あけおめ。穴八幡宮(新宿区)参拝【1/3】鳥居から社殿へ。亀石の鳥居、流鏑馬射手の像。今年はイヌの年

[第337回] 2018年(平成30年)の第1回
   「あけおめ。 よろしく~」
   慶應義塾大学の「慶應」は元号だが、早稲田大学の「早稲田」は地名。 早稲田大学早稲田キャンパスのある場所は「西早稲田」で、近くにある東京メトロ東西線の駅名は「早稲田」だが、あそこって、何区なのか、豊島区か? ・・・と思うとそうではなく、新宿区らしい。
   その早稲田大学の多くの学部がある早稲田キャンパスと文学部などのある戸山キャンパスの真中あたりの交差点のカドに 穴八幡宮(あなはちまんぐう) がある。↓
画像

( ↑ 穴八幡宮 社殿。 )
住所は、東京都新宿区西早稲田2-1-11。 東京メトロ東西線「早稲田」駅の高田馬場よりから地上に出てすぐです。 というより、↓の「馬場下」交差点で、
画像


両方とも「都道25号」らしい「早稲田通り」「諏訪通り」に挟まれた三角形の場所に、この「穴八幡宮」とその別当寺だったらしい「放生寺」があり、穴八幡宮の後ろの位置にキリスト教の「早稲田奉仕園」があります。 穴八幡宮と放生寺はもともとは「別当寺」の関係だったようですが、「早稲田奉仕園」は入口は逆の位置にあり、背中合わせのようになっています。
※ 《ウィキペディア-穴八幡宮》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%B4%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE
《東京都神社庁 穴八幡宮》http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/shinjuku/5442/

   穴八幡宮の背後の位置に、キリスト教の「早稲田奉仕園」があり、早稲田奉仕園には、ウィリアム=メレル=ヴォーリズ設計の「スコットホール」があり、「友愛学舎」もあります。 早稲田奉仕園の前の道を進むと、「信愛学舎」もあります。 「信愛学舎」には、実は母方の伯父が早稲田大学に在学中、入居していたらしいのですが、伯父が入居していたらしい頃は、男子寮だったのが、最近、男女とも入居できるようになったようにインターネットには出ています。
   「早稲田通り」を西に進むと、JR山手線・西武新宿線「高田馬場」駅です。 小学生の頃、地図帳を見ていて、「たかだのばば」という駅名があるのに気づき、「高田のババ」とは、おもしろいというのか、なんか、汚らしいというのか、高田という人のババ!  う〇こ なのか? と思ったことがありましたが、「ばば」は「馬場」であって、う〇こ ではない。 又、「堀部安兵衛の高田の馬場の助太刀」は、JR「高田馬場」駅の付近ではなく、住居表示としては「西早稲田」である水神社のあたりではないかと言われているらしく、JR「高田馬場」駅の付近はもともとは「高田(の)馬場」ではなかったらしい。
   「馬場下」交差点の南側の「諏訪通り」を隔てた向かいの位置に、早稲田大学の文学部などがある戸山キャンパスがあり、戸山キャンパスから「馬場下」を経て進んだ正面あたりに「大隈講堂」があり、左側に理工学部・文学部以外の大部分の学部がある早稲田キャンパスがある。 私が高校生くらいの頃、大隈講堂の有名な塔みたいののすぐ隣に、たしか、早稲田学院予備校だったかそんな名前の早稲田大学進学を目指す予備校があって、大隈講堂のイミテーションみたいな塔をすぐ横に建てていたように思ったのだが、いつしか、なくなってしまったようなのだが、あれはどうしたのだろうか・・・。 受験雑誌には、その予備校のその写真がけっこうよく載っていたのだが、どこ行ったのだろう・・・?
   ↑の写真を見ると、穴八幡宮の鳥居の左脇に交番があるのが見えるが、「早稲田交番」かと思うとそうではなく、「馬場下交番」らしい。
※《牛込警察署 馬場下交番》http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/4/ushigome/koban/babasita/babasita.htm

   まず、朱色の鳥居↓をくぐります。
画像

↑ 鳥居のすぐ左に、馬に乗った武者の像があります。↓
画像

穴八幡宮はどういう神社かというと、《ウィキペディア-穴八幡宮》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%B4%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE によると、≪ 社伝によれば、1062年(康平5年)源義家が奥州からの凱旋の途中、この地に兜と太刀を納め、八幡神を祀ったという。 1636年(寛永13年)ここに的場が造られ、この八幡宮を守護神とした。 ≫とあります。 1970年代後半、早稲田大学を受けた時、ここにこんな像はなかったような気がしたのですが、その時は、穴八幡宮に参拝するために来たのではないので、よく見ていなかったから気づかなかったという可能性もありますが、なかったような気がするのです。 そして、今から10年程前、この前をクルマを運転しながら通った時、なんだか、馬に乗った武者の像が建っているので、≪源義家が奥州からの凱旋の途中、この地に兜と太刀を納め、八幡神を祀ったという。≫ということから、八幡太郎義家の像か?・・・・と思ったのです・・・・・が、今回、東京メトロ東西線に乗って「早稲田」駅から徒歩で来て見て、そうじゃないのがわかりました。 「穴八幡宮 神事」の「流鏑馬 射手」の像らしい。

   ここの神社の鳥居は柱の下の沓石が変っている。↓
画像

↑ 左右とも、亀さん♪  で、ここで考え込むのは、はて、この鳥居、どうやって立っているのだろう? ・・・・。
「スツール」と言われる椅子には、足が4本のものと3本のものがあるわけですが、なぜ、4本のものと3本のものがあるのか。 考えたことないですか?  2009年、ポリテクセンター千葉の建築CAD科の授業で、家具についての話を聞いていた時に、実は、家具には屋内用と屋外用があって、スツールでも、屋外用は3本脚にしている場合が多いと聞いて、なるほどと思ったのです。 屋内では床はまっ平かどうかはさておき、それほど、でこぼこしていないわけです。水平器をあててみると、実は傾いていたりとかいうことはあるとしても、基本的には床は水平になるように、もしくは、なったらいいのだけどなあ~あ・・・て感じで造ります。そうなると、椅子の脚は4本あった方が安定するのです。 ところが、屋外で使用するものの場合、地面は必ずしも水平ではなく、まっ平ではないので、スツールを4本の脚で造ると、1本が浮いてしまうのです。 だから、脚が浮かないように、屋外で使用することを考えたスツールは3本にしてあるものが多いらしい。 なるほど~♪ 勉強になったわあ~あ(^^♪
   で、ここからが問題。 はて、鳥居というのは、なんで、2本脚なんだろ・・・・て思いませんか? そりぁ、くぐって通るためだからでしょ・・という機能上の理由はわかりました・・・・が、地面の上に立つためには、3本か4本でないと、2本ではひっくり返るのではないか。 梯子なら、脚は2本でも、どこかに立てかけて使いますから、2本でいいわけですが、脚立の場合、脚は4本ありますでしょ。脚が2本の脚立なんてないでしょ。脚が2本のスツールなんてないでしょ。 鳥居でも、それぞれの脚を両側から支える脚がついていて、計6本の脚がある鳥居なんてのもありますが、↑の鳥居なんて、脚が2本しかないでしょ。 2本しかない脚なのに、ひっくり返らずに立っているのは、な~んでだ? あなた、そういうこと、考えたことない~い? 沓石としての亀さんの上に柱がのっかっているのか、それとも、亀さんの背中に穴があいていて柱はそこから地中に深くもぐっているのか・・・・・これ、考え出すと、今晩、寝られなくなっちゃうね・・・・・

   鳥居の左に「穴八幡宮 神事」「流鏑馬 射手」の像があり、その左の建物が、「牛込警察署馬場下交番」。なにしろ、今年はイヌの年ですからね。神社の脇に建つ交番てのは、普段は脇役でも今年限定では主役かもしれませんから、近くから撮ると、「何してるんですか」とか、「ちょっといいですか」とか言い出す可能性があるが(よくねえよ)、遠くから望遠レンズを使用して撮影してさりげなく立去る分にはものぐさ者は追いかけてこないだろうから、きっちり、写真に撮ってこよう・・・なんて思っていて忘れた・・・・。 なにしろ、穴八幡宮に階段上って行くと、イヌの年だけあって、警察官がでぶっとして立っとるんですよ。 なるほど、イヌの年だから縁起物として立っとるのかと思って、写真に撮らせてもらおうかなんて一瞬思ったのですが、体形がイヌというよりもブタみたいでしたので、被写体としてあんまりいいと思えなくて、また、うかつに関わると何されるやらわからんし、眼を合わせるとサルと一緒で襲いかかってくるかもしれんから、決して眼を合わさないようにして・・・・、ということは、ブタみたいな体形で眼を合わすとサルみたいに襲いかかってくるかもしれんイヌ・・・なんてのは、相手にしない方がいい。何か事件があると、自分は全然関係なくても物好きにわざわざ首を突っ込んでいくのが浅見光彦で、自分のすぐそばで事件が起きてもさりげなく立去るのがゴルゴ13・・・・。どっちで行くかというと、「警視庁刑事局長さまの弟ぎみであらせられるかあ~あ」とかいう水戸黄門の印籠を持ってる浅見光彦と違って、そんなもの持ってない者は、ゴルゴ13型の対応で、こちらの印象を強く与えないよう配慮してさりげなく通り過ぎるべし・・・・・、「君子危うきに近寄らず」「安全第一」。 すれ違った後、ふと、言ってみたくなったけれども・・・・
  「 俺の背後に立つんじゃない! 」と・・・・。
そんなこと思ってるうちに交番の写真撮るの忘れてもうた・・・・。

   しかし、昔からの交番てのは、見れば見るほど、公衆便所とデザインがよう似とるよね・・・・(^^♪

   ↑の赤い鳥居をくぐるとすぐ階段。 階段を登ると両側に屋台が並んでいる。 おいしそう・・・て感じもするが、しかし、神社というものは、まず、手水舎で手を洗って、その後、社殿に参拝して、御朱印をいただくなりお守りをいただくなり(「いただく」と言っても、かすめ取るのではなく、お金を払って購入するのだが)して、その後にするのが筋だろう・・・・と思ってると、「順路」に従って進むと、別の所から出ることになったり・・・・・。

   屋台が両側に出ている参道を進むと、赤い門が建っている。↓
画像

画像

↑ 「光〇門」のようだが、真ん中の字が何と書いてあるのかよくわからない。

   この赤い門をくぐると、黒い社殿が見えてくる。↓ けっこう大きな建物である。
画像


画像


画像


画像


    東京建築探偵団+増田彰久『スーパーガイド 建築探偵術入門 東京、横浜の西洋館230を追跡する』(1986.9.15.文春文庫)には、≪ 建築探偵「九つの心得」 ≫として、≪二、建物は手で見るをもって上とす  いい物件に出会ったからといって、すぐ写真を撮るのは下。 一息ついてゆっくり眺めた後、おもむろに近づいて壁のタイルや柱の石を撫でてみたい、すると相手も喜んでくれて、自分のモノになったよーな気分になる。・・・・≫と出ている。 だから、社殿の柱を撫でてみて、そして、中指の甲でコンコンと叩いてみたが・・・、鉄骨造のようだった。 いつも思うのだが、神社や寺の建物というのは、木造の構造とともにできたデザインの建物であり、鉄骨造で造るのなら、木造で建てられるようなデザインを鉄骨造で踏襲しないといけないということもないのではないかと思うのだが、それなら、どういうデザインにすればいいのか、鉄骨造・鉄筋コンクリート造で建てる場合に、木造で建てられてきたものと異なるデザインを考案して、うまくいくといが、へんてこりんなものができてしまって顰蹙をかっても困る・・・と思うと、鉄骨造で建てても、木造の建物と似たようなデザインになってしまう・・ということなのか。

    穴八幡宮 は、私にとっては、思い入れのある神社・・というのか、思い出のある神社である。それゆえ、一度、訪ねてみたかったのだが、昔、行った時は、普段、行っても、社務所にも人はいないし、神社の境内にも自分以外誰もいないような神社だったので、同じ行くなら、正月にでも行けば、正月限定で、「授与所」も開店して、御朱印もいただける(お金を払って)と思って、それで、正月に訪問した・・・・のだが、穴八幡宮は《ウィキペディア-穴八幡宮》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%B4%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE によると、≪ 蟲封じのほか、商売繁盛や出世、開運に利益があるとされている≫神社で、≪ 冬至の「一陽来復」のお守りでも知られる。お守りを受け取れる期間は毎年冬至の日から翌年節分の日までであり、冬至の日は特別に午前5時から受け取る事ができる。≫と出ており、たしかに、「授与所」で少々形状の変わったその「一陽来復」のお守りが売られていたのだが・・・、御朱印は、「2月4日から」だそうで、正月には御朱印は受け付けていないらしい。 穴八幡宮の「別当」だったらしい隣接する放生寺でも、御朱印帖に記載してもらうのはその「2月4日から」らしいのだが、あらかじめ、半紙に朱印を捺印して書かれたものを購入することはできたのだが、穴八幡宮ではそれもできないようだった。 まさか、正月の大入り満員の時に御朱印をいただけないで、他の時期でいただける時期があるという神社があるとは思わなかったが、あったのだ。穴八幡宮はそうだったのだ。
    2011年の1月、深川七福神 というのをまわってみた。 最初に訪問したのは、かの有名な、「孫子の代まで祟ってやる」だかいう文句を残して元宮司が死亡した富岡八幡宮。 富岡八幡宮はけっこう大きな神社なので、普段から御朱印はいただこうと思えばいただくことができたはずだが(カネ払ってだよ♪)、それ以外の寺社は大部分が普段は無人の寺社で、御朱印をいただきたければ、正月とかに行くしかないという所だった。 穴八幡宮も正月に行くと、御朱印をいただけるのではないかと思ったのだが、行ってみると、さすがに正月だけあって、人出も多いし、参道の両側には屋台が出ているし、授与所は開店していて、何人もの販売員? がいて、行列ができていて、「どうぞ、こちらへ」とか言ってにーちゃんが呼んでくれる。 ↓のようなかなりの行列に並んで行ったのだが、
画像

↑ 「一陽来復」だか書いた少々変わった形状の「お守り」なのか「お札」なのかなどを販売していたのだが、「御朱印」は「2月4日から」で正月は扱っていないそうだった。 ↑のような行列に並んでスカ食ったのは、正月から縁起が悪いような気もしないでもないが、ここしばらく、もともとあんまりいいことないので、「そんなもの」かもしれない。
   「こんでるばっかり」だったが、私が前にこの穴八幡宮に来たのはいつだったかというと、もう、40年くらい前。 1970年代後半、早稲田大学の入学試験を「受けさせられた」時だった。 その時は、↑みたいに人はいっぱいいなかった。 たしか、騎馬武者の像なんてのもなかったように思う。 その時の記憶からすれば、↑の穴八幡宮はずいぶんと違う。
    社殿は、たしか、けっこう古い木造の社殿だったような気がするのだが、今は鉄骨造の黒い社殿になっている。 入口の赤い鳥居もこんなにきれいなものではなかったように思うのだ。 途中の門も記憶にない。 もちろん、2月初旬だったように思うが、↑のような人出はなく、神社の境内に入っても、自分以外に人は1人か2人いたかいなかったかだったと思う。 ベンチのひとつでもあったかどうか、記憶がはっきりしない。
   その頃の記憶を呼び戻そうとすると、せめて、正月ではなく、もっと、来場者の少ない時期に来た方がよかったかもしれない。

   私にとって、どういう「思い入れ」のある神社だったか、それを次回、述べます。 かつて、早稲田大学を受けた時に、帰りに立ち寄ったのですが、穴八幡宮も、その頃、1970年代後半とは、ずいぶんと変わりました。 

  (2018.1.6.)

☆ 穴八幡宮 参拝
1.亀の沓石の鳥居。門、社殿。イヌの年。〔今回〕
2.行きたくない大学を騙されて受けさせられた体験談 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201801/article_3.html
3.家賃滞納をどう対処? 不要な仏壇の処理。高齢者の混雑時、急階段の神社参拝は危険。http://tetsukenrumba.at.webry.info/201801/article_4.html 


世界の名著〈13〉聖書 (1978年) (中公バックス)
中央公論社

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 世界の名著〈13〉聖書 (1978年) (中公バックス) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



青年心理学 (1963年)
培風館
依田 新

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 青年心理学 (1963年) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル




この記事へのコメント

この記事へのトラックバック