国立西洋美術館 常設展とル・コルビュジェの芸術空間展【2/6】新館と中庭。音がする砂利は防犯に良いか

[第307回] 東京圏の美術館・博物館(10)‐2
[5]  今回、訪問するまで、私は国立西洋美術館はル=コルビュジェ設計の本館に前川國男が設計した新館が増築されたという話は知っていたものの、どこまでがル=コルビュジェ設計の建物で、どこからが前川國男設計のものなのか、その境目がどこかよくわからなかった。2001年に『イタリア ルネサンス展』を見学するために入館した際もよくわからなかった。結論を言うと、企画展の会場は地下で常設展の会場で企画展をやるのではなく別の場所なのだ。「常設展」の会場は、ル=コルビュジェ設計の本館1階の中央から入って2階に上がって本館2階を一周した後、前川國男設計の新館2階に入り、そこから新館1階の降りて見学した後、本館1階に戻るというもので、「常設展」の会場をまわると、ところどころに屋外を見ることができる窓があり、本館と新館の違いはその窓から見ると、明らかで、そしてその認識のもとに自分がいる場所を考えると、どこからどこまでが本館でどこからが新館なのかもすぐわかる。
   かつて、国立西洋美術館と国立科学博物館との間に、どうも、別の建物があるように思え、あれは何だろう? と思っても、◇◇博物館とかいったものがその間にあるようには地図などを見ても書かれていなかったのだが、まさに、それが国立西洋美術館の前川國男設計の新館だった。↓
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( ↑ 国立西洋美術館 新館。 西側から見たもの。)
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( ↑ 国立西洋美術館 新館。 北西側から見たもの。 左側は国立科学博物館の入口。)
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( ↑ 〔左〕国立西洋美術館 新館。 西から見たもの。 〔右のコンクリート打ちっぱなしの建物〕国立西洋美術館 事務棟。)

( ↑ 「美術館博物館」マークの他と色が違う表示がされている建物が国立西洋美術館新館。 その南側のベージュ色の正方形がル=コルビュジェ設計の本館。本館の西にくっついているのが事務棟。 )
   国立西洋美術館の西側を北の国立科学博物館の方に向かって歩きながら、この国立西洋美術館と国立科学博物館の間にある建物は何なのだろうか? と思っていたのだが、それが国立西洋美術館の前川國男設計による新館(増築部分)だったのだ。「増築」というから、南側(東京文化会館の側)から見えるル=コルビュジェ設計による本館と同じようなデザインのものが増築されたのだろうと思い込んでいたが、そうではなかった

[6] 中庭をはさんで、美術館と企画展会場と演劇場
   ル=コルビュジェの設計による国立西洋美術館本館の北東に接続して、南が開いた「コ」の字に新館が建っている。2階部分では、本館と新館の接続部(の新館)には東側と西側に窓があって外を見ることができる。西側の窓からは中庭の部分が見える。
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(↑ 国立西洋美術館の本館と新館の2階接続部(の新館)の東側の窓から外を見る。)
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(↑ 国立西洋美術館の本館と新館の2階接続部(の新館)の西側の窓から中庭部分を見る。
左側の外壁が、ル=コルビュジェ設計の本館。 向こうに見える建物が前川國男設計の新館の西寄の部分。)
  又、新館は北東部を頂点とした「L」型とその西に階段と休憩所をはさんで南に突き出た「版画・素描・小企画展」会場とからなっているが、「L」型の西にある休憩所の南に中庭に面した窓があり、そこから中庭を見ることができる。
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(↑ 新館2階の北西部にある休憩所の窓から見た中庭。 向こう側の建物がル=コルビュジェ設計の本館。 左と右に外壁が見える建物が前川國男設計の新館。)
   本館と新館を接続する短い廊下の部分は新館の一部として、新館と同じデザインかと思ったのですが、この写真で見ると、左奥に見える接続部は、その部分だけデザインが違いますね。
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(↑ 新館2階の北西部にある休憩所の南側の窓から中庭を見る。 左側の外壁が新館の南側の壁。)
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(↑ 新館2階の北西部にある休憩所の東側の窓から見る。)
  北西部の階段を1階に降りると、新館の1階では「19世紀の絵画(印象派以降)」の部屋と「近代の彫刻」の部屋が南北に並んで東西に延びている。南側の「近代の彫刻」の部屋は南側に窓が開いており、中庭が見え、又、中庭からの光が入る。
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(↑ 新館1階の「近代の彫刻」の部屋の南側の窓中庭を見る。)
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(↑ 新館1階の「近代の彫刻」の部屋と中庭。)

   「ル・コルビュジェの芸術空間」展 を見てわかったのですが、ル=コルビュジェは、国立西洋美術館の設計を依頼されたのですが、国立西洋美術館だけではなく、中庭を囲んで、国立西洋美術館常設展示場と企画展展示場、それに演芸場との3つを設置するという案を考えたらしい。実際にコルビュジェの設計で建てられたのは国立西洋美術館のみで企画展展示場の建物と演芸場は建てられなかった、というのですが、演芸場に該当するものとして、東京文化会館が国立西洋美術館の南側に前川國男設計で建てられ、そして、企画展展示場は国立西洋美術館の地下階に、常設展展示用とは別の入口から入るように作られており、又、比較的近い場所に企画展用の美術館として東京都美術館が設立されており、そして、前川國男設計によって増築された新館はL型になっていて、コルビュジェ設計の本館と合わせて、中庭を囲むようにできており、コルビュジェの案では中庭は外部に開放されていたのが、今現在の国立西洋美術館は本館+L型の新館に、コンクリート打ちっぱなしの外壁の事務棟が西側に加わることで、中庭がこの3棟で取り囲まれて、又、本館の1階部分も、「ピロティー」方式の周囲を壁で囲んで「屋内化」することで自由に通り抜けることはできなくなって、外部から遮断されているのですが、ともかくも、
(A) 西洋美術館常設展示場と企画展展示場と演芸場の3つの施設が近隣に作られる。
(B) 美術館と演芸場が中庭を取り囲む。
というル=コルビュジェの案は、そのままではないものの基本的な計画として実践されていると思われます。

[7]  「自然光を取り入れる美術館」
   コルビュジェは、自然光を取り入れた美術館にしたいという希望を持っていたらしい。 たしかに、絵画でも彫刻でも、本来は自然光のもとで見るべきもので、人工照明で見るというのが基本ではないだろう。しかし、美術品は、今現在の鑑賞者が見るだけではなく、将来の鑑賞者もまた見ることができるように保存される必要があり、そのためには、太陽の自然光に無条件に照らされたのでは、絵画は変色したり傷んだりする危険があります。そういったことから、絵画の展示スペースについては、結局、自然光での鑑賞はあきらめることになったようですが、本館の中央部については、ブロンズ像の展示スペースとして、天窓から本館中央部に自然光が入るようにされていたようです。「されていた」というのは何とも無責任な表現ですが、訪問時、気づかずに帰って来て、国立西洋美術館 企画・監修『国立西洋美術館 公式ガイドブック』(2009.8.14.淡交社)を読んで、あ、そうだったんだと気づいたのです。
   正面の前(南側)の中庭に、ロダンの『考える人』『地獄の門』『カレーの市民』他のブロンズ像が配置されており、本館1階の中央部の「19世紀ホール」は天窓から自然光が入るようになっていて、そこにも、ロダンのブロンズ像があり、そして、新館の北側の棟の1階の南側の部屋は「近代の彫刻」のスペースになっているのですが、南側がガラス窓になっていて自然光が入るようになっている。絵画は、さすがに自然光をあてたくないという判断になったが、ブロンズ像ならば自然光をあててもいいだろうということか、南側の前庭・本館1階中央部の「19世紀ホール」・新館の北側の棟の1階南側の部屋の3カ所のブロンズ像が展示されているスペースは自然光が入るようになっています。
   それとともに、本館と新館の接続部の2階廊下には左右(東西)に自然光が入る窓があり(普段は、縦のブラインドが閉められていますが)、又、新館2階の北部の「モネの絵画」の部屋と北西部の「版画・素描・小企画展」の部屋との間にある階段と休憩室のスペースには自然光が入るように大きく窓が開けられており、ル=コルビュジェが最初に考えた「自然光が入る美術館」という思想が、絵画の展示スペースについては、さすがに取り入れることはできなかったが、ブロンズ像の展示スペースと休憩室・廊下については取り入れられているということになります。

[8]  前川國男設計の建物というと、東京都美術館にしても熊本県立美術館にしても、新宿の紀伊国屋書店本店にしても、東大本郷キャンパスの山上会館にしても、「穴あきタイル」が使われるのが「定番」のようになっているのですが、この国立西洋美術館の新館については、それが使われていません。
   しかし、↑の新館2階のテラス部分の写真を見ていただきたいのですが、新館2階のテラス部分の床、それに外壁についている屋外灯は、どこかで見たことがあるものですね! ・・カマトトはやめましょう。東京都美術館にも熊本県立美術館にも山上会館にも使われていたものですね。これ、悪いとは思わないのです。なかなかいいと私は思ったのです・・・が、さすがに、4か所目で見ると、何も同じ物をアホのひとつ覚えみたいに使わなくてもという気がしてきました。建築年としては、《ウィキペディア-前川國男》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E5%B7%9D%E5%9C%8B%E7%94%B7 によると、
1964年(昭和39年) 紀伊国屋書店新宿本店
1975年(昭和50年) 東京都美術館
1977年(昭和52年) 熊本県立美術館
1979年(昭和54年) 国立西洋美術館新館
1986年(昭和61年) 東大 山上会館
という順番で、国立西洋美術館新館は、東京都美術館・熊本県立美術館よりも後の設計らしいのですが、新館自体は、丹下健三型の常に自分の建物が一番目立たないと気がすまない、先住建物に合わせた設計をするのは断固として拒否し自分の建物に周囲が合わすべきだという態度をとらないと気がすまないという建築、自己顕示欲の塊の建築とは異なる先住建物との調和を考えた建物で、かつ、その建物の機能を十分に考慮した建物であるという前川國男のすばらしい特徴が見られるものの、それまでの東京都美術館や熊本県立美術館とは趣が異なり、外観デザインについては同じ設計者とは思えないイメージのものであり、ル=コルビュジェの本館のイメージとコルビュジェの当初の案を尊重しながらも、コルビュジェの本館はコルビュジェの本館、前川國男の新館は前川國男の新館という姿勢もまた確立した建物ですが、新館の北側の棟の2階の南側テラスの床と1階テラスの床、それに外壁の屋外燈については、4年前の東京都美術館にもあったし、2年前の熊本県立美術館でも見たし・・・てもので、他のもの、思いつかんのかなあ・・・? という感じがしました。アホのひとつ覚えみたいに同じものにしなくても・・なんて言うのはビッグネームに対して失礼かもしれませんが、しかし、いくら良くても、いつもいつも同じものにしなくても何か他のものにできなかったのか・・・という印象を受けてしまいます。

   「アホのひとつ覚え」というと、フリーダムアーキテクツデザイン(株)〔本社:東京都中央区〕https://www.freedom.co.jp/ の自称「設計士(さま)」というのは、隣地との境界部分に、「防犯上、役立つ、踏むと音がする砂利」というのを敷くのが大好きなのですが、「好き」という程度ならまだいいのですが、実際問題として、「アホのひとつ覚え」!!!  まず、
(1) 「踏むと音がして、防犯上、役に立つ砂利」というのを敷くのがふさわしい所か、そうではない所かということを考えるべきですが、それを考える頭がない。
   隣家との境界部分で、隣地との境界に塀がないなら、境界より自分の側の敷地にだけ「踏むと音がする砂利」を敷いても、隣家の敷地を歩かれたら音はしない・・・という、そのくらい考えろよな・・・・・バッカじゃなかろかルンバ♪ と私などは思うが〔⇒《 野村監督「バッカじゃなかろかルンバ」(原曲入り)》https://www.youtube.com/watch?v=ewJ6WwU76Rs 〕、考える頭のない自称「設計士(さま)」というのがフリーダムアーキテクツデザイン(株)のバカでも入れる私立大学の建築学科卒の人間、試験なんて最初からない建築の専門学校卒の人間には大変多い。それから、
(2) 施主に予算がそれほどない場合(いくらでもある人なんて、むしろ、少ない)、もし、そういうものを敷きたければ、施主に自分でホームセンターで買ってもらって自分で敷いてもらうという選択肢もあるわけですが、そういうことを考えつく頭がない。
(3) 「踏むと音がするので、防犯上、役立つ砂利」というのが、本当に、防犯上、役立つのかどうか? ということを考える頭がない、
という問題があります。
   (1)(2)については、この会社の自称「設計士(さま)」というのは、バカでも入れる私立大学の建築学科かもとより試験なんてない建築の専門学校かを卒業しただけといったセンスの悪い若造が多く、それに追加した問題点として、「営業がいない」という点があります。この会社は「営業」と「設計」が分かれておらず、「設計 兼 営業」もしくは「営業 兼 設計」としてやっている。そのため、(株)一条工務店の第一設計部の思い上がったバカ造なんかと違って、自分が営業でもあることから、営業の人間がどれだけ大変な思いをしてその契約をいただいたかといったことを理解できるのではないかとか、自分自身が設計であるだけでなく営業でもあるのだから、「営業的発想」というものも持つ設計というものを期待できるのではないか・・・といったことを私は最初は期待したのですが、実態はそうではなく、逆だったようです。そうではなく、「営業」がいて「設計」がいる会社においては、「営業」から教えてもらえることがあり、「設計」がふざけた態度をとる場合には「営業」から、何やってんだ!と怒られるということがあるのに対して、「営業」がいないために、「営業」から教えてもらえるということがないために、「営業」がいて「設計」がいるという会社の設計担当者よりも、「営業的発想による設計」というものができていないケースが多い、ということがあります。
   そして、(3)ですが、実際には、土の状態にしておくのと、たとえ、踏むと音がする砂利であっても、砂利を入れるのとで、どちらが、防犯上、いいとはいちがいに言えない、ということに気づいていない、ということがあります。 私は、もともとは、小学校から高校までは「文武両道型の文治派」で「文理両道型人間」でしたが、大学は慶應の商学部に何の因果か行って、ともかくも卒業し、住宅建築業の会社で、最初は「営業」として勤務しました。そこで、営業の仕事をしましたので、「社会科学系卒」で「大学卒の営業系」の性質を持っていますが(「大学卒の営業系」は「中卒高卒の営業系」とは営業は営業でも営業の性質が違います)、最初の配属先の営業課の課長は建築学科や土木学科卒の人で、「純粋な営業」ではなく「技術系みたいな営業」の人でしたので、その影響も受けました。そういう人間なので、さまざまな所から情報を得て自分自身の認識を増やしていきます。それに対して、バカでも入れる私立大学の建築学科卒の人、試験なんて最初からない建築の専門学校卒の人というのは、私のような社会科学系学部卒の人間に対して、「ぼく、学校でてますから」などと、はっきり口にする人もあり、はっきりと口にすることまではしない人もありますが、ともかく、バカでも入れる私立大学の建築学科卒のくせして、もしくは、最初から入学試験なんてない建築の専門学校卒のくせして、「ぼく、学校でてますから」という意識の人が多い。そういう人というのは、その「学校」で教えられたこと以外のところから学ぶという姿勢がない。 特に、「設計」という職種についた人間には、「設計」以外の職種の人間からは学んでは恥だという意識の人が大変多い! たとえば、私なんて、「FRP(ファイバー レインフォースト プラスチック)」なんて、これは、湾岸戦争の時に、アメリカ合衆国軍が使ったスティルス戦闘機というのがFRPでできていたらしい・・・・なんて新聞で読むと、はて、そのFRPというのは、多くの住宅建築業の会社がベランダの床に使っているFRPと同じものなのかどこか違うのか・・どうだろうかとか、ユニットバスで使われているFRPとスティルス戦闘機のFRPは同じものか違うのかなんて考えるわけです・・・・が、それは「営業」という職種の人間の発想であって、「設計」てヤツはそういうことを考えない人間が多い。また、「お客さんに教えてもらう」ということを営業はやるのですが、「設計」という職種に就いた人間てのは、未熟このうえないくせしやがってからに「先生」になりたがる人間が大変多い。そのため、お客さんの教えてもらったのではプライドが許さんみたいな発想になるのか、「お客さんから教えてもらう」ということをしない。さらに、(株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ にいた時、営業本部長の天野隆夫という男が「営業は設計にはどんなことでも服従しろ」などと私に言ったことがあったが、そういう傲慢な態度を「設計」という職種の人間に積極的に認めようというアホ経営者の会社があるので、そういう会社では、そういう営業本部長の見解に素直に従って、「設計」は「営業」の意見は聞いてはならないものだと学ぶ「設計」担当者が続出し、その結果として、営業の言うことを聞けばまともな家ができるのに、へんてこりんなどうしようもない家を造ろうとする「設計」が増える。野村克也が楽天イーグルスの監督をした4年目、打たれて失点した田中将大に「もっと、捕手の言うことをきかんか!」と言ったのが新聞に載っていましたが、それと同様、「もっと、営業の言うことをきかんか!」と言うべき「設計」担当者が少なくありません。「営業」なら少なくない営業がわかっていることなのに、なんで、「設計」という職種に就いた人間はわからんのか?!? と思う時が少なくありませんが、「先生様」になりたいなりたいなりたいな♪ と考えだしたアホというのは、もともとアホなのがその分だけ余計に頭が悪くなる! ということがあるでしょうね。
   (株)一条工務店 の福島県いわき市の営業所にいた時、同社の第一設計部の新入社員の◇◇川恭子(女。当時、20代前半。日本女子大住居学科卒)は、先輩の「設計」の言うことしか聞いてなるものか! お客様の言うことは聞いてなるものか!という信念を持っている女だった。「おまえ、いいかげんにしろよ」と私も相当頭にきたし、本来なら、そういうものじゃないんだよと教えないといけない立場であるにもかかわらず、むしろ、そうさせていた◇◇川恭子の「先輩」にあたった第一設計部のH田靖(男。当時、20代後半。東洋大建築学科卒)については、こいつはどうしようもない男だなと思った。日本のバカでも入れる私立大学の建築学科(及び、ポン女の住居学科みたいな、もともとは家庭の主婦か家政婦を育成する学部学科であったのに、最近では建築業界に勤める女がでてきた学科)と建築の専門学校というのは、ずべてぶっ潰した方が世のため人のためではないのか!?! などと思うことがあるのだが、そういう学校を出てきた人間というのは、「設計」「建築学科卒」の人間の方にしか顔が向いていない。お客様や営業その他の従業員の方に顔が向いていない。だから、バカが増幅される。
   ひとつの特徴なのだが、私のような社会科学系学部卒で、図面作成能力においては、少なくとも入社1年目や2年目の「設計」なんかに負けるか! アホか! ふざけんな! 最低でも(株)一条工務店の過半数の「設計」みたいなもんに負けるか!という人間と、バカでも入れる私立大学の建築学科卒ですから、もしくは、入学試験なんて最初からない建築の専門学校卒ですから、だから、アホでも「設計士(さま)」なんですよお~お!なんて思っているヤカラとの違いのひとつとして、私ら社会科学系学部卒で「営業」から住宅建築業に入った人間は、何からでも学ぶし、お客様からも学ぶのに対して、「設計士(さま)」てのは建築学科から、もしくは、「先輩」の「設計」からしか学ばない、という点がある。
    「踏むと音がする砂利」というのが、防犯上、いいという説は、ホームセンターで、そういう砂利を売っている所が書いていたのだ。そういう「売り」だったのだ。それに対して、そうじゃないという説もあるわけだが、それを私は何で読んだかというと、内田康夫『琵琶湖周航殺人歌』(1992.7.15.講談社文庫)。自殺か「密室殺人」か? という事件。加害者は、2階から、棒高跳びの選手のごとく棒を使って隣地の塀に着地することで、被害者の家の土の上に、靴跡を残さなかった、というのです。もしも、砂利だったら、靴で踏んでも靴跡は残りにくい。それに対して、土の上を歩くと、靴の型が残る。そこから、どういう靴を履いていたか、足の大きさはどのくらいなのか。土がどのくらい沈下したかから、体重はどのくらいの人間か、重い物を持っていたかどうか、といったことが推定される。その事件では、被害者の家の建物の周囲は土であったから、だから、加害者は土の上を歩きたくないと考えた・・・。 こういうことを考えると、土の方が、むしろ、防犯上、良いことになってきますよね。「踏むと音がする砂利」というのがいいと言われるのは、泥棒さんが嫌がるのは、音・手間・人目の3つだと言われます。音がする、手間がかかるという場合、ゴルゴ13だとかそういうのが相手ならば、なんとしてでも入るでしょうし、ゴルゴ13でなくても、恨みによるものの場合、少々、音がしても、何なりと侵入する方法を考えるかもしれませんが、単に物盗り・カネ目当ての場合、手間がかかる家よりは手間がかからない家の方を狙うことになり、標的にされにくい。 同じく、音がする、道路を常に通行する人があって見られているという場合も、標的にされにくい。 だから、音がする砂利を家の周囲に敷くと標的にされにくいのではないか、という考え方があり、又、侵入された時に気づきやすいのではないかとも言えるのです。 しかし、留守が多い家で、近所とのつきあいがそれほどない場合、あるいは、近所も現役世代の人間は留守が多く、「体だけ元気なじいさん」というのはいても役に立ちませんから、そうなると、少々、音がしても、泥棒さんとしては怖くもなんともない♪ てケースもあるのではないか。 それなら、むしろ、踏むと足型が残る「土」の状態の方が、防犯上、良いということはないか?!? とも言えるわけです。
   私は、スティルス戦闘機はFRP(ファイバー レインフォースト プラスチック)でできているというのを『ゴルゴ13』から学び、防犯上、「踏むと音がする砂利」と「土」では、「土」の方が靴型が残って犯人を特定しやすいというのを「浅見光彦シリーズ」から学びしてきたというのを誇りに思っているのです。これは、住宅建築業の会社で、長く、「営業」の仕事をしてきた人間であるからこそ、何からでも学ぶという姿勢を持ち、そして、「専門書に書かれているもの」から話をするのではなく、「日常、一般のものに掲載されているようなもの」から話をするという姿勢を持ってきたというのは、「営業」の職種を長くやって身につけたもので、バカでも入れる私立大学の建築学科卒だから「建築家」「設計士(さま)」とか思いたい思われたい♪とか思い続けてきたバカには欠落している姿勢です。 バカにこれを教えてやろうと思っても、バカは学びませんから、教えようとしない方がよろしい。『聖書』には「聖なるものをイヌにやるな。真珠をブタに投げてやるな。おそらく、彼らはそれらを足で踏みつけにし、向き直って、あなたがたに噛みついてくるであろうから」と書かれているが、まさにその通り。自称「設計士(さま)」とか自称「建築家」とかいうのは、「設計士(さま)」とか「建築家」とか称すれば実質「しろうと以下」でもありがたがるアホがいる♪ とい思ってその方針で仕事をしているヤカラなのだから、そういう程度の低いのに教えてやろうなどとは考えない方がよろしい!
   で、「浅見光彦シリーズから学ぶ」だけでなく、ホームセンターがどう言っているかだけ聞いてうのみにするのではなく、「まず、自分自身で考える」という姿勢。 これが、自称「設計士(さま)」とか自称「建築家」とかは優秀ではない。 そんでもって、その結果として、「アホのひとつ覚え」になるわけだ。フリーダムアーキテクツデザイン(株) みたいに。同社はホームページに「世界でただひとつの家」などというコピーを入れていたが、その割には「アホのひとつ覚えの家」が多い。
   前川國男のこの微妙に色が違うタイルを組み合わせた床というのはよく考えられたものだと思うし、素敵だと思うのだが、東京都美術館に続いて熊本県立美術館でも山上会館でも見て同じものが4件目といなると、そして、屋外燈も東京都美術館・熊本県立美術館・山上会館でも見て4件目となると・・・・、何もそこまで何度も同じものにしなくったって・・・という気がしてきます。

   内田康夫『琵琶湖周航殺人歌』で、加害者が被害者宅の2階から退去する際に、靴型を残さないように棒高跳びのようにして隣家の塀へ飛び移ったので犯人の靴型が残らなかったという話が出ていましたが、 「浅見光彦シリーズ」では、靴型の話は『風の盆 幻想』(2013.6.15. 実業之日本社文庫)にも出てきます。
≪ 山地はともかく近くにいた部下二名とともに現場へ向かった。・・・・地面は雑草に覆われているが、足跡の採取は可能のようだ。・・・・≫
≪ 現場周辺の地面は草地で、草が踏みにじられた複数の足跡がある。そのいくつかははっきりした型を採ることもできた。晴人の靴の跡も三つ採取できた。つまり、晴人がその場所まで自分の足で歩いて行ったことは間違いないのであって、それが自殺の心証を強くしている。・・・・ ≫
≪ 広場は舗装されていないが、砂利がつめられた状態で、おそらく足跡は採取されなかったものと想像できる。警察が足跡を採取したのは、草地に入ったところだそうだ。ただ、夏草が繁茂しているから、それほど条件のいい足跡が採取できたとも思えない。
≪ 桜の木の根元まで晴人を背負って行く時、加藤は晴人の靴を履いたのだそうだ。二人分の重さによって、足跡は草地にはっきり刻まれた。発見者の老人の足跡と較べてやや不自然だったことから、浅見が警察にその点を指摘し、加藤もその事実を認めた。元に戻る時には、あらかじめ用意してあった板の上を渡ったそうだ。≫
   『小樽殺人事件』(2012.光文社文庫)にも、
≪「侵入の形跡はあったのですか?」
  「いや、それはありませんな。というより、濡縁の先は石畳で、そのまま飛び石伝いに、足跡を残さずに道路へ出ることができるのです。・・」≫
という会話がある。
  「音がすると、防犯上、よい」という話は、住宅雑誌などに書かれている話ではあるが、実際に効果があるかどうかはその場所・その家にもよると思う。1990年前後、小堀住研(株)〔⇒エスバイエル(株)⇒ヤマダエスバイエルホーム(株)〕では、掃き出し窓(出入りすることができる窓)には、強化ガラスを「標準仕様」で入れていたが、これは普通ガラスよりも全体にかかる力に対しては強く、割れても粒状になるので怪我をしにくいという長所がある、ということをアピールしていたのだが、その後、一時期、住友林業(株)が強化ガラスを「標準仕様」で使っていた時期があって、住友林業(株)のチラシには、普通ガラスのガラス窓では、クレセントの部分の周囲にガムテープを貼った上で、その内側をガラスを切ることができるカッターナイフで切れば、クレセントの部分だけガラスをくりぬくことができ、開いた穴から手をつっこんでクレセントを開けてガラス戸を開けることができるが、強化ガラスの場合は、一部分を切断すると全体がバラバラッと崩れて音がするので、防犯上、良いということを書いていた。強化ガラスというのは普通ガラスと違って、切る部分の周囲をガムテープで押さえても、一箇所を切断すると全体が崩れるという特徴があるらしいのだが、はたして、ガラス窓を切断しようとして音がしたとして、泥棒がそこで逃げ出すか、それとも、いったん、ガラス戸の所まで来た泥棒は少々音がしても崩れた所から侵入するかは何とも言えないと思ったのだ。「泥棒は、音・手間・人目の3つを嫌がる」と住宅雑誌には書かれているが、実際にどうかは、それはケースバイケースで、「アホのひとつ覚え」の思考をするとかえってよくないと思う。
   ガラス窓のガラスをクレセントの付近で切断しようとして音がしたという場合なら、もし、隣家の人間でもそれを目撃したならば、その場合、「音+人目」が泥棒にはマイナスの要因になるかもしれないが、昼間は隣も向かいも留守だというような住宅街で、隣家との境目の砂利を踏むのに音がしたとしても、だから何? ・・・てところかもしれない。セコムの人に聞いた話では、今の泥棒というのは、「泥棒の装束」なんてものは着ていないというのだ。『鬼平犯科帳』なんてのを見ると、盗っ人てのは、盗っ人のユニフォームみたいのを着て盗みに入るのだが、「きょうびの泥棒」は「盗っ人のユニフォーム」なんて着てないというのだ。セールスマンかリフォーム屋か植木屋か何かみたいな格好で入るらしいのだ。そして、出る時は、たいてい、玄関から、中に向かって「どうも、ありがとうございました」と礼儀正しく言って出て行くというのだ。リフォーム屋か植木屋かみたいな格好した人間が隣家との境目の敷地を、そこに敷いてある「踏むと音がする砂利」というのを、「音がしないようにそおっと」歩くとか「できるだけ踏まないように」歩くとかではなく、普通に歩いて入ったとしても、近所の「体だけ元気な年寄」が見ても、どうとも思わない場合が多いのではないか。実際、留守が多い家では、建物の外の作業について、リフォーム屋や植木屋に留守中にやっておいてくれと頼むこともあるはずだ。我が家でも、東京電力が留守中に電気メーターを取り換えました、などと置き書きをして行ったことがある。フリーダムアーキテクツデザイン(株)の自称「設計士(さま)」もそうだが、「設計士(さま)」とか「建築家」とか自称しだしたヤカラというのは、  実際にどうか、その現場に即して自分自身で考えるという思考を放棄して、「アホの一つ覚えの単細胞思考の家」を造る傾向が強い。
   2015年、フリーダムアーキテクツデザイン(株)では、東京都大田区にて、隣家との本当に狭い境界部分に自分の側の敷地にだけ、「踏むと音がする砂利」を敷き、それも、単に、土の上に薄く敷くならまだしも、「土留め」を設置しないと崩れるくらい盛ってしまったために崩れないように「土留め」が必要になり、なおかつ、その「土留め」に防腐防蟻処理もしていない木材をやはり防腐防蟻処理もしていない木材で地面にとめる、メンテナンスなどのために境界部分を通った際に踏むと壊れるのは目に見えているというものを設置した、という「バッカじゃなかろかルンバ♪」というのか、「しろうと以下」のこと、アタマがどうかしてんじゃないのかということをしていたので、同社のアフター課の仕事をしていた時、私は、それをやったT山という若造の「設計兼営業」の担当者は退職して他社に移籍すると言って休みがちであったので、実際に施工した工務店の担当者に、「どうして、あそこは、あんなことしたのですか」と尋ねたことがある。すると、施工会社の担当者が何と言ったかというと、私としては、施工会社の人間を責めるつもりはなく、どういう理由でそうしたのか経緯を説明してもらいたいと思って言ったのだが、担当者は、「『どうして』って、フリーダムさんが、そうしろと言ったんじゃないですか」と、そう言ったのだ。 これは施工会社としてこの発言は無責任だと思うのだ。たとえ、設計会社の担当の若造がこうしてほしいと言ったとしても、施工会社の人間として、このやり方はおかしいよ、こんなことしたら問題が出るよと思ったなら、言わにゃいかん。それを言わずに、設計会社の人間がこうしてくれと言ったからと「子供の使いみたい」にそのまんまやって、「フリーダムさんがそうしろと言ったんじゃないですか」というのは、それは良心的とは言えない・・・・はずなのだ。
   しかし、別の工事現場、東京都葛飾区の入居者宅にて、やはり、階段の上の腰壁について問題が出た箇所を「何とかする」ために来た大工から「俺は最初から、こんなことしたら問題がでるよ。このやり方では持たないよ。これではだめだよ、と言ったんだよ。俺ははっきりと言ったのだけれども、それでも、フリーダムアーキテクツデザインの担当の◇◇さん(男。当時、20代後半くらい?)が、これでいいからと言ってきかないから、だから、しかたなしにやったら、思った通り、だめだったんだよ。フリーダムの人間というのは、なんで、最初からだめだとわかってることをやりたがるのかねえ」と言われたが、その大工の言うことはまったくその通りである。フリーダムアーキテクツデザイン(株)が「設計士(さま)」と呼んで増長させている名前と受験番号さえ書けば合格できる私立大学の建築学科を出てきただけ、もしくは、最初から入学試験なんてない建築の専門学校を出てきただけという若造というのは、「設計士(さま)」である以上、大工やその他の職人や施工会社の担当者やその他の従業員の意見は決してきいてはならないと認識しているようだが、その心がけは根本的に間違っている。そうではなく、多くの人間の言うことに謙虚に耳を傾けてやるのが建築屋の心がけであるはずである・・・・が、せっかく言ってもきかない、ともかく、設計会社のしろうと以下の若造の言う通りにしろという態度・姿勢を続けられた職人・施工会社担当者というのは、だんだんと口をきかなくなる。無茶苦茶でも言われる通りやっておけばいいんだという気持ち、なかば投げやりの気持ちになる。(そういうなかば投げやりの気持ちでやった仕事は、そうでない仕事に比べて、できはいいとは言えないものになる可能性は十分考えられるはずだ。)フリーダムアーキテクツデザイン(株)ではそうなっていたのだ。上記の施工会社担当者もそうだったのではないか。
   同社のアフター課のA諏訪(男。当時、40代前半。自称「新設の建築専門学校卒」)は、「設計士(さま)なんだから」と言って、実質「しろうと以下」の心がけの悪い若造の「設計兼営業」にヘコヘコと揉み手をし、そうやって、名前と受験番号さえ書けば合格できる私立大学の建築学科を出てきただけ、もしくは、もとより入学試験なんてない建築の専門学校を出てきただけのしろうと以下の若造のでまかせを尊重するのが建築屋の心がけであると認識していたが。それだけでなく、私にまで「設計士(さま)の言うことには従ってください」などと言ってきたのだが、それは根本的に間違った認識である。それは阿諏訪が言った建築の専門学校の教育が根本的に間違っているのであり、そこに講師に来ていたどこぞの三流設計事務所のヘボ講師の認識が間違っているのであり、阿諏訪が専門学校を修了して勤めた三流の設計事務所の社員教育が逆立ちしていたのであり、そのあたりを40過ぎても理解できていないというあたりは、阿諏訪自身も情けないし、そのあたりを見ると、やっぱり、高卒になるのか「専門学校卒」になるのか(厳密には「学歴」というのは中学校・高校・大学・短大・大学院のことを言い、「専門学校」は学歴ではないのだが、建築関係の会社においては、建築の専門学校を修了したという人で、専門学校を修了したということを大卒と同等の処遇を要求し、同時に責任を問われる時になると「ぼくは高卒なんだから、」と言って逃げる権利があると認識しているという、今はやりの「二刀流」使いが多い)の人間というのは、やっぱり、だめだなという印象を受ける。法隆寺宮大工棟梁であった西岡常一さんの本を読むと、西岡さんが「どんなえらい先生が言われることでも、それは違いまっせ、と思うたら、言わにゃいかん」と述べておられたのだがその通りで、そんなことしたら問題が出ると思ったら言うべきである。「どんな人間が言ってくれることでも、バカでも入れる建築学科卒の若造は決してきいてはならん」というフリーダムアーキテクツデザイン(株)の若造の「設計兼営業」の認識、名前と受験番号さえ書けば合格の建築学科卒の「設計兼営業」のでまかせには、そんなことしたら問題が出るよと思っても、決して指摘してはならんという阿諏訪の認識・主張というのは、それは、阿諏訪が行った建築の専門学校の講師はそんなことを教えたかもしれないし、阿諏訪が最初に勤めた設計事務所の三流設計のおっさんはそんなことを「社員教育」したかもしれないが、それは建築屋としては根本的に間違った認識である。
   (2017.8.24.)

  次回、【3/6】http://tetsukenrumba.at.webry.info/201708/article_3.html 

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