野蛮な 千里タワー。 大阪 に超高層ビルが ドバイ ・ 東京 と異なり不適切な理由。

〔第122回〕 
1.野蛮な千里タワー。 大阪に超高層ビルがドバイ・東京と異なり不適切な理由。
   倭(やまと)は 國のまほろば
   たたなづく 青垣 
   山隠れる(やまごもれる) 倭(やまと)しうるわし

  この歌は、『古事記』の中で、倭建命(やまとたけるのみこと)が、西国の熊襲建(くまそたける)を女装して倒し、出雲建(いずもたける)を相手の剣に細工をして倒したのに続き、東国に蝦夷(えみし)を従えた後、浦賀水道を舟で渡る時には何人もいる妻のひとりである弟橘姫(おとたちばなひめ)を入水させて死に至らしめておきながら、尾張国にまで戻って来るとそんなことおかまいなしに一周忌もすんでいないのに美夜受姫(みやずひめ)と夫婦になろうとして(薄情な男!)、そして、伊吹山の神を従えようと、「イノキ、ボンバイエ♪」(→「YouTube―WSL-11-004 炎のファイター~INOKI BOM-BA-YE~(吹奏楽セレクション)  」http://www.youtube.com/watch?v=wh1jsEL44Wc )みたいに、「この山の神は、徒手(むなで)に直に(ただに)取りてむ。」(素手で真正面から殺そう)〔『古事記』倉野憲司校注 岩波文庫〕と調子こいて草薙の剣を置いて行き、それで返り討ちにあって死の間際、ああ、やまとの国に帰りたい、帰りたいよ、「ああ、ふ~るさとえ帰ろかな、か~えろ~おかな~あ・・・♪」(→「YouTube―北国の春 ..千昌夫 .. Kita Guni no Haru - Sen Masao - North Country Spring .. a Japanese 」http://www.youtube.com/watch?v=HBHLRCLS3ic )・・という気持ちになって、わがふるさと やまとの国は本当にすばらしい・・、と読んだ歌である、とされている・・・。 
   実際には、ヤマトタケルノミコトというのは実在した人物ではなく、ヤマトタケルノミコトの話はあくまで「お話」であるので、この歌を詠んだのも、「古い時代の誰か」でしょう。ヤマトタケルノミコトというのは、明治維新以来の天皇制国家主義者が国民を精神支配するための道具として引っ張り出すことが多い胡散臭い存在であるが、この歌は私はきらいではない。 ここで言う「やまと」は、大和の国というよりも、おおむね、奈良盆地を指すのではないでしょうか。 一般に、盆地は、海よりの平野と比べて、冬は寒いわ夏は暑いわ、海は見えないわ・・・という面はあるのですが、奈良盆地の場合、たとえば、法隆寺(http://www.horyuji.or.jp/ )のあたりとか薬師寺(http://www.nara-yakushiji.com/ )のあたりなどに行って周囲を見まわすと、ぐるりと緑の山が囲み、まさしく、「やまと」はすばらしいところで、緑の山が周囲をひとまわりとりかこみ、それはたいそうここちよい・・とこの歌のような気持ちになる・・・ようなところがあります。
   それで、この歌を頭、心に入れた上で、↓の写真を見ていただきたい。↓
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(↑ 写真はクリックすると大きくなります。)
   どこからどちらの方面を撮ったかというと、大阪府箕面市箕面 の海抜150mくらいの所から、千里タワー(→「ウィキペディア―ザ・千里タワー」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%83%BB%E5%8D%83%E9%87%8C%E3%82%BF%E3%83%AF%E3%83%BC )とその向こうを望遠レンズを少々使用して撮ったものです。 地図↓に合わせて見ると、この高層ビルの向こうの山は、生駒山から信貴山のあたりの生駒山地のはずです。
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(↑クリックすると大きくなります。)
 千里タワーは高さ164.2mだというのですが、この写真を見て、まともだと思いますか?  これでいいと思いますか???

  感覚的なものと、数字で表わされるものは、どちらが絶対に正しいというものでもなく、両方を合わせて考えるべきであると思います。 
  撮影した地点は、国土地理院の地形図や市販の市街地図などで見て、海抜150mくらいの高さの所の道路上です。  向こうに見えている 北大阪急行「千里中央」駅のすぐ北にできた 千里タワー は、「ウィキペディア―ザ・千里タワー」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%83%BB%E5%8D%83%E9%87%8C%E3%82%BF%E3%83%AF%E3%83%BC で見ると、地上50階・塔屋2階で、地上から164.2mだそうです。 地図でこの2つを直線で結び、その延長上の山を見ると、生駒山と信貴山の間あたりの生駒山地です。 生駒山は「ウィキペディア―生駒山」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E9%A7%92%E5%B1%B1 でみると、海抜641.98m、信貴山は「ウィキペディア―信貴山」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%A1%E8%B2%B4%E5%B1%B1 で見ると、海抜437mですから、その間の山地は、 それより少々低いくらいでしょうか。 
  この数字から考えると、撮影地点と千里タワーは、同じくらいの高さであり、千里タワーの向こうに見える山は、それより高い可能性が大きいと思われます。 
  しかし、↑の写真を見てください。 千里タワーの方が、その向こうに見える山より高いように見えますでしょ。生駒山や信貴山は少なくとも大阪では有名な山なので、私は子供の頃から名前はよくよく知っていましたし、生駒山には子供の頃に、その山頂にあった遊園地に連れて行ってもらったこともありましたが、それが海抜何メートルの山なのかは認知していませんでした。 富士山より低いのは当然のこと、槍ヶ岳とか白山とか大雪山とかと比べても低いのは間違いないが、天保山みたいなものではなく、それなりの高さはあるというくらいの認識でした。 それで、写真は日を変えて望遠の倍率を変えて何回か撮ったのですが、どの写真を見ても、千里タワーはその向こうの山よりも高く見えるのです。 写真に撮った場合だけではなく、肉眼で見てもそうです。
  それで、これを見て、なんてことするんだ、と悲しいく思ったのです。 大阪人は生駒山とか信貴山とかいう昔昔から馴染んできた山の景観がどうなってもいいと思っているのだろうか?  こんな野蛮な高層ビルの建築を許すような文化的に貧困な知能レベルだったのだろうか? と。
  で。 今回、ウィキペディアその他で、生駒山と信貴山の高さを調べて見て、それで、え? と思ったのです。生駒山も信貴山も、そこに出ている数字で見ると、千里タワーよりもずっと高いのです。 で、なぜ、この写真では、千里タワーよりも向こうの生駒山地の山の山頂の方が低く見えるのだろう???
   生駒山の641.98m、信貴山の437mは海抜で、箕面市の撮影地点は海抜150mくらいの場所ですが、千里タワーの164.2mというのは地上からの高さのことで、海抜0mの場所に建っているのではなく、千里丘陵という少々高めの場所に建っていますから、仮に、千里中央駅の北側の千里タワーの場所が海抜50mと仮定すると、千里タワーは164.2+50=214.2m  海抜100mの場所に建っているとすれば、164.2+100=264.2m となり、上の写真で、千里タワーの最上階が撮影地点よりも高そうに見えるのは納得いきますが、向こうに見える生駒山地・金剛山地の山よりも高く見えるのは、数字上の計算と合わないように思えますが、しかし、いつ写真で撮ってもいつ肉眼で見ても、現実に向こうの山よりも千里タワーの方が高く見えます。

   
   それで。 ヤフー地図やウィキペディアに出ている生駒山や信貴山の高さから考えれば、千里タワーよりも高いはずが、なぜ、この箕面市の海抜150mくらいの場所から見ると、千里タワーの方が高く見えるのか? という問題は、少々、横に置かせていただきます。
   どうも、日本では、いまだに、何かと「一番」を目指さないと気が済まないという思考がはびこっているように思います。 いつでしたか、民主党の女性議員が「一番でないといけないのですか。二番ではいけないのですか。」と発言し、その発言は間違っているという批判がインターネット上においてもけっこうでていましたが、一番を目指すのがいいか悪いか、一番を目指す必要があるかどうかは、その問題によるのであって、一番を目指すことに価値があるものもあれば、意地になって一番を目指す必要はないものもあるのです。
   建物の高さについて、これは、何も、無理に「一番」を目指す必要はないと思うのです。 少し前までは、日本で一番高い建物は、296メートルの横浜市のランドマークタワー(「ランドマークタワー 施設紹介」http://www.yokohama-landmark.jp/web/guidance/ )であったのですが、東京都墨田区に634mのスカイツリー(「東京スカイツリー アウトライン」http://www.tokyo-skytree.jp/archive/about/ )なるものができて、スカイツリーが日本で一番背の高い建物になりました。 ああいうのって、必要なのだろうか? というと、実際には必ずしも必要でもないのに、とにかく、東京に日本一背の高い建物を作りたい、世界的に背の高い建物を作りたいという気持ちから作ったのでしょう。 あんまり知的な行動ではないような気がします。 
   まず、誰なのかはっきりとわからないけれども、どうも、東京には、日本一のものは何でも東京に作らないと気が済まないという人がいるみたいなのです。 なんだか、それが、ずいぶんと偏執的な傾向にあるように思えます。 別に、日本一高い建物が横浜にあったっていいじゃないの・・と思うのですが、何でも一番のものは東京に持って行きたいという、なんだか、「一番」にこだわらないとおれない、みたいな人がいるような感じがします。
   そもそも、何でも東京に持って行くから、東京は通勤ラッシュも改善されないし、大阪の経済的地盤沈下が言われて久しいのですが、ちょっと、東京は、逆に、東京に集中しすぎていると思います。 だから、この問題については「一番」は札幌、この点については「一番」は仙台、これに関しては「一番」は大阪、こっちの問題については「一番」は福岡、これは「なごや」といったように、各分野で「一番」は分散された方が日本という国のあり方としていいと思うのです。 それが、なんだか、とにかく、「一番」のものは何でも東京に持っていかないと気持ち悪くてしかたがないという「一番」についての偏執的性格みたいな人が東京にはいるのではないかというような感じがします。    
   そもそも、何でも「アイアム いちば~ん」とハルク=ホーガン(→「YouTube― 一番 ハルク・ホーガン(Itch Ban / Hulk Hogan)」http://www.youtube.com/watch?v=BJigJNkwqEo )やらなきゃ気がすまない精神構造というのは、あんまりお利巧なものではないように思います。
    で、関西人は比較的、そういったひとが設けた目安による「一番」を志向する傾向にははまりにくい、首都であるから東京であり首都でなくなった時には何ものでもなくなってしまうおそれのある町の東京と違って、別に首都でなくても、大阪は大阪、京都は京都、奈良は奈良、として成り立ってきた関西の町においては、東京人に比べると、人が決めたものさしでの「一番」を目指すのではなく、自分が考えるあるべき姿を目指すという独立自尊の精神があった・・ように思ったのですが、そうでもないのかなあ? と思ってしまう時も、時としてはあります。


   アラブ首長国連邦のドバイになんとも背の高い建物ができて、「建築家」と言われる人たち、「建築家」だと自称したい人たち(言いたきゃ言えば!)の間では評判になっています。 ドバイには、高層ビル群ができ、人工島もでき、そして、ブルージュ=ハリファー(「ウィキペディア―ブルージュ・ハリファー」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A1  、〔画像〕http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Burj_dubai_3.11.08.jpg)という世界で一番背の高いビルができたそうな。 全高(尖塔高)828.0 m、軒高(ビル本体の屋根の地上高)636.0 mだそうです。 数字を見ると、ビル本体の屋根の地上高でスカイツリーよりも少し高いようですね。
   で、こういうのを見ると、日本でもそれ以上のものを作りたい・・という気持ちになる人がいるらしいのです。 ・・あんまり、精神的レベルの高い人じゃないと思いますけれどもね・・。こう言うと怒られるかもしれないけれども。
   それで、日本ではこういうものはあまり建ててもらいたくないですね。 なぜかというと、日本の山の高さを考えてほしいのです。 インターネットで、簡単に出てくるもので、たとえば、千葉県の内房側、旧・上総国と旧・安房国の境目にある鋸山の高さが329.4mです。(「ウィキペディア―鋸山(千葉県)」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8B%B8%E5%B1%B1_(%E5%8D%83%E8%91%89%E7%9C%8C) 参照。) ブルージュ=ハリファーって、ビル本体の屋根の地上高で鋸山の高さの倍近く、尖塔高だと倍より100m以上高いわけです。 三浦半島の武山(たけやま)だと海抜200mです(「ウィキペディア―武山」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E5%B1%B1 )。 ブルージュ・ハリファーは本体の屋根の地上高で見てもその3倍以上あるわけです。 
   ドバイであれば、片側は海、ペルシャ湾で、もう片側は砂漠であるわけですから、日本のような比較する山はないでしょう。 ないところであれば、人工の「山」を作ったとしても、それはそれで、ひとつの「作品」かもしれません。 しかし、日本はそういう環境ではないのです。
   まだ、東京は大阪よりも問題は少ない。 大阪の方が問題は出やすい。 なぜかというと、関東平野は大阪平野よりもずっと広いので、東京で高層ビル・高層タワーを建てても、比較する山が見えにくいのに対して、大阪平野はそれほど広くない。 北に老坂山地、東に生駒山地・金剛山地、南に和泉山脈、北西に六甲山地と、西側の大阪湾以外は山に囲まれているので、超高層の建物を建てると、すぐに周囲の山と重なって来るのです。
   大阪近郊の山の高さは、上に述べた生駒山が641.98m、ブルージュ=ハリファーの本体の軒高とほとんど変わらない。尖塔の高さだとブルージュ=ハリファーの方が高いことになります。 信貴山だと437mで、ブルージュ=ハリファーの本体の方が高い。東京スカイツリーでも信貴山よりも高いことになります。 箕面市の箕面山355m、六個山396m。 ブルージュ=ハリファーは本体で箕面山の倍近くあることになります。  高槻市と京都市の境目のポンポン山(名前が大好き!)が679m。 これでも、ブルージュ=ハリファーの本体の高さより少し高い程度、スカイツリーよりほんのちょっと高い程度。 ブルージュ=ハリファーの尖塔の高さならポンポン山よりずっと高いことになります。 
   もしも、大阪にスカイツリーを建てたとしたならば、奈良盆地からスカイツリーが見える。 京都府から山の向こうにスカイツリーが見える。 ましてや、ブルージュ=ハリファーのようなものでも建てたとすると・・・・・。 思っただけでもぞっとします。

   私がお世話になっている大学の建築学科の教授が「高さを誇るなんてのは、後進国の発想だ。」と言われましたが、私もそう思います。
    遠山 啓(とおやま ひらく)『競争原理を越えて』(1976.1.31.太郎次郎社)に次の文章があります。 
≪  ・・・・明治41年に、夏目漱石が『三四郎』という小説を書いています。 そのなかに、こういうことばがあります。「こんな顔をして、こんなに弱っていては、いくら日露戦争に勝って一等国になったてもだめですね」。ちょうどそのころ、すでに「一等国」ということばがあったのです。これはたいへん意味のある深い言葉ではないかと思います。「一等国」ということばがある以上、「二等国」「三等国」「四等国」・・・・ということばがとうぜん考えられていると思うのです。 
   日本は、徳川時代の終わりに黒船が来て、はじめて西欧の文化に触れて、そこからかけ足で近代化の道をたどったのですが、このときは、東洋の劣等生が西洋の優等生の仲間にはいりたいというせつなる悲願のようなものが国家目的になっていました。 そして、ひじょうにはやい速度で、いちおうの近代化をなしとげたと思います。 
   この「一等国」ということばのなかには、ほかの国との比較がふくまれています。 自分の国はほかの国がどうあろうとこういう国にしたい、というのではなく、あくまでほかの国が基準になっています。 ヨーロッパの一等国に追いつこうという比較あるいは競争ということが基礎になっています。 いわばヨーロッパの優等生国家のようになりたいという悲願が、明治以来、ずっと日本の国を動かしてきたのです。
   このことは、国家の大きな目的ばかりではなくて、個人個人のものの考え方にとうぜん浸透してきました。・・・・ ≫
この、西欧に追いつけ、追い越せ、負けるな、「一番」に近づけ、というワンパターンの思考は、もう時代遅れだと思うのです。 なんとしても、建物の高さにおいても、他の国に負けるな、という競争原理にはまった思考は、それは「後進国」「発展途上国」の発想です。
   本で見たのかインターネットで見たのか忘れてしまったのですが、日本の塔とパリのエッフェル塔の高さの比較表が出ていて、スカイツリーは何と言っても高く、東京タワーは他のものと比べれば高く、そして、名古屋タワーとか神戸ポートタワーとかが出ていて、大阪の通天閣というのがそこに出ていたものの中では最も低く、「単なる娯楽(笑)」と書かれていたのです。 大阪嫌いの東京人が大阪の通天閣を馬鹿にしてそういう書き方をしたのかと思いますが、「単なる娯楽」というのは、東京タワーとか名古屋タワーというのは電波塔であり、その地域にテレビの電波を送ることができる高さに作る必要があったのに対して、通天閣は「娯楽」「観光」目的で作られたものであって電波塔ではないので、その地域に電波を送る高さで・・ということを考える必要はないのです。大阪では、生駒山の山頂から電波を送っていたのを、私は子供の頃、生駒山の山頂の遊園地に行って見ました。今も、生駒山の山頂にあるはずです。 別の考え方をすると、大阪では生駒山が電波塔であるならば、生駒山よりも高いビルは建ててはならないのです。
   それで。 最近、JR「天王寺」駅に行くことがあって、外を見て思ったのです。 通天閣こそ日本で「一番」の塔だ・・・。 どこが「一番」かというと、
通天閣こそ日本で「一番」その場所にあった高さの塔だ・・・ と思ったのです。 
写真を撮らなかったので、今、掲載できませんが、今度、天王寺駅付近に行った時には、通天閣と天王寺公園の写真を撮って来て掲載したいと思いますが、「その場所にちょうどいい高さ」で通天閣はできています。 もしも、スカイツリーより1m高い塔に建て替えて、「日本一だあ!」とか言い出したとすれば、今よりもその周辺が良くなるかというと、決してならないと思いますよ。(ちなみに、通天閣の下あたりの新世界という地域のゲームセンターに行くと、今でも、昔懐かしい「スマートボール」がある・・・と何年か前に観光雑誌に出ていたのですが・・・・。今もあるかどうかわからないが、そういうの、好きやわあ~あ・・・・。)
  京都の東寺(http://www.toji.or.jp/ )の五重塔が、もしも、スカイツリーかブルージュ・ハリファーくらいの高さになったとしたら、高くなった分だけ良い建物になるかというとそうではないと思います。東寺の五重塔は今の高さでちょうど良いのだと思います。
※通天閣 を知らない方は、
「通天閣 オフィシャルサイト」http://www.tsutenkaku.co.jp/
「ウィキペディア―通天閣」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E5%A4%A9%E9%96%A3 参照。
   もう一度、最初の写真を見ていただきたい。 
千里タワーはこの場所の条件・状況から考えて高すぎます。

   「ウィキペディア―ザ・千里タワー」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%83%BB%E5%8D%83%E9%87%8C%E3%82%BF%E3%83%AF%E3%83%BC を見ると、千里タワーは建築中に事故があったそうで、又、高層マンションは微妙なゆれがあって、入居者の女性の流産の確率が2階建てや平屋の戸建住宅に住む人よりも高いという話などもあるようですが、他に私が気になったのは、千里ニュータウンというのは、1970年の大阪万博の頃、新しく住宅地として作られ、集合住宅の地区では4階建てか5階建ての集合住宅が建てられたはずなのですが、そういう場所に、「地上50階・塔屋2階」もの建物を建てると、せっかく、4階建てか5階建ての集合住宅の地区と戸建住宅の地区を分けてニュータウンとして都市計画を立てて作られた地区において、超高層マンション住民と4~5階建ての集合住宅住民との軋轢が生じる可能性が出てくると思うのです。 今まで、戸建住宅のみであった場所にマンションが立つと、日照が悪くなることも出て来れば、上からのぞきこまれるような感じになる・・という問題も発生したのですが、超高層マンション・超高層ビルができると、4階建て~5階建ての先住マンション住民が、超高層マンションから見下ろされる、超高層マンションのおかげで先住集合住宅の日照が悪くなる・・といった問題も発生すると思われるのです。 高層ビルをすべてのものについて絶対に否定・・までしようとは思いませんが、無神経な超高層ビル・超高層マンションが、どうも、最近、日本各地に多く建てられてきて都市計画を破壊しているように思えます。
   そして、景観という点では、関東平野はアラビヤ半島とは大きく事情が違うが、大阪平野や奈良盆地よりも広い。 大阪平野や奈良盆地は関東平野のように広くない。 このことを考えるならば、まず、高さの制限として、少なくとも、周囲の山より高いものは建ててはならない、山の向こうから見えるような高層の建物は絶対に建ててはならない・・・とするべきです。 1社だけ、ひとつの建物だけだめだと言うと不公平になってしまうでしょうから、全体に規制を設けるべきです。

   もう一度、最初の写真を見てください。 どう見ても、千里タワーは向こうの山より高いように見えますでしょ。 「千里中央」駅付近、「千里中央」駅の北側にある千里タワーの付近にいて見ると、大阪平野の周囲の山と千里タワーの比較というのがわからないと思うのですが、箕面の山腹から見ると、上の写真のような状況なのです。  誰がこんな野蛮なもの作ろうとしたのでしょう?  野蛮だと思いませんか? 

   遠山啓が引用した夏目漱石『三四郎』の文章は≪「こんな顔をして、こんなに弱っていては、いくら日露戦争に勝って、一等国になってもだめですね。≫の後、次のように続きます。
≪もっとも建物を見ても、庭園を見ても、いずれも顔相応のところだが―あなたは東京がはじめてなら、まだ富士山を見たことがないでしょう。今に見えるから御覧なさい。あれが日本一の名物だ。あれよりほかに自慢するものは何もない。ところがその富士山は天然自然に昔からあったものなんだからしかたがない。我々がこしらえたものじゃない」と言ってまたにやにや笑っている。・・・・≫
≪(三四郎は)「しかしこれからは日本もだんだん発展するでしょう」と弁護した。すると、かの男は、すましたもので、
「滅びるね」と言った。―・・・・≫

   このまま放置しておくと、そのうち、大阪にもスカイツリーみたいなものを作ろう・・などと言いだす人も出てくるかもしれません。 そうなると、
  倭(やまと)は 國のまほろば
   たたなづく 青垣 
   山隠れる(やまごもれる) 倭(やまと)しうるわし

と、『古事記』に出てくる歌のように、山が緑の垣根のように周囲をとりまく、すばらしい所である奈良盆地から、生駒山地・金剛山地の向こうに“大阪スカイツリー”がにょきっと立つのが見えることになるのです。 野蛮ですよね。 軽薄ですよね。 
   高いものを建てる技術があるかないか、と別の問題として、高い建物を建てる技術があったとしても、あえて建てない、という文化的水準、精神的水準を保持したいように思うのです。

   デンマークのコペンハーゲンでは、街の景観を守るためにビルの高さを制限していると聞きます。
   イタリアのナポリでは、丹下健三が構想した高層ビル群からなる「ナポリ新市街」は、カポディモンテの丘やヴォメロの丘からユネスコ世界遺産にも指定された「ナポリ旧市街」が見えて、その景観がそれほど破壊されない、その向こうの位置に場所を選んで作られています。
    パリの「モンパルナスタワー」は、「タワー」と言っても、エッフェル塔や東京タワーのような塔ではなく、高層ビルであるが、パリのモンパルナス地区に高層ビルをいくつか建てようとして、最初のものを建てたところ、市民から反対の声があがり、その結果として、1棟のみ建てられただけで高層ビルの建築は中止になったため、その1棟の高層ビルが、モンパルナス地区では、「タワー」のようになっている、と言います。
    北大阪地区での超高層ビルは、千里タワーだけで十分だと思います。  高層ビルをすべて否定しようとまでは思いませんが、「高さを誇る」のではなく、高いものを建てる技術があっても、自然環境・文化的環境を考えて、あえて高さを抑える・・という文化的態度を持つべきだと思います。 そして、「一番」高い建物を誇るのではなく、その場所に「一番」ふさわしい高さである建物、その場所にはどういう高さが「一番」ふさわしいのかを考える姿勢を誇るべきだと思うのです。

    又、こういった高層ビルというものは、原発と同様に、解体する時のことを十分に考えずに建てられている・・ということはありませんでしょうか?

    上の写真で、千里タワーよりは高いと思われる生駒山地がなぜ千里タワーより低いように見えるのか、もし、わかれば、補足したいと思います。 が、その理由がどうであれ、上の写真、及び、上の写真を撮った場所から肉眼で見れば、千里タワーは「向こうの山」より高く見える、のは事実であり、こういう問題を考えることなく、躊躇なくこういうものを建てる精神的態度は、あまり文化的なものとは言えないように思います。


    誰であれ、政治家はこういうことも考えていただきたいと思います。 このブログで、橋下徹について、何度か批判しましたが、誰であれ、こういう問題について、良心的に取り組んでくれるならば、その部分については、私は評価したいと思うし、放置する、もしくは、積極的に野蛮な高層ビル建設に歯止めを加えようとしないならば、その部分については支持したくないと思います。 
    しつこいようですが、高層ビルをすべて絶対に否定しようというのではありません。 たとえば、千里タワーであれば、半分の高さのもの・半分の階数のものを2つ建てるという選択肢もあったと思います。 それでも、周囲の既存集合住宅との軋轢という問題はあるでしょうけれども、大阪平野の周囲の山との関係においては、上の写真よりもましな状況になったのではないのかという気がします。
      (2013.2.24.) 


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この記事へのコメント

サンタ
2019年03月01日 11:40
野蛮なのは建物ではない。計画する企業・自治体と建てる業者。千里タワーが野蛮だなんて、いろんな思いでそこに住んでる人に対して失礼。中には体が不自由だから駅に近いマンションを選んだ人もいる。思想は勝手だが、もっと勉強した方がいい。

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