ガラシア病院(大阪府箕面市)を見て・・・感想。なぜ便利の悪い場所に整形外科、「精神科」・・

[第320回]
   大阪府箕面市粟生間谷(あおまたに)西6丁目 に、ガラシア病院がある。 山のふもとのような場所に位置するが、府道4号(茨木 能勢線)に沿って楠木神社という箕面市保護樹木に指定される大きなムクノキがある神社があるが、その脇を山の方に入っていった所にある。府道4号(茨木能勢線)の楠木神社よりもふもと側に日本キリスト教団箕面東教会があるが、日本キリスト教団箕面東教会はプロテスタントで、ガラシア病院はキリスト教系でもカトリックの方で、別である。
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  診療科は、
「内科・神経内科」 「循環器内科」 「精神科」
「外科」
「整形外科・リウマチ科」 「リハビリテーション科」 だそうだ。

   ガラシア病院のホームページの「ガラシア病院について」http://www.gratia.or.jp/?page_id=8 には、
≪ ガラシア病院は 1953年(昭和28年)11月、カトリック大阪大司教区および大阪聖ヨゼフ宣教修道女会を設立母体として、キリストの愛に基づいた医療奉仕を目的に大阪市西区に設立されました。1969年 (昭和44年)4月、箕面市に移転し、現在は9の診療科をもって診療を行っています。 ≫ と出ている。
   地図を見ると、ガラシア病院の後ろ、さらに山手に「聖ヨゼフ箕面修道院」があるらしいことが書かれているが、「聖ヨゼフ修道女会」とは何ぞやというと、大阪聖ヨゼフ宣教修道女会HPhttp://www.ossmj.org/index.htm の「会の歴史と使命」http://www.ossmj.org/top.htm には、
≪ 聖ヨゼフを保護者とし、 前記の聖婦人達を先がけとして、 司祭職に直結した「聖ヨゼフ女子修道会」が、 1946年にカトリック関目教会内に仮修道院を設置した。 ローマより正式に認可されたのは、 1948(昭和23)年である。 会憲の認可と共に、 会の名称は、 「大阪聖ヨゼフ布教修道女会」となり、 後に「布教」は「宣教」と改められた。 ≫
と書かれており、今は、箕面市粟生間谷西6丁目 、ガラシア病院の後ろにある。
   「ガラシア」というと、カトリックの「聖人」で、女性の聖人の名前か? という感じの名前ですが、日本では、明智光秀の娘で細川忠興の妻となった細川ガラシアが知られていますが、洗礼名がガラシアなのでしょうけれども、もともとの「ガラシア」という人はどういう人だったのだろうと思ってインターネットで検索しても、箕面市のガラシア病院しか出てきません。
   細川ガラシアは、明智光秀の娘で細川藤孝の息子の細川忠興の嫁になった女性で、《ウィキペディア-細川ガラシア》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E5%B7%9D%E3%82%AC%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%A3 によると、
≪天正10年(1582年)6月、父の光秀が織田信長を本能寺で討って(本能寺の変)自らも山崎の戦い後に滅んだため、珠は「逆臣の娘」となる。忠興は天正12年(1584年)まで彼女を丹後国の味土野(現在の京都府京丹後市弥栄町)に隔離・幽閉(逆臣として狙われるのを防ぐため)する。この間の彼女を支えたのは、結婚する時に付けられた小侍従や、細川家の親戚筋にあたる清原家の清原マリア(公家・清原枝賢の娘)らの侍女達だった。・・・・ それまでは出家した舅・藤孝とともに禅宗を信仰していた珠だったが、忠興が高山右近から聞いたカトリックの話をすると、その教えに心を魅かれていった。もっとも忠興の前ではそ知らぬ風を装っていた。・・・天正15年(1587年)2月11日(3月19日)、夫の忠興が九州へ出陣すると(九州征伐)、彼女は彼岸の時期である事を利用し、侍女数人に囲まれて身を隠しつつ教会に行った。・・・・再び外出できる見込みは全くなかったので、珠は洗礼を受けないまま、侍女たちを通じた教会とのやりとりや、教会から送られた書物を読むことによって信仰に励んでいた。この期間にマリアをはじめとした侍女たちを教会に行かせて洗礼を受けさせている。しかし九州にいる秀吉がバテレン追放令を出したことを知ると、珠は宣教師たちが九州に行く前に、大坂に滞在していたイエズス会士グレゴリオ・デ・セスペデス神父の計らいで、自邸でマリアから密かに洗礼を受け、ガラシャ(Gratia、ラテン語で恩寵・神の恵みの意。ただしラテン語名に関して、ローマ・バチカン式発音により近い片仮名表記は「グラツィア」)という洗礼名を受けた。≫そうな。
※ ガラシア病院http://www.gratia.or.jp/
大阪聖ヨセフ宣教修道女会http://www.ossmj.org/

   箕面市は、何十年か前に箕面町・萱野村・豊川村・止々呂美村の1町3村が合併して箕面市になったのですが、その後、大阪市内に通勤する人というのは西部の阪急箕面線の両側、旧箕面町の地域とそのすぐ東のあたりまでで、その後、1970年の大阪万博の年に北大阪急行電鉄が箕面市の中部の南側の「千里中央」駅まで開通したことから中部・東部から「千里中央」駅までバスを利用して行って大阪市内に通勤する人も出てきましたし、今では、箕面市の東部と茨木市の境目を大阪モノレール彩都線が通って、箕面市と茨木市の境目付近の茨木市に「豊川」「彩都西」という駅ができていますが、1970年の大阪万博の頃までは、箕面市でもガラシア病院ができた東部は「いなか」で便利も悪かった。中部の旧萱野村の地域には、北大阪急行電鉄が「千里中央」駅から北に2駅伸びて「箕面船場」「新箕面」と駅が2つできる予定で、今は「千里中央」から乗るバスを新箕面」駅から乗ることになると東部の粟生地区もさらに便利になりそうですが、それにしても、今でも↓な感じの場所です。
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   バスの便としては、箕面市が企画して阪急バスが運行している「オレンジゆずるバス」の「粟生間谷西7丁目」というバス停が府道4号(茨木能勢線)にあるのですが、月~土曜のみで日曜は運行しない。阪急バスの「中村」というバス停がそれよりほんの少しふもと側にあり、これは、JR東海道線「茨木」・阪急京都線「茨木市」駅からと阪急千里線「北千里」駅からの便があるようなのですが、本数は多くないのであまり便利ではない。 むしろ、もう少し下の府道9号という東西の道に阪急バスの「宮の前」というバス停があり、これは北大阪急行電鉄「千里中央」駅から出ているようで、こちらの方が本数は多く、使いやすいのではないかと思います。
   1969年(昭和44年)、大阪万博の前年にこの場所にガラシア病院は移転してきたということですが・・・・、最近はまだしも、その当時、なんで、こんな不便なイナカに引っ越してきたのか? 普通に考えて、病院だって客商売ですから、お客さん(患者さん)に来てもらわないといけないはずなのです。となると、すぐ近くにその病院にかかりたいと思う患者となる見込がある住人が住んでいて競合する病院は多くない場所か、そうでなければ、ある程度離れた所からでも来院しやすい場所であることが、病院の立地には求められるはずです・・・・が、ガラシア病院が箕面市にできた頃、そこは、どう考えても来院しやすい場所ではなかったはずなのです。今でも、阪急バスで「宮の前」バス停まで北大阪急行電鉄の「千里中央」駅から乗ってバス停で降りたとしても、そのバス停からまだしばらく歩かないといけない。便利な駅から歩くか、必ずしも便利ではない駅からだが遠くないか、せめて、便利な駅から本数が多いバスに乗ってバス停のすぐ目の前とかなら病院は成り立ちます。しかし、「千里中央」駅からバスにしばらく乗って、そのバス停からもしばらく歩く。最後の方では坂道を登らないと行けない・・・・というのは、入院した場合に周囲の自然環境はいいとしても、病院商売の立地としてはあんまりいい場所とは思えない。まして、1969年にここに病院ができたばかりの頃は、北大阪急行電鉄「千里中央」駅から「宮の前」バス停までのバスも通っていなかったはずなのですし、そもそも、「千里中央」駅までの北大阪急行電鉄なんて、その時点ではなく、大阪市地下鉄御堂筋線は「新大阪」駅までだった。比較的近い電車の駅というと、阪急箕面線「箕面」駅か千里線「北千里」駅か京都線「茨木市」駅・国鉄東海道線「茨木」駅といずれも近くない。

    なぜ、そんな不便な場所に病院を造ったのか。なぜ、わざわざ、そんな便利の悪い場所に作ろうと考えたのか・・・・。
    「整形外科・リウマチ科」 「リハビリテーション科」は入院するなら周囲の自然環境がいい所というのはいいかもしれませんが、通院する場合、足の悪い人間、足を骨折した人間に駅からもバス停からも距離がある場所なんて通いやすいわけないのです。
    2014年、埼玉県川口市の川口土木建築工業(株)http://www.kawado.co.jp/ という会社の建築現場で怪我をさせられまして、右足の甲を骨折しましたが〔ここの会社のホームページを見ると、「あたりまえを大切に」などという白々しいコピーが書かれていますが、「あたりまえ」のことを「大切に」していない会社が何をぬかすかと思います。〕、その際、どの整形外科にかかるかと考えた時、 足を骨折して歩けない、松葉杖で移動するしかないが、骨折した方の足はできる限り固定して荷重をかけない方がいいとなると、「自宅から一番近い整形外科」に行くしかないのです。そこの病院が好きとか嫌いとか言ってる余裕はないのです。その時、骨折したのは右足で、もしも、左足を骨折して右足は自由に動くという場合なら自分でクルマを運転して病院まで行くということも可能性として考えられましたが、右足を骨折するとアクセル・ブレーキのべダルを踏むことができませんのでクルマの運転はできません。これまで勤めてきた会社で、「子供がある」と称する人が「子供」を大義名分にして早く帰ったりした際、その人の仕事をやってあげたりしたことは何度も何度もありましたが、そういう人もそういう人の子供も、同居して助けてくれる家族がない私が足を骨折した時、なんら助けてはくれません。2011年4月、千葉県千葉市中央区鵜の森町の新華ハウジング(有)〔建設業〕・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕では、社長の長谷川新二(男。当時、40代前半)の嫁の河野利華(女。当時、40代前半)の友人だとして縁故入社した滝口恵(女。当時、30代前半)が「私は子供があるんですからねえ」と称して、自分が担当の仕事を放置して定時に退社し、担当外の従業員に勤務時間外に労基法違反の時間外労働・無賃労働で滝口の担当の仕事をさせて、さらに、担当外の従業員に労基法違反の時間外労働・労基法違反の無賃労働をさせてその分について労基法違反の賃金不払いをおこなってきた社長の長谷川新二が「滝口さんは子供があるんだから、子供のある者は子供のない人間にめんどうみてもらうのは当然じゃないかよお。子供のない人間が悪いんじゃないか。子供のない人間は子供のある者のために尽くすのは当たり前じゃないかあ」と暴言を吐いたが、これは不当であるし、もとより、時間外労働をさせたなら社長の長谷川はそれに対して時間外賃金を支払わないといけないはずであるし、「子供のない人間は子供がある滝口さんのために尽くすのは当然だろうが」と暴言を長谷川は吐いたわけですが、子供のある者であろうがない者であろうが従業員は労働基準法違反の時間外労働を無賃労働で滝口恵とそのオットと子供のためにするべきではないし、社長の長谷川はさせるべきではなかったはずです。もとより労基法違反は罰則規定がある犯罪であり、滝口恵とそのオットと子供は新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の従業員に自分たちのために労基法違反の違法労働をさせる権利などないのです・・・が、その滝口恵とそのオットと子供のために、結局、ずいぶんと滝口が担当の仕事を時間外に労基法違反の労働を私はしてあげたのですが、その後、私が足を骨折して歩くこともできない、買い物にも行けないという状態になった時、まったく助けてくれないのですが、これはどう考えてもおかしい。「子供」を大義名分にかかげておのれが担当でおのれがそれに対して報酬を受け取っている仕事を他の従業員に無賃労働でさせておいて、おのれの担当でおのれが報酬を受け取っている仕事を時間外に無賃労働でやってくれた従業員が怪我をして歩けない、買い物にも行けないという状態になった時、何ら協力しようともしないというのはどう考えても不当です。「滝口さんは子供があるんだから、子供がある人間は子供のない者に助けてもらうのは当然じゃないかあ」と発言した長谷川新二とその嫁の河野利華は、子供がある人間なら、買い物くらい子供にやってもらえる、洗濯くらい子供にやってもらえるということがあっても、子供がない人間はそれをやってくれる人間もないわけで、子供がない人間の方がよっぽど大変ですが、そういう時、長谷川新二は「子供のない人間は、子供に協力してもらうことができないのだから、子供のある者はそういう時には協力するのが当然じゃないかあ」と言わないのです。勝手すぎますね。横暴が過ぎますね。「滝口さんは子供があるんだから、子供のない人に協力してもらうのは当然でしょおおお」と暴言を吐いた長谷川の嫁の河野利華の友人として縁故入社して私の倍の給料盗っていた事務の大竹加代子は「子供があるからといって助けてもらった滝口さんは子供のない人が怪我した時には今度は助けるのが当然でしょおおお」と言うべきはずですが、言いません。なんで?
   長谷川は、嫁の友人だとして滝口を縁故入社させる際、「性格がきついから営業に向いている」とか言ったのですが、そういうのは性格が「きつい」とか「ゆるい」とかいう問題ではなく、「わがまま」で「協調性がない」、「職場の秩序を乱す」と言うもの、「社会性がない」と評価するもので、「思いやりがない」「人の気持ちを理解しない」「繊細さが欠けている」といったもので、いずれも営業という職種にはマイナスに評価されるものです。長谷川は社長ならその程度のことは理解しないといけないはずでしたが、「子供」を大義名分にすれば通るという間違った思想にはまった男でした。長谷川新二は、神道系宗教団体で右翼系政治団体の「倫理研究所」(=「倫理法人会」)〔戦前・戦中の「ひとのみち」〕にはまり、私など従業員には給与遅払い・不払いが続いたにもかかわらず、倫理研究所〔=倫理法人会〕にはカネをつぎこんだらしく、倫理研究所の縁で田沼たかし という議員から手紙が新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)がシャッターじめの状態になって以降も来ていました。他に、社長の長谷川の机の上に倫理研究所(=倫理法人会)を通じて来たらしいチラシとして、維新の会のもの、民主党でありながら「自民党より右」の前原誠一のものがあり、倫理研究所(=倫理法人会)が「宗教の団体ではないんです」「政治の団体ではないんです」と叫びまくりながら実際は右翼系政治団体であることを示しています。社長の長谷川は従業員の給料は遅払い・不払い、業者への支払いも期日を遅れて苦情が何度も来ていたにもかかわらず、長谷川新二の子供は私立の小学校に行かせ、長谷川は「働いてばっかりいてもしかたがないから」と言って長谷川新二と嫁と子供は年に半分ほどもハワイにバカンスに行っていたのですが、従業員の給料を遅払い・不払いし、業者の支払いも遅払いにして、片方で倫理研究所(=倫理法人会)にはカネを注ぎ込み、その結果として、田沼たかし から手紙が来たりしていたわけですが、そして、片方で「滝口さんは子供があるんだから、子供がある人間は子供のない者にめんどうみてもらうのが当然じゃないかよお。子供がない人間が悪いんじゃないかあ。子供がない人間は子供のある人間のために尽くすのが当たり前だろうがあ」と発言したにもかかわらず、子供がない私が足を骨折して買い物にも行けない、洗濯もできない(洗濯は洗濯機に衣類をつっこんでスイッチを押せば全自動洗濯機が洗濯してくれるのですが、干そうとすると干場まで衣類を持ちながら松葉杖で移動することができないのです。又、クリーニング屋に持って行こうとしても、両腕で松葉杖をつきますから物を持てないのです。)、そういう時、「私は子供があるんですからねえ」と言って、相当協力してもらってきた相手には、少しくらい何かやってもいいのではないのかと思いますが、滝口恵も滝口恵のオットも年齢から考えていくらかは役に立つはずの滝口の子供も、長谷川新二も長谷川の嫁の河野利華もその子供も親もまったく何もしませんでした。彼らは我儘で自分たちさえよければいいという認識の鬼畜です。かつ、雇用均等室は、滝口恵が女であるからという理由で、「女性の味方」をしてきましたが、「女は常に正義であるわけではない」「女は常に弱者であるわけではない」のです。「女性」帝国主義・「子供」帝国主義とでも言うべきか、「女性」独善主義・「子供」独善主義とでも言うべきか。自分が助けてもらう時だけ、「うちは子供があるんですからねえ」だの「子供がある人間は子供のない者に協力してもらうのは当然の権利じゃないか」と発言した人間が、「子供のない者」が怪我をして困っている時には何ら協力しようとしないのです。〔新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の代表取締役長谷川新二・河野利華はそんなリンリでマンマが食えるか?・・というと食えないようで、2013年に倒産しました。〕
   話が少しそれてしまいましたが、足を骨折した人間というのはそういう状態。病院までタクシーで行こうとすると、けっこうタクシー代はかかります。病院の費用は職場で怪我をした場合、労災で出ますが、タクシー代はケースバイケースですが、普通、出ません。そういうことを考えると、整形外科を、なぜ、こんな不便な場所に作るのだろう・・・という気がしてきます。

   そして、何より気味わるいのは「精神科」と「神経内科」。 昔から、「精神科」に「入院」させられた「患者」の間では、「鳩を飛ばす」という言葉があるそうな。 「鳩」とは何か・・・・。
   「精神科」に「入院」させられた「患者」にとっては、家族は味方ではないのです。 「精神科」に「入院」させられた「患者」が、かすかな希望を込めて、なんとか手に入れた紙と筆記用具で、「薬」の大量投与(「薬物療法」と称する薬漬け)によってふるえる手で書き込んだ「病院」「医者」「看護婦」「看護士」の悪行を、逃げられないように人が通れない狭い幅しか開かない窓から紙飛行機として飛ばす・・・・それが「鳩」です。たとえ、飛ばしても、道路まで飛んでいくとは限らない。「病院」の敷地内に落ちる可能性は小さくない。「病院」の敷地内に落ちても、通院中の「患者」で開明的な人が拾ってくれる可能性、見舞いに来た「患者」の家族で、「精神科医」によるマインドコントロールを完全に受けきって洗脳されていない人が拾ってくれる可能性はゼロではない。運よく道路に落ちる、もしくは、「病院」の敷地内に落ちたものが風に吹かれた敷地外まで飛んで行ってくれるという可能性はゼロではない。もし、「病院」の敷地内に落ちた場合、あるいは道路まで飛んで行っても、「病院」の職員が拾った場合には、「誰がこれ書いたんだ」と「犯人」を捜されることになり、誰か特定されると、さらに「薬」の量を増やされて廃人化されてしまうことになる。 たとえ、それでも、かすかな希望を込めて、窓から飛ばす・・・・それが「鳩」である。
    もし、街中に「病院」があったとしますと、「精神科」の「病棟」の窓から「鳩」を飛ばした場合、その「鳩」は近所の家や近所の商店の敷地に落ちる可能性がありますし、道路に落ちると通行人が拾う可能性があります。それに対して、↑みたいな場所に「病院」があると、窓から「鳩」を飛ばしたとしても、拾うのはその「病院」の職員が通院している「患者」か「患者」の家族か「病院」に出入りしている業者かに限定されます。 第三者に拾ってもらえる可能性は極めて低いことになります。ですから、↑のような場所に「病院」を造ろうとする「病院」経営者というのは、「鳩」を飛ばされて第三者に拾われることがないように、家族が敵になっている、家族は「病院」が「患者」にどんなに悪いことをしても「患者」の味方ではなく「病院」の味方である状態の「患者」を隔離してやりたい放題できるように、↑のような場所に「病院」を設置したということか・・・どうかは、それはその「病院」によるのであって、↑のガラシア病院がそうであるのかないのかはわからない。しかし、↑の立地を見て、その上で、「診療科」が何があるのかを見て、はて、この場所にこの病院を設置したのはどういうことでこの場所なのだろうか・・・などと思うと、可能性の1つとして、そんなことでも考えたのだろうか・・・などと思いそうになる。全国で見ればそういう「病院」はあるのではないかと思うが、この病院がそうだということではない。この病院の内容がいいのか悪いのかは私は知らないので何とも言えない・・・・が、↑のような立地の病院というのは、どうなのだろう・・・などと見て思った。

   世の中には、「キリスト教系の病院」というものを、「キリスト教の精神に基づいて治療してもらえるのだから、悪いわけがない」とか信仰している人というのがいるのだが、病院に対しては、あんまり、そういう“信仰”は持たない方がいいのではないかと思う。
   毎日新聞大阪本社編集部遊軍編『偽装[調査報道・ミドリ十字事件]』(1983.6.13.晩聲社)から引用します。
≪  そしてひとつの情報があった。
ミドリ十字が、採血ミスで男の人を死なせながら、それを隠して、葬っている」・・・≫
≪  昭和57年(1982年)7月8日――。・・・・日本基督教団茨木教会の前は、狭い道路いっぱいに広がる弔問客であふれていた。・・・・
教会の牧師、奥山茂が柩の向こうの講壇から、参会者に「葬儀の辞」を語りかけた。・・・・
・・・「いまわのきわまで、『神様はいらっしゃるんですよ』と、苦しい息の下で、逆に私たちを励ますほど、信仰の篤い方でした」「信仰をもって召されたのです」などとつづいた。・・・≫
≪ 淀川キリスト教病院は、宗教法人在日プレスビテリアンミッション(南長老教会派)が昭和31年(1956年)、「キリスト教による全人治療」を目指して設立した。伝道部や末期患者援助(OCDP)チームなど独特な組織を持つこの病院の理事に男が治まったいきさつは、古い話で覚えている人も少ない。戦後いち早く血液銀行を切り開いた男の商売と、新生児黄疸の治療に、他に先がけて全血交換技術を開発した病院との関係を指摘する人もいる。 しかし、つながりは単なる理事以上のものがあった。
病院正門脇に白亜の十字架を掲げて建つ、創設者フランク・A・ブラウンを顕彰するブラウン記念チャペル(礼拝堂)の建設費約8000万円は、男が妻とともに寄付したものだった。
病院が西日本で初のホスピス(末期患者専用の療養施設)設置に乗り出すことになったときも、男が建設のために募金委員長を買って出たと関係者は言う。≫
≪ この年、昭和12年(1937年)に医学博士の学位をとった陸軍軍医がいた。内藤良一 ――。のちに株式会社ミドリ十字の会長となるこの軍医こそ、45年後の(1982年)7月7日、讃美歌とともに「主のもとへ召された」男である。
昭和6年(1931年)、内藤は京都帝国大学医学部医学科を卒業した。日中戦争の事実上の起点となる「満州事変」の年であり、時代は内外ともに緊迫を深めていた。・・・・・
内藤に関する取材に、目黒はようやく口を開いた。
「七三一部隊の基礎固めを、石井閣下の右腕になってやり遂げたのが、内藤さんだったということだ。・・・・・」 ≫
   どうやら、淀川キリスト教病院の設立者で、日本基督教団茨木教会の牧師 奥山茂が礼賛した内藤良一さんという方は、『悪魔の飽食』七三一部隊の主要人物で、そして、戦後も、人の血液を買ってそれを製剤に利用して利益をあげ、その際、採血ミスで人を殺しても闇に葬るなどしてきた、問題が多いと言われる日本の製薬業界の中でも特に“札つき”の会社であるミドリ十字の会長だった男のようです。
   母なども、「へ~え、ミドリ十字て『十字』ていうからキリスト教のいい会社かと思ってた」などとのんきなことを言っていたことがありましたが、「クリスチャン」の人にはそのあたりを認識していない人が現実にいるみたいです。 どうも、「淀キリ」てのは、そういう「危ない系」とつながりがある病院らしいので、もちろん、「チャプレン」に取り組んでいる方には真面目に良心的に取り組もうとしている方もおられるでしょうけれども、片方で、「危ない系」の病院であり、『悪魔の飽食』の病院だということも認識しておく必要があると思います。キリスト教系の病院は、「キリスト教系」だから悪いということはないが、「キリスト教系」だからいいとも限らない。実際にどうなのかは、ケースバイケースで、個々に自分で考えて判断するしかない。そのあたりが、どうも、「クリスチャン」の人というのは、「自分自身で考えて個々に判断する」のではなく「キリスト教系」というものを信じてしまう人が少なくないように思います。

    以上、箕面市粟生間谷西のガラシア病院の近くに行くことがあって、ガラシア病院が見えた際に「思ったこと」です。 あくまでも、「思ったこと」であって、この病院がいい病院なのか問題が多い病院なのか、そういうことは私は知らないので、知らない以上、それはどちらも言いません。
    しかし、この病院がということではありませんが、
(1) 市街地から離れた場所にある病院というのは、知られたくないことをやっているから離れた場所にあるというケースがある。
(2) 「キリスト教系」だから悪いということはないが、「キリスト教系」だからいいということもない。そのようなところで「キリスト教系の病院」に「信仰」は持たない方がよい。
(3) 「精神病院」は身体病院とは違った事情がある。 特に「精神病院」の場合、市街地から離れた場所に設置された場合、拉致監禁された「患者」の訴えを拒絶する目的で市街地から離れた場所に設置されている可能性がある。
(4) 「精神医学」は、「悪い精神科の治療」というものがあるととらえるよりも、むしろ、「精神医学」そのものに問題があると認識するべきである。
・・・・という点に間違いはないと認識しています。

※ ガラシア病院HP http://www.gratia.or.jp/

※ 淀川キリスト教病院HP http://www.ych.or.jp/

     (2017.10.17.) 


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