「教科書」より正しい? 『風雲児たち』と『ゴルゴ13』。 「聖徳太子はいなかった」て、今さら何を・・

[第236回]
   鎌倉幕府ができたのは「いい国(1192年)作ろう、源頼朝」で1192年と、何十年か前に小学校の「社会」か中学校の「歴史」かで覚えたはずだが、小和田哲男監修『最新 大人が知らない! 日本史の教科書』(2015.11.25.宝島社)によると、≪現在の教科書では・・・・、1185(文治元)年3月に平氏を滅亡させた源頼朝が、同年11月の「文治の勅許」によって守護や地頭を任命する権利を朝廷から取り付けた「1185年」を強調しながらも、「鎌倉幕府が確立した」として幕府の成立年をぼかしている。≫らしい。
   今さらそんなこと言われてもという気もするのだが。同書によると、長年、源頼朝の肖像画だと思ってきたのは足利直義の肖像画で、足利尊氏の肖像画と思ってきたのも別人とか・・・・。

   教科書日本史の変化について感じたことを、徒然なるままに日暮し、思いつくままに述べる。
1. 小和田哲男監修『最新 大人が知らない! 日本史の教科書』(2015.11.25.)によると、もっとすごいのが、
→ 聖徳太子はいなかった!
 何、それ?
 私らが中学校の「歴史」や高校の「日本史」を勉強した頃、「蒸し米(645年)ふかして大化の改新」ということで、大化の改新というのは、中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を暗殺し、その後の改革とを合わせて「大化の改新」と言ったはずだが、今では、中大兄と鎌足らによる入鹿暗殺は「乙巳(いっし)の変」と呼び、大化の改新と分けているらしい。そして、聖徳太子というのは、クーデターで蘇我蝦夷・入鹿を倒した中大兄らが、蘇我稲目・馬子・蝦夷・入鹿の功績を否定する為、蘇我稲目・馬子・蝦夷・入鹿がやったプラスのものをそれ以外の人間がやったということにする為、実在はした厩戸王を聖徳太子として「聖徳太子」の功績にしてしまった・・・という説、厩戸王がそもそも実在しなかったという説。なんか、ありそうといえばありそうな・・・。

2. さらに、壬申の乱の天武天皇は、天智天皇の弟と言われてきたが、実は違う可能性があるという、となると天武とは何者? というのだが、「ビッグコミック」(小学館)に連載されてきた『天智と天武』では、天武(大海人 おおあま)は、女帝の皇極天皇(斉明天皇)と蘇我入鹿との間の子だという設定で話が作られているが、ありそうな感じがしないでもない。もっとも、ビッグコミックの『天智と天武』では、この2人を「腐女子」が好きなボーイズラブ(BL)の関係みたいに書いているが、さすがにそれは・・・。

3. 『古事記』は偽書の可能性があるとか。これは三一書房から出ていた白井新平『奴隷制としての天皇制』に書かれていたが、「歴史学者」でもない人の言うことで信じてよいかわからなかったのだが、小和田哲男監修『最新 大人が知らない! 日本史の教科書』によると、けっこう言われてきたことで、捏造ではないとしても『日本書紀』より後で作られた可能性は十分あり、戦前戦中の皇国史観の時代にこれを言うのはタブーとされてきたが、可能性は十分あるとか・・。
  言われて見ると、アマテラス一派と出雲一家の抗争の際、タケミカヅチノカミに負けた タケミナカタノカミが長野県の諏訪神社まで逃げて行ったという話だが。コシのヤマタノオロチの「コシ」とはどこかという問題で、中公文庫の『日本の歴史1』で井上光貞は、越前・越中・越後の「コシ(越)」はこの時代としては遠すぎるから違うと推測しているのだが、同様に、長野県の諏訪は遠すぎるので、「スワ」まで逃げたとしても長野県の諏訪ではなく、島根県の出雲市近辺には「スサ」とかそういった地名があるので、出雲の国に「スワ」という地がどこかにあったのではないかという気がする。

4. 明智光秀の子孫という明智憲三郎さんの本によると、本能寺の変は、実は、明智・徳川・長曾我部連合によるものだという。明智と長曾我部は実は親戚で、徳島の三好一族を織田・長曾我部連合で倒した後、信長は今度は長曾我部を倒そうと考え、長曾我部と親戚の明智はそれを思いとどまらせようとしたが聞き届けてもらえなかった。信長は徳川家康を滅ぼそうと考えて家康を本能寺におびきよせて光秀に家康を倒させようとしたが、光秀と家康はこのままではいずれ信長に自分たちは滅ぼされると考え、結託して本能寺の変を起こしたが、実は光秀・家康とともに細川藤孝も謀議に加わっていたが細川藤孝が裏切って秀吉に知らせ、秀吉は明智・徳川連合が本能寺の変をやると知っていた為、いつでも「中国大返し」ができる状態で待っていたというのだが、ありそうな感じ。少なくとも、光秀が信長からいじめられて切れたとか、年下の秀吉を信長が優遇したのにすねて本能寺の変をやったとかいう、司馬遼太郎の「必ずしも天皇を中心としない人物中心の日本史」よりは本当そうな感じがする。だいたい、その時代においては判断力にすぐれた人間と言われ信長に評価された光秀が、そんなヤケクソみたいに本能寺の変やるか? おっさんが大好きな司馬遼太郎的・NHK大河ドラマ的あほくさ日本史物語は違うように思う。

5.  天海 というのは政治坊主で前半生は謎とされており、実は天海は明智光秀ではないのか? とかいうお話もあったわけだ。言われてみると、単なる坊さんがなにゆえ家康のブレーンになってあそこまで権力を握ったのかとも思えるが、しかし、相当長生きした徳川家康より年上の前田利家より年上の 豊臣秀吉より年上の 織田信長よりまだ年上の 明智光秀が、家康より長生きしたとなると、明智光秀・天海は100歳以上生きたことになり、さすがにそれはと思ったのだが。さらに考えてみると。その頃の人間が何歳であったかなんてそれほど正確にわかってないはずなのだ。今、生きている人間でも、ヤクルトスワローズの真中が、DeNAの監督になったラミちゃんはあれは絶対に年齢をさばよんでると言ってるらしく、ピンサロのHPに「平均年齢23歳」なんて書いてあるのは、「平均すると『23歳だと言い張ればそう見えなくもない』」というのであって。ラミちゃんとかピンサロのねーちゃんの逆で明智光秀は実はフケ顔だったが家康より若かった!なんてこともあり得ない話ではない、となると、明智光秀=天海説もありえない話ではない・・・か。

6. で、青森県の新郷村、かつては、戸来村(へらい むら)と言った所に、イエス=キリストの墓があり、「戸来(へらい)」はヘブライから来ているという説もあると・・・何に載っていたかというと、『金田一少年の事件簿』だが。
   いくらなんでも、それはないだろうけれども、もしかすると、安土桃山時代から江戸時代初めに日本にやってきたヨーロッパ人の宣教師がキリシタン迫害から逃げて青森県まで来たということでもあって、ヨーロッパ人の宣教師を見たことがなかった青森県民が宣教師をイエス=キリストだと思ってしまって、その宣教師の墓をイエス=キリストの墓として守ってきたとか?・・・・と思ったのだが。そこまでのものではなかったらしい。岡本亮輔『聖地巡礼』(2015.2.15.中公新書)によると、天津教(あまつきょう)を興した宗教家で竹内巨麿(きよまろ)という人がいて、この人が創作したらしい『竹内文書』によれば、釈迦・孔子・孟子・モーセといった人はすべて若い頃に日本で修行したそうで、1930年代、日本と英米との間で緊張関係が高まるなかで出てきたお話らしい。1935年に戸来村を訪れた竹内巨麿が、そこにあった土饅頭をイエス=キリストの墓だとインスピレーションひらめいて啓示なさったらしい。 ・・なかなか、おもろい・・などというと不謹慎か・・。

7.  ところで。 豊臣秀頼というのは、本当に秀吉の子だったのか?  だいたい、清州会議で織田家譜代の臣だという丹羽長秀とか池田勝興が同じ譜代の家臣である柴田勝家ではなく羽柴秀吉の方についたのはなぜか。 織田信長に従った家臣はなにゆえ信長に従ったかというと、織田信長が(1)譜代・外様に関わらず実績に即して評価してくれる戦国大名だった、(2)なにより「勝てる戦国大名」だったから、であろう。 「負ける大名」に仕えていたのでは、一連托生として滅びてしまう。 やはり、「勝てる戦国大名」に仕えなければということで、いわば、倒産する会社に滅私奉公したってあきまへ~ん! てとこでんな。 それで、信長に仕えてきたが、今川・斎藤・浅井・朝倉から、東の武田も阿波の三好一族も滅ぼし、西の毛利に対しても押し気味となって、これからは織田が他の大名より強いのは間違いないとして、信長は信長の息子などに領地を分配し、家臣は不要のものとして斥けられるのではないか。 漢の高祖劉邦が韓信を退けたように織田の家臣も退けられるのではないかと不安になり、そして、それを代表して明智光秀が信長を倒したが、そこからの主導権争いで、光秀は秀吉に敗れ、そして、織田信孝とともに織田独裁政権を継続させようという柴田勝家か、信長の孫で3歳児の三法師(秀信)を傀儡とし信長の息子には一大名になってもらって豊臣連合政権を打ち立てようという秀吉かという選択で、織田家譜代の丹羽長秀も池田勝興も豊臣連合政権の方を選んだ、その際、秀吉が足軽だか草履とりだか出身であるかないか、秀吉が織田家譜代でないとかは大きな問題ではなかった。豊臣連合政権が豊臣独裁政権の傾向を持った状態で秀吉が他界後、「豊臣秀頼+淀殿」+五奉行 の政権か、五大老筆頭の徳川家康を中心とした政権かの対立が起こり、前者にとっては秀頼が秀吉の息子か大野治長の子かなど大きな問題ではなく、「秀吉の子」だということにして「秀頼+五奉行」の政権を続けたかったのではないか。 それに対し、「武断派」か「武闘派」か言われた加藤清正とか福島正則とかにとっては大事なのは「一所懸命」。おのれの領地を守り、おのれが大名であり続けることができるかどうか。そのために、徳川家康中心の勢力についた方がよいか、「秀頼+五奉行」についた方がよいかと考えた時に、秀頼はともかく、「秀頼+五奉行」につくくらいなら徳川家康を中心とする勢力についた方がよいと判断したか。だから、秀頼が本当に秀吉の子かどうかは、どちらにつこうかという大名にとってはそれほど重要な問題ではなかったのではないか・・・。

8. 第2次世界大戦の時、同盟国ドイツが西からソ連に攻め込んだ時、日本はなぜ東からソ連を攻めなかったのか。 松岡洋右がソ連への侵攻を主張した時、中立条約を破って攻めるようなことはいけませんと天皇へーかからお叱りを受けた・・とかいうお話があったが、それは違うような気がする。財界が、シベリアよりも南方のインドネシアなどの石油・ゴムなどの資源を獲得する方を志向したからという説があるが、実は、ノモンハン事件というのが、関東軍とソ連軍の間で起こっており、これは実は「事件」などというものではなく本格的な戦争で、関東軍の精鋭が満州からソ連に攻め込んだもののソ連軍に返り討ちにあって完敗、それでソ連軍は強くて勝てないと判断してあきらめた・・という説があるらしい。何に書いてあったかというと・・・・、実は『ゴルゴ13』なんだけど・・・。
(さいとう たかを『ゴルゴ13』「ノモンハンの隠蔽」2005年10月作品。 『ゴルゴ13 (138)』2013.3.14.リイド社 SPコミックスコンパクト 所収)

9.  江戸時代末期、日本は、アメリカ合衆国との間で、関税自主権の放棄と治外法権を認めさせられた不平等条約を結び、続いて、イギリス・フランス・オランダとロシアとも同様の不平等条約を結ばされた、と教科書には書かれてきたけれども、『風雲児たち』によると、実は、ロシアだけは、日本国民もロシアに対して治外法権が認められた条約だったそうで、これは日本に来て何年か過ごしたロシア人のプーチャーチンだかが日本に親しみを感じ不平等条約とすることを良く思わず、「日本国民もまたロシアに対し同様の権利を有する」という文章を入れた、互いに治外法権を認めた条約にしたというのだが、これが「教科書」に掲載されてこなかったのは、戦後、「アメリカ合衆国のメカケ」として歩んできた日本の教科書にはロシア・ソ連について良いように述べる記述は控えめにということからか?

10.  世界的指揮者で、若い頃はよかったが、歳をいっての演奏はひどいものだが、「世界的音楽家」ということで東側の国に行くこともできる為、CIAが保護し盛り立てて「世界的指揮者」に祭り上げ、そして、音楽の興行として東側の国に行ってスパイを働いている・・・という「世界的指揮者」が『ゴルゴ13』に出ていたが、もしかしてそのモデルはヘルベルト=フォン=カラヤンではないのか? と、ふと思ったのだが。
  そして、青くさくてたいして良いと思えないのに「世界的建築家」として別格扱いを受けていた「世界の丹下健三」だが、これも、アメリカ合衆国の意向を受けて、アメリカ合衆国の意向にそった建築をやるので、CIAから支持され守られてきたのではないのか?
   戦後すぐの時代には、GHQは日本の軍国主義を解体し民主的な政体にしようと考えていた。広島は、かつて「大本営」があって、呉に軍港と造船所があり、広島湾の江田島に海軍兵学校があった軍の町だったのを、平和祈念館を中心にして「平和の街」にする計画を丹下が提案した、というのは平和主義者のように見えて、実はアメリカ合衆国さんの意向に沿ったものだったのではないか?という気がしないでもない。
   そして、竣工時から雨漏れがしたという 文京区の関口教会。東京カテドラル聖マリア大聖堂だが。なにゆえ「上から見ると十字型」に作らないといけないのか? 千葉県成田市の成田山新勝寺の三重塔は軒裏の装飾に凝っていて、参拝者が下から見上げた時に映えるようにという配慮だというが。考えてみてください。東京カテドラル聖マリア大聖堂て誰が上から見るの? 背伸びしたって上からなんて見えないよ。おそらく・・、米軍機が上空から見た時、東京の真中に標的となる十字形が見えるように「上から見た時に十字に見える建物」を文京区関口の設置した・・・?
   実際どうかは知らんけどな・・・・。

11.  小此木啓吾の「モラトリアム人間」論だが、今は昔、慶應義塾大学の学生であった時、文学部のヤツが小此木の講義に出て、ロナルド=レインについて発言したところ、小此木から「レインは時代遅れです」と言われたとしょげていたので、「小此木啓吾はもっと時代遅れです」と言ってやったことがあったが、小此木が死んで何年か経った今、予測通り、「小此木啓吾の方が時代遅れ」になった。
   もとより、小此木の「モラトリアム人間」論というのは、十代後半から二十代くらいで、世の中の動きについて疑問を感じたり、自分自身のあり方についても考えるような者を「モラトリアム人間」と罵り、そして、「お国のために」「会社のために」「とってちってたあ~あ」とリゲインのように働くのが「成熟した大人」だと主張したいという、いわば、ファシズムの思想であったのだ。 ところが、その後、「フリーター」などと言う言葉ができて、かつては「モラトリアム人間」とビョーキ扱いされた生き方の若者が肯定的に言われるようになった。これは、時代の移り変わりとともに、企業が「フリーター」のような人間がいてくれた方が助かると考えるようになったことから、かつては、「モラトリアム人間」と言って否定して、さっさと「お国のために」「会社のために」滅私奉公しろと言っていたのを方向転換したというものでしょう。小此木啓吾などという奴は、しょせん、その程度の男だと思う。

12.  下世話な話だが、道教は、実は、でかち○ ではなかった・・とかいう話もあるらしいが、これは確かめようもないわな・・・。
   (2016.2.18.)


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