あけおめ。穴八幡宮参拝【3/3】家賃滞納を家主はどう対処? 混雑時に高齢者の急階段の神社の参拝は危険

[第339回] 穴八幡宮参拝【3/3】
    進学先やその後の進路について、親子で考えが合わないという時に、話し合って妥協点を見つけるという親子・家庭もあります。かつての私も相当の努力をしましたし、譲歩できる限度を超えての譲歩もしましたが、それは徒労に終わりました。 まず、父の手法として、「そんなもん、自分の主張ばっかりしてはいかん」と言って私の側に譲歩させようとするのですが、私が「10」と考えているものを、父の側が「-10」と主張したとして、それならしかたがないと「8」くらいに耐えがたきを耐え忍び難きを忍びして譲歩したとします。私は父の問題について主張しているのではなく私の問題について主張しているのですし、母が私に言った「親というものは、子供が大学に行く時に、行きたいと思う所に行って就きたい仕事についてやりたいことをできるようにと思って、それで、無理矢理にでも勉強させようとするものなんや」というヨタ話を本気にしてしまって、そのつもりで努力してきたのですから、「10」を「8」に譲歩させられる筋合いはないはずでしたが、それでも、「8」まで譲歩したわけです。ところが、それでは父とその「友達」は気に入らないのです。もう、どうでもいいわというくらいの投げやりな気持ちで、「0」まで譲歩したとします。「10」と「-10」の真中は「0」ですから、ちょうど真ん中です。ところが、そこまで持っていくと、今度は「そんなもん、自分の主張ばっかりしてはいかんだろうが」と言って、「0」と「-10」の真中にさせようとし、もし、「-5」まで譲歩しようものなら、次は「-5」と「-10」の真中まで譲歩させようとして、結局、最後は「-10」にさせられるのです。そうやって、私が努力して築いてきたものをすべて奪い取るのです。汚い男です。 そもそも、考え方に違いがあるのなら、お互いの意見を述べて、調和できる所を探すということもできるでしょうけれども、そうではなく、お互いの考えが調和できるところを見つけようと涙ぐましい努力を続けた私と「世の中には、自分ではやらずにひとに命令したり号令かけたりするための人種と、自分で自分のことを決めずに、ひとから命令されて号令かけられてするのを喜ぶ人種の2種類の人種を神さまはお造りになっておって、わしはドイツ人で命令するための人種で、あんたはチャンコロで命令されるための民族で、命令されるための民族は、わしとかM川先生(父の親友の医者屋)とかのドイツ人に命令されるのを喜ぶんや。あんたはな~んでもなんでもひとに命令されるのがうれしいんや」「すべてを会社のためにささげ尽く~す。すべてを親こっこっこのために」とか主張するおっさんとの間に「中間の立場は存在しない」のでした。そんなところで「中間の立場」なんて探そうと思っても、それは無駄な努力でしたが、その無駄な努力を相当しました。10代後半から20代にかけての頃の自分というのは、それから何十年か経った今、自分自身ではなく弟のような感覚もあります。弟だと思って見ると、かわいそうになあという気持ちになりますし、今の自分のような兄なり叔父なりがいたならば、少しは力になってあげることができるかもしれないと思ったりもしますが、そういう人はいなかったし、高校の先生とかに期待した時も実はあったのですが、期待するべきでない相手に期待してしまったということか、と今は思っています。
   高校3年の時、いくらなんでも、無茶苦茶だと思い、もし、通ると行かされてしまうと思って、早稲田みたいなもん、行かされてたまるか! と思って、白紙の答案を書いて出してきましたので、当然、通りません。その白紙の答案を出してきた試験の後、試験会場だった早稲田大学の文学部の建物(戸山キャンパス)から東京メトロ東西線「早稲田」駅までの間にあったのが穴八幡宮でした。 だから、私にとっては、穴八幡宮は、いわば、ひとつの「聖地」だったのですが、「聖地」もかつてとはずいぶんと変わってしまいました。


   穴八幡宮 には、もうひとつ、「思い出」があります。 1992年、(株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ の東京営業所に在籍した時、江東区亀戸のJR総武線の北側の「亀戸」駅と「錦糸町」駅の中間付近に城東マイホームセンターという総合住宅展示場があって、そこに(株)一条工務店が出展したのですが、オープンしてそれほど経たない時期に、「へーべリアン」と自称する男性が来場したことがありました。「へーべリアン」とは何ぞや? というと、旭化成のヘーベルハウスのファンのことだそうです。 ミュージカル映画『サウンド オブ ミュージック』の中の歌「エーデルワイス」を愛唱する人のことか・・・? なんて思うと、そうではないみたいでした。それも、「エーデリアン」なんて言いませんね・・・。
   で、その男性は「へーべリアン」である以外、どういう人かというと、借家をけっこう持っている家主さんだそうです。 家主も自分が住んでいた家を長期の転勤の間、その家一軒だけ人に貸すとかですと、利益を大きくあげるよりも、間違いない人に貸して、少しでも収入になればいいという姿勢で貸せますが、何軒も借家を持って借家業を始めますと、必ずしも堅実でない人にも貸したりすることもでてきます。(株)エイブルhttp://www.able.co.jp/ に勤めた時、入口から入ってくる人、あるいは、外にいた時に話しかけてくる人を見て、見ただけで、その人が借家人なのか家主なのかある程度以上わかりましたが、なんだか、雰囲気でわかりますし、滞納しそうな人というのもあったりもします。1ヶ月滞納して「すいません」ならまだいいのですが、何か月も滞納されると、家主としては何のために家主業やってるのかわからないことになります。家主としては、家賃を払わない人に入居しておいてもらうわけにはいきませんので、出てもらおうということになりますが、出てくださいと言って出てもらえない場合、どうすればいいのか、という問題があります。宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)の更新講習の時、講師で来た弁護士が、「私、家賃を払わない人に出てもらった時、いつも、思うんですよ。出て行かれる人、『この人、この後、いったい、どこへ行くんだろうな』と」と言ったことがあります。笑いごとじゃないんです。 家賃を払えないからと借家を出て行って、どこへ行くのか・・・。中には家賃を払わないでいて、それで、かつ、ある程度以上の暮らしをする人というのもいるみたいで、そういう人は、次はまた別の所で同じようなことをするのかもしれません。
   その自称「へーべリアン」の男性が、お話しになったのは、「家賃を払わない借家人を追い出す方法」でした。 家賃を払わない借家人が外出中に、有無を言わさずに鍵を取り換えてしまうのだというのです。 しかし、所有権は家主にあるとしても、たとえ、家賃を滞納中といえども、ひとに貸している家というのか部屋というのかですから、黙って鍵を開けて鍵を取り換えたのでは、不法侵入にもなりかねません。そこで、役に立つのが、何と言っても、警察だというのです。「ハサミと警察は使いよう」てところでしょうか。
   近所の交番に行って、こう言うのだそうです。「おまわりさん、すいませ~ん。実はうちのアパート(もしくは借家)を貸している人の部屋の中の様子がどうも変なのです。なんか、変なにおいがするような気がするのですが、もしかして、中で死んでいるとかだと困るので、鍵を壊して中を見てみたいのですが、おまわりさん、一緒に来て見てもらえませんか」と。そういって、警察官を呼んできて、片方で鍵屋も呼んできて、警察官と鍵屋と家主と3者の立ち合いのもとに、鍵をぶっ壊して開けて中を見ると、特に人が死んでいるわけでも何でもない。「おまわりさん。ありがとうございます。どうもなかったようです。安心しました。御足労かけました。ご苦労様です」とお礼を言って警察官には帰ってもらい、その場で、鍵屋に鍵を取り換えさせるそうです。なにしろ、それまでの鍵は、部屋を開ける時にぶっ壊したので使えませんから。
   借家人が帰って来て部屋に入ろうとしても、それまでの鍵では入れません。家主の所に泣きついてくると、「ああ、部屋で変なにおいがするような気がしたもので、鍵を壊して中を見せてもらったんです。それで、鍵を取り替えましたが、家賃を払ってもらえない以上、そのまま、住んでもらうわけにはいかないんですよ。でも、私は、だからといって、あなたに住む場所もないのに出てもらおうなんてそんな非人情なことをするつもりはありませんから、安心してください。私の家にあなたが住む部屋を用意していますから、そこに住んでください」と言って、自宅の1室に住ませるという。
   そして、借家人が出かけて戻ってくると、入れてやらないそうです。「入れて欲しかったら、これまで滞納した家賃を全額そろえて持ってこい」と言うそうです。
   で、そうやって締め出した借家人が自殺したというのです。「自殺されて、私も困りましたよ。あの時は、私も後悔しました」と言うのですが、「後悔したというのは、自殺されたことについてじゃないんです。自殺された後、仏壇を残されましてね。残された仏壇をどうしたものか、困ったんです。仏壇を残されてしまった、という点について、後悔したんです。その点だけが失敗でしたね」と、そういうお話でした。
   このお話を、住宅展示場に来場されて営業担当として接客した私にお聞かせくださったのですが、私にだけお話しになったのではなく、「借家経営セミナー」みたいな所にセミナーの参加者として行って、参加している他の家主にもお話しになって、「喜ばれた」そうです。 これは、ご本人からお聞きしたことですが、この話がその通りなのかどうかは知りません。 又、その通りやったとして、うまくいくのかどうかもよくわかりません。まず、警察官というのが、思った通り、来てくれるかどうかという問題もあります。普段から、心づけでも交番のポリさんに渡していたのでしょうか。そうでなければ、「おまわりさん、来てくれませんか」と言っても、来ないんじゃないか・・・、警察官は、「この野郎、気に食わねえ」と思ったら、何人もがうじゃうじゃわいてきて、丸腰の市民に暴行を加えたりしますが、逆に、市民が「おまわりさん、助けて」なんて言っても、来ないんじゃないか・・・。
  又、おまわりと鍵屋を呼んで、部屋の鍵を壊して開けて、何もなかったからおまわりには帰ってもらって、そこで鍵を取り換えて・・・と思って鍵を壊して開けたら、本当にそこで人が死んでいた・・・なんてことがあったら・・・・。
   内田康夫『後鳥羽伝説殺人事件』(1985.1.25.角川文庫)では、
≪ (駅員の)新祖は女を発見した状況を説明した。
「すると、他には誰もいなかったですか」
「ええ」
「あんたが見た時には、女の人はすでに死んどったわけですな」
「そうです」
「なぜ、死んどるということが分かりましたか」
「そりぁ、分かりますよ」
「脈をさわったですか」
「いや」
「呼吸を確かめた?」
「いえ」
「それでは、どうして分かったのですかな」
「そう言われると困るけど、しかし、死んどるということは分かりましたよ。ちょっとさわったらごろんと倒れましたし、それに・・・・・」
「ちょっと待った、すると女の人を倒したのはあんたということになりますね」
新祖は苦笑したが野上は真顔で言った。
「いや、もし女の人が殺されたのであれば、真先に疑われるのは第一発見者であるあんたですからな」
「冗談じゃない、なんで僕が疑われなければいけんのですか」
「いや、それが捜査の公式だということですよ。
だから、充分注意して正確に話を聴かせてください」
「分かりました」
  いやな刑事だ、と新祖は不快であった。他の捜査員はニヤニヤ笑っている。・・・・≫
   だから、もしも、部屋の扉を開けてみたら、本当に中で人が死んでいた・・なんてことは、確率的にはそれほど高くないかもしれないが、万一のことを考えると、はっきりと警察に用があるわけでもないのに、警察官なんて呼ばない方がいいのではないか・・・とも私は思うのだ。家賃払わない困った借家人と警察とどっちがやっかいか? というと、警察の方がやっかいと違うのか、という感じもするのだが、どうだろうか。

   それで。 ↑の「へーべリアン」の男性のお話をお聞きして、私が、もっとも、疑問に思ったのは、
 「なぜ、穴八幡宮なんだ?」・・・・
てところ。 そう思いませんか?

   私が小学校の4年の時に引っ越した際、それまで住んでいた家にあった仏壇を新しい家に持って行くかどうするかという問題で、私の両親は持って行かずに、お寺さんに頼んで、何と言うのでしょうか。「魂抜き」というのか何というのかよくわかりませんが、そういう処置をしてもらって、お寺さんで処分してもらったようです。なぜ、新しい家に持って行かなかったかというと、その仏壇は、自分で買った仏壇ではなく、中古住宅を購入した時に、その家にあった仏壇で、前の住人が残していったもので、しかも、仏壇の引き出しなどに前の住人に関係するものが入っていたというのです。だから、その家にいる以上はその仏壇を使ってもいいとしても、新しい家を建てて転居する際には、前の人の物が入っているような仏壇を持って行くのはふさわしくないと考えたようです。前の住人に関係する物が仏壇の引き出しに入っていたとして、もし、前の住人が返してほしいと言うのなら返した方がいいでしょうけれども、それらの人がいったいどこにいるのかもわからないし、返しようもなかったのです。それで、お寺のお坊さんに相談して、中に入っていた書類は家の前の道で、母と私とで焼き、その上で、仏壇はお寺で引き取ってもらって、処理してもらいました。 父は、「わしがあんたのためにやってやってやったことはいっぱいあるけれども、あんたがわしや家のためにやったことというのは、何ひとつとしてないんやからな。何ひとつとしてやぞ。なに、ひと~つ。なに、ひと~つ!」と私が20代の時、何度も何度も私の鼻のあたりを指さして叫びましたが、そんなことはありません。小学校4年の時、私は、母と一緒に、仏壇の引き出しに入っていた書類をお寺さんの指示に従って焼却する作業をしました。父はやりません。私と母とがやったのです。
   で、その「へーべリアン」の方が、穴八幡宮とどういう関係のある方なのか、よくわからないのですが、お気づきでしょうか。穴八幡宮というのは、お寺ではなく神社なのです!  もしも、ひとの仏壇をかかえてしまって、処置に困ったとしたら、相談するのは神社じゃなくてお寺じゃないでしょうか。 そう思いませんか?

   今回も、穴八幡宮に行くと、古いお守り・お札などを処理する場所を設けて、いくらか、お賽銭を入れれば処理してもらえるようでしたが、古いお守り・お札なら神社は処理してくれるかもしれませんが、仏壇てのは、それは、神社に処理してもらうのではなく、お寺に相談した方がいいのではないでしょうか。 違います?
   穴八幡宮の場合、すぐ南側に放生寺という高野山真言宗に属するお寺があるのですが、《ウィキペディア-穴八幡宮》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%B4%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE には、≪ 現在同神社は旧別当の放生寺と日本キリスト教団早稲田教会と隣接しており、神道、仏教、キリスト教が街の一角で共存している状態が続いている。≫と出ており、日本キリスト教団早稲田教会がある早稲田奉仕園は、穴八幡宮の後ろの位置にある、あくまで、背中合わせの位置にあるというだけだが、穴八幡宮の南側、早稲田奉仕園とは逆側、早稲田大学の戸山キャンパスの側にある放生寺の場合は、もともとは、穴八幡宮の「別当」の寺だったらしい。 それなら、たとえ、「捨ててきた」にしても、穴八幡宮よりも放生寺の方が、お寺だからふさわしいのではないか、て気がする。
    というよりも、お寺にしろ神社にしろ、「捨ててきた」てするよりも、はっきりとどうしたものか、相談した方がいいのではないか。「捨てる」なら、神社の境内に「捨てる」のではなく、市役所の清掃局に相談して「粗大ごみ」としてお金を払って「捨てる」ものでしょうけれども、物が物だけに「粗大ゴミ」扱いで清掃局に廃棄してもらうのではなく、その前にお寺さんに相談するべきではないか。
  その前に、借家人の場合、入居時に「保証人」として誰か契約書に署名してもらっていると思うので、その人に連絡するべきではないか。保証人は家族・親族がなっているとは限らないわけで、もし、入居者が死亡したとなると、入居者の持っていた物については、家族に引き取ってもらうのが筋で、家賃を滞納していたといったことがたとえあっても、ともかく、家族に渡さないといけないはずです。仏壇なんて、家族・親族に無断で捨ててはだめでしょう。家族・親族がいない「天涯孤独」の人であれば、とりあえず、行政機関に相談するべきではないか。仏壇なんて、黙って捨てては、それが原因で問題が発生するということはないか。

   さらに、今回、穴八幡宮に行って思ったのだが、穴八幡宮は、《ウィキペディア-穴八幡宮》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%B4%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE に≪ 五木寛之の著作には、入学したばかりの五木が、穴八幡の床下で寝ていて追い出された、という記述がある。≫なんて書いてあるように、正月とかは人出がすごいとしても、普段はそうでもなく、早稲田大の学生にとっては、「休憩所にちょうどいい」場所で、そうだからこそ、かつての私も、早稲田大の試験で、白紙で出してきた後、ちょっと寄ってみたのだけれども、早稲田大の学生とかその付近の予備校生とかなら、拝観料を払わなくても入らせてもらえる神社で、「ちょっと寄ってみる」にはちょうどいい場所だけれども、しかし、交差点のカドの正門に該当すると思われる鳥居のすぐ内側にはけっこう急な階段があり、仏壇を持って行って「捨てて」くるには、捨てにくいのではないか。
   さらに、自家用車のトランクに仏壇を載せて運んだとして、この交差点はけっこうクルマの通りは多く、裏側の出入口から入るとしても、そちらの前もクルマの通りは多く、路上にクルマを停めるには停めにくい場所である。  後ろ側に駐車場があるようだが、そこから自家用車で入ったということだろうか。↓
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それにしても、だ。 亀戸の人間が、わざわざ、仏壇を捨てに行くにしては、けっこう遠いし、たとえ、遠い所でも山の中にある神社・お寺とかなら、人が見ていないときにこそっと「捨ててきた」というのもわかるが、穴八幡宮なんて、周囲に早稲田大学があって、平日なら学生も周囲にいっぱいいるし、大学だけでなく、まわりにビルがいっぱい建っていて人がいっぱいいるような場所に「捨てて」こなくても、他に適当な場所があるのではないか?

   さらに。 穴八幡宮の入口のすぐ脇には、交番があるのだ。↓
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何も、よりによって、鳥居のすぐ脇に交番がある神社に「捨てて」こなくても、他に、どこかありそうな気がするのだが・・・・、そう思いません?  交番の脇の急な階段の所を、仏壇なんて重い物を持ってせっせと上がったのか、北東側のクルマが入れる方から入ったのかどうかわかりませんが、何も、穴八幡宮でなくてもいいのではないのか。 なんで、鳥居のすぐ脇に交番がある所に捨てにいくのか・・・・。 相当、考えてやっているみたいで、どうも、そのあたりがようわからん・・・ような・・・。

   神社だって、不法投棄されたら、困ると思うのです。 古いお札とかお守りとかなら、「お焚き上げ」とかするかもしれませんが、仏壇は担当外だと思うんですよ。「餅は餅屋」というように、仏壇を神社に持ってこられても、困ると思うんです。 仏壇をどうしたものかは、仏壇屋かお寺かどちらかに相談するべきではないか、と思いますね。 神社に持ってこられても、神さんも困るのではないか・・・・。

   仏壇が、乗用車のトランクに載るのかという問題もあります。 「地方」に行くと、兼業農家なんかだと、軽トラックがある家が多いようですが、東京の街中で家主業やってる人は、軽トラックなんて持ってないのじゃないか。 そういったことを考えると、「穴八幡宮に持って行って捨ててきた」なんてことするよりも、どこかのお寺さんにどうしたものか相談して、お寺さんに処置の仕方を教えてもらって、いくらかのお金を払って処理するようにした方がよかったのではないのか、と思います。 一番の問題として、仏壇は神社が担当ではなく、お寺か仏壇屋が担当だと思いますから。

   で、なんで、穴八幡宮なんだろうなあ・・・・。 私が聞いたお話がそのまま本当のことなのかどうかわかりませんが、もしも、創作されたお話であったとしても、なんで、穴八幡宮なんだろうなあ・・・・。 そう思いませんか? もしかして、早稲田大学の近所にいっぱいある「目標 早稲田大学」とか称して実際は三流私立大学に進学する予備校にでも行ってたことがあったので、神社といえば穴八幡宮という頭があったのだろうか・・・。 しかし、亀戸の住人なら、とりあえず、神社と言えば、亀戸天神・・・てのがあるし、有名な富岡八幡宮だって比較的近い場所にあるし・・・・。 なんで、穴八幡宮なんだろうな・・・。

    西村京太郎の『高山殺人事件』という「推理小説」では、高山の陣屋前朝市で人が殺されることになっているのですが、「なんで、陣屋前朝市なんだ?」と思ったのですが、結論として、「旅情ミステリー」という分野で小説を書こうとして、高山で知名度の高い所として思いついたのが陣屋前朝市だった、というその程度でしょう。同じ「推理小説」「旅情ミステリー」と分類される小説でも、内田康夫の小説はおもしろいのに対して、西村京太郎の小説はくだらんものが多いと私は思っています。 どこがくだらんかというと、十津川警部とかいう実際にはいそうもないスーパー刑事が登場したり、警察を実際よりもいいもののように描いているという点もあり、又、「単に時刻表を見ただけで書いたような小説」ばかりということもありますが、もし、自分が犯人だったとしたら、こんな場所で人を狙うか? ・・・・と考えた時、俺なら、そんな場所では狙わんな、もしも、やるなら他の場所でやるなあ・・・というものが多い。 西村京太郎『高山殺人事件』の陣屋前朝市は、「単に知名度が高い場所を選んだだけ」でしかない。 で、 穴八幡宮というのは、そんなに知名度が高いのか・・・というと、知っている人は知っているかもしれないが、知らない人間はちっとも知らない。早稲田の学生なら知ってるかもしれないが、それも、そこに神社があるということを知っているという程度ではないか。 「床下」でなくても、境内に座るなりして休憩するくらいしても悪くもないだろうけれども、その神社の神さんが何の神さんかもわからずに寝転がってたなんてのもいるかもしれない。 穴八幡宮の神さんは八幡さん。ホンダワケ・・・で、ホンダワケて誰やねん、なんて思う人間だっているかもしれない。ホンダワケは応神天皇のことで、なぜか、ホンダワケ=応神天皇 が、もともとは、鍛冶・冶金・鉱山の神であった八幡神と習合したらしい。「自動車のホンダより有名」かどうかはよくわからん。

   家賃を払わない借家人に居座られたのでは、家主としては困る。 (株)エイブルhttp://www.able.co.jp/ にいた時、ある家主さんが、「家主業というのは、皆さん、思われているほど、儲かる仕事ではないんです。ですから、家賃を払わずに住まれては困るんです」と言われたことがありましたが、実際、そうではないかと思います。 一番、「まっとう」とされている方法は、弁護士に頼むということなのでしょうけれども、しかし、弁護士なんて頼むと、滞納されてる家賃の金額より高い金額を弁護士に払わないといけないことになりかねませんし、それに、弁護士なんてのは、「振り込め詐欺」と一緒で、「◇日までに〇十万円、振り込んでください」などと言うので、ないカネを無理して◇日までに大急ぎで振り込み、振り込んだからには働いてくれるだろうなんて思うと、振り込ますだけ振り込まして働かない。まさに、「振り込め詐欺」。 クソして死にやがれ! とでも言ってやりたくなる連中で、それゆえ、「便後死」。 そんな、「振り込め詐欺」の「着手金泥棒」なんかにカネやるくらいなら・・・・どういう判断をするかというと、それまで、滞納した分はもういいことにしてあげるから、だから、すぐに出てください・・と判断する家主がけっこうあるようです。借家人としても、何か月も滞納した分をタダにしてもらえるのなら、悪い話ではないわけです。但し、そこを出てどこに行くのか・・・というと、他に行って同じようなことをすることになる・・という可能性はありそうですが。
   もうひとつ、「家賃を払わずに何か月も滞納している人に出てもらう仕事をしている会社」というのが、どうも、あるらしいのです。 「ヤクザではない」らしいのですが、なんだか、「ヤクザの一歩手前」みたいな雰囲気の会社というのがあるらしい。
   仲介した不動産屋というのは、その業務はあくまでも仲介であり、入居者が入居後に家賃をきっちりと払ってくれなかったとしても、「仲介」の業務にはそれをどうするという契約は含まれていないのですが、しかし、不動産屋は、その後も、その家主さんに頼んでもらおうと思えば、「知りません」と言うわけにもいかないわけです。それで、(株)エイブルにおりました時、(株)エイブルの店長が滞納している人の所に電話をかけて、「一度、お会いしてどうするか話しあいたいのですが」と言ったところ、「おまえは関係ないだろうが。おまえは黙ってろ」と言った人があったのです。それは、理屈としてはそうなのです。仲介した不動産屋は、借家人と家主との間で、家賃がきっちりと支払われているかどうかは、仲介が成立した後では、当事者ではないのです・・・・が、家賃を滞納している人と払ってもらえずに困っている家主との間で、「一度、お会いして話し合いましょう」と言ってきているのに、それを「おまえは関係ないだろうが」と言ってしまうと、家主からはっきりと依頼された「追い出し人」がやってくる可能性が出てくるのです。追い出すのがプロみたいな業者というのがいるらしい。便後死よりは役に立ちそうです。ですから、滞納している人が、「おまえは関係ないだろう。おまえは黙ってろ」とは、不動産屋はたしかに当事者ではないとしても、あんまり、言わない方がいいのではないか、と思います。
(実際問題として、便後死に100万円払うなら、ゴルゴ13に1000万円払う方がよっぽど価値があるのではないかて感じがします。 ゴルゴ13に依頼するカネがない時はどうするか・・・というと、浅見光彦ならタダじゃないか・・とも思えるのですが、浅見の場合、10代後半から40代前半までの女から「浅見さ~ん、助けてえ」とか言われるととるものとりあえず駆けつけて行くけれども、男からすがられると、「警察に泊められてみるのもいい経験だよ」とか「死刑にはならないだろうから、心配いらないよ」とか言って突き放すのが常ですから、男には頼りになりません。)

   なぜ、穴八幡宮だったのか・・・というのは、今もよくわかりません。 かつて、白紙で答案だしてきた後、立ち寄った、私にとっては、「聖地」のひとつであった穴八幡宮は、その頃とはずいぶんと雰囲気が変りました。 建物が変ったともに、正月など人出の多い時は、入学試験の頃とは雰囲気が違うということもあるでしょう。 五木寛之は床下で寝転がっていたらしいが、交番が鳥居の脇にあるということは、人相のよくないのがやってきて、「何、やってるんですか」とか言ってくるかもしれませんね。「何、やってるんですか」て、おまえこそ、親方日の丸が税金からけっこういい給料とりやがってからに、こんな所で暇そうに「何、やってるんですか」とか言ってやりたくなる時もありますが、怖いから、やめとこ・・・。 何しろ、怖いから・・・。

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↑ 早稲田大学 戸山キャンパス は工事中。 かつては、「馬場下」交差点の逆側の早稲田キャンパスに法学部・政治経済学部・商学部などがあり、新大久保に「新大久保工業大学」とも言われた理工学部があり、ここには文学部だけがあったのですが、最近、新しい学部ができたらしく、文学部ともうひとつ、その新しいなんとか学部がこの戸山キャンパスにあるようです。

   穴八幡宮の「馬場下」交差点のカドの赤い鳥居をくぐって登る急な階段には、手摺がとりつけられている。↓神社として、高齢者が参拝する際のことも考えて設置したものと思われるが、見ていると、けっこう高齢のおばあさんが、その手摺につかまって苦労して登っていたりする。 手摺があっても、それでも危険ではないかという印象を受けた。 そういうおばあさんは、もし、「初詣」にどこかの神社に行きたいということなら、穴八幡宮のような急な階段で登らないと社殿に行けない神社ではなく、どこか、平地にある神社に行くようにするか、何が何でも穴八幡宮に行きたいのなら、せめて、正月が過ぎて、もう少し、人が少なくなってからにした方がいいのではないか、と思った。 あれだけ、人が多くて混雑している場所では、たとえ、手摺があっても、おばあさんは危ないと思います。↓
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   大阪府箕面市の阪急 箕面線「箕面(みのお)」駅から箕面大滝に至る「滝道」の脇に、元A級戦犯にして元船舶振興会会長の笹川良一せんせいが、自分もすでに高齢であるのに、さらに高齢のお母さんをおぶって、四国の金毘羅神社の階段を登った像、「わたしはこれだけ親孝行なえらい人間なんですよお。あんたらも親孝行せんといかんぞ。親孝行せんとバチあたるぞ、ええか」という像が建っておりまして(なんか、お母さんをダシに使ってるみたいな感じもするのですが)、私の父なんかは「ええこと言う。おまえもわしに親孝行せえよお。親孝行せんとバチあたるぞ、チャンコロ。親孝行せえよお、親孝行。親こっこっこ、親コッコッコ、親こっこっこ、コッコ♪ 親こっこっこ、親コッコッコ、親こっこっこ、コッコ♪ わしに尽くさんと、バチあたるぞ、バチあたるぞ、バチあたるぞ、まんまんまんま~ん!」とか言っておりましたが、ああいうことはやらない方がいいと思います。危ないですから。ほんと。 自分自身も若くないのに、それよりさらに高齢のおばあさんを背負って階段登って、両方とも転がり落ちたらどうするんですか。親こっこっこの人間ならそういうことはやめるべきです。 私ならやりませんね。親コッコッコのために。
   母が長生きしてくれたためにわかったことがあります。実は、高齢者というのは、おぶってあげようかと言っても嫌がるのです。歩くのが少々大変でも。自分が歩ける限り自分の足で歩きたいし、車椅子に乗る時も、自分で動かせる限り自分で動かして移動したいのです。だから、笹川良一さんという方と直接お会いしたこともないので、直接お会いするとどういう人なのかはよく知りませんが、あの「親孝行の像」というのは、あれはウソだと思いますよ。親にもいろいろあるでしょうし、笹川さんのお母さんがどういう人だったのか知りませんが、私の母などは、移動するのが大変そうな時におぶってあげようとしても嫌がります。箕面市の滝道にある「親孝行せえよおの像」はそのあたりを理解しない人が作った像のようですね。
   コォ~ッ、コォ~ッ! クコォ~ッ、クコォ~ッ!

  (2018.1.6.)

☆ 穴八幡宮 参拝
1.亀の沓石の鳥居。門、社殿。イヌの年。http://tetsukenrumba.at.webry.info/201801/article_2.html
2.行きたくない大学を騙されて受けさせられた体験談 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201801/article_3.html
3.家賃滞納をどう対処? 不要な仏壇の処理。高齢者の混雑時、急階段の神社参拝は危険。〔今回〕

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≪ 「・・・でも、さっきは実況見分に立ち会うようにとおっしゃったのではありませんか?」
「いや、あれはその、つまり・・・・もうその必要はありませんでして、はい」
 ・・・
「何が必要なくなったですか、陽一郎さんのことを知ったものだから、態度が変わったくせに、それまでは、まるでわたしを犯人かなにかのような、口をきいていたのですよ」 ≫
( 内田康夫『津和野殺人事件』2007.5.15. 徳間文庫 ↑)
 

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