざっています。
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↑ 鉄骨の梁が見えます。東京駅 丸の内駅舎は鉄骨造と煉瓦造をミックスした「鉄骨煉瓦造」だったようですから、これは、竣工時からのものということでしょうか。 部分的に鉄骨を切断しているように見えます。内部の間取りを、今現在、使用するのに適したように改変するために、切断したのでしょうか。
   鉄骨が見えるのは、鉄骨造と煉瓦造をミックスした「鉄骨煉瓦造」だったからというのはわかるのですが、↑の写真を見ると、木も見えます。 見えますでしょ。 あれは、何だろう? 東京駅 丸の内駅舎というのは、「鉄骨造+煉瓦造」ではなく、「鉄骨+木骨+煉瓦造」だったのでしょうか。 ↑の写真で見える木は、「仮に入れた」ようには見えませんし、ましてや、東京ステーションギャラリー改装の際にわざわざ後から入れたとは思えません。
  ↓ のように、間違いなく、木骨が煉瓦の間に入っています。
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やはり、富岡製糸場は「木骨煉瓦造」(木造+煉瓦造)であったのに対し、東京駅 丸の内駅舎は「(鉄骨+木骨)煉瓦造」(鉄骨造+木造+煉瓦造)だったのでしょうか。 煉瓦の間に挟まった木は、明治以来、腐ることなく保たれてきたということか・・・・などと言うと、それを言うのなら、煉瓦の間に挟まった鉄骨は、明治以来、錆びることなく保たれてきたということか・・・ということになりますが、↑の写真など見ると、まったく錆びていないわけではなく、錆びは見えますが、完全に錆びて崩壊するような状態にはならず、今も構造材として生きているようです。
   木は焦げたような黒っぽい色が見えます。ホームセンターなどに「焼杉」という杉材の表面を焦がした材が販売されていますが、そのような処理をした木を使うことで腐らないようにしたものなのでしょうか。
※《ウィキペディア―焼杉》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%BC%E6%9D%89
 《建材ダイジェスト―あえて炭化させて耐久性を増し、塗装にはない黒さを醸す「焼杉板(特一等材)」》https://kenzai-digest.com/grilled-cedar/

   竣工時、戦後復興時に使用されていた部材が、2階のホール周囲の回廊に展示されています。↓
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↑ (後ろ) 「3階 回廊ブラケット」(月の満ち欠け)
   [左]下弦の月、[左から2番目]望月、[右から2番目]十三夜、[右]三日月
≪ 1914(大正3)年頃(創建時)。
 創建時、駅舎南北の3階回廊の支えとして、鉄製三角形のブラケット(持ち送り)がつけられていました。そのデザインは文献によって、満月から新月へと月の満ち欠けを表すように、鉄板の真ん中をくりぬいていたということがわかっていましたが、戦災復興工事で撤去されたため、具体的なデザインは不明でした。 保存・復興工事によって、南ドーム部の下屋根解体中に、鉄骨架構の一部として転用されていたブラケット10体が発見され、新月以外のデザインが明らかになりました。 現在は復原されたブラケットが、北面の新月から時計回りに北東面=三日月、東面=上弦の月、南東面=十三夜、南面=望月、南西面=立待月(たちまちづき)、西面=下弦の月、北西面=二十六夜(三日月の反転)と配置されています。≫(現地の説明書き)
↑ (手前) 「旧7号階段ブラケット」 
≪ 1914(大正3)年頃(創建時)
   駅舎最南端の南ウイング3階旧第7号階段部分から、創建時のものと思われる階段ブラケット(持ち送り)と手すりが発見されました。 戦前になんらかの理由で上からモルタルが塗られたため、空襲後も焼け残ったと考えられます。 アール・ヌーヴォー風の曲線的な装飾がほどこされた、駅舎創建当時の建築部材のデザインを伝える貴重な実物資料です。 ≫(現地での説明書き)
※ brachet (名詞)持ち送り、腕木、腕金、張り出し棚受け《L字型アーム》 (『現代英和辞典』研究社)

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↑ 「パルツァーの中央停車場プラン」   
   辰野金吾の設計による東京駅 丸の内駅舎は、中央に皇室専用出入口が設けられて、それを南北にはさんで、南側に一般用入口、現在、「東京ステーションギャラリー」がある北側に一般用出口が設けられ、動線が錯綜するという点では良いと言えない、という評価を受けるらしいのですが、中央に皇室専用出入口、南に一般用入口、北に一般用出口という配置は、バルツァーが考案したものを踏襲したもので、辰野金吾が最初から考えたものではないらしい。 今は、北口は一般用の「出口」ではなく出入口で、南口も一般用の「入口」ではなく出入口。中央に丸の内中央口が設けられているけれども、「皇室専用出入口」からプロレタリアートが出入りできるわけではなく、「皇室専用出入口」の脇に「丸の内中央口」が造られているようです。 八重洲側には今は「八重洲北口」「八重洲中央口」「八重洲南口」があります。
※ 《東京駅構内周辺案内》http://www.tokyoinfo.com/wp-content/uploads/2017/12/A3_MAP_A_jpn-1F.pdf
   で、バルツァーて、誰やねん? ・・・というと、
≪ Franz Baltzer(1857-1927)
ドイツ人鉄道技士。プロシア国有鉄道にてベルリン市街高架鉄道の建設に従事。 政府の招聘で1898(明治31)年に来日した。 逓信省技術顧問となり、東京市街高架鉄道の設計・施工の指導にあたる。 帰国後は日本建築に関する著作を発表した。≫( 現地での説明書き ) という人らしい。
≪ 市区改正計画によって建設が計画された高架線について、政府はベルリンの市街高架鉄道を完成させたドイツに技術指導をあおぎます。そこでベルリンでの建設に従事したヘルマン・ルムシュッテルが基本案を提案し、彼の帰国後はフランツ・バルツァーを技術顧問として招聘します。バルツァーは高架線の建設に加えて、中央停車場の建設計画も担当しました。
  バルツァーのプランでは、高架線西側(元・丸の内側)の駅前広場に面して、機能ごとに4棟の建物が配置されています。南側に改札所(入口)、北側に集札所(出口)が置かれ、駅舎として、建物全体を和風建築の意匠でデザインします。 しかし、このプランは西欧列強に肩を並べようとする風潮に満ちた当時の日本にあって、鉄道関係者には受け入れがたく、1903(明治36)年にバルツァーが任期を終えて帰国すると、駅舎の設計は日本建築界の第一人者・辰野金吾に託されることとなります。
  バルツァーの駅舎案はデザインこそ採用されませんでしたが、施設や構内配置はそのまま辰野によって踏襲されており、東京駅の建設でバルツァーが果たした役割は大きいといえます。≫(現地の説明書き)

   戦中の空襲で破損した東京駅を、戦後、とりあえず、使用できるように復興した際に使われた部材も展示されています。↓
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↑ 「駅舎の戦災復興工事で作られた屋根を支える骨組みの一部」
≪ 駅舎の戦災復興工事で作られた屋根を支える骨組みの一部です。 第2次世界大戦中は、木材の入手が困難だったため、多くの軍事施設が「新興木構造」という、ドイツで生まれた構法で建設されました。 この構法は短い木材を金具(チベル鋲やボルト)で接合することで、大きなスパンの小屋組みを作り上げることができます。 駅舎の戦災復興工事でも用いられ、木材を接合する金具には日本で考案されたチベル鋲が使われています。終戦直後の状況を伝える貴重な資料です。≫(現地の説明書き)
  太くて長いムク材を得にくい場合に、木を貼り合わせて集成材を作って使用するようなもの? もしくは、LVL(ラミネイティッド べニア ランバー)みたいなもの?  それとも、鉄骨梁に、単一梁・プレート梁・構成梁がありますが、プレート梁か構成梁みたいなもの? 山口廣 監修・江口敏彦 著『東京の近代建築―建築構造入門』(1990.11.25.理工学社)には、≪構成梁には、トラス梁やラチス梁、帯板梁などがあります。応力の大きい梁にはトラス梁を用います。トラス梁は、山形鋼を背中合わせにしてつくった二つのフランジを、山形鋼ではなく、平鋼や丸鋼としたラチス梁を用います。また、帯板梁は、ウェブの部分は斜めではなく、何枚もの鋼板、つまり帯板で垂直につないだものです。これは、ウェブ板にすき間をもち、またラチス梁のようにウェブ部が三角形を構成していないため、せん断力を受けると変形しやすく、後述の鉄骨鉄筋コンクリート、すなわち鉄骨の表面を鉄筋とコンクリートで覆う場合以外は用いません。構成梁はこのように鋼板と形鋼で梁を組み立て、ウェブの部分を一枚のプレートではなく、垂直材や斜め材にするのです。こうすることにより梁の軽量化をはかることができます。≫と出ています。 鉄骨造では、柱も点対象な断面形状を持つように組み合わされた「組み立て柱」が使われることがあるようです。 ↑のものは、木による「構成梁」か「組み立て柱」のようなものと考えられるでしょうか。 集成材を接着剤ではなくボルトで接合して作ったようなもの、と考えるべきでしょうか。

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↑ 「南北ドームの装飾レリーフ」
≪ 南北ドームの装飾レリーフ。 干支 復原用石膏原型。
(上段左から 丑、寅、辰、巳
 下段左から 未、申、犬、亥 )
2007‐2012(平成19‐24)年(復原時)
   創建時、南北ドームの天井には、ドームの方位にしたがって十二支中の八支の石膏彫刻が、ホールを見下ろすように取り付けられていました。 これらの干支レリーフは、大2次世界大戦中の空襲によって焼失したため、今回の保存・復原工事では、古写真と文献をもとに試作が重ねられ復原されました。 レリーフの復元デザインにあたっては、東京芸術大学美術学部彫刻科の深井隆教授が美術監修を務めました。≫
(現地の説明書き。)
   方位を十二支で表す方法には、東西南北と北東・南東・南西・北西の8方位を3つに分けた24方位を、十二支とその間を用い、北東15度を「うしとら」、南東15度を「たつみ」、南西15度を「ひつじさる」、北西15度を「いぬい」と言う。 北東15度の鬼門、南西15度の裏鬼門は、それぞれ、「うしとら」、「ひつじさる」になる。 東京都江東区の埋立地でできた地に「辰巳」という地名があるが、あれは、東京の中心部から見て何棟の方角だから「辰巳」ということだろうか?

( ↑「旗」マークは、「辰巳」交差点、「辰巳」ジャンクション。 その北西に東京メトロ有楽町線「辰巳」駅。)
  《Weblio 辞書―干支 時刻と方角》https://www.weblio.jp/wkpja/content/%E5%B9%B2%E6%94%AF_%E6%99%82%E5%88%BB%E3%81%A8%E6%96%B9%E8%A7%92 を見ると、方位を十二支で表す方法には、12に分けて、北30度を子、東30度を卯(う)、南30度を午(うま)、西30度を酉(とり)とし、その間を30度ずつ分けて干支を当てる方法があるように出ている。東京駅の方位を表す十二支のうちの8支は、東西南北以外の8つの方角があったということのようだ。高島易断の暦の本など見ると、たいてい、24に分けたものが載っている。
   一般に、鬼門は、真北ではなく磁北を基に北東方向15度を言い、トイレの便器と浄化槽、玄関や勝手口のドアの部分がかからないようにした方が良いとされ、浴槽やキッチンの水槽もかからない方が良いがどうしてもかかる場合には水を継続的に貯めないようにした方が良いと言われる。 住宅屋をやっていると、家相を尊重したい人というのは悪いとは思わないが、鬼門方位を15度ではなく45度もとって、そこにトイレ・浴室・洗面所・キッチン・玄関などをすべて入らないようにしてくれとか言う人と出あうことがあるが、そこまで言われたら、家は建ちまへん。「いったい、どうしたらいいの?」と言われたことがあるが、その文句はこちらが言いたい。「いったい、どうしたらいいの?」て。 そんなもん、北東・南西に45度ずつも取られて、そこに、玄関ホールも玄関ポーチも洗面所も浴室もキッチンもダイニングもわずかでもかかってはいかんなんてそこまで言われたのでは、どうも、できまへ~ん。住宅建築屋の営業は魔術師やおまへん。 「鬼門・裏鬼門は、磁北を基にして15度ずつ」かつ、「トイレ全域ではなく便器と浄化槽」、「玄関ホールや玄関ポーチまで含めて玄関全域ではなく玄関扉の部分」、「キッチンでは、水槽の部分とコンロの部分で、どうしてもという場合は、水槽については、できるだけ、水を貯めっぱなしにしないようにして、清潔に保てば可」とされる・・・という考え方でいけば、「家相を尊重して建てる」ということはできる。 北東・南東に45度ずつも取られてたまるかいな! 鬼門・裏鬼門以外にも家相には、他にも、中心に階段は来ない方が良いとか、いろいろあるし。
   「家の中心に階段は来ない方が良い」(←「中心が空洞になっている家は凶」)というのは割と実現しやすい。階段というのは実質吹き抜けであり、構造の上で弱点になる。だから、その理由では階段は、できれば、家の四隅ではない位置の方がよい。さらにできれば、いくらか中ほどに入った位置の方が良いとされる(そうなると、今度は階段部分に採光を採りにくくなるので階段部分の採光をどうするか考える必要がある)。この点で、家相上の要請と構造上の要請とは逆になる。住宅建築業のプロが設計する以上、こういったことを考えて設計するもののはずだが、欠陥住宅大好きのフリーダムアーキテクツデザイン(株)〔本社:東京都中央区。社内公用語は大阪弁〕https://www.freedom.co.jp/ の家は、こういった構造をまったく考えずに設計しているので、入居1年目あたりに見に行くと、壁や天井のクロスは割れ放題。フリーダムアーキテクツデザイン(株)のアフター課の山本大輔(男。当時、20代前半)は「入居1年目は、クロスの割れは出るものですから」などと言っていたが、ウソです。普通に見ればわかるはずです。 「竣工直後には、クロスの割れはどうしてもいくらかは出る」というのと「構造に無理があるから、無理がある所にクロスの割れが出ている」のとは意味は同じではない。「外壁をモルタル塗りとした場合、モルタルは多かれ少なかれ、クラックは出るもの」というのと「構造に無理があるから、無理がある部分でモルタルが割れている」のは同じではない。住宅の設計はこういったことを考えて設計するもので、こういったことを考えて設計するのがプロの設計であり、考えずに設計するのがプロではない。フリーダムアーキテクツデザイン(株)は「世界でただ一つの家」などと言っているが、「誰もが考えつかないような独創的で構造も使い勝手もデザインも優れたいもの」というのはそう簡単ではないはずで、フリーダムアーキテクツデザイン(株)の自称「設計士(さま)」がやっているのは、「これまで、そういうことをすると問題が出るからやらない方がいいぞということで多くの建設業者が避けてきたものを、『こういうことはやらない方がいいぞ』という知識・理論の集積を無視して、な~んもわからんとやっとるだけ」というものが多い。フリーダムアーキテクツデザイン(株)が設計した家では、構造に無理がある所に集中してクロスの割れは出ていたはずである。そのくらい、わからんのか! と思ったが、山本はわかって言っていたのか、わからずに言っていたのか。わからずにでまかせ言っていた可能性が高い。 構造を考えれば、吹き抜けを設けるなら、四隅でない場所の方が良く、できればいくらか内側に入った位置の方が良い。同様に、階段は、できるだけ、四隅の位置でない方が良い。できるなら、外壁に接した位置ではなく、いくらかなりとも内側に入った位置の方が良い。しかし、他方において、家相においては、家の中心に階段を持って来ると、「中心のない家、中心が空洞になった家は凶」ということになってしまう・・・・のだが、何も、家のど真ん中に階段を持って来る必要はないし、ど真ん中に階段を持ってきた家が使いやすいかというとそうではないはずである。むしろ、ど真ん中に階段がある家というのは使いにくい場合が多いと思う。だから、「ど真ん中に階段は来ないように」というのは、割と実現させやすい。 普通、住宅の設計というものは、こういったことを考えてやるものだと思うし、考えて設計した家というのは、家相の個々の理屈で見て完全に満たしていないものが部分的にあっても、全体としては「吉相の家」となると思うのだが、フリーダムアーキテクツデザインの自称「設計士(さま)」というのは、しょーもない私立大学の建築学科を出たばかりだったり建築の専門学校出ただけだったりする実質しろうとの若造を「設計士(さま)」とか「なんとかアーキテクト」とか呼んで「先生」扱いして(一級建築士の資格を取得した者には、必要もないのに矢鱈めったら「いっきゅうけんちくしい~い」と言いたがるアホが多いが、フリーダムアーキテクツデザイン(株)の「設計兼営業」担当が「いっきゅうけんちくしい~い」と言わずに「設計士(さま)」とか「なんとかアーキテクト」とか言うのはなぜかと言うと、通らんからだ。その「いっきゅうけんちくしい~い」というあほくさい資格の試験に)。アホの若造を「設計士(さま)」扱いしたり「先生」扱いしたりなんて、そんなことしていいことないぞと思うのだが、そういうことをすると、「先生」扱いされたしろうとが設計するものというのはどんなものかというと・・・→フリーダムアーキテクツデザイン(株)の家のようなものになる。見れば、たちどころにわかる。お施主さんが喜んでいるのなら言うこともないと思って言わずにいたが、それにしても「ひっでえ~え!」と思った家が、フリーダムアーキテクツデザイン(株)https://www.freedom.co.jp/にはあまりにも多い。


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↑ 「南北ドームの装飾レリーフ ロゼット」
≪ 南北ドームの装飾レリーフ ロゼット ≫と現地の説明書きに書かれている・・・・が、「ロゼット」とは何ぞや?
   《ウィキペディア―ロゼット》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%BC%E3%83%83%E3%83%88 によると、≪ ロゼット(英: rosette)は、地表に葉を平らに並べた植物の状態を現す言葉である。 ・・・・元来はバラの花から由来する言葉で、八重咲きのバラの花びらのような配列を現す言葉である。したがって、やや細長くて多少とも平らな構造や器官が一か所に集まり、放射状や螺旋状に配列するもののことをロゼット、あるいはロゼット状と表現する。 ≫ ということらしい。
 (2018.3.23.)

  次回、3. 行きたい学部、大学院に行けた人間と行かせてもらえなかった者 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201803/article_4.html

☆ 東京駅 丸の内駅舎(辰野金吾 設計)と東京ステーションギャラリーと「くまのもの―隈研吾とささやく物質、語る物質」展
☆ 東京駅 丸の内駅舎 と 東京ステーションギャラリー と 「くまのもの」展
1.丸の内駅舎 外まわり http://tetsukenrumba.at.webry.info/201803/article_2.html
2.丸の内駅舎 内部 〔今回〕
3. 行きたい学部、大学院に行けた人間と行かせてもらえなかった者 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201803/article_4.html
4.日本国民として、右翼結社を支援する「建築家」を支持するわけにはいかない http://tetsukenrumba.at.webry.info/201803/article_5.html
5.隈研吾、素材からの発展。隈研吾はヒゲはやしてない。http://tetsukenrumba.at.webry.info/201803/article_6.html
6.新「丸ビル」と新「新丸ビル」、役立つ営業とだます営業。http://tetsukenrumba.at.webry.info/201803/article_7.html


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