「信教の自由」を理解しない 橋下 徹 (と 松井 一郎、中西正人)に法と人権の研修をおこなう必要

〔第75回〕
  橋下 徹 にはあきれる。 なぜ、大阪府民・大阪市民はこの白痴を府知事だの大阪市長だのに選んでしまったのだろうか。

  またもや、やりだしたようだ。

<大阪府教委>君が代起立斉唱の職務命令毎日新聞 1月17日(火)11時37分配信  http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120117-00000041-mai-pol
教職員に君が代の起立斉唱を義務づけた大阪府条例を受け、府教委は17日、府立学校長を集めた会合で、全教職員約1万3000人に対して起立斉唱を求める教育長名の職務命令を出した。条例施行後初の卒業式を控え、起立を徹底させる狙いがある。

 中西正人教育長は「府民の信頼に応えられるよう起立斉唱の完全実施が必要だ」と述べた。また、君が代斉唱をしない教職員の処分を慎重に行うよう求めた16日の最高裁判決について「府教委は違反回数だけで画一的に免職を規定するのは行きすぎだと言ってきた。今後も議論していきたい」と語った。

 府教委はこれまで、事前に起立の意思を示さなかった教職員に対してのみ校長が個別に職務命令を出し、違反者を処分してきた。

 同条例に罰則規定はないが、大阪維新の会は昨年9月府議会で同じ職務命令に3回違反すれば分限免職など処分基準を明記した「教育基本条例案」を提案。府教委は同条例案に反対の姿勢で、今回の職務命令には指導を強化することで条例案がなくても不起立をなくせることを示す考えがある。

 一方、この基本条例案について、橋下徹・大阪市長と松井一郎知事は17日、教職員が違反した場合はその都度、指導研修を義務づけるよう見直す方針を明らかにした。最高裁判決を受けたもので、橋下市長は「すぐさま処分するのではなく、改善されるまでしっかり研修を行う」と語った。 【田中博子】


  まあ、あきれたこと。  
  もう一度、確認しよう。
日本国憲法の条文をよく読んでみよう。 
(手元に六法、もしくは、日本国憲法がない方は、「日本国憲法」http://www.houko.com/00/01/S21/000.HTM 参照。 )
第19条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
第20条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。 いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。 

  この日本国憲法第19条・第20条の文章で述べられている内容は、憲法で定められているから守られなければならないというのではなく、憲法で定められていようがいまいが、守られなければならない人類普遍の権利であり、日本国憲法の条文は、それを確認したというものである。
  橋下徹は、元・弁護士だということであるが、司法試験に合格するまでには、当然、憲法についても学んできているはずであるが、この程度のことが理解できていないのだろうか。
  橋下は憲法をまともに学習しないで弁護士になったのか?
  橋下徹は、北野高校の「政治経済」の授業で、日本国憲法の条文を読んで考えなかったのだろうか。
  中学校の「公民」で、日本国憲法の条文を読まなかったのだろうか。

  又、 ≪条例施行後初の卒業式を控え、起立を徹底させる狙いがある。≫と書かれているが、日本国憲法に違反する条例は当然に無効である。

≪教職員が違反した場合はその都度、指導研修を義務づけるよう見直す方針を明らかにした。≫などと書かれているが、日本国憲法においても確認されている人類普遍の権利である国民の思想・良心の自由、信教の自由を侵害するようなことは決して許されてはならない、ということを、橋下 徹と松井 一郎 に≪その都度、指導研修≫する必要がある。 

  「研修」される必要があるのは、橋下 徹 の方である。 

 ≪ 中西正人教育長は「府民の信頼に応えられるよう起立斉唱の完全実施が必要だ」と述べた≫と書かれているが、≪中西正人教育長は「府民の信頼に応えられるように≫、明らかに宗教的行事である君が代・日の丸に対する起立斉唱を強制するようなことは行わないようにしていただきいたい。   「教育長」だという中西正人さんは、君が代・日の丸に対する起立斉唱を強制するようなことをして「府民の信頼」を損なうの絶対にやめてもらいたい。    「教育長」という役職にある以上は、中西正人さんという方は、このくらいのことは理解できていて良いはずである。 この程度のことも理解できていないということであれば、はたして、そういう人を「教育長」というような役職につかせていて良いのか? ということになる。

  かつて、私が北野高校に在籍していた時、クラブのOBで京都大学の教育学部に行っていた人がいて、京大に行った他のOBが、「教育学部というのは、教育されなければいけない人間が行くところなんだよ」と冗談で言っていたことがあったが、中西正人という人のこの発言を見ると、冗談ではなく、 「教育長」というのは、「教育されなければならない人間」の筆頭のことか!?! と考えざるをえない。

  それから、松井一郎という男は、いったい、何者なのだろう。 皆さん、知っていますか? 「橋下 徹の付録」という以外に、この松井一郎という男が何者なのか知っていますか?
  今まで、ここまで、独立自尊の精神に欠けた大阪府知事がいただろうか? 
  人間が2人いれば、考えが異なるところが多かれ少なかれあるのが普通であるが、この男は、橋下に追随する以外は何もできない、何も考えられない人間なのか?!?

  「ウィキペディア―松井一郎」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E4%BA%95%E4%B8%80%E9%83%8E  を見ると、≪大阪府八尾市で幼少期を過ごす。福岡工業大学附属高等学校を経て1986年(昭和61年)3月に福岡工業大学工学部電気工学科を卒業する。関西電力グループのきんでんなどを経て、2003年(平成15年)4月13日実施の第15回統一地方選挙において大阪府議会議員選挙に八尾市選挙区から自由民主党の公認を得て立候補して、初当選をする。以来当選3回を重ねる。≫ と書かれているが、松井一郎という男は、橋下の“金魚のフン”になろうと思って大阪府議になっていたのか? 「橋下の付録でしかない男」ではなさけないと思わないか? 思わないような人間だから「橋下の付録」になっているのか?

  君が代・日の丸の強制に服従しなかったことに対しての「処分」には、問題が2種類ある。
ひとつは、思想・良心の自由、信教の自由を侵害するものであり、強制する者の方が間違っており、君が代・日の丸の強制に服従しない者の方が正しいのであり、「処分」はもとより不当である、ということ。
もうひとつは、もしも、「処分」をおこなうこと自体が不当でなくても、解雇などの重い処分をおこなうことに妥当性があるか? という問題。 YAHOO!ニュースなどを見ても、教員が破廉恥罪に該当するような愚かな行為をおこなったとして出ているものがしばしばあるが、それらの人がどの程度の「処分」を受けているか、ということも考える必要がある。  「処分」をおこなうこと自体は間違っていいない場合においても、労働法の問題として、他と比較してあまりにも不公平な「処分」、あまりにも均衡を逸して重い「処分」は無効と評価される。  橋下徹と追随者・松井一郎、中西正人の姿勢は、もしも、君が代・日の丸の強制に服従しなかったことに対する「処分」が不当でないと評価したとしても、その重さが他との比較において公平性を欠くものとして無効と考えるべきものである。
  橋下は、元・弁護士のくせに、憲法の勉強をしていないだけでなく、労働法の勉強もしていないのだろうか?

  橋下の 何がなんでも君が代・日の丸を人に強制したやるという姿勢は、異常である。 精神病理学上の問題ではないか、とさえ思えてくる。

   学校という職場に限ったことではなく、一般の会社という職場においても、その行為が正しいか間違っているか、ということと別の問題として、あまりにも過酷な「処分」を、何がなんでもおこなわないと気がすまない、というような、そういう姿勢が好ましいだろうか? そのような姿勢の長が、好ましい経営者・運営者と言えるだろうか?
   マックス=ウェーバーは、「経営」という言葉を、一般に使われる「経営」よりも広い意味で使っているという。企業の経営に限らず、非営利団体の経営、役所の経営、労働組合の経営、その他、「運営」という言葉で表現した方が、現在の日本語には合っているような表現をしているようだ。 橋下のような寛容性のない人間を、大阪府や大阪市という役所の「経営」をまかせる人間としてふさわしいと言えるか? 

   橋下 徹 、及び、その追随者が主張する君が代・日の丸の強制は、当然、許されるものではないが、橋下 徹 とその追随者の 自分と考えが異なる者、自分の考えに服従しない者に対しての過酷な態度に見られる貧困な人間性に、大変危険を感じる。 
   第二次世界大戦の後、アメリカ合衆国では、第二次世界大戦中のドイツにおけるファシズムとそこでの人間の人間性についての相関についての研究がおこなわれた。 その研究結果のひとつが、T=W=アドルノ 他『権威主義的パーソナリティー』 (青木書店)である。 橋下の言動を見ると、アドルノらが指摘した ファシズムにつながる性格がそこに見られるように思える。

  大阪府民よ、大阪市民よ、日本国民よ。
 橋下の危険性は、ひとつ我慢すればすむという程度のものではないと思える。

  松井一郎、中西正人の2名は、ここで良く考えてみるべきだ。 このまま、橋下について行ってよいのか? 後で後悔することにならないか?

  教員や学生に対して、君が代・日の丸を強制することを目的とする「入学式」「卒業式」等は、もはや、それは、君が代・日の丸を強制するための行事であって、実質的に「入学式」「卒業式」ではないのではないか?

  大阪府の「教育長」というのは、大阪府民全体のために働くべき役職のはずだ。 君が代・日の丸であれ、何であれ、嫌がる人間に強制したくてしたくてたまらない、という変質者のような男・橋下の手下になるのが「教育長」の仕事ではないはずだ。

  日の丸・君が代であれ、何であれ、嫌がる者に強制してもしかたがないではないか? そう思わないか? 
  日の丸・君が代であれ、何であれ、嫌がる者に強制する、などという行為は野蛮であり、下品である。

  嫌がる人に強制することに喜びを感じるような人間、というのは、あまりご立派な人間とは言えないと思う。 あまりほめられた人間性をしていない、と判断せざるをえない。
( もしかして・・・、橋下さんちの徹ちゃんって、「無理やりやる」「無理やりさせる」ことに快感 感じるタイプなの~お? ヤダ~あ…)

  大阪府民よ、大阪市民よ、日本国民よ。
  橋下徹とその追随者の動きに警戒せよ。 この連中は、日本の民主主義を土足で踏みにじる連中ではないのか? よく目を開いて見ておかないと、後で取り返しがつかないことになるおそれがある。

――――――――――――――――――――――――――――
曰く、汝らアッラー以外の何者も拝んではならぬぞ。 (『コーラン 中』井筒俊彦訳 1964.11.16.改版 岩波文庫 7頁)

悪人どものしていることをアッラーがうっかり見過ごし給うなどとゆめ思ってはならぬぞ。 ただ暫時の猶予を与えていらっしゃるだけなのだから、・・・・さ、みなに警告してやるがよい、いまに(このような恐ろしい)天罰が下る日が来ることを。  (同 63頁)
――――――――――――――――――――――――――――
  (2012.1.17.)


《いただいたコメントについて 1 》  ニックネーム「あほか」様からコメントをいただきました。
   公務員であれ、民間会社従業員であれ、日本国民は、信教の自由、思想・良心の自由を守るために努力する権利と義務があります。「教育長」中西正人さんは、公務員として、「教育長」という立場の方として、一般の国民以上に、信教の自由、思想・良心の自由を守る方向に努力する義務がある方であり、それを理解していただかないと困ります。
   ≪ …大相撲でも、スポーツの大会でも、何かといえば君が代である。  オリンピックの優勝者をたたえるときも、日本人なら君が代である。優勝に感動することと、君が代とがワンセットに結びつけられている。ひょっとして、あなたも、わたしも君が代に感動したりしてはいないか?≫(菅 孝行(文)・貝原 浩(イラスト)『FOR BEGINNERS 天皇制』1983.12.1. 現代書館 )
   「あほか」様も言われているように、日本では、スポーツと君が代、スポーツと君が代・日の丸とがワンセットになってしまっている時がしばしばあります。 しかし、本来は、スポーツはスポーツであって、君が代とワンセットにならなければならないものではないし、スポーツ自体は、本来は、右でも左でもないはずなのです。 スポーツと君が代がワンセットになってしまう、スポーツをしているつもりで、そこで右翼的な意識を吹き込まれてしまうという傾向があるというのは、スポーツの在り方として悲しい不幸な状況であり、非本来的な状況だと思います。
〔 「あほか」というのは、コメント欄の方に入れられて、ニックネームとしては、ご自分を表わすのにふさわしいと思われる名称を考えて入れられた方がよいのではないでしょうか。〕

《いただいたコメントについて 2 》  ニックネーム「hashimotobannzai」様からもコメントをいただきました。
   日本国憲法では、天皇について、≪ 第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。 ≫ という条文はありますが、敬えとか敬うなとかいう条文はありません。 「hashimotobannzai」様を人間として尊重し敬うのと同じ意味で、天皇を人間として尊重し敬うべきですが、どのように敬うかは、国民それぞれが、自分で考えて決めるべきもので、他人に敬い方を決められて強制される性質のものではありません。 他人に強制しようと考える者は傲慢であり、自分が考える敬い方を他人に強制しようという傲慢な態度が天皇を敬う態度とはいえません。
   ドイツは、第二次世界大戦の後、「ハーケンクロイツ」の国旗を改めました。イタリアも三色の国旗に入っていた王家の紋章を取り除きました。 日本はどうするべきでしょうか。 日の丸が好ましいのでしょうか。それとも、他の図柄のものに改めるべきなのでしょうか。 どうあるべきか、日本国民として、≪国旗≫について≪大切に≫考えましょう。
   「君が代」という歌が、民主主義を実現し、「象徴天皇制」という前提で歩もうという日本という国において、ふさわしい国歌でしょうか。 「君が代」の歌詞の文言はどういうものか、よく考えてみるべきではありませんか。 この歌が好きだという人が個人的に歌うのは自由です。 しかし、嫌だという人に無理に歌わせるのはやめるべきです。 音楽というものは、歌というものは、その歌の内容について不本意な人間が無理に歌わせられるべきものではない。 嫌がる者に無理に歌わせるような歌は音楽ではない、歌とは言えない。 
   国歌として、何がふさわしいのか、日本国民として真面目に考えてみましょう。 君が代が国歌として使われるとしても、他の歌が国歌として選ばれることになったとしても、もしも、その歌は嫌だと思う人があったならば、無理に歌わせたり、その歌に対して敬礼・礼拝させるようなことはやめた方が良いと思います。
   ≪国歌、国旗を≫どうあるべきであるのか考え、どう≪扱≫うべきか≪大切に≫考えましょう。 国歌として何がふさわしいのか、国旗として日の丸で良いのか他のものに改めるべきであるのか。≪国家、国旗を≫どうあるべきか≪大切に≫考えていきましょう。
   ≪私立学校の教員≫でも≪公務員≫でも、民間企業の従業員でも、信教の自由、思想・良心の自由を守る方向で努力するのが日本国民としての権利であり義務です。 ≪私立学校≫であるか国公立の学校であるかの違いとしては、≪私立学校≫の場合、設立母体は≪国及びその機関≫に該当しないので、日本国憲法第19条3項の≪国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。≫という条文の対象にはならないということになり、最初から、君が代等について、そういった趣旨の学校であると述べた上で学生を募集し、教員を採用した学校であれば、有志が集まっておこなうものであるならば、「君が代を礼拝する行事」をおこなってもかまわないということになるでしょうけれども、小学校・中学校・高校・大学・短大・大学院といった学校である場合においては、私立の学校の場合においても、たとえ、初めからそういう趣旨の学校であるとして募集・採用した場合であっても、学生であれ教員であれ望まない者にまで参加を強制するようなことは認められるべきではありません。 特に、現状として、小学校の場合は、公立の小学校と私立の小学校では公立の小学校の比率が高いので、私立の小学校の場合は、もしも、最初から、君が代礼拝行事をおこなう学校ですよと断って募集した場合には、その学校には行かないようにするということもできますが、中学校・高校・大学と上級学校になるほど私立と公立の比率において私立が占める割合が高くなり、大学においては、私立大学の方が国公立の大学よりも学生数ははるかに多く、もしも、私立であるからということで、設立者の考える宗教行事への参加を強制してよいとするならば、結果として、国民の信教の自由が侵害されることになってしまいます。 もとより、望まない者に強制するというのは野蛮・下品であり、望まない者に強制したくてしたくてたまらないという者は、その自分の卑しい精神構造をよく見つめなおしてみた方が良いと思います。 又、強制することによってなりたつような宗教は宗教としては高い評価のできるものとは言いがたいのではないでしょうか。国公立の学校・機関においては、君が代を礼拝する行事などは決しておこなわれてはなりません。

   斎藤 次郎・森 毅(つよし)『元気が出る教育の話』(1982.6.25.中公新書)より斎藤次郎氏の発言を引用します。
≪ …『がきデカ』って漫画があったのね。 「こまわり君」というヘンタイ少年が出てきて、やることなすこと異常なんだけど、ぼくがすごく面白いなと思うのは、こまわり君の近所の子で、いつも一緒に遊んでる仲間がいるわけですよ、女の子二人と、男の子と。 その子どもたちも、それからその子どもたちの親も、学校の先生も、こまわり君の両親も、この子が異常であると思ってるわけ。 それですぐヘンタイだとか何とか言ってどついたりする。 もちろん、こまわり君がそれにめげずに、メチャクチャなことをしていくっていうのが毎回の話なんだけど、ともかく一度も、彼を精神病院に入れちゃおうとか、養護施設にやろうとかっていうふうにはなんないわけ。 毎回、最後は決まって、西条君ていう、秀才型の相棒が『絶交だ!』ってドナるわけだけど、次の週、『少年チャンピオン』買ってくると、やっぱりちゃんと二人は一緒にいるわけですよ。これは愛の神話かね・・・・・・・。(笑)≫
   私が、橋下 徹に対して不快感を覚えるのは、君が代・日の丸の強制が間違っているということもありますが、それ以上に不快に思うのは、自分と主張が異なる相手に対しての寛容性のなさです。 『がきデカ』の西条くんでも、「絶交だ!」と叫んでも、そう言いながら、次回も、こまわり君を排除したりはしないのです。 ≪日本でてけよ≫≪退職しろ。≫といった文句は安易に言うべきではないと思いますよ。 橋下の良くない部分と変わらないことになってしまいます。自分が言われたらどうしますか?
  ≪17歳某高校二年生≫と書かれています。 もしも、実際に高校2年生の方であるならば、私などよりもはるかに若く、これからの人生も私などより長いのですから、どうか、自分と認識の違う相手に対しても寛容性を持って対応できる人として歩んでいただきたいと思います。特に力になれませんが、心の中で応援いたします。
        (2012.1.18.)
(追記) 「作家で精神科医」の なだ いなだ氏が『人間、この非人間的なもの』(筑摩書房)の中で、戦争中、学生であった なだ いなだ氏が「なんだか、日本は負けそうだなあ」と口にしたところ、「おまえは、それでも日本人か」と怒られたことがあったという話を述べています。 「おまえは、それでも日本人か」と言われても日本人なんだからしかたがないじゃないか、と思ったことを なだ いなだ氏は書いていたが、戦争中は、「おまえはそれでも日本人か」という文句がよく口にされたようで、その文句には、「日本人にもいろいろあらあな」という態度を許さない、日本人をある画一的なものにしようとする力がそこにあったようである。 「戦後民主主義」と言われた時代において、そういった「おまえはそれでも日本人か」といった態度は基本的には否定されてきたが、「おまえはそれでも日本人か」という日本人はこうであると自分が考える「日本人」以外は認めないという偏狭な思考・態度は日本の社会において完全に消えたわけではなかった。 橋下徹が君が代に礼拝しない者を排除しようとする姿勢、「君が代、日の丸が嫌なら日本からでてけよ」という言葉などは、その「おまえはそれでも日本人か」という戦中の自分が好む人間以外は認めない偏狭な思想・日本ファシズムの流れの延長のものであろう。 橋下の横暴が今後も認められ続けるならば、それは日本ファシズムの復活でもあると考えざるをえないのではないだろうか。
        (2012.1.18.)   


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この記事へのコメント

あほか 
2012年01月17日 18:59
じゃ 公務員やめろ! スポーツであっても日本を応援するな
お前があほ
2012年01月17日 21:09
憲法のが先だろ笑 
愛国心とは別だろ。歌の背景知らない笑
hashimotobannzai
2012年01月18日 00:56
お前の思想どうかしてる。
君が代、日の丸が嫌なら日本でてけよ。
権利を得ることはそれと同時に義務を負うことなんだよ
日本国憲法にある条文が適用されると思ってるんなら同じく明記されている象徴である天皇を敬い同じく国の象徴である国歌、国旗を大切に扱えよ。
もし憲法に書いてあるから何でもしていいと思ってんなら高校二年の俺よりもはるかに浅はかだな。
義務のない権利など権利ではない。ただのわがままだ。
お前もしかして教師か?
もしそうなら馬鹿な教師だなぁ
教師が一般常識から逸脱した考えを持ってたら生徒が洗脳されんのは当たり前だろ。
どこの国、時代見ても明らかなとおり教育ってのは久野のいわば基礎になるとこなんだよ。国旗破って君が代貶してお前らがしてることこそ将来的に国の転覆を企ててる人間なんだよ。
ついでにまだ私立学校の教員ならわかるが公務員なんだって?
どこから金でてると思ってんだよ。税金の無駄だ。お願いだから退職しろ。
17歳某高校二年生
やはりサヨクってバカなんですか?
2012年01月27日 00:02
お宅の考え方のほうが狂っているね。
憲法で定める「思想・良心の自由」とは私人に対して保障された権利ですよ。公立学校の卒業式等の教師の立場は公人であり、まして職務中なわけよ。教師全てがそれを弁えて君が代斉唱時に起立していればこんな条例作らんでも済んだろうが、思想信条を盾に不起立等の行為で円滑な式の進行を阻害させるバカ教師が余りに多いから、もはや条例で強制するしかないって話しだ。

アンタは思想良心の自由、信教の自由を完全に取り違えているね。公務員だろうが民間だろうが、思想良心や信教の自由を盾にして円滑な職務遂行を阻害させる行為に及べば処罰されるのが社会の常識です。また、内心における自由は保障されていても、行為を起こす自由までは憲法で保障などされていません。不起立教師もだが彼等を擁護するアンタのようなサヨクにはホトホト呆れます。

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