国立西洋美術館 常設展とル・コルビュジェの芸術空間展【6/6】西美にルーツが?と思える前川國男の建築

[第311回] 東京圏の美術館・博物館(10)‐6
[20] 前川國男設計の建物のル=コルビュジェ設計の国立西洋美術館から由来かと思われるもの
《1》 国立西洋美術館本館 と 新館
   国立西洋美術館新館の南側の「近代の彫刻」の部屋は、南側がガラス張りで、中庭をはさんで本館と向き合っています。↓
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(↑ 国立西洋美術館 新館 南側)
↑ の正面に本館があるのですが、それが、↓
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(↑ 国立西洋美術館 本館 北側)
1階部分、似ていると思いませんか?   


《2》 国立西洋美術館本館 と 東京文化会館
    国立西洋美術館本館の南面は↓
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↑のすぐ南にある東京文化会館は↓
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↑ 最初、東京文化会館の前のコンクリートの柱を見て、なんと、コンクリートの柱に「面取り」がしてある!♪!♪ すごい♪!♪ と感動したものです。  音楽会が終わって、一時に観衆が出てきた時、柱にぶつかっても怪我しないように、そこまで配慮して設計してあるのかと感心したのです。 構造上のラーメン構造の鉄筋コンクリート造と思われるコンクリートの柱だけでなく、装飾としての縦桟にもまた「面取り」がされており↓、こんな所まで配慮されているんだ、と感心もすれば感動もしました。
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  「建築家」の設計の建物というのは、建築屋なら欠陥住宅・欠陥建物だと言われるようなものを「世界の◇◇先生の設計」とかカッコつけて安全を考えない建物が多く、たとえば、「世界の磯崎新」設計の「ポストモダンの集大成」と言われ、2級建築士資格試験にも出題される「つくばセンタービル」(茨城県つくば市。つくばエクスプレス「つくば」駅の目の前。)の中庭なんて、わざわざ、子供の顔・眼の高さあたりに屋外燈を設置し、
子供の顔・眼の高さあたりに金属製の樹木のオブジェの枝が突き出すようになっていて↓、
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(↑ この写真に写っている三輪車は、私がこのオブジェは危険であることを示すために置いたのではない。 私が行った時、子供づれで来ていた人がいて、その人がここに三輪車を置いて子供を遊ばせていたのである。「あんた、こんな所で子供を遊ばせては危険ですよ」と言ってあげるべきか迷って言わなかったのだが、言ってあげる方が親切というものだったと思う。)

(↑ つくばセンタービル。 )
中庭広場の中央に、わざわざ、つまづいてひっくり返るように溝が掘られているのです。↓
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そういう点、「普通の人」が設計した「千里セルシー」(大阪府豊中市)(もうすぐ、建て替えるとかいう話も出ていると聞きましたが)↓なんて、「使える広場」を作っていますから、「つくばセンタービル」の中庭みたいに、多くの人がそこに集まったりするとひっくり返って危険と思われる溝なんてものをわざわざ作ったりせず、機能的にできている、「使える建物」にできています。↓
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( ↑「千里セルシー」〔大阪府豊中市〕 )
普通に考えて、広場・中庭の真ん中に溝を掘ったら、人が通行する際、あるいは、その広場・中庭で何か催しを開催する時、人がその溝につま先なり足をはさんでねじって骨折したり捻挫したりする危険がある、足を骨折したり捻挫したりしなくても、そこでつまづいて転ぶ危険がある、ひとりが転ぶと後ろから来た人間がさらにその転んだ人にぶつかってひっくり返る危険がある・・・・なんてことは、特別にものすごい「建築学」とか学ばなくても「普通に考えて」わかることだと思うのですが、「建築家」とか名のり出すとわからなくなるのかもしれませんね・・・・、もしくは、「つくばセンタービル」というのは、「世界の磯崎」が設計したということになっているけれども、実際は、この程度のこともわからない、どっかの大学の建築学科を卒業したばかりの青臭いボーズが設計したものを「世界の磯崎」の名前で発表したというもので、実際はかけだしの青臭い若造の作品であるからこうなっている・・・?ということなのかもしれませんね。
   「建築家」に設計させると、「ポストモダンの集大成」「世界の磯崎の代表作」の「つくばセンタービル」に見られるような子供の顔や眼の高さに突き出た金属製のオブジェとか屋外燈とか、多くの人が集まった時にはつま先をつっこんでひっくり返って足を骨折するおそれもあって大変危険な溝とかそんなものを得意がって作るのかと思うと、そうでもなく、「建築家」は「建築家」でも、前川國男の場合はそうではなく、屋外燈は、東京都美術館でも熊本県立美術館でも、背が高めの大人の頭より少し上くらいの位置に設置されており↓、
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(↑ 東京都美術館 屋外燈。)
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(↑ 熊本県立美術館 入口。 右の壁に屋外燈が設置されているが背が高めの大人の男性の頭より少し上くらいの高さに設置されている。)
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(↑ 国立西洋美術館 新館 屋外燈。)
つくばセンタービルのようなわざわざつまづくような溝なんて作られていないし、そして、何より、東京文化会館の出入口の前のコンクリートの柱は、音楽会が終わった後に観衆が一時に出てきてぶつかっても怪我しないように配慮されて「面取り」がされており、そのあたりは、前川國男の場合、「建築家」らしくないというのか、「建築家」でも多数派の「建築家」とは一味違う、そのあたりは「建築家」よりも、むしろ、「建築屋」型の建築家のようなところがありました。
   つくばセンタービルの向かいの、今、西武が入っているらしい「普通の人」が設計した「普通のビル」には多くの人が入って繁盛しているのに対して、つくばセンタービル1階の商店街は、シャッター閉めの店が多く閑古鳥が鳴いており↓、
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↑ああ、やっぱり、「建築家」に商業ビルを設計させるとこんなになってしまうんだな、「建築家」に商業ビルの設計をさせちゃだめだな!・・と思ったものですが(「やっぱり、商業ビル・商店は建築学科的発想〔もしくは理工学部的発想・芸術学部的発想〕でではなく商学部的発想で設計しないとだめだな」と思いました。この点については、建築学科に行って卒業するとそうでない人間よりその分だけバカになるのではないか? とも思いました。実際、現実にそういう面があると思います。)。 しかし、前川國男設計の新宿の紀伊国屋書店 本店は商業ビルとしての機能、特に書店というものの性質をよく考えて作られており、今も機能して来客も少なくありません。
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(↑ 東京都新宿区 紀伊国屋書店 本店。)
   つくばセンタービルの場合、建設時は、「つくば」地区に「センター」としてその地区の「核」となる「モニュメント」を作ろうとして作られたという性格があり、つくばセンタービルはそのビル自体が商業ビルとして機能することよりも、「核」として「モニュメント」としての機能を求められたのが、今はつくばエクスプレスが開通して「つくば」駅ができて、つくば駅が「核」の役割をするようになり、つくばセンタービルには「核」としての機能が必要なくなり、求められる役割が変わった。その結果、駅前にある巨大なガラクタになってきたという不幸が事情としてあった、ということもあるかもしれません・・・・・が、それにしても、建築屋なら、子供の顔や眼のあたりに突き出た金属製のオブジェだの屋外燈だの、人が集まった時につま先を突っ込んでひっくり返り足を骨折する可能性が小さくない溝つきの広場だのわざわざ鋭角に尖らせた建物のカドだとか、つくばセンタービルみたいなアホなことは普通はやらんものだが・・・・・、それを「建築家」「世界的建築家」は「ポストモダンの集大成」とか言ってやるみたいで、また、それを一生懸命ヨイショする「建築家」もいるみたいで、さらにそれを真似ようとする「建築家」も出てくるみたいで、まったくつくづく、「建築家」てのは、どいつもこいつもよっぽどバカじゃないのか・・・? て感じがしますが、前川國男の場合はそうではないようです。

   ついでに、「世界の磯崎新の代表作」だという「つくばセンタービル」の「ノバホール」は納骨堂みたい! です〔「ノバホール」は⇒[第21回]《『がきデカ』に学ぶリフォームの勧め~つくばセンタービル 再登場 〔引越掲載〕 》http://tetsukenrumba.at.webry.info/201101/article_23.html 〕・・・・が、音楽ホールというのは「中」を先に作ってそれに「外」を合わせると「納骨堂みたい」になりやすいところもあるかもしれませんが、前川國男設計の東京文化会館は必ずしも「納骨堂みたい」ではありませんし。

   最初の国立西洋美術館本館入口の写真と東京文化会館北面の写真を、再度、見比べてみてください。 東京文化会館の前の「面取り」がされたコンクリートの柱というのは、音楽会が終わった後、観衆が一時に出てきてぶつかっても怪我しにくいようにという配慮もあるでしょうけれども、それだけではなく、北側正面のコルビュジェ設計の国立西洋美術館の1階部分のコンクリートの円柱と合わせたものではないか、と国立西洋美術館を見て思ったのです。 そう思いませんか。
   東京文化会館の入口のすぐ外に並ぶコンクリートの柱は、国立西洋美術館本館のピロティー方式として建てられたコンクリートの柱とイメージが似たところがあるように思えます。 前川國男は、国立西洋美術館本館の実施設計をおこなった過程で、それを学んで東京文化会館に取り入れたのでしょうか。


《3》 国立西洋美術館本館 と 熊本県立美術館
   熊本県立美術館は前川國男の代表作のように言われることもあるようですが、行ってみると、最初の印象は、外観は「東京都美術館とそっくり」で、なんだ~あ・・・・と思うところもあったのですが、本棟と別館ではさまれた経路から本棟の内部に入って、ロビーに進むと、おっ!♪! これは東京都美術館にはなかった、というものがそこにあります。↓
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(↑ 熊本県立美術館 屋内。 ホール。)
〔熊本県立美術館のホールの写真は、お願いして、ホールのみ(展示品は写らないように)ということで撮影させていただいたものです。〕
東京都美術館もなかなかいいと思いましたが、これはなかった。 このコンクリートの巨大な柱の林立は、これは熊本県立美術館ならではのもので、そして、周囲の自然や専従建物との調和を尊重する前川國男の設計だけあり、この太いコンクリートの柱も、この場所は熊本城の敷地で、熊本県立美術館の外には年数も下手太い樹木が何本も植わっており、その屋外の樹木の延長として屋内においてもその樹木に該当するようにコンクリートの柱が立っていたのです。 私はそう受け取りました。
   そういう意味合いもあると思うのです。 しかし、熊本県立美術館の屋内、ホールの太いコンクリートの柱の林立は、そこだけにルーツがあるのではなく、もうひとつ、国立西洋美術館本館にもルーツがあったのではないかと、今回、国立西洋美術館を見て思ったのです。↓
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(↑ 国立西洋美術館 本館 1階。 ロビー。)
   国立西洋美術館本館は、当初は、ピロティー方式で、1階は中央部のホール以外は屋外から自由に入ることができるという前提で考えられていたものが、建築後に、北面最前列の柱を残して、他は「屋内化」されたというものであるのに対し、熊本県立美術館の場合は、最初から↑のコンクリートの柱は屋内にあるものとして設計されたという違いはありますが、印象として似ていますね。 周囲の自然や専従建物との調和をはかるという姿勢、熊本県立美術館の敷地は「熊本城の方が主で、美術館は従である」という条件と、屋外のおいては周囲に合わすが、アプローチを進んで美術館の入口に近づくにつれて、美術館のイメージが強まり、美術館の屋内に入ると美術館占有、美術館特融の印象を受けだすが、そこにも屋外にある大きな樹木の延長のようなコンクリートの柱が立っている・・・・という設計にしたという面もあるでしょうけれども、それだけではなく、国立西洋美術館本館の1階のイメージをさらに大きくしてそこに持ち込んだ、という面もあるのではないか。


[21] トイレ、特に「男性小用」
   国立西洋美術館の常設展を見に行き、途中でトイレを借りたいと思うと、どこにあるかというと、新館の南東部、本館と新館の接続部から新館に入ってすぐの地下1階にあります。 「順路」としては、本館の中央部から入館して、本館2階に上り、本館2階をぐるっと一周した後に、本館北東部2階から新館南東部2階へ接続するのですが、ここで新館2階に入ってすぐの階段で1階におりて、さらに地下1階に降りた所。 新館南東部2階から北に進んで、北東部でL型の頂点を曲がって西に進み、新館2階の西の端にある「版画・素描・小企画展」スペースに立ち寄った後、階段で1階に降りて、1階を東に進み、北東部でL型の頂点を南に曲がって南下してくると、やはり、階段があって、ここから2階に上がると再度新館2階の展示スペースに進むことができますが、地下1階に降りるとトイレがあります。 それが↓なのですが、
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↑   新館の地下1階にあるということは、前川國男の設計なのか、前川國男が設計して竣工後に、別の誰かが設計して作られたものなのか、どちらかわかりませんが、これは、センス悪くないのではないかと思ったのです。
    特に・・・・・、最近、男性小用のところの壁に、「あと1歩、前へ」とか書いてあったりするトイレがけっこうあるのですが、私が子供の頃、男性小用の便器、小便器というのは、「朝顔」という別名があったようにボウルが大きくて、腰のすぐ下あたりにそれがあったのです。 駅のトイレなどでは、ずら~っと続いていて、小便をどこに落下させてもいいようにできているトイレもあったと思います。 ところが、最近の小便器というのは、背の高い人も低い人も使えるようにという配慮はあるのかもしれませんが、受ける位置が床の高さであり、そして、ボウルが小さい。 なぜ、こうなったのか。 最近の男性小用便器(小便器)を作っている人というのは、もしかして、女性なのか?  もしかして、男性のペニスというものは、小便を、きっちりと狙った所に狙った強度で落下させる性能があると信じているのではないのか? 実際はそうではないと思うのです。 女性よりは、狙った所に狙った強度で落下させることができる度合は大きいかもしれないけれども、もともと、男性のペニスと言うものは、そこまで、狙った所に狙った強度で的確に小便を落下させる性能があるわけではないと思うのです。 それを考えると、最近の小便器は、(1)ボウルが小さい、(2)ボウルの位置が床の位置にあるものが多いが、床のすぐ上に ち〇ぽ がついている人なんてほとんどないのだから、もう少し上の位置、身長というよりペニスがついている高さは人によって違うのだから、高さを何種類か設けて、腰の下あたりの高さにボウルが来るように作ることはできないか。 そういう小便器を設置すれば、「朝顔の 縁にこぼすな 竿のつゆ」・・・・なんてことにならずにすむのではないか。 「朝顔の縁」ならまだしも、床に落下させることが多いのは、小便する人間の行儀が悪いというケースもないことはないかもしれないが、それよりも、最近の小便器のボウルの大きさと位置が不適切であるからだと思うのだ。
   それとともに、強制まではしないが、心理的にある程度前によって小便をしてもらおうとした時、この位置に立ってもらいたいと思う場所を、他の床と色を変えているトイレ、それから、たしか、JR「錦糸町」駅のトイレだったような気がするのだが、もしかすると違ったかもしれないが、こぼれた場合にも清掃しやすいように、下にあらかじめ排水溝が設けられて金属製の蓋がされていたトイレがあった。
   そういう場合に、なんだ、こりぁ・・・・というのが、「建築家」が設計した建物のトイレ。↓
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( ↑ 東京都庁舎〔西新宿〕 展望室の1階下のトイレ。 )
↑ 「世界的建築家」でない人が設計した建物のトイレでは、せめて、前の方に立って小便をしてもらおうと、この位置に立ってくれという場所を他の床と素材を変えたり色を変えたりしているケースが時々あります。 それに対して、「世界の丹下健三」設計の東京都庁舎のトイレは↑のように、なんじゃらほい? て感じ。 ここに立ってくれというものと関係なく色を変えているのです。 床の色を変えるなら、この位置に立つようにしてくださいと心理的にアピールするように色を変えるものではないかと思うのですが、「建築家」「世界的建築家」「世界の◇◇」て面白いことするね。 「建築家」がやることというのは「意外性」がある、ということかもしれません。〔⇒《YouTube-野村監督「バッカじゃなかろかルンバ」(原曲入り)》https://www.youtube.com/watch?v=ewJ6WwU76Rs 〕
   「世界的建築家」「世界の◇◇」とか言われているわりに変なことする「建築家」がいる。そして、その変なことする「建築家」みたいになりたい、思われたいと思う「世界的建築家」のエピゴウネンがおり、そのエピゴウネンになりたいなりたいなりたいな♪ と思ってなるヤツがおり、それにもなれないヤツというのもいる。 昔、「慶應タイプの女たらし」にあこがれてKO大に行くヤツというのがいたが、「慶應タイプの女たらし」などという不潔なものになりたいなりたいなりたいな♪ とあこがれてなるヤツ、それにもなれないヤツというのがいた。(私なんかは、そんな気色悪い汚らしいもんに、絶対なりたくないと思ったが、なりたい男というのがいたみたいだ。私と同じ中学校から北野高校に行って私より先に慶應大に入学したS本なんかもそのタイプだったみたいで、私が、あんな人間とつきあいたくないなあと思う人間とS本はつきあいたいと思ったようで、私があんな人間と関わって悪影響受けては嫌だなあと思うようなそんな影響を受けたい受けたいと思う男だったようだが、かなしいかな、思ってもそういう人間にはなれない人間だったようだ。それでもそういうタイプの人間にあこがれる男だったようで、たぶん、今でもそういう人間にあこがれていることだろう。 そもそも、ジャン=ポール=サルトルがノーベル文学賞の受賞を拒否したのは、ノーベル賞というのは、アメリカ合衆国の政治的意向を強く受けた極めて政治的色彩の強い賞であって、西側において「アメリカ的自由主義」に貢献した人か、東側において「赤い国の抑圧と闘った人」に与えられる賞であり、一時期、ソ連とフランス共産党に比較的好意的な態度をとり「共産党の同伴者」と見られていた時があったが、後に距離を置くようになったサルトルに受賞させようというのも、その流れであろうからということがあったようだが、それとともに、「私は私である。『ノーベル文学賞』などというものによって規定されない」という考えもあったとどこかで読んだのだが、「KOタイプの女たらし」になりたいなりたいなりたいな♪ とあこがれるようなヤツというのは、それは「私は私だ」「・・・・などというものによって私は規定されない」という考え方・姿勢をとることができない人間ではないのかと私などは思ったのだが、ところが、慶應の人間というのは、そういうヤカラのことを「独立自尊」とか言うらしいのだ。どちらが「独立自尊」なのか、そのあたりについての認識が私と「KOボーイ」「KOギャル」とでは認識がどうも逆のようだ。) アスナロという木は、いつも、「明日は桧になろう」と思って生きているが、いつまで経っても桧になることはできない。それでも、「明日は桧になろう」と思い続けている、という話が井上靖『あすなろ物語』に出ていたが、「あすは『慶應タイプの女たらし』になろう」と思い続けているアスナロ男というのもいるみたいで、そして、「あすは丹下健三のエピゴウネンになろう」と思い続けて、そのエピゴウネンのエピゴウネンみたいなへんてこりんなものになる自称「建築家」だか「設計士(さま)」だかいうちっぽけな野郎というのもいるみたいで・・・、そして、その「丹下健三のエピゴウネンのエピゴウネン」にあすはなろうと思い続けている、「丹下健三のエピゴウネンのエピゴウネン」がエライと思い込んで疑わない人間というのもいるみたいだ・・・。バッカじゃなかろかルンバ♪ とか私などは思うのだが、丹下健三教の信者、もしくは、「丹下健三のエピゴウネン」教の信者 みたいな人間がおり、もはや、宗教みたいなものだから、逆らうとうるさいから、心の中では「アホちゃうか」と思っても黙っていた方がいいのかもしれない。

   遠藤周作が『眠れぬ夜に読む本』の中で、演劇をおこなおうとする者は、直接関係ないものでも、絵画・彫刻などの良いものを見て、そして、音楽の良いものを聴くという経験を持つべきだといったことを述べていたが、そういうことはあるのではないかと思う。 建築屋にとって、美術館は、美術館として展示されているものと美術館の両方が見学の対象であるが、建築屋でない人にとってもそうではないかと思う。
   ムソルグスキーの『展覧会の絵』などという曲もあったが、今回の訪問においては、特にバックミュージックを感じずに見学してまわった。 美術館というのは、ある程度、その美術館を知った上で見学した方が居心地もいいのではないかと思う。 東京都美術館は企画展専用の美術館ではあるが、その点で、何度も行ったことから、居心地の良さを感じるようになった・・・・が、そうはいっても企画展の美術館であり、常設展の美術館の方が本来の美術館の居心地というものを感じることができるように思う。 その点で、東京都美術館というのは私の常設展の美術館訪問の時間を奪ってしまう企画展の美術館であり、その点で、困った美術館なのだ。今も、「ボストン美術館の至宝展」http://boston2017-18.jp/ なんてのをやってるわけで、困ったものだ。
    (2017.8.31.)

★ 国立西洋美術館の常設展の「版画・素描・小企画展」スペースで開催されていて、常設展のチケットで見学できる「ル・コルビュジェの芸術空間」展は、6月9日から始まっていて、9月24日(日)まで。
★ 国立西洋美術館と同じ上野公園内にある東京都美術館で開催されている「ボストン美術館の至宝」展は、7月20日から開催されていて、10月9日(月・祝)まで。
★ 六本木の新国立美術館で開催予定の「安藤忠雄展~挑戦」は、9月27日(水)~12月18日(月)まで。

※ 国立西洋美術館HP http://www.nmwa.go.jp/jp/index.html
《ウィキペディア―国立西洋美術館》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E8%A5%BF%E6%B4%8B%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8
《ウィキペディア―ル・コルビュジェ》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%93%E3%83%A5%E3%82%B8%E3%82%A8
《ウィキペディア―前川國男》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E5%B7%9D%E5%9C%8B%E7%94%B7
熊本県立美術館HP http://www.museum.pref.kumamoto.jp/

☆ 国立西洋美術館「常設展」「ル・コルビュジェの芸術空間」展。
1. 展示作品と美術館の調和 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201708/article_1.html
2. 新館と中庭 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201708/article_2.html
3. モネの睡蓮は・・ http://tetsukenrumba.at.webry.info/201708/article_3.html
4. ロダンの「考える人」って・・ http://tetsukenrumba.at.webry.info/201708/article_4.html
5. 免振装置 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201708/article_5.html
6. 西美にルーツがある? と思える前川國男の建築 〔今回〕

☆ 東京圏の美術館・博物館
東京都
根津美術館(港区)(隈 研吾) http://tetsukenrumba.at.webry.info/201603/article_1.html
新国立美術館(港区)(黒川紀章+日本設計共同体)
1.http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_1.html
2. http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_2.html
3.http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_3.html
サントリー美術館(港区)(「東京ミッドタウン ガレリア」内。 サントリー美術館の設計は隈研吾)
上 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201608/article_6.html
下 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201608/article_7.html
畠山記念館(港区)
1. http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_4.html
2. http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_5.html
3. http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_6.html
パナソニック汐留ミュージアム(港区)
http://tetsukenrumba.at.webry.info/201608/article_4.html
http://tetsukenrumba.at.webry.info/201608/article_5.html
東京国立近代美術館(千代田区) (谷口吉郎。 工芸館は陸軍技士 田村鎮)
1. 国立美術館・国立博物館とは。私の毎日新聞社への思い出 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_7.html
2. 竹橋。企画展を追いかける弊害。「茶道」と相性が合わない理由http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_8.html
3. 抹茶・緑茶と茶碗の調和。パブロフの犬みたいな「デザイナー」 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_9.html
4. 東京国立近代美術館内部、皇居への見晴らし http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_10.html
5. 東京国立近代美術館 工芸館(近衛師団司令部庁舎)、乾門 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_11.html
6・ 毎日新聞社ビルのでっかい土管の中は何? http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_12.html
東京都美術館(台東区)(前川國男設計)とピーテル=ブリューゲル1世「バベルの塔」展
1.「ピーテル=ブリューゲル1世」とは。屋外燈の高さ http://tetsukenrumba.at.webry.info/201706/article_6.html
2.上野公園内における東京文化会館と東京都美術館 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201706/article_7.html
3.美術館へのアプローチ、「囲う」手法による美術館領域 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201706/article_8.html
4.高さを競う愚か、美術展と音楽会、公立進学校のメリット http://tetsukenrumba.at.webry.info/201706/article_9.html

千葉県
千葉市立美術館(千葉市中央区) http://tetsukenrumba.at.webry.info/201307/article_2.html

神奈川県
三渓園内 三渓記念館(横浜市中区) http://tetsukenrumba.at.webry.info/201606/article_4.html

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