『火垂る(ほたる)の墓』の舞台 西宮市満池谷ニテコ池・震災追悼碑―カトリック夙川教会とニテコ池【下】

[第203回]
【3】 阪急神戸線の「夙川」の駅は夙川という川の上にホームがある。 阪神の「香炉園」の駅もそうみたい。
夙川は、その周囲が公園状に整備されて歩くのによい。

その夙川を北(上流)に進み、途中で東に折れてしばらく行くと、「ニテコ池」という池がある。住所としては「満池谷」である。
 
   『古社名刹巡拝の旅34 西国街道と武庫川 西宮神社 廣田神社 清荒神清澄寺 中山寺』(2010年1月12日号 2009.12.22. 集英社)の「巡拝の達人2 廣田神社から西宮神社へ 西宮の味と文学散歩」には、≪西宮神社の大練塀(おおねりべい)を造る際、ここから土を掘り起こし、神社に運ぶ人々の「ネッテコイ、ネッテコイ」という掛け声から「ニテコ池」の名がついたという。 『火垂るの墓』では、戦災孤児になった幼い節子・清太兄弟がホタルに見とれた池として描かれ、その後、ふたりは池のそばの横穴で生活を始める。≫と出ている。
   西宮神社(http://nishinomiya-ebisu.com/index.html )は、大阪市浪速区の今宮戎神社、島根県松江市美保関町の美保神社などとともに「えべっさん」を祀る代表的神社で、戦前、国宝に指定されていた本殿は戦災で焼失して建替えられたが、現在は、豊臣秀頼の寄進により片桐且元が普請奉行となって造営したという表大門(赤門)と大練塀の2つが重要文化財に指定されている。その大練塀を造る時に、ここから土を掘り起こして使った・・・という話だが、実際にそうなのか、それとも「そういうお話」ということなのだろうか。 かつては、この周囲は農家だったというから、灌漑用の池として掘られたという可能性も考えられそうな感じもするが・・・。

   地図を見ると、南北に3つに分かれていて、どういう経緯でそうなったのだろうと思ったが、現地に行ってみると、この3つの池は水源地となっていて、北から南へ水面が少しずつ低くなっていくようになっている。
↓一番上(北)の池  向こうの森のようになっている所(ニテコ池の北西側、一番北の池の西側)に、廣田神社の境外摂社の名次神社 がある。
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↓ 真中の池
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↓ 一番下(南)の池
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≪  節子は西宮の、遠い親戚にとりあえず預け、ここはお互いに焼けたら身を寄せあう約束の家で、未亡人と商船学校在学中の息子と娘、それに神戸税関へ勤める下宿人。 六月七日昼から一王山の下で荼毘に付すという母親の死体、手首のほうたいをとって針金で標識を結び、ようやくみる母の皮膚は黒く変色していて人のものとも思われず、・・・・≫
≪  夜ふけて西宮の家にたどりつき「お母ちゃんまだキイキ痛いのん?」「うん空襲で怪我しはってん」「指輪もうせえへんのかな、節子にくれはったんやろか」骨箱は、違い棚の上の戸袋にかくしたが、ひょっとあの白い骨に指輪をはめたさま思い浮かべあわてて打ち消し、「それ大事なんやからしもうとき」敷布団の上にちょこんと座り、おはじきと指輪であそぶ節子にいう。・・・≫
≪  夜に入ると、すぐそばの貯水池の食用蛙が、ブオンブオンと鳴き、そこから流れ出る豊かな流れの、両側に生い繁る草の、葉末に一つずつ平家蛍が点滅し、手をさしのべればそのまま指の中に光が移り、「ほら、つかまえてみ」節子の掌に与えると、節子は力いっぱいにぎるから、たちまちつぶれて、掌に鼻をさすような生臭いにおいが残る、ぬめるような六月の闇で、西宮とはいっても山の際、空襲はまだ他人ごとのようだった。≫
≪ 小川に沿って浜へむかうと、一直線にアスファルト道路の、ところどころに馬力がとまっていて、疎開荷物を運び出している、神戸一中の帽子かぶり眼鏡かけた小肥りの男が、むつかしそうな本を両手いっぱいにかかえて荷台に置き、馬はただものうげに尻尾をはねかしている、右へ曲がると夙川の堤防に出て、その途中に「バボニー」という喫茶店、サッカリンで味をつけた寒天を売っていたから買い喰いし、・・・・≫
≪  「お母さんの着物な、いうてはわるいがもう用もないのやし、お米に替えたらどう? 小母さんも前から少しずつ物々交換して、足し前してたんよ」その方が死んだお母さんも喜びはると未亡人はいい、清太の返事きかぬ先から、洋服あけて、不在中にさんざん調べたのであろう、なれた手つきで二、三枚取り出すと・・・・
・・・・・
   満池谷の周囲はほとんどが農家で、やがて未亡人米をかかえてかえり、清太の梅干の入っていた広口瓶にいっぱい満たすと、残りは自分宅用の木の米びつにざあっとあけ、二、三日はたらふく喰ったが、すぐ雑炊にもどり不平をもらすと、「清太さんもう大きいねんから、助け合いいうこと考えてくれな、あんたはお米ちっとも出さんと、それで御飯食べたいいうても、そらいけませんよ、通りません」通るも通らんも母の着物で物々交換して、娘の弁当下宿人の握り飯うれしそうにつくっときながら、こっちには昼飯に脱脂大豆のいった飯で、いったんよみがえった米の味に節子は食べたがらず、「そんなこというたって、あれうちのお米やのに」「なんや、そんなら小母さんが、ずるいことしてるいうの、えらいこというねえ、みなし児二人あずかったってそういわれたら世話ないわ、よろし、御飯別々にしましょ、それやったら文句ないでしょ、それでな清太さん、あんたとこ東京にも親戚いてるんでしょ、お母さんの実家でなんやらいう人おってやないの、手紙出したらどう?西宮かていつ空襲されるかわからんよ」さすがにすぐ出ろとはいわなかったが、いいたい放題いいはなち、・・・・≫
野坂昭如『火垂る(ほたる)の墓』1967[昭和42]. 〔『アメリカひじき  火垂るの墓』1972.1.新潮文庫 所収〕)
  このあたりの文章を見ると、「西宮」「満池谷」「貯水池」と出てきているが、西宮の満池谷の貯水池というと、このニテコ池しかないから、『古社名刹巡拝の旅34 西国街道と武庫川 西宮神社 廣田神社 清荒神清澄寺 中山寺』(2010年1月12日号 2009.12.22. 集英社)の「巡拝の達人2 廣田神社から西宮神社へ 西宮の味と文学散歩」に書かれているように、ここが舞台なのだろう。 今は周囲はすべて住宅地で、農家はない。


≪  七月六日、梅雨の名残の雨の中を、B二九が明石を襲い、清太と節子横穴の中で雨足の池にえがく波紋をぼんやりながめ、節子は常に離さぬ人形抱いて、「お家かえりたいわあ、小母さんとこもういやや」およそ不平をこれまでいわなかったのに、泣きべそかいていい、「お家焼けてしもてん、あれへん」しかし、未亡人の家にこれ以上長くはいられないだろう、・・・・・
・・・・ 夜、節子が夢に怯えて泣き声立てると、待ちかまえたように未亡人やって来て、「こいさんも兄さんも、御国のために働いているんでっさかい、せめてあんた泣かさんようにしたらどないやの、うるそうて寝られへん」ピシャリと襖をしめ、その剣幕にますます泣きじゃくる節子を連れ、夜道にでると、あいかわらずの蛍で、いっそ節子さえおらなんだら、一瞬考えるが、すぐに背中で寝つくその姿、気のせいか目方もぐんと軽くなり、額や腕、蚊に食われ放題、・・・・・≫
≪   「あんなあ、ここお家にしようか、この横穴やったら誰もけえへんし、節子と二人だけで好きにできるよ」・・・
     ・・・そや、蛍つかまえて蚊帳の中に入れたら、少し明るなるのとちゃうか、・・・蚊帳の中にはなつと、五つ六つゆらゆらと光が走り、・・・・・
    朝になると、蛍の半分は死んで落ち、節子はその死骸を壕の入口に埋めた、「何しとんねん」「蛍のお墓つくってんねん」うつむいたまま、お母ちゃんもお墓に入ってんやろ、こたえかねていると、「うち小母ちゃんにきいてん、お母ちゃんもう死にはって、お墓にいてるねんて」はじめて清太、涙がにじみ、・・・≫
≪  節子は下痢がとまらず、右半身すき通るよう色白で、左は疥癬にただれきり、海水で洗えば、しみて泣くだけ。夙川駅前の医者を訪ねても、「滋養つけることですな」申し訳に聴診器胸にあて、薬もよこさず、・・・・≫
≪  横になって人形を抱き、うとうと寝入る節子をながめ、指切って血イ飲ましたらどないや、いや指一本くらいのうてもかまへん、指の肉食べさしたろか、・・・・
節子はなに思ったか、手近の石ころ二つ拾い、「兄ちゃん、どうぞ」「なんや」「御飯や、お茶もほしい?」急に元気よく「それからおからたいたんもあげましょうね」ままごとのように、土くれ石をならべ、「どうぞ、お上がり、食べへんのん?」
    八月二十二日昼、貯水池で泳いで壕へもどると、節子は死んでいた。骨と皮にやせ衰え、その前二、三日は声も立てず、大きな蟻が頭にはいのぼっても払いおとすこともせず、ただ夜の、蛍の光を眼でおうらしく、「上いった下いったあっとまった」低くつぶやき、・・・・・
    夜になると嵐、清太は壕の暗闇にうずくまり、節子の亡骸膝にのせ、うとうとねむっても、すぐ目覚めて、その髪の毛をなでつづけ、すでに冷えきった額に自分の頬おしつけ、涙は出ぬ。・・・・≫
(野坂昭如『火垂るの墓』1967[昭和42]. 〔『アメリカひじき  火垂るの墓』1972.1.新潮文庫 所収〕)

   小説の『火垂るの墓』には、三宮駅で死んでいく清太を描く場面で、
≪ ・・・・おっかなびっくり虱だらけの清太の着衣調べた駅員は、腹巻きの中にちいさなドロップの缶をみつけ出し、ふたをあけようとしたが、錆びついているのか動かず「なんやこれ」・・・・・ ドロップの缶もて余したようにふると、カラカラと鳴り、駅員はモーションつけて駅前の焼跡、すでに夏草しげく生えたあたりの暗がりへほうり投げ、落ちた拍子にそのふたがとれて、白い粉がこぼれ、ちいさい骨のかけらが三つころげ、草に宿っていた蛍おどろいて二、三十あわただしく点滅しながらとびかい、やがて鎮まる。
   白い骨は清太の妹、節子、八月二十二日西宮満池谷(まんちたに)横穴防空壕の中で死に、死病の名は急性腸炎とされたが、実は四歳にして足腰立たぬまま、眠るようにみまかったので、兄と同じ栄養失調による衰弱死。≫
と出ている。
   ビデオ・DVDとしてレンタルや販売もされているアニメーション映画では、はっきりと「サクマ式ドロップ」の缶が出てくるものの、小説には「サクマ式ドロップ」という記述はない。 戦後も、「サクマ式ドロップ」はドロップ飴の古典のような感じで私も子供の頃、食べた記憶があるが、戦争中、ドロップといえばサクマ式だったのか、どうなのだろうか。


  尾崎秀樹(おざき ほつき)の「解説」に、
≪ 野坂昭如が神戸で空襲にあったのは、中学三年のときだった。神戸市立第一中学校に在学していた。六月五日に焼けだされ、西宮市の満池谷(まんちたに)にあった遠縁の家に身を寄せたのは三日後のことだ。・・・・
   彼は回想している。
「一年四カ月の妹の、母となり父のかわりつとめることは、ぼくにできず、それはたしかに、蚊帳の中に蛍をはなち、他に何も心まぎらせるもののない妹に、せめてもの思いやりだったし、泣けば、深夜におぶって表を歩き、夜風に当て、汗疹(あせも)と、虱で妹の肌はまだらに色どられ、海で、水浴させたこともある」
   その後、彼の妹は栄養失調で亡くなるのだが、「ぼくはせめて、小説『火垂るの墓』にでてくる兄ほどに、妹をかわいがってやればよかったと、今になって、その無残な骨と皮の死にざまを、くやむ気持が強く、小説中の清太に、その想いを託したのだ、ぼくはあんなにやさしくはなかった」と述べており、いわば『火垂るの墓』が、亡き妹にたいするレクイエムの役割をはたいていることに気づくのだ。・・・≫
とある。 《ウィキペディア‐野坂昭如》http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E5%9D%82%E6%98%AD%E5%A6%82 には、≪上の妹を病気で、1945年の神戸大空襲で養父を、下の妹を疎開先の福井県で栄養失調で亡くした。後に福井県で妹を亡くした経験を贖罪のつもりで『火垂るの墓』を記した。つまり清太のモデルが彼自身で、節子のモデルは妹ということである。≫と出ている。 野坂昭如(1930[満州事変の前年]‐ )自身が、この『火垂るの墓』の清太と同じ年齢で空襲にあい、『火垂るの墓』の節子は4歳で、野坂昭如がその時、死なせた妹は1歳4カ月だったという違いはあるが、似た経験をして、実際に、満池谷の遠縁の家に身を寄せた経験もあるらしく、小説中の清太は野坂昭如の分身のような存在かもしれないが、≪「ぼくはせめて、小説『火垂るの墓』にでてくる兄ほどに、妹をかわいがってやればよかったと、今になって、その無残な骨と皮の死にざまを、くやむ気持が強く、小説中の清太に、その想いを託したのだ、ぼくはあんなにやさしくはなかった」と述べており、≫というように、そのままの話というわけではないようであるが、小説の記述を見ると、実際に自分が体験したか体験した者をそばで見たかした人間でなければ書けないであろうという印象を受けるものである。


    アニメーション映画『火垂るの墓』では、終わり頃、妹・節子が食べるものがなく弱っていくのに対し、戦争が終わった後、この周囲の裕福そうな家で家族の団欒の声が聞こえる場面があった。 たしかに、この周囲は大きな家が何軒も建っている。 越水(こしみず)城という城がかつてこのニテコ池の南東のあたりにあったと『古社名刹巡拝の旅34 西国街道と武庫川 西宮神社 廣田神社 清荒神清澄寺 中山寺』(2010年1月12日号 2009.12.22.発行 集英社)所収の「歴史の交差点 戦略拠点となった西宮 越水城の戦い」に出ている。≪戦国時代、越水城はたびたび攻防戦の舞台となり、・・・≫と。 それで、ニテコ池に行った際、ニテコ池の東側で、お城みたいな石垣の組まれた所があったので、もしかして、これが越水城跡だろうか・・・と思ったのだが、「普通の家」だった。「普通の家」といっても私の家にそんなお城みたいな石垣はなく、「普通」の基準が違うのだが、そういう家が何軒かある。ニテコ池の南西側に和風の相当に大きい家があり、誰が住んでるんだろうなあと思いながら前を通っていると、さりげなく立っている男性から「こんにちわ」と挨拶されたので「こんにちわ」と言って通ったが、玄関を見ると外に向って防犯用のカメラが設置されている。私らびんぼうにんの家にもついているカメラ付きインタホンではなく、はっきりと防犯カメラである。もしかして、神戸に本拠を置く広域暴力団の幹部の家?・・とかであの防犯カメラに写ると危険? とか思ったが、はっきりと防犯カメラに写る位置まで行って表札を見ると「松下」と書いてあったので、もしかして、松下幸之助の関係の人の家だろうか、それとも「松下」だから松下幸之助という発想は単純か、と思って、帰宅後、インターネットで検索して見ていると、《パルチザン2・・・夢と希望―「ニテコ池・松下邸・旧山本邸」・・・夙川ぶらぶら③ 》http://kafe3232.exblog.jp/19069128/ に出ていた。松下幸之助の家だったらしく、≪今は息子さんの家がある≫と書かれていた。
   「和風」でも、昔、私が住んでいた所の近所で建替えた家があって、建替える前は普通の家だったのだが、新しくできた家は「和風」は和風でもこてこてした和風で、なんと、破風面の壁に代紋(だいもん)がかかっていたので、「ヤクザみたい」と近所の人は言う人は言っていたのだが、施主は何をやっている人かというと巡査で、「やっぱり、巡査というのはヤクザと似ているなあ」と言う人は言っていた。(栃木県南部の某市に住んでいた時、某市に1軒だけあったソープランドの裏手のひと続きの家には壁面に代紋がかかっていた。ということは、ソープランドというのは代紋をかかがえるような人が経営しているということなのかな、と思ったが、大阪府北部某市の巡査の家にもそれと同様の代紋がかかっていたのだ。刺青が刺青を入れるということ自体は犯罪でもないのと同じく、家の壁に代紋を入れても別に犯罪でも何でもないけれども、しかし、迫力があった。住宅屋の営業が住宅の問い合わせを受けて訪問すると、そこの家に代紋がかかっていたとなると、警戒する。[見込客の家に行った際には、そういったものをさりげなく見て、さりげなく感じ取るのが営業である。] 刺青は刺青を入れている人すべてがヤクザではないとか、ヤクザの刺青と職人の刺青があるとか言う人がいるし、実際、そうかもしれないが、「ベッカムさま」とか「遠山の金さん」は別として今現在の日本では刺青を入れている人というのは警戒されるものであり、それをあえて入れる人というのは、あえてそういうものを入れるようなそういう人かと見られることになる。代紋も同様で、代紋の入っている家の住人は誰もがヤクザではないとしても、「ヤクザか?」と見られるようなものをあえて入れる人ということになる。 警察は人を逮捕し拘留すると、入浴だといって裸にならせた上で、人の裸を横で見続ける。男が男の裸を凝視する理由は何かというと、刺青が入ってるか入ってないかといったことを見ているのであろう。自分たちは仕事でそういう行為をおこなっておきながら、自分が家を建てる段になると、それに匹敵するものをあえて家の道路側の壁に入れるというのは、どういう意識でおこなっているのかとも思うが、警察というのはそういう人たちだということなのだろうか。)それで、そこの施主はその家が気にいっていたようだが、私は、そんな代紋の入ったこわそうな「こてこて和風」の家なんてあんまり住みたくないなあという印象を持ったのだが、松下邸は、外から見ただけだが、私らには住めないだろうけれども、住めたら住んでみたいような家だった。元・松下幸之助の家らしいと思って考えると、1970年の大阪万博の時の松下館と幾分通じる雰囲気があるようにも思える。
   前の道に立っていた男性は「国籍不明、年齢不詳、レスラーのような体型をして、ひげそりのような眼を」しておらず、普通の人だったし、人が公道を通るのをとがめたりせず、「こんにちわ」と穏やかに挨拶してという人で、その家の警備関係の人間なのか運転手が休憩していたのかそこの住人である「エライ人」の仕事上の部下なのかはっきりしない感じだったが、やはり、あれは警備のために立っていたのかと思うが、千葉県船橋市薬円台の野田邸の前に今も立っていたり立っていなかったりする制服のけーさつ缶なんかよりは役に立ちそうだ。 野田邸の前のけーさつ缶は「ここがノダの家なノダ」と周囲に知らせるために立っているだけであんまり役に立ちそうに見えない。こわ~いのが来たら一番先に逃げ出しそうて感じがする。時々、西友に買い物に来ていたが「俺の背後は無防備だ」と背中が語っていた。あんなん、役に立たんで、ちっとも・・・というより、ケーサツは野田邸を警備するつもりではなく、野田邸を名分にして市民を監視させているのだろうし、ケーサツ缶も町の安全のためにケーサツやってるなどとは思っておらず、国民を監視・統制するためにケーサツやってるという意識だろう。

    この付近にはけっこう大きい家が何軒か建っているのであるけれども、阪急神戸線沿線の住人には、関西では阪急の沿線が高級住宅地で中でも神戸線沿線が一番で、自分も阪急神戸線沿線に住んでいるから「高級住宅地の住人」だと言いたいおばさんがいたりするが、それは、神戸線沿線の駅から北側・山手に、少々、駅から離れていても、相当広い敷地と大きな家を持ち、クルマもたぶん高級車を持って乗っているのかおかかえ運転手がいるのかという感じの家があって、そういう広い家の金持ちの住人はいいが、「並み」か「並みの上」くらいのサラリーマンの家族が、阪急神戸線沿線に住んでも、今回、歩いて見て思ったのだが、実際のところ、阪急神戸線も園田から西宮北口まではいいが、それより西、西宮北口から三宮までの間は、もともと、国鉄が、東京の新橋(汐留)‐横浜(桜木町)間に日本で最初に鉄道が敷設された後、日本で2番目の鉄道として大阪と神戸の間に路線を敷き、その後、阪神が大阪と神戸の間の集落を結ぶように路線を敷いた、それより後に、国鉄がこのあたりが妥当かなあ~あ・・・と敷いた路線のさらに山側に敷設したのが西宮北口から西の阪急神戸線であり、阪急神戸線の駅自体がすでに山よりにあって、そこからさらに山側というと、駅を降りた時から坂道で、なにも物好きにそんな坂道歩いてあがるような所に住まんでも・・・という感じがしないでもない。
   芦屋の奥池という、やはり、水源地がある所で、木質系住宅建築業のK住研に入社した時に、新卒社員の合宿研修で行ったのだが、その時、研修を担当していた課長が「そこの家、去年、K住研で建てたんだが、建物だけで2億や」と教えてくれたことがあった。25年程前、奥池にあった店というと、小さめのコンビニくらいの大きさの「スーパー」1軒であるが、「スーパー」といっても、「いかりや」であり、「いかりや」というのはスーパーはスーパーでもスーパーでない・・・みたいなスーパー・・・と言っても関東人はわからないだろうけれども、なにしろ、スーパーだから安めの価格だろうなどと思って「いかりや」で買い物すると、あっと言う間にカネがなくなる、という「金持ち向けのスーパー」なのだ。だから、「いかりや」で買い物する時は、そこはスーパーだと思わないで、百貨店だと思って買い物した方がいいと思う・・・という感じの「スーパー」なのだ。 そんな「ミニスーパー」が1軒あるだけという、そんな感じの所。

   その奥池にしても、「建物だけ(土地の費用は別、建物の建築費だけ)で2億」くらいの家を注文・請負で建てて住むような人がクルマでなければ不便は承知の上(別荘ならともかく、クルマでもけっこう不便だが)で住むならいいが、「並み」か「並みの上」くらいのサラリーマンが「平均的な面積」か「どっちかというと都市部としては広め」くらいの面積の敷地で建てて、当然、「並み」か「並みの上」くらいのサラリーマンにはおかかえ運転手なんかいないし、ベンツとかロースルロイスとかに乗ってる人ならいいが、カローラとかせいぜいクラウンくらいまでのクルマに乗っていてだんなの通勤は電車通勤というような人が、阪急神戸線の駅で降りてえっちらおっちら坂を登っていった先の家に住んでも、ごくろうさん、という感じがする。 該当する人には悪いけど・・・。
   ちなみに、だ。 何カ月か前、大阪市淀川区の十三(じゅうそう)のビジネスホテルに泊まったのだ。 なぜ、泊まったかというと、大阪で用事があって、それまでに何回か宿泊したビジネスホテルは空きがなかったので、インターネットで空きのあるビジネスホテルを検索して出会ったので予約して泊まったのだが、十三というのは、何十年か前に、藤田まこと が「十三のねーちゃんの歌」とかいうのを歌ったことから風俗営業の関係者だけがいる所みたいに思っている人がいるけれども、実際はそうではなく普通の人が普通に住んで生活している所で、何しろ、阪急でも神戸線・宝塚線・京都線が分岐する所で特急はすべて止まるわ、梅田まですぐだわ、新幹線に乗ろうと思っても、阪急京都線「南方」で乗り換えれば「新大阪」もすぐだわで、今さらながら、十三って便利ええなあ、と思ったのだ。たしかに、自然環境は池田とか箕面とか高槻とか島本町とかの方がいいかもしれないが、大人が住んで通勤することを考えれば、十三のマンションなんか住んだら本当に便利いいだろうなあ・・と思った。 それを考えると、阪急でも宝塚線の石橋以遠とか箕面線とか能勢電鉄とかの駅からえっちらおっちら歩いてやっと家までたどりつくとか、高槻の駅からバスに乗ってバス停からさらに歩いてとかいう所に一戸建て建てて住んでいる人間て、もしかして、わざわざ不便を買ってるのと違うのか? というようなことを、ふと思った。 実際、十三は便利ええわ。 ほんまに。 また、実際、「普通の人」が住んでいる所だし。「いかりや」みたいなうかつに買い物すると財布のカネがどんどんなくなる店ではなしに、「普通の店」がいくらでもあるし。 特に、東京の江東区・墨田区あたりの地下鉄の駅から徒歩10分程度の場所というのも無茶苦茶便利いいのだけれども、最近、福島第一原発事故による放射性物質が東京都内では多く飛散した地域だということもあるが、江東区・墨田区・江戸川区あたりは多くの場所が荒川の水面より低いという点が不安な点だが、十三は新淀川の水面よりは地盤面は高いと思うんだわ。 だから、物は考えようで、石橋以遠の宝塚線だの支線の箕面線だの能勢電鉄だのの駅からえっちらおっちら歩いた先に家を建てるよりも、十三のマンションの方が少なくとも大人にとっては便利さという点ではええわ。間違いなく。梅田と違って人の住んでる所だし・・なんて言うと、梅田に実際に住んでいる人に怒られるかもしれないけれども、実際、梅田はもっぱらビジネス街だが十三は普通の人が住んでいる所だし、奥池なんか住むよりよっぽどええわ、ベンツとかロールスロイスとかのクルマをおかかえ運転手に運転させるような民族は別として私らにとっては。
   それで。 西宮市の満池谷あたりも、奥池と一緒で、ベンツとかロールスロイスとかいったクルマをおかかえ運転手に運転させて、執事とかいうおっさんが家にいて、秋葉原にいるメイドさんではなく本当のメイドさんがいて、マーシャルアーツとかブラジリアンワックス・・じゃなくてブラジリアン柔術とかやってるようなボディガードとかドーベルマンとかいうようなこわ~い犬とかが庭にいるようなそんな屋敷のエライ人かコワイ人が豪邸に住むならいいが、「並み」か「並みの上」くらい、松竹梅なら竹くらいのサラリーマンが「並み」か「どっちかというとちょっと広め」くらいの敷地で「並み」か「どっちかというとサラリーマンの家としては心持広め」くらいの家に住むなら、あんまりいい所ではなさそうに思ったのだ。
※「ブラジリアンワックス」を知らない方は、桜木さゆみ さんの漫画にしばしば出てくるので、桜木さゆみ さんの漫画を読むことをお勧め・・・していいかどうかよくわからんのだが、見るなりしてください。 知らんでもいい人は別に知らなくてもよろしい。

   それで、だ。 阪急沿線は高級住宅地だとか思って住んでいる人というのは、少なくない割合で、「嘘でも百回言えば真実」みたいに、阪急電鉄と阪急不動産にしてやられたのと違うんかい・・・・て感じがしないでもない。実際、駅を降りると山手に進んだ方が高級住宅地だと思っている人がいるが、夙川の駅からは国鉄の線路との間は平地だが夙川の駅から北側は進むに従い坂道になっていくのだから、ハイキングならともかく、なんもそんなとこ住まんでも・・という気がしないでもない。
   「夙川」から阪急甲陽園線が出ていて、「苦楽園口」「甲陽園」の2つの駅があるが、支線の駅からまだ距離のある所って、金持ちが豪邸に住むならいいが、「並み」の者にはあんまりいい所でもないのと違うんかい・・という気がした。 かつ、この満池谷のニテコ池の周囲を歩いてみたが、もとは豪邸が建っていたかという感じの土地を旗竿地に分けて分譲して販売しようとしている土地を見かけた。 どうも、建売屋というのか建売やってる不動産屋というのかは、職業病というのか、ここに限らず、土地を買うと細かく分けないと気がすまないみたいだが、 細かく分ければいいというものでもないと思うのだ。 奥池ほどではないとしても、満池谷のように駅からすぐではなく坂道を登る必要があるというような場所で、「高級住宅地」と言われてそれなりの「豪邸」が建っていたような場所というのは、敷地延長の旗竿型の土地にいくつもに分けたのでは、値打ちがなくなってしまうと思うのだ。そういう土地にするとその場所でなくてもいいことになると思うのだ。 しかし、豪邸のまま、豪邸の広さの敷地のままでは買い手がつかなかったのだろうか。 だからといって、分けたのではその場所の値打ちがなくなる、別けるなら別けるで敷地延長の旗竿型の土地に別けるのではなく、開発行為をして道路を設けて整形な土地で販売した方が評価の高い土地になると思うのだが、敷地延長の旗竿地にしても道路に取られたくないというのは、それは有利不利の判断ではなく多くは不動産屋・建売屋の職業病だと思う。


【4】  ニテコ池の北寄り東側に公園があり、そこに「阪神淡路大震災 西宮市 犠牲者追悼の碑」が建っている。↓
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(↑↓ 写真はすべてクリックすると大きくなります。)
↑ 市立西宮高校の校舎の写真が出ていたが、阪神淡路大震災の後、ビルで特定の階に荷重が集中してかかったのか、ある階だけつぶれた建物の写真を何度も見たが、この写真で見ると、曲がっている建物の場合、その曲がっている箇所上下1列に集中して力が加わってつぶれたということがあったようだ。



【5】  夙川沿いは公園化されており、歩くのにいい。

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↑ こういうのを見ると、つい渡ってみたくなる。 上賀茂神社の近くの賀茂川にもこのような飛び石の通り道があったが、賀茂川ほど大きな川になると途中で向こうから来た人とぶつかると・・とか思うとためらうが、このくらいの川ならちょうどいい。
  野鳥も見かける。↓
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野鳥といえば、福島県の いわき市に住んだ時、近くの川に東京圏ではなかなか見かけない野鳥をしばしば見たし、海沿いでは海鳥を見たし、いい所だなあと思ったのだが、福島県東部中部は福島第一原発事故で放射能汚染を強く受けてしまったようで誠に残念である。 雁屋哲氏が『美味しんぼ』で書いた内容がいいか悪いかと攻撃している人たちがいるようだが、危険極まりない原発を設置・操業した人間を攻撃するのではなく、事故による放射能汚染の実態について取材して述べた人について、それがいいだ悪いだと叩きまくるというのは、どう考えても本末転倒だが、「福島県の人たちの気持を考えれば」とか言って『美味しんぼ』を攻撃している人たちというのは、「福島県の人たち」を大義名分にして、問題のある状況を告知しようとする者を攻撃して押さえつけ、同時に、悪いのは原発を設立・操業した者ではなく放射能汚染について告知・報道する者であるかのような社会的雰囲気づくりをしようとしているのであろう。


【6】 阪急甲陽園線は夙川を出ると「苦楽園口」「甲陽園」と「園」がつく駅2つがある。 老人ホームか保育園の名前みたいだがそうではないらしい。 《ウィキペディア―苦楽園》http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%A6%E6%A5%BD%E5%9C%92 には≪西宮市内の甲陽園、甲東園など「園」がつく地域から成る西宮七園の一つに数えられ、関西屈指の高級邸宅街である。≫と出ている。
   「西宮七園」て、どう7つなのだろう? て気になりませんか。 甲陽園線の「甲陽園」、「苦楽園」、阪急今津線の「甲東園」、これで3つ。 阪神の駅に「香櫨園(こうろえん)」がある。地図を眺めまわすと、阪急「西宮北口」駅の北西に「甲風園」という住所がある。 これで5つ。 あと2つ・・・で、思い出した。 なんと、天下の「甲子園」があるではないか。(⇒《YouTube-六甲おろし 唄:立川清登 》http://www.youtube.com/watch?v=yV814_p2fxE ) これで6つ。 ・・・・で、あとひとつ何なんだ?  まさか、「浜甲子園」とか「上甲子園」なんて言わないだろうな。 「幼稚園」でもないだろうし・・・・。 

〔(追記) 天野太郎 監修『阪急沿線の不思議と謎』(2015.4.16.実業之日本社 じっぴコンパクト新書)に載っていた。 「昭和園」らしい。 さらに、《ウィキペディア―西宮七園》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%AE%AE%E4%B8%83%E5%9C%92 も出ていた。 地図を見ても「昭和園」という地名は見つからないが、《ウィキペディア―昭和園》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%AD%E5%92%8C%E5%9C%92 によると、≪阪急電鉄西宮北口駅の北西にある「北昭和町」・「南昭和町」がそれに該当する。≫らしい。 (2016.10.3.)〕

☆ 今回は、当初、「カトリック夙川教会と満池谷 ニテコ池―遠藤周作と野坂昭如」として公開しようかと考えたが、ブログの字数制限を考えても1回で両方収まりそうにないので、2つに分けて公開することにしました。
  実際には、阪急今津線の甲東園から歩いてニテコ池に行き、ニテコ池から夙川沿いに歩いて阪急神戸線の「夙川」に出て、カトリック夙川教会に行きましたが、このブログでの掲載順序は逆にしました。
[第202回]《カトリック夙川教会 遠藤周作文学とともに》http://tetsukenrumba.at.webry.info/201406/article_1.html
も見ていただければうれしく思います。
  ニテコ池より東に行くと、廣田神社があり、さらに北東に行くと、関西学院大学を経て阪急今津線の「甲東園」「仁川」に至ります。今回は、甲東園から関学を経てニテコ池に行き、ニテコ池から夙川に出てカトリック夙川教会に行きました。 関学 ランバス記念礼拝堂・神学部棟・関西学院教会などについて
[第201回]《関西学院教会 と 関学 ランバス記念礼拝堂、関学神学部 他―日本の教会建築(7)  》http://tetsukenrumba.at.webry.info/201405/article_2.html  で公開いたしました。そちらもご覧いただければと思います。
   (2014.6.2.) 


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