日本キリスト教団箕面東教会・・・・訪問(その前まで)。落ち着いたデザインだが、私は喜べない。

[第313回]日本の教会(20)
【B】 日本キリスト教団箕面東教会 訪問
    大阪万博があった1970年に北大阪急行電鉄が「千里中央」駅まで開通し、その後、「千里中央」駅から「箕面」駅まで阪急バスが走るようになり、「箕面」と「千里」がつながったが、それまでは、阪急箕面線の沿線と、阪急千里線の沿線は別の地域だった。 阪急千里線の「北千里」駅の北のあたりに、箕面市の南東部の箕面市小野原があったが箕面線の沿線とは別の世界のような感じだった。 同様に、粟生なんて所も別の地域、電車の駅としては箕面駅からも遠いし、北千里駅からも遠いし、茨木駅・茨木市駅からも遠いし・・・ということで、「いなか」だろうくらいに思っていたのだが、だんだんとそうではなくなり、今では箕面線沿線より「都会っぽ~い♪」て感じすらする。
   「箕面市粟生」も、粟生間谷・粟生新家・粟生外院と別れていて、ややこしいのは「粟生外院」と粟生でない「外院」がある。 さらに、最近、「粟生彩都南」「粟生彩都北」なんて地名ができたが、これは、もともと、「粟生間谷」だった場所の地名に「彩都」をつけて新しい地名にしたというものだろう。
    その「彩都」がつかない方の粟生、粟生間谷西7丁目に日本キリスト教団箕面東教会http://www.geocities.jp/mino_higasi_kyokai/ がある。↓
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    日本キリスト教団箕面東教会は、たしか、箕面市新稲3丁目の 日本キリスト教団箕面教会http://www.minoo-church.com/ の分家・・てわけでもないが、箕面教会に来ていた人たちが、箕面市の東部から来る人たちが多くなり、箕面教会では箕面市の東部からは遠いのでということで新しく作った教会だった・・・・はずだ。 箕面教会に行っていた母からそう聞いたのだから、間違っていないと思う。 箕面教会のホームページの「教会について」http://www.minoo-church.com/aboutus/index.html にも、≪ 87年からは箕面教会、北千里教会、粟生聖書研究会の三者が協力して箕面東部地域に新たな伝道拠点として「箕面東教会」を創ろうとの取り組みが始まります。93年に用地を取得、箕面教会から12名が移籍し、三者合同の「箕面東教会」が設立されます。≫と書いてあるので、そうなのだろう。 へ~え・・・・と思って聞いていて、それだけであり、それ以上、何とも思わなかったのだが、たまたま、この付近に来ることがあって、前の道を通り、ふと見ると、あ、これだ!・・・・と思った↑ので掲載する。
    落ち着いたなかなかいい建物ではないかと思う。しかし、だから何なんだという気もする。 箕面教会には何度か行ったことがある。クリスマスの時、蝋燭を持ちながら讃美歌を歌いながら歩くという行事に参加したこともあった。けっこうそういうのは好きだった。
    しかし、いつの時からか、私は教会というものが嫌いになったのだ。 教会は「母の交友範囲」であり、もしも、行くと「説教される所」となった。 母が息子の悪口を言うと、クリスチャンと言われる人たちというのは、他の人たちなら、他人の家庭のことに口出していいことないし、余計なこと言うものではないと判断するところを、さすがはクリスチャンだけあって、ほかの人たちとは違い、「そうよねえ~え」と聞いてくれるようで、そして、「一度、息子さんを連れて来られるといいですよ」ということになって、そういう所に行くと、クリスチャンのおばさんたちに寄ってたかって説教されることになるようなのだ。 神は言われた。6日間、働いて、7日目には教会に行って、専業主婦のおばさんたちから説教されなさいと・・・・?

   そこまでは我慢もできる・・・というわけでもないが、我慢することにしようではないか。しかし・・・・・。 箕面教会の何代目かの牧師になったSさんは大阪経大(大阪経済大学)(大阪のケー大)卒らしい。彼は常に言っていたらしい。「家が貧乏やったから、だから、一番学費が安い大阪経大に行ったんだ」と。父母はそれを聞いて、そして、父は私に私の鼻の頭を指さして何度も何度も言ったのだ。「S先生は、大阪経大やねんぞお。おまえとは違うねんぞお。わかっとんのんか、おまえはあ。S先生はおまえみたいに慶應(東京のケー大)みたいなもん、行かせてもらってないねんぞ、おまえみたいにい。わかっとんのんか、チャンコロ! S先生は家が貧乏やったから、おまえみたいに慶應なんか行かせてもらえんかってんぞお。わかっとんのんか、わかっとんのんか、わかっとんのんか、チャンコロぉ! わかっとんのんか、わかっとんのんか、わかっとんのんか、チャンコロぉ!」と何度も何度も言ったものだ。 それで、私は言ったのだ。「なんで、家が貧乏やったから大阪経大なんて行かはりますのおん? 家が貧乏やったんなら、学費の安い国立大学に行けばよろしかったんとちゃいますのおん? 現役で東大に行かはったらよろしかったんちゃいますかあ? なんで、東大に行かはれかったんですかあ~あ? なんでですのおん?」と。
   すると、母がこう言ったのだ。「何を言ってますのん。東大なんか行ったら下宿代や交通費がかかるでしょうよ。下宿代がかかるからS先生は東大に行かずに大阪経大に行かはったんでしょうよ。 あんたみたいに東京の大学に行ったら下宿代や交通費がかかるでしょうよお」と。 それで、私はこう言ったのだ。「下宿代や交通費がかかる言わはるなら、阪大(大阪大学)か神戸大に行かはったらよろしかったんとちゃいますかあ? なんで、阪大に行かんと国立大学よりもお金のかかる大阪経大なんか、わざわざ、行かはるんですかあ? ぼく、頭悪いからなんか、さっぱりわかりまへんねんけど。教えていただけませんかあ~あ? なんでですのおん? な~んでえ~え?」と。
   すると、母はこう言ったのだ。「家が貧乏やったから、あんたみたいに勉強させてもらえんかったんでしょうがあ。何、甘ったれたこと言うてますのん、あんたはあ。甘ったれなさんな、あんたはあ」と。 それで、私はこう言ったのだ。「家が貧乏やったなら、そうであればこそ、真面目に一生懸命に勉強して国立大学に行くようにするべきと違うんでっかあ?北野高校の同級生でも、自分の所は家が貧乏やから国立大学に行ってくれと親から言われていると言うておったヤツおったけどなあ・・・。大学に進学する時に成績がある程度以上の者は、家が金持ちやった者で甘ったれてる人間で、大学に進学する時に成績が悪い人というのは、家が貧乏やった気の毒な方ということですかあ?それやったら、一生懸命、勉強して成績を上げたらバカみたいですねえ。勉強なんかせん方がええみたいでんなあ」と。 私はそう言ったのだ・・・が、そうすると、母は「こいつ、理屈強いわ。ほんま・・・・」とか言って悔しそうにしたものだった・・・・が、「理屈強い」のは私ではなくSさんの方であろう。なんで、私は今でも、なんで、家が貧乏やったいう人が、学費の安い国立大学に行かずに、わざわざ、私立の大阪経大なんかに行くのかさっぱりわかりまへん・・・・し、それよりも、今と私が高校を卒業した頃では奨学金の制度は違うのかもしれないが、Sさんの方が私より年上だが、それほど年齢は離れておらず、私が高校を卒業する頃とSさんが卒業する頃は奨学金の制度は同じだったと思われるのだが、日本育英会奨学金というものがあって、これは、受給できれば供与であって返す必要はなく、成績と親の年収によって受給できるかどうか決まり、高校・大学の場合は、成績は「ある程度以上」であればよく、むしろ、親の年収の方が重視され、大学院の場合は親の年収は関係なく、成績が良ければ受給できるというもので、もし、日本育英会奨学金を受給できたなら、支給してもらえるのは「学費分」だった。だから、本当に家が貧乏だったのなら、日本育英会奨学金を受給して大学に行く限り、私立金権裏口医学部の寄付金なんてのは日本育英会奨学金は出してくれないけれども、そうでなければ、国立大学でも私立大学でも、学費の高めの私立大学でも安めの私立大学でも行く人間にとっては一緒だったはずなのだ。又、慶應大学というのは、金持ちの行く大学というイメージがあるが、学費は「国立大学よりも高いが私立大学の中では安い方」で、早稲田大学よりも慶應義塾大学の方が昔から安いし、慶應義塾奨学金というものがあって、日本育英会奨学金を受給して学費を出してもらった学生には、自動的に慶應義塾奨学金として生活費を出してもらえるという制度があった。他の大学に同様の制度があったのかなかったのかは知らないがどこにでもあったわけではないはずだ。慶應という大学は「金持ちの学校」というイメージがあるが、実際には、貧乏人でも行けるような制度が相当充実している大学であり、その点で、「家が貧乏やったから、慶應なんか行かせてもらえなかったから大阪経大に行った」なんてお話は、はあ~あ? はあ~あ? はあ~あ????? て感じがするのだが、それでも、うちの父母はそんなヨタ話を信仰していた。 「信じる者は救われる」ということか・・・?
    さらに。 新聞屋の「奨学金」というものがあって、朝日新聞・毎日新聞・読売新聞・産経新聞・日本経済新聞といった新聞屋で配達の業務をする「新聞奨学生」というものがあるのだが、新聞販売店の業務は、配達と拡張・集金の3つの業務があるのだけれども、その店の用意したアパートに住み、朝食・夕食はその店で食べて、配達だけおこなって集金と拡張の業務はせず、報酬として「給与+奨学金」を受け取るというものがある。私は、新聞屋の配達の仕事を少しだけ実際にやったことがあるのだけれども、けっこう大変な仕事で、東大・京大や早慶くらいの大学に行った学生の場合、勉強もある程度以上しなければならないので、朝刊と夕刊の配達だけで集金・拡張はしなくてもいいとはいっても、学業と両立させるのはけっこう難しいのではないかと思ったが、大学でも、言っちゃ悪いが「底辺の方の大学」とか専門学校とかに行く学生で、ともかく、授業についてはその学校の授業に出席すれば卒業はできるというような学校に行った学生の場合には比較的向いている仕事かもしれない。又、居酒屋のアルバイトなどは接客業なので、客を相手にするのは苦手というような人には向かないが新聞屋の配達は配るだけなので、体力はいるし、雨の日でも風の日でも地震でマンションのエレベーターが止まった日でも原発事故が発生して放射性物質が降ってくる日でも配達しなければならないが、接客などは苦手だが体力がいる仕事に苦痛を感じないというタイプの人には向いているかもしれない。 その新聞屋の「奨学金」というのは、日本育英会の奨学金とか慶應義塾奨学金などとは「奨学金」という名称を使っていても性格は異なり、新聞屋の奨学金は「あくまでも賃金の一部分」であり、「給与+奨学金」が賃金であったのですが、その際にも、「奨学金」として支払われる金額は「学費分」であったのです。「家族手当」として会社が払うものは、これは給与の一部分ですが、家族の人数に応じて払われるのと同様、新聞屋の「奨学金」は給与の一部分ですが、その金額は「学費分」であって仕事ができるから多いとかできないから少ないとかいうものではないのです。ですから、「家が貧乏やったから、一番安い大阪経大に行った」とかいうお話は、なんだか、まやかしじゃないか・・・?  もし、Sさんが、新聞配達をやって新聞屋の奨学金をもらって大学に行こうということを考えたことがあったなら、こういうことは知っているはずなのですが、「家が貧乏やったから、学費が安い大阪経大に行った」とかなんちゃら言いまくっていたということは、こういうことを考えたことがなかったということか・・・・? なんて私は思うわけですが、うちの親は二人ともそういうことをまったく考えず、簡単にSさんの言うことに対して「信仰の道」に入ったようでした。

    それで、だ。 大阪経済大学(大阪のケー大)という学校は、昔から、私立大学としては学費が安い方の学校と言われてきたが、入学する際の試験の難易度はあまり難しくない学校とされてきた。 だから、高校を卒業する時点で、あまり、成績は良くないけれども大学に行きたいという人で、家がそれほど金持ちではないという人が行くことが多い大学だった。そういう人には、高校までの成績はあまりよくないが、それでも大学に行きたいという気持ちがあり、家が貧乏でもなんとか行こうとして努力する人で、その姿勢において真面目でその点で評価できる人もいたと思う・・・・が、「家が貧乏やったから、一番学費が安い大阪経大に行った」とかいうヨタ話は、よっぽどいっぱいツバを眉につけて聞く必要があると思う・・・・・が、私の父母なんてのは信じやすいのか、完全に信じ切っていて、そして、「おまえとは違うねんぞ、チャンコロ。S先生はなあ、家が貧乏やったから大阪経大やねんぞ、チャンコロ。おまえとは違って家が貧乏やから慶應なんか行かせてもらわれへんかってんぞ、チャンコロ。わかっとんのんか、チャンコロ。おまえとはS先生は違うねんぞ、チャンコロ」と何度も何度も私の鼻の頭を指さして叫んだものだった。
    しかし、だ。 大阪経大が私立大学の中では学費が安い方の大学であったとしても、だ。 大阪経大卒では牧師にはなれないはずなのだ。 なんで、S先生は大阪経大卒で牧師になっていたのかというと、大阪経大を卒業した後、トーシンダイ・・・東京神学大学という私立大学にさらに行って卒業なさったのだ。 トーシンダイを卒業したから牧師先生になれたのであって、大阪経大卒だから牧師先生になれたのではないのだ。 ということは、大阪経大とトーシンダイという私立の大学を2つも行かれたわけだ。 大学を2つ行く人というのは、時々ある。北野高校の倫理社会の先生だったA先生は大阪大学の法学部を卒業した後、大阪大学の文学部哲学科に行き直して、それから北野高校の教諭に就職されたらしい。 有名人では、朝日新聞の記者だった本多勝一は千葉大の薬学部を卒業した後に京大の農学部に行った。バスの歌手の岡村喬生は早稲田大を卒業した後に、ミラノだったかミュンヘンだったかの音大の声楽科に行ってプロ歌手になった。 しかし、そういう2つ大学に行った人というのは、たいてい、国立大学か早慶くらいの大学に行った人であって、大阪経大ともう1つ私立大学に行った人なんて、S牧師以外に聞いたことない。
    かつ、東大に行くには交通費がかかるから大阪経大に行ったと言うわりに、なんで、関西にある関学の神学部とか同志社の神学部とかではなく、トーシンダイ(東京神学大学)なんて行くのか、わけわからん・・・と思ってそう言ったところ、母は「それは、トーシンダイの方がいいからでしょうよ」と言うのだ。それで、私は言ったのだ。「そうですかあ~あ? 普通に考えて、関学の神学部とか同志社の神学部の方がええのんちゃう~う? トーシンダイなんて、そんなもん、知りまへんなあ」と。「だいたいやねえ。東大に行くには交通費がかかるから東大に行くことができなくて、それで、交通費が原因で東大じゃなくて大阪経大に行ったとおっしゃる方が、なんで、関学の神学部や同志社の神学部じゃなくてトーシンダイなんて行きはりますのおん? 大阪から東大に行くには交通費がかかるけど、トーシンダイに行くなら交通費はかからん言いはるんでっかあ? なんでかからんのですかあ? ぼく、ほんまに頭わるいからなんか、さっぱりわからへん」と。
    だいたいやなあ・・・。「家が貧乏やったから、学費が一番安い大阪経大に行った」とか何とか言っても、大阪経大とトーシンダイと私立の大学を2つも行ったら、その両方の学費を合わせたら、どちらか片方なら比較的安い方の大学でも、私立大学に2つ行ったら、その2つを合わせたら、ちっとも安くないのと違うんかい?!?!

    そのうち、箕面教会に来ていた教会員の息子で、大阪の私立ドバカ大学を卒業したのはまあいいとして、会社勤めをしたがうまくいかないということで、トーシンダイに行って牧師に転職したいと言い出した男がいて、その男をトーシンダイに行かすための学費を教会員の皆さんで出してあげてくださいとS牧師は言い出したらしいのだ。 そして、私の父母も寄付したのだ。その学費を。あきれた!
    私に対しては、父は「うちは文学部なんか行かすような金持とは違います。甘ったれなさんな」と言ったのだ。私が小学生から中学生の頃、「親というものは、息子が大学に行こうという時に、行きたい大学の行きたい学部に行ってつきたい仕事につけるようにと思って、それで、子供の頃から無理にでも勉強させようとするものなんや」と言っていたはずで、私はそうなのだと思って勉強したのだが、ところが、実際に、大学に行く時になると、父母はそれまでとは言うことが正反対になった。父が言うには「甘ったれておってはいかんぞ、チャンコロ。おまえはチャンコロでわしはドイツ人やねんぞ。チャンコロ」と父は言うのだった。「神さまは大変に賢明なお方であって。 世の中には、自分ではやらずにひとに命令して人に何でもさせる人間ばっかしでもいかんし、自分で自分のことを決めずに常に人から命令されて何でも何でも言われた通りにせっせせっせとやる人間ばっかしでもいかん。両方の人間がおらんといかんのや。 だから、神さまは、この世の中に、この両方の人間をお造りになった。人間は、自分ではやらずに人に命令する階級と、自分で自分のことを決めずに何でも何でも命令されて命令された通りせっせせっせとやることを喜ぶ階級の2つの階級に分けてできているんや。 民族でもそうやろ。ドイツ人とかアメリカ人とかは命令する階級、命令する民族。チャンコロは命令される階級、命令される民族。わしいはドイツ人でアメリカ人なんや。即ち、わしは命令する階級、命令する民族。あんたあはチャンコロとして神さまから作られた階級、民族。そやからやなあ、あんたあは、何でも何でも命令されることを喜ぶ人間やねん。そやからやなあ、何でも何でも、わしいとかM川先生(父の親友の医者屋)とかM尾さん(父の部下で父のおかげで出世したらしい人)とかT子さん(我が家の3人兄弟の中で父の一番のお気に入り)とか、それから聖徳太子とかヒットラー総統とかは命令する階級の人間で、あんたあは何でも何でも命令されて命令されたとお~り、せっせせっせとやることを喜ぶ階級で民族やねん」ということだった。 で、私は「とってちってたあ~あ」と言われて、「会社のために、会社のために」「すべてを会社のために、捧げつく~す」という人生がふさわしい「民族」で「階級」だそうだった。
   父は、また、「宗教はアヘンであ~る。 マルクスがそう言うてお~る」とか言い出した。 それまで、自宅で(あくまで、自宅でだが。よそでは言っていないと思うが。たぶん)「ソ連はずるい。ロスケどもをやっつけてやらんといかん」「共産党は死刑にしろお」とか「日教組は刑務所にたたきこめえ」「朝日新聞はアカだ」とか毎日のように叫んでいたおっさんが、私が大学に進学する頃になると、突然、“教条的マルクス主義者”みたいなことを言い出した。 なぜ、言い出したかというと、私が宗教哲学の研究者になりたいとポロっと言ってしまったからだった。
   ともかくも、大学に行って、それも家から離れた大学に行けば、2年から3年になる時に、有無を言わさず、自分が行きたいと思う学部学科、進みたいと思う方向、やりたいと思う研究分野に行くと計画していたのだが、ポロっと言ってしまったのだ。そこから、「宗教はアヘンでR(アール)! マルクスがそう言うてお~る。 焼~き討ちじゃあ! 焼~き討ちじゃあ~あ!」と言い出したのだった。 その「焼き討ち織田信長大好き人間」にして「『宗教はアヘンである』という部分限定の教条的マルクス主義者」は、何としても、私が哲学科・倫理学科・宗教学科に進学することを阻止すべく、そのためなら、右とでも左とでも悪魔とでも手を組むという態度に出た。
   日本共産党宗教委員であった蔵原惟人氏の『宗教-その起源と役割』(新日本新書)によると、
1.「宗教はアヘンである」という言葉は、カール=マルクスが最初に使った表現ではなく、マルクスが生きた頃のドイツでよく使われていた表現で、詩人のハイネ、哲学者のヘーゲルほか何人かが使っているのがわかっており、マルクスは『ヘーゲル法哲学批判序説』の中で一度使っているが、一度だけで、何度も使用している表現ではなく、エンゲルスは一度もこの表現は使用しておらず、レーニンも使ったことはなく、
2.「アヘン」という言葉には、「毒薬」という意味と「なぐさめ」という意味の2つの意味があり、マルクスが「宗教はアヘンである」という表現を使った時、マルクスは宗教は貧しい人たちにとっての「なぐさめ」であるという意味で使用しており、「毒薬」という意味では使っておらず、宗教でも中には毒薬のような宗教もあるけれども、そういう毒薬のような宗教を批判する時には、マルクスはこの「宗教はアヘンである」という表現は使っていない・・・・というのだが、「焼き討ち織田信長大好き人間」にして「『宗教はアヘンであ~る』という部分限定の“教条的マルクス主義者”」のおっさんにとっては、「宗教はアヘンであ~る」という文句は「聖句」だったのだ。
   なおかつ、親友の医者屋Mから「宗教や哲学を学ぼうというような人間は精神異常者であ~る」という教条もまた仕入れてきた。 「甘ったれておってはならんぞ、チャンコロ。 宗教はアヘンである。 哲学は精神異常者であ~る」と叫び続けるおっさん。 そのおっさんの息子に生まれてしまった者が、マルクスはそんな意味で言っていないし、そもそも、宗教は毒薬であるのか否かということを考えるところから宗教学・宗教哲学は始まるのだ、と言っても、「宗教や哲学を学ぼうというような人間は精神異常者であ~る」とか言う人間の方こそ「おかしい」のではないのか・・と言っても、聞く耳はもとより存在しない。 「どん、がん、どんがらがった、ちゃちゃちゃちゃちゃん♪」〔⇒《YouTube-<軍歌>軍艦行進曲(軍艦マーチ)》https://www.youtube.com/watch?v=mTwUiUCO7l0 〕ということで、「会社のために、とってちってたあ~あ」の大学の学部に行かされてしまった・・・。
    中央公論社から発行された『世界の名著』シリーズの『世界の名著 聖書』で、新約聖書の部分の翻訳者であり聖書の研究者である前田護郎さん(もちろん、コメディナンバーワンの前田五郎とは別人)が、大学に進学する時、聖書の研究をやりたかったが反対され、望まない学部を受けさせられて、そこで白紙の答案を書いて出して不合格になったが、翌年、希望を聞いてもらえて東大の文学部に進学して聖書の研究者になれたという話を書いていたのだが、実は私も前田護郎さんと似たことをやったことがあるのだ・・・・が、違うところは、前田護郎さんは、その結果、家族は理解を示して、東大の文学部に進学して聖書の研究者になることを認めてもらえたらしいのだが、私の場合は、前田護郎さんと違って、絶対に認めてもらえなかったのだ。「うちは、文学部なんか行かすような金持とは違います。甘ったれなさんな」「うちは大学院になんか行かすような金持とは違います。甘ったれなさんな」「うちは学校の先生になんかならすような金持とは違います。甘ったれなさんな」「宗教はアヘンであ~るとマルクスが言うておる」(マルクスさんが何をおっしゃったとしても、マルクスさんがもっともなことを言われていると思えばその考えを採用すればいいが、適切ではないと思ったならば、マルクスさんが何をおっしゃろうがその考え方を採用する必要はないのではないかと私は思ったのだが、その部分限定の“教条的マルクス主義者”には通じなかった)「哲学を学ぼうという人間は例外なく精神異常者や」「哲学を学ぼうなどというようなヤツは、モラトリアム人間(病)という病気にかかっておる甘ったれた人間や。慶應義塾大学の小此木啓吾先生がおっしゃってる」「哲学科に行きたいというようなヤツはアカだ」、「とってちってたあ~あ」ということで、聖書であるとかキリスト教であるとかを大学で専攻して学ぶなどということは、たとえ、東大の文科三類なり京大の文学部なりに合格できたとしても、絶対に選択させてもらえる余地はなかった。 とってちってたあ~あ・・・。
    不思議なのは、「宗教はアヘンであるとマルクスが言うてお~る」と主張する「その部分限定の教条的マルクス主義者」にして、「焼~き討ちじゃあ。焼~き討ちじゃあ」という「焼き討ち織田信長大好き人間」のおっさんが、なぜか、同志社大学卒で「クリスチャン」だったのだ・・・・。 なんかもう、わけわからん・・・。「宗教はアヘンであるとマルクスは言うてお~る」とか「焼~き討ちじゃあ」とか言いながら、なんで、あんた、キリスト教の洗礼を受けるねん? なんとも、マカ不思議だった・・・・。もう、わけわからん。

    父は昔は「わしは同志社大学という立派な立派な大学を出てます」と言うておったはずだったのだが、ある時から、「わしは慶應やねんぞお。わしはあ。わしはほんまは慶應の人間やねん、わしは、わしは、わ、し、はあ~あ」と言うようになった。いったい、いつから、宗旨替えしてん?・・・・・???  それは、私が、東大の試験に2浪しても落ちてしまって、どうでもいいやて感じで受けた慶應大学の商学部に合格して行って以来、父としては、息子が「自分よりもいい大学」に行ったということが、他人には自慢したいが、自分自身としては我慢できなかったようなのだ。 だから、「わしはほんまは慶應やねんぞ、ほんまはあ」と主張するようになったらしい。「ほんまは」というのはどういうことかというと、「わしだって、家が貧乏やなかったら、慶應を受けさせてもらって間違いなく慶應に行きました」「家が貧乏やったから、だから、あんたとは違って慶應なんか受けさせてもらえんかったんや。だから、同志社しか行かせてもらえんかったんや」と、それが父の主張だった。その頃、奨学金の制度てなかったんやろか? とか、そんなら、慶應じゃなくて、京大なり阪大なりに行けばよかったのとちゃうんかい? 家が貧乏やったから慶應を受けさせてもらえんかったのなら、なんで、慶應じゃなくて京大とか阪大とかに行けへんかってん・・とか思ったのだが、父としてはそうは考えなかったらしい。 「わしはほんまは慶應やねんぞ。わかっとんのんか、チャンコロ。わかっとんのんか、拓殖。 おまえはほんまは拓殖やぞ、拓殖」と私は拓殖になった。もう、なんでもあり。
   「おまえはなあ。おまえは、慶應に自分は行ったと思うておるかもしれんけどもなあ。 おまえが何か努力したから慶應に行けたんとは違うんやぞ。わしがエライから慶應に行かせてもらえてんぞ。心得違いを起こすなよ、チャンコロ」と父は私に言うのだった。 どうも、何人かのブレーンがいて、そのブレーンの表現を父は取り入れていたようだった。 父の親友の医者屋のM川は「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りしたカネでドバカ息子を私立金権裏口医大の関西医大http://www.kmu.ac.jp/ に金権裏口入学させたと自慢していたのだが(普通、裏口入学て、たとえ、するにしても、恥ずかしそうにするものであって、自慢するもんとちゃうのんと違う・・? とか私ら庶民は思うのだが、医者屋の世界ではそうではないらしい)、そのM川のおっさんがそのドバカ息子に「『おまえが努力したから大学に行けたのとは違うんやぞ。わしがエライからおまえは大学に行かせてもらえてんぞ』と息子に言うてやりますねん」と言っていたのだ。それを父は取り入れたらしい・・・・のだが、違いがひとつあって、M川のドバカ息子は関西医大に「患者」を薬漬け・検査漬けにしたカネで金権裏口入学したようだが(その医者屋のおっさんM川がエライからではない。薬漬け・検査漬けにされた「患者」のおかげで、裏口関西医大に行かせてもらえたのである)、私は慶應大に何も裏口入学させてもらったのではないし、父は慶應大に裏口入学させてもらえるようなコネなんか持ってないのだ。 私は裏口入学させてもらったわけでもないのに、なんで、裏口入学したヤツと同じ表現を使われなきゃならんのだ? と思ったが、もう、なんでもあり!!! で、父は「家が貧乏やったから慶應に行きたかったけど、受けさせてもらえんかったんや。わしはあ。もし、貧乏やなかったら、わしは間違いなく慶應に行っておるんや、わしは。わしは、わしはあ~あ」と何度も何度も言い、「おまえとは違うねんぞ、おまえとは。おまえは、拓殖じゃ。おまえはほんまは拓殖なんじゃ、おまえはあ」と私の鼻の頭を指さしたのだが、私は、何も、「ほんまは」拓殖しか通らないのに慶應大に裏口入学させてもらったわけではないのだ。
    で、父が大学に進学する頃、父の家庭は貧乏だったのかというと、母が言うには、「あの人、よく、そんなこと言うわ。私、結婚する前からあの人の近所に住んでたから知ってるよ。 まったく、あきれるわ。あの人、慶應に行きたかったというのは知ってるけど、慶應を受けたけれども落ちたんでしょうよ! 落ちたから行けなかったんでしょうが。 自分が落ちたから行けなかったくせしてからに、よく言うわ」と。 まあ、だいだいにおいて、「家が貧乏やったから行かせてもらえんかって~ん」と言う人というのは、こういうのが多い! ほんと、多い。まったく、世の中、「よく言うわ♪」て感じの人間が、実際、多い!〔⇒《YouTube-三年目の浮気 》https://www.youtube.com/watch?v=DgBvi-cZbJM 〕
    しかし、世の中、「よく言うわ」て感じのウソッパチを言う人間というのは、けっこういるわけで、私も学校という所に学生として行っている時はそういうことをよくわからなかったが、会社という所に勤めてみると、学歴詐称する人間なんてゴマンといるし、世の中、変なおっさんはいくらでもいる!・・・のだが、それにしても、そういうウソッパチは、よその息子に言うものであって、自分の息子には、よそのおっさんの嘘を見抜いた上で、「おまえ、あんなヨタ話に乗せられるなよ」と教えるものではないかと思うのだが、うちのおっさんは、そうではなく、よその息子には「ええかっこ」してからに、おのれの息子にウソッパチを言う男だった。普通、よその息子にそういうことを言っても、自分の息子に言うかあ~あ??? と思ったのだが、言うおっさんだったのだ。うちの父親は。「よく言うわ」と思うが、そういうおっさんが父親だったのだから、しかたがない・・・・。
    で、「おまえが努力したから大学に行けたのとは違うねんぞ。おまえは何ひとつ努力しとらんねんぞ。わしがエライから大学に行かせてもらえてんぞ」という表現は、ドバカ息子を金権裏口入学で裏口関西医大に行かせた医者屋のM川からその表現を学んで取り入れたようだが、「わしは貧乏やったから、慶應に行きたかったけど行かせてもらえんかったんや。貧乏でなかったら、わしは間違いなく慶應に行きました」という表現の方は、箕面教会の牧師のSさんから学んで取り入れた表現のようだった。牧師先生だけあって信徒にはさまざまなことを指導するようだ。 「家が貧乏やったから、大阪経大しか行けなかったんや」と・・・・Sさんは言っていたようだが、貧乏やったんなら、もっと真面目に勉強して、東大でなくても、阪大にでも行けばよかったんだろうが! 違うんかい! 違うならどう違うのか言うてみい、こらあ! 家が貧乏な者が何で真面目に勉強して阪大に行けへんのんじゃ、こらあ! と言いたいところだったが、なにしろ、牧師さんだから、神の加護が彼の背後にはあった・・・・。

    そして、箕面教会の牧師のSさんが、同教会の教会員の息子で私立五流大学を卒業して会社勤めをしたが、うまくいかないので牧師に転職したいという「甘ったれたやつ」をトーシンダイに行かせるために、教会員の人たちで、その学費を出してあげてくださいと寄付を募った時、私の父母もそのカネを出したのだ。「おつきあい」として出したという面もあったかもしれないが、父としては「有徳の士」としての態度を払いたいという気持ちもあったのではないか。「わしは聖人やね~ん」とか言うておった。私が、キリスト教や聖書の研究、特にキルケゴールの哲学の研究をしたいと思っても、「宗教はアヘンであるとマルクスが言うておる」と言い、「哲学を勉強したいという人間は例外なく精神異常者や」と言い、「哲学だの宗教だの学びたいなんぞ言うやつは、モラトリアム人間という病気にかかっておる人間やと慶應大学の小此木啓吾先生がおっしゃってる。治療せんといかん」とか言うておったおっさんが、そして、私が東大を落ちて、慶應にいやいや行った際、ともかく、キルケゴールの本を原書で読めるようになりたいと思って、白水社から発行されていた『デンマーク語入門』という本を購入した自習しだした時、それを見つけて、「これは、いったい、何や!」と言い、「だから、デンマーク語を勉強するための本でしょ」と言うと、「甘ったれるな! デンマーク語みたいなもん、そんなもん、勉強せんでもええ。甘ったれるな!」と言って、その本を取り上げられはしなかったけれども、取り上げられそうになったものだった。 父にとっては、キルケゴールの哲学の学習・研究というのは「甘ったれたやつ」のすることだったのだ。それから考えると、私立の五流大学を卒業して、会社勤めをしたけれども、うまくいかないから牧師に転職したいと思って、トーシンダイに行こうなんてヤツというのは、「ウルトラスーパー甘ったれたヤツ」と違うのか?!? と思ったのだが、ところが、よその息子の場合は違うらしいのだ。 よその息子の場合はそうではなく、そのバカ息子をトーシンダイに行かす学費のための「特別献金」というのを払うのだ。そして、言うのだ。「わしは聖人やね~ん」と。
   私が高校を卒業する年に東大を落ちた後、父は「現役で通っておったら、かからんかったカネがこれだけかかっておる」「デンタク、電卓、でんたっく♪」と言って、予備校の学費がいくら、定期代がいくら、試験を受けに行った時の交通費がいくら、願書を出すための封筒代がいくら、切手代がいくらと電卓で毎日計算していた。「電卓、でんたく、デンタック!」と言って。 そして、親友の医者屋のM川から言われた文句なのだが、「高校は義務教育じゃないから行く必要ない」「義務教育でもないのに、あんたが高校に行ったのは余計じゃ」と言う文句を、私に毎日毎日、鼻の頭を指さして言ったものだった。 で、その医者屋のM川のドバカ息子は金権裏口関西医大に裏口入学したのだが、それは「余計じゃ」ではないのかというと、それは「わしの息子なんかは、高校だけじゃなくて、大学まで裏口入学させてもらったんやから、一生懸命、勉強せんといかんなあ」という結論になるらしく、それに対して、私の場合は「おまえなんか、高校行ったんは余計じゃ。おまえは中学校でてすぐに働くべきやったのにからに、このチャンコロ、高校に行きやがってからに、このチャンコロめが、このチャンコロ。 おまえは大学には行かんでええんじゃ。甘ったれるな、チャンコロ。おまえは高校行かんでええんじゃ。余計なもの行きおってからに、このチャンコロめが」という結論になるのだった。 「高校は義務教育ではない」という点では同じでも父の親友の医者屋のM川の息子の場合は「だから、一生懸命、勉強せんといかんなあ」という結論になるのに対し、私の場合は「おまえは大学みたいなもん、行かんでもええんじゃ」という結論になるのだった。
   私には「おまえみたいなもん、大学行かんでもええんじゃ、チャンコロぉ。おまえは高校行かんでもええんじゃ、おまえはあ~あ」と言ったおっさんが、箕面教会の教会員の息子で私立五流大学に行かせてもらって卒業して会社勤めしたがうまくいかないから牧師に転職したいという男には、その男が牧師屋になるためにトーシンダイに行く費用を「特別献金」として支払ったのだ。もちろん、その男がトーシンダイに行くための費用全額を父が出したわけではなく、あくまで、「いくらか」でしかないが、それでも、出したのだ。私には「うちは、文学部なんか行かすような金持とは違います」と言ったおっさんが。私には「宗教はアヘンであるとマルクスが言うてお~る。甘ったれておってはならんぞ、チャンコロ。とってちってたあ~あ」と言っていたおっさんが。そのカネでトーシンダイに行った男が、今はどこかの教会で牧師になっていることだろう。私よりも高い給料を取っているのではないか・・・。

   ↑の箕面東教会を建てるのにも、箕面教会の人たちは献金をしたらしく、うちの親も出したようだ。出して悪いということはない・・・とは思うが、しかし、箕面東教会ができた時の箕面教会の牧師さんは誰だったかというと、↑のSさんだった。うちの親は、私が宗教哲学の研究者になりたいと言うと、「うちは文学部なんか行かすような金持とは違います」「うちは大学の先生になんかならすような金持とは違います」「うちは大学院になんか行かすような金持とは違います」「宗教はアヘンであるとマルクスは言うてお~る。とってちってたあ~あ」「哲学だの宗教学だのを勉強したいなんぞと言うような甘ったれたヤツはモラトリアム人間病という病気にかかっておると小此木啓吾先生がおっしゃってる。甘ったれるな!」と言い、キルケゴールの研究をやりたいと思って、デンマーク語の学習をやろうとした際には「デンマーク語みたいなもん、勉強せんでもええんじゃ。甘ったれるなあ!」と言ったおっさんが、箕面教会の教会員の息子が私立五流大学を出て、ま~だ、トーシンダイに行こうということになると、その学費を「特別献金」した、その「特別献金」を企画したのが、「家が貧乏やったから大阪経大しか行かせてもらえなかった」という、「家が貧乏」でなければ東大か慶應に行ったらしいSさんだった。
   そう思って見ると、↑の教会の建物、教会堂としては、特に華美でもなく、落ち着いたいいデザインではないかと思うのだが、この教会の建物を建てる費用もうちの親は出したが、よそのドバカ息子が私立五流大学に行かせてもらって、ま~だその上にトーシンダイなんてものに行く費用を「特別献金」しても、私がキルケゴールの研究をやりたいと思っても、宗教哲学を専攻する学科に行こうとすると、「宗教はアヘンでR」とか言い、デンマーク語の勉強をしようとすると、「甘ったれるな! デンマーク語みたいなもん、勉強せんでもええんじゃ、チャンコロ。甘ったれるな!」と言ったそのおっさんが「特別献金」したカネでできた教会だ・・・・と思うと、「焼き討ち」にするわけにもいかんだろうが(また、最近の建物というのは防火性能が良くなってたとえ「焼き討ち」にしようと思ったとしても実際問題としてなかなか燃えないが)、つくづく気分が悪い。
   そんな教会に行くと、私には「うちは文学部なんか行かすような金持とは違います」「宗教はアヘンであるとマルクスは言うてお~る」「哲学だの宗教だの勉強したいというやつは精神異常者だ」とか「哲学なんか勉強したいというヤツはアカだ」と私は言われてきたのに、そう言ってきたおっさんに出してもらった「特別献金」のカネでトーシンダイに行かせてもらった私立五流大学卒のヤツに、日曜日に「説教」されにゃならん!・・・てことになりそうだから、もう今後、「教会」なんて所には行きたくない。教会の建物は嫌いではないので、外観は見学することはあると思うし、明治村なんかで今は使われていない教会の建物の内部を見学することはあると思うけれども。

   それから、Sさんの「牧師説教」での得意のネタは「私の家は私が子供の頃、始終、借金取りに追われていた。借金取りに追われる苦労ほど大変なものはない。 借金取りに追われる苦労を考えれば、何だってできる」というお話だった。 それが「牧師説教」だった・・のだが、Sさんはひとつ勘違いしているものがあると思う。借金取りに追われている人というのは被害者なのでしょうか? 誰かにお金を借りて返さないか、何かの仕事をしてもらってその代金を払わないから、それを払ってくれと言って、借金取りは追いかけてきているのと違うのでしょうか?
   借金取りに追われて逃げている人というのが大変だったとして、本来なら払ってもらわないといけないものを払ってもらえずに逃げられた人間というのは、借金取りに追われている人間に比べればちっとも大変ではないと言いたいのでしょうか? なんか、そのあたり、Sさんは勘違いしているような気がするのですが。 「借金取りに終われることほど大変なことはない」と何度も言ったなら、せめて、10回に1回くらい、本来なら払ってもらわなないといけないものを払ってもらえずに逃げられた人間の大変さというものも、ちょっとは考えてもいいのではないのか?
   私自身にしても、千葉市中央区鵜の森町のSハウジング(有)〔建設業。2013年11月に倒産〕で、本来なら払ってもらわないといけない賃金を払ってもらえずに逃げられた上、私が事務所に置いていた私の私物まで持ち逃げされたということがあったが、払ってもらわないといけない賃金を払わずに逃げた人間、私の私物を持ち逃げした人間が「これほど大変なことはない」「この苦労を考えれば何だってできる」人間で、払ってもらわないといけない賃金を払ってもらえずに逃げられた者、私物まで持ち去られて、返してくれと言っても返してもらえない人間というのは、なんら大変ではないと言いたいのでしょうか?
  本来なら払ってもらわないといけないものを払ってもらえない人間の大変さというものを、ちびっとくらい考えてみても罰当たらんのではないのかいなあ~あ・・・と思うのだが、Sさんは「借金取りの追いかけられる大変さ」は実感しても、「払ってもらわないといけないものを払ってもらえない者の大変さ」なんて、ちっとも考えない人のようでした。・・・・まあ、「牧師なんてそんなもの」なのかもしれませんね・・・・・。 それが「牧師説教」ですから、6日間、働いたあげく、日曜日に教会に行って、そういうお話をカネ払って「説教」される・・・・というのは、なんか、割が合わんような気が・・・しまんなあ・・・・、ほんま。「会社っちゅうところ」では、カネもらうんやから・・と思って、何をアホなこと言うとるかと思っても我慢して「説教」を聞くことはあるが、なんで、休みの日にこっちがカネ払って「説教」聞かされにゃならんのだ?・・・・なんて思いまんなあ・・・・。
   (2017.9.26.)

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