「道徳教育」のくだらなさ と 「社員教育」のくだらなさ。 「親は物にではなく子の気持に喜ぶ」か?

[第209回]
   今となっては、もう25年以上前のことになる。 月日はなんじゃらのなんじゃらにして・・まあ、なんとも年月の経つのが速いこと。
   最初に「正社員型」で勤めたコンピュータ関連のT社での「社員教育」「新入社員研修」でのこと。「社員教育」を担当する部署のおっさんが、新卒新入社員全員を前にして、こういったのだ。 「皆さん、親が子から物をもらった時と、子が親から物をもらった時と、どういう違いがあるか、わかりますか?」と。 そして、「教えてあげましょうか」と言ったのだ。 「教えてあげましょうか」と。
   どう、教えてくれたと思いますか?  「教えてあげましょうか。 それは、ですね。 子が親から物をもらった時には、もらった物に対して喜ぶのです。 それに対して、親が子から物をもらった時には、もらった気持ちに対して喜ぶのです。 そこが違うのです。 わかりましたか。 」と。 そんなことを「教えてあげましょうか」と言って「教えて」くれたのだ。
   くっだらねえ~え。 まったく、つくづく、「社員教育」てのは、徹底的にくっだらねえ~え・・・と思った。 よく、そういうことを言うと思う。 くっだらねえ~え。 「社員教育」てのは、まったくつくづくくだらんなあ、と思った。

[A]-1   実際にどうか、検討してみましょう。 父が他界して、早いもので20年以上なりますが、最後、病院に入院中、「チャイコフスキーの『くるみ割り人形』を聴きたい」とおっさんは言ったのだ。 それで、私は、自分がFM放送からエアチェックしたカセットテープを持って行ってあげたのだ。 もう、治ることはないと医者が言っている病人のためを思って。
※≪YouTube―チャイコフスキー:バレエ音楽「くるみ割り人形」(組曲):カラヤン/ウィーンPO ≫https://www.youtube.com/watch?v=421sML8UxKY
   そうすると、おっさんはどう言ったかというと、「いら~ん。 こんなもん。 これ、ラジオから録音したもんだろ。 そんなもん。 聴けるか! これはあんたが聴くもんだ。 このわしがラジオから録音したようなそんな音の悪いもん、聴けるか! いら~ん。」と。 そう言ったのだ。 それで、私は「それなら、『くるみ割り人形』のCDを探して買ってくるから、それまでの間、これを聴いておいて」と言うと、「いら~ん。 そんなも~ん。 そんなもん、聴けるか。 それは、あんたが聴くもんだ。 わしが、そんなもん、聴けるか! 持って帰り」と。  そう、言ったのだ。 「親が子から物をもらった時には、もらった気持ちに対して喜ぶのです。」とコンピュータ関連のT社の社員教育担当部署のおっさんはおっしゃったのですが、「教えてあげましょうか」と言って教えてくださったのですが・・・・・、なんや、違うやんけ! ど~こが、「親は、物に対してではなく、その気持ちに対して喜ぶのです」だ。 勝手なこと言うな! ボケえ!
   その当時、東京都大田区に住んでいたのだが、大阪市内の病院に入院していた父の為を思って、東京から持っていったのに、そんな言い方ないのじゃないかとも思ったのだが・・・・・、そやった!、このおっさんはこういうおっさんやった! いくつになっても、変わらんなあ~あ、死ぬときまでこの調子か、と思ったが、まあ、仕方がない・・・が、そのコンピュータ関連のT社の社員教育担当部署のおっさん(役職あり)は、よく言うよなあ。 自分自身が家族の問題で苦労したことないのかなあ・・・・。
   父が他界したのは、このコンピュータ関連のT社の新卒新入社員研修より3年少々後のことだが、この新卒新入社員研修の時点でも、あのおっさんがそういうおっさんだということは何度も体験してわかっていた。 だから、T社のその「社員教育」のおっさんを見て、しょーもないことを吹きこまないと気がすまない、おかしな話を洗脳してやろうというくだらないちっぽけな男だなあ、と思ったのだ。


[A]-2   父が他界した時、69だった。 他界するにはまだ若い方かもしれないが、早いか遅いかの違いで、もう治ることはないと医者から言われての入院だったので、↑の話だけを聞くと、それは、体調が悪くなってからだからじゃないか、とか、もうすぐ70という年齢になったからじゃないか、と思われる方、言われる方もあるかもしれないが、そうではない。 あのおっさんは、若い頃からその調子だったのだ。
   中学校の1年の時だから、私は12歳。父は50くらいの時だ。 学校の友達と一緒に、夏休みに友達の祖母の家に1泊させてもらって旅行に行ったことがあった。 何箇所か行ったのだが、岐阜県の郡上八幡に行った時、土産物屋で、ハイライトのたばこの箱の半分に郡上八幡のお城の写真が載ったものが売られていた。 最近はそういうものもけっこうあるかもしれないが、その頃、そういうものを初めて見たので、珍しく思い、ヘビースモーカーだった父にお土産に買って帰った。 私としては、主として郡上八幡城の写真の入った箱をお土産に買ったつもりだった。 ところが。

   父にそれを渡してから1週間程後。 その郡上八幡城の写真入りの箱がクシャッとまるめて家のくず入れに捨ててあったのです。
   たしかに、永遠にとっておいてくれとまでは言っていないし、そこまで要求はしていないのだが、私は、その郡上八幡城の写真入りの箱をお土産に買ったつもりだったので、永遠に保存してくれとまでは求めないけれども、いくらなんでも、中のたばこをさっさと喫ったら1週間で箱は捨ててしまう、というのは、なんとも悲しかった・・・が、そういうおっさんだった、あのおっさんは。 だから、T社の「社員教育」「研修」で、「子供は親から物をもらった時には気持ちに対して喜ぶのではなく、その物に喜ぶのですが、親というものは、子供から物をもらった時には、物に喜ぶのではなく気持ちに対して喜ぶものなんです。 わかりましたか。」とか「教育」された時には、よく、言うよなあ~あ・・・・と、思ったのだ。 くっだらねえ~え。


[A]-3   母の日におかあさんにプレゼントをしましょう、と幼稚園とか小学校で教えられたような気がする。 ある年、母の日の朝、しまった、きょう、母の日だったと、突然、気づいたことがあった。 それで、幼稚園だったか小学校だったかで、「お母さんは、どんなことをしてくれていますかあ~あ」とか言って、言わされたり書かされたりしたことがあったので、それを思い出し、お母さんがしてくれていること、として、掃除だとか洗濯だとか食事の用意だとか買い物だとかいったことを絵と文章にして、こんなことをしてくれていると感謝の気持をこめてプレゼントした。 しかし、母はそれを受け取って、機嫌が悪かった。 なぜかというと、「これが、おかあさんの仕事だというの?」と。  要するに、炊事・洗たく・食事の用意をするのがお母さんだ、ということは、お母さんというのは給料なしで働く家政婦だ、どんなに苛めても辞めることのない家政婦だと言いたいのか!?! と怒ったのだ。 なんで、機嫌を悪くするのか、その時、わからなかった。 せっかく、母の日だというので、お母さんがやってくれていることとして、幼稚園だったかで、「お母さんはどんなことをやってくれていますかあ~あ」と先生が言った(ような気がする)ので、それを絵と文章にしてプレゼントしたのに、なんで、怒るのかわからなかったが、母としては、自分を無料の家政婦だという扱いを夫と姑がしてきたと思っていたようで、息子までそれに同調した、と思って腹が立ったらしい・・・・が、もっと大きい息子ならともかく、幼稚園児がそんなこと思ってへんがな・・・で、なんで怒るのかよくわからなかった。 もし、「親というものは、子供に何かをもらったり何かをしてもらった時、その物やしてもらった行為を喜ぶのではなく、その気持ちを喜ぶのです」というT社の「社員教育」が正しければ、母は喜んでくれたはずであるし、喜ぶはずだったのだが、喜んでくれなかったというのは、T社の「社員教育」が間違っているのか母が間違っているのか・・・・。


[B]-1   子供の頃、父から物を買ってもらったことはある。 小学校の1年の時、担任の先生が、算数の 足し算・引き算・掛け算・割り算の学習をゲーム感覚でおもしろく学習させようとして、トーナメント大会として、まず、隣り同士の者2人に問題を出して、先に正解を答えた方が勝ちとして、勝ち抜きで、優勝者と準優勝者には、「連絡帳」に、優勝、準優勝として、「たいへん優秀でした」だったか書いてくれたことがあった。  父は、それを知って、「よし、次に、優勝したら、好きなプラモデルを買ってやる」と言ったのだ。
   その頃、大阪市東住吉区に住んでいたのだが、我が家から小学校までの通学路には、文房具屋が4件、模型屋が1件あって、昆虫採集の道具とかプラモデルとか子供が欲しがりそうなものをショーウインドウに並べていた。 その模型屋のショーケースに、ゴジラとバラゴンのプラモデルが置いてあったのだ。 欲しかったのだ、それが。 だが、それは高かった。 高かったといっても、同じクラスの生徒で買ってもらって持っていた者は何人かいた。ゴジラとバラゴンの片方を買ってもらって持っていた者もおれば、両方とも買ってもらって持っていた者もいた。 だから、同級生との比較で考えるならば、買ってもらえたとしても、特別にうちだけ買ってもらえたというものでもないのだが、我が家はそういうものは、なかなか買ってもらえなかった。 だから、無理だと思って私はあきらめていた。 同級生で買ってもらった男にきくと、ゴジラは4000円したそうだ。 その当時で。 「その当時」というのがいつかというと、1960年代の後半、昭和40年代の前半のこと、東京オリンピック(1964年)と大阪万博(1970年)の間のことだ。 その頃、近くの店でアイスクリームを売っていて、時々、買ってもらったことがあったが、10円のものと20円のものがあって、私は10円のものは時々買ってもらって食べたのだが、20円のものは買ってもらえなかった。 一度、あの20円のアイスクリームを食べてみたいものだとかなわぬ夢と思って、よそも同じようなものだろうと思って同級生に話したところ、「ええ? なんでえ~え? そんなの、僕、何度も食べたよお~お」と言われたことがあった。我が家は、「特別に金持ちではないが特別に貧乏でもない」というくらいの家だと思っていたのだが、そういうものについては、よその家と比べて、あまり高いものは買ってもらえなかった。 最近、コンビニなどで売っているアイスクリームがいくらするかというと、100円+消費税 というくらいのものがあり、その倍か3倍くらいのものもある。 もし、アイスクリーム価格による物価スライド制を採用して考えるなら、その頃、4000円したゴジラのプラモデルは、今でいえば、4万円ということになるだろう。 4万円のプラモデルというものを、小学生の子供に買って良いものかどうか。 私が親の立場であったとして、もし、買えるお金があったとしても、買っていいかどうか考える。 何も考えずに買ってやるのがいいとは限らないと思う。 しかし、その当時、その4千円したゴジラとバルゴンのプラモデルを片方買ってもらっていた同級生は何人かいたし、両方買ってもらっていた男もいたのだ。
   小学校の算数のトーナメント大会で優勝した時(なにしろ、「高校までエリート」でしたもんで、小学校ではよくできたのです)、父に言うと、「よし、買ってやる」と言い、「どういうのが欲しいか」と言うので、ゴジラとかバラゴンは、よその家は買っても我が家は無理だと思い、それより安い物なら、買ってやると言ったからには買ってくれるかもしれないと思ったものの、「どんなものでも買ってやる。 どういうのが欲しいか」と言うので、ともかく、言うだけ言ってみよう、言えば、おそらく、「いくらなんでも、4000円もするものは買えんわ。 もうちょっと安いものなら買ってやるが、もうちょっと安いものはないのか」と言うだろうと思って、だめもとで言ってみたのだ。 「ゴジラのプラモデルが欲しいんだけど、ちょっと高いみたいなんだけど」と。 父は「高いて、どのくらいするんだ?」と言うので、「4000円するらしい」と答えると、父は「大丈夫や。 買ってやる。 心配要らん。そんなもん、プラモデルが4000円もするかいな。」と言うので、「するでえ。 ほんまやでえ。 ◇◇くんが持ってるから、いくらしたか聞いたんだけど、4000円だったて言ってたで」と言ったのだが、父は「そうか。 わかった。 大丈夫や。4000円したって買ってやる。 心配要らん。買いに行こう」と言ったのだ。 え? 買ってくれるの? と驚いたのだ。 それまでの我が家の状況から考えて、4000円するプラモデルは無理だと思っていたら、「大丈夫や。 4000円したって買ってあげますって。 心配しなさんな。 わしが買ってやる、いうとんねんがな。 わしが買ってやる、と言うたら、こうたるがな。心配すんなって」と言ったのだ。父は。 それで、買ってもらえるのかと思って、近くの模型屋に行ったのだ。 店の外からショーウインドウは毎日のように見ていたが中に入ったことはなかった。 オードリー=ヘップバーンが主演した『ティファニーで朝食を』というトルーマン=カポティー原作の映画で、オードリー=ヘップバーンが演ずる高級売春婦がティファニーのショーウインドウを見ながらクロワッサンをかじる場面があるが、あんな感じで、毎日、見てたのだ。 そのショーウインドウを。 欲しいなあ~あ、でも、うちは買ってもらえないだろうなあ~あ、まあ、しかたがない、と思いながら。 それが、なんと、きょう、買ってもらえるんだ♪ わあ~い、と口に出さないが、心の中で思って店に入ったのだ。
※《YouTube―ムーンリバー 「ティファニーで朝食を」 / オードリー・ヘップバーン》https://www.youtube.com/watch?v=6hTLrz7uzVs
   店に入って、店の奥さんに、父が「そこの棚に出ていた、ゴジラでしたっけ、あれ、いくらしますの?」と言うと、奥さんは「4000円です」と、すでに買ってもらって持っていた同級生から聞いたのと同じ値段を言った。 すると、父は「よんせんえ~ん? へえ~え? ふえ~え。 そお~んなに、すんのんか。 ふえ~え。 ひえ~え。 かなんなあ。 それはあ。 ふえ~え。」と言ったのだ。 たしか、少し前まで、「4千円したって買ってあげますって。心配しなさんな。心配いりませんって。大丈夫や。 わしが大丈夫や、言うとるねんがな。 大丈夫や」と言っていたおっさんが。 「ふえ~え。 ひえ~え。 それぁ、無理や。そんなもん、買うわけにいかん。 ほかにないんか。 他のではいかんのか。」と言うので、私が「バラゴンでもいい」と言うと、店の奥さんが「バラゴンの方が高いですよ」と言い、たしか、バラゴンは4200円だか4300円だったかしたようだ。 父は、「なに、バラ、バルゴン?」と言い、すると、奥さんが「バルゴンなら安いです。バルゴンなら200円です」と言った。 それを聞いて、「おう、それがええ。 バルゴン、ええがな、それ。」と、おっさんはそう言ったのだ。 そして、4000円のゴジラを買ってもらえるものと思って模型屋に入ったものの、出るときには、それが200円のバルゴンに変わっていた。 悲しかった。  「4000円もするものは買えないけれども、もうちょっと安いもの、200円前後くらいのものなら買ってやってもいいが、200円前後くらいのものはないのか。 そういうのがあったら買ってやる」と父が最初から言って買いにいったのなら、同級生で4000円のゴジラとバラゴンを持っている人間が何人もいて、自分は200円のバルゴンしか買ってもらえなかったとしても、それでも、買ってもらえたと思ってうれしかったと思う。 実際、それまで、よその家で買ってもらっているものを我が家では買ってもらえなかったが、よそより安いものは買ってもらえた時、私は喜んでいた。 しかし、「4000円したって、買ってあげますって。大丈夫や。 絶対に買ってあげます。心配しなさんな。 このわしがこうてやる言うとるねんがな、このわしが。このわしがこうたるいうたら、こうたるがな」と言われて、模型屋に入って、「ふえ~え。 ひえ~え」と言われ、あげくのはてに、200円のバルゴンを買われて、帰り道々、「こんなもん、プラモデルなんてものは、200円くらいのもので、ええねん。 4000円もするもん、買うもんやないんや。 バルゴン、買ってもらって、よかったねえ、よかった、よかった、よかったねえ」と言われたのだ。 悲しかった。 喜べなかった。その父の態度が悲しかった。
※ 「バラゴン」と「バルゴン」は別である。 「バルゴン」は大映の怪獣映画に出てくるガメラの好敵手の冷凍怪獣だが、バラゴンは別で東宝の怪獣映画に出てくる怪獣である。
《YouTube-フランケンシュタイン対地底怪獣バラゴン 》 https://www.youtube.com/watch?v=ZxlICjFpWzI
《YouTube―ガメラ 対 バルゴン (Gamera Vs. Barugon) Japanese Trailer 》https://www.youtube.com/watch?v=WM9cn06j6B8
《YouTube―ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘 》https://www.youtube.com/watch?v=OCqAv7jBHk0
    コンピュータ関連のT社の社員教育担当部署の責任者のおっさんが「教えてあげましょうか」と言って「教えて」くださったお話によれば、「子供は親の気持に喜ぶのではなく物に喜ぶ」そうですが、もしも、そうであるならば、ともかく、バルゴンを買ってもらえたのだから、喜べたはずなのですが、喜べなかった。 最初から「200円くらいのものがあったら買ってやるが、そのくらいのものがないか、見に行こう」と言われて行って200円のバルゴンを買ってもらったのなら喜べたが、「4000円したって絶対に買ってあげますって。大丈夫ですって」と言われて行って「ふえ~え。 ひえ~え」と言われたのでは、それで「よかった、よかった、よかったねえ」と言われたのでは、喜べなかった。 悲しかった。 「子供は物に喜ぶ」なんて、嘘だ。 その社員教育担当部署の責任者のおっさんは、自分が子供の頃、こういう経験がないのと違うか。 だから、そんな嘘っぱちを「社員教育」するのではないか。
  ついでに。 こういうことをしておきながら、私が20歳前後になった時、その父が「あんたには、よそとちごうて、欲しいというもんは、どんなもんでも、ええもんばっかりなんでもなんでも買ってやってやってやってやってきてやったったから」とかぬかしやがったのには、相当気分が悪かった。



[B]-2  小学校の1年の時、夏休みに小豆島に2泊3日で連れていってもらった。 父の勤め先の会社の社員旅行に一緒に連れてもらったのだ。 夏休みに、もっと、豪勢な旅行に連れてもらっている家もあったが、連れてもらえない家もあったかもしれない。 我が家は、そのあたりは「中くらい」だった印象がある。 父は、小豆島に行って、夜、花火をするから花火を買ってきなさいと言い、近くの、子供向けにそういうものを売っている店に行って買った。 店のおばさんに、打ち上げ花火を「これ、どうやるの?」ときくと、「どこでやるの? どこでやるか言わないと教えない」と言うので、「小豆島に行って、海でやる」と言うと教えてくれた。 近くの家の前の道で打ち上げ花火をやると火事になる危険があると苦情があるのか、近くの家の前の道でやると言えば、やり方を教えない売らないようだった。 その打ち上げ花火も含めて、花火をいくらか買ってきた。 楽しみで、家にいても、見るだけでも買ってきた花火を見たかったが、父は「花火は小豆島に行ってやる。 家では花火はしません」と言って、花火にふれることも認めなかった。
   小豆島に行って1泊目の夜、とうとう、小豆島に来て夜が来たのだ。 「花火」と言うと、父は「花火は最後の晩にやる。 最初の晩には花火はしません」と言う。 そうか、2泊する最後の方の晩に花火をするのか、と思って1泊目は我慢した。  そして、2泊目。 夕食の後、「花火しよう」と待ちかねて行ったが、父は会社の人と一緒に酒を飲んだりして、花火をしに行こうとしない。 高校生だった姉が「今、会社の人とお酒のんではるから、もうちょっと待ち」と言うので、待っていたが、待っていると、もう、夜9時になる。 その頃、「子供の就寝時間」は午後8時で、8時を過ぎて起きていることを父は私に許さなかった。 それが、すでに9時になるので、いくらなんでも、これ以上遅くなっては、花火をできなくなると思い、「花火しよう。 花火しにいこう」と父に言うと、姉が「ちょっと、あんた。いいかんげんにしなさい。 お酒飲んだ人が、夜の海に行ったりしたら、危ないでしょ。いいかげんにしなさい!」と言って怒るのだ。 なんで、私が怒られなきゃならないの? 父が「小豆島に行って花火をしよう」と言ったのであり、父が「小豆島に行って花火をするから、花火を買ってきなさい」と言ったので私は花火を買ってきたのであり、父が「家では花火はしません。花火は小豆島に行ってします」と言うので小豆島に行ってするものだと思ってきて、「最初の晩には花火はしません。最後の晩に花火はします」と言うので、2泊目まで待ったのであり、そして、2泊目の夕食が終わった後、「花火しよう」と言っても、姉が「もうちょっと待ちなさい」というから待って、いくらなんでも、これ以上遅くなったら花火はできないと思って、「もう、花火しに行かないとできないよ」と言ったら、「ちょっと、あんた、いいかげんにしなさい!」て、なんて、私が怒れなきゃいけないの?
   それで、姉は、自分が小学校1年の弟を花火をしに連れて行こうとしたようだ。 しかし、今の私から考えると、高校生の娘が小学生の子供を連れて夜の海辺に花火をしに行くというのは、少々、酒飲んだ人間が行くよりも、それ以上に危ないような気がする。 特別に柄の悪い場所ではないけれども、海水浴に来ている人間にはどういう人がいるかはわからない。 私が親なら、高校生の娘に小学校1年の子供を夜の海に連れて行かせるようなことはしない。 姉が私を連れて個室に戻ると、理由はわからないが、社員のおねえさんがひとり、個室に戻っていた。 小学校の1年生から見ると、ものすごい年上に見えたが、20歳前後だったのではないかと思う。 姉は、ちょうどよかったと思ったのか、「△△さんも、一緒に花火しに行きませんか」と言い、そのおねえさんと一緒に海辺に行って、3人で花火をした。 しかし、「小豆島に行って花火をするから花火を買ってきなさい」「花火は小豆島に行ってやる。家ではしません」「花火は最後の晩にやる。最初の晩にはしません」と言った父は、結局、最後まで、花火をしなかった。
   父には裏切られた思いがあったが、そのおねえさんと3人で花火をやったのが楽しかった。 父の勤め先は化粧品会社で、そのおねえさんは美容部員をやっていた。今でも、百貨店の1階あたりの化粧品売り場で美容部員さんを見ると、そのおねえさんのことを思い出す。 
   おそらく、父は、自分では2泊目に花火をするつもりでいたのではないかと思う。 ところが、社員旅行として行っているので、会社の他の人たちは、最後の晩は打ち上げとして夕食の後、飲む、この「飲む」というのは、コカコーラとか「六甲のおいしい水」ではなく、酒を飲むつもりでいた。 父は、その会社ではある程度の役職にならせてもらっていた者として、それを断るわけにはいかなくなった、ということだと思う。 しかし、それならそれで、「申し訳ないけれども、花火を一緒にできなくなってしまった。ごめん」と言ってくれれば、そういうことだってあるのかもしれない、と思って我慢もしただろう。 しかし、父は何も言わなかった。 また、一緒に花火をしてくれたおねえさんに、「△△さん、うちの息子と一緒に花火やってくれたんだってね。 ありがとう」と、一言、言ってほしかった。 それが言えないおっさん、言わないおっさんだった。
   私は、子供の頃、自分の家は「中くらい」の家だと思っていた。ちょうど真ん中より上か下かはわからないが、実際、麻生さんや鳩山さんみたいな金持ちではないし、そうはいっても特に生活できなかったわけでもないので、一番上の方でもなければ一番下の方でもないと思っていた。 夏休みに旅行に連れてもらうのも、もっと、豪勢な旅行に連れてもらっている者も同級生でいたが、連れてもらえない人もいたのではないかと思う。 だから、ともかく、小豆島に海水浴に連れて行ってもらえたというのは、喜ぶべきことだったし、社員旅行に一緒に連れていってもらったというものだが、会社の人も男性も女性も親切にしてくれてうれしかったのだが、しかし、「小豆島に行って花火をやるから、花火を買ってきなさい」「花火は小豆島に行ってやる。家ではしません」⇒「花火は最後の晩にやる。最初の晩にはしません」⇒「ちょっと、あんた、いいかげんにしなさい。お酒のんだ人が夜の海に行ったりしたら危ないでしょ。そんなこともわからないの。いいかげんにしなさい」 は、うれしくなかった。納得いかなかった。  大人になって考えると、それ以外にも、父親として、高校生の娘が小学生の子供を連れて夜の海辺に行こうとしているというのを、一緒に行っている父親が気づかないでいるというのが、父親としてどんなものか、と思うようになった。  もしも、「子供は、親から何かをもらったり何かをしてもらった時、もらった物やしてもらった事を喜ぶのです。 親は違います。親は、子供から何かをもらったり何かをしてもらった時、もらった物やしてもらった事を喜ぶのではなく、その気持ちを喜ぶのです」という「社員教育」「研修」が正しければ、その時の私は、ともかく、夏休みに海水浴に泊まりがけで連れて行ってもらえたのだし、ともかく、結果として、小豆島の海辺で花火もできたのだから、うれしいと喜べるはずなのだが、しかし、その時の父の態度には喜べなかった。 おそらく、これを父に言うと、「なんでやねん。 わしが連れて行ってやってやってやってやってやったんだろうが。感謝しなさい。 『ありがとうございます。お父さん』と言いなさい」と言うところだろう。 泊りがけで海水浴に連れて行ってもらえたのは確かであり、「感謝しなさい」と言われなくても感謝もすれば、喜んでもいるのだが、「小豆島に行って花火をやるから買ってきなさい」「花火は小豆島に行ってやります。家ではしません」⇒「花火は最後の晩にやる。最初の晩にはやりません」⇒「ちょっと、あんた、いいかげんにしなさい。 お酒飲んだ人が夜の海に行ったら危ないでしょ。そのくらいのこと、わからないの。いいかげんにしなさい!」 は、喜べなかった。やっぱり、子供も、物に喜ぶのではなく、気持ちに喜ぶのではないかと思う。

    結論を言うと、人間は、人から何かをもらったり何かをしてもらった時、親か子かの問題ではなく、ある程度以上、人間的に成熟した人間なら、その物と気持ちの両方に喜ぶものだと思うのだ。 人から何かをもらったり何かをしてもらったりした時、気持ちに喜ぶとはいっても、やっぱり、何かもらうならもらって役立つ物をもらった方がうれしいのはたしかだし、気持ちのこもってないような物をもらってもうれしくないし、気持ちのこもったものは、気持ちだけでもうれしかったりもするものだ。 それは、親か子かの問題ではないと思う。 自分が親であってもおかしくない年齢になっても、そう思う。 「社員教育」のおっさんは、真剣にこういう問題について考えていないと思う。 又、自分自身が、子供の時に親との関係で、経験するべき経験をしていないのではないかと思う。 だから、アホなことを言うのだ。 つくづく、「社員教育」というのはくだらん、と思った。
    ↑ で述べた うちの父親の話を読むと、困ったおっさんだという感じがするのではないかと思う。 しかし、そうはいっても、そのおっさんが勤めに行ってもらってきた給料から生活費を出してもらって私は成人したのだから、その点については、「感謝せえよお~お」と言いまくらないと気がすまないおっさんには閉口したが、別に「感謝せえよお~お」と喚かれなくても、その点は感謝している。 困ったおっさんだったと思うところはいっぱいあるが、そのおっさんに生活費を出してもらって成人したのだ。 人の親を見て、いいお父さんだなあと思ってうらやましく思った時もあったが、世の中いろいろ、世の中、けっこうなお父さんばっかりでもないのだから、まあ、しかたがない。


    最近、小学校・中学校の「道徳」を「学科」として成績評価しようと主張している人が出てきているようだ。
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(YAHOO!ニュース)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150313-00000554-san-life
〔(産経ニュースでは)http://www.sankei.com/life/news/150313/lif1503130024-n1.html 〕
道徳教科化に賛否両論6000件「健全な社会秩序維持」「価値観の押しつけ」
産経新聞(2015年) 3月13日(金)17時25分配信
   文部科学省は13日、平成30年度以降に教科化される小中学校の道徳をめぐる学習指導要領の改定案について、2月4日~3月5日の期間で実施していた意見公募(パブリックコメント)を集計したところ、国内を中心に5002人から計5993件の意見が寄せられたことを明らかにした。教科化によって「健全な社会秩序が維持され、伝承される」などの賛成意見が出た一方、「一定の価値観や規範意識の押しつけにつながることが危惧される」などの反対意見も寄せられた。
  賛成意見では、子供たちへの教育の観点からだけでなく、教科化によって、教員の能力を高め、学校教育の質の向上を期待する声が目立った。具体的には「教師が子供とともに学ぶことが必要」「多くの教員が道徳の授業のあり方を考えることとなり、授業の質にも目が向けられる」などの意見があった。
  一方、反対の立場からは「偏狭なナショナリズムにつながる」「国の考え方を子供に植え付ける危険性が極めて高い」などの意見がみられた。「道徳は普段の生活などから学ぶもので、教科として学ぶものではない」「現行の制度でも十分に実施できる」などと教科化することへの疑問も目立った。
  文科省は今回の改正案で、教育内容を「正直、誠実」「感動、畏敬」などキーワードごとに示したり、小学校低学年から教材で国を愛する心を取り上げたりするなど記載を大幅に変更。こうした工夫について、「分かりやすくてよい」「改善された」などと評価する声があった。
  評価は記述式で行われるが、「評価を記入するからこそ、意識して指導に当たることができるようになる」との賛成意見がある一方、「教師の求める発言をする子供が増える。道徳は本音で語れる場とすることが重要」との指摘もあった。
 文科省は寄せられた意見を改正案に反映した上で、月内に新指導要領として告示する方針。道徳は「特別の教科」として小学校で30年度、中学校では31年度から導入される見通し。
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    「道徳」を成績評価することに、賛成か反対かと言われれば、当然、賛成するわけにはいかない。 なんでか?  だって、そうでしょ。 「子が親から物をもらったり何かをしてもらった時と、親が子から物をもらったり何かをしてもらった時と、どこが違うかわかりますか?」と出題されて、「子はもらった物やしてもらった行為に喜ぶのに対して、親は気持ちに喜ぶのです。そこが親と子の違いなんです。」と答えれば正解。 「親か子かで特に違いはない」と答えたら、× をつけられるわけです。  さらに、「なんで、きみはわからないんだ。 親は気持ちに喜ぶものなんだ。 親とはそういう立派なありがたい存在なんだ。親コッコッコしなさい、親コッコッコ。 わかったか。 わかったら、『わかりました』と言いなさい」とか言われるんですよ。  ↑のような経験をもとに、「ええ~え?  違うと思いますよ~お、せんせえ~え」とか言うと、怒られるんですよ。きっと。 「なんで、おまえはわからんのだ」とか言われて。 そういう「教育」ていいと思いますか?  そんな教育を「義務」で受けさせられるべきものだと思いますか?
    「道徳」教育を強大化させたいと思っている人というのは、↑のT社の社員教育担当部署のおっさんみたいな「親というものは、子から何かをもらったり何かをしてもらった時、その気持ちに喜ぶものなんです」とか「教えよう」という意識の人たちなんですよ。 自分の間違った認識が間違っていない、絶対に正しいと信念持っている人たちなんです。 そういう人たちが、道徳を「教えてあげましょうか」とか思っているんです。 傲慢なんです。そういう人というのは。


[1]  但し、「道徳」として扱われているものについては、私はすべてが悪いとは思っていません。 「新しい生活」という、たしか、東京書籍から発行だったように思うのですが、中学校の時の「道徳」の教科書には、魯迅の『藤野先生』、井上靖『天平の甍』、ロマン=ロランの『ジャン=クリストフ』からの話がでていて、特に『ジャン=クリストフ』と『天平の甍』は、道徳のテキスト『新しい生活』で一部分を読んで感動し、全文を読みたいと思って読み、今も私の愛読書のひとつになっていますが、「道徳」の教科書に載っていた文学作品には、なかなかの名作があり、その点で、すべてが悪いとは私は思ってはいないのです。

[2]  古典からの引用でも変な引用のしかたのものもあった。プラトン『ソクラテスの弁明』からの部分引用で、無実の罪でも法に従うべきだと、権力への服従を説きたいらしい箇所もあった。 飯塚事件の久間さんなどは、まず冤罪であるのに死刑を執行されたのですが、冤罪でも粛々と刑に服せと言いたいのでしょうか。

[3]  中学校の1年の時、「新しい生活」という「道徳」の教科書に、「3人の僧侶の話」というのが載っていて、ある名僧に3人の弟子があり、1人は大変頭がよく、難しいお経もすらすらと理解した。 そのお寺の山に、悟りを開いた僧ならそこから飛び立つと雲に乗れると言われる岩があったが、1人目の僧は大変頭がいいので、彼なら雲に乗れるのではないかと村の人たちは言いあったが、ある時、見当たらなくなり、探したところ、その岩の下で頭を打って死んでいたという。 高僧は「バカなやつだ」と言っただけで寝てしまった。 2番目の僧は、頭もいいが、それとともに、理解したお経をわかりやすく人々に説明する能力が長けていた。 村の人々は親切にお経を説明してくれる僧を喜び、彼こそ雲に乗れるのではないかと話した。 ある時、彼も見当たらなくなり、そして、1番目の僧と違って、どこを探しても見つからなかった。村の人は「雲に乗ることができたんだ」と話したが、高僧は、やはり、「バカなやつだ」と言っただけで布団をかぶって寝てしまった。 3番目の僧は、頭も悪く、特に能力もなく、他の2人に馬鹿にされていたが、真面目な男で、もくもくと高僧につかえた。 村の人も、彼が雲に乗れるとは誰も思わなかったし、本人も自分が雲に乗れるとも乗ろうとも考えなかった。 高僧が高齢で死の床についた時、3番目の僧は、高僧の横で涙を流し、高僧は「おまえが一番よくやってくれた」と言って手をとった・・・という話が出ていた・・・が、だ。  これ、結局、何が言いたいの?  何が言いたい話だと思いますか?  要するに、その「高僧」としては、自分を脅かすような学問のできる優秀な僧侶よりも、わかりやすく話をして人々から支持される僧侶よりも、頭が悪くてできの悪いやつでも自分の言うことを何でもきいて自分の身の回りの世話をして尽くしてくれる便利な都合のええヤツがええ、と。 そういうことか・・・??? 
    その時の先生は、勉強ができるヤツがいいということでもない。 勉強なんて、成績がいいか悪いかにかかわらず、できが悪くても腐らず真面目にいつまでも努力するということが大事なんだ・・・という意味に解釈して話していたのだが・・・・・、そういう意味なの、これ?
    中学生の時は、その先生の話を聞いて、そうかいなあ、と思ったのですが、さらに考えて見て、たしかに、その時の成績が悪くても腐らず真面目に努力する、そのうち成果が出ると思って努力して、それでも成果がでなくてもそれでも努力を続けることが大事だ、というなら、間違いではないかもしれないが、しかし、だからといって、努力して成績を残した者というのは、そんなに悪者扱いされなきゃいけないの?  
    「悟りを開けば雲に乗れる」という話があった時、それなら、我こそは乗ってみせようではないか、と挑戦する者て、いけないの?  冒険家て、そんなに悪なの? 人より優れた域に達して雲にでも乗ってみせるぞと挑戦する者よりも、「休まず、遅刻せず、働かず」の方がよろしい、と言いたいのか? なんか、変なの・・・て、思いませんか?
    結局、この話、いったい何を言いたいのか?  今もよくわからんのですよ。 ただ、どういう話と考えるかは人それぞれで、いつであったか、フェルメール展が東京の新国立美術館で開催された時、日経新聞に「絵画は、誰にでも同じものが見えるのではない。 その人の能力で見えるものしか見えない」と出ていたことがあったのですが、文学作品もまた、その人の能力で理解できるものしかとらえられないところがあるかもしれません。 だから、たたき台としての文学作品として、この意味をそれぞれの人間が自ら考えていくならば、それはそれでいいのかもしれません。 しかし、こういうのを採点するとなると、こう考えるのが正解! と決められてしまうのではありませんか?  そうなると、むしろ、害が出てくる可能性もあるように思います。

[4]   『新しい生活』という「道徳」のテキストに、「母は押し入れ」という話があり、「生徒作品」という設定で実際は大人が書いたであろう文章で、母が押し入れを整理していて、「母は押し入れだよ」、「家族で問題があっても、外に出しておかず、母という押し入れに入れておいた方がいいことがあるからね」と言ったそうで、それを聞いて、お母さんは、そうやって家族の押し入れになって我慢してくれているんだと感謝の気持になった・・というお話で、親はそうやって子のために尽くしているんだから親に感謝せえよお~お・・と「教育」してこましたろ、というものだったらしいが、自分自身が家族とつきあっていく上での経験を経て考え、母や父がここで言う「押し入れ」になっているケースもあるかもしれないが、むしろ、子の方が「押し入れ」にされているケースもあることに気がついた。 ロナルド=レイン(『家族の政治学』など)やデビッド=クーパー(『「家族」の死滅』など)なら、母が「押し入れ」になっていると決めつけるこのような愚かな文章は書かないと思う。 レイン・クーパーらは、「精神疾患」特に「精神分裂病」(現在は「統合失調症」と名称が変わった)は、家族のひずみを押しつけられた家族内の政治学において立場の弱い者が「押し入れ」化され、それが表にでてきたものである場合があると見ている。私もそれはあると考えている。レイン・クーパーは、家族においては、現役で働いている者よりも、生活の基盤を親に頼っている子どもの方が家族内での立場が弱いことから「押し入れ」化される可能性が高いことも指摘している。「精神疾患」においては「家族」は必ずしも「患者」の味方ではないという点が「精神医学」の「治療」の難しい点であることも述べられている。 誰が「押し入れ」になっているかはケースバイケースで、そして、誰かが「押し入れ」になるという家族のあり方は克服するべきものであって、「押し入れ」になっていると称する者を称賛するものではない。
   『新しい生活』に載っていた文章でも文学作品からの引用はいいものが多かったが、「生徒作品」だとして載っていた実際は大人が書いたであろう文章は、落ち着いて考えるとあまり良いとは言えないものが多かった。

[5]   1970年代の初めだが、小学校の5年・6年の「道徳」の時間は、『にんげん』という部落問題をとりあげたテキストによる部落問題についてばかりだった。部落問題についてとりあげて悪いとは思わないが、学区内に被差別部落があるわけでもない小学校で、そればかりというのはどうかとも思う。

   
    小学生の時に読んだ、『ぼくわたしの世界の偉人伝 エジソン』とかいう本に、子供の頃のエジソンの話が載っており、それによると、子供の頃、エジソンは小学校の先生から嫌われて「おまえは、あしたから学校に来なくていい」と言われ、お母さんが「わかりました。 それなら、明日から学校に行かなくてよろしい」と言い、それ以来、エジソンは自宅で科学の勉強をして、世界の発明王になった・・・というお話が出ていた。 小学生の時の私はそれを読んで、へ~え、エジソンて偉い人がそういう子供時代を送ったのかあ~あ・・・・と思ったのです。
    小学校の3年の時の担任の先生Fが、クラスの生徒を「気に入る生徒」と「気に入らない生徒」の2つに分ける先生で、両者によって扱いがまったく違い、私はそれをどう考えてもおかしいと思い納得いかなかった。 同じクラスの生徒にも、「気に入らない生徒」の方に分類された者は憤慨していました。 で、その頃から義侠心(?)があった私はその先生の態度を許せないと思ったのですが、クラスで一番成績のいい生徒が自分に従わないものですから、その先生はなにより私が気に入らなかったようです。 私は、自分の言うことをへこへこきくおべっか使いみたいなヤツ、会社の総務部あたりにいる五流大学出で能無しのくせに会社に忠実だからなんか実力以上の役職をもらってる・・みたいなやついるでしょ。 そんな感じのやつがその先生の「取り巻き」になっていたのです。 私はそいつらの対抗馬みたいになっていたところがあって、先生としては面白くなかったようです。 だから、毎回すべての科目で1番だったわけではないので、その「デモシカ総務のおっさん」みたいなヤツが私より試験の点数が良い時があると、「☆☆は○○より点数いいわ」とわざわざみんなに言うのです。この野郎!と思いましたが、その先生からすれば、生徒は先生には服従するのが義務で道徳だと思っていたようで、この野郎!と思う私はけしからんと思っていたようです。 クラスの生徒で転校して出て行く人が何人かいたが、「お気に入り」になっていたメンバーのひとりが転校した後、「▽▽さんにお便りを出しましょう」とその先生が言い出したことがあり、出して悪いことはないのですが、他にも転校した人はいるのに、なぜ、その女にだけクラス全員で手紙を書けというのか理解に苦しんだ。 そういう差別する教師、へこへこするヤツを評価する教師に怒りを感じていた私に、彼もまた敵意を持ったようです。
    ある時、どういう経緯でだったか忘れましたが、彼が私に「おまえ、あしたから学校に来るな」と言ったのです。 それで、私はどう思ったかというと、「俺って、エジソンみたい」・・・と思ったのです。 将来は世界の発明王になるんじゃないか、て。 それで、「未来のエジソン」は家に帰って、言われた通りを母に言うと、母は「それなら、学校なんか、行かなくてよろしい」と言って、家で勉強させて、発明王になる・・・はずだったのですが、私の母は、驚いたことに「行かないといけませんでしょ」と言ったのです。 なんか、話が違うやんけ。 『ぼくわたしの偉人伝 エジソン』によると、お母さんは「それなら、学校なんか行かなくてよろしい」と言うはずじゃないですか。なんでやねん・・・て思いました。その時は。 
   「道徳」の問題としては、小学校の先生から「おまえ、あしたから学校、来るな」と言われたら、「そうですか。それなら、小学校なんか行かなくてよろしい。家で勉強すればよろしい」とエジソンのお母さんみたいに言うのが正解なのか、それとも、うちの母みたいに、「行かないといけません」と言うのが正解か? その先生Fは、学校の成績よりも自分の言うことをへこへこきく「デモシカ総務のおっさん」みたいな生徒が好きだったみたいで、私の通知簿なんか、「成績は極めて良いが、人間的に問題がある」だったか怒りにまかせて書いていたのですが、今、考えると、怒りにまかせてそんな文句を通知簿に書く教師の方が人間的に問題があるのじゃないかという気もするし、そもそも、小学校の3年生とガチンコで喧嘩する教師てなんだろ? て気もします。 通知簿というのは、一方の生徒には気に食わないからというのでガチンコで喧嘩して一方ではへこへこして「お気に入り」になる「デモシカ総務のおっさんみたいなヤツ」を称賛する教師が気に食わない生徒を攻撃するための道具ではないはずですが、その頃は、学校の先生というのは、先生というだけえらい人かと思っていたから、こちらもガチンコで腹たてたりしたのですが、学校の先生なんてそんなもんじゃ・・・と思うと、ガチンコで腹たてることもなくなるのですが、今から思うと、真面目だったんだなと思います。 で、クラスの生徒を「気に入る生徒」と「気に入らない生徒」に2つに分けて扱いを変え、それに憤慨する生徒とはガチンコ対決する教師というのは、教師自体が子供だと今の私は思うし、「あの人は性格が暗い」と母も思っていたようですが、通知簿に怒りのボンバー!として、「成績は極めて良いが、人間として態度に問題がある」とか書く教師からすれば、教師が「態度に問題がある」と言っているのだから、親は「申し訳ございません」とへこへこするもので、それが教師に対する義務で教師に対する道徳というものだとか思っていたのかもしれません。 「道徳」を採点するとなり、それを点数ではなく文章で書いて評価するとなると、この教師が通知簿に書いたような文句、怒りのボンバー! が書かれるのかもしれませんね。
   そういえば、高森朝雄 原作・ちばてつや 画『あしたのジョー』には、「心理学の先生」が「心理学の診断」だとして、矢吹丈に「この少年の性格は、残忍で非情で利己的で、草一本はえとら~ん」と言って、バーンとハンコを突き、矢吹が「ヘッ」と鼻で笑う場面がありましたね。 「心理学の診断」とか「道徳の評価」なんて、そんなものかもしれません。 くだらねえ。
※《YouTube―傷だらけの栄光  おぼ たけし.flv》 https://www.youtube.com/watch?v=8UbYaghXEJY
    (2015.3.13.)

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